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ドンキホーテ狂い
和田 周
 




 一  今晩は(あるいは今日は)
 二  ガチョウのペン
 三  冗談はこのへんにして
 四  封印切り
 五  門出
 六  一本道
 七  なぜ どこへ
 八  剃刀の刃
 九  邂逅
 十  下克上ゲーム
 十一 女房
 十二 世直し
 十三 狂気の宴



    舞台下手にドンキホーテの墓
    


  一 今晩は(あるいは今日は)


    サンチョパンサ1、登場。

サンチョパンサ1 (客席に)今晩は、サンチョパンサです。お芝居が始まりました。
「勝手に始めといて、始まりましたはないだろう。」「それが、いきなり出てきた登場人物が客に面と向かってじかにいう台詞か?」そうお叱りを受けそうです。「現世(うつしよ)の岸から絵空事の海へ漕ぎだそうというのが芝居の幕開きなら、たとえばうっとりと眠りにおちていくような、あるいはゆっくりと眼を醒ますような、そんな静かな仕掛けの幕開きを用意したらどうなのだ」と、そうお考えの方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、はたしてわたくしはいま皆様に「面と向かってじかに」語りかけているのでしょうか?
たとえば、わたしはここに出てきていきなり「今晩は、お芝居が始まりました」と申し上げました。夜の公演だからです。昼間の公演ではこう申し上げます。「今日は、お芝居が始まりました。」と。そして、当然、いま喋っているこの台詞もこう言いかえます。

 たとえば、わたしはここに出てきていきなり「今日は、お芝居が始まりました」と申し上げました。昼の公演だからです。夜の公演ではこう申し上げます。「今晩は、お芝居が始まりました。」と。そして、当然、いま喋っているこの台詞もこう言いかえます。

 たとえば、わたしはここに出てきていきなり「今晩は、お芝居が始まりました」と申し上げました。夜の公演だからです。昼間の公演ではこう申し上げます。「今日は、お芝居が始まりました。」と。そして、当然、いま喋っているこの台詞もこう言いかえます。

 たとえば、わたしはここに出てきて・・・

 こんなふうに、ほんのちょっと、いまわたくしが昼の夜のどちらの時間を皆様といっしょに生きているのかを気にしただけで、まるでわたし一人が合わせ鏡の中に落ち込んだかのように、ナンセンスな言葉遊びの罠にはまってしまいます。皆様の眼の前で、皆様がそこに座っていらっしゃることの確かさの(しだいに薄れていく明かりの中で)ちょうど半分づつを失くしながら、しだいに薄れてまいります。なんと申しましょうか・・・ある種の・・・居心地の悪さを・・・と言うか、皆様の前で小さな禁じ手を犯しているかのような後ろめたさを・・・感じながら・・・

    暗転



  二 ガチョウのペン
 

    下手中ほどに立っているサンチョパンサ2に明かり。

サンチョパン2 今晩は。サンチョパンサです。
・・そうじゃない。(下手のドンキホーテの墓を眺め)ドンキホーテの物語は終わった。遍歴の騎士ドンキホーテはその二度目の遍歴の旅を終えて、そこに眠っている。いまやひんやり冷たい土の中。あのくたびれ果てた骨にこびりついてたあるかなしかの肉もいまごろは蛆虫に喰われてあらかた溶けちまたことだろう。
おまけにこの物語の作者は物語の最後で、誰かがこのドンキホーテの墓を暴いて三度目の旅に連れだすことを禁じただけじゃなく、何者かがこれ以上ひと言たりとも贋の物語を書き足さないようにと、自分の使ったガチョウのペンを書斎の棚板のうえに針金でくくりつけてしまった。ごていねいに、そのことまで最後のページにしっかりと書き残して物語を締めくくりやがった。

 だとしたら、この俺はいったい何者なんだ? 主(あるじ)と死に別れたお役御免のサンチョパンサ。物語のそとに放り出され、こんりんざいガチョウのペンで書き足されることを禁じられたサンチョパンサ。それでも諦めきれずにのこのことここへ登場したサンチョパンサとは? ・・・ドンキホーテの物語本の最後のページに文字になり損ねてこびりついたシミのようなもの・・・そう、ただのカスだ!

 今晩は、サンチョパンサのカスです。


    暗転
 


  三 冗談はこのへんにして?
 

    中央に立っているサンチョパン3に明かり。

サンチョパンサ3 ・・・旦那、お恨みもうしあげますぜ。なぜです、なぜ死ぬまえに、正気になんかおもどりなすった。最後の旅を終え、正体なくして寝込んだ六日目の朝、目を醒ますと旦那はご自分の年貢のおさめどきに気づかれて、こうおっしゃった、

    下手の暗がりでドンキホーテ1の声。

ドンキホーテ1 冗談はこのへんにして、坊主を呼んでくれ。
 
    下手に寝台に横たわったドンキホーテ1と、彼を取り巻く坊主、親類縁者が浮かび上がる。

サンチョパンサ3 そして懺悔をおえた枕元に皆をあつめて言うことにゃ、
ドンキホーテ1 遍歴の騎士物語を真に受けて諸国をうろついた自分が恥ずかしい。よくもあんなものを読み耽ったものだ。
サンチョパンサ3 「冗談はこのへんにして」・・・冗談はこのへんにしてと言われたあっしの立場はどうなります? 「遍歴の騎士物語を真に受けて」? 「諸国をうろついた自分が恥ずかしい」? その恥ずかしい誰かさんの大風呂敷を真に受けてはちゃめちゃ道中に最後まで寄り添ったこのサンチョも、旦那の口真似をして「恥ずかしい」と申し上げなきゃならないんですか? 「よくもあんな旦那のお供をしたものだ」と!(と言いながらドンキホーテの枕元にすり寄る。)
旦那の臨終の場はあっしにとっても今生のわかれの愁嘆場だ。眼のまえ真っ暗にして、胸をつぶしてオイオイ泣きましたよ。しかし涙に濡れたその目の端で旦那を睨みながら「そりゃないよ」と恨み言をつぶやかなかったといえば嘘になる。そんなあっしと眼があうと、
ドンキホーテ1 サンチョよ。この世に遍歴の騎士なるものがいたとか、いるとか、そのような世迷言(よまいごと)の付き合いをさせて、まことに申し訳なかった。世間に、お前まで狂っているかのように思わせてしまったが、許してくれ。
合った旦那の言うことにゃ、

    暗転
 


  四 封印切り
 

    舞台下手側半分に薄明かり。夜である。
    下手にドンキホーテの墓。舞台中央奥に立つサンチョパンサ4、ドンキホーテの墓に向きながら。

サンチョパンサ4 許さないね! 馬鹿いっちゃいけない、このサンチョは最後まで正気でしたぜ! こちとら、旦那の物狂いにつきあう酔狂なんぞはなっから持ちあわせない水飲み百姓だ。銭勘定と分別だけをわきまえて、旦那の支離滅裂のご乱行の傍らで、いつだってクールに雨露をしのいできたもんだ。旦那が風車に突っ込もうが、羊の群れに総攻撃をかけようが、ドルシネア姫への恋わずらいを装ってシエラ・モレナの山中で裸踊りを踊ろうが、それどころか旦那のとばっちりであっしが四隅を引っ張られた毛布のうえで死のムーンサルト四回ひねりを披露している最中だって、自慢じゃないがあっしの腹時計は一分一秒の狂いもなく腹の中でコチコチ時を刻んでたんだ。旦那が巨人族の妖術やモーロ族の魔法にコロッとまいってご自分の正気をまるごと売りわたしてた最中だって、こちとらはまっとうなキリスト教徒としての教えどおりに、お天道様が沈めば夜になることも、雨は空から降ってくることも、一時だってうたぐりはしなかったんだ。

    サンチョパンサ4、ドンキホーテの墓に近づく。

 ねえ、旦那、そのあっしがなぜ今夜ここへやって来たか、おわかりですか?

    ドンキホーテの墓の十字架を引き抜き、ゆっくりと墓をあばきながら、

 「世間に、お前まで狂っているかのように思わせてしまったが、許してくれ」だって? ・・・よしましょうよ、旦那。あっしをさし措いて旦那がそこまで正気に戻っちゃいけないよ。「窶(やつ)れ顔の騎士」と呼ばれた天下に名だたるドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャその人が、あれだけ度外れた物狂いの支離滅裂で世間の当たり前をコケに、横紙破れかぶれの遍歴の旅をまっとうした疾風怒濤の物語の大詰めで、「ごめんなさい」の土下座をして終わっちまっちゃいけないよ!
 さあ、旦那、半分溶けちまった骨と皮をもう一度鎧に包みなおしてそこの真っ暗闇から起きあがってくださいな!
 二人してあたらしい旅にでましょう。もういちど世間に三行半(みくだりはん)を叩きつけて、とことんはた迷惑な、筋違いの、いままでの道行きを逆さまに辿りなおす遍歴の旅にでましょう! 二株の狂った麦が刈り入れ時の麦畑をあたり一面まっ黒に立ち枯れさせるような、呪われた物狂いの旅にで出ましょう!

 小心者の、正真正銘正気のサンチョが、今宵、悪魔に魂を売りわたして、物狂いの化け物に姿をかえて、お迎えにまいりました。
 (墓穴に向かって叫ぶ)甦るのだ! ドン・キ・ホーテ・デラマンチャ! 窶れ顔の騎士よ!

    墓穴から鎧姿のドンキホーテ2が半身を現す。
    暗転



  五 門出

    前場と同じ明かり。
    墓穴の縁に、墓穴を背に、子供用の三輪車に乗ったドンキホーテ3とその背後にひかえたサンチョパンサ5。

サンチョパンサ5 さて、どちらへ向かいましょう。
ドンキホーテ3 どちらへ向かうかだと? やっと墓場に辿りついて横になってた俺をたたき起こして、「どちらへ」とたずねるか? 生きとし生けるものがどこへ向かう定めか、お前とて知らぬわけではあるまい。
サンチョパンサ5 そりゃあ確かにまだ生きてるあっしの足は、ほっとくとつい墓穴の方を向いちまいますがね、旦那はたったいまそこから這い出したんだ。どの方角へふみ出したって、前途洋洋、まっさらな第一歩だ。旦那のあとにくっついて行けば、間違っても今すぐ二人して墓穴に逆戻りってことはありますまい。
ドンキホーテ3 やめた。「まっさらな第一歩」なんてもううんざりだ。もう一度寝るぞ。

    ドンキホーテ3、三輪車のハンドルを墓穴へ切り返す。
    背後からそれを阻止しようとするサンチョ5、脳天に空手チョップを見舞い意識をうしなったドンキホーテ3を三輪車ごとつき飛ばす。
    地に這うドンキホーテ3。

ドンキホーテ3 (息を吹き返し)・・・サンチョよ、一体全体なにごとだ。気が付いたらこのざまだ。・・・どうやら三度目の遍歴の門出も、初陣で一敗地にまみれたようだな。
サンチョパンサ5 なにをおっしゃいます、殿様! 黄泉の国から復活なさったドンキホーテの初陣、これほどまでに水際だったお働きで勝利をおおさめになるとは! お手柄です! お見事でした!
ドンキホーテ3 なに? 拙者の勝ちだと? して、相手はだれだ?
サンチョパンサ5 おどろいたな! これほどのお働きをなにも覚えていらしゃらぬとは! もしかしたら脳みそのなかの、ご自分の勝ち戦の一部始終を記憶にとどめておく場所が蛆虫に喰われちまったのかもしれない。よござんす、たったいまこの眼に焼きつけた殿様の獅子奮迅のお働き、サンチョがあらいざらいバーチャルでお見せしましょう。

   上手の暗がりからドンキホーテ4が現れ、三輪車をこの場の最初の位置に戻し、それに跨る。

ドンキホーテ4 やめた。「まっさらな第一歩」なんてうんざりだ。もう一度ねるぞ。

    ドンキホーテ4、黙って三輪車のハンドルを墓穴へ切り返す。

ドンキホーテ3 (二人の行為を背後から見守りながら)うん、ここまでは覚えておるぞ。

    いきなり墓穴から、仮面をつけ、黒衣に覆われた妖怪がぬっと浮かび上がり、ドンキホーテ4に襲いかかる。

ドンキホーテ3 や! 何者!
サンチョパンサ5 それもお忘れになったんで? 旦那の不倶戴天の敵、巨人族の妖術使いマランブルーノじゃありませんか。

    妖怪マランブルーノとドンキホーテ4の凄まじい討ちあい、組みあい、殴りあいがはじまる。
    (その超人的・超現実的な技の応酬は、舞台上の俳優達の黒子的な働きによって構成される。妖怪マランブルーノは俳優達に操られて宙を舞うただの素材、仮面と黒衣である。)
    最終的に、妖怪はドンキホーテ4の投げた剣に仮面を真二つに割られ、絶叫とともに墓穴の中へ消える。ドンキホーテ4は力尽きて地に這う。先ほどの場面である。

ドンキホーテ4 (息を吹き返し)・・・。
ドンキホーテ3 ・・・で、あったか。

    暗転



  六 一本道
      
    舞台中央に真昼の明かり。
    ロシナンテ(三輪車)に跨ったドンキホーテ5と徒歩のサンチョパンサ6。

ドンキホーテ5 たいくつだ。
サンチョパンサ6 ・・・いまなんと仰いました。
ドンキホーテ5 たいくつだ。先ほどからただの一本道を進んでいるだけだ。
サンチョパンサ6 旦那、お気は確かですか? しっかりなすってください。これまでの旦那は、丘のうえの風車を見れば「あれなるは千の腕をもつ巨人ブリアレオの化身、妖術使いフレストーンの回し者」とばかりに、人馬もろとも捨て身の突撃。ゆくてに羊の群れの砂ぼこりが上がれば「あれこそは諸国の武将と雑兵いり乱れての大合戦の修羅場。いざ見参、我こそは窶れ顔の騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャなり!」と、そのど真ん中に駒乗り入れての大音声(だいおんじょう)。八割がたは全身打撲と赤っ恥の負け戦でしたがね。それでもこのサンチョ、そんな旦那の箍(たが)の外れたご乱心にあきれ果てながらも一蓮托生、きっちりとお付き合いをしてまいりました。だからこそ血湧き肉躍る物狂いのその日暮らしが上下二巻のベストセラーになって、あたし等の名を一躍天下に知らしめた次第じゃありませんか。その旦那が、三度目の、しかも誰はばかりない自前の旅の初日を、夜っぴてむっつりとロシナンテに跨ったあげく、東の空が白みはじめて「さあ、いよいよ何でもありの遍歴の大冒険の幕開きだぞ!」という時に、「たいくつだ。一本道を進んでいるだけだ。」とはなんという言いぐさですか! こんなみっともない物語の書き出しを喜ぶ読者がいると思いますか!
ドンキホーテ5 その一本道だが、サンチョ、お前には見えておるのか? 
サンチョパンサ6 なにがです?
ドンキホーテ5 お前もまっすぐにのびたこの一本道をその目で見ておるのかと聞いておる。

    サンチョ、ドンキホーテの横に顔を寄せて、前方を望む。

ドンキホーテ5 お前にはなにが見える? 正直に答えろ。
サンチョパンサ6 旦那にはなにが見えます?
ドンキホーテ だから、ゾッとするほど退屈でまっ白な一本道だ。なんども言わせるな。
サンチョパンサ6 ・・・。
ドンキホーテ5 お前に掘りだされて這いだしては来たものの、ひどいもんだ、俺にとって世界とはこの一本道だけだ。俺がもう一度死にたくなるほど退屈なわけがこれでわかったろう。
サンチョパンサ6 するってえとなんですか、旦那には二度と道をそれたり、踏み外したり踏みにじったり、なんて芸当はかなわぬ夢だと・・・夢じゃない、この世だとおっしゃるんで?
ドンキホーテ5 そうは言っておらん。道はまっすぐでも、本人がまだその道にしっかり足をつけておらんのだ、ひどくあてどない心地でな。したがって、横滑りに人の道をはずれようと、トンボを切って教会の面子を丸つぶれにしようと、なんでもありの融通無碍(ゆうずうむげ)だ。
サンチョパンサ6 そうこなくちゃ! それを聞いてこのサンチョ、安心いたしました。
ドンキホーテ5 だから、そのお前にさきほどから聞いておる! 昨夜悪魔に魂を売ったお前の目には、この世がどう見えておるのだ。行く手になにが見える。
  
    サンチョパンサ、あらためて前方を望み、

サンチョパンサ6 道なんてありません。いまのところ、目のまえに広がっているのは静まりかえって朝靄(あさもや)に包まれたただの野原です。しかし、一歩足を踏みだせば、鬼がでるか蛇がでるか、千の十倍もの魑魅魍魎が繰りだすか、かいもく見当がつきません。もしかしたらこの靄を生臭い風が吹き払って、そこから浮かびあがってくるのは、だまし討ちにあった兵士達の屍(かばね)とその血に染まった丘かもしれません。しかし、なんだろうこの武者震いは・・・こめかみがキリキリ締めつけられるような血なまぐさい胸騒ぎだ。この先どんな修羅場が待ちかまえていようと真一文字に突っ走ってやろう・・・。
ドンキホーテ5 突っ走ったその先でなにをする。
サンチョパンサ6 最初に出会った命あるものの息の根をこの槍の一突きで絶ちます。
ドンキホーテ5 血祭りか。
サンチョパンサ6 はい、血に飢えてます。
ドンキホーテ5 俺もだ。お前が血祭りにあげたその獲物の生き血を啜りたい。

    二人、駒を止め、前方をうかがい、

ドンキホーテ5 なんだ、向こうからやってくるのは?
サンチョパンサ6 はて、なにか、樹のようなものが・・・こちらへ歩いて来るのが見えます・・・。
ドンキホーテ5 ・・・人間だ。行け、サンチョ! 我等が遍歴の旅の最初の獲物だ!

    サンチョパンサ、槍をかまえ、舞台正面に向かって声をあげながら突進する。
    ドンキホーテも馬上から素手で獲物におそいかかろうと突進する。
    サンチョパンサが前方に槍をつきだしたところで、客席の後方で断末魔の叫び声。
    暗転
   


  七 なぜ どこへ
      
    舞台正面奥に、手枷首枷にからめ捕られてひき据えられたドンキホーテ6とサンチョパンサ7。二人を取り調べる審問官。

審問官 なぜ殺した?
二人 ・・・。
審問官 教えてくれ、刺し殺され血を吸われたのは村の床屋だ。隣村の庄屋の散髪に呼ばれて朝の道を急いでいたのだ。なぶり殺しにする必要がどこにあった?
サンチョパンサ7 「どこにあったか」は今朝のサンチョとドンキホーテに訊いてくれ。たぶん今朝のサンチョとドンキホーテは「昨夜のサンチョとドンキホーテに訊いてくれ」と答えるだろう。そして昨夜のサンチョは「あっしが魂を売った悪魔に訊いてくれ」と答えるだろう。
審問官 悪魔に訊いているのではない。二人を遍歴の騎士ドンキホーテとその従者サンチョパンサと見込んで訊ねておる。お前らの物語は上下二巻じっくり吟味した。「よくもここまでひたすらに狂えるものだ」と、また「よくもここまで俗物根性まる出しのまま忠義立てが叶うものだ」と、驚き呆れ腹の皮をよじりながらも感服いたした。傑作である。であればこそ、よいか、傑作であればこそ、物語のなかのお前たちがどれほど常軌を逸した騒動をひき起こそうと、その心の奥底の静けさにおいて宇宙の摂理と神の御心に従い、ここまでやって来たはずではないか? それゆえ訊ねるのだ。なぜ殺した? 三度目の遍歴の旅の最初の朝をこれほど禍々しく血まみれにして、この先二人してこの物語をどこへ連れてゆくつもりなのだ。
ドンキホーテ6 「どこへ」だと? まだ解らんのか! 物語は終わったのだ。お前の目の前にいるのは、心の静けさを破り、宇宙の摂理を逆さにたどってここまでやって来たドンキホーテとサンチョパンサだ。それを承知で訊ねるのなら、どこへでも望みの場所へ道連れにしてやろう。
審問官 ・・・。
サンチョパンサ7 その前に審問官の旦那、つかぬことをお聞きしますが、旦那が吟味なすった物語は、本当に傑作でしたかい? 
審問官 ・・・。
サンチョパンサ7 だとしたら、物語が傑作であることの手柄はいったい誰のものですか?
審問官 無論お前たちのものではない。物語の生みの親、作家セルバンテスのものだ。異論があるか?
サンチョパンサ7 イロンな論がありますとも! だがあんたのその論だけは論外だ! もしかしたらあんた、あの物語の「前書き」を飛ばし読みなすったね? 「お前らの物語はじっくり吟味した」というさっきの言葉が泣きますぜ。
審問官 ・・・。
サンチョパンサ7 作家のセルバンテス本人がだね、その「前書き」のなかではっきりこう証言しているんだ、

     舞台上手前面の暗がりに、セルバンテス浮かび上がる。

セルバンテス わたしはこの物語の生みの親ではない、いわば義理の父親だ。わたしはただモンティエル地方で語り継がれた一人の男の物語をラ・マンチャの古文書館で掘り出し、それを丸写ししただけである。
サンチョパンサ7 むろんこいつの言葉を鵜呑みにはできない。おそらくお上か教会に呼ばれて「こんな不謹慎な物語をお前が書いたのか?」って問いつめられたら、
セルバンテス めっそうもない、責任者はラ・マンチャの古文書館に眠っております。
サンチョパンサ7 それだけじゃない、「じっくり吟味」の旦那、あんたが目を通した本編の中で、セルバンテスはこの手の逃げをもう一度、もっと大っぴらに打ってるんだ。第一巻の百十二ページ、最初の旅の二日目、あの風車に突撃した武勇伝の次の日のこと・・・覚えておいでのはずだ・・・街道で出っくわしたビスカヤ人とのチャンバラの最中、

    舞台下手のエリアに明かり。ドンキホーテ7とビスカヤ人が丁々発止のチャンバラ。その周りに見物人たち。やがてチャンバラはゼンマイのネジが緩んだようにゆっくりとストップ・モーション。

セルバンテス 申しわけない、ここで古文書の資料は終わっている。いくら探してもその先は見当たらないのだ。
ドンキホーテ7 ・・・おい! 
見物の女 ちょっと待ってよ! 資料がつきたったって、まだ千三百十二ぺージ残ってるよ!
サンチョパンサ7 こうしてセルバンテスは、物語が始まるとそうそう「義理の父」の権利までほっぽり出した。
セルバンテス いやいや、痩せても枯れてもこのセルバンテス、読者を長旅の途中で置き去りのまま義理の父の役までおりることはしない。つまり、こういうことだ・・・

 ある日のこと、わたしはトレドの小間物屋街の街角にぼんやり立っていた。そこへ、どこかの店の小僧が紙の束を抱えて通りかかった。

    セルバンテスの前を、紙の束を抱えた小僧が通りかかり、ストップ・モーション。

セルバンテス 紙の束は生地屋が商品の包み紙にするために買い取った古紙だろう。本の体裁に綴じられている。(ストップ・モーションの小僧から紙束を取り)驚いた! チャンバラの続きだ。ラ・マンチャの図書館で見失った物語の続きである。

    下手のチャンバラ、ふたたび丁々発止。

ビスカヤ人 (劣勢の闘いに耐えながら)そんなのアリかよ! みえみえのパターンじゃないか!
ドンキホーテ7 そうだよ、「こんな書付が古い引き出しの奥から出てきた。」とか、
ビスカヤ人 「こんな手紙の束が道に落ちてました。」とか・・・、作者が頬かむりをしたい時のパターンじゃないか。(ついに敗れ、膝をつき)驚いた・・・。
セルバンテス 驚いたことに、このたびの物語はアラビア語で書かれている。語り手は・・・シデ・ハメテ・ベネンヘリ。

    チャンバラのエリアの傍らに、シデ・ハメテ登場。

シデ・ハメテ わたしがシデ・ハメテ・ベネンヘリだ。アラビア人である。イスラムからキリスト教徒に改宗した転宗者(ころび)キリシタンのアラビア人だ。心配ご無用、残りの千三百十二ページはわたしの筆でお伝えしよう。
セルバンテス ということで、この不謹慎な物語の責任の一割はラ・マンチャの古文書館に、残りの九割は転宗者(ころび)キリシタンのアラビア人シデ・ハメテに・・・。

    下手のエリアのシデ・ハメテと俳優たちは消える。セルバンテスの明りだけがかすかに消え残る。

サンチョパンサ7 (審問官に)あらためてお聞きします。九割がたをアラビア人の転宗者(ころび)キリシタンがガチョウのペンで書きなぐった支離滅裂の騎士物語、これが旦那のお眼鏡に適った傑作ですか? 宇宙の摂理と神の御心に従ったスペイン文学の華、騎士物語りの鑑、セルバンテスの手柄ですか? 
セルバンテス なにが言いたい?
サンチョパンサ7 (セルバンテスに)お前、まだいたのか!
ドンキホーテ6 消えろ! このたわけ!

    セルバンテスのエリアの明かりが落ち、セルバンテス、消える。

審問官 登場人物が作者を消してどうする? お前らこそ作者に消されるべきではないのか?
サンチョパンサ8 つくづく判っちゃいないね。いいかい、昨夜、このサンチョが悪魔に魂を売ったおかげで、ドンキホーテは墓場から蘇り、騎士物語りの物狂いの旅はその道行きを逆さまにたどることになった。作家を抜きにしてだ。物語が、物語の登場人物が、作家をお払い箱にするってことがどういうことかわかるかい? たとえば、俺がこの場でお前の「ドンキホーテ物語」の読みの甘さをとことん暴いてギャフンといわせたとする。するとあの壁にくくりつけられたシデ・ハメテのガチョウのペンが独りでに宙を飛んで、「名判官サンチョパンザ、審問官を裁く」という新しい一章を第三巻本の真っ白なページに書き足すことになるんだ。そしてお前は、首に「わたしはじっくり吟味した挙句、傑作『ドンキホーテ物語』の価値を読み誤りました」と書いた札をくくりつけられて、町の四辻に晒されることになる。解ったか、この舞台の上はその場かぎりの登場人物がてんでんばらばらに演じる教訓抜き、宇宙の摂理抜き、起承転結なしのごった煮なのさ。
審問官 ・・・。

    審問官、サンチョパンサ8に近づき、腰の短刀を抜き、彼を刺殺する。サンチョパンサ8、即死。

審問官 サンチョよ、喋りすぎたな。横紙破りの愚か者の本分を忘れて賢しらに人を裁くとはなんたる堕落だ。お前こそ片田舎の審問官に相応しい。(審問官の衣を脱ぐと、その下からサンチョパンサのチョッキが現れる。脱いだ衣をサンチョパンサの遺体に投げつけ、サンチョパンサの帽子をかむりながら、ドンキホーテに)旦那、あっしも登場人物のはしくれだ。その場かぎりの行き当たりばったりに身を任せました。ただ今からはあっしが新しいサンチョに生まれかわって、旅のお供をいたしやしょう。(二人の縛めを解く)
ドンキホーテ6 よし、それでこそサンチョだ!

    暗転



  八 剃刀の刃
      
    舞台中央の正面を向いた床屋の椅子に座った家畜仲買人(ドンキホーテ8)、床屋の女房に髭をあたらせている。
    背後の待合用の椅子に村人らしいなじみ客(サンチョパンサ8)。
    ふと、女房の手が仲買人の喉元に剃刀を当てたまま静止する。
    
ドンキホーテ8 どうした?
女房 ・・・あんた血のにおいがするよ。
ドンキホーテ8 ・・・。
女房 一昨日の朝、あたしの亭主を殺した男だね。 
ドンキホーテ8 ・・・。
女房 どういう魂胆であたしの前にぬけぬけと喉首を晒しに来たんだい?
ドンキホーテ8 俺は通りすがりのただの家畜仲買人だ。屠殺場であびた返り血の残り香が胸元にでもこびり付いているのだろう。
女房 違う。うちの人の血のにおいだよ。

    しばしの間

ドンキホーテ8 そこまで言い張るのなら聴かせてやろう。
 俺は通りすがりのただの家畜仲買人だ。嘘ではない。そして、お前の後ろの椅子に座っているのは、お前のほうがよく知っているはずの、たぶんなじみの客だろう。
女房 ・・・。
ドンキホーテ8 ただ、これは現世(うつしよ)と呼ばれているこの世の仮の姿だ。お前が嗅ぎ当てたとおり、わたしは窶れ顔の騎士ドンキホーテだ。後ろの男は、お前のもうひとりの敵(かたき)、悪魔に魂しいを売ったサンチョパンサだ。二人とも妖怪マランブルーノに魔法をかけられ、この姿に身をやつし、物語の中からお前に会いにきたのだ。
女房 ・・・。
ドンキホーテ8 なぜお前に会いにきたか解るか、殺された床屋の女房。お前も仮の姿だからだ。お前こそは吾が高嶺の花の想い人ドルシネア姫その人だからだ。姫、あまりにも痛ましいお姿ではありませんか、わが身同様妖怪マランブルーノの魔法に落ち、呪われためぐり合わせとはいえ、そのようなお姿に身をやつし、このドンキホーテを―恋ゆえに盲しいて永久(とこしえ)に貴女の足元に身を投げだすこのドンキホーテを、敵(かたき)に見立て、喉かっ切らんと眦(まなじり)決して息を荒げておいでとは!
女房 ・・・。
ドンキホーテ8 だが、それでよいのです。そのために私どもはここへ来たのですから。さあ、わたしを亭主の敵とばかりに真一文字にこの喉をかき切りなさるがいい。その瞬間に妖怪マランブルーノの呪いが解けるのです。煙とともにこの現世のうらぶれた床屋の床が、姫君の館ドルシネア・トボーソの城の石畳(いしだたみ)に変わり、われ等三人めでたく物語のなかに甦り、ふたたび甘くも切ない血湧き肉踊る冒険の日々を語りつづけることが叶うのです。

    間

ドンキホーテ8 さあ、姫! なにをためらっておいでだ、ひと思いにこの喉を! それ以外に物語の中に帰るてだてはないのだ!

    女房、ドンキホーテの喉元から剃刀を外し、

女房 いやだね。あたしがお前の想われ人になる物語りになんの得があるんだい。いまのあたしには「現世(うつしよ)」とやらのこの世が「この世の春」なのさ。この店もやっとのことであたし一人の物になったし、白状するが後ろに座っている男はあたしの情夫(いろ)だよ。
ドンキホーテ8 ・・・。
女房 でも、亭主を殺した落とし前だけはつけさせてもらうよ。ドルシネアと
かいう姫に眼がつぶれるほど惚れてるそうだね。(剃刀でドンキホーテの両目をサッと一文字にはらう)手探りで物語の中へお帰り。

    暗転



  九 邂逅(かいこう)
      
    夜、森の中。
    上手より、年老いたドルシネア姫と腰元、登場。
    二人共長旅のすえのぼろ同然の衣装。
    腰元、舞台中央まで進んで立ち止まり、ドルシネア姫を振り返り、

腰元 「待っておくれ、どこまで行くつもりだい? 日が暮れたではないか、もう一歩も歩けないよ。」そうお声をお掛けくださいませ。
ドルシネア姫 待っておくれ、どこまで行くつもりだい? 日が暮れたではないか。もう一歩もあるけないよ。
腰元 そうですね。それでは今夜はこの辺に野営のテントを張りましょう。
ドルシネア姫 ・・・。
腰元 「野営のテント?」と、驚いてくだしませ。
ドルシネア姫 野営のテント?
腰元 そうです。まずは、この焚き火の前でお疲れになった脚をお休めなさいませ。

    中央の床の上に焚き火を象徴する赤い明かりが灯る。

 そのあいだに魔法使いのマランブルーノが野営のテントを張ってくれます。お休み前の湯浴みとお着替えを手伝うための女奴隷も用意してくれるはずです。
腰元 「魔法使いのマランブルーノ?」と、お尋ねくださいませ。
ドルシネア姫 魔法使いのマランブルーノ?
腰元 はい、ドンキホーテ様の宿敵、妖怪マランブルーノです。日が暮れるとこのようにささやかな情けの魔法をわたくし共にほどこしますが、私どもがドンキホーテ様の跡を追って野山を彷徨(さまよ)うように呪いをかけたのもマランブルーノです。マランブルーノの邪まな呪いはそれだけではありません。姫様のお姿を老女に変えました。そして聡明な姫様の記憶を一日が終わるたびに消し去るという極悪非道な戯れまで仕掛けたのです。

    短い間

腰元 「鏡を見せておくれ。」とお言いつけくださいませ。
ドルシネア姫 鏡を見せておくれ。

    腰元、身に着けた小物入れから手鏡を取り出し、ドルシネア姫に渡す。ドルシネア姫、鏡を見る。

ドルシネア姫 ・・・。
腰元 「マランブルーノがわたしに仕掛けた戯れはそれだけかい?」と、お尋ねくださいませ。
ドルシネア姫 マランブルーノがわたしに仕掛けた戯れはそれだけかい?
腰元 いいえ。今からあのお方がここに現れます。貴女様はこの焚き火をはさんであのお方と短い出逢いの場を演じなければなりません。
ドルシネア姫 ・・・。
腰元 「あのお方? あのお方って、マランブルーノのことかい?」と、お尋ねくださいませ。
ドルシネア姫 あのお方? あのお方って、マランブルーノのことかい?
腰元 とんでもない! わたくし達があのお方とお呼びするのは、ドンキホーテ様ただお一人です。窶れ顔の騎士ドンキホーテ様がここに登場するのです。
ドルシネア姫 ・・・。
腰元 「ではあの方にお会いできるのだね!」をお喜びくださいませ。
ドルシネア姫 ではあの方にお会いできるのだね!
腰元 はい。しかしそのようにお喜びになるのはマランブルーノの思う壺でございます。それほどまでいとしいあの方の面影を貴女様の心にうえつけたのは、マランブルーノなのですから。
ドルシネア姫 では今のこのわたしの心はマランブルーノがこしらえた偽りなのだね。
腰元 はい。
ドルシネア姫 わかりました。

    上手よりドンキホーテ9とサンチョパンサ9登場。ドンキホーテは眼に包帯代わりの布を巻いている。
    焚き火をはさんでドルシネア姫と向かって立つ。

ドンキホーテ9 火のはぜる音の向こうに、たった一言、「わかりました」という低い声を聞いた。紛れもない、我が愛しのドルシネア姫のお声だ。(姫に)そうですね。
サンチョパンサ9 (背後から)旦那、焚き火の向こうに立っているのは、残念ながらけっこうろうたけたご婦人ですぜ。
ドルシネア姫 その通りです。
ドンキホーテ9 そのお声、そのお言葉の音色と抑揚こそ我がドルシネア姫のものです。よしんば貴女がお言葉どおりの老女の姿でそこにお立ちになっていようとも、それはあのマランブルーノのたくらんだ悪戯でしょう。だがそれがなんだというのです。マランブルーノの呪いが貴女をどのようなお姿に変えようとも、わたしが求めているのはひとえに貴女のお心だけなのですから。
ドルシネア姫 それでしたら、どうかお引取りください。貴方に差し上げるはずのこの心も、真(まこと)のものではないのですから。

    短い間

ドンキホーテ9 サンチョよ、マランブルーノのたくらみは我が姫の心にまでおよんでおるようだ。どうしたらいい?

    サンチョパンザ、ゆっくりとドンキホーテの背後に近づき、いきなり短剣をぬき、ドンキホーテの胸を刺す。

ドンキホーテ9 (サンチョパンザの腕に抱かれながら、息絶え絶えに)姫、「なぜこのようなことに?」と、この男にお尋ねください・・・(こと切れる)
ドルシネア姫 (サンチョパンザに)なぜこのようなことに?
サンチョパンサ9 マランブルーノが貴女の心にうえつけた男の面影を、たったいま消しました。すべては悪い夢とお忘れください。
ドルシネア姫 ・・・。
サンチョパンサ9 明日、新しい夢の中でお目に掛かりましょう。ドンキホーテも新しい墓穴から出直してまいります。

    暗転
 


  十 下克上ゲーム
      
    上手よりサンチョパンサ10登場。その背後から「では、ジョウダンジャナイ・ゲームを開始する!」と、ドンキホーテ10の声。
    つづいて、「ジョウダンジャナイ! 馬鹿もやすみやすみに言え!」と、同じ声。
    上手より子供用の三輪車にまたがったドンキホーテ10、登場。サンチョパンサを追い越して、舞台を行進する。

サンチョパンサ10 (よろめき、後を追いながら)なんともこの暑さがたまりません。明け方からあたし等の背中を追いかけてきた真夏の太陽が、追いついたとたんにピタッと立ち止まって、先ほど来、真上から脳天を覗き込んでいるのです。なに、覗き込まれたとてなんの不都合もありはしません。脳天の内側にこびりついているのはイカレタ脳みその残り糟(かす)だけですから。しかし、いくら中身なし見てくれだけのドンキホーテとサンチョパンサとはいえ、諸国行脚の道なかばにぶっ倒れて干からびたとあっちゃ、スペインじゅうの贋作家が寄ってたかってどんな物語をでっち上げるかわかったもんじゃありません。どこか日陰をみつけて昼寝をいたしましょう。
ドンキホーテ10 ジョウダンジャナイ! 太陽に足止めをくらわせているのはこの俺だ。墓場からつれて来た蛆虫が二・三匹脳天にもぐり込んで悪さをしているのだ。脳みそごと虫(蒸)干ししてさっぱりしないことには昼寝もままならぬわ。
サンチョパンサ10 でしたら木陰をつくっている樹をみつけて、旦那はその樹によじ登って、てっぺんにしがみついて、お天道さまに頭だけさらしてお休みになったらいい。あっしは地べたでゆったりと休ませていただきます。その間にあっしにたかっている虱は冷たい地面を慕って逃げ出すことでしょう。
ドンキホーテ10 ジョウダンジャナイ! 遍歴の騎士たるもの立ったまま仮眠をとることは日常茶飯であるが、なにものかにしがみついて寝るなどという軽佻浮薄(けいちょうふはく)なふるまいはもっての外だ。思い浮かべるだけで顔が赤くなるわ。
サンチョパンサ10 立ったまま仮眠をとっているのは樹のほうです。揺り起こして「気があるからしがみついたのだ」と口説けば、「あら、来てくださったのね」と、その気になってしなだれかかってくるのは必定。あとは枝葉のことは気にせずに一気に二人して気を遣るところまでことをはこべばよろしい。
ドンキホーテ10 ジョウダンジャナイ! 地面に気を遣ったオナンさえ後世の笑いものになったのだ。騎士の鑑のドンキホーテが樹になぞ気を遣ってなるものか。
サンチョパンサ10 「楽あらば樹あり」「樹を見てせざるは勇なきなり」「危機一髪・樹と樹に一発」といきましょう。
ドンキホーテ10 ジョウダンジャナイ! 気は確かか? 気の違ったわし等がその気になったとて相手の樹に成るのは「本気かしら」という気掛かりだけだ。
サンチョパンサ10 あの、旦那、「気の違ったわし等が」と御自分の気の違いをお認めになった旦那が「気は確かか?」とわたくしの正気をお疑いになるのはいかがなものでしょう。そのような辻褄のあわないいまの「ジョウダンジャナイ」は成り立たないと思うのですが・・・。
ドンキホーテ10 ジョウダンジャナイ! 世の中には気の確かな物狂いと気の不確かな物狂いの二種類の物狂いがおる。わしとお前がそのいい例だ。したがって気の確かな物狂いのわしが気の確かでない物狂いのお前の物狂いをたしなめるのは正当な行為なのだ。
サンチョパンサ10 「正当な行為」ですと? 聞き捨てなりませぬ! 物狂いでこそ面目躍如の天下のドンキホーテが「正当な行為」を主張なさるとはなんたるお心変わり! 先の発言にもましてただいまの「ジョウダン」はなりません。さあ、早々にドンキホーテの座をお渡しください! 
ドンキホーテ10 ・・・いや、だからさ、アッ、いや(自ら気付き、すばやく)ジョウダンジャナイ! だからさ・・・(と、ごまかそうとするが)
サンチョパンサ10 ハイ、そこまで!

    サンチョパンサ10、帽子をドンキホーテ10に渡し、ドンキホーテ10から受け取った兜をかぶると、ドンキホーテ10が乗っていた三輪車にまたがる。
    サンチョパンサ10はドンキホーテ10に、ドンキホーテ10はサンチョパンサ10に変身する。

サンチョパンサ10 ではまいります。どうぞ!
ドンキホーテ10 ちょっと待て、靴がペダルに・・・じゃない鐙(あぶみ)に引っかかって・・・。
サンチョパンサ10 ハイ、そこまで!
ドンキホーテ10 え?
サンチョパンサ10 「え」ではありません。初回から「ジョウダンジャナイ」が抜けました。
ドンキホーテ10 だから「ちょっと待て」と言ったじゃないか。
サンチョパンサ10 それをおっしゃるなら「ジョウダンジャナイ! ちょっと待て」でしょう。その前にわたしははっきり「ではまいります。どうぞ!」とジョウダンジャナイ・ゲームの開始を宣告しましたぜ。

    サンチョパンサ10、床に帽子を放り投げ、ドンキホーテ10の兜と三輪車を奪うと、三輪車に跨り、上手手前袖より消える。

ドンキホーテ10 (しぶしぶ跡を追いながら)じょうだんじゃない! 汚ねえな。
新ドンキホーテ10の声 ジョウダンジャナイ! ・・・だと? いまさらあとの祭りだ。

    上手奥から「ソノトオリダ! しかし困ったな、とにかく先を急ごう!」というドンキホーテ11の声。
    上手奥から三輪車にまたがったドンキホーテ11と、徒歩のサンチョパンサ11登場。

サンチョパンサ11 (ドンキホーテ11の後をよろめき歩きながら)なんともこの暑さがたまりません。わたくしだけではありません、さきほどからロシナンテの首も汗の塩で真白です。もう限界です。日暮れまでに生きてあそこの山のふもとまでたどりつくのはおそらく旦那お一人でしょう。どうなさいますか? 『ドンキホーテ物語』の第三巻はここから先わたくしとロシナンテ抜きでなさいますか? ここはひとつ旦那も鞍から降りてロシナンテを労わったというエピソードを添えたほうが読者の受けは良いと愚考するのですが。
ドンキホーテ11 ソノトオリダ! (三輪車から降りようと腰を浮かせようとするが)しかし困ったぞ、あまりの暑さにズボンが汗で鞍にはりついてしまった。下りることがかなわぬぞ。
サンチョパンサ11 それならば、ズボンをはりつけたままお降りなさいませ。
ドンキホーテ11 ソノトオリダ! (三輪車に跨ったままズボンを脱ごうとするが)しかし困ったぞ、下穿きもズボンにはりついておる。馬から下りるにはスッポンポンにならねばならぬ。わしはかまわぬのだが、物語に「サンチョパンサのすすめで馬を降りたドンキホーテは、スッポンポンで野道を歩いた。」と書かれては、主(あるじ)思いの誉れ高いお前の沽券にかかわろう。
サンチョパンサ11 いいえ、わたくしの股間にはなんの係わりもございません。どこ吹く風のぶらり瓢箪でございます。
ドンキホーテ11 ソノトオリダ! しかしその瓢箪からコマなのだ、コマったぞ。
サンチョパンサ11 旦那、「ソノトオリダ!」のあとを「困ったぞ」ではぐらかすワンパターンをもう四回続けてますぜ。もう一回「困った」らペナルティーの対象になるという新しいルールを追加したいんですがね。そうじゃなきゃ芸がなさすぎます。
ドンキホーテ11 ソノトオリダ! しかしこの芸のないワンパターンを十回続ければ、「そこまで芸のない芸を徹底したか」という意味でただの芸を超越したウルトラ技(わざ)として評価されるべきではないか。おれがあと六回、「ソノトオリダ」のあとで「困った」らペナルティーを二回免除するという追加ルールにしよう。むろんその途中で困りそこなったら二倍のペナルティーを受けよう。
サンチョパンサ11 ようござんす。それでは続けましょう。ただしいま旦那はルールの改正に気をとられてお困りになることをお忘れになったことをお忘れなく。
ドンキホーテ11 ソノトオリダ! しかし困ったな、なんとかお前に解ってもらえるといのだが・・・いいか、いま俺たちは、いわばドンキホーテの座を巡る戦(いくさ)のさなかだ。そこへお前が戦そのものにまつわるルールの変更を申し出たのだ。それに対してわしが答えた。この両者の一回ずつの応答は戦の枠の外での出来事だとは思わないか?
サンチョパンサ11 なるほど! さすがはラ・マンチャ一の知恵者お言葉だ。お説ごもっとも。ただいまのクレームはすっぱり水に流してやり直しましょう。わたくしの浅はかな了見が恥ずかしい、穴があったら入りとうございます。
ドンキホーテ11 いやいや、そこまでお前が素直に・・・
サンチョパンサ11 ちょっとお待ちを。「すっぱり水に流し」てやり直したソノトオリダ・ゲームのしょっぱなで、旦那、「ソノトオリダ」も「困ったぞ」もお忘れではありませんか?
ドンキホーテ11 あ!

    ドンキホーテ11とサンチョパンサ11役を交代する。
    その最中に、上手袖奥でドンキホーテ10とサンチョパンサ10の声。

ドンキホーテ10の声 ジョウダンシャナイ! あんな毛深い女は二度とごめんだ!
サンチョパンサ10の声 そうはおっしゃいますが、旦那・・・

    上手奥よりドンキホーテ10とサンチョパンサ10登場。ドンキホーテ
    11とサンチョパンサ11を認めて立ち止まる。

サンチョパンサ11 (ドンキホーテ11に)驚いたな、旦那に瓜二つの窶れ顔の騎士が現れましたぜ。その後ろの不細工な野良男はあっしと瓜二つだ。つまり瓜二つのツーペアー、瓜二つの西洋梨。どうやらおなじ穴の狢の遍歴の騎士と見受けました。さっそく果し合いを申し込みなさいませ。
ドンキホーテ11 (小声で)ソノトオリダ! しかし困ったぞ。ツーペアーごときで勝負に出てはたして勝算はありやなしや。とりあえず出会いがしらにストレートで一発カマシてみるか。(ドンキホーテ10に大音声で)ヤアヤア我こそは遍歴の騎士にして豪胆無敵、常勝不敗のドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャなり!

    双方、相対してにらみ合う。

ドンキホーテ10 (サンチョパンサ11に小声で)・・・ジョウダンジャナイ、ドンキホーテだそうだ。どうする。殴るか?
サンチョパンサ11 ここは思案のしどころですな。いきなり殴ると、ドンキホーテがドンキホーテを殴ることになりますが・・・。それよりも奴をドンキホーテの座から引き摺り下ろしたろころを殴りましょう。それには奴のキーワードを封じることです。旦那、なんでもいいから奴に難題をふっかけてくださいな。奴がなんて答えるか探ってみましょう。
ドンキホーテ10 ジョウダンジャナイ! ドンキホーテに難題をふっかけてキーワードを言いそこなわせるのはお前の役だろう。
サンチョパンサ10 ごもっとも。(ドンキホーテ11に)あの、つかぬことをお尋ねしますが、そちら様は正真正銘の窶れ顔の騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ様で?
ドンキホーテ11 ソノトオリダ!
サンチョパンサ10 (ドンキホーテ10に)いきなり「ソノトオリダ」ときましたぜ。これじゃキーワードの探りようがありませんな。
ドンキホーテ11 (サンチョパンサ11に)困ったぞ、やけに下手に出てきやがった。
ドンキホーテ10 (サンチョパンサ10)馬鹿だな、だから「ソノトオリダ」がキーワードなのだ。
サンチョパンサ10 あ、そうか。しかし、旦那も馬鹿ですぜ。ご自分の「ジョウダンジャナイ」をお忘れになってる。
ドンキホーテ10 あ!

    ドンキホーテ10とサンチョパンサ10、役を交代。ドンキホーテ11、その様を見ながらサンチョパンサ11に、

ドンキホーテ11 ・・・あれかな、奴等の負けということかな。
サンチョパンサ11 どうやらそのようで。ただし、旦那、あんたも負けですぜ。 「ソノトオリダ」をお省きになった。
ドンキホーテ11 あ!

    ドンキホーテ11とサンチョパンサ11、交代。
    双方、ドンキホーテでもサンチョパンサでもない状態で相手方を盗み見る。
    暗転



  十一 女房
      
    テレサ・パンサ(サンチョパンサの妻)が舞台中央の木株に坐り、目の前の焚き火の炎を見つめている。
    ドンキホーテ12とサンチョパンサ12、登場。

サンチョパンサ12 (テレサを認め)なんだ、お前じゃないか! こんなところでなにをしている?
テレサ (炎を見つめたまま)ああ、お前さん・・・。
サンチョパンサ12 「ああ、お前さん」じゃねえだろう。こんな山奥で、たった独りで、なにをしてるんだ?
テレサ お前さんを待っていたのさ。
サンチョパンサ12 いったいなにがあったんだ?(テレサに近寄ろうとする)
ドンキホーテ12 待て、近寄るな! マランブルーノの罠かもしれんぞ。
サンチョパンサ12 罠? だってこいつは俺の女房ですぜ。
テレサ 旦那のおっしゃるとおりだよ。こうやってここに坐ってあんた達を待っていたのも、いまあんたに喋っているこのあたしも、みんなマランブルーノの魔法だよ。もうあたしの物ではなくなっちまったあたしの身体をつかってマランブルーノがあんた達に仕掛けた悪ふざけなのさ。
サンチョパンサ12 ・・・。
テレサ だから、わるいけどね、いくらあんたが近づいてももうあたしを抱くことはできないよ。
ドンキホーテ12 お前の物じゃなくなっちまったお前の身体とはなんのことだ。
テレサ 内の人が悪魔に魂を売ったっていう噂が町にまでとどきましてね、あたしと娘のサンチーカに魔女の疑いがかけられて、今朝、村の広場で二人とも薪のうえに乗せられて燃されちまったんです。

    短い間

サンチョパンサ12 ・・・そんな目にあって、お前、悪魔に魂を売ったこの俺を恨んでいるか?
テレサ ・・・どうだろうね・・・だから言ったじゃないか、いまのあたしはマランブルーノに操られているただの化物なんだって。何にも思っちゃいないし、感じてもいないよ。
サンチョパンサ12 ・・・。
テレサ それよりあんたはどうなんだい? 自分のせいで女房と娘が教会の役人達に犯されたあげくに火炙りにあって、はらわたが煮えくり返るような気分かい?
サンチョパンサ12 だから、俺も言ったじゃねえか、悪魔に魂を売っちまったって。・・・ついでに煮えくり返るはずのはらわたも持ってかれちまったみたいだ。
テレサ これじゃ、せっかくこんなお膳立てをしたマランブルーノも拍子抜けだね。

    暗転



  十二 世直し
      
    山中の草叢にひろげた敷物に食物と酒袋を置き、食事中のドンキホーテ13とサンチョパンサ13。
    上手奥の袖に、たった今現れた若い騎士とその妻(なぜかサンチョ印の帽子を被っている)が立ち、若い騎士が二人に話しかけている。
    若い騎士と妻はあたかも今しがた袋叩きにあったかのようにあちこちに傷を負い、痣をつくっている。

若い騎士 お見受けしたところ、「ドンキホーテ物語」の主人公達そっくりのいでたちをしておいでですが、もしや今は亡きドンキホーテの志を受け継いで諸国を漫遊していらっしゃるお二人連れでしょうか? 
ドンキホーテ13・サンチョパンサ13 ・・・。
若い騎士 嬉しいな、じつはぼく等もそうなんです。ここにいるのは僕の妻です。妻としての働きと同時にサンチョパンサの役割も演じさせています。なにかと便利ですので。
ドンキホーテ13・サンチョパンサ13 ・・・。
若い騎士 ドンキホーテはこの腐敗した今の世を「鉄の時代」と名づけ、この鉄の時代に黄金の時代を甦らすべく遍歴の旅に出ました。それについてどうお考えですか。あ、失礼、お食事中でしたか。ごめんなさい、お相伴にあずかってもいいですか。(食席に近づきながら、妻に)お前もご好意に甘えてお呼ばれしなさい。
 すみません。

    二人、坐る。

若い騎士 (妻に)お相伴にあずかるだけじゃまずいよ。赤カブのピクルスがあったろう。お口に合うかどうかお出ししなさい。
 あなた、あれは今朝、一株のこっていたのをわたくしがいただきました。
若い騎士 それなら、羊飼いに恵んでもらったチーズの残りが一人分あったろう。
 あれも先ほどわたくしがいただきました。
若い騎士 (ドンキホーテに)さて、我がドンキホーテは彼の物語本の中でこう申しております。「宮仕えの騎士は、都会に住んで若い娘の尻を追いかける。遍歴の騎士は、人里遠く、後家を助け、乙女を庇い、人妻や親のない子に愛の手を差し伸べる」と。
 いただきます。(と、目の前の羊肉の燻製に手を出す。)
若い騎士 世界を隈なく歩き、迷宮に分け入り、不可能に挑み、真夏の炎天下、人跡未踏の荒野を行き、獅子を恐れず、妖怪に怯まず、巨人に縮み上がるどころか逆に探し求めて攻撃して、退治、殲滅するのが、遍歴の騎士の本懐です。また彼はこうも言っております、「今の世は、罪にまみれ、怠惰に流され、暇を持て余し、貪食(どんしょく)と快楽に耽っている。これぞ切に遍歴の騎士が待たれている所以である」と。これを読んでわたくしは思わず膝を叩きました、「ドンキホーテの呼びかけに応じない男は豚だ!」と。そして即座に生涯を騎士道に捧げる一大決心をして、妻を説得し、今日に至った次第です。ただ、そのあとでもう一度物語を読み直して、わたしなりにいくつか引っかかった箇所があります。そのいくつかの引っかかったページに付箋を貼ったうえで総合的に斟酌をくわえた結果、こう判断いたしました。「ドンキホーテが風車に突撃したり、曖昧宿を城と見間違えたり、床屋の金盥(かなだらい)をマンブリーノの兜と思い込んだり、その他エトセトラ・・・あの狂気の沙汰に付き合うつもりは毛頭ないぞ! 物狂いの騎士に世直しを任せてなるものか!」と。だってそうでしょう「ドンキホーテ物語」の第一巻が世に出て、彼が稀代(きだい)の物狂いだということが流布されたからこそ第二巻で、あの鼻持ちならない何たらいう公爵と奥方にさんざっぱらからかわれたのです。ぼくはドンキホーテとサンチョパンサが旅の後半であの公爵夫婦にコケにされて、これでもかこれでもかといたぶられる下りが、がぜん許せないのです。口惜しいのです。だいたい彼等を笑いものにするために公爵が仕組んだ仕掛けそのものが、なんのセンスもエスプリもない、ただムカツクだけの、金ずく、力ずくによる弱い者いじめじゃありませんか。ダサすぎますよ! なんのひらめきもない! 賢者が愚者や狂人をあざ笑う時には、かれ等の愚鈍や狂気が一瞬醸(かも)しだす罪のないユーモアを優しく包みこんだうえで、さらにその先で彼等を残酷に笑い飛ばすだけのしたたかな諧謔の精神が必要なのです! 
ドンキホーテ13・サンチョパンサ13 ・・・。
 実は、わたくし共、つい先ほどその公爵夫婦の一行に出会ったのです。かれ等はドンキホーテが甦って墓場から出てきたという噂を真に受けて、この辺りを探しまわっております。
若い騎士 そうなんだ。悪魔に魂を売ったサンチョパンサがドンキホーテを甦らせたなんて噂を信じるなんて、それこそ正気の沙汰じゃない。目くそ鼻くそを笑うの喩えそのものじゃないか。
 公爵はドンキホーテとサンチョパンサをからかったことが本になって世間に評判がよかったものですからのぼせあがって、このたびも二匹目のドジョウを狙っているのです。
若い騎士 奴さん等、最初はぼく等を本物のドンキホーテとサンチョパンサと間違えて、野外パーティーの主賓に迎えようとしたんですがね・・・
 この人のドンキホーテ論を半分も聞かないうちに、わたし達、袋叩きにあって放り出されました。そのさい、もし本物のドンキホーテとサンチョパンサに会ったら、「公爵一行がお待ちしております」と伝えて、丁寧にお連れ申し上げろ。そうすればお前等も宴の末席に座らせてやろう、と言われました。
若い騎士 ますます正気の沙汰じゃない。ま、それはどうでもいい。ぼくが問題にしたいのは、ドンキホーテの狂気についてです。とにかく僕は、ドンキホーテ二世として、彼の狂気とサンチョパンサの愚鈍を否定します。ぼく等、窶れ顔の魂の継承者は、その第一歩として、世界を醒めた目で眺め、そのありのままを認めるべきなのです。(目の前の羊肉の燻製を見て)見たところおいしそうな羊肉の燻製ですね。いただきます。(と、手を出す。)
ドンキホーテ13 お前、その醒めた目で何匹の妖怪と矛を交えた? 幾つの戦場(いくさば)に馬を乗り入れた? 羅刹の城に攻め入って囚われ人を解き放ったことはあるのか? 
若い騎士 一匹も、一人も、一度も。それ等はドンキホーテの狂った目が見た
幻の騎士物語の世界です。わたしの醒めた目で眺めれば、スペインの荒野はただのまっ平らな野原です。真夏の真昼に陽炎はゆれても、その中に存在するすべての事象は縦横奥行きという延長の中で生成を繰り返す幾つかの元素からなる物質と物質が織り成すハプニングの連鎖です。つまり、わたしの遍歴の旅の目的は、このなにもない大地にありもしない割れ目や窪地を自らの妄想でつくり上げそのなかにうずくまっている愚者と狂人の無知蒙昧と妄想を解き放つことなのです。これはこけ脅かしの竜や獅子を千匹退治するよりも遥かに目覚しいわたし固有の手柄になるでしょう。そして旅の終わりには、待ってましたとばかりにわたしの功績を讃え歌う「新ドンキホーテ物語」が世に出て、教訓的な啓蒙の書として爆発的なベストセラーとなるでしょう。(妻に)ねえ、お前。
 そうですとも。
ドンキホーテ13 遍歴の騎士の恋について訊ねる。お前は誰に恋している。何という名の姫だ。どこにおる。
若い騎士  はじめにお断りしたとおりここにいます。このサンチョパンザに見立てた従者がわたしの妻です。敬虔なキリスト教徒として妻に愛を捧げるは当然の義務でしょう。
ドンキホーテ13 すると、わしがお前と矛を交える時には、この食い意地の張った従者と我がドルシネア姫の名誉を天秤にかけて戦うことになるのか? 
若い騎士  あなたとディベートはしても矛を交えるつもりはありません。
ドンキホーテ13 わしも断る。あらためて訊こう。ドルシネア姫をどう思う。
若い騎士 ドルシネア姫はこの世に存在しません。彼女こそドンキホーテの最悪の妄想です。実物はトボーゾ村で日がな一日粉まみれになって小麦を篩(ふるい)いにかけている百姓女です。しかし、この世に存在しないドルシネア姫の名誉にかけて戦うおつもりとは、貴方もよほどのドンキホーテ・オタクですね。ハハハハ
ドンキホーテ13 ところで、お前、賢者が愚者と狂人をあざ笑うときには、なにが必要だとさっき言った。
若い騎士 賢者が愚者や狂人をあざ笑う時には、かれ等の愚鈍や狂気が一瞬醸(かも)しだす罪のないユーモアを優しく包みこんだうえで、さらにその先で彼等を残酷に笑い飛ばすだけのしたたかな諧謔の精神が必要なのです。
ドンキホーテ13 馬鹿まるだしのお前のたわごとのなかで、その下りだけはもともに聞いてやろう。そこでだ、まっ平らな荒野を遍歴する醒めた眼(眼)の騎士よ、教えてくれ、お前の言う、その愚者と狂人が―つまりこれなるサンチョとこのわしがだ、残念ながらユーモアをかなぐり捨てて、目の前のエセ賢者を―つまりお前をだ、問答無用に袋叩きにしたくなったら、それでも必要なのは諧謔の精神か?
サンチョパンザ13 それとも、たっぷり魔法と妖術で味付けしたエスプリ抜きの拳骨の嵐かい?

    ドンキホーテ13は若い騎士を、サンチョパンザ13はその妻を睨みつけ両手をかざすと、すばやい身振りで妖術をかける。
    一瞬の閃光に若い騎士とその妻は弾き飛ばされると、両目を閉じ、手探りでその場を徘徊しながら、

若い騎士 わぁ、なんだなんだ! 急になにも見えなくなったぞ!
 わたしもです!(なおも目をかたく閉じながら)こんなに大きく目を開いているのになにも見えないなんて、まるで月も星もない真夜中みたい
サンチョパンザ13 そのとおり、月も星もない真夜中だ。 
ドンキホーテ13 どうだ、覚めた眼の騎士よ、その醒めた眼をとじてみる気はないか? そしてその代わりに狂気の眼(まなこ)をひらいて暗黒の世界の一部始終を見とどけるがいい。
若い騎士 お言葉にしたがいます。どうすればいいのです?
サンチョパンザ13 二人ともその位置で左回りに三回廻って、右足を上げ、「カイナヤジカバ」と叫びながら左十五度の方角へ飛んでみろ。

    二人、眼を閉じたまま、言われたとおり飛ぶと、ゆっくり眼をひらく。
    その結果、若い騎士とその妻は、三メートルほどの間隔で向かい合って立つことになる。

ドンキホーテ13 それが狂人の眼がみた真夜中の真昼の世界だ。
サンチョパンザ13 目のまえになにが見える?
若い騎士 戦車から降りた百面相の女ウルガンダが、金色の鎧に身をかためて、わたしの前に立ちはだかっております。口から炎を吐きながら身構えました。わたしを丸焼きにして冥途へもどる前の腹ごなしにするつもりです。
 妖術使いフレストーンが三頭の獅子を従えて、わたくしを睨んでおります。その目は赤く燃え、振りかざした手にはモーロの民アガレノ族を串刺しにした刺股(さすまた)が握られております。わたくしを八つ裂きにしてトボーソの四辻に晒すつもりです。
ドンキホーテ13 (若い騎士に)相手は札付きの妖怪だ。どうする、矛を交えずにディベートでけりをつけるか?
若い騎士 ジョウダンジャナイ! ドンキホーテ二世を名乗るわたしがウルガンダごとき化物に後れを取ってなるものか! 一刀両断、血祭りにいたします!
 (若い騎士に対峙しながら)受けて立ちましょう!

    両者、スローモーションで、無様に、ぎこちなく矛を交える。
    二人の動きは、ドンキホーテとサンチョパンザに戯れながらサポートされることによって、さらに取り止めのないものになるが、
    最終的に、かれ等が事前に作った疵の上を正確になぞった生傷をおって、お互い力尽きてその場に昏倒する。やがて息を吹き返す。
 
ドンキホーテ13 どうだ、百面相女ウルガンダと五分に闘った気分は?
サンチョパンザ13 (妻に)お前も妖術使いフレストーンと三頭の獅子を相手になかなかの働きだったぞ。
 
    若い騎士とその妻、よろめきながら、ほうほうの体で上手袖まで逃れ、

若い騎士 なんのことです? あなた方がわたし達に仕掛けた狂気と乱暴狼藉の一部始終は、この身で受けとめながら醒めた眼でしっかり見届けましたからね! いますぐ公爵様にご報告するから覚えておくがいい! 

    二人、上手に消える。

サンチョパンザ13 公爵に伝えろ! ドンキホーテとサンチョパンザ、ただちに参上とな!



  十三 最後の狂気
      
    森の中。登場人物たちによって野外の宴用の大テーブルと椅子が設営されつつある。
    その手前、舞台前面で、公爵が若い騎士夫婦の報告を受けている。
    夫婦の打撲の傷跡は前場とおなじ箇所であるが、より生々しくなっている。
    
公爵 「ただちに参上」とそう申したのか。
若い騎士 はい。わたくし共を二人がかりで袋叩きにしたあとで、そう叫んでいました。
 わたくしにはかれ等が何もかもお見通しだったとしか思えてなりません。
公爵 お見通し?
 はい。公爵さまのお心づもりも、そのためにわたし共が打った芝居もです。
若い騎士 そうなんです。ごらんくださいこの傷痕を。かれ等はわたし等がこしらえた贋の傷痕だけを正確に狙って殴りかかってきました。「お前らの猿芝居はお見通しだぞ」というメッセージが一つ一つの拳骨(げんこつ)に込められておりました。
公爵 して、ドンキホーテの狂気とサンチョパンザの間抜けぶりは前回にくらべてなにか変わっていたか?
 思いますに、うちの人の正気と賢こさに比べて、かれ等の狂気と間抜けぶりはその十倍もしたたかで筋金入りでございました。つくづく磨きがかかっておりました。
若い騎士 そうなんです。

    この時、三人の背後で大奥様(公爵の母)が声をあげる。

大奥様 (傍らの侍女に)お出し! お前、その右手の裾にわたしのエメラルドの指輪を隠しているだろう! 知ってるのだよ! 昨夜、お前がわたしの宝石箱からくすねるところを見たのだから。
大奥様付きの腰元 大奥様、人違いでございます。その者は今朝はじめてお務めにあがりました川向こうの粉屋の娘でございます。
大奥様 おや、そうかい。だって、昨夜の夢に出てきた泥棒女とそっくりなんだもの。
若い騎士 そうなんです。以前のかれ等は自分の狂気にも間抜け振りにも気が付いておりませんでした。だからこそ、公爵様はその弱点をついて、かれ等をこれでもかとばかりにおからかいになり、それを読んだ読者達も笑いころげて、物語本の売れ行きがあそこまでのびたのです。ところが、いまのかれ等はまったくの別人です。サンチョパンサは度外れた無法者です。黙って座っているだけでその暴虐無残な気配がこちらに伝わってまいりました。ドンキホーテは箍(たが)の外れたおのれの物狂いを、しっかりとおのれの目で値踏みしたうえで、その物狂いと思いのまま戯れております。おのれの狂気にある種の誇りを抱いているとしか思えません。
公爵 面白い! これで今日の座興の筋書きが決まったぞ! 二人ともよくやった。約束どおり褒美を取らそう。

    公爵、若い騎士に金貨の入った袋を手渡すと、折りしも準備のととのった宴会の席に付き、全員に着席をうながすと立ち上がり、

公爵 諸君、これから始まる宴の趣向を明らかにしよう。
わたしは今の今まで、今夜の余興の主役は、前回と同じく、これから登場するドンキホーテとサンチョパンサの二人に演じさせようと思っていた。宴の主賓にかれ等を招いて、狂気と間抜けのグロテスクなきりきり舞いを演じさせて、全員で大笑いをしようとたくらんでいた。
全員 ・・・。
公爵 急きょ予定を変更する。宴の主役はドンキホーテとサンチョパンサではない、演じるのはかれ等ではない、かれ等を差し置いて、我々だ。そう、まさにかれ等を差し置いて! なぜなら、これからここに登場するドンキホーテとサンチョパンサは、ただの天然物狂いとクルクルパーではない。自らが狂気と阿呆であることを承知のうえで、その物狂いの毒をあまねく天下に広めんが為に諸国を遍歴しておるしたたか者だ。いわば狂気がかれ等の唯一の存在の証しであり、誇りであるのだ。だとしたらそのドンキホーテとサンチョパンサを笑いものにするための企みはいかにあるべきか? 
一同 ・・・。
公爵 かれ等の狂気と間抜けを「ご破算」にすること、無しにすることだ。どのようにして? かれ等の物狂いを凌駕することによって! 我々全員がドンキホーテの十倍狂い、サンチョパンサの二十倍ハチャメチャにアホになることによってだ!
公爵夫人 何ですって?
公爵 (長デーブルの後ろを歩き回り、中央の二つの主賓席を指しながら)ここにドンキホーテとサンチョパンサが座る。そして宴たけなわ、我等の狂気と乱痴気騒ぎのボルテージが最高に達した瞬間を想像してくれ。圧倒的な破廉恥とナンセンスのカオスが充満した宴のただ中で、我等の狂気に気勢をそがれ、驚き呆れ、茫然自失の二人が座ったこの席だけにひっそりと分別と良識が降り立っのだ! この場所だけが無様に硬直して静まり返えるのだ! まるで一幅の絵のように均整の取れた構図ではないか!
公爵夫人 たった今、わたしの中にも分別と良識がひっそりと降り立ちましたわ。そして「よして頂戴、なんて馬鹿なことを思いついたの」と呟いておりますわ。
公爵 ・・・。
腰元一 わたくし、常日ごろ殿方の小指の先ほどの心狂いからも無分別からも、キッパリと身を遠ざけて、操を守って、今日まで生きてまいりました。サンチョパンサの二十倍どころか二十分の一の自堕落に触れただけで、気を失うだろうと思います。
道化 気を失わずに正気を失えばいいのさ!
公爵 ひとは昼ひなか人前で天使の顔をして積みかさねた善き行いとちょうど同じ分量の悪徳を真夜中に心の内側に貯えるという。お前の聡明で貞淑な勤めぶりが今日までにそのスカートの内側に溜め込んだ自堕落は、たぶんサンチョパンサの二十倍にはなっているだろう。正気を失うまえにそれをこの場に晒しておくれ。
腰元一 ・・・。
道化 かんたんじゃないか! この場で逆立ちをすればいい。お前さんのスッポンポンの自堕落をこの場でおひろめ出来るぜ!
大奥様 (いきなり腰元に)お出し! お前、いま皿の上のウイスキー・ボンボンをポケットにねじ込んだね! わたしの目をごまかそうったって、そうはいかないよ!

    腰元一、気を失う。

大奥様付きの腰元 大奥様、今日の宴のテーブルにウイスキー・ボンボンはお出ししておりません。
公爵 よかろう。道化、そう言うお前がまず手始めに狂ってみせろ。
道化 そうこなくっちゃ! ただし、四六時ちゅう狂って馬鹿をやってるあっしです、そのあっしにこのうえ狂って馬鹿になれとの仰せなら、ケロッと正気にもどらせていただきましょう。正気に戻って、ちょいとその辺まで、ドンキホーテとサンチョパンサを迎えにいってまいりましょう。いまのところこれ以上の馬鹿はできません。(上手へ退場。その前に公爵家付きの僧侶の尻を蹴り)ボケッとしてないでお前から狂ってみせたらどうなんだ!
僧侶 ・・・。ギョヘーのトッテンコー!
公爵 なんだ? 
僧侶 は、その、拙僧なりに・・・。

    一同、沈黙。

公爵 いや、それでいい。(皆に)そうむつかしく考えることはない。自然体のままでいいのだ。力を抜いて・・・大きく息を吸って・・・臍のあたりに中心軸をこしらえて・・・(中胴のあたりを指しながら)このあたりの中身を・・・上下逆さまにひっくり返してみろ・・・そしてそのひっくり返った中身の・・・さらに内側に手を突っこんで・・・クルリと裏返してみて・・・そこに・・・なにか思いもよらぬ毛むくじゃらのあきれ果てた化物が蹲(うずくま)っていたら・・・そいつの首根っこをつかまえてブワーッとこの場にぶちあければいいのだ。あとさきを考えるな! ひたすら過激にプッツンしろ! 虫も殺さぬまともな人間が二十倍狂うとはそういうことだ。さあ、無礼講だ! アッと驚くインパクトをこの場にあたえた者には、後ほどたっぷり褒美をとらすぞ。
一同 ・・・。
公爵 では二人の登場の前に、軽く流してみよう。足軽頭、なにか喚け。
足軽頭 ワー! 俺は今朝目を覚ますと、てめェのケツの穴に頭を突っこんで叫んだ! 「ワー! 公爵様の逸物(いちもつ)は皮かむり!」
公爵 何だと! ワー! 次!
家臣一 ワー! なんて静かなんだ! 墓守! 酒盛りの目盛りは目に物見せてやる! やるからには庇い立ていたすまじ! 味な計らいはご無用! 一寸先に目くじらたてろ! 一皿幾らの地獄の沙汰だ! 爆発だ! ブワァァ!
公爵 誰かもうすこし静かに狂えるやつはおらんのか! 
腰元二 (ささやき声で)お願い・・・たすけて・・・沈んでいく・・・(テーブルの向こう側にゆっくりと沈んでゆく。)

    上手から道化、登場。

道化 遍歴の騎士ドンキホーテ様とその従者サンチョパンサ様のご登場!

    ドンキホーテ13とサンチョパンサ13、登場。一同の見守るなか、道化に導かれ、中央の主賓の席に座る。

大奥様 (ドンキホーテに)お待ち! そこはわたしの席だよ! 椅子のしたにウサギを隠しているんだ。齧られたって知らないよ!

    短い沈黙

公爵 母さん! ゴメンネ! 母さんのウサギはさっきボクが齧っちゃった。まるごと齧っちゃったんだ! だからもうこの世にいないんだ・・・ゴメンネ! コメンネ!

    大奥様、上手に退場。

公爵 (ドンキホーテとサンチョパンザに向かい)お許しください! わたくし、あの女の腹から生まれました。あの女の血を受け継いでおります! (公爵夫人を指し)この女は、かつて、夜ごとわたくしに跨りました。わたしの血に穢れております! その血を、この女は夜ごと大判振る舞いいたします! ここに連なるげすな下郎共をくわえ込むとことによって! 下郎共はところ構わずそこなる腰元共を犯します。しかりしこうして! お許しください! (踊る)我等一族郎党みな兄弟! おなじ寝床でおなじ夢!
いざ、われ等、これなる客人を共にもてなさん!

    一同、勝鬨(かちどき)の声
    腰元一、しずしずと中央の席に近づく。一同、沈黙。

腰元一 (サンチョの胸に触れ)なんて厚い胸・・・(サンチョの胸元に手を差し入れ)・・・素敵な胸毛・・・(気を失う)
公爵夫人 (ドンキホーテの隣席に座り)窶れ顔の騎士さま、お願いがございますの。(目前の皿の上のクリーム・パイを指し)このパイは貴方様のために今朝わたくしが焼きました。味見をしていただけないかしら、このように!(と、ドンキホーテの頭をつかみ、パイの上に押し付ける。)

    場は騒然となる。口々にあり得ない言葉を口走り、羽目を外した行動におよぶ。
    そのなか、ゆっくりとドンキホーテとサンチョパンザが正面を向いたまま、テーブルの下に沈みこみ、姿を消す。やがてそのことに気付いた一同、しだいに静まり、やがて沈黙。
    突然、全裸のドンキホーテがサンチョパンサに担ぎ上げられ、テーブルの上に据えられる。狂気の面相。サンチョパンサは素早く後ろを向きにぺロリと尻を剥き、ドンキホーテの横に添える。
    宴の中心に凄まじい狂気の磁場が発生し、静寂がそれを囲む。その静止した古典的なシンメトリックな構図は、あたかもダビンチの「最後の晩餐」のように絵画的である。
    大奥様、上手手前に現れ、その光景を目にして、

大奥様 おやまあ!

    暗転


                       二〇〇八年八月十八日


「ドンキホーテ」本文からの引用は、新潮社版「ドンキホーテ」萩内勝之・訳を参考にさせていただきました。




 
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