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スワローリベライゼーション
大矢場智之
 



     暗転中に、ナレーションが流れる。

中村田  今年の冬は、長かった。三月半ばになってもまだコートは脱げず、こたつや電気カーペットは出っぱなし、灯油もかなり売れ続けたらしい。長く厳しい冬を乗り越えれば、その次の春は穏やかに過ごせるのが普通だが、今年の春はそうもいかなかった。私達の周りには、ちょっとした春一番が吹いていた

     明転。オープニング動き。

     事務所っぽいところ。
     そこで働いているらしい男女5人。
     皆が真ん中に集まって、どうやら会議でもやっているらしい。

中村田  建て替え?
堀川田  そう
中村田  え、それってつまり、うちの?
堀川田  うん。そろそろかなって思って
中村田  はあー…
堀川田  最近ちょっと経営状態が思わしくないんで、ここらで一発無茶なことやってみようかなと
小泉田  はーん、いいんじゃないの。確かにこの建物やばくなってきてるからね。壁紙剥がれまくるし
中村田  壁自体が痛んでるから何回張りなおしてもダメなんだよね
小泉田  んーそうそう
増田田  え、でも今は全然きれいだよ
小泉田  張り替えたばっかだから
増田田  そうだよね。ていうか張り替えたのあたしなんだけどね。
     ちょっとびっくりだよね
小泉田  別にびっくりしないよ
増田田  あー、びっくりしないかー。切ない
中村田  そういやこの前ね、壁にヒビ入ってるところ見っけたよ
堀川田  まじで
中村田  最初、落書きかなって思ったんよ。でもよく見たら何か立体感あって、あ、これヒビなんだって
堀川田  それいつ見っけたの?
中村田  増田田が張り替えてるのを横で見てたとき
増田田  そう、この人手伝ってくんないんですよ。ずーっと見てるだけなんです
中村田  だってあたしがやるとボコボコになっちゃうんだもん
増田田  いいじゃんボコボコで
中村田  だめだよ、客に見られたら印象悪いじゃん
増田田  そっかなー。あたしだったら別にいいけどなー。(堀川田に)いいですよねボコボコで?
堀川田  全然よくない
増田田  あー、じゃああたしもそう思います
堀川田  えぇ?
小泉田  何だこの女
斎藤田  ボコボコって言えば、床もそうだよね
堀川田  そうなの? どのへんが?
斎藤田  そこらへんとか(堀川田の下を指す)
堀川田  ああ。どうりで椅子が安定しないんだ
小泉田  あごめん、その椅子勝手に俺のと取っかえたんだ。椅子の足の長さが微妙に違ってんの
堀川田  そういうの早く言ってよ
小泉田  堀川田さんの椅子、座り心地いいよ
堀川田  特注だから
増田田  あっ、そうだ、ちょっと聞いてくださいよ。このまえゴキブリ出たんですよ
斎藤田  えーっ?
増田田  あたしあんなでっかいの初めて見た
斎藤田  そんなすごかったの?
増田田  うん、例えて言うなら何だろ、折りたたみきる事のできない折りたたみ型携帯?
斎藤田  よくわかんない
増田田  あたしもどう言っていいかわかんないんだよ。とにかくすごかったの
中村田  え、それって何、(自分の折りたたみ型携帯を開いてみせる)こういうこと?
増田田  何が?
中村田  だからさ、大きさ的にこんなんだったの?
増田田  あー、ごめん。やっぱこの話やめよう
中村田  …
小泉田  …何だかなー。不満だなー
堀川田  んで、そのゴキブリはどっから出てきたの?
増田田  あ、堀川田さんの椅子の下からです
堀川田  おいおい
斎藤田  ゴキブリって一匹見たら百匹いると思えってよく言うよね
小泉田  うわ、なにそれ、ちょっと頼むよ堀川田さん
堀川田  頼むよとか言われてもなあ、何頼まれりゃいいの俺?
斎藤田  駆除
堀川田  無理だよ、だっていねえもんゴキブリ
小泉田  でも巣とかがあるんじゃないの
堀川田  ねえもん
小泉田  絶対ないとは言い切れないじゃん
堀川田  あるとも言い切れないじゃん。ていうか、あったとしても俺は駆除なんかしたくない。そういう汚い仕事は増田田がやればいい
増田田  あっ、ひどいなー。ひどいなー。あたしって幸薄いなー。
頑張れ、増田田瑞穂。うん、頑張る。醜いアヒルの子だって最後には醜くないアヒルになれるんだ
小泉田  …掘川田さん、ぶっちゃけていい?
堀川田  どうぞ
小泉田  増田田って絡みづらい
堀川田  確かにねー
小泉田  増田田と話してると、異文化交流の難しさを感じる
堀川田  わかるわそれ。でもさ、それ本人の前で言っちゃだめだからね
小泉田  わかってるよ
中村田  わかってないよ。だって、いるじゃん。至近距離じゃん
小泉田  増田田は俺らとは違う世界にいる人間なんだよ
中村田  それどういうつもりで言ってんのかな
堀川田  いいんだよ。この世界には増田田はいないし、俺の椅子の下には増田田もゴキブリもいないんだよ。それでいいじゃん
中村田  増田田とゴキブリを並べるな
堀川田  じゃ何ブリと並べればいいのさ
中村田  …寒ブリ
堀川田  だとさ。今日から増田田は寒ブリと並べられるんだよ。魚屋の店頭にさ。そんで、買い物上手な奥さんに四つか五つぐらいまとめ買いされてさ、「やっぱりブリと増田田は冬が一番おいしいのよね」とか言われながらグリルで香ばしく焼かれるんだよ。その匂いをかぎつけてやってきたドラ猫が増田田をくわえて逃げて、その後ろを裸足でかけてく愉快なサザエさんだよ
斎藤田  もう何の話だかわかんない
増田田  中村田さん、あたしってやっぱいじめられてるのかな
中村田  あー、いや、それは被害妄想だと思う。(小泉田に)だよね?
小泉田  大丈夫だよ増田田、被害妄想だよ
増田田  あっ、よかった
小泉田  でも俺はそういう神経質な女、嫌いだけどね
堀川田  俺も嫌い
増田田  やっぱり私いじめられてるよ
小泉田  それとね増田田、醜いアヒルの子はアヒルじゃなくて白鳥なんだよ。大人になってもまだアヒルだったら意味ないでしょ
増田田  それって私の生き方を皮肉ってるのかな
小泉田  ほらまた被害妄想
増田田  もういいよ、どうせあたしはいくつになっても醜いアヒルだよ
斎藤田  そんなことないよ、増田田ちゃんはいい人だよ
増田田  あたしの味方は斎藤田さんだけだね
斎藤田  でもあたしも神経質な人は嫌い
増田田  うわぁ
中村田  あの、そろそろ話を戻さないかい?
堀川田  そうだね。んじゃ誰がゴキブリ駆除する?
中村田  そうじゃなくて
堀川田  え?
小泉田  俺が椅子とっかえた話でしょ
中村田  それも違う
小泉田  あれ?
斎藤田  弁慶は本当に立ったまま死ねたのかって話だよね
中村田  してない、そんな話
斎藤田  あれ? 何の話してたんだっけ?
中村田  建て替え、建て替え
堀川田  ああ、そうだ。えっと、だからとりあえず事務所を新しくしたいなって思ったのね俺。それについてなんか異議のある人は挙手

     堀川田以外の全員が手を上げる。

堀川田  じゃあ、具体的にそれがいつぐらいになるかっつうとね、
小泉田  ちょっと待って
堀川田  何?
小泉田  異議だらけなんだけど
堀川田  あっそう
小泉田  いや、異議を聞いてくんないんだったら、俺らは何のために手をあげたの?
堀川田  通過儀礼だよ!

     間。

斎藤田  …なんで怒ってるの?
中村田  さあ
堀川田  えっと、建て替えをいつやるかっつうと、もう明日にでもやりたい気分なのね
増田田  早いなー
中村田  でもお金とかどうすんのさ
小泉田  そう、そこに異議を唱えたい
斎藤田  あたしも
増田田  じゃああたしも
堀川田  お金は用意してあるから

     堀川田、自分のバッグから札束を出しまくる。
     札束がどんどん積み上がっていく。

斎藤田  うわ、うわ、なんかすごい! マネーの虎みたいになってる!
中村田  堀川田さん、それどうしたの?
堀川田  宝くじ当てた
中村田  まじで!?
堀川田  意外と当たるよ、あれ。連チャンで3回目
中村田  そんなに当たったの!? しかも3連チャン!?
小泉田  堀川田さん、あれでしょ、運よくなるブレスレットしてるんでしょ! エロ本の裏とかに載ってるやつ!
中村田  あれそんなに効くんかぁ?
堀川田  まあ結論から言うと…

     堀川田、腕をまくるとそこにはうさんくさい腕輪が。

堀川田  効いたね
中村田  ほんとにしてるし!
堀川田  このお金使ってね、事務所ビルごとぶっ壊して新しいの建てるから
増田田  ビルごと壊しちゃったら他の階の人困るんじゃないですか?
堀川田  そういうの全部金で解決するし
中村田  いいよ、壊そう壊そう! こんなボロい事務所さっさとガレキの山にしてさ、きれいなの建てよう!
堀川田  意義ある人、挙手

     誰も手をあげない。

堀川田  (やらしく)それでいいんだよ
中村田  じゃどうしよっか、とりあえず乾杯とかする?
斎藤田  お酒ないよ
小泉田  おい増田田、お前ワイン買ってこい
増田田  えっでも、あたし銘柄とかわかんないよ
中村田  一番高いの買ってくりゃいいよ(札束を渡す)
増田田  わー、すごいなー、これパクって逃げたいなー

     増田田、買いに行く。

小泉田  増田田が帰ってくるの待ちきれないから、先に乾杯しちゃおう
全員   うん
斎藤田  でもやっぱりお酒ないよ
堀川田  札束でいいんじゃない?
小泉田  んじゃみんな札束を手に持って

     全員、札束をひとつかみ持つ。

小泉田  どうしよ、何に乾杯?
堀川田  俺に
小泉田  はい、それでは堀川田さんにかんぱーい

     みんなで札束を手に乾杯。
     そこへ見知らぬ女(内山田)が入ってくる。この光景に戸惑っている。

斎藤田  …これこの後どうすればいいの?
中村田  あっ

     中村田、内山田に気づく。みんなも気づく。

内山田  …あ、ごめんなさい、間違えました(帰ろうとする)
中村田  あの、うちに御用ですか?
内山田  …えーっと、堀川田探偵事務所っていうのは…
中村田  ここですよ
内山田  ほんとですか?
中村田  はい。何かお仕事の依頼ですか?
内山田  あ、はい。ちょっとお願いしたいことが

     全員、「おっ」ていう感じで顔を見合わせる。

中村田  ちょっとお待ちくださいね、今ここ片付けますから。そこの椅子におかけになってください
内山田  どうも
堀川田  (札束を)隠せ隠せ。盗まれるから
全員   いやいや
小泉田  すんごい失礼だよ。(内山田に)すいません、なんか
内山田  いえ、お気遣いなく
堀川田  お気遣いなくって言われたらホントに気ぃ使いませんよ
内山田  え?
中村田  堀川田さん
堀川田  いいんですか? 気を使わないって事はつまり、あなたとタメ語で話すのも辞さないって事、だぜ?そこんとこぶっちゃけどうなのお前?
中村田  ちょっと、失礼だってば!
堀川田  どうなのよ? ねえどうなのよそこの女?
中村田  あーもう、小泉田!

     小泉田、中村田と協力して堀川田を外に引っ張り出す。
     斎藤田もなんとなく手伝う。

堀川田  ビップ扱いすると思ったら大間違いだからね。椅子を勧めたからといって、別にお前が偉いわけではないからね。そこ勘違いしないで
中村田  少々お待ちください!
堀川田  とんなよその札束

     内山田を残してみんな外へ。

内山田  …えー。何だここ。…ほんとにここでいいのかな

     手帳を出して確認する。

内山田  4丁目22番地、野金ビルヂング1階、堀川田探偵事務所…あってるよね。…えー、あってねえよ。何かここ変な感じ。つーか、変なニオイする。クサい。やっぱり帰ろっかな

     帰るか帰るまいか迷っているうちに、ふと札束に目が行く。近寄ってじっくり見てみる。

内山田  すげー、これ本物だぁ。全部でいくらかな

     なんとなく札束を手に持ってみる 。

内山田  うわ、何だこれ。手ぇ震える。すごいすごい。(震える札束を鳥に見立てて)バサバサッ、バサバサッ。ああっ、待って、私の幸せが逃げていく。今の時代、幸せはお金で買えるものなのよ

     そのまま札束を自分のバッグの中に入れる。

内山田  だめ、入っちゃ。そこはあなたのおうちじゃないのよ。こら、出てきなさい。…こうして幸せの鳥は私のバッグに住みついてしまいましたとさ。めでたしめでたし…

     いつのまにか中村田が戻ってきている。

内山田  あっ
中村田  …
内山田  いや、あの、とってないですよ。これ勝手に入ってきたんです。しょうがないんだからもう、ねー。あっ、また飛び立った! バサバサバサッ、バサッ、バサッ…

     札束を床に投げ捨てる。

内山田  死んじゃいました

     間。

中村田  …えーっと、とりあえずお座りください
内山田  あっ、はい

     二人とも席につく。

中村田  今日はどういったご用件で?
内山田  どういったって言うと、どう言っていいかわかんないんですけど、
中村田  は?
内山田  結論から言うと、おたくの調査員を一人貸してほしいんですよ
中村田  貸してほしい?
内山田  ここって守秘義務とかありますよね?
中村田  あー、まあ。こういうところですからね
内山田  じゃあ言っちゃうんですけど、わたくし某国のスパイでして
中村田  …はあー
内山田  某国っていっても、ボウっていう名前の国じゃありませんよ。名前は明かせないけどどっかの国ですよって事です
中村田  そんぐらいわかります
内山田  ホントですかぁ?
中村田  なぜ疑う
内山田  じゃあわかりました、仮にJ国ってことにしましょう
中村田  いや某国でいいですって。わかりますから
内山田  ホントですかぁ?
中村田  だからなぜ疑う。それにJ国っつったら、日本じゃね?
内山田  わかんないですよ、ジャマイカかもしれませんよ
中村田  あ、ジャマイカ
内山田  やばい言っちゃった。あでも私、白いですから。ジャマイカって黒人の国ですから
中村田  そうですねえ
内山田  まあでもわかんないですけどね。日本人が帰化してジャマイカ国籍採っただけかもしれませんよ
中村田  あーなるほどね
内山田  やばいまた言っちゃった。でもほら、私パスポート持ってますから

     パスポートを出して見せる。

内山田  ここんとこ見てください。内山田ちひろ、日本国籍ってめっちゃ書いてあるでしょ。まあこれも、
中村田  偽造パスポートかもしれないんですね?
内山田  …ですね。さもありなん
中村田  …
内山田  さもありなん? さもありなんてどういう意味なんでしょうね
中村田  どういう意味なんですかねー。とりあえず、あんた気味悪いからとっととお帰り下さい
内山田  いや、あの、その

     小泉田、斎藤田が帰ってくる。

斎藤田  さもありなんっていうのはあれだよ、フランス人のサモ・アリナンていう人が作った言葉で、いかにももっともだっていう意味だよ
小泉田  後半あってるけど前半ありえないね
斎藤田  まちがってないよ。弟に聞いたんだもん
小泉田  弟っていくつ?
斎藤田  5才
小泉田  斎藤田さんてやっぱ不思議だよね。今度マックのハンバーガーおごってあげる
斎藤田  やった
中村田  堀川田さんは?
小泉田  ゲームボーイ持たしたから大丈夫。二時間は帰ってこないよ
斎藤田  入り口に罠も仕掛けといたしね
中村田  罠って?
小泉田  帰ってくればわかるよ。あっ

     小泉田、内山田の存在に気づく。

小泉田  商談中?
中村田  ううん、関係ない人
内山田  関係ありますって。私の話まじめに聞いてくださいよ
中村田  じゃあまじめに話してくださいよ
内山田  まじめですってこっちは。ジャマイカの存亡がかかってるんです。あっまた言っちゃった
中村田  それではジャマイカに帰化した日本人の内山田さんに聞きますけど、うちのこと何でお知りになったんですか?
内山田  えっとー…
斎藤田  帰化って何?
小泉田  三都主みたいになることだよ
内山田  それは、そう、タウンページで
中村田  はいはいなるほど
内山田  (小さくガッツポーズ)おし、騙せた
中村田  ジャマイカの特務機関の命令でここに来たわけではないんですね
内山田  まー実際そうなん…いえ、いえ、ないです! そんなことはありえない!
中村田  でもぶっちゃけるとありえるんですよね
内山田  あー、うー、えっと、あれなんて言うんでしたっけ
中村田  は?
内山田  都合悪くて答えられないって時の言葉
小泉田  …何だろ
斎藤田  パス1?
内山田  違う
小泉田  身元不明?
内山田  いや身元って
斎藤田  アイキャントスピークイングリッシュ?
内山田  そんな長くない。確かに英語喋れないけど
中村田  ジャマイカって英語圏じゃなかったっけ?
小泉田  あわかった、「あたしそろそろ門限だから」
内山田  そんなおとめちっくな言葉じゃなくて
斎藤田  「結婚までは考えてない」
内山田  だからそんなんじゃなく
小泉田  「正直あなたはタイプじゃない」
内山田  あーもー! あるじゃないですか、何だっけな。ノーコメント、みたいな感じ…ノーコメント!
二人   あー
内山田  もういいや、あたしってやっぱ口下手ですよ。カンペ見ながら言いますね

     内山田、カンペを出して読む。

内山田  『内山田特務機関員への命令要項。本機関首脳部の決定に基づき、指定された民間調査団体とコンタクトを取り、機密事項「ワンダープロジェクトJ」の計画遂行に耐えうる有能な人材を確保すべし。(本機関に関する一切の情報を露呈してはならない)』無理だっつの、あたしが隠し事できない人だってわかってるはずなのに。
それで何だ、『内山田特務機関員の業務遂行において必要とされる資金、人材、その他なんかあると便利だなっていうものはそっちで用意してちょうだいよ』ここだけ文体がなれなれしいのね。
『PS、こんど一緒に食事でもどうですか、いい店知ってます』なぜかデートのお誘い、しかもその下には銀座の地図が載っている。
『当店ではカップルのお客様に限り特別割引を実施しております』何これ、チラシ?
『ただしゲイとレズはお断り』これアメリカだと確実に裁判になりますね。
『裁判は嫌いだ』いや嫌いとか言われても。つーか、もはやこれは命令要項じゃない

     カンペをくしゃくしゃにする。

中村田  …で結局なんなんですか?
内山田  要するに、こちらで一番腕のいい調査員を貸していただきたいんですね
中村田  一番腕のいいっつうと、小泉田かな
小泉田  え、何かヤなんだけど、そういうの
中村田  でもあんた単車乗れるじゃん。機動力トップだよ
内山田  じゃああなたでいいです、一緒に来てください
小泉田  いやちょっと待って。具体的に何やるのか言ってくんないと
内山田  じゃあ言いますけど、こっから先はかなり凄い話ですよ、なにしろ国がかかってますから
小泉田  はあ
内山田  まずどうするかというと…
     堀川田が戻ってくる。足に虎バサミ、腕に動物を捕まえるかごみたいなやつ、頭には黒板消しが乗っている。
堀川田  へこむよ〜
中村田  (小泉田に)あんた、仕掛けすぎ!
堀川田  黒板消しの粉が入っちゃって、ゲームボーイ壊れちゃったよ
小泉田  マジで?
堀川田  せっかくピカチュウ捕まえたのに
小泉田  ごめん、そこまでやるつもりなかったんだけど
堀川田  なんか拭くもんない?
斎藤田  取ってくるね
中村田  あ斎藤田、そっちじゃない。給湯室にあるよ
斎藤田  あそっか。でもあそこにあるの雑巾じゃない?
中村田  タオルもあったと思うよ

     中村田と斎藤田、給湯室へ。

内山田  えっと話戻しますけど、具体的に何をしてもらうかというと…

     給湯室から二人、戻ってくる。

中村田  雑巾しかなーい
堀川田  じゃ雑巾でいいよ
中村田  ダメだよ、トイレ掃除とかに使ってるんだよ
斎藤田  あたしの机の中にあるかも
堀川田  雑巾が?
斎藤田  ううん、タオル
内山田  えっと、やってもらいたい事というのは…
堀川田  ウェットティッシュとか持ってない?
小泉田  ああ、あるある。ほら
堀川田  あんがと。(斎藤田に)もういいよ探さなくて
内山田  どういう仕事かというとですね…
堀川田  ツバメの巣、みっけたんだけど

     間。みんな堀川田を見る。

中村田  どこに?
堀川田  軒先に
斎藤田  ほんと!? 見たい見たい!
小泉田  ツバメもいたの?
堀川田  いたいた
斎藤田  すごーい

     斎藤田と中村田、見に行く。

内山田  あ、あの…
堀川田  おれももっかい見てこ

     堀川田も行く。
     内山田、小泉田を見る。

小泉田  写メールで撮っとこうかな

     小泉田も去る。
     寂しい内山田。

内山田  何だぁ、ここ? 仕事しろよぉ

     ツバメの巣を見上げているであろう四人の声が聞こえる。

斎藤田  うひゃー、かわいー
小泉田  この季節に来るもんなんだね
斎藤田  卵産んだのかな?
堀川田  まだでしょ
小泉田  焼いて食ったらうまそうだな
斎藤田  そゆこと言うと鬼るよ
堀川田  鬼るって何
小泉田  ビバ、鬼リズム

     写メールを撮った音。チャラララーン。

内山田  ほんとに写メール撮ってるし
中村田  おーう。あたしにも撮らして
小泉田  撮っとけ撮っとけ

     チャラララーン。

内山田  チャラララーンじゃねえよ。何様だおめーら
斎藤田  あたしも撮る

     チャラララーン。

内山田  なんかむかつくんだよ、その音。馬鹿にしてるよ
堀川田  んじゃあ俺も撮るわ

     着メロが鳴る。

小泉田  違う違う、押すボタン間違ってる
堀川田  間違ってねえよ
小泉田  だって音鳴っちゃってるし
堀川田  音鳴りゃいいんじゃないの?
小泉田  何、音鳴らそうとしたの?
堀川田  はあ?
小泉田  え?
堀川田  え?

     増田田が走って入ってくる。

内山田  あっ…

     増田田、買ってきたワインを放り出してすぐ出て行く。

内山田  (呼び止める)あのっ
増田田  はい?
内山田  この事務所の方ですか?
増田田  あー、まあ、はい
内山田  お仕事の話をしたいんですけど…
増田田  あごめんなさい、あたしそういうのよくわかんないんで。他の人に言ってください

     増田田、走り去る。

増田田  どこ? ツバメどこ?
中村田  巣の中入っちゃった
増田田  おーい、出てこーい。おーい
斎藤田  あっ、出てきた
中村田  うわっ! こいつウンコ垂れた!
小泉田  きったねぇ!
内山田  …ウンコはおめーらだっつの

     暗転。

     中村田のナレーション。

中村田  ツバメの巣ができたことにより、事務所を取り壊す計画は宙ぶらりんになった。相手が人間ならお金で解決できるなんだけど、ツバメじゃあ、ねぇ。堀川田さんは特に何も言わなかったけど、内心ではあの巣ごと事務所を潰す気なんじゃなかろうか。あの人ならやりかねない。
ジャマイカのスパイと名乗る女の人は、なんだか知らないが怒って帰ってしまった。彼女が小泉田を連れていって何をするつもりだったのか、それが分かるのはもう少し先の話になる。とにかくも当面は、私達の興味はこの小さな不法入居者に向けられることとなった。春一番は、この時から少しづつ吹き始めるのである

     明転。増田田が一人、ドッグフードを皿に盛っている。そこへ中村田が入ってくる。

中村田  おはよ。早いじゃん
増田田  あ、おはよう
中村田  何やってんの?
増田田  エサ作ってた
中村田  エサ? ツバメ係あたしだよ?
増田田  あー、知ってるよ
中村田  じゃ何で?
増田田  え?
中村田  だから、あたしなんだって。あたしがエサ作ってあげる係なの
増田田  ええ? 中村田さんが作ってくれるの?
中村田  そうだよ。てかあんた知ってるって言ったのに
増田田  何で中村田さんが作るの?
中村田  だから飼育係だっつってんでしょ
増田田  飼育係?
中村田  そう。いいよ、あたしが作るからあんたはやんなくていいんだよ。仕事取んないで
増田田  え、やってくれるんならお願いするけど、作り方わかるのぉ?
中村田  あんたに言われたくない。何そのドッグフード
増田田  何って言われても…
中村田  ツバメだよ? わかってる?
増田田  ツバメぇ?
中村田  (小声で)からみづらいなぁ…
増田田  ちょっと待って、ツバメって?
中村田  もういいから、あんた表の掃除してきて。ウンコだらけで汚ねーから
増田田  あっはいはい、じゃあそれ作っといてね。ていうか不公平だよね、ウンコ掃除とかゴキブリ駆除とか汚れた仕事ばっかり回ってくるのあたし。いつからこんな風になっちゃったのかなぁ

     増田田、掃除用具を探しに奥へ。

中村田  …あんたが堀川田さんに惚れた時からじゃない?
増田田  (戻ってきて)なんか言った?
中村田  いや別に

     増田田、また探しにいく。
     入れ違いで斎藤田が奥から出てくる。

斎藤田  おはよ
中村田  あれ、いたの?
斎藤田  一時間くらい前から
中村田  何で?
斎藤田  ごはん作ってた
中村田  あー、そういや何かいい匂いするね。動物のエサ作ってるかと思えば人間のエサも作るか。変な事務所だなここ

     中村田、机の中からいろいろ出してツバメのエサを作り始める。

斎藤田  あ、もうエサあげたよ
中村田  (エサの元みたいなのを放り出して)何であげちゃうのー!?
斎藤田  ごめん、あげちゃダメだった?
中村田  あたし係だって!
斎藤田  でも、ツバメにとっては誰がエサくれるかなんてどうでもいいことだよね…
中村田  え?

     間。

斎藤田  いや別に深い意味はないんだけど
中村田  あ、ないんだ。…ないんだ!
斎藤田  でもさ、昨日の当番が小泉田さんでしょ? じゃ今日はあたしじゃなかったっけ?
中村田  昨日の当番はあたしだし今日の当番もあたしだよ。飼育係は中村田がやりますって決めたじゃん
斎藤田  あたしは決めてないよ
中村田  いや、あたしはとかじゃなくて。みんなで決めたことだから

     増田田がホースを引っ張りながら出てくる。恐らく給湯室の蛇口につないであるのだろう。
     そのホースが途中で引っかかって止まる。

増田田  あれ?
中村田  どしたの
増田田  なんか引っかかってる
斎藤田  長さ足りないんじゃないかな
増田田  えー、そんなはずないんだけど。(強く引っ張る)この前掃除したときは玄関まで届いたんだよ。誰か切ったのかな
中村田  ホースを?
増田田  うん
中村田  いや、意味ないでしょ
斎藤田  ちょっと待って増田田ちゃん、これもしかして給湯室の蛇口につないであるの?
増田田  そうだよ。あ、蛇口ひねっちゃったから早くしないと水出ちゃうよ
斎藤田  あの蛇口壊れてるんだよ!?
増田田  え?
斎藤田  一回ひねったら止まんないよ!?
増田田  えぇ!? うわ、どうしよ、どうしよ! あー!

     斎藤田、給湯室へダッシュ。
     増田田、とりあえずホースを机の上に置く。

中村田  ちょっとやめてよ! そこあたしの机!
増田田  うわぁ、ごめん、バイバイ!(逃げる)
中村田  おいっ!

     中村田、ホースを持つ。

中村田  斎藤田、これどうすりゃいいの!?
斎藤田  (声)飲んで!
中村田  無理!
斎藤田  じゃ手でおさえてて!
中村田  (おさえる)それも無理臭い!
斎藤田  五分くらいすれば勝手に止まるから!
中村田  そんなに持たないって! うわ、来た! 水来てるよ!

     増田田が戻ってくる。

増田田  中村田さん、なんとなくぽん酢を持ってきたけど役に立つ?
中村田  立たない! もっと何か他のもの持ってきて!
増田田  わかんないよぉ!

     増田田、また外へ。

中村田  何でわかんないのよ! つうか何でぽん酢なのよ!斎藤田ー、早く止めてー!
斎藤田  ぐあー、もうこれダメだわ
中村田  ちょっとまってよ、ダメって何!?

     増田田、全然知らない人を連れてくる。

増田田  中村田さん、砂漠の旅人を連れてきたよ!
旅人   のどが渇いたなー
中村田  あっ、じゃあこれどうぞ!

     旅人にホースをくわえさせる。

増田田  よかった、これで一安心だね
中村田  あー久しぶりにテンパった
旅人   (ホースを離して)これ水来てないですよ
中村田  え? …あホントだ。何でだろ
斎藤田  (戻ってきて)なんとか止まったよ
増田田  あ、止めちゃったんだ
斎藤田  え?
増田田  いやね、この人ずっと砂漠を旅してて、のどが渇いたって言ってたから
斎藤田  あ、そうなんだ。じゃもう一回出す?
旅人   お願いします
斎藤田  わかりました(給湯室へ)

     間。

中村田・増田田  いやいやいや

     とか言いながら二人、給湯室へ。
     入れ違いで堀川田と小泉田が入ってくる。
     堀川田はホースの切れっ端を首に巻いている。

堀川田  おいおい、このマフラーちっともあったかくねえよ
小泉田  おっ堀川田さん、それいい色してるね
堀川田  特注だから。でも全然あったかくねえんだ
小泉田  巻き方が悪いんじゃない
堀川田  巻き方っていうか、素材が悪いんだと思うな
小泉田  明らかに毛糸じゃないよね
堀川田  そう、明らかに化学繊維だよね
小泉田  繊維でさえないよね
堀川田  石油から作ってますって感じだね

     給湯室の三人、戻ってくる。

中村田  また出しちゃってどうすんのよ
斎藤田  ごめん
増田田  (堀川田を見て)あ!
堀川田  みんなちょっと聞いてくれよ、このマフラー全然あったかくならねえんだよ
小泉田  そうなんだよ、せっかく特注のマフラーなのに
増田田  それマフラーじゃなくてホースですよ
堀川田  (冷淡に)知ってるよ
増田田  …いや、あの、知ってるならいいんですけど
堀川田  斎藤田さん、昼メシ作ってる?
斎藤田  作ってるよ。もうあと少しでできると思う
堀川田  何作ってるの?
斎藤田  今日はちょっと、高級食材を駆使してみました
堀川田  高級食材?
小泉田  イモリの黒焼きみたいな?
斎藤田  それはこの前作ったばっかりだから
小泉田  あれはもう作んないの? 毛虫の雑炊
斎藤田  だって誰も食べてくれないんだもん
中村田  (小さく)当たり前だよ
斎藤田  でも今日のやつはみんな食べられると思うんだ、見た目普通のスープだから
小泉田  そういうのが一番怖い。何入ってるかわかんない
斎藤田  少なくとも虫じゃないから
堀川田  ねえ、頼むから普通の料理作ってよ。コロッケとかそういうシンプルなのでいいから
斎藤田  ええー、コロッケぇ?
堀川田  コロッケ作れない!?
斎藤田  難しい
小泉田  コロッケ作れないのに毛虫の雑炊とか作るんだ
堀川田  そんなんで調理師の資格とれるの?
斎藤田  やっぱり無理かな…
小泉田  いやー大丈夫だよ、これから頑張って勉強すりゃいいんだから
斎藤田  そうだよね。夢を諦めるのはまだ早いよね、私まだ小泉田さんより若いし
小泉田  何で俺と比べるの?
堀川田  とりあえずコロッケくらい作れるようになってね
斎藤田  頑張る
増田田  (中村田に)ねぇねぇねぇ

     増田田、中村田をはしっこに引っ張っていく。

中村田  え、何?
増田田  堀川田さんてコロッケ好きなのかな
中村田  あー、そうなのかもね。あたしは知らないけど
増田田  コロッケの作り方教えて
中村田  あんたも調理師の資格取るの?
増田田  いやそうじゃないけど
中村田  じゃ何で?
増田田  いや、あの、ただ何となく、コロッケ食べたくなったから
中村田  ふーん。ただ何となく、ねぇ
小泉田  そこ何密談してんの?
中村田  増田田がね、好きな人のためにコロッケ作ってあげたいんだってさ
増田田  (遮って)あたしも調理師の資格とろうかなって思って
小泉田  お前は無理
増田田  何でよぉ
小泉田  わかんないけど、お前は絶対に無理
増田田  じゃあいいもん、資格なんか取らないもん
小泉田  さってと、仕事でもしようかな(席につく)
増田田  調理師になんかなりたくないもん。どっちかっつうとあたしは食べる方専門で行くもん
斉藤田  (増田田の口調を真似て)浅草のかみなりもん
中村田  んじゃあたし表の掃除してくる
堀川田  あ中村田、やんなくていいよ
中村田  代わりにやってくれんの?
堀川田  うん、増田田がね
増田田  今日も理不尽ないじめが続く
斎藤田  増田田ちゃん、世の中って冷たいものなんだよ
増田田  世の中以前に、ここにいるみんなが冷たい
堀川田  (首に巻いたホースを)これ片付けといて
増田田  あそうだ、堀川田さん何でホース切っちゃうんですか?これも微妙に嫌がらせですか?
堀川田  だってマフラー欲しかったから
増田田  じゃマフラーを切ればいいじゃないですか

     やや間。

増田田  ええ? 何だそれ? マフラーが欲しかったからホースを切った? かぐや姫が欲しかったから竹を切ったって事ですか?
中村田  何を言ってるの?
増田田  あー、わかんなくなってきた
旅人   つまりこういうことじゃないですか? マフラーを取りはずすと爆音が大きくなって近隣の住民に迷惑がかかる
堀川田  お前誰だよ
中村田  あ、もういいですよ。砂漠行って下さい
旅人   はい

     旅人ハケる。

増田田  とにかく堀川田さん、勝手にホース切るのやめて下さいね
堀川田  やめないよ、だって悪気があってやってるんだから。いいから早く表の掃除してきてよ
増田田  斉藤田さん、あたしはこの事務所の奴隷?
斎藤田  増田田ちゃんがそう思うんならきっとそうなんだよ
増田田  こんな所に就職しなければよかった…
小泉田  (ファイルを取り出して)堀川田さん。この前の浮気調査の依頼なんだけど、代金払ってもらった?
堀川田  あそれまだなんだ。あのババァいろいろ難癖つけて金払わないんだよね。期限とっくに過ぎてんでしょ?
小泉田  4週間滞納
堀川田  (中村田に)催促はしてんの?
中村田  んー。三日おきに電話してんだけどさ、出ないんだあのババァ。毎回「奥様は外出中でございます」って執事が
増田田  ひつじ?
堀川田  死んじゃえ。お前早く掃除してこいって
増田田  …あの、勇気をふりしぼって堀川田さんに質問です
堀川田  なによ
増田田  いつになったら探偵らしい仕事させてもらえるんですか
堀川田  死んだらさせてあげる。でも死ぬ前に掃除してきて
増田田  わかんないんですよ、あたし。うちの事務所で探偵らしい仕事してるのって小泉田さんだけじゃないですか
堀川田  小泉田は機動力すごいからね
小泉田  だからヤだってそういうの
増田田  でも小泉田さんだけに仕事させてたら、明らかにオーバーワークですよね。小泉田さんいつも言ってますよ、せめて手伝いくらい欲しいって。こんな状況でどうして調査員増やそうとしないんですか?
堀川田  なんか珍しくまともなこと言ってる
中村田  あのさ、あたしも一応調査員なんだけど
増田田  中村田さんは受付っぽい仕事しかしてないじゃん。それに最近はツバメの世話ばっかやってるし。斎藤田さんなんか事務所に来て炊事と洗濯ですよ。主婦かよ

     斎藤田、部屋の中で洗濯物を干している。

斎藤田  だってあたし炊事と洗濯のために雇われたんだもん
増田田  こんな人ほんとに必要ですか?
斎藤田  …
小泉田  増田田、そういう言い方はないと思う
増田田  え、だって…
小泉田  お前は自分の一言でどれだけ他人が傷つくか、考えたことはあるのか?
斎藤田  ショックですわー(泣き出す)
小泉田  見ろ。お前のせいで斎藤田さんはこんなんなってしまった
斎藤田  (洗濯物で鼻をかむ)
小泉田  あー鼻かんじゃった。あれもう一回洗濯しなきゃだ。斎藤田さんを傷つけたうえに、仕事も増やす。言うなれば二段ジャンプみたいなもんだ
中村田  何言ってんだこいつ
斎藤田  増田田ちゃんひどいよ。あたしこれでも一所懸命やってるのに
増田田  一所懸命やってちゃダメだよ、そんな仕事! ねえ堀川田さん、お願いします。あたしにも探偵っぽい仕事させて下さい。浜マイクみたいなファンキーな探偵になりたいんです
中村田  いやそれは無理でしょ
堀川田  いやそれは無理でしょ
小泉田  いやそれは無理でしょ
斎藤田  いやそれは無理でしょ
増田田  4回言われた…みんなに言われた…
斎藤田  いやそれは無理でしょ
増田田  もうやめてよ、わかったよ! 堀川田さん、あたし辞表出します。受け取ってください

     増田田、辞表をポケットから出す。

増田田  徹夜で書いたんです。この時のために心をこめて書いたんです
中村田  辞表を?
増田田  今までありがとうございました! さよなら!

     増田田、辞表を机に置いて給湯室へ。

斎藤田  そっち出口じゃないよ
小泉田  バカだな
中村田  堀川田さん、これ見ていい?
堀川田  いいよ

     中村田、辞表を封筒から出して読む。

中村田  …ふーん
堀川田  なんて書いてある?
中村田  (便箋を封筒にしまう)はいよ。辞表

     封筒を堀川田に渡す。封筒にはハート型のシールが貼ってある。
     堀川田、出して読む。

中村田  心をこめて、徹夜で書いた辞表だってさ。受け取ってやれば?
堀川田  …

     堀川田、辞表を封筒にしまって机に置く。困り果てた感じ。

中村田  あたしが先に読んじゃまずかったねー
堀川田  …
小泉田  俺、ちょっと出てくるわ
中村田  どこ行くの?
小泉田  ジャマイカのスパイとかいう人、いたじゃん。あの人からファックスもらってさ、今日の1時に渋谷来てくれって
中村田  大丈夫?
小泉田  行くだけ行ってみるわ
斎藤田  もうちょっとでご飯できるんだけどな
小泉田  んじゃ取っといてくれる? 帰ってから食うよ

     小泉田、外へ。

中村田  んで、どうすんの堀川田さん。それ
堀川田  …どうしよ
中村田  迷ってんだ
堀川田  いや、迷ってるわけじゃなく
中村田  え?
堀川田  どうやって断ろうかなって
中村田  …あー。そっちでか。いや、それは、はっきり言うしかないかと
堀川田  うーん。でもなぁ…
中村田  うやむやにしておくのは、あまりよろしくないかと
堀川田  そうなんだよなぁ…

     悩む堀川田。

斎藤田  堀川田さん。傷つけないで断る方法なんかないよ 堀川田  …
斎藤田  どうしたって断られれば傷つくよ。普通の人なら
堀川田  増田田って普通の人かな?
斎藤田  そゆこと言ってるんじゃなくてさ
堀川田  …
斉藤田  悩むのは当然だけど、正直悩んでもしょうがないんだよね
堀川田  後ろめてぇなあ…俺なんも悪いことしてないのに、何でこんな後ろめたいんだろ
増田田  (声のみ)あー、間違えたー!

     増田田、走ってくる。

増田田  すいません間違えました、こっちです! こっちが辞表! あの、もしかしてそれもう…

     間。

堀川田  悪いけど受け取れないから
増田田  え…
堀川田  お前が辞めちゃったらトイレ掃除する人いなくなっちゃうでしょ。辞表なんか受け取れねえよ。だからこんな物読みません
増田田  あ…はい
堀川田  斎藤田、メシまだできないの?
斉藤田  あ、そろそろだ。火とめなきゃ
堀川田  増田田も手伝ってこい
増田田  あの…
堀川田  何
増田田  いえ、いいです…

     斎藤田と増田田、奥へ。

中村田  うやむやにするなって言ったのに…
堀川田  だって傷つけないのが一番いいじゃん
中村田  堀川田さんてよくわかんないよ。増田田のこと好きなのか嫌いなのか。ま好きではないんだろうけど
堀川田  好きではない
中村田  だったら何でそんな気遣うの? 
堀川田  …俺別に嫌いってわけでもねえしさ
中村田  普段あんなにつらく当たってるのに?
堀川田  それはまた違うじゃん
中村田  どう違う?
堀川田  何つうか、つまりお前はあれだよ、無神経だよ

     堀川田、机の引き出しから契約書みたいなのを出す。

中村田  何それ
堀川田  土建屋の契約書。もう話つけてあるから
中村田  え、それってまさか

     斎藤田と増田田が料理を持ってくる。

斎藤田  本日のメインディッシュでございます
増田田  斎藤田さん、これほんとに食べられるの?
斎藤田  だから大丈夫だって、虫とか入ってないから
増田田  でもゲテモノ料理なんでしょ? 今度は何入れたの?
斎藤田  それは食べてから発表します
増田田  だからさぁ、どうしてそういう罰ゲームみたいなやり方
     するの? 食事が楽しくなくてしょうがないよ
中村田  確かに普通のスープだね、見た目は
斎藤田  でも味と食材は普通じゃないよ
中村田  味も普通じゃないの!?
斎藤田  いや、だから、いい意味で普通じゃない
中村田  なんか怖いなぁ…
増田田  じゃあヒントちょうだい。これ何料理?
斎藤田  手料理
増田田  そうじゃなくて、国籍。インド料理とかタイ料理とか
斎藤田  (考え込む)何だろう?
中村田  ノンジャンルって事か
斎藤田  ミャンマーとかだったような気がする
増田田  全く想像できない
斎藤田  あ、じゃあヒント。名前はみんな知ってる料理だよ。それ言っちゃうとアウトだけど
中村田  ミャンマーの人って何食ってんだろ
増田田  雑草とか?
中村田  それはちょっと失礼じゃない?
増田田  んー、じゃ猿とかかな
中村田  あー微妙なとこだわ。情景浮かんでくる
増田田  え、じゃあ、これ猿のスープ!?
斎藤田  (悩みつつ)ちょっとだけ近いかも
中村田  何だそれ! 本っ当にわかんない!
斎藤田  まあとにかく食べてみなって
増田田  そうだね、答えはCMのあとって事で
中村田  申し訳ないけど、食べたくないわこれ…
斎藤田  好き嫌いはよくないよ
中村田  ううん、好き嫌い以前の問題
斎藤田  (増田田に)それ堀川田さんの分ね
増田田  あ、うん…

     増田田、堀川田にスープを渡そうとする。
     書類を書いている堀川田。

増田田  どうぞ
堀川田  (手を止めて)うん、ありがと

     すぐまた書類を書き始める。

増田田  …
斎藤田  さて、それでは

     全員席につきまして。

斎藤田  堀川田さん
堀川田  今ちょっと書類書いてるから。先食べてて
中村田  …じゃ、いきますか。せーの、
三人   いただきます

     恐る恐るスープを口に運ぶ中村田と増田田。

中村田  …あ、
増田田  …うまい
斎藤田  本当?
中村田  うまいよこれ。うん。…あ、うまい!
増田田  すごいうまい!
中村田  これいいよ! めちゃくちゃいい!
斎藤田  よかった
増田田  今までにない味だね
中村田  それでいて何つうか、懐かしい感じもする
増田田  まろやか、かつ濃厚なうまみ
中村田  これ多分ラーメンでもいけるよ
増田田  えるびすなんか目じゃないよね
斎藤田  おかわりあるから
中村田  うん、これは何杯でもいけそう
増田田  斎藤田さん、こういうの毎日作ってくれればいいのに
斎藤田  それは無理だよ、だってツバメの巣なんて滅多に手に入んないもん

     スプーンを落とす二人。
     そして玄関へ走り去る。

斎藤田  あれ?
堀川田  ツバメの巣、入れちゃったの?
斎藤田  うん
堀川田  あ〜あ

     ようやくスープに手をつける堀川田。

斎藤田  あそうだ忘れてた。堀川田さん、今朝見つけたんだけど、ツバメの巣の中にこんな物が入ってたよ

     斎藤田、札束を取り出す。

堀川田  …どういう事?
斎藤田  さあ

     暗転。

中村田  この後、私と斉藤田の間に修羅場が訪れたのは言うまでもない。怒り狂う私、泣く斉藤田、それを眺める堀川田さん、そしてまた意味なくぽん酢を持ってくる増田田。あやうく傷害事件にまで発展しそうになったけど、タイミングよく帰ってきた小泉田の仲裁によって事なきを得た。よくよく話を聞いてみると、斉藤田は今朝、ツバメの巣が別の場所にもう一つあるのを発見したらしい。私たちの知らない間に、ツバメが引越しを行っていたわけだね。ていうか、それもっと早く言えよ。
ところで、ジャマイカさんに呼び出された小泉田は、渋谷で一体何をしてきたんだろう。彼の説明がひどく要領を得ないので、はっきりとした事はわからないけど、大体こんな感じだったそうだ

     明転。
     薄暗い部屋に男女数人が立っている。全員が「VOISE ONLY」と書かれたお面を着けている。
     その中で一人戸惑う小泉田。

小泉田  …何だここ
1    よくぞ来てくれた、小泉田君
小泉田  あ、どうも
1    新たに加わったメンバーを歓迎しようじゃないか、なあみんな

     全員、おもしろく返事する。
     一人だけテンションの低い奴がいる。

1    ここがどういう場所かわかるかね、小泉田君
小泉田  いやちょっと
1    ここはジャマイカ特務機関、渋谷支部だ。関西弁で言うと、渋谷支部や

     一瞬の冷たい間を置いて、みんな笑う。

小泉田  …
1    我々ジャマイカ特務機関は、君の力をおおいに必要としている。ぜひとも頑張ってくれたまえ
小泉田  え、何を?
1    それはこれから追って説明しよう。では、点呼をとる。
     フォックス!
2    (返事)
1    ファルコン!
3    (返事)
1    ジャッカル!
4    (返事)
1    スネーク!
5    (返事)
1    田中!
6    (だるく返事)
1    全員いるな
全員   (返事)
1    …小泉田君、どうかしたかね?
小泉田  いや別に
1    ちなみに、君の暗号名はウルフだ。ちょっとかっこいいだろ
小泉田  そうっすね
1    ではフォックスから定期報告だ
2    (返事)えー、ジャマイカから日本に送り込まれた機関員は、本日でついに1500万人を超えました。これは日本の全人口の10%にあたります
小泉田  多すぎじゃねえか?
2    これによって、本作戦「ワンダープロジェクトJ」の遂行がようやく可能になったわけです。ちなみに、日本における機関員の分布状況はこうなっています

     3が日本地図を広げる。
     ほとんど全ての機関員が長野近辺に固まっている。

小泉田  固まってんなぁ
2    ごらんの通り、中部地方のほぼ全域が我々の支配下にあります。長野県にいたっては人口の10割がジャマイカ人。もはや長野は日本ではありません
3    他にも、青森とかそのへんにちらほらいたりします。
     岐阜とか鳥取とかにもいるらしいですが、最近連絡とってないのでよくわかりません
小泉田  いいのかそんなんで
2    では次、ジャッカルの報告です
4    (返事)本国から通信が入っています。日本に送られる機関員があまりにも多すぎて、ジャマイカ本土が過疎化しているそうです
小泉田  だろうな
4    それを補うために拉致してきた長野県民が、暴動を起こしているとの事です
1    本国も大変だな。だが我々には全く関係のない話だ
小泉田  いや関係なくねえだろ
4    では次、田中の報告です
6    (だるく返事)最近ちょっと、鼻かぜがきついです。
      んで、医者行ったんですけど、鼻炎も少し入ってるねって言われて、風邪薬と鼻炎の薬両方もらって、毎日朝と夜、二回飲んでます。以上

     間。

小泉田  それお前自信の報告じゃないか?
1    風邪薬と鼻炎の薬…なんという事だ!
小泉田  そんなに大変なことか?
全員   (返事)
小泉田  今のは何に対しての返事なんだ。あとさっきから気になってたけど、田中だけテンション低くないか?
1    テンション低いから田中って名前つけた
小泉田  田中ってつけたから低いんじゃないのか? なあ、そうだろ? お前田中って嫌なんだろ? みんな何か、かっこいい感じの名前なのに、何にもわかんない新人の俺でさえウルフなのに、お前だけ田中って
全員   (返事)
小泉田  だからそれは何に対する返事なんだ
1    みんなちょっと聞いてくれ。スネークから提案があるそうだ。スネーク、頼む
4    (返事)ウンコ色のチューリップと、チューリップ色のウンコ、飾るとしたらどっち?
小泉田  …えぇ?
4    では問題を変えます。ゲロに似たもんじゃ焼きと、もんじゃ焼きに似たゲロ。食べるとしたらどっち?
小泉田  …
4    では問題を変えます。胃液みたいな…
1    スネークもういい。では、今回の定例閣議はこれで終わりだ。それぞれの任務遂行にあたってくれ。全ては、ジャマイカの人民のために! 我らが祖国のために! ジーク・ジオン!
全員   ジーク・ジオン!

     全員、ジークジオン連呼。
     だんだん小泉田がみんなに囲まれていく。

小泉田  おい何だよこれ。おい。なんだよ。・・・おい!

     溶暗。

中村田  これはあくまで小泉田の話から再現したものであって、実際はこれに輪をかけてしっちゃかめっちゃかな状況だったと思われる。ジャマイカさんの目的が明らかになるのはまだ少し先の話ってことです。
それより、私たちには差し迫った問題がある。斎藤田が発見した、ツバメの巣の中の札束のことだ。調べてみた結果、これは間違いなく堀川田さんが宝くじで当てた札束であると判明した。一体誰がこんなことをしたのか。
疑惑が渦巻く中、最終的に私たちは一つの結論にたどりついたのだった

     明転。事務所。
     内山田が手錠をかけられている。それを囲む一同。

内山田  何で私なんですか?
堀川田  お前が一番犯人ぽい顔してるから
内山田  顔で判断されてもなぁ
中村田  内山田さん、これからいくつかの質問に答えてもらいます。いいですね
内山田  黙秘します
中村田  黙秘権は認めません。では第一問。あなたは犯人ですか?
斎藤田  いきなりそれなんだ
内山田  いいえ
中村田  では第二問。あなたはお金が好きですか?
内山田  まあ、はい
堀川田  やっぱこいつ犯人だよ
内山田  ちょっと待って、結論急ぎすぎ。そこに至る過程が全部はぶかれてますよ
堀川田  あ、認めた
内山田  認めてない!
中村田  じゃあ第三問。あなたはツバメが好きですか?
内山田  別に好きでも嫌いでもないです
堀川田  犯人確定
内山田  なんで!?
堀川田  もういいからさ、早くこいつの処分を決めようよ。無期懲役か死刑か
内山田  重い! 罪に対してあまりにも罰が重い! そんなのむちゃくちゃですよ!
堀川田  言っとくけど、ここでは俺が法だよ
斎藤田  かっこい
内山田  日本でここだけ治外法権なんて、ありえませんよ。何様ですかあなた
堀川田  基本的に俺は偉い
内山田  恥ずかしげもなく言ってくれますね。じゃ聞きますけど、私がやったっていう証拠でもあるんですか
堀川田  お前人の話聞いてないね。俺は偉いんだよ? 証拠なんかなくても俺がお前を犯人だと言ったら犯人なんだよ。俺がカラスは白いって言ったらみんなもそう思わなきゃいけないんだよ。なあみんな

     間。

堀川田  (勝ち誇って)ほら
内山田  ほらって
堀川田  もう意地張んなくていいんだって。認めちゃえよ。楽になっちゃえよ
内山田  絶対自分のペースを崩さないところがむかつく
堀川田  しょうがねえな。増田田、ちょっと出前とって
増田田  出前?
堀川田  カツ丼
増田田  (斎藤田に)お昼ご飯いま作ってるよね?
堀川田  違ぇよ、こいつにやるんだよ。よくあるじゃんほら
中村田  あー
堀川田  俺一回やってみたかったんだ、取調べでカツ丼
増田田  (まだ考えてる)
中村田  わかってないわ
堀川田  もういいから出前頼んで
増田田  あ、はい。この人だけが食べるんですよね?
堀川田  そう
増田田  あたしの分も頼んでいいですか?
堀川田  何でだよ。お前いらないだろ
増田田  あたしもカツ丼食べたいです
堀川田  …じゃ好きにすれば?
増田田  はい、じゃあカツ丼二つ頼みますね

     増田田、電話をかける。

増田田  あれ?
堀川田  何
増田田  なんか無音です
小泉田  ああ、それつながんないよ。俺が電話線切ったから

     間。

全員   はぁ?
小泉田  (同時に)はぁ? 何で俺電話線切ってんだ?
中村田  あの、やめてよ。依頼の電話かかってこなくなるじゃん
斉藤田  中村田さんの仕事がなくなっちゃうね
中村田  そうだよ
堀川田  なにゆえそんな事を?
小泉田  わかんねぇ、なんか手が勝手に
堀川田  何だそれ
内山田  どうするんです? カツ丼くれるんですか、くれないんですか
堀川田  絶対くれる。おい増田田
増田田  はい
堀川田  弁当屋行ってカツ丼買ってきて
増田田  わかりました。あの、お金はやっぱりあたし持ちで…?
堀川田  いや、いい。経費で
増田田  あでも大丈夫ですよ。あたし出しますから
堀川田  (千円札を出して)これで二人分足りるだろ
増田田  …ありがとうございます

     増田田、買いに行く。

内山田  (やらしく)ふーん。これはあれですか、小粋なラブストーリーですか?
堀川田  二度と表を歩けない顔にするよ
内山田  できるもんならどうぞ

     堀川田、火のついたライターを内山田に近づける。

内山田  熱い、あっつい! こっからもう熱い!
堀川田  イン・ザ・ミソスープって知ってる?
斉藤田  あ知ってる、村上龍だ! 鼻を焼くやつ
内山田  ウルフ!

     小泉田、突然堀川田を後ろから首絞めする。

堀川田  うわ、うわ、何これ
小泉田  危ないから
堀川田  すんごい強い力!
小泉田  危ないから

     堀川田を引っ張っていって放す。

小泉田  内山田さん、大丈夫ですか?
内山田  オッケー
中村田  どうしたの小泉田?
小泉田  いや危ないから
内山田  危ないから
堀川田  お前そんな力強かったっけ?
小泉田  なんか最近急に強くなったんだよね
堀川田  今ので首痛めたっぽいよ
内山田  あたしに手出しするからですよ。天罰天罰
堀川田  やっぱこいつ焼きてぇ(ライターを持つ)
内山田  ウルフ!
小泉田  (すかさず腕をとる)危ないから
堀川田  強い!
中村田  …内山田さん。あんた何かしたでしょ?
内山田  してないですよ何も。ねー
小泉田  ねー
中村田  絶対してる! さっきから小泉田の行動がおかしい
小泉田  何が?
中村田  ほら、気づいてないのとかもおかしい
内山田  (手錠を)これ取ってくれる?
小泉田  はい
内山田  いや実を言うとですね、彼はもうジャマイカ特務機関の一員になってしまったんですよ。彼の頭の中は今、レゲエ一色に染まってます
中村田  何、洗脳?
内山田  そうです。ごくごく短い時間の間に情報を送り込んで、無意識のうちに洗脳してしまう、いわゆるサブ…あれ?サブなんだっけ?
斉藤田  サブマリン?
堀川田  それ潜水艦だよね
斉藤田  サブミッション?
堀川田  それ関節技だよね
斉藤田  サブカルチャー?
堀川田  それ若者文化とかだよね
斉藤田  すごい…立て板に水
堀川田  あれでしょ、サブミリナルでしょ
斉藤田  あー
内山田  そうそうそう、それ…だっけ? なんか違う
堀川田  どうでもいいからさ、洗脳とかそういうのやめてよ。そいつうちの稼ぎ頭なんだよね
内山田  もちろん知ってますよ。彼がいなければこの事務所は成り立たないんですよね?
堀川田  別にそういう訳でもねぇけどな
内山田  え?
小泉田  (同時に)え?
堀川田  いや、俺が動くの面倒臭いからそいつ使ってるだけなんだけど
小泉田  マジで?
堀川田  うん。お前が動かないなら俺がちゃんと仕事するから何も問題ないよ
小泉田  …やばい、ちょっとシャレにならないわ
堀川田  ショック?
小泉田  正直。それってもしかして、俺がリストラ要員になりうるってこと?
堀川田  仕事してくれないんならね
小泉田  …うわ。ごめん内山田さん、俺やっぱ機関員やめるわ
内山田  えぇ?
小泉田  仕事しなきゃ(机に向かう)
内山田  いや、あの、でも、ウルフ!
小泉田  そんなん関係ない
中村田  洗脳解けてんじゃん
内山田  はあ!? え、だって、約束したじゃん! 機関員になってくれるって言ってたのに!
小泉田  それ無かった事にしてくんないかな
内山田  レゲエのアルバムいっぱい貸してあげたじゃん!
小泉田  俺やっぱレゲエ嫌いだわ
内山田  何だそれー!?
中村田  本当に洗脳なのかこれ?
内山田  ひっでー! これだから日本人て信用できねー!
斉藤田  堀川田さん、あたし晩ごはんの材料買いに行っていい?
堀川田  いいよ
内山田  あっこら、勝手にどっか行かない! あなた達はここにいなきゃダメです!
堀川田  何で
内山田  もう少しすれば私の仲間がここに押し寄せてきて、あなた達を尋問するんです
中村田  尋問?
内山田  どうしても行くというのなら、私を倒してから行くがいい(不思議な構え)
斉藤田  あっ、あの構えは!
内山田  (鶴の構え)
斉藤田  鶴!
内山田  (蛇の構え)
斉藤田  蛇!
内山田  (龍の構え)
斉藤田  龍!
内山田  (虎の構え)
斉藤田  虎!
内山田  (豹の構え)
斉藤田  豹!
内山田  (決めポーズ)
斉藤田  五行拳!
中村田  何それ。強いの?
斉藤田  わかんないけど、弟がよくやってた
内山田  助けを呼ぼうったって無駄ですよ、電話線は切れてるんですからね。携帯の電波をさえぎる装置も使ってますから、外との連絡は不可能です
堀川田  ホントかよ
中村田  (携帯を出して)うん、確かに圏外だ
斉藤田  あたしのは全然大丈夫だけど
内山田  え?
中村田  何で?
斉藤田  あわかった、これピッチだからだ
中村田  ピッチには効かないんだ
堀川田  使えねえ装置だな
内山田  …とにかく、仲間が来るまでは誰一人外に出させませんからね
中村田  でも増田田がもう出ちゃってるんだよね
内山田  なに?
中村田  ほら、カツ丼買いに行った子
内山田  …あっ
堀川田  愚かだな
内山田  うるさいですよ! 何にしろあなた達は外に出れないんです。さ、私に勝てると思う者は遠慮なくかかってきなさい
中村田  だってさ

     堀川田、ライターに火をつける。

内山田  あっつい! それ卑怯! 
堀川田  ご注文はミディアム・レアで
内山田  ごめんなさい! ごめんなさい!

     堀川田、内山田の顔に徐々にライターを近づけていく。
     そこに増田田が帰ってくる。

増田田  中村田さーん! (内山田を見て)わ、拷問だ
中村田  どしたの?
増田田  あ、大ニュース! 物騒な世の中でひさびさに明るいニュース!
中村田  何、何
増田田  ツバメの巣覗いてみたんだ。これで

     増田田、長い棒の先に鏡のついたものを出す。

中村田  それどっから持ってきたの
増田田  ゴミ捨て場。でね、覗いてみたらなんと! 卵産んでましたっ!

     間。

中村田  あ、そ
増田田  あれ? リアクション薄い
中村田  ごめん、知ってた
増田田  うそ
斉藤田  だいぶ前からあったよね
中村田  うん。そろそろ生まれるんじゃないかな
増田田  もしかして、知らないのあたしだけだった?
斉藤田  増田田ちゃんは情報が遅いよ。行き遅れだよ
増田田  なんか一気にテンション落っこっちゃったなぁ。悔しいからカツ丼食べよ
内山田  (堀川田に)あほら、カツ丼来ましたよ。あたしのカツ丼
堀川田  誰がお前なんかに
内山田  さっきと言ってること違う! 絶対くれるって言ったのに!
堀川田  もう一回だけ聞くよ? 札束をツバメの巣の中に入れたのはお前?
内山田  ノー
堀川田  (火を近づける)
内山田  本当に違うんですって! そんなことをする理由ないでしょ!?
斉藤田  あの、堀川田さん。あたしもこの人は違うと思うんだけど
堀川田  どうして?
斉藤田  あの札束はさ、巣の中に敷き詰められてたんだよね。ちょうどゴザをひいたみたいに
堀川田  それで?
斉藤田  あたしの憶測なんだけど、札束はゴザの代わりに使われたんじゃないかな、と。もっと言うと、将来的には卵をあっためるのに使うつもりだったんじゃないかと
堀川田  …それはつまりどういうこと?
中村田  盗んだのはツバメだ、ってことでは?
斉藤田  違うかな
堀川田  そんなことあるかぁ?
斉藤田  あの、だから憶測だよ
堀川田  ありえねぇと思うけどな
増田田  (カツ丼をほお張りながら)試してみればいいんじゃないですか?
堀川田  うまそうだな、カツ丼
増田田  あっ、食べます?
堀川田  いや言ってみただけだから
増田田  はぁ。小泉田さん食べる?
小泉田  いらねえよバカ
増田田  そんな言い方しなくたっていいじゃん
小泉田  うるせえな、お前食いながら喋んなよ。米粒飛んだぞ
増田田  あごめん。お詫びにおしんこあげる。(食べさせようとする)あーん
小泉田  だからいらねえっつってんだろが
中村田  …ここは仲いいんだよねー
増田田  は?
中村田  ううん、何でもない
堀川田  増田田、試すってのは具体的にどうすんの?
増田田  だから、札束を置きっ放しにしてみんな隠れるんですよ。
     それでツバメが入ってきて札束持ってったらツバメが犯人です
中村田  どうなのかなそれ
斉藤田  とりあえずやってみれば? やるだけ無駄なのはわかりきってるけど
中村田  じゃやめたほうがいいんじゃないの?
堀川田  いや、やる。みんな隠れて
中村田  何だかなぁ
斉藤田  そういえば内山田さんがいなくなってる
堀川田  帰ったんじゃない?
斉藤田  なんか仲間がここに押し寄せてくるとか言ってなかった?
堀川田  知らねえ。来るなら来いよ

     堀川田、札束を出して机に置く。
     全員、給湯室へ。
     しばらく無音。
     やがて、ツバメが警戒しながら入ってくる。
     (内山田と二役)

増田田  あ、入ってきた!
中村田  警戒してる
増田田  本当に札束持ってくかな
中村田  ちょっと挙動不審ぽいね
小泉田  目線が鋭い。獲物を探す目だな

     ここでしばらく、ツバメの行動や状態をみんなで好き勝手に実況する。
     最終的にツバメが札束を発見し、持っていくか持っていかないかの瀬戸際で盛り上がる。
     そしてついに札束を手に取るツバメ。
     『やったー』てな感じで歓声。と同時に堀川田が走りこんできてツバメを殴り倒す。

ツバメ  ピー
斉藤田  あ

     ツバメ、倒れたまま動かない。
     みんなが走ってくる。

斉藤田  …なんか、動かないんだけど

     外からツバメのヒナの鳴き声が聞こえてくる。

斉藤田  しかも卵孵ったっぽいんだけど
ツバメ  ピー…

     死にそうになりながら必死に巣へ帰ろうとするツバメ。

ツバメ  …ピー

     ツバメ、息絶える。

中村田  (堀川田に)責任取れよ。…責任取れよ!

     暗転。

中村田  驚くほどあっさりと、ツバメは死んだ。ツバメ自身、まさかこんな形で自分の一生が終わるとは思っても見なかっただろう。風呂に入って心臓マヒを起こした人とか、餅をのどに詰まらせた人がこれによく似た心境で死んでいく。…のだと思う。
ジャマイカさんの目的は今もってわからない。例の仲間とやらも一応来たことは来たのだが、本題には全く触れず、他愛の無い雑談をしてそのまま帰っていった。雑談の内容は、長野に関する話題がやたら多かった。地元トークだった。
親ツバメがいなくなったため、残された子供を私達が育てることになった。とは言うものの、鳥はおろか動物を飼ったことのない人ばかりなので、子育ては全くの手探り状態から始まった。練り餌は食べない。生きた餌を捕まえようにもここは都会のど真ん中、ハエ一匹探すにも一苦労だ。手がかかることこの上ないけど、やっぱ、ね。カワイイんだこれが。
そういえば、ジャマイカさんが忘れ物をしていった。事務所の玄関先に「洗脳テープ」と書かれたビデオが落ちていたのだ。興味本位で中身を確認してみたところ、こんな映像が入っていた

     話と全く関係ないおもしろ映像。

中村田  意味がわからない。小泉田はどこをどう間違って、こんなもので洗脳されたんだろう。内山田さんが、ひいてはジャマイカという国が、本当にわからなくなった

      明転。中村田、斉藤田、小泉田がヒナに餌をやろうとしている。堀川田はそれを無視して何か仕事。増田田は机に突っ伏して泣いている。

小泉田  せーの、
三人   あーん
中村田  やっぱ食べないなぁ
小泉田  だからさ、生きた餌じゃないとダメなんだよ。諦めてトンボ探してこようよ
中村田  でも供給がおっつかないんだよね。きのう丸一日探して何匹見つかった?
小泉田  ゼロ
中村田  でしょ? なんとかして練り餌を食べさせないと
斉藤田  あたしの料理じゃダメかな
中村田  問答無用でダメ
斉藤田  どして
中村田  大抵みんなわかってないんだけどさ、人間とツバメじゃ大きさが全然違うじゃん。だから当然、必要な栄養素の量も違ってくるわけよ。例えて言うと、スプーン1杯の砂糖が人間には物足りなくても、ツバメには甘すぎるってことさね
斉藤田  じゃ調味料を全部ひとつまみ以下で作るよ
中村田  そういう問題でもなく
斉藤田  あたし調理師の資格取ったから自信あるよ
小泉田  いつ取ったの!?
斉藤田  昨日試験受けてきた
小泉田  昨日受けて、もう結果出たの?
斉藤田  出てないけど、もう勝ったも同然。試験官があたしの料理見てすんごい笑ってたから
小泉田  いやダメだろそれ。バカにされてるって
斉藤田  そうなの!?
中村田  笑える料理ってどんなんだ
斉藤田  じゃあたし落ちたのかな…
中村田  受かると思ってるのがおかしいよ
斉藤田  せっかくこの子達にプロの料理を食べさせてあげようと思ったのに
中村田  どのみちこいつらは虫しか食べないよ
小泉田  待てよ。斉藤田さん、あれは?
斉藤田  え?
小泉田  みんなから超不評だったあの料理
斉藤田  …あっ。毛虫の雑炊!
小泉田  あの毛虫はどこで捕まえたの?
斉藤田  あれはねぇ、どっかの怪しげなお店で買ったんだよ
小泉田  何て店?
斉藤田  「東洋の魔女」っていうの
中村田  なんだそれ
斉藤田  惚れ薬の材料かなんかで毛虫売ってたんだよね。それ見て、あ、これ増田田ちゃんにぴったりじゃんて思って
中村田  何、あの雑炊は惚れ薬だったの?
斉藤田  うん。でもよく考えたらさ、あたしが作っても意味ないんだよね。増田田ちゃんが作って堀川田さんにあげないと。そこを間違えると困った事になる
中村田  確かに、この事務所の人間関係がより複雑になるね。まそれも面白くていいけど
斉藤田  真夏の夜の夢状態
小泉田  (泣いている増田田を見て)増田田はどうしちゃったの? 何かあった?
中村田  知らない。今朝来てからずっと泣いてる
斉藤田  ついに破局かな
中村田  ていう訳でもなさそうなんだよね。雰囲気的に
斉藤田  じゃ何だろ。最近、あんまり増田田ちゃんいじめられてないしね
中村田  そう。いじめ第一人者の堀川田さんが優しくなっちゃったからね。まったくあの人は
斉藤田  あのラブレターがもろに効いたんだね
堀川田  あのさ。聞こえてんだけど
小泉田  …(咳払い)じゃあ、まあそういうことで、さっそく毛虫を買いに行こう
中村田  うん、行ってきて
小泉田  おう。…え、俺だけ?
斉藤田  地図渡すから大丈夫
小泉田  あ、はい。もっかい確認するけど、惚れ薬の材料として毛虫が売ってるんだよね?
斉藤田  うん。惚れ薬の材料じゃない毛虫もあるから気をつけてね
小泉田  わかった、すぐ戻る

     小泉田、颯爽と外へ。

斉藤田  (気付いて)別に気をつける必要はないね
中村田  惚れ薬の材料じゃなくても、毛虫なら何でもいいんじゃないの?
斉藤田  だよね。あたし変なこと言ったな
中村田  いいと思うよ。また何か面白いことになりそうだし

     増田田がふいに立ち上がって、ドッグフードの箱を取り出す。箱を抱きしめながら外へ。

中村田  増田田も事件性がありそうでいい感じ
堀川田  中村田
中村田  何?
斉藤田  あんまりそういう事言うなよ
中村田  …
堀川田  見てるだけなら確かに楽しいかもしんないけどさ、当事者は大変なんだから。なるべく茶化したりとかしないでほしい

     間。

斉藤田  あ。堀川田さん、餌あげてみれば?
堀川田  なんで?
斉藤田  わかんないけど、堀川田さんがあげれば食べるような気がする
堀川田  いいよ俺は。餌買う金は出すから、そういうのはそっちで頼むよ
斉藤田  これだよ
中村田  誰のせいでこうなったんだか
堀川田  俺ダメなんだって、動物苦手なんだよ。小さい頃いろんな生き物に噛まれて、それでダメになったんだよ
斉藤田  え、犬だけじゃなく?
堀川田  犬も多かったけど、猫とか鳩とか、一番きつかったのが植物
中村田  植物?
堀川田  ツタが絡んでくるんだよ、俺が側を通ると。バイオハザードみてぇに
斉藤田  怖っ
中村田  ほんとに?
堀川田  ほんとだって。食虫植物とかもさ、俺が虫を食わせようとすると必ず俺を食おうとすんの。消化液バンバン出して
中村田  呪われてんじゃないの
堀川田  生き物のピラミッドの一番下にいるんだよね、俺。ミジンコとかと同列
斉藤田  でもこの子たちはきっと大丈夫だよ
堀川田  根拠は?
斉藤田  ない
堀川田  じゃ駄目だよ
中村田  でもね、堀川田さんにはこの子たちを育てる義務があると思う
堀川田  だから養育費出すっつってんじゃん
中村田  欲しいのはお金じゃなくて誠意だよ
堀川田  お金で誠意を表すことはできないの?
中村田  そんなんじゃあたしが納得できない
堀川田  もうやめてくれよ、離婚する夫婦みたいな会話させんなよ。あげりゃいいんでしょ
斉藤田  なるべく愛を持って接してあげて
堀川田  与えるほど愛持ってねえよ。って言える人になりたい

     堀川田、恐る恐る餌をあげようとする。

堀川田  あー怖
斉藤田  怖くないよ。絶対大丈夫だから
堀川田  こいつにさえ食われそうになったら、俺どうすりゃいいの? 何つうか、食われることそのものより、食われた事によって俺のプライドが崩れるのが怖い
斉藤田  何言ってるのかわかんないけど、とにかくやってみなよ
堀川田  いや本当に怖ぇんだって

     餌をあげる。

中村田  …あ!
斉藤田  食べた!
中村田  (怒って)なんで!?
堀川田  知らねぇよ! 何で怒るんだよ
斉藤田  ちょ、ちょ、ちょっともう一回やってみて
堀川田  (あげる)
斉藤田  …食べるね
中村田  えっ、ちょっと待って、あたしがやる!

     中村田、堀川田から餌を奪い取って、あげようとする。

斉藤田  拒否してる
中村田  えぇー…なんでよ。じゃあ斉藤田やってみて
斉藤田  堀川田さんで食べるならあたしでも食べるはずだよね
堀川田  何それ
斉藤田  (餌を持って)緊張の一瞬。もしこれで食べたら、中村田さんには何か問題があるって事だよね
中村田  いいから早くやんなよ

     斉藤田、餌をあげる。

斉藤田  …うーん。不思議だね
中村田  堀川田さんからしか餌を受け付けない
堀川田  ちょっと待って、マジで?
中村田  てことは、今後こいつらの飼育は堀川田さんに一任だね
堀川田  マジ勘弁!
斉藤田  でも全然怖くなかったでしょ?
堀川田  怖ぇよ!
斉藤田  大丈夫、トラウマは克服できてたよ
堀川田  こんな簡単に克服できるものはトラウマって言わない!好き嫌い!
斉藤田  じゃ好き嫌いだったんだよ。好き嫌いを克服した
堀川田  だから克服できてねえってばよ! 俺絶対やだかんね、飼育係なんて!
斉藤田  飼育係だって立派な仕事だよ。あたしの炊事洗濯と同じくらい
堀川田  炊事洗濯は立派じゃない!
斉藤田  えっ…
堀川田  あ
中村田  あ〜あ
斉藤田  ショックですわー(泣き出す)
中村田  泣かしちゃった
堀川田  いや、だって、俺ここの主だよ!? 経営者だよ、まがりなりにも!? それが飼育係ってどうなのよ! 天皇がデニーズでバイトしてるようなもんだよ!?
中村田  それはちょっと大げさ
堀川田  (かぶって)大げさだけれども! それに断っとくけど、俺こいつら飼っていいなんて一言も言ってないよ? むしろ捨ててほしいくらいだよ。こいつらがいなきゃもっと早く建て替えできたんだし
中村田  …やっぱりそうだったんだ
堀川田  当たり前だよ
中村田  だから殴り殺したんだ

     間。

斉藤田  そうなの?
堀川田  そうだよ。正直邪魔でしょうがなかった。巣ができた時点でもう追っ払うつもりだったけど、みんな餌とかあげるようになっちゃったからさ、我慢してたんだよね。まあしょうがねえかって。でもあれ、金盗んだじゃん。鳥の分際で俺の金盗んだじゃない
中村田  働いて稼いだお金でもないのに
堀川田  関係ねえよ。盗んだことに変わりはないでしょ
中村田  人間小さいんだね
堀川田  お前ケンカ売ってんの?
中村田  そういうのもっと早く言ってくれればよかったのに。今更そんなこと言われたって、もう取り返しつかないよ。
「あのツバメは飼っちゃいけません、巣も壊しましょう」って最初に言ってくれればさ、あたしたち従ったよ。ツバメだって巣、壊されればどっか別のところに行ったはずだよ。なのにあんた、何も言わなかったじゃん。あたし達飼っていいもんだと思い込んじゃって、その結果がこれだよ。最悪だよね
堀川田  ああ最悪だよ。せっかく親殺しても、あいつガキ産んでやがったしね。なかなか俺の前から消えてくれねえの。でももうどうでもいいんだ、土建屋と契約交わしちゃったからさ。だから別にそいつら育てても構わないよ。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ
中村田  ふざけんなよ!

     内山田がやってくる。消火器を持っている。

内山田  こんにちは。今日の内山田は完全武装ですよ、例えライターを近づけようとも、この消火器があればドンと来いです。いつもいつも関係ない話ばかりで終わっていたので、今日はいきなり本題に入らせてもらいますよ

     「本題って?」とか聞いてほしいのに、誰も聞かない。

内山田  …(咳払い)えーとですね、そこのあなた!(堀川田に)あなたが腕につけている運のよくなるブレスレット、それをいただきに来ました! そのブレスレットはなんと、我がジャマイカの国宝だったのです!

      誰も「国宝!?」とか言わない。

内山田  …あの、国宝だったんですよ。だったんですけど、ちょっとした手違いで日本に輸出してしまったのです。私はそれを取り返しにきた者なのですよ。さ、早くそれを渡さないと、この消火器が火を吹きますよ。消火器なのに火を吹きますよ
斉藤田  ジャマイカさん
内山田  なんでしょう
斉藤田  空気を読んで

     内山田、この場を支配する重い空気にようやく気がつく。

内山田  えー、お呼びでないみたいなので、また来ます

     内山田、帰る。
     戻ってきた小泉田とはちあわせる。

内山田  あ
小泉田  あ
内山田  ウルフ!
小泉田  は?
内山田  …なんで洗脳解けちゃったのかなぁ

     内山田、去る。

小泉田  買ってきたぞ
斉藤田  あ、ご苦労様。ちゃんと生きてる毛虫買った?
小泉田  いや、死んでるのしかなかった。でも惚れ薬の材料にはなるって書いてあるから大丈夫
斉藤田  いやいや、惚れ薬じゃなくてツバメの餌だよ
小泉田  給湯室借りるよ
斉藤田  ええ? あの、今カレー作ってるんだけど
小泉田  マジで? …よし

     決意を胸に、給湯室へ行く小泉田。

斉藤田  待って、「よし」って何? 何が「よし」なの?

     それを追って消える斉藤田。

中村田  …増田田どこ行ったんだろ。捜してこよ

     中村田、去る。
     入れ違いで増田田が帰ってくる。

堀川田  …あれ? 増田田
増田田  はい?
堀川田  今すれ違わなかった?
増田田  誰とですか?
堀川田  あ、いや、何でもない

     椅子におちつく増田田。もう泣いてはいないが、放心状態。

斉藤田  (声のみ)あー、何て事を!
小泉田  (声のみ)うるさい邪魔するな!
斉藤田  (声のみ)せっかくのカレーがー!

     小泉田、カレーを持って出てくる。

小泉田  おっ増田田。何があったのかは知らないが、このカレーを食って元気を出せ。斉藤田さんじゃなく俺が作ったカレーだから、安心して食えるぞ。ほら。(カレーを置く)よく見ると何か細長いものが入っているが、それは細く切った油揚げだ。カレーに油揚げを入れると、まろやかに仕上がる。ケインコスギがバーモントカレーのCMで言ってたから間違いない。とにかく食ってみろ。能書きはいい、食えばわかる

      増田田、無反応。

小泉田  …あの、ホントに大丈夫だから。マジで普通のカレー。
     おいしいよー。…おーい

     気を引こうと、色々ちょっかいを出す小泉田。
     増田田、小泉田の手をはらいのける。

小泉田  あっ
増田田  (机に沈む)
小泉田  …
堀川田  そっとしといてやれよ
小泉田  …

     斉藤田がシチュー鍋を持って走ってくる。

斉藤田  どうすんのさ!? これどうすんのさ!? せっかくちゃんとしたカレー作るつもりだったのに、またゲテモノ料理になっちゃったよ!
堀川田  また作りゃいいじゃん
斉藤田  これ、あたし的には会心の出来だったのさ! もう一回作れったって無理だよ?
堀川田  だってカレーでしょ? 肉と野菜切ってルー入れて煮こみゃいいだけじゃん。そんなん俺でもできるよ
斉藤田  あー、わかってない。これね、野菜の切り方がすごかったの。じゃがいもと人参は煮崩れないように全部角を取って、牛肉はきれいにサイコロに切って、玉ねぎは0.5ミリ角のみじん切り、しかも弱火で30分、あめ色になるまで炒めて
堀川田  一応勉強したんだね
斉藤田  したよそりゃ。コロッケだって作れるようになったよ
堀川田  へー。じゃカレーは作り直さなくていいから、コロッケ作ってよ
斉藤田  えー
堀川田  増田田、作り方教えてもらえば?
増田田  …え?
堀川田  俺コロッケ食いたくなってきたわ
増田田  あ…はい。…でもあたし、作ったことないから、失敗するかも
堀川田  いいよ失敗しても。それに斉藤田が横で見てりゃ大丈夫だよな?
斉藤田  うん、まあ
堀川田  行ってこいよ
増田田  …はい

     斉藤田、増田田、給湯室へ。

小泉田  …これ、俺が食ったらどうなるのかな

     ヒナが鳴き始める。

小泉田  …お前、これ食うか? 毛虫入ってるから栄養価高いぜ。ほら

     カレーを近づけると硬く口を閉じるヒナ達。

小泉田  …トンボでも探してくっか

     小泉田、外へ。また鳴き始めるヒナ。
     しばらく無視していた堀川田だが、しょうがなく餌を食べさせる。
     増田田が戻ってくる。

増田田  堀川田さん…(堀川田が餌をやっているのにびっくり)
堀川田  どした?
増田田  あっ、コロッケの中、何入れますか? 普通のだけじゃなくてクリームコロッケとかもできるよって斉藤田さんが
堀川田  いや、普通のでいいよ。普通のジャガイモのやつで
増田田  はい。よかった、カニ入れろとか言われたらどうしようかと思ってました
堀川田  カニクリームコロッケは駄目なの?
増田田  え、それがいいですか?
堀川田  できるんならそれもいいかも
増田田  どうしよう、スーパーに売ってるかな
堀川田  金なら出すよ
増田田  うわ、頼もしい。(奥に向かって)斉藤田さーん。あたしカニ買ってくるねー
堀川田  やっぱいいよ普通ので。無理しなくていいから
増田田  そうですか?
堀川田  うん。言ってみただけだから
増田田  はぁ

     堀川田、また餌をあげる。

増田田  …堀川田さん、なつかれてますね
堀川田  …
増田田  じゃあ、ちょっと待っててくださいね。ありえない速さで作りますから(行こうとする)
堀川田  なあ、
増田田  はい?
堀川田  (ヒナに)…なんでお前、俺になつくんだよ
増田田  え? …あ、そっちか
堀川田  俺になついたってしょうがねえじゃんよ。俺、お前の母ちゃん殺したんだぞ? 何でだよ

     ひたすら餌をねだり続けるヒナ達。

堀川田  お前まで俺に責任取れって言うのかよ。…殺すつもりなかったんだよ。ちょっと魔が差しただけなんだよ

      鳴き続けるヒナ達。

堀川田  信じてくれよ…
増田田  別にそんなつもりはないんですよ。わかんないけど、たまたま何か堀川田さんになついただけなんですって。堀川田さん優しい人だから、この人なら大丈夫って思ったんじゃないですか? この人なら安心できるって

      堀川田、餌を投げ出して、何やら荷造りを始める。

増田田  どしたんですか?
堀川田  みんなに伝えといて。俺、しばらくここ空けるから
増田田  は?
堀川田  イタリア行ってくる。有名な建築家に頼んで、新しい事務所の設計やってもらう。どんぐらい時間かかるかわかんないけど、最低でも一ヶ月はかかると思うから。仕事の事は全部小泉田にまかせていい
増田田  え、ちょっと待って下さい
堀川田  何?
増田田  堀川田さんいなくなっちゃったら、誰がこの子達に餌あげるんですか?
堀川田  中村田が何とかするでしょ
増田田  だって堀川田さんからしか食べないんですよ?
堀川田  生きた餌なら食うんだろ? トンボ捕まえてくりゃいいじゃん

      小泉田が戻ってくる。

堀川田  あ、ちょうどいいや。トンボ見つかった?
小泉田  かろうじて一匹
堀川田  もうちょっと頑張りゃ三匹は取れるよ。俺イタリア行ってくるから、後頼むわ。何かあっても電話してこないでね
小泉田  え?
増田田  ほんとに行っちゃうんですか?
堀川田  うん
増田田  ひどいですよ、この子達見殺しにするんですか?
堀川田  増田田、お前もう来なくていいから
増田田  …!?
堀川田  今までありがとね。退職届ちゃんと書いといて
小泉田  待って。それどういう事だよ
堀川田  じゃあまた
小泉田  おい待てよ!
堀川田  何
小泉田  あんた何考えてんだよ。いい加減にしろよ。ちょっとくらいまともに人の気持ち考えてみろよ
堀川田  ごめん、俺そういうの苦手だから
小泉田  さんざん増田田に気ぃ持たせといて、最後はそれか?人を何だと思ってんだよ!
堀川田  そういう話、よくわかんない
小泉田  どういう神経してんだよ。…あんたの性格、ほんとにわかんねえよ!
堀川田  特注だから

     堀川田、去る。

小泉田  増田田…
増田田  …

     また間が悪く内山田が来る。

内山田  さー、十分経ちましたよー。もう空気変わってるでしょ。何かもう待ってる間、辛かったんですから。街角で消火器持ってボーっと突っ立ってるんです。あたし何やってんだろうって本気で思いましたよ。道行く人がみんな私を不思議な目で…
小泉田  うるせえよ!
内山田  …失礼しました

     内山田、哀愁を漂わせつつ去る。
     中村田が戻ってくる。

中村田  ねえ。今、堀川田さんが旅行バック持って駅のほう行ったんだけど、どういう事?

     暗転。

中村田  堀川田さんがイタリアに旅立って、それから三日が経った。三日間で、三匹いたヒナのうち二匹が死んだ。残る一匹のヒナも衰弱しきっている。トンボを捕まえて与えてみたが、どうしても食べない。一体なぜだろう。なぜ、彼でないと駄目なんだろう。ヒナはその問いに答えることなく、ただひたすらか細く弱々しく、でも全身の力を振り絞って鳴き続けるのだった。その姿を、ヒナが助けを求めて叫ぶ姿を、私達はただ指をくわえて見ていた。
増田田の心も、恐らく死んだ。この三日間、彼女は私達の前に一度も姿を見せていない。電話もつながらず、完全な音信不通だ。小泉田は、彼女の家に様子を見に行くかどうかで迷っているように見える。今彼女を救えるのは小泉田しかいないが、彼女が救いを求めている相手は小泉田でないのも確かだ。
ジャマイカさんがまた性懲りもなくやってきた。堀川田さんがイタリアに発った事を告げると、自分もイタリアに飛ぶと言い残して去っていった。どうやらブレスレットが目的というのは本当らしい。でもあの人、最後までスパイには見えなかった。
そして、四日目の朝が来る。この日は、堀川田探偵事務所の全員にとって忘れられない一日となった

     明転。中村田が憔悴しきった様子で、椅子に座っている。
     斉藤田がやってくる。

斉藤田  おはよう。…どう?
中村田  (首を振る)
斉藤田  そっか。あのね、家に釣り用の練り餌があったから、それ持ってきてみたんだけど
中村田  無駄だと思う
斉藤田  そうかな
中村田  …もう、こいつ口あけないんだよ
斉藤田  え?
中村田  朝方まではけっこう鳴いてたんだけど、一時間くらい前からパッタリ鳴かなくなった
斉藤田  え、じゃあ
中村田  生きてるよ。かろうじて
斉藤田  …ちょっと休んだら?
中村田  …
斉藤田  あたしが見てるから、寝ていいよ。もうずっと寝てないんでしょ?
中村田  まあね
斉藤田  何かあったら起こすから
中村田  何かって何さ
斉藤田  (考えて)地震とか
中村田  そう。でも眠くないんだわ。疲れてはいるけど
斉藤田  本当?
中村田  うん
斉藤田  あんまり無理しないほうがいいと思うけど
中村田  無理させてよ
斉藤田  …増田田ちゃんはまだ来ないかな
中村田  どうだろうね。本当にもう来ないかもしんない
斉藤田  コロッケの作り方、教えてあげたいんだけどな
中村田  あいつん家、行ってあげたら?
斉藤田  あたしが?
中村田  小泉田は行くかどうかわかんないから
斉藤田  うーん。でもしばらくは一人にさせてあげたほうがいいような気もするんだよね。かといって一人にさせたら危ないような気もするし。難しいよね
中村田  どっちみちもう駄目かもしれないけど
斉藤田  …そういう事言ってほしくないなぁ
中村田  ごめん
斉藤田  ここはやっぱり、小泉田さんに行ってもらうのがいいんじゃないかな
中村田  あたしもそう思うけど、そこは小泉田次第だから。あいつ自身の問題だよ
斉藤田  つくづく難しいねぇ。何か食べる?
中村田  いいよ、お腹すいてない
斉藤田  寝ないんならせめて何か食べたほうがいいよ。おかゆかなんか作る? それともトーストの方がいい?
中村田  じゃあ唐揚げ食べたい
斉藤田  朝からヘビーな物食べるね。わかった、材料買ってくるから待ってて
中村田  タルタルソースも欲しい
斉藤田  食欲あるんじゃん
中村田  …(呼び止める)斉藤田
斉藤田  何?
中村田  …どうしよう

     間。

斉藤田  中村田さん、やっぱり寝たほうがいいよ。相当疲れてるみたいだから
中村田  そんな事ない
斉藤田  あたしがちゃんと見てるから、休んで。この分だと中村田さんの方が危ないよ。今日はもういいから、家帰って休みなさい
中村田  やだ
斉藤田  わがまま言わない
中村田  …だってさ、だってさ、あたしが寝ちゃって、その間にこいつがさ、…なっちゃったら、どうすんの。寝て起きたら何か、そうなってたらさ、嫌じゃん
斉藤田  わかった。じゃあこの子今すぐ獣医さんとこに連れてこう。もしかしたら病気なのかもしれない
中村田  病気じゃないよ。だって、食べてたじゃん。堀川田さんが餌あげたら食べたじゃん。あたしだから食べないんだよ
斉藤田  でもこのままにしておいたってしょうがないよ。すぐ行こう(準備する)
中村田  やだ、連れてかないで
斉藤田  どうして
中村田  連れてっちゃやだ
斉藤田  放っといたら死んじゃうよ?

     間。

中村田  …堀川田さんが帰ってくればいいんだよ
斉藤田  無理だよ、イタリアからすぐには戻ってこれない
中村田  (携帯を出して)呼び戻さなきゃ
斉藤田  中村田さん、
中村田  堀川田さん呼ばなきゃ
斉藤田  ねえ落ち着いて。堀川田さんは最低でも一ヶ月は向こうにいるって言ってたでしょ? 今電話しても帰ってこないんだよ。大丈夫、獣医さんとこ連れていけばきっと元気になるから。すぐ行こう
中村田  …

     小泉田が来る。

小泉田  どう?
斉藤田  あ、小泉田さん、この近くで獣医さんてないかな?
小泉田  獣医?
斉藤田  この子連れてくから
小泉田  ああ。獣医か、ちょっと遠出しないとだな
斉藤田  じゃあさ、小泉田さんのバイクで連れてってあげてくれる? 中村田さんも一緒に
小泉田  おう、わかった。中村田さん、メットなんか持ってないよな?
中村田  うん
小泉田  じゃあしょうがねえ、ノンヘルで二人乗りだ。白バイに見つかんない事を祈ろう
中村田  小泉田
小泉田  ん?
中村田  増田田はいいの?
小泉田  …昨日の夜、あいつん家行ってみたんだよ。いなかった
中村田  いなかった?
小泉田  ポストに新聞が溜まっててさ。あいつこの三日間家に帰ってないっぽい
中村田  どこ行ったんだろ
小泉田  わかんねぇ。携帯も全然つながんねえし
中村田  …
斉藤田  とにかく今は早く獣医に連れてこう
小泉田  そうだな
斉藤田  その間にあたし、増田田ちゃんの実家に電話してみるから
小泉田  わかった
斉藤田  何かあたしが仕切ってるって不思議な感じだな
小泉田  よし、行くか
中村田  うん

     そこへ増田田がやってくる。

増田田  ツバメは!?
小泉田  お前!
増田田  ツバメどこ!?
中村田  あ、ここにいる
増田田  あのね、ツバメの飼育用の生餌っていうのを見つけたんだ。都内のペットショップ全部回って、一軒だけ置いてたの。これなら食べるかもしれない
小泉田  …お前もしかして、三日間ずっとそれ探してたのか?
増田田  すぐ食べさせよう
小泉田  …何だよ。そうならそうって言えよ! 言えば俺も手伝ったのに! 何で言わねえんだよ!
増田田  (ヒナを見て)一匹しかいないよ? あと二匹は?

     誰も答えない。

増田田  …(餌を出して)これ、ミルワームっていうんだって。ツバメを育てるときはこれが一番いいって、ペットショップのおっちゃんが言ってた。本当は細かく切ってから食べさせるんだけど、丸ごとあげてみるよ
中村田  (ナレーション)増田田が三日間、都内を駆けずり回って見つけてきたこの餌に、最後の希望を託す私達。この時私はどうしても言えなかった。このヒナはもう餌を食べる力さえ残っていないという事を
増田田  ほら。おいしいよ
中村ナレ 言うわけにはいかなかった。それを言ってしまっては負けのような気がした。私自身、最後まで信じていたかった
増田田  食べていいんだよ。ほら
中村ナレ この場にいる誰もが、恐らくは増田田さえもが、心の一部分で悟っていた。こいつはもう助からない
斉藤田  おいしいよー
中村ナレ それでも私達は、信じたかった
小泉田  (餌をあげる)
中村ナレ こいつは今、一体どんな気持ちで私達を見ているのだろう。意識半ばのそのうつろな目に、私達の必死の笑顔は映っていたのだろうか
斉藤田  …がんばれ
中村ナレ こいつには、叶えるべき夢があっただろうか
小泉田  がんばれ
中村ナレ 実らすべき恋があっただろうか
増田田  がんばれ
中村ナレ 守るべき誰かがいただろうか
中村田  (餌をやる)
中村田  生きるべき未来が、きっとあった。…やがて、ヒナは最後の力を使い果たし、ゆっくりと目を閉じる。結局私達にできたのは、こいつの最期を看取ってやることだけだった

     堀川田が来る。

中村ナレ …かに思われた
中村田  …何で
堀川田  ジェット機チャーターして帰ってきた。おかげで宝くじで当てた金、全部なくなっちった。餌あるか?
増田田  堀川田さん、早く

     堀川田、餌をやる。

堀川田  どうした。…食えよ
増田田  ほら、堀川田さんだよ。堀川田さんなら食べるよね?
堀川田  遠慮すんなよ。…俺が育ててやっから。もうどこも行かねえからさ。…ほら

     ごくごく小さいツバメの鳴き声。それを聞いてみんなちょっと笑う。
     
中村ナレ 差し出される餌を、次々にヒナは食べた。死の間際にあっても、こいつの食欲は旺盛だった。そのことが、何だかちょっと笑えた。そして、五つ目の餌を飲み込んだところで、満腹になって目を閉じた

     ヒナを見つめる5人。

中村ナレ なきがらは、増田田と堀川田さんが、親ツバメと一緒の墓に入れてくれた。土を盛ってアイスの棒を立てただけの簡単な墓だったが、その方が人目につかなくていい。飼育係である私の最後の仕事は、その墓に花を添えてやることだ。小さくて質素な花を添えてあげようと思った

     中村田を残して、他の4人は思い思いの方へ去る。
     一人残った中村田、うつむいて表情は見えない。
     そこへ、死んだ親ツバメがやってくる。

ツバメ  どうもー。元気してました?
中村田  徹夜続きで眠いよ
ツバメ  あらま、肌によくないですよ。ガサガサになっちゃいますよ
中村田  大丈夫だよ、元々あたし鮫肌だから
ツバメ  またまたー。若い娘がそんなんじゃ困ります
中村田  やっぱ駄目かな
ツバメ  もちろんですよ。私なんか子供生んでもまだこんなに張りがあるんですから。湯上り卵肌なんてもんじゃないですよ、桃井かおりが泣いて欲しがるこの美肌
中村田  それちょっと言い過ぎ
ツバメ  そんなことありませんよ。触ってみます?
中村田  いやいいって
ツバメ  二の腕とか特にすごいんです、もち肌すぎて色んなものがくっついて離れなくなるんですよ
中村田  本当に?
ツバメ  まそれは嘘ですけどね
中村田  ツバメのくせに嘘つくんだ
ツバメ  つきますよそりゃ。地球は嘘で回ってるようなもんです。わたし今すごい深いこと言ってますよ
中村田  んー、ちょっとわかるかもしんない
ツバメ  私の夫だって嘘のおかげで結婚したみたいなもんですから
中村田  結婚詐欺?
ツバメ  まあそんなとこですかね。男なんてちょっと流し目使えばコロっといっちゃいますから。角度が重要です、角度が。こんな感じ
中村田  そういやあんたの旦那、見たことないね
ツバメ  ここに来る前に死んじゃいましたからね。あたしら冬は東南アジアで過ごしてまして、夫ともそこで知り合ったわけですよ。常夏の国でめくるめく愛の時間がありまして
中村田  おっとぉ?
ツバメ  (のって)おおっとぉ? まあそんなこんなで春になると日本に帰ってくるんですが、亭主は東南アジアでくたばっちまいました。何か、王子様の銅像があったんですよ。金箔とか宝石とかゴテゴテくっついてる、悪趣味ーな感じの。何を思ったのか、うちの亭主はその宝石を剥ぎ取って貧しい人々に配り始めたんです。あたしはやめとけって言ったのに、「王子様は泣いてるんだよ」とか訳のわからない事言って。で、無理して配り続けたらあっさり死んじゃって
中村田  男ってのは勝手だゃねー。俺には夢がある、男の人生にはロマンが欠かせない、とかって。たわけって感じだよ
ツバメ  ガキですよガキ。いつまでたっても夢見る少年やめられないんですから
中村田  ディズニーでも見とけだよ
ツバメ  そうそう、それが嫌ならハリーポッターでも見とけですよ。でも実際、ハリーポッター大好きなんですよね私。やべっ、秘密の部屋二回見ちった
中村田  リピーターかよ
ツバメ  シリーズ最新刊買っちった
中村田  ゴブレットかよ
ツバメ  あのホウキめっちゃ欲しー、ニンバス2000。飛びてー
中村田  いやあんた素で飛べるし
ツバメ  おっ、そうだ。ここでちょっとお友達紹介いきます。どうぞー

     犬が入ってくる。(増田田と二役)

犬    どうも
ツバメ  お隣さんのラッシーちゃんです
犬    初めまして、ラッシーです。お噂はかねがね
中村田  えっ、あたし?
犬    あたしのご主人様がお世話になってます。聞いたとおり、とっても背の低い方ですね
中村田  んー、任して。低いよー
ツバメ  この子はあたしのちょっと後にお墓入ったんです。今ではすっかり仲良しで、ちょっとした団地妻の状態です。なんか話が合うんですよ、ね
犬    (ドッグフードの箱を出して)食べます?
ツバメ  お、何だそれ
犬    ご主人様があたしと一緒に埋めてくれたんです。箱だけかと思ったら中身ちょっと残ってました
ツバメ  あらま
犬    色んな種類のドッグフードを混ぜて作ってくれた、オリジナルの餌です。毎日作ってくれてたんですよ
ツバメ  愛されてたんだねぇ
犬    そうみたいですねぇ。私が死んだときも、職場でずっと泣いてくれましたから。なんだか申し訳ない
中村田  …あいつ、犬飼ってたんだ
犬    でももう立ち直ったみたいですね。あの人のおかげで
ツバメ  そうそう、あの二人が墓前でね。なんかめぞん一刻みたいだった
中村田  ん?
ツバメ  いや、この子のご主人様が…あの人名前なんていうんですか?
中村田  増田田だよ
ツバメ  増田田さん。その増田田さんがうちの子を埋めてくれたときに付き添ってた人です。ほら、私殴った人
中村田  堀川田さんか
ツバメ  その人と二人で、ね
犬    なんかいい感じで話してました。ときたまちょっと笑ったりして
ツバメ  でもあれ、付き合ってる感じではなかったよね
犬    そうですね。何かいろいろ難しいんじゃないですか、よくわかんないけど
中村田  そっかぁ。やっとケリつけたんだ
犬    ケリ?
中村田  いや、うん、いろいろ難しかったんだよ、あの二人。でもようやくハッキリしたみたいだね
ツバメ  んー、それはいい方向ですか、悪い方向ですか?
中村田  もちろんいい方向だよ、お互いにとって。だって二人とも笑ってたんでしょ?
犬    笑ってました
中村田  じゃあ大丈夫だ
犬    …やっぱりよくわかんないですね
中村田  わかんなくていいよ。とにかく色々あったんだって事だよ
ツバメ  まあそういう事にしときましょうか。あそうだ、これは是非とも言おうと思ってたんですけど、あの、堀川田さんでしたっけ? この前私のお墓に来たんですよ
中村田  え?
ツバメ  旅行バッグ持ってたから、これからどっか行くつもりだったんですかね?
中村田  …うん。イタリア行ってたんよ
ツバメ  そうなんですか。何かお墓に向かって「俺、どうすりゃいいんだよ」って言ってました。そんなんいきなり言われても、こっちの方がどうすりゃいいんだか
中村田  あの人はね、すっごい不器用なんだよ。自分の思ってること素直に出せない人なんだよね。頑張って出そうとするんだけど、どうしてもひねくれたもんしか出てこなくて。んで、面倒臭くなって逃げちゃうっていう
ツバメ  最悪ですね
犬    現代人の心の病
中村田  そんな悪しざまに言うことじゃないよ
ツバメ  そうですか?
中村田  あんた達にはわかんないか。まとにかくあの人は曲者なんだよ。…今まではね
ツバメ  ふーん。あっ(携帯を出す)メール来た
犬    誰?
ツバメ  うちの人。早く準備しろって
犬    何かあるんですか?
ツバメ  家族全員揃ったことだし、みんなで日光江戸村行こうかって話になったんだ
犬    微妙ですねー
ツバメ  江戸村でバトルロワイヤル�のロケやってるんだって。
それにエキストラで出ようって
犬    藤原達也とか見れますか?
ツバメ  見れる見れる。ラッシーちゃんも来る?
犬    あー、行きたいなー。でも日光遠いしなー
ツバメ  ほら、(カメラを出して)写真撮ってくるんだ。でも私と藤原達也の2ショットっていうと…

     映像で写真が出てくる。

ツバメ  こんな感じかな
犬    あー、私も写りたいです
ツバメ  これにラッシーちゃんを加えると…

     その写真が出てくる。

ツバメ  こうなるね
犬    あっ、これ欲しい。じゃあやっぱり私行きます
ツバメ  うん。一緒に行こう。(中村田)それじゃ、失礼します
中村田  おう。楽しんでこいや
ツバメ  絶対見てくださいね、バトルロワイヤル�。私達出てるはずですから
中村田  んー。あんま期待しないで見てみる
ツバメ  じゃ。(行こうとして)あっそうだ。来年、私の友達が来ますよ。ここ
中村田  ほんと!?
ツバメ  ちょうど家探してるのがいたんで、ここ教えてあげました。何かまた迷惑かけるかもしれませんけど、よろしくお願いします。それじゃ

     ツバメと犬、去る。

中村ナレ 次の日から、堀川田探偵事務所は何事もなかったかのように業務を再開した。
増田田は、また以前と同じように堀川田さんからいじめられるようになった。でも、どこか前と違う雰囲気がある。何つうか、とげとげしくないっつうか。当たりが柔らかいっつうか。モルトが軽やかっつうか。あの二人がツバメの墓前で何を話していたのか、どちらも教えてはくれなかったが、だいたい想像つく。それは小泉田も同じのようで、彼があの二人を見る目はとても穏やかになっていた。
宝くじで当てたお金がなくなったので、事務所の建て替えの話もお流れになった。堀川田さんの話によると、土建屋に許してもらうのがけっこう大変だったらしい。あんなに謝ったのは生まれて初めてだ、と、楽しそうに語っていた。そろそろ今年のサマージャンボの売出しが始まるけど、あの人、また当てちゃうんだろうか。ブレスレットはまだしっかり持ってるみたいだし。…そういえば、内山田さん今どうしてるのかな

      いつも通りの事務所。
     みんながそれぞれの仕事をしているところに、増田田が手紙を持って入ってくる。

増田田  堀川田さん
堀川田  何だよ
増田田  なんか、国際郵便来てますよ。何語だろこれ?
堀川田  (受け取って)イタリアからだ
小泉田  誰?
堀川田  (中身を見てみる)…うわ
増田田  あ、ジャマイカさんだ
小泉田  ジャマイカさん日焼けしてんな
中村田  もう一枚は?
堀川田  (もう一枚の紙を出す)「イタリア最高! みなさんも遊びにいらして下さいね」
小泉田  何だ、俺らと仲良くなったつもりか
堀川田  遊びにってあんた、仕事しろよ
中村ナレ …日本はもうそろそろ梅雨入りとなる。木々は葉をしげらせ、曇り空の下にあじさいの花が咲き、多くの人が花粉症から解放される。そして梅雨を終えれば、うだるような暑さの夏に突入する。次に春が巡ってくるのはずーっと先の話だ。私達はこれから一年、彼らが帰ってくるのを心待ちにしながら過ごすことができる。今も事務所の屋根の下には、ツバメの巣が残っている

     斉藤田がシチュー鍋を持って出てくる。

斉藤田  好評につき、ツバメの巣のスープ第二弾を作ってみました
中村田  …おい

     暗転。

中村ナレ まあ、また新しい巣、作るだろうからいいか

     おしまい。



 
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