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伝えたい、
高橋和生
 


一幕 稽古場

 一人稽古の準備をしているナミカ
 そこに入ってきて手伝うエイジ

ナミカ 「おはよう」
エイジ 「おう、早いな!今日は俺が一番だと思って来たのに」
ナミカ 「だって本番まで1ヶ月切ってるんだよ?部長の私が背中で引っ張らないとさ!」
エイジ 「…、そうだけどさ」
ナミカ 「?そうだけど、何?」
エイジ 「いや、何でもない。あんまり気張りすぎるなよって話」
ナミカ 「なにそれ。何でもなくないじゃん。ま、一応ありがとって言っとく」
エイジ 「…」
ナミカ 「ちょっと、何か突っ込むところでしょ?」

 そこに、エリとナツキが話しながら入ってくる

エリ 「だからさ、ネットでなんて良い出会いなんかあるわけないって言ったでしょ」
ナツキ 「別に出会いを求めてたわけじゃないけどさー、メッセージが来たから返しただけ」
エリ 「それで、どうして会うまで話が進むわけ?」
ナミカ 「おはよう」
エリ 「あぁ、おはよう」
ナツキ 「おはよーございまーす。だから、あんまりにもメールがしつこいから、まぁ一回くらい会ってみてもいいかなーって」
エリ 「なーって、じゃないでしょ。それを客観的に見たら出会いを求めてるって状況なの。むしろ出会い系で出会う人は大概そんな感じなの」
ナツキ 「そんなこと言って、エリだって連絡取ったことくらいあるんでしょ?」
エリ 「あるわけないでしょ!だいたい…」

 二人の会話を遮るようにナミカが話しかける

ナミカ 「エリ、昨日できなかった2幕の頭の部分、セリフ入れてきた?」
エリ 「…、さすがに一日じゃ入らないでしょ」
ナミカ 「ナツキは?二人の掛け合いのとこ、今日はできそう?」
ナツキ 「さすがに一日じゃあねー。ってかさ、相手の写真あるんだけど見る?」
エリ 「なにそれ。見るに決まってるじゃん」

 小さく溜息をつくナミカ
 エイジはその様子を黙って見てる

エリ 「…62点」
ナツキ 「えー、厳しいなー。70点は行ってると思うんだけどな」
エリ 「これでも甘口に採点したんだけどな」
ナツキ 「逆にエリが高得点与えるのはどんな人か気になる」
エリ 「んー、コウスケは黙ってれば70は超えるかな」
ナツキ 「え?そういう趣味?意外すぎるでしょー」

 そこに入ってくるコウスケとアキホ
 ナツキはコウスケを見て固まる

ナツキ 「えー?」
エリ 「だから、顔だけの話だって」
ナツキ 「えーーー?」
コウスケ 「え?なに?」
アキホ 「深く聞かない方が良いんじゃない?」
コウスケ 「ん?落ち込む話?じゃあ聞かなくていいや」
ナミカ 「おはよう、コウスケ、アキホ、昨日ダメ出したところ、ちゃんとやってきた?」
コウスケ 「んー、やったっちゃやったかな」
ナミカ 「じゃあ今日は昨日コウスケが止めたとこ重点的にやるからね」
コウスケ 「んー、そう言われると自信ない気がしてきた」
ナツキ 「んーーー?」
エリ 「なに?」
ナツキ 「何でもないっちゃ何でもない」

 こそこそとふざけるナツキとエリ

エイジ 「コウスケのとこってことは、3幕からだな」
ナミカ 「うん、じゃあ、みんな着替えといて私小道具取ってくるか」
エイジ 「俺も行くよ、結構重いし」

 舞台裏に消えるナミカとエイジ

エリ 「相変わらずだねー、ナミカの頭の中には芝居しかないのかねー」
ナツキ 「結構その通りだと思うよー?じゃなきゃ、こんな本書けないでしょ」

 エリはナミカの声真似をしながら

エリ 「生きているだけで幸せなのは分かってます。だけど、夢を持つことはいけないことですか?私たちは…」
エリ・ナツキ 「芝居がしたいんです!」
エリ 「あーウケるウケる」
ナツキ 「コウスケもよくできるよねー、ラブシーンとか特に」
コウスケ 「俺は別に、芝居してる時は特に何も考えてないっていうか」
アキホ 「天才気取りか」
コウスケ 「え?」
エリ 「ハハ、確かに。前から思ってたけど、それ意識的にやってるならむしろマイナスだよ?」
コウスケ 「え?どういうこと?」
アキホ 「ただのバカにしか見えな…」
コウスケ 「え?最後の方聞こえなかったけど、バカって単語は聞こえたよ?」
ナツキ 「もったいないよねー、コウスケ、顔だけはイケメンなのに」

 エリをちらっと見るナツキ
 エリは無視して

エリ 「でもさ、実際みんなどうなの?最後の公演だから気合入るのも分かるけど、うちら受験生なんだよ?ほかの部活はほとんど夏前に3年は引退してるわけだし」
ナツキ 「確かにねー、ナミカは頭良いからスパッと受験に切り替えられるんだろうけど」
コウスケ 「俺はもともと勉強弱いからなー、まぁ、体の良い言い訳にしてるって部分はあるかも」
アキホ 「無知の知とはこういうことか」
コウスケ 「え?どういうこと?またバカにしてる?」
アキホ 「まだ下がいるって意味だ」
ナツキ 「エイジはどう思ってるのかな?いっつもナミカの肩持つけど」
コウスケ 「エイジは元々そういう性格なんじゃないかな?頑張ってる奴をほっとけないっていうかさ」
エリ 「ナミカの場合、頑張ってるってより、空回りしてるって方が似合うと思うけどね。もしかしてあそこ、デキてたりして」
ナツキ 「まさか、あの芝居しか頭に無いナミカが?」
エリ 「ナミカなら、芝居の参考にしたいから彼氏になって、とか、言いそうじゃない?」
アキホ 「部内恋愛は禁止です」
コウスケ 「そうかなー?俺は案外エイジからってのも、無くはないかと思うけど」
ナツキ 「あー、それなら分かるかも、君を支えるのが僕の仕事だ、的な?」
アキホ 「部内恋愛は禁止です」
コウスケ 「…、ちょっと、さっきからどうしたのよ、アキホさん。今日はいつにも増して毒々しい…」
アキホ 「部の規則を言っただけです」

 微妙な空気になる稽古場
 ナミカとエイジが談笑しながら帰ってくる
 エリ・ナツキ・コウスケの三人はアキホの様子を伺う
 アキホは突然発声練習を始める

コウスケ 「ほらほらほら、遅いよー、早く始めようぜ!」
ナミカ 「?うん、じゃあ3幕から、抜いてみようか」

 稽古場で抜き稽古をする部員たち

コウスケ 『みんな、大事な話があるんだ…』
ナミカ 『なに?良い話?』
コウスケ 『…』
エリ 『その顔は、悪い話みたいだね』
コウスケ 『極東国際軍事裁判での、親父への判決が出たんだ』
エイジ 『親父さんの?結果は?』
コウスケ 『…不起訴だ。…帰ってくるんだ』
ナミカ 『それって喜ばしいことじゃないの?』
コウスケ 『不起訴とはいえ、親父は身の振り方に慎重になってる。そんな時に隠れて芝居やっているのがばれたら、親子の縁を切られるよ』
ナミカ 『…将来の為に、芝居を諦めるの?やっと戦争が終わったんだよ?やっと今まで我慢してたことが出来るようになんったんじゃない』
コウスケ 『なってないよ!俺たちがやろうとしてるのは敵国の本なんだぞ?表面的には許されてるとは言え、世間の目は、そんな簡単に変わらない』
ナミカ 『私たちが変えていくんじゃないの?世間の目を恐れてたら、何も変えられないよ』
コウスケ 『恐れてるから、こんな場所でこそこそやってるんだろ!』
ナミカ 『…いいよ。辞めたいなら勝手に辞めなよ。私は続けるから!』
コウスケ 『俺はみんなのことを思って言ってるんだぞ?もう、そろそろ現実と向き合わなきゃ…。平和に生きてけることがどれだけ幸せか分かってるのか』
ナミカ 『わからないよ!ただ、生きてるだけで幸せなの?自分がやりたいこともできなくて、我慢して、後悔して…、それじゃ結局同じじゃない!そんな人生なら、生きることに意味なんて無い!』

 ナミカを平手打ちするコウスケ
 ナミカは涙を堪えながらも引こうとはしない

コウスケ 『意味があるとか無いとか、死んでいった奴らに失礼だと思わないのか』
ナミカ 『…思わないよ。みんなは何の為に死んでいったの?お国の為?お国の為って何?私たちがやろうとしてること、死んじゃったみんなが責めると思うの?』
コウスケ 『…』
ナミカ 『私はみんなとお芝居がしたいの!それがずっと、私が持ってた夢なの!せっかくできるかもしれないのに、諦めるくらいなら死んだって構わない!』

 駆け去っていくナミカ
 残された一同は複雑な表情

エイジ 『芝居をやるか死ぬかって、ちょっと極端じゃないか』
アキホ 『じゃあ、あんたはどうするの?私はあながち、極端ではないと思うけど』
ナツキ 『私、死ぬのはちょっと…』
エイジ 『俺だって死ぬのは嫌だよ。でも芝居をしたい気持ちはもちろんある。だけどさ、今以上に役者が減ったら、現実的に難しいんじゃないか』
コウスケ 『…』
エリ 『やろうよ。私はやりたい。もちろん、死ぬのは嫌だけど、そんなのやってみないとわからないじゃない!ねぇ、理解してくれない人には、みんなで説得に行ってみようよ?こそこそやるんじゃなくて、認めてもらえばいいのよ!』

 ナミカが入ってきて手を叩きながら芝居を止める

ナミカ 「エリ、まだセリフを頭で追ってるでしょ?」
エリ 「だから、一日でそんなに変わるわけないでしょ」
ナツキ 「覚えてきただけでも頑張ったと思うけどなー」
ナミカ 「…分かった。じゃあ、次はラストシーンをやろう。コウスケのお父さんに終焉後の挨拶するシーン。準備いい?」

 少しダルそうに位置に着くエリとナツキ

エイジ 『本日は、ご覧いただき本当にありがとうございます』
エリ 『私たちはお芝居を通して伝えたいことがあります』
ナツキ 『戦争でたくさんの人が亡くなりました』
アキホ 『そんな時に芝居なんて。そう思う人も多いと思います』
コウスケ 『親父!死んでいった仲間は、僕らを責めると思いますか?』
エイジ 『自分たちだけ芝居なんてやりたいことやって、恨まれますか?』
コウスケ 「僕はそうは思いません!死んでいった仲間も、きっと観ていてくれるから!生き残れた人間は、後悔なく生きることしかできないから!伝えたい!やりたいことができる感謝を、死んでいった仲間の為に!」
一同 「ありがとうございました」


ナミカ 「ごめん、ちょっと止めるね。エリ、今のセリフで幕が下りるんだよ?一人だけ気持ち入ってないのバレちゃうんだけどな」
エリ 「だってわからないもん」
ナミカ 「え?」
エリ 「私には命をかけてまで芝居をしたいって心境が分からないって言ってるの」
ナミカ 「その為にみんなで当時の文献を調べたじゃない。そこから気持ちを作るのが役者の役割でしょ?」
エリ 「だって私たちは、当たり前のように学校に通って、その言いたいこともネットで自由に呟けて、やろうと思えば芝居なんて誰だってやれる時代に生きてるんだよ?観てる人だって、ほとんどそうだと思うけどな。明治生まれのお客さんだったら別だけどさ。そう思わない?」
ナツキ 「確かにねー、うちらのお爺ちゃんだって戦後生まれなんだよ?当時の話をみんなが知ってるかっていったら、微妙だよね」
アキホ 「それを言い出すと、時代劇の類は全て時代遅れだということになるけど?」
エリ 「別にそこまで言ってないでしょ。ってか、アキホだって棒読みで全然気持ち入ってないように感じるんだけど」
コウスケ 「まぁまぁ、それはアキホのキャラなんだからさ」
エリ 「お客さんがキャラだって思えば良いけどねー。あ、1年の時からずっとだから、分かってくれるか!」
アキホ 「そうやって自分に対するダメ出しを棚に上げるのがエリのキャラってことね」
エリ 「は?どういうこと?」
ナミカ 「止めようよ!分かった、私がもう少し分かりやすいようにできないか書き換えてみるから。こんな時に喧嘩したって仕方ないよ」
エリ 「才能たっぷりのナミカなら簡単なことなんだろうけど、勉強もしなきゃいけないんだから、あんまりセリフ書き換えるのはやめてよね」
ナミカ 「…うん。頑張ってみる」

 帰り支度をするエリ
 それに倣うように続くナツキ
 何か話しかけようとするが、はっきりしないコウスケ
 無言のまま帰っていくアキホ
 ナミカを見つめながら、ゆっくりと帰るエイジ。
 暗転。

 ゆっくりと明かりが入る
 一人稽古場に座っているナミカ

ナミカ 「みんなで芝居がしたいだけなんだけどな…」

 ドアが開き入ってくるエイジ

エイジ 「まだ残ってたのか?」
ナミカ 「…エイジこそ」
エイジ 「何か手伝えないかと思って、図書室で調べものしてた」
ナミカ 「…」
エイジ 「…、みんなさ、ストレスが溜まる時期なんだよ。あんなこと言ってたって、エリも芝居が好きって気持ちはナミカと変わらないよ」
ナミカ 「…」
エイジ 「じゃなきゃ3年も続けないだろ?」
ナミカ 「…そうだね」
エイジ 「…」
ナミカ 「つまんないなぁ。芝居なんて…。」
エイジ 「おいお…」
ナミカ 「なーんて、ウソウソ!そんなこと思うわけないでしょ!部長の私が頑張らないとね!じゃあ、また明日ね!新しい台本、楽しみにしててよね!」

 泣くのを堪えるように立ち去るナミカ
 エイジはナミカの机に歩み寄る
 ナミカが書いた新しい台本の失敗作と思わしき紙を手に取る

エイジ 「…頑張り過ぎなんだよ」

 暗転。


2幕
 
 一人椅子に腰かけうつむくエイジ
 そこにナミカが急いだ様子で入ってくる

ナミカ 「あ、おはようエイジ。ゴメン昨日気付いたら寝ちゃってたみたいで、結局今日までには新しい台本書けなかった…」

 エイジに反応はなく、ナミカに気付いてすらいない

ナミカ 「エイジ?どうしたの?」

 アキホが入ってくる

アキホ 「エイジ、冗談にしては悪ふざけしすぎじゃない?」

 エイジはアキホ見るが何も言い返さない

ナミカ 「アキホ、冗談って?何かあったの?」

 アキホからも反応はない。
 アキホもナミカに気付いていない様子でエイジに話かける

アキホ 「冗談だって言ってよ…」

 ナミカは不思議そうに二人の様子を見ている
 急いだ様子で入ってくるエリ・ナツキ・コウスケ

エリ 「エイジ、どういうこと?本当なの?仲直りさせようとしてあんなくだらないメール送ったの?」
コウスケ 「仲直りなんて、あんなメール送らなくてもするじゃんか、いつも。死んだとか、軽々しく使うのはエイジらしくないぞ」
エイジ 「…明後日の夕方からお通夜があるらしいから、明後日の稽古は無しだ」
ナミカ 「お通夜って誰の?私にはそんなメール来てないけど?」
ナツキ 「どうして?ナミカが交通事故なんて…」
ナミカ 「え…?」
エイジ 「加害者の方は飲酒運転だったらしい。歩道に突っ込んで、ブレーキの跡もなかったって。即死だったろうから、痛みとかは無かっただろうって医者は言ってたらしい」
コウスケ 「即死…」
ナミカ 「即死って…、私が?ちょっと冗談止めてよ、私ならここにいる…」
アキホ 「こんな時にする話じゃないのかもしれないけど、本番はどうするの?それを決めるために、集まってるんでしょ」

 黙り込む一同

ナミカ 「なに?なんなの?みんなして。私ならここにいるってば!勝手に殺さないでよ!ねぇ、エイジ!いい加減にして…」

 ナミカはエイジに駆け寄るが、すれ違うようにエイジが立ち上がる

エイジ 「俺はやりたいと思う。今から配役を変えるのはもの凄く大変なことだけど、俺はやりたい。ナミカが誰より、本番を楽しみにしてたと思うから」
ナミカ 「エイジ!!」
コウスケ 「配役を変えるって言ったって、ナミカは主演だったんだよ?セリフの量だって一番多いし…」
エイジ 「エリ、ナミカの代わりにお前がやるんだ」
ナミカ 「…エイジ??」
エリ 「私が?」
エイジ 「エリとナツキの役が一人でもなんかやれる。二人の掛け合いのシーンはストーリーに直接は影響しないから削る。ナツキがエリのセリフを持って、エリはナミカの役に入る。それしか本番に間に合わせる方法はないと思う」

 ナミカは部員たちの輪を離れ放心している

エリ 「ちょっと、それじゃあ大変なのは私とナツキだけじゃない?いくらなんでもあと五日で…」
エイジ 「無理なら…、俺らの代は今日ここで、引退しよう」
コウスケ 「引退って…」
アキホ 「それがいいかもね。受験を理由にしてたんだから、お望み通りでしょ」
ナツキ 「なにそれ。自分がセリフ変わらないからって適当に言わないでよ」
アキホ 「いつも適当にやってた人に言われたくない」
エリ 「…やるよ。セリフくらい五日もあれば余裕で覚えられるから」
ナツキ 「本気?セリフだけじゃなくて動きとかも変わるんだよ?」
エイジ 「それは今からみんなでどうするか作っていこう。ナミカ任せだったけど、自分たちで考えてさ」

 音楽が流れる。
 照明が変わり、エイジたちは台本を持ちながら話し、動き、芝居を変えていく。
 次第にエイジたちは活気に溢れ、笑顔を交えながら進めていく。
 ナミカはその様子を見ながら近づいたり、何か話しかけようとするが諦め、ゆっくりと稽古場を出ていく。
 暗転


3幕 

 文化祭当日、演劇部は本番を迎える
 ナミカは一人、舞台袖で舞台中央を眺めている

司会(声) 「続いては演劇部3年生による引退公演です。ご存知の方も多いとは思いますが、部長である谷村那実花さんは五日前に交通事故に遭われて亡くなられてしまいました。そんな状況で公演を行うことを決意したメンバーから、初めに挨拶があります」

 舞台全体に照明が入ると、整列している部員たちの姿

エイジ 「お話にあった通り、部長である谷村那実花は先日事故で亡くなりました。こんな状況で僕等がこうして舞台に立っているのは、天国にいるナミカに観てほしかったからです。主演だったナミカがいない状況で、たった数日で新しく作った舞台をどうか天国からダメ出ししてほしいと思います」

 エイジに沿って頭を下げる部員たち
 明かりがナミカに絞られ、他の部員たちは袖にはける

ナミカ 「…私ならここにいるよ??」

 舞台上にはナミカ一人。
 ナミカは舞台中央前に背を向けて座り込む
 本番を観ながらダメ出ししていくナミカ
 
ナミカ 「コウスケ、声も出てるし良い感じ。まったく、普段は優柔不断で頼りないくせに、舞台立ってる時だけかっこつけちゃってさ。いつもそのくらいしっかりしてよ」

ナミカ 「アキホ、相変わらず私はアキホのそのぶれないキャラ大好き。セリフの間の読み方が天才的で、アキホにはほとんどダメ出ししたことなかったね。でも最後だから言うと、もうちょっと声出して」

ナミカ 「ナツキ、最初はエリに誘われて嫌々部活に来てたけど、3年間で一番うまくなったのはナツキだと思う。なんだかんだ文句言いながら本番はしっかりやっちゃうんだから。稽古の時からもそうしてほしかったな」

ナミカ 「エイジ、いっつも引っ張ってくれてありがとう。エイジがいなかったら、私は部長なんて出来なかった。エイジがいつも味方でいてくれるから、安心して芝居ができたんだよね」

ナミカ 「エリ、エリとは何回も喧嘩したね。最後の最後まで。細かいことが嫌いで、いつも立ち位置とかで言い合いになっちゃうけど、私はエリがもっともっと輝けるように演出したかったの。伝わってたのかな?」

ナミカ 「私は、もういないんだね。立ちたかったなー。みんなと一緒に。お芝居したかった…。…どうして?…どうしてなの?」

 舞台は溶暗していく。

ナミカ 「…コウスケ?私そんなセリフ書いてないよ?(ナミカはフラフラと立ち上がりながら)アキホ?このシーンは敢えて動かない方が良いって言ったでしょ?ナツキ!エイジ!私が書いたのはこんな話じゃないよ?エリ…、それ、私の役だよ?なんでエリが喋ってるの?取らないでよ!私のセリフ勝手に言わないで!」

 ナミカは泣き崩れながら、ぶつぶつとセリフを呟く
 明かりが付くと再び部員たちが整列している

エイジ 「本日は僕たち演劇部三年の最後の舞台をご覧いただき、本当にありがとうございます!どうでしたか?実はこの話、結末を僕らで変えたんです」
コウスケ 「みんなで芝居をしたい。そう願い続けたヒロインは夢を叶える直前につかまってしまう。彼女の夢は叶わなかった。獄中で一人セリフを読む彼女」
ナツキ 「残された仲間は、彼女の為最後の稽古を行う。夢を叶えられなかった彼女の為に」
エリ 「でも本当は違ったんです。周りを説得し続けて、なんとか舞台をやる許可を取ったヒロインたちだけど、お客さんは誰もいない。けど、反対し続けていたこいつの親父うさんだけが観に来てくれる」
アキホ 「そんなチープな感動物語」

 ナミカはぼんやりとアキホを見る

エイジ 「みなさんはどっちを観たかったですか?僕は結構、即興で作ったにしては良い話になったと思うんですけど」
ナミカ 「エイジ?」
コウスケ 「そう?でも俺は前の話も嫌いじゃないけどなー、最後のさ、終わった後に俺の親父に向かってする挨拶のところ。あんな大真面目に泣きながらヒロインは言うじゃない?あれで感動するんですかって思うけど」
ナミカ 「コウスケ…?」
エリ 「あれをやれって言われたら、こうして舞台には立ってないかな、私は」
ナツキ 「やっぱあれ、自分が目立ちたいだけだったんだと思うけどなー」
ナミカ 「もうやめて…」
アキホ 「そこまで言われるとみてみたーい」
コウスケ 「お。やっちゃう?皆さんも少しは興味ありますよね?」
ナミカ 「やめてってば!」
エイジ 「じゃあ、話が変わるちょっと前からやりますか?」
エリ 「アドリブでやるとかテンションあがる!」

 部員たちは位置に付く

ナミカ 「いい加減にして!これ以上私の本を汚さないで!大体、エリ!私の役の立ち位置はそこじゃ無い!」

 コウスケが入ってくる

コウスケ 『みんな、話があるんだ』
ナミカ 「どこに向かって言ってるの?それに次は私のセリフだよ、エリ、立ち位置はここだってば!」

 間

エリ 『その顔は、悪い話みたいだね』
ナミカ 「え…?」
コウスケ 『極東国際軍事裁判での、親父への判決が出たんだ』
エイジ 『親父さんの?結果は?』
コウスケ 『…不起訴だ。…帰ってくるんだ』

 間

ナミカ 「なにやってるの?みんな…」
コウスケ 『不起訴とはいえ、親父は身の振り方に慎重になってる。そんな時に隠れて芝居やっているのがばれたら、親子の縁を切られるよ』

 ナミカは自分のセリフを呟く

ナミカ 「…将来の為に、芝居を諦めるの?やっと戦争が終わったんだよ?やっと今まで我慢してたことが出来るようになんったんじゃない」
コウスケ 『なってないよ!俺たちがやろうとしてるのは敵国の本なんだぞ?表面的には許されてるとは言え、世間の目は、そんな簡単に変わらない』

 ナミカは徐々に状況を理解して声に力が入っていく

ナミカ 「私たちが変えていくんじゃないの?世間の目を恐れてたら、何も変えられないよ」
コウスケ 『恐れてるから、こんな場所でこそこそやってるんだろ!』

 涙を堪えながら必死にセリフを言うナミカ

ナミカ 「…いいよ。辞めたいなら勝手に辞めなさいよ。私は続けるから!」
コウスケ 『俺はみんなのことを思って言ってるんだぞ?もう、そろそろ現実と向き合わなきゃ…。平和に生きてけることがどれだけ幸せか分かってるのか』
ナミカ 「(号泣しながら)わからないよ!ただ、生きてるだけで幸せなの?自分がやりたいこともできなくて、我慢して、後悔して…、それじゃ結局同じじゃない!そんな人生なら、生きることに意味なんてない!」

 平手打ちをするコウスケだが当たらない。
 ナミカは合わせるように倒れる

コウスケ 『意味があるとか無いないとか、死んでいった奴らに失礼だと思わないのか』
ナミカ 「…思わないよ。みんなは何の為に死んでいったの?お国の為?お国の為って何?私たちがやろうとしてること、死んじゃったみんなが責めると思うの?」
コウスケ 『…』
ナミカ 「私はみんなとお芝居がしたいの!それがずっと、私が持ってた夢なの!せっかくできるかもしれないのに、諦めるくらいなら死んだって構わない!」

 駆け去っていくナミカ。袖で立ち止まりみんなを見つめる
 ほかの部員たちも涙を堪えきれない

エイジ 『芝居をやるか死ぬかって、ちょっと極端じゃないか』
アキホ 『じゃあ、あんたはどうするの?私はあながち、極端ではないと思うけど』
ナツキ 『私、死ぬのはちょっと…』
エイジ 『俺だって死ぬのは嫌だよ。でも芝居をしたい気持ちはもちろんある。だけどさ、今以上に役者が減ったら、現実的に難しいんじゃないか』
コウスケ 『…』
エリ 『やろうよ。私はやりたい。もちろん、死ぬのは嫌だけど、そんなのやってみないとわからないじゃない!ねぇ、理解してくれない人には、みんなで説得に行ってみようよ?こそこそやるんじゃなくて、認めてもらえばいいのよ!』

ナミカ 「ありがとう…。みんなありがとう!」

 暗転

 芝居が終わり、コウスケの父親に挨拶するシーン
 部員たちが整列しているが真ん中だけ開いている
 そこに入っていくナミカ

エイジ 『本日は、ご覧いただき本当にありがとうございます』
エリ 『私たちはお芝居を通して伝えたいことがあります』
ナツキ 『戦争でたくさんの人が亡くなりました』
アキホ 『そんな時に芝居なんて。そう思う人も多いと思います』
コウスケ 『ナミカ!死んでいった仲間は、僕らを責めると思いますか?』
 
 首を振るナミカ

エイジ 『自分たちだけ芝居なんてやりたいことやって、恨まれますか?』

 首を振り続けるナミカ
 ナミカ以外の全員がナミカのセリフを言う

一同 「僕は(私は)そうは思いません!死んでいった仲間も、きっと観ていてくれるから!生き残れた人間は、後悔なく生きることしかできないから!伝えたい!やりたいことができる感謝を、死んでいった仲間の為に!」
ナミカ 「ありがとうございました!」
一同 「ありがとうございました」

暗転。



 
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