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したたかな子猫たち
作 髭和久
 



○プロローグ、アパートの一室

ある日の昼下がり、雨
アパートの一室
古ぼけたソファ。テーブルの上にバナナ。
舞台中央奥に部屋の奥に通ずる袖枠がある。
母文子、そそくさとテーブルを整えている。
いかにも高そうな花瓶や絵画を上手隅に移している
文子「貧乏暮らしに見せないと大変だからね。このテーブルクロスもビニールの安物に変えないとね」

文子、舞台中央奥に向かって

文子「あなたぁ!あなたも、いつものイタリア製のガウン着て出てきちゃダメよ。ジャージで良いのよ。」
大五郎の声「わ、わかってるよ・・・まったくうるさいんだから」

玄関にチャイムの音

文子「ああ、もう来ちゃったよ。えっと、これで大丈夫かしら。娘の会社の社長さんって、いったいなんだろうね突然。」

玄関に向かって

文子「はい!少しお待ちください。あなたぁ!お見えになったわよ」
大五郎の声「おお、わかった。」

文子、下手にいったん消えて、玄関に出る。
文子下手よりはいる、後から、一郎が入ってくる。

文子「どうも、こんなむさくるしいところまで。どうぞどうぞ」

一郎、文子に促されるままにリビングへ入り、椅子に座る。向かいに文子が座る。

文子「いつも恵子がお世話になっております。」
一郎「いえいえ、お母さん、そんな挨拶は結構です」
文子「恵子は仕事のほう、ちゃんとこなしておりますでしょうか?ご迷惑などかけてませんでしょうかね」
一郎「ぇ、まあ、そのことなのですがね。」
文子「あの、なにか?」
一郎「何かじゃありませんよ、お母さん。ご存知なんでしょう」
文子「何のことでしょうか」
一郎「おとぼけになってはいけません。恵子さんはどちらですか?」
文子「恵子でしたら、今日はお休みだからと出かけておりますが」
一郎「どちらですか?」
文子「さぁ・・・」
一郎「あのね、お母さん。恵子さんは会社のお金を持ち出しているんですよ」
文子「え?そんなばかな。あの子に限って。」
一郎「その、あの子に限ってですよ。」
文子「はぁ」

文子、完全にとぼけた風である。

一郎「お父さんはご在宅なんでしょうか?」
文子「すぐ降りてまいりますから。どうも、いつも起きてくるのが遅いもので。」

そこへ、中央奥袖より大五郎が入ってくる。
よれよれのジャージ姿でいかにも貧乏くさい

大五郎「ああ、お待たせしました。どうも、日曜はこんな格好で失礼します」
一郎「お父さん、恵子さんなんですがね」
大五郎「恵子がどうかしましたか?」
文子「お父さん、恵子が会社のお金を横領したって言うんですよ」
大五郎「ええ、なんだって。まさかお前。あの子に限って。」
一郎「だから何度も言いますが、そのあの子に限ってなんですよ」
大五郎「文子、お前も言ったのか?あの子に限ってって」
文子「ええ、まぁ」
一郎「今はそういうことではなくてですね。」
大五郎「どうも、うちの家族は言葉遣いを知りませんでこまります。ははは」
一郎「笑い事ではありませんよ」
大五郎「確かに、これは失礼。でもねぇ、あの子に限って。」
一郎「だから、その限ってはいいですから、恵子さんを連れてきてください」
文子「ですから、今、出かけてますから。」
大五郎「おや、そうかい。それは仕方ないね。どうしましょうかね社長さん」

まったくとぼけて相手にならない大五郎と文子に業を煮やす一郎。

一郎「まったく、娘が娘なら親も親ですね。」
大五郎「本当に、困ったもんです」
一郎「それはこっちの台詞ですよ」
文子「で、いかほどなんですか?恵子が持ち出したお金というのは。」
一郎「細かいところまでは調べていませんが、少なくとも、今月の仕入れ代金の一部がきえているんですよ」
文子「ですから、いかほどなんですか」
一郎「今わかっているだけで、三百万円くらいでしょうか」
大五郎「それは大変だ。三百万円といえば大金ですよ。」
一郎「そう、その大金をですね、恵子さんが持ち出しているようなんですよ」
大五郎「文子、恵子はどこへ行ったんだ。連れてこないといかんよ、これは」
文子「それが、どこへ行ったか、夕べから帰ってないので」
大五郎「そうか、夕べから帰ってないのか。それは仕方ない。そうらしいですので社長さん、今日のところはお帰りになったほうが」

まったくとぼけて相手にならない大五郎

一郎「待たせていただきますよ」
大五郎「そうですか、いえ、こちらはまったく結構ですよ。こんなむさくるしいところで、何のお構いも出来ませんが。」
一郎「お構いなく!」

しばしの沈黙、時計の音がチクタク聞こえる。

文子「でも、恵子も何時になるかわからないし。どうでしょう、戻ったらすぐに会社に行かせますので、そちらでお待ちになるというのは。」
大五郎「うん、それがいいね文子。こんな汚いアパートでお待ちになるより、クーラーの効いたオフィスたらいうところでお待ちになったほうがいいです。なに、恵子が戻ったら、すぐに飛んで行かせますよ。ご安心ください」
一郎「安心できませんな。」
大五郎「そうですか。」

しばしの沈黙、時計の音

大五郎「文子、そろそろ晩飯の仕度をしないとな」
文子「あら、もうそんな時間ね。ではちょっと、社長さん失礼して」

文子上手に消える
しばしの沈黙、時計の音
大五郎、老眼鏡をかけ、大胆な格好でおもむろに新聞を広げる。

大五郎「アドベンチャーワールドでまたパンダの赤ちゃんか、なるほど、他にすることないからなパンダは。」

一郎の携帯がなる。(とぼけたような派手な着メロ)

一郎「なに?わかった。すぐに戻る」

一郎、大五郎に向かって

一郎「お父さん、ちょっと社に用事ができたので戻ります。恵子さんが戻ったらすぐに連絡してください。」
大五郎「わかりました。社長さんもお忙しいことですな。おうい、文子、社長さん、お帰りになるそうだよ」
文子の声「どうも、お構いも出来ませんで」

外は雨が降っている。
一郎、下手に出て行く。
それを見送ってついていく大五郎と文子
暗転

○オープニング幕前

明かりがつくと、舞台下手寄りに半円形のファミレスの椅子。上手寄りに二人がけの椅子。その前に衝立。
舞台奥上手寄り、大五郎のリビングが変化し一段上がって一郎のマンションの部屋のセットソファ。中央奥にマンションの部屋の奥へ通ずる袖。上手にクローゼット風の囲み。

上手から、手にたくさんの荷物を持ち、素朴な服装の幸子が登場。
下手から走って飛び込んできた人とぶつかって倒れ、荷物をばら撒く。
下手より一郎が登場、うずくまる幸子を見つけ、かけより手伝う。
親切な一郎に一瞬目を奪われる幸子。
一郎はそのまま上手に消える。
一郎の先を眼で追う幸子。
ゆっくりと携帯をだす。

幸子「もしもし、お姉さん?私です。幸子です。覚えてますか?もう20年ですね・・・」

暗転

○第一景会社前のファミレス

軽快な音楽が流れるとあるファミレスの昼下がり。
椅子を隠していた衝立が移動。
会社の制服姿の友子、実子、光子、半円形の椅子に座り談笑している。
そこへ、下手より幸子が入ってきて、上手寄りの二人がけの席に三人に背中向きで座る。
幸子の姿をチラッと三人が見る。

実子「それはそうと、この前の夜、くまもんが一匹、歩いてるの見かけたのよ。サポートの人もいなくて、たった一匹でよ。それで、あたし、後、追いかけたんだけど、いつの間にか見失って。」
友子「へえ」
光子「それ、野生のくまもんじゃない?」
実子・友子「・・・・・・・・」

三人一斉にお茶を飲む。

実子「話し変わるけど、あいつ、また次のターゲット決めたみたいね」
友子「ほんと、新入社員と見るとすぐに手を出す、足を出す。」
光子「かたつむりか?」
実子「忠告してやろうか?」
友子「良いんじゃない、なんか、実家がお金持ちみたいなこと言ってるし。」
実子「経営者としては一流なんだけど、本当に女好きだね。」
友子「どっちでもいいよ。それにしても、私の時もあれとおんなじ。サマンサ・タバスコのピンクのバッグもらった。」
光子「え?タバスコ?タバサじゃじゃないんだ?新ブランドか。要チェック。」
実子「そうなんだ。ぜんぜん成長しないやつだね。」
友子「本当にね。私、そのバッグ即興で売っちゃったよ。ヤフオクで。」
光子「売れるのか?そんなもの。メモメモ」
実子「さすが、友子、男慣れしてるね。」
光子「男なれっていうのか?性格悪いだけじゃないの?」
実子・友子「・・・・・・・・・・・」
実子「あいつは、昼のデートなんか、どうでもいいのよ。要するに夜のデートが本番なんだから」
友子「そうだよね。レストランに連れて行って、ディナーしてさ。それに、いっつも、瀧が見える何とかってレストラン」
実子「そうそう、ナイトウォーターっていうレストランでしょ。」
友子「あそこ、最上階がレストランで、あとは全てホテルだもんね。」
実子「いかにもって感じだよね。だいたい、いまどき、そんな昭和ムードで、女をものにしようなんて了見が甘いんだ」
光子「そういうあなたもそれでものにされたんじゃないの?」
実子・友子「・・・・・・・・・」

三人一斉にお茶を飲む

実子「ところで、光子先輩も入社した頃誘われました?」
友子「まったく、どんだけ女好きなんだろうね。老若男女だれかれかまわす」
光子「老若はわかる。男女?って、両刀使いか」
実子「あ、ごめんなさい。そういうつもりではないんですが。」
友子「実子、失礼なこと言ったんだから謝りな」
光子「良いんですよ。あなたたちより明らかに年食ってますから私。それより男女って方が問題でしょ」
実子「本当にごめんなさい。でも、あの社長、なんだかんだといっても、女性の趣味は良いよね。」
友子「それフォロー?」
光子「自慢やろ、どれだけ自意識過剰や」
実子・友子「・・・・・・・・・・」
実子「それにしても、Facebookの友達申請で、友達の友達があの男だったんで聞いてみたら、みんなあの男と付き合ってたなんてね。しかも、おんなじ会社ってどうよ。」
友子「本当本当。」
実子「さっき、会社にかかってきた電話、きっと奈津美からよ」
友子「奈津美?」
実子「そう、この前、あのナイトウォーターってレストランに連れて行ってさ、その後、予定通り、下のホテルに連れ込んだらしいよ」
友子「私を口説いた時からまったく成長しない男ですね。」
光子「なんか、年季を感じる今の発言。」
実子「まったくね。それで、さっきの奈津美なんだけど、なかなかのつわものでね。」
友子「つわもの?」
実子「そうなのよ、あいつから次々とブランド物のバッグやアクセサリーを手に入れては、友達やオークションに売って、相当ため込んでるみたいよ」
友子「それ、私とおんなじじゃない」
実子「なるほど!てことは友子もつわものか。」
光子「つわものどもが夢のあと。」
実子・友子「・・・・・・・」

三人一斉にお茶を飲む

幸子、日記帳を出し書き始める。
耳は三人の会話に集中している感じである。
三人は、一瞬、幸子を意識し、すぐにさっきの会話の続きになる。

実子「ああいう、女の敵はやっぱり懲らしめないといけないよね」
友子「そうそう、それも、思い切ったことしないと。」
実子「いったい、今は何人の女とかかわってるのかしら。」
友子「ざっと上げただけでも、40人はくだらないという話よ」
光子「それ、誰が数えたの?」
友子「私・・・」
光子「って、ドンだけ暇?」
実子・友子「・・・・・・・」

三人一斉にお茶を飲む

光子「それで、相談なんですけど。」
実子「相談?」
友子「相談って」
光子「あんな男は、生きていても、良くないとおもうんです。」
実子「確かに、それはいえるかも」
友子「月に代わっておしおき?」
光子「セーラームーンか!」
実子「巨人に食われたら良いんじゃない」
友子「進撃の巨人か!」
光子「いません!」
実子・友子「・・・・・・・」

突然、神妙になる光子

光子「これは、ここだけの話なんですが」
実子「うんうん」
友子「どうするんですか?」
光子「殺してしまおうかと。」

友子、実子、顔を見合わせる。

実子・友子「それ、本気ですか?」
光子「はい」

幸子ゆっくり立ち上がる。
同時に暗転

○第二景一郎のマンション

一郎のマンション
上手よりにソファ、一人一郎が座っている。傍らにワインボトル
シャワーの音が聞こえていて、誰か奥にいる風。
チャイムの音

一郎「だれだ、こんな時に。」

一郎、玄関へ行くため下手に消えて、そのまま幸子と一緒に入ってくる。

一郎「どうして僕のマンションがわかったの」
幸子「ググってみたら、出てきました。」
一郎「ええ!ほんまかいな、しかし、それは」
幸子「良いんですよ。こういう省略こそが芸術なんです。」
一郎「(ずっこけ)ええのかい」
幸子「それより、大変なんです。社長さん、殺されますよ。」
一郎「え?だれに・」
幸子「女の人に。私聞いたんです。三人で相談してるのを」
一郎「女・・・。」
幸子「はい」
一郎「冗談でしょ、まぁ上がりなさいよ。玄関先で話すのも。」
幸子「でも誰かいるんじゃ」
一郎「いいよ、もう帰るところだから」
幸子「それ、よくサスペンスドラマである台詞ですね。では、失礼します」

幸子は一郎のマンションの部屋に入る。

一郎「まあ、どうぞ」

二人は、ソファに座る。シャワーの音がやみ、しばらくして、奥から女(誰か二役)。

女A「あら?お客さん?」
一郎「急に客が来た。今日は帰ってくれ。」
女A「まあ、失礼だけど、いいわ、またね。」
女A奥に引っ込む。
続いてドアの音

幸子の独り言「まさに、サスペンスドラマだ。たぶん、あの女は、これが最初で最期の登場だね。いや、もしかしたら犯人という展開もあるな。西村京太郎ならそうするかもしれない。で、何の犯人?」
一郎「なにぶつぶついってるの?幸子さん。」
幸子「いえ。別に」
一郎「でも、この前は助かったよ。」
幸子「まさか、会社の出口で、傘を差しかけたのが、入社した会社の社長さんなんて、びっくりですよ。」
一郎「急な雨だったんで、大助かりだった。」
幸子「お約束に間に合いました?」
一郎「大丈夫、本当にありがとう」
幸子「社長さんとは、雨に縁がありますね。」
一郎「雨?縁?」
幸子「そうですよ。覚えてませんか?」
一郎「?」
幸子「私が東京に出てきた時、通りで荷物を拾ってくれたんですよ。」
一郎「え?そんなことあったっけ。」
幸子「やっぱり覚えてませんか?別に良いですけど。」

一郎、じっと幸子を見る。

一郎「ところで、おいしいワインが手に入ったんだけど、飲む?」
幸子「いえ、私は、その、緊急事態をお伝えに来ただけで。」
一郎「まあ、良いじゃないの、その人たちだって、そうあわてて僕を殺しには来ないよ。」
幸子の独り言「確かに、いきなり殺しに来たら、お芝居終わってしまう。」
一郎「スペインから取り寄せた取って置きなんですよ」
幸子「いや、ちょっと今日は、この後、約束がありますので」
一郎「約束?もしかしてデート?」
幸子の独り言「典型的ないまどきセクハラ発言。この後、『どんな彼氏?当ててみようか、背が高くて、ジャニーズ系?』的な発言が続く?」
一郎「どんな彼氏かな?やっぱりジャニーズ系?」
幸子の独り言「まんまかい!ちょっとはサプライズな展開はないのか」
一郎「そんなことはどうでも良いね。」
幸子「そういうところです。」
一郎「でも、一杯だけクチをつけてごらん、本当においしいから」
幸子の独り言「いかにも高そうなワインだ。これはここで飲むのも、いい経験かもしれない。でも、そう簡単に受けるわけにはいかない。幸子、考えろ!」
一郎「大丈夫、飲ませて、どうしようとか考えてないから」
幸子の独り言「それ、考えたら犯罪やろ。というか、そこまで考えるお前がかなり問題。やっぱり、あの人たちの考えるように、殺したほうが良いかも。」
幸子「そんな、まさかそんなこと思ってないですよ」
一郎「ではどうぞ」
幸子「いただきます」

一郎はグラスにワインを注ぎ幸子に手渡す。
幸子は、グラスを取り、口につける。

一郎「どう?」
幸子「はい」
一郎「はい。だけ?」
幸子の独り言「『いやぁ、まろやかな味わいと、草原の香りが漂うような、まさにスペイン、という味わいのワインです。』なんて、いうわけないやろ。テレビのグルメ番組か!」
幸子「おいしいです。」
幸子の独り言「無難な回答だ。われながら、普通過ぎる」
一郎「じゃあ、もういっぱい。本当にいいワインなんだから。」
幸子の独り言「『じゃあ、もう一杯』、それ、明らかな下心有り。しかも、見え見え、それを覚悟の殺し文句。そう簡単にこの鈴木幸子はおちませんよ」

幸子はさりげなくグラスを差し出す。

幸子「おいしいです」
一郎「それはそうと、僕を殺しに来るって話だけど。」
幸子「私、会社のそばのファミレスで、たまたま話してるのを聞いたんです」
一郎「あんなところで?まさか」
幸子「でも、怖いくらい真剣な様子でした。」
一郎「安物のテレビドラマじゃあるまいし、ファミレスで、そんな話。どうせ、冗談だよ。」
幸子「そんなことないです。」
一郎「大丈夫だよ、心配しなくても。」
幸子「はい」
一郎「念のためだけど、どんな女性だった?私を殺そうなんて相談してるのは。」
幸子「名前はわからないんですが、私と同じ制服着てたので会社の人かと。」
一郎「そう。せいぜい、気をつけておくよ」

一郎はいきなり彼女を抱き寄せる。
あわてて、体を離そうとする幸子。
そしてそそくさと、一郎から離れる。

幸子の独り言「しまった、この鈴木幸子が、思わず、抱き寄せられてしまった。不覚」
一郎「うれしいよ、わざわざ知らせに来てくれて。ありがとう」
幸子の独り言「ん?どこかで聞いたような決め台詞だが、このどこかで聞いたような、というデジャヴェ的な感覚が女心をくすぐるのかもしれない。これは、これは、これは、恋?いや、ここで、素直に受けるわけにはいかない。経験のないうぶな女子高生に思われてしまう。ぁ、女子高生は余計だった」
幸子「いえ、そんな。・・・・・」

一郎は幸子の挙動を凝視する。

一郎「ところで、生活は慣れたかい?」
幸子の独り言「でた!慣れたかい発言。私を田舎ものだと思ってるな。そうは行きませんよ。」
幸子「おかげさまで。」
一郎「それなら良かった。東京は人も多いけど、いろんな人間がいるから注意しないといけないよ。」
幸子「ありがとうございます。でも、東京って、もっとすごいところかとおもってたけど、ニューヨークなんかに比べるとまだまだですね。」
一郎「ニューヨークに居たことあるの?」
幸子「ええ、父の付き添いで、二年ばかり。丁度、父がアメリカに店を出そうっていうころだったかな」」
一郎「幸子さんのお父さんて、事業なさってるんですか。」
幸子「ええ、祖父が起こした会社を引き継いだんです」
一郎「そうだ、渡すものがあるんですよ。」

一郎、上手に行き、戻ってくると紙袋を持っている。

一郎「これはこの前のお礼、それと、僕からの心ばかりの入社祝いだよ」

幸子は一瞬、その高級そうな品物を凝視する。

幸子の独り言「おお!これは、サマンサ・タバスコの限定ピンクバック。この前3時間並んで、私の前で売り切れたやつだ。おっと、顔に出してはいけないな。ここは冷静に、冷静に。ひとまず、遠慮するのが日本人のたしなみだ」
幸子「え?そんな高価なもの、いただけないです」
一郎「心配は要らないよ。たいしたものじゃないから。」

幸子、バッグを手に取る。

幸子「素敵なバッグ。さすがにブランドショップの社長さん。私がニューヨークで親しくしていた彼もファッションセンス抜群でした。その彼、私と結婚したいなんて言ったりしたんですけどね、結局、彼はフランスで勉強するからとひとりで渡欧して。やっぱり、遠距離はダメですね。」
一郎「アメリカとフランスの遠距離恋愛って、すごいね。」
幸子「まだまだ、若かったんですよ。」
一郎「幸子さん、そのバッグ、どうかな?気に入ってもらえた?それとも、別のほうが良いかな?」

幸子あわてて

幸子「あっ、でもせっかくなのでいただいておきます。ありがとうございます」
幸子の独り言「しまった、思わず反応してしまった。」
一郎「そう。もらってくれるの?良かった。仕事がんばってね。」
幸子「はい」
一郎「どう?こんど、僕の行きつけのお店で食事なんか。」
幸子「食事?」
一郎「うん、いいお店なんだよ。窓から瀧が見えるようになっててね。夜になると色とりどりに光るんだよ。それに、夜景も滝に浮かび上がるようになってて、そりゃもう、うっとりするよ。」
幸子の独り言「窓から瀧が見える店って、この前、あの女たちが言ってたレストランのことか?いや、ホテル。ふん、あんたのやろうとしてることは、まるっとおみとおしなんだよ!」
幸子「滝に夜景が浮かぶなんてロマンチック。以前、アラブの船会社を経営している彼に連れて行ってもらった、モナコのレストランもそんな感じでした。そこは、星空が天井いっぱいに輝いていました。」
一郎「そりゃあすごいな。じゃあ、物足りないかもしれないけど、料理の味は保証するから。」
幸子「社長さんが、そこまでおっしゃるなら、私喜んでお供します。でも、帰って、予定をチェックしてみないと。確か香港のテニスプレイヤーの方からも、お誘いがあった気がするんです。」
一郎「忙しいんだね。でも、たまには僕みたいな庶民的な男も良いんじゃないかな」
幸子の独り言「庶民的?といいながらも、セレブだといわんばかりのそのしぐさ。ほんま、すみにおけませんことよ!」
幸子「失礼なこと言っちゃったかしら、私。すみません。でも本当にいいのかしら。個人的にお誘いをお受けして。」
一郎「大丈夫だよ。うちの会社では、新入社員で入った人はみんな、連れて行くことにしてるんだ。うちみたいな中小企業は、経営者と従業員は、なるべく親しくしないと上手くいかないとおもうのでね。」
幸子「社長さん、立派ですね。」
一郎「社長なんて堅苦しいな。一郎で良いですよ。でも、そういわれると光栄だな。じゃあ、約束したからね。」
幸子「ありがとうございます。よろしくお願いします。えと、一郎・・・・さん」」
一郎「それはそうと、幸子さんは東京で一人暮らし?」
幸子の独り言「続いて、来たな!一人暮らし確認。あわよくば、愛人にしようという魂胆か。誰といることにするかな。おお、そうだ、櫻井翔といることにするのがいい。とりわけ、私は北川景子ね。」
幸子「いえ、東京へは、執事が一緒に来ています。」
一郎「執事?」
幸子「はい、父が人生勉強に、都会へ出て、会社に入って、人の中でもまれてきなさいって言ったんですけど、心配性の父は、推理好きな執事をつけてよこしたんです」
一郎「なるほど、やさしいお父さんだね。」
幸子「いずれ、私が、父の会社を継ぐことになるかもしれないんですけど、その前に経営の勉強もしておきなさいと。」
幸子の独り言「完璧!」
一郎「お父さんの会社って、どういう関係?」
幸子「世界中の高級食材や貴金属を扱っているというか、そんなところです」
幸子の独り言「食べ物と貴金属って、ちょっと無理があったか?」
一郎「へえ、じゃあ、僕の会社の大元みたいなものだな。すごいなあ」
幸子「祖父から引き継いだ会社を、父が大きくしたんです。」
一郎「それなら、お父様にも、是非一度お会いして、いろいろご教授願わないといけないかもしれない。」
幸子「こちらこそ。でも、今はちょっと無理かも。」
一郎「どうしてですか?」
幸子「父は今、イタリアの支店に出かけておりますの。なんですか、あちらの美術品にいい物を見つけたとかで。」
一郎「ほう、美術品も扱っておられるのですか?」
幸子「それは趣味ですわ。父は、事業の合間に絵画の収集をしてるんです。えっと、この前は、たしか、ドイツにいる私の友達の画商から、モネのえっと」
一郎「モネといえば睡蓮ですか?」
幸子「あ、それですわ。それをやっと手に入れたとかで。」
一郎「それはすごい。モネの睡蓮といえば代表作じゃないですか。相当な金額なのでしょうね。」
幸子「それはもう。でも、本当に美しいものはお金には代えられないといつも言ってますわ」
一郎「ドイツにいらっしゃる画商さんって、幸子さんの?」
幸子「父についてドイツに行ったときに、あちらの学校で知り合ったんです。」
一郎「ドイツにもいらっしゃったんですか?」
幸子「半年ほど留学してました。」
一郎「素晴らしいですね」
幸子「一郎さんも何かご趣味をお持ちですか?」
一郎「いえ、私は、仕事以外はまったく何も出来ません。」
幸子の独り言「嘘つけ!女が趣味やろうが・・・・」
幸子「それはいけませんね。私は、今乗馬を習っているんです。」
一郎「乗馬ですか?」
幸子「はい、インドにいる、IT企業を経営している友達が、馬を私にプレゼントしてくれて、練習中なんです。」
一郎「その友達も、男性?」
幸子「ええ、そうです。もう、私に夢中みたいで。」
一郎「その方面は、私はまったく知識がありません。是非、今度ゆっくりお話聞かせてください。」
幸子「私は、ロスにいる時に、専門のインストラクターに個人レッスンを受けていたんですが、最近ちょっと遠のいているので、もう一度最初から勉強してるんです。」
一郎「インストラクターですか?」
幸子「はい、本当に背の高い人で、ブラッド・ピットに似てて、みんなブラピ〜なんてあだ名で呼んでました。」
一郎「ところで、幸子さん、幸子さんは人生勉強のために東京に来られたということですが、やっぱり、貴金属とかブランド物に興味があるんですか?」
幸子「さっきも言いましたが、本当に美しいものはお金にかえられないと思うんです。美しい宝石、貴金属、それにブランド品も一種の美術品だとおもいます。そういった美の極みのような品々を売り買いすることを実際に経験して、それを求めに来る人たちの、生の反応を身につけて勉強したいんです。」
幸子の独り言「幸子がんばれ!」
一郎「なるほど」
幸子「もちろん、経営的な観点から、そういった品物のやり取りを見るのも目的のひとつです。」
幸子の独り言「自分で、何言ってるかわからなくなってきた。」
一郎「そこまで言われると、こちらもしっかり幸子さんに見てもらわないといけないな。それはそうと、食事に行く話しですけど、いつが良いですか?明日の夜なんかいかがでしょう」
幸子「そうですね。さっきも言いましたけど、予定を見てみないとわかりません。そういうスケジュールは全て執事に任せているものですから。」
幸子の独り言「さすがに疲れた。後は執事に任せよう。」
一郎「わかりました。では、のちほどご連絡ください。私のほうは予定を空けておきます。」

そこで、一郎の携帯がなる。女からであるが、幸子に知られるわけにいかないから、切ってしまう。

幸子「いいんですか?」
一郎「ああ、会社からだよ。」
幸子「じゃあ、私この辺で。ご馳走様でした。」
一郎「あれ?帰るの?」
幸子「はい、約束があるので。」
一郎「ああ、そうだったね。じゃあ、食事のこと考えといてね。」

幸子、そそくさと下手に消える。
一郎、見送る暇もなく、ひとりソファーに座り、ワインを手にする。

一郎「なるほど、それほどまで私のことを恨んでる女がいるのか。だれだ、会社の女?エリカ、う〜ん、彼女なら考えられるが、私との関係なんて、『別に』程度だろう。」

下手に、茶髪の派手な女風。

女1「別に」
一郎「となると、敦子はどうだ。『私のことはきらいになっても、他のみんなは嫌いにならないで』とか言いそうだから、大丈夫か。」

下手にAKB風の女。

女2「私のことはきらいになっても、AKBのことは嫌いにならないで・・・ァ、」
一郎「(ずっこけ)普通に物まねしてどうするねん」

一郎「おっと、一番怖そうなのを忘れていた。半沢直子だ。『やられたらやり返す。倍返しだ。』っていつも営業の机でわめいていたから、彼女ならありえるか。」

下手に短髪のしかめっ面の女

女3「やられたら、やり返す。倍返しよ」

一郎「あっ!もっと怖いのがいたぞ。もし彼女にねらわれたらかなりやばい。未知子だ。『私、失敗しないので』が口癖だったからな。」

下手に白衣の女・・・のはずが、黒子が看板を持ってくる

看板の文字「ただいま緊急オペのため来れません」
(一郎ずっこけ)

一郎「はは、何をまじめに心配してるんだ。人を殺すなんて、そうやすやす出来るもんじゃないさ。人殺し、犯罪だよ。」

お気に入りのワインを飲み始めるが、ふと、幸子の残したグラスを見る。

一郎「それにしても、あの鈴木幸子という娘、変わった子だな。殺すとかいうのをまじめに取って、僕のところに飛び込んでくるなんて。純情なのか、馬鹿なのか。・・・・・しかし、僕の誘いにすんなり乗らなかった女性は初めてだな。それに、セレブのようなことを言ってるが。デートの約束?本当かね。デザイナー?インドのIT企業家?インストラクター?ドイツの画商?テニスプレイヤー?。昔、オードリー・ヘップバーンの古い映画にこんな展開があったような。いや、いまどきの女の子だ、彼氏の一人や二人。いや、それ以前に、何者だ?・・・・・・。あ、何を気にしてるんだ。この金田一一郎ともあろう男が。」

さらにワインを飲み干す

そこへ携帯電話がかかる。ドキッとする一郎。てっきり幸子と思い、われながら、驚くように俊敏に電話を取る。しかし、目当てではなかった。

一郎「ああ、聡子か。いいよ、今夜。わかった、じゃあいつものレストランに八時に予約を入れておくよ。少し遅れるかもしれないが、待っててくれ。」

電話を切る

一郎「まさか、聡子が俺を殺す?それはないな。彼女はれっきとした人妻。しかも、聡子の夫はうちなんかと比べ物にならないくらいの大会社の重役、どちらかというとこっちがあそばれててもしかたないくらいだ。」

さらにワインをあける

しかし、一抹の不安を覚え始める一郎
服を着替えた一郎が下手から幕前に入る

(幕前)
時計を見ながら急ぐ一郎。かなたからまぶしいヘッドライトの光、急ブレーキ、思わずよけようとするが、自分の体ぎりぎりに車が通り過ぎる。よたついて、しりもちをつく一郎。
車を見送り、なにやら記憶をたどる。

一郎「あ、今の・・・運転してたのは、女?」

じっと車の消える先を目で追う一郎
一郎そのまま上手に消える

○第三景ファミレス殺人計画相談

昼下がり、ファミレスの一角、光子、友子、実子が中央下手よりの四人がけ半円テーブルに座っている。

光子「それで、どこまではなしたっけ」
友子「いや、まだ何にも。」
光子「(ずっこけ)、ぁ、そうだったっけ。映画だったら、大体テロップ流れてるんだけどね。『あれから一週間』とか。」
実子「それで、本当に殺すんですか?」
友子「でも、完全犯罪なんてありえないって言いますよ、現実には」
光子「犯罪者は、必ずどこかにミスを犯す。だから完全犯罪はありえない。よく言うわよねサスペンス劇場の船越英一郎が。そうよ、完全犯罪なんて無理なのよ」
実子「じゃあどうするんです?プロに頼むんですか?」
友子「やっぱり、プロといえば、デューク東郷」
光子「ゴルゴ13!でも、彼は世界を股に駆けてるからこんなしょぼい仕事はしない。というより、いません、現実には。」
実子「では、仕事人に頼むんですか?」
友子「のさばる悪をなんとする
天の裁きは待ってはおれぬ
この世の正義もあてにはならぬ
闇に裁いて仕置する
南無阿弥陀仏」

友子、京本正樹風に口でテグスを引き出す風をする。
必殺のテーマ曲が流れる

光子「おまえは、京本正樹か!というより、どこからそんな小道具持ってきた?東映太秦映画村か?」
実子「でも、それには、まずお金が必要です」
友子「相場は五両くらいか?」
光子「まだ引っ張るか?」
実子「でもねぇ、いったいどこに行けば会えるのかわからないし」
友子「そうですよね。元締めの和久井映見さん見つけないと」
光子「いや、いないよそんなの。」
実子「いっそ、死神のノートに名前を書いて殺すとか。」
友子「それがいいね、絶対わからないし。早いし。手軽だし。」
光子「デスノートか。ていうか、現実から離れすぎやろ」
実子「じゃあ、どうするんですか?」
友子「私、あいつは憎たらしいけど、自分が警察に捕まるのはいやですよ」
光子「犯罪が成立するにはね、加害者と被害者が存在しないといけないのよ」
実子「なるほど、って当たり前ですけど。」
友子「殺すなら、当然、私たちが加害者であいつが被害者になりますよね」
光子「そこでね。私たち全員があいつのマンションに呼び出され、順番に殺されていって、最後にいなくなるというのはどう?」
実子「それって、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』みたいじゃないですか?」
友子「無人島に招かれた客が、マザーグースの曲に合わせて、順番に殺されていく。そして、最後の最後に犯人が謎を明かしているんだけど、実は犯人は三番目の被害者ってやつですか?」
光子「なんか、ほんのちょっと違う気がするけど、あなた、よく知ってるじゃない。なかなか博識ね。」
実子「でも、あの状況を作るのは、かなり難しいし、真犯人は、計画が完成されたことを確認して自殺しますよね。」
友子「そう、だから、本当に、最期には全員、死なないといけない」
実子「それあかんでしょ」
友子「あかんあかん」
光子「だから、私たち全員が犯人になる。そして、復讐を遂げるの。」
実子「それ、アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』みたいです?」
友子「乗客全員が犯人だったと、最後にエルキュール・ポワロが解決するやつですね」
光子「二人ともすごいわね。ミステリーサークルでも入ってるの?」
実子「光子さん、それは麦畑に丸い円が出来るやつですよ、アメリカとかで」
友子「そうそう、UFOが着陸した跡なんじゃないかって盛り上がるやつね。」
光子「これは失礼、学生時代ミステリークラブとかそんなのに入ってたのかなとおもっただけよ」
実子「問題は殺す方法ですけど」
友子「ピストルで撃ち殺す!」
光子「いきなり直球。」
実子「手っ取り早くて良いかもしれないけど。ピストルってどこに売ってるの?」
友子「百均?」
光子「ありません。」
実子「おぼれさせるとか」
友子「コンクリート詰めして東京湾に沈める」
光子「やくざの落とし前か!」
実子「じゃあ仕方ない、やっぱり仕事人に頼もう」
友子「そこに戻るかやっぱり。」
光子「じゃあ、江戸に行くか。って、乗せるな!」
実子「もっと現実的に考えましょう」
友子「あなたが非現実的すぎるでしょ」

しばらく三人の間。そして、思いついたように。

実子・友子「毒殺?」
光子「私もそれがいいと思うのよ。」
実子「私の妹が薬品会社に勤めていて、最近、ゴキブリ駆除に開発された薬があるらしいわよ」
友子「たしかに、あいつはゴキブリみたいな顔つきだけど」
実子「巣に戻ったら、その場でころりと死んでしまうんです。」
友子「まるでホウサンダンゴみたい。」
光子「一網打尽。」
実子「人呼んでオキシジェンデストロイヤー2よ?」

2にやたら力がこもる

友子「どこかで聞いたようなネーミングですね」
実子「あのゴジラさえも、一瞬で溶かしてしまった薬の続編」
友子「続編ってどうよ」
光子「それより、オキシジェンデストロイヤー自体架空のものかと」
実子・友子「・・・・・・・・・」
実子「それで、その薬をどうする?」
友子「どうやって飲ますかね」
光子「無視か。・・・まぁいい。あいつ、ワインオタクだから、高級ワインに混ぜるのは?」
実子「意外と普通やね、ここまで引っ張ったわりに。さっきのアガサ・クリスティのくだりはなんだったの?」
友子「確かに」
光子「世の中普通がいいのよ、普通が一番」
実子「じゃあ、実行はいつにする?」
友子「じゃあ今度のあいつの誕生日に合わせて、とっておきのワインをプレゼントするってどうですか?」
光子「私もそう思うわ。じゃあ、それまでにオキシジェンデストロイヤー2準備してくれる?」
実子・友子「了解」

実子、友子、光子下手に去る。

○第四景一郎のマンション

マンションでくつろぐ一郎。
チャイムの音と共に幸子が下手から入ってくる。
手には手作りケーキの箱。

幸子「この前はご馳走さまでした。それに素敵なネックレスまで。」
一郎「気に入ってくれた?」
幸子「はい、でもお食事の後、すぐに失礼しちゃってすみません。」
一郎「かまわないよ。幸子さんはいつも忙しそうだからね」
幸子「まさか、急にドイツから父が戻ってくるなんておもってなかったので。」
幸子の独り言「てなわけあるわけないんですが。」
一郎「せっかく戻ってきたのに、娘さんを独り占めするわけにいかないよ」
幸子の独り言「あら?きっちり、下のホテルの部屋、予約なさってたのに、よくおっしゃる」
幸子「あまり失礼なことしたので、とにかくお詫びしないととおもって。」
幸子の独り言「と、ここは社会人として社交辞令のお付き合い。ふふ、やるね、幸子」
一郎「気にしないで良いのに。」
幸子「何がいいかなといろいろ考えたんですが、こんなものしか浮かばなくて。」
幸子の独り言「というか、まるで、女子高生やな、このアイデアは。われながら、貧相な頭や。」
一郎「手作りのお菓子なんて、もらったの初めてだよ。」
幸子「本当ですか?あまり上手じゃないんですが、イタリアでパティシエを目指してる友達に教えてもらったんですよ。」
幸子の独り言「と、苦肉の策です。」
一郎「パティシエか、なるほどね。まあ、どうぞ」

一郎、幸子を部屋に誘う。

幸子「いえ、今日は、このまま失礼します。」
一郎「え?折角だから、あがっていきなさいよ。」
幸子「でも。いいんですか?」
一郎「ぜんぜんかまわないよ。」
幸子「じゃあ、少しだけ。」

幸子、一郎に促されるままに部屋に上がる。

幸子「あれから、何もありませんか?」
一郎「?ああ、僕を殺すって話?」
幸子「はい」
一郎「別に変わりないよ。やっぱり冗談だったんだよ。」
幸子「そうですか。それなら良かったです。だいたい、人殺しなんてやるわけないですよね。」
一郎「そうだよ、普通に考えて。」

そこへ光子から電話が入る。
一郎、幸子から離れて携帯を開く。

一郎「ああ、光子か。珍しいじゃないか。」

幸子、一郎の様子に、立ち上がり帰りかける。

幸子「では、私これで失礼します。」
一郎「すぐに終わるから。」
幸子「でも」

幸子、そそくさと下手に出て行く。
一郎電話口に戻る。

一郎「え?ちょっと、友達が来てたんだよ。まさか、女友達じゃないよ。それにしても、まだ俺の番号削除してないんだな。え?なんだって、来週、俺の誕生日か。そんなもの、覚えてるのはお前くらいのもんだよ。じゃあ、俺のマンションで、ひっそりとパーティとでも行くか。俺も聞いて欲しい話もあるしな。久しぶりに元妻と二人きりの誕生パーティなんて、粋かもしれない。七時には戻るから、二人でゆっくり楽しもう。」

玄関口で耳を澄ます幸子。

幸子の独り言「誰からの電話?この前、殺人の相談してた人じゃないの?いよいよ決行か?」

つぶやいて、下手に消える幸子。
一郎、携帯を切る。

一郎「光子が誕生日パーティ?・・・・・・。」

暗転

○第五景ファミレス決行前夜

いつものファミレス、昼下がり。
光子、友子、実子が話している。
光子の隣にクマモンの着ぐるみが座っている

実子「手に入れたわよ、オキシジェンデストロイヤー2」
友子「それにしてもその名前長いわね。もう少し短くならない?」
光子「オキジェット2とか」
実子「それこそゴキブリのスプレーみたいじゃない?」
友子「確かに。」
光子「まぁ、なんでもいいんだけどね。呼び名なんて」
実子「それはそうと、光子さん、その隣のクマモンはなんなの?」
友子「誰?」
光子「気にしないで、ちょっと、歩いてたから、誘ってみたらついてきたのよ。気にしない気にしない。」
実子「ていうか、これから、殺人計画の話するのに、聞かれてもいいの?」
友子「そうよね。ちくったりしたら。」
光子「だって、クマモンは人間じゃないし、聞こえないし、意味わからないよきっと。」
実子・友子「なるほど、確かに。・・・・・・・って納得できるかい!」
光子「いいのよ。お芝居なんだから。そのうち消えるわよ。」
実子「よくわからないけど、じゃあ、先に進めましょうか。」
友子「そうね。じゃあ、段取りだけど。私が、ワインにオキジェット2を仕込むわ。」
光子「そのワインを手土産に私がマンションに行く。」
実子「あいつのマンションの鍵、まだ持ってるから、友子さんと先に入って、クローゼットにでも隠れるか。」
友子「あいつが苦しんで死ぬところをしっかり見届けないと」
実子「でも、これって、結局、普通の殺人計画にしか見えないけど。」
友子「やっぱり仕事人に任せたほうが良くない?」
光子「だから、いません!」
実子「一緒にワインで乾杯とかして、怪しまれないの?」
友子「あまりによくある設定と、展開。この普通すぎるシチュエーションが、気になるんだけど。」
光子「だから、この普通すぎるシチュエーションがいいのよ。普通すぎて、特命係の杉下右京さんでは謎は解けないわ。」
実子「でも古畑任三郎なら、解くかもしれない。」
友子「う〜〜ん、ちょっとよろしいでしょうか?」
光子「大丈夫よ、彼、今舞台が忙しくて、テレビに出てないし、鈍ってるわよ。」
実子「江戸川コナンなら?」
友子「うん!彼なら。」
光子「いません!」
実子「じゃ、私たちは、光子さんが、一郎さんを殺す現場をじっくりと見てればいいのね。」
友子「どきどきしてきちゃった。まるで火曜サスペンス劇場のような展開ね。」
光子「そうよ、人生はドラマよ。お〜〜ほっほっほっほ」
実子「光子さん、なんか人間離れしてないですか?」
友子「もともと、人間離れしていた気がする。」
実子「だから一郎さんと離婚したのかも。」
友子「なるほどね、一郎さんの気持ちがわかるような。」
光子「これ!二人で、何話てるねん!ここからが大事なのよ。」
実子「そうか、殺した後ね。」
友子「死体をどうするか。それに、アリバイとかも。」
光子「死体なんて、放っておけばいいのよ。自殺なんだから。」
実子「しかも、ワインに入れた毒は、検出できないから、沢口さんもお手上げよ。」
友子「沢口さん?」
光子「科捜研の女?」
実子「でも、私たち疑われない?」
友子「でた!アリバイってやつだね?」
光子「自殺なんだから、アリバイ関係ないでしょ。」
実子・友子「納得。」
実子「でも、自殺なら、遺書とか必要よね。」
友子「確かに、それは必要ね。どうするの?」
光子「そこは大丈夫、それらしい手紙の文面探しといたのよ。」
実子「手紙?」
友子「手紙って、いまどき文通なんてしてるんですか光子さん。」
光子「んなわけないやろ。今は平成やで。」
実子「何で、時々関西弁になるんですか。」
友子「ほんまやほんまや。」
光子「私がまだあいつと付き合ってたときに、古臭いラブレターなんてものを、私の誕生日にくれたことがあるのよ。」
実子「ラブレター?」
友子「いまどき、死語ですよ、そんなの。」
光子「その中の文面に『もう、このまま死んでしまいます。・・・ 』的な部分があってね、そこをちょっと筆跡まねして加工するの。」
実子「やりますね、光子さん。『太陽がいっぱい』のアラン・ドロンみたいです。」
友子「本当、まるで犯罪者みたい。」
光子「実際犯罪者になるんですけど。」
実子・友子「そうだった。」
光子「みんな、共犯なのよ。わかってる?」
実子「わかってますよ。」
友子「あいつの女遊びの被害者にして、あいつを殺す加害者になる。」
光子「よくわかってるわね。よろしい。これなら、STの赤城左門も見抜けない完全犯罪になるわよ。ふっふっふ。」
実子「光子さん、どんだけドラマ見てるんですか?」
友子「確かに。さらに、現実離れしてきてる気がする。」
光子「じゃ、実行は、来週の水曜日。あいつの誕生日よ。集合は彼のマンション前、18:00、OK?」
実子・友子「え?アリバイの話は決着したんだっけ。」
光子「料理番組みたいなものよ。『では、あらかじめ準備していたものがございます』ってやつよ。大丈夫、このお芝居は謎解きが目的じゃないですから。」
実子「なるほど、ディナーの前に殺人は終わってしまうんですね。」
友子「ディナーの前に謎解きも終わりますよ。」
光子「二人とも何言ってるのよ。」
実子「ディナーの後のお話なんだから、それでいいのね」
友子「そうね。わかったようなわからなかったような展開だけど。お話を先に進めましょう。」
光子「実行は、来週の水曜日。あいつの誕生日よ。集合は彼のマンションの前、18:00、OK?。時計を合わせるわよ。」

と、光子おもむろに腕時計を見せる。

実子「ミッション・インッポシブルじゃないんだから。」
友子「いいなぁ、トム・クルーズ」
光子「OK。レディ・ゴー!」

三人、颯爽と、テーブルを立ち下手に消える。
最期に、ゆっくりとクマモンが立ち上がり、客席に背中を向けると「そして時は決行の日」と張り紙してある。
暗転

○第五景幕前、決戦の水曜日、道行のシーン

幕前、「必殺」シリーズ道行きの音楽。
夜、
街明かりと橋の陰影、舞台奥から
上手より友子、下手に抜ける
下手より実子、上手に抜ける
中央より光子。
下手より友子、上手より実子。
三人がそろい、それぞれ目配せして歩き始める。
光子はワインを持ち、他の二人はいかにもな衣装で「必殺」シリーズの道行きのシーン。
三人の目配せの後、それぞれ上手、下手に散っていく。

○第六景決行日、一郎のマンション。

雨の音、稲妻、雷鳴、夜、決行の日
ソファ上手にクローゼットの枠、前にテーブル。
実子と友子が下手より入り一郎のマンションのクローゼットへ。

実子「早く、早く、ここに隠れてれば大丈夫よ」
友子「OK。あ、実子ちょっと太ったね。」
実子「るっせえ、こんな時に、気にしてるところせめるな。」
友子「だって、余計なお肉が、私のスリムな腰周りを締め付けるんですもの。」
実子「ふくよかなボディといえないかな。」
友子「ぷくぷくしてるおなかって感じですが。」
実子「てめぇ!」
友子「やっぱり、二人で入るのは無理があったでしょうか。」
実子「良いじゃない、たまにはスキンシップよ。」
友子「あっ!帰ってきましたよ。静かに。」
実子「しっ。」

二人、不気味に客席に視線を送る。
ドアが開いた音、下手から一郎が帰ってくる。

一郎「すごい雨になった。光子は、まだみたいだな。」

雨をはらって、ソファに腰掛けようとする。
そこへチャイムの音。
一郎が下手玄関に行く。
下手からワインとバナナの籠をもった光子

一郎「久しぶりだな,光子。」
光子「本当、お久しぶり。元気そうじゃないの?」
一郎「まぁね。お前も。」
光子「見てのとおりよ。」
一郎「それにしても、急に、俺の誕生日のお祝いなんて、どういった風の吹き回しだ?」

そういって、一郎、抱き寄せるように光子を部屋に誘う。
光子軽くいなして、テーブルにバナナを置き、もって来たワインを一郎に渡す。ストップモーション。

隠れている実子「風の吹き回しって、どうよ?ありきたりすぎない?この台詞」
隠れている友子「確かに。といっても、元夫婦、こういうありきたりの会話からはじめるのが普通なのかも」
隠れている実子「なるほど、これは、メモっておかないと」
隠れている友子「それ、なにに役立つわけ?」
隠れている実子「いや、人生経験の中で、何がどう災いするかわからないし」
隠れている友子「それを言うなら、幸いするかもでしょう。」
隠れている実子「そう、その幸い」

動き出す二人

光子「これ、お誕生日のお祝いよ。友人に、特別に輸入してもらったのよ」
一郎「こりゃうれしいな。僕のワイン好きを覚えていてくれたんだね。」

一郎、しみじみとボトルを見て、テーブルに置く。

光子「まぁね。というか、他に気がつかなかっただけよ。」
一郎「お前と別れてもう2年か」
光子「相変わらず、いろんな女性とお付き合いしてるみたいね。」
一郎「そんなこと、どこで聞いたんだ。」
光子「あら、元妻の情報網を馬鹿にしてはいけませんよ。」
一郎「まったく、怖い女だね。」
光子「よく言うわね。そっくりそのままお返しするわ。」

二人ソファに座り、会話する姿

隠れている実子「ええええ!そっくりそのままお返ししたら、一郎さん怖い女?」
隠れている友子「あのねぇ、言葉の彩よ言葉の彩。普通、そう読むでしょうが」
隠れている実子「ああびっくりした」
隠れている友子「びっくりすることか!」

光子「このマンション変わらないわね。でもきれいにしてるじゃない」
一郎「まぁね、」
光子「今は誰が、ここに出入りしてるのかしら。」
一郎「良いじゃないかそんなこと。それより、さっきも聞いたが、急に一緒にお祝いでもなんて、どういう心境なんだよ。」
光子「あなたと別れて丸二年、いろいろあったけど、何とか私も独り立ちできたし、というより、今の生活にたどり着けたのも、あなたと出会ったからかと思い始めてね。」
一郎「なるほどね。」
光子「人生なんて、不思議なものね。あなたとの生活が不幸だったかどうかより、その後の結果が、幸せにつながってるっておもうと、あなたとのひと時もまんざら無駄じゃなかったってことだし、その感謝のつもりでね。」
一郎「えらく、シリアスな人生訓だね。そういわれると、私も君の人生の糧になったというわけか。こりゃ、誇らしいね。」
光子「調子の乗らないで、一期一会ってのをちょっと考えてみただけよ。」
一郎「一期一会か、なるほど。そういわれると、俺の女遊びも、一期一会だな。これからどうプラスになるかわからないな」
光子「それにしても、ここのマンションの鍵、渡した女に返させないのも不思議よね」
一郎「別に良いだろう、来たいやつは、いつでも来ればいいんだから。合鍵をいちいち返してもらったりしない主義でね。来るものは拒まず、来る女は拒まず、去る女も拒まずだよ。」
光子「まったく、女癖の悪さは変わりなし。」
一郎「人生50年、下天の夢を比べれば、夢幻のごとくなりってね」
光子「あなた、昔から織田信長好きだものね。」
一郎「そう、一瞬に燃え尽きて消えていく人生、これが俺の生き様さ」
光子「なら、あなたの人生もあと、20年足らずってとこなのね。」
一郎「人生50年。それまでは、目いっぱい生き抜くのさ。」
光子「ならいいけどね。(つぶやき)」
一郎「何か言ったか?」
光子「別に。」
一郎「行きつけのレストランのシェフに、取って置きの料理のデリバリー頼んだから。それまで、ゆっくり昔話でも」
光子「もしかして、ナイト・ウォーター?」
一郎「よく覚えてるな。」
光子「今でも、あそこによくいくんでしょ。」
一郎「あそこの料理が一番合うんだよ、僕には」

一郎はソファにすわり、光子によりそう。
光子も、さりげなく体を近づけるが、何気ない隙間を作っている風である。

隠れている実子「なんか、上手く行き過ぎている気がするけど」
隠れている友子「当然、ワインで乾杯って展開よね。このシチュエーション」
隠れている実子「それで、自殺?無理があり過ぎない。」
隠れている友子「というより、完全に光子さん疑われるでしょう。」
隠れている実子「完全に、不完全犯罪だ。まるっとおみとおしだ!ってことになる」
隠れている友子「どうするんだろう」
隠れている実子「これは、続きを見るしかないね。」
隠れている友子「WEBで?」
隠れている実子「あのネェ」
隠れている友子「はい」

一郎、ワインを開け、グラスに注ぐ。

一郎「この美しい色、それに、この香り、さすがにお前の選んだワインだけのことはあるな。」
光子「ありがとう。」
一郎「じゃぁ、二年ぶりの再会。」
光子「乾杯!お誕生日おめでとう。」
一郎「乾杯!ありがとう。」

二人は、ワインを飲む。

隠れている実子「ええ?どうして、もう飲んじゃったよ。早すぎる展開。これで、犯行終了?」
隠れている友子「大丈夫、実はあのワイン、毒は入ってないの。」
隠れている実子「え?」
隠れている友子「注射器で入れようとしたんだけど、コルク栓、針が通らなかったのよ」
隠れている実子「それで?」
隠れている友子「別のものに仕込んだの。」
隠れている実子「別のもの?」
隠れている友子「そうよ。」

一瞬の間

隠れている実子「まさか?」
隠れている友子「そのまさかよ。」
隠れている実子「あの、あまりに不自然な、バ、ナ、ナ?」
隠れている友子「あったり〜〜〜!」

歓談をする光子と一郎、それをじっと見据える実子と友子。
時計の音。
何度もワインを注ぎ、酌み交わすが、どうも前に進まない風の二人。

隠れている実子「あのう・・・・長いんですけど。」
隠れている友子「私、トイレに行きたくなってきた。」
隠れている実子「同じく。」
隠れている友子「トイレどこでしょう。」
隠れている実子「確か、玄関のほうだから、リビング通らないと。」
隠れている友子「それ無理だね。ここでする?」
隠れている実子「それも無理。」
隠れている友子「じゃ、何とか、見つからないように抜け出そう。」
隠れている実子「どうするの」
隠れている友子「猫の真似をして通り抜けるとか。」
隠れている実子「まじめに考えてる?」
隠れている友子「すみません、考えてません。」

クローゼットの二人は、もぞもぞと、体を動かしながら、一郎と光子を見据えている。

光子「こうしてると、まるで離婚した風に思えないね。」
一郎「本当に、良くあるシチュエーションなのに、不思議なもんだな。」
光子「ところで、36だっけ?」
一郎「おい、今頃かよ。もう37だよ。」
光子「そう。それで、今、ちゃんとした恋人はいるの?」
一郎「どうなのかね」
光子「あれだけ、女遊びしてたら、どれが恋人かなんて区別つかないでしょうけどね。」
一郎「そうなんだけどね。」

一郎、不思議な反応を見せる。

ファミレスに幸子が下手より入ってきて、二人がけの椅子にこっちを向いて座る。

幸子「アメリカで知り合ったデザイナー、アラブの実業家、香港のテニスプレーヤー、ドイツの画商、インドのIT社長、ロスのインストラクター、イタリアのパティシエ。われながら、よくそろえたものね。」

実は、一郎は、幸子のことが妙に心に残っているのである。しかし、彼女を恋人という位置づけにするのもどうかという心境なのだ。
上の空という感じの一郎。

一郎「デザイナー、インストラクター、画商、・・・・」
光子「どうしたの?」

一郎,光子の声にわれに戻る。

一郎「いや、そのことなんだが。」

そういいながら、ワインを飲む。

光子「気になっている女性がいるの?遊びじゃなくて」
一郎「さすがに、元女房だな、わかるのか?」
光子「私に出会ったときの目の光と同じなのよ。」
一郎「目の光?」
光子「そう、遊んでる女の話している時は、いつも目にその女性の姿が映ってる。でも、そうじゃない時。あなたがまじめに女性のことを考えている時は、あなたの目にはワイングラスが映るのよ。」
一郎「こりゃ、ロマンチックだな。そんなに僕はロマンティストじゃないぜ。」
光子「でも、私の時もそうだった。少なくとも、恋人として付き合って、結婚しようって言ってくれたころのあなたの目には、美しいルビー色のワイングラスが映っていたわ。最初は、自分が映っていないのが不満だったけど、その後、あなたの女遊びをしている時の目を見て気がついたの。」
一郎「ワイングラスか。」

一郎、じっとワイングラスを見つめる。

光子「やっぱり、いるのね。」
一郎「よくわからないんだが、妙に心に残るんだ。しかしなぁ、幼すぎる気もする。」
光子「でも、あなたの目を見ておもうんだけど、たぶん、その彼女は、本物かもしれないわよ。」
一郎「元女房の感か?」
光子「そうかもしれないわね。」

光子の心に、一郎への思いが蘇ってくる。

光子「大勢の女性を不幸にして、あなたは恨まれているかもしれない。でも、あなたが幸せにする女性がひとりぐらい、ァ、私を別にしてもね、一人ぐらいいても良いんじゃないかな」
一郎「元女房の感を信じるか。本当に不思議なんだ。」

一郎、再びワインを飲む。

隠れている友子「だめ、もう我慢できない。」
隠れている実子「同じく」
隠れている友子「光子さんに合図して、一郎さんをどこかに連れ出してもらえないかな」
隠れている実子「そうしたら、計画がだめになるじゃん」
隠れている友子「でも、ここでおしっこするのと、あいつを殺すのとどっちが重大かというと。」
隠れている実子「それ比べること?」
隠れている友子「もうだめだ、よし、猫のまねする。」

友子、にゃあにゃあと言ってクローゼットを出て、四つんばいでソファの後ろをとおり、下手にいったん消える。
唖然と見つめる実子。

一郎「おや?猫か?」
光子「さぁ」

水を流す音
そして、にゃあといって、再びソファの後ろを通りクローゼットに戻る友子。

隠れている実子「えええええええええええ!」
隠れている友子「ほら、案外ばれないじゃないの?」
隠れている実子「いいの?」
隠れている友子「つまり、この場面で、私たちがトイレに行くかどうかって、どうでもいいのよ。ほら、よくあるじゃない、福山雅治ってトイレに行くところ見たことないとか。絶対トイレは行かないはずだとか。だから、彼らも気がつかないの。というか、気がつく理由がないのよ。」
隠れている実子「なんか、妙な説得力。」
隠れている友子「だから大丈夫よ。ほら」
隠れている実子「わかった」

今度は実子が、にゃあといってソファの後ろを通り、下手にいったん消えて、また戻ってくる。

一郎「また猫か?」
光子「かも」

隠れている友子「ね、大丈夫でしょ。」
隠れている実子「ということは、この場面の私たちって。」
実子・友子「・・・・・・・・・」

光子「その娘、私が知ってる娘?」
一郎「いや、知らないとおもう。本当に偶然出会ったんだ。」
光子「そうなの?どこの娘?」
一郎「それが、どこか、田舎から出てきたらしいんだが、父親は実業家で、海外にいたことがあったとか。男友達もたくさんいて、東京に人生勉強に出てきて、俺の会社に入って、なんか執事と一緒に暮らしているらしい。」
光子「なんなのそれ、いまどきありえないような境遇の女の子ね。」
一郎「そうなんだが、うそかもしれないんだが、気になって仕方ない。」
光子「それって、嫉妬よ、それって恋よ。」
一郎「37にもなって、しかも女遊びばかりしてきたバツイチ男が嫉妬?恋?」
光子「今まで、本当の恋を知らないから、気がつかないのよ。つまり、私との関係も本当の恋じゃなかったのね。」
一郎「まさか」
光子「私が、その娘に会ってあげましょうか?」
一郎「会う?」
光子「といっても、探偵じゃあるまいし、限界はあるけどね。」
一郎「女性から見て、彼女がどう見えるのか、感というやつで、見てくれないかな。」
光子「わかったわ。それで、名前は」
一郎「鈴木幸子。幸せの子どもだ。」
光子「鈴木幸子?・・・・・・・・」
一郎「どうかしたのか?」
光子「年は?」
一郎「確か、24だったか。」
光子「24?」

ファミレスの椅子に座る幸子。オープニングの姿で携帯を持っている。

幸子「覚えてる?もう20年よ。お姉ちゃん、お父さんとけんかして飛び出してから一度も帰ってこなかったね。え?私?今東京よ。会いたいけど、会わないでおくわ。それに、会っても、気がつかないかもね。20年だもの。」

幸子、いい終わると、また手帳に何か書き始める。

一郎「どうかしたのか?」
光子「いえべつに。大丈夫よ。鈴木幸子ね。」

隠れている実子「?鈴木幸子って?」
隠れている友子「説明しよう!
鈴木幸子というのは、光子の12歳離れた腹違いの妹である。
光子は16歳の時、まだ4歳の妹を残して東京へ来たのだ。」
隠れている実子「て、ヤッターーマンか!」

時計の音、
光子、手帖に名前を書く振りをする。

光子「鈴木・・・幸子。」
一郎「これが縁というものなんだろうか」
光子「生涯の伴侶ってのは、意外と、生まれた時から決まってるものかもね。」
一郎「赤い糸?」
光子「私とはつながってなかった。」
一郎「そうか・・・」

一郎、どんどんワインが進んで、酔いが回ってくる。

光子「大丈夫?酔ったの?珍しい。」
一郎「まだ、料理も来てないのに。」
光子「本当ね。ちょっと横になれば?」
一郎「ああ、そのうちに料理も届くだろう」
光子「幸せにしてやってね。」

光子ゆっくり立ち上がる。

一郎「帰るのか?泊まっていかないのか?」

一郎、光子にしなだれかかってくる。

光子「どうしたの?私じゃなくて、幸子でしょ。」

一郎、光子の言葉はもう聞こえないほど酔っている。

一郎「ん?」
光子「このことを話したかったの?」

光子立ち上がり、不可解な微笑みを浮かべる

隠れている実子「え?光子さん、帰っちゃうの?」
隠れている友子「どうなるの?殺人計画」
隠れている実子「そして、私たちの運命は?」
隠れている友子「来週に続く・・って、続きません。」
隠れている実子「光子さんの妹さんがあいつと付き合ってる。」
隠れている友子「それって」
隠れている実子「韓流ドラマみたい。」
隠れている友子「確かに・・・・・・」

一郎は、酔ってしまってソファに横になり眠ってしまう。

光子「ようやく、本当の恋を知ったようね。それも私の妹の幸子と。」

光子複雑な笑み、そして、実子や友子のことを忘れたかのように、ゆっくりと、下手に消える。
恐る恐る出てきた実子と友子は、一郎のそばをそうっと通りすぎ、下手に出て行く。
一郎、ソファで、すっかり酔ってしまう。
傍らのバナナが不気味に光る。

暗転と同時にチャイムの音、デリバリー到着の声。

デリバリー「遅くなりました」

○第七景決行断念後ファミレス

いつものファミレス
中央椅子に、背中向きに実子、友子、光子
上手よりこちら向きに幸子

実子「やっぱり、殺人なんて割に合わないわね」
友子「本当よ、あれでよかったのよ。」
光子「・・・・・・・・」
実子「でも、光子さん、さすがに元妻、扱いが見事ね。」
友子「まったく、勉強になります。」
光子「・・・・・・・・・」
実子「でも、あいつの話、本当なんでしょうか?」
友子「え?」
実子「女性のことですよ」
友子「まさかね。ねぇ、光子さん、わかるんですか?」
光子「・・・・・・・・・」
実子「それも、鈴木幸子って、まさか」
友子「同姓同名ってこともあるけど。」
光子「・・・・・・・・・・」
実子「光子さんの妹さん?」
友子「それも、あいつが真剣に考えてるって。」
実子「ありえるのかな?」
友子「信じがたいね」
実子「真剣な時は、目にワイングラスが映るって?」
友子「それって、うけるぅ〜〜〜〜」
実子「アニメじゃあるまいし、目にワイングラス映らないでしょ」
友子「本当本当・・・(笑い)」
実子「光子さん?」
友子「光子さん?」

光子がゆっくり立ち上がる。
光子の目に、幸子と一郎への幸福を願う表情が一瞬浮かぶが、それは、一郎への憎悪と幸子への嫉妬に変わり、不気味に笑う。

光子「・・・・・・・・・」
実子「ま、さ、か」
友子「え?ま、さ、か」

その時、救急車のサイレンが聞こえてくる。
思わず耳を澄ます三人。
三人、無言のまま、一人また一人と席をたつ。
がらんとした雰囲気の中、上手で幸子がなにやら紙を出してテーブルに置き、いかにもブランド品で覆いつくされ、すっかり雰囲気の変わった幸子がゆっくりと立ち上がる。

幸子「ここまでね」

幸子ゆっくりと出て行く。

しばらくして、友子が忘れ物を取りに戻る。
ふと幸子の座っていたテーブルに一枚の紙を見つける。

友子「婚姻届?金田一一郎、鈴木幸子・・・・何?」

暗転

○第八景大五郎のアパート

大五郎が、新聞を広げて座っている。
文子が掃除をする風に大五郎のそばをうろついている。
下手より、恵子が入ってくる。

大五郎「やぁ、お帰り恵子。」
恵子「お父さん。」
大五郎「お前が留守の時に、社長さんが見えたよ。」
恵子「あら、そうなの?」
大五郎「ダメだよ。使い込むなら、もっとわからないようにしないと。」
文子「本当よ。私の若い頃はもっと上手くやったわよ。」
恵子「よく言うわよ、娘に横領させて、優雅な生活してるなんて、どこにそんな親がいるの。」
大五郎「ふははは、ここにいるよ。ところで、娘の幸子はどうした?」
恵子「ダメだったわ。もう少しだったのにね。」
大五郎「そうか。」
恵子「でも、もう終わりなのよ。」
大五郎「え?」
恵子「バナナ食べたみたいよ。社長。」
大五郎「バ、ナ、ナ?」

二人顔を合わせる。
仰々しい音楽の大音声!

○エピローグ 雨に唄えば

客席、フラッシュモブ。
全員”雨に唄えば”ダンス


 
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