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演劇組織「夜の樹」第二十一回公演上演台本
やぶにらみのアリス
和田 周
 



     「ザムザ阿佐ヶ谷」の舞台。舞台下手に一メートル四方ほどの穴。
一場


  1 ウサギの穴に落ちて

     舞台中央にアリスが立っている。骨董の西洋人形のような、色あせ、汚れたコスチューム。
     上手前面よりウサギ登場。下手に向かい、アリスの前を駆けぬけながら、

ウサギ (つぶやく)まいったな、遅刻だぞ。

     立ち止まり、チョッキのポケットから時計を出して眺め、あたふたと穴に跳びこむ。
     アリス、ウサギが時計を取り出したことに驚き、ウサギの消えた穴にかけよる。
     ウサギ、間髪をいれず穴から首をだし、アリスに、

ウサギ なぜだ! 
アリス ・・・。
ウサギ 渋谷のだよ、井の頭線のホームに立っているお前の目の前を、服を着たウサギが横切ったんだ。
アリス ・・・。
ウサギ 服を着たウサギだぞ!
アリス ・・・。
ウサギ そのウサギが、「まいったな」と、人間の口をきいたんだ!
アリス ・・・。
ウサギ なぜ驚かない?
アリス ・・・。
ウサギ 「そのうえ」「ところが」だ、アリス! つまり、「それだけならまだしも」、「それとは逆に」という意味だが、アリス! そのウサギがポケットから時計を取りだした時にだけ、なぜギョッとした!
アリス ・・・。
ウサギ いいんだな? その程度に「当たり前ジャン!」と「え? そんな!」をまだら状にゴッチャにして、これからもおれについてくる根性なんだな!(穴に消える)
アリス ・・・。
ウサギ (ふたたび首を出し)で、どうする? 
アリス ・・・。
ウサギ 井の頭線で行くのか、それともここにとび込むか? 
アリス ・・・。
ウサギ 道玄坂を井の頭線に乗ってトンネルでつき抜けるか、俺のあとを追ってこの竪穴を垂直に落下するか。
アリス ・・・。
ウサギ どっちにしたって同じさ。行き先は次の「神泉駅」だ。(消える)

     アリス、ウサギの後を追い、穴にとび込む。
     暗転


  2 堕ちないアリス 

     暗闇のなか、舞台中央の上方から、ゆっくりと、海の底へ沈むように、アリスの人形が落ちてくる。
     アリスの人形というよりも、風にあおられ裏返ったペチコートに包まれた上体と露呈された下半身の、
     まるで軒先に吊るされた剥きトウモロコシのような、物体である。
     その真下に、安楽椅子に座った老人が浮かび上がる。老人の足元に一枚の汚れた畳。

老人 (人形を見上げながら)落ちてくるのか、アリス。あの日、お前がホテル代を節約して忍び込んだこの神泉駅前のアパートの、空き部屋の、むきだしの畳の上に・・・。腐った精液のつまったコンドームが浮かんでいる便器のかたわら・・・、お前が仰向けに横たわって、最後の客のために股を開いたこの畳の上に・・・。検視官がかがみ込んで、お前およびお前の客たちの四本の陰毛と若干の体毛を採取した、この畳の上に・・・。

     人形は、畳の上に着地し、横たわる。

老人 いいや。今夜、わたし達は、別の物語をしよう。とびきり淫らで、まるっきり腑に落ちない、ゾクゾクするだけで一文の得にもならない、その場かぎりの、教訓なしのこの芝居小屋で、わたし達は今夜、しずかに狂いながら横道にそれて、お前を宇宙の果てへ飛ばしてやろう。

     暗転


  3 涙の池

     前場と同じ位置の畳のうえに意識をなくして横たわっているアリスを、「不思議な国のアリス」の登場人物たちが取り囲んでいる。
     (ただしかれ等はこの場では仮面舞踏会のようにそれぞれ、ねずみ、オオム、アヒル、ドードー、小ワシ、母蟹、娘蟹、等のマスクをつけている)
     ややあって・・・

ねずみ つき合って間もない女の子と新宿の地下道を歩いていたときのことだけど、右足のくるぶしの辺りがムズムズしたと思ったら、ズボンの裾からしわくちゃのパンツがはみ出してきた。朝はいたズボンのなかに前の晩のパンツが残っていたんだ、驚いたよ。・・・という話をしてもいいかな?

     間

ドードー もうしたじゃないか。
ねずみ いや、いまの話を、「笑っちゃうよ、こんなことってあるんだね」みたいなマクラをつけて、最後は皆の大笑いでおわるノリの、「こぼれ話」スタイルでさ・・・。

     間

母蟹 およし。
ねずみ ・・・。

     間

オオム 馬鹿。
娘蟹 あんたのおかげで、台無しだわ。
ねずみ なにが?

     間

小鷲 いまおれ達は、ただを待っているんだ。
オオム その、いかにも「ああ、ただを待っているんだな」って気分で始まるこの場の出だしを、お前がオシャカにしちまったんだ。
ねずみ その、転ばぬ裸足のオシャカが待っている多田ってイカモノは何者だ!

     間

アリス (この時、アリスに意識が戻った)・・・。
オオム おい、アリスが気がついたぞ! 

     一同、アリスを囲む輪をちぢめる。

アリス 何があったの?
オオム 何があったかだと? あんたはウサギのあとを追って穴にとび込んだんだ。それから、なんだかんだがあって、―つまり、大きくなったり小さくなったり、そして「わたしは何者であるか?」という問いに行き当たって、―あぶない問いだけど、そのあげく、自分が、やせた、しゃがれ声の、
さあさあおいでと 口あけて
あつまる魚を  ぱっくりこ
なんて、聞いたこともない歌をうたう、いやな女の子に変身してしまったような気がして、堰(せき)を切ったように泣きだして、むろん咳き込みながらだけど、その切れた痰(たん)、じゃない、切れた堰から流れ出たあんたの涙の池に、ここにいる全員がはまってびしょ濡れになっちまったのさ。
小鷲 その先は、ワシが無味乾燥に説明しよう。・・・全員があんたの流した涙の池にはまって、なかでも、自分の涙の池の涙を人いちばい飲んであんたは溺れちまった。そこで、ワシ等はあんたをここに担ぎ上げて、それから、みんなしてびしょ濡れになった身体と体にはり着いた濡れ衣をなんとか乾かすことはできないものかと思案していたところに、そこの間抜けが、場違いな・・・前の晩のパンツがどうのという「こぼれ話」を始めたから、みんなで叱っているうちに、裸足のオシャカなんかまで出てきはずみに、あんたが目を醒まして、「何があったの?」と聞いたという次第だ。どうだろう、以上のようなワシの無味乾燥な説明で、すこしは濡れ衣が乾いただろうか?(と、自分の衣装を点検する)
アリス ・・・。
ねずみ (自分の身体を点検し、隣のドードーに)おれ達、濡れてることになってるの?
小鷲 はて、どうやらワシの無味乾燥な演説はなんの効力もないようだ。そこで、次なるワシの思いつきは「据え膳喰っちまおう競争」というスクランブル駆けっこだ。この無目的・無方向・煩悩の赴くまま競争による各自の体温の上昇で、いっきに自然乾燥を目論もうではないか、というのが、今後の、かいつまんだ見通しだ。
母蟹 コンゴのお通しやスエーデンのスクランブルをカイツマムんじゃないよ! なにがお盆の赴くままだ、意地汚い! 濡れ衣を乾かすには「ただをお待ち」って言ってるだろ!
小鷲 ・・・左様。よろしい、カタツムリのスクランブルはなかったことにしよう。行き掛かりはインドの乞食と一緒に水に流したうえで、アラビヤの脂ぎった大金持ちのように太っ腹に、鱈(たら)のムニエルを待とう。
ねずみ 行き倒れのインドの乞食を水に流すのと、アラビアの脂ぎった大金持ちの腹に油をたらすのと、どっちが得なんだ!
母蟹 馬鹿だね、インドの乞食に水を掛けたって、金毘羅様のご利益にはありつけないよ!
娘蟹 だって、わたし達が乾かそうとしてるのは、ネパール人の「ゴビンダさんの濡れ衣」だもの!
アリス (鋭い声で)ゴビンダさん?

     間

オオム そうだよ、ゴビンダさんだ! アリス、お前は、あの晩、ネパール人のゴビンダさんに、この畳のうえで殺されたのだ!

     一同、かすかな悲鳴とざわめき。

オオム そこの神泉駅の踏み切りを渡った円山町の地蔵堂の前で、あんたはゴビンダさんに「今晩は、わたしとセックスしませんか? 四千円にオマケしときます」と声をかけた。それからこの喜寿荘の空き部屋に忍び込んで、セックスをしたあと、ゴビンダさんはお前を絞め殺したのだ。
娘蟹 (アリスに小声で)嘘だよ!
アリス ・・・。
オオム ゴビンダさんは、そう訴えられて、裁判にかけられて、罪が確定して、いま、牢屋のなかだ。(と、立ち上がり、下手へ行き、うずくまる)
娘蟹 今夜、ゴビンダさんは牢屋の中で夢を見ているのだよ。罪を着せられるまえに勤めていた千葉の「幕張マハラジャ」というインド料理屋から、大急ぎで電車に乗って、この神泉に辿り着こうとしている夢を・・・。わたし達は夢の先回りをして、ここで、ゴビンダさんを待っているのさ。

     オオム、娘蟹の言葉にしたがって、立ち上がり、以下のドードーの言葉どおりに、上手に向かい、ゆっくりと夢の中を歩く。

ドードー アリバイ証明という言葉を聞いたことがあるか。今夜、ゴビンダさんは、勤め先の「幕張マハラジャ」から九時五十七分に帰り支度を始めて、海浜幕張駅から電車に乗って、遅くとも十一時三十分までにここにたどり着こうとしている。
小鷲 それはもう真剣に、必死になって、たどり着こうとしておるのだ。なぜなら、もし十一時三十分までにたどり着けたら、ゴビンダさんはお前を殺すことが出来るからだ。あの日、お前がその時間にゴビンダさんらしい男とこの部屋に入るところを見たという証人がおるからな。いいか、ゴビンダさんが、いくら必死になってその時間までにたどり着こうとしても、めでたくたどり着けないことが証明された時にだけ、ゴビンダさんは「殺してなんかいないぞ!」と叫んで、自分に濡れ衣をきせた裁判官を懲らしめることができるのだ。
オオム でもね、それはとても微妙な問題なんだ。ゴビンダさんは、毎晩、夢の中で試してみるんだけど、どこまでも必死になると、ギリギリ、その時間に間に合ってお前を殺しちゃたりすることがあるんだよ。
母蟹 だから、今夜、わたし達はどこまでも必死になって、ここでゴビンダさんの濡れ衣が乾くのを待っているのさ。
娘蟹 ゴビンダさんが時間までにめでたく着きませんようにって。
小鷲 これでお前も、わたし達が何をいっしょうけんめい待たないで、鱈のムニエルだけを待っているかが、判っただろう。
ねずみ (昂揚して)判った! みんな! コンピラ様の濡れ衣を裁判官に着せて、オシャカにしょうじゃないか!

     その時、上手奥からゴビンダさんあたふたと登場。

ゴビンダさん 今晩は。
小鷲 え? ・・・ゴビンダさん。
ゴビンダさん ごめんナサイ。・・・今夜は、なんか、すごくはやく着きマシタ。
一同 ・・・。

     アリス、立ち上がり、ゴビンダさんを見つめる。

アリス 今晩は。
ゴビンダさん ・・・今晩は。
アリス 「わたしとセックスしませんか? 四千円にオマケしときます。」

     暗転


  4 真昼の夜空の果てへ

     仮面の動物達はアリスに群がり、畳の上に仰臥した裸身のゴビンダさんの上に彼女を据え、揺り動かしている。
     その群れを傍らに立って見守る、母蟹。

アリス 言って、ゴビンダさん。言って・・・。
ゴビンダさん 言っていいのですか? 言ってもいいのですか、アリス。
母蟹 さあ、言っておやり! お前たちがなにをしているのか。お前たちが、
小鷲 どれほど罰当たりで恥知らずか!
母蟹 言っておやり!
ねずみ ゾッとするような!
ゴビンダさん ゾッとするような!
娘蟹 死ぬほど恥ずかしい!
アリス 死ぬほど恥ずかしい?
オオム 誰だって目をそむける!
ねずみ いちど見たら目を離せない!
ドードー 汚らわしい! 小便まみれの、糞まみれの、ケダモノみたいに!
母蟹 言っておやり!
ゴビンダさん ケダモノみたいに!
小鷲 息せき切って!
アリス ケダモノみたいに?
オオム 土壇場まで、追い詰められて!
娘蟹 びしょ濡れの、ぼろ切れみたいによじれ合って!
母蟹 言っておやり!
ゴビンダさん ぼろ切れみたいに!
娘蟹 だからこそ、せつなく、
ドードー せつなく!
娘蟹 なにもかもかなぐり捨てて!
アリス かなぐり捨てて?
小鷲・ねずみ 綺麗は汚い、汚いは綺麗!
ドードー いっそのこと、もうちょっとで! 
オオム もうちょっとで!
ドードー なにもかも、許されそうな!
小鷲・ねずみ・ドードー 綺麗は汚い、汚いは綺麗!
アリス 許されそうな?
オオム そうとも! もう少しで、光の真っただ中に!
小鷲・ねずみ・ドードー・娘蟹 綺麗は汚い、汚いは綺麗!
小鷲 そうとも! そこの隙間をこじ開けて!
ゴビンダさん もう少しで!
アリス もう少しで!
ドードー 底なしの、真昼間の、夜空の果てへ!
小鷲・ねずみ・ドードー・娘蟹 綺麗は汚い、汚いは綺麗!
アリス ああ、もう少しで!
母蟹 そうだよ! お行き! 
アリス ああ!
母蟹 お行き、飛んでお行き! 底なしの、夜の空の向こうへ! 
動物たち  綺麗は汚い、汚いは綺麗!
アリスゴビンダさん ああ!

     アリス、動物たちに囲まれながら、上体を崩してゴビンダさんの上に倒れこむ。
     暗転


  5 ねこかむり猫

     アリスとゴビンダさんを囲んでいた動物たちは舞台奥の暗がりへ退いている。
     畳のうえにはアリスと、半ば上体を起こしたゴビンダさん。
     下手の穴から、猫のかぶり物をかぶった、ねこかむり猫が首を出し、畳の上の二人を見ながらニヤニヤ笑っている。

アリス (ゴビンダさんに)あれは誰?
ねこかぶり猫 ねこかむり猫だよ。
アリス 猫のくせにどうしてニヤニヤ笑ってるの?
ねこかぶり猫 猫のくせに、ねこをかむっているのが自分でも馬鹿らしくて、笑っているのさ。
アリス 猫がそんなふうに笑えるなんて、知らなかったわ。
ねこかぶり猫 たいがいの猫は、ねこをかむると、こんなふうに笑うんだ。
アリス あたし、笑う猫がいるなんて、ぜんぜん知らなかった。
ねこかむり猫 あんたはものを知らん。それは事実だ。
アリス あら、なんでも知ってらっしゃるのね。それじゃ伺いますけど・・・。

     間

ねこかむり猫 「あら、なんでも知ってらっしゃるのね。それじゃ伺いますけど」? 
アリス ・・・。
ねこかむり猫 「伺いますけど」なんだい?
アリス ・・・。
ねこかむり猫 ・・・気がついたな、「あら、わたし、伺うことが何もないわ!」って。
アリス ・・・。
ねこかむり猫 「伺いますけど、なにを伺いましょうか?」ってか? 
アリス ・・・。
ねこかむり猫 (アリスににじり寄りながら)「わたしは誰?」「ここは何処?」「何があったの?」「これからどうなるの?」「わたしが主人公のこのお話はどんな筋運び?」
アリス ・・・。
ねこかむり猫 全部あわせていちどきに「伺う」と、「伺い」の中身が消えちゃうだろ。残念だネ! 口惜しいネ!
アリス だって、わたし達いま、「夜の空の向こうへ飛んで」行ったところなんですもの。
ねこかむり猫 あ、そう、そんなお伽噺、信じるわけお伽噺の主人公が? 
アリス ・・・。
ねこかむり猫 それでスカスカのすっぽ抜けになったの。え、アリス? いやだネ! 恥ずかしいネ!
アリス 感じわるい猫ね。
ねこかむり猫 感じのわるい猫をかむってる猫だって言ってっだろ。
アリス もう貴方とお話するのはやめるわ。
ねこかむり猫 (アリスのスカートをつかみ)話をやめても離してあげない!

     ねこかむり猫、アリスを引っぱり、むりやり穴の縁に坐らせ、アリスの脚の間に自分の頭部を割り込ませるながら、

ねこかむり猫 ゴビンダさん、あんたもそばにおいで! (アリスの手を自分の頭部に誘導し、猫なで声で)ねえ、アリス、話をやめて大雑把につかんでごらん、感じのわるい猫をかむっている猫のかんじを。それから、ねえ、ゴビンダさん、ゴビンダさん! あんたも、感じのわるい猫をかむっている猫のかんじを大雑把につかんでいるアリス とつかまれている僕の感じを、大雑把につかんでごらん!

     ねこかむり猫の言いなりに、三人は寄り添う。

ねこかむり猫 (猫のかぶり物の耳に触れているアリスに)そう、それが感じのわるい猫の耳だよ。そしてこの下が、(アリスの手を誘導し)感じのわるい猫をかむっている猫の耳だよ。こっちのほうがうぶ毛の手触りに艶があって「ああ、血のかよっている本人の輪郭はここから始まるんだな」って感じが直につたわってくるだろ。耳の内側と外側から親指と人差し指で・・・そう、もっと付け根のところを・・・根性曲がりの娘(こ)が根性なしの娘をイジメルみたいに爪をたててキッと、抓ってごらん。
アリス ・・・(そうする)。
ねこかぶり猫 ね、ぼくが痛いのを我慢してこっそりかたくした身体を、あんたにおしつけたのがわかっただろ。
アリス・ゴビンダさん ・・・。
ねこかむり猫 ねえ、ねえ、眉間の・・・眉毛と眉毛のあいだの筋肉を、ビロードの上着の裏地のしわをのばすみたいに、横に、しごいてみておくれ・・・そう、そう、筋が凝って、ムキっとしてる手触りが、いいだろ。しばらくこすっててもいいよ。ね、身体の奥のほうで、もらしたオシッコが角砂糖を溶かすみたいに、いい気持ちが滲んでひろがるだろ。・・・ああ! いいよ、それ・・・ぼくも感じるよ! ね、ゴビンダさんも感じるだろ・・・。
アリス・ゴビンダさん ・・・。

     間

ねこかぶり猫 ・・・はたから見たら、「三人、小さくまとまってしまったな」って思われても仕方のない状態だけどさ。こういう細かい感じをていねいに集めて、磨いていかないと、なかなか、夜の空の向こうへなんか独りで飛んでいけるもんじゃないんだよ。
アリス 「独りで」?

     アリス、いきなりねこかむり猫を蹴飛ばして、身体を解く。

アリス ・・・馬鹿ね、最低だわ! 言っちゃわるいけど、こんなことしたっておヘソでお茶も沸かせやしない! 
ねこかぶり猫 え?
アリス あんたみたいなシミッタレのお粗末なお馬鹿さんを千人踏んづけて、狂ったアフリカ象みたいに大暴れをして、あいた口がふさがらないほど贅沢で無駄使いの、一週間分のウンコとオシッコを全部ベッドのうえに漏らしちゃうくらい死に物狂いの無茶をしなきゃ、本当の夜の空の向こうへなんか飛んでいけるもんですか。

     この時、上手袖奥から声。

 アリス、お家へお帰り! ご飯だよ!
アリス (ねこかむり猫に)さよなら、ねこかむり猫さん。もう貴方とは遊んであげない。
ねこかむり猫 ・・・。
アリス ゴビンダさん、よかったらもう一度お客になって、西永福のわたしのお家へ晩御飯を食べにいかない?(上手に退場)
ゴビンダさん 西永福? この神泉駅から井の頭線に乗って、もっと先まで行くのですね?(アリスの後を追う)
ねこかむり猫 (ゴビンダさんの後姿に)「もっと先」なんてないよ。これであんたも運のツキさ。気の毒だネ! かあいそうだネ! アリバイ証明どころか、あんたはこれから正真ショウメイの「アリババと四人の狂った家族」の晩御飯をご馳走になって、あそこのおかみさんの餌食になるんだ」。

     ゴビンダさん、黙ってアリスの後について行く。
     ねこかむり猫、二人を見送った後、正面を向く。
     溶暗
     暗闇のなかに、しばし、ねこかむり猫の「笑い」だけが消え残る。
     (つまり、ねこかむり猫の顔に蛍光塗料で描かれた笑 顔の線型だけが闇にのこる)


  6 肌蛍(はだぼたる)

     舞台中央に、畳四畳半ほどの薄べり。
     その上で、夕餉のお膳を囲む父と妹と弟、お膳の上のオカズの載った皿を左廻りにとめどなく廻している。
     その背後で、なにやら溶接工事のような閃光と火花をスパークさせながらオカズを増産ちゅうの母。
     出来上がった追加オカズは、お膳をかこむ三人の背後からやみ雲に投げ込まれる。
     家族、声をそろえて歌う。

  この街を 煙の 電車道が
  斜めに もたれて 客をはこぶ
  針金の ペットが 目を閉じれば
  抱かない 泣かない 墓にも捨てない
  せめて レトルト・パックの イタチがいたら
  水に戻して 連れて行けるはず
  夢の通い路さえも 失くしたなら 
  醒めて歌おう まくらを だきしめて
  朝まで だきしめて

     上手から、アリスとゴビンダさん登場。

アリス ただいま。
 おかえり。

     と、お膳をひっくり返す。弟と妹はお膳のうえの食物を確保するために、お膳とともに裏返る。

 今日を、何の日だと思ってる!
 二の酉じゃないか!
 さっき煙が出ていたわ。
 西永福商店街からか?
 いいえ、踏切から。
 ・・・。
 何だ、どうしたんだ?
 ・・・踏み切りの警告だろうか? 「人類滅亡の前触れは昨日で踏切りました」という。
 馬鹿だな、それならバス停に並んでるときに誰かが叫ぶよ。

     弟と妹がお膳をもとに戻す間に(あっという間に)、アリスとゴビンダさんは家に上がる。

アリス お客さんよ!

     家族、凍りつく。
     やがて、

 ・・・いらっしゃい。関東電気・・・・感電・・・乾電・・池・・・感電死者・・社内葬・・・埋葬・・・地価・・時価・・・根回し購入課・・直談判課長役を拝命しておりました、コレの父親でございました。
ゴビンダさん ・・・。
 父は生前、関東電気の電気を盗んで乾電池を生産する会社の、作業中に感電して死亡する社員を埋葬する土地を時価で購入するための根回しをする課の、直談判課長を務めていました。
 昭和五十二年七月に感電して死んだ。ここにいるのは張子のダミーだ。
 播磨大介でした。享年五十四歳です。
ゴビンダさん ・・・初めまして。ゴビンダです。
 イチゲンの客かい!
 どうでした? 娘の体は、ご満足いただけましたか? 
ゴビンダさん ・・・。
 おかげさまで、わたくしの後を継ぎまして、関東電気・・・関電のOLをしております。同社企画部経済調査室副長です。関電事業と日本経済の影響を論考する論文を作成するなどして・・・
 頑張っています。会社がひけてからの姉は、さらに頑張ります。帰り道、乗換駅の渋谷に降りると、歩いて道玄坂をこえて、円山町の道玄坂地蔵の前で、フリーの客狙いの淫売をいたします。
 一晩に四人の客をとるのがノルマだ! 本人がきめた!
ゴビンダさん ・・・。
 ところで、ゴビンダさん、さしあたってのわたしの質問に、まだお答えをいただいていないようだが・・・。

     父、お膳をひっくり返す。弟、妹、アリスはお膳のうえの食物を確保するために、お膳とともに裏返る。
     お膳はもとに戻る。

 ささやかな夕餉のひと時だ! 一家団欒だ! 親子五人、つつましく、ひたむきに生きている! 
 父さん!
 ・・・むろん、わたしは生きちゃいない、オミソだ。・・・まばゆいばかりに幸溢れる・・・死臭が漂い始めているとはいえ・・・まばゆいばかりに幸溢れる・・・播磨一家の夕餉のひと時です。
 ぼくも去年事故で死んだ! 下の姉ちゃん(妹)も今年の秋には死ぬ!
 さりながら、まばゆいばかりに・・・生きている・・・いた・・・播磨一家の夕餉のひと時です!
ゴビンダさん ・・・。
 この夕餉のひと時の、あふれるばかりの幸(さち)を、皆様にお裾分けするようにと、父は、夜ごと、姉を丸山町に差し向けるです! 母だって、ああやって、心づくしの手料理の裾分けをあそこから投げつけてきます。 
 もういちど聞く、「娘の体にご満足いただけましたか?」
 (手料理をお膳の上に投げつけながら)ダンマリかい!
 丸山町で、姉は、「四千円にオマケしときます」とあなたに声をかけたはずです。「誰か、ダダでやらしてくれる女はいないか?」と思いながら夜の道を歩いている殿方に「タダでどうぞ」って声をかけたら、それで話はおしまいです。姉は、あなたとのご縁を深く切ないものにするために「四千円」にわが身をやつしたのですよ。その心づくしに、あなたはどうお応えになるおつもりでしょうか?
 姉さんの身体がしんそこ馴染んでるのは、父さんとぼくと隣のおじさんの三人のみだ。だが、問題はそこにはない!
ゴビンダさん ・・・。
 やめましょう。(お膳をひっくり返すと、アリスに向き直り)アリス! お前はどうだった?

     妹と弟はアリスの両腕をつかみ、その両腕を、起てたお膳の二つの脚に拘束具で固定し、
     衣服を引き裂き、娼婦のような下着とガーターベルトを露わにする。

 そうやってこの男のまえに身体を晒して、関電の調査室副長の地位と、西永福の高級住宅街に借家をかまえる播磨一家の沽券と面目をきっちりと丸つぶれにすることが出来たか? そして、あの古代の儀式の生贄のように穢れなく、晴れがましくも厳かに祭壇のうえに傷口を開くことが出来たのか。この男の刃物に切り裂かれながら、血まみれの山羊のように、痙攣する天使のように、苦痛と快楽の尾根づたいに、こきざみに死にながら、なにもかも使い果たして、あの真昼間の星空の向こうへ飛ぶことが出来たのか! 快楽のはての一粒一粒の汗に、宇宙からの聖なる光を宿して、全身を燐の光で包むことが出来たのか!
 それこそが、淫売たちが憧れと噂話を伝説にまで祭り上げて語り残した、あの「肌蛍(はだぼたる)」です! 歓喜の極みに女の肌が蛍のように光り、客の男もその照り返しを浴びて光るのです。
 (ゴビンダさんに)どうでした、この娘は光りましたか! あんたはその照り返しをたっぷり浴びたのか!

     妹と弟は、アリスの前にゴビンダさんを、アリスに正対するように立たせ、次に、壁の鏡をゴビンダさんの胸にかけ、
     最後に、妹、父、弟は、お膳に括られたアリスの背後、ゴビンダさんに正対する位置に、まるで記念写真を撮るように寄り添って立つ。
     室内はいつの間にか明かりが薄れ、アリスにだけ強く当たった光が、ゴビンダさんの胸の鏡に反射してそのかすかな光芒が三人を照らす。

 (ゴビンダさんに) 包み隠しなく申し上げます、一家団欒のお裾分けなんて、真っ赤な嘘です! いまわたし共がおすがりしたいのは、姉からあなたへ、あなたからわたし共へと照り返される一筋の明かりです! 姉の歓びの照り返しを浴びた殿方の、その殿方の照り返しを浴びることだけが、崩れ去ろうとしているわたし共に残された、最後の望みなのですよ!
 お願いだ! さあ、アリス! 光ってくれ! そして、ゴビンダさん、どうかそのお裾分けをわたし等に恵んでくだされ! 
 糞! そんなんじゃ駄目だ! なんて貧弱な明かりなんだ! ・・・もうだめだ! アリス、おまえのおかげでもう駄目だ! 一家団欒が、どんどん薄れていくぞ! もっと光を! ・・・駄目だ・・・さよなら・・・!
父・妹 ああ・・・さようなら!

     薄れていく明かりの中、三人は、背後に立っている母にすがりつきながら崩おれ、お膳の裏に没する。
     ゴビンダさん、アリスに駆け寄り、アリスの拘束をとく。

アリス 母さん、いま明(あきら)が言ったことは本当なの? 
 何んだい?
アリス わたしの「肌蛍」の光が貧弱だったおかげで、あの子達は駄目になったの?
 ゴクツブシ共の血迷いごとを真に受けるんじゃないよ。そんなお目出度い光があるんなら、連れ込み宿の組合会長が電力会社の元締めになれる理屈じゃないか。たしかに、あたしが一度も光れなかったのは、この腎虚の宿六のせいだけどね。(と、お膳の陰の物体をフライパンで叩く)

     お膳の陰から、父、妹と弟が、悪戯が露見した悪童たちのように苦笑いを浮かべた首を出す。

 さあ、アリス、こっちへおいで。「肌蛍」がどうの、「星空の向こう」がどうのって、男のアレをくわえ込むことに目の色かえるだけが、物狂いじゃないよ。
アリス ・・・。
 その男を骨抜きにして、二人してこっちへおいで。一緒にくらそうよ。おまえにたっぷり教えてやろう。女が地味に、まともに暮らしながら、どれくらいとめどなく「狂う」ことが出来るかを。派手な思いつきも言葉の手品もいらない。あたし等はね、台所と物干し場とスーパーの行き帰りの工夫だけで、世間の屋台骨を誰にも気づかれずにスカスカにできるのさ。手始めに、自分の亭主と息子と向う三軒両隣の親子三代の生き血をたっぷり三倍に薄める方法を教えてやろう。その後で、もっと大見得を切って悪びれたいんなら、祭りの朝に町内会のカレーに毒を混ぜて、世間じゅうを敵に回したあげくに、十年がかりの裁判にシラを切って、目尻に笑みを浮かべながら縊り殺されることだって出来るんだよ。

     短い間
     アリス、ゴビンダさんの手を引き、母に背を向ける。

 お前、たった一人の母親をここに残して、こんどはどこへ遊びにいくつもりだい?
アリス そんなこと、ねこかむり猫の言い草じゃないけど、あたしにはわからない。たぶん女王さまからクロケー遊びの招待状をもらっているような気がするの。(と言いながら、上手に退場)
 クロケー遊びって何だ?
 お待ち、そんなに急いだって、なにも始まりやしないよ! 招待状ならあたし達だってもらってるんだ。もっとも、お前とは血のつながりのない伯爵夫人としてだけどね。だから、着替えるまで待っとくれ!(と、アリスの後を追う)

     三人も、あたふたと上手へ。
     暗転


  7 泣き男、ゴビンダさん

     下手の穴から首を出し、這い上がり、上手へ急ぐアリス とゴンダさん。
     中央奥に置いてある安楽椅子(二場で老人が座っていた)に気が付いたゴビンダさん、椅子にすがり付き、泣き崩れる。

ゴビンダさん ここに座っていた年寄りまで、もういないではないか・・・。アリス、わたしはとうとうひどい迷子になってしまいました。
アリス ・・・。
ゴビンダさん わたしの国のネパールには、たくさんのお寺の、暗い聖堂の蓮の台の上に、金色の仏様が坐っています。彼らが、わたし達を見て、守っています。この国では、夢のつづきをいくら歩いても、誰も坐っていない椅子の前を通りすぎるだけだ! ・・・わたしはわたしの国へ、とうとう、帰れないところへ来てしまった。(泣く)
アリス ・・・。
ゴビンダさん ねえ、アリス、わたしは、いま、貴女と一緒に夢の中だから、夢の外のことは、少し身体で覚えているだけです。(泣く)・・・ここよりも、五倍も六倍も悪い夢のような場所にわたしは目を覚ますと、四角い部屋の木の椅子に座って、わたしは、とても大切なことをいくつか、「いいえ、わたしは、それは、やりません」とまっすぐに答えて、また、いくつかの「はい、わたしはそれをしました、わたしはスケベです」と、恥ずかしく答えて、「ゴビンダ・プラサド・マイナリはわたしです」を言うと、大勢の男達がわたしを囲んで、わたしの「いいえ」と「はい」を全部裏返しにします。その全部の「裏返し」のうちの何枚かをわたしが元に戻すと、その「裏返し」と「元に戻し」たわたしを、もういちど、全部裏返しにして、トランプのカードのように、それをなんども繰り返して、とうとう「ゴビンダ・プラサド・マイナリ」はトランプのカードの中へ、消えてしまった。(泣く)「ゴビンダ・プラサド・マイナリ」は、もうどこへも帰れないし、だれにも会えないのだ! 父と母と子供達と妻が待っているわたしの国へもうわたしはぜったいに帰れない・・・!
アリス (ゴビンダさんに近づき、彼を抱き)ゴビンダさん、ゴビンダさん・・・! わたしの家族なんかどうだっていい・・・あなたにだけは・・・あなたの前できれいに光って・・・肌蛍になって・・・あなたを・・・あなたの国の・・・あなたを待っているひと達のところへ返してあげたいね・・・。

     暗転



  二場

  8 女王のクロケー場

     舞台中央奥にさらし首の台。
     「スペードの5」のカードの裏表をゼッケンのように上体の裏表につけたウサギと、
     同じように「スペードの7」をつけたねこかぶり猫、ゲートボールの道具一式を抱えて、登場。

ねこかぶり猫 遊ぶぞ。
ウサギ 遊ばないよ。おれ達は女王様ご一行がお遊びになるクロケー場のセッティングをするだけだ。
ねこかむり猫 なら、ジャンケンをしよう。
ウサギ だから、ジャンケンなんかして遊んでるひまはないんだ。
ねこかむり猫 お前は、女王様ご一行がお遊びになるクロケー場のセッティング遊びをしたくない。俺は、セッティング遊びをしたい。どっちにするかジャンケンできめよう。
ウサギ (ジャンケンに応じようとするが、ふと気が変わり)ジャンケンはきめるためだけにするのか? ジャンケンで遊んだりはしないのか?
ねこかむり猫 遊びたいのか?
ウサギ どうせならね。
ねこかむり猫 ・・・。
ウサギ 俺の出した「チョキ」でお前の「パー」をスパッと斬って、文句なしに自分の言い分をとおす快感を予想しながら、寸前で自分の意思を裏切って「グー」を出して負けたりするのって、自分の人生そのものをバーチャルで味わうみたいで面白いじゃないか。
ねこかむり猫 いいよ。

     二人、ジャンケンをし、ウサギが「チョキ」、ねこかむり猫が「グー」を出す。

ウサギ あ、負けた。
ねこかむり猫 「パー」を出そうとした自分を裏切って「チョキ」を出したのか?
ウサギ いや、ストレートに勝ちにいったんだが・・・。
ねこかむり猫 たしかにお前の人生そのものだ。
ウサギ ・・・。それで? 女王様ご一行がお遊びになるクロケー場のセッティングをどうやって遊ぶ? 貧相な遊びはいやだぞ。
ねこかぶり猫 なんだ、貧相な遊びって?
ウサギ 遊びたい思いだけが空回りした、ちっとも面白くない遊びさ。「ああ、さもしかったな」って、惨めになるだけだからね。
ねこかぶり猫 まず、ゲートを並べよう。(並べ始める)
ウサギ 遊びでか?
ねこかむり猫 だから、そう「遊ぼう、遊ぼう」とすると貧相な遊びになるんだ。自分の遊ぶコートを準備する召使になったつもりでしぶしぶ並べろ。
ウサギ (ねこかむり猫にならって、並べながら)だって、しぶしぶ並べて、並べ終わったら、女王様ご一行が来て遊んじゃうじゃないか。
ねこかむり猫 だからお前は駄目なんだ。お前、クロケー・ゲームで誰かが遊んでるのを見て、羨ましいと思ったことあるのか?  
ウサギ べつに。
ねこかむり猫 こんな貧相な遊びはないぞ。なんでもっと贅沢でスケールの大きいゲームに挑戦しようと思わないんだ。
ウサギ ・・・?
ねこかむり猫 (ゲートを並べ終え)いいか、おれ達はこれから、女王さまご一行を駒にして、かれ等に貧相なクロケー・ゲームをさせるという豪快な遊びをするんだ。
ウサギ それじゃ、そのゲームの準備をする召使になったつもりで、こうしてたのか。
ねこかむり猫 (上手を見て)見ろ、本物の召使たちがやってきたぞ。

     ラッパが鳴り、上手より、女王、王様、道化、伯爵夫人、伯爵夫人の娘、侍従長、アリス 、ゴビンダさん、登場。

女王 遊ぶぞ。
王様 何をして?
伯爵夫人 クロケー遊びでございます。
王様 (赤いボールを拾い上げ)赤系じゃないか。
一同 ・・・。
道化 なるほど、ソウケー。クロケーは赤系、王様の逸物(イチモツ)は黒系の包茎。
王様 勝つためにはどうする?
女王 競争相手を粛清すればいい。
一同 ・・・。
女王 全員の首を順番に刎(は)ねて、最後にわたしが勝つ。
道化 粛々と粛清。
侍従長 おそれながら、ボールを六つのゲートにくぐらせて、いちばん先にゴールインした者が勝ちという方法もございますが。
王様 (侍従長に)それが公認のルールか。
女王 そのルールに付け加える。(手振りで、お触れのラッパをうながし)追加ルール・その一「最初に勝った者の首を最初に刎ねる。」
一同 ・・・。
王様 お前が最初にゴールインしてもか?
女王 (手振りで、お触れのラッパをうながし)追加ルール・その二「競技場で語るに落ちる愚問を発した者の首は、その場で落とす。」
一同 ・・・。
王様 以後、気を付けよう。
女王 (手振りで、幾分短いお触れのラッパをうながし)「制定された取決めの効力は、その取決めが公布された時点以前の該当行為にまで遡って及ぶことはない。」という法律上の原則を、この際、踏みにじる。つまりあんた(王様)の首をいま落とす。

     ウサギとねこかぶり猫、王様を引き立て、上手袖へ消える。ギロチンの音。

伯爵夫人 (恐怖から目をそらそうと)さあ、皆さん、競技を始めましょう!

     伯爵夫人の娘、ボールをスタート位置に置く。

女王 伯爵夫人。
伯爵夫人 はい?

     ウサギとねこかぶり猫、転がり落ちた首を追いかけ、拾い上げ、晒し台の上に晒す。道化、首に近寄り、

道化 可哀相に、これからはあんたが何を言っても信用しないよ。誰が見たって口先だけになっちまったんだから。
王様の首 (口先だけで)殺すぞ!
女王 (伯爵夫人に)そんなに早く勝ちたいか?
伯爵夫人 ・・・。(後ずさる)
女王 この伯爵夫人親子より早く勝ちたい者が他にいるか?
一同 ・・・。

     アリスとゴビンダさん以外の全員、後ずさる。女王、アリスを睨み、

女王 お前の首は一番最後に刎ねる。(伯爵夫人に)さあ、お初め。
伯爵夫人 いえ、お慈悲による格別のお計らいは恐れ多うございます。トップ・プレーヤーの誉れはジャンケンで勝った者が賜ることにいたしましては・・・。
女王 と、わたしのまつりごとに口をはさむか?
伯爵夫人 ・・・。(後ずさる)
道化 まつりごとに口をはさんじゃあとの祭りだ。
女王 伯爵夫人以外にも、わたしのまつりごとに口をはさみたいものはおるか?
一同 ・・・。

     アリス以外の全員、後ずさる。女王、アリスを睨み、

女王 (伯爵夫人に)よいだろう、ジャンケンを許す。ところで、近ごろ妙な噂を耳にしたのだが、お前の出すグー・チョキ・パーの一つ一つには、つね日ごろお前の心の奥に秘めておる本音が託されているそうだな。すなわち、グーには「女王様は醜女(しこめ)の汗っかきの尻軽女。あたしと比べたら月とスッポンポン」。チョキには「アー、クソヲタレルノモ、チョーカッタルイ。イッソノコト、ギロチンダイニ、アタイノアタマヲノセトクレ。」パーには「おとといの晩、テニスコートのポールにしがみついて、二分ほど王様のお情けを頂戴いたしました。罰として、おイタをしたお尻を百叩かれたあと、百姓女に身を落として、城外で地味に暮らしとうごさいます。」
伯爵夫人 ・・・。
女王 もちろん、わたしとお前の仲だ、かようなガセネタに耳を貸したりはしない。
伯爵夫人 ・・・。
道化 耳は貸さぬが、首の催促にぬかりはないぞ。
女王 さ、心おきなくジャンケンで決着をつけよう。

     逡巡の後、ゆっくりと、伯爵夫人はパーを、他の者はグーを出す。アリスだけはジャンケンに加わらない。女王、アリスを睨み、返す刀で、

女王 (伯爵夫人に)そうまでして勝ちたいか! お前が究極の選択でパーを出すことを見越して、全員がグーを出すことを知りながら、それでも勝ちにいったな! 見上げた根性のメス豚だ、即刻首を刎ねる!

     ウサギとねこかぶり猫、伯爵夫人を引き立て、上手袖へ消える。アリス、女王の前に進み出る。二人、しばし無言で対峙する。

女王 お前が最近まで道玄坂地蔵界隈にシマを張っていた月足らずの淫売であることは承知しておる。あのシマは今年の春までわたしのものだった。 
アリス ・・・。
女王 なぜお前の首を最後に刎ねると言ったかわかるか?
アリス さっき石の階段を降りながら、あなたと最初に目が合ったときに、何もかもわかりました。あなたは、ここにいる全員をさらし首にして、その前でわたしを抱きたいのでしょう。
伯爵夫人の娘 (つぶやく)嘘だわ!

     ギロチンの音。ウサギとねこかぶり猫、転がり落ちた首を追いかけ、拾い上げ、晒し台の上に晒す。

女王 そのとおりだ。もう男には飽きた。(と、侍従長を睨む)
侍従長 ・・・。
女王 (アリスに)で、お前はどう思う。
アリス ・・・。
道化 (伯爵夫人の首に花を一輪挿しながら)「パー故の勝ちに驕りし者、グーとなりてここに眠る。」
女王 (やさしく)いやとは言わせないぞ。何もかもお見通しだ。お前のとどのつまりの望みは、悪徳のかぎりの快楽に身を焼きつくした末に、なおもイキそびれてくすぶるアソコをギロチン台に押し付けながら、おのれ自身を縦真っ二つに切り裂いて、地獄に落ちることだろう。
アリス ・・・。
女王 わたしとお前は、同じ穴の狢(むじな)だよ。

     短い間

アリス (ゆっくりと)わたしはそんなみっともないコートの重ね着なんかしていない。

     短い間

女王 (道化に)この小娘のかけたナゾがとけるか?
道化 朝飯まえにお茶漬けサイサイだ! あんたはメチャダサイコートを二枚羽織って、いまそこに立ってるよ。法廷という名のコートと、競技場という名のコートを。もともとこの二つのコートには、ギロチン台に送られる罪人をも、地面に這いつくばって負けた競技者をも、「ま、しょうがないか」って納得させる、それなりにすっきりした幾何学模様が描かれているはずなのに、あんたのコートの模様は、てまえ味噌の支離滅裂なんだ。最低だよ! ヘドがでらァ!
女王 (道化に)お前の首を刎ねる。

     ウサギとねこかぶり猫、道化を引き立て、上手袖へ消える。ギロチンの音。ウサギとねこかぶり猫、転がり落ちた首を追いかけ、拾い上げ、晒しの台の上に晒す。
     (その間に)
        
王様の首 (女王に)そんなに首ばっかり刎ねたら、ゲームが成り立たんだろう。一リーグ制にするつもりか?
女王 お黙り!

     女王、手振りでお触れのラッパを鳴らさせる。

女王 独裁王権制を廃止する。今後、このコートでの取り決めは多数決でいこう。たった今から、もはや、わたしは女王ではない。(王冠をとり)普通の小母さんだ。
王様の首 (さらし台の上から、道化に)なにかコメントはあるか?
道化の首 (さらし台の上で舌を出し)ゴメントは言わない。
侍従長 (女王に)・・・と、申しますと。
女王 お前ももはや侍従長ではない。せいぜいが町内会の世話役だ。異議があるかい?
侍従長 (後ずさる)いえ。
女王 ないなら、そんなに卑屈になるな。手はじめに、あんた、先ほどの「最初に勝った者からじゅんに首を刎ねる」というルールをどう思う?
侍従長 その・・・。
女王 不満だったら、お前の口から「あれはよくないよ」と皆に提案して、多数決でどしどしヤメにしたらいい。(一同に)ただし、ここで健康な汗をかいてサッパリしたあと、「どっかへ冷たいもんでも飲みに行くかい?」なんて誰かを誘っても無駄だよ。あいかわらず、ここから生きて出られるのはただの一人だ。
伯爵夫人の娘 なぜですか? そのルールだって、みんなで話し合って、ナシにしたら・・・
女王 あたしもそう思う。でも王権廃止の新制度はあの二人(ウサギとねこかむり猫)には及ばないのさ。首切り役人は士農工商の身分制度からも外れているからね。女王であった時にわたしが下した命令をかれ等は頑なに守って、あと四個、さらし台に首を並べるまではねずみ一匹このコートから出してはくれないだろ。困ったね。
一同 ・・・。
女王 ゲームを続けよう。手っ取り早く「次に誰の首を刎ねるか井戸端会議」をしよう。
王様の首 お前の首もいれてか?
女王 へちゃむくれ! もういちどその首をスライスされたいか?
王様の首 ・・・。
道化の首 (王様に)あんたも、このさい、普通の小父さんになったんだから話に首だけつっ込むのはよしな!
伯爵夫人の娘 いつから、クロケー遊びが「誰の首を刎ねるかゲーム」に替わったのですか? 
女王 小槌でボールを叩いて、面白いかい?
伯爵夫人の娘 ・・・。
侍従長 (女王に、静かに)・・・このように考えてもよろしいのでしょうか。「誰の首を刎ねるかゲーム」に我々全員が首を賭けている以上、これは、もはや遊びではない、この場限りの無礼講ではないと。
女王 命がけの「無礼講」さ。
侍従長 (強く)「なーんちゃって」はなしですな! たしかにあんたの首も賭かっているのだな!
王様の首 よせ、「追加ルール・その二」だぞ!
侍従長 (王様に)うるさい!
(アリス、伯爵夫人の娘、ゴビンダさんの前に立ち)諸君、つまり、こういうことだ。いま、この瞬間、あたし等は、まるで路に落ちている財布を拾うように、藪から棒に、この糞ババーの首を血祭りにあげるただ一度の機会を手にしているのだ! 冗談じゃなく!
一同 ・・・。
女王 そうだね。あんたの生い立ちから考えると、路に落ちてる財布を拾うのが一番お似合いだろう。
侍従長 そうとも! 王も乞食も丸裸、一匹ドッコの一人一票、天下晴れての多数決だ! さあ、かつて、赤提灯の出もどり女の腹からひねり出た私生児から侍従長までのぼりつめたこのあたしだが、いまこそ、諸君に、この女青髭の色気違いをギロチン台に送ることを提案する! さあ、賛成の者は手を挙げてくれ!
一同 ・・・。

     侍従長、一同の沈黙に怯み、じゃっかん後ずさる。

伯爵夫人の首 手のないあたし等はどうするのよ。
道化の首 不貞腐れついでだ、「あかんべー」の「べー」をしよう。
侍従長 いいだろう。それじゃ、採決といこう。賛成の者!(と、自ら手を挙げる)

     誰も動かない。

王様の首 反対の者。

     伯爵夫人の娘、アリス、ゴビンダさんが挙手。王様、道化の首が「べー」をする。

王様の首 賛成、一。反対、五。棄権、二。よって否決。
侍従長 ・・・なぜだ。(アリスと目が合う)
アリス ・・・。
伯爵夫人の娘 (いきなり王様に、〔つまりいつの間にか王様が議長になっている〕)井戸端会議の廃止と、王政復古を提案します。
王様の首 (素早く)はい。賛成のひと。

     即座に、伯爵夫人の娘、アリス、ゴビンダさん、王様の首、道化の首が賛成。

王様の首 賛成、五。反対或いは棄権、三。よって王政は復古した。

     復古を祝うラッパ。

侍従長 なぜだ?
女王 「誰の首を刎ねるか法廷」は続行する。
伯爵夫人の娘 (進み出て)お城のクロケー場で財布をネコババしようとした罪、普通の小母さんのお仕置きに町内を血走ってはしゃぎ回った罪で、侍従長を告訴します。

     即座に、当人を除いて、全員、賛成。女王の身振りで、ねこかむり猫とウサギ、侍従長を引き立てる。

侍従長 (アリスとゴビンダさんの前で立ち止まり)ゲストのおまえ等までなぜ、女王の暴力に反旗を翻した俺の処刑に、賛成なんだ?
アリス あなたの歌った歌が耳ざわりだったから。醜かったから。
侍従長 それなら、この女(女王)の歌はどうなんだ。狂った音階でめくらめっぽう毒をまき散らしただけじゃないか!
アリス サッパリと死ねる毒のない毒だってあるし、胸ヤケで生きてるのがいやになる薬だってあるわ。
ゴビンダさん あなた、夢の外で私をいじめた誰かにとても似ているよ。

     侍従長、引き立てられ、上手袖へ消える。ギロチンの音。首の転がる音。

女王 先を急ごう。
王様の首 そうだな、早くけりをつけて、サッパリと首だけになった者同士、どっかへ冷たいもんでも飲みに行こう。
伯爵夫人の娘 女王さま、これ以上多数決方式は、なんか、カッタルイと思います。ここから先のサバイバル・バトルはトーナメント方式にしていただけないでしょうか?
女王 母親の首が飛んで以来、やたらに仕切りたがるね。マムシの娘はマムシというわけか。これ以上こまっしゃくれて才気ばしると、次はお前の番だよ。
道化の首 そうじゃなくてもお前の番さ!
伯爵夫人の娘 ・・・。
女王 (ふれのラッパをうながし)残り三つの晒し首はトーナメント方式で選抜する。(伯爵夫人の娘に)で、お前の初戦は、誰を相手に、なにを争う? 手のうちを明かしてごらん。
伯爵夫人の娘 (アリスに近づき)アリス、あなたとはオヤジ狩りでせっかく気が合ったのに、これでお別れだなんて、残念だわ。(クロケーのスティックをアリスに渡し)真っ当にクロケーでゴールを競いましょう。
アリス いいわよ。勝ったほうが負け?
伯爵夫人の娘 それは女王様が決めてくださるでしょう。どっちの首の前でどっちの娘(こ)を抱きたくなるか、女王さまのお心しだいです。

     伯爵夫人の娘、ボールを置き、第一打に集中する。

女王 (伯爵夫人の娘に)わたしの好みは先ほど言い渡したろう。男にも飽きたが、ションベン臭い小娘も願い下げだ。

     伯爵夫人の娘、ゲートを外す。アリス、ボールを置き、第一打に集中する。

伯爵夫人の娘 なんてことでしょう、アリス! 女王さまは「ションベン臭い」小娘はお嫌いよ! あなたは円山町の旅館で客を取りながら、なんどもベッドを放尿と脱糞でよごして、とうとう出入り禁止になったそうね、信じられない! スカトロが趣味なの? それとも虚弱体質の拒食症でただ締まりがわるいだけ?

     アリス、ゲートを外す。

伯爵夫人の娘 あなたは地蔵堂の脇で立ちションベンをしているところも、歩行者に目撃されてるわ。それに真冬に野外駐車場の車の陰で商売をしたってビデも使わないくらい不潔な娘だったそうじゃない!
アリス ・・・。
女王 なるほど、不潔を目の敵にして整理整頓にうつつを抜かすのが、女中の美徳だろう。ところが、わたし達はいつだって自堕落に身体を痛めつけ、汚しながら、飛びきりの悪徳にひたるのさ。お前はアリスの敵じゃない、サラ金商会の受付に座って薄い札束の勘定でもしながら淡白なマメ男をたらしこんで、小ざっぱりと、しみったれて暮らすのがお似合いの娘だよ。
伯爵夫人の娘 なんてことでしょう、アリス! 女王さまは「整理整頓にうつつを抜かすしみったれた娘」がお嫌いよ! あなたは、二年間、一日も欠かさず一晩に四人の客をとって、その特徴と金額をキチンとノートにつけていたわね。それに・・・あなたは商売の前にコンビニでビールとおでんを買って・・・
女王 本当にまむしの子だね。
伯爵夫人の娘 ・・・それも汁を多めに足してもらったおでんを買って食べると・・・残りの汁を・・・帰りの終電に座って袋から・・・啜っていたそうね・・・信じられない!

     伯爵夫人の娘、スティックを捨て、コートにひざを付いて泣き崩れる。

王様の首 かわいそうに、勝負あったな。

     アリス、上手に立っているウサギをふり返る。
     ウサギとアリスに照明が当たり、ほかの登場人物はストップモーション。

アリス (ウサギに)あなたのあとを追いかけて、わたしはここまで来たのよ。それより前の出来事はなにもかも忘れてしまった。うっすらと憶えているのは、あなたが井の頭線のホームに立っているわたしの前を横切ったことだけ。
ウサギ ・・・。
アリス ねえ、あのまま電車に乗って神泉駅で降りたら、わたしは誰に出会えたの? わたしは誰に殺されたの? みんなの噂や、この娘のいま言ったことは全部ほんとうのことなの? わたしはあの国で、たった一人で、どんなことを考えて、どんな暮らしをしていたの?

     短い間

ウサギ さあね。あの国では誰がなにを考えながらどんな暮らしをしているかなんて、誰にも解かりはしないのさ。
アリス それじゃ、この国では誰がなにを考えてどんな暮らしをしてるか、みんなが解かっているの。
ウサギ どうかな。ただ、「当たり前ジャン!」と「え? そんな!」がまだら状のゴッチャなこの国に取得があるとしたら、この国じゅうのみんなが考えていることと暮らしてることの、トータルの体積が一定であるってことなんだ。
アリス ・・・。
ウサギ つまり、みんなの考えと暮らしの合計がこれくらい(と、身振りで示し)だって、あらかじめ決まっているからね。たとえば、誰かひとりが、なにかよけいなことを無理やり考えはじめると、もうひとりがのんびりとサボってなにも考えなくなる。誰かがが北の村外れで、がむしゃらにガツガツ暮らすと、誰かが南の村外れで恥ずかしそうにひっそりと暮らすことになる。だからこの国では、「なんでもアリ」の「なんでもナシ」、「情無用」で「お涙頂戴」の、いつだってちょうど「いい湯加減」なのさ。
アリス (伯爵夫人の娘を見て)それじゃ、あの娘のあんなにひどい悲しみも、いま、どこかにあの娘とは反対の誰かがいて、「いい湯加減」に薄めてくれているの?
ウサギ その誰かはあんたさ。突っ張ってるけどウブなあの娘は、恋い慕ってる女王に身を捧げたいと、あんなに焦がれ泣いている。カマトトですれっからしのあんたは、女王なんてメじゃないくせに、度外れて破廉恥なエッチの誘いには結構マジにのって、まんざらじゃない。
アリス わたし、そんな「すれっからし」じゃない!
ウサギ (笑って)いま、「すれっからしじゃない!」って叫んでいるあんたの隣に、「すれっからしでわるかったわね!」って笑いながら舌を出してるあんたが立っているじゃないか。
アリス ずいぶん大雑把な理屈ね! そんな風にどんどん考えていったら、
あの娘はわたしの中のあの娘で、わたしはあの娘の中のわたしだってことになってしまうじゃないの。
ウサギ だとしたら、いま、あの娘も気がついているだろう、「ああ、わたしはアリスの中のわたしなんだ!」って。
アリス ・・・。
ウサギ さあ、あの娘のそばに行っておやり。あとは、ケロッとさっぱりした晒し首がまた一つ、あそこに並ぶだけさ。

     アリス、舞台中央に戻ろうとする。ねこかむり猫、そのアリスを呼び止め、

ねこかむり猫 アリス、生意気な娘だけど、お前にひとつだけプレゼントをしよう。「ここ一番、なんとか相手を出し抜きたい」と思ったら、「わかったわ」とつぶやいて、そのポシェット(アリスはポシェットを身につけていた!)を開けてごらん。それだけだ。

     照明とストップモーションが解ける。
     爵夫人の娘、アリスに肩を抱かれ、ウサギとねこかむり猫と共に上手奥へ。
     ギロチンの音。晒し台に伯爵夫人の娘の首。(その間に)

女王 (ゴビンダさんに)さて、妙な取り合わせだね。準決勝第二試合、わたしの相手は、泣かず飛ばずのお前かい。
ゴビンダさん ・・・。
女王 得意技はなんだ。好きなものでかかっておいで。
王様の首 (ゴビンダさんに)すね毛の濃さとイビキの大きさでは勝負するなよ!
道化の首 身ビイキはどうでもいいけど、くすねっ気には気をつけな。人の亭主のつまみ食いには目がないからね。
ゴビンダさん (女王に)あなたとはなんにも競争しません。(戻ってきたアリスに、ズボンのポケットからナイフを取り出しながら)アリス、あなたと勝負しよう。わたしはナイフの戦いがすごく上手いよ。

     短い間

女王 いいだろう。トーナメント方式から勝ち抜き戦に変更しよう。(上手奥に向かい、慌てて鳴りかけたラッパを制し)もういい、うるさいよ。
伯爵夫人の首 アリスを刺して女王に抱かれるつもりだよ。ゴビンダさんはスケベだし、「幕張マハラジャ」から大急ぎでアリスを殺しに来たんだからね。
王様の首 そうじゃない。この男はアリスを殺さないことを証明しにここへ来たんだ。
アリス わかったわ。(と、ゴビンダさんに向かいながらつぶやき、ポシェットを開け、中からナイフを取り出す)

     二人、身構え、戦う。一瞬のうちにアリスがゴビンダさんを倒し、ゴビンダさんは息絶える。

女王 (アリスに)この男がお前に負けるつもりでいるのを承知で、いきなりケリをつけたね。なかなかのタマじゃないか。
アリス だって、ゴビンダさんよりあなたとの約束の方が待ちどおしかったんですもの。
女王 嬉しいことを言うじゃないか、可愛い娘だ。(ウサギとねこかむり猫に)さっさとこの男(ゴビンダさん)の首を刎ねて、それから、例の野外プレイ用の長椅子をここへ持っておいで。
アリス そんなのまどろっこしいわ。
女王 ・・・。
アリス ねえ、女王様、ゴビンダさんの首なんかほっといて、いますぐ二人で、あのギロチン台のうえに乗りません? 最初にあなたのおっしゃった「晒し首の見ているまえで」っていうのも悪くないけど、あのギロチン台のうえのほうがもっと燃えると思う。ああ、考えただけで濡れてくるわ。膝がふるえている。あの台の上で、わたし達はお互いの身体を貪(むさぼ)りながら、本人にも思いがけない体中のすべての快楽の源(みなもと)を、探りあて、引きずりだしてやるのよ。そのためだったら二人の首切り役人のおぞましい情欲をも思いっきり利用しましょう。わたし達は狂ったように愛し合い傷つけあいながら、それよりも百倍も破廉恥な歓びと苦痛を、かれ等に犯されることで同時に味わうんだわ!
女王 そうだね。とめどなく襲ってくる快楽の大波に打ち震えながら、わたし達の肌は、薄っすらとあの燐の光をまといはじめるだろう。そして最後の時がやってくる。肌蛍の光の強さで、愛し合った二人は勝利者と敗北者に分かれるのだ。より強烈な官能の稲妻に打たれた者が敗北者の身体のうえでのけぞり、組み敷かれた敗北者の上にギロチンの刃が落ちるだろう。(ウサギとねこかむり猫に)さあ、わたし達をあそこへ連れていっておくれ。

     ウサギとねこかむり猫、二人の腕をつかみ、上手へ。

女王 (立ち止まり、伯爵夫人の娘の首に)残念だね、あたし等の濡れ場を見物できるのはお前だけだ。しっかり見て後でみんなに話しておやり。(退場)
伯爵夫人の娘の首 ・・・。

     晒し首達はいっせいに上手袖奥のギロチン台にむけて首をひねるが、伯爵夫人の娘の首以外は前の首に視界を遮られているのだ。

侍従長の首 「残念だね」って言われたって・・・。
道化の首 (目の前の侍従長の首の後頭部を見つめ)・・・たしかに一寸先は胡麻塩頭だ。

     溶暗


  9 飛翔

     絶叫に似た金属音が、上手袖奥で鋭く反響する。同時にギロチンの刃の落下音。首の転がる音。
     明るくなる。
     短い間

侍従長の首 (伯爵夫人の娘の首に)おい、なにがあったんだ!

     伯爵夫人の娘の首、虚ろな目を見開いたまま首を正面に戻す。

伯爵夫人の首 (頭越しに)なんて気の利かない子だろう、じれったいね! さっきから一言も口を利かないじゃないか!
王様の首 落ちたのはどっちの首だ!
伯爵夫人の娘の首 (魂の抜けた小声で、侍従長の首に)・・・色々あって・・・女王様の首が落ちて・・・アリスが飛んだ・・・
侍従長の首 「色々あって」じゃねえだろ。(素早く振り向き、道化の首に一息で)女王の首が飛んでアリスが落ちたぞ!
道化の首 (素早く振り向き、伯爵夫人の首に一息で)色事はあった、残念、女王縊(くび)れてとばっちりはアリスの落ち度だ!
伯爵夫人の首 (素早く振り向き、王様に一息で)色あせた女王様のあくびで落ち目のアリスが消し飛んだ!
王様の首 なに? 「色々あって・・・女王の首が落ちて・・・アリスが飛んだ」? だから、その「色々」を報告せんか!
伯爵夫人の娘の首 ・・・。
道化の首 「アリスが飛んだ」って、なんだ!

     ウサギとねこかむり猫、上手から運んできた女王の首を晒し台に据える。

女王の首 負けたよ。あの娘のほうが一枚上だった。
王様の首 お前が負けるとはな。
道化の首 晴天だってヘキヘキさ!
伯爵夫人の娘の首 (つぶやく)アリスは飛んだ・・・。
王様の首 だから、どこへ?
女王の首 そうなんだ。あの瞬間、たしかにアリスはわたしの身体の上から消えて、わたしの上にギロチンの刃が落ちてきた。(傍らのウサギに)なにがあったんだ?
ウサギ 女王を負かした御褒美をもらって、アリスは真っ直ぐに空の向こうへ飛んでいったのさ。それが彼女の望みだったからね。
女王の首 御褒美をもらって? 誰に?
ウサギ おれ達首切り役人にさ。
ねこかぶり猫 おれ達二人はあんた方を犯す前に、アリスの身体にロープを巻きつけて、その先をギロチン台の滑車をとおしてギロチンの刃に結んどいた。だから勝負にけりが着いた瞬間にギロチンの刃が落ちて、女王の首は地べたへ、アリスは空のかなたへまっしぐらさ。
女王の首 汚いトリックを使ったね。「勝負のけりが着いた瞬間」っていったって、その前にそれだけの仕掛けをしたってことは、お前等はこの勝負の勝ち負けをあらかじめ自分等で決めてたってことじゃないか!
ウサギ 当たり前ジャン。勝ち負けは始まる前から決まっていたよ。あんたは生き残りを賭けて快楽の極みを目指したけど、アリスは死を覚悟で、というより死神をも快楽の水先案内にして、ギロチン台のうえに乗ったからね。
女王の首 道化、この男の持って回った言い回しをスッパリ刈り込んでおくれ。
道化の首 スッパリとはいかないけど、どうやら床の上に伸びているゴビンダさんの死体が怪しいとあたしは睨んだね。

ねこかぶり猫、ゴビンダさんの死体に近づき、身体に刺さっているナイフを引き抜く。と、言っても、ナイフは柄だけが磁石で身体に張り付いた芝居用の小道具であった。ゴビンダさん、蘇生する。

ねこかぶり猫 (ナイフの柄を示し、女王の首に)この先にしびれ薬を塗った短い針が仕込んであってね、ゴビンダさんは眠っていただけだ。アリスは、このコートから生きて出られるたった一人をゴビンダさんにきめたうえで、あんたに勝負を挑んだのさ。あんたと刺し違える覚悟でね。
王様の首 なるほど、これにて一件落着か。
ねこかぶり猫 (ゴビンダさん)さ、ゴビンダさん、晴れてあんたは自由の身だよ。すくなくともこの国ではね。だからさっさと出ていきな。
王様の首 もうすこし優しい言い方があるだろう。(ゴビンダさんに)せめてそのクロケーのスティックでも記念に持って帰るかい? あんたをいじめるへっぽこ役人のラッキョウ頭でも叩いてやったらいい。いや、シロクロつけ直したいあんたにクロ系はまずいな、なにかシロ系のものはないか?
ねこかむり猫 むかし、あんたのお隣の国の賢い男がこう言ったよ。「天は、祭が終わったあとに捨てて燃やされるわらの犬みたいに、人間のことなんかちっともかまっちゃくれない」ってさ。「なんだ、そうだったのか!」ってステバチに不貞腐れて生きてみたら、すこしは元気がでるかもしれないぜ。さよなら。
侍従長の首 ちょっと待った! まだ店じまいは早いぞ。さっきから気になっていたんだが、晒し首は全部で七つのはずじやなかったのか?

     短い間

ねこかぶり猫 アリスが飛んでいっちゃったぶん、空きが出来たんだ。これでいいんだよ。
侍従長の首 納得できないな。だいたい「アリスは死ぬ気でイキました。だからご褒美を」って、ただの根性論じゃないか! 言葉のあやジャン! 
伯爵夫人の首 もし生きたままのアリスを空に放り投げたのなら、ゴビンダさん以外は「ねずみ一匹ここから生きては出さない」はずのあなた達の怠慢よ。
ねこかむり猫 つまり、このコートを横切って出ていくのと、垂直に天空に向かって超越するのとでは、次元が違うんじゃないか? アリスは生きながら死に、死にながら生きたのさ。
道化の首 「イキながら死ぬ」ことは出来ても、「死にながらイク」ってのはそうとう高度のテクニックを要するぜ。
王様の首 そうだな。それに我慢ならぬほど不道徳だ。
ゴビンダさん (立ち上がり)わたしは、アリスにナイフで刺されたあと、ずっと夢を見ていました。
女王の首 またかい! 厚かましくよく夢を見る男だね。
道化の首 夢々疑われている男の夢を疑うことなかれ!
ゴビンダさん 夢の中で、首切り役人たちが、ここ(舞台中央の床)に古い畳を運んできました。(晒し台の後ろに回りながら)わたしとアリスはその上で・・・みんなの見ているまえで、セックスをしました。(両手を広げ、女王の首と伯爵夫人の娘の首を抱きながら)着ている物をぜんぶ脱いで・・・ああ、そうではない・・・その時・・・わたしは女王の身体を身に着けていた! そうです・・・女王の皮の中に閉じ込められて・・・生きている女王の皮を頭からかぶって・・・血まみれの・・・ケダモノのかたちで・・・わたしはアリスを抱いていた。やさしい・・・狂った機械のように・・・泣き声さえどこにも響かない・・・滝つぼの泡に包まれて・・・溺れながら・・・わたしはたったひとつのことを確かめたかった・・・「ゴビンダ・プラサド・マイナリは、このセックスの終わりで、アリスを殺すのか?」・・・夢の中でそうたずねながら・・・わたしはアリス の眼を見上げた。・・・そのときです・・・わたしは気がついた・・・そこにもうアリス はいなかった・・・(伯爵夫人の娘に)わたしの上で、わたしにはげしく身体をぶつけているのは・・・血だらけのアリスの皮をかぶったあなたでした・・・。わたしは小さく叫んで・・・あなたの首にしがみつきながら・・・そのまま・・・眠りの中へ戻されてしまった・・・。今度もわたしは確かめることができなかった・・・わたしはアリスを殺したか? わたしはあなたを殺そうとしたのか? 
伯爵夫人の娘 (優しく)ゴビンダさん、誰がアリスを殺したかをたずねても無駄よ。いつだってアリスは処刑の場に傷だらけの身体を置き去りにして、新しく生まれ変わって、飛んでいくだけなのだから。
ゴビンダさん ・・・。
伯爵夫人の娘 そこのギロチン台の脇に重なっている首のない死体のなかを探してごらんなさい。わたしの身体が消えている代わりに、あの娘の瘠せた身体が見つかるはずよ。

     ゴビンダさん、上手へ。やがて無言で戻ってくる。

ねこかむり猫 ということの次第だ。これ以上、実体の無い者の行方について議論するのはよしにしよう。
ウサギ (ゆっくりと)いや、落とし前はキッチリつけよう。

     短い間

ねこかぶり猫 どういうことだ?
ウサギ 女王がこのコートで公布した二つの追加ルールのうち、「語るに落ちる愚問を発した者の首を落とす」は実行された。公布された時点よりも遡ってね。しかし、「最初に勝った者の首を最初に刎ねる」はまだ実行されていないんだ。
ねこかぶり猫 ・・・。
ウサギ 公布された時点より後にも、先にも。
ねこかむり猫 ・・・。
ウサギ 俺がなにを言いたいか、もう判ったろ。このコートの勝負で最初に勝ったのは、あんただぜ。俺のだした「チョキ」に「グー」を出してさ。
ねこかぶり猫 ・・・。
ウサギ 油断していたね。さっき、俺が王様の首を二番手の位置から並べ始めたことに、どうして気が付かなかったんだい。
ねこかむり猫 ・・・。

     暗転


  エピローグ

     空の舞台、舞台中央奥にゴビンダさんが所在無げに立っている。
     折りしも、二幕の登場人物たちが、幕が降り、楽屋へ戻る俳優たちのようにゾロゾロと、
     下手の穴へ(あたかもそこが楽屋へ通じる秘密の通路であるかのように)もぐり込んでいる。
     俳優たちが消え、しばし、ゴビンダさんだけ。
     上手からウサギ登場。穴に向かい、ゴビンダさんの前を駆けぬけながら、

ウサギ (つぶやく)まいったな、遅刻だぞ。

     立ち止まり、チョッキのポケットから時計を出して眺め、あたふたと穴に跳びこむ。
     間髪をいれず穴から首をだし、ゴビンダさんに、

ウサギ で、どうする? あんたはそこで、立ったまま直立不動で目を覚ますつもりかい。
ゴビンダさん ・・・。
ウサギ 俺たちは来年の秋になったらまたここへ出てきて、こんどは「それが何なの?」と「チョット、ここまでやっちゃまずいんじゃないの!」がまだら状にゴッチャになった遊びをするつもりなんだ。あんたも一緒に遊びたかったら俺の後についてきて、しぶしぶセッティングを手伝ってくれてもいいんだぜ。 
ゴビンダさん ・・・。
ウサギ そうだね、やめときな。一文の得にもならないし・・・。
ゴビンダさん ・・・。
ウサギ あらためてこうやって見ると、つくずくそんなタイプじゃなさそうだし・・・、ごきげんよう。(消える)

     ゴビンダさん、しばらく無表情に立っているが、無表情のまま穴に近づき、穴に消える。
     (消える寸前、正面を向き、童顔のような笑みを、一瞬、浮かべたようでもある。)



                         二〇〇四・八・三〇


 
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