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悪童伝説(ピノッキオ異聞)
和田 周
 




  一 鯨の腹の中から
    
    上手の暗がりから口上の声。

口上  「第三十五章。ピノッキオは鮫の腹の中で誰かに出会います。いったい誰に出会うでしょう。」

    ゆっくりと明り。
    鯨の腹の中である。上手前面、ランプの灯ったわか仕立ての書斎らしき一隅に、ゼペット爺さんが座っている。
    舞台中央奥にピノッキオ登場。ゼペット爺さんに近づく。

ピノッキオ 父さん。来たよ。
ゼペット やあ、ピノッキオ。来たね。
ピノッキオ ・・・。
ゼペット どうした。 
ピノッキオ ・・・。
ゼペット やっとのことで会えたんだ。声をあげて泣きながらわしに抱きつかないのか。
ピノッキオ ・・・。
ゼペット それだけの理由はたっぷりある場面だぞ。これまでのお前は世界一の親不孝ものだった。
ピノッキオ ・・・。
ゼペット でもね、まる二年、この生臭い化け物の腹の中でわしはひたすらお前を待っていた。緑の髪のフェアリー様のお導きでいい子になったおまえがかならず迎えに来てくれることを知っていたからね。
ピノッキオ ・・・。
ゼペット ピノッキオ、お前のたったひとつの取得は、つくづく悪いことをしたあとでびしょびしょに泣き濡れることだ。まるでイエスキリストを三度裏切ったペテロが大司祭の館の中庭で泣き濡れたようにね。
ピノッキオ ・・・。
ゼペット お前はなんどわしや緑の髪のフェアリー様を裏切ったことか。そのたびにお前はびしょびしょに泣き濡れた。でも、もうおしまいだよ。根性曲がりの木でできたお前の心は、その涙でなんども洗われて、こんなに優しい人形に変わったのだ。さあ、お前の物語りもあともう少しだよ。この鯨の腹の中からわしを助け出したお前は、もっともっと正しい行いを重ねて、ある朝、その木で出来た身体を椅子の上に脱ぎ捨てて、こんどこそ本当の人間の子供に生まれ変わるのだ。もちろん緑の髪のフェアリー様のお導きでね。
ピノッキオ ・・・。
ゼペット さぁ、なにをためらっている。この場は、お前が世界一親孝行の人間の子へと生まれ変わる、いわば折り返し地点のような見せ場じゃないか。おいでわしの腕の中へ、二人して思いきり泣こう!
ピノッキオ 父さん、いま「この鯨の腹の中」って言った?(辺りを見回す)

    短い間

ゼペット それなんだ。物語ではここは鮫の腹の中だということになっている。しかし、わしがこうして、二年間、飢えも退屈もしないで生きのびてこられたのは、この化けものが沈没した海賊船を一艘まるごと飲み込んでくれたおかげなんだ。考えてみてごらん、いくら馬鹿でかい鮫でも、鮫がだよ? 鮫が海賊船を一艘まるごと飲み込めると思うか?(舞台を見回し)鮫じゃないよ! そんな芸当ができるのはどう考えても鯨だけだ。それも化け物みたいに大きなね。だから化け物鯨の腹の中だよ、ここは! ね、この生臭さだって、鯨ならではのものだろ。それをいまの幕開きの口上は、あれは一体なんだ!「ピノッキオは鮫の腹の中で誰かに出会います。いったい誰に出会うでしょう」? じつに大雑把な、物語を外側からしか見てない物言いじゃないか! こっちは飲み込まれて二年間この中で暮らしてるんだ。(上手にむかい)「馬鹿者、鮫じゃない! 鯨だ!」。
・・・ま、いいか。どのみちここでの暮らしも今日までだ。この腹の中から抜け出す大筋の筋書きに不満があるわけじゃない。娑婆にもどったら「え? 鮫だったの? わしはてっきり鯨の腹の中だとばかり思って・・・」程度のボケをかまして、帳尻をあわせてやろう。
ピノッキオ (ゼペットの傍らの箱を指し)これは何?
ゼペット ああ、これは溺れた海賊たちが船の中に残した宝箱だよ。
ピノッキオ 宝箱?
ゼペット ああ、宝物の箱を積んでいない海賊船なんてないからね。中に金貨が二千枚詰まっているんだ。
ピノッキオ ・・・金貨が二千枚。
ゼペット でもね、残念ながらこの宝物は、この先の筋運びで、わし等には縁がなくなるんだ。ここから逃げ出す途中、鯨がくしゃみをして二人が吹き飛ばされる時に海の底に沈んでしまうのさ。

    短い間

ピノッキオ それじゃ、僕はいま、外から見たら鮫の物語の、その内側の鯨の腹の中にいるんだね。
ゼペット ・・・。
ピノッキオ そして、ここは、僕の物語の折り返し地点なんだね。
ゼペット そうだ。この化け物の腹の中から抜け出したら、あとは二人してハッピーエンドへ向けて一目散だ。

    ピノッキオ、ゼペットを見つめながらゆっくり後ずさる。

ゼペット ・・・どうした?
ピノッキオ 父さん、ごめんね。父さんをここから助け出してあげることが出来なくなってしまったんだ。僕は、これから一人で後戻りをしようと思う。
ゼペット ・・・え?

    短い間

ゼペット なんのことだ。・・・後戻り、どこへ? 
ピノッキオ 鯨の胃袋を表に、鮫の外側を裏に返して、物語を逆さまに、これまで来た道を引き返そうと思う。
ゼペット 表を裏に返して、逆さまに?

    短い間

ゼペット ・・・なにを勘違いしている! 御伽噺の主人公がハッピーエンドに背中を向けてなんになる? マラソンだって折り返し地点を回り込んだら、あとはゴールへ向かってまっしぐらだ。よく出来ている御伽噺は、どきどきはらはら、子供達の手に汗にぎらせながらも、最後には拍手喝采をあびながら「めでたしめでたし」の「おしまい」で幕を下ろすのがセオリーじゃないか!
ピノッキオ ・・・。
ゼペット 思い返してごらん! 薪にするしか使いみちのないただの木切れから、わしはお前をこの世に作り出した。なんと山あり谷ありの筋運びだったことだろう。家を飛び出したお前を連れ戻そうとしたわしは、幼児虐待の疑いをかけられて一晩牢屋につながれた。その留守中にお前はお前にまっとうな忠告をしようとしたコオロギをたたき殺した。あのコオロギは緑の髪のフェアリー様の大切な家来だったんだよ。翌朝、わしが家に帰ると、お前は両足をなくして泣いていた。火鉢の上に足をのせて眠りこけたおかげだ。もういちど足を作り直して、まともな読み書きを習わせようと、わしはたった一枚の上着を売って教科書を買ったよ。そして寒さにふるえながらお前を学校へ送りだした。それ以来、何度お前は、わしと緑の髪のフェアリー様を、裏切りつづけたことか。それでもあのお方は、お前がびしょびしょに泣き濡れて後悔するたびに、次々と姿を変えて、お前を見守りつづけたのだよ。一番初めは死の家の少女のお姿でお前にお会いなさった。それが水がめを運ぶ婦人に、次には見世物小屋の桟敷席に座った貴婦人に、そして最後には緑色の山羊にまで姿をかえなさった。そのおかげで、お痛わしや、とうとうあのお方は人間の言葉までお失いになったのだよ。
ピノッキオ ・・・。
ゼペット なにを考えている! なにが気に入らない! わしを一人ここに残して、どこへ行くつもりだ。

    短い間

ゼペット ・・・いま気がついたよ。ピノキオ、しばらく会わないうちにお前はすっかり変わっちまった。以前のお前はどんなに聞き分けのない駄々をこねている最中(さなか)でも、「真人間のいい子になりたい」という一途な思いがその固い木の身体からヒタヒタと伝わってきた。そんな時、わし等は「明日こそはいい子になろうね」とむせび泣きながら、心をひとつに抱き合ったものだ。
ピノッキオ ・・・。
ゼペット ところが、いまのお前からはそんな気配がまるで伝わってこない。いったいなにがお前をそこまで変えてしまったのだ。ピノッキオ、そんなにカラカラに乾いた心で、これから先、その逆さまの物語りをたった一人で、どこまで戻るつもりだ。
ピノッキオ (後ずさりながら)「薪にするしか使いみちのないただの木切れ」から僕を作ったって言ったね。たぶんその場所へまで・・・。

    後ずさりのまま、もと来た方角へ去る。が、ふと立ち止まり、再びゼペットの所へ。

ピノッキオ 父さん、その宝物の箱を僕におくれ。僕には、その宝物が必要な気がするんだ。 
ゼペット そういうことか! 「裏返しの物語りをたどる」などと訳のわからんことを言っていると思ったが、なんのことはない! ただの心得違いの悪餓鬼が小悪党に生れ変っただけじゃないか! 情けないにもほどがある!(ピノッキオの前に立ちはだかり)親を見捨てるだけじゃ足りずに、その親から宝物をくすねようと引返して来たのか。さあ、力ずくで奪えるものなら奪ってみろ! 

    ピノッキオ、素早くゼペットをナイフで刺す。

ゼペット ・・・お前、マジでここまでやっていいの? ・・・親のわしに、

    ゼペット、くずおれ、息絶える。
    暗転



  二 狐と猫
    
    明りが入ると、舞台中央を舞台手前から奥に向かう一本道を、ピノッキオが後ろ向きに歩いている。
    その行く手の道端に物乞いの乞食に身を窶(やつ)し、病み衰えた狐と猫が坐っている。
    猫は盲人用の色眼鏡。狐の傍らには松葉杖。ピノッキオ、二人の前を通りすぎる。

 あの、もし。
 ・・・もし。
ピノッキオ ・・・。
 ここであなた様をお待ちしておりました。
 そのはずでした。
ピノッキオ ・・・。
 お父様とご一緒にこの道をお通りになるあなた様を。
 よい子の「ピノッキオ物語」ではそういう段取りだったのです。
ピノッキオ ・・・。
 「どうかこのくたばりぞこないにお恵みを。」
 わたし共がそう物乞いをいたしますと、あなた様は、
 「二人とも
 『隣人のコートを盗むやつは、シャツを失くして墓穴に入る』
 っていう諺(ことわざ)をおぼえておくといいよ」
 そうおっしゃって、
 そのまま行っておしまいになる。
 わたし共をお見捨てになって。
 そういう段取りでした。
 よい子の「ピノッキオ物語」では。
ピノッキオ ・・・。
 つまり、この場は、かつてあなた様をたぶらかして、金貨五枚を巻き上げた狐と猫が、
 あなた様が世界一の親不孝息子になるきっかけを作った狐と猫が、
 目には目をのとうぜんの報を受ける教訓の場になるはずでした。
 教訓劇による視聴覚教育です。
 ついでに申し上げますと、そのあと、わたくし共はあなた様が引用された諺どおり、尾羽打ち枯らし病み衰えて、
 とどのつまりは墓穴へ入ります。
 その下りは「ピノッキオ物語」には省かれております。
 番外の後日談です。
ピノッキオ ・・・。
 ところが、
 ・・・ところが、
 それが、いま。
 ・・・いま。
 その物語が根こそぎひっくり返ってしまった!
 ・・・あなた様のおかげで!
ピノッキオ ・・・。
 なんというお方だ!
 ブラボー! ピノッキオ!
 そうあなた様の名を呼び、褒め称えます!
 そうあなた様の名を呼び、褒め称えながら、
 わたくし共も逆さまに、墓穴から出直してまいりました。
 恐いことです!
 おかげさまで、恐いものなしです!
ピノキオ ・・・。
 勢いあまって、トコトン根性を入れ替えました!
 入れ替えました!
 ほら吹き、
 たかり、
 詐欺、
 ゆすり、
 そう世間から後ろ指さされたかつての小悪党が
 スッパリ足を洗って、
 神をも恐れぬ極悪非道筋金入りの大悪党に、
 生まれ変わりました。
 さあ、あなた様の新しい道行のお供をいたしましょう! 
 道中の悪行の一切合財、
 お先棒をかつがせていただきます! 
 お先棒と申すより、
 じつはわたくし共、あなた様の水先案内人でもございます。
 と申しますのも、
 あなた様は生まれてこの方、ご自分の物語をそれはもう一心に、わき目もふらずひた向きに生きてこられた。
 一本気のお方だ!
 だからその物語を逆さまに辿ろうにも、
 はて、この先どんな物語を逆さまに辿るのか、
 なにも覚えていらっしゃらない。
 無垢なお方だ!
 その点、わたくし共小悪党は、人生を斜(はす)に構えて目配りしながら生きてまいりました。
 いま、逆さまに辿りなおすに当たりましても、だいたいのアウトラインは承知のうえでご案内できるという次第です。
 さあ道をいそぎましょう!
 手始めになんなりとお言いつけを!
ピノッキオ それじゃ、(宝箱を指し)これを持っておくれ。重たくてしょうがないんだ。中に金貨が二千枚入っているからね。 
狐と猫 え、金貨が二千枚?(顔を見合わせる)
 わかりやした。(松葉杖をその場に置き、宝箱をかつごうとするが、その仕草はどちらかといえばもとの小悪党である。)
ピノッキオ その前に二人に訊きたいことがあるんだ。
 何なりと。
ピノッキオ 二人とも神をも恐れぬ大悪党に生まれ替わって墓場から出てきたって言ったね。
 へい。
ピノッキオ 僕も生まれ替わって鯨の腹の中から出てきたんだ。
 知っております。
ピノッキオ お前達がどんなふうに生まれ替わったのか教えておくれ。
 つまり、小悪党と大悪党の違いをお聴きになりたいんで? 
ピノッキオ そうなんだ。
 喜んでご説明いたしましょう。(猫の肩を小突く)
 ・・・。小悪党は隙あらば敵をいきなり殺します。筋金入りの大悪党はさりげなく敵を罠にはめ、じっくり楽しみながらなぶり殺しにいたします。
 小悪党は世間をまるごと敵にまわします。正真正銘の大悪党は表向き二割、裏にまわって六割の隠れファンを味方につけます。
 小悪党はすぐに歯を剥きます。大悪党は誰にも歯を剥きません。歯を見せるのは一つの街をまるごと焼いたあとで涼しげに笑う時だけです。。
 小悪党は独りで野垂れ死にをいたします。大悪党は英雄と共に、あるいは英雄として、悠然と道半ばに倒れます。
ピノッキオ もっと具体的に答えておくれ。たとえば、小悪党だったお前達は僕から金貨五枚を巻き上げたって言ったね。大悪党に生まれ替わったお前達はこの箱の中の二千枚の金貨をどうするつもりだい?

    短い間

 デリケートな問題です。
 ・・・きわめて。
 貴方様とわたくし共の双方に関わる、
 と同時に、三人で力を合わせて考え抜かなければならない、デリケートな問題です。
 (宝箱を抱き寄せ)なにしろ金貨二千枚にかかわる仕事ですからね。後世に伝説として語り継がれるほどの、人々の想像力を刺激するほどの物語性がなければならない。
 最高に血みどろでスマートな、
 あるいは目の前が暗くなるほどロマンチックで、
 すとんと腑に落ちるオチのついた爽やかな犯罪でなければならない。
 いかがでしょう、ながい道中です。それとなく知恵をだし合いながらいずれそれなりに折り合いをつけることにしては。

    短い間

ピノッキオ 解かった。それじゃ、出発しよう。

    ピノッキオと狐と猫、舞台奥に向かって後ろ向きの歩行を始める。ややあってピノッキオ、立ち止まり、

ピノッキオ さっきから何となくしつっこい奴に跡をつけられているような気がするんだ。なんとかしておくれ。
 (振り返り、手をかざしてピノッキオが歩いてきた方角、つまり客席を眺望し)わかりました。あのお化けコオロギですね。あっし一人で充分です。お二人は先をお急ぎください。ここで始末してすぐに追いつきますから。

    猫、道端に坐りこむ。
    ピノッキオと狐は先を急ぐ。
    暗転




  三 お化けコオロギ
    
    前場と同じ道端。前場と同じ舞台中央前面から奥への一本道をコオロギが歩を進め(後ろ向きでなく)、前場の同じ道端に座った猫に近づく。コオロギの頭の上には天使の輪が載っている。

 ・・・あの、もし。
コオロギ お前のことは知っているよ。ピノッキオから金貨五枚をまきあげた泥棒猫だろう。
 あなたのことも存じ上げております。説教魔のお化けコオロギですね。説教が災いしてピノッキオに叩き殺されると、そいつを楯にピノッキオに付きまとってきたお化けコオロギだ。
コオロギ ふん、今日はやけに口がまわるじゃないか。いつもは相棒の狐の尻馬にのって相槌をうつだけの月足らずが、どうした風の吹きまわしだい。
 その風の向きですがね、あなたにとって吉と変わるか凶と変わるか。
コオロギ 相棒の狐はどうした。
 死にました。
コオロギ お前だけ生き残ったのか。
 あたしも一緒に死にました。
コオロギ では、ここで何をしている。
 死に恥を晒しております、あなたのお株をうばって。
コオロギ 気に入らない猫だな。二度とへらず口がきけないように、緑の髪のフェアリー様に言い付けて、その舌を引っこ抜いてもらおうか。
 折り目正しい説教で評判のあなたがそんなヤクザまがいの脅し文句を口になすってはいけません。あなたが殺される前にピノッキオにした説教の文句をそのまままるごとお返ししましょう。「そんな道に外れたことをしたら、逆にこっぴどい目にあうだけですよ。遅かれ早かれつくづく後悔するでしょう。」
コオロギ お前の舌を引っこ抜くことが道に外れたことかどうかは、緑の髪のフェアリー様が決めてくださることだ。わたしはただ、くたばりぞこないの泥棒猫の首根っこをつかんで、緑の髪のフェアリー様の前に差し出すだけさ。しかし、いま緑の髪のフェアリー様はこれまでで一番ご機嫌をそこねていらしゃるんだ。ピノッキオのとんでもない心変わりをお知りになったからね。だからわたしもこんなところでいつまでもお前の相手なんかしちゃいられないんだ。一刻もはやくピノッキオに追いついて、わたしなりのお説教をしてあの子がこれ以上物語を裏返すのを止めなきゃいけないからね。だから、お前の首根っこをつかむのはその後だ。
 ピノッキオに会ったらどんなお説教をなさるおつもりですか。
コオロギ きっちりこう言ってやるよ。「そんな道に外れたことをしたら、逆にこっぴどい目にあうだけだよ。遅かれ早かれつくづく後悔するだろう」ってね。

    猫、いきなり傍らの松葉杖を払って、コオロギの片足を打ち、膝をついたコオロギをボコボコに打ちのめす。

コオロギ あ! ひどいいな。こんな道に外れたことをしたら、逆にこっぴどいめにあうだけだよ。おそかれ早かれつくづく後悔することになるよ・・・。(横たわり、動かなくなる)
 たったそれだけの決まり文句をくり返すためにお前は地面に出てきて、秋の夜長をコロコロ鳴いていたのか!(さらにコオロギの亡骸を叩きながら)だがな! お前のその! 腐った決まり文句を! 聞かされるたびに! 世界中の「ちょっぴり! 道に外れた」子供達が! どれくらい眠れない夜を過ごしたか! 判っているのか! その眠れない子供達に! 俺はとどけてやるのさ! こうやって! お前が「こっぴどいめにあって!」くたばる夢をね!(なおも執拗に叩きつづける)

    暗転




  四 ランプの芯
    
    明るくなると、ピノッキオ達が舞台中央やや上手よりを、ゆっくり退行している。
    その下手より傍ら(つまり舞台中央)に痩せた背の高い少年(ロメオ)が座って、ホヤを外したランプの芯に火をつけようとしている。
    

 (正面を向いたまま)ロメヲという名の悪ガキです。あだ名は、ほら、いまあいつがいじっているランプの芯・・・、あの「ランプの芯」というのがあいつのあだ名です。
 ランプの芯みたいにひょろ長くてなまっ白いでしょう。それにわるい遊びをそそのかすと直ぐに火が点いたように夢中になる筋のいい子でね、あなたの親友でした。
 あなたはあの子に誘われて「遊びの国」で五ヶ月間遊び暮らしたあげくに、二人ともロバに姿を変えられて売られちまったんです。物語りの中では、あの子は野菜作りの百姓にこき使われたあげくに死ぬんです。
ピノッキオ あそこで何をしているんだい?
 あいつも墓場から這い出してきたんでしょう。たぶんランプの芯に火をつけて我々の仲間入りをするつもです。

    ロメオのランプの芯に火がつく。傍らを通り過ぎる三人にではなく、あたかも彼の夢の中に登場している三人に呼びかけるように、
    
ロメヲ やあ、ピノッキオ、待っていたんだ。僕も連れてっておくれ、あの場所まで。ほら、あの場所だよ! 僕が馬車を待っていたあの場所だよ! 君を誘っていっしょに乗ったあの場所だよ! なんど後悔してもしきれないよ。あの時あの場所であの馬車に乗らなければよかった。「遊びの国」で遊び暮らさなければよかった。そしたらロバにもされずに、こき使われて野菜畑で死ぬこともなかったんだ!
ねえ、お願いだ、連れて行っておくれ! もう一度あの場所からやり直したいんだ! ピノッキオ、君ももう一度あの場所から出直すんだよ! さあ、行こう。(狐と猫に)君達もいっしょに来るといいよ。本当のことを教えてあげよう! じつはね、あの場所にあの時のとは違う新しい馬車が僕たちを迎えに来ることになっているんだ! 今度の馬車はね、僕たちを「遊びの国」なんかとはくらべものにならないほど素敵な、ピカピカの新しい国へつれてってくれるんだ。その国で、僕たちは二度と遊んだりなんかするもんか! いっしょうけんめい額に汗して働くんだよ。テントで暮らしながら砂金を採ったり、土着民を成敗して手に入れた土地を囲って牛を飼ったり、奴隷を使って収穫した綿を屋根無しの貨物列車二十台に積み込んだり、そうやって働き盛りを過ごしたあとは、大きな屋敷に住んで、その土地の大立者になって、政界に打って出るんだ。四人で知恵を出しあったら大きな街を一つまるごと乗っ取ることだって出来るんだよ! 
お金と力を手に入れるのがいやなら、死ぬ気で勉強して博士になって、歳をとったらアカデミーの会員になることだって出来るんだよ! 頼む! 新しい国へ行く馬車に乗っておくれよ! 緑の髪のフェアリー様はまだ僕たちを見捨てちゃいないんだ! でもそのためには僕たちも心を入れ替えて身を粉にして励まなくては! お願いだ、僕を見捨てないでおくれ!

    ピノッキオと猫は舞台中央の暗がりに消える。狐は立ち止まり、

 むかし、西の国に、額に汗かいたり死ぬ気で勉強するのが嫌いな博士がいてね、額に汗かいたり死ぬ気で勉強するのが嫌いな子供達を励まして、こう言ったんだ。「今日を遊ばないで、明日のために身を粉にして働く奴は、奴隷根性の持ち主だ。」って。「誰でも王様になることが出来る。そのためには馬鹿みたいな無駄遣いをして、今日一日を反吐がでるほど遊びつくさなくてはいけない。」ってさ。残念だったね、あんたもせっかく半年遊び暮らしたんだから、あともうすこしで王様になれたのにね。ずいぶん落ちぶれたものだね。
ロメヲ (うずくまり)畜生・・・緑の髪のフェアリー様になんて報告したらいいんだ。
 そうだな、緑の髪のフェアリー様もけっこう陰険な妖精だからな。あんた一人で帰ったらろくな目には合わないね。かといって、あんたのその根性と体力じゃ俺たちの後についてくるわけにはいかないだろう。ここで楽になりな。(ロメヲに近づき、ロメヲの傍らのランプのホヤを取り、火を吹き消そうとする。)
ロメヲ いいよ、消しておくれ。でもちょっと待っておくれ。(肩から掛けていた袋を外し)甘いバターをぬったパンが三人分中に入っているよ。道中長いんだろ、途中でお腹が空いたらこれをお食べ。
 そうかい、それじゃもらっておこう。

    暗転



  五 難破
    
    浜(舞台前面)から荒れた海(客席)の沖を望んで、叫びながら手を振っている漁師とその家族たち。
    「おーい! 引き返せ!」「駄目だよ、オールを流されちまった。」「かわいそうに、沈むわ。」「おーい! 沖はもっと荒れてるぞ!」「もどって来い! あ、大波がくるぞ!」「ありゃ助からんな。」等々。
    ピノッキオと同じ服装の男の子が下手から現れ、沖を見ながら近くの漁師の女房に声を掛ける。 

男の子 何があったんですか?
漁師の女房 気の毒な男親がね、息子と生き別れになっちまったのさ。それでその行方をさがそうと小船で海を渡ろうとしたんだが、あいにくこんなに海が荒れちまっただろ。ほら、いまにも波にのまれそうだよ。
男の子 船がどこに!
漁師の女房 (指差し)ほら! 見てごらん、あそこだよ!
男の子 (目を凝らし、やがて)あー! 父さんだ! 僕の父さんだ!
 父さーん! 父さーん! 僕だよ! ピノッキオだよ!(膝をつき、泣く。)

    以上の場面のあいだ、彼等の背後を、上手中程の袖から登場したピノッキオ、狐、猫が、真一文字に横切りながら退行し、下手に消える。



  六 野宿
    
    舞台中央に焚き火。それを囲んで坐ったピノッキオと狐と猫。
    
 (狐の傍らの宝箱を指し)その中に金貨が二千枚も入っているというのに、なんで俺たち、こんなところで野宿をしてるんだろう。
 そうだな、せっかくこの先に「赤蟹亭」という宿屋があるのにね。ピノッキオと二匹の小悪党の物語も逆さまに辿ると、こんな地味な筋運びに変わるんだね。
ピノッキオ その「赤蟹亭」という宿屋での二匹の小悪党の物語を聞かせておくれ。
 よしましょうや、あんまり面白い話じゃありません。
 初めガツガツ、中スヤスヤ、とどのつまりはスカラカンという後味のよくない物語です。
ピノッキオ (笑いながら)いいから!
 (猫と顔を見合わせ、ため息の後)昔々・・・といっても、
 つい半年ほどの昔、
 あるところに、五枚の金貨を大切に懐にいれたピノッキオという名の孝行息子と、その金貨を狙うインチキ狐とホラ吹き猫がおりました。三人は「赤蟹亭」という宿屋にやって来て、晩餐の席につきました。
 インチキ狐は若い雄鶏と雌鶏のフライ添え甘辛ソースの野ウサギとその後でウズラと兎と蛙とトカゲのごった煮特別料理を平らげました。
 ホラ吹き猫はトマト・ソース味のボラ三十五匹とパルメザン・チーズあえ牛の臓物四人分にバターと粉チーズを三人分ふり掛けて平らげました。
 後は二匹してふかふかの布団にもぐり込んで、高いびき。
ピノッキオ ピノッキオという名の孝行息子はその晩餐の席で何を平らげたんの?
 クルミ二、三個とパンを少々。それもまるごと残しました。すっかり食欲をなくしていたんでね。
 それというのも、インチキ狐に吹き込まれた「奇跡が原」の奇跡話を真に受けて胃袋がパンパンに膨れ上がっていたからです。
 その奇跡話とは、
 フクロウの国の「奇跡が原」という原っぱに金貨五枚を埋めると一晩で二千五百枚に増えるというものです。
ピノッキオ 金貨五枚が二千五百枚に?
 実際にはその晩の大盤振る舞いに金貨一枚を支払ったから、その孝行息子が「奇跡が原」に埋めたのは金貨四枚でした。
 つまり、金貨四枚が二千枚に。
ピノッキオ それで?
狐と猫 ・・・。
ピノッキオ 奇跡は起こったの? 金貨四枚は二千枚に増えたの?
 奇跡は起こりませんでした。金貨四枚は消えました。
 薄汚いペテン師と世間知らずの夢幻(ゆめまぼろし)の物語です。

    短い間

ピノッキオ ああ、なぜ僕が父親を殺してまでこの箱を運んできたのか、いまやっと解かったよ!  

    短い間

 どういうことです?
ピノッキオ (狐に)いま言ったよね、僕たちが時間を逆さまに辿っているって。
 ええ、それで?
ピノッキオ だから、明日の朝、真っすぐにフクロウの国の「奇跡が原」へ三人で行くのさ。
狐と猫 ・・・。
ピノッキオ まだ解らないのかい? そして(宝箱を指し)これを埋めるのさ!
 で、どうなります。まさか金貨二千枚が金貨百万枚に化けるとでも!

    短い間

 (猫に)馬鹿! そうじゃない。俺たちは時間を遡っているのだから、俺たちが金貨二千枚を土の中に埋めたとたんに、そいつは金貨四枚に化けるのさ。
 それで?
 お前、ほんとに鈍いな。それだけだよ! それで充分じゃないか!
ピノッキオ それこそが「奇跡が原」の奇跡になるのさ!
 ああ、そうか! そこまでやって、物語をもとに戻すと、さっき海辺ですれ違った惨めなガキがその金貨二千枚を掘り出すというわけか!
 馬鹿!
ピノッキオ 解ってくれないかな、そんな施しをするためにこれを埋めるんじゃないんだ。いいかい、僕が鯨の腹を裏返して鮫の外へ飛び出した以上、僕らの逆さまの旅は、鯨と鮫の違いの分だけわずかにズレた、別の世界なのさ。だからさっき海辺ですれ違ったあの少年の物語と僕らの行いはほんの少しズレたまま、なんの関わりもなしに進むのさ。
 って言うことは、この二千枚はただ土の中で四枚に変わるだけ? それのどこが奇跡なんだ!
 この人が親父さんを殺してまで奪った金貨二千枚をドカッと土の中に埋める。その最高に贅沢な無駄使いこそがが飛びっきりの奇跡じゃないか! 
ピノッキオ 最高に血みどろで、スマートで、目の前が暗くなるほどロマンチックな、ストンと腑に落ちる奇跡だと思わないかい?
 すごいよ! 犯罪史上もっとも無意味な犯行として人々に記憶されるんだ!
ピノッキオ 犯罪史上もっとも意味のある愚行としてね。
 ・・・。

    三人、焚き火の炎を見つめる。

ピノッキオ いい夜だね。
 ええ、お化けコオロギも叩き殺したし、ランプの芯も吹き消したし。金貨二千枚の難問題も解決したし。
ピノッキオ ぜんぜん眠くないよ。
 そうですね、腹もへらないし眠くもない。たぶん世の中のやつ等は明日に向かってテクテク歩くから夜になると腹がへって、たらふく喰うから眠くなるけど、
ピノッキオ 昨日の朝に眼を醒まそうとしてる僕たちは、こうして焚き火を囲んで坐ってるだけでなにもかもが逆さまに見えてきて、ますます目が冴えちゃうんだね。

    短い間

 そうだね、いまの話だけど(いままで考えていた)、いいね、・・・つくづくいいね。
 だろ。
ピノッキオ そう思ってくれるかい?
 (ピノッキオに)これで、デリケートな問題にケリがつきました。
 よし! 実は、甘いバターを塗ったパンがあるんだ。おやつ代わりにどうだい?(袋からパンを取り出し、二人に、)
 え? このパンは・・・。
 そうなんだ。(ピノッキオに)このパンにも見覚えがありませんか。
ピノッキオ ・・・。
 あなたも一度は心を入れかえて勉強に精を出して学校で一番の優等生になったことがあったのです。その時、緑の髪のフェアリー様がご褒美にあなたを本当の人間の子にしようとしました。
 その前祝に学校中の友だちを招待したパーティーを計画しました。
 このパンは、そのために二百杯のクリーム・コーヒーに添えて緑の髪のフェアリー様が特別に焼いたものです。
 (狐に)どこで手に入れたんだい?
 ランプの芯が今わの際にくれたんだ。「三人でお食べ」って。
 あの緑の髪のフェアリー様の手先がか?「三人でお食べ」って、怪しくないか?(と、毒見のつもりで、一口)うまい! 最高だ! 

    ピノッキオと狐もあとに続き口に入れる。やがて三人、コトリとくずおれ、床に伏す。




  七 夢の中へ
    
    前場の続き。
    下手より、青い髪のフェアリー、赤い髪のフェアリー、コオロギ、ロメヲ登場。
    コオロギの頭の上には天使の輪が二個載っている。ロメヲは明りの点ったランプをさげている。

赤い髪のフェアリー (ロメヲに)死んでるのかい?
ロメヲ どうかな。僕はただ青い髪のフェアリーからあずかったパンを渡しただけだ。
コオロギ まずいよ。緑の髪のフェアリー様は、「なんとしても三人を連れ戻せ」ってお命じになったんだ。それを殺したんじゃ、遅かれ早かれつくづく後悔することになるよ。
青い髪のフェアリー 馬鹿だね、眠ってるだけだよ。こいつら一服盛らないといつまでも起きてるんだ。さあ、いまのうちに縛り上げて連れて帰ろう。

    いつの間にか上手に緑の髪のフェアリー様が立っている。その傍らに黒い髪のフェアリー。

黒い髪のフェアリー 「なんて馬鹿なことをしたんだい! 三人を眠らせるなんて!」そう緑の髪のフェアリー様がおっしゃってます。
青い髪のフェアリー (緑の髪のフェアリー様に)なぜですか。「みごと生け捕りにしたね」って誉めてくださらないのですか?

    緑の髪のフェアリー様、青い髪のフェアリーに向かって懲らしめの身振り。
    青い髪のフェアリーの肩から煙が上がり、彼女は苦痛にのけぞる。

黒い髪のフェアリー 「わたし達はピノッキオが巻き起こしたこの悪い夢に手を焼いているんだ。そのうえ三人を眠らせてもうひとつ先の夢の中に追い込むなんて最悪じゃないか!」そう緑の髪のフェアリー様はお怒りです。
一同 ・・・。
黒い髪のフェアリー 「さあ! ここまで追いかけてきたんだ。この続きはこいつ等の新しい夢の中にだよ! 赤い髪のフェアリーと青い髪のフェアリー、お前達はそれぞれ猫と狐の夢の中へ忍び込んで二匹を生け捕りにしておいで。この二匹はけっこうしたたか者だからね、気を抜くんじゃないよ!」そう緑の髪のフェアリー様のお言いつけです。
赤い髪のフェアリー・青い髪のフェアリー かしこまりました。
黒い髪のフェアリー 「黒い髪のフェアリー、お前はピノッキオの夢の跡を追いかけるんだ。子供だからって油断するんじゃないよ。」そう緑の髪のフェアリー様が・・・「馬鹿! お前に言いつけてるんだ!」・・・あ、はい。

    命じられた三人は、焚き火の傍らに残された菓子パンを慌ただしく口に入れると、コトリと眠る。
    しかし、黒い髪のフェアリーは途中で半分眼を醒まし、

黒い髪のフェアリー 「ロメヲ、お化けコオロギ、二人はピノッキオの夢にもぐり込んで、この黒い髪のフェアリーを助けておやり。この子はまだ半人前で、一人では荷がおもいからね。」そう緑色の・・・(眠る)
ロメヲ・コオロギ はい。
  
    二人、後に続いて菓子パンを・・・。
    舞台上はあたかも死屍累々の有様。その中に独り緑の髪のフェアリー様が死神のように立つ。
    暗転




  八 猫の夢
    
    七場と同じ位置に、焚き火と、眠っている猫。
    その傍ら、野外キャンプ用の椅子に、砂男が坐っている。猫、眼を醒まし、

 誰だい?
砂男 砂男だ。
 砂男って、子供達が怖がっているあのお化けかい?
砂男 そうだ。
 どんなふうに怖いの?
砂男 寝つきの悪いのだけが玉にキズの良い子を見つけると、その悪い目玉に砂をかけて、傷だらけにしてからえぐり取るんだ。
 ・・・。
砂男 怖いか?
 僕は寝つきのいいのだけが玉にキズの悪い子だから怖くない。どうしてそこに坐っているの?
砂男 寝つきのいい悪い子を見つけたら、その夢の中にもぐり込んで、砂はかけずにけしかける。
 砂はかけずに、何をかけるって?
砂男 目が飛びでるほどの悪事をけしかける。
 それって、いいな! けしかけてくれない?
砂男 いいよ。しかし今すぐというわけにはいかない。ここはお前の夢の中だからね。お前の器(うつわ)以上にスケールの大きい悪事をけしかけたって、すぐにお前がしぼませてしまうんだ。
 なぜだい! 良い子だって夢の中では空を飛んだりしてるのに、なぜ悪い子の僕がふだんの僕以上の、目が飛びでるほどの悪事をけしかけられて、楽しんじゃいけないんだい?
砂男 うん、良い子が地面すれすれを飛ぶ程度のスケールの小さい悪さならここでも叶うだろう。しかし、それ以上の度外れた悪だくみは、お前の夢の殻を破らなくては無理なんだ。
 僕の夢の殻を? どうやって?
砂男 ・・・。
 (素直に)教えてくれないかな。
砂男 いいよ。(身振りを交えて)まずお前の目のまえに坐っているお前より何十倍も悪い男に「どうかちょっと眠ってくれませんか?」と頼む。するとそのお前より何十倍も悪い男はお前より何十倍も寝つきがいいからね、たちどころに眠ってくれる。そしてお前より何十倍もスケールの大きい悪い夢を見てくれる。その夢の中へお前がもぐり込む。

    短い間

 わかった。
砂男 ・・・。
 ・・・じゃ、眠ってみてくれる?
砂男 いいよ、いいよ。

    砂男、愛想よく猫にウインクなどしながら、眠りに取りかかる。

 待って。
砂男 ・・・。
 でも、どうかな。
砂男 なにが?
 あんたに眠ってもらっても僕より何十倍も悪い夢を見てくれそうな気がしないんだ。
砂男 え?
 あんた、たしかに最初にそこに坐って「砂男だ」って言った時は、いかにも僕より何十倍も底知れない怖いお化けにみえたよ。でも、こうして僕にいろいろ教えてくれてるうちに、あんた、どんどん親切ないいお化けになっちゃったじゃないか。いまや僕より何十倍も情け深くて行き届いた良い人にみえるよ。
砂男 ・・・。

    短い間

砂男 ・・・だね。
 ね、そんなふうに素直だし。
砂男 実はそうなんだ。俺はね、「なんとかですか?」とか、「どうしてですか?」とか、素直な目でものを訊ねられると、つい仏心(ほとけごころ)に歯止めがきかなくなるという弱みを持っているんだ。

    短い間

砂男 ・・・しょうがない、お前、もう一度お眠り。今度はお前の夢の中に第一印象の怖いお化けのまま坐っていてやろう。だから眼を開けてすぐ「誰だい?」なんて無邪気にたずねるなよ。
 わかった。

    猫、傍らに落ちている菓子パンのかけらを手に取り、口に入れようとする。
    上手より赤い髪のフェアリー(茶色のかつらを被り、変装している)、登場。人形を抱いている。
    二人の前を横切り、よろよろと下手に向かうが、立ち止まり、振り向き、

赤い髪のフェアリー (砂男に、無邪気に)あの、ちょっとおたずねいたします。

    短い間

砂男 はい。
赤い髪のフェアリー 道に迷ってしまったのです。この先(下手の方角)へ行くとどこかへ抜けられるのですか?
砂男 それが駄目なんだ。残念だけどこの先はどこへ行っても行き止まり。
赤い髪のフェアリー ご親切に有難うございます。でも、困ったわ・・・。
砂男 ・・・。
赤い髪のフェアリー あの、ここは何処なのですか?
砂男 ここはこいつ(猫)の夢の中。スケールの小さい猫でね。だから、どっちの方向に行っても行き止まりなのさ。なんでこんな窮屈な所へ迷い込んで来たんだい。
赤い髪のフェアリー わかりません。この子(人形)、良い子なのですけど、あんまり夜泣きをして眠らないものだから「そんな子は意地悪猫のお化けにたのんで砂男を連れてきてもらいますよ」って言っているうちに、わたしの方が眠ってしまったのです。
 え! て、言うことは・・・それじゃ、この場はいつの間にかあんたの夢の中ってこと?
砂男 (猫の言葉を耳に入れずに、椅子から立ち上がり、赤い髪のフェアリーの傍らに坐り)どら、そんなに聞き分けの悪い好い子なのかい。かしてごらん。

    砂男、人形を抱き取り、薄っすらと笑いながらポッケットを探る。 

 やるのかい?
砂男 (しばしポケット(右の)を探り)驚いた! ポケットの底が抜けている。砂がない。
 ほらね! まずいことになったよ。どうやら僕の夢がいつの間にかこの人の夢にすり替わっちまったみたいなんだ。それも選りに選って、空も飛べないスケールの小さい夢を見ている僕と、その夢の中で仏心を丸出しにしているあんたという、いちばんパワーダウンしている瞬間をねらわれてさ!
砂男 (赤い髪のフェアリーに)企んだのか!
赤い髪のフェアリー (いつの間にか砂男の椅子に座っている)生意気な口をおききじゃないよ、ボケ爺! 左のポケットを探ってごらん。紐が入ってるはずだ。

    砂男、ポケットを探る。紐が出てくる。

赤い髪のフェアリー その紐で猫を縛っておくれ。
砂男 へい。
 よせ!(素早く逃げ出そうとするが、ピタリと止まる。)
赤い髪のフェアリー あたしの夢の中であたしに断わりなしに勝手に動いちゃいけないよ。

    砂男、猫を縛る。

 (小声で、砂男に)なんとかならないのかい? いくら丸腰にされても悪知恵のかけらぐらい残っているだろ。
赤い髪のフェアリー (砂男に)往生際のわるい猫だね。お前になにか囁いたね。
砂男 いえ、これでもけこう健気(けなげ)な猫でして、貴女様がだいぶお疲れのご様子だから肩でも揉んでさしあげたらどうかと、わたくしに申しましたんで。
赤い髪のフェアリー そうかい。可愛いじゃないか。それじゃこいつの皮を剥いでスープにするまえに、お前さんに肩でも揉んでもらおう。でも、ただ揉んでもらうだけじゃ退屈だね。こいつに何か芸をさせよう。カン袋をかぶせて踊らせようか。
砂男 その芸はちょっと古すぎませんか。いっそのことこぼれ話のひとつでも語らせてはいかがでしょう。
 「こぼれ話」ってなに?
砂男 (赤い髪のフェアリーの肩を揉みながら)こぼれ話っていうのはね、「なに、その話。どこが面白いの?」って、誰にも相手にしてもらえずに捨てられちゃうほどとりえのない話だけど、「ま、強いていえば、そのとりえの無いところがとりえか」って、もの好きな男に最後に拾ってもらえる程度の、しょうもない話さ。
赤い髪のフェアリー (砂男に)お前、いい年をしてよく口から出まかせを言うね。(猫に)「こぼれ話」の本当の意味はね・・・、やめた、わたしは猫にものを教えるのは嫌いなんだ。とにかく始めてごらん。本当に「なるほど、これこそとりえの無いところがとりえのしょうもない話だ」という話を聞かせたら、褒美に皮は剥がずに、そのまま、まる茹でのスープにしてやろう。
 わかりました。(語りだす)
一日に二回、続けざまに驚いた話をいたします。
ある日、耳鼻咽喉科の病院の待合室で週刊誌をめくっておりました。すると次のような記事が目に入りました。マイカーの専門家と申しますか自称評論家と名乗る男が、フォルクス・ワーゲンの重心がいかにしっかりと安定して設計されているかについて、こう述べておりました。『げんにわたしは、ドイツのアウト・アーバンを走っていて、目の前で横転したカブトムシ型のフォルクス・ワーゲンがそのまま一回転して何事もなく走り去る現場を三回目撃している。』「え? ちょっと! 目の前でフォルクス・ワーゲンが一回転したのを三度も見たんだろ! それがなんで重心がしっかり安定してることになるの!」そうのけぞって驚いた次第です。
そしてその耳鼻咽喉科の帰り道、六本木から龍土町へ下る旧都電通りの右側に、
砂男 おいおい、何の話だ!
 ケンタッキー・フライドチキンがございました。その店舗の前、車道に向かって白い髭を生やした白無垢の背広に黒ネクタイのカーネル・サンダースが立っておりました。あえて「店舗の前、車道に向かって」と申しましたのは、つまり通常ならカーネル・サンダースは店先に立って、道行く人々に笑いかけているはずですが、その時のカーネル・サンダースは、その店先の歩道を突っ切って、車道に接する縁石ぎりぎりにまで移動して、車道を走る車に向かって笑いかけていたのです。「おや?」と思いました。次の瞬間です、そのカーネル・サンダースがやおら手を挙げ、タクシーを止め、乗り込んで、渋谷方面に走り去りました。驚いたのなんの! ちなみに生身のカーネル・サンダースは大の日本贔屓で、一九七二年、七十八年と八十年の三回、東京に来ております。
一日に二回続けざまに驚いた次第です。

    いつの間にか、赤い髪のフェアリーは寝入っている。

 大成功だね、僕のこぼれ話にうんざりして寝ちゃったよ。
砂男 そうじゃない、俺が眠りのツボをおさえたんだ。
 とにかく俺たち、悪知恵だけはまだ健在だった。

    砂男、猫の縛めを解き、その縄で、赤い髪のフェアリーを起こさぬよう密かに彼女を椅子ごと縛る。

砂男 (赤い髪のフェアリーの鬘に気づき、剥ぎ取り)おい、こいつは緑の髪のフェアリーの手下の赤い髪のフェアリーだ。
 そうか! 緑の髪のフェアリーに命じられて、ここまで僕を追いかけてきたんだ。ということは、狐とピノッキオの夢の中にも追っ手の手が伸びているということか! どうしよう、二人とも生け捕りにされちゃうぞ!
砂男 ちょっと待て、さっきから気になっていたんだが、お前ほんとうにいましがたこの女に夢を乗っ取られたのか?
 え? ・・・だって、こいつがいきなり我が物顔に振舞って俺たちを踏みつけにしたじゃないか。
砂男 だとしたら、いまこの瞬間は誰の夢なんだ。こいつの夢だとしたら、自分の夢の中で夢を「見ない」で寝ているってのは手抜きもいいとこじゃないか! それはあり得ないぞ!
 ・・・。
砂男 やっぱり、さっきからずっとここはお前の夢の中なんだよ。ほんらいは泣く子も黙る俺がこんなふうにインパクトをなくしてるのも、こいつがお前を縛って踏みつけにしたのも、みんなお前が夢の中で勝手にそう望んだからなのさ。
 まさか! だってこいつ(赤い髪のフェアリー)を見てみろよ。どうしようもないほど根性の悪い寝顔だぜ。いかにも眼を醒ましたらまた俺を縛りそうだよ。
砂男 だったら、いまのうちに作り変えたらいいじゃないか。もうすこし根性の良いキャラにさ。
 俺好みにか。
砂男 だから! ただお前好みにしたんじゃまたお前を縛るって!
 俺はマゾか!(短い間)いや、そうかも知れない。いま縛られながらうっとりとこぼれ話をしてたような気がしないでもない。
砂男 個人的な好みより公の状況判断を優先させろ。
 わかった。しかし寝てる間に作り変えるってのは、酔いつぶれた女をヤッチャウみたいで、それも俺の好みじゃないな。起こしてからキッチリ口説いてみよう。
砂男 そうか。いいだろう、見届けてやろう。

    猫、赤い髪のフェアリーを揺り起こす。

赤い髪のフェアリー (眼を醒まし、目の合った砂男に)あの、ちょっとおたずねいたします。
砂男 はい、はい。
赤い髪のフェアリー 道に迷ってしまったのです。ここは何処なのですか?
砂男 あ、いまその話をしていたところなんだ。あのね、残念ながらここはこいつ(猫)の夢の中。そして、あんたが赤い髪の毛のフェアリーだってこともバレちまってるのさ。
赤い髪のフェアリー (自分の縛めに気づき)あ!
 恐がらなくてもいいよ。すこし話し合おうじゃないか。どうだい? あらためて僕の夢の中の居心地は。
赤い髪のフェアリー ・・・。
 「あら、なぜかしら、肩の力がすっかり抜けている!」そう思わないかい?「まるで生まれかわったみたい!」って。
赤い髪のフェアリー ・・・。
 そう、生まれ変わったのさ、僕の夢の中に。
想像してみてごらん、さっきまでのあんたが、緑色の髪のフェアリー様の手先のあんたがこんな目に逢ったら、きっと俺たちを睨みながら、こう呟いたにちがいないんだ、「なんていやらしい猫と砂かぶり男だろう。きっと二人とも頭の中でわたしを犯すところを想像しているに違いないわ。」って。そしてこう思ったろう、「こういう不潔で堕落した輩(やから)を全員檻に閉じ込めて根絶やしにしたら、どれほど清潔で公明正大な世の中になることだろう。」って。だってそれこそが、あんたが緑の髪のフェアリー様に普段から教え込まれている決まり文句だからね。
赤い髪のフェアリー ・・・。
 彼女の望みは、勉強が嫌いで遊び好きの子供たちをロバに変えることと、エッチなことばかりを考えて真面目に働かない国中の正しい道から外れた男と女を一まとめに檻の中に閉じ込めて、根絶やしにすることだからね。
赤い髪のフェアリー ・・・。
 ところが、いまやそのあんたが檻の中だ。俺たちといっしょに俺の夢の中に閉じ込められてしまった。
赤い髪のフェアリー ・・・。
 どうだい、檻の中からの眺めは? ほら、さっきまでのあんたが檻の外から俺たちを覗き込んでいる。・・・自分が犯されるところを想像しなが欲望に顔をゆがめて俺たちを覗き込んでいる。・・・見てごらんあの偽善者の醜い顔を!
 その後ろには緑の髪のフェアリーが立っている。認めないことで、許さないことで、罰することで、生きとし生きる者の営みをを根こそぎ刈り取ろうとしているあの姿は、まるで大きな鎌を手にした死神そのものじゃないか!
赤い髪のフェアリー ・・・。
 そうだよ! ピノッキオの物語の中で、ピノッキオが初めて緑の髪のフェアリーの家の扉を叩いたときに、彼女は窓から首を出したこう言ったんだ。「この家には誰もいないの。みんな死んだわ」。「だってあんたがいるじゃないか! どうか扉を開けておくれ!」ピノッキオがそう叫ぶと、「いいえ、わたしも死んでいます」。彼女ははっきりそう答えているんだ。これで解ったろう! 緑の髪のフェアリーは生きることの素晴らしさを歌ってくれる妖精なんかじゃない! 彼女こそは死神なのさ!
赤い髪のフェアリー ・・・。
 さあ、肩から力の抜けた赤い髪のフェアリー! 僕の檻の中で生まれ変わったフェアリー! 僕らの側へおいで! 一緒に緑の髪の毛のフェアリーのたくらみをひっくり返そう! 物語りを逆さまに辿る旅を続けよう!

    気がつくと赤い髪のフェアリーは再度眠りこけている。

 うんざりして寝てるよ。またこぼれ話をしちゃったみたいだね。
砂男 いや、ツボを押さえられてうっとりしてるのかも知れない。
 (赤い髪のフェアリーの寝顔をのぞき込み)なぐさめてくれなくてもいいよ、どう見てもそうは見えないや。
砂男 こぼれ話としてはそれなりのこぼれ話だったんだがな・・・。で、どうする。
 そうだな、僕の夢はこの辺で種切れなんだ。それに狐とピノッキオの夢が心配だし。さっきの俺たちみたいに旗色の悪い夢を見ていなければいいんだがな。生け捕りにされて緑の髪のフェアリーのもとへ連れ戻された一巻の終わりだからね。
砂男 よし、狐の夢を覗いてみるか。ピノッキオのことはその先で考えよう。
 覗くだけで済むのかい? 
砂男 覗くだけで物足りなかったら中に入り込めばいいじゃないか。じつは狐の夢には俺の息子を送り込んでいるんだ。その仕事ぶりが気になるんでね。
 え? あんたの? 砂男ジュニアか・・・ちゃんとお目付け役がつとまってるかな? 
砂男 俺とちがって体育会系の硬派なんだ。
 で、どうしたらその狐の夢を覗けるんだい。
砂男 狐の夢に窓枠をこしらえてそこから覗けばいいんだ。
 わかった、じゃ行こう。(立ち上がり、赤い髪のフェアリーを振り返り)どうする? 置いてくか。
砂男 そうだな、連れてったって、足手まといになるだけだ。
赤い髪のフェアリー (目をつむったまま)わたしも裏返す旅のお供をいたします。
 ナンだ! 寝てたんじゃないの?
赤い髪のフェアリー いいえ、ツボを押さえられてうっとりしていました。緑の髪のフェアリー様にこしらえられた私を裏返していたのです。(砂男に)足手まといでしょうか? 

    猫と砂男、顔を見合す。
    暗転

砂男の声 いや、そんなことないよ。いいよ、いいよ。




  九 狐の夢
    
    舞台中央に窓枠。窓枠の外側(つまり窓枠の舞台奥側)から窓枠の内側で展開されている「狐の夢」を覗き込んでいる猫と砂男と赤い髪のフェアリー。
    内側の夢のエリアの中央では、太った狐(狐の分身)と砂男ジュニアが互いにプロレスの寝技を掛け合い、団子状にもつれあっている。
    極度に技が拮抗した状態で首を絞め合っているので、双方虫の息である。
    その傍らには、縛られ、猿轡をかまされ、椅子に括られた青い髪のフェアリー。そして、その状況を窓枠の内側に凭れて坐り、眺めている当の狐。

砂男 (窓の外から、内側に坐っている狐の肩口に首をのばし)なんなんだ。
 もめてる最中だよ。
砂男 俺の息子と絡んでる野郎は何者だ?
 俺だよ、夢の中のね。
 じゃ、そういうお前は誰なんだ。
 俺だよ。俺がここで俺の夢をみているんだ。
 お前がお前の夢を見てるったって、あいつ、ぜんぜんお前に似てないよ。
砂男 いや、さしあたって似ている必要はないんだがね。
 なんで?
砂男 たいがいの奴は、「こんなふうになりたい」自分を夢の中で見ようとする。ところがそんなふうに期待されて夢の中に出てきた自分にだって自分ってものがあるからね。その自分も自分で「もっと別の自分になりたい」と思うのは自分なりに自分らしいことじゃないか。だから自分と夢の中の自分がけっこう食い違った姿かたちになるのは当たりまえのことなんだ。
 ぜんぜん解らないよ!
砂男 (ジュニアに)おい! なにをしてる。ちゃんと悪事をけしかけてやれなかったのか。
砂男ジュニア (虫の息の下から)・・・ヤワなだけじゃない・・・変態なんだ・・・こいつ・・・。
 (自分の分身に加担して)馬鹿野郎、お前の方がただの単細胞なんだよ!
 (砂男に)姿かたちは似てないけど意見は同じみたいだよ。
砂男 そういうケースもあるさ。

    砂男、窓枠をまたいで夢の場に入る。猫と赤い髪のフェアリーも後にしたがう。

砂男 (中央に坐り)こら! とにかくこの場は俺にあずけろ。

    砂男ジュニアと狐の分身、取組み合いをほどき、左右に別れる。

砂男 で? なんなんだ。
 いま、こいつ等、緑の髪のフェアリーの手先を生け捕りにしたところなんだがね、串刺しにして野っ原に晒し者にしようというところまでは意見が一致したんだが、頭のてっぺんから串をさすか、けつの穴から串をさすかでもめてるんだ。
 どっちでも同じジャン。
狐の分身と砂男ジュニア 違う!
砂男 (ジュニアに)お前はどっちの意見だ。
砂男ジュニア 頭からブスッと。
狐の分身 俺は逆の側からジワジワ。
 アナルから?
砂男 (狐の分身に)なぜ。
狐の分身 もじもじと屈辱と苦痛に身悶えながら、一瞬、その苦痛が快感にすり替わる刹那を味あわせてやりたい。・・・その過程を観察したい。

    短い間

砂男 どっちかって言えば俺もこっちに賛成だな。
 俺も。
砂男ジュニア なに言ってんだ、親父!
赤い髪のフェアリー ・・・わたくしも。
砂男ジュニア なぜだ! 一発で止めを刺してやるのが武士の情けだろうが!
砂男 お前、武士か!
狐の分身 だからさ、その情けをジワジワかけてやろうとしてるんじゃないか。
砂男ジュニア ふざけるな、情けなもんか! てめえ等の隠微な欲情でこいつの死に際を弄(もてあそ)ぼうとしてるだけじゃないか!
 ふざけちゃいけないかい? 
 隠微じゃいけないかい? 
砂男 遊んじゃいけないかい?
 それより、ジワジワが「情け」か「情け」じゃないか、当人に聞いてみようよ。

    猫、青い髪のフェアリーの猿轡を外す。

青い髪のフェアリー (猫に) 恥知らず!
 
    短い間

青い髪のフェアリー ・・・と、この猫を罵ることに、はたして何の意味があるのか? 「知る」「知らない」の問いは、まず己にむかって厳しく問われてこそ真の意味で知りうる問いではないのか!
で、「果たして私は恥を知っているのか、知っていないのか?」
一同 ・・・。
青い髪のフェアリー そしてその問いは次の問にふかく関わってまいります。
「もじもじと屈辱に身悶えながら、一瞬、苦痛が快感にすり替わる刹那なるものがありや? なしや?」「もし、ありとするなら、その刹那の快感を深く味わい得るか浅く味わうに止まるかの差は、感受する個体のいかなる要因による能力差として明確に現れるであろうか?」
一同 ・・・。
青い髪のフェアリー たぶんわたし、始めにすごく恥ずかしければ恥ずかしいほど、それが快感に変わった時に、大きくイケルと思うんです。あの、それは本当にそうなんです。昼間でも夜でも、緑の髪のフェアリー様の目を盗んでいけないことをするときに、あらかじめ「こんないけないことをするなんて恥ずかしい、恥ずかしい」って思えば思うほど、うっとり、すっきりするんですもの。

    間

青い髪のフェアリー 皆の前で縛られながら、ここまで口走って・・・すごい恥ずかしい。

    間

砂男 いいんだよ、いいんだよ。どっちかって言えば、俺たちみんな、恥ずかしいんだから。つまり、どっちかって言えば、あんた、俺たちの仲間っていうわけだ。
砂男ジュニア なに言ってんだ、親父!
 (砂男に、小声で)あんた、俺の夢の中以外でもけっこう親切じゃないか。
砂男 (猫に、小声で)とめどがなくなっちまったのかな。
 どうだい、大雑把だけどさ、この辺で一件落着にしないか?
砂男ジュニア 俺は反対だぞ! なんなんだこれは! いまの尻切れトンボの演説でこの女のどこが一件落着なんだ! 
 まいったな。(砂男に)親父さん、俺たちの側にこういう頭の固い馬鹿が一人いると以心伝心でことが運ばなくなるぜ。
砂男 (砂男ジュニアに)お前、ちょっとヒドイよ。
砂男ジュニア 父さん・・・
砂男 馬鹿者!
砂男ジュニア ・・・。
砂男 外へ出て立ってろ!(皆に)親として・・・すごい恥ずかしい。

    砂男ジュニア、素直に言付けをまもり、窓枠をまたいで外へ出、脇に佇む。

 さてっと、問題はピノッキオの夢だ。(赤い髪のフェアリーに)あそこには黒い髪のフェアリーが送り込まれているのかい? 
赤い髪のフェアリー 黒い髪のフェアリーだけではありません。コオロギとランプの芯も送り込まれています。わたし共の中では一番ウブなフェアリーだけに、ウブどうしの勝負になるとピノッキオの旗色があまりよくないと思います。
 なるほど。
砂男 ものは相談だが、どうだろう、(窓の外の砂男ジュニアを指し)あいつにもう一度だけチャンスを与えてくれないか。ああ見えても百パーセント反省してるはずなんだ。ピノッキオの夢にもぐり込んで生まれ変わったあいつがどれくらい大雑把に柔らかく対応できるか、試させてやってくれないか。
狐の分身 だったら俺も行かせてくれ。今度はあいつと仲良くやるからさ。いつまでも「自分に見られてる自分」じゃ居心地がわるいからね。俺なりの働きをして独り立ちしたいんだ。
 いいだろう。思いっきりやってみな。

    狐の分身、窓から出て、砂男ジュニアと並ぶ。

砂男 こんど団子になって取っ組み合ってたら二人並べて串刺しだぞ!
青い髪のフェアリー 鰻の蒲焼です。

    暗転




  十 ピノッキオの夢
    
    窓枠はそのまま。窓枠の手前にママゴト用のゴザが敷かれてある。ゴザの上の中央に粗末なちゃぶ台。
    ちゃぶ台に背を向けて坐った黒い髪のフェアリーが、ママゴト用のまな板の上で三角定規をコトコトいわせながら夕餉の支度をしている。
    ちゃぶ台の脇に横たわってうたた寝をしているピノッキオ。

黒い髪のフェアリー (作業を続けながら)あなた! あなた、起きてください。お夕飯ですよ! その辺をすこし片してください。

    ピノッキオ、眼を覚まし、ちゃぶ台の前にぼんやり坐る。

黒い髪のフェアリー よほど疲れてらっしゃるのね。会社でなにかあったのですか?
ピノッキオ 僕はいつから寝ていたんだい?
黒い髪のフェアリー 会社からお帰りになってすぐです。着替えもなさらずにゴロッとそこに・・・。三十分くらいかしら。
ピノッキオ 夢だといいんだけどな・・・、今日、会社を首になった。
黒い髪のフェアリー (手を止め、ピノッキオの前に坐る。)どういうことですか?
ピノッキオ ・・・。
黒い髪のフェアリー どうなさいます? 明日から。
ピノッキオ ・・・。
黒い髪のフェアリー なにか当てがあるのですか?
ピノッキオ ぜんぜん。

    舞台奥の暗がりから、コオロギ、登場。窓枠をまたいでゴザの上にあがり込む。

コオロギ 「ぜんぜん」はないだろう! そうじゃないか? いくらなんでもヨメに対してその一言はない。そんな生活態度だと遅かれ早かれつくづく後悔することになるよ。
ピノッキオ (黒い髪のフェアリーに)誰だい? 
黒い髪のフェアリー 母方の叔父です。何かとお世話になっています。
ピノッキオ 君に母方の叔父がいるなんてきいてないぞ!
黒い髪のフェアリー 口が裂けても貴方には言いません。
ピノッキオ いま言ったじゃないか!
黒い髪のフェアリー 貴方がシャンとしてくださらないからです。
コオロギ シャンとしろ!
ピノッキオ (コオロギに)なにがシャンだ!
黒い髪のフェアリー チャンと聞いてください!
コオロギ シャンとしてチャンと聞け!
ピノッキオ (コオロギに怒鳴る)なんだ!
コオロギ なにが!
黒い髪のフェアリー (怒鳴る)なにがなんだではないのです!

    短い間

黒い髪のフェアリー きょうお医者さまに行って、診てもらって来ました。赤ちゃんが出来たのです。

    短い間

コオロギ 俺の子だ。
ピノッキオ ・・・?
黒い髪のフェアリー (コオロギに)ごめんなさい、あなたの子でもないの。
コオロギ ・・・?

    舞台奥の暗がりから、ロメヲ、登場。窓枠をまたいでゴザの上にあがり込む。
    
ロメヲ 「貴方の子でもないの」の「も」について一言補足しよう。いま彼女は「貴方(とピノッキオを指す)の子でないと同時に、貴方(コオロギを指す)の子でもない」という意味で、「も」と言ったのではないのだ。彼女は私が登場することをあらかじめ見越して、先取りして、彼女の腹の中の子の父親は、この私ではないと同時にこいつ(コオロギ)でもないと言ったのだ。だから父親は我々二人を除外して後に残ったお前(ピノッキオ)だ。
ピノッキオ (黒い髪のフェアリーに)この人は誰なんだ! まさか父方の叔父じゃないだろうな!
黒い髪のフェアリー (ピノッキオの視線から目をそらす)父方の叔父です。なにかとお世話になってます。
ピノッキオ なにかとお世話になんかなるな!

    短い間

コオロギ ・・・そういうことなんだよ。遅かれ早かれつくづく後悔したって、もう遅いんだよ。お前の独りよがりに張った肩肘(かたひじ)が会社の屋台骨にふれて人の道から外れていく傍らで、この子が夕餉の支度にいそしみながらどのように足元から崩れていったか・・・、「魚心あれば水心」の喩えにあるとおり、つい出来心で二人してお世話してしまったのだ。このへんで眼を醒まして水に流さないとこっぴどい目にあうだけだよ。

    短い間

ロメヲ (優しく)「あなた、起きてください。お夕飯ですよ!」という声に揺り起こされて、きみはこの部屋に眼を覚ました。どうやらきみは会社を首になったらしい。人心地の薄い女が目の前に坐って、「どうするんです? 明日から。なにか当てがあるのですか?」と詰め寄っている。その横では、ただただ当所(あてど)ない男が、「こっぴどい目にあうだけだよ」とわめいている。妻が子を宿したという報までもが間違って届いた督促状のようだ。「なんて行き当たりばったりの、上っ滑りしたママゴト芝居の中に目を醒ましてしまったんだ! こんな薄ら寒いペラペラの人生が僕のものであるはずがない!」そう思ってるね。・・・その通りだよ。きみのことはこの僕が誰よりもよく知っている。さあ、もうやめにしよう。眼を醒まそう。もう一度あのお方の物語の中に戻って、今度こそ大きな夢をつかもう! おいで、僕と一緒に帰ろう! 

    舞台中央奥の暗がりから姿を現した狐の分身が窓枠の外に立つ。

狐の分身 どちらへお帰りですか? この時間に二人連れでお帰りになる方、及び、生きたままはお帰りになる方は、行く先とその理由をわたくしの目をしっかり見て、腹を割ってお答えいただくことになっております。
ロメヲ 誰だ、お前は。
狐の分身 (窓枠をまたいで入ってくる)区役所の見回りの者です。見回り先での出来事は、相手を見定め、わたくしの胸先三寸で処理するようにという正規の委任状を持参しております。
ロメヲ その委任状には但し書きがついてるはずなんだが、確かめてみてくれないか。
狐の分身 え?

    狐の分身、委任状をポケットから出して開く。

ロメヲ たしか「ただし、その見回り先が個人の夢の中の場合、当人が二人連れで帰ろうと、生きたまま帰ろうと、目を伏せて黙認しなくてはならない。」そう書いてあるはずだが。
狐の分身 あ! 
ロメヲ さあ! ピノッキオ!
狐の分身 ちょっとお待ちを! ただしですな、この但し書きには、「当人が生きたまま」でなくお帰りになる場合のことは何も書かれてないのですが・・・。
ロメヲ ・・・なるほど、そういうことか。(ポケットからナイフを出し)受けて立とうじゃないか。

    狐の分身もナイフを取り出し、構える。対峙する両者。だが、なぜかロメヲがゆるやかに生気を失い、その場にしゃがみ込む。
    舞台中央奥の暗がりから姿を現した砂男ジュニア、窓枠の外に立つ。

砂男ジュニア あれ、どうしたの? いやね、今、そこの入り口の脇に灯の点いたランプが置きっぱなしになっていたから、油の無駄使いだと思って消したんだけど・・・そういうことか・・・ごめん、ごめん。
ロメヲ 畜生! 汚ねえぞ・・・(その場にくず折れ、動かなくなる)
コオロギ そんな道に外れたことをすると・・・
狐の分身 うるさい! まだ懲りてないのか! 猫を呼んできてもう一度叩いてもらおうか?
砂男ジュニア それよりもせっかく僕が来たんだから、目に砂をかけてやろう。
コオロギ (不意に取り乱し)やめてくれ! わかった、わかったよ! 餓鬼の頃からお袋に脅されて、砂男だけは俺のトラウマなんだ! ・・・ねえ、眠らない悪い子には砂をかけずにけしかけるんだろ。悪いコオロギになるから勘弁してくれ! いいよ! 約束するよ! 緑の髪のフェアリー様の言いつけを破るどんな悪いことでもするから、けしかけておくれ! さあ、何をしたらいいんだい?
砂男ジュニア 寝返った説教魔になんか誰がけしかけるもんか。とっとと失せな、転びコオロギ。一目散に緑の髪のフェアリーにご注進にあがるか、それともそのあたりに突っ立ってもみ手をしながら後から来る連中の道案内をするか、どっちでも好きな方を選びな。
コオロギ わかった。

    窓から外へ出る。

黒い髪のフェアリー (いきなり)いいかげんにしてください! いったいこれは何なんですか? さっき、この人(ロメヲ)がここでの出来事を「行き当たりばったりの、上っ滑りしたママゴト芝居」だと言っていました。その通りです!何ですか! 皆さん入れ替わり立ち代り、断わりもなく窓からズカズカ上がりこんできて! いくらわたくしが「人心地の薄い女」だからって、あんまり馬鹿にしないでください。
一同 ・・・。
黒い髪のフェアリー いいですか、わたくしはこの人の子を宿しています。これだけはまぎれもない事実です。そして、たとえゴザの上だろうとここがわたくしの生きていく場所です。「薄ら寒いペラペラの人生」だなんて誰にも言わせません! 「眼を醒まして」「大きな夢をつかもう」なんて根も葉もない言葉からこの人を守って、三人でここで生きていくのがわたくしの務めです。
コオロギ (まだ消え残っていた)ちょっと待った、それじゃフェアリー様のお言いつけに背くことになるじゃないか。・・・後悔することになるよ。 
砂男ジュニア まだいたのか、この馬鹿!
狐の分身 殺すぞ!

    コオロギ、あわてて暗がりに消える。

狐の分身 いや、この女の青臭い言い分も解らないじゃないよ。たしかに、こんな行き当たりばったりの上っ滑りしたママゴト芝居じゃお粗末すぎるよね。すこし腰を落として考えなおそうか。
砂男ジュニア そうだな、もっと引き締まった、説得力のある場につくり直してみよう。
ピノッキオ 僕にも一言いわせてくれないか?
狐の分身 もちろん。
ピノッキオ 説得力のある場につくり直すのは反対なんだ。
砂男ジュニア なぜ。
ピノッキオ 説得力のある物語を作るのは、緑の髪のフェアリーにまかせとこう。そういうもっともらしい物語にさんざんうんざりしたから、僕たちはここまで来たんじゃないのかい。
一同 ・・・。
ピノッキオ この女の説得力にも、さっきからうんざりなんだよ。(黒い髪のフェアリーに)あんたが僕の妻で、僕の子を宿しているんだって? それって、最初からもっともらし過ぎゃないか?

    いつの間にか暗がりから、コオロギに案内されて前場の登場人物たちが窓の外に現れ、進行中の場を覗き込んでいる。

黒い髪のフェアリー どこがいけないのですか! 人を愛して、児をさずかって、その児を愛(いつく)しみながら育てて、その子供にほんの少し裏切られて、やがて年老いて独りで土へ返る―、この、ありのままの人間の生き方にうんざりして、確かな生き方に背を向けて、いったいあなたはどこへ行くつもりなのです。
ピノッキオ 僕がまだ「ありのままの人間」じゃないってことを忘れないでおくれ。それに、鯨の腹の中で生みの親を殺した僕と、墓場から這い出した狐と猫は、そのありのままの人間の生き方とは逆の方角へ歩いている最中なんだ。どこへ行くつもりなのかって? 狐と猫はどこへ行くんだろう。僕はどこへ行くんだろう。薪にするしか使いみちのないただの木切にまでたどり着いた僕は、その後どこへ行くんだろう。でも、あんたにも聞きたいんだ。「独りで土へ返る」って言ったね。たとえ喩(たとえ)話だとしても、あんた、本気でそんなこと信じているのかい?
黒い髪のフェアリー ・・・。
ピノッキオ (狐の分身と砂男ジュニアに)解ってくれるかい? 力を貸してくれないか。もしこの女がどうしても僕に「ありのままの人間の生き方」を押し付けるのなら、僕はこの女とこの女の腹の中の子を殺すことから始まる新しいママゴトの筋立てを、考えたいんだ。

    短い間

砂男ジュニア それはどうかな。 
狐の分身 ちょっと刺激が強すぎないか? そこまでいくと説得力もなさ過ぎだし・・・。どうだろう、とにかくこの場の主役はあんたなんだからさ、もう少し我等のピノッキオらしい、お洒落な筋立てを考えようよ!
砂男ジュニア よし!(黒い髪のフェアリー)あんたも、この際、すこし折れなきゃいけないよ。所帯じみた設定はいちおうご破算にしてさ・・・(と、ゴザを巻き上げ取り払い、窓から覗いている全員に呼びかける)この窓枠も取っ払ってさ! そこから覗いているのもなしにしてさ! 全員でお城の大広間か、村の広場に集まっていることにして、ブワーとスケールのでっかい場をこしらえようぜ!

    窓枠が舞台上部に飛ばされ、窓の内、外の仕切りがなくなる。

砂男ジュニア せっかく緑の髪のフェアリーの手の届かない場所にこれだけの仲間が揃ったんだ。敵味方にわかれてしのぎをけずる、うんと型破りの、グッとくる物語を作ろうぜ。親父、ここから先はあんたが仕切ってくれるかい?
砂男 いいよ、いいよ。(進み出て、ピノッキオに)さあ、ピノッキオ、思いっ切り好きにおやり! 緑の髪のフェアリーが裸足で逃げ出すような、飛び切りもっともらしくない、ゾクゾクするような最高の筋書きを考えてくれ。

    ピノッキオ、しばし逡巡の後、全員が取り囲んだ大きな車座の中心に進み出て、

ピノッキオ ここに大きな高い木をこしらえてくれないか。そして、砂男は僕の父親になっておくれ。
砂男 いいよ。
ピノッキオ 赤い髪のフェアリーは僕の母親に、
赤い髪のフェアリー はい。
ピノッキオ 狐はジャガーに、
 ジャガー? いいとも。
ピノッキオ 青い髪のフェアリーはジャガーの妻に、
青い髪のフェアリー はい。

    四人は車座からやや進み出る。

ピノッキオ 後の皆は村の人たちになっておくれ。 
後の皆 わかった。
ピノッキオ ある日、母親がペニスの鞘を作るためのヤシを採りに森へ入る。
砂男 おいおい、なんの話だ。
ピノッキオ 僕はその後をつけて、森の中で母親を犯す。(車座から、疑問の声)母親が森から帰ってくると、父親は妻の腰帯に村の若者の飾り羽根がついているのに気がつく。父親は村の若者を集めて、踊りを踊らせる。そして、その羽根が僕の物だと知る。父親は僕をつれてここの木の下までくると、梯子を架けて木のてっぺんのコンゴウインコの巣から卵を採ってくるように僕に命じる。僕が木のてっぺんまで登ると、父親は梯子をはずして村へ帰ってしまう。何日も何日も木の上にとり残されて、僕はやせ細って、飢えと渇きを自分の糞を食ってしのぐ。(車座からざわめき)そこへジャガーがやって来て、僕を背中に乗せて自分の巣に連れて帰る。ジャガーは生肉を火で焼いて僕にくれる。僕は生まれて初めて焼いた肉を食べる。それまで人間は火を知らなかったんだ。ジャガーの夫婦には子供がいなかったので、ジャガーは僕を養子にする。僕はジャガーの妻を殺して、村へ逃げ帰る。そして火のことを村人に話すと、その晩、村人たちはジャガーの巣に忍び込んで、火を盗んで帰る。それ以来、人間は肉を焼いて食べ、ジャガーは生肉を食べることになるんだ。次の日の朝、僕は鹿の角で父親を突き刺して殺すと湖に投げ込んで、父親の亡骸を人食い魚に喰わせる。父親の骨は湖の底に沈んで、水の面には血まみれの肺だけが浮かぶ。

    一同、しばし沈黙。

 なんなんだ。
砂男ジュニア ・・・まいったな。
砂男 正直に言わせてもらうが、まるっきり話しにならんぞ。
赤い髪のフェアリー 犯したり殺したりばっかりじゃない。なにを訴えたいのか、どこに感動していいのかも、解んない。
青い髪のフェアリー そうなんです。「その気持痛いほどわかるわ」って、グサッとくるところがどこにもないんです。

    その時、ロメヲがゆっくり起き上がって、口を開く。

ロメヲ そのとおりだよ。物語としての普遍性と感動がまるでないんだ。緑の髪のフェアリー様の物語に逆らって勝手に歩き出したお前が、この程度の筋書きしか作れないとはね。見損なったぜ。
一同 ・・・?
 誰だ、ランプの芯に火をつけたのは!(舞台中央奥の暗がりを振り向く)
黒い髪のフェアリー (立ち上がり、緑の髪のフェアリー様の声音で)・・・あたしだよ。

    ロメヲを除く一同、立ち上がり、舞台中央に立っている黒い髪のフェアリーを見る。その背後の暗がりから、緑の髪のフェアリー様が現れ、黒い髪のフェアリーを従えて立つ。

黒い髪のフェアリー (緑の髪のフェアリー様の声で)安心おし。心得違いのならず者や裏切り者たちをこらしめに来たわけではない。
一同 ・・・。
黒い髪のフェアリー (緑の髪のフェアリー様の声で)見れば見るほど出来損ないの半端者ばかりだね。勝手にしたらいい。この場かぎりでお前達とは縁を切すことにしたよ。(自分の声で、緑の髪のフェアリー様を振り向き)どういう意味ですか? (緑の髪のフェアリー様の声で)お黙り! 皆なしてこの場に居残って、支離滅裂の物語をこねくり回したらいいのさ。その代わり、二度とわたしの物語に戻ってくるんじゃないよ。ロメヲ、お前とこの子(と、緑の髪のフェアリー様は黒い髪のフェアリーの肩に手を置く)だけはわたしを裏切らずになんとか働こうとしたね。褒美にランプの芯とはかかわりのない、長持ちする命をさずけてやろう。しかしお前とて、根はひねくれた悪餓鬼なんだ。ここに残ったらいいよ。ここでピノッキオの向こうを張って頑張ってごらん。ピノッキオよりも面白い場を作って皆を説得できるかどうかは、お前の才覚しだいだよ。
ロメヲ ・・・。
黒い髪のフェアリー (緑の髪のフェアリー様の声で、一同に)邪魔をしたね。さあ、帰るよ。

    緑の髪のフェアリー様、舞台中央の暗がりに消える。

黒い髪のフェアリー なにをしてるんだい! ぐずぐずしてるとお前もここへ置いてくよ!(自分の声で)あ、はい! 

    黒い髪のフェアリー、あわてて緑の髪のフェアリー様の後を追う。

ロメヲ (黒い髪のフェアリーに)待てよ! 
黒い髪のフェアリー (立ち止まり)え?
ロメヲ お腹の児はどうするんだい?
黒い髪のフェアリー ・・・。
ロメヲ 所帯じみた設定はいちおうご破算にしたとしても、お腹の児まで消えたわけじゃないだろう。ここに残って、その児も筋書きに入れた新しい物語を作ってみる気はないか?
黒い髪のフェアリー (緑の髪のフェアリー様の声で)何をふざけたことを・・・。さあ、黒い髪の・・・(逡巡のすえ、自分の声で黒い髪のフェアリーに)お黙り! 

    黒い髪のフェアリー、我ながら驚き、緑の髪のフェアリー様の消えた暗がりを窺うが、ゆっくりと自らの意思で引き返してくる。
    短い間

 驚いたね。緑の髪のフェアリーとこんなかたちで縁が切れるとはね。
 複雑な心境だな。俺たちは彼女の鼻を明かして新しい国を手に入れたのか、それとも、彼女の物語の国から締め出しをくらったのか、どっちなんだ?
ロメヲ 新しい国を手に入れたのさ。(狐と猫に)覚えているかい? 僕が馬車に乗って「新しい国」へ行こうってさそったことを! その新しい国を僕たちはここでを作るんだ!
 ・・・そういうことか。ピノッキオ、あんたはどう思うんだい?
ピノッキオ ・・・。
狐の分身 (ピノッキオに)ひとつだけ頼みがあるんだ。本当に新しい国を手に入れたのなら、その国で、母親を犯したり、木の上で糞まみれになったり、ジャガーから火を盗んで父親を角で突き殺したりしたくないんだけどな。(ロメヲに)あんたがひねくれた悪餓鬼なりに、さっき言ってた「普遍性と感動」のある筋書きを作ってくれたら、そっちに乗ってもいいけど。
 待て、馬鹿。(ピノッキオに歩み寄り)まだ確かめてなかったけど、ピノッキオ、聞かせてくれないか。あんたのさっきの筋書きで、この場になにを作りたかったんだい? これまでの物語を逆さにたどる旅とどんなつながりがあるんだい? それさえ納得できたら少なくとも俺と猫はあんたに力を貸すぜ。なんだったら三人でもう一度緑の髪のフェアリーの物語に殴り込みをかけたっていいんだ。

    短い間

ピノッキオ なにをしたいのか・・・なにを作りたいのか・・・本当は僕にもわからない・・・ただ、緑の髪のフェアリーに逆らって君たちと一緒にここまで来たのは・・・二度と御免だと思ったからなんだ。・・・始めがあって終わりのある・・・一つが二つに増えて、二つが三つに増えて・・・塵もつもれば山となって・・・最後に勝ち残ったものだけがみんな貰って・・・世の中どんどん明るく前に進む・・・そんな・・・誰もが感動して納得して勇気づけられる・・・そんな説教物語の中に閉じ込められて・・・小突き回されながら生きるのに・・・うんざりしたからなんだ。

 人間がはじめて迷い込んだ森の中を、素っ裸で生きてみたい。人間が初めて火を手にいれた時の驚きを直(じか)にこの手で触ることが出来るのなら、その火が人になにをもたらそうが、人からなにを奪って焼き滅ぼそうが、そんなことはどうだってかまわない。母親を犯して、木の上に置き去りにされて糞まみれになって、父親を角で突き殺して池に捨てて・・・そんな神話の中の一つ一つの出来事を・・・物語として語るんじゃなく・・・ばらばらにして・・・輪切りにして・・・その輪切りにしたど真ん中を走り抜けたいんだ・・・けっして言葉になんかならない・・・短い笛のような叫び声を・・・森じゅうに響かせながら。ある日、村一番の手柄をたてて・・・その翌朝に村一番の掟を破って・・・群れを追われ・・・誰からも忘れ去られて・・・・・・僕はなにを言っているんだろう。
一同 ・・・。
ピノッキオ (青い髪のフェアリーに)そうだね。僕の言葉には、「その気持痛いほどわかるわ」って、グサッとくるところがないんだね。
青い髪のフェアリー ・・・。
ピノッキオ (ロメヲに)でもロメヲ、君とは五ヶ月間「遊びの国」で一緒に死ぬほど遊んだね。僕はいま、ほとんど君に向かって喋っていたのかもしれない・・・。
ロメヲ ・・・。
ピノッキオ おめでとう。とにかく、君も緑の髪のフェアリーの物語から自由になったんだね。
ロメヲ ああ。
ピノッキオ (猫と狐に近づき)君たちの力を借りて緑の髪のフェアリーの物語に殴り込みをかけても、もうなにもすることはないみたいだよ。ここでお別れだね。
 お別れって・・・。
 どこへ行くんだい、あんた一人で。
ピノッキオ 初めて僕が削りだされたあの木の置いてある場所にまで・・・。

    ピノッキオ、中央奥の暗がりに向かう。
    暗転




  十一 木
    
    舞台中央にピノキオが立っている。たった今この場所へ着いたところだ。その背後、
    つまり舞台中央奥に「ピノッキオを削りだした木」が立っている。
    ピノッキオ、ゆっくりその木と対面する。
    
    暗転



                    二〇〇九年八月六日


劇中、クロード・レヴィストロース「生のものと火を通したもの」早水洋太郎・訳の一部を参考にしました。



 
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