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ピアノピア
大矢場智之
 




登場人物
ピアニスト

女性



子供

新聞配達
スタンウェイン
記者A
記者B
ファンたち
整理員
ファンの一人

富豪A
エージェント
富豪B

おかしら
盗賊A
盗賊B
盗賊C

警察A
警察B
警察C

執事
奥さん
怒る女
役人

被害者A
被害者B
被害者C
被害者D

子供A
子供B
鼻炎の子
男の子
女の子
P10 声
遣いA
遣いB


王妃
大臣
侍女
教育係
アテネ
ミュンヘン
リレハンメル
第二王子




若い男
別の男

市民代表
コロス
市民軍
市民指揮官

案内員
観光客A
観光客B
観光客C
観光客D
警部
警部補
怪盗

魚たち

軍曹
兵士
総統

監督
助監督
国民A
国民B
国民C
議員

女A
女B
女C
女D
女E
スーツの男A
スーツの男B
スーツの男C


網川
高井
栗橋

めぐみ
千秋
かおり
和明
浩一

女三人組

有馬
生徒たち

店員A
店員B

レディースA
レディースB
レディースC


委員女子A
委員女子B
解体業者

パイロットA
パイロットB
銃を撃つ男





【シーン0】

          舞台上、真ん中に一台のグランドピアノ。
          鍵盤蓋と屋根を閉じた状態。鍵盤蓋の上には閉じた楽譜が一冊。

          うっすらと舞台に光が入る。
          薄暗い中、鍵盤蓋に突っ伏して眠る女性(ピアニスト)の姿が見える。
          陰影と、静寂の間。
          舞台奥のどこかから、ドアを開ける音が聞こえる。
          音に反応し、ゆっくりと顔を上げるピアニスト。ぼんやりとした目で周囲を見渡す。
          眠そうなまま、ひとつ深呼吸する。

          舞台奥から、別の女性がやってくる。
          ピアノとピアニストを見る。
          ピアニストも気づき、女性を見る。

ピアニスト  こんにちは。
女性  …(会釈)

          ピアニスト、伸びをする。気持ちよさそうに呻く。

女性  …行かないんですか?
ピアニスト  ん?
女性  …残るんですか? ここに。
ピアニスト  ? あたしはどこにも行かないよ。行けないもの。


          ピアニスト、楽譜を手に取りパラパラとめくる。

女性  …あたしも、ここにいていいですか?
ピアニスト  いいよ。

          小さく微笑む女性。ピアニストの近くに行く。

女性  よかった、仲間がいて。あたしこのまま一人で死ぬのかと思った。
ピアニスト  死ぬ?
女性  親は先に死んじゃったし、友達はみんな行方知れずだし。兄ちゃんはID探し行ったまま帰ってこないし。(笑って)…見つかるわけないじゃんね、あんな宝くじみたいなの。
ピアニスト  …ごめん、なにがなにやら。
女性  え?
ピアニスト  どうして死ぬの?
女性  …いや、だから、彗星で。
ピアニスト  彗星?
女性  …知らないの? (信じられないという顔になる)あのね、彗星が来るの。大きいのが。
ピアニスト  そうなのか。
女性  ほんとに知らないの?
ピアニスト  そーお。…じゃあ、みんな死んじゃうの?
女性  …ここに残ってる人はみんな。
ピアニスト  …そっかぁー。そりゃ残念だなぁ。(ピアノに話しかけるように)結局会えずじまいだねぇ。ずーっと待ってたのに。
女性  誰かを待ってたの?
ピアニスト  うん。でももう無理だね。ふふ。

          間。

女性  このピアノ、弾けるの?
ピアニスト  弾けるよ。
女性  何か弾いて。せっかくだから。
ピアニスト  …そうね。じゃあ、最後の歌だね。

          ピアニスト、鍵盤蓋を開く。

ピアニスト  (作業をしながら)…こいつはね、呪いのピアノなの。
女性  呪い?
ピアニスト  うん。周りにいる人を不幸にするの。

          M1《ピアノピア序曲》

ピアニスト  (弾きながら)いろんな人がいた。いろんな人を不幸にさせてきた。…でもね、そんなの関係ないって言ってくれた人がいたの。不幸になんか負けないって。…その人とまた会える日をね、ずっと待ってたの。

          女性、目をつむり、音楽に浸る。
          無意識に片手で自分の耳をつかむ。

          映像で字幕。
          「Now in the past greatly (はるかな過去から、現在へ)」
          「And, ahead of that (そして、その先へ)」
          「Piano to live in time of 500 years (500年の時を生きたピアノ)」
          「The life (その一生)」
          「Impara Plaparat PRESENTS」
          [Pianopia]

          演奏の中、男女取り混ぜて14人の役者が現れ、ピアノの周りを輪になって歩く。
          女性もいつの間にかその輪に加わっている。
          三週ほどして、舞台を囲むように配置された椅子にそれぞれ座る。

【シーン1】

ピアニスト  電気、ガス、水道。冷蔵庫、車。飛行機。そういう便利なものがなぁんにもなかった時代に、このピアノは生まれたんだけど、想像できるかいね。…例えば。

          役者の一人(男)、椅子から立ち上がって寝起きのマイム。

ピアニスト  (男の動きに合わせて)んー、よく寝た。今日は久々の休日だ、何をしようかな。顔を洗いながら考えるか。洗面所の蛇口、は無いから、水がめに貯めた雨水で洗おう。

          もう一人役者(女)が立ち上がり、料理のマイムを始める。

ピアニスト  (女に合わせて)あなた、朝ご飯できたわよ。早く食べちゃって。あと食べ終わったら食器出しといてね。(窓の外を見て)うーん、お洗濯したいけど空模様が怪しいわ。こういうときはテレビの天気予報、は無いから、猫が顔を洗うかどうかで占いましょう。

          さらにもう一人、以下省略。子供。

ピアニスト  あー遅れちゃう遅れちゃう。お母さん、今日ぼく友達と釣りに行くから、お昼ごはんいらない。いってきまーす。どうしよう、このままじゃ遅刻しちゃう。タクシー、は無いからしょうがない、ちょっと遅いけど自転車、も無いから、お隣の牧場の馬を無断で借りていこう。
ピアニスト  (男合わせ)ここんとこヒゲ剃るのさぼってたから、いい男が台無しだな。電気シェーバー、は無いから、切れ味のいいナイフで剃ろう。
ピアニスト  (女合わせ)よし、今日は晴れ。たまってた洗濯物を洗濯機、は無いから、水おけに突っ込んで足で踏む。
ピアニスト  (子供合わせ)遅刻の連絡入れなくちゃ。携帯電話、は無いから、届くことを信じて矢ぶみを飛ばそう。
ピアニスト  (男)歯磨き粉はないから塩で磨く。
ピアニスト  (女)ガスコンロがないからかまどの火。
ピアニスト  (子供)メールがないから伝書鳩。
ピアニスト  とまあ、そんな感じの時代でございます。
新聞配達  号外だよー! ビッグニュースです、本日午前11時、ヘンリー・スタンウェイン氏が新作を発表した模様でーす!
ピアニスト  スタンウェインって人がいた。高名なピアニストにして、最高級のピアノを作るピアノ職人でもあった。音楽に興味がない人だって名前を知ってるくらいだから、その人気は推して知るべし。普段は王族のゴシップばっかり追っかけてる三文新聞も、このときばかりはピアノの話題で一面をかざったの。
スタンウェイ  (気取って)どうも、スタンウェインです。
記者A  スタンウェインさん、新作の出来はいかがですか?
スタンウェイ  まあ納得いくレベルに仕上がったと思います、はい。
記者B  今のお気持ちは?
スタンウェイ  んー、自分におめでとう?
記者A  自分におめでとう!
記者B  スタインウェイン氏、自分におめでとう発言!
記者A  じゃさっそく見して下さい。
スタンウェイ  (ピアノを指して)それです。
記者たち  おー!(拍手)
スタンウェイ  完成を祝して、三日後にコンサートやりますんで。お暇な方はぜひ。
記者A  スタンウェイン氏、緊急ライブ開催!
記者B  号外だぞー!
ピアニスト  新聞が大々的に報じたもんだから、コンサートホールにはものすごい人が集まった。そりゃあもう華々しい門出だったのよ。ところが当日になって、事件が起こった。
ファンたち  キャー、スタンウェインさーん。キャー。
スタンウェイ  (手を振って応える)
整理員  押さないで下さーい! 押さないで、押さな、あっ。
ファンたち  キャー。(整理員を押しのけてスタンウェインを囲む)
スタンウェイ  (ファンの津波にのまれる)うわー。
ピアニスト  人が集まりすぎちゃったんだぁね。
スタンウェイ  (もみくちゃにされて死ぬ)
ファンの一人  (死体を見て)ギャー!
全員  死んでる!
ピアニスト  ヘンリー・スタンウェイン、享年33歳。ま当然ながらコンサートは中止、晴れ舞台はおじゃんになったとさ。で、このピアノは遺作ってことになって、その国じゃ有名な富豪に買い取られることになった。
富豪A  スタンウェインの遺作とな。
エージェント  ええ。最高級な上に遺作とあって、凄まじい高値がついておりますが、よろしいのですか?
富豪A  構わん。高ければ高いほどいいのだ、財力が示せるからな。ふははは。
ピアニスト  ところが、おんなじこと考えてるやつが他にもいた。
富豪B  お待ちなさい! そのピアノはわたくしが買い取ります!
富豪A  なんだ田舎商人め。すっこんでろ。
富豪B  田舎商人とは失敬な、わたくしこれでも伝統ある名家の出ですわよ。
富豪A  笑わせるな。おいエージェント、いくらで買うか教えてやれ。
エージェント  こんなもんでございます。(電卓を叩いて見せる)
富豪B  んごっ。ならばわたくしこれだけ出しますわ。(叩く)
富豪A  うっ、調子に乗るな、これでどうだ!(叩く)
富豪B  それならば、あの物件とこの物件をつけてこちらでいかが!
富豪A  なめるな! あの物件とこの物件と土地と畑と屋敷もつけて、さらに銀行の融資も加えてこれでどうだ!
富豪B  がーん。
エージェント  ハンマープライス。
富豪A  シャーラッ!
ピアニスト  というわけで、家も財産も売り払って一文無しになったこの男。残ったのは弾けもしないピアノが一台と、莫大な借金だけ。
富豪A  (へこんで)やっちったー。
ピアニスト  で、結局は首くくって死んじゃった。ほったらかしにされたピアノは、当時巷を騒がせていた盗賊団にかすめとられた。
おかしら  おいバカヤローども、首尾はどうだ。
盗賊A  見てくだせぇ、宝石類ぜんぶかっさらってきやした。警備兵5人殺したぜ。(指を4本立てながら)
盗賊団  フゥーウ。
盗賊B  あたいは絹織物と彫刻さ、女子供を7人殺したぜ。
盗賊団  フゥーウ。
盗賊C  おでは、おでは、ピアノぬすんできた。(滑舌悪い)
盗賊団  フゥー、ウ?
盗賊B  ピアノなんてあったか?
盗賊C  なんか、捨ててあったからもってきた。これ。
盗賊A  おい、これスタンウェインじゃねえか!
盗賊B  時価、何百億千億のピアノじゃねえか!
二人  お手柄じゃねえか!
盗賊C  うへへ、うへへ。
おかしら  おいバカヤローども、今日は豪勢にいくぜ!
全員  フゥーウ!
盗賊B  肉だ魚だ祝い酒だー。(食いまくる)
ピアニスト  次の日、彼らは食中毒で全滅した。
盗賊団  ぐへー。(死ぬ)
ピアニスト  そこへやってきたのは正義の味方、王国警察。
警察A  (剣を構えて)動くな! 王国警察だ、全員お縄につけ!
警察B  あれ、死んでますよ。
警察C  こりゃ食中毒だな。ふん、いい気味だ。
警察B  しかしすごい宝の数だな。相当貯め込んでやがる。
警察A  ん、これはスタンウェインじゃないか!
警察C  行方不明って聞いてたけど、こいつらが持ってたのか!
警察たち  ふーむ。
警察A  …なるほどな。よし、報告書を書こう。
警察B  なんて書きます?
警察A  盗賊団は全滅せり。検分の結果、宝はみつからず。
警察B  了解しました。
警察たち   …よっしゃー!(宝を漁る)
警察A  (ピアノを見て)これは儲けものだ。わが愛しのエスカフローネにいい土産ができたぞ。
ピアニスト  と言って、悪徳警官はピアノを自宅へ持って帰った。
執事  (出てきて)お帰りなさいませ。
奥さん  (出てきて)お帰りなさいませ、愛しの旦那さま。
警察A  おおエスカフローネ、今日はお前にお土産があるんだ。見てくれこいつを。(ピアノを指す)
奥さん  まあ、立派なピアノ。
警察A  スタンウェインだぞ。すごいだろう。
奥さん  嬉しい。わたくしこんなに嬉しいことは初めてですわ。
警察A  はっはっは。
怒る女  (出てきてナイフを構える)殺してやる!
警察A  あっ、お前は愛人!
怒る女  この嘘つき! 奥さんはいないとか言って、ちゃんといるじゃないの!
警察A  あ、いや、違うんだ、これは違うんだ。
怒る女  死ね! (刺し殺す)
警察A  ぐあー。(死ぬ)
ピアニスト  オーソドックスな理由で死んだ。
怒る女  うえーん。(泣きながら去る)
執事  …なんということでしょう。奥様、お気を落とさずに。
奥さん  悲しい。わたくしこんなに悲しいことは初めてですわ。
執事  なぐさめの言葉もありません。
奥さん  とりあえず、このピアノはもらっておきましょう。
ピアニスト  と、その直後。
役人  失礼いたします。
奥さん  あら、お役人さま。何のご用ですの?
役人  突然ですが、あなたのご主人の脱税が発覚いたしました。
奥さん  脱税!?
役人  つきましては、この屋敷を含めた全財産を没収させていただきます。
奥さん・執事  ひえー!
役人たち  (家具をどんどん持っていく)
奥さん  ああっ、やめて、持っていかないで。私の家が、私の家が!
ピアニスト  ご婦人はその後、街角の娼婦として一生を終えたそうな。…とまあこんな感じで、ろくに弾かれることのないまま、ピアノは人の手に渡り続けた。不幸をまき散らしながらね。
被害者A  なんでこんなことになるんだー!
被害者B  どうしてこんな事にー!?
被害者C  昨日までは幸せだったのにー!
被害者D  人生おわたー!
ピアニスト  いつしかピアノは、こう呼ばれるようになった。
全員  呪いのピアノだー!
ピアニスト  しっかしさぁ、ピアノにしてみりゃいい迷惑だよね。あたしゃなんもしてないのに、勝手にそんな風に呼ばれても困っちゃうよ。なんでこんなことになるのかって、こっちが聞きたいくらいだよ。…って話。
全員  呪いのピアノだー!

          不幸にまみれて狂乱する人々。
          取り乱しつつ、めいめいに走り去る。
          一人残ったピアニスト。

ピアニスト  さて。それから少しばかり時間が流れた。

【シーン2】
          M2《子供たちとピアノ》

          ピアノの周りで遊ぶ子供たち。

ピアニスト  (曲をやめ、子供に)うるさいなもう!
子供A  おお、怒ったぁ。
子供B  ピアノババァ怒ったぞ。
ピアニスト  邪魔だよあんたたち。どっか行け!
子供A  うるせー、ピアノババァ。
子供B  ピーアノーババー。
ピアニスト  このやろっ。(蹴ろうとする)
子供AB  いえーい。(走り去る)
ピアニスト  二度とくんなー! …ったく。(残っている子供たちに)おい、あんたたちも帰んな。
子供たち  (顔を見合わせる)
ピアニスト  言うこときかないとぶつよ。
鼻炎の子  おいらたちは静かにしてるど。
ピアニスト  目ざわりなの。帰れ。
鼻炎の子  なんだよぉ、なんでそんな怒るんだよぉ。
ピアニスト  いいから帰れ。10数えるうちに帰んなかったらぶっ飛ばすよ。(椅子に座って楽譜をしたためる)
鼻炎の子  (他の子に)だって。
女の子  えー、でも他に遊び場ないもんねー。
ピアニスト  外で遊べ、外で。
男の子  外は大人がいっぱいでだめだもん。
女の子  ね。最近大人いっぱいいるよね。何してんだろ。
鼻炎の子  今日は決起集会だってよ。
女の子  何、決起集会って。
鼻炎の子  なんか、みんなで集まって気合入れるんだって。
女の子  気合入れてどうするの?
鼻炎の子  わかんね。なんかするんじゃね。
女の子  ふーん。
男の子  ねーおばさんさん、しばらくここで遊ばしてよ。外にいたら大人が怒るんだよ。
ピアニスト  だめ。
男の子  そんな殺生な。
女の子  じゃあ、あっちの部屋で静かにしてるから。
ピアニスト  ここは人んちだよ。勝手に上がり込んでいいわけないだろ。
鼻炎の子  ケチだなー。いいじゃんか、部屋いっぱいあるんだから。
ピアニスト  10数えたよ。出てけ。
鼻炎の子  なぁんでぇ。
ピアニスト  じゃ教えてやろうか。この家はね、呪われた家なんだよ。ここの主は呪いで死んじゃったの。崖から落っこって、頭割れて脳みそベチャってなって、もうぐっちゃぐちゃのべっちゃべちゃで死んじゃったの。早く出てかないとあんたたちもそうなるよ?
鼻炎の子  おいらたち崖なんかで遊ばねえもん。
ピアニスト  それ以来、この家には幽霊が出るんだよ。頭が割れて脳みそが飛び出た幽霊がね、ゆっくり近づいてきて、(ウィスパーで)お前も同じ目に遭わせてやる…

          外から集会の声が聞こえてくる。

声  同志たちよー! 我々はぁー、自由と平等のためにぃー、立ち上がるべきなのであーる!
声  おー。
声  困難を乗り越えー、同胞とともにぃー、
ピアニスト  (窓の外に)うるせー! もーどいつもこいつも…
声  諸悪の根源であるぅー、特権階級とぉー、戦うことをー、誓いまーす!
声  誓いまーす。(拍手)
鼻炎の子  (窓の外に)おいらたちの空き地を返せー!
男の子  そうだぞ、そこぼくらの空き地だぞー。
鼻炎の子  大人って勝手だど。いっつも自分の都合でおいらたちの遊び場を奪うんだ。ほんと勝手だど。
ピアニスト  (吐き捨てる)世の中ってなそういうもんだよ。
鼻炎の子  おいらたちは気を使って遊んでるんだど。
ピアニスト  運命だよ運命、そういうもんだって受け入れな。あたしゃもう受け入れたよ、こんちくしょう。
女の子  ピアニストさんは運命信じてるの?
ピアニスト  ああ。自分じゃどうしようもないものはあるんだよ。
女の子  やさぐれてるねー。
声  失礼する。

          男が二人(王宮の遣い)、入ってくる。

遣いA  おお、あるな。
遣いB  本物ですか?
遣いA  さあな。どっちだって構わん、どうせあの王にはわかるまいよ。(ピアニストに)婦人、このピアノは婦人のものか?
ピアニスト  (ちらとピアノを見て)いいえ。
遣いA  持ち主はいずこに?
ピアニスト  死にましたよ、崖から落ちて。だから誰のもんでもありません。
遣いA  それはよかった。おい、馬車の手配だ。
遣いB  あ、はい。
ピアニスト  また誰かのものになるんですか、このピアノ?
遣いA  国王陛下がスタンウェインのピアノを所望されているのだ。さんざん探し回ってようやく見つけたぞ。
ピアニスト  王様かぁ。そりゃご愁傷様で。
遣いA  ん?
ピアニスト  いーえ、なんでも。
遣いB  (ピアニストに)やっぱり呪いか?
遣いA  なんだそれは。
遣いB  いえ、スタンウェインのピアノは呪われているという噂で。
遣いA  ああ、あったなそんな話。世迷い事だ、気にするな。
遣いB  でも、崖から落ちて死んだんだよな? 持ち主が。
遣いA  どうでもいいんだそんな事は。期日までに持っていかねば我々の首があぶない。早く馬車を呼べ。
遣いB  は、はい。(去る)
遣いA  やれやれ、やっと休暇が取れる。(去る)
男の子  呪いのピアノー?
女の子  だって。
男の子  ほんとに?
ピアニスト  そう呼ばれてたね、ついこないだまでは。
男の子  そしたら、王様が呪われちゃうってこと?
ピアニスト  (不敵に笑って)かもね。ちょうどいいんじゃない、王様が死ねば決起集会もやらなくなるだろうし、あんたたちの遊び場も戻ってくるんじゃないの。
鼻炎の子  ほんとか?
ピアニスト  おうよ。だからとりあえず出てけ。
鼻炎の子  王様いつ死ぬんだ?
ピアニスト  知らないよ、死ぬ時が来たら死ぬよ。ほら行った行った。(追い立てる)
女の子  ほんとかなぁ。
男の子  信憑性はいかに。
鼻炎の子  とりあえず、川にでも行くど。橋の下なら怒られないど。
男の子  きっとそこも、行き場のない子供たちで溢れているさ。
女の子  溢れているさー。

          子供たち、去る。

ピアニスト  (鼻息ついて)王様ねぇ。

【シーン3】

          M3《王宮の儀式》

          王宮にて、なにか荘厳な儀式の画。
          あまたの王侯貴族が参列する中、おごそかに国王と王妃の登場。号令に合わせて剣を掲げる衛兵たち。
          剣のアーチをくぐって、侍女に付き添われながらお姫様登場。

王  こんにちより、我が王家に新たな血を組み入れる。悠久の昔より続く血の大河に、その一滴は歓迎をもって受け入れられるであろう。汝の魂は我が王家と共にあり。そして汝が死す時、そのむくろは我らが栄光の大地と変わる。
大臣  ヤマーハ王家ウッチーダ姫、前へ。
姫  (一歩前へ出てかしずく)
大臣  汝はヤマーハ王家の名を捨て、我らがローランド王家の一員になることを誓うか。
姫  (おじぎ、たおやかに)
大臣  誓うか。
姫  (動かず)
侍女  (小声で)声で。ここは声で。
姫  あっ。は、はい。
大臣  今この瞬間、汝は我が王家の一員となった。ウッチーダ姫よ、我らが国王にとこしえの忠誠を示すべし。
姫  はい。国王陛下に、とこしえの忠誠を誓います。
侍女  ここはおじぎだけで。
姫  あっ。(慌てておじぎ)
侍女  一歩出て。
姫  あっ。(一歩出ておじぎ)
侍女  背すじ。
姫  (背すじピンとおじぎ)
大臣  よろしい。その誓いを受け、国王陛下が千年の鐘を鳴らされる。
王  千年の鐘よ! 古き血と新しき血を祝福せよ!

          鐘の音をバックに、儀式の場を去る人々。
          姫、侍女、姫の教育係の三人が残って別の場所。

教育係  姫様!
姫  (びびって)はぁい!
教育係  何ですかさっきのは! 全然練習どおりじゃなかったですわよ!
姫  ご、ごめんなさい。
教育係  三回もリハーサルやったのにあのていたらく。教育係として顔から火が出る思いでしたわ。
姫  あの、でも、誓いのところは説明なかったので…
教育係  進行表に書いてあったでしょ! ちゃんと読まないからそういうことになるんです。
姫  すいません。(耳をさわる)
教育係  そうでなくとも、あれくらいはアドリブでできなきゃ困ります。公務でいろんな式典に出たりするんですから、勉強しておきなさい!
姫  はい、がんばります!
教育係  まったく。さて、今日からあなたは正式に王家の仲間入りです。であるからには、本格的なカリキュラムを組んでいきますわよ。(手を叩く)
先生三人  (出てくる)
教育係  この者たちが、あなたの先生です。アテネ。
アテネ  はい。
教育係  礼儀作法とダンスの先生よ。他にもお化粧や着付けも教えるわ。
アテネ  よろしくね。
教育係  ミュンヘン。
ミュンヘン  はい。
教育係  これは学問の先生。文学、数学、あと美術絵画を教えます。
ミュンヘン  よろしく。
教育係  リレハンメル。
リレハンメル  はい。
教育係  護身用の剣術と格闘術を教えます。
リレハンメル  よろしく。
姫  格闘術?
教育係  姫といえど、戦う時に備えて格闘術を身につけるのがうちの習わしです。手加減はしないわよ。
リレハンメル  しないわよ。
姫  おお…。(不安になる)
教育係  それともう知ってるでしょうが、その子はあなた専用の侍従です。身の回りのお世話はその子がしますわ。
侍女  よろしくお願いします。
姫  (笑顔で)うん。
教育係  自己紹介おわり。さっそく別室でレッスンを始めますわ。ついてらっしゃい。
姫  はい!(耳をさわる)
教育係  それともう一つ。その耳をさわるクセ、おやめなさい。なんですかそれは?
姫  あっ。すいません、なんかクセで。
教育係  そういうのは早く治しておしまいなさい。公務の場でやったら許しませんわよ。
姫  は、はい。
大臣  (声のみ)国王陛下の、おなーりー。

          王、王妃、大臣、第二王子がやってくる。

王  デーンデーンデーン、デーンデデーン、デーンデデーン。
王妃  チャラララララー。
大臣  さー王様、こちらです、こちらです。(王と王妃を立ち位置に誘導して)我らが国王、アルトバイエルン三世ならびに王妃様でございまーす。
王  うーい。大臣大臣、なんかテーマ曲ないの? 入場曲みたいなの。
大臣  あーすいません、今日は楽団が有給を取っておりまして。
王  なーにそれー。なんもかかんないから自分で歌ってきちゃったよ。
王妃  チャラララララー。
王  (笑って)何それ何それ。
王妃  手品の曲でございます。
王  関係ねえじゃんよー。王様関係ねえじゃんよー。
大臣  さ、王様、新王女にご挨拶を。
王  ういういうい。(姫に)君あれだね、緊張してたね。
姫  も、申し訳ございません!
王  いいんだよいいんだよ。どうせ儀式なんて適当なんだから。それっぽくやってりゃいんだから。
王妃  リラックスなさってー。
姫  あ、は、はいっ。
王  初々しいねー。
王妃  私の若い頃にそっくりですわー。
王  そうそう、このババァが嫁入りした時もね、緊張でガチガチだったんだから。それがもう今ではこの有様だよ。
王妃  チャラララララー。
王  (笑って)だから何なんだよそれー。歌いたいだけだろー。
大臣  えーまーこんな感じでですね、我が王家はフランクさが取り柄になってますんで、新王女もこの輪に加わって楽しくやっていただければと。
王  そ、楽しくやろー楽しく。おい大臣、あれだ、あれ持ってこい。
大臣  あれというと?
王  あのめでたいあれ、ポンってなってプシュー、キャーって。
王妃  (早押し)ピンポーン。
大臣  はい王妃様。
王妃  シャンパン!
王  シャンパーン! シャンパン持ってこーい!
大臣  ご安心下さい、今夜の祝賀会でバシバシ出て参りますよ。
王  なーんだそうなのー。
大臣  夜までのお楽しみということで。さーそれでは王様、ご挨拶が済んだところで次は中庭で園遊会です。お支度の方を。
王  ういー。今日はイベント尽くしだぞー。(三人で去ろうとする)
第二王子  あの。
王  ん?
第二王子  まだ、その…(自分と姫を指さす)
王  (自分の頭を叩き)おーっとー悪い悪い。あんね、こいつ第二王子。君が結婚する第一王子の、弟。
第二王子  よろしくお願いします。
姫  は、はい。
王  (第二王子に)おめえあれだぞ、今日からこの人がお姉さんだかんな? 失礼ないようにな?
第二王子  はい。
王妃  ほんとの弟だと思って、可愛がってあげてー。
姫  (笑顔で)はい。
王  おし、今夜はあれだ、祝賀会であれやろう。
大臣  あれというと?
王  あの果物でワーってなるやつ。
王妃  ピンポーン。フルーツバスケット!
王  フルーツバスケットー!
王妃  わー!

          姫以外の人々、めいめい去る。
          第二王子だけ、振り返って会釈して去る。
          M4《故郷への手紙》
          姫、その場で手紙を書きながら喋る。

姫  お父様、お母様、お元気ですか。そちらはまだお寒いでしょうが、この国はもう春がやってきています。私は毎日、お稽古ごとに明け暮れています。大変だけど、立派なお妃さまになるために頑張っています。
アテネ  背筋を伸ばして、目線は気持ち上。かかとからではなくつま先から地面につける。
姫  人も景色も食べ物も、知らないものばかり。
ミュンヘン  平面上のユークリッド幾何学に対して、曲面や歪んだ空間の図形が非ユークリッド幾何学であり…
姫  やるべきことが多くて多くて。
リレハンメル  (柔道の受け身)あーい、もいっちょー。あーいもいっちょー。(背負い投げ練習)いーち、にー、さーん。
姫  頭も体もへとへとです。
王  (姫を見て)いやー頑張ってんねー。
王妃  なんか昔思い出すなー。ちょっと泣いちゃう。
大臣  さー王様、そろそろワインの試飲会のお時間でございます。どうぞこちらへ。
王  うーい、今日もイベント盛り沢山だぞー。(去る)
王妃  チャラララララー。(去る)
姫  王様達はとても明るく楽しい方々です。一緒にいると若干辛いくらいです。
アテネ  ほら、よそ見しない。じゃあそこからそこまで今ので行きますよ。はい、アン、ドゥ、トロ…ヒジを下げるなー。
姫  (ころぶ)
アテネ  ころぶなー。
侍女  大丈夫ですか?
姫  うん。…この侍従の子は初めての友達です。
侍女  ファイトなのです。
姫  唯一気軽に話せる相手です。でもこの子も侍従として忙しいので、なかなか話す機会がなく残念です。…ここにお嫁に来て一ヶ月になりますが、私はまだ旦那様である王子様とお会いできていません。軍隊を連れて遠い異国の地にいるそうです。だから結婚式も私一人で挙げました。どんな人かな、素敵な人だったらいいな。(顔を上げて)王子様に気に入ってもらえるよう、立派なお妃様になりたいと思います。

          レッスンに追い立てられて、姫去る。
          第二王子と侍女がピアノの周りに残る。

ピアニスト  (曲を弾き間違えて)間違えちった。
第二王子  あ、いえ、素敵な演奏でしたよ。
ピアニスト  いっけねぇな、肩に力入っちって。
第二王子  いいピアノですね。
ピアニスト  でしょ。王様もきっとお喜びになりますよー。どうせすぐ死んじゃうけど。
第二王子  は?
ピアニスト  いえなんでも。
第二王子  父上にはピアノの良し悪しなんてわかりませんよ。ブランドが好きなだけですから。
ピアニスト  多いねーそういう人。持ってりゃ偉いと思ってさ。
侍女  このピアノ、国宝にするって言ってたのです。
ピアニスト  国宝! 大出世だなこりゃ。ん、するってぇと誰の持ち物になるんだ?
第二王子  国のものってことですね。
ピアニスト  はあ。(小声で)どうなるんだろ?
第二王子  どうせ宝物庫の飾りになるんです、誰にも弾かれることなく。ピアノが不憫ですよ、奏でられるために生まれてきたのに。
ピアニスト  (急にテンションが上がって)そうそう、そうだよね!
侍女  お姫様が、明日から音楽のレッスンだそうです。これ使えばいいのに。
第二王子  どうだい、そっちの方は?
侍女  あー…。大変なのです。
第二王子  そうか。
侍女  なんか、可哀想なのです。一度にたくさん詰め込まれてる感じで。
アテネ  (声)ナイフの背に指を置かない! それは職人の切り方です。かゆくても首をかかない!
ミュンヘン  (声)デッサン狂ってるでしょ、ちゃんと対象を見て描く!
リレハンメル  (声)てめぇやる気あんのか! 顔洗って出直してこい!
姫  (舞台上へ逃げてくる)うああ、うああ。(パニクっている)
侍女  あんな感じで。でも絶対弱音は吐かないのです。強い人なのです。
第二王子  そうだね。…でも吐かないんじゃなくて、吐けないんだと思う。吐いたらおしまいだから。
侍女  おしまい?
第二王子  うん。…彼女はね、人質なんだよ。

          姫、顔を洗って気合を入れ直す。
          ダンスの復習を始める。

第二王子  彼女の王家とうちの王家は、ほんとは仲が悪いんだ。うちの王家が無理矢理押さえつけるために、彼女を人質に取ったんだ、表向きは結婚ていう形で。だから彼女はもう故郷に帰れないし、故郷の王家が変なそぶりをしたらすぐ殺される。そういう役割なんだ。
姫  (足がもつれる。でも頑張る)
第二王子  その立場をわかってるから、弱音は吐けないんだよ。
王・王妃  (遠くから姫に)がんばってー!
姫  (王たちに笑顔で応える)
第二王子  (王たちを見て)こういうことをしてまで国を大きくしようとするあの人たちは、クズだと思う。人間じゃない。それが王族の仕事だって言うけど、僕は絶対に認めない。
教育係  ほら何してるの、早くレッスンに戻りなさい。先生を待たせない。
姫  すいません、すぐ行きます!
教育係  それと、これ。(手紙を差し出す)
姫  なんですか?
教育係  故郷のご家族から手紙が届いています。
姫  えっ!(ひったくる)
教育係  読むのは後にしなさい。行きますよ。(去る)
姫  は、はい。

          姫、逡巡したのち、我慢できずその場で封を開け読む。
          姫の家族(父、母、兄と弟)が出てくる。

母  (ビデオレター風に)お久しぶりでーす。元気ですかー?
姫  おかあさま。
母  今日は、家族みんなでハイキングに行ってきました。いい景色でしたー。
兄  (兄っぽくぶっきらぼうな笑顔で)楽しかったよ。
姫  お兄さまも。
母  でも、あなたがいないので、下の弟が寂しがってたよー。
弟  別に寂しくねぇし。
姫  (笑って)こいつ。
母  フフフ。はーい。(詰まって)お父さんもなんか言ってー。
父  …元気か。
姫  うん、元気だよ。
父  元気ならいい。
姫  それだけ?
父  …でもあれだ、お前は無理する子だから、心配だ。…無理してんだろ。
姫  …
父  こういうことになって、本当に申し訳ないと思う。できることなら、代わってやりたい。…すまない。
姫  …いいんだよぉ、あたしならいいんだよ。
父  何もできないのが、はがゆい。
姫  いいんだよぉ…
父  お父さんも、お母さんも、お前が幸せになれるよう、祈ってる。毎日祈ってる。
姫  …
父  元気でな。
姫  …(うなずく)
兄  また、手紙書くから。
母  うん、また書くからねー。元気でねー。
弟  (投げやりに見えるけど優しく)バイバイ。

          姫、泣き崩れそうになるが、懸命にこらえる。
          歩き出そうとするが、やっぱり泣いてしまう。動けない。
          ピアニスト、姫を思い、優しく癒すように曲を奏でる。
          M5《子守唄》
          姫、遠くから聞こえるピアノの曲に顔を上げる。
          音のする方へ走る。
          やがてピアノの部屋にたどりつき、ドアをバンと開ける。

ピアニスト  (びっくりして曲をやめる)
姫  …続けて。
ピアニスト  え?
姫  続けて、今の曲。

          ピアニスト、言われるままに曲を再開。
          姫、曲を聴き、せきを切ったように泣き始める。

ピアニスト  …なんの気なしに弾いた曲だけど、お姫様はそれ聴いて大泣き。後で聞いたんだけど、どうやらその曲、お姫様の故郷じゃ定番の子守唄だったそうな。つゆ知らず、首をかしげながらピアノは歌い続けた。…それが、あの子とピアノの出会いだった。

【シーン4】

          場面は冒頭の暗い部屋に戻る。
          女性とピアニストだけ。

女性  かわいそうだね、お姫様。
ピアニスト  そうね。どうしようもない運命ってのがある。
女性  運命か。…(窓の外を見て)もうすぐ、最後のシャトルが出るよ。あれに乗らなかったらほんとにおしまい。
ピアニスト  あなたは乗らないの?
女性  IDがないもん。ひどいよね、あんなカード一枚で人生決まっちゃうなんて。無作為に抽出した3万人って、それじゃほんとに宝くじじゃんね。
ピアニスト  それを持ってれば助かるんだ。
女性  …ううん。そうでもないの。

          そこへ、若い男がやってくる。

若い男  …いた。
女性  …兄ちゃん!
若い男  探したよぉ、すっごい探したよぉー!
女性  あたしだって探したよ! 今までどこにいたの?
若い男  (笑顔で)これ見て。ほら。(ポケットからカードを出す)
女性  …ID!
若い男  すっごい探したよぉー! 見つけたよぉー!
女性  これ、どこから…?
若い男  いや、その…借りてきた。
女性  誰から?
若い男  …道端で、死んでる人から。
女性  …
若い男  …でもこれで、シャトル乗れるよ。一緒に乗ろう。
女性  でも、乗ってその後は?
若い男  …
女性  月も火星も、人で満杯だよ? 受け入れてもらえるの?
若い男  大丈夫だよ。政府のシャトルなんだから。
女性  政府なんてもう無いと同じでしょ?
若い男  …なんとかなるよ。きっとなんとかなる。とにかく行こう、せっかくIDあるんだから。
女性  (IDを見て)なんで四枚あるの? 残りの二枚は?
若い男  (笑って)俺たちだけで乗るんじゃないよ。みんなで乗らなきゃ。
女性  …生きてるかな?
若い男  生きてるよ。まだあと二時間ある。二人で探そう。
女性  …うん。

          別の男が駆け込んでくる。

別の男  (ぐしゃぐしゃに泣いて)こらー! なんで独り占めすんだよー!
若い男  あ、いや、これはその。
別の男  そんなにいらないだろー! 俺にも分けろよー!
若い男  やめろよ、やめろって!(揉み合いになってカードを奪われる)
女性  駄目!(別の男からカードを奪い返そうとする)
別の男  うるせー!(女性を跳ね除けて走り去る)
若い男  お、おい! (女性に)あの、待ってて! 取り返してくるから、待ってて!(走り去る)
女性  兄ちゃん!

          若い男、走り去る。
          へたりこんでうなだれる女性。

女性  (泣きながら)もういや。何でこんなことになっちゃったの? どうして?

          ピアニスト、泣く女性を見て、手向けるようにピアノを弾き始める。
          徐々に空間が変わってゆく。

ピアニスト  …それからというもの、あの子は毎日のようにピアノのもとへやってきて、音楽をせがんだ。たくさん歌ったよ。子守唄から始まって、わらべ唄、ダンスの曲、お祭りの曲、みんなあの子の故郷の曲だ。何を聴いても喜んでくれたよ、あの子は。

          M6《思い出の歌》
          ピアノ部屋にて、姫、侍女、ピアニスト。
          演奏を聴き終えて、拍手する姫。

ピアニスト  つたない歌でごめんあそばせ。
姫  ううん、すごいよかった。ねえ、もう一曲聴かして。
ピアニスト  リクエストは一日一回だよ。
姫  一曲だけ。お願い。
侍女  まだちょっと時間あるので、弾いてあげて欲しいのです。
ピアニスト  そうお? じゃあどれにしようかな。(楽譜をめくる)
姫  ピアニストさんは、どうやってピアノ勉強したの?
ピアニスト  ん? んー、勉強っていうかなんていうか。
侍女  独学ですか?
ピアニスト  まあそうね。生まれつき。
姫  生まれつき?
侍女  天才だ。
ピアニスト  そのために生まれてきたわけだし。
姫  いいなぁ。あたしピアノ下手だからなぁ。
侍女  でも、うまくなってきてるのです。
姫  ダメだよぉ、才能ないもん。小さい頃からなんの特技もなくて。ほんとはいろんな夢があったんだよ、音楽家になりたいとか、勉強して先生になりたいとか。でも何やってもうまくいかなくて、しょうがないから将来の夢はお嫁さんって言ってた。
ピアニスト  いいお嫁さんになるのも才能がいるよ。
姫  うん、今はそう思う。だから頑張るんだ、いいお嫁さんになりたいから。…どっちみち、王家に生まれたらお嫁さんにならなきゃいけないし。
ピアニスト  …
姫  今の夢は、本気でいいお嫁さんになること。そんで、幸せな家庭を作ること。
ピアニスト  いい夢じゃない。
侍女  大丈夫なのです。王子様となら、きっと幸せになれるのです。
ピアニスト  ねえ、王子様ってどんな人なの?
侍女  立派な方です。それにすごくお優しいのです。
姫  ほんと?
ピアニスト  イケメン?
侍女  んー…はい。
ピアニスト  そうでもねえのか。
第二王子  (入ってきて)おはよう。
侍女  おはようございます。
第二王子  調子はどう?
姫  あ、はい、踊りすぎてふくらはぎ硬いですけど、元気です。
第二王子  そうか。…今日のレッスンは中止だよ。
姫  え?
侍女  お休みなので?
第二王子  ああ。兄上が戻られた。
侍女  ほんとですか!?
姫  じゃ、じゃあ、お会いできるんですか?
侍女  姫様、すぐにドレスをご用意します! お化粧を急ぐのです!
姫  おお、緊張する、緊張する!
第二王子  会うことはできない。
姫  …え?

          第二王子、手に持っていた何かを姫に手渡す。

姫  …腕輪?
侍女  それ…
第二王子  兄上の遺品だ。戦死された。
姫  …
第二王子  今日、葬儀が行われる。君は出なくても大丈夫なように取り計らっておいた。…ゆっくり休んで。(去ろうとする)
侍女  あの…
第二王子  (立ち止まって)…バカバカしいよね。そんなものだけ渡されて、これがあなたの夫ですなんて。それを持って妻として生きていきなさいなんて、そんなバカな話ないよね。
姫  …
第二王子  君は解放されるべきだ。こんな所で人生を終えるのは間違ってる。…絶対に。(去る)
侍女  …姫様。

          姫、ゆっくりと椅子に座る。自分の耳を触る。

姫  …よかったぁ。会わなくて済むんだね。
ピアニスト  …
姫  嫌だったんだ、ほんとは。自信なかったもん。…なれるわけないもん、幸せになんか。
ピアニスト  …

          沈澱した空気の中、シルエットになる姫。

鼻炎の子  (けんけんぱしながら出てきて)なんかなー、王子様死んじゃったらしいど。
女の子  (同じく)えー、王様じゃなくて?
鼻炎の子  うん、戦争で。最近うちの国、負けてばっかなんだって。
女の子  変だね、ずっと勝ってたのに。
鼻炎の子  それだけじゃねえど。野菜とかパンとかの値段すげー上がったし、病気もはやってるし、ここんとこいろいろ変だって大人が大騒ぎしてるど。
女の子  知ってるー。うちのおかあさんも言ってた、この国もうダメなんじゃないかって。
市民代表  この国はもうダメである! 度重なる敗戦、疫病の大流行、それに伴う激しいインフレーション。未曾有の国家的危機に晒されながら、王族は何の対策も講じていない! 我々市民の怒りは頂点に達した、今こそ! 行動の時であーる! 立てよ国民!
コロス  立てよ国民!
大臣  臣民に告ぐ! 我々王族は決して手をこまねいているわけではない、この危機に対処すべく全力を尽くしている! 王政を信じ、平時と代わりない生活を送るべし!
コロス  送るべし!
市民代表  王侯貴族の館に火を放て!
コロス  火を放て!
大臣  暴動に加わった者は処罰の対象となる!
コロス  対象となる!
市民代表  国王をその座から引きずりおろせ!
コロス  引きずりおろせ!
大臣  王国軍よ、暴徒を鎮圧せよ!
コロス  引きずりおろせ! 引きずりおろせ! 引きずりおろせ!
大臣  王国軍よ! 王国軍よー!(市民に囲まれ殺される)
市民指揮官  貴族連中の館はあらかた押さえました。じき完全に掌握できるでしょう。
第二王子  ああ。
市民指揮官  しかしよく決心していただけましたな。王子様の手引きのおかげで、王国軍さえ我々市民の味方だ。
第二王子  これがこの国の運命だ。後悔はしていない。
市民指揮官  感謝します。(遠くを見て)残るは王宮です。あそこにはご家族もいらっしゃると思いますが、いいのですか?
第二王子  ああ。ただ、姫には絶対に手を出すな。僕が故郷へ連れていく。
市民指揮官  かしこまりました。
第二王子  絶対に、だぞ。
市民指揮官  ええ、なるべく、ですね。
第二王子  …おい。
市民指揮官  努力はしますが、なにぶん市民軍ですからな、命令が行きわたらないこともあるかと。
第二王子  約束が違うぞ!
市民指揮官  王子様。市民は怒っているのですよ。王族を一人残らず殺すまでこの怒りは収まりません。一人残らずね。
市民軍  (出てきて第二王子を取り囲む)
市民指揮官  ま、そういうわけです。お諦め下さい。
第二王子  (捕まって暴れる)離せ!
市民指揮官  王宮が落ちましたらまたお会いしましょう。処刑台の上でね。(去る)
第二王子  離せ!(市民軍に引きずられて去る)

          王宮にて、逃げ惑う人々。
          おろおろするだけの姫、突き飛ばされてへたりこむ。

侍女  (入ってきて)姫様!
姫  ねえどうしたの? みんなどこへ行くの?
侍女  大丈夫です。大丈夫ですから、よく聞いてほしいのです。革命が起こってるのです。
姫  革命?
侍女  はい。姫様も早くお城を出るのです。大広間の暖炉が地下道に通じてるのは知ってますですね?
姫  う、うん。
侍女  そこを通って逃げるのです。出口に馬車を用意してあります。さあ早く!(立たせて)大広間の暖炉ですよ!(去ろうとする)
姫  あなたは?
侍女  私はまだやることがあるのです。
姫  一緒に行って。一人にしないで。
侍女  大丈夫なのです、すぐに追いつきますです。
姫  ほんとに?
侍女  馬車を北に走らせて、国境へ行くのです、そこで落ち合いましょう。それまでの辛抱なのです。
姫  やだ、やだ、一緒に行こうよ!
侍女  約束します。絶対一人にはしないのです。私を信じて。
姫  …ほんとね?
侍女  はい。姫様に嘘は言いません。
姫  約束ね?
侍女  はい。さ、早く行くのです!(去る)
姫  (見送って立ちすくむ)
ピアニスト  早く行きな。約束するっつってんでしょ? 信じてやんなよ。
姫  ピアニストさんは?
ピアニスト  あたしはどこにも行かないよ。行けないもの。
姫  どうして?
ピアニスト  話す暇があったら行きな。故郷に帰れるんだよ?
姫  …
ピアニスト  ここでお別れだ。短い間だったけど楽しかったよ。ありがとね。
姫  …あたしね、死のうと思ってたの。
ピアニスト  …
姫  生きてたくなかったの、ずっと。でもね、頑張ったの。明日も曲、聴こうと思って。
ピアニスト  …そうか。
姫  うん。
ピアニスト  じゃあ、お別れに一曲、って言いたい所だけど、そりゃ無理だな。…次に会ったときの楽しみにとっとこう。
姫  …
ピアニスト  くにに帰って、幸せになって、全部うまくいくようになったらまた会おう。…おっけ?
姫  …(うなずく)
ピアニスト  約束だよ。じゃあね。
姫  …またね。
ピアニスト  ん。

          姫、立ち去る。去り際に振りむく。

ピアニスト  (笑って)早く行けっ。

          姫、去る。

【シーン5】

ピアニスト  …お姫様と会ったのは、それが最後だった。一曲くらい弾いてやってもよかったのかなーって思うよ。うん。
女性  (出てきて)そのあとどうなったのかな? お姫様。
ピアニスト  結局、故郷には辿りつけなかったらしいよ。国境まであと一歩のところで捕まっちゃって。…でもあたしとしては、無事に国境に辿り着いて、処刑場から逃げてきた王子様と、あと侍女と、三人で逃げ延びて、故郷の国で幸せに暮らしたってことにしたいね。
女性  そうだといいね。
ピアニスト  一度も会いに来なかったのは、きっと幸せすぎてあたしの事なんか忘れてるんだろうって、ね。
女性  …
ピアニスト  (突然くつくつと笑いだす)
女性  どうしたの?
ピアニスト  (笑って)ごめん、嘘。あたしまたあの子と会ったんだ。
女性  ほんと?
ピアニスト  うん。お姫様には会えなかったけど、あの子には会えた。…どういうことだか教えてあげようか。

          ピアニストが語り始める。

ピアニスト  王様たちがいなくなったその国は、未来に向けて新しい一歩を踏み出した。民主主義とか言うんだっけ? よくわかんないけど、とにかく時代はすごいスピードで変わり始めた。そして時代から取り残された王宮は、歴史を伝える遺物として残されることになった。
案内員  城内観光ツアーのみなさまー。次はこちらをご覧下さい。王家が所有していた名品の数々でございます。
観光客A  いや貯め込んでたねー。
案内員  見栄っ張りな王様でしたからね。あちらは絵画、あちらは壺、そしてこちらが楽器類。
観光客B  ピアノだー。ねーおかーさんピアノ買ってー。
観光客C  それは売り物じゃないのよ。国宝なんだから。
観光客B  やだー買ってよー、ピアノ買ってピアノ買ってー。

          突然、どこかからナイフが飛んできて床に刺さる。

観光客A  うわ、何だ!
観光客D  ナイフが飛んできた! しかもカードが刺さってるぞ! (カードを読む)予告状。国宝のピアノをいただきに参上する。怪盗ストラディバリウスより。
観光客たち  ストラディバリウスだって!?
警部  また予告状が来たか!
警部補  はい、今夜12時に現れると。
警部  これで何度目だ。石にかじりついてでも阻止するのだ、我々警察の威信にかけてな。
警部補  警備は万全です、蟻の子一匹入れません。
警部  さあ、盗めるものなら盗んでみろ。
怪盗  ごきげんよう、警察諸君。
警部補  あっ、怪盗だ!
警部  現れたな怪盗め。今度ばかりは思うようにいかんぞ。
怪盗  残念だったな。その部屋にあるピアノはすでに偽物だ。
警部  なんだって!
怪盗  本物はあそこにある。
警部補  あっ、熱気球だ!
怪盗  そして本物の私もあそこにいる。べりべりべり。(顔を剥ぐ)
猫  ニャー。
警部補  猫だ!
警部  くっそう怪盗め、またしてもやられてしまった。(気球の方向へ)降りてこい怪盗―!
怪盗  はっはっは。私は怪盗ストラディバリウス、盗みを美学に変える男。
警部  かっこいいな怪盗!
怪盗  盗んだものには興味がない。だからこのピアノは川へポイ。
警部・警部補  捨てたー!

          川に落ちるピアノ。ドボーン。

ピアニスト  こらー、なんてことすんだー! というわけでピアノは川の底へ。魚がいっぱい寄ってきて住み家にされちゃった。

          M7《さかな》

魚たち  ♪さかな、さかな、さかなー。
魚たち  ♪フィッシュファイト!
魚たち  ♪だんご三兄弟―。

          突然、川に砲弾の雨が降る。
          悲鳴を上げて逃げる魚たち。

軍曹  こらー、無駄弾を使うな、無駄弾を!
兵士  申し訳ありません、川に伏兵がいるように見えまして。
軍曹  なんだとう? (見て)バカ者よく見ろ、あれは伏兵ではなくただのピアノだ。…ピアノ!?
総統  戦況はどうであるか。
軍曹  あ、総統! 総統に敬礼―!
総統  (指を口髭にあてる)
軍曹  まもなくここは我が軍の制圧下となります!
総統  よろしい。(川を見て)ん、あれは何だ?
軍曹  川底にピアノが沈んでおります。
総統  ほう。よし、あのピアノを持って帰ろう。
兵士  えぇ?
軍曹  バカ者、総統は芸術を愛するのだ。アーティスティックな独裁者なのだ。
総統  歴史上は語られていないが、そうなのだ。
軍曹  すぐにピアノを引き上げろっ。
ピアニスト  独裁者はピアノを自分の国に持って帰った。周りの国に攻め込んで、気に入らない人々をガス室へ送りこんで、好き放題やったこの男、やがては攻め込まれて自殺した。
総統  ぱーん。(自分の頭を銃で撃ち抜く)
ピアニスト  そして次にこのピアノに目をつけたのは。
監督  (ステッキを回して)んー、なんかいい題材はないかねー。
助監督  監督―、次の映画どうします?
監督  そうだねー、題材を探しに旅に出てみたものの。戦争記念館にはあんまりおもしろいものは無さそ…おや。
助監督  どうしました?
監督  ピアノだね。
助監督  ああ、総統官邸にあったピアノだそうですね。
監督  ふーん。…あ、閃いた。
助監督  おおっ、来ましたか!
監督  うん、もう脚本できた、頭ん中で。このピアノ使いたいから、持って帰っちゃおう。
助監督  いいんですか?
監督  いいよ、僕有名だもん。さっそくプロデューサーと会議しようっと。
助監督  さすが仕事が早いなぁ。
ピアニスト  世界的に有名な映画監督に連れられて、ピアノは海を渡った。そして辿りついたその国は、自由と平等とコーラの国だった。
国民A  自由―!
国民B  平等―!
国民C  コーラー!
国民たち  イエーイ!
助監督  用意、アクション!
ピアニスト  そしてピアノは映画に出演! っつってもワンシーンだけだけどね。その映画はバレリーナと道化師の恋物語で、ピアノが登場するのは感動のラストシーン、の手前のシーン。映画は大当たりして、主演も兼ねた監督の名声をさらに高めた。
監督  (歓声に包まれ、それに応える)
ピアニスト  高めたんだけれども。
議員  監督、あなたは赤いですな。
監督  え? いや赤い服は着てないんですけど。
議員  いいえあなたは赤い。赤すぎる。そんな赤いあなたを国外追放とさせていただきます。(銃を向ける)
監督  はぁ?
ピアニスト  なんだかよくわかんないけど、その国は赤いものが大嫌いだったみたいで、監督は追放されちゃった。(不思議そうに)赤くは見えなかったんだけどねぇ、なんだろね。

          「自由」「平等」「コーラ」の声が響く中、監督去る。

ピアニスト  で、映画会社の倉庫に落ち着いたピアノはやがて競売にかけられ、ふたたび海を渡って、とある島国へ。今度の国はやたらお金持ちの国だった。

          M8《ジュリアナ東京》
          派手な扇子を持った女たちが、お立ち台で踊る。

女たち  ほーう、ほーう。
スーツの男A  がはははは。おーい、お酒ないよーお酒―。
スーツの男B  君、先生にドンペリを。
女A  かしこまりましたー。
スーツの男A  ピンドンピンドーン!
女B  先生、あたしヴィトンのバックが欲しいわー。
女C  あたしはシャネルのマトラッセー。
女D  プラダプラダー。
女B  ほら、あなたも先生におねだりなさーい。
女E  あたしはー、あたしはー。
スーツの男A  おや、君、新顔だね。
女E  鹿児島から出てきました、るい子です。
女B  この方だれだかわかるー?
女E  えーと、えーと。
スーツの男A  福田くん、言ってやんなさい。
スーツの男B  大蔵大臣の江田島ドゥヴァエモン先生です。
女たち  フゥーウ!
ピアニスト  これもよくわかんないけど、その国のお金を動かす偉い人なんだそうで。
女B  先生はなんでも買って下さるわよー。
スーツの男A  おー、なんでも買っちゃうよー。油断してると君達も買い取っちゃうよー。
スーツの男B  なんでしたら、店ごと買い取ってしまいましょうか?
スーツの男A  おーいいねー。お店も女の子もそこのピアノも、全部買っちゃおうかなー。
女たち  フゥーウ!
スーツの男B  オーナー、権利書持ってきてー!
ピアニスト  そんな人のところへ呪いのピアノが転がりこんじゃったもんだから。
スーツの男C  大臣、大変です! 国内の株式市場が大荒れです!
スーツの男A  なにー、どういうことだ!
スーツの男C  誰もかれもが、ものすごい勢いで株や土地を売り始めました!
スーツの男A  いかん! やめろー、株を売るなー! 土地を売るんじゃなーい!
スーツの男C  経済が、経済がー!

          パーンと何かが弾ける音。倒れるスーツの男たち。

ピアニスト  泡が弾けたとかなんとか。その国はあっという間に借金だらけになっちまったそうな。…呪いのピアノの旅は続く。その島国の中を転々とする。売られて買われて、捨てられて拾われて。そしてまた、少しばかり時間が流れた。

【シーン6】

          M9《高校にて》
          チャイムの音が響く。
          いじめっ子三人といじめられっ子が入ってきて、声なしでひと芝居。いじめられっ子、ボコボコに殴られる。
          いじめっ子三人といじめられっ子、去る。
          前後して、廊下を女子生徒が二人、走っている。

めぐみ  来てるかな? 来てるかな?
千秋  来てるよ絶対、トラックいたもん。
めぐみ  来ってるっかなー。オープンっ。

          二人、音楽室のドアを開ける。
          ピアニストと目が合う。

ピアニスト  こんにちは。
めぐみ  (小声で)あるね。
千秋  うん。
ピアニスト  今日からここでお世話になります。よろしく。
めぐみ  あ。(会釈し、千秋に)…新しい先生?
千秋  じゃない?
めぐみ  あの、はじめまして、合唱部です。
千秋  そのピアノ使っていいですか?
ピアニスト  これ?
千秋  はい、待ってたんです、ずっと。前のピアノ壊れちゃって。
ピアニスト  そうなんだ。合唱部かぁ、なに歌うの?
めぐみ  歌ならなんでも。
ピアニスト  (笑って)へえ、あたしと同じだ。…なんか伴奏してあげようか?(楽譜を開いて)
めぐみ  ほんと?
ピアニスト  うん。あんたたちの知ってる曲があればいいけど。
和明  (声のみ)っしゃー、来いやー。
浩一  (声のみ)あと一人だよー、あと一人―。
和明  (声のみ)俺がトドメさす!
めぐみ  うっさいなもー。
千秋  窓しめよっか。
めぐみ  高校生にもなってまだドッヂボールやってんの。おかしくね?(窓の外に)おめーらうるせんだよー!
和明  (声のみ)やっべ、まじ強ぇ! この豚まじ強ぇ!
浩一  (声のみ)白豚かんべーん!
千秋  (めぐみと笑って)白豚とか言われてるし。
めぐみ  おーい部長―、ピアノ来たよー。活動再開だよー。
千秋  早く来い、白豚―。(また二人で笑う)
女の声  白豚って言うんじゃねーよ!
ピアニスト  (今の声に反応して)ん?
女の声  今ケリつけっから待ってろー!
めぐみ  5秒で来―い!
ピアニスト  (窓に駆け寄って見る)…おお!?

          校庭でドッヂボールする男子の中に、女子が一人混じっている。お姫様生き写しの女子。
          剛腕で次々と男子をボールの的にする。
          全員を打ち倒してガッツポーズする姫。周囲で応援していた女子とハイタッチ。階段を駆け上がり、音楽室へ。

姫  おまた。
めぐみ  うえーい。(ハイタッチ)やるじゃん部長。
姫  うん、もー弱すぎあいつら。相手んなんねー。
かおり  おめーが強すぎんだっつの。
姫  うっせ。
千秋  ね、ね、ピアノ来たよ。
姫  おー来てるねー。新品?
千秋  たぶん中古。
姫  中古かよ。けちんぼだなー。
めぐみ  これでまた活動できるよ。
千秋  ねー、よかったー。
ピアニスト  (姫に)あんた。…変わったねー。
全員  ?
ピアニスト  (笑い出して)なんだよぉ。すげーなおい。
かおり  誰?
姫  わかんね。
めぐみ  なんか、新しい先生。みたい。
姫  あ…そお。(ピアニストに)あの、はじめまして。
ピアニスト  はじめましてじゃないよ。ごぶさたしてます、だよ。
姫  はあ?
ピアニスト  またご厄介になります。へへ。

          ぽかんとする一同。姫、不可解な顔で耳を触る。
          含み笑いを続けるピアニスト。

女性  (出てきて椅子に座る)ほんとにまた会えたの?
ピアニスト  そう、生まれ変わってあたしに会いに来た。あるんだねえ、こういうこと。何百年も生きてりゃ。
女性  でも、覚えてなかったんだ。
ピアニスト  そうなのよ、全部忘れてやんの。せっかく会えたのにもったいないよねー。
女性  …なんだろう。なんか、
ピアニスト  ん?
女性  ううん。なんでもない。

          別の空間にて、若い男と別の男が走り込んできて、カードを奪い合う。

若い男  駄目だってば、これは駄目なの!
別の男  (泣きながら揉み合う)よこせよぉー!
若い男  これは、これは、んがー!(跳ね除けて)親父とおふくろの分なの!
別の男  お前の親、死んだんだろ!?
若い男  死んでない! 生きてる!
別の男  シャトルが落ちたんだろ!? 死んでるって!(再び揉み合い)
若い男  生きてるー!
別の男  親友と家族とどっちが大事だよー!
若い男  ごめん、家族!
別の男  薄情ものー!(カードを奪って逃げる)
若い男  あー!

          女の三人組がやってきて、若い男に拳銃を向ける。

若い男  …駄目だよぉ、駄目だよぉー!(逃げる)

          三人組、追って走り去る。

          ほどなくして、銃声が聞こえる。
          間。
          三人組、カードを手に、もと来た道を走り去る。

女性  …ねえ、続き話して。まだ時間あるよ。
ピアニスト  …うん。

【シーン7】

ピアニスト  なにはともあれ、ピアノはまたあの子と再会できた。(笑って)あの子の変わりようったらなかったよ。たとえばさ、
有馬  (急に出てきて)突然ですが、ここから先は僕が語りを担当します。僕の名前は有馬雄之助。県立音ノ浜高校三年。僕は今、クラスメイトの女の子に恋をしている。(ピアニストに)なんか音ください。
ピアニスト  (曲を弾く)

          M10《メガネ、語る》

有馬  幼馴染の子で、小、中、と一緒だった。彼女を追いかけて高校も同じところを選んだ。三年でようやく同じクラスになれたので、僕は今とても幸せだ。
姫  おはー。
生徒たち  おはー。
姫  YO。
生徒たち  YO。(ラップを始める)
有馬  彼女とは長い付き合いになるが、今だに挨拶する時ちょっとドキドキする。(姫に)おはよう。
姫  (聞いてない)ぃよう、ぃよう。
有馬  面倒見がよい姉御肌で、しかも学級委員。名実ともにクラスのまとめ役である。
かおり  ホームルームー。
姫  (黒板に書きながら)えーっとー、今度の文化祭の出し物はー、AとBとどっちがいいと思いますかー。ちなみにあたしはBがいいと思いまーす。
生徒たち  (口ぐちに)Aでー。
姫  っざっけんなこのやろう。(生徒たちを蹴る)
生徒たち  Bでー!
有馬  皆の意見を尊重しつつ、立派にクラスをまとめ上げている。部活は合唱部。部員がたった三人の小さな部だが、歌のうまい彼女にはベストな選択と言えるだろう。
姫  (合唱部員と歌う。姫だけ超へたくそ)
有馬  僕はいつも、放課後になると合唱部の練習をのぞきに行く。最近の彼女は指揮をやってばかりで、歌声を聴かせてくれないのが残念でならない。
姫  (部員に言われてしぶしぶ指揮をする)
有馬  部活を終えると、原付に乗って近所のファーストフード店へ向かう。アルバイトをしているのだ。店員としても優秀な彼女は、本来高校生にはできないはずのチーフマネージャーという役職についている。
姫  かしこまりましたー。レギュラーワンポテトワン水ワン。
店員A  マネージャー、あたしあたま痛いんで早退しまーす。
姫  いいよー。
店員B  マネージャー、あたし今日デートなんで早退しまーす。
姫  いいよー。(電話がかかってくる)はーいもしもし、どしたー? ああ、おばあちゃんが死んだー? わかったーお休みねー。(電話を切り)はいお待たせしましたー。お次お待ちのお客様どうぞー。
有馬  この店に行くと、大抵は彼女一人しかいない。彼女の奇跡的な働きぶりにいつも目を奪われる。…深夜にバイトを終え、原付に乗って自宅へ帰ると思いきや、向かった先は暴走族の集会場。
姫  我ら闇夜に輝くブラックエンジェルー!
レディースA  走りに賭けたこの命―!
レディースB  咲かせてみせます特攻桜―!
レディースC  喧嘩上等全国制覇―!
姫  単車もバリバリなもんでー、よるろしくー!
一同  よるろしくー!
有馬  今や絶滅寸前と思われるレディースの集会だ。ここでも彼女はリーダー格の存在である。
レディース達  おまわりさんに眠れない夜をー!
有馬   地元警察とのおいかけっこを夜ごと繰り広げている模様だ。ちなみに彼女らは法定速度をきちんと守り、集会場ではバトミントンをしたりDSをやったりするだけなので、周辺に害はない。
姫  (DSの通信対戦に加わろうとする)まぜてまぜてー。
レディースA  よるろしくー。
有馬  そうして夜更けまで遊び倒してようやく帰宅する。以上が、彼女の毎日だ。信じられないことに、彼女の成績は学年でもトップクラスに属する。これが努力の賜物だとしたら、彼女の睡眠時間はゼロに等しいはずだが、あるいはこれがいわゆる天才と呼ばれる人種なのかもしれない。…8ヶ月後には卒業を迎える僕たち。国立大を志望する彼女に、偏差値49の僕はついていくことができるのだろうか。僕の気持ちを伝えられる日は、来るのだろうか。
姫  (青空に野球ボールを投げる)っしゃーらっ!

【シーン8】
          音楽室にて、姫とかおりとピアニスト。

姫  ねえ、ほんとにー? どこで会った?
ピアニスト  会ったじゃん、毎日のようにさ。覚えてねんだもんなー。
姫  ぜんっぜん覚えてない。
かおり  え、それって相当昔の話?
ピアニスト  そうだよ、むかーし昔。
姫  どうだろー、会ったことある気がしないと言えなくもない気がしない。
かおり  どっちだ。
姫  もういいじゃんどっちでも。あたし先生のこと好きだし。
ピアニスト  (笑って)ありがとよ。
姫  あーなんかうずいてきた。ドッヂボールやってこよ。
かおり  部活やれよ。
姫  部員が戻ってこねーんだもん。あいつらコピー取んのにどんだけ時間かかってんだよ。…ねえかおりさぁ、あんたもやんない?
かおり  何を?
姫  文化祭で合唱部の出し物やんだけど、人が足んなくてさ。
かおり  えー無理だよ、あたし歌歌えないよ。
姫  ううん、歌じゃないの。
かおり  あ?
めぐみ  (千秋と入ってきて)ごめん遅くなったー。
姫  おせー。
千秋  ねー部長、これほんとにやんの? ていうか、できんの?
姫  できるできる。練習すれば。
千秋  このアルペジオとか超大変じゃん。死んじゃうよ。
めぐみ  あたしももっと簡単なメロディの方がいいと思うけど。
姫  (嫌そうに)じゃ何、きよしこの夜とか?
めぐみ  やだ、つまんねー。
姫  でしょ? やっぱこんくらい音が多い方がいいっしょ。
千秋  多すぎるし早すぎるよ。
姫  んー。
めぐみ  ねえ先生、なんかいい曲ないかな?
ピアニスト  んー、そうねー。じゃ例えばー。

          ピアニスト、簡単なメロディをさらっと弾く。

ピアニスト  こんなんは?
姫  あーいいねー。
めぐみ  これなら弾けるね。
千秋  うん、弾ける弾ける。先生教えて。(ピアニストのそばへ)
かおり  なに、ピアノ弾くの?
姫  そう、弾くの。みんなで。
かおり  連弾? え、合唱部だよね?
姫  そうだよ。
かおり  歌えよ。
姫  だって歌うだけじゃつまんねんだもん。野球部だってストラックアウトとかやってんじゃん? うちらもなんか違ったことやりてーし。
かおり  まあ好きにすりゃいいけどさ、でもあたしは無理だよ? ピアノ弾けないもん。
姫  だいじょぶだいじょぶ、あたしとめぐみも弾けないから。
かおり  弾けないのになんでこの企画?

          クラスメイトの和明がやってくる。

和明  (ドッヂボールを持って)メス豚ぁー!
姫  うっせーな、何だオス豚ぁ!
和明  てめえちょっとこっち来いや!
姫  来いやじゃねえ、てめえが来いこのやろう!
和明  よく見やがれメス豚ぁ! (ボールを見せて)マイボール買ったぜぇ!
姫  (嬉しそうに怒る)何買ってんだバカやろう!
和明  協会公認球だぜぇ!
姫  憧れじゃねえかバカやろう!
和明  校庭出て来いや、試しに1ゲームやんぞ!(外へ)
姫  おーやってやらあ!覚悟しやがれ!(ついていこうとする)
めぐみ  ちょっとちょっと部長、部活は!?
姫  1ゲームだけ、1ゲームだけ!
めぐみ  ダメだってば! どうせ夜までやっちゃうんでしょ!?(姫を羽交い締め)
姫  はなせよー! はなせよ小型犬―!
めぐみ  絶対ダメ!

          姫、羽交い締めされたままめぐみを背負って走り去る。
          千秋も追って去る。

ピアニスト  ほんっとに、変われば変わるもんだねー。ふふ。…よし、今のメロディーを忘れないうちに。(楽譜を書く)
かおり  …先生。
ピアニスト  ん?
かおり  先生さあ、先生じゃないでしょ?

          間。

ピアニスト  どうしてそう思うの?
かおり  わかるんだ、あたし。そういうの。
ピアニスト  …すごいね、わかっちゃうんだ。
かおり  うん。あいつに会ったんだね、昔。
ピアニスト  そうだよ。何百年も前だけど。
かおり  ふーん。
ピアニスト  なんでわかったの?
かおり  見えるんだ。うち、そういう血筋だから。ばあちゃん占い師やってるし、もっと昔はイタコとかやってた人いたらしくて。
ピアニスト  へえー。
かおり  先生、けっこう悪い星に生まれてるでしょ?
ピアニスト  そうなんだよ、なんか呪われてるみたいでさ。ずーっとそうだった。
かおり  あいつと似てるね。あいつも相当ひどいから。
ピアニスト  そうなのか。
かおり  あいつは自分が落ちてくタイプだけど、先生は周りを落としてくタイプだね。二人揃ったらひどいことになるよ。
ピアニスト  …そっか。
かおり  どっちかが離れて、干渉しないようにした方がいいかもね。
ピアニスト  …またあの子を不幸にしちゃうのかね、あたし。
かおり  …一緒にいる限りはね。
ピアニスト  たとえばさ、呪いを解く方法とかってないの?
かおり  うーん、こういうのって努力じゃ変わんないからねー。
ピアニスト  そっか…。
かおり  待つしかないかな。生まれて死んでって繰り返すうちに、どっかでポッと星が変わることがあるから。
ピアニスト  生まれて死んで、か。
かおり  結構あるよ。例えばー、(窓の外を見て)ほら、あいつとか。
和明  (校庭でドッヂボール中)
かおり  あいつ、前は王様だったんだよ。
ピアニスト  王様?
かおり  うん、中世の。前までそういう星だったから、王様とか金持ちとかそんなんばっかだったけど、今は星変わってすっげー貧乏になってる。
ピアニスト  そういやなんか見たことある気するな。
かおり  あとほら、あいつもそう。
浩一  (同じくドッヂボール中)
かおり  あいつは映画監督だったの。すごい天才だったんだけど、星変わって不通の人になっちゃった。
ピアニスト  へえー、おもしろいもんだね。
かおり  おもしろいっしょ。見えると楽しいよ、いろいろ。

          圭が音楽室に走り込んでくる。

圭  …姉ちゃん。
かおり  圭。

          いじめっこ三人がやってくる。

高井  おいてめえ何、逃げてんだよ。
圭  あ、あの…
高井  逃げたらどうなるかわかってんのかよ。
栗橋  罰だぞ、罰。
圭  ちょっと待って、ちょっと待って。
網川  (いじめっ子二人に)おい。
高井  (栗橋と二人で圭を取り押さえる)
圭  やめてよ! ねえ!
網川  (タバコに火をつけ、圭に近づく)
かおり  ちょっと何してんのよ。
網川  (圭の腕にタバコを押し当てようとする)
かおり  やめなさいよ!(タバコをはたき落とす)
網川  (かおりを睨む)
かおり  (気圧されて後ずさる)ねえ圭、何こいつら? あんたこんなのとつるんでんの?
圭  いや…
網川  …(かおりに)なんてんだよ。
かおり  はあ?
網川  名前。なんてんだよ。
かおり  なんで教えなくちゃいけないの?
高井  言えよ、名前。
かおり  言いたくないんですけど。
網川  (圭に)こいつ知り合いかよ?
圭  あ、あの…
高井  知り合いかって聞いてんだよ。(詰め寄る)
圭  あ、あの、ねえ、ちゃん…
栗橋  ねえちゃん?
網川  …へー。(高井に目配せする)
高井  (かおりに)あのぉー、弟さんがさー、全然俺らの頼み聞いてくんないんすよー。まじで頼んでんのにー。
圭  あの、姉ちゃんは…
高井  すげー腹立つんですけどぉー。
圭  姉ちゃんは関係ない! から…
高井  ああん?
圭  あの、行くから! 俺行くから、わかったから! 万引きしてくるから!(駈け出す)
高井  (圭をはたいて)待てよ。逃げんなっつってんだろ。(殴る)
圭  (倒れる)
高井  罰終わってねえっつうの。(蹴りまくる)
かおり  ねえやめなさいよ! ねえ!
姫  (走ってきて)ナッツシュート!

          姫、ドッヂボールを投げる。高井に当たって倒れる。

高井  痛ってぇ!
姫  出てけ。神聖な音楽室を汚すんじゃねえ。
栗橋  おい何だよてめえ。(姫に向かっていく)
姫  (ボールを投げる)
栗橋  (喰らって倒れる)
姫  (網川に)おい聞いてんのか二年坊主。三年のあたしが出てけっつってんだから出てけよ。
高井  ざけんじゃねえよてめー!
姫  (2発投げる)
高井  (1発目は受け止め、2発目に当たって倒れる)
姫  取り巻きに用はねえんだよ。
高井  てめえボールいくつ持ってんだよ!?
姫  ボールはいつもあるんだよ、心に。
高井  説明んなってねえよ!
姫  あんた、有川とか言ったっけ?
網川  網川。
姫  あそう。じゃ網川くん、この金魚のフン連れてさっさと失せて。それから人をおもちゃにすんのもやめて。この学校はあんたのもんじゃないから。
網川  …言うじゃん、お前。言ったな?
姫  おお言ったよ。パパにもよろしく言っといて、優しいパパに。
網川  (眉間に皺を寄せる)
姫  ほら、言ってきなよ。泣きついてきなよパパーって。白い豚がいじめるんだよーって。…笑わせんじゃないよ、自分じゃ何もできねーくせに偉そうな顔してさ。偉いのはあんたの親だよ、あんたじゃない。いいかげん気づけ。
網川  (さらに険しい顔になり、姫を正面に据える)
姫  言っとくけどね、パパ通してあたしの親にちょっかい出そうったって無駄だよ。あたし親いねえから。一人で立派に生きてっから、あんたと違ってね。

          網川、すごい形相で姫に詰め寄る。
          姫、どこかからボールを取り出してその場でドリブル。

高井  (痛がりながら)だからいくつ持ってんだよ。
姫  (構える)
網川  …(高井たちに)行くぞ。寝てんじゃねえよ。(高井を蹴る)
高井  あふっ。

          いじめっこ三人、去る。

姫  ふん。…圭、だいじょぶ?
圭  あ…
姫  目、つけられたの? あいつらに。
かおり  あんた、なんで黙ってたの? 最近なんか怪我多いなって思ったら、そういうことだったの?
圭  …(嫌そうな顔をする)
かおり  言ってよ、そういうの。一人で抱え込むのやめて。

          圭、無言で走り去る。

かおり  圭。
有馬  最近、転校してきたのだった。あの網川という男は。2カ月足らずで様々なトラブルを引き起こし、彼とぶつかって被害者になったのが既に3人、いずれも親が職を失っている。議員てそんなに偉いの?
姫  (かおりと共に圭を追う)
有馬  噂によれば、彼の親兄弟もまた、弱いものいじめをして憂さ晴らしをするクセがあるそうだ。血は争えない。

【シーン9】

有馬  あ、そうそう、ひとつ報告がある。愛しの彼女が、また一つ新しいことにチャレンジしはじめたのだ。
委員女子A  (マイク持ち)あー、あー、マイクテス、マイクテス。それではー、今年の文化祭のスローガンを発表しまーす。
委員女子B  有効得票数532票、見事一位に輝いたのは、こちら!
二人  『デス・アンド・リバース2011 〜私、三人目だと思うから〜』に決定でーす!
委員女子A  さあ、続いて文化祭実行委員、委員長の紹介でーす。委員長、どうぞー!
姫  (走って出てくる)しゃーらっ! 今年の文化祭、伝説になんぜ。

          大歓声。生徒たちをあおる姫。

かおり  (出てきて)何やってんの!? 学級委員で文化祭委員長でチーフマネージャーで暴走族のヘッドって、意味わかんねーよ!
姫  あと合唱部の部長も忘れんな。(ピース)
かおり  死ぬでしょそんなの!?
姫  おー、もう一日30時間欲しーぜー! あははー!

          場面変わって、校内の廊下。
          圭が何か大きいものを抱えて歩いている。
          姫のクラスメイト(和明、浩一)とすれちがう。

和明  (メモを見て)えーなになに、折り紙×10とホッチキス×3? 何作んのこれ?
浩一  あれじゃない、チェーンじゃない? 紙の。
和明  あー。折り紙ってコンビニで売ってんのかな。
圭  (抱えたものを隠しながら去る)
浩一  スーパーの方が早いっしょ。
和明  そうだな。…ん?
浩一  どしたの?
和明  なんか臭くね?
浩一  え、俺こいてないよ。
和明  いや、なんか、シンナーみてえな。
浩一  うっそ。科学部かな。
和明  あー俺この匂いダメだわ。吐きそう。(去る)
浩一  背中さすろうか?(去る)

          ほぼ同時刻、音楽室にて。
          姫、千秋、かおり、ピアニスト。

姫  えー、後夜祭のバンドの順番は決まりと。クラスの出し物はミキとアイに任せてあるからよし。
委員女子A  (入ってきて)委員長、体育館の飾り付け、おわりました!
委員女子B  くす玉も吊ったよー。
姫  おっけーありがとー! よーしじゃあ買い出し組が戻ってきたら、次は校門の飾り付けをやると。やべー時間足んねー。
有馬  (大きな荷物を抱えてやってくる。ビニールにくるまれて中は見えない)あの、できたんだけど。
姫  まじでー!
千秋  きれいにできた?
有馬  練習用のよりかはきれいだと思う。
姫  ゆうくんマジでありがとー!(有馬の手を握る)
有馬  あっ。(照れる)
千秋  手先器用な人がいてよかったね。
姫  おっしゃ、そしたらメンバー揃ってないけどやっちゃおうか。えーいよいよ明日が本番です。合唱部とは何の関係もないにもかかわらず、出し物につきあってくれる皆様、まことにありがとうございます!
かおり  強引に引っ張りこんどいて…
姫  それでは最終確認を始めます! まず最初にー、
有馬  幸運にも、合唱部の出し物に僕も参加できることになった。イベントには魔力があると言われる。(握手した手を見ながら)今度の文化祭、いろんな意味で期待できる。
千秋  ねーそれよりさー、よっこのパートどうすんの?
姫  うーん。(耳を触る)
千秋  代役立てるなら早い方がいいよ。
姫  今めぐみに電話してもらってんだけど。なんとか来てくんねーかなー。
めぐみ  (携帯を手に入ってきて)部長どうしよう。
姫  あ、めぐみ、どうだった?
めぐみ  よっこ、おたふく風邪だって。
千秋  えー! じゃもう無理じゃん!
めぐみ  どうする? よっこのパート削る?
千秋  でもメインパートだよ? 誰か代役探そうよ。
めぐみ  今から? 明日だよ本番?
千秋  んー、そうだけどさー。
姫  あっ。(ピアニストに)…先生。
ピアニスト  ん?
姫  先生やってよ。代役。
ピアニスト  あたし?
姫  そうだよ、先生ならもともと弾ける人だし、そんなに練習いらないよ。お願い、助けて先生。
ピアニスト  え、でも、いいの? あたしがやって。
姫  むしろだよ。先生が作った曲だよ。
ピアニスト  …まあ、やれと言うならやりますが。
姫  やったー、よかった!
千秋  すごいね、先生が参加するんだ。
姫  そしたらみんな、今からフルメンバーで練習すんよ! 作業中の奴らもいると思うけど、手分けしてなんとか連れてきて!
女子生徒A  わかったー!

          姫、かおり、ピアニストを残してみんな散る。

かおり  (姫に)あんたって本当、あれだね。
姫  ん?
かおり  ううん。(ピアニストに)すいません、うちの豚がご迷惑おかけして。
ピアニスト  (笑って)いーえー。
姫  何。
かおり  いや、立ち止まらねーなーって。やりたいこと全部やっちまおう感がすごいよね。
姫  うん、だってもったいねーじゃん、できるうちにやんないと。
かおり  まあね。
姫  そうなんだよ。やりたい事あってさ、それができるんならやんなきゃ駄目だよ。…うん、駄目な気がする。
ピアニスト  そうね。前はなんにもできなかったもんね。
姫  ん?
ピアニスト  それでいいんだよ。ぶっ飛ばしなよ、好きなだけ。
姫  ? …うん。
かおり  まあ、今がチャンスだよね。国立大行くんなら大変だよ。そこらへんの大学生みたいに遊んでばっか、ってわけにもいかねーらしいし。
姫  やー言い訳言い訳。時間なんて作りゃいいんだから。…かおりは結局どうすんの?
かおり  美容師の専門行く。
姫  おー、決めたんだ!
かおり  まあ夢っちゃ夢だったからさ。ほんとに美容師んなるかはわかんねーけど。
姫  えー、なれよ。せっかく行くんなら。
かおり  まあ行くだけ行ってみるって感じ。そういうあんたはどうなの、国立大行ってその後。なんか夢とかあんの?
姫  …うん。あるよ。
かおり  なになに。
姫  …おしえねー。
かおり  出たよ。(笑う)
委員女子A  (走り込んでくる)委員長! たいへんだよー!
姫  どしたの?
委員女子A  体育館が燃えてる!
姫  …は?

【シーン10】

          轟々と燃え盛る体育館の前で、右往左往する生徒たち。駆け付けた姫とかおり、消火器で消そうとするが、とても太刀打ちできない。炎の前で呆然と立ち尽くす。
          そこへ、右腕を苦しそうに押さえながら圭が来る。
          姫たちを目にし、すぐに逃げる。
          姫、かおりと目を合わせ、圭を追う。

          そして場面は音楽室へ。

圭  (声)離せよ!
かおり  (声)圭、落ち着いて! 圭!
圭  (声)離せよ!

          圭が駆け込んできて転ぶ。
          追ってかおりと姫も走り込んで来る。

かおり  ねえ圭、どうしたの? 早く病院行こうよ!
圭  (へたりこんだまま首を横に振る)
かおり  やけどしてるんでしょ!?(圭を立たせる)
圭  (わめいて振り払う)
かおり  何なの?
圭  …俺のせいじゃないよ。…俺のせいじゃないよ!
姫  …圭?
圭  看板燃やすだけって言ってたのに…。あいつらが、あいつらが…。俺、消そうとしたんだよ! 頑張って消そうとしたんだよ! でも…もうだめで…

          間。

姫  …網川だね? 網川にやれって言われたんだね?
圭  …
姫  あいつら…!
かおり  (圭の背中に手をやる)
ピアニスト  …(ぼそりと)始まったかな。呪い…。
姫  え?

          ピアニスト、単音のメロディーを力弱く弾く。
          M11《失意》
          シルエットになり沈んでいく一同。

有馬  必死の消火活動もむなしく、体育館は全焼した。死者は出なかったものの、数人の生徒がやけどを負って病院に運ばれた。そして、あえなく文化祭は中止となった。僕の最大のラッキーチャンスもまた、文化祭と共にうたかたと消えたのである。…僕たち三年にとっては最後の文化祭だっただけに、その失意は大きく、消化不良のまま受験シーズンを迎えることとなった。

          姫、かおり、めぐみ、千秋の四人がくっちゃべりながら廊下を歩く。
          圭が歩いてきて、姫たちを見て立ち止まる。
          圭、目を伏せてその場を去る。
          なんともいえない表情でそれを見送る姫、かおり。

有馬  彼女の親友の弟は、火事の一件以来、誰とも言葉を交わさなくなった。詳しい事情はわからないが、ただ一つはっきりしているのは、網川たちによるいじめが未だに続いているということだけだ。…季節は過ぎ、枯れ葉舞い散る秋から木枯らしの冬へ。早くから努力を続けていた者も、土壇場になって慌てて努力した者も、あるいは初めから努力を放棄していた者も、等しく審判にかけられるときがやってきた。3月、合格発表の月。

          合格発表の掲示板を前に、手を組んで祈る姫。
          職員が出てきて、発表の紙が張り出される。
          かおり、姫の受験票と掲示板を見比べる。
          そして歓喜の表情で姫の肩を叩く。
          姫、掲示板を見て、そしてかおりと抱き合って喜ぶ。
          遅れて走ってきた有馬、掲示板と受験票を何度も見比べて、そして肩を落とす。

【シーン11】

          場面はまた音楽室へ。
          クラスメイト和明、浩一がやってくる。

浩一  あー気持ち悪ぃー。お前、ほんとに免許取ったんだよな?
和明  取ったっつの。
浩一  ブレーキが急すぎるんだよ。
ピアニスト  何、あんた免許取ったの?
和明  あ、そうなんすよ。これからレンタカーで湘南。今ちょっと試し乗りしてきたんす。
浩一  先生、今までお世話んなりました。ありがとう。
ピアニスト  いんや、あたしは何も。それより気ぃつけなよ、事故ったりしたらシャレんなんねーから。
和明  うっす。
姫  (かおり、めぐみ、千秋とともに入ってくる。千秋に背中を押されている)何、何。別にいいじゃん外でー。
千秋  だめだよ、せっかくだから音楽室で。
めぐみ  こういうのはシチュエーションが大事だから。
姫  ったくもー。(向き直って)あいよ。
めぐみ  (咳払いして)えー、ドッヂボールばっかでろくに部活に来なかった部長へ。
姫  元、部長ね。
めぐみ  元、部長へ、新部長から贈呈いたします。今までありがとうございました!(寄せ書きを渡す)
姫  ありがとうございます。(寄せ書きを見て)おー、すげー。
かおり  どれどれ?
姫  寄せ書きスッカスカだよ。
めぐみ  だって二人しかいないんだもん。
千秋  ねねね、軽音部が校庭で卒業ライブやるって。みんなで見に行こ。
かおり  あーなんか言ってたね。いいじゃん、行こうよ。
姫  そだね。そしたらあんたたち先行ってて、あたしちょっとやることあるから。
千秋  急いでね、もう始まっちゃうから。(めぐみと去る)
和明  したら俺らも待ってんぜ。校門に車回しとくから。
浩一  湘南までノンストップで行くから、飲みもんとか用意しとけよ。
姫  おー。帰りあたし運転すっかんね。
全員  は?
かおり  あんた、免許は?
姫  取ったよ。
かおり  はあ!? あんた、国立大の受験しながら免許も取ったの!?
姫  うん、一発OK。
浩一  超人だな。
和明  こいつぜってー人間じゃねーよ。(男二人で去る)
姫  …さて。(携帯で時間を見る)そろそろかな。かおり、あんたも先に車乗ってて。
かおり  何かあんの?
姫  うん。やっとかなきゃいけない事がある。
かおり  何?
姫  …圭。あのまんまじゃいけないよ。
かおり  …
姫  ずっと考えてたんだ。あいつこれからどうすんのかなって。残りの高校生活、ずっとあの調子で行くつもりかなって。だとしたらなんとかしないと。
かおり  …あいつはさ、しょうがないんだよ。
姫  …しょうがない?
かおり   そういう星に生まれてるから。性格とかもあるんだけどね、星がそうだからどうしようもないんだ。…星、変わんない限りどうしようもないんだ。
姫  (遮って)かおり。それやめてって言ってんでしょ。
かおり  …
姫  かおりが言うならそうなのかもしんないよ。でもね、それを理由に何もしないってのはおかしいと思う。そんな事言ったら、あたしどうすんのよ? 相当悪い星なんでしょ、あたし?
かおり  …
姫  でも、ちゃんと生きてるよ。自分の力で、自分の意志で。…親いねーし、色々めんどい事多かったけど、でも自分の意思で突っぱねてきたもん。これからも突っぱねてくよ、あたしは。…そういうのをさ、圭にも教えてやりたいのよ。
ピアニスト  …変わったね、ほんとに。
姫  ん?
ピアニスト  そんなこと言うようになったか。幸せになる自信がないとか言ってたあんたが。
姫  (宣言のように)幸せになるよ、あたしは。
ピアニスト  …よく言った。信じるよ、その言葉。
姫  うん。…行こ、かおり。あんたにも来てもらった方がいい。
かおり  …
有馬  (駆け込んできて)あ、お、あの。
姫  ゆうくん。
有馬  お、あ、その、これは、これは手紙というもので。(手紙を差し出す)
姫  は?
有馬  僕が書いたもので、君に渡したいもので、これを、これを、これを読むといいことがあるかも知れない。
姫  何?
有馬  読んで、読んでいただきた…
姫  あ、ちょっと待って。(携帯を出して)もしもし。…おし、わかったすぐ行く。かおり行くよ。(手を差し出す)
有馬  え?
姫  早く。
有馬  あ、あの。
かおり  …(姫の手を握る)
姫  (二人で駈け出す)
ピアニスト  ちょっと待って。
姫  (立ち止まって振り向く)
ピアニスト  ねえ、あんたの夢って何なの?
姫  …(恥ずかしそうに)言わなきゃだめ?
ピアニスト  うん。
姫  …まじでか。…(開き直って)お嫁さんです。
ピアニスト  (満面の笑顔)
姫  お嫁さんになって、幸せな家庭作ること!

          姫、かおりを連れてダッシュで去る。

ピアニスト  (去る背中に向けて)おーし言ったなー!? ほんとだなー!?
姫  (声)おーう!
ピアニスト  じゃあ幸せな家庭作ったら、また会いにこい! あたしに見せろ、その姿―! 約束だぞー!
姫  (声)おーう!
ピアニスト  …一回約束破ってんだかんな。今度破ったら許さねえぞ。許さねえぞー!

          ピアニスト、猛然と曲を弾き始める。
          M12《運命に抗うために》

          校舎の裏にて。
          圭が網川一味にどつきわされている。
          倒れた圭を、高井が胸倉をつかんで起こし、顔面を殴ろうとするその瞬間。

声  待ちなー!

          レディース達が単車に乗って現れる。
          網川一味の周り、ギリギリのラインを走り回り翻弄する。

レディースA  ブラックエンジェルス、見参!
レディースB  あんただね、網川とかいう成金坊やは。
レディースC  普段はケンカにゃ手を出さねえあたいらだが、ヘッドの頼みとあっちゃぁ断れねえ。
レディースA  DSとバトミントンしかしねえと思ったら大間違いだぜ!
レディース達  おらぁー!

          レディース達、単車で網川一味を蹂躙する。
          騒ぎを聞きつけて、クラスメイト達がやってくる。
          網川一味、完全に包囲される。
          そして、姫とかおりが到着。

姫  網川ぁー! どうだよ網川、よってたかって暴力振るわれる気分はよお!
網川  …てめえ!
姫  怖さを感じろ! 痛さを感じろ! 弱いものいじめされる側の気持ちを知りやがれ!
網川  ただで済むと思うなよ!
姫  残念だけどねえ、パパに告げ口したって無駄だぜ。こいつらアウトローには警察も権力も関係ねーからよ! おめえの親がどんだけ偉かろうと、そんなの屁でもねえって奴が世の中にゃいっぱいいるんだよ! そこんとこよるろしくー!
レディース達  よるろしくー!
姫  圭―! 行けー!
圭  …
姫  教えてやれ圭ー! 殴られるのがどんだけ痛いか、こいつに思い知らせてやれー! 圭―!
かおり  …圭―! 行けー!
姫  一発かませー!

          圭の名前を叫び続ける二人。
          クラスメイト達もその叫びに加わって、圭コールの大合唱。
          圭、ゆっくりと立ち上がる。
          一歩、二歩と踏み出す。
          おもむろにポケットに手を入れ、何か小さなものを取り出す。カチカチと音を立て、その何かから鋭利な薄い刃が出てくる。

姫  …え?

          圭、奇声を発しながら網川に突進する。
          刃が網川の腹に突き刺さる。
          唖然として静まり返る一同。
          網川、腹を押さえて倒れる。
          圭、カッターナイフを落とし、腰が抜けて尻餅つく。
          ガタガタと震えながら喘ぎ声を洩らす。
          高井、栗橋、悲鳴を上げてその場から逃げだす。

和明  …マジで?

          姫、網川に駆け寄って担ぎ起こす。

姫  かおり! 手伝って!
かおり  …
姫  かおり!
かおり  …うん!

          二人で網川を助け起こす。

和明  (我に返って)きゅ、救急車、救急車!
姫  カズ、車借りるよ!
和明  え? あ、お、おう!
姫  (レディース達に)おめーら先導しろ!
レディースA  わ、わかった! 行くぞー!

          おおわらわで散る一同。
          単車のマフラー音が激しく響く。

【シーン12】

          姫とかおり、後部座席に網川を乗せる。
          姫は運転席、かおりは後部座席で網川の腹を押さえる。

かおり  どうしよう、こういうのどうすればいいの!?
姫  (運転しながら)押さえてて! 血、止めて!
かおり  全然止まんないんだけど!
姫  なんとか頑張って!
網川  (泣きながら呻く)
姫  死ぬなよ! 病院まで持ちこたえろ!
かおり  …ねえ。
姫  何!
かおり  …こいつさ、こいつ助けなきゃいけないのかな?
姫  …そうだよ。
かおり  こんな奴なのに? 圭にあんなひどいことした奴なのに?
姫  そうだよ!
網川  (呻く)
かおり  なんで?
姫  決まってんでしょ! 圭を人殺しにしないためだよ!
かおり  …
姫  圭には未来があるんだから。…そうでしょ?
かおり  …(泣きながら)圭…
姫  …
かおり  …(何か小さくつぶやく)
姫  ん?
かおり  ありがとう…。
姫  …うん。
網川  (ひときわ激しく呻く)
姫  おい! 
網川  (力が抜け、静かになる)
かおり  えっ!
姫  (後部座席を見て)おい死ぬな! 頑張れよ、おい!
かおり  (前を見て絶叫)前!
姫  えっ!

          クラッシュ音。
          強い光と音に包まれ、影になる三人。
          そして、静寂。
          ピアニスト、はっとして顔を上げる。
          周囲から声が聞こえてくる。

声  おい、聞いた? うちの生徒、車で事故ったってよ。
声  三年だろ?
声  そうそう、卒業式の直後だって。
声  ニュースでやってたぜ、幼稚園バスとぶつかったって。
声  園児15人が巻き添えで死亡だってさ。
声  ひでーな。
声  生徒の方はどうなったの?
声  生きてんの?
声  死んだの?
声  死んだの?
声  死んだの?
声  死んだって、三人とも。
声  ひでーな。
声  なんかおかしくね、この学校。
声  そうだよな。ここ一年おかしかったよな。
声  体育館燃えたし。
声  そうだよな。
声  おい、今年でこの学校、廃校になるってよ。
声  まじで?
声  なんでそんな急なの?
声  耐震構造に問題が見つかったって。
声  急すぎねえ?
声  やっぱおかしいよこの学校。
声  呪われてんじゃねえの、この学校。
声  そうだよな。ぜってー呪われてるよな。
声  こえーな。
声  こえーな。
声  こえーな。

          事故の瞬間からストップモーションだった姫、ゆっくりと立ち上がる。
          何も見えていない目で周囲を見渡す。
          ピアニスト、姫を見る。姫もピアニストを見る。
          姫、去る。

          花束を持った有馬がやってくる。
          姫が座っていた場所に花束を捧げる。
          手を合わせて、ふと自分の手を見る。
          姫と握手した手を見る。
          無言で去る。

          ピアニスト、鍵盤に手を置くが、何も弾かない。
          ただ首をたれるのみ。

          校舎を解体する音が響く。
          解体業者がピアノのもとへやってきて、どうするか相談し始める。
          やがて数人でピアノを持ち上げるマイム。ピアノをどこかへ運んでいく。
          トラックのエンジン音がかぶさる。
          再びピアノを運ぶマイム。ピアノを置く。
          舞い上がる埃にせき込む解体業者たち。
          ピアノを置き去りにして帰っていく。
          そして静寂が訪れる。

【シーン13・ラストシーン】

女性  (現れて)…それから?
ピアニスト  それからはないよ。なんにもない。ただずーっと、ここにいた。…百年までは数えたけどね、もうわかんねえや。
女性  …
ピアニスト  知らない間に、世界は大変なことになってたんだねぇ。
女性  (微笑んで)そうだよ。彗星が来るってわかってからね、もうめちゃくちゃになっちゃった。あっちこっちで戦争が始まって、人がいっぱい死んで。
ピアニスト  みんな不幸だね。
女性  そう。世界中みんなが不幸。

          窓の外、遠くからロケットエンジンの轟音が風に乗って聞こえてくる。
          女性、立ち上がり窓の外を見る。

          シャトルのコックピットで計器を確認する男二人。
          シャトルの周りに群がる人々、乗せてくれと叫ぶ。
          コックピットの男、人々に向かって「どけ」とジェスチャー。
          群衆の中の一人、銃を取り出してコックピットに向けて撃つ。銃弾に倒れるコックピットの男二人。
          シャトルが暴走し、爆発する。
          爆発の閃光に包まれて消える人々。

          爆発に一瞬驚きつつも、遠い目でそれを眺める女性。

ピアニスト  結局、誰も幸せにできなかったなぁ。…楽器ってさ、誰かを楽しませて、幸せにするためのもんなんでしょ? そのために生まれてくるんでしょ?
女性  うん。
ピアニスト  あたしだけどうしてかなぁ。貧乏クジ引いちゃったのかねぇ。
女性  でも、楽しかったよ。あたしは。
ピアニスト  ほんと?
女性  うん。きっとその人も、楽しかったんだと思うよ。だからまた会いにきたんだよ、生まれ変わってまで。
ピアニスト  …そうかぁ。そうだったらいいなぁ。あたしのいる意味、あったかなぁ。
女性  うん。

          くすくすと笑い合う二人。
          女性、笑いながら自分の耳をつかむ。
          ピアニスト、それを見て笑いを止める。

女性  …どうしたの?
ピアニスト  …それ、珍しいクセだね。
女性  (手を見て)ああ。これ、お母さんのクセだったの。おもしろがって真似してるうちにうつっちゃって。
ピアニスト  …お母さん?

          若い男が走り込んでくる。

若い男  (肩で荒い息をつきながら)助かるよ、俺たち。
女性  …え?
若い男  見つけたんだよ。もう一機、シャトルがあったんだよ。
女性  ほんとに?
若い男  うん。…それにな、シャトルだけじゃないよ。見つけたのは。

          若い男、入口の方を見る。
          若い男の視線の先から、一組の夫婦が入ってくる。
          姫とその夫。
          ピアニスト、驚いて姫を凝視する。
          女性、姫に抱きつき、声を上げて泣く。
          姫、女性を抱きしめる。父もそのそばに立つ。
          親子四人、再会の言葉を交わす。

          そして四人、部屋を出て行く。
          姫だけが立ち止まって、ピアニストを見る。

姫  あの…どこかで、お会いしました?
ピアニスト  …今、幸せ?
姫  え?
ピアニスト  幸せ?
姫  (答えに窮し、耳を触る)
ピアニスト  ふふ。…わかった。あたしも生まれ変わるよ。
姫  ?
ピアニスト  あんたはこの先、人生のどっかでピアノと出会うよ。そいつぁあたしの生まれ変わりだからね。そこで会おう。約束ね。

          姫、ピアニストに会釈し、部屋を去る。
          ピアニスト、椅子に座り、目を閉じる。
          すると、過去に出会った人々が次々に現れる。
          皆、ピアノを手に入れたときの嬉しそうな表情。
          入り乱れ、ピアノの持ち主たちの雑踏となる。

          雑踏のなかに、侍女が混じっている。
          国境で誰かを待っている。
          やがて、第二王子が現れて、侍女のもとへ走る。
          二人のもとへ、姫がやってくる。
          姫、侍女を見つけ、侍女と抱き合う。
          第二王子もそばに立つ。
          そしてまた雑踏の中に消える。

          いつの間にか雑踏は、高校の生徒たちに変わっている。
          生徒たち、カーペットを床に転がして敷いていく。
          するとそこには大きな鍵盤が描かれている。
          ピアニスト、カーペットの鍵盤の上に飛び乗る。
          ピアノの音が響く。
          流れるピアノの音楽に合わせ、カーペットの鍵盤を軽やかに踏む。
          ピアノ音楽のパートが増えて、同時に姫もカーペットの上に飛び乗り、音に合わせて鍵盤を踏む。
          次々とパートが増えていき、いつしか出演者全員が床の鍵盤の上で踊るように鍵盤を踏んでいる。

          ゆっくりと暗転。

          《幕》



 
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