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「OUT OF」シリーズ

作 別役慎司
 




「OUT OF」シリーズ

・Out of the Inning
 −ピンチを脱して−
・Out of the Blue
 −突然−
・Out of Bloom
 −盛りを過ぎて−
・Out of Pity
 −心配だからいってるのよ−
・Out of Play
 −遊びはやめて−
・Out of Character
 −天使か悪魔か−
・Out of Idea
 −どうする−
・Out of Luck
 −うまくいかないものだな−

……・・・………・・・………






「OUT OF THE INNING」
          −ピンチを脱して−

                  別役慎司



登場人物
・男
・女

(若いカップル)








 男の部屋。ワンルームマンション。
 彼女の誕生日を祝うため、楽しそうに飾り付けをしている。
 女が現れる。
 チャイムが鳴る。

男 (ドアを開け、ワクワク感を押さえながら)おぅ。

 女、男を見てため息をつき、中に入る。座って、テーブルに肘をつく。

男 (笑って)どうした? 誕生日の顔じゃないぞ。

 男、女の斜め横でしゃがむ。

男 誕生日おめでとう。(頭にキスをする。もう一度キスをする。更にキスをする)
女 やめてよ!(振り払う)
男 なんだよ! どうした? なにかあったか?
女 もう疲れたの……。
男 バイト? だからいったんだよ、あんなバイト辞めろって。また郵便局のバイトにしなよ。
女 いやよ、時給低いのに。
男 だからいってんじゃんか。一緒に住んだら家賃も安くなるって。そうしたらバイトで無理することないんだから。それとも、もう、あれか? あれするか?
女 (うっとうしく)なに?
男 まぁ、機嫌直しなって。今、ケーキ持ってきてやるから。
女 いい。
男 なんで? お前、薬飲んだか? ちゃんと飲まないとあれだぞ。あれするぞ。
女 なにいってんの。
男 イライラしてさ、ほら、イライラするぞ。
女 うるさいなー。ちゃんと飲んでるよ。
男 じゃあ、あれか、あの日か?
女 もうっ! うざいよ!

 間。

男 (優しく、甘えさせるように)よしよし、おれが抱きしめてやる。(抱きしめようとする)
女 ちょっと!(突き倒す)
男 おいっ!

 男、立ち上がり台所へ。ケーキを冷蔵庫から出してきて、テーブルに置く。

男 ほら。
女 いいって。
男 いいってなんだよ。お前の誕生日だろ。
女 そうよ、あたしの誕生日よ。
男 わかった。プレゼントが先っていうんだろ。お前、去年の誕生日キレてたもんな。今年は任せておきなって。期待していいぞ。

 男、プレゼントを出してくる。

男 見て見て。すごくない、これ? これなんだ?
女 (うっとうしそうに)えー……?
男 ティファニー。おれ、生まれて初めて入っちゃった。本物だぞ。ほら、三越の1階にあるじゃん。あそこで買ったんだよ。ティファニーのネックレス。
女 ありがとう。
男 文句ないだろ?
女 あたしのためにありがとう。でも、昨日いったよね。あたし、あなたと別れるって。

 間。

男 ……いや、でもいったじゃん。おれ、別れないって。
女 (ため息をつく)なんで理解できないかな?
男 ……いや、そんな突然いわれても無理だって。
女 無理って。あたしは付き合っていくのが無理なの。わかる? あなたとはやっていけないの? ちゃんと聞いてた? なんで普通になにもなかったように電話かけてくんの? なんで気合い入れて誕生日祝おうとしてんの?
男 いや……
女 あたし嫌なのよ。着信拒否にして、あんたがストーカーになったりすんの。だから、ちゃんとあたしのいうこと聞いて。

 短い間。

男 お前、強い薬出してもらった方がいいよ。
女 あんたこそ薬出してもらった方がいいわよ! (力抜けて)ああ……ダメ……バカに効く薬はないわ。
男 それが彼氏にいう言葉か。
女 だからあんたは彼氏じゃないって!
男 彼氏だよ。正真正銘、古今東西彼氏だよ!
女 (更に力抜けて)……なんでこんな奴と一年半も付き合ってたんだろう。あたし頑張ったよ……。
男 もういいからさ。とりあえずケーキ食おうよ。早く食わないと賞味期限切れちゃう。じゃなくて、えっと、なに? 痛んじゃう。
女 ナルくん。あたし、ケーキはいらないの。
男 なんで? ケーキ好きだろ?
女 好きだけど、いらないの。
男 なんで?
女 なんでって? なんでそこで「なんで」って聞くのかあたしが聞きたいくらいよ。
男 とりあえず食っときゃいいじゃん。
女 なんでそんなに適当なの? なんでいつも自分中心なの? なんであたしのことわかってくれないの? あたしあなたと別れたいの。

 短い間。

男 またその相談か。
女 相談って、あたしの中では昨日の時点で成立してるもんだと思ってた。
男 だって無理だもん。
女 知らないって。あたしはあんたと別れて違う男と付き合うことにしたから、もう一切関わってほしくないの。

 間。

男 ……マジで?

 間。

男 ……いつ、他に男が?
女 うん……まぁ、それは悪いなと思うよ。ナルくんからすると裏切りなわけだし。でも恋愛ってそういうもんじゃん? でも聞いて。あたし、ちゃんとナルくんとのこと終わらせるまでは向こうとは付き合わないの。ちゃんと終わらせてきてっていわれてるから。
男 まだセーフ?
女 は?

 短い間。

男 まだ付き合ってないんだ。
女 なんでそこで安心すんの?
男 よかった。
女 よかったじゃないって。あたしはあんたと別れてその人と付き合うのよ。この現実を受け入れて。
男 やだ。

 間。

女 (唖然とする)女々しいというか、往生際が悪いというか、ただのバカというか……。
男 お前、このティファニーいらないの?
女 ……いらない。
男 なんで?
女 だからなんでいちいち「なんで」って聞くの? 子供?
男 似合うよ。おれ、お前の写真持っていって店員に選んでもらったんだから。
女 はぁ?
男 あ、ちゃんとおれが選んだよ。アドバイスだけしてもらって。
女 なんでそんな恥ずかしいことできんの?
男 お前だって「なんで」って聞くじゃん。
女 もういい! あたしいうこといったし。帰んね。

 女、立つ。帰ろうとしたとき男が止める。

男 ごめん、待って。
女 なによ!
男 ごめんなさい、ホント、待ってください。
女 なによ、気持ち悪い。
男 お願いします。ホント、ごめんなさい。
女 ちょっと。
男 とりあえず話だけでも聞いてください。
女 話通じないじゃん。さっきから自分勝手な態度ばっかりとってさー!
男 はい。
女 あたしちゃんと話しに来たんだよ。あんたが理解してないから、もう一度来てやったんだよ。
男 はい。
女 日本語くらいわかるでしょ? あたしがちゃんと説明しようとしても、「やだ」の一言で済まされたら話にならないんだよ。
男 はい。
女 お前だって、自分の気持ちいいたいんだろ?
男 そうですね。
女 最後まで希望を捨てずにいい所を見せたいんだろ?
男 はい。
女 内心すがりつきたいんだろ?
男 はい。
女 じゃあ、子供みたいに駄々こねてんじゃねーよ。
男 わかりました。すみません。

 間。

女 とりあえず……あたしはあんたとはもうやっていけないから。新しい相手と幸せをつかみます。
男 駄目です。
女 お前、敬語になっただけで変わってねーじゃんかよ! 駄々こねんなっていってんだろ?
男 はい。
女 わけわかんねーよ。お前バカにしてんのか?
男 いえ。
女 敬語で喋ったら、落ち着いてくれると思ってんのか? 逆だよ。余計頭に来てるよ!
男 ……。
女 お前、なに涙目になってんだよ。
男 (首を振る)
女 泣くなよ。怒られて泣くなよ。別れたいっていわれたときに泣けよ。

 沈黙。

女 ったく……。

 女、ケーキの箱を開けてケーキを取り出す。ケーキを食べ始める。

女 腹減ったよ、マジで。

 もくもくとケーキを食べる。

男 おいしい?

 短い間。

女 ん、まぁまぁ。お前も食べたら?
男 うん。

 男もケーキを食べ始める。
 女、プレゼントを開ける。

女 これ、いくらしたの?
男 4万8000円……。
女 いつ買ったの?
男 今日……。
女 別れるっていわれたから高価なもの買ったのか? お前、去年のプレゼントSDカードだったもんな。256メガ。
男 前から買うつもりだった。
女 マジで? どうしたんだよ、お前。人が別れるっていうときに急に太っ腹になって。
男 結婚とか考えはじめて……ミクも、いい年だし、ちゃんとしたプレゼント買わなきゃって。
女 (嬉しさが顔に出つつ)余計なお世話だよ。まだまだ若いから。

 ケーキを食べ続ける。

女 そっか……。結婚、本気で考え始めてたんだ。
男 ……うん。

 ケーキを食べ続ける。

女 糖分取ったらちょっとイライラがおさまってきた。
男 そう。
女 昨日から生理なんだ。(ネックスレをつけながら) これ、せっかくだからもらっといてやるよ。受け取ってもらえないのは悲しいだろ?
男 うん。
女 でも……結婚はないな〜。だって、将来性ないし、貧乏だし。あるのは夢と勘違いだけ。
男 う〜ん、ま、その夢が叶わないっていうのは薄々感づいてるけどね。その彼は、将来性あるの?
女 いや、まぁ、普通かな。普通のサラリーマン。でも、安定してるってのはいいよ。食事とかもマックじゃなくて、ちゃんとしたところ連れて行ってくれるしさ。
男 ふ〜ん……。
女 でもどうすんの? 夢捨てちゃったら、なんにも残らないよ。
男 う〜ん……結婚したらって思ってたんだけど……。
女 ムリだよ。なんにも残らない状態で結婚しようなんて、女性に対して失礼だよ。
男 いや、夢諦めるんなら実家の家業を継ごうかなって思ってさ。
女 家業? なんだったっけ?
男 あれ、いったことなかったっけ?
女 うん。
男 リゾートホテル。熱海と箱根と沖縄。今度四国にも四棟目を建てるって。まずはどれかの支配人からかな。
女 え? なんでそんな話しなかったの?
男 夢を持ってる男が実家の仕事の話なんてできる?
女 いや、してもいいじゃん。なに? 要するに、ナルくんの実家は金持ちってこと?
男 まぁ、実家はね。
女 なんでそんなに貧乏なの。
男 いや、だって、夢を追って上京してきたんだから。
女 なんでそういうとこだけ硬派なの?
男 別にもういいじゃんか。「なんで」「なんで」って。

 短い間。

女 夢諦めるっていうなら、話違くない?
男 はぁ?
女 だって、あたしはいつまでも夢追ってて貧乏なナルくんに愛想を尽かして別れを切り出したのよ。夢諦めて、実家を継ぐっていうなら話が違うじゃん?
男 え? 意味がわからない。おれが夢を追っているのが前提で別れるってことになってたの?
女 まぁ、そういうことかな?
男 え? じゃあなに? 別れるの、別れないの?
女 また再検討しないといけないじゃない。
男 それ話違くない?
女 ナルくん別れたくないんでしょ?
男 まぁ。
女 あたしと付き合っていたいんでしょ?
男 うん。
女 なら、いいんじゃない?
男 別れないの?
女 ……うん。

 間。

男 (表情に明るさが戻り)そっか。
女 ねぇ、ワインとかないの? 
男 ワイン? ワインなんか飲んだっけ?
女 あたしの誕生日よー。準備が足りないんじゃないの?
男 ごめん。買ってくる。あ、お金貸してくれる?
女 もぅ。

 女、財布を取り出す。

 幕。











「OUT OF THE BLUE」
         −突然−

                    別役慎司



登場人物
・夫
・妻
・ウェイター









 ちょっとお洒落なレストラン。二人、ワインを飲んでいる。

夫 6年目に乾杯。
妻 (幸せそうに微笑みながら)乾杯。
夫 これからもよろしくお願いします。
妻 お願いします。

 二人、小さく笑う。

妻 結婚記念日ってね、金婚式とか銀婚式とかいうじゃない?
夫 うん。
妻 6年目って何か知ってる?
夫 んー、プラチナ婚式とか?
妻 違うよ。鉄婚式。
夫 鉄? そんなのあるの?
妻 うん。でも最初の一年目は紙なんだよ。それが鉄まで来たんだよ。すごくない?
夫 確かに5年も暮らしてると、鉄みたいに固くなってるね。今年は係長にも昇進したし、結構安定してきたよな。
妻 あとは赤ちゃんだけだね。
夫 う〜ん、そうだね。
妻 もう、いつも、赤ちゃんの話したら目をそらす。
夫 そんなことないよ。
妻 いつもそうだよ。
夫 いや……おれだってほしいと思うよ。
妻 じゃあ、頑張ろうよ。
夫 うん……。でもおれ、あれじゃないかなぁ。……い、い、イン……

 ウェイターが前菜をテーブルに。言葉を飲み込む夫。

ウェイター 前菜でございます。こちらスモークサーモンのキャビア添えになります。 

 会釈する夫婦。

妻 (小声で)やればできるって。
夫 (苦笑いして)おいしそうだね。

 しばらく前菜を食べている。

妻 薬、処方してもらったら?
夫 その話はもういいよ。結婚記念日なんだから。
妻 ごめんなさい。

 間。

妻 二週間くらい前にね、うちの親ともちょっと話したんだけど、遺伝じゃないかって。ほら、あなたのお兄さんも、結婚8年目なのに子供いないでしょ。
夫 だからその話はいいって。それに遺伝のことをいうんなら、おれも兄貴もちゃんと生まれてるんだから。
妻 でも現代人は精子が薄いっていうじゃない。
夫 食事中だよ。
妻 あ。
夫 なんで高級なレストランにきて、そんな話しなきゃいけないんだよ。もっと夢のある話をしなよ。
妻 ごめんなさい。

 間。

夫 (妻の指を見て驚き)あれ?
妻 なに?
夫 そんな指輪買ってたっけ?
妻 うん。
夫 いつ買ったの?
妻 昨日。
夫 昨日? なんで?
妻 結婚記念日でしょ。
夫 記念日って、記念日だからレストランに連れてきてるんじゃない。
妻 レストランは二人で楽しむものでしょ。これはわたしが喜ぶものなの。
夫 なんで勝手に買ってるんだよ。
妻 そんなことで怒らないでよ。ケチくさい。
夫 ケチくさいって、それいくらしたんだよ。
妻 やだ。値段なんか聞かないで。
夫 だって、お前の金じゃないだろ?
妻 お前の金じゃないってどういうこと? あなたのお金はあなたのものでもあり、わたしのものでもあるわけでしょ。
夫 そんないい方するなよ。おれが稼いできた金だろ。
妻 そうよ。
夫 「これほしいんだけど」とか一言聞けよ。
妻 別にいいじゃない。今更。
夫 今更って、他にもあんの?
妻 なに、その目? わたしはちゃんと考えてやりくりしてます。
夫 いや、やりくりしてるかもしれないけど、高価なものを買うときはちゃんと相談しろよ。
妻 いいじゃない、結婚記念日よ。
夫 だから? 結婚記念日だったら秘密にしていいのか?
妻 相談なんて、ロマンチックじゃないわ。
夫 夫に内緒で高価な買い物をするのがロマンチックか?
妻 隠れて買ってるんなら、してきてないわよ(指輪をアピールする)。ねぇ? ここはレストランよ。
夫 わかってるよ。

 短い間。

夫 ……今年が初めて?
妻 なにが?
夫 自分へのプレゼント。
妻 いえ。

 短い間。

夫 毎年買ってたのか?
妻 そうよ。今気づいたの? 鈍感。
夫 鈍感って……。
妻 ほら、気づかないくらい家計には全く影響ないんだから、愚痴愚痴いわないの。
夫 おれも自分へのプレゼントほしいよ。
妻 キャバクラに隠れて行った人が、そんなこといわないで。
夫 またそのことを持ち出す〜。
妻 キャバクラのほうが家計を直撃なんだけど。
夫 おい、今日は結婚記念日だぞ。
妻 まぁそうね。過ぎたことをいってもしょうがないもんね。

 短い間。

妻 もう行ってないでしょ?
夫 なにが?
妻 キャバよ、キャバ。どこのだったっけ?
夫 レストランでする会話じゃないよ。
妻 それもそうね。
夫 もう行ってないから。もうこの話はやめよう。

 間。

妻 どこのかしら、このキャビア?
夫 (少し大声になり)だからその話はやめようっていったろ! しつこいよお前は!
妻 (ウィスパーで、キャビアをフォークで示しながら)このキャビアの話をしたのよ!
夫 (ウィスパーで)なんだよ、紛らわしい!
妻 (ウィスパーで)バカじゃないの。

 間。

夫 気分が悪い。結婚記念日なのに。
妻 (鼻で笑って)去年忘れたから懺悔の意味でレストランに連れてきたくせに、記念日なんていつも無関心じゃない?
夫 一年も前のことじゃんか。
妻 ホワイトデーでは、わたしへのお返しは忘れたくせに会社の女の子にはちゃんと買ってたし。
夫 いつの話だよ。3〜4年前の話だろ? なんで女って、いきなり過去のことを出してくるんだよ。それも忘れたような昔の話。そんな昔のことをいうくらいなら、今をもっとしっかりしろよ。 
妻 どういう意味?
夫 結婚した当初は、掃除もこまめにしてたし、洗い物も溜めなかったけど今は……
妻 (割って入って)だから? あんたが毎回ションベン跳び散らかしてたら掃除する気も失せるわよ。
夫 おいっ。

 間。

夫 ……そんな態度だからキャバクラにも行きたくなるんだよ。
妻 なにそれ? あんたがキャバクラに行くの、わたしのせいっていうの? ふざけないでよ、あんたがいい年して若い子にデレデレしてるだけでしょ? そんでアキバのオタクみたいにはまっちゃっただけでしょ? バカみたい。妻に対する侮辱よね。
夫 (大きくため息をつく)
妻 なに、そのため息? (軽く笑いながら)離婚したいとでもいいたいわけ? こんな女嫌ですか? じゃあキャバ嬢とでも結婚すれば?
夫 もういい。
妻 なに?
夫 もういいって。(席を立つ)
妻 なに? 帰る気? 妻を置いて帰るの? 最低。
夫 そんなにいうなら、今からキャバクラ行ってくるよ!
妻 は! 信じられない! 結婚記念日に妻を置き去りにしてキャバクラに行くの?
ウェイター あの……申し訳ございませんが、静かにお話しいただいてよろしいでしょうか?
夫 もう話はないので大丈夫です。

 夫、出口へと向かって消える。
 ウェイターも困り顔。

妻 呆れた!
ウェイター あの……お食事は、どうされますか?
妻 食べるわよ。二人分食べてやるわ。
ウェイター それから……メインディッシュの時に持ってくるように申しつけられておりました、奥様への指輪はいかがいたしましょう?

 一瞬の間。

妻 指輪?
ウェイター はい……。お預かりしておりますが……。
妻 バカじゃないの……あんたがいつもなにも用意してないから、毎年自分で買っちゃうんじゃないの……。(ウェイターに)夫を連れ戻してきて!
ウェイター かしこまりました。

 ウェイター、去る。

妻 (怒り顔ながら嬉しさがにじんで)もうっ!

 幕。













「OUT OF BLOOM」
       −盛りを過ぎて−
                       別役慎司




登場人物
・後藤康則 ……大学生
・丸山春香 ……大学生
・高橋 ……20才 男
・新田 ……30才 女
・堀切 ……40才 男
・芳澤 ……50才 女







 会議室の一室。
 大学生の二人が、座談会の参加者四人を連れて部屋に入ってくる。二人に促されて参加者は席につく。

後藤 みなさん、今日はお忙しい中お集まり頂きありがとうございます。清海大学4年の後藤康則です。宜しくお願いします。
丸山 同じく清海大学4年の丸山春香です。宜しくお願いします。
後藤 えー、本日はですね、「新たな10年 新しい自分」と題して話し合っていただくわけですが、堅苦しく考える必要はありません。ぼくたちとしては素直な皆さんの意気込みを聞ければと思っています。
丸山 ええ、本日座談会に参加して頂いた皆さんですが、右から今年20歳になる高橋さん、同じく30歳になる新田さん、40歳になる堀切さん、50歳になる芳澤さんとなっています。
芳澤 やーねー。(笑う)
丸山 宜しくお願いします。
後藤 それでは、簡単に自己紹介から始めたいと思います。では、高橋さんから、順にお名前と職業をお願いいたします。 
高橋 はい。えー、高橋猛威斗(まいと)と申します。猛威という字に、一斗缶の斗でまいとと読みます。
芳澤 珍しいわね。
堀切 今、読めない名前の人って多いですもんね。
芳澤 日本人じゃないみたい。
高橋 名前負けしてますが……。
後藤 ぼくなんかは平凡な名前だから羨ましいですけどね。
丸山 高橋さん、ご職業は?
高橋 あ。フリーターです。というか、ほとんどニートです。
堀切 職業ニートって悲しいなぁ。
後藤 では、次の新田さん。
新田 はい。新田実希子、25歳。
後藤 え?
丸山 新田さん、もう年齢はばれていますので。
新田 あ、はい、サバ読みました。
後藤 ビックリした。
新田 来月で30歳になります。今のところ29です。職業は会社員です。
後藤 はい、では次は、堀切さん。
堀切 はい。堀切猛威斗と申します。猛威という字に……
丸山 堀切さん。
堀切 はい。ちょっといってみたかっただけです。堀切剛といいます。職業は、自営ですね。商店街で靴屋を営んでいます。
芳澤 え? どこですか?
堀切 マクドナルドの斜め前、マツキヨの隣りに「ホリキリ靴屋」ってのがあるんですよ。

 「あ〜」という声と「え?」という声が混じる。

新田 あれ、棒が取れて「ホーキー靴屋」になってません?
堀切 目をつむってください。今日は皆さんに割引券を差し上げます。ご贔屓にお願いします。

 堀切、割引券を配る。

高橋 なんだ、100円引きですか……。
堀切 ん?
高橋 ADCマートのポイントが500円分溜まってるし。
堀切 (語気を強めて)ADCマート! じゃあ、君はいいよ。返して。(高橋から取り上げる)
後藤 あー……じゃあ、最後に芳澤さん、お願いします。
芳澤 芳澤恵です。主婦です。主人はAEOFF(イオフ)で働いています。
堀切 (語気を荒げて)AEOFF!
丸山 堀切さん、なにか?
堀切 いえ。
芳澤 宜しくお願いします。
堀切 ……。
後藤 はい。ありがとうございます。では、早速フリーで討論して頂きたいと思うのですが、まずは、「新しい10年」の前に、「これまでの10年」はどうだったかということで話していただけますでしょうか? 
堀切 10年前はよかったですよ。10年前は……
後藤 あ、すいません。10年前の話ではなく、これまでの10年間ということです。
堀切 わかってますよ。そのくらい日本人なんだから。正確に言うと4年前のことです。行政道路沿いに大きな大きなショッピングセンターが出来てね。それ以来商店街はさびれる一方です。コツコツ何年、何十年と営んできた我々の努力をあざ笑うかのように金の力であんな巨大なもの作って。
高橋 それはしょうがないことじゃないですかね。時代は変わっていくものですし。
堀切 いや、君みたいに仕事もしてない若造に何がいえるっていうの?
高橋 いや、ぼくが仕事してるかしてないかは関係ないですよね。ぼくは一般論をいってるだけですから。
堀切 なんなんだ、腹の立つやつだな。
高橋 競争社会に背を向けて、客が来てくれるのが当然と思ってきた結果だと思います。
堀切 お前なんか競争社会どころか社会自体からはみ出してるじゃないか!
高橋 まぁ、そうかもしれません。それは否定しません。
堀切 (舌打ちして)気持ちの悪いいい方する奴だな。
高橋 堀切さんも、認めることは認めた方がいいと思いますよ。
堀切 はぁ?
丸山 あの……誰かを非難したり、文句を言ったりするのはやめていただきたいんですね。喧嘩にならないよう、和やかにお願いします。

 新田、堪えきれず笑い出す。

後藤 新田さん、どうしました?
新田 だっておかしいんですもん。
堀切 笑うな。こっちは真剣なんだ。

 新田、更に笑う。

堀切 なんなんだ、こいつらは?
後藤 新田さん。ちょっと、失礼になりますので……。
新田 ごめんなさい。
丸山 ……まぁ、座談会が始まってすぐに険悪になってしまいましたのでね。じゃあ、新田さんは、どうですか? 20代は?
新田 あ、聞いちゃいますか。そうですね、なんというか、女の一年一年ってスゴイ大事じゃないですか。特に20代は。やっぱり女子大生やってたときとか、新入社員で入ったときっていうのは、スゴイちやほやされましたし、ホント色んな人に誘われたりしてましたね。でも20代後半くらいから、明らかに周りの態度も変わってきましたし、それに負けじと美しさを保たなきゃっていう意識も強くなってきましたね。ホント年を取るごとにレストランのランクが下がっていくんですよ。普通逆であるべきじゃないですか? これでもヨガとか行って女としての自分を磨いているのにですよ。この前なんか、「吉牛でいい?」とか、マジでふざけてますよね。さすがにキレそうだったけど、「あ。あたし牛丼って食べたことないの〜。嬉しい」ってちょっぴり皮肉でいうことはいったけど、顔は恵比須で心は般若って感じ?
後藤 新田さん……?
新田 まぁ要するに女としては下り坂を下ってる感が年々強烈になってるってことです。あとやっぱりお酒の量は増えますね〜。気づいたら週末スーパーでお酒を大量に買い込んでるっていうね。(笑う)
後藤 新田さん、職場では、責任のある仕事を任されるようになったんではないですか?
新田 そうですね〜。お茶くみしてりゃあ、給料をもらえるって時代はとうに過ぎましたね。セクハラも身体に触れるモノから言葉の嫌がらせが多くなりました。昔は、「新田君は胸が大きいね〜」 とかいってたのが、最近は「その胸賞味期限切れじゃないの? 回収、回収!」とかいいやがんの。  あんたの髪の毛は消費期限切れで風化してきてるくせにねって感じ。(笑う)
堀切 (笑う。しかし自分の頭を少し気にかける)
後藤 (強引に発言者を変えようと)芳澤さんはどうですか?
芳澤 わたし? わたしはもう女として見られてないわ。
後藤 あ……。
新田 芳澤さんは結婚してらっしゃるじゃないですか。あたしはまだ独身ですよ。
丸山 やっぱり結婚は意識されますか?
新田 そうですね。意識してないっていったら嘘になるけど、今すぐ結婚しなきゃいけないってわけでもないし。
堀切 30になって売れ残ってたら親も心配するだろ。
新田 いえいえ。堀切さんとこの靴と比べれば全然心配することはありません。(笑う)
堀切 どういう意味だよ、おい。
後藤 新田さん……失礼に当たりますので。
新田 最初に失礼なこといったの向こうですよ。
後藤 芳澤さん、続けてください。
芳澤 わたしが女として見られていない話ですか?
後藤 いえいえ、芳澤さんの10年です。
芳澤 そうですか? う〜ん、わたしも新田さんくらい若ければ火遊びもしたいんですけど……
新田 全然若くないですよー。
芳澤 ……ただ老けただけな気がします。なので、あまりこれからの10年というのも実は期待することがなくて。新しい自分どころか、ますます古くなっていくばかりでしょ? 毎日健康で過ごせるのが一番かなと思いますね。あとはお友達が大切ね。うちはちょうど息子が大学に入って、家を出た所なので、子育てが一段落ついたところなんですね。お弁当作ったりもないですし、そうすると暇になる時間が多くなりますよね。もう、毎日AEOFFのフードコーナーで友達とお喋りしたり、AEOFFのスポーツクラブで運動したりです。便利ですよね。
堀切 (明らかに不愉快な表情)
高橋 ぼくもゲーセンが入ってるからよく行きますね。
新田 あたしも。駐車場が広いからいいですよね。
芳澤 そうなんです。
堀切 テーマが違ってませんか? ここはAEOFFを語る会ですか?
後藤 そうですね。ちょっと話がずれてしまいましたね。
丸山 では、高橋さんの10年はどうでしたか?
高橋 ぼくは……色々あってあれなんですけど、(笑いながら)とりあえずいじめられてました。
堀切 はっ。
高橋 で、(笑いながら)とりあえずゲームしてました。
堀切 はっ。ダメな若者の見本みたいな奴だな。
高橋 まぁ、そんな社会にした大人たちが悪いんですけど。
堀切 おい、なんだよそれ。自分のことを棚に上げといて人のせいにするなよ。なんでも社会が悪いだの大人が悪いだのいって逃げるんじゃねぇ!
高橋 別に逃げてませんよ。事実を認識してるだけです。
堀切 こ憎たらしいいい方するな〜。お前の親はどういう教育をしてきたんだ。
後藤 あの、すみません、落ち着いてください。このままだと、座談会になりません。
堀切 じゃあ今のはカットにしなよ。
後藤 カットって……原稿に使える部分がほとんどなくなってしまいますよ……。
丸山 あの、わたし先ほどいいましたよね。誰かを非難したり、文句を言ったりするのはやめていただきたいと。ここでもう一度いいますか?

 短い沈黙。 

堀切 ごめんなさい。
高橋 すみません。

 間。

丸山 (笑顔で)今のカットで。
後藤 (引いた笑み)あの……ぼくたちとしてはポジティブな話が聞きたいので……よろしくお願いします。じゃあ、本題の新しい10年ですね。これからの目標とか、こんな夢を実現したいとか、こんなことで頑張りたい、成長したいっていうの、みなさんあると思うんですけど、そういったことを語って頂ければと思います。実現不可能に思えることでも全然恥ずかしがることはありませんので。では、お願いします。

 沈黙。

後藤 あれ? どなたでもいいんですよ?
堀切 う〜ん、新しい10年ね〜。
新田 なんか想像したくない。逆に10年若返りたいわぁ。高橋君なんて、すごい水弾きそうな肌してるじゃない?
高橋 弾きますよ。
丸山 わたしも弾きますよ。
後藤 丸山。
丸山 あ。
芳澤 あの……わたしが話していいかしら?
後藤 どうぞどうぞ。
芳澤 たぶん10年経ってもわたし自身は同じような生活で……
堀切 10年間ですよ、10年後じゃなくて。
芳澤 あ、でも5年後も10年後も変わらないと思います。家族がみんな健康でいられればいいなぁと思いますね。楽しみなことといえば、孫の誕生くらいですかね。
後藤 なるほど。
堀切 おれはあれだなぁ、AEOFFが潰れてくれたらなぁって思うな。
芳澤 そんなことあったら大変ですよ、うちの家庭は!
堀切 せめてADCマートがAEOFFから撤退してくれたらなぁ。 
高橋 他力本願ですね。
堀切 こればっかりはしょうがねぇよ。
丸山 新しいデザインの靴をプロデュースしたりはどうですか? 
堀切 いや、うちは小売店だよ。デザインなんて… …。
高橋 ま、センスがないとダメですしね。
堀切 そんなこといわれなくてもわかってるよ。
高橋 新しい店を出したらいいんじゃないですか?
堀切 新しい店? 靴屋を潰せっていうのかよ。
高橋 今の時代、それくらいの行動力と発想の転換がないと生き抜いていけませんよ。
堀切 お前も生き抜いてないだろ。
高橋 ええ、そうですね、それは認めます。
堀切 お前、認めりゃなんでも偉いと思ってないか?
丸山 (咳払いをする)

 沈黙。

後藤 高橋さんは、どうなんですか? 会社を起こしたりとか、夢はありますか?
高橋 う〜ん、ぶっちゃけ、今の生活で満足してるんですよね。今からなにかをするとなると、まず大学受験から始めないといけないんですよ。それから大学四年間通って、卒業して、新入社員として入って、そこからスキルを積んで人脈を広げて、それから会社を作るって感じでしょ? ……無理ですね。考えるだけで疲れちゃいます。
堀切 最低だな、こいつ……。
後藤 でも、大学には入っておいた方がいいと思いますよ。
高橋 なんでですか?
後藤 いや、その先につなげるためには、なにかと役に立つと思います。
高橋 曖昧でしょ。メリットが。医者になるために医学部行くならわかるけど、将来の目標がないのに大学行っても意味がないと思うんですよね。
芳澤 でも、意味はあとからわかるものよ。
高橋 ぼくは今わかりたいんですよね。

 疲れた間。

後藤 なにか……ポジティブな話はないですかね?

 沈黙。

丸山 例えば……わたしは国際関係学部比較文化学科というところにいるんですけど、みんな将来NGOで働きたいとか、留学したいとか将来の目標を持ってるんですね。わたしも今年一ヶ月ですけどカンボジアにいってボランティアをする予定なんです。わたしたちは豊かな国に生まれ育っていますけど、世界の中の貧富の差ってものすごいあって、無視できないし、わたしたちにできることっていっぱいあると思うんですよね。まず、知ることからはじめて、そして広げること。そして自分の中でできることを見つけること。ここまで持っていきたいと思ってるんですよね。

 拍手が起きる。

丸山 いや、拍手じゃなくて、全然すごい話じゃないですよ。
後藤 こんな話をしてもらえたらと思うんです。
堀切 そりゃ無理だよ。
高橋 そんなの期待されても……。あなたのような人ばかりじゃないんですから。
芳澤 あなたたちみたいにすごい人じゃないもの。
丸山 いや……。
新田 エリートっているんですよね……。うちの会社でも、留学してたか知らないけど、「もっと国際的な視野を持たなきゃ」とかいってくるの。なんかずれてるのよね。
高橋 慈善活動をしたいならしたいでいいと思いますよ。素晴らしいと思います。だけど慈善活動をしないぼくらが悪いとは思わないです。
堀切 おれ靴屋だよ?
後藤 あ、丸山がいったのはあくまで個人例ですので。
丸山 あの、気にしないでください。みなさんなりの新しい10年への気持ちを語ってもらえれば。
堀切 特にないんだよね。
新田 あたしも。
高橋 ぼくも。
芳澤 わたしも。
後藤 え〜〜(頭を抱える)。じゃあ座談会を開く意味がないじゃないですか!
堀切 人選ミスかな。

 短い間。

後藤 なにか、夢とか希望とかないんですか?
堀切 いや、そりゃあるよ。
後藤 ありますか?
堀切 金持ちになりたいな。
後藤 現実的じゃないじゃないですかー。
堀切 どういう意味だよ。
芳澤 わたしは韓国に行って、チェ=サンウに会いたいわ。応募券を10枚貯めて送ると抽選で当たるの。今やってるでしょ?
後藤 運頼みですか。
新田 あたしは素敵な人と結婚して玉の輿に乗りたい。
後藤 ありがちな夢ですね。
高橋 ぼくはいつ死んでもいいです。
後藤 夢も希望もないよ、それ!
丸山 後藤くん、ツッコミ入れてる場合じゃ……。
後藤 あ、ごめんなさい。(ため息をつき)このままじゃ企画倒れだよ……。
堀切 じゃあ、どうする? 適当に話作っとくか?
後藤 捏造ですか!
丸山 だから後藤くん、ツッコミ入れてる場合じゃ。
後藤 もういいです。終わりましょう。
丸山 ええ?
堀切 そんなやけになるなよ。
後藤 でも、無理ですよ。
芳澤 諦めちゃダメよ。
後藤 だって……(涙目になる)みんなが……。
高橋 泣かないでくださいよ。
後藤 泣いてません。
高橋 泣いてますよ。
後藤 泣いてません!
丸山 ごめんなさい、後藤君はとても純粋で、理想が高い所があるから。
新田 そうでしょうね。傷つきやすそう。でも、そうやって大人になっていくのよ。
堀切 そうだなぁ。
芳澤 わたしの息子の浩樹もね、真面目一本で、本当に人がいいんですよ。そういう子は傷つきやすいのよ。……本当に。
後藤 ……ぼくは、まだ大学の四年で、夢とか希望 に燃えてる時期で、そんなエネルギーを皆さんから感じたくて……でも、ぼくは単に現実を知らない、ただの夢想家に過ぎなかったんです。ひとり踊ってるピエロだったんです。
芳澤 ううん。そんなことないわよ。あなたは本当に素晴らしい考えをお持ちの、素敵な学生さんよ。
後藤 ……ありがとうございます。
高橋 なんか……そういう熱い生き方もカッコイイかなって思いますよ。ぼくはドロップアウトした人間なんで、マジで清海大学なんてすごいトコ入って尊敬するし、そういう人が日本を引っ張っていくべきだと思いますよ。
後藤 ……ありがとうございます。
新田 後藤君は彼女はいるの?
後藤 いえ……。
新田 きっといい彼女も見つかるわよ。
後藤 そうですか?
新田 うん。お姉さんが保証する。
後藤 ありがとうございます。みなさん、優しいですね。
堀切 よしっ! おれがいっちょみんなに奢ってやるよ! うまいもん食わせてやる!
高橋 無理しなくていいですよ。カツカツなんでしょ?
堀切 カツカツだよ。だけどおれも熱いところを見せてやるよ!
芳澤 その意気込みがあれば靴屋も大丈夫ですよ。
堀切 そうかな? なんかよくわからないけどやる気が出てきたぞ。よしっ、食いに行こう! な? (後藤の腕を抱え上げる)
後藤 はい……。
芳澤 じゃあAEOFFにお店がたくさんあるから……
堀切 AEOFFはなし! 奢るなら商店街だ!
高橋 それじゃあ商店街に貢献しに行くとしますか。
堀切 よしっ、そうと決まったら、商店街へ行くぞ! みんなおれの顔なじみだ。1割引くらいはわけないぞ。
高橋 1割ですかぁ? 商店街は守りに入りすぎですよぉ。

 丸山以外、去る。

丸山 後藤君……卒論にするっていってたのに。ま、あたしは関係ないけど。

 丸山、去る。

 幕。




※高橋を女性にしたバージョンもあります。
閲覧を希望する場合はお問い合わせ下さい。











「OUT OF PITY」
       −遊びはやめて−

                    別役慎司



登場人物
・仁科(35) ……三児の母
・長沢(30) ……二児の母
・法庄(26) ……一児の母
・大葉(19) ……妊娠中の妻








 公園。
 仁科、長沢、法庄が井戸端会議をしている。仁科と長沢はベビーカーを引いている。法庄は赤ちゃんを抱っこしている。大葉はベンチに座ったままうつむいている。

仁科 いやぁ、気更輝(きさらぎ)ちゃん、ホントにかわいいわぁ。(赤ちゃんのほっぺをつんつんする)
法庄 ぷにぷにでしょ〜?
長沢 触らせて、触らせて。(赤ちゃんのほっぺをむにむにする)ホントにぷにぷに〜。あはは。気更輝ちゃんハンサムねぇ。
仁科 将来いっぱい女の子泣かすね。旦那さん似じゃない? 
法庄 そうかなぁ……あれ、会ったことあったっけ?
仁科 雑誌で見たわよ。
法庄 それ、覆面してる写真でしょ。覆面と似てるって意味?
長沢 あ。そういえば旦那さん、どうだった?
法庄 ああ! なんか長沢さんのいうように赤色の覆面に変えてから、調子いいみたい。連勝しちゃって。
仁科 なにそれ? どーゆーこと?
法庄 うちの人の覆面がグレーと水色のものだったんだけど、それをいったら長沢さんが……
長沢 マイナスの色なのよ。逆にエネルギーがなくなっちゃうし、勝負運にも見放されちゃうから、赤とか黄色とか、金色のにしたらっていったの。
仁科 へ〜。
法庄 最初は嫌がってたんだけどね〜。
仁科 悪役でしょ? そんな色にしていいの?
法庄 正義の味方になっちゃったのよね。団体の会長さんが認めてくれてよかったけど。
長沢 ね? いい運が向いてきた証拠だよ。
仁科 子供が大きくなった時にお父さんが悪役だと嫌だよね?
法庄 まぁ、覆面なのが救いだけど。主人は複雑な気持ちになると思うな〜。
長沢 このまま正義の味方で成功すればね〜。
法庄 うん〜。
長沢 できればリングネームも変えた方がいいんだけどね。
仁科 それだとホントに別人になっちゃうでしょ。
長沢 そういえば気更輝ちゃんの画数はバッチリだったよ。
法庄 ホントに〜? よかった。うちの人が勢いで決めた名前だからさぁ。
仁科 なんだっけ? オーラが更に輝く?
法庄 そう。
仁科 らしいわぁ。うちの子は全員、「善」って文字が入ってるからね。一人くらい、あたしの名前から取れっての。
長沢 入れたらいいのに。
仁科 善治、善子ときて、善嗣でしょ? 古くさいったらありゃしない。
長沢 そうすると人格がみんな一緒になっちゃうもんね。
仁科 え、人格?
長沢 あ、姓名判断のね。苗字の一番下の文字と、名前の一番上の文字とを足した画数を「人格」っていってね。その人の性格を形成するの。
仁科 じゃあ、うちの家族はあたし以外みんな、同じ性格ってこと? 旦那のコピー? こわ〜。
長沢 よかったら、今度四柱推命でも占ってあげるわよ。
仁科 占ってもらおうかしら。
法庄 あら? 愛華ちゃん、どこに手を振ってるのかしら?
長沢 あ、この子、やっぱり見えてるみたい。
仁科・法庄 え〜〜!
長沢 大丈夫よ。霊なんてどこにでもいるものだから。ノラ猫みたいなもんよ。ちょっと待ってね。(手を振っていた方向へ行き、大きな声で)イェイ、ヤァー!(戻ってきて)はい、大丈夫。
仁科 長沢さん、あなたなんでもありね。
法庄 たまに友達であることを後悔するわ。
長沢 ねぇ? ところで最近、ずっと幽霊みたいにあそこに座ってるあの人ってご存じ?
法庄 イーストタワーの方じゃないかな? いつも一人で座ってるわよね。
仁科 ちょっと話しかけてみる?
法庄 そっとしておいたほうがいいんじゃない?
長沢 でも……実はずっと気になってたのよね。
仁科 声かけてみようか?

 三人、大葉の所へ。

仁科 こんにちは〜。
長沢 なにかお悩みですか?
法庄 長沢さん、仕事じゃないのよ。
長沢 あは。
大葉 (驚きつつ、控え目に会釈する)
法庄 イーストの方ですか?
大葉 (うなずく)
法庄 わたしたちウェストなんですよ。
長沢 どうしていつも座ってるですか?
大葉 あ、ごめんなさい。(立ち去ろうとする)
長沢 いや、いいのいいの。
仁科 ここは公園だから、いても構わないのよ。
法庄 そうそう。ただ、雰囲気が暗いから。
大葉 ごめんなさい。
仁科 謝らなくていいのよ。
長沢 日向ぼっこですか?
大葉 はい……。
仁科 お名前は?
大葉 ……大葉……佳代子です。
仁科 大葉さん。あたしは仁科です。こちらは長沢さんに、法庄さん。
長沢・法庄 よろしく。
法庄 おいくつですか?
大葉 ……19。
法庄 若ーい。え、結婚してらっしゃるんですよね?
大葉 はい……。
仁科 や〜、若いっていいわぁ。
長沢 旦那さんはなにをしてるんですかぁ?
大葉 あの……ごめんなさい。
長沢 (笑って)なんで謝るの?
法庄 もしかして、まだ学生とか?
大葉 いや……
仁科 実は年が倍くらいに離れてるとか?
大葉 いえ……
長沢 でも19だから新婚よね?
仁科 や〜、若いっていいわぁ。あたしが結婚したとき幼稚園児だね。
法庄 で、なにをやってる人なの?
大葉 ……(恐る恐る)教師……です。
法庄 教師なんて素敵じゃない。
長沢 ねぇ? 聖職者よ、聖職者。
仁科 でもどうやって知り合っ……

 間。

大葉 (恥ずかしそうにしている)
長沢 あまり聞いちゃいけないことじゃないかしら?
法庄 教えてるのは小学校? 
長沢 法庄さん。
法庄 それとも中学校?
大葉 高校です。

 間。

仁科 ……話を変えましょう。ね?
長沢 そうね。うちの夫は芸能事務所に勤めてるのよ。宗教団体の支部長もやってるけど。
法庄 うちはプロレスラー。
仁科 うちはビジネスマンね。もう三人も子供がいて大変。
長沢 そうよね。うちは二人。新婚だったら、色々遊びに行けていいよね〜。
法庄 そうそう。あたしももう少し子供はあとでよかった。
大葉 六ヶ月です……。
法庄 え……?

 短い間。

大葉 妊娠六ヶ月です。
仁科 (ちょっと無理矢理に)いやぁ〜若いっていいわぁ。
大葉 やっぱり、おかしいですよね。先生と結婚するなんて、恥ずかしいことですよね。親からも反対されました。友達にもいえません。きっと皆さんも、「生徒に手を出して、とんだ変態教師」だなんて思ってるんでしょ!

 大葉、立ち上がって、逃げ去ろうとする。
 「そんなことない」「ごめんなさい」などと大葉を止める三人。

法庄 全然そんなこと思わないから。そんなこといったら、うちだって、ファンに手を出したってことだし。
仁科 うちは部下に。
長沢 う、うちは所属タレントに……。

 間。

仁科 長沢さん、それは重いわ。
法庄 事件性があるじゃない。
長沢 しかも信者にさせられちゃって(笑う)。
仁科 笑い事じゃないから。
長沢 まぁ、とにかく気にすることないのよ、大葉さん。
大葉 ……はい……。
仁科 そっか、それで毎日公園で罪の意識に駆られてたってわけね。
長沢 全然気にすることないって。愛し合ってて結婚したんでしょ?
大葉 はい。それは。
法庄 素敵なことじゃない。
仁科 ドラマみたい。
大葉 ありがとうございます。……でも、こんなわたしに子供を育てていけるのか……。
仁科 大丈夫よ。
大葉 わたしがまだ子供だっていうのに……。
仁科 お母さんになったら、しっかりするもんよ。
法庄 そうそう。気合いがあれば大丈夫。
長沢 いや。気合いだけじゃなんにもならないでしょ? 気分を落ち着かせたり、勇気づけたりするんならパワーストーンを持ち歩いていたらいいわよ。
大葉 あ…ぁ…
法庄 パワーストーン?
仁科 いや。石にそこまでの力はないでしょ。
長沢 ホントに効果があるの。昔からいわれてるんだから。
法庄 暗示効果じゃない? わざわざ石を買わなくてもマンションの屋上から「絶対子育て大丈夫ー!」って、一言叫んだ方が効果あるって。
仁科 気合いってタイプじゃないでしょ、大葉さんは。
法庄 だからこそ気合いが大事なのよ。闘魂注入したら絶対大丈夫。主人にやってもらう? どう?
大葉 え…ぇ…
長沢 ダメよ! 気持ちには波があるんだから。パワーストーンを身につけてたら、深く沈んだりしないから。落ち着かせてくれるの。
仁科 ねぇ、二人ともいわせてもらうけど非論理的。あたしが、出産セミナー紹介してあげる。プロの講師がアドバイスしてくれるし、同じ悩みの人にたくさん出会えるわよ。
大葉 あの……!
仁科 なに?
大葉 (仁科のベビーカーを指差して)落ちてます。
仁科 (慌てて駆け寄り)あ〜〜! ごめんね、善嗣! ほら、泣かないの。
法庄 善嗣ちゃん、男でしょ。気合いよ!
長沢 そんな小さい子に気合いっていっても無理よ。おまじないやってあげる。ちちんぷいぷい……
法庄 あら? おたくの愛華ちゃん、変なの持ってる! あれなに?
長沢 え? (ベビーカーに駆け寄る)や、イモムシ! ちょっと、法庄さん取って! お願い! 愛華、そんなの捨てなさい!
法庄 もぅ〜、(イモムシを取ってあげる)ホントに気合いが足りないんだから。 
長沢 あ〜〜、ありがとう〜。
法庄 上の木から落ちてきたんだね。

 そんな混乱の間にこっそり立ち去ろうとし ていた大葉。

仁科 ちょっと大葉さん、もう帰るの?
大葉 (ビクッとして)あ……そろそろ、お買い物に行かなきゃと……。
仁科 セミナーの教えてあげるから、ちょっと待って。アドレス交換しましょう。(携帯を取り出す)
長沢 それ、いいわね。(携帯を取り出す)
法庄 しましょう、しましょう。(携帯を取り出そうとする)ああん、もう……(片手じゃ取り出しづらいので、赤ちゃんをベンチに置く)
大葉 (遠慮気味に)アドレス交換ですか……?

 三人、携帯を取り出して、赤外線モードにする。大葉もしょうがなく携帯を取り出して、開く。

長沢 あ。それ旦那さん? 見せて見せて!
大葉 いや、そんな……(隠す)
法庄 いいじゃない、いいじゃない。
仁科 どうせどこかで会うんだから。
大葉 うわ……恥ずかしい。

 三人、大葉の待ち受け画像を見る。

長沢 へ〜〜、若い!
法庄 清純派って感じ!
長沢 うんうん。
仁科 こんな顔でやることやってるんだ。
大葉 !
長沢・法庄 仁科さん!
仁科 ゴメン、冗談冗談。すごい、かっこいいじゃんね?
大葉 (少しふくれて、携帯をしまおうとする)
仁科 ゴメンゴメン。
法庄 気にしないで、こういう人だから。
大葉 アドレス交換するんですか? しないんですか?
三人 するする。

 三人、赤外線でアドレス交換をする。
 そのとき。

大葉 あの……赤ちゃん登ってます。
法庄 え? キャー! 気更輝! どこに登ってるの、落ちる落ちる!(赤ちゃんを抱っこする)
仁科 元気いっぱいだわぁ。
法庄 危なかった〜、ありがとう。
大葉 いえ……。
仁科 よじ登れるもんなんだね。うちの子もやらせてみようかな。(ベビーカーから子供を抱き上げる。ベンチにのせる)ほれ、登ってみ。

 法庄と長沢は笑いながら見ている。

大葉 子育てって大変そうですよね。皆さんはたくましいですけど。
長沢 なにいってるの。
仁科 おたくも立派なお母さんになるわよ。
大葉 いやぁ、いまだに全然イメージ沸かないんですよ。
仁科 平気平気。変わるって。
法庄 真面目そうな旦那さんだもん。色々サポートしてくれそう。うちなんて、家事も炊事も全然手伝ってくれないよ〜。
長沢 それはうちも同じ。
仁科 あたしはやらすけどね。強制的に。
大葉 家計とかやりくりできるのかなぁとか……。
法庄 ああ〜。
長沢 それはうちも同じ。事務所が潰れる可能性だってあるし、そういう意味では公務員っていいよね。
仁科 まだ若い教師でしょ? 確かにきついかもね。
大葉 なんかここのマンションも厳しいんですよね。わたしはもっと安いところでいいっていったのに、「住みやすい場所で」って……。
法庄 そっか。イーストは賃貸だもんね。
大葉 本当はわたしも働くべきなんだろうけど……。
仁科 でもね、いわせてもらうけど、結婚生活はお金じゃないわよ。愛。
長沢 あら、珍しい発言。
仁科 結婚して15年も経つと、愛を感じるときが全然ないの!
長沢 絆があるってことは愛なのよ。
仁科 いやいや。いつまでもフレッシュでいたいじゃない? 旦那の加齢臭がきつくなるほど、愛が消えていく気がする。
長沢 (笑って)えぇー!
仁科 もう一緒に寝たくないもん。
法庄 あたしニオイフェチだから、たぶん大丈夫だと思う。
仁科 フレッシュな愛があるだけ羨ましいわ。
長沢 大葉さんは、ネガティブなのよね。
法庄 そうそう。十代での結婚だからわかるけど、もっとご主人も自分自身も信じなきゃ。
大葉 そうですよね……。でも出産にしても、わたしみたいに体力がない人間が耐えられるのかって……
法庄 それこそ気合いよ。
長沢 法庄さん、そればっかり。安産に御利益がある神社を紹介してあげようか?
法庄 そんな神頼み、ダメよ。
長沢 法庄さんはすぐ否定するんだから〜。
法庄 あたしは気合いで元気な子を産んだんだから。経験からいってるの。
長沢 あたしも神社で祈願して元気な子を産んだもん。あたしだって経験からいってるんだから!
大葉 あ…ぁ…
仁科 あのさ、二人とも、さっきもいったけど非論理的。体力がないんだったら体力をつければいいのよ。そうでしょ?
長沢 まぁ。
法庄 スクワットでもする?
仁科 あたしがいいエクササイズを教えてあげる。あたしマタニティーヨガとか、マタニティビクスに結構好きで通ってたのよね。
法庄・長沢 へ〜。
仁科 ちょっと待って。

 仁科、ベビーカーからブランケットを取って、地面に敷く。

大葉 え?
長沢 そこでやるの?(笑う)
仁科 悪いけどあたしスカートだから、この子で見本見せるわ。

 子供をブランケットに寝かせる。

仁科 まずは腹筋のエクササイズね。お産本番のとき、いきまないといけないでしょ? こうやって仰向けに寝て、足は肩幅くらいに開いて、膝を立てとくの。(子供の足をぽんっとはたいて)膝が立たないわね。まぁ、いいわ。それで両手を頭の下に置いて、ゆっくり息を吐きながら頭を起こすの。 おへそを見る感じで。
法庄 オーソドックスね。
長沢 善嗣ちゃん、苦しそうだよ。
法庄 あ〜、泣き出しちゃった。
仁科 ほれ、ガンバレ。泣くんじゃない。(鼻をつまむ)
長沢 泣きやんだ!(笑う)
仁科 鼻をつまむとビックリして泣きやむのよねぇ。(子供を抱き起こし、大葉に)さ。寝て。
大葉 え? あの……
仁科 さぁさぁ、今のやってご覧なさい。
大葉 いや……
仁科 ほらほら。

 大葉、断れず、ブランケットに仰向けになる。そしていわれた通りにする。

大葉 こ……こうですか?
仁科 そう! いいわぁ。はい、もう一回。
大葉 うぅ……。
仁科 ゆっくりでいいのよ、ゆっくりで。はい、今度は息を吸いながら元に戻して。いい感じ。そう!

 大葉、恥ずかしそうに、そそくさと立ち上がる。

大葉 あ、はい。ありがとうございました。今度……試してみますね。
仁科 じゃあ次は……
大葉 まだですか?
仁科 今度は股関節を柔らかくするエクササイズね。安産のためには欠かせないわ。(子供をブランケットに寝かせ)仰向けになって、両膝を手でもって……ぐいっと開く! こんな感じ。ぐいっとね。
長沢 善嗣ちゃん、ものすごい笑ってる。
仁科 この子のツボみたいね〜。笑いすぎ。(鼻をつまむ)
長沢 あ、真顔になった! キョトンとしてる!
法庄 面白いね〜。
仁科 さぁ、やってみて。(子供を抱き起こす)
大葉 え、今のをやるんですか?
仁科 さぁさぁ。
大葉 人が……
仁科 寝てご覧なさい。

 大葉、断れずブランケットに仰向けになる。自分の両膝の裏に手を入れる。

仁科 そうそう。しっかり膝の所を持って、そこでぐいっと横に開く!
大葉 (恥ずかしくて、顔が真っ赤になる)
仁科 さぁ!
法庄 大葉さん、今こそ気合いよ!
大葉 で……
仁科 どうしたの?
長沢 頑張って!
大葉 出来ませんっっー!

 大葉、真っ赤な顔で走り去る。

三人 あー……。

 三人、後ろ姿を見送る。
 幕。 









「OUT OF PLAY」
       −遊びはやめて−
                    別役慎司



登場人物
・男A
・男B










 広い公園。芝生が広がっている。
 Bが座っている。
 Bは遊び人風で、緩いシャツに緩いズボン姿。ボストンバッグを横に置いている。
 そこにAがやってくる。
 Aはビジネスマン風で、ちょっと洒落たシャツにスラックス姿。ブランドもののネクタイ。ビジネスバッグと缶コーヒーを持っている。
 二人とも25歳。

B (Aに気づき手で招く)
A おお、久しぶり。
B ちょっとぶりー。
A どうしたの?
B まぁ、座って。
A なになに?
B まぁ、座ってって。

 A、座る。

A 元気?
B 元気元気。
A ビックリしたよ、急に電話かかってきたから。
B ああ、そう? いや、一ヶ月くらい前から気にはなってたんだけどね。
A 気持ち悪りーな。なんだよ?
B まぁまぁ。
A おれ、昼休み、あと30分くらいなんだよ。
B まぁ、立って。(立ち上がる)
A 今座ったばっかじゃんか。

 B、ボストンバッグからサッカーボールを取り出す。

A なんだよ、それ。
B 見たらわかるだろ?
A わかるけど……。
B (ボールを蹴って)パス。
A (ボールを受けて)パスじゃないよ。
B ほら、コーヒーなんて置いて。(缶コーヒーを奪い取る)
A ゆっくり飲ませてくれよ。

 B、缶コーヒーを三口飲んで、芝生に置く。
 
A 意味わかんないよ。
B よし、こい!
A (ボールを蹴る)
B (ボールを受ける)お、いいね。そら!(ボールを蹴る)
A ……(ボールを受ける。ボールを蹴る)
B おいおい、元気ないよー! よっしゃ、ヘディング!(ボールを投げる)
A (ヘディングする)
B (キャッチする)おー! ナイスヘディング。
A なぁ、なにがしたいんだよ?
B おれもヘディング!(ヘディングする)
A (ボールを手でキャッチする)なぁ? おれ、わざわざ休み時間に来てるんだよ。おれを呼び出したのは童心に帰るためか?
B キャッチボールしよか。
A おい。

 B、ボストンバックからグローブとボールを取り出す。

B はい、お前の。(グローブを渡す)
A 渡されちゃったよ。(グローブを取り、サッカーボールを脇にどける)
B うわぁー! なんか思い出すなぁ。お前と補欠同士よくキャッチボールしてたなぁ。
A 随分昔だな。
B そら。(ボールを投げる)
A (ボールを受ける)で、始まるんだ。(ボールを投げる)

 キャッチボールが始まる。

A なぁ、おれを呼び出したのはどういう用件だ?
B いや、おれと話したいこともあるかなと思って。
A まぁ、話したいことはあるけど、お前はないのかよ。
B まぁ、話よりも、まず心のキャッチボールがしたくてよ。
A なんだそれ。
B 黙して語らずだよ。
A 語ってくれよ。いきなりキャッチボール始まっても訳わからないから。

 しばらくキャッチボールが続く。

A で、ホントに語らないのかよ。
B おれさぁ、入院してたんだよね。
A マジで? なんで?
B いやぁ、あのときはもうこの世とはお別れかなと思ったよ。
A そんなに?
B でもまぁこうして会えて良かった。
A なんだよ、お前……。(ちょっとしんみりする)もう、大丈夫なのか?
B ああ、もう大丈夫。さっきボール蹴ってたろ?
A (よくわからず)ああ。
B ただの骨折だよ。
A 骨折かよ! 
B 海釣りしてたら足を滑らせてさ。
A (キャッチボールを止めて)おい、その報告のために呼んだのか? それなら……(グローブを外してビジネスバッグに手を伸ばす)
B あ、違うんだ。実をいうとさ……
A (手を止め)うん。

 間。

B ……あ、バドミントンもあるけど?
A (カバンをつかむ)
B 待って待って! ホントのこというと……好きな子ができたんだ。
A 好きな子〜? なんだよ、お前、わざわざ呼び出したのは恋の相談かよ!
B いや……っていうか。
A どこで知り合ったの?
B 病院。
A 入院中かよ!
B そうそう。
A 看護婦?
B そうそう。
A うわっ。看護婦に手を出したよ。
B モノは試しで口説いてみたら意外に成功しちゃって。
A 信じられねー。
B で、付き合ってみたら結構いい子でさ。
A うわぁ、のろけだよ。
B (携帯を取りだして待ち受けを見せる)この子……。
A (覗き込んで)めちゃくちゃ可愛いじゃん!
B そうそう。
A そうそうじゃねーよ。信っじられねー! 年いくつ?
B 20。
A 若っ。
B あー、スッキリした。
A スッキリしたじゃねーよ。それだけか? ただののろけのために呼んだのか? 1年ぶりに?
B 違う違う。実をいうと、それは前置きに過ぎなくてさ……
A うん。

 間。

B ……あ、フリスビーあるけど?
A フリスビーしながら話すのか?
B 話しやすくない?
A 青春だな。恥ずかしくて話しづらいわ。
B お前、さっきからよくツッコむなー。懐かしい。
A 懐かしいじゃなくて。
B 補欠で試合に出れないから、よくベンチでコソコソと漫才やってたよなぁ。
A 本題はどこにあるんだよ?
B まぁ、かいつまんでいうと、この子とつきあい始めて、おれも本気になったのはいいんだけど、色々嘘をいっちゃっててさ。友達と会社起こしてるとか、年収一千万だとか。
A アホか。
B 年収一千万は、不景気だから今年はちょっと儲からなかったとかいえば済むと思うんだけど、さすがにプー太郎のままじゃボロが出て、絶対ふられちゃうと思うんだよね。
A お前、まだフリーターなの?
B うん。まずいよね。
A まずいな。
B 彼女も、しっかりした頼れる男性が好きだっていうからさ。
A よく付き合うとこまでいけたな。
B おれもこのままじゃいけないと思ってるし、ここらがしっかりのしどころかなと思って。
A もっと早くしっかりしろよ。
B だから、正直言うとさ、お前自分の会社起こして成功してんじゃん? おれ一人雇うくらいわけなくない?
A 無理だよ。
B ケチいうなよ。幹部とかじゃなくていいから!
A 無理だって。
B 頼むよ〜。おれ、真面目に働くからさ。
A 無理だって。
B もうホント追い込まれてるんだよ。
A 本当のこといったら?
B 結婚したいと思ってるんだ。
A 尚更正直になれよ。
B 嫌われたくない。なんでもやるから!
A やる気はあんの?
B あるある! めちゃくちゃありまくってる。リフティング見せようか?
A いいよ、リフティングは。
B 頼みます!(土下座する)
A 土下座なんてするなよ。じゃあさ、こういうのはどうだ? 実はおれもこのことをいいたかったんだけどさ、二人で会社を作るっていうのは?
B マジで? 会社? なになに? 二人で作るって事は、おれ幹部じゃん!
A まぁ、そうだな。
B すげー。お前、25で二つ目の会社かよ!
A まぁ、そうだな。
B それなら絶対彼女も食いつく!
A それはよかった。(カバンから資料を取り出す)とりあえず、企画書を作ってるんだけど。
B おお、どんな会社?
A やっぱり時代の流れっていうのがあるんだよね。今、不況だからさ、ちょっとでも時代に遅れた分野はすぐに不況のあおりを受けちゃうんだよね。おれが目につけた分野は、まさにこれからの時代の流れを先取りしてる。
B うんうん。それで?
A それでいて、いつの時代でも廃れることがない永遠の分野でもある。
B ほう。
A そして新しい。
B よくわかんないけど、どんな会社なの? 早くいってくれよ!
A おれが企画しているのは、男性用下着の会社だ。おれの父さんとかもそうだけど、今ブラジャーをしてる男性って結構多いんだよ。そこに来て「大胸筋矯正サポーター」がヒットしただろ? あの「ブラじゃないよ」ってやつ。今ならいける! 男性用のブラジャーをどんどんプロデュースしていくんだ。名付けて「ノット ブラ バット ブラ シリーズ」ブラじゃないブラ。これまでにない男だけのブラ。
B あの……。
A ものすごい流行るんじゃないかな?
B あ……。
A お前は営業強そうだよな?
B あの、おれ新しい会社じゃなくて、古いほうがいい。あのIT系の。
A ごめん、倒産した。
B 倒産?
A うん。不況だから。

 間。

B お前、休み時間って……。
A ……言い出しにくかった。

 間。

B お前……無職?
A うん。

 間。

A キャッチボールしよっか?
B おれ帰る。(片づけ始める)
A 待てよ、やろうよ、絶対成功するから!
B 成功してもフラれる!
A 金持ちになれるぞ!
B 真面目にやって金持ちになりたい!
A 頼む!(土下座する)
B 目が覚めた! 真面目にハローワーク通おう!

 B、退場。
 A、ため息をついて立ち上がる。手と膝の芝をはたく。客席を見る。
 暗転。












「OUT OF CHARACTER」
     〜天使か悪魔か〜
                         別役慎司




登場人物
・ハル
・ケン










 結婚式を控えたカップル。
 成田空港のラウンジ。
 ケンが紙コップのドリンクを持って、微笑みながらやってくる。
 ハルは憂鬱そうな顔をしている。

ケン ハルさん、これ。
ハル (笑顔でドリンクを受け取り)ありがとう。トイレが長いから心配しちゃった。
ケン サプライズ。実はタダ券を旅行会社の人からもらってたんだよね。
ハル そう。それはお得ね。
ケン うん(にっこりと笑う)

 ケン、ハルの横に座る。

ハル あと何分くらい?
ケン (時計を見て)ん〜……あと2時間半くらいだよ。
ハル もうちょっと遅く来ても間に合ったね。
ケン うん。でも、ガイドブックには2時間前には到着した方がいいって書いてるから。
ハル ……。もうチェックインまで済んじゃったね。
ケン うん。幸先がいいよね。
ハル ……。
ケン 眠い?
ハル うん、ちょっと。
ケン ぼくは正直緊張して4時くらいまで眠れなかったよ。
ハル うん、聞いた。というか、その時間まで1時間おきに電話かかってきたから。
ケン もしかして怒ってる?
ハル ううん。
ケン ハルさん、怒ったことないもんね。
ハル そう……だったっけ?
ケン うん。それにしても楽しみだなぁ。
ハル (棒読みで)そうね。楽しみね。
ケン 楽しみじゃなさそうだね。
ハル (精一杯楽しそうに)そうね! 楽しみね!
ケン (満足して)うん。

 アナウンスがはいる。
 「……ハワイ行き695便にご搭乗のお客様は、まもなくご搭乗時間となりますので36番搭乗口前にてお待ちください。」

ハル あれ、今、ハワイ行きって……。
ケン ああ、あれはぼくたちの飛行機の2つ前の便だよ。
ハル 乗れないかしら。
ケン なにいってるの、無理だよ。

 沈黙。
 ケン、もじもじしている。そして、キャリーケースを開けて荷物の確認を始める。

ハル ……。

 ケン、下着の数を数え始める。

ハル ……ケンさん。

 ケン、怪しげなビニール袋の中を怪しげに覗き込んでいる。

ハル ケンさん。
ケン (はっとして振り返って、顔を赤らめ)なに?
ハル ここでキャリーケース開けないで。皆、見てるから。
ケン あ、ごめん。

 ケン、荷物をしまい始める。

ケン お父さんとお母さんのホテルって、ツインだったっけ? ダブルだったっけ?
ハル なんでそんなこと聞くの?
ケン いや……ちょっと気になって。
ハル (たまらず)ツイン! (やや反省して弱く)……ツイン。
ケン あの……ツインとダブルって……
ハル (だんだん力強く)ダブルは二人寝られる大きいベッド、ツインはベッドが二つあるの。ツインは快適よ。心地よく過ごせると思うわ。なんの心配もないのよ、ケンさん。
ケン ああ、そう。あとからちゃんと来られるかな? 英語とか大丈夫かな?
ハル (力強く)大丈夫! うちの従姉妹がついてるから。英語はバッチリ!(ぐったりする)
ケン そう、よかった。ところでぼくたちの部屋は、ツイン、ダブ……
ハル シングルよ。シングル二部屋。
ケン え゛? どうして?
ハル なんで、ギャンブルで全財産失ったみたいな顔をするの? 当然でしょ。わたしたちはまだ結婚してないんだから。
ケン でも……向こうで式を挙げるよね?
ハル でも入籍するのは日本に帰ってからよ。
ケン え゛?
ハル なんで旅館で怪奇現象があって翌朝フロントに行ったら実はかくかくしかじかって打ち明けられたみたいな顔をするの?
ケン そんなぁ。(しょんぼりする)

 沈黙。

ハル (軽く舌打ちをしてから笑顔で)はい、ケン、ケン、パー(「ケン」で右手パー、「ケン」で左手 パー、「パー」でケンのほっぺたを両手で触る)

 ケンの機嫌が直る。
 ハル、すっくと立って物陰へ。
 物陰で髪をかきむしって悶絶する。

ハル (落ち着いてきて)……浄化完了。

 ハル、戻ってくる。

ケン (心配して)大丈夫? また、なにか降りてきたの?
ハル (笑顔で)うん、そうみたい。
ケン (心配して)どっちが降りてきたの? 天使? 悪魔?
ハル 悪魔のほうみたい。
ケン 最近、悪魔のほうが多いね……。昔は天使がたくさん降りてきたのに。
ハル わたしの心の修行が足りないのよ。ごめんなさいね。
ケン ううん。
ハル ねぇ、ケンさん。わたしって、時々こうやって悪魔が降りてきて、取り乱しちゃったり、能面のように感情をなくしちゃったりするじゃない? もちろん全部わたしが悪いんだけど。こんなわた しで本当に結婚してやっていけるのか不安なの。
ケン ぼくは治療を応援してるよ。ただのマリッジブルーなだけかもしれないじゃない。マリッジ・ブルーといえば、「マリッジ・ブルーの愉しみ」という、「コルチャック先生」などで有名なレジーナ・ツィグラーというドイツ人の監督が製作総指揮をした、ちょっとエロチックな……
ハル ケンさん……また悪魔が降りてきそう。
ケン 大丈夫? どうしよう〜。あ、そうだ思い出した。ぼく、お守りを持ってきたんだ。
ハル お守り……?
ケン これ、作ったんだ!

 ケン、自作のお守りを取り出す。
 ハル、お守りを見た瞬間、目を見開き、髪をかきむしりそうになる。

ハル (耐えて)あ、ありがとう……!(お守りを受け取る)ちょっと……ごめんなさいね……。

 ハル、席を立って、物陰へ。
 携帯を取りだし、電話をかける。

ハル ……あ、先生。わたし、ダメです。口から悪魔が出てきそうです。わたし、先生のセラピー受けてから、なんだか余計に悪魔がやってきます。……え? 正常になった証拠ですか? 先生……わたし、セラピーを受けてから、人から「天然だ」っていわれなくなったんですけど、これも正常になった証拠ですか? ……わたし、苦しいです。わたし、天然に戻ってもいいですか? こんなこという人は初めてですか? でも、わたし、このままでは結婚できません。正常ってなんですか? 先生、悲しまないでください。確かに、いいお嫁さんになるためにセラピーを受けたんですけど……。 天然も苦しかったけど、正常がこんなにも苦しいなんて知りませんでした。

 心配に耐えられなくなって、ケンがハルのところへ。

ハル (はっとする)
ケン ……ハルさん。ぼくのせいで苦しんでるんだね。
ハル ち、違うの……!
ケン ぼくは知ってるよ。ハルさんが、結婚のために一人前になろうとしていることは。でも、一人前じゃなくていいんだ。半人前でいいんだよ。ぼくと合わせて一人前でいいじゃないか。
ハル (一瞬顔つき変わって)半人前って失礼だろ。
ケン え?
ハル ああ、悪魔が! こんなこといいたくない、いいたくない。天使さん降りてきて!
ケン ハルさん、大丈夫?
ハル (一瞬顔つき変わって)ここ授乳したりオムツ変えるところだろ。お前のオツムを変えに来たのか?
ケン ええ?(激しく傷つく)
ハル ああ、悪魔が悪魔が! 先生、助けてください! どうすればいいですか? なんでもいいから教えてください! え? お守り? なんでお守りのことを? はい。とにかく開けてみます! (お守りの中から封のされた紙を取り出す。そして中を見る)

 何かが復活する天使のような音。

ハル ……そうだったんですね。……天使が降りてきた……。
ケン ハルさん……。
ハル どうしてこのお守りを?
ケン 心配だったから、セラピーのクリニックを調べて、どんな治療を受けているか聞いたんだ。ぼくもなにか手伝えることがあれば喜んで手伝いたかったし。先生は、結婚を応援してくれて、それで、もしものときには、その紙を見せるんだって渡されて……それをお守りにしたんだ。なにが書いてあるのか、ぼくは聞かされなかったけど……でもわかるよ。天使のハルさんが帰ってきたんだって。
ハル (微笑む)

 温かい空気。

ケン なんて……書いてあったの?
ハル (微笑みながら)「私はなにもしてません」って。

 間。

ケン あ。早とちりで変わっちゃったんだ。(笑う)
ハル (笑う)

 二人、笑い合う。

ハル (顔つきが変わり、胸ぐらをつかみ)お前、わたしの携帯見て調べたのか?
ケン え゛?

 間。

ハル (柔和に戻り)うそよ〜〜ん。もう、ケンさんったら、悪魔でも見たような顔するんだからぁ。

 笑って荷物のところへスキップしていく。そのまま通り過ぎて去る。

ケン あ、ハルさん……荷物!

 一生懸命二人分の荷物を持って追いかけるケン。

幕。













「OUT OF IDEA」
     〜どうする〜
                    別役慎司




登場人物
 ・二階堂 照継(てるつぐ)(53)
 ・内山 健(たける)(39)
 ・蛯谷(えびたに) 史郎(30)
 ・吉見 淳司(じゅんじ)(21)
 ・安濃(あのう) 美香(28)
 






 小さな会議室のような場所。
 ホワイトボードと会議テーブル、チェアがある。
 内山、蛯谷、吉見、安濃が座っている。

内山 さて、行きましたな。

 間。しばらく息をつく四人。

吉見 どうしますか?
内山 考えるしかないでしょう。
安濃 一人一人ですか? 皆さんで?
内山 どこから手をつけたらいいのか……。まずはざっくばらんにアイディアを出しますか?
蛯谷 あのぉ。
内山 なんですか?
蛯谷 ぼくが司会進行をやってもいいですかね?
吉見 え。あなたずっと黙ってたじゃないですか。
蛯谷 あ、じゃあいいです。

 間。

内山 ん? あ、いいの?
吉見 諦めるの早いな。よくそれで司会をやろうって名乗り出ましたね?
蛯谷 いや、あまり喋ってなかったんで。
吉見 ああ、ちょっとやる気だしたわけですね。
蛯谷 一瞬できる気がしたんですけど。
吉見 できないと思ったのも一瞬でしたね。
安濃 ところで、このメンバーって、本当に選考を通過した人たちなんですかね?
内山 100人くらいの応募があったっていってたけど……。
吉見 極秘の募集なのに結構いたんだ。
安濃 なにを基準に選んだんでしょうかね。
内山 疑問だね。
吉見 あの社長自身謎ですからね。
安濃 ホント。
内山 とりあえず、いきなり四人でアイディアを出すっていっても、お互いのことをまったく知らないのもやりにくいので、簡単に自己紹介程度はしておきますか?
吉見 そうですね。
安濃 はい。
蛯谷 あ、じゃあ、ぼくから。
吉見 お。意外に率先して動きますね。
蛯谷 だめですか?
吉見 いやいや、どうぞどうぞ。
蛯谷 ええっと、ぼくのお父さんは蛯谷修造、お母さんは増田展子といいます。
吉見 親の説明から? っていうか、お母さんの名字違うけど。もしかして複雑な家庭環境から話す系?
蛯谷 知ってもらうにはよいかと。
吉見 いいけど、別に同情しないよ?
内山 簡単にでいいですよ。例えば、どうして応募したとか。
蛯谷 それはお金がほしかったからです。
吉見 まぁ、それはみんなそうだろうけど。賞金が出るんだし。
内山 あなた自身のことでいいんですよ。
蛯谷 親とぼくは一心同体なのに?
吉見 それ本当に思ってる? 本当に思ってていった?
蛯谷 いえ。ユーモアのつもりで。
内山 続けて。
蛯谷 ぼくの名前は近松翔(かける)です。
吉見 あんたの名字も違うじゃない。よく、それで親と一心同体とかいったね。
蛯谷 芸名です。
吉見 え? 芸能人なの?
蛯谷 いえ。
吉見 違うのかよ。
内山 あの、関係ないことはいわなくていいんだよ。
安濃 そうそう。もうちょっと真剣に考えてくれないと、絶対に成功しないですよ。
蛯谷 だからいったのに。
吉見 なにをいったの?
蛯谷 いえ、なにも。
吉見 いってないのかい。
内山 あの……(真剣な顔で)ふざけてる?
蛯谷 いえ。
内山 (吉見に)君も、ツッコミすぎ。もしかして何? 二人は芸人のコンビとか?
吉見 いやいや。だって、この人変なことばっかりいうんですもん。
内山 うん。真面目にお願いします。
蛯谷 はい。名前は蛯谷史郎です。字は虫に老いるの蛯に、谷、史郎は歴史の史に、女郎の郎です。
吉見 じょ、女郎?
内山 (我慢できず)こっちから質問していいかな? 職業は?
蛯谷 自称芸能人。
内山 (吉見がツッコもうとしたのをすばやく制して)年齢は?
蛯谷 今年の8月18日で三十路になりました。
内山 今回応募した目的は?
蛯谷 親に借りているお金を返すのと、一度豪遊というのをしてみたかったのが、きっかけです。
内山 人を殺すことができる?

 間。

蛯谷 なりゆき任せでなんとかやります。
内山 OK。では次。じゃあ、君。(吉見を指す)
吉見 あ、はい。吉見淳司。21才です。応募理由は、とりあえず人と同じように就活とかしたくないので、一攫千金して、なにか会社を起こすとか旅に出るとかの資金にしたいと思っています。
内山 なるほど。では、君。(安濃を見る)
安濃 安濃美香。今回応募した理由は……
蛯谷 年齢は?

 間。

内山 君、失礼だよ。
蛯谷 でも、一人だけいわないのは足並みが揃わないというか……
内山 さっきから足並み乱してるのは君だから。(安濃に)じゃあ、どうぞ。
安濃 別に隠すほどでもないので。28歳です。今回応募した理由は、姉の娘が重い病気で、海外じゃないと手術ができなくて、その費用を捻出したいからです。
吉見 おお、これは泣ける話ですね。
安濃 ですから、わたしにとってこの仕事は命がけです。くれぐれも足を引っ張らないようにお願いします。
内山 ふむ。では、最後に私が。内山健。39歳です。私は、元々この会社の人間でした。社長を尊敬し、社長のために働いてきました。が、理由があって、違う道を進むことになり、コンサルタントの仕事をしながら小説家を目指しています。正直、1千万というお金がそんなにほしいわけではありません。ですが、かつての恩人のために今一度……
蛯谷 じゃあください。

 間。

吉見 お前、よく「じゃあください」なんていえるな? しかも、一番かっこいいとこだったじゃないか! すみません、内山さん、もう一度今のいいとこから。
内山 あぁ、もう、いいや。
吉見 ほら、すねちゃった。
内山 すねてないよ。気持ちが萎えただけ。
吉見 (蛯谷に)お前、ちょっとは反省しろよ。
蛯谷 (軽く笑う)
吉見 なんで笑うの?
安濃 キモ。

 間。
 蛯谷のテンションが激しく落ちる。

内山 まぁ、自己紹介しておいてよかったですね。使えない人も大体わかったことだし。
吉見 ですね。
内山 小説的にいうと、(蛯谷を見ながら)こういう一見ダメな人物がキーマンになったりするんですけど、コンサルタントの経験からいうと、現実的にはありえません。さぁ、本題に入りましょう。 社長からは、完全犯罪であれば、手段は問わないといわれているのですが、完全犯罪を成し遂げるためには詳細にターゲットの行動と交友関係を把握しておく必要があります。しかし、その情報は1から収集しないといけないし、情報収集の過程で失敗するわけにはいきません。
安濃 このメンバーだと、四人で情報収集するのは無謀ですね。
吉見 確かに。
内山 君も危ないんだよ。
吉見 どうしてですか?
内山 口が軽いでしょ?
吉見 あぁ、そうか。でも、こんな大事なことなら大丈夫ですよ。
内山 ふぅむ。どんな犯罪組織でも、仲間が信用できるかどうかには常に神経を尖らせているはずです。まず、この四人の間に信用が成立していないのは辛いですね。
安濃 時間もないですから。とにかく計画だけは完璧にしておかないとダメですよね。
内山 そうだね。さて……どうやって殺すか。

 沈黙。

吉見 通り魔的に刺し殺すとか。刺した人を捕まらずに逃げさせることができたらいいだけですよ。蛯谷さんなんて、通り魔の素質ありそうですし。
安濃 確かに。
蛯谷 主役ですね。ぼくに向いてそうです。
内山 いや……社長はどんな手段でもいいといったけど、あの人の性格からして、緻密であればあるほど喜ぶんだ。
安濃 だったら、その道のプロをかき集めればいいのに。
内山 社長にとっては、ゲームに過ぎないんだよ。我々が悩み苦しむのもゲームの楽しみの一つなんだ。
安濃 嫌な性格。
内山 うん。昔から、本気と冗談の違いがよくわからない人だった。
吉見 そもそも、どうして大金を出してまで、こんな殺人のゲームをやらそうとするんですかね?
内山 そこを考えてもしょうがない。
安濃 依頼の成功だけを考えないと。
吉見 殺したあとの報酬の受け取り方は? だって、社長を殺して、どうやって社長から報酬をもらうんですか?

 間。

内山 それもゲームの一部なんだろ。おそらく、社長が身につけているものの中に隠し金庫の場所とパスワードがあるんじゃないかな。
安濃 その「ゲーム」って言葉で、急に気になることができたんですけど。
内山 なに?
安濃 これがゲームであるなら、わたしたちの殺害計画を邪魔する人物も依頼してるということはないでしょうか?
内山 ありうる!
安濃 ボディーガードを雇っているとか。
吉見 だとしたら、ハードルはもっとあがりますね?
安濃 スパイがいるということも考えられますよね?
内山 確かに。

 内山、吉見、安濃の三人は蛯谷を見る。

蛯谷 ちょっと、どうしてぼくを見るんですか!  ぼくはスパイじゃないですよ! スパイだったら、ぼくがキーマンってことですよ? 現実的にはありえないんでしょ?

 間。

内山 この依頼自体が、小説的なんだよな。繰り返すけど、社長は、本気と冗談の違いがわからない人だった。どこまで本気で殺してほしいんだろう?

 間。

安濃 じゃあ、殺してほしいというのが冗談だったら、殺したらダメじゃないですか。

 間。

吉見 ああ〜、わかんなくなってきた! それって、殺しに成功しても、「まさか、本当に殺すとは……」バタンっていうのがあるってことですか? 報酬ももらえず、殺人犯としてのリスクを負うっていうことですか?
内山 しまったな。社長に本当に殺していいのか確認しないと。
蛯谷 それを聞いてはいけないと思います。
内山 どうして? 聞かないと、殺そうにも殺せないだろう。
蛯谷 聞いた時点で完全犯罪になりません。依頼は失敗したことになります。
内山 そうか……!
吉見 頭いい!
内山 完全犯罪の前に、犯罪していいかどうかをどうやって確かめればいいんだ。
安濃 なんかモチベーション落ちてきた。
蛯谷 理性的に考えるから混乱するんじゃないですか? ぼくたちは、完全犯罪を遂行する以前に、完全犯罪ができるマインドを持っているか試されているのではないでしょうか?
吉見 うわっ、頭いいこといいだした。
内山 マインドか。
蛯谷 ぼくみたいに理性を捨てたらいいんですよ。
吉見 やべ。もしかして、一番デキる奴って蛯谷さん?
蛯谷 (得意げ)
内山 ううむ。
蛯谷 動物的勘を取り戻すんですよ。
吉見 動物的勘?
蛯谷 こんな風に。

 蛯谷、動物の真似をしだす。

蛯谷 さぁ、皆さんも。

 蛯谷、動物の真似がうまい。

吉見 とりあえず。

 吉見も動物の真似をしだす。
 内山は険しい表情で考え込んでいる。

安濃 なんかどんどんモチベーション落ちてきた。内山さん、社長は約束は守る人ですか?
内山 というのは?
安濃 ちゃんと報酬は支払われるんですか? わたしにとってはここが大きな問題です。
内山 それは、約束は守る。
安濃 (ほっとして)そうですか。
内山 ただ一回を除いては、約束を守ってきた。
安濃 え?
内山 そのことが原因で、私は会社を離れたんだが。もしかして、もう一度あの悪夢が……?
安濃 なにがあったんですか?
内山 いや……これは、もう過去のことにしたんだが。
安濃 いってください。(蛯谷と吉見に)ねぇ、そろそろやめない?

 蛯谷と吉見、動物の真似をやめる。
 重々しい雰囲気の内山。

内山 これまでにない、大きなプロジェクトを任されたんだ。半年にも及ぶ、会社の命運を占うような。しかし、そのプロジェクトは、嘘だったんだ。
安濃 嘘?
内山 ドッキリだった。
安濃 そんなことあっていいんですか?
内山 私は、そのプロジェクトが成功すれば、昇進できるといわれていた。
安濃 できなかったんですか?
内山 それどころか、給料も支払われなかった。
安濃 ひどい。
内山 ドッキリだったから。本物の仕事じゃなかったから。あのとき、私は、「この会社にとって価値がない」という意味だと受け取った。だから辞めた。
安濃 この殺害計画も壮大なドッキリだったとしたら?
吉見 死の間際に「ドッキリだったのに」っていわれるの? ヤダヤダヤダ。
内山 じゃあ、死なない程度に完全犯罪すればいいのか?
安濃 (子供にいうように)それもう完全じゃないですよ。死ななかったら失敗ですよ。
内山 そうだ。はっ、もしかしたら、あのときの給料が今回の報酬に繋がっているのか? いや、そんな馬鹿な。いかん、混乱してきた。
吉見 社長はどう考えるでしょうか?
安濃 え?
吉見 報酬まで出して自分を殺せと命じて、冗談であればそんなことするでしょうか? そんなリスクのあることを。

 間。

内山 私から見れば、社長が死にたい理由もわかるんだ。奥さんに先立たれ、自分も通風に苦しんでいる。会社も最近は活気がないようだ……。
安濃 そもそも、この依頼内容を聞いたときに、止めようとはしませんでしたよね? なぜですか?
内山 いや、自分を殺してほしいという気持ちはわかるからね。ドッキリで騙されて自暴自棄になったときがそうだった。自分から死ねない上に、殺してももらえないもどかしさ。だから、私は人生を生き直すことにしたんだ。
蛯谷 ぼくも、自分を殺してほしいという気持ちはわかります。でもそれって、頭で考えれば考えるほどそうなるんですよ。だから、ぼくなんかは、人生の8割くらいバカでもいいかなって思うようになったんです。それからは楽ですよ。
安濃 わたしは、死にたいって思う気持ちがわからないですね。せっかくの命、死にたくない人だっているのに……。
吉見 やべぇ、おれ、思ったことねぇ。
内山 君はまだ若いからね。

 間。

吉見 う〜ん、なんか金額の大きさにテンション上がってたけど、やりづらくなってきたなぁ。
内山 まぁ、軽い命なんて一つもないよ。
安濃 でも、死にたいなら死ねばいい。そのことで、姪の命が助かるんなら好都合だわ。

 長い沈黙。

内山 ちょっと……休憩にしましょう。タバコが吸いたくなりました。しばらくやめていたんですけどね。

 内山、席を立ち、会議室のドアを開ける。
 そこに、「ドッキリ成功」のプラカードを持った社長の二階堂がいる。ドアノブに手をかけ、入るタイミングを図っていたが入れなかったようだ。
 間。
 二階堂、逃げる。

内山 社長!

 追いかける内山。
 沈黙。

 片付け始める安濃。荷物をまとめて、出て行く。
 見つめ合う吉見と蛯谷。

蛯谷 お笑い芸人目指さない?

 間。

吉見 いいね。

 幕。




※これにはドラマバージョンがあります。


<drama version>

 片付け始める安濃。荷物をまとめて、出て行こうとする。
 そこに、二階堂を半ば引きずって、内山が戻ってくる。

二階堂 通風が……通風が……!
内山 (三人に)すみません! ドッキリでした! 壮大なドッキリどころか、軽いドッキリでした!
安濃 ちょっと、ふざけないでよ! 成功報酬はどうなるのよ!
二階堂 成功していないので……。
安濃 成功できるわけないでしょ、ドッキリなのに! それとも今すぐ殺してあげましょうか?
二階堂 (あまりの本気の怒りに気圧され)ちょっと待って待って!
安濃 なにがよ、ふざけないでよ!
内山 社長、謝ってください!
蛯谷 (嬉しそうにニヤニヤ笑ってる)
吉見 お前、なに笑ってんの?
安濃 (蛯谷を見て)キモ! よくこんな状況でニヤニヤできるわね!
蛯谷 (テンションが落ちる)
内山 社長、わけを話してください! なんでこんなことをするんです! 私は、あなたのドッキリで人生を一度諦めたんですよ! ここにいる人たちだって、生半可な気持ちで集まったわけではない……はずなんです!
安濃 そうよ、ふざけすぎよ。あんたにとっては、お金なんてゲームに使うコイン程度にしか思ってないかもしれないけど、わたしにとっては命を左右するものなのよ!
二階堂 わ、わかった。わけを話そう。その前に、落ち着いてくれ……な?
安濃 なによ、偉そうに。

 内山は逃げないように押さえていた手を緩める。安濃は、二階堂に背を向けて座る。
 息をつく二階堂。
 
二階堂 内山。私の最初の著書のタイトルを覚えているかな?
内山 ……。「人生はゲームである」
二階堂 そう。
吉見 こんなふざけたドッキリが人生だとでもいうんですか? もしそうなら、あんた、おれみたいな若造よりも人生知らないですよ。
二階堂 違う。私がいいたいのは、物事には必ずゲームの部分があるということで、私が注目していたのは、君たちの反応なんだ。
内山 反応?
安濃 さっぱりわからないわ。病気で死にかけている人にゲームの部分なんてあるのかしら?
二階堂 ある。
安濃 なんかむかつくんですけど。あなたの痛風よりも遙かに苦しんでいる人は世の中にたくさんいるんですよ?
吉見 やっぱ、この人ぬるま湯に浸かってきただけですよ。
内山 いや、そんなはずはない……。社長の人生はぬるま湯じゃなかった。でなければ、私は尊敬し、ついていこうとしなかった。
吉見 それがドッキリだったらどうするんですか?
内山 いや、この目で見てきた。
二階堂 聞いてくれ。君たちは、賞金の出る仕事を受け入れた。殺しをすることを受け入れた。依頼者を殺すことを受け入れた。だが、ドッキリだということに対しては受け入れていない。
安濃 当たり前でしょー? ちょっと内山さん、この人殴っていいですか?
内山 安濃さん、ここは最後まで話を聞いてみましょう。もしかしたら、あのときの真相もわかるかもしれない。
二階堂 ドッキリが受け入れられないのは、なぜかな?
安濃 賞金ももらえないし、真剣に考えてきたことが全部無駄じゃない。
吉見 人をあざ笑うようなふざけた仕掛けだからですよ。
二階堂 ショックかな?
安濃 ショックっていうか、なんなのこの無意味さって感じ?
二階堂 蛯谷くん、君は? 
蛯谷 キモいっていわれたほうがショックです。
安濃 キモ!
内山 社長、ドッキリは、あなただけが楽しいんであって、掛けられた人は楽しくないんですよ?
二階堂 そんなレベルの話をしているんではないよ。だから、君は大きなショックを受けて、そこで道を歩むことをやめてしまった。
内山 おっしゃることがわかりません。
二階堂 人生には、ドッキリのようなことがしばしば起こる。(間)ドッキリのような、無意味なこと、期待を裏切られること、それらはしばしば起こるのではないかな? 人は、自分が選択することであれば、人殺しをするという大それたことでも受け入れることが出来る。しかし、自分が選択しないこと、つまり突発的に起こる災難に対しては受け入れることが出来ない。すぐに挫折する。すぐになにかのせいにする。ドッキリは仕掛けた相手がわかる。だから、すぐに仕掛けたものを責めることができる。では、人生においてはどうだろう? 災難を引き起こした運命の女神を責めるだろうか? 仮に責めることができたとして、なにかが元に戻るだろうか?
安濃 なに、あんた? そんな説教をたれるために、こんなふざけたドッキリを仕掛けたっていうわけ?
二階堂 いや、ドッキリはドッキリで終わるつもりだった。君たちがわけを聞いたから話したまでだ。運命の女神は、わけなんて話してくれないよ。
内山 つまり……どういうことなんです?
二階堂 それは、自分たちで考えればいい。
安濃 なにそれ。
蛯谷 つまり……ドッキリでさえもゲームのように楽しく受け入れてしまえばいいってことでしょ? ドッキリでさえも受け入れてしまえばいいってことでしょ? まるでドッキリも自分が選択したように。
二階堂 そうだ。

 沈黙。

内山 私は……受け入れられなかった。自分を一度捨てるしかなかった。
二階堂 まぁ、それも選択だな。
安濃 結局くだらない説教?
二階堂 ゲームにはヒントがある。いや、ゲームならヒントがある。病気の姪の命を救うためとはいえ、人を殺していいものだろうか? 人を殺めた お金で、人の命を救うことが本当に望むことだろうか?
安濃 なによ、この説教親父! もういい!

 安濃、荷物を持って出ていく。

内山 そういったことを……教えるために?
二階堂 教える気などない。勝手に自分たちで学べばいいんだ。だが、人生のドッキリをドッキリとしてしか見れないのであれば学びはない。学ぶだけでなく生かせもしない。君の場合は、小説のネタにできるかもしれない。9年前のドッキリは小説にしたかね?
内山 ……ずっと忘れようとしていましたので。
二階堂 それは勿体ないな。

 間。

吉見 はぁ〜あ、説教受けて、なにも得るものなしか。虚しいな。
二階堂 得るものはあるはずだ。形があるものだけが全てじゃない。
吉見 だけど、形があるものがほしかったんですよ。
二階堂 だが、君がお金を使ってやろうとしたことは、形のないものじゃないのかね?
吉見 ……。
蛯谷 ねぇ、吉見君。ぼくと、お笑い芸人目指さない?
吉見 はぁ? あんたと? はぁ?
蛯谷 面白いと思うんだけど。

 間。

吉見 ……確かに、面白そうだな。
二階堂 なんでも生かせばいい。さぁ、内山、君はどうする?
内山 ……。今になって、後悔が……。
二階堂 過去は忘れたんだろう?
内山 はい……。私は、安濃さんの力になれることがしたいです。
二階堂 ふむ。
内山 例えドッキリそれ自体が無意味でも……ほんの短い時間の関わりであったとしても……私は、なぜだか、意味を見つけてしまうのです。

 短い間。

二階堂 私もだ。

 間。
 蛯谷、気持ち悪く笑いだす。しかし、嬉しそうである。
 安濃、突然出てきて、「キモ!」と叫んで、そのまま駆け足で去っていく。
 内山と二階堂、見つめ合って少し微笑む。

吉見 (ちょっと戸惑ったのち、思い切って)キモいんだよ!(蛯谷にツッこむ)

 音楽。
 幕。












「OUT OF LUCK」
     〜うまくいかないものだな〜
                    別役慎司

登場人物
・風間
・火村
・土田
・水川







   バー。
   バーテンダーの水川がカウンター奥でグラスを拭いている。
   テーブルには風間・火村・土田の三人の男。

風間 しっ。
火村 なにもいってないよ。
土田 安心しろ、ここなら安全だ。
風間 (水川に向かって)すみません!
火村・土田 (おもむろに大声を出されてビックリする)
風間 店内のミュージックをもう少し上げて頂けますか?
水川 かしこまりました。

   水川、グラスを置き、コンポの操作へ。ややボリュームを上げる。

土田 なんで音楽を上げさせた?
風間 人の話し声に、大きな音楽があれば、盗み聞きされることもない。
土田 なるほど。
火村 頭のいい奴だ。
風間 怪しまれないためには、笑顔でいたほうがいいな。
火村 確かに。
土田 こうか?

   三人、にまにましてみる。

風間 よし、この調子で話を進めよう。
土田 もうなんか引きつってきた。
火村 耐えろ。
風間 いいか? 財宝を三等分することには合意したが、おれたちは三人だ。3:3:3で分けることはできない。もし分けるなら3.3333333……となってしまう。インポッシブルだ。
火村 3:3:4。誰かが4になる。
土田 (引きつった笑顔のまま)だえがよんになうのか……うまくしゃへへないぞ。
火村 笑顔がかたすぎるんだ。
風間 余計不自然だぞ。ほら、バーテンがこっちを見ている。
火村 自然体の方がいいな。
土田 元に戻そう。喋れない。
風間 話を進めよう。誰が4になるのか、現状では決定打がない。
火村 しいていうなら、最初に地図を手に取ったおれだが。
土田 最初に目撃したのはおれだ。
風間 だが、地図を解読したのはおれだ。お前たちは気づかなかった。
火村 財宝を……
風間 待て、聞かれてないな?(周りをうかがう)
土田 大丈夫だ。
火村 財宝を最初に見つけたものを4にしてしまうと、抜け駆けをしようとするものが現れ、場合によっては争いになってしまう。
土田 そうだ。おれたちは友情を壊すつもりはない。
風間 まったく、公平に決められる方法がないのか。

   間。

火村 誰か、譲るというものはいないのか?
風間 譲る?
火村 自ら3でいいというものは?
土田 試してくるな、火村。
火村 深い意味はないさ。(探りつつ)おれは、友情のために、3でも……(誘導しようとしながら) か〜ま〜
風間 おれは4がいい。
土田 (釣られて)おれも4がいい。
火村 いや、おれも4がいいよ。
風間 今、3でも構わないといいかけなかったか?
火村 3人分カマンベールチーズを頼もうとしただけさ。(バーテンダーへ手招きして)お姉さん!

   水川がテーブルへ。

火村 カマンベールチーズを3つ。
水川 3つですね? かしこまりました。

   水川、去る。

火村 昔から正直なヤツだよ、お前たちは。自分の心に真っ直ぐだ。
風間 そこがお互いにシンクロするんだろうな。
土田 財宝がいくらになるのか、全て換金できるものなのか、そこも決め手にならないか?
風間 というのは?
土田 お金に換金できたものと、壺や刀剣など換金できずに残ったものがあったら、分割は困難になる。
火村 う〜む。
風間 もしかしたら国に没収されるということも考えられるか?
火村 闇のルートで売りさばくしかないが、売れなかったものをどうするか?
風間 それは、あみだくじででも決めないか?
土田 軽いな。
風間 売れなかったものの価値がおれたちにわかることはない。運でいいんじゃないか?
火村 気に入ったもの順に取っていくドラフト制はどうだろう?
風間 なるほど。
土田 それいいな。
風間 公平だ。
土田 取っていく順番は?
火村 とりあえず、4になるものは最後だ。3と3でじゃんけんすればいいんじゃないか?
土田 軽いな。
火村 あくまで重要なのは金だ。
土田 確かに。
風間 よし、物品については目処が立ったな。では、現金をどう三等分するか。誰が4取るかだ。早く 決めて発掘作業にスムーズに移行しよう。しっ。

   水川、カマンベールチーズをどっさり持ってくる。   

土田 すごい量だ……。
風間 三人分っていってたからな。
土田 チーズだけがこんなに……。
火村 あの、チーズに合う食材とかはありませんか?
水川 食材……ですか? クラッカーでよろしいですか?
火村 ああ、クラッカーで。
水川 おいくつお持ちしましょうか?
火村 三人分で。
水川 かしこまりました。

   水川、去る。

土田 ウーロン茶しか頼んでないのに、ものすごいおつまみが来てしまったな。
風間 まずいな。不自然だ。
火村 いや、ウーロン茶はウーロンハイに見えるだろう。
風間 そういうことではなく。
土田 ウーロン茶だということは、他の客は騙せても店員は知っている。
風間 早晩、他の客にも怪しまれるだろう。ウーロンとチーズだぞ。
火村 あと少しで大金持ちになるが、今は貧乏だからな。このケチくささが我ながら腹立たしいな?
風間 辛抱しなければ。
土田 ビールでも頼むか?
火村 ビールくらいならいいだろう。
風間 ワインのほうがいいと思うが。
火村 おれはビール派だ。
土田 おれもビール派だ。
風間 多数決を尊重しよう。
土田 (立ち上がりバーテンダーに)すみません、ビール3つ!  
水川 かしこまりました。
風間 これでしばらくは大丈夫だ。
火村 しかし、おれたちは運がいいというか、神に見放されてはいなかったな。
土田 まったくだ。
火村 おれたちリストラ三人衆の自主慰安旅行のときにタイミング良く財宝の地図を見つけてしまうんだからな。
土田 会社で最もラッキーな社員を失ったんだ。あの会社はもう終わりだろ。
風間 実は、早速代官山に引っ越そうと、色々と資料請求を始めたんだ。
火村 代官山か、さすが風間だな。
土田 合ってる合ってる。
火村 賃貸か?
風間 まさか。分譲だよ。
火村 おー。
風間 億ションだよ。
土田 すごい。まだ一円も手にしていないというのに、行動が早い。
風間 おれはいつでも先を見越して動くんだ。
火村 こいつの営業は、風のように訪問して、風のように去るからな。
風間 ふふ。
火村 何事もなく。
土田 ビールが来るぞ。

   水川、ビールを持ってくる。

水川 ビールをお持ちしました。クラッカーは今お持ちしますので。

   水川、去る。

火村 よし、乾杯だ。
三人 かんぱーい!

   三人、ビールを味わう。

土田 さすが発泡酒とは違う。

   水川、クラッカーを持ってくる。三人分どっさりと。

火村 うお。
土田 多いな。
風間 これ、一人一つ頼むものじゃないんじゃ……。

   水川、去る。
   チーズをクラッカーにのせて食べ始める。
   水川、遠巻きに軽く蔑視のまなざし。

風間 さぁ、本題に戻ろう。3:3:4の4を選ぶにはどうすればいいか?
火村 思ったんだが、第三者に入ってもらった方が公平に選べるんじゃないか?
風間 第三者?
土田 情報が漏れないか?
火村 なぁに、4を選ぶだけの話だ。
風間 誰に? もしかして?
火村 ああ、あの女に協力してもらうというのはどうだ?
土田 悪くないと思う。
風間 どんな方法で?
火村 例えば……そうだな、あの女のハートにいち早く火をつけたものが勝ちだとか。
風間 イッツクール!
土田 おれはまだ別れた妻のことが忘れられないんだ。そんな気分にはなれないよ。
火村 そうか、すまない。
土田 だが、なにか協力してもらうというのはいいと思う。むしろ彼女にその方法を提案してもらうというのはどうだ?
風間 クレバーだ。
火村 よし。じゃあ、呼んでくれ。
土田 (立ち上がりバーテンダーに)すみません!

   水川、やってくる。

火村 ぼくたちの中から一人を選ぶとしたら誰でしょう?
水川 え?
土田 火村、聞き方がおかしい!
風間 (水川に)いやね、レィディー、ぼくたちは一人だけいい思いをする男を決めたいんだ。例えばケーキの最後の一切れを食べるような。公平にね。なにかいい方法はないかな?
水川 はぁ。……といわれましても。
火村 頼むよ。なにかないかな?
水川 ではクイズでも出しましょうか?
土田 お。
水川 クイズに答えられた人が勝者ということで。
火村 いいねぇ。
風間 グッドだ。
土田 頼むよ。
水川 じゃあ、そうですねぇ。では、「1920年から30年代にかけて『失われた世代』と呼ばれたアメリカの作家を一人挙げよ」。どうですか?

   間。険しい顔つきの3人。

火村 ……さっぱりわからない。土田、お前文系だろ?
土田 マリリン・モンロー?
火村 作家じゃないだろ。
風間 シェイクスピア?
火村 時代が違いすぎるだろ。
土田 ダメだ、降参。
火村 もう少し簡単な問題でお願いしますよ。
水川 すみません。
火村 できれば時代は現代で。
水川 では、「TPPとは何の略でしょう?」
土田 それ、ムリだよ。
火村 お姉さん、答えいえる? 自分でもわかってるの?
水川 環太平洋戦略的経済連携協定です。
風間 答え聞いてもわからないよ。
土田 この人高学歴だ。
火村 あ、じゃあ、TPPの3つの文字を頭文字にして、一番面白いことをいったのが勝ちっていうのはどう? 
風間 ユーモアのセンスか。
土田 いいね。お姉さんが審査員ってわけだ。
火村 (水川に)いい?
水川 (内心面倒くさいが)わかりました。

   三人、考え込む。
   水川、仕事が気になるが、辛抱して待つ。

火村 よしできた!
土田 早い!
火村 Tポイントがパチンコでも入る。
水川 (やや引きつりつつ笑う)
火村 ややウケか。いいと思ったんだけどな。
風間 Tポイントは頭文字じゃないだろ。よし、おれいこう。とこしえの風に抱かれて、パツキン美女とピーをする。
水川 (どん引きする)
火村 うわっ、サイアクだこれ!
土田 さすがセクハラ王子だ。
風間 どこがセクハラなんだ!
火村 窓を開ければ、風のようにセクハラする風間課長。窓を閉ざされ、風は萎える。行き場のない風は今ここに。
水川 (引きつりつつもちょっと笑う)
土田 はい、おれいきます。たからの地図をパクられた上にポリスに捕まる。
水川 ?
風間 笑えないだろ。
火村 びびったー!(宝の地図をテーブルに出し) ホントにパクられたのかと思った。
三人 あ。
水川 ?
火村 (慌てて隠し)いや、なんでもないんだ!
風間 (火村と土田の頭をはたく)なんでもないんですよ。とくにぱっとしないペーパーです。
水川 あの、もう仕事に戻らないとまずいんですけど。
火村 (慌てながら)ああ、そうね。ごめんね、付き合わせちゃって。
風間 うん。もうオーケーだよ。
土田 すみませんでした。

   水川、去る。
   ほっと胸をなで下ろす三人。

風間 なに馬鹿やってるんだよ! ばれるところだったじゃないか。
火村 こいつが悪いんだよ。
土田 普通、出すか?
風間 まぁいい。もうここに長居するのは危険だ。場所を変えよう。
土田 ちょっと待て。チーズとクラッカーがまだてんこ盛りだ。
火村 食べるしかない。残して、そそくさと去ると余計に怪しまれる。

   三人、猛烈に食べ始める。

土田 いぎなりたう゛ぇるとよえいあやえあえないか?
風間 なにいってるかわからん。
火村 ウーロン茶を飲め。流し込むんだ。
土田 (ウーロン茶を飲んで、流し込む)いきなり食べると余計怪しまれるだろう。不自然だ。

   風間・火村、手をつけるのをピタッと止める。

火村 なにをやっても不自然になる。
風間 もう自然体というものが思い出せない。(周りの客を見渡し警戒する)
土田 (おもむろに)一人捕まったら、5:5にな るな。

   間。

火村 いきなり何をいいだすんだ、土田、お前殺すぞ。
土田 (過剰にびくついて)殺す?
火村 殺さないよ。変なこといいだすな。
土田 つちだだけぽっくりいけばパーフェクト
火村 殺すわけないだろ。
風間 そうだ。おれたちの友情は大前提としてあるんだ。エターナルだ。
土田 そうか、安心した。

   気づくと、水川が立っている。

水川 あの……

   三人、びくついて、目を丸くして水川を見る。
   水川は、3つのクラッカーサンドがのった皿を持ってくる。

水川 こちらサービスです。3つの内、一つだけ激辛が入っているので、その方が当たりということにしてはいかがでしょうか?
火村 お……おお!
土田 わざわざありがとうございます。
風間 これなら決められる!
火村 サービスでいいんですね?
水川 はい。
風間 今度来るときは、パーッと盛大に頼むからね、レィディー。
水川 (皿を差し出し)どうぞ。

   三人、おのおの一つ選んで、せーので食べ始める。
   火村がヒットする。悶え苦しむ。風間と土田は悔しがる。火村、辛くて、つい宝の地図で口を覆って、地図に吐き出してしまう。

風間 (それに気づいて)おい、なにやってんだ!
土田 (気づいて)お前、なにに吐いてんだよ!
火村 (涙目で気づき)あ!

   三人、叫びを上げたいけれど、声を精一杯抑えながらパニック。土田が宝の地図を取り上げ、おしぼりで拭こうとする。

土田 やばい! 染みこんでるし、強くこすると余計広がる!
風間 見えるか?
火村 すまない……。
水川 ハンカチ洗いましょうか?
土田 ハンカチじゃない! 宝の地図だ!(といってハッとする)
風間 (周りの客も自分たちを見ていることに気づいて)ダメだ、急いで出よう! すまないが、チェックで。
水川 あ、申し訳ございません。
風間 いいんだ。アイディアは悪くなかった。だが、今日のことは見なかったことにしてくれ。おれたちはなにも持っていなかったということで。
水川 は……はい。
土田 急ごう。火村の唇も腫れてきている。
火村 (絶望の表情で)どうしよう……
土田 火村、あとで考えよう。
風間 二人は先に出てくれ。おれが払っておく。
土田 恩に着る。

   土田、火村の背中を支えながら、二人分の荷物を持って店から出ていく。
   大変な事態に、必死に落ち着こうとしている風間、レジに行く。

水川 (すまなさそうに)あの、宝の地図を弁償させてください。
風間 なにをいってるんだ、弁償できるわけないだろう。
水川 お取り替えさせてください。
風間 わけわからない子だ。あれは唯一無二のものだ。
水川 (宝の地図を差し出して)こちら新品のものです。
風間 だからハンカチじゃないんだよ!(その品を見て)あれ、ハンカチ……。(ハンカチをよく見て) 同じものだ……。どうして……? どうして!
水川 え……埋蔵金町おこし……のお土産品ですけど。

   沈黙。

風間 (やっと声を絞り出し)人生とは……うまくいかないものだな。
水川 4190円になります。

   幕。



 
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