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硝子のイヴ
作 伊藤風柳
 



〈登場人物〉
女(24)
男(26)


○プロローグ

   BGM♪夜想曲第1番変ロ短調♪
   暗闇、一筋の光がゆっくりと射し込む。
   光の先に、男(26)と女(24)が白いシーツに包まって座っている。

男「――寂しい思いばかりさせて、お前のためには何一つ…… でも、今まで
  沢山の約束をして来たのは、いつも、お前の心の中にいたかったからだ。
  お前の中から消えてなくなることが、俺は、怖かった―― 怖かったよ。
  これからは、少しずつでも、一つ一つでも、二人で一緒に、約束を――」
女「……」
男「――もう一人ぼっちにさせない。約束する――」
女「……」

   男は女にキスをする。
   一筋の光がゆっくりと消えて行く。
   暗転。

○倉庫内(二人の切ない情景)

   BGM♪夜想曲第1番変ロ短調♪
   被さるように、波の音が微かに聞こえて来る。
   照明が点くと、そこは殺風景な狭い空間。
   ドラム缶やダンボール箱、簡素なパイプベッドなどが置かれている。
   海辺の古い倉庫である――
   ドアを開閉する音。
   ワンピースに薄手の上着を着た女が登場。

女「わッ、チョッと蒸している。(と、辺りを見渡して)でも……うん、何か
  いい感じだね。思っていたよりも広いし」

   大きなバッグを提げた男が登場。

男「だろう。何とかっていうボクシングジムの倉庫だってさ。あ、潰れたから、
  今は違うのか? まぁ、兎に角、2週間借りたからな」
女「うん…… もっと、狭くて汚い方が、らしくない? 警察の、ほら、ブタ
  箱だっけ?」
男「おい」
女「(笑って)冗談だよ、冗談。私にはこの倉庫も贅沢です。二人で何処かへ
  旅行に来たみたいだね。格安なロッジとか。あッ、秘密のアジトかなぁ?
  (と、ベッドに腰掛けて)ベッドも一応用意してあるしね。エッチ!」
男「(微笑んで)大丈夫か?(と、女の隣に腰掛ける)」
女「大丈夫でしょう?(と、ベッドの各所を確かめながら)誰かさんチの安い
  パイプベッドと似ているけど、頑丈そうだよ。ギシギシ軋むこともないで
  しょう!」
男「なぁ、前から言おうと思っていたんだけどさ」
女「ン? おぉッ、プロポーズかぁ!?」
男「そのギシギシって音」
女「ベッドの? もしかして、僕の胸が、熱い想いで締め付けられる音です?」
男「歯軋りだ」
女「ふぅん、激しいんだ。エッ?」
男「お前の歯軋りの音」
女「う、嘘!?」
男「聞こえているのに、本人が分からないって、不思議だよな」
女「私、歯軋りなんてしないもん!」
男「だから、分かっていないんだって。夜中に何回起こされるか」
女「本当? 激しい、じゃなくて、歯軋り?」
男「ハイ。2年目の初告白でした(と、一礼)」
女「ご丁寧にありがとうございます(と、一礼)」
男「あぁ、それから――」
女「何ッ!? 薄目を開けて寝ている? 寝ながら歩き回っている? 寝ながら
  何か食べている?」
男「イイヤ、朝、歯を磨いている時にさ」
女「何々、腰に手を当てている? お腹とかお尻とかを無意識に掻いている?」
男「歯ブラシで、舌も磨くのはどうなのかなぁ?」
女「何故? 普通でしょう?」
男「そうか!? 『ね、汚れ落ちている? 落ちている?』って、寝ている俺の
  顔の上で舌を出して、歯磨き粉をダラーッて垂らすの、普通か?」
女「うぅん……愛情表現の一つ?」
男「お前の愛情はタバコのヤニの色か?」
女「白くなります(と、ベッドから離れて)――うん、2週間後には、白くて、
  綺麗になるよ……!」
男「――そうだな」
女「……ゴメンなさい」
男「何も心配するな。俺が付いている」
女「――それが一番の心配(と、男の方へ振り向き微笑む)」
男「(微笑み)俺の愛情表現の一つだよ」
女「(視線を逸らして)そろそろ、もう時間?」
男「ン? (腕時計を見て)ああ」

   女が上着を脱ぐ。
   その左腕には注射痕がある。
   男はバッグからロープを取り出す。
   暗転。
   BGM♪3つの新しい練習曲第1番ヘ短調♪

○同(虚脱感から被害妄想へ・夜)

   BGM♪3つの新しい練習曲第1番ヘ短調♪
   被さって、金属を叩く音が微かに聞こえて来る。
   照明が点く。
   女がベッドに横たわり、爪を立ててベッドの支柱を叩いている。
   タオルを巻いた手足は、ロープでベッドの四隅に縛り付けられている。

女「(長く大きな溜息)」

   虚ろで気怠そうな表情。
   ドアを開閉する音。
   男がポリ袋を提げて登場。
   別の手には一輪の野花を持っている。

男「近くの空き地に咲いていた」

   男は床に転がっている空き缶に野花を挿し、ダンボール箱の上に置く。
   女のいるベッドへ歩み寄る。

男「(ロープを解きながら)結構沢山咲いていたから一輪だけ。ここを出たら
  一緒に見に行こう。約束だ。あぁ、やはりタオルを巻いて正解だったな。
  痛くないか? 腹、減ったろう?」
女「いい…… 自分で出来る」
男「そうか」

   男はベッドから離れ、ポリ袋を持って奥へ退場。
   女はロープを不器用に解き、足首を手で擦る。

男の声「レトルトのお粥って、いろいろと種類があるのな。チョッと迷った。
    食事は少しずつ栄養のあるモノへ変えて行くから、我慢してくれよ。
    俺の手料理なんて、食べたことあったっけ? まぁ、自分の店を持つ
    前に、練習の試作品を食べさせるのもな。イカや貝とか生野菜とか、
    好物の歯応えのある食べ物は、しばらくお預けだ――」

   男が再登場。

男「その代り、ここを出たら何でも好きな物を奢る。それも約束だ」
女「約束……」
男「(女の隣に腰掛けて)ああ。何か美味しい物を食べに行くとか、何処かへ
  連れて行くとか、未だに一つも果たしてないけど。お前と約束したことは
  全部守るよ。俺、覚えているから」
女「……(微笑んで)金魚は?」
男「ン? 食べたい? 焼く? 煮る? 刺身か?」
女「……」

   女は視線をゆっくりと彷徨わせ始める。

男「(微笑んで)縁日の金魚だろう? 覚えている。部屋に金魚鉢があるのに、
  金魚がいないんじゃ寂しいから、縁日で2匹すくって来る。約束したな。
  でも、今年の夏はチョッと無理かもしれない――」

   女は咄嗟に聞き耳を立てる。

男「秋。秋祭りへ行こう。一緒に」

   男はベッドから離れ、奥へ退場。
   微かな波の音と微かな汽笛の音。
   女は物音に敏感に反応する。
   怯えてシーツを引き摺りながら片隅へ行き、身を屈める。
   シーツに包まり、体中を執拗に掻き始める。

女「(ポツリポツリと独り言)」

   男が(粥の入った)器を持って再登場。

男「! どうした!?」
女「誰か、誰かが、見ている…… ずっと、私をずっと、見ている……」
男「心配するな。俺とお前の二人だけだ。ほら、食べよう」
女「毒ッ! 毒入れたでしょう!!」
男「何言ってんだよ。ただのお粥――(と、器を差し出す)」
女「(器を怖がって)ヒィッ! こ、殺さないで…… 私、殺さないで……」

   女はシーツに更に包まって体を小さくする。
   男は器をダンボール箱の上に置き、女を後ろから抱き締める。

男「――大丈夫、俺が付いている。側にいるよ。何も怖がらなくていい――
  (と、シーツの中へ入り女の肩を抱いて)信じてくれ――」

   一筋の光を残してゆっくりと暗闇になって行く。
   BGM♪夜想曲第1番変ロ短調♪

男「――寂しい思いばかりさせて、お前のためには何一つ…… でも、今まで
  沢山の約束をして来たのは、いつも、お前の心の中にいたかったからだ。
  お前の中から消えてなくなることが、俺は、怖かった―― 怖かったよ。
  これからは、少しずつでも、一つ一つでも、二人で一緒に、約束を――」
女「……」
男「――もう一人ぼっちにさせない。約束する――」
女「……」

   男は女にキスをする。
   一筋の光がゆっくりと消えて行く。
   暗転。

○同(被害妄想から幻覚や恐喝へ・夕)

   BGM♪夜想曲第1番変ロ短調♪に被さって、微かな雨音。
   照明が点く。
   萎れかけた野花が空き缶に一輪。
   女がベッドに横たわっている。
   男はベッドの脚元で居眠りをしている。

女「キャーッ! アッアッ、ヤーッ!!」

   男が飛び起きる。
   女は手足をバタつかせ、左の首筋を掻きむしる。

男「(女の腕を抑えて)どうした?」
女「ハエッ! ハエだよ! 早く払ってッ!!」

   男は辺りを見渡す。

女「何処を見てんだよ! 左、左の耳の下! ――ハエが、耳の下の血管に、
  卵を産んだ―― は、早く、早く卵を掻き出して!」
男「!?」

   男は恐る恐る女の左耳の下に手を伸ばす。

女「――寒いね。ねぇ、寒くない?」
男「エッ?」
女「(ニコリと笑って)すごい雪なんだもん。(と、手で男の額の汗を拭って)
  こんなに濡れちゃって、寒くないの?―― 天気予報は、雪が降るなんて
  言っていなかったのにね―― ♪雪やコンコン、霰やコンコン、降っても
  降っても……降っても、降っても♪ ――」
男「シッカリしてくれよ…… 今は、夏だ……」
女「♪降っても降っても、降れ、降れ、母さんが、蛇の目でお迎え嬉しいな、
  ピッチピッチ、チャップチャップ、ランランラン♪」
男「(ベッドから離れて)病院へ行こう。やはり無理だ。(と、女の方へ振り
  向いて)な、治療で金を遣うのは無駄遣いじゃない!(と、ベッドへ歩み
  寄って)お前がこんな風になったのは、元々俺の所為じゃないか」
女「私の所為! 私が弱いから、私がバカだから、私が薬に逃げたの……お金、
  使いたくないよ……お店を開く……アナタの、大切な……」
男「大切なのはお前だ! お前の方が、もっと……(と、顔を俯せる)」
女「……会えないね……でも、平気……私、強いんだから……」
男「……ゴメン…… 目標の資金までもう少しだったから俺…… 自分のこと
  しか考えていなかった……自分の都合のいいようにしか…… ゴメン」
女「……ゴメンなさい。私、弱い…… バイト先にいつも来るお客さんがね、
  付き合えって、ずーっと…… ずーっと、ずーっと…… 空っぽの金魚鉢、
  独り言で一杯になっちゃった……(と、微笑む)」
男「そういうこと、話してくれよ! 話してくれなきゃ、俺――」
女「ダメッ! 迷惑かけちゃう! 嫌われちゃう……」
男「嫌いになんか…… 何故だよ、何故、いつも自分の中にだけ溜め込んで、
  俺の気持ちまで勝手に決めちまうんだ!? 2年間、俺達は何をして来た?
  寂し過ぎるだろう……」
女「……寂しがり屋は、忘れたくて、楽になりたくて、薬に逃げて……哀しく
  なった…… 嫌われちゃう……もう、愛してもらえない……」
男「……それは、俺が決めることだ。人から愛されるかどうかなんて、自分で
  決めることじゃない。相手が、俺がお前を、お前が俺を想って決めるんだ。
  やっと、言えるようになったよ……(と、ポケットから指輪を取り出して)
  17日の誕生日、もう過ぎちまったけど、プレゼントだ。(と、女の薬指に
  指輪をはめて)あッ、チョッと大きかったな。でも、結構いい物なんだ。
  一人で恥ずかしい思いをしながら買って来た…… 決めていたんだ。誕生
  日に渡して、言おうって……… 幸せにする。これからも、一緒に歩いて
  ほしい。俺を、愛してくれないか……」
女「(指輪を見て)可愛いい……(と、ニコリと笑って)キラキラ、綺麗……」
男「(哀しく微笑んで)ああ、そうだな…… 踊ろう! 今日は記念日だ! 
  プロポーズの返事はここを出てから聞かせてくれ。約束。(と、女を抱き
  上げて)踊ろう。お前、プロを目指していたこともあったんだろう?」

   男は女を抱えて中央へ行く。
   女は床に立とうとしてふらつく。
   男はポケットから携帯電話を取り出し、BGMを流し始める。

男「この曲、覚えている? 踊り方を最初に教えてもらった時の。右から?」
女「うん……右、右、左……」

   二人はチークダンスを踊り始める。
   が、女の足元は覚束ない。
   男は女を支えるように抱いて踊る。
   女の虚ろな表情が、徐々に嫌悪感を増して行く。

女「イヤーッ! 離してッ!! (と、男を突き飛ばしよろけて転ぶ)」
男「お、おい―― (と、女に近寄ろうとする)」
女「(体を丸めて)イヤーッ! ヤメて、ヤメてよ! しつこいッ!!」
男「ゴメン…… チョッと、調子に乗り過ぎた……」
女「体中を触って、鈴木さん、ヤリたいだけなんだろう!? 水商売をしている
  女が、みんなそうだなんて思うんじゃねぇ! 誰が中年のデブと!」
男「鈴木って、誰だよ?(と、女にゆっくりと近寄って)分かるか? 俺が」
女「(哀しく微笑んで)久し振りだね。大丈夫だよ、仕事頑張って。どうせ、
  私なんか……どうせ……」
男「疲れたな。休もう(と、女の両腕を取る)」
女「(ニコリと笑って)優しいよね、誰にでも。だから、信じられないんだ!
  (と、男の手を振り払って)一人にしないで! 仕事が忙しいからって、
  ずーっと、ずーっと。他に女がいるんじゃないの? 昼も夜も仕事なんて
  言っちゃってさ。何処で何をやってんだか!」
男「バカ言うなよ。本当に――」
女「嘘だよッ! 嘘々。約束とか愛とかなんて、嘘! そんなの見えないから、
  形がないから、便利に使っているだけ! 約束をしていても裏切られるし、
  愛していても傷付けられる。一人で辛い思いをするだけじゃないッ!!」
男「一人だって思うなよ。自分勝手に、自分を抑え付けて苦しむなよ」
女「楽しい……辛くなるくらい、楽しいよ……」
男「――知っているか? 辛いっていう字は、一本、横の線を加えると、別の
  漢字になるんだ。一人じゃ辛いことも、もう一人いれば、たった一本線を
  加えるだけで、辛いが幸せになるんだ(と、手を伸ばす)」
女「触んなよッ!(と、激しく腕を振り払い続けて)気持ち悪ぃ!!」
男「痛ッ!(と、打たれた右頬を抑える)」
女「バカじゃない! いつも夢みてぇな綺麗事ばっかり言ってよ!! ハハハ、
  自分が贈った指輪でケガして。ブ様、惨めだねぇ」
男「いい加減にしろッ!(と、女の両腕を強く掴んで)お前はどうなんだ? 
  毎晩毎晩愛想を振り撒いて、客に口説かれて、いい気になっていたんじゃ
  ねぇのか! 何処でどいつと――」
女「ほーら、それが本音!」

   男は女をベッドに押し倒す。

男「分かってんのか!? 殆どのヤツはな、口説き落とすことをゲームみてぇに
  楽しんでいるんだ! そんなヤツ等に、俺は、いつも離れた場所から嫉妬
  して、お前から見下される不安に怯え続けて、何も話してくれないことに
  苛立って。その結果、お前はヤク中かよ!!」
女「アンタこそ何? バカみたいに金を貯めた結果が変質者じゃない! 女を
  監禁して、こんな風に抑え込んで、ロープで縛っちゃってさ。変態だよ!
  警察を呼んでやる! みんなにバラシてやる!!」
男「!(と、女の手足をロープで縛り始める)」
女「離せッ! 離せよ、この変態!!(と、男の顔にツバを吐く)」
男「! うるせぇッ!!」

   男は女の手足をロープで縛り続ける。
   女は手足を必死にバタつかせる。
   BGM♪夜想曲第20番嬰ハ短調♪
   ゆっくりと暗転。

女「イヤーッ! 離して離して、離してよッ! もうヤダだ! ……殺して。
  ……お願い……私を、殺して……!」

○同(幻覚の中での幻夢・早朝)

   BGM♪夜想曲第20番嬰ハ短調♪に被さって、波の音と鳥のさえずり。
   照明が点く。
   萎れた野花が空き缶に一輪。
   女は手足をロープで縛られてベッドに横たわっている。
   男はベッドの脚元から立ち上がり、朝陽が射し込む片隅へ行く。

女「……(小声で)おはよ……」
男「(気付かない)」
女「ねぇ…… おはよう……」
男「(気付いて女の方へ振り向き)あぁ、おはよう…… ゴメン」
女「(男と同時に)ゴメンね」
男「チョッと、言い過ぎた」
女「(男と同時に)言い過ぎちゃった」

   男と女は苦笑する。
   男は女のいるベッドへ歩み寄る。

男「なぁ、病院か施設へ――」
女「ありがとう。もう、大丈夫―― ゴメンなさい。迷惑をかけちゃったけど、
  うん、もう大丈夫だから」
男「でも――」
女「すごくひどい顔でしょう? イヤだ、そんなに見ないでよ。恥ずかしい。
  (と、縛られた手で顔を隠そうとする)」
男「……お前、本当に――?」
女「ねぇ、見に行こうよ、お花。約束の」
男「……あ、あぁ!(と、急いでロープを解き始める)」
女「ゴメンね、心配かけて―― (涙声で)もうしない―― ゴメンね」
男「いい、いいよ。済んだことだ。チョッと、きつく縛り過ぎたな」

   男はベッドから離れ、置いてあるバッグからハサミを取り出す。

男「何か欲しい物はあるか? 腹、減っているだろう?(と、ベッドへ戻って
  ロープをハサミで切りながら)ノドは? 何か飲むか?」
女「――ミルク。温かいミルク、飲みたい」
男「分かった。待っていろよ」

   男はハサミをベッドの上に置き、離れて奥へ退場。
   女はゆっくりと起き上がり、手足の感覚を確かめる。

男の声「そこの空き地に、本当に沢山咲いていたんだ。まだ枯れてないよな?
    2週間前は綺麗だったけど――」

   女はハサミを手にする。

男の声「――ついでに何か食べて来よう。刺激の強い物はダメだけど。あぁ、
    この時間、ファミレスぐらいしか開いてないか?――」

   男が(ミルクの入った)カップを持って再登場。
   女はフラリとベッドから立ち上がる。

男「でも、レトルトのお粥や俺の即席料理よりはマシだな。いつもはミルクに
  砂糖って――」

   女が男の胸に勢い良く飛び込む!

男「!?(と、カップを落とす)」

   女は男から離れて後退りする。
   男は腹に刺さったハサミを握ったまま膝から崩れ、床に倒れる。

女「ヘヘヘッ、殺されるもんか! 彼が、彼が、待っているの…… 約束? 
  そんなの、自分が勝手に言っていただけじゃない…… 私、帰る……彼の
  処へ、帰る…… バイバイ……」

   女は微かに笑いながら退場。
   ドアを開閉する音。
   男は朝陽が射し込む片隅へ這って行く。

男「……何だよ、これ。この終わり方、寂しいじゃねぇか……約束を果たそう
  と思って、大切にして来たつもり……愛したヤツに、愛されたヤツにも、
  責任ってあるだろう? 逃げんなよ……」

   朝陽だけを残してゆっくりと暗闇になって行く。

男「……畜生、一人じゃ、寒い……(と、ポケットから携帯電話を取り出し、
  BGMを流し始めて)ほんの少しだけ、幸せが…… もう、二人で一緒に
  ……踊れねぇか?……」

   朝陽がゆっくりと消えて行く。
   暗転。
   携帯電話のBGMが止まる――


                          『硝子のイヴ』 終


 
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