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作 酒井進吾
 



登場人物
長谷川(女):画家 
花岡(男):失業者 
酒井(男):絵画を売る人 

とある地方の美術館
中央に大きな額(絵はない)がある(客席面に対して垂直)。額を囲むように同心円状に椅子が八つ囲んでいる。

(客席から)長谷川 隅の椅子にすわる絵を見る。(下手から)しばらくして花岡入ってくる。客席(絵)を見たあと、椅子にすわる。深呼吸したあとボーと周りを見る。立ち上がり、額の絵を見る。近づく。


長谷川 (立つ)あのう、白線まででお願いします
花岡  あ、はい。・・あの、この白線ってどういう意味なんですか?
長谷川 はい? あぁ、いえ、それは、あまり近くで見られる方がいると後ろの方がご覧になれませんので、
花岡  あ、そういうことですか。・・・じゃ、今はいいですか?(絵に近づく)
長谷川 え?
花岡  他のお客さんはいませんよね、もっと、近くで見たいんです、
長谷川 いや、こまります。
花岡  なぜです?
長谷川 あの・・・万が一ということがありますし、
花岡  万が一? 私がなにかするとでも?
長谷川 いえ。そんなことは、
花岡  じゃ、もうすこしだけいいですか?(絵に近づく)
長谷川 あの、なぜ近づきたいんですか?
花岡  あ、いえ、それは。
長谷川 絵画におくわしいんですか?
花岡  いえ、まったく。ときどき寄って見るぐらいです。
長谷川 お仕事は?
花岡  仕事、ですか?
長谷川 あ、いえ、差し支えなかったら
花岡  そんなに信用できませんか、僕
長谷川 いえ、そうではなくて、
花岡  仕事は、今日、やめてきました。
長谷川 あ、そうですか、・・すいません。
花岡  いえ、べつに、いいです
(花岡  絵にもどる、近づきたい様子、長谷川それを見ている)
花岡  あの、やっぱり、もっと近づきたいんですが? 
長谷川 ああ、でも、
花岡  この距離じゃ、なんか、そのぅ、
長谷川 何ですか?
花岡  遠いんです。
長谷川 遠い?
花岡  ええ、もっと近くで海を感じたいっていうか、
長谷川 海を感じたい、ですか?
花岡  もっと、すいこまれたいというか・・・
長谷川 ・・・うける
花岡  え?
長谷川 じゃ、いいですよ、ちかづいて、どうぞ、(白線を剥ぐ)
花岡  ええ!。ああ、すみません。
長谷川 私もこの白線きらいです。どうぞ。
(花岡 絵にぐっと近ずく、じっと見ては自分の位置を変えて動き、すごく近づく、絵に触れそうになる)
 ・・・
長谷川 あの、
花岡  え?
長谷川 だって、なんか、うそでしょ、海を感じたいなんて
花岡  いえ、この海、そっくりなんですよ。
長谷川 へ〜、そうなんですか、どことです?
花岡  それに、この背中、
長谷川 そう、今にも触れそうでしたよ。
花岡  え?
長谷川 なんか、寄り添ってるみたいな、
花岡  寄り添う?
長谷川 ええ、こちらからだとそんなふうに見えました。
花岡   あぁ、そうか。
長谷川 思い出か何かですか?
花岡  ええ、そうなんですよ。すごくそっくりで。あの時もこんな風にカーテンが吹き飛ばされて、冷たい風が吹いていて。海はすごく巨大で、
(花岡 軽いめまいを起こす。自分から椅子に行き座る)
長谷川 大丈夫ですか?
花岡  ああ、いえ、なんでもないです。
長谷川 でも、顔色わるいですよ、
花岡  いえ、ほんとに大丈夫です。軽いめまいかなんかです。
長谷川 この絵のせいですか?
花岡  ああ、いや、でも、あの時に急に引き戻されたみたいで。
長谷川 へ〜、どんな思い出ですか?
花岡  いえ、それは、
長谷川 あ、ごめんなさい。
 ・・・
長谷川 そんなこともあるんですね。
花岡  そんなことって?
長谷川 ああ、いえ、こんな絵でも・・誰かの記憶と重なるみたいな。
花岡  こんな絵?
長谷川 ええ。でも、来てよかった。今日までなんですよ。この展示。
花岡  へ〜、 来てよかったって?
長谷川 あぁ、この絵、私の作品なんです。
花岡  え?本当ですか!?
長谷川 そんなに驚かなくても。
花岡  いや、すごいですね。
長谷川 なにがです?
花岡  だって、絵と作者が同時にいるなんて!
長谷川 あはは、そうですか? 
花岡  そういうこと今までなかったですし。
長谷川 まぁ、私もなかったですけど、
花岡  あの、サインとか頂けますか(カバンの中を探しだす)
長谷川 え?
花岡  せっかくですし、
長谷川 いいですよ。
花岡  この手帳に、いや、ちょっとまってください。あ、そうだ。これに(ハンカチをだす)。ああ、油性のペンもってたかな、
長谷川 ほんとすみません。そういうのこまります。
花岡  そんな、せっかくなのに。
長谷川 そういうのどうしていいのかわからないですし、書いたこともないですし、
花岡  そうですか、でも、なんか、この絵を描かれた方なんですよね。
長谷川 ええ、でも、それは・・すみません。
花岡  いえ、こちらこそ無理言ってすみません。
(沈黙)
長谷川 私が描いたといっても、それは、それだけのことですし。
花岡  ・・・いえ、そんな、
長谷川 あなたのその思い出はわたしのものじゃないですしね。
花岡  はぁ?
長谷川 ・・・ありがとうございます。そういうべきなんでしょうね。
花岡  いえ、そんな・・
(沈黙)


(男、絵に近づき、じっくり見る)
花岡  ・・あの、
長谷川 はい。
花岡  この絵のモデルはどなたなんですか?
長谷川 それ、聞きますか?。私は聞いてませんよ、貴方の思い出は、
花岡  ええ? あぁ、そうですね、確かに、すいません。
(沈黙)
長谷川 でも、いいかも、
花岡  え?
長谷川 このモデル、私です。
花岡  え、そうなんですか。へ〜。でも、背中・・ですよね。どうして自分の背中を?
長谷川 自分の背中って、見れないし、なんだかわけわからないでしょ。だから、描いてみたんです。
花岡  へ〜、
長谷川 自分の背中を描くことで自分に何がおこるんだろって、
花岡  すごく優しい背中ですよね(絵を見る)
長谷川 優しい、ですか?でも、私は、今でもその背中が不気味です。
花岡  不気味なんですか?
長谷川 そう、なんか、描けばかくほど自分が拡散していったんですよ。なんだかすごく気持ち悪くなって。だから、自分のことを描くのはもうやめました。
花岡  ああ、確かに、自分の背中って本当に見えたら怖いですよね。
長谷川 ・・え?
花岡  だって、幽体離脱みたいじゃないですか。
長谷川 幽体離脱? 
花岡  ええ、自分が自分を見つけたら怖いですよね。
長谷川 怖い? でも、自分の背中って自分でわかるもんですかね。
花岡  え?
長谷川 全裸だとしても?(長谷川、額の反対側、上手に移動・額をとおして花岡と会話)
花岡  あぁ、そうか。・・背中は顔じゃないですしね。
長谷川 まぁ、 自分の顔だって自分じゃ見れないですよね。
花岡  え?・・でも、鏡とかありますよね。
長谷川 鏡?、あれは鏡像でしょ。本当の姿じゃないですよね。
花岡  ああ、確かにそういいますね。・・・でも、それなら、鏡ってなんで世の中にたくさんあるんでしょうね。
長谷川 あなたはなんで使うんですか、鏡。
花岡  え、いや、剃り残しとか髪型とか・・
長谷川 それは自分じゃないですよね。
花岡  ええ?
長谷川 毛でしょ。
花岡  まぁ、毛ですけど、
長谷川 本当の自分なんて、どうでもいいんですよ。
花岡  そんな、なんか寂しいですね。
長谷川 そうですか、私はどうでもいいですけど。
 ・・・
花岡  (絵をじっくり見る)
長谷川 どうかしましたか?
花岡  あ、いや、この背中はそっくりなんですけど、顔が思い出せないんです、
花岡  どんな顔してるんですかね?この背中の子は
長谷川 それは想像してみてください。
花岡  見えてるんじゃないですか?
長谷川 え?
花岡  だって、そっちにいるじゃないですか。
長谷川 そっちって、変なこという方ですね。
花岡  この絵には顔はないんですか?
長谷川 描いてませんから。
花岡  でも、頭はあるから、顔もあるはずですよね、


(酒井 下手(客席)からはいってくる)
酒井  あれ、
花岡  ・・・
酒井  あなた、ここで女性と話してませんでした? あ、そっちか。(長谷川を見る)売れたぞ、この絵。
長谷川 ええ、まさか。
酒井  (絵を見る)本当だよ。なんか今日は、この背中がいい感じに見えるなぁ。
長谷川 誰に売れたの?
酒井  え、安倍さんだよ。
長谷川 え、うそ、あのエロジジイ?
酒井  (長谷川を見る)そういう言い方するなよ。お客さんだろ。
長谷川 私、あいつの、あのお面みたいな顔、嫌い。
酒井  (絵を見る)あはは、顔は関係ないだろ。この背中を見ていると、ウズウズしてくるらしいよ。勇気が湧いてくるらしい。
長谷川 やめてよ。
酒井  (絵を見る)今日、取りにくるって。すぐにでも飾りたいらしいよ。
長谷川 え、まじ。あいつ変態でしょ。どこに飾るのよ。
酒井  (絵を見る)変態でいいじゃないか。さて、準備するか、
[酒井 額正面を客席に向ける。奥:長谷川 客席側:酒井・花岡(客席から長谷川が額の中にいるように見える)]
長谷川 あいつだけはいやだなぁ
酒井  (額を見る)まぁ、そう言うなよ。これは、俺の仕事だろ。
長谷川 あいつの趣味知ってるでしょ。きっと女連れ込んでさ。同じように全裸にしてさ、あぁ〜寒気してきた。
酒井  (絵を見る)ま、人それぞれだからいいんじゃないの。俺は一人の時に自分が全裸になって、みてるような気がするな。
長谷川 やめてよ!よけいやよ。
・・
花岡  あの、この絵、売られちゃうんですか?
酒井  は?、あなた、どなたです
花岡  あ、いや、ただの、入場者、いや、見学者? いや、なんでしょう、かんしょう、しゃ、、ですかね
酒井  おお、鑑賞ですか。それは失礼しました。まぁ、個人の所有物になるわけですからね。
花岡  売り物だったんですか、この絵。
酒井  あの、こういう物は誰かのものでしょ、基本。
花岡  え?
酒井  だって、そのへんの石ころじゃないんですから。作品には感動という付加価値がついてるわけですよ。あなたも入場料払ったでしょ?
花岡  それは払いましたけど、
長谷川 あ〜やっぱり、断れないかな。
酒井  今更、なに言ってんだよ。
長谷川 私がどんな状態でこの絵を描いたかしってるでしょ、
酒井  それは、知ってるよ。でも、それとこの絵は別だろ。
長谷川 別って・・。あのいやらしい目に毎日弄ばれるのよ
酒井  お客さんがどう使おうが勝手だろ。
長谷川 使うって?なによ
酒井  じゃ、なんでここにあるんだ、この絵は
長谷川 ・・・
花岡  あの、いくらぐらいなんですか?
酒井  ・・はぁ?
花岡  この絵です。いくらぐらいなんですか?
酒井  あの。それは、いきなり聞くもんじゃないと思うんですよ。
花岡  え?
酒井  そうでしょ、感動なんですから。感動は人それぞれでしょ?値段聞く前に自分からまず言うべきじゃないですか。あなたなら、この絵いくらですか?
花岡  え、それって、
長谷川 やめなさいよ、そのいやらしい聞き方。
酒井  いや、俺は別にいやらしくないよ。感動ってすごく大切でしょ。それなのに値段から聞く方が多いんですよ。あなた、“いくらぐらい”ってどうですか。後出しジャンケンみたいじゃないですか。これを買われた方は自分で値段を決めてましたよ。そういう事、大切だと思いませんか。
長谷川 やめてよ。
酒井  あなたなら、いくらですか?この絵。
花岡  いや、
酒井  冗談じゃ、ないですよ。よく、考えてみてくださいよ。
花岡  (しばらく絵を見た後、自分の財布を出して、財布の中身を確認しながら)え〜と、1万〜3千〜768円。
酒井  え?
花岡  あ、いや、やっぱ、12768円でどうでしょう。
酒井  はぁ?
花岡  全財産です。
酒井  あのね、あなた、冗談も空気よんでくださいよ。なんで、千円ひいたんです?
花岡  帰りの電車賃と夕飯代はどうしても要るんで。
酒井  感動と電車賃が同じレベルなんですか? もう一度よくみてくださいよ。
(二人で絵を見る)
酒井  で、いくらですか?
花岡  全財産。え〜と、いくらでしたっけ。
酒井  だから、全財産ってね。
花岡  ええ。え〜と(財布だす)、ちょっと待ってください。確か、一万〜
酒井  いいですよ、また数えなくても。お幾つですか? あなた。
花岡  は? 歳ですか、四十二です。
酒井  四十二? そういうの全財産っていわないでしょ。
花岡  歳、関係あるんですか?
酒井  [酒井・最初の位置に絵を戻す。下手、花岡・酒井。上手、長谷川]あの、もっとじっくりみてくださいよ。この背中と海の動的な関わり、なんとも言えないでしょ。この背中がこう・・・俯瞰しているような内包されているような、すばらしい美の表現ですよ。


(花岡  絵を見ている)
花岡  あの、もしかして、あなた、この絵の中にいたんじゃないですか?
酒井  ・・はぁ?
花岡  そう感じたんです、今。(絵を指差す)この部屋の中にいたんじゃないんですか?
酒井  ちゃんと観てくださいよ。
花岡  直感です。
酒井  直感って、聞いてないですよ、何にも。
花岡  いたんじゃないですか?この部屋に。ちがうんですか?
酒井  ・・まぁ、この絵は知り合いの能登の別荘で彼女が描いたものですけど。
花岡  能登の海かぁ。そうですよね、やはり日本海ですよね。この荒れ方は。季節は冬ですか?
酒井  ・・ええ、そうですよ。
花岡  のみこまれそうですよね、この背中。
酒井  そういう風に見えますか。・・(長谷川を見る)必死でしたからね。彼女は。
花岡  あなたはこの背中を見守っていたんですか?
酒井  ・・(長谷川を見る)え?ええ、まぁ。
花岡  やっぱり。あのう、 (酒井の背中に回ったりして絵を見る)
酒井  何?
花岡  どのあたりですか。
酒井  何、まわってんの。
花岡  どのへんにいたんですか?
酒井  何が
花岡  あなたですよ。ここがこの部屋だとするとですよ、
酒井  なんで?
花岡  いいですから。
酒井  (長谷川を見る)・・まぁ・・・(絵を見る)このあたりかな。よく、描いてる合間にこうやって一緒に海をみてましたね。
花岡  この辺ですか。やっぱりこの辺ですよね。へ〜、なんかドキドキします。どんな顔してましたか。彼女は。
酒井  はぁ?顔?、この絵の?
花岡  いえ。あの方の、聞きたいんです。
酒井  なんで?
花岡  すごく気持ち悪いんです。どうしても、思い出せないんですよ。
酒井  何が? 何が思い出せないんですか?
長谷川 そんなこと、その人に聞いても無駄ですよ。
花岡  え?
長谷川 確かに最初はいました。でも、描いていくうちにいなくなりました。
酒井  あのさ、(長谷川に近づこうとする)
長谷川 こないで。私はこの背中を描いてるうちにこの背中が私の後ろにはりついてきて、自分が消えてしまいそうで、
酒井  またその話か(椅子に座る)。
長谷川 あなたは、いつも、心配、でもどこか満足そうにしてるだけ。
酒井  あのさ、実際、心配してたさ。
長谷川 もう、やなの。
酒井  だから、俺は、お前と一緒に、この絵を、
長谷川 一緒に?一緒ってなによ。絵は一緒に描けないでしょ。そんなことはあなたもよく知ってるでしょ。
酒井  そうだよ。俺はもう描けない。でも、お前は描ける。俺はこの絵に感動したんだ。こんな絵、お前にしか描けないだろ。
長谷川 感動?なによ、それ。感動なんてあなたの勝手じゃないの。感動したからって何よ。いつの間にか、そんなふうになって。
酒井  いいんだよ、それで。お前は絵を描くことだけに専念すれば。俺はお前の絵がすきなんだ。だからこそ、お前の絵を売ろうと思ったんだ。
長谷川 変だよ、そんなこと。
酒井  変じゃない。絵にいろんな関わり方があるだろ。
長谷川 関わり、関わりって。いったい、どこにいるのよ。(酒井 ソファーに)
花岡  あの、どんな顔して・・
酒井  え?
花岡  いえ、なんでもありません。


・・
花岡  (酒井に)あの、この絵はいくらなんですか?あなたにとって
酒井  はぁ?
花岡  僕だって、聞きたくなるじゃないですか。
酒井  あんたには関係ないだろ。
[酒井 額裏面を客席に向ける 奥:花岡・酒井 客席側:長谷川(客席からは酒井・花岡が額の中に入って見える)]
花岡  関係、ありますよ
酒井・長谷川 え?
花岡  だって、僕もこの背中を見てたんです。
酒井  僕もって?
長谷川 この背中、この人の昔の彼女にそっくりらしい。
花岡  そう、ですから、今、関係がないわけじゃないでしょ。
酒井  はぁ、言ってることがわからん
長谷川 そうね、あなたはその人と同じよ。
酒井  こいつと同じ?
長谷川 そう。この背中に感動したんでしょ。
花岡  感動?・・僕は感動なんてしてません。
長谷川 え? だって、彼女の背中に見えたんでしょ?この背中
花岡  そうです。でも、感動なんかじゃないですよ。あの頃が突然襲ってきたんです。
酒井  襲ってきた?
花岡  (絵を見る)ええ、大学を卒業しても就職できなかったんです。何をやれるのか、何をやればいいのか全くわからなくなりました。
酒井  青春時代の思い出かあ。
花岡  はぁ、あなたに僕のあの頃の何がわかるんですか。青春時代なんて軽く言わないでください。気持ち悪い。
酒井  気持ち悪いって、
花岡  そういうの、気持ち悪いです。
長谷川 背中の女性は? 
花岡  ああ、ええ、・・・死んだみたいです。
長谷川 みたいって?
花岡  死んだ後、友人から聞きました。もう10年以上前です。
長谷川 付き合ってたんじゃないの?
花岡  自分のほうが就職が先に決まって、遠距離になって。
長谷川 それで?
花岡  それでって、・・・一度、お墓には行ってきましたけど・・
長谷川 けどって?
花岡  なんか、ぽっかりあいた時間で遠くなってしまっていたって感じで、
長谷川 ぽっかりあいた時間・・・それで?
花岡  それでって、それであのころは過ぎてしまったっていうか、
長谷川 はぁ?
酒井  この絵はあんたの記憶を蘇らせたわけだ。
花岡  いや、違います。簡単に記憶なんていわないでください。
酒井  なんなの
花岡  覚えてないんですよ。前にあった。でも、次にどうなったのか覚えてないんです。今、さっき、その感覚が・・
酒井  はぁ?めんどくさい性格だな。素直に感動したっていえばいいじゃないの
長谷川 前にあった? デジャビュみたいな感じ?
花岡  あ、そんな感じです。今がなんか、また、知らないうちに過ぎ去りそうで、でも、次はない。なんか、また、同じようにぐるぐる回りだすような。
酒井  ぐるぐる回る?
花岡  ええ、ぐるぐる回ってしまうんです。・・あの、「次は違う」って思うことはダメなんですかね。
酒井  はぁ?
花岡  「明日からは違う」って思うことは、無駄なんですかね。そんなことを思うこと自体が、まただめに戻るんですかね。
酒井  だめに戻る?
花岡  何回も何回も回ってるんです。また、「次」もあっというまに過ぎ去りそうで、怖いんです。
長谷川 「次」ってなに?
花岡  (絵を見て)この絵は、僕の「次」を消し去りそうで。
長谷川 僕の「次」って?
酒井  怖いっていうのも、感動じゃないの?
長谷川 (酒井に)黙って!
花岡  感動なんかじゃないです。感動なんて一瞬で「今」を過去にほうりむじゃないですか。感動なんて、死んだエネルギーでしょ。
酒井  死んだエネルギー?
長谷川 あぁ、そう、そうよね。
酒井  なんだよ、お前。
花岡  僕はそう思います。感動を売り物にしているやつはもっと嫌いです。ついてけない。
酒井  悲しいやつだな。あんたも感動するだろ?いい気持ちになったり、美味しいと思ったり、楽しいと思ったり。
花岡  それはしますよ。
酒井  じゃ、もっと素直になったらどうなんだ? 俺は感動が一番大切なものだと思う。だから、みんな、金使って、自分なりの感動に出会ってるんだろ。あんたも安倍さんもこの絵に感動した。それだけだろ。
花岡  感動が人を動かすんですか?
酒井  そうだよ。感動に人は寄ってくる。自分なりの金の使い方で感動探しすればいいんだよ。それが現代だろ。あんたもさっき値段をつけたじゃないか。
花岡  あれは、今の全てです。
酒井  全てって。それも、金だろ。
花岡  あぁ、くそ!すみません。そういうところ自分でもきらいなんです。
酒井  はぁ?
花岡  金と言われて金を出してしまう自分が。
酒井  何を言ってんの?
花岡  馬鹿ですよね。本当、僕って。あれば出してしまう。それじゃ繰り返してるだけじゃないですか!
酒井  だから、何を言ってんの?
長谷川 なんか、わかるような気がする。
酒井  (長谷川に)何、何がわかるんだよ。
花岡  本当に感動って嫌いなんです。嘘くさいっておもいませんか?僕は今日までメーカーにいたんです。毎日、毎日、お客様に感動をって、なんか、人に感動を与えるっておかしくないですか。
酒井  それは、人の金で感動を作ろうとするからじゃないの。
花岡  え、人の金?
酒井  そうだろ、サラリーマンは金で金を作るんだろ。金が金を生むための感動だろ。手段だろ。
花岡  じゃ、あなたはどうなんですか?
酒井  感動は手段じゃないよ。金が手段だ。
長谷川 あ〜、もうやめて。どっちも同じじゃない。感動、金って。なんかくだらないTVみてるみたい。
花岡  違います。僕はこの人とは違う。僕は、感動なんてしてない。この絵が怖い。怖いんです。
長谷川 怖い?
花岡  そうです。この絵は、僕の次を消してしまいそうで。
長谷川 だから、僕の次ってなんなの?
花岡  あっというまに過ぎ去るんです。全てが、いつもいつも。


(酒井に電話。)
酒井  お世話になっております。酒井です。あ、はい。この度はありがとうございます。え、はい。あ、はい。今日のですか?(時計を見る)そうですか、わかりました。ありがとうございます。では、お待ちしています。
(電話中に)
長谷川 あなた、会社やめてどうするの?
花岡  え?・・わからないです。
長谷川 わからないの?
花岡  なんか、どうでもよくなって、
(電話切る)
酒井  あと20分ぐらいでこっちに着くって。安倍さん。
長谷川 ええ! 私はやっぱりいやよ。この絵を売るのは。
酒井  安倍さんの感動を止める権利はおまえにはないだろ。これは売りもんなんだ。それに、サインしたろ。
花岡  サイン?
酒井  そうだよ。ここにさ。だから、これはここにあるんだ。
長谷川 したけど。そんなもの。
酒井  そんなものってなんだ。だから、これはもうお前のものじゃないんだ。
長谷川 でも、あのエロジジイだけはいや。
酒井  安倍さんの感動とおまえの気持ちとはなんの関係もないだろ。
花岡  いやって言ってるじゃないですか。僕もこの絵がエロジジイの餌食になるのは反対です!
酒井  反対です!ってなんだよ。あんたには関係ないだろ!なんなんだ、あんたは。
花岡  僕は、あの・・・そうだ、お客です。金額をいいました。
酒井  なにが!それは財布の中身だろが!
花岡  違います。今の全てです。それじゃ何が悪いんですか?僕はこの絵が怖いんです。・・でも、誰かのものになるのはもっといやです。
長谷川 この絵はまだ買われていないのよね。じゃ、この絵は今、誰のものでもない。そうでしょ。
酒井  お前まで何いってるんだ。じゃ、こいつに売ればいいのか。
長谷川 そうね。そのほうがましかも。
酒井  いい加減にしろ。ましって何だ。ましって。
長谷川 今、お客さんが二人になった。ちがうの?
酒井  こいつがか?、行き当たりばったりのこいつがお客か?
長谷川 そうよ。真剣に考えるべきじゃないの。
花岡  そうですよ、お客です。
酒井  もう、安倍さんに約束したんだよ。250万なんだぞこの絵。
花岡  250万!?
長谷川 だからなによ。エロじじいにとってこの絵は楽しい大人のおもちゃなのよ。
酒井  いいじゃないかそれで、(椅子に座る)
花岡  250万の、大人のおもちゃ?、なんですかそれ。
酒井  それも感動のためだろ? (花岡に)
花岡  (絵の方へ)おもちゃじゃ、ないでしょ、この絵は・・
酒井  それじゃ、おまえの全財産でこの絵を支えられるのか?
花岡  え?
酒井  想像してみろよ、おまえの部屋にこの250万の絵がある生活を。
花岡  (絵をみつめる)
酒井  そう、よく考えてみろよ
長谷川 それ、脅迫してるよ。
酒井  脅迫なんかしてない。作品ってそういうものだろ。どう思う?
花岡  僕は・・この絵が怖いだけです。
暗転


[額、客席面に平行、奥:花岡・長谷川 手前:酒井(客席からは額の中に花岡・長谷川がいるように見える]
花岡  やっぱり、見えない。
長谷川 何が?
花岡  彼女の顔です。
長谷川 まだ、言ってるの?
花岡  どうして思い出せないんでしょう。
長谷川 どうでもいいじゃない。
花岡  気持ちわるいじゃないですか。
長谷川 背中が全てだったんでしょ。
花岡  背中が、全て?
長谷川 そうよ、背中と海しか思い出せないんでしょ。
花岡  ええ、そんな。
長谷川 なんでそんなに顔が気になるの?
花岡  え?なんでって、一緒に暮らしていたんですよ
長谷川 それが?
花岡  なんで、思い出せないんですか?
長谷川 浮き出てこないものは浮き出てこないだけでしょ。
花岡  浮き出てこない?
長谷川 そう、見てなかったってことでしょ。
花岡  ええ、そんな
長谷川 顔はどうでもよかったってことじゃないのかな。
花岡  そんな、そんなことない。あなたに僕のあのころの何がわかるんですか?
長谷川 わからないわよ。でも、この海はまた襲ってきた。・・その時、あなたの前には背中があっただけ。もう一度、絵の中に入ってみる?
花岡  え?
長谷川 あなた、この絵の中にいたんでしょ?
花岡  (絵を見る)・・・
長谷川 もう一度、すいこまれてみれば。何かわかるかもよ。・・ほら、絵の前に立って、
(花岡 絵の前に移動、じっと見る)
花岡  怖いなぁ。(絵の背に少し回るように)
長谷川 背中を見て・・じっくり。
花岡  背中・・
長谷川 そう、どんな顔してる?
花岡  ・・・わからない。
長谷川 じゃ、背中は? 
花岡  え?
長谷川 その背中、抱いてたんでしょ。
花岡  ええ?
長谷川 背中をよく見て。・・あなたはどこにいたの?
花岡  ええ?
長谷川 いつもさ。抱き合ってた時よ。
花岡  ええ、何をいってるんですか。
長谷川 よく見て背中を。(手が絵(背中)に触ろうとする)
花岡  ・・・
長谷川 背中かしてあげる。
花岡  え?
長谷川 ほら、どいて、(上着を脱ぐ)
酒井  いい加減にしろ。
長谷川 (絵の背中と同じ位置に立つ)いいから、ほら、
花岡  でも、
長谷川 もう一度、すいこまれてみて。
長谷川 彼女の背中と思って。
花岡  どういう意味ですか?
長谷川 いいから、・・・触っていいよ
花岡  できませんよ、そんなこと。
長谷川 私の背中じゃだめ?
花岡  ・・・
長谷川 じゃ、手を乗せて・・
花岡  え?
長谷川 肩に
花岡  ・・(肩に手を乗せる)
長谷川 海を見て・・
花岡  ・・はい・(花岡の手が少し動く)
長谷川 手、あったかいね
花岡  そんな・・(長谷川の背中を見つめる)
長谷川 撫でてみて・・
 ・・・
長谷川 そう
長谷川 もっと・・いいよ、
花岡  ・・・(ゆっくり撫でる)
長谷川 もっと触っていいよ
花岡  ・・・はい・・
 ・・・
長谷川 ほら、海に飲まれるよ。・・・・そう
花岡  ・・・(首筋に顔を近づける)
長谷川 (絵の背中を見る)そうよ、そう
花岡  ・・・(両手で肩を撫でる)
長谷川 もっと、お願い
花岡  ・・・(ゆっくり撫で続ける)
長谷川 そうよ、・・いいよ、もっと、
花岡  (頬を背中につける)
長谷川 そう、出てきそう・・この子が・・そう・・そう、そうよ・・
なんで・・・なんで、そこにいるの?
花岡  え?・・・あ、すみません!
・・
長谷川 はは、ばかみたいね。私
花岡  あの、いや、勝手に手が・・
長谷川 そう・・よかったじゃない。
花岡  え?
(花岡  手をみつめる)


(酒井 に電話)
酒井  もしもし、酒井です。あ、はい。お待ちしています。はい。これから準備するところです。ええ。、、はい。、、はい、、え、・・あの、いや、それは、・・でも、いや、ちょっと考えさせてくれませんか、、
(電話切る)
花岡  どうかしましたか?
酒井  いや、なんでもない。
長谷川 何?
酒井  この額を外せってさ。額は別のに変えたいって。
長谷川 額?
酒井  あぁ
花岡  それがどうかしたんですか?
酒井  この額は俺が作ったんだよ。
長谷川 え?
酒井  言ったろ、お前の絵を助けたいって。
長谷川 そんなこと今まで聞いてないよ。
酒井  言う必要ないだろ。額のことなんか考えて絵なんか描いて欲しくないからな。
長谷川 ・・・そうだけど。どこかに注文したって思ってた。
酒井  注文してもよかったんだけど、なんか、違うって思ってさ、
長谷川 違うって?
酒井  彫刻された分厚い額じゃなんか、この背中が息つまりそうだろ。いろいろ探したけど全然なくてさ、
長谷川 ・・・
酒井  なら、俺が作るかって
長谷川 でも、
花岡  あ、こっちは額は見えないんですね
酒井  ・・わかってる。
花岡  なんか、独房の窓みたいですね。
長谷川 独房?(長谷川、周りを見る)
花岡  覗かれてるし、ほら (長谷川、窓を見る)
酒井  しかたないだろ・・
花岡  額を変えても、こっちは、なにもかわらないですよね。
酒井  そうだよ。・・でも、こっちには額がいる。だから、俺が、作りたかったんだ、くそ!
 ・・・
長谷川 ありがと。
酒井  え?
長谷川 うううん。
酒井  ・・え?
 ・・・
花岡  どうしますかね、この絵
酒井  なんで、お前が心配するんだよ。
長谷川 はは
酒井  おまえはこっちだろ。
花岡  あ、そうですね。
(花岡 手前に移動)


(カバンの中からりんごを出す)
花岡  りんご、食べますか?
酒井  え?・・なに。お前と話してるとなんか・・
花岡  なんです?
酒井  こっちの脳みそが、こう・・
花岡  なんです?
酒井  だから、こう、がさっと、・・
花岡  (ナイフを出し、丁寧に前に置く)
酒井  いつもそんなもの持ってんのか?
花岡  (りんごを拭き出す)ええ、まぁ、子供のころからずっと持ってるんですよ。なんか使える時あるかなぁって。
酒井  りんごも?
花岡  いえ、りんごは来る途中、そこの野菜直売箱で買いました。50円でしたよ!これ。
酒井  ああ、50円ね。・・りんご、すきなの?
花岡  ええ、剥くのが。
酒井  む、むくのが?
長谷川 あはは
花岡  ええ。むいてる時って何もかも忘れますから、
酒井  ああ、
花岡  ナイフ使ってる時って、何かにすいこまれるような気がしませんか?
酒井  すいこまれる?・・彼女の背中と一緒か
花岡  あ、そうかもしれません。
酒井  はじめて意見があったな。
花岡  そうですか?
酒井  いや、いいよ
花岡  食べますか?
酒井  え、・・ここでか?
花岡  だめですかね?
酒井  まぁ、いいか。
長谷川 男ってそういうナイフとかもってたりするよね。
花岡  ナイフって、こう、脱出とか、ピンチとか、こまった時に使えるっていうか。そういうのあるじゃないですか。
酒井  ああ、確かに。
花岡  ありますよね。だから、なんかずっと持っててしまうんですよね。先輩はなにかもってないんですか?
酒井  先輩?
花岡  ああ、だめですか?
酒井  ・・いや、別にいいけど
花岡  いまさら名前聞くのも、ですしね
酒井  あはは。なんだろな、子供のころは探偵手帳とか持ってたけど、
花岡  あはは、尾行用のインクとか入ってるやつでしょ。いつか誘拐にあったりした時使おうと思って、
酒井  そうそう。すんごい妄想してたよな。それに、結構、みんな大切にして。
花岡  仲間の印だったですよね。でも、使えないんですよね。
酒井  事件、おこらないものな。
花岡  そうそう、先輩は今はなんか持ってないんですか?
酒井  え?今?なんだろ・・4色ボールペンかな。
花岡  あ〜、微妙。
酒井  なんだよ、これも画期的だっただろ。
花岡  まぁ、でも、緑色ってどうでしょうね。減らないですよね。
酒井  その緑色がいいんだよ。たまに使うと。
花岡  なにがいいんです?
酒井  ほっとするだろ、オアシスっていうか。ていうか、いつまで拭いてんだよ。
花岡  皮がおいしんですよ。
酒井  え・・
長谷川 あはは
花岡  (りんごを見ながら)だから、綺麗にしないと
酒井  皮が好きなんだ
花岡  ええ。・・ああ、皮と額って似てますよね。
酒井  え?
 ・・・


(三人とも絵を見つめる)
花岡  みんな、この中にいたんですよね。(りんごを剥こうとする)
酒井  え?
花岡  そうでしょ。僕も、先輩も・・あなたも。なんで今、こっちにいるんですかね。
 ・・・
酒井  ・・こっちにいないと、生きていけないからな。
花岡  え?
酒井  お前だって、こっちにいるおかげで怖くないんだろ。
花岡  え? 
酒井  怖いって言ってられるんだろ。・・どっかで切り取らないと (酒井・長谷川絵をみる)
花岡  切り取るって?
酒井  渡せないだろ、
花岡  渡すって?
酒井  絵をさ、共有できないと価値ないだろ
花岡  共有って?
酒井  ここでこうやってお前とこの絵を見てるってことだよ。誰かが切り取らないといけないんだよ。
(花岡 ナイフを絵に向ける)
花岡  切り取る、
 ・・・
長谷川 なにしてんのよ。ナイフ、向けないで。
花岡  ああ、すみません。僕は別に、(ナイフしまう)
長谷川 怖いでしょ(花岡に)。
花岡  え、 怖い? やっぱり、この子、あなたなんですね。
長谷川 何言ってるの、私じゃない。
花岡  ・・じゃ、だれなんですか?
長谷川 誰ってなによ。
花岡  どんなに拡散しようが、あなたから離れていこうがですね、
長谷川 あなたに何がわかるのよ。
花岡  いえ、でも、あなたがいなければこの子はいないじゃないですか。
長谷川 勝手に決めつけないで。わかった風に言わないで。・・・そんな、ナイフ持っている奴はナイフに使われてるだけ。額作ってるやつは額に使われてるだけ。金使ってるやつは金につかわれるだけでしょ。
花岡  何言ってるんですか?
長谷川 ・・ごめん。でも、なんだか遠くにね、遠く、・・いや、
酒井  遠く? なんだよ。
長谷川 ・・いや、なんでもない。
酒井  なんだよ、
長谷川 ここは独房なの?
酒井  え?
長谷川 さっき、そう言ったじゃない。
花岡  あ、いえ、僕には、そう見えただけです。
長谷川 ひどいよ。
花岡  すみません
長谷川 わからないものに勝手に名前つけるみたいな。
花岡  そんなつもりは、
酒井  ・・こっちだって独房だろ。
長谷川 え?
酒井  そうやって、そっちから覗いてるだろ。みんな独房だろ。こいつだって、
花岡  僕もですか?
酒井  そうだよ。みんな独房にいる。だから・・・なんとかしよって、ナイフとか額とかあるんじゃないのか。
花岡  え?何を言ってるんですか。
酒井  同じものを見たり、持ったりすると安心するんだよ。おまえの絵だって同じだろ。
長谷川 私の絵?
酒井  そうさ、みんな、モノを使って繋いでいくんだよ。この絵だってなにかを伝えるだろ。
長谷川 この絵はモノなの?
酒井  そうさ、切り出して、創り出したんだろ。
長谷川 わたしは、モノを作るために描いてないよ。
酒井  でも、それだけじゃ生きていけないだろ。
長谷川 そうなの?生きていけないの?
酒井  そうだろ、終わりがいるだろ。モノにならないと伝わらないだろ。生きるってそういうことだろ。
花岡  あの、あなたはなんのために絵を描いてるんですか?
長谷川 わからない。でも、筆をもつと勝手に手が動き出すの。そうするとこの子が変わるの。だから、また描くの。
花岡  それじゃ、いつ終わるんです?
長谷川 終われないよ。なんどもなんども繰り返すの。
酒井  だから、額にはめたんだ。そうすれば、また、新しい絵を描けるだろ。
長谷川 新しい絵って何?
酒井  違うモノを探せばいいじゃないか。
長谷川 この世界は一つよ。モノを変えても同じじゃないの。
花岡  同じ?
長谷川 そう思う。何をやっても終われない、何もかわらない。あなたはぐるぐる回ってるっていったけど、ぐるぐる回るしかないのよ。
花岡  そんな、
長谷川 過去とか今とか未来とかそんなものぐるぐる回ってるだけでしょ。終わりなんかない。
花岡  でも、それは、あなたは絵が描けるから。
長谷川 同じよ、絵なんて誰だって描けるよ。あなた、絵描けないの?
花岡  僕、僕の絵なんて、
長谷川 そのナイフを筆に変えて、キャンパスに向かうだけ。あとは、ぐるぐるまわるだけ。
花岡  寂しいじゃないですか。ぐるぐるって。
長谷川 そうかな。私はぐるぐるしてればいいと思う。いや、ぐるぐるしてる時が私。
花岡  なんどもたち戻るわけでしょ
長谷川 いいえ、
花岡  え?
長谷川 それは、立ちどまるからでしょ。
花岡  え?
長谷川 たち戻るんじゃなくて立ちどまるからよ。
花岡  たちどまるから・・
長谷川 そうだと思う。・・・あのさ、生まれた直後のこと覚えてる?
花岡  え?・・いいえ。
長谷川 私もそう。でも、なんだかわからず、ずっともがいていた気がするの。
花岡  そんな小さい時のことは記憶にないでしょ。
長谷川 全くない?そうかな。私は寝る時に真っ暗にすると、ふともがいていた時と同じような懐かしい気持ちになるの。
花岡  え?
長谷川 真っ暗にした時、何この闇って思ったことない?
花岡  闇?
長谷川 それに、目を開いても、閉じても同じなのに、目を閉じるとなんとも言えないところにでかけられる感じしない? 
花岡  あぁ、
長谷川 毎日、この闇に帰ってくるんだ。この闇がずっと続いているって。きっと、死ぬときにもこの闇は一緒なんじゃないかなって、
花岡  死ぬ時?
長谷川 そう。死ぬ時も真っ暗でしょ。きっと。そう思うと、新しい始まりとか終わりとかどうでもいいって。闇がいつだってあるでしょ。
花岡  でも、それだといつまでも同じじゃ?
長谷川 だから、同じの何が悪いの?終わって、または始めれば、って誰かが言い始めただけじゃないの、きっと。・・だって、この世界はずっとひとつなんでしょ。
花岡  ひとつ?
長谷川 うん。宇宙が始まってからずっと。だから、ころころ転がり続けて、真っ暗に帰るだけだよ。
花岡  そんな、
長谷川 始めとか終わりなんて最初からないのよ。
 ・・・
酒井  絵描きをやめるのか?
長谷川 うん、きっと、そのほうがいい。ごめん。・・・あなたのほうが絵描きにむいてるよ。
酒井  なんだよ、それ。お前には才能がある。
長谷川 才能なんて言葉、私にはないよ。・・・それにあなたは描くのをやめれたでしょ。
酒井  なにが?
長谷川 あなたは私の絵に価値を見つけた。
酒井  それが?
長谷川 立ち止まれるんだよ。だから、そっちで生きていけるよ。
酒井  お前は描き続けてればいいさ、俺が、
長谷川 それ、違うよ。全然違うよ。
酒井  何が?
長谷川 いいの。この絵は売らない。私は伝えるために描けない。

十一
花岡  あ、この子の背中って・・・こっち側に背を向けてるんだ。
長谷川 ・・そうかもね。
花岡  え?
長谷川 今、笑ってるよ、この子。
花岡  え?
長谷川 ・・私、今日、一日中、この子見てた。それでさっき、独房って言われた時、何かつながったの。この子はまだ死んでないのよ。
酒井  俺はこの子を殺そうとしてたのか?
長谷川 うんん。殺そうとはしてないよ。むしろ、生かせてくれようとしてくれた。でも・・
酒井  でも、何?
長谷川 それは、そっちの思いだっただけ。ありがとうっていうべきなんだろうって。
酒井  なんだよそれ、俺は間違ってたのか?
長谷川 うんん。間違ってない。そっちで生かされることをこの子が望んでないだけ。
酒井  ・・・終わりなのか。
長谷川 私には何も終わってないよ。額をはずして。
 ・・・
酒井  ・・ああ、わかった。
長谷川 うん
酒井  (額を外そうとする)
花岡  いや、だめです (酒井を止めて、あっち(額の奥)につきとばす)
長谷川 こっちにこないで!
酒井  何すんだよ!
花岡  先輩はそっちでしょ! 額は僕がはずします。
酒井  何言ってるんだ。
花岡  わからない!わからないけど。この子、この子って・・
酒井  どうした?
花岡  変ですよそんなこと。
長谷川 変なことないよ。
酒井  ・・・
花岡  この子って、なんですか。
長谷川 何言ってるの、この子は、この子よ。
花岡  これは絵ですよ。
長谷川 ちがう。この線一本一本が私たちなの。
花岡  線一本一本って、
長谷川 そう。私たちそのものなの。それにどんどん変わる。
花岡  で、でも、・・どんなに変化しようが、最後の線は消えませんよ。
長谷川 え?
花岡  だから、この子は死ねないんですよ。絵じゃないですか。
酒井  何言ってるんだ、もう終わったんだよ。
花岡  なにも終わってないですよ。だから、死ねないこの子には光がいるんですよ。闇につれていけないから。
酒井  だから、何いってるんだ。
花岡  どうしようもなくたって、先輩がいないとこの子の「次」がなくなってしまうじゃないですか。
酒井  この子の「次」?
暗転(電話の音)5回
[額、最初の位置に戻す。上手、花岡が座っている。下手、酒井が立って絵をみている]
明転
酒井  あの、この絵、いくらぐらいなんですか?
花岡  あの、それは、いきなり聞くもんじゃないと思うんですよ。

暗転

・・・おわり・・・


 
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