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笑われガスター
大矢場智之
 

登場人物
  ガスター    
  ポポン     
  エスタック   
  チョコラ     
  ベルサーチ  
  ティファニー 
  ラルフローレン 
  ロレックス   
  カコナール  
  ムヒ     
  ドルチェ  
  
  その他     



《シーン0》

      暗闇の中から、女性の声。

ポポン     いつかの空と、どこかの海に。やがていつかはあなたの子供達にも。

      うっすらと明かりが入る。舞台まんなかにぽつんと立っている女(ポポン)。

ポポン     その国は、とても小さな国でした。どのくらい小さいかと言えば、世界地図で見たときに、小麦の一粒にも負けてしまうくらい、あるいは井戸の水を汲みにいったとき、手に持っていた鉛筆を落としてしまい、お昼ちょうどの太陽の光を受けてその鉛筆がキラッと光った、その光くらい。小さな国の中にはもっと小さな人々が、食べたり飲んだり悩んだりしながら暮らしていました。

      男が一人、歩いてくる。(ガスター)チャップリンみたいな帽子をかぶっている。
      舞台正面をぼーっと眺める。
      ポポン、それをちらっと見て。

ポポン     その国には、一人のコメディアンが住んでいました。彼は毎日、ステージの上からお客さんに向かって語りかけます。人々は毎日、彼の話を聞いて笑います。みんな彼の話が大好きでした。苦しい日も悲しい日も、彼の話を聞いて笑えば元気になれるからです。

      ガスター、前に出て、喉をヴンってやったりして話す準備をする。
      うつむいて深呼吸して、それから正面を向く。
      そして、何か話す。(話した体でワンアクション)
      ドッと笑い声。

ポポン     地面にこすれるくらいの立派な髭をたくわえた王様が、都の真ん中に大きくて新しいお城を建てたその年、都から離れた田舎町で彼は生まれました。聞いた話では、彼の産声は変わっていて、取上げた産婆さんがその産声を聞いて笑ってしまったそうです。一体どんな声だったのかは想像もつきませんが、彼が生まれながらのコメディアンだったことは間違いないようです。

      ガスター、小さく身振り手振りをはさみながら淡々と話し続ける。観客の笑い声が響く。

ポポン     そう、彼はこの世に生れ落ちた瞬間から、一時の休みもなくコメディアンでした。例えステージを降りても、彼の言葉はそこにいる誰かを笑わせ続けていました。そんな彼のことを、ある人は天才と呼び、またある人はたゆまぬ努力の人と呼んで、口々に彼を褒め称えました。彼はステージに上がると、まず最初にこう言います。「僕の話がおもしろくなかったら、僕にそう言って下さい。この場ですぐに手を上げて言って下さい」。

      折り重なって響く笑い声。
      ガスターがおじぎすると、大きな拍手。
      顔を上げて、客席を眺める。

ポポン     彼はいつも考えていました。朝のさんぽ道で、夕方の川べりで、そして夜のステージの上で割れるような拍手を浴びながらも。一世一代の天才コメディアンが考えることは、ただひとつ。
ガスター    …みんな、なんで笑ってるんだろ。
ポポン     彼は、自分のどこがおもしろいのか全くわからなかったのです。

      大きくなっていく拍手の音。
      同時にゆっくりと暗くなる舞台。
      暗転し、拍手の音が最大になったところで唐突にプツンと切れる。
      オープニングACTへ。


《シーン1》

      オープニングACTの終わりとかぶさるように、ポポンが前に出てきてしゃべり始める。

ポポン     どんな天才コメディアンも、ステージに立たなければ普通の人。物語は、彼がまだ普通の人だった頃から始まります。とは言っても、産声で人を笑わせる彼を普通の人と呼んでいいものかどうか。潮騒(しおさい)のような笑い声が、今日も彼の周りで響いています。

      舞台全体に明かりが入ると、車座にすわった男女がいる。
      ガスターが友人のエスタックとチョコラに話をしている。帽子はかぶっておらず。
      エスタックとチョコラ、盛大に笑っている。
      ポポン、それを眺めながら舞台奥の机に座る。なにか書きものをはじめる。

エスタック   何だよそれ、ありえねえ!
チョコラ    ありえなすぎる!
ガスター    そうかな。
エスタック   だって普通そうならねえだろ。
チョコラ    うん、もうむちゃくちゃだよね。
エスタック   おい、続き続き。
ガスター    あ、うん。(何か話す)
ポポン     彼の生まれは町の小さな散髪屋、心根のまっすぐなお父さんとお母さんに育てられ、正直で優しい男の子に育ちました。
エス・チョコ  (ゲラゲラ笑う)
ポポン     体は丈夫ですが、目はかなりの近眼。メガネはすでに体の一部です。
エスタック   あーそれおもしれえわ。
チョコラ    ぶっ飛んでるねー。
エスタック   それでそれで?
ガスター    (話す)
ポポン     好きなものはひなたぼっことレーズン、嫌いなものは雷、特技はどんなに遠くにあるメガネも一瞬で見つけられること、あととてもきれいなフォームで踏み台昇降運動ができること、そして何より、おもしろい話で人を笑わせること。
エス・チョコ  (ゲラゲラ笑う)
ポポン     もっとも、彼自身はそれを特技だと思っていませんでしたが。
エスタック   いやーおもしれえわ。
チョコラ    やっぱガスターはあれだね、才能あるんだね。
ガスター    そうかな。
チョコラ    そうだよ。こんなおもしろい話できないよ、普通。
ガスター    普通。
エスタック   おーし笑ったぜ。笑ったから休憩終わりだぜ。行くぞ。
チョコラ    え、もう行くの?
エスタック   いつまでも休んでらんねえよ。
チョコラ    もうちょっと休んでこうよ。森林浴もかねて。
エスタック   バカ、森林浴ってなもっと明るい森でやるもんだぞ。こんな薄暗い樹海でリフレッシュできるか。
チョコラ    でも、
エスタック   それにもたもたしてたら日ぃ暮れっちまうし。ここらへんはまだいいけど、奥の方に行くとあれだぜ、夜になるといろいろ出るらしいぜ。
ガスター    幽霊?
エスタック   おうよ、幽霊とか猛獣とかチンチンとか。
ガスター    なにチンチンって。
エスタック   いきなり飛び出てきてチンチン見せる奴がいるんだよ。露出狂っての。
ガスター    そんなのがいるんだ。
チョコラ    恐ろしいね。
エスタック   だから早いとこ用済ませて出なきゃだよ。
チョコラ    えーやだ、行くのやだ。幽霊と猛獣はいいけどチンチンだけは絶対やだ。
エスタック   なんでチンチンが一番の強敵なんだよ。幽霊とか怖がれよ。
チョコラ    幽霊は別にどうでもいいし、猛獣もたぶんどうにかなると思うけど、チンチンだけは対処法がない。
エスタック   無視すりゃいいんだって。
ガスター    ていうか、猛獣はどうにかならないよ。
チョコラ    猛獣は逃げればいいじゃん。
エスタック   じゃチンチンも逃げりゃいいだろ。
チョコラ    無理だよ!
エスタック   なんで猛獣逃げれてチンチンは無理なんだよ!
チョコラ    チンチン見せられたら固まっちゃうと思うの、きっと! いろいろ考えちゃうと思うのよ、なんか、どういうリアクションを求めてるのかなとか、なんかコメントした方がいいのかなとか、コメントするにしても何に? 形? 大きさ?
エスタック   もうなんでもいいから行こうぜ! 日が暮れる前に終わればそんな心配いらねえんだから!
チョコラ    チンチン出るなら行きたくない。
エスタック   俺は行くぜ!(行こうとする)

      森の奥から猛獣の鳴き声。(ドラゴン的な)

チョコラ    …なに、いまの。
ガスター    狼じゃなかったね。
チョコラ    熊でもないね。
エスタック   鳥でもねえな。
チョコラ    チンチン?
ガスター    どんな?(「どんなだよ」のどんな)
エスタック   …もうちょい休憩すっか。
チョコラ    そうだね、休憩しよう。(三人、車座に)
エスタック   おいガスター、続き聞かせろよ。
ガスター    え、もう話すことないよ。
エスタック   もうネタ切れかよ、つまんねえなあ。
ガスター    そんなこと言われても。
チョコラ    いいよいいよ、おんなじ話でいいから。
ガスター    また話すの? …ん、じゃあ。(話す)
ポポン     彼の話す内容はめちゃくちゃなものばかりでした。あんまりにも支離滅裂な話なので、聞く人はみな笑ってしまいます。そのおもしろさは近所でも評判になっていました。
エス・チョコ  (笑う)
エスタック   アホだなお前!
チョコラ     ほんとアホすぎる!
ポポン     (ペンを置いて)それでは、ひとまず彼の話をお聴きください。
ガスター    …で、そのあと公園に行ったんだ。晴れてたし、そこでごはん食べようって思って。ベンチが三つあってね、一番左のベンチだけ木のそばにあるから木陰になるんだよ。だからそこに座って、持ってきたパン食べてたんだ。そしたらね。
チョコラ    そしたら?
ガスター    鳩が飛んできたんだよ。
エス・チョコ  (ゲラゲラ笑う)
チョコラ    それでそれで?
ガスター    うん。鳩が来たから、おなか空いてるのかなって思って、パンちぎってあげたんだ。僕そんなにおなかすいてなかったし。
エス・チョコ  (ゲラゲラ笑う)
ガスター    で、鳩がいなくなったらさ、今度はスズメが来たんだよ。
エスタック   おう。
ガスター    やっぱりおなかすいてたみたいだからさ、パンあげたんだ。
チョコラ    それで?
ガスター    それで、パン食べ終わって家に帰った。
エス・チョコ  (ゲラゲラ笑う)
ガスター    家に帰ったら部屋の掃除して、あと洗濯して。
エス・チョコ  (ゲラゲラ笑う)
ガスター    で、夕ご飯作って、食べて、寝た。
チョコラ    (笑いながら)おなか痛い、おなか痛い!

      大笑いしてゼーゼー言っている二人。
      なんともいえない表情のガスター。

ポポン     …いかがでしょうか。お聴きの通り、彼の話は支離滅裂で、めちゃくちゃな内容です。こんな話をされるものだから、周りの人は笑わずにいられません。
エスタック   やっぱお前、おかしいぜ。
ガスター    そうなのかな。
エスタック   お前の頭ん中は最初からクライマックスだぜ。
チョコラ    理解できる限度を越えてるね。
ガスター    ごめん。
チョコラ     いいんだよいいんだよ謝んなくて。素晴らしいことだから。
         ガスターはほんとに天才なんだよ。ねえ?
エスタック   激アツだぜ。
ガスター    よくわかんないなぁ。
エスタック   で、続きは?
ガスター    まだ喋るの!?
エスタック   お前、今日冴えてるよ。たぶん確変入ってんだよ。ここでやめるなんてもったいなすぎだぜ。
チョコラ    うん、どんどん行こう、どんどん!
ガスター    もうほんとに喋ることないんだよ。
エスタック   何言ってんだよ、強気でいこうぜ!
ガスター    ねえ、もう休憩はいいから行かない? ほんとに日が暮れちゃうよ?
エスタック   うんまあもうちょっと。
ガスター    行かないんなら帰った方がいいんじゃない。
エスタック   あっ、なっ、こらっ、なんで帰るとか言う!
ガスター    だって行かないんでしょ?
エスタック   行くよ! 行からいでか! ここまで来て帰ったらヘタレだぞ。
ガスター    じゃあ早く行こうよ。
エスタック   うんまあもうちょっと。
ガスター    …じゃあ、僕が先に行って見てくるよ。エスタックとチョコラはここで待ってて。
エスタック   あっ、お前っ、偉いな!
チョコラ    大丈夫、一人で?
ガスター    このままじっとしてるわけにもいかないし。
チョコラ    でも危ないよ。チンチン出るかもよ。
ガスター    チンチンはどうってことないし、なんか他にすごいのが出たら逃げてくるよ。なんもなかったら呼ぶからついてきてね。
エスタック   死ぬなよ。
ガスター    いざとなったら森の外まで走るよ。これでも足速い方だから。小さい頃は近所で一番速かったんだよ。
エス・チョコ  (急にゲラゲラ笑う)
ガスター    え?
エスタック   何だよそれ!
チョコラ    意味わかんない!
ガスター    え?
エスタック   おっし、頼んだぜガスター。お前の勇気にフルベットだぜ。
ガスター    あ、うん。じゃあ行ってくるね。(踏み出す)
チョコラ    がんばれガスター!
エスタック   死ぬんじゃねえぞ!
ガスター    (歩みを止めて)…ひどくなってきてる。

      全員ストップモーション。

ポポン     …彼の両親は笑い上戸でした。幼い彼が何か話をするたびに、例えそれがどんなにつまらない話でも、彼の両親はお腹をかかえて笑ってくれるのでした。成長して友達ができると、その友達も笑い上戸でした。その友達の友達も、友達の両親も兄弟も、彼が出会った人はみんなみんな笑い上戸でした。やがて彼は気づいたのです。笑い上戸なのではなくて、自分の話がおかしいせいなのだと。
ガスター    ねえポポン。僕最近、ひどくなってきてるよ。
ポポン     彼は悩んでいました。
ガスター    …この前、道で挨拶したんだよ。おはようって言っただけなのに笑われた。
ポポン     自分が普通ではないことに気づいてから、彼は考えるようになりました。自分の話のどこがおかしいのか。人の話し方を見て研究もしてみました。でも、どれだけ頑張っても、自分と人との違いはわからないのでした。
ガスター    僕、これからどうなっちゃうんだろう。
ポポン     誰にも理解してもらえない悩みを抱えて、彼は生きていました。
ガスター    (森の奥へ歩いていく)
エス・チョコ  (その背に向けて)がんばれー!
ポポン     さて、仲間とともに森へやってきた彼ですが、こんなところに何をしにきたのでしょうか。そのことを話す前に、まずは彼の住んでいるこの国のことについてお話ししましょう。


《シーン2》

      貴族ラルフローレンが唐突に舞台上へあらわれる。

ラルフ     えらい人だぞー。
ポポン     この国には、貴族という人々がいました。貴族はみんなお金持ちで、気品あるふるまいを大切にする人々でした。
ラルフ     気品があればなんでもできる、偉くなりたかったら気品を身につけろー。

      おなじく貴族のベルサーチとティファニーが登場。

ベルサーチ   世界は気品でできている!
ティファニー   気品のない人はきらいです。
ラルフ      さあ皆様、私とともに気品ある暮らしをしましょう。一万坪の大豪邸!
ベルサーチ   おかかえシェフの三ツ星料理。
ティファニー   週7で仮面舞踏会。
ラルフ      貴族とは気品ある人の代名詞だ。皆さんご一緒に。せーの、
三人       エレガンス!
ポポン      それに対して、平民という人々がいました。

      エスタックとチョコラ登場。

エスタック   俺達平民!
チョコラ     泥臭い、やぼったい、お金ない!
二人      生まれてこのかた、えらくない!
ポポン     平民は気品とかあまり気にしませんでした。
エスタック    これ賞味期限切れてっけど食えるよな。
チョコラ     やっべ、靴下5足で300円だって!
ガスター    (出てきて)嬉しいな、ポケットティッシュただでもらっちゃったよ。
ポポン     平民と貴族は、まったく違う世界に住んでいました。
ティファニー  大変です、窓ガラスが割れてしまいましたわ。
ラルフ      それはいけませんな、新しいガラスを用意しなくては。
ベルサーチ   でもただのガラスじゃつまらない。ガラス職人に頼んでステンドグラスにしましょう。
三人       エレガンス!
エスタック    大変だ、窓ガラス割れちまった!
ガスター     えー、どうすんの?
チョコラ     ガムテ張っときゃいいんじゃない?
エスタック    そうだな。
ティファニー   今日は待ちに待った誕生日。
ベルサーチ   おめでとう。誕生パーティーの準備はよろしくってよ。
ラルフ      花びらのじゅうたん、宝石のシャンデリア、鹿肉のロースト。
ベルサーチ   そして高さ40メートルのバースデーケーキ。
三人       エレガンス!
チョコラ     ねえねえ、今日あたし誕生日なんだよ。
エスタック    おう、じゃ飲み行くか。どこにする?
ガスター    和民ならクーポン持ってるよ。
ベルサーチ   はい、ささやかながら誕生日プレゼントよ。
ティファニー  何かしら。まあ、きれいな首飾り。
ラルフ      きっとお似合いですよ。
ティファニー  ありがとう、嬉しいですわ。この石はなんという宝石ですの?
ベルサーチ   これを読んでごらんなさい。(紙を渡す)
ティファニー  我を助けよ、光よよみがえれ。あっ、石が光った!
ラルフ     その光がさす方向にラピュタがあるのです。
三人      エレガンス!
チョコラ     (和民で)中生みっつでいい?
エスタック    いや瓶ビールで。
チョコラ     すいませーん、瓶ビールー。三人だから二本?
エス・ガスター 一本で。
チョコラ     瓶ビール一本、グラス三つで。
エスタック   グラス冷やして下さい。
ガスター    あとお通しカットで。
ポポン     世界が違うもの同士、お互い口をはさまず平和に暮らしていました。ところがある日。
ラルフ     おい貴様らっ。なんでそんなに気品がないんだ。
ポポン     一人の貴族が、平民にインネンをつけてきました。
ガスター    何、気品て。
チョコラ    わっかんない、全然わっかんない。
ラルフ     気品というのは人生に必要不可欠のものだ。それがなければ生きていけない類のものだ。
ガスター    えなんだろ、食べ物?
エスタック   ギャンブル?
チョコラ    手下?
ラルフ     わかってない、お前ら全然わかってない。気品というのは気高く美しく、何者にもかえがたい誇りを持つということである。あれを見よ!
ベルサーチ  (宝塚っぽい小芝居をしながら)ららら、花。
ティファニー  夢。
ラルフ     どうだ! これが気品だ!
チョコラ    わっかんない、全然わっかんない。
エスタック   食って寝てギャンブルしてりゃ生きていけるよな。
ラルフ     だめだなーこいつら!
ポポン     わかってもらえないので、その貴族は大変怒りました。
ラルフ     くっそうバカにしおって。大変です皆様、平民には気品がありませんぞ。
ベルサーチ  なんですって。気品がないなんて許せませんわ。
ティファニー  どのぐらい気品がありませんの?
ラルフ     もう話すのもおぞましいのですが、話します。奴らはまず、手づかみでものを食います。
平民三人   ヴぇー。(きったない感じでメシを食う)
ラルフ     家にはゴキブリがいっぱいです。
平民三人   ヴぇー。(ゴキブリを追い回す)
ラルフ     ゴキブリを手づかみで食います。
平民三人   ヴぇー。(ゴキブリを食う)
ベルサーチ   なんておぞましい!
ラルフ     そして、奴らには教養というものがありません。
チョコラ     1、2、3…あといっぱーい。
平民三人   ゲヘヘヘー。
ガスター    646年、大化の改新のいちげきー。
平民三人   ゲへへへー。
ティファニー  バカですわ!
エスタック   おいちょっと待てよ、俺らそこまでひどくねえぞ!
ラルフ     さらにさらに、奴らは邪教をあがめています。
エスタック   サタン様―!
平民三人   サタン様―、魔王サタン様―!
ラルフ     月に一度、悪魔を呼び出す儀式をおこないます。
ガス・チョコ  (エスタックをムチで打つ)
エスタック   (苦しみながら)出てこーい、出てこーい!
ラルフ     やがて全員に悪魔が乗り移ります。
平民三人  (背中の羽ではばたく)サタン様―!
ラルフ     集団で家畜を襲います。
平民三人   ヴぇー。(襲う)
ラルフ     ときには仲間も襲います。
平民三人   ヴぇー。(ともぐいする)
ラルフ     日の光を浴びると溶けます。
平民三人   ヴぇー。(溶ける)
チョコラ     もはや人間じゃないじゃんよ!
ベルサーチ   その通り、気品のないものなど人間ではありません。さあ、気品ある私達の手でおしおきしましょう。
ティファニー  おしおきだべー。
ポポン     やがて貴族による激しい弾圧がはじまりました。
貴族三人   弾圧―。(平民たちになんかする)
平民三人   わー。(なんかされて倒れる)
エスタック    ふざけんなよ、俺達が何したってんだよ!
貴族三人   弾圧―。
平民三人   わー。
チョコラ     あたしたちは真面目に生きてるだけなのに!
ガスター    苦しいよー。
ポポン     弾圧の嵐が吹き荒れる中、一人の男が立ち上がりました。

      グラサンかけた男(ロレックス)が出てくる。

ロレックス   立ち上がろうぜベイベー!
エスタック   立ち上がる?
ロレックス   おいてめえら、黙ってたって事態は進展しねえぜ。このままほっといたら弾圧は強くなる一方さ、それでいいのか?
チョコラ    やだ!
ロレックス   やだろう? だったらスタンドアップだぜブラザー、アンドシスター。
チョコラ    でもどうすれば?
ロレックス   (ワンアクションはさんで)革命軍だ!
平民三人  革命軍?
ロレックス   革命軍を組織して戦うんだ! 俺が指揮官になる、お前らは同じ旗のもとに集って戦う革命戦士だ!
平民三人  革命戦士!
ロレックス   さあ武器を取れブラザー!
エスタック   ブラザー!(武器をかかげて)
ロレックス   貴族なんかぶっつぶせシスター! 
チョコラ    シスター!
ロレックス   生んでくれてありがとうペアレンツ!
ガスター    ペアレンツ!
エスタック   ようしわかったぜ! でもその前に革命軍に名前つけようぜ!
ロレックス   名前?
エスタック   シャドウセイバーっていうのはどうだ?
ロレックス   なんだその小学生みたいなセンスは。名前なんかいらねえ、男は黙って行動だ!
チョコラ    女は?
ロレックス   女はかわいく厳しくだ。かかれー!
三人      それー。(貴族に襲いかかる)
貴族三人   弾圧―。
四人      わー。
ポポン     でもやっぱり貴族にはかないませんでした。
エスタック   ちくしょう、やっぱ俺達には無理だ。
ロレックス   諦めちゃいけねえぜブラザー。確かに俺達は力不足だ、勝つには至らねえ。でもまだ希望の光はついえてねえぜ。
エスタック   どうするんだ指揮官?
ロレックス   こんな伝説を聞いたことがある。この国には魔女の森があって、森の奥深くに魔女が住んでいる。そいつに頼めばどんな願い事もかなうらしいぜ。
チョコラ    本当? でも魔女の森なんてどこにあるの?
ロレックス   調べたところ、なんとお前(エスタック)んちの隣の森であることが判明した!
エスタック   マジかよ!
ロレックス   国土交通省が言ってたから間違いねえ。そういうわけでお前ら、魔女の森へ行ってこい! 魔女の力を借りて貴族ぶっつぶすんだ!
エスタック   ようし、俺たち魔女の森へ行ってくるぜ! すぐ戻ってくるからな!
ロレックス   自由と平和はお前らの手にかかっている! 頼んだぞ!
平民三人   ラジャー!
貴族三人   弾圧―。
四人      わー。
ポポン     かくして、彼らは魔女の森奥深くへと入っていくことになったのです。
ロレックス   革命軍ばんざーい!


《シーン3》

ポポン    (机に積み上がった本を一冊取り、めくって)魔女といえば、黒い帽子に黒い服、ほうきで空を飛び、黒猫を召使いに従えた不思議な女性。子供をさらって食べるなんて話もありますが、実際に魔女が子供を食べているところを見た人はどこにもいないのでした。
エス・チョコ (シーン1最後と同じ形で)がんばれー!

      酒瓶とチーかまを持った女(カコナール)がやってくる。

ポポン     うわさ話には尾ひれがついて、やがて尾ひれの方が体より大きくなってしまうこともあるのです。
カコナール   なーに応援してーんの?
エスタック   え。
カコナール   あっちで誰か戦ってんの?
チョコラ     あ、いえ、友達が。
カコナール   友達が戦ってんだ。誰と?
チョコラ     誰っていうかその。
エスタック   運命と戦ってんだよ。
カコナール   へーえ、すごいじゃん。あたしも戦ってみてーな、運命と。(チーかまを食べる)じゃあさ、戦いが終わったらさっさと帰んな。こんなとこでまごまごしてたら魔女に食われるよ。
エスタック   (チョコラと目を合わせ)俺ら、魔女探しにきたんだよ。あんたなんか知ってるか?
カコナール   魔女探してどうすんの。火あぶり?
エスタック   俺ら革命軍なんだ。魔女の力借りて革命を成功させんだよ。
カコナール  (噴き出して)バカだぁ。
エスタック   なんだよ。
カコナール   何くだらないこと言ってんだか。いい子だから早く帰んな。
エスタック   バカにすんじゃねえよ。俺達これでも革命戦士だぞ。魔女みっけるまでは死んでも帰らねえつもりだぜ。
カコナール   仮にみっけたとして、魔女がいやだっつったらどうすんの?
エスタック   そこは交渉手腕が問われるとこだぜ。
カコナール   生意気言うんじゃないよ。
エスタック   うまく交渉してやんよ! 革命のためだったらどんな障害も乗り越えてやるぜ俺は!
カコナール   見上げた根性だわねぇ。命かけてますってか?
エスタック   ったりめえよ。命のひとつやふたつ問題じゃねえ。
カコナール   そーお。(チーかまをひとくち食べて)…ついてきなよ。
エスタック   え?
カコナール   魔女に会わせてやるよ。口説き落とせるもんならやってごらん。

      カコナール、歩き去る。

チョコラ     …どうすんの?
エスタック   …上等じゃねえか。行くぞチョコラ。
チョコラ    チンチン出るかな?
エスタック   おめえそればっかだな。

      二人、カコナールの後をついていく。

ガスター   (声)おーい。大丈夫だよー。(戻ってきて、二人がいないことに気づき)あれ。なんで。…なんで?

      かごにキノコをたくさん摘んだ女(ムヒ)がやってくる。
      ガスターを見て立ち止まる。

ガスター    …あ。どうも。
ムヒ       …
ガスター    あのすいません、このへんに二人組みの…
ムヒ      (逃げる)

      ムヒ、ころぶ。キノコが散らばる。

ガスター    あ。
ムヒ      (痛がる)
ガスター    あの、だいじょぶ?(近づく)
ムヒ      (怖がって数歩下がり、構える)
ガスター    ん?
ムヒ      (キノコを投げまくる)
ガスター    あ、え。いやいや。いやいや。
ムヒ      (下がって警戒)
ガスター    あの…
ムヒ      (また投げる)
ガスター    いやいや、投げないで、キノコを投げないで。食べ物を粗末にせず。
ムヒ       …
ガスター    あの、怖がんないで。なんもしないから。チンチンとか出さないから。
ムヒ       …
ガスター   (散らばったキノコを集める)
ムヒ      (おなじくキノコを拾う。用心しつつ)
ガスター   (キノコを渡す)はい。
ムヒ       …(受け取る)
ガスター    あのさ、このへんに二人組みいなかった? 男と女。
ムヒ      (少し考えてから首を横にふる)
ガスター    そっか。どこいっちゃったのかな。…ねえ、ここに魔女がいるって聞いたんだけど、知らない?
ムヒ      (魔女という単語に反応する)
ガスター   (キノコを見て)…あっ。魔女?(ムヒを指さす)
ムヒ      (走って逃げる)
ガスター    あ、ちょっと。魔女ですか? 魔女ですか?

      ガスター、追って走り去る。

      場面変わって、家の中らしきところ。
      カコナール・エスタック・チョコラの順で入ってくる。

カコナール   (上着を脱ぎながら)で、何? 貴族はそんなに強いの?
エスタック    つええなんてもんじゃねえよ。百対一でも勝てねえんだ、あの弾圧っていう技がある限りは。
カコナール    へー。王様はどうなのよ?
チョコラ     王様は貴族の味方だし。
カコナール   だろうね。まあ王様がだめなら王子様って手もあると思うけど?
チョコラ     あー…
カコナール   ん?
チョコラ     あたし達もそう思ったんですよ。そんで王子様にかけあってみたんです。そしたら…
カコナール   そしたら?

      スナック菓子を食べながら、ドルチェ・ガッバーナ王子登場。

ドルチェ    僕は王子だぞ。
エス・チョコ  王子様―! 王子様―!(手をふる)
ドルチェ    お前達はなんだぞ?
エスタック   平民のエスタックと申します!
ドルチェ    エスタックか。おいしくなさそうな名前だぞ。
チョコラ    チョコラと申します!
ドルチェ    こっちはおいしそうだぞ。
エスタック   王子様、貴族なんとかしてください!
ドルチェ    貴族はおいしいものをたくさんくれるから好きだぞ。
チョコラ    (エスタックに)貴族に買収されてる!
ドルチェ    でもお前達もおいしいものをくれれば考えてやるぞ。
エスタック   マジすか!じゃあうちの庭で栽培してるオクラをどうぞ。
ドルチェ    王子は野菜が嫌いだぞ。ポイっ。(投げ捨てる)
チョコラ    おばあちゃんが送ってくれたみかんです。どうぞ。
ドルチェ    みかんは好きだぞ。あっ、これ皮むいてないぞ。
チョコラ    あ、今むきますから。
ドルチェ    白いのも全部とってくれないとやだぞ。
チョコラ    めんどくせえ。
ベルサーチ  (出てきて)王子様―、ごきげんうるわしゅう。
ドルチェ    おお貴族。
ベルサーチ  高知県産の高級みかんはいかがですかー?
ドルチェ    おー、こっちの方がおいしそうだぞ。
チョコラ    やべ。
エスタック   負けんな! 王子様、長野県産のりんごジュースでございます!
ベルサーチ  北海道直送の夕張メロンでございます。
エス・チョコ  負けたー!
ベル・ドルチェ わはは、わはは。(笑いながら去る)
チョコラ     …そんなこんなで。

      いつのまにかちゃぶ台と一升瓶が用意されていて、人数分の紙コップに酒がついである。

カコナール   バカ王子だね。
エスタック   そういうわけで魔女の力が必要なんだよ。魔女どこにいんだ?
カコナール   魔女の力ってあんた、魔女に何してもらうつもりなの?
エスタック   そりゃ決まってんだろ、魔法で貴族ぶっつぶしてもらうんだよ。
カコナール   魔法ねえ。(コップの酒を飲み干す)
エスタック   イオナズンとかそういうのやってもらうんだよ。
カコナール   何だそれ。
エスタック   全体攻撃の魔法だぜ。なあ、早く会わしてくれよ。
カコナール   まあちょっと待ちな。そしてそれを飲みな。
エスタック   いや酒はいいからさあ。
カコナール   (激怒して)もてなされろよ! 客だろ!?
エスタック   なに怒ってんだよ!?
カコナール   もてなされんのが客としての礼儀だろ!? 儒教に学べよ!
エスタック   意味わかんねえし!
カコナール   それ空けたら魔女呼んでやっから。黙って飲めバカ野郎。(コップが空になっているのに気づき)おい、お前つげ。
エスタック   なんで俺が。
カコナール   いいからつげよ!
エスタック   客につがせんのかよ! もう酒はいいから早く魔女呼んでこいよ!
カコナール   わぁったようっせーな! 呼びゃいいんだろ呼びゃ!(と言って一升瓶をラッパ飲みする)
エスタック   呼べよ!
カコナール   だから呼ぶっつってんだろうがよお! ちょっと待ってろよ!(と言ってまた飲む)
エスタック   だから呼べよ!
カコナール   殺すよあんた!? (チョコラに)おいてめえ何黙ってんだよ、盛り上げろよ!
チョコラ     は?
カコナール   魔女出てくんだぞ、魔女コールしろよ!
チョコラ     え、え?
カコナール   おら来いよ! 魔女コール来いよ!(飲む)
チョコラ     ま、まーじょ、まーじょ、まーじょ。
カコナール   声小せえよ! (エスタックに)てめえもやれよ!
エス・チョコ   まーじょ、まーじょ、まーじょ。

      魔女コールに乗って、カコナール一気飲み。

カコナール   (飲み干して)っだぁー。(何事もなかったかのように座る)
エスタック   …魔女は?
カコナール   いねえよ。ここに魔女なんていねえよ。

      間。

エスタック   チョコラ帰ろうぜ。
チョコラ     うん。(立ち上がって二人で出ようとする)
カコナール   ここにいんのはねぇ、魔女呼ばわりされて国を追われた薬師(くすりし)だけだよ。
エス・チョコ  (立ち止まる)
カコナール   魔法だの魔術だの好き勝手言いやがってよぉ。あたしが何したってんだよ。薬作ってやったじゃねえかよ。病気治してやったじゃねえかよ。バカばっかだよほんとに。ウエーン。

      カコナール、ビービー泣く。

チョコラ     あの、(しばらく言葉に詰まって)…お邪魔しました。
カコナール   なんで帰っちゃうの? もうちょっと居てよぉ。
チョコラ     あーいや。
カコナール   淋しいんだよぉ。誰かとお酒飲みたいんだよぉ。置いてかないでぇ。(泣き伏す)
エスタック    …困ったことになったぜ。
チョコラ     あの、とりあえず泣かないで。お力落としの無きよう。
カコナール   うえーん。
エスタック    じゃああんた、魔女じゃねえんだな?
カコナール   違うよぉ。あたしがやってんのは化学だよぉ。イヒの方の化学。

      ムヒが駆け込んでくる。エスタックとチョコラを見て少しあとずさる。

ガスター   (声)待ってよー。
ムヒ      (カコナールのもとへ走る)
カコナール  (泣きつつ)あ、ムヒおかえりー、うう。
ガスター    おーい。(入ってきてエスタックらに気づき)あ!
エスタック   あ、ガスター。
ガスター    ちょっと、なんでいなくなっちゃったんだよ。待っててって言ったのに。
チョコラ     ごめん、ガスターのこと忘れてた。
ガスター    頼むよ。
カコナール   ムヒー。(ムヒの腹で泣く)
ガスター    誰?
チョコラ     なんか、かわいそうな人。
ガスター    え?
エスタック   おい、帰ろうぜ。
チョコラ    そうだね。
ガスター    え? 魔女は?
エスタック   いねえってよ。
ガスター    いない?
エスタック   あーあ、無駄足踏んじまったよ。
チョコラ     お邪魔しました。(エスタックと二人で去る)
ガスター    …ええ?(ムヒに)…あの。
ムヒ      (ガスターをにらんで、キノコを投げようと構える)
ガスター    投げないで。
ムヒ      (出口を指差して「出てけ!」)
ガスター    …
ムヒ      (カコナールによしよしする)
カコナール   うっく、うっく。ムヒありがとね。ムヒは優しい子だよ。もう大丈夫だから。ごめんね。
ムヒ      (紙とペンを出し、何か書く。それをカコナールに見せる)
カコナール   あ、晩ごはん採ってきてくれたんだ。ありがとね。
ムヒ      (うなずいて、キノコを持って奥へ去る)

      カコナール、残った紙コップを一つ取り、飲む。

カコナール   うぃー。…何?
ガスター    あ、いや、あの…魔女探しに来たんですけど。
カコナール   そうなんだ。ちょっとこっち来て座んなよ。
ガスター    あの子、魔女ですか?
カコナール   あの子は違うよ。森で行き倒れになってたから拾ったんだよ。それよりこっち来なよ。
ガスター    あ、じゃあ、(カコナールを指さして)魔女ですか?
カコナール   魔女じゃないよ薬師だよ。いいから座んなって。
ガスター    魔女どこにいるか知りませんか?
カコナール   なんで来ないの!? なんでみんなお酒飲んでくれないの!? もー、やー。(また泣く)
ガスター    …なんか色々おいてけぼりだなぁ。あれですか、悲しいことがあったんですか?
カコナール   ねえ聞いて。すごいんだよあたし。大学で勉強してね、博士号も持ってるんだよ。すごい薬いっぱい作ったんだよ。
ガスター    薬を作ってらして。
カコナール   風邪の薬とかね、花粉症の薬とかね、あと身長伸びる薬とか。
ガスター    身長?
カコナール   他にも色々作ったんだよ。すごい頑張ったんだよ。

      遠くから、さっきの猛獣の声が聞こえてくる。

ガスター    猛獣だ。
カコナール   あれセミだよ。
ガスター    セミ?
カコナール   セミの声って暑苦しいじゃない? もっと涼しげに鳴くように薬作ったの。そしたら失敗してあんなんなったの。
ガスター    なんという奇跡。
カコナール   奇跡じゃないの、化学なの!
ガスター    科学。
カコナール   あたしは魔女じゃなくて科学者なの! どうして誰もわかってくれないの。うえーん。
ガスター    あ、魔女に間違われたと。
カコナール   そうだよ。
ガスター    あー。で、魔女はどこに?
カコナール   だからー! うっく、だから、あんたの目の前にいるのが魔女だよ。
ガスター    あ、やっぱ魔女なんですね。
カコナール   あたしは魔女じゃないの!
ガスター    んん? …あ、あーあーあー、そういうこと。
カコナール   やっとわかったかよぉ。うう。
ガスター    あーそうですかー。なんか、お察しします。
カコナール   うるせえやい。あんたなんかにあたしの気持ちがわかるもんかい。

      ムヒがティッシュを持ってくる。

カコナール   ありがとね。うう。
ムヒ      (カコナールの涙をふいて、去ろうとする)
ガスター    いやでもちょっとわかりますよ。僕もわかってもらえない系の人なんで。
カコナール   なんだ、わかってもらえない系って。なんでも系つけんな。
ガスター    僕あれなんです、おもしろい人なんです。おもしろくないけど。
カコナール   はあ?
ムヒ      (立ち止まる)
ガスター    なんて言ったらいいのかなぁ。あ、じゃあちょっと聞いてもらえます? 話すんで。(正座して)…えーっと、この前、パン屋行ったんですよ。
カコナール  (急にゲラゲラ笑い出す)
ガスター    もうおもしろいですか?
カコナール  (また泣き状態に戻って)なんだよお、なんで急におもしろい事言うんだよぉ。
ガスター    そう、そういうことなんですよ。わかります?
カコナール   何、わかんないよ。
ガスター    やっぱわかんないですよね。どうすればいいんですかね、こういうの。…あ、すいません、なんかお邪魔しました。
カコナール   帰っちゃうの? お酒飲もうよ。
ガスター    僕飲めないんですよ。
カコナール   バカー。
ガスター    じゃ、失礼しました。

      ガスター、去る。その背中をじっと見つめるムヒ。
      ムヒ、カコナールのもとに駆け寄って紙に何か書く。

カコナール   みんな薄情だなぁ。うっうっ。
ムヒ      (紙を見せる)
カコナール   ん?(紙を見て、徐々に怪訝な顔つきになり)…どういうこと?

      暗転。


《シーン4》

      仮面舞踏会の催されているホールにて。
      仮面をつけた貴族たちで溢れている。

ベルサーチ   紳士淑女のみなさーん。遠くからわざわざお越しいただいて感謝ですわ。今日の仮面舞踏会はわたくしベルサーチの主催のもと、おおいに楽しんで下さいませよ。世界の合言葉は、
ティファニー  森。
ベルサーチ  貴族の合言葉は、
ティファニー  気品。
ベルサーチ  ダンシング、ダンシーング。(踊りながら)ヒューヒュー。
ティファニー  ヒューヒュー。
ベルサーチ  (白々しく)あら、あなたは誰かしら?
ティファニー  あててごらんあそばせ。
ベルサーチ   うーんわからないわー。わたしの妹ティファニーによく似た声をしているけれど。
ティファニー  あらら、もうばれてしまいましたわ。(仮面を取る)
ベルサーチ   ご名答―。私は誰だかわかるかしら?
ティファニー  誰かしら。身長はベルサーチお姉様とおなじくらいですわね。
ベルサーチ  (仮面を取る)ご名答―。
二人      おほほ、おほほほ。

      グラサンのロレックスがやってくる。

ロレックス   いやー、実に楽しい今宵でございますな。
ベルサーチ   あら、あなたは誰かしら?
ロレックス   (グラサンをはずし)ロレックスでございます。
ベルサーチ   おーう、言っちゃっちゃダメー。自分から言うのは反則―。
ティファニー  ていうか、それ仮面じゃありませんわ。
ロレックス   いやはや、仮面舞踏会なんて初めてなもので。何をつければいいのか考えたあげく、このざまですよ。
ベルサーチ   これから精進なさることですわね。
ロレックス   おっしゃる通りです。私の国でもこういう社交の場をもっと設けるべきですな。
ティファニー  私の国?
ベルサーチ   あら、あなたは知らないのね。こちらは隣国の王子様であらせられるのよ。
ティファニー  まあ。
ロレックス   お初にお目にかかります、ロレックスと申します。
ティファニー  お隣の国からわざわざいらしたんですの?
ロレックス   一国の王の息子であるからには、こうして他の国々を見てまわる必要もあるかと存じまして。まあ武者修行と言ったところですかな。
ティファニー  ステキ。
ロレックス   いやっはっはっは、ステキング。
ベルサーチ   武者修行なんて堅いことおっしゃらず、楽しんでいただきたいですわ。
ロレックス   もちろんですとも。しかしなんですな、仮面舞踏会、兼、仮装舞踏会ということですが、皆さん気合が入っておりますな。

      看護婦、刑事、高校生、マリオ、ヤンクミ、ヒトラー等、様々な仮装をした人たちが通る。

ベルサーチ   ええ、皆さん好き勝手に仮装なさって、正直もう何の集まりだかわかりませんわ。
ロレックス    ほんとに貴族なのかどうかも怪しいようで。
ベルサーチ   皆さーん、楽しんでますー? 今宵はとてもよい夜でございますわよー。
仮装全員    そーですねー。
ベルサーチ   あらあら、わたくしタモさんじゃありませんわよ。
仮装全員   (ひと笑い)
ラルフ      (出てきて)貴族ベルサーチ様、ちょっとよろしいですか。
ベルサーチ   あら貴族ラルフローレン様、どうなさいまして?
ラルフ      平民がまた暴動を起こしておるようです。
ベルサーチ   まっ、性懲りもなく。皆様―、また平民がなんやかや動いてるみたいですので、わたくしちょっと弾圧してまいります。よろしかったら皆様もご一緒にいかがですか?
仮装貴族    そーですねー。
ベルサーチ   いざ害虫駆除へ。せーの、権力暴力―。
仮装貴族    権力暴力―。

      仮装貴族をひきつれて、ベルサーチ去る。

ロレックス   クソ平民どもが。また勝手に動きやがって。
ティファニー  え?
ロレックス   あーいえいえ、何でもありません。
ティファニー  ロレックス王子の国はどんな国ですの?
ロレックス   今年で建国200年を迎える、由緒正しい王国であります。
ティファニー  まあ、すばらしい。
ロレックス   とは言っても、古いだけで何もない国ですよ。とりえと言えば、建国以来ずっと戦乱と無関係なことぐらいでしょうか。
ティファニー  永世中立国的な?
ロレックス   代々の王が平和主義者でしてね。私の父も穏やかな人です。
ティファニー  きっといい国ですのね。私も行ってみたいわ。
ロレックス   おお、いつでも大歓迎ですよ。
ティファニー  じゃあ今すぐ。
ロレックス   急ですな。
ティファニー  荷物を持ってまいりますわ。少しお待ちになって。(ダッシュで荷物を取ってくる。スタッフが袖ですぐ渡して下さい)
ロレックス   え、いや、フットワーク軽いですな。
ティファニー  さあ早く、早くまいりましょう!
ロレックス   なにゆえそんな!?
ティファニー  お姉様のいないうちに早く、早く!
ロレックス   いやちょっと待って、ちょっと落ち着いて下さい! これは何か事情がおありで?
ティファニー  …ううっ。(泣く)
ロレックス   また急な泣き展開で。一体どうしたのですか?
ティファニー  …わたくし、来年結婚しなければいけませんの。あの王子様と。
ロレックス   王子というのは、この国の王子で。
ティファニー  そうです、あの食いしん坊王子です。お姉さまが勝手に縁談を進めてしまって。
ロレックス   なるほど、政略結婚というやつですな。そうすると他に誰か心を決めた人でもいらっしゃるので?
ティファニー  今んとこはいません。あ、じゃあロレックス王子でいいです。
ロレックス   いいですってあんた。
ティファニー  私、ロレックス王子のお嫁に参ります! 私を連れて逃げて!
ロレックス   いやそんなこと言われましても。
ティファニー  (ロレックスより高い位置に移動して)ほら! ロミジュリの立ち位置ですわ! ほら!
ロレックス   ほらって。

      食いしん坊ドルチェ王子、登場。

ドルチェ    舞踏会の割には人が少ないぞ。
ティファニー  来た!
ロレックス   おう、久しぶりだな。
ドルチェ    ん? あっ、お前もしかしてロレックスか?
ロレックス   中学校以来だな。
ドルチェ    やっぱりそうか。学ラン着てないから一瞬わかんなかったぞ。(ティファニーに近づいて)そっちは誰だぞ?
ティファニー  ひいっ。
ドルチェ    あーティファニーか。
ティファニー  来ないで下さい! そのスナック菓子にまみれた手で私に触らないで!
ドルチェ    スナック菓子はおいしいぞ。
ティファニー  いやっ、来ないで、でぶちん! メタボ!
ドルチェ    メタボを気にしてたらおいしいものは食べられないんだぞ。
ティファニー  いやー!(走り去る)
ドルチェ    みんなわかってないぞ。好きなものを食べるのが一番いいんだぞ。
ロレックス   …(急に口汚くなって)おい、あいつ結婚したくねえってよ。
ドルチェ    ティファニーは結婚するのか?
ロレックス   何だ、知らされてねえのか。怖いねえ政略結婚て。
ドルチェ    お前何しに来たんだぞ?
ロレックス   親父にせっつかれて武者修行。ったくうるせえジジイだよ、いつまでも子ども扱いしやがってよ。あー早く死なねえかなあ親父。
ドルチェ    お前、相変わらず不良っぽいぞ。
ロレックス   早く王様なりてーなー。そうすりゃ好き放題できんのに。
ドルチェ    僕は今度王様になるんだぞ。
ロレックス   うっそ、マジで!? マジばな!?
ドルチェ    成人の儀式が終わったら、王位を譲ってもらえるんだぞ。
ロレックス   いーなー! 何そのエスカレーター! くっそぉ、お前の方が出世早いってどういう事だよ。
ドルチェ    父上は王様やめたがってるからな。めんどくさいからって。
ロレックス   ちょっとマジで親父死んでほしい、一日でも早く。俺が王様んなったらよ、平和主義なんかくそっくらえだぜ。近隣諸国ぶっつぶして、侵略しまくって、大帝国築いてやんだよ。もともと俺の国にはそんだけの力があんだ。…なのにあの親父ときたら腰抜け千万、なかよしこよしがお好きなようで。
ドルチェ    なんでもいいけど、うちの国は侵略してほしくないぞ。
ロレックス   心配すんな。おめえんとことは条約結んでっからな、ヤボなこたぁしねえよ。
ドルチェ    うちは今、平民がブーブー言ってて大変なんだぞ。革命軍なんて作っちゃうし。
ロレックス   へー、そうなんだ。
ドルチェ    どうしてこんなことになっちゃったのかわからないぞ。
ロレックス   別にいいじゃねえか。面倒なことは貴族に任せて、お前はどっしり構えてりゃいいんだよ。
ドルチェ    うん、体はどっしりしてるぞ。そうだ、料理はどこにあるんだぞ?
ロレックス   ねえよ料理なんか。舞踏会なんだから踊れ。
ドルチェ    王子はおなかがすいたぞ。あっ、あっちに厨房があるぞ。ブヒブヒッ。(奥へ去る)
ロレックス   …ふん。(サングラスをかけて)ブタ野郎。

      ロレックス、会場を後にする。


《シーン5》

ポポン    (マグカップ片手に)収穫のないままに魔女の森をあとにした革命戦士たち。彼らはことの次第を指揮官に報告しました。

      エスタック、チョコラ、ガスターが悲鳴とともに舞台上に転がり込んできて、倒れる。

エスタック   何すんだよ、指揮官!
ロレックス   (出てきて)おいてめえら、てめえらがそんなにファッキンでビッチな奴らだとは思わなかったぜ。一体なんだこれは?(紙を見せる)
エスタック   報告書出せっていうから出したんだよ。
ロレックス   (三人を同時に殴って)冗談はよしてくれブラザー、俺は報告書を出せと言った。自由帳の落書きをよこせなんて一言も言ってないぜ?
エスタック   しょうがねえじゃねん、字書けねえんだから!
チョコラ    書けないなりにがんばったんです、なんとか絵で報告しようと思って。
ガスター    そうです、それ魔女はいなかったっていう意味で。
ロレックス   伝わるかこんなんで!(三人を殴る)
ポポン     平民は文字の読み書きができませんでした。この当時、学校に通う事ができたのは、お金持ちの貴族だけだったのです。
ロレックス   するってえとあれか、魔女は見つけられなかったってことか?
エスタック   魔女いなかったんだよ。
ロレックス   言い訳なんざ聞きたかねえ! てめえらもっかい森へ行ってこい、魔女見つけるまで帰ってくんな!
ガスター    魔女じゃなかったんですよ。魔女だって勘違いされてる人だったんです。つまりもともと魔女なんかいなかったってことなんですよ。
ガスター以外 (笑い転げる)
ロレックス   (笑いから立ち直り、即座に三人を殴る)冗談でごまかすな。
ガスター    ええ?
エスタック   お前ちゃんと説明しろよ!
ガスター    え、いや、だから、魔女はいなくて、魔女呼ばわりされてる薬師の人がいただけなんですよ。
ガスター以外 (笑い転げる)
ロレックス   (また復帰してすぐ殴る)
エスタック   だからおもしろい事言わなくていいんだよ!
ガスター    ええ?
ロレックス   おちょくってんのか?
エスタック   だからよ、魔女なんかどこにもいねえんだよ! 魔女と勘違いされてる薬師がいただけなの!
ロレックス   何度も言わすな、俺は言い訳が聞きたいんじゃねえんだ。今日中に魔女連れてこい、それができなかったらてめえら、明日のご来光は拝めねえと思え。わかったな!(去る)
エスタック   言い訳じゃなくて!…くっそお、何なんだよあいつ! 話聞きやしねえ!
チョコラ    ガスターももうちょっと真面目にやってよお。
エスタック   そうだぞ、おもしろい事言やいいってもんじゃねんだから。
ガスター    おもしろかった?
エスタック   おもしろかったよ。ったく。
ガスター    …どこが??
ポポン     彼の笑いのセンスは日を追うごとに冴えていきました。それはもう、本人が怖くなるほどに。
チョコラ    ねえどうする?
エスタック   どうするってもよぉ。いねえもんはいねえんだから。
チョコラ    いないもんはいないよねぇ。
カコナール  (声)おい若者。

      カコナールがやってくる。

チョコラ     あ、魔女じゃない人。
カコナール   相変わらず運命と戦ってんの?
エスタック   運命とか理不尽とかいろんなもんと戦ってんぜ。
カコナール   そう。じゃあ手、貸してやんよ。
エスタック   え?
カコナール   貴族ぶっ倒すんでしょ? あたしが援護してやる。
チョコラ     急にどうしたんですか?
カコナール   いいから武器持ってきな、勝たしてやっから。
エスタック   援護って何すんだよ。魔女じゃねえんだろ?
カコナール   薬師なめんなよ。魔女に間違われるくらい腕のいい薬師だよ、国の一個や二個潰すぐらい簡単だよ。
エスタック   …勝算あんのか?
カコナール   少なく見積もって百パーだね。
エスタック   …上等じゃねえか。乗るぜ、その勝負。
カコナール   おし。ただね、こっちも一個頼みがあんのよ。そこのおもしろいあんたに。
ガスター    僕ですか?
カコナール   まあ詳しいことは全部終わってから話すよ。祭りが終わってからね。
チョコラ    祭り?
カコナール   おうよ、革命祭りの始まりだよ!

      激しいBGMとともに転換。四人走ってはける。

ポポン     薬師の掛け声とともに、貴族と平民の大ゲンカが幕を開けました。この国の長い歴史の中でも、特別大きくて特別激しいケンカでした。ゴングが鳴って、まず一発目のパンチを放ったのは平民でした。
ラルフ     (出てきて)大変でございます!
ベルサーチ  (出てきて)あら、血相変えてどうなさいましたの。
ラルフ     平民が暴動を起こしております!
ベルサーチ  また? ほんとに懲りないわねえ、さっさと弾圧しておやりなさいな。
ラルフ     しているのですが、なぜか貴族が押されております!
ベルサーチ  なんですって?
       (貴族の悲鳴が聞こえてくる)
ラルフ     いかん、もうここまで来たか!今のうちに逃げて下さい!
ベルサーチ   え、え、え?(ラルフに押されてはける)
エスタック   (ガスター、チョコラと共に出てきて)おし、次はこいつだ!
ラルフ     下賤の者め、ここから先には一歩も行かせんぞ! くらえ、弾圧の嵐!
三人      わー。
ラルフ     どうだ思い知ったか!
カコナール   (ワインを持って出てきて)ちょっとすいません、ただいまワインの試飲会を行っております。おひとついかが?
ラルフ     おっ、ラッキーだな。(もらって飲む)ごくごくごく。(急にテンションが上がって)殴ってくれー!
エスタック   今だ!(三人でラルフを取り囲んでボコボコにする)
ラルフ     もっとだ、もっと殴ってくれー!
エスタック   (殴りながら)さすが魔女の薬だぜ、よく効くな!
カコナール   魔女じゃないよ薬師だよ!
ラルフ     もっとー!
ポポン     平民たちは、貴族に薬を飲ませました。この薬を飲むとドMになってしまい、弾圧することができなくなってしまうのです。
エスタック   おし、やっつけたぜ! 次いくぞ!
チョコラ    あっちに一人逃げたよ!
エスタック   待ちやがれー!(四人で追う)
ラルフ     (四人に立ちふさがり)貴様ら、よくも私の弟を倒してくれたな!
チョコラ    双子の兄だ!
ラルフ     生きては帰さんぞ!
カコナール   あらケン坊、おっきくなったねぇー。
ラルフ     誰だ貴様。
カコナール   昔あんたんちの隣に住んでたおばちゃんだよぉ。
ラルフ     あー田中さんちのおばちゃん。どうも久しぶりです。
カコナール   あのねーお味噌汁作りすぎちゃったんだけどいるかしら?
ラルフ     あどうもすいませんほんとに。(飲む)殴ってくれー!
エスタック   (ボコボコにして)よーしやっつけたぜ!
チョコラ    演技うまいですね。
カコナール   昔、役者の学校かよってたからね。
ラルフ     (また立ちふさがり)よくも私の父を倒してくれたな!
チョコラ    息子だ!
ラルフ     一対四では分が悪い。おーい、貴族の皆さーん!

      仮装貴族がいっぱい出てきて、四人を取り囲む。

ラルフ     どうだ、この数を同時に相手にはできまい。皆様、舞踏会から直接来ていただいてご苦労様です。
仮装貴族  (一礼)
チョコラ    どうしよう、いっぱいいるよ!
カコナール  心配いらないよ。舞踏会のワインにも混ぜておいたからね。
仮装貴族  (全員ドM化して)殴ってくれー!

      がんばって全員殴り飛ばす。勢いで全員はける。

ラルフ     (出てきて)くっそう、ついに私のいとこまでやられたか!
ベルサーチ  (ティファニーと一緒に出てきて)何が、一体何が起こっているの!
ラルフ     わかりませんが、緊急事態です! 早くお逃げ下さい!
ベルサーチ  そうだわ、王様にお願いしましょう。直属の軍隊をよこしてもらうのです。
ラルフ     王様は海外旅行中です、二週間は戻りません!
ベルサーチ  じゃあ王子様は?
ラルフ     王子様は成人の儀式に出ています!
       (貴族の悲鳴)
ベルサーチ  仕方ないわ、なんとかして逃げましょう! さ、ティファニー!
ティファニー  はい!

      三人逃げる。ティファニーだけ転んでおいてきぼりになる。

エスタック   (四人で出てきて)いたぞ、貴族だー!
ティファニー  来ないで、来ないでー!
カコナール   あらあなた、ちょっとお肌荒れてるんじゃない?
ティファニー  そうなんです、最近生活が不規則で。
カコナール   そんなあなたにおすすめなのが、この新商品コラゲランマックス。アメリカで大人気の美容ドリンクよ。
チョコラ     ねえ見て、コラゲランマックスを飲んだらこんなに肌がきれいに。
エスタック   うちのワイフも大満足。おかげで夫婦生活も円満さ。
四人      はっはっはっ、おひとついかが?
ティファニー  いただきます! ごくごくごく。殴ってー!
四人      (ボコる)
ベルサーチ  (戻ってきて)ああっ、ティファニー!
ティファニー  私をめちゃくちゃにしてー!
ベルサーチ  ダメよティファニー、気をたしかに持って! 貴族としての誇りを思い出すのです!
ティファニー  貴族の誇り…
ベルサーチ  世界の合言葉は!?
ティファニー  森…
ベルサーチ  貴族の合言葉は!?
ティファニー  (目を見開いて)気品!

      ティファニーが衝撃波を発して平民をなぎたおす。

ポポン     その瞬間、追い詰められた貴族は新たな力に目覚めました。みなぎる気品をエネルギーに変え、高貴なるバリアとして放ったのです。
エスタック   なんだ今のは!?
ベルサーチ  平民たちよ! 分をわきまえず貴族にたてついた罪は重いわよ! その命をもって贖罪なさい!
貴族ズ    高貴なるバリア!
四人     (衝撃波に倒される)
ガスター    なんてすごい気品だ!
チョコラ    平民には近づくこともできない!
貴族ズ    高貴なるバリア!(衝撃波)
エスタック   退却だ、退却しろー!
ポポン     貴族のカウンターパンチをもらって、平民はまたたく間にリングの端まで追い詰められてしまいました。
ベルサーチ  貴族の皆さん、恐れることは何もありません! 私達には気品という武器があるのです! さあ、革命軍と称するふとどき者を根絶やしにしましょう!
ティファニー  悪い子はいねがー。(革命軍を探す)
チョコラ    どうすんの!
エスタック   おい魔女じゃない人、なんとかなんねえか!?
カコナール   気品でバリアを張るとは予想外だったね。
ベルサーチ  (扉を蹴破って)バンッ。いたわ、革命軍よ!
チョコラ    見つかった!
ベル・ティファ 高貴なるバリア!(衝撃波)
チョコラ    もうだめだー、降伏しよう!
エスタック   まだだ、まだ終わっちゃいねえ! 俺達の人生を賭けた大勝負、ここで終わらしちゃならねえんだ!
ガスター    でももう打つ手が無い!
エスタック   貴族に気品があんなら、平民には意地があんだ! この腐った国に革命の風を吹かすんだ! くらえ、革命のストーム!

      暴風が巻き起こり、貴族が吹き飛ばされる。

ポポン     理屈はよくわかりませんが、平民は気合で風を発生させました。
エスタック   (ガスターらに)お前らも力を貸せ! みんなの力を風に変えるんだ! せーの、
平民ズ     革命のストーム!(暴風)
貴族ズ     高貴なるバリア!(衝撃波)
平民ズ     革命のストーム!(暴風)
貴族ズ     高貴なるバリア!(衝撃波)
カコナール   ドMの薬!
貴族ズ     殴ってー!
ラルフ     (出てきて)弾圧―。
平民ズ     わー。
ポポン     対等の力でぶつかりあい、お互いに一歩も譲らない戦いになりました。誰にも止められないまま一日が経ち、三日が経ち、一週間が経ち、気づけば国内はもうめちゃくちゃです。10日が過ぎた頃には貴族も平民もへとへとになってしまいました。
エスタック   おい、大丈夫かー! 起きろみんなー!
チョコラ    骨が、骨がー。(腕が折れている)
ベルサーチ  こ、高貴な、高貴な、ああっ。(倒れる)
ティファニー  お姉様!
エスタック   おいチャンスだぞ、みんな、チャンスだぞ!
ガスター    いやもう無理だよ!
エスタック   バカ野郎、諦めんな!
ガスター    これ以上は無理だって! エスタックも足ガクガクじゃん!
エスタック   命燃え尽きるまで!(倒れる)
ガスター    いったん休戦にしようよ! このままじゃ共倒れになっちゃうから!
エスタック   (ゲラゲラ笑って)こんな時におもしろい事言うな!
ガスター    いや真面目に言ってるよ!
エスタック他 (ゲラゲラ笑う)
ガスター    ちょっと聞いてよ!
ベルサーチ  今よ、とどめを刺しましょう!
ガスター    あーちょっと待って!
ベルサーチ  (ゲラゲラ笑う)急におもしろい事言うんじゃないわよ、笑っちゃったじゃないの!
ガスター    あの、ここはいったん休戦しませんか?
貴族ズ    (ゲラゲラ笑う)
ガスター    いや聞いて下さいよ!
エスタック   おい、最後の一撃いくぞ!
ガスター    いやだから休戦にしようってば!
エスタック他 (ゲラゲラ笑う)
ガスター    なんで!?
ベルサーチ  貴族のみなさん、決戦よ! これで決めるわ!
エスタック   平民のみんな、フルパワーでいくぞ、これで決めるぜ!
両勢力    うおー!
ガスター   (皆に向けて)みなさん聞いて下さい!
両勢力    (ゲラゲラ笑う)
ガスター    休戦しましょう! このまま続けたら国が滅亡しちゃいますよ! 平民のみなさんも貴族のみなさんも、ここはいったん鞘に収めて、いやなんで笑うの!? なんで!?
ポポン     …このとき初めて、彼は友達や近所の人以外の大勢の人に向かっておもしろい話を聞かせました。彼の才能が開花した瞬間であると言われています。
ガスター    なんで笑うの…?
エスタック   おいガスター、いい加減にしろ! お笑いイベントじゃねえんだぞ!
ベルサーチ  さては笑わせて油断させようって魂胆ね!
ガスター    そんなんじゃなくて…
ベルサーチ  こいつから先に片付けてしまいましょう!
エスタック   させるか! せーの、革命のストーム!
ベルサーチ  (同時に)なにおっ! せーの、高貴なるバリア!
       やめぬか!

      ドルチェ王子が颯爽と戦場に立つ。しーんとする一座。

ドルチェ    ガッバーナ王国ドルチェ王子より、全臣民に告ぐ。今すぐこの不毛な戦いをやめよ! 臣民同士の無益ないさかいで王国の秩序を乱すは、予の望まぬところである。
ベルサーチ   …王子様?
ドルチェ    予の命を受けてなお戦いを望む者は、ここへ名乗り出るがよい。予が相手をしてつかわす。
ベルサーチ   …ほんとに王子様?
ドルチェ    いかにも、ガッバーナ国王第一王子ドルチェである。
ベルサーチ   なんかお人が変わられたようで。
ドルチェ    成人の儀式すなわち、西川口のソープランドで童貞を失った予は、晴れて王位継承者となる資格を得た。この上は臣民の上に立つものとして、王族の名に恥じぬふるまいを自らに命じた次第である。ベルサーチよ、このたびの騒乱はいかにして起こったか?
ベルサーチ  急に平民が暴れだしたのです、いやしい身分のくせに!
ドルチェ    革命の徒よ、なにゆえに徒党を組んで決起したか?
エスタック   貴族が俺達を弾圧するからです!
ドルチェ    なるほど。双方に言い分はあろうが、予の見識では今回の騒乱、貴族に責ありと見て間違いない。
ベルサーチ  王子様!
ドルチェ    近頃の貴族の横暴ぶりは目に余るものがあった。王国の支柱たる平民、我を捨てて一心に国に報いるいじらしき平民を、そちたち貴族はないがしろにした。まことに看過しえぬ罪である。深く反省せよ!
ベルサーチ  王子様―! だって、こいつらひどいんですのよ!
ドルチェ    まだわからぬか! 貴族よ、我々が日ごろ食するものは誰が作っている? 我々が着る服は誰が縫っている? 我々の安寧な暮らしは、誰の手によるものか! 貴族なき国はあろうとも、平民なき国は世界のどこにもありはせんのだ。そのことを肝に銘じ、謙虚に生きよ。下がれ!
ベルサーチ  は、はっ!(逃げるように去る)
ティファニー  …かっこいいー!(去る)
ドルチェ    平民よ!
四人      はっ!
ドルチェ    まずは陳謝をさせてもらおう。貴族に責ありと言ったが、それを見過ごしていた予にも同じく責がある。王族として恥ずべき態度を許してもらいたい。
チョコラ    …あの、難しくてよくわかんないんですけど。
ドルチェ    (微笑して)ふっ。今まで迷惑をかけてすまなかったと言っておる。許してくれ。
チョコラ    あ、いえ、そんな、はい。
ドルチェ    今後はこのような事のなきよう、努力するつもりだ。平民を守るのは王族の使命であるからな。
エスタック   …かっけえ。
ドルチェ    あつかましいお願いだが、これからも予と、予の国のために力を貸してくれ。よいか?
四人      はい!
ドルチェ    ふふっ。(カコナールに)そこもとは薬師か?
カコナール   あ、はえ。
ドルチェ    なかなかユニークな薬を作るな。聞けば魔女狩りを恐れて森に隠れておったとか。どうだ、そこもとの力、王国のために役立てる気はないか?
カコナール   へ?
ドルチェ    予の治世では魔女狩りなど断じて行わぬ。宮廷薬師として厚く遇することを誓おう。どうだ?
カコナール   …はい!(目うるうる)
ドルチェ    決まりだ。期待しておるぞ。
チョコラ     よかったねぇ。
ドルチェ    さ、宮殿で雇用手続きをおこなうがよい。
カコナール   うえーん。(去る)
ドルチェ    それともう一つ、(ガスターに)そこもと。
ガスター    はい。
ドルチェ    そこもとには感動したぞ。無益な争いをおさめるべく、あの騒乱の中でおもしろおかしい話をするとは、じつに見識が高い。国を破滅から救った勇者と言っても過言ではない。
ガスター    …(どう答えていいかわからず)あえあ。
ドルチェ    これからのわが国にはそこもとのような人間が必要だ。誰しもが笑って暮らせる、その助けとなる者がな。そこもとには勲章を与えてつかわす。
エス・チョコ  おー!
ドルチェ    同時に、そこもとを当代随一のコメディアンと認めよう。王子として命じる。その天賦の才を生かし、人々に笑いを届け、王国の平和の象徴となるのだ!
エス・チョコ  おー!
ドルチェ    異存はあるまいか!?
ガスター    …そんなんじゃないんですよ。
みんな     (ゲラゲラ笑う)
ガスター    違うんです、そんなんじゃないんですよ。違うんですよ。
ドルチェ    臣民よ、この天才に拍手を送るがよい!

      割れるような拍手に包まれるガスター。

ガスター   (必死に)違うんだってば! 違うんだよ!

      暗転。


《シーン6》

ポポン     お祭りが終われば、静かで平和な毎日が流れていきます。人が変わったように立派になられた王子様はそのまま王様になり、人々に安心を与えました。森から出てきた魔女、もとい薬師は、薬の力で人々に元気を与えました。そしてコメディアンとして有名になった彼は、その才能で人々に生きる楽しさを与えました。誰もが笑って暮らせる国、そんな夢みたいな国がここにできあがろうとしています。

      ガスターが帽子を持って入って来る。浮かない顔。

ポポン     でも、誰もが、というのは間違っているかもしれません。たくさんの笑顔の中に、ひとつだけ浮かない顔が混じっていましたから。
エスタック   (出てきて)おーい、お疲れ。
チョコラ    (出てきて)お疲れ様―。
ガスター    あ、うん。
エスタック   お前、今日熱かったぜ。今までで一番おもしろかったよ。
チョコラ    ねー。特にあのほら、あの、なんだっけ、あそこ、あの、(思い出し笑い)あーもうだめだ、笑いすぎて覚えてない。
エスタック   ほんとすげえことになっちまったな。おめえがこんな出世するとは思わなかったぜ。
チョコラ    え、あたし思ってたよ。
エスタック   嘘つけよ。
チョコラ    ほんとだよ、ガスターは天才だもん。こいつ絶対売れるなって前から思ってた。(差し入れを渡す)これ差し入れ。
ガスター    あ。
チョコラ    手作りクッキーだよ。あーでも飲み物とかの方がよかったかな?
ガスター    いや、なんでも嬉しいよ。ありがとう。
エス・チョコ  (ゲラゲラ笑う)
エスタック   これだよな。
チョコラ    うん、これ。ガスターのいい所は常日頃からってとこだよね。天才はステージを降りても天才だ。
スタッフさん  (出てきて)すいません、アンコール収まんないんで、ダブルお願いします。
ガスター    あ、はい。
エスタック   (差し入れを持ってあげて)おら、行ってこいよ。
ガスター    うん。…あのさ、
二人      ?
ガスター    …あ、なんでもない。
二人      (「?」と顔を見合わせる)
ポポン     劇場にやってきたお客さんは、みんな笑顔で帰っていきます。楽屋に訪ねてくる人もみんな笑顔。
エス・チョコ  (手を振って二人で去る)
ポポン     たくさんの笑顔に囲まれている時、彼の心に冷たいすきま風が吹いていることを、笑顔たちは知りません。
ガスター    (ポポンに)今までで一番おもしろかったって。
ポポン     …
ガスター    僕さ、おばあちゃん子なんだよね。小さい頃、親よりもおばあちゃんになついてた。優しかったし。だから死んじゃった時悲しかった。
ポポン     …
ガスター    そういう話してみたんだ。今日は。
ポポン     …
ガスター    そういう話なら聞いてもらえるかなって思って。…僕、きっと病気なんだね。おもしろい事言っちゃう病気。みんなは才能だって言うけど、どうしてもそうは思えないんだよね。ポポンはどう思う?
ポポン     …ステージは連日、超満員でした。今日入りきらなかったお客さんは、明日のチケットを買って帰ってゆきます。
スタッフさん  (声)おねがいしまーす。
ガスター    はーい。(帽子をかぶり、鏡で身だしなみを整え、ステージの方へ去る)
ポポン     明日のステージで何を話すか、寝る前に考えなければいけません。さしあたって、おばあちゃんの話は二度としないことを、彼は決めました。

      場面変わって、ロレックス王子が出てくる。
      携帯電話で誰かと話をしている。

ロレックス   だからよお、できるんだったらやっちまおうぜって話だよ。据え膳食わぬは男の恥って言うだろ? せっかく目の前に料理があんだからさあ。おい聞いてんのかよ親父。

      王様の人形がピョコンと出る。携帯持ってる。

王様      バカなことを言うなっ。友好条約を結んだ国に攻め込むなど、たわけるにもほどがあるぞっ。
ロレックス   出たよ平和主義。親父よお、軍隊はお飾りじゃねえんだぜ? せっかくあんなでけえ軍隊持ってんだから、有効に使うべきだろ。
王様      あれは国の威信を示すためのものだっ。
ロレックス   威信を示すんなら使わなきゃだろ。
王様      お前の魂胆はわかっておるぞっ。戦争ごっこで遊びたいだけなんだろうっ。
ロレックス   違うって違うって、俺は親父のためを思って…
王様      黙れっ! 大体おまえはいつまでその国にいるつもりだっ。さっさと帰ってこんかっ。
ロレックス   いやーいい国だぜここ、バカばっかりでよ。平民なんか特にそうだ、ちょっと煽っただけで革命なんか始めやがってさ。
王様      どういうことだっ?
ロレックス   親父、マジでここ落とせるぜ。平民と貴族の仲が最悪なんだ、小細工すりゃいくらでも内乱が起こせる。同士討ちでボロボロんなった所を俺達が占領するって寸法だよ。どうよこれ?
王様      大バカ者っ! 武者修行に行けと言ったのになんで工作員みたいな事しておるのだっ!
ロレックス   (携帯を少し離して)くそじじい。
王様      とにかく帰ってこい、一秒でも早く帰れっ! お前には仕事が待っておるっ。
ロレックス   なんだ、侵略軍司令官か?
王様      行方不明になった王女を探すのだっ。
ロレックス   王女? 誰それ?
王様      お前の妹だ、バカ者っ。
ロレックス   あーあーあー、あいつね。名前なんつったっけな。
王様      もとはといえばお前が悪いのだぞっ。妹をさんざんイジメおってっ。
ロレックス   だってさぁ、王族にあんなんがいたらそれこそ…(鼻で笑って)それこそ笑いものだぜ。
王様      だからこそ手元に置いておかねばならんのだっ。あれが外を出歩いていては王族のコケンに関わるからなっ。お前のせいで王女は家出したのだっ、責任は果たしてもらうぞっ。いいなっ。
ロレックス   めんどくせ。
王様      それとお前、さっきくそじじいって言ったろっ。
ロレックス   うっそ、聞こえた!?
王様      罰としてせっかんだっ。アサシンをしむけてやるっ。
アサシン    (鉄のツメを装備して出てくる。三人くらい)シャー。
王様      ゆけ、アサシンっ!(王様退場)
ロレックス   おい何だよこれ。なんなんだよこいつら! おい!
アサシン    シャー。

      ロレックス、アサシンに追われて退場。


《シーン7》

      エスタックとベルサーチが威嚇しあいながら出てくる。

ティファニー  (出てきてベルサーチを抑える)お姉様、お姉様、争いはいけないのですわ!
チョコラ    (同じくエスタックを抑える)あいかわらず貴族と平民は仲が悪い!
ドルチェ    (出てきて)また小競り合いか!
ベルサーチ  あー王子様、じゃない王様、ちょっと聞いていただけます!? こいつ最低ですのよ!?
エスタック   最低なのは貴族の方です、王子様! じゃない王様!
ドルチェ    やめぬか! ティファニー、説明せよ。
ティファニー  あの、どっちが最前列に座るかでケンカになってしまいまして。
ドルチェ    あきれたものだ。劇場内で私闘を行うなど言語道断。全員、最後列に座れ!
ベル・エスタ  えー。
前説      (声)まもなく開演でございます。ロビーのお客様は、なんとかかんとか。
ドルチェ    始まるぞ。厳粛に席につくがよい。(みんなで座る)
前説      (声)では、ごゆっくりお楽しみ下さい。

      拍手とともにステージに現れるガスター。

エス・チョコ  ガスター!(手を振る)
ガスター    (一礼して)…どうも、こんにちは。ガスターです。
みんな     (ゲラゲラ笑って口々に)つかみだ、つかみだ。
ガスター    えっと、今日は、この前パン屋行ったときの話をします。近所のパン屋行ったんですけど、閉店間際に行ったんですけど、そしたら、食パンが売れ残ってて。
みんな     (ゲラゲラ笑う)
ガスター    ちょうど食パン切らしてたんで、それ買いました。あと、チョココロネもあったんで、それも一つ。一番好きなレーズンパンはもうなくなってて、ちょっと残念でした。
みんな     (ゲラゲラ笑う)
ガスター    そんで…
ポポン     その日も劇場は満員でした。目の前いっぱいに並んだお客さんが、お腹を抱えて笑っています。彼はその光景を、冬の曇り空を見るような気持ちで眺めていました。降り注ぐ笑い声は、窓ガラスに当たる雨粒のように、彼の心の表面を冷たく滑り落ちてゆくのでした。

      ムヒが入ってきて、劇場の最後列のうしろに立つ。

ガスター    で、表に出たんですよ。そしたら、
ポポン     そのときです。
ガスター    パン屋の立て看板が倒れてて。それ直してあげたら、店員さんにありがとうって言われて、なんか、嬉しかったです。

      みんな大爆笑。しかしムヒは全く笑わない。
      ガスター、ムヒを見て一瞬驚く。

ガスター    …あ、で、店員さんが、これ立て付けが悪いんだよねって言って。じゃあ直さないとですねって僕が言って。

      大爆笑、しかしムヒは笑っていない。

ガスター    じゃあ今度僕が直しますよって言って。日曜大工とかけっこう好きだったんで。

      大爆笑、やはり一人だけ笑わないムヒ。

ポポン     客席の中にたった一つ、笑っていない顔があったのです。
ガスター    パン屋さんとそういう約束して、帰りました。終わりです。

      大爆笑と大拍手。ムヒ、劇場の外へ出ていく。

ガスター    待って!

      全員ストップ。ガスターとムヒだけを残してはける。

ガスター    ちょっと待って! あの、えっと、急に話しかけてごめんね。
ムヒ      (振り向く)
ガスター    あの、君さ、おもしろくなかった? 僕の話、おもしろくなかった?
ムヒ      (うなずく)
ガスター    ほんとに!? え、何で!? どういうこと!? あの、君名前なんていうの? どっから来たの? あ、僕ガスター。
君は?
ムヒ      (少し困ったのち、紙を出して何か書いて見せる)
ガスター    …ごめん、字読めないんだ。喋れないの?
ムヒ       …
ガスター    そうなんだ。どうしよ、字読める人いないかな。あ、貴族どっかにいないかな。ちょっと貴族探してくるから、ここで待ってて。絶対待っててね。(行こうとする)
ムヒ      ムヒ。
ガスター   (止まる)
ムヒ      ムヒっていいます。
ガスター    …ムヒ! ムヒさん! (帽子を取り)どうも、ガスターです、初めましてガスターです! コメディアンやらされてます!(握手)
ムヒ      (笑顔で)初めましてじゃないよ。
ガスター    え?
ムヒ      前に一回会ってるんだよ。
ガスター    …あ! あれだ、魔女じゃない人のとこで!
ムヒ      そうだよ。ごめんね、あの時は。
ガスター    いやいや全然そんな。え、あのさ、ほんっとにおもしろくないの?
ムヒ      (笑顔で)おもしろくない。
ガスター    今、僕が言ってることはおもしろくない?
ムヒ      全然おもしろくない。
ガスター    ほんとに?
ムヒ      ほんとだよ。
ガスター    笑えない?
ムヒ      うん。
ガスター    …おー! おー! うおー!

      感きわまっておたけびを上げるガスター。
      同時にブラジルのカーニバルみたいな曲が流れる。
      曲に合わせて全キャスト(仮装貴族とか含む)が登場、ガスターとムヒを囲んで踊り狂う。

全員     (曲ラスト合わせ)イエス!

      チャゲアスが出てきて、SAY YESを歌う。
      それをバックに、スローモーションで走るガスターとムヒ。その他大勢は雰囲気に合わせて適当に。

ガスター    おもしろくないよね! 僕おもしろくないよね!
ムヒ      うん、おもしろくない!
ガスター    僕の話、どこもおもしろくないよね!
ムヒ      どこもおもしろくない! 笑えない!
ガスター    笑えなーい!
ポポン     彼は、生まれて初めて…
ガスター    (さえぎって)僕は生まれて初めて、僕の話を笑わずに聞いてくれる人を見つけました! 一生笑われて暮らすと思っていたけど、そうじゃなかったのです! こんなに嬉しいことはない!
ポポン     そして彼は…
ガスター    そして僕は、ムヒに話しました。いろんな事を話しました。この世に生れ落ちてから今に至るまで、いっさいがっさいを話しました! どんな話でも、ムヒは笑わずに聞いてくれました! 嬉しくて涙が出ました!
ポポン     (タイミングをうかがって)…思えば、
ガスター    思えば最初に会ったとき、どうしてその時に言ってくれなかったんだっていう話ですが、そんなのはどうでもいいことなんです! 今ここに、ここにこの人がいてくれるということが大切であり、それがすべてなのだから! そして、今まさに、今まさに、サビです!
チャゲアス   あーいにーはーあーいでー。

      アサシンが美しく舞い踊る中、曲が終わる。
      そして二人だけになる。


《シーン8》

      公園のベンチ近く。蝶が飛んでいる。

ガスター    (前のシーン最後の形のまま)疲れた。
ムヒ      大丈夫?
ガスター    歌って踊るのは大変なんだね。馴れないことするもんじゃないや。
ムヒ      (ベンチに座って)今日はなんの話するの?
ガスター    今日はね、えっと、メガネの話。僕近眼だけど、メガネだけはどんなに遠くにあっても見つけられるんだよ。僕の数少ない特技。
ムヒ      すごいね。
ガスター    あ、あとね、もう一個特技あるよ。
ムヒ      なになに?
ガスター    エアー手品。
ムヒ      なにそれ。
ガスター    ちょっと見てて。(帽子を使ってエアー手品を披露)
ムヒ      すごい! 手品だ!
ガスター    エアー手品。
ムヒ      なんにも起こってないけど手品だ! すごいね、それステージでやらないの?
ガスター    一回やったんだけど、ダダすべりだった。
ムヒ      残念だね。
ガスター    劇場の支配人さんに怒られちゃった。意味のわかんないことするなって。
ムヒ      え、意味わかんなくないよ、すごくわかるよ。
ガスター    いやなんか、そういうの見に来てるわけじゃないからって。お客さんが。
ムヒ      …そっか。こんなにすごいのにね。
ガスター    …うん。でもさ、不思議だね。
ムヒ      ん?
ガスター    なんでムヒだけわかってくれたんだろ。
ムヒ      あたしもおんなじだからだよ。
ガスター    え?
ムヒ      あたしも病気なんだよ。

      間。

ガスター    そうなの?
ムヒ      うん。生まれたときからずーっと。ガスターとおんなじ。
ガスター    …そうだったんだ。
ムヒ      あたしの家はね、そういう血筋なんだって。何十人かに一人が、そういうふうに生まれてきちゃうの。
ガスター    え、じゃあ、他にもいたの?
ムヒ      あたしのひいひいおじいちゃん、ん? ひいひいひいおじいちゃん? もそうだったみたい。
ガスター    そっか。やっぱり病気なんだね、これ。…病気なら治るのかな?
ムヒ      治った人もいるらしいよ。
ガスター    ほんと?
ムヒ      でも治し方はわかんない。治る人は急に治るんだって。反対に今まで平気だった人が急になったりもするし。
ガスター    そういうもんなんだ。どうなのかな、僕治る人なのかな。治ってほしいなぁ。
ムヒ      そうだね。治るといいね。(飛んでいる蝶をいじる)
ガスター    じゃあ今度、願掛けに行こうよ。治りますようにって。
ムヒ      (笑って)そうだね。お祈りすれば治るかも。
ガスター    東洋の島国にね、幸福の神様の像があるんだって。
ムヒ      幸福の神様?
ガスター    うん、なんか、両足をこう突き出した子供の像で。足をかいてあげるとご利益があるらしいよ。
ムヒ      変なの。

      医者カバンを持ったカコナールがやってくる。

カコナール   よう若者。
ガスター    魔女じゃない人。
カコナール   ごぶさた。就職決まってからこっち、忙っそがしくてね。寝る時間もねえよちくしょう。
       おーい、魔女じゃない人ー。
カコナール   あーいちょっと待ってなー! やれやれだよ。(タバコを出して)今日はデートかい?
ムヒ      (うなずく)
カコナール   そうかいそうかい。(マッチがなくて舌打ち)ムヒごめん、そこの茶店でマッチもらってきてくんない?
ムヒ      (うなずいて走り出す)
カコナール   悪いね。走ると転ぶよ、ゆっくり行きな。
ムヒ      (うなずき、去る)
カコナール   さて。…どうだい調子は?
ガスター    あ、元気です。
カコナール   違うよ。病気の方はどうだって聞いてんの。
ガスター    え? …病気って、
カコナール   あーいいよ喋んなくて。笑っちゃうから。(腰を下ろして)前に、あんたに頼みがあるって言ったの覚えてる?
ガスター    (少し考えてうなずく)
カコナール   頼みってのはムヒのことなんだけどね。…言ったと思うけど、あの子は森で行き倒れになってた子でね。あたしが拾って面倒見てたんだけど、一言も喋らないからずっと失語症だと思ってたんだ。でもあんたがうちに来た時、言われたんだよ。「あの人も同じだ」って。
ガスター    …
カコナール   で、よくよく聞いてみたら事情がわかってさ。(頭をかく)あたしも色んな病気見てきたけど、こんなに厄介なの初めてだよ。医学書にも載ってねえし、ましてや治し方なんか見当もつかねえ。
ガスター    (うなだれる)
カコナール   …ガスター。あの子のそばにいてやってよ。あたしも色々やってはみるけど、薬で治る病気じゃないかもしんないからね。下手すりゃ一生治らないかもしれない。でも、それでもあの子は生きていかなきゃなんないんだ。だから、さ。
ガスター    …
カコナール   頼みってなそゆこと。…(笑って)あの子、最近やたら元気だよ。あんたのことばっか言ってる。泣かしたりすんじゃねえぞぉ。
       魔女じゃない人ー。
カコナール   あーい今行くよー。(立ち上がり)そういうわけで、ムヒのことよろしく頼むよ。
ガスター    …はい。
       早く来てくれー、王様がー。
カコナール   王様がどうしたってー?(はける)
ムヒ      (入れ違いで戻ってきて)はっ、いない。
ガスター    おかえり。ちょうど今、行っちゃった。
ムヒ      せっかくもらってきたのに。
ガスター    …ねえムヒ。
ムヒ      ん?
ガスター    ムヒはさ…あ、なんでもない。
ムヒ      ?
ガスター    …そうだ、今度友達紹介するよ。僕の話、いつも笑わないで聞いてくれる人がいるんだよ。
ムヒ      ほんと?
ガスター    うん。その子、耳、聞こえないから。その子によく話きいてもらうんだ。聞こえてないけど。
ポポン     (ちょっと笑ってガスターを見る)
ムヒ      話通じるの?
ガスター    全然通じない。なんかもうポカーンてしてる。
ムヒ      ダメじゃん。
ガスター    でもさ、その子、字書けるんだよ。お父さんが学校の先生だから。ムヒも書けるでしょ? そしたらあれだよ、話できるよ。
ムヒ      そうなんだ。じゃあ友達になれるね。
ガスター    うん。その子、作家になりたいんだって。なんか色々書いてるみたいだから、ムヒ読んであげてよ。
ムヒ      わかった。
ガスター    じゃあ、僕そろそろ行くね。
ムヒ      うん。ステージ頑張ってね。
ガスター    何頑張ればいいのかわかんないけどね。じゃあまた明日。
ムヒ      バイバイ。

      ガスター去る。
      ムヒもニコニコしながら去ろうとする。
      ロレックスがやってきて、背後から声をかける。

ロレックス   おい。ちょっとこっち向いてくんねえかな。
ムヒ      (固まり、振り向く)
ロレックス   やっぱりか。どこに行ったかと思えば隣の国かよ。世界の果てまで行っちまえばよかったのによ。元気だったか? ちゃんとメシ食ってっか?
ムヒ      …
ロレックス   まどうでもいいんだけどさ。ていうかさっさと死んでほしいんだけど。なんで生きてんの?
ムヒ      …
ロレックス   (面倒臭そうにため息ついて)親父が探してんぜ。帰るぞ。(ムヒに近づく)
ムヒ      (離れる)
ロレックス   …何お前? ぶっ殺すよ?(近づいてムヒの腕をつかむ)
ムヒ      (離れようともがく)
ロレックス   おめえを連れて帰んねえと俺が文句言われんだよ。わかんだろ? なあ頼むよ。(襟首をつかんで引き寄せる)頼むよ恥さらし。…変な病気持って生まれてきやがってよ。(突き飛ばして)別にいいんだぜ、連れて帰んなくても。死体にして持ち帰ったって構わねえんだから。死んでましたーっつって。その方が楽だ。
ムヒ      …
ロレックス   来いよ。(つかむ)
ムヒ      やだ!

      ロレックス、ゲラゲラ笑う。
      その隙に逃げ去るムヒ。

ロレックス   あ、おい! ふざけんなこのアマ! っざけやがって、くそ!(地面を蹴る)

      ロレックス、激怒しながらその場を去ろうとする。
      が、ふと立ち止まる。何かを思いついた顔。
      おもむろに携帯電話を取り出す。

ロレックス   …あ、親父? 俺だけど。ビッグニュースだぜ、あいつ見っけたよ。…そうそう。(去る)


《シーン9》

      泣きながら舞台に飛込んでくるドルチェ。
      それを追ってくるベルサーチ、ティファニー、エスタック、チョコラ。

ドルチェ     うえーん。
ベルサーチ   王様、王様! どうなさったのですか!
ドルチェ     もう僕はダメだぞ! 死ぬんだぞ!
ベルサーチ   何をおっしゃいます、気をしっかり持って!
ドルチェ     うるさいぞ! いいから縄を持ってこいだぞ!
チョコラ     バカに戻っちゃってる!
エスタック    何があったんだ!?
カコナール   (走ってきて)はいどいたどいたー! 王様どうした!? おなか痛いか!? あたま痛いか!?
ドルチェ     心に傷を負ったぞ。
カコナール    え、そりゃ専門外だよ。何があった?
ベルサーチ   わからないの、ムヒとの婚礼を終えたとたんにこのご様子で。
ティファニー   ごめんなさい、私の気遣いが足らないばかりに。
ベルサーチ   どういうこと?
ティファニー   なんというか、正直に言い過ぎてしまって。
ベルサーチ   あなた何を言ったの!?
ティファニー   デブで短小で包茎と。
みんな     おい!
エスタック    お前ひどいな! そういうの傷つくんだぞ男は!
ティファニー   でも本当にデブで短小で包茎なんですもの!
ドルチェ     うえーん。僕は完全に自信を無くしたぞ。
エスタック    大丈夫ですよ、テクニックでカバーすりゃいいんですから!
チョコラ     それと一番大事なのは愛ですから!
ドルチェ     もう無駄なんだぞ。EDになってしまったぞ。
エスタック    マジですか!?
ドルチェ     エロ本にもAVにも、全く反応しないんだぞ。
エスタック   (ティファニーに)おい、お前どう責任取ってくれんだよ!
ティファニー   そんなこと言われても…
ドルチェ     もう死ぬしかないんだぞ。
エスタック    諦めちゃダメですよ王様! おい魔女じゃない人、なんとかしてあげようぜ!
カコナール    あたしの分野じゃないよこれ。カウンセリング行った方がいいんじゃないの?
ラルフ     (出てきて)大変です王様!
ベルサーチ   王様は今、お取り込み中ですのよ。どうしまして?
ラルフ      隣国よりこのような書簡が届きました!
ベルサーチ   なになに? あら、ロレックス王子様からじゃない。
ラルフ      宣戦布告の書簡でございます!
みんな      え?

      ロレックス、軍隊を率いて現れる。

ロレックス   ガッバーナ王国に告ぐ! 貴国は、わが国の王女を誘拐し、その身を拘束していると聞く!
みんな     はあ!?
ロレックス   貴国の不当なおこないを断じて許すわけにはいかぬ! 本日をもって友好条約は破棄とし、貴国との開戦をここに宣言するものである! ブルガリ王国軍総司令官、ロレックス王子より!
ベルサーチ   どういうこと!? 王様、これどういうことですの!? 王女を誘拐したって本当ですの!?
ドルチェ     僕は知らないぞ。お前がやったんじゃないのか?
ベルサーチ   私だって知らないですわよ!
ロレックス    加えて一つ、ガッバーナ王国の全平民に告ぐ。諸君らの上に立つ貴族ならびに王族は、他国の王女を誘拐するという卑劣な行為をなした。
ベルサーチ   やってない、やってないですわよ!
ロレックス    王国同士の友好関係をないがしろにし、無意味に戦乱を招き、国民の生活をおびやかす愚劣なる貴族王族を、諸君ら平民は許すべきではない! 奴らこそが、諸君らの本当の敵である!
ベルサーチ   だからやってないですわよってば!
ロレックス    貴族王族を打ち倒し、王女を無事救出した者は、その者に限り身の安全を約束しよう。それ以外の者に関しては、王女誘拐の共犯とみなし、命の保証はない!
エスタック    おいちょっと待てよ!
ベルサーチ   何なのこれー!?
ロレックス    王女の肖像画を送る。有効活用するがよい。(似顔絵をバラまく)さあ平民たちよ、貴族王族どもの館を暴け! 恐らく王女はそこに監禁されているぞ!
ベルサーチ   (似顔絵を見て)知らないわよこんな顔! 他国の王女がうちの国にいるわけないじゃない! そうよね、そうよね!
チョコラ     ねえこの顔、どっかで見たことある。
エスタック    ほんとか!?
チョコラ     うん、ある。どっかで見たよこれ!
エスタック    うちの国にいるのか、こいつが!?
ベルサーチ   いない! いるわけない!
チョコラ     いるよ! 見たもん!
エスタック   (ベルサーチに)どこに隠してんだよ!
ベルサーチ   ぬれぎぬよー!
ロレックス    ブルガリ王国軍、全軍出撃せよ!
みんな      わー!

      悲鳴を上げて逃げ惑う皆。てんでんばらばらに去る。
      カコナール、似顔絵をじっと睨み、走り去る。
      ロレックス、高笑いして去る。

      ドルチェ、ベルサーチ、ティファニーの三人が出てくる。

ドルチェ     うえーん。
ベルサーチ   王様! 王様しっかりなさって! わが国が侵略されてますのよ!
ドルチェ     僕はもう生きる価値もないんだぞ。
ベルサーチ   軍隊を出して戦って下さい! お願いですからしっかりして! おいデブ! 聞けよデブ!
ラルフ      ベルサーチ様! 平民が、平民が!
平民の声    おい、王女を出せ! ここにいるんだろう!
平民の声    扉をぶち破れ!
ベルサーチ   いないったらいないの! 私達は何も知らないの! あなた、あなた弾圧してきなさい! 高貴なバリアで追い払いなさい!
ラルフ      数が多すぎて…
ベルサーチ   いいから行きなさい!(ラルフをはけさせる)
ドルチェ     うえーん。
ベルサーチ   デブー! 泣くんじゃねえデブー!

      三人去る。
      別の場所、ガスターとムヒは。

ガスター    (出てきてムヒを探す)ムヒー、ムヒー。
ムヒ      (出てきて)ガスター。
ガスター    あーいた、よかった。なんか大変なことになってるみたいだよ。みんな避難してるから、僕らも行こう。
ムヒ      何が起こってるの?
ガスター    僕もよくわかんないんだけど。
カコナール  (走ってきて)ムヒ!
ガスター    あ、あの…
カコナール   ねえムヒ、あんた王女様なの?

      間。

ガスター    …え?
カコナール   そうなの?
ムヒ       …
カコナール   早く自分の国に帰りな。ここにいちゃいけないよ。
ガスター    あの、どういう…
カコナール   あんたのせいで戦争が始まるんだよ! 早く帰りな!
ガスター    …戦争?
カコナール   あんたのお国がね、あんたを取り戻しに押しかけて来てるんだよ。そこらじゅう大騒ぎになってるよ。
ムヒ      (無言で数歩下がる)
カコナール   早くしな!(無理矢理ムヒの手を取る)
ムヒ      (必死にもがく)
ガスター    (カコナールを引き剥がして)あの、あの、あの…何これ。
カコナール   …いろいろ事情はあるんだろうよ。でもね、あんたが帰らないと人が死ぬんだよ、いっぱい。あんた一人の問題じゃないんだよ!
ムヒ       …
カコナール  (深くため息をついて)お人よしだよ、あたしも。ガスター、この子頼んだよ。(歩き出す)誰にも見つかんないように二人で隠れてな。
ガスター    あの、どこへ。
カコナール   絶対見つかるんじゃないよ!(去る)
ガスター    …なんか、またおいてきぼりだ。…王女、なの?
ムヒ      …ガスター、ごめんね。あたし帰らないとダメだ。
ガスター    …
ムヒ      せっかく友達になれたのに、悔しいね。残念だね。まだ知り合ってちょっとしか経ってないのにね。
ガスター    …
ムヒ      またひとりぼっちに戻っちゃうんだね。あたしもガスターも。
ガスター    …やだよ。
ムヒ      …
ガスター    やだよ。困るよ、ムヒがいなくなっちゃったら。
ムヒ      …ごめんね。
ガスター    絶対ダメだよ。行かないでよ。

      遠くから、軍勢の音が響いてくる。

ムヒ      …じゃあね。(歩き出す)
ガスター    ダメだよ! (軍勢の方を見て)…待ってて。あの、僕…待ってて。絶対待っててよ。すぐ戻ってくるから、絶対行かないでね! 約束だよ! (走り去る)
ムヒ      ガスター。
       おーい、見つかったかー!?
       ダメだ、こっちにはいねえ!
       早く探し出せー!
ムヒ      (こわごわと逃げ去る)


《シーン10》

      悲鳴とともに、疲労困憊で逃げてくる貴族ズ。

ティファニー  お姉様しっかり!
ベルサーチ  ティファニー、先に行きなさい! 私は後から追いつくから!
ティファニー  いけません、一緒に逃げましょう!
       (貴族の悲鳴)
ティファニー  早く、早く!
エスタック   (チョコラと共に出て)逃がさねえぞてめえら! 革命のストーム!(暴風)
ティファニー  ひいい。
エスタック   (武器を構えて)早く王女出せ!
ベルサーチ  高貴なバリア!(衝撃波)うるさいわよ! あなた達に渡すものなんて何一つないわ、さっさとお帰り!
チョコラ    やっぱり隠してたんだ!
ティファニー  隠してません! 王女なんて知りません、本当です!
エスタック   だから貴族は信用できねえんだよ! てめえらクズだ、貴族みんなクズだ!
ベルサーチ  平民の分際で調子に乗るんじゃないわよ!
ティファニー  ほんとに知らないの!

      敵の軍勢の音が間近に迫る。

チョコラ     …来た! 来たよ!
ベルサーチ   逃げるのよ、早く逃げるのよ!
ティファニー   お姉様―!

      ガスターが軍勢の前に飛び出てくる。

ガスター   (軍勢に向かって)皆さんちょっと聞いて下さい! 僕の話、聞いて下さい!
チョコラ    …ガスターだ。
エスタック   え?
チョコラ    ほら、あそこ! あれガスターだよ!
ガスター    えっと、えっと、今日僕は朝起きて、トーストを食べました! トーストを焼いて、バターを塗って、ピーナッツクリームも塗って食べました! えっと、そんで、あの、ピーナッツクリームよりかはストロベリージャムの方が好きなんですが、それよりもっと好きなのはレーズンパンなのですが、今朝はトーストでした!

      軍勢の音に、笑い声が徐々にかぶさっていく。

ガスター    飲み物は紅茶でした! 濃いめより薄いめが好きなので、薄いめに入れて飲みました! 砂糖はえっと、スプーンに一杯、あでも今日は気分で二杯、たまに三杯の日もあります! コーヒーの日もありますけど、一ヶ月に三回くらいしか飲みません! 基本は紅茶です! 紅茶はコーヒーよりおいしいと思うのですが、人それぞれだと思います! みなさんはどっち派ですか! それで、えっと、あそうだ、サラダはオニオンドレッシングです! あ、サラダを食べたんです! トーストと紅茶とサラダです、今朝は! 好き嫌いはない方だと思うんですが、生野菜はそんなにいっぱい食べれないです! でもドレッシングがあればいくらでも食べれたりします! そんで、そんで、あの、
ポポン     彼は喋り続けました。今までで一番多くのお客さんに向けて、声の限りに、思いつく限りに喋り続けました。
ガスター    牛乳は毎朝必ず飲むようにしてます! 紅茶と牛乳はとりあわせがいいと思います!
ポポン     こんなに多くの人を一度に笑わせたのは、きっと彼が初めてでしょう。
ガスター    (もう喋ることが浮かばず)そんで、えっと、えっと、あの…、ムヒをつれていかないで下さい! ムヒは僕の話を笑わずに聞いてくれます! 皆さんは笑ってるけど、ムヒは笑いません! 笑わないで聞いてくれる人がいるのは、すごく嬉しいです! だからムヒがいなくなると僕は困ります! すごい困ります! ムヒを連れていかないで下さい! お願いですから、ムヒを連れていかないで下さい! お願いします! みんな回れ右して帰ってください!

      軍勢の音が、膨大な笑い声に変わっている。
      カコナールが走りこんでくる。

カコナール   ガスター! 時間稼ぎご苦労!
エスタック   魔女じゃない人!
カコナール   王様、復活だよ!

      雄叫びを上げながら、ドルチェが登場。
      ものすごい勃起している。

ドルチェ    みなぎってきたぞー!
みんな     王様!
ドルチェ    薬師よ、この精力剤はなんという名前だ!?
カコナール   できたばかりなので名前はありませんが、バイアグラと名づけようと思っています!
ドルチェ    バイアグラ、力強い響きだ! ガスターよご苦労であった、あとは予に任せて下がるがよい! ガッバーナ王国軍、全軍出撃!

      軍勢の声が突き抜けるように響く。

カコナール   (ガスターに)早くムヒのとこ行ってやんな!
ガスター    うん!(走り去る)
ドルチェ    薬師よ、そちは後方でケガ人の手当てを頼むぞ! それと避難民の誘導も!
カコナール   かしこまりー!(走り去る)
ドルチェ    ロレックスめ、ガッバーナ王国をなめるでない! 平民よ! 貴族よ! 今こそ一つとなり、その手で王国を守るのだ! 予が先陣を切る、後に続け!
みんな     はっ!
ドルチェ    うおー!


《シーン11》

      無人の舞台に、ガスターが一人飛び込んでくる。

ガスター    ムヒー! ムヒー! どこー!
ムヒ     (出てきて)ここだよ!
ガスター    いたー! ムヒ、行かなくていいんだよ! ほら、あれ見て!

      ガスターの示す方向から、大軍同士のぶつかりあう音。

ガスター    勝ってるよ! うちの国勝ってるよ!
ムヒ      すごい!
ガスター    ムヒ、ここにいていいんだよ! どこにも行かなくていいんだからね! ずっといていいんだからね!
ムヒ      うん!
ガスター    ずっと一緒にいようね!
ムヒ      うん!
ガスター    (ムヒの手を取り)よし、行こう! 安全なとこに避難しよう!
ムヒ      うん!
ガスター    お城に行こう、あそこなら多分大丈夫!

      ムヒ、唐突に笑い出す。

ガスター    …どうしたの?

      ムヒ、また大笑いする。

ムヒ      (笑いながら)どうしたの? なんで急におもしろいこと言うの?

      間。急激に風景が白くなっていく。

ガスター    …え? …どうしたの?
ムヒ      (ゲラゲラ笑う)
ガスター    …いや。なんも言ってないよ。…なんもおもしろいこと言ってないよ?
ムヒ      (ゲラゲラ笑い続ける)
ガスター    言ってないよ、おもしろい事!
ムヒ      (笑い続ける)
ガスター    …治ったの?

      ひたすら笑い続けるムヒと、それを見つめるガスター。

ムヒ      (笑いながら)何? どうしちゃったの?(また笑う)

      ガスター、視界から色が消えていくのを感じる。
      ゆっくりとうつむき、手で顔を覆い、しゃがみこむ。
      そして微動だにしなくなる。

ムヒ      (ようやく笑いが収まって)ほんとにどうしたの? なんで急にそんなこと言うの?…ねえ、ガスター?
カコナール  (出てきて)あんた達何してんの! 早く避難しな!
ムヒ      あの…
カコナール  じきにここも戦場になるよ!
ムヒ      ガスターが、ガスターが変なの!
カコナール  (ガスターを見て)どうしたのガスター? 何があったの?
ムヒ      わかんないけど、急にこんなんなっちゃって…ねえガスター、どうしちゃったの? ねえってば!
カコナール  (ムヒが喋っていることに驚いて)…あんた。

      ムヒ、はっとして口を押さえる。間。
      ガスターとカコナールを交互に見る。
      そして、ゆっくりと事態を飲み込んでゆく。

ムヒ      …治ったんだ。
カコナール   え?
ムヒ      …治った。…治っちゃった。…そっか。こんなにおもしろかったんだね。こんなにおもしろい事言ってたんだね、あたしたち。
カコナール   …
ムヒ      ガスター。

      ガスター、呼びかけに応えない。

ムヒ      ガスター、なんか言って。なんでもいいから。なんか言って。笑わないから。…あたし笑わないから、絶対。ちゃんと聞くから。…ガスター。

      三人の間を、無音の風が吹き抜けてゆく。


《シーン12・ラストシーン》

ポポン     戦いは、圧倒的な勝利のうちに幕を下ろしました。戦いが終わると、王様は隣国にゆき、隣国の王様と話し合いをしました。何日も何日も話し合いは続きましたが、友好条約を結び直すことはできませんでした。王女様が戻ってこなかったからです。…王女様は、自分の国には帰らず、彼が言葉を発する日をずっと待ち続けました。彼によりそって、ずっとずっと待ち続けました。でも、半年が過ぎた頃、ついに王女様は彼のそばを離れていったのでした。

      一人しゃがんだままのガスターの周りを、シルエットの人々が囲む。

チョコラ    ガスター、どうしたの? どうして喋らないの?
エスタック   どうしたんだよガスター。なんか喋ってくれよ。
ドルチェ    ガスターよ、皆が待っておるぞ。
ベルサーチ  残念ねえ、もうステージはやらないのかしら。
ティファニー  そうみたいですわね。
チョコラ    ねえガスター、どうして? もう一年も喋ってないよ?
エスタック   頼むよ。もう二年だぜ。
ドルチェ    皆の期待に応えてやってくれぬか。そろそろ三年になるぞ。
ティファニー  もう一度ステージが見たいですわね。
ベルサーチ  しょうがないわ、諦めましょう。
エスタック   おいガスター。
チョコラ    ガスター。
ドルチェ    ガスターよ。隣国の王家がわが国にやってくる。お前のステージを見たいそうだ。これは命令である、ステージに立て。

      ガスター、顔を上げる。
      シルエットの人々、去っていく。
      舞台にぽつんと一人、ガスターが立つ。

ポポン     数年ぶりの彼のステージとあって、国中の人々が劇場につめかけ、大変な混みようでした。通路の端まで人で埋まった客席を、彼は静かに眺めました。そして、本当に久しぶりに、何かを喋りました。
ガスター    …こんにちは。ガスターです。お久しぶりです。今日は…、えっと…、今日は…。何を話すか考えてきませんでした。…なんでもいいんですよね。何話したっていいはずなんですよね。…おかしいな、ほんとに何話していいのかわかんないや。…どうしよう。

      客席の一番後ろに、ムヒが現れる。
      じっとガスターを見つめている。

ガスター    えっと…。(ムヒに気づき、しばらくうつむき、そして顔を上げて)…前に、友達がいました。友達は何人かいるけど、一番大事で、一番好きな友達でした。

      笑い声が響き始める。

ガスター    その人は、僕のことを一番わかってくれる人でした。僕も、その友達のことが、誰よりもわかることができました。

      徐々に盛り上がっていく笑い声。
      ムヒ、笑いをかみ殺し、苦しそうに話を聞く。

ガスター    最初に会ったときは、僕のことを怖がって、物を投げつけてきたりしました。その時はまだ、お互いのこと知らなかったから、友達にはなりませんでした。2回目に会ったとき、はじめてお互いのことを知りました。お互いのことを知って、すごく嬉しくなりました。それから僕とその友達は…

      ムヒ、必死で耐えるが、やがて我慢しきれなくなり、盛大に笑い出す。
      笑いながら、でもそれを抑えようとする。笑い顔と苦しい顔が幾度も入れ替わる。
      やがて、笑っているのか泣いているのかわからない状態になる。笑いすぎて涙が出ているようにも、悲しくて泣いているようにも、どちらにも見える。
      盛大な笑い声にかき消されて、ガスターのセリフはもうほとんど聞こえない。
      とつとつと話し続けるガスター。
      ムヒの様子を見て、言葉がだんだんとぎれとぎれになっていく。そしてついに下を向いてしまい、口を閉ざす。

ポポン     …話を終えた彼は、最後にこう言いました。
ガスター    …皆さんにお願いがあります。僕の話がおもしろくないと思ったら、僕に言って下さい。今すぐこの場で、手を上げて言って下さい。…また明日も、僕はここで喋ってるので。…そういう人を待ってるので。…お願いします。

      ガスター、礼をする。
      ムヒ、拍手に包まれているガスターを、客席の後ろから遠く見て、そしてゆっくりと劇場を後にする。一度だけ振り返り、また背を向け、去っていく。

ポポン     …彼はまた、毎日ステージに立つようになりました。一日も休むことなく、本当に毎日でした。薬師が、彼の病気を治す薬を作ろうと頑張ってくれましたが、彼は一度も薬を飲みませんでした。…やがて彼の名は国を飛び越え、周りの国々にまで知れ渡り、当代一の天才コメディアンとして讃えられるようになったのです。

      ポポン、それまでずっと書き続けていた本を閉じる。

ポポン     月日は流れ、気がつけばガスターの髪の毛は白髪で真っ白になっていました。かくいう私も立派なおばあちゃんです。…ある日、私のもとへ一人の若い女性が現れました。

      逆光で顔はよく見えないが、ムヒによく似た若い女性が現れる。

ポポン     その女性は一言も喋らずに、細くてきれいな字で、私にこう言いました。『ガスターという人に会いに来ました』。その女性は、手紙を持っていました。私が受け取って開くと、それはガスターに宛てた手紙でした。中にはこうありました。『今あなたの目の前にいる女性は、私の孫です。あなたと同じように、そして昔の私と同じように、一人ぼっちです。どうかその子に、あなたの話を聞かせてあげて下さい。その子の話を、聞いてあげて下さい』。

      ポポンと女性、目を合わせる。

ポポン     彼女は、祖母から伝え聞いたガスターの話を、私にしてくれました。この時初めて、私はガスターのことを深く知ったのでした。私がこの本を書こうと思ったきっかけでもあります。…話を終えた私達は、劇場へ向かいました。今日もステージの上にいる、あの一人ぼっちを、一人ぼっちじゃなくするために。

      ポポンと女性、ステージの上のガスターを見る。
      話し続けているガスター、やがて女性に気づく。
      ガスター、女性を呼び止める。
      ガスターが何か言うと、女性はうなずく。
      ガスター、手を差し出す。女性と握手する。
      握手を終えて、ガスターとムヒ、公園のベンチに座る。
      ガスターがエアー手品を見せる。
      驚くムヒ。
      何かを話すガスター。
      それを聞くムヒ。
      話し続けるガスター。
      聞き続けるムヒ。



                                     おしまい



 
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