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キッドナップメモリー
岩野秀夫
 



(登場人物)

倉中 明(男)…30代半ば。フリーのカメラマン

倉中 静(女)…30代半ば。ゲーム会社の企画・開発担当

倉中 そら(女)…中学2年生

ガッツ(男)…30代半ば。刑事

瞼(まぶた)(女)…30歳前後。刑事

臼井 聖二(男)…40代後半。元旅行代理店勤務、現在はタクシー会社勤務

臼井 理津子(女)…40代後半。専業主婦

語り部


(舞台)
舞台上のどこかに別空間スペースが設けられている。
その他、テーブルになったりイスになったりするボックスがいくつかある。
それ以外は、基本的には素舞台。


(本編)
第一部

○臼井聖二宅マンション・リビング(夜)  

別空間スペースに語り部がいる。
臼井理津子が、赤ん坊の人形をあやしている。

語り部「場所、臼井聖二宅。彼女は妻の理津子。お話は今から10年ほど前に
さかのぼる。その日、帰宅する臼井聖二の足取りは重かった」

スーツ姿の臼井聖二が帰宅する。

聖二「ただいま…」

理津子「おかえりなさい」

聖二、ジャケットを脱ぎ放り出す。ネクタイをゆるめ、座り込む。疲れきり憔悴
しきった様子。
理津子は人形をあやし続けている。

聖二「何も聞かないのかよ」

理津子「え?」

聖二「聞こえてるだろ。聞かないのかよ。仕事見つかった?とか。仕事見つ
かった?とか。…仕事見つかった?とか」

理津子「見つかったの?」

聖二「ねえよ。一切ねえよ。ちっくしょう!もうやだよ!冷たくあしらわれる
のはもう嫌なんだよ!」

理津子「(人形に)かわいそうにねぇ」

聖二「もう無だよ!無!無し!もう、何にもない!おれが今まで積み上げて
きたものなんか、なんの価値もない!今日だって、以前(まえ)になかよしに
してた知り合いの代理店に行ってさ、頼み込んで頼み込んで、ようやく人事の
人に会わせてもらったのにこうだよ、こう!」

語り部(人事の人)「やあやあ、君が臼井くんか、以前は本当にお世話になった
みたいだね。い、ぜ、ん、は」

聖二「はあ」

語り部(人事の人)「それで?臼井くん、ん?どれくらい仕事してないの?」

聖二「一年くらい…ですか」

語り部(人事の人)、さげすむような笑みを浮かべる。

語り部(人事の人)「一年?い、ち、ね…一年?ん?ほら旅行業界って、競争が激し
いでしょ。つ、ね、に。それにホラ、この不景気でしょ?倒産多いでしょ?臼井く
んトコもそうだったんでしょ?半年現場を離れたら、ね、もう、ね、使い物になら
ないの、ね。それに、臼井くん、もう33?あ、34?あ、35ね。うんうん、
頭も固…うんうんうん。そうね。もう、わかるね」

聖二「知るか!バーカ!好きでこのトシで無職やってんじゃねーや!バーカ、バーカ!
クソが!もう!あー、本当に腹がたつ!おれが何したってんだよ!もうおお!」

聖二、怒りをもてあまし、ヘンな体勢をとりながら叫ぶ。

理津子「子どもみたい」

聖二「このマンションも、もう引き払わなきゃ。なあ、理津子。もうここの家賃はとう
てい払えないよ!もう俺たちは人並みの生活を送れなくなるんだよお!」

理津子「また始まった」

聖二、人形をあやす理津子をじっと見つめる。

聖二「……何してんだ?さっきから」

理津子「(聖二の質問の意図がわからず)…何って?」

聖二「あやしてるのか?」

理津子「まあ!(人形に)いじわるなパパね。でも、許してね。今日はご機嫌ななめ
なのよ。おいしいものいっぱい食べてぐっすり眠れば、きっといつものやさしいパパに
戻るわ」

理津子、人形を聖二に渡す。

理津子「はい」

聖二「え?」

理津子「しばらくお願い。あたし、すぐ夕飯作っちゃうから」

聖二「…」

聖二、人形と理津子を見比べる。

理津子「(人形に)待っててね」

理津子、微笑みながら台所へ向かおうとする。。
聖二、追いかける。

聖二「ちょっと待てよ理津子」

理津子「何?」

聖二「お前、どうしたんだよ」

理津子「え?別にどうもしてないけど」

聖二「だって、これ(人形)…」

理津子「(むっとして)これじゃないでしょ。聖理(きより)でしょ」

聖二「聖理?これ聖理のつもりなのか?」

理津子「ひどい…何てこと言うの」

聖二「いやあ、そうか、これ聖理なのか」

理津子「ねぇ、あなたどうしたの?自分の子どものこともわからないなんて」

聖二「そういうわけじゃないけど…疲れてるんだな、きっと」

理津子「…そうか…そうね。(にっこり笑って)しばらく聖理をお願い。すぐご飯に
するから」

理津子、台所へ行く(舞台からはける)。
聖二、まじまじと人形を見つめる。

聖二「お前、聖理か…」

聖二、唐突に手を離す。人形は下に落ちる。
聖二、人形を見下ろしながら

聖二「聖理…」

聖二、おもむろに人形を拾い上げ、床に叩きつけようとするが思いとどまる。
聖二、泣き出す。人形をぎゅっと抱きしめる。
聖二、人形を抱いたまま電話をかける。

語り部「ピポポペ、ピポペポ。トゥルルルルル…トゥルルルルルル…ガチャ。はい、
こちら、四谷クリニック」

聖二「先生、おれです。臼井です」

語り部(医師)「ああ、臼井さん。どうしたんです?こんな時間に」

聖二、泣いて言葉が出ない。

語り部(医師)「どうしたんです?また奥さんに何か?」

聖二「なんて言うかさ…」

聖二、泣きじゃくる。

語り部(医師)「いいんですよ。臼井さん。泣きたいときは泣くがいい」

聖二「なんかさ…かみさんに聖理が現れちゃったんだよ」

語り部(医師)「聖理ちゃんが?」

聖二「人形を聖理に見立ててあやしたりしてさ」

語り部(医師)「ほほう」

聖二「おれはもうどうしたらいいか…」

語り部(医師)「そうですか。聖理ちゃんが亡くなってどれくらいになりましたっけ?」

聖二「半年になるよ」

語り部(医師)「きっと奥さんなりに心の整理をつけようとしてるんでしょう。傷を
癒すためにひとまず聖理ちゃんの影を形つくって、徐々に徐々に聖理ちゃんから離れ
ようとしてるんです。そのうち、かさぶたが無くなるように、いつの間にか聖理ちゃん
も消えてしまいますよ」

聖二「なんでこんなことが起こっちゃうのかなぁ」

語り部(医師)「大体にして心の傷ってのは時間がかかるものなんです。なんたって、
心に絆創膏は貼れませんからなあっはっはっはっは。まあ、気長にやるんです。あな
たがするべきことは、奥様に付き合って聖理ちゃんがいるように振る舞うことです」

聖二「そんなことできねえよ」

語り部(医師)「大丈夫。半年とか1年もすれば、きっと徐々に聖理ちゃんは
消えていく。ただ、もし可能ならまた奥様をこちらに連れてきて…」

理津子が戻ってくる。
聖二、あわてて人形を抱きなおす。

聖二「じゃ、悪いな。いらないから。それじゃ(と、電話をきる)」

語り部「ガチャ」

理津子「誰?」

聖二「いや、単なるセールス」

理津子「そう。もうすぐできるわよ」

聖二「ああ」

理津子、人形の顔をつついたりする。

理津子「…かわいい」

聖二「理津子」

理津子「うん?」

聖二「聖理もおなかすいたって」

理津子「そう」

聖二「(人形に)な?」

聖二、人形を腹話術のようにして

聖二「ばぶばぶ」

暗転


○倉中静宅マンション・リビング(夜)

倉中明がスマホでアプリのゲームをしている。
テーブルにはスマホが数台置いてある。

語り部「時は流れて現在にいたる。場所、倉中静宅。2月9日。もうすぐ午後11時。
今、マグカップを倒し、こぼれたコーヒーを必死に拭いて証拠隠滅を図っているこの
男(と、語り部のセリフどおりの動作を明は行う)。名前は明。戸籍上はまだ倉中静
の夫である。この物語の始まりは、そんな2人の亀裂から…」

倉中静が帰ってくる。

「お帰り」

「何よ、あなた」

「(自嘲気味に笑いながら)『何よあなた』って君の亭主だよ。風呂は掃除して
わかしておいた。乾燥機の洗濯物はたたんでおいたし、たまっていた流しの洗い物
も洗っておいた。ごみもまとめておいたから。明日、燃えるごみの日だよね。それ
から、冷蔵庫の中の野菜で痛んでるものはもう処分しちゃったから。牛乳も賞味期限
が2週間過ぎてたんで捨てちゃった。以上、ありがとうは?」

「…あなた、ちゃんとうちの新作ゲームのレセプション、取材に行ってくれた?」

「あたり前だろ」

「紹介したの誰だっけ?」

「……」

「ありがとうは?」

「ありがとう……」

「入稿は金曜だからね。今週は祝日もあるから遅れないでね…て、フリーには関係
ないか」

「わかってるよ」

明がしゃべっている間に、静は自分のスマホで明が撮った写真データを確認している。

「あ、これ。昨日のそらの写真?」

明、静のスマホをのぞきこみ

「そうそう、昨日、塾の迎えに行った時に撮ったやつ」

「そら、何か疲れてる」

「そりゃあ、塾の帰りだし、夕べは急に雨にも降られたから」

「そうかな…それだけじゃない気がする」

「変わんないと思うけどな」

「…だめだ、タブレットじゃないと画面小さくて」

静、タブレットを探し出す。

「お前が普段、会ってなさすぎなんだよ」

「(ムッとして)は?」

明、静の態度をスルーして

「(スマホの画面を見ながら)お?誰だコレ?」

語り部「(ガッツ)『静さん。自分はあなたにずっとゾッコンでした』
  (静)『ごめんなさい、恵クン。あたし、恵クンを恋人として見れない』
  (ガッツ)『どうして?自分のどこが…?』
(静)『あなた、私より女々しいんですもの』
(ガッツ)『そんな…女々しいなんて…ひどいよ…ひどすぎるよ』」

「あーあ。ふっちゃった。おもしろいなコレ。お前が育ってるよ」

「へんな風にいじらないでよ」

「これを今、開発してるんだ」

「なによ」

「また育成ゲームかと思ってさ」

「よく知りもしないで」

「だって、コレそうだろ?育ゲーだろ?」

「主人公に様々な条件づけが行われることで育成のバリエーションが変わっていく。
確かにその辺は似てるんだけど…」

「やっぱり、そうなんだろ?」

「最後まで聞く!コレがちがうところは主人公の設定を両親の条件づけから行う点
なのよ。いい?」

静、テーブルのうえの他のスマホを開く。
先ほどこぼしたコーヒーにより、スマホは妙に湿っている。

「ん?何か濡れてる…」

「え?どうかした?」

静、明を疑いのまなざしで見つめる。

「何?どうかしたの?」

静、濡れたスマホのディスプレイを明にぬぐいつける。

「おい!」

静、気を取り直し、スマホの画面を明に見せる。

「例えばね、これがあたしのお父さん」

語り部「(響太郎)『音多響太郎、昭和22年9月14日生まれ。乙女座のAB型
ずら』」

「それから、これがあたしのお母さん」

語り部「(シヅ)『音多シヅ、昭和25年3月5日生まれ。魚座のO型でございます』」

「さらに、このふたりにいくつかのパーソナリティー・インヴェスティゲイションを
試みる。響太郎くん、あなたはシヅを愛してますか?」

語り部(響太郎)、男らしくうなずく。

「シヅさん。あなたは響太郎を愛してますか?」

語り部(シヅ)、女らしく首を横に振る。

「エトセトラ、エトセトラ。それから、あたしが生まれる生年月日と性別、名前を
設定すると…」

語り部「(響太郎)『シヅさん。生まれたずら。おれっちの、おれっちの子供ずら』
  (シヅ)『んまあ、玉のようにめんこい子』
  (響太郎)『名前は、静と名付けるずら』」

「ああ!静が生まれた!」

「血液型とかは選択できるようにするから自分に近い主人公を設定をすることが
できるわけ」

「すると、ボクの両親のデータを打ち込むとボクが生まれるの?」

「そう」

「自分で自分を育てるってわけね」

「でね、このゲームのおもしろさはもっと違うところにあるのよ。仮に主人公を
あなたにするでしょ」

語り部(明)「ちース!明でーす」

「あ!ボクだ!」

「普通にあなたが育つんだったら、そりゃおもしろくないけどさ、条件付けを現実と
変えることで現実とは違うあなたが育つ。例えば郵便配達やってるあなたとか」

語り部、自転車に乗って郵便配達をする明を演じる。

語り部(郵便局員の明)「チリン、チリン。ハンコください」

「バーテンやってる、あなたとか」

語り部、バーのカウンター内でシェーカーをふる明を演じる。

語り部(バーテンの明)「(シェーカーを振ってグラスにカクテルをそそぎ)……
どうぞ(ニヤッ)」

「トラックの運ちゃんやってるあなたとか」

語り部、大型トラックを運転する明を演じる。

語り部(トラック運転手の明)「パ、パーン!(と、ホーンを鳴らす)」

※以上の様々な職業の明はあくまでも一例です。どんな職業に変えても可。

「と、いうわけで現実とは違ういろいろな自分を疑似体験できるのよ」

「おお!」

「セルフグローイングシステムと言ってね、普通の育成ゲームはヴァーチャルだけど、
これの意図するところはパラレルなの」

「なるほど」

「人生の生き直しをするゲームだから、スマホデビューした高齢者をターゲットに
開発しているの。あなたみたいに今さらの育ゲーと誤解されそうなのは否めないけど、
長く愛されるアプリになってくれたら本望ね」

「それって逆に言うと、現実どおりに育つこともあるってこと?」

「動作確認のため、各社のデバイスで同時にプレイしているけど、まだ、なんとも
いえないわね。一部では現実に起こったことも起こっているけど」

「そうなの?」

「ほら、あたし今フッたでしょ」

「うん。え?」

「いいひとだったんだけどね」

「え?何、じゃあ、これって」

「大学の時に同じゼミだった人」

「すげぇ!実際と同じことがコンテンツのなかで再現されるんだ」

「そういう『場合がある』って程度よ。完全にプレイヤーの人生が再現されるわけ
ないんだし、ある機種では現実どおりのことが起こったとしても、別の機種では全く
起こらない。ある機種では、現実に近いんだけど微妙に違うことが起こるし、別の
機種では全然現実どおりではないんだけど、現実に近い出会いがあったりする。
そうそう、そう言えば、あたしいくつかの機種で、大学いったら写真サークルに入る
ようにしてるんだけど、あなたとは出会わないのよね、いまのところ」

「だめじゃん」

「それが現実ならどれだけよかったか。はい、もういいでしょ。疲れてんだから
帰ってくんない」

静、私物のタブレット端末を探し出す。しかし、見つからず延々と探す。

「大体、あなた、何しに来たの?」

「用がなかったら来ちゃいけなかったか」

「当たり前じゃん、離婚調停中なんだし」

「や、まだ、そんな具体的な話にはなって…」

「え…まさか、またコレ?(と、指でお金の形)」

「そう、コレ(と、同じく指でお金の形)家賃がさ…」

「こないだも仕事紹介したじゃない」

「まだ、ギャラが振り込まれてないんだよ。支払が遅れてるみたいで」

「引っ越しなさいよ、もっと安いとこ!風呂なし、トイレ共同、駅から20分!
いっぱいあるでしょ!」

「そりゃそうだけど」

「家庭を放り出してまで夢を追いかける男が2DKなんかに住むんじゃない!」

「だって、ワンルームだったら機材に埋もれちゃうよ」

「玄関で寝なさいよ!(タブレットが見つからず)ああ、もう、ない!」

「何が?」

「あたしのタブレット。ちょっと、あんたでしょ」

「ボクじゃない…」

「勝手に売らないでくれる」

「だから、違うって」

「じゃあ、なんでないのよ」

「そらじゃないの?」

「そら?」

「塾で使ってるって、昨日持ってたぞ」

「だって…今日…塾ないし…」

「じゃあ、そらのバッグの中にそのままになってんだろ」

「あの子帰ってきてる?」

「え…いないの?」

静、無言のまま、リビングを出て(舞台からはけて)そらの寝室を確認に行く。

「いつも…こんなに遅いのか?」

語り部(着信音)「(お好きな着信音を口ずさんでください♪)」

明、静のスマホを見て

「(静に)おい!そらからLINE来てるぞ!」

静、走って戻って来る。

「何だよ、結局いなかったのかよ…」

明もリビングを出て、そらの寝室を確認に行く。
静、スマホのLINEを確認する。

「そらからだ…よかった…」

静、本文を見る。

語り部(メールの文面)「『…そらはさらった。2月11日の昼12時、光の出口
を抜けたところで待つ』」

「え…?何よ、コレ」

明、戻ってきて

「どうした?」

「ちょっと、コレ見て…」

「(メールを見て)『そらは』…『さらった』!?『2月11日の昼12時、光の
出口を抜けたところで待つ』…何だこりゃ」

「さあ…?」

「…そら、一度も帰った様子がなかったな。バッグもない」

静、そらのケータイにかけてみる。

語り部「検索そら、ピ。ププププププ。おかけになった電話番号は電波の届かない
ところにおられるか、電源が入っていないためかかりません。おかけになった……」

静、電話をきる。

語り部「ピ」

「だめか?」

「(うなずく)」

「返信だけでもしとけよ」

「言われなくてもわかってるから!」

静、そらからのLINEに返信する。

語り部(LINE)「そら、今どこ?すぐに連絡してください。心配してます。送信」

「大体『光の出口』って何だよ。静、知ってる?」

「知るわけないでしょ」

「そうか…」

「イタズラだったらタチが悪すぎる。誰のしわざよ、もう!」

「(時計を見て)もう11時になる…そらはこの時間、ちゃんと帰ってるんだろ?」

「うん、多分…わかんないけど」

「わかんないってなんだよ、一緒に暮らしてるのに」

「だって、あたしここんとこずっと遅かったんだもん!帰ってもあの子に会えない
ことだってあるし」

「お前は相変わらず、そういう生活続けてるんだな」

静、ムッとして明をにらみながら、かまわずにスマホで電話をかける。

語り部「ピポ、パペピピ、プポポポ。トゥルルルルル(と、コール音が続く)」

「(コール音続く中)どこかけてるの?」

「(コール音続く中)塾」

「(コール音続く中)さっき今日は塾ないって…」

語り部「トゥルルルル…。はい、豊田アカデミーです」

「そちらでお世話になっている倉中そらの母親ですけど」

語り部(事務員)「お世話になっております」

「あの、娘はそちらにおりますでしょうか?」

語り部(事務員)「あれ?倉中さん、今日は塾の日じゃないんじゃないですか?」

「まあ、そうなんですけど」

語り部(事務員)「ただ、先生も生徒さんも今日はみんな帰っておりますから、もう
私しかおりませんので…」

「そうですか。わかりました、どうも」

語り部(事務員)「はい。失礼します。(受話器を置きながら)…いるわけねえだろ。
何時だと思って…ガチャ」

「いない?」

「(うなづきながら)あと、まさかとは思うけど…学校?」

「それこそ、こんな時間にいるわけない」

静、スマホで電話をかける。

語り部「ピポ、ピピポポ、オペオペ。トゥルルルルル…(とコール音を続ける)」

「(コール音続く中)だめだ…誰もでない」

「(コール音続く中)だから言っただろう」

静、通話をきる。

語り部「ピ」

「どうしよう…遊んでるところといっても探しきれないし、そらの友達もわか
らない…あなたのところは?」

「なんでうちにいるのに、そんなLINEすんだよ」

「でも、いるかもしれないでしょ。家電(いえでん)あったっけ?」

「ない」

「じゃあ、見てきて」

「だから、いないって」

「いいから、行って確認してきてよ!現にそら、いないんだから!」

「ちょっと、落ち着こう」

「どうしよう、そらが本当にさらわれてたら」

「でも、身代金、要求されてるわけじゃないし」

「このLINE送った人は『そらをさらった』って言ってるのよ!こんな時間なのに
そらは帰ってきてない!」

「落ち着けって」

「なんで、あなたはそんなに落ち着いてられるのよ!そらが心配じゃないの?!」

「いや、心配だけど」

「あの子こうしている間にも、どんなに怖い思いをしているか…?!ねえ、警察に
通報しよう」

「警察?」

「誘拐されたんだったら、あたしたちだけじゃあ、どうにもならないよ!」

「いや、待てよ」

静、スマホで110番する。

語り部「ピポパ。トゥル…」

「だから、待てって!」

明、強引に静のスマホをきる。

語り部「ピ」

「何よ!?邪魔しないでよ!」

「今のままだったら警察とりあわないよ!」

「なんでよ!」

「事件として成り立ってない!」

「はあ!?」

「まだ身代金を要求されたわけじゃないんだ!イタズラって思われても
何も言えないよ!警察だってとりあわないし、とりあえないんだよ!」

「そんな!…」

「やっぱり、『光の出口』がどこかを思い出して、そこへ行くしかない。
うちらでできることって言ったら、それしかないよ!」

「……」

「2月11日って、お前仕事は?」

「祝日だから、一応休み」

「そうしたら、それまでになんとか思いだそう。今、コーヒーいれるから、
落ち着いてよく考えてみろよ。『光の出口』がどこなのか。な?」

明、キッチンへ行く(舞台からはける)。
静、スマホの画面を見ていたが、ふっと何かを思い出し、電話をかける。

語り部「ピポパ、ポペ、パピプポ。トゥルルルル…トゥルルルルルル。はい、
こちらガッツ!!」

「恵くん。覚えてる?あたしです。静です」

語り部(ガッツ)「ああ!?静さん!?おひさしぶりです!どうしたんす
か!?」

「ごめんね、今、仕事中だった?」

語り部(ガッツ)「でも、全然平気ッス!」

「実は…相談があって」

語り部(ガッツ)「何スか?自分でよければなんでも!」

「あの…実は…あたしの子がさらわれたかもしれないの」

語り部(ガッツ)「えええ!!」

「だから、その…」

語り部(ガッツ)「わかりました!今スグ行きます!ガチャ」

明、コーヒーをもってくる。

「思い出した?」

「今、刑事呼んだわ」

「はあっっっ!?」

「スグ来るって」

語り部「10分後」

ガッツ「しーずーかーさーーん!!!」

語り部「(上のセリフと同時に)ドンドン!ドンドン!」

「来た!」

「本当かよ」

静、玄関へ行き(舞台から一度はけて)ガッツと一緒に舞台に戻る。
ガッツ、登場。がんばれ、ガッツ!

ガッツ「静さん、気をしっかりもつんだ!まだ、先は長い!」

「(ガッツの背後から)あの…」

ガッツ「誰だああああ?!!」

ガッツ、明に対し空手の構え。

「うあああ?!」

「恵くん、その人うちのだんな!」

ガッツ「ああ、そう(と、そっけない)。いいか、俺の背後に立つんじゃ
ないぞ」

「ゴルゴ13かよ」

ガッツ「あ?」

「あ、いや…」

「こちら恵くん。さっきアプリにでてた人。現役の刑事」

「本物?」

ガッツ「よろしく」

「こちら、だんなの明」

「初めまして、恵さん」

ガッツ、明の胸ぐらをつかむ。

ガッツ「おれのことをぉぉ、『恵』ってよぶんじゃなああぁい」

「はい!?」

ガッツ「俺のことはガッツ刑事(デカ)と呼べぇ、いいかぁ?ガッツ刑事だぁ」

「ガッツ刑事」

ガッツ「もう一回ぃ」

「ガッツ刑事」

ガッツ「トライ・アゲイィン」

「ガッツ刑事」

ガッツ「『恵』は…」

ガッツ・明「ノー!」

「『恵』クンじゃだめなの?」

ガッツ「『恵』って名前、どうも迫力なくってねえ、仲間うちからはガッツ
刑事って呼んでもらってるんです。ガッツで事件は全てカーイケツ!それが
ガッツ刑事!ガッツ!」

「さっき、静は『恵』クンって呼んでたじゃねーか」

ガッツ「(明につめよりながら)何か言ったか?え?国家権力なめんなよ」

「す、すいません」

「そんなことより、ガッツ刑事!そらのこと…」

ガッツ「(うれしそうに)はあい。では、状況をまず説明してください」

「さっき、LINEが届いたんです」

ガッツ「拝見できますか?」

「ええ」

ガッツ、静のスマホのディスプレイを見る。
ガッツ、久しぶりに静の間近でちょっとドキドキ。
そして静と目が合い、照れ笑い。だが、すぐにキッとディスプレイを見つめる。

ガッツ「『2月11日』というと、あさってか。『光の出口を抜けたところ』?
『光の出口』ってどこのことですか?」

「さあ…」

ガッツ「うーーーん…」

「何かわかりますか?」

ガッツ「イタズラっぽいなあ」

「でも…」

ガッツ「正直、ちょっと動きづらいです。犯罪性のある要求がなされてない。
つまり事件性があまりに薄い」

「(ガッツに)でしょ?」

「(ガッツに)ダメなんですか?」

ガッツ「静さん。事件性が薄いと言うのもですな、まだ、そらちゃんがさらわ
れたかどうか、わからないからなんですよ。つまり、そらちゃんは今からでも
帰ってくるかもしれない。そらちゃん、おいくつでしたっけ?」

「14歳。中学生です」

ガッツ「この時間に遊んでる中学生なんかいるところにはいますからね。
わかっていただけますか?」

「…はい」

ガッツ「そらちゃんと連絡とる手段は?」

「電話したんですけどつながらなくて、LINEは返してあります」

ガッツ「もちろん何の返信もない」

「はい」

ガッツ「他にうつ手なしか…。だが、しかし、ただ待つのももったいない。
静さん、自分ちょっとパートナー呼びます」

「助かります」

ガッツ「名前を瞼(まぶた)といいます。後輩なんだけど、なかなかのキレ者
でね。頼りになるやつなんです。呼んで手伝わせます」

「でも、いいんですか?」

ガッツ「人手はあった方がいい!ガッツに!おまかせ!」

ガッツ、スマホをとりだし、瞼に電話する。

語り部「ピ。トゥルルルルル…トゥルルルルル…トゥルルルルル…(眠そうに)
はぁい」

ガッツ「あ、瞼刑事(デカ)?ガッツなんですけれども」

語り部(瞼)「あ?何よガッツ、何の用?」

ガッツ「ちょっと、手伝ってくんないかなあ、と思いまして、はい」

ガッツと瞼の会話が続く中

「静」

「何よ」

「念のため、外探してくる」

「そうね。ふたりでここでじっとしているよりは…」

「大丈夫、きっとそらは無事だよ。『光の出口』のことだってきっとわかる」

「だといいんだけど」

「ボクも考えてみるからさ。たまには頼ってみろって」

「(うなずく)」

「ま、頼りないかもしれないけどさ」

「(軽く微笑む)」

「じゃ、行ってくる」

「うん」

「それでさ、こんな時に悪いんだけど…」

「何」

「家賃…」

静、キレながら無言でお金を渡す(パントマイムで可)。

「(受け取り)悪い。じゃあ、行ってくる」

明、去る。

語り部「さて、それから30分後。ピンポーン」

ガッツ「瞼だ!」

ガッツ、玄関へ向かい(一度舞台からはけて)、再度、瞼とやって来る。

ガッツ「ごめんねェ、瞼刑事ぁ、突然にぃ」

「本当よ。あたし、きのうからずっと徹夜で張って、さっき寝たばっかなのよ。
冗談じゃないわよ」

瞼、眠そう。そしてかったるそう。

ガッツ「静さん。こちら、瞼刑事」

「初めまして」

「どうも。で、何なの、こっちは?状況説明してよ、ガッツ」

ガッツ「うん。実はね…」

ガッツの瞼への説明を、語り部がテープの早送り口調で代弁する。
ガッツもそれに合わせて、早送りの動き。

ガッツ「…と、いうわけなんだ」

「あ?つまり、まだ、身代金を要求されてないわけ?」

ガッツ「うん」

「で?この人んとこの子もさらわれたかどうか、まだ、わかんないってわけ?」

ガッツ「うん、うん」

「つまるところ、まだ、何も起こってないってことじゃないの?」

ガッツ「そうなるかも」

「ガッツ」

ガッツ「何だい、瞼刑事」

「刑訴法(刑事訴訟法)にかすりもしてないそんなヤマで動いて
いいの?いやしくも税金でくわせてもらっているあたしたちの、大事な、
大事な、大事な時間を、そんなものに費やしていいと思ってるの?」

ガッツ「いや、だからその辺もね、瞼刑事と相談したいかなぁ、なんて」

「ガッツ」

ガッツ「何だい。瞼刑事」

「あたし帰るわ。疲れてんのよ。じゃあね」

ガッツ「つれないじゃん、つれないじゃん、ちょっとぐらい一緒に考えようよ」

「いい加減にしてよ。超越権行為よ、コレ」

ガッツ「そんなこと、言わないでさあ」

「お願いします!!!」

瞼、ハタと止まる。

「確かに、くだらないかもしれないんですけど…もしかしたら、事件にも
なってないかもしれないんですけど…でも、あたしはそらが心配なんです。
少しでもいいんです。どうか、手伝ってください」

「これだよ…。あんたみたいな親は事件が起きてから子供のこと考え始める。
それじゃあ遅いってこと、とっくにわかってるはずでしょ?」

「(くやしくて、悲しくて)そうね…だらしないと思う」

ガッツ「やめろよ、瞼刑事。静さんひとりの責任じゃないんだからさ」

「ああ、全くその通りだ。亭主はどこ行ってんだ、亭主は!?倉中明って
言うんだっけ?あんたの亭主」

ガッツ「今、そらちゃん、探しに行ってる」

「は!(と、鼻で笑い)なんだかなぁ、娘の行動範囲なんて知りもしないくせに」

ガッツ「やめてくれって」

「…どうして夫の名前知ってるんですか?」

ガッツ「そういえば」

「やっぱりあんたの夫なんだ。いやね、さっき外で会ったのよ。挙動不審にして
てさ、帰宅途中のOLにからんでたからその先の交番で職質(職務質問)
されてる」

「まったくもう…」

「あんた関係を証明するものある?」

「証明ですか?」

「確かに倉中明が配偶者であるってことを証明するもの」

ガッツ「瞼刑事、倉中明は確かに静さんの夫だよ」

「(ガッツに)あんたそれ証明できる?」

ガッツ「だってさっき静さんからそう聞いたし…」

「もう、面倒くさい。いいわ。ガッツ、連れてきて。その先の交番だから」

ガッツ「あ、あそこね。わかったよ、瞼刑事」

ガッツ、去る。

「結局、あたしもここにいるしかないか。じゃあ、こうしましょ。はい、もうすぐ
日が変わる。そしたら、あたし非番なの。それまでなら一緒に考えたげようじゃない」

「あと10分くらいしかない…」

「とにかく、そのLINEのメッセージ見せて」

静、瞼にスマホを渡す。

「これです」

「ふーん…『そら』ってこれ子どもの名前?」

「はい」

「じゃあコレ、子どものアカウントから送られてきているわけね」

「そうです」

「着信時刻は22時47分。普段この時間、お子さんは何してるの?」

「ここでテレビ見てるか。部屋にいるか」

「今日はお子さんから他にどんなLINE来てた?」

「いえ。何も。子どもとはあまりやりとりしないので」

「お子さん、恋人はいるの?」

「え?」

「いるの?恋人。どうなの?」

「…わかりません」

「じゃあ、夜遊びとか行かないの?」

「夜遊びですか?」

「もう中学生なんでしょ?」

「はい。でも、そらは行かない、と思うんですけど」

「ちゃんと毎日、寝室のぞいて寝ているところ確認しているってわけね」

「いえ、そこまではしてません」

「ま、きっと知らないんでしょ、あなた。今日ここにお子さんが帰って
きてたのかどうかも知らなかっただろうし」

「…」

「何か、変わったことってなかった?」

「変わったこと?」

「お金がなくなってるとか…」

「あ、そうです!なくなってるんです、タブレットが!」

「タブレット?」

「私物のタブレットで、いつもそれで、そらの写真とか動画とか見て
るんです。夫は、そらが持ってるんじゃないかって」

「どうして」

「昨日、塾があったんでそこで使って、そのまま持ってるんじゃないかって」

「そのまま帰ってないわけね」

ガッツに連れられ明来る。
明、寒くてふるえてる。
瞼、考えている。

ガッツ「お?やってるね?」

「何やってんのよ?まったく!」

「そらを探してたんだよ…」

「さっきはどうも。あなた、今日お子さんに会ってない?」

「ないです…」

「今日、ここ来た時には?」

「会ってないです。来たのも遅かったんで、てっきりもう寝ているものと」

「帰ってきている形跡は?」

「や、無かったと思うんですけど」

「あなたがお子さんと最後に会ったのはいつ?」

「昨日の夕方です。そらの塾に迎えに行ってて。ほら、あの雨、急に降って
ひどかったじゃないですか」

「そのときお子さんに変わった様子は?」

「まぁちょっと疲れてたかもしれません」

「それはあの子の写真を見てて、私も思いました」

「ふんふん。なるほどね」

瞼、しばし沈黙。

「どうですか?何か、わかりますか?」

「ちょっと、待って」

考え込む瞼を励ますべく、ガッツ、シュプレヒコールを試みる。

ガッツ 「ま!ぶ!た!ま!ぶ!た!ま!ぶ!た!……」

だが、誰ものるはずもなく、いつのまにか止めてしまう。
ガッツ、咳払いして何事もなかったような表情。

「えーっと、今の段階で言えることは、犯人はあんたの知人であるってことね。
それもごくごく近い人物」

「え…!?」

「なんでそんなことが」

「理由は3点。まず1点目。要求がLINEでされてるってこと。つまり電話じゃ
まずいわけね。なんでかっていうと、あなたがその声を知ってるはずだから」

ガッツ「なあーるほど!」

「2点目。このメールの文章なんだけど、妙に親しいなれなれしさがあるのよね。
例えば、この『そら』って呼び捨てにしてるとこ。普通の誘拐犯なら『子供』とか
『お子さん』とか言って決して名前じゃ呼ばないものなんだけど、これはそう
じゃない。しかも『そらちゃん』とか『そらさん』とか言うんじゃなく『そら』って
呼び捨てにしてる。だから、あんたんトコの子供とも親しい人なんじゃない?」

ガッツ「ホウ!ホウ!ホウ!」

「3点目。このメールから察するに、あんたと共通の想い出を持ってる人物よ。
この曖昧な表現。『光の出口』。場所をはっきり言わないあたり確信犯よね。その
場所に来させることよりはその場所を思い出させる方に重きが置かれている。あんた
はね、知ってるはずなんだよ。『光の出口』がどこかをさ。犯人はきっとあんたに
そこを想い出して欲しいんじゃない?どう?まだ、聞く?」

ガッツ 「いやあ、もう、すんばらしい!」

「目的は何ですか?なぜ、そらを?」

「さあ、なんでだろうね。得られる情報が少なすぎてよくわかんないんだけど。
ただ、あたしの勘だと、たぶんお子さんは無事だと思うよ。まあ、現段階ではと
留保させてもらうけど」

「どうしてそれが…?」

「お子さんの画像や動画が送られてきていないから。犯人が逼迫した状況下で
本気で何かを要求するつもりなら、お子さんの画像でも送ってくるでしょうよ、
LINE使ってんだし。これは遊びじゃないんだぞってね。つまりあなたを本気で
脅すつもりはないのよ」
 
静、少しほっとする。

「ま、あんたがその『光の出口』に行けば全部わかるんじゃない?」

語り部「なんてことをやってるうちに、ピ、ピ、ピ、ポーン。0時をまわり2月
10日となりました」

「そいじゃ、あたしこれで」

ガッツ「え?!もう帰っちゃうの?!」

「待ってください!」

「日が変わるまでって約束したじゃない。約束守らない納税者、嫌いよ」

「『光の出口』なんて言われてもわからないんです!もう少し、一緒に考えて
ください!」

「ちょっとー、ガッツー」

ガッツ「わかった!!」

「何よ、ガッツ」

ガッツ 「犯人がわかったよ、瞼刑事!」

「すごいじゃん。やるじゃん。さすがじゃん」

ガッツ「ガッツ!」

「で、誰?」

ガッツ「今、瞼刑事が言ってた条件にあてはまる人物。つまり、犯人は…お前だ!」

と、明を指さす。

「ええ!?」

ガッツ「お前が犯人だぁ!そんな気がするぅ!」

「バカ!ガッツ!考えてよ!犯行時間にこの人がここにいたっていうアリバイは
どう説明するんでちゅか?」

ガッツ「そう言われればちょうかも」

明、ほっとして胸をなでおろす。

「あなたは犯人が誰かわかるんですか?」

「推測だけどね」

「誰ですか」

「犯人は……そらだよ」

ガッツ「はいーいっ!?」

「これは、あの子の狂言誘拐さ。自作自演のね。かわいいじゃない?あんたに
かまってもらいたいんだよ。お休みの日に、ママと一緒に思い出の場所に出かけ
たいのさ」

「……」

「さ、普通のママなら思い出せるはずだよね。大切なわが子との思い出の場所…
もしも、思い出せずに『光の出口』へ行けなかったら…この年頃の女の子は、さあ、
何しでかすかな」

「…そら…」

「……」

語り部「この時、倉中明の心中は複雑なものがあった。その理由を知るためには
話を2月8日に戻さなくてはならない。場所、倉中明の別居先。夜、突然の雨。
やがて思い出は消えていく。雨の中の涙のように」

明、静、ガッツ、瞼、去る。


○明宅アパート(夜、雨)

明が入って来る。
明はハンカチでいろいろ拭きながら、舞台に現れる。

「そら、傘そこ、置いといて。タオル、そこの使っていいから」

そら、タオルで頭を拭きながら、舞台に現れる。そらはバッグを持っている。
明、部屋にあるカメラを持ち出して、窓から雨空を撮る。

そら「何、撮ってんの?」

「雷雲。ほら、あのへん、雷で光ってるでしょ」

そら、一緒に雲を見る。

「雲って好きなんだよね。こういう積乱雲もいいけど、普通のわた雲とかうろこ雲
とかも、なんか見てて飽きなくてさ。雲なんて水蒸気の塊じゃん?なのに、気温とか
気圧とかで変化して、いろんな形になる。さらには、雨になり、雪になり、霧になり、
雹(ひょう)になって姿も変える。おもしれえなあって、ずっと見てられるんだ」

そら「ヒマなんだね」

明、急にそらを撮る。

そら「あ…」

「疲れた顔して」

そら「疲れてるもん」

「静、付属の高校でも考えてんのかな。そらもたいへんだな」

そら「見せて」

明、そらにカメラのディスプレイをそらに見せる。
そら、自分の写真を見る。

「静にも送らなきゃ」

そら「まだ、そんなことしてるの?」

「でないと、ほら、お父さんと静とのつながりがとぎれそうで」

そら「とぎれてなかったの?」

「そら…まったく(苦笑い)」

明、カメラを操作し、フラッシュエアを用いて先ほどのそらの写真を送信する。

語り部(着信音)「ぴろん、ぴろん」

「ん?何か2台に届いてるぞ?あれ?」

そら「あ、もしかしてこれかも」

そら、バッグからタブレット端末を取り出す。

「あれ?それ、静の…」

そら「うん、塾で使うから借りてんだ。それより、今、何したの?写真、
送ったの?」

「そう。このカメラから指定のデバイスに画像データを送れるようになってて
さ。ボクのスマホと静のスマホ、静のタブレットに送れるようになってるんだ。
あとはクラウドで保存しておいて」

そら「クラウドって?」

「クラウドってのは…なんて言ったらいいんだ?そういうタブレットとかスマホ
とかの中にじゃなく、インターネット上にデータとかを保存したり、システムを
構築したりって…わかる?言ってること」

そら「インターネット上にあたしの画像データが保存されてるの?」

「画像だけじゃなくて動画なんかもね。それこそ、そらが生まれてからの写真や
ムービー、全てクラウド上に保管している」

そら「全部?」

「ほぼ全部だね。データ量が尋常じゃないからクラウドで管理しないと」

そら「そっか…あたしがそこにいるんだ」

「え?や、あたしって言うか、そらの写真とか動画とか…」

そら「つまり、あたしの記憶でしょ」

「思い出って言ってくれよ」

そら「でも、あたしが覚えてないことだって、全てクラウド上に保存されてん
でしょ」

「そりゃまあ、記録としてね」

そら、窓辺に立ち、空を指しながら

そら「このクラウドって言うか、インターネットって言うか、見えない通信の世界の
中にあたしの記憶があって、それが誰よりあたしのことを知ってる」

「お前、面白い発想すんな」

そら「だから、このタブレットを通じて、あたしは自分だって覚えていない思い出の
ことを知ることができる、例えば…」

そら、タブレットを語り部に持たせて

そら「例えば、あたし産まれて初めて行った旅行のことなんか全然覚えてない。でも、
クラウドは覚えてる。へい、シリ!あたしが初めて行った旅行のこと教えて」

語り部「それはあたしが3歳の時に明さん、静さんと行った富士サファリパーク…
あ、知ってる」

そら「へい!シリ!あたし、小学2年のときに行ったディズニーランドで大泣きした
らしいんだけど、なんでか教えて」

語り部「楽しみにとっておいた最後のチョリソの一口を、明さんが勝手に食べちゃった
から」

そら「へい!そら!静さんと明さんと最後に食べた夕食って何だたっけ」

「『へい!そら!』って」

語り部「冷え切ったおでん」

そら「ほら!あたしより『そら』に詳しい!これはもう、こっち(語り部)の方が
あたしより『そら』でしょ!」

明・語り部「え?!」

「そうなの?」

そら「(タブレットを持ってる語り部を指し)もう、こっちが『そら』なんだよ!」

語り部「あたし、『そら』なの?」

そら「さて、ここにあたしより『そら』に詳しい『そら』がいるのであれば、
この(と自分を指し)中途半端な『そら』って何でしょう?」

「はあ?」

そら「他に『そら』がいるのなら、この私は何なのでしょう」

「何って『そら』でしょ」

そら「『そら』だったら、『そら』の方が詳しいんだよ。あたしの知らない『そら』
のことをたくさん知ってる。じゃあ、あたしは何なの?」

「それは…」

そら「あたしは『そら』と言うよりも『から』、あたしはこうして生きて動いている
けど『から』っぽなんだと思うんだよね」

「からっぽじゃないよ」

そら「それじゃ、どうしてあたしは、なんだか雲みたいに毎日ふわふわ、ふわふわして、
自分が何したいのか、自分が何なのか、わかってないんだろう。我ながら全く
つかめない。誰も教えてくれない。あたし、子供電話相談室にも聞いてみたこと
あるの」

「そんなのにまで…」

そら「こんなだったわ」

語り部「ダイヤル、ダイヤル、ダイヤル、ダイヤル♪」

そら「もしもし」

語り部(お姉さん)「『はい、もしもし、あなたのお悩みは何ですか?』」

そら「あたしって何ですか?」

語り部(お姉さん)「『これは難しいですけどね。お姉さんも昔、自分が何なの
かって悩んだことがありました。それでは、ユーチューバーのゆきひろ先生に聞いて
みましょう。ゆきひろ先生、お願いします。』
(ゆきひろ)『えっとぉ、あなたはご自分がからっぽみたいに感じてるってことなん
ですけど、それってあなたの感想ですよね。』」

そら「はあ」

語り部(ゆきひろ)「『例えばですよ、からっぽに感じてらっしゃるあなたの体の中
にも、ミトコンドリアとかゴルジ体とかランゲルハンス島とかいて、他にも細菌が
うようよしてるんですよね。でも、やつらが空っぽとか感じていることはなくて、
ただ生きてるってだけで、十分機能している。あなたが生きてることで、あなたが
果たしている機能について考えが及ばないって頭悪いと思うんですよ』」

そら「はあ」

語り部(ゆきひろ)「『あなたが属する社会の中で、生きてるだけで経済を廻し
たりして機能してるわけですから、それでいいんじゃないですかね。経済廻すため
にもぜひ、スパチャお願いします。へっへっへ』」
(お姉さん)『いかがですか?わかりましたかぁ?』」

そら「そんなこと聞いてません」

語り部「ダイヤル、ダイヤル、ダイヤル、ダイヤル♪」

そら「誰もあたしが何なのか教えてくれない。明さん。あたしって何?」

「よーし!わかった!君がそこまで真剣に聞いてくるのなら、ボクも真剣に答え
よう」

そら「うん」

「結局ね、君は君でしかないんだよね」

そら「…」

「仮に君がそらでないとしても君が君であることには間違いないだろ?」

そら「(うなずく)」

「だから、君が君自身を実感すれば、それが答えになるんじゃないのかなあ」

そら「(わかったような、わからないような)」

「人に教えられてわかるもんじゃないんだ。だから、つまるところ、そんなこと
人に聞くな」

そら「あたしって本当にいるの?」

「君はいるよ」

そら「あたしがそれを感じることってできないの?」

明ふっと想い出す。

「そうか…。ちょっと言葉が足りなかったかもしれないな」

明、一枚の写真を持ってくる。それは、トンネルの中で撮影された静の顔写真。
出口から射す光が逆光となって、静の顔がほとんど見えない。

「君を『そら』と名づけようと思ったきっかけがこれなんだ。静とまだ結婚
する前に、ふたりで旅行に行ったとき。ちょうど今くらいの時期だったかな」

そら、明から写真を受け取り見つめる。

「それは、埼玉の山奥にあるトンネルなんだけどね」

そら「三場(みつば)トンネル?」

「なんで知ってるの?」

そら「写真の裏に書いてある。『****(←上演から15年前の年)年2月11日、
三場トンネルにて』」

「忘れないようにと思って書き留めてたんだ。そうか…もう、15年になるん
だ。三場トンネルには昔、鉄道が通ってたみたいなんだけど、もう廃線になって
てね。今では全く使用されていないトンネルなんだ。雪が積もっていて絶好の
撮影ポイントだったんだよ。そこでね、何がきっかけかはもう忘れちゃったんだ
けどトンネルを抜けてみようってことになって。ボクと静はトンネルの中を進み
だした」

(別空間スペース)明、 語り部(静)、並んで立つ。

「そこはまさに静寂の世界でね。音がまったくないんだ。曲がりくねるトンネ
ルは奥へ進めば進むほど、暗闇が深くてね、何も見えない、何も聞こえない。
感覚の遮断された中をボクと静は歩いていった」

語り部(静)、明のひじをつかむ。

「しばらくして出口が見えてきてね。冬の真昼の低めの太陽が雪景色を照らし
てさ、光があふれて、トンネルの中から見る出口はまるで光の窓のようだった。
感動したね。なんだかわからないけどすっごく感動しちゃってさ。静寂と暗闇の
世界を抜けて光がボクの目をおおった時、自分の存在を感じた。自分しか意識
できなかった。ボクがここにあるってことを実感したんだ。その時さ…静が…
ボクの手を握ってきたんだ…」

語り部(静)、明の手を握る。
明、びっくりするが笑みをうかべる。

「意識の中に静の手のぬくもりが伝わってきてね…見たら、静も涙を流して
いた」

語り部(静)、頬に伝う涙を拭う。

「静とボクは同じ感動を味わっていた。そして、そのときボクは、この人と
生きようって決めたんだ」

そら「もう終わったけどね」

「まだ、終わってない!」

そら「大体、『そら』の話がどこにもでてこないじゃない」

語り部、明の手を放す。
明、別空間スペースを抜ける。

「この話だってまだ終わってない!静とボクはようやくトンネルを抜けた。
光の出口を抜けて見あげた空は本当に澄みきっていてね。空はなんだかやさしく
て、すごくボクも素直な気持ちになれたんだ。静にプロポーズするなら今しか
ないって思ったよ。それから静と結婚し、君が産まれた。君を『そら』と名づ
けたのはあの時感じたふたりの心を君にも伝えたくて、そしてそのときの気持ち
をふたりで忘れないようにって、そう願ってつけたんだよ」

そら「すっかり忘れてるね」

「そうか…」

そら「ん?」

「そうか、そういうことだったのか。すべてはこうなる運命だったんだ」

そら「何言ってるの?」

「行こう、そら。三場トンネルへ」

そら「え?」

「あれから15年。あの空を忘れ、あの頃の気持ちをすっかり無くしていた
ボクと静。自分の存在がなんなのかさえわからずふるえているそら」

そら「別にふるえてないよ」

「くしくも2月11日は目の前だ。このタイミングで三場トンネルのことを
思い出させてくれるなんて、これはもう神様がボクたちにそこへ行けって
言ってるようなものだ!ボクたちは絶対、行かなきゃならないんだよ!」

そら「何興奮してるの?」

「行くんだよ!そら!三場トンネルへ!あのトンネルを静と三人で抜けよう!」

そら「ふーん…」

「一緒にあの光の出口を抜けよう!そうすれば、きっとそらも何かを感じるさ!
君はボクたちの子どもであり、そしてひとつの存在なんだ!きっとそれを実感で
きる!」

そら「あたしが同じように感じるかどうかわかんないよ」

「いや、絶対感じるよ!静だってあの時、同じように感じたはずだ!」

そら「明さんのひとりよがりじゃないの?」

「そんなことないよ!そうじゃなきゃ静はプロポーズを受けなかったし、それ
ならあの涙はなんだって話だよ!『光の出口を抜けたところ』くらいに言えば、
絶対あいつもわかるさ!」

そら「本当かなあ」

「行こう!三場トンネルへ!一緒に光の出口を抜けよう!」

そら「静さんは来てくれないよ。仕事、忙しいから」

「……説得するよ」

そら「きっと聞かないよ」

「……」

そら「でしょ?」

「じゃあ…じゃあ、ボクはそらをさらう!」

そら「あたし、さらってどうすんの?」

「(にっこり笑って)そらを返して欲しかったら三場トンネルへ来い!って
要求するんだ。このメッセージを理解すれば静だってきっと来るさ」

そら「明さんが言っても相手にされないと思う」

「じゃあ、ボクが静のところにいる時に、お前がLINEでメッセージを送れば
いい。不自然じゃないだろ」

そら「いいよ、ただし」

「なんだ」

そら「静さんには『光の出口』って伝えるね」

「え…!?」

そら「それで、静さんにもわかるはずなんでしょ」

「そりゃ、まあ…」

そら「でも、三場トンネルってわかった時点で、それでも静さん来なかったら
どうする?」

「もし、そうならボクにも考えがある」

そら「何?」

「今度こそ夫婦の縁を切ってやる!」

そら「切られそうなのは明さんじゃない」

「…」

照明、変わる。

語り部「急遽たちあがったこの計画、翌9日には決行されておりましたが、なに
やら風向きがあやしい様子。時間はこのシーンに戻る」

(別空間スペース)明、現れる。走るパントマイム。

「それでさ、こんな時に悪いんだけど…家賃。(静からお金を受け取るパント
マイム)…悪い。じゃあ行って来る」

明、ダッシュ!

語り部「さて、このおバカなダメ人間が向かう先はそらが待ってる彼の別居先。
私、計画遂行への想いを突撃インタビューしたいと思います」

明に並んで 語り部も走りだす。

語り部「どうですか!?明さん!計画は実行されるんですか!?」

「中止だ!中止!中止っきゃねーよ!」

語り部「残されたそらさんのお気持ちを、どうお考えなんですか!?明さん!」

「そんなこと言ったって警察からんできてんだぜ!?つかまっちゃうよ!」

語り部「明さん!明さーーーん!!」

明、先を行く。

語り部「以上、現場からお送りしました」


○再び明宅アパート(夜)

明、帰宅する。

「そら、いるか?!」

出発の準備を整えたそらが来る。

「ごめん、そら!これこれこういうわけで今回中止!一回、ウチ帰ろう!」

そら「気にしないで明さん」

「また、今度行こう!ちゃんと静、誘ってさ」

そら「いいの、本当に気にしないで」

と、言いつつ、そらは明の部屋を荒らし始める。
まず、レンズを壁にぶん投げる。

語り部「望遠レンズ、バリーン!」

「ああ!!望遠ズームレンズEF70、16万円が…うわあ!!」

そら、そばにあった一眼レフも床にたたきつける。

語り部「高級一眼レフ、べし!」

「そんなああ!買ったばかりのキャノンEOS-5D、27万円が!
やめなさい!そら!」

そら「あたし、独りで行くから」

そら、バッグを持って出て行く(舞台からはける)。
明、そらを追いかけようとするが、落とされたカメラが気になる。

「お前、ひとりで行くってどういう…」

明、追いかけようとするが、落ちてる備品に足の小指をぶつける。

語り部「こつん」

「痛ェ!小指、足の小指」

痛がった明、さらに行こうとするが今度はレンズの破片を踏む。

語り部「ぐさ!」

「ふあ!レンズのはへんがあ…」

明、なおも行こうとするが今度はすねをぶつける。

語り部「ベキ!」

「あが!べんけいのなきどころがあ…そらあ!」

明、どうにか追いかける(舞台からはける)。


○外の通り(夜)

明、すぐに戻って来る。
もちろん、そらはどこにもいない。

「そら!そらあ!」

明、しばらく探す。

「おい、おい。これじゃあ、静んトコにも戻れねぇじゃねえか。どうしよう…。
もう、そらああああー!!」

そこへ語り部(帰宅途中のOL)がとおりがかる。

「(語り部に)すいません、ちょっと娘、探してまして」

語り部(帰宅途中のOL)「あの…やめてください」

語り部(帰宅途中のOL)、明から離れようとする。
明、語り部(帰宅途中のOL)を追いながら

「娘見ませんでした?中学生で、なんかこう撮りたくなるような感じの子
なんですけど…」

語り部(帰宅途中のOL)「…やめてください」

そこへ、瞼、来る。しばらく眺める。

「あの…別にあやしい者じゃないんです。ただ、あの…」

語り部(帰宅途中のOL)「…やめてください」

「本当に娘をですね…撮りたくなるようなボクの娘が…」

語り部(帰宅途中のOL)「…やめてください」

「不審人物!」

「え?」

「あんた今、夜道をひとり歩くいたいけなOLさんをつけ回してたでしょ」

「いえ、違います」

「いいから、ちょっと手、だして」

「はい?」

「タイホ!」

「ええ!?」

語り部「ガチャリ。ってのが長くややこしい回想シーン。物語は倉中静宅に
戻る。そらの自作自演の狂言誘拐とされてしまったこの事件の顛末は?」

(語り部のセリフの間に静とガッツが入ってくる)


○静宅マンション(夜)

静、明、ガッツ、瞼がいる。

「12時10分か。もう10分も過ぎちゃった。もう、帰るわ、おやすみ」

「待ってください!」

「帰らせてよ。さっきも言ったけど、あたしもう非番なのよね」

「でも、まだそらが無事かどうか…」

「じゃ、また電話すりゃいいじゃん」

「え?誰に?」

「そらに決まってんじゃない。まめに何度もかけてあげれば向こうも寂しさ
募ってくるでしょ」

静、スマホで電話する。
一同、 静に注目。

語り部「プププププ…トゥルルルル…トゥルルルルル…ピ」

「そら!?そら!?」

語り部(聖二)「もしもし…」

「あ…すいません。倉中ですがどちらさまですか」

語り部(聖二)「あのう、お子さんのことなんだけど」

「やっぱり、そらなの?そらはそこにいるの!?」

語り部(聖二)「ええ、まあ、とりあえずは」

「無事なの?!そらの声を聞かせて!」

語り部(聖二)「今は、無理だな」

「どういうことよ!そらを返して!」

語り部(聖二)「ちょっと簡単にいかない事があって」

「わかってるわよ!『光の出口』へ行けばいいんでしょ?!どこなのよ!はっきり
言ってください!もしもし!何で黙ってんですか?!何か言ってください!もし
もし!もしもし!」

語り部「ピ。ツーツーツー」

「ホシなの…?」

ガッツ「ヤマが動いた。カンがはずれたな、瞼刑事」

「うるさい。(静に)ねぇ、声に聞き覚えは?」

「ありません」

「本当に?」

「ええ」

「うーん…とりあえずさ、あんた早く思い出した方がいいよ。『光の出口』の場所」

「はい…」

語り部「一方、全く関係のないところでもうひとつの物語が動きだしていた。場所、
臼井聖二宅。2月9日。午後11時30分頃」

(語り部のセリフの間に、明、静、ガッツ、瞼が舞台からはけ、理津子が入って来る)


○臼井聖二宅アパート(夜)

理津子、布団をしいている(パントマイムで可)。
理津子、別空間スペースにいる語り部(人形)に話かける。

理津子「聖理、もう遅いから寝なさい」

語り部「え?寝るの?」

理津子「お父さん、まだかかるから」

語り部「寝るんだ…」

語り部、理津子に連れられて布団の中にもぐりこむ。
そこへ聖二が帰ってくる。聖二はタクシーの運転手の格好をしている。

聖二「ただいま」

理津子「(人差し指を口にあて)シー」

聖二「あ…」

理津子「(小声で)大変だったわね。遅くまで」

聖二「でも、朝からまた次のシフトだ。もう寝る」

理津子「そう。ご苦労さま」

聖二、語り部(人形)を撫でながら

聖二「聖理、寝たのか」

理津子「寝ついたばかり」

聖二「わかった」

語り部(隣家の音)「バリーン!(明)『ああ!!望遠ズームレンズEF70、
16万円が…うわあ!!』」

理津子「うるさいなあ」

聖二「隣か?」

語り部(隣家の音)「べし!(明)『そんなああ!買ったばかりのキャノンEOS
-5D、27万円が!やめなさい!そら!』
(そら)『もういい!あたし独りで行くから』
(明)『おい!ひとりで行くってどうゆう…』」

理津子「何時だと思ってるのかしら、もう…!」

聖二「ほっとけ、ほっとけ」

理津子、アパートから出て行く(別空間スペースを経由して去る)。
聖二、そんな理津子の後ろ姿を見送る。
聖二、語り部(人形)の髪の毛をいじりながら

聖二「行っちゃったよ…」

聖二、ため息をつく。が、すぐに眠ってしまう。
聖二、大きないびきをかく。
しばらくして、理津子が戻ってくる(別空間スペースを経由して来る)。
理津子、さっさと台所へ行く(舞台からはける)。
遅れて、そらが入ってくる(別空間スペースを経由して来る)。
そら、所在なさそうにしている。
理津子、戻ってくる。

理津子「聖理」

そら「……」

理津子「聖理」

そら「…はい?」

理津子「お父さん、寝ちゃってるから起こさないでね」

そら「はい」

理津子「こっちで朝ごはん手伝って」

そら「はい」

理津子とそら、台所へ行く(舞台からはける)。

語り部「そして30分後。日付は変わって2月10日。臼井聖二は最悪の目覚めを
迎える」

聖二、うなされている。

聖二「うー…うあ…う、うああああ!」

聖二、がばっと起きる。

理津子、舞台に入ってきて

理津子「大丈夫?」

聖二「…嫌な夢を見た」

理津子「ずいぶんうなされてた」

聖二「そうか…」

理津子「お水でも飲む?」

聖二「ああ…」

理津子「聖理、お水もってきて」

聖二「(語り部(人形)に)悪いな、じゃあ水頼むわ」

そら「(舞台袖から)はい」

聖二「え?…」

理津子、舞台からはける。
入れ違いにそら、コップの水を、聖二へ持っていく。
(コップはパントマイムで可)

そら「はい(と、コップを差し出す)」

聖二「え?」

聖二、そらから水をもらう。聖二、そらを見つめながらいっきに飲み干す。
聖二、空になったコップをそらに返す。

聖二「どうも」

そら「それ(と語り部(人形)を指し)」

聖二「うん?」

そら「(聖二が語り部(=人形)を抱いているのを見て)なにしてるの?」

聖二「え…いや…これは…」

語り部、聖二にチャーミングな笑顔を見せる。

そら「まあ、趣味はひとそれぞれだもんね」

聖二「いや、だから、これは…」

理津子、舞台に戻ってきて

理津子「聖理」

そら「はい」

聖二「(そらが返事するのを聞いて)えっ…?」

理津子「もう、明日の授業の用意はしたの?」

そら「いえ、これから…です」

理津子「じゃあ、早く準備して。もう寝なくちゃ」

そら「はい」

そら、舞台からはける。

聖二「理津子」

理津子「ごめんね、うるさくして」

聖二「それはいいんだけど。今の子誰?」

理津子「何言ってんの?聖理じゃない(肯定)」

聖二「え?だって…聖理は…」

と、聖二、語り部(人形)を指す。

理津子「いやだあ。なんでそんな人形出しておくの?聖理が昔遊んでたやつでしょ」

聖二「そうなの??」

理津子、語り部(人形)を片付ける(別空間スペースに連れていく)。

理津子「ごめんね。あなたはもう休んでて。(舞台袖に向かって)聖理、学校の準備」

と言いながら、理津子、舞台からはける。

聖二「はあ、まあいいか。すぐ、また仕事行かなきゃならないし。次のシフトもまた
長いし」

聖二、横になって寝ようとするが、そこへ、そらが来る。

聖二「いや、やっぱりだめだ」

聖二、起きだす。
そらは、所在なさそうに立っている。

聖二「ちょっと、いいか」

そら「何ですか?」

聖二「あんた、名前は?」

そら「…聖理?」

聖二「ふざけるんじゃないの。聖理なわけないだろうが」

そら「どうして?」

聖二「どうしてって…」

そら「さっきあたし聖理って呼ばれた」

聖二「あんたはもちろん知らないだろうけど…おれのかみさんは、少し…何というか
…普通じゃないんだ」

そら「…」

聖二「そもそも、おれのかみさんがあんたの母ちゃんじゃないことははっきりしてる
だろ」

そら「……」

聖二「さあ、もう遅いんだから帰りなよ」

そら「母さんだよ」

聖二「はあ?」

そら「あたしのお母さんだよ。ねえ、大丈夫?そんなこと聞くなんて。どこかおかしい
んじゃないの?」

聖二「え?いや…」

そら「大体、聖理じゃなかったらあたしは一体、誰なの?」

聖二「それは、おれが聞きたい」

そら「ねえ、本当におかしいよ。ちょっとお母さん、呼んでくる」

聖二「ちょっと待てよ!」

行こうとするそらを聖二が強くつかんでしまう。

そら「痛い!」

聖二「ああ…悪ぃ」

そら、聖二から離れる。

聖二「なあ、おれたちにはずっと子どもがいないんだ。なんであんた聖理を名乗るん
だ?」

そら「…この家の前でお母さんとぶつかったの。そしたら、お母さんが『聖理』って
呼んで、ぎゅっとあたしを抱きしめてくれたの。それであたしわかったの。あたしは
聖理なんだって」

聖二「もしかして、お前もおかしいのか?どうしてウチにはこう、おかしいやつばかり
増えていくんだ!まったくもう!!」

聖二、ぶちきれる。

そら「お母さーん!」

理津子、くる。

理津子「どうしたの」

そら「お母さん。あたし、聖理よね?」

理津子「そうよ」

聖二「いや…あの…」

そら「(聖二を指差し)違うって言うんだよ」

理津子「機嫌悪いとそういうこと言うのよね。昔からそう。いつものことよ」

そら「まあ、そうだね」

聖二「ええ?!」

理津子「少し休ませてあげようね」

そら「うん」

理津子とそら、笑いながら、舞台からはける。

聖二「なんだ!?おかしいのは俺なのか?!間違ってるのは俺の方なのか?!」

聖二、そらの持っていたバッグに気づく。
聖二、中を漁り始める。

聖二「とにかく!何か、あの子の連絡先がわかるもの…」

聖二、タブレットを見つけるが、バッグに戻す。その後、スマホを見つける。

聖二「あった…」

聖二、スマホの電源をオンにする。

聖二「だめだ…パスワード…」

その時、そらのスマホが振動する。

語り部「ヴー!ヴー!…」

聖二、突然、振動したスマホに驚く。

聖二「ぅあ!…びっくりしたぁ…」

聖二、スマホのディスプレイを見て

聖二「まずい。親から電話がかかってきてる」

聖二、ためらいながらも電話にでる。

語り部「ピ。…そら!?そら!?」

聖二「もしもし…」

語り部(静)「あ、すいません。倉中ですが、どちら様ですか」

聖二「あのう、お子さんのことなんだけど」

語り部(静)「やっぱり、そらなの?!そらはそこにいるの?!」

聖二「まあ、とりあえずは…」

語り部(静)「無事なの?!そらの声を聞かせて!!」

聖二「今は無理だな(と、舞台袖の(台所にいる)理津子とそらを覗き見る)」

※理津子は聖二の不審な挙動に気づく。

語り部(静)「どういうことよ!?そらを返して!」

聖二「ま、ちょっと、簡単にいかないことがあって」

理津子、舞台にきて、聖二から強引にスマホを奪い取り、通話をきろうとする。

語り部(静)「わかってるわよ!『光の出口』へ行けばいいんでしょ?!どこなのよ!
はっきり言ってください!」

語り部のセリフの間に、攻防する聖二と理津子。
理津子、聖二からケータイを奪おうとする。
とっくみあう理津子と聖二。

聖二「(小声で)ばか。ばか。お前、ばか」

語り部(静)「もしもし!何で黙ってんですか?!何か言ってください!もしもし!
もしもし!」

理津子、スマホを奪い取り、通話をきる。

語り部「ピ。ツーツーツー」

聖二「お前はまったく…!それ、貸せ!」

聖二、理津子からスマホを奪おうとする。
理津子、必死に抵抗する。
そらが駆けつけ、聖二を尻を蹴りつける。

聖二「痛!」

もんどりをうつ聖二。

そら「お母さんになにしてんの?!」

理津子「聖理」

そら「暴力ふるうなんて最低!」

理津子「大丈夫…大丈夫だから」

そら「もう、やめてよ。けんかしないでよ…」

聖二・理津子「……」

そら「どうして、仲良くしてくれないの?あたしいるのに、どうして…」

聖二・理津子、気まずそうにお互いを見つめる。

理津子「ごめんね、聖理」

そら「仲直りして」

聖二・理津子「……」

そら「早く」

聖二「…理津子、ごめん。俺が悪かった」

理津子「いいのよ。あなたも疲れてたのよね」

聖二「すまない」

そら「じゃあ、二人とも手を出して」

そら、理津子と聖二の手を握らせる。

そら「はい。仲直り」

つながる3人の手。

第一部、完。

暗転

* * *

第二部 

(別空間スペース)語り部がいる。

舞台上に点在する、静と明。聖二と理津子とそら。さらにガッツと瞼。

語り部「さて、そんなこんなで2月10日の朝。一同は各々複雑な思いのまま、一日の
始まりを迎える。まず倉中夫妻」

静、明にスポット。

語り部「静はなおも『光の出口』を思い出せずにいた。
 (静)『えーん、思い出せないよー』
 (明)『どうしよう。そらはさらわれちゃうし、静は思い出せないし、刑事は関わって
    くるし、ボクどうしたらいいんだろう。逃げた方がいいのかな』
 (静)『そうよ!』
 (明)『やっぱりそう思う?』
 (静)『セルフグローイングシステムよ!』
 (明)『え!?』
 (静)『できるだけたくさんのデバイスを使って、あたしの様々なバリエーションを
    試すの。もしかしたら『光の出口』のことが出てくるかもしれない!あたし
    会社に行って来る!』」

静、去る。

語り部(明)「『どうしよう…』」

明、去る。

聖二、 理津子、そらにスポット。
理津子とそらは、おしゃべりしながら朝食の準備をしている。
聖二は、2人のそんな様子を横目に見ながら、スマホをいじっている。

語り部「そして、臼井夫妻。理津子は、そら改め聖理に、思い出話を聞かせ
ながら、朝食の準備をしている。理津子の想像の中で積み重なった家族の
思い出。それは、尽きることなく続いた。
 (理津子)『それから、聖理ってお父さんに似て駆けっこが得意で、小学校の
      運動会ではずっと1位だったんだよね』
 (そら)『へえ!あたし、すごい!』
 (理津子)『でも、勉強はねぇ』
 (そら)『それもお父さんに似たの?』

聖二、2人をにらむ。
理津子とそら、笑って朝食の準備を続ける。
ガッツ、瞼にスポット。

語り部「さて、このデコボコ刑事(デカ)コンビも、一応何かがんばってるみたい。
 (ガッツ)『瞼刑事、瞼刑事。俺、やっぱりあのだんながあやしいと思うんだけど』
 (瞼)『あんた本業のほうはいいの?』
 (ガッツ)『警部から勝手にしろって許可をもらった!ガッツラッキー!』
 (瞼)『お好きにどうぞ。あたし、母親の方についてるから』
 (ガッツ)『うん、行ってくるよ。ボク、行って来るよ』(と、ガッツ去る)
 (瞼)『署の応援なんか頼めそうにないし、面倒なことに巻き込まれちゃったな』
 …てなわけで、天地無用に右往左往するこの物語もようやく後半を迎える」

照明、変わる。
語り部「場所、改めて臼井聖二宅。2月10日の朝。ある朝食の風景」


○臼井聖二宅(朝)

朝食の準備が終わり、聖二、理津子、そら、朝食を食べ始めている。

理津子「聖理、まだちっちゃかったもんね。その頃お父さんが前に勤めていた
旅行代理店が倒産して、そのとき住んでたマンションの家賃を滞納しちゃった
のよ。あの頃はたいへんだったな」

そら「そうだったんだ」

理津子「ホントいち時期はきつくてね、夕飯のおかずがもやししかないって時も
あってね」

そら「(嫌そうに)えー…」

聖二「理津子」

理津子「はい?」

聖二「(理津子にお椀を差し出し)味噌汁、おかわり」

理津子、聖二からお椀を受け取り、台所に行きながら(舞台からはけながら)

理津子「その時はさすがに聖理も嫌がって、もやしほとんど残しちゃったもんだから
お父さん怒ってさあ」

そら「覚えてないや」

聖二、理津子がはけるのを見届けてから

聖二「(そらに)あのさ」

そら「ん?」

聖二「君、家どこ?」

そら「ここ?」

聖二「いやいやいやいや…おかしいでしょ」

そら「ここだもん」

聖二「住所、君の住所は…」

理津子、お味噌汁のおかわりを持ってくる。

理津子「(聖二にお椀を渡しながら)昔はパンの耳をおやつにしてたのよ。牛乳に
お砂糖入れて、暖めたやつに浸して食べてね。それでも聖理は嬉しそうに食べて
くれた」

そら「へぇ、そんなことがあったんだ」

聖二「(味噌汁を一口)熱(あつ)!」

理津子「大丈夫?」

聖二「(味噌汁を一口)あつ!」

理津子「あの、ゆっくり飲んだ方が」

聖二、熱さに表情をゆがめながら味噌汁をかきこむ(パントマイムで可)。

聖二「理津子、おかわり」

聖二、理津子にお椀を差し出す。
理津子、お椀を受け取り、台所に行く(舞台からはける)。

聖二「(理津子がはけるのを見届けてから)で、君の住所なんらけろ」

そら「あの、口びる火傷してるけど…」

聖二「どこらろ?」

そら「だからここ?」

聖二「ちがうらろ、君のほんろうの住所を…」

理津子、お味噌汁のおかわりを持ってくる。

理津子「あと、お味噌汁と言えば、お刺身のつまをお味噌汁の具にしたことも
あってね。つまって大根だから、これ大根のお味噌汁だって。(聖二にお椀を
渡し)はい」

聖二、お椀を受け取り一口

聖二「あつ!」

理津子「あの…ゆっくり冷まして」

聖二、熱さに表情をゆがめながら味噌汁をかきこむ(パントマイムで可)。

聖二「(理津子に)おかわり」

理津子「どうしたのー?そんなにおかわりして」

聖二「おかわり」

理津子、聖二からお椀を受け取り台所に行きながら(舞台からはけながら)

理津子「お味噌汁、残ってるかしら」

聖二「(理津子がはけるのを見届けてから)れ、君の住所って、この辺
らろ?」

そら「だから、ここだって。ねえ、刺身のつまの味噌汁って美味しいの?」

聖二「や、これはすさまじい味らった!刺身の生臭さ残るつまと、味噌汁の
組み合わせが、もう世にもあんまりな味らったあ」

そら、笑う。

そら「怒られるよ」

聖二「や、本人にゃ言えねえよ。当たり前じゃねえか。でも、理津子は平気で
食べちゃうんだから、あいつやっぱおかしいよな」

理津子、お椀を持って戻って来る。

理津子「はい」

聖二「(お椀を受け取り中身を見て)あ、あれ?これって」

理津子「具がなくなっちゃったから、昨日の刺身のつま、拾って足しといたの。
昔、食べてたからいいでしょ」

聖二「そう…」

聖二、そらを見る。
そら、笑い出す。こらえきれず、やがておなかを抱えて笑い出す。
理津子、そんなそらを見て

理津子「どうしたの?」

そら、笑いが止まらない。

そら「な…なんでもない」

理津子「へんな子ねえ」

聖二「きっと、こいつも刺身のつまの味噌汁食べたいんだ」

理津子「(嬉しそうに)昔は苦手だったのに大人になったのね!」

理津子、台所へ行こうとするが

そら「や、あたし、もうおなかいっぱい」

そら、笑いが止まらない。

理津子「そう?」

聖二「遠慮すんなよ」

ところが、そらは笑いながら、泣き出してしまう。

聖二「(あせって)おい…」

理津子「どうしたのよ、もう」

そら「大丈夫」

理津子「あなたがへんなこと言うから」

聖二「俺かあ?」

そら「ホント、大丈夫だから」

聖二、理津子が見守る中、そらの泣き笑いが止まらない。

そら「(笑い泣きしながら)なんか…楽しいね」

理津子「(とまどいながら)ええ?」

そら「(聖二に)早く食べなよ」

聖二、えずきながら味噌汁をかきこむ。

語り部「ところ変わって臼井夫妻のアパート前。2月10日の昼下がり。人生において
必要なのは、愛と食事と少しのお金」

語り部のセリフの間に聖二、理津子、そら、舞台からはける。


○臼井宅のアパート前(昼)

語り部(大家)が立っている。
そこへ明、来る。

「あ、大家さん。こんにちは」

語り部(大家)「ああ。倉中さん。いい天気ですね。あんたも、家賃払ってくれたら、
とても気分よくこの晴天を味わえるのに」

「もちろん。それで今日、持ってきたんですよ、家賃。はい、コレ」

明、家賃を渡す(パントマイムで可)。
語り部(大家)、確かめる。

語り部(大家)「ひーふーみーよー…はい、確かに。で、これは何月分です?」

「な…何月分とは?」

語り部(大家)「倉中さんは、もう3か月は滞納してるんです。しらばっくれようっ
たってそうは問屋が棚卸し」

「は?今、何と?」

語り部(大家)「だから家賃、滞納分、今すぐ、全額、いち早く、ここにぴしーっと耳
そろえて」

「あれ?あ、そうですか。いやいやいや」

明、その場を去ろうとする。
が、すぐ語り部(大家)につかまる。

語り部(大家)「『いやいやいや』じゃないです。どこ行くんですか」

「いや、どこって。今ちょっと持ち合わせがないんで!」

語り部(大家)「じゃあ、一筆いただきましょか。日曜までに全額払えなければ出て
行きますって」

「日曜までだなんて、そんな殺生な!」

語り部(大家)「3か月も家賃を滞納することは、殺生とは言わないんですか、え?」

なんて具合に明と語り部(大家)が攻防している時、理津子とそらが来る。
理津子は買い物袋を持っている。
そらは、明に気づき、理津子の背後に隠れる。
理津子、ふと足をとめ、攻防している明と語り部(大家)を見て

そら「やめなよ。じろじろ見るの」

理津子「ごめんね。なんか思い出しちゃって。昔、あたしたちもあんな風だったから」

そら「行こう」

理津子とそら、歩き出したところへ、大家から逃げ出そうとした明が、理津子と
ぶつかる。

理津子「痛!」

「あ、すいません」

理津子「気をつけてください!」

「どうも、失礼しました(そらに気づき)ん?」

明、そらと目が合う。

「そら!」

そら「…」

「よかった!こんなところで会えるなんて。そら、一緒に帰ろう!もう大変なことに
なってるんだぞ!」

理津子「ちょっと!何ですか、うちの子に!?」

「うちの子?うちの子って…」

語り部(大家)、理津子を抑える。

語り部(大家)「まあまあ、臼井さんも落ち着いて」

理津子「(明に)聖理はうちの子です!何を言ってるんですか!?」

語り部(大家)「すみませんねぇ。今度、家賃もいただきますからどうかこの場は
こらえてください」

理津子「行こう!聖理」

そら「うん」

理津子、そらを連れて去る。
そら、明を少し気にかける。

「大家さん、あのひとは?」

語り部(大家)「あの方?202号室の臼井さん。お隣さんですよ」

「へー、お隣さん。あんなお子さんがいたんですか?」

語り部(大家)「さあ、今まで見かけたことないですけどな」

「じゃ、ボクこれで」

しかし、語り部(大家)、明を離さない。

語り部(大家)「まあまあ、行くのは一筆書いてからにしてください」

語り部(大家)、明を強引に連れていく。

「え?本当に書くんですか」

語り部(大家)「書くんです。今度の日曜までに家賃を…」

語り部(大家)と明、去る。

(別空間スペース)ガッツ、ヌオッと現れる。
ガッツ、双眼鏡でこれまでのやりとりを見ていたよう。不適な笑いを浮かべる。
ガッツ、おもむろにスマホで電話をかける。


○静の勤め先(昼)

静が両手にスマホをもって、やってくる。
後を追って、瞼が、スマホで通話しながら来る。

「はい?」

ガッツ「あ、瞼刑事?ガッツなんですけれども」

「ちょうどよかった。今、特捜(=特殊捜査班)の知り合いに頼んで、例の
LINEの発信先デバイスの位置情報を強引に手配した。そっち進展は?」

ガッツ「ありあり、ありまくり」

「はい、はい」

ガッツ「カンが当たった。あのだんな、そらちゃんとたった今接触してたんだ」

「本当に?」

ガッツ「しかも、聞いて驚け。そらちゃんは他の女と一緒だった。とんでもない男だよ、
あのだんな。きっと愛人がらみの犯行なんだ。裏で糸、引いてたのはやっぱりあの
男だったんだよ」

「確かなんでしょうね」

ガッツ「確かめてないけどガッツわかる」

「確かめてかけ直して。じゃ(と、電話をきる)」

ガッツ「あ」

(別空間スペース)ガッツ、去る。

瞼、ため息。

「誰?」

「ガッツ」

「そら、見つかったの?」

「まだ、わかんない。未確認情報」

「そう…」

(別空間スペース)語り部が現れる。

語り部「ところ変わって倉中静の勤め先。10日はとっくに昼過ぎ。わたしの知ら
ないわたしの思い出…(スマホの振動音)ヴー…」

瞼、スマホを見る。

「(静に)どうなの?そっち」

「いくつかのデバイスで、あたしに子どもができるんだけど、目新しい発見は…」

「じゃあ『光の出口』についても」

「まだ…」

「そっか。今、特捜から来たメールなんだけど、最初の犯行声明のLINEの
発信先、だいたいこの辺なんだって」

瞼、スマホのディスプレイを静に見せる。

「ここ…」

「何?」

「夫のアパートがここに…」

「ガッツが言ってた。そらちゃんがあんたの亭主の隣人と一緒だったって」

「隣人?」

「行こう」

「ちょ、ちょっと待って」

瞼と静、去る。

語り部「場面は変わって臼井聖二のアパート。さて、隣は何をする人ぞ」


○臼井聖二宅アパート(夕)

(別空間スペース)明が来る。
明、ノックする。

語り部「コンコン」

理津子とそらがくる。

理津子「はい」

理津子、玄関を開けると明がいる。

「すみません、先ほどは…」

理津子、すぐに玄関を閉める。
ドアの向こうで明の声が聞こえる。

「あの、お隣の201号室の倉中と申します。先ほどは失礼いたしました!お詫びに
うかがったんです。ちょっとここ開けてくれませんか。お願いします」

と、明のお願いが続く間に
理津子、スマホで聖二と連絡をとる。

語り部「履歴、せいじ、ピ。トゥルルルル(コール音が続く)」

理津子「…お願い、でて…」

語り部「トゥルルルル。ただいま、電話にでることができません。ピーという発信音の
後にメッセージをお願いします。ピー」

理津子「あなた!すぐに帰ってきて!ヘンな人がウチに来てるの!お願い!早く帰って
きて!」

「すいません、聞いてください!あの、実は僕にも中学生の子供がいてやっぱり女の子
なんですよ。それが、あなたの子にそっくりで、それで間違えちゃったんです。名前を
『そら』って言いましてね。とっても写真に撮りたくなるような子なんですよ。そらは今、
かみさんと暮らしてまして、お恥ずかしい話、ボク別居してるんです」

そら、明の話に耳を傾けている。
理津子、玄関へ行く。

理津子「あなたも…お子さんいらっしゃるの?」

「え、ええ」

理津子「今、いくつ?」

「14です」

理津子「あら、うちの聖理と同い年なのね」

「そうなんですかあ?いや、奇遇だなあ!先ほどは本当にすみませんでした。つまら
ないものなんですがお詫びのしるしをお持ちしたんです」

理津子「まあ」

理津子、ドアにチェーンをかけ、鍵を開ける。
明、満面の笑みをうかべる。

「どうも」

理津子、まだ、疑わしそうに見つめる。
明、フィルムを理津子に渡す。

「これ、つまらないものなんですけどカメラのフィルムです」

そら「使えないし」

理津子「聖理!」

「いやあ、はははは。まぁどうぞ。いろいろ記念に撮ってください」

理津子「あ、そうですか。どうも」

「(そらに)さっきはごめんね。そっかぁ、聖理ちゃんっていうんだ。うちの子はね
『そら』っていうんだ」

理津子「『そら』ちゃん?」

「ええ」

理津子「いい名前ね」

「かみさんと一緒に考えたんですよ。かみさんと行った思い出の旅行があってね、
そこで…みた…空が…うっうっうっ」

と、明泣き崩れる。しゃがみこみ、嗚咽する明。

理津子「ちょっと、大丈夫?」

「聖理ちゃんを見てたら、そらを思い出しちゃって。今、かみさんと一緒に
暮らしてるんですけど、なかなか会えなくて…うっうっ…そらぁあ!…
帰ってこーーい」

明、もはや号泣。
そら、そんな明を醒めた目で見つめる。

理津子「ちょ…ちょっとやめてください、こんなところで」

「そらあああああ!うおおおおーん!」

理津子「どうしましょ…」

「おおおおおおそらああああああ!」

理津子、チェーンを外し、ドアを開ける。

理津子「さ、そんなところで泣かないで」

「おおお…すみません。みっともないところをさらしてしまって」

理津子、明を中に入れる。

理津子「なんかいろいろと事情がおありなのね」

「別居してからもう1年になりますか。その間ずっと会えなくて…でも写真だけは
いつも持ってるんです。ご覧になります?」

明、訴えるような眼差しで理津子を見つめる。

理津子「え、ええ…」

「これなんですけれども」

明、スマホでそらの写真を見せる。
理津子、写真を眺める。

理津子「あら、聖理にそっくり」

「でしょう。だって、この子はそらだもの」

と、明はそらを差す。
理津子の表情が固まる。

「そら、帰るぞ」

そら「あたし、聖理だよ」

「ふざけるのもいい加減にしろ。静が心配してるんだ。行くぞ」

そら「嫌だ」

「行くの」

そら「嫌!」

理津子「あなたこそ冗談はよしてください。聖理が嫌がってるじゃありませんか」

「いや、別に嫌がってなんか…」

そら「お母さん!」

そら、理津子にすがりつく。

「おい!」

理津子「聖理!」

そら「お母さん、怖い!このひと、あたしのこと盗み撮りしてたんだよ!」

「ええ?!」

理津子「あなた、帰ってください!」

「(そらに)お前、どうしちゃったんだよ!?記憶を無くしたのか?!このおばさん
に何されたんだよ」

そら「お母さんになんてこと言うのよ!」

「お前のお母さんは静だ!この人じゃない!」

理津子に頭痛が起こる。

そら「じゃあ、あたしのお父さんは誰だっていうの?!」

「目の前にいるだろう!」

そら「あたし、おじさんのこと知らないよ」

「じゃあ、お前の父親は誰だって言うんだ」

そら「今、仕事に出かけてる。タクシーの運転手しているの。苦労人なのよ。前は
旅行代理店に勤めてたんだけど会社が倒産しちゃってね、大変だったんだから。
前に住んでたマンションも家賃払えなくて引き上げたしね。こっちに越してきてから
もしばらくは大変だったよね、お母さん」

理津子「聖理…」

そら「食べ物だって貧しくてね。おじさん、刺身のつまの味噌汁、食べたこと
ある?!もう、世にもあんまりな…」

「もういい。お前は黙ってろ。(理津子に)あんた、そらに何吹き込んだか
知らないけどさ、こちらとしてもことを荒立てたくないんだ」

語り部「すると、そこへ!バターン!(ドアを勢いよく開ける音)」

そこへ、語り部スペースにガッツが来て、玄関のドアを開ける。

ガッツ「そこまでだ!」

「ガッツ刑事!すごい!なんて絶好のタイミング!」

ガッツ「んっふーん(と得意気)!」

「ガッツ刑事、聞いてください。そらを見つけたんです!」

ガッツ「見つけた?」

「ほら、そこに!」

そら「あの…」

「お前は何も言うな!(理津子に)さあ、どうする刑事が来たぞ!もうおとなしく
そらを返すんだ!」

ガッツ「もういい!」

「流石、ガッツ刑事!おみそれしました!本当にご迷惑をおかけしました。
(そらに)お前は黙ってろ!」

ガッツ「犯人はこの女(理津子)なんだろ?」

「そうなんですよ!」

ガッツ「よーしわかった。お前の魂胆、よーくわかった」

「え?魂胆?」

ガッツ「つまり、こういうことだろ。貴様は愛人を隣に囲っていた。嫉妬深く、極端な
までに執念深い女だった。貴様は飽き飽きしていた。そこで愛人と実の子の偽装
誘拐を結託し、全ての罪を女になすりつけて手を切ろうってそういう算段だろ!」

「何を言ってるのか、よくわかりませんが」

ガッツ「お前みたいなやつに、お前みたいなやつに、静さんがずっとずっとふりまわ
され、なぶられ続けてきたかと思うと、俺は…俺は…」

「あの、何か勘違いされて…」

ガッツ「お前みたいな奴ぁー!!!」

「はいー?!」

ガッツ「タイホー!!」

語り部「ガチャリ」

と、ガッツは明に手錠をかける。(瞼が明に手錠をかけたシーンの再現)

「ちょっと、待ってよ!」

理津子、頭痛でつらそう。
そら、理津子をかばう。

そら「大丈夫?お母さん?!」

理津子「刑事さん、早くそのひとを連れてってください」

ガッツ「当然、君にも来てもらうよ。営利誘拐の共犯としてね」

理津子「どうしてですか?聖理はうちの子なのに」

ガッツ「ほう…おもしろい。どこがどうして君の子なんだい」

理津子「それは…」

「あんた!往生際が悪いよ!じゃあ、あんた、その聖理って子の写真、見せてみろ
よ!」

理津子「写真…」

理津子、頭痛がひどくなる。

「本当にいるんだったら写真の1枚もあるだろう!それを見せてみろって」

理津子、頭痛がひどく立っていられず、しゃがみこむ。
そら、理津子をかばう。

そら「お母さん!大丈夫?お母さん!」

「ふん!そんなフリしたって写真がないのはとっくにわかってんだから!」

そら、明をにらむ。
そんなそらの表情に明、気づく。

「(そらに)なんだよ…」

ガッツ「(明に)おい。なんでそらちゃん、あのひとのことお母さんって呼んでる
んだ?」

「知るか?!そらに聞けよ!」

ガッツ「ちょ、そらちゃん。なんでそのひとのことお母さんって呼んでるの?」

そら「あたしのお母さんはこのひとなんだから当たり前でしょ!」

ガッツ「(明に)お前まさか…そらちゃんは実は静さんの子どもじゃなくてこの女
の…?」

「ちがうよ!いいから、静を呼んでくれ!」

ガッツ「そうだ。瞼刑事にも来てもらわないと」

ガッツ、スマホで瞼刑事に連絡する。

語り部「検索まぶた。ピ。トゥルルルル…はい、こちら瞼」

ガッツ「ガッツなんですけれども!」

語り部(瞼)「どうした?」

ガッツ「今、だんなのアパートの隣室でそらちゃんを無事保護。さらに容疑者として
だんなと他1名を確保してます」

語り部(瞼)「わかった。今、あたしもそっち向かってるから。ピ(と、ケータイを
きる)」

ガッツ「(理津子に)もう、逃げられないからな」

語り部「事態は混乱のきわみ!それに拍車をかけるごとく聖二のタクシーが駆け
つけた!キキーーーッ!!(車の急ブレーキ音)」

そら「お父さんだ!」

「何?」

語り部(SEをアクション付で)「バタン!(と、車のドアを閉める音)ダダダ
ダダダダダ!(と走る音)カンカンカンカンカン!(と階段をかけあがる音)」

語り部のサウンドエフェクトと同時進行に

ガッツ「共犯者がもうひとり!?(理津子に)おい!いったい何がのぞみなんだ?そう
いえば、まだ名前を聞いてなかったな。さあ、名前を言うんだ」

そら「臼井聖理です」

理津子、そらを見つめる。

ガッツ「君は倉中そらだろう」

そら「臼井聖理です」

語り部スペースに聖二が現れる。

聖二「理津子!」

「(聖二に)あっ!!」

聖二、明と目があう。

聖二「あんた…」

「何だよ…」

理津子「助けて…聖理がさらわれそうなの…」

聖二「今いく!(明の耳元で)ここで、待っててくれ。後で戻るから」

「え…?」

聖二、家の中へ入り、理津子とそらの元へ。

聖二「痛むか?」

理津子「(うなずく)」

聖二「先生のところ行こうな。(そらに)そっち持って」

そら「うん」

聖二とそらで理津子を抱える。
3人、玄関へ向かう。

ガッツ「おい!どこへ行く?」

「ガッツ刑事、止めないと…」

ガッツ「待ちなさい!!」

聖二「かみさんの具合が悪いんだよ。医者に連れていかないと」

ガッツ「いいから。もうすぐその子の母親が来るんだ」

そら「お母さん苦しんでるのに何なのよ!ばか!」

ガッツ「そうだ!君の母さんは苦しんでいるんだぞ!」

そら「だったら早く医者に行かせてよ!」

ガッツ「医者も何も、もうすぐお母さんが来るんだから」

そら「お母さんならもうここにいるでしょ!」

ガッツ「いや、だからガッツの言ってるお母さんってのは…えー…(明に)貴様ぁ!」

「何だよ!」

理津子、立っていられずしゃがみこんでしまう。

聖二「理津子…」

そら「お母さん…」

語り部「どうやらそらはお困りの様子。それではここで少し物語に加担して
みましょう」

語り部、玄関へ向かう。

語り部(大家)「いやあ倉中さん。こんなところにいた。すいません、家賃の件ね、
あたし帳簿見間違えてて3か月の滞納ってアレ間違いでしたよ」

「あの、今それどころじゃ…」

語り部(大家)「家賃の滞納正しくは6か月分でした。これ、新しい念書」

「ええ?」

語り部(大家)「拇印で結構です。朱肉も持ってきたんでね、それじゃ、ちょっと
お邪魔しますよ」

語り部、中にあがりこみ、明の手首をつかんで強引に拇印をもらおうとする。

語り部(大家)「はい、朱肉をべったり。ココにぽちっと」

「そんな強引に…」

当然、語り部がガッツの妨げになっている。

ガッツ「あんた、ちょっと、じゃま!」

聖二「今だ」

聖二とそら、理津子を抱えて出て行こうとする。

聖二「(明に)ここで待っててくれよな!」

ガッツ「どこに行くんだ!待ちなさい!」

語り部(大家)も拇印をもらい

語り部(大家)「それじゃ、倉中さん今週いっぱいだからね」

玄関にいる語り部(大家)の脇をすりぬけるように聖二、理津子、そらが出て行く。

ガッツ「そこどけえ!」

語り部(大家)「(わざとらしく)ひええええええ」

語り部(大家)も出て行く(舞台からはける)。
ガッツ、追いかけようとするが、明にかけた手錠が邪魔をして追うことが出来ない。

「いててて!」

ガッツ「早く立て!」

「それより、コレはずしてくれよ」

ガッツ「まったくもう…」

ガッツ、明の手錠をはずす。

ガッツ「(手錠をはずしながら)言っとくけどなぁ、俺はまだ貴様を信じたわけじゃ
ないからな」

「勝手にしろ!」

(別空間スペース)語り部、戻ってくる。

語り部「そんなことをしている間に臼井一家を乗せたタクシーは走り去って
いった、ブイーーーン!」

ガッツ「行っちゃったよ…」

「もう!どうすんだよ!そらあ!」

ようやく明の手錠がはずれ、すぐにガッツと明、おいかける。

語り部「一方、瞼と静は…」


○覆面パトカーの車中(昼)

舞台上にスポットでパトカー車内。
瞼が運転、静が助手席。
瞼、イヤフォンタイプの通話機で電話している。

「ばか!何逃がしてんのよ!」 

語り部(ガッツ)「いや、だって、ごにょにょ」

「じゃあね、そこの住所わかってんでしょ!そぐに署に問い合わせて、その臼井
ナントカって人調べて!本籍、経歴、勤め先…とにかくなんでも!わかったら連絡
頂戴!」

舞台上にスポットでタクシー車内。
聖二が運転。後部座席に理津子とそら。
理津子、かなり頭痛が激しい様子。

そら「ねえ、お母さんつらそうだよ」

聖二「理津子、もう少しで医者につくからな!」

一方、パトカー車中の瞼と静。

「何かわかったんですか?」

「犯人とそらが見つかった」

「え?!」

「でも、逃げられたみたい」

「そらは?そらも一緒なんですか?!」

瞼、うなずく。

一方、タクシー車中の聖二、理津子、そら。

聖二「ついたぞ!」

そら「お母さん!大丈夫?!もうついたからね!」

聖二、車から降りて、後部座席のドアを開ける。
そら、理津子を抱えるようにして車から降りる。
聖二とそら、理津子を抱えながら去る。
3人、理津子を気遣いながら、ゆっくりと別区間スペースへ向かう。

上記の3人の動きと同時進行で以下の進行。
ガッツが別空間スペースにくる。ガッツ、スマホで電話をかけている。

一方、パトカー車中の瞼と静。
瞼、イヤフォンタイプの通話機で通話を始める。

「はい?」

ガッツ「こちらガッツなんですけれども」

「どう?なにかわかった?」

ガッツ「はい。臼井聖二の勤め先のタクシー会社がわかりました!」

「タクシーの運転手なの?」

ガッツ「しかも、今その会社の車で逃走中!」

「好都合だわ。どこの会社の何号車なの?!」

ガッツ、別空間スペースから去る。
入れ替わりに別空間スペースに語り部が来る。
瞼、静去る。


○四谷クリニック(夕)

語り部「同日、夕刻。場所、四谷クリニック。追うものと追われるもの。追われる
ものが過去に負うもの」

聖二とそらに担がれて理津子が別空間スペースにたどり着く。

語り部(医師)「しばらくベッドで横になっているといい。それから…」

語り部(医師)、薬を理津子に渡す。

語り部(医師)「これを飲んで。しばらくしたら落ち着くから」

聖二「先生、ありがとう」

理津子、うなずき薬を飲む。

語り部(医師)「さて…」

語り部(医師)、そらを見つめる。

語り部(医師)「君は?」

そら「あたし、聖理」

語り部(医師)「そっか、聖理ちゃんか。大きくなったねぇ。おじさんのこと覚えてる
かな?」

そら「全然」

語り部(医師)、聖二のひじをつかみ舞台上へ。
そら、心配そうに理津子を見つめる。

語り部(医師)「さぁ、臼井さん、ゆっくり話を聞かせてもらおうじゃないの」

聖二「いや、これはね、先生。いろいろあるんだわ」

語り部(医師)「場合によっては私すぐに警察呼ぶよ。臼井さん、シャツのボタンは
かけちがえても人生のボタンはかけちがえちゃいけない」

聖二「いや、もう、あのコのおやじさんにも会ってんです」

語り部(医師)「本当に?」

聖二「自分ちで待っててもらってるんですよ」

語り部(医師)「悪いこと言わないから警察呼ぼう、警察」

聖二「かみさん落ち着いたらすぐ帰るから。しばらくここに居させてよ」

語り部(医師)「困るなあ、他の患者さんだっているのに」

語り部(医師)去る(舞台からはける)。

語り部(医師)「(舞台袖に向かって)ちょっとベッド用意できる?」

別空間スペースのそら、外の様子を気になり、窓から眺めていたが、聖二のもとへ
行く。

そら「お父さん」

聖二、そらの方を見る。

そら「お父さん、ここを出ようよ。お母さんと一緒に」

聖二「……今、なんて言った?」

そら「ここを出…」

聖二「いや、その前」

そら「…お父さん?」

聖二「もう一度」

そら「え?」

聖二「もう一度、呼んでくれないか」

そら「お父さん?」

聖二「…」

そら「お父さん…」

聖二、そらに近づく。

聖二「もう一度」

そら「お父さん」

聖二「なあ、おれ…聖理って呼んでいいかな」

そら「あたし、聖理だよ」

聖二「聖理…」

そら「お父さん」

聖二、そらの頭をなでる。

聖二「……」

そら「ここを出ようよ」

聖二「うん…」

そら「もうすぐ来るよ。さっきの人たち」

聖二「ここに?」

そら、うなずく。

聖二「なんでわかんだよ?」

そら「そんな気がしてならないの」

聖二「……」

そら「やだよ。お父さんお母さんと別れ別れになるの」

聖二「聖理」

そら「独りはやだよ」

聖二、うつむいて考える。
瞼と静の声が聞こえる。

「(舞台袖から)すみませーん」

「(舞台袖から)すみませーん」

聖二、舞台袖をちらっと見る。

聖二「きっと母親だ…」

そら「母親?」

聖二「うん…(と言いつつ迷う)」

「(舞台袖から)すみませーん!」

そら「行こう」

そら、聖二をひっぱるように別空間スペースに行き、理津子を連れて去る。
ほぼ同時に、瞼と静が、語り部(医師)と舞台にくる。

「(警察手帳を見せながら)警察なんだけど、今ここに女の子を連れた夫婦来てた
でしょ。どこ?」

語り部(医師)「患者の個人情報に関することなのでお答えできません」

と言いつつ、語り部(医師)は聖二たちが別空間スペースにいることをジェスチャーで
現す。
瞼と静、別空間スペースに駆け込む。

「どこにもいないじゃない!」

語り部(医師)「え?」

「瞼さん!そこの窓が開いてる!」

「遅かったか…」

「そら…」

「無線であのタクシーを呼び出そう」

瞼と静、舞台から去る。
語り部は別空間スペースに戻る。
聖二、理津子、そらはタクシー車内に戻る。


○聖二のタクシー(夜)

語り部「そら改め聖理を連れて四谷クリニックをあとにした聖二。しかし彼にまとわり
つく厳しい現実。同日、夜9時。逃亡する臼井夫婦に一本の無線連絡が」

舞台上にスポット。タクシー車中の聖二、理津子、そら。
後部座席でそらと理津子は眠っている。
聖二もうつらうつらしている。

語り部「ピー(と、無線の発信音)臼井くん、臼井くん、応答どうぞ」

聖二、びくっとして起きる。無線をとって話し始める。
少し後に理津子も目覚める。

聖二「はい」

語り部(所長)「臼井くん」

聖二「所長…」

語り部(所長)「臼井くん。君は自分のしていることがわかっているのかね」

(別空間スペース)語り部(所長)の脇に瞼と静が来る。

聖二「していることって…あのまだ仕事中ですが」

語り部(所長)「こちらにね、警察の方が来ているんだよ。なんでも君は営業中にも
かかわらず営利誘拐中だそうじゃないか」

聖二「いえ、あの…これは」

語り部(所長)「クビだ。臼井くん。君はクビだ」

聖二「ちょっと待ってください、所長。これにはワケが…」

語り部(所長)「問答無用!」

瞼、語り部(所長)から奪う。

「臼井さんね。臼井聖二さん。あなたね、もう身元も割れてるし、どこにも逃げ
られないよ。一体何がしたかったの?こんなにずさんな誘拐、見たことも聞いた
こともないよ」

聖二「誘拐だなんて」

「要求は何?何がのぞみなの?」

聖二「のぞみも何も、いつの間にかこんなことになってしまって。自分でもどうしたら
よいのか」

「臼井さんも昔お子さんいたでしょ」

聖二「はい…」

「聖理ちゃんて言ったっけ」

聖二「はい」

「まだ小さかった頃死んじゃったんだよね」

聖二「……」

「突然死だったんだね。かわいそうに…。あんたもわかるでしょ。子どもを奪われた
悲しみ。今ね、そらちゃんのお母さんは同じ思いでいるんだよ」

瞼、静と変わる。

「あたし、そらの母です。お願い。そらを返して…お願いします。そらを…」

聖二、胸がつまる。
理津子の嗚咽が聞こえる。
聖二、後ろを振り返る。

聖二「理津子…」

理津子、後ろから身を乗り出し聖二と無線を替わる。

理津子「あの…」

「はい」

「臼井理津子。聖二の妻だ」

理津子「そらちゃんて言うんですか」

「はい」

理津子「いい名前ですね。あたしたちの子は聖理って言うんです。もう…この世には
いないけど」

聖二「(驚いて)理津子…」

理津子「主人と私の名前を1文字ずつとってつけたんです。二人の絆の証だからって、
大切に育てようと思ったんです。でも…あたしたちは聖理を亡くしてしまって…だから、
あたし…」

理津子、泣き出す。
聖二、無線を替わる。

聖二「すみません。これからお子さんを送ります」

「え…」

聖二「おれのアパートにあなたのご主人がいるはず。そこで待っててください。
すぐ行きますから」

「そらは無事なの」

聖二「ええ」

「そらの声を聞かせて」

聖二、そらを見る。
そらは起きている。

聖二「そらちゃん。君のお母さんだよ」

「そら…!そら…!」

そら、なかなか無線に出ようとしない。

聖二「もう帰りなさい。お母さん心配してるから」

そら、無線で話す。

そら「お願いがあるんだけど」

「そら!無事なの?!ねえ?!」

そら「聞いて。この人たち、何にも悪いことしてないんだよ。警察には帰って
もらってよ」

「ええ?だって、あなたさらわれたのに」

そら「ちがうよ。あたしは誰からもさらわれてない。詳しい話は帰ってするからさ。
警察には帰ってもらってよ。じゃないと、静さんのタブレットから、クラウドにある
写真とか動画とか全部削除するよ」

「…何言ってるの」

そら「クラウドにある『そら』の記録をすべて消すって言ってるの」

「(動揺して)そんなこと…」

そら「いいの?サファリパーク、ディズニーランド、誕生日、入学式、
卒業式、静さんが来ていない行事もどんどん消してっちゃうからね!」

「(動揺しながら)な…」

そら「いいの?!本当に消すからね!」

「…」

「(静の耳元で)とりあえずOKして。被疑者は現地で拘束するから」

「…わかった。警察には帰ってもらうから」

そら「あとさ」

「何?」

そら「『そら』はどうして『そら』って名前なの?」

「え?…」

そら「帰ったら教えて。じゃあ」

そら、無線をきる。

「『そら』はどうして『そら』なのか…?」

「早く!ガッツと合流しなくちゃ」

静と瞼、車を加速させる。

そら「ごめんね」

聖二「え…」

そら「迷惑かけちゃって」

理津子「ううん。むしろお礼が言いたいくらいよ。ありがとう、そらちゃん…」

そら「お母さん。あたし、今はまだ聖理だよ」

理津子「いいの?聖理で」

そら「あたし、好きだよ。この名前」

理津子「聖理」

そら「お母さん」

聖二「聖理…」

そら「お父さん」

3人、微笑みあう。

語り部「一方、静はそらの一言により、『光の出口』の核心へ近づいていた」


○アプリ『セルフグローイングシステム』

語り部「『ちース、明でーす。静さん、ボクもカメラをやっているんだ。一緒に撮影に
行かない?』静の回答。はい?いいえ?」

「はい」

(瞼、舞台からはける)
静、別空間スペースへゆっくりと歩いて行きながら

語り部「行き先は?1、海。2、山。静の回答」

「山」

語り部(明)、周囲を撮影し始める。

語り部「『カシャ!カシャカシャカシャカシャ!あれ、静さん。こんな山奥にトンネル
がある。行ってみようよ!』静の回答。はい?いいえ?」

「はい」

語り部(明)「『このトンネル、もう、ずいぶん使われていないみたいだ。中に入って
みない?』静の回答。はい?いいえ?」

「……はい」


○(回想)三場トンネル(昼)

別空間スペースの語り部と静。

語り部(明)「真っ暗だね…」

「出口まだかな。もう随分奥まで来たのに」

語り部(明)「もうすぐだよ」

2人、しばし黙って歩く。

「寒い…」

静、手をもんだり息で温めて、語り部(明)のひじに手を通す。
語り部(明)、嬉しそうな表情。
やがて、光が差し込んでくる。

語り部(明)「静さん、光だ!出口だぞ!」

静、まぶしさに目がくらみ、涙がこぼれる。

「まぶしい…」

静、頬に伝う涙をぬぐう。
語り部(明)、それを見てジーンとする。

語り部(明)「なんて感動的なんだ…!」

2人、トンネルを抜ける。
青空が2人を照らす。

語り部(明)「抜けたー」

「やったー!」

語り部(明)「見て、静さん。なんてきれいな空なんだ」

「ホントだね」

語り部(明)「静さん、結婚してください」

「え?」

語り部(明)「ボクと結婚してください」

「(現実にかえり)そら…?『光の出口』…」


○臼井聖二のアパート(夜)

瞼と静、来る(別空間スペースを経由する)。
静、おもいきり強くドアを閉める。

語り部(SE)「バタン!!」

明とガッツが舞台に来る。

「静」

「そらはどこ?」

「え?」

「そらをさらってあたしを『光の出口』へ連れて行こうとしたの、あなたでしょ」

「え?」

ガッツ「やっぱり、こいつ…」

「わかったの?」

「やっとわかった…『光の出口』はあたしたちが一緒に行った、あのトンネルをぬけた
ところ」

「そうだよ」

「あんた、何考えてんの?なんでこんなことしたの?あたしをこんなに心配させて
何?」

「お前すっかり忘れてただろ」

「……」

「そらのこと、ボクたちのこと、何もかも忘れてただろ」

(別空間スペース)聖二のアパート・玄関前に来る、聖二、理津子、そら。
そら、理津子と手をつないだりしながら仲良しそうに来る。

聖二「ついたよ。ここからもうそらちゃんに戻っていいんだからね」

そら、うつむく。

理津子「また、遠慮なく遊びにおいでね」

そら「うん」

理津子とそら、しばらく見つめあいながら黙ってしまう。

聖二「(急かすように)理津子…」

理津子「はい…」

その時、アパートの中から明と静の怒鳴りあいが聞こえてくる。

「だからと言ってこんなことすることないでしょ!素直に言ってくれたらそれで
いいじゃない!」

「言えばお前はちゃんと聞いたか?!何より仕事優先だったお前が!」

「聞くわよ!」

「聞くだけじゃない!ちゃんとそらのために行動できたかよ!」

「やったってば!」

「いや、お前はやらない!絶っ対にやらない!絶っ対に!」

「勝手に決めつけないでよ!」

「お前、全然わかってない!そらがどれだけ寂しい想いしてきたか!」

「あたしがやらなきゃ、誰がそらを養っていくのよ!教育費、保険、税金、
誰が払ってくれるの?!」

「また、お前はそれを言い訳にする!金があれば子どもは育つってのか?!
そうじゃないだろ!」

「払ってない人が言わないでよ!子どもにどれだけお金が必要か知らない
くせに!塾の月謝がどれだけになると思うの?!子どもが仲間はずれに
ならないために遊びとかスマホとかにどれだけお金がかかってくると
思ってるのよ!」

「金、金ってそれ以上言うんじゃない!」

「あんたがそれを言わさない男になればよかったのに!」

言い争いの間に、玄関から離れていくそら。

理津子「なんで…、なんでこんな親に聖理を返さなきゃならないの?」

聖二、そらを明のアパートへうながす。

聖二「そらちゃん。こっちがお父さんのアパートなんだろ。ちょっと中で待ってて
くんねえか」

そら「…」

聖二「すぐ行くからさ(理津子に)お前も…」

理津子「あたしは残る」

聖二「わかった」

そら、明家のアパートに入る(別空間スペースから去る)。
聖二と理津子、見つめあい、意を決して臼井家アパートへ入る。

語り部(SE)「ガチャ」

「あ!」

ガッツ「貴様!」

聖二「あんたら、何やってんだ」

「ガッツ」

ガッツ、手錠を用意し聖二と理津子の元へ向かう。

理津子「そらちゃんが帰るってのにどうしてケンカなんかしてるのよ?!」

「はあ?」

理津子「そらちゃん、おびえて中に入れないじゃない」

聖二「どうしてもっと仲良く迎えることが出来ねえんだよ!」

聖二と理津子のところに向かうガッツの前に静が飛び込んでくる。

「(理津子に)ねえ!そらはどこなの?!」

ガッツ、臼井夫妻と倉中夫妻で以下の口論が始まると、瞼のところへ戻り
『やれやれ』といった様子になる。

(別空間スペース)そらが現れる。倉中夫妻と臼井夫妻の口論に耳をふさぐ。

理津子「そらちゃん帰りたくても帰れないじゃない!もっとそらちゃんのこと考えて
あげてよ!」

「はっきり言ってあなたには関係ないんですけど」

理津子「そんな言い方して…あなたそらちゃんをかわいそうだと思わないの?!」

「バカ言わないでよ、うちの子さらっておいて。早くそらを返してください!」

理津子「とてもあなたになんか返せない」

「ふざけないでよ、ちょっと!」

静、理津子を突き飛ばす。

聖二「(静に)お前、何、手出してんだ!」

「何よ!」

聖二「謝れ!」

「なんでうちの子誘拐した人に謝らなきゃならないのよ!おかしいんじゃないの!」

聖二「おかしいのはあんたの方じゃねえのか?自分のガキのことさえまともにみれて
ねえのによ」

「よく言うわよ。子どもいないくせに」

聖二、静を見つめる。

「そらはどこよ」

(別空間スペース)そら、逃げるように去る。

聖二「…どうしょうもねぇ。(理津子に)もう、俺たちかかわらないほうがいい」

「そらはどこなの」

聖二「…隣りだよ」

「うち?!」

聖二、うなずく。
静、臼井家のアパートを出る(別空間スペースを経由して去る)。

「静!」

明、おいかけて、臼井家のアパートを出る( 〃 )。
聖二、理津子の肩を抱く。

ガッツ「(瞼に)どうする?」

「どうしようかね…」

そこへ、明が戻ってくる。

「そらはどこにいるんだよ!」

聖二「え…?」

「どこにもいないぞ!」

理津子、アパートを出る(別空間スペースを経由して去る)。
追いかけるように、聖二、明、ガッツ、瞼もアパートを出る( 〃 )。

語り部「さて、そらはどこへ行ったのか。時間を少し戻してみましょう。場所は倉中明の
別居先…」


○明宅アパート(夜)

耳を塞ぎながらそらが入ってくる。
語り部とふたりきり。

語り部「聖理」

そら「…」

語り部「それともそらかな?聞こえてるでしょ」

そら、どことも言えない空間を見る(語り部のほうは見ない)。

そら「(語り部に)そら…?」

語り部「そっか。そらはクラウド上にいるんだったね」

そら「わからない。私はそらなのか聖理なのか。そらも聖理もいないのか」

語り部「誰でもいいんじゃないの?」

そら「え?」

語り部「君は君でしかないんだからさ。選べばいいじゃない。そらか、聖理か」

そら「そらか…聖理か…」

語り部「選んでいいんだよ」

そら「……どうしよう」

語り部「ここは環境が悪いよな。隣がうるさくて考えがまとまらない」

そら「どこか静かなところで考えたい」

語り部「もっと静かで何の音も聞こえないところ…知ってるだろ。いいところ」

そら「うん」

語り部「連れてってあげるよ」

そら「うん!」

語り部、そら、明のアパートを出ようとする。

語り部「あ、ちょっと待って」

語り部、戻ってパソコンに何か文字を入力する。

語り部「カチャカチャカチャ。さ、行こう」

語り部、そら、明宅アパートを出る(別空間スペース経由で去る)。
入れ違いに静が来る。追って、明も来る(別空間スペースを経由して来る)。

「いない…」

「……」

「(静に)おい、そらどこだよ」

「知らないわよ」

「(そらを探しながら)そら!そら!…いないじゃないか!」

明、アパートを出る(別空間スペースを経由して去る)。
静、パソコンに入力された文字に気づく。
理津子が来る(別空間スペースを経由して来る)。
追って、聖二、明、ガッツ、瞼が来る( 〃 )。

理津子「そらちゃん!」

理津子、聖二、アパート内を探しまわる。
明、パソコン画面をじっと見つめる静に気づく。

「どうした…?」

明もパソコン画面を見つめる。

「これは…」

理津子、そんな倉中夫妻の様子に気づく。
理津子もパソコンのところへ。入力されていた文字を読みあげる。

理津子「『そらはさらった。2月11日の昼12時、光の出口を抜けたところで
待つ。聖理』」

理津子が読み上げている間に、聖二、ガッツ、瞼がパソコンの周りに集まる。

「行けるわけない…どうやって行くっていうんだ。道も知らないで」

理津子「あなた、知ってるの?!」

「ボクが教えた場所だよ」

理津子、つかみかかるように

理津子「教えて!どこなの、そこは?!」

「埼玉の三場トンネル…」

理津子「どうやって行くの?!連れてって!ねえ!」

「ちょ、ちょっと…」

「(瞼に)まだ、そんなに遠くには行ってないはず。お願いです、探すの手伝って
ください」

理津子「(静に)ダメよ!迎えに行ってあげなきゃ」

理津子、明を連れだそうとする。

理津子「ねえ、行きましょう!そのトンネルへ」

明、理津子をふりほどく。

「いや、でも、子ども独りで行けるわけないんだから」

理津子、なおも明を連れ出そうとする。

理津子「行きましょう!ね!」

「(理津子をなだめながら)だいたい、三場トンネルに行ったとして、そらがいな
かったらどうするんだよ」

理津子「いたらどうするの?」

「……」

理津子「いないのに迎えに行ったなんてほうがどれだけ救いがあるか。いるのに迎えに
行かなかったなんてこと、絶対にしちゃいけないでしょ」

聖二「……」

理津子、再度、明を連れだそうとする。

理津子「ねぇ、行きましょう!ね」

聖二、理津子をとめる。

聖二「理津子、もうやめろ」

理津子「だって…」

聖二「俺が連れていってやっから」

理津子、聖二を見つめる。

聖二「まかせろ。必ずたどりついてみせる」

ガッツ「被疑者を行かせるわけにはいかないな」

聖二「じゃあ、あんたも来い」

ガッツ「そういう話じゃないだろ」

「どうやって行くんだよ」

聖二「どうやってって…」

「行き方なんて知らないくせに」

聖二「カーナビだってあるんだ!行くったら行く!」

「普段は使われてないトンネルなんだ。カーナビに載ってないよ」

聖二「でも行く!あの子を独りにさせちゃならねえ!理津子!」

聖二、理津子を連れていこうとする。

聖二「(ガッツに)あんたも急ぐぞ」

ガッツ「おい…」

聖二と理津子が出て行こうとした瞬間。

「ちょっと待って」

明、静の元へ。

「ボクも三場トンネルへ行ってみる。静、どうする?」

「あんたまで何言ってるの?みんなでこのへん探したほうが確実なのに。瞼さんも
いるのよ」

「…わかった。じゃあ、まかせる」

明、聖二のもとへ。

「そらはまだ近くにいるのよ!」

「(聖二に)行きましょう。ガッツ刑事も」

ガッツ「ええ?!」

明、ガッツを連れて去る(別空間スペースを経由して去る)。
後を追いかけるように聖二と理津子、去る( 〃 )。
そんな4人に対し、静は振り向きもしない。

「いいの?一緒に行かなくて?」

「…」

「ま、あたしはどっちでもいいんだけど」

「急がなきゃ…(瞼に)警察に協力をお願いできませんか…」

「協力なんか得られないよ。せいぜい、駐在に手伝ってもらう程度」

「それじゃあ、あたしたちだけでなんとか…そら、どこ行くかな」

「普通中学生で考えられるのは公園、コンビニ、駅…」

「とにかく行きましょう」

「普通じゃなければ、三場トンネルもあり…かな」

静の足が一瞬止まる。

「行きましょう」

静、去る(別空間スペースを経由して去る)。

「結局どこ行くのよ」

瞼、後を追う( 〃 )。

少し長めの暗転。


○三場トンネル(昼)

暗闇と静寂の中、そらと語り部が歩く。

そら「そら…」

語り部「…うん?」

そら「そこにいる?」

語り部「いるよ。聖理はそこにいる?」

そら「…いるよ…」

語り部「……」

そら「明さんの言ってたとおりだね。何も見えない…何も聞こえない…こういうのって
なんかいい」

語り部「ひとりぼっちでも?」

そら「そらでもない。聖理でもない。私は私でしかない。むしろ…ひとりの方がいい」

語り部「このトンネルを抜けたら、それからどうする?」

そら「そんなこと…わからない」

語り部「迎えが来ているかもしれないね」

そら「あたしがここに来ているなんて誰も知らない」

語り部「誰にも来てほしくない?」

そら「……」

語り部「もし…誰もいなかったらどうする?」

そら「……」

語り部「誰も、君を待ってなかったら…」

(別空間スペース)聖二、理津子、明、ガッツがやってくる。

「さ、急ぎましょう!ここから先は歩くしかない!」

聖二「なあ」

明、ふりむく。

聖二「俺たち、本当に行っていいのかな」

「…何をいまさら!急がないと昼に間に合わない!」

聖二「車の中であんたの話聞いててさ、思ったんだよ。俺たちなしで、あんただけで
行ったほうがいいんじゃないかって」

「ボクはね、臼井さん。あなた達にも来て欲しいんだ。本当は、静にもここにいて
欲しかったんだけど…とにかく急ぎましょう!もう時間がない!」

聖二「でも…(理津子に)なあ」

理津子「(うなずく)」

「……わかった。じゃあ、こうしましょう」

明、臼井聖二と理津子とガッツに思いついた考えを話す。
どんな話かは聞こえない。

一方、トンネル内のそらと語り部。

語り部「さきおとといの豪雨の影響が残る三場トンネルの中は、暗闇に湿気が残り、
まるで夜の雲の中にいるみたい。水蒸気の漂う中、しばらく黙ったまま、そらは、
あるいは聖理は、歩く。このトンネルを抜けて、もしそこに誰も居なかったら…」

そら「…」

(別空間スペース)聖二と理津子、ガッツが上手に去る。
下手へ明が去る。

語り部「誰も、君を待ってなかったら…どうする?」

そら「…」

語り部「君をここに閉じ込めてあげようか」

そら「え…」

語り部「君をこの暗闇と静寂の雲の中に閉じ込めてあげる。ずっとひとりぼっちで
ずっと傷つかないでいられるよ」

そら「……」

語り部「もう正午になるよ。どうする?」

そら「……うん」

語り部「決まり」

そら「見て。光が見えてきた」

光が差し込む。
そら、まぶしさに目をつむる。

語り部「……誰もいない。ねえ、何か見えたかい?」

そら「……」

語り部「そら?」

そら「……」

語り部「そら、そこにいる?」

そら「いない」

語り部「聖理は?そこにいる?」

そら「…どこにもいない」

そら、前を見つめる。

語り部「さあ、お別れだ。記憶に焼き付けたかい?この世界で見る最後の光。そして、
この世界で聞く最後の音」

語り部、そらの顔を覆うように正面からそらを抱きしめる。

語り部「さよなら」

(別空間スペース)光を背に、シルエットのようになって、聖二と理津子、ガッツが現れる。

聖二「誰かいる」

理津子「そらちゃん?そらちゃーん!」

そら、語り部から顔を離し、前を見つめる。

そら「理津子さん…?どうしてここに?」

聖二「こっち、来いよ」

そら「聖二さん…」

そら、後ろを振り向き引き返そうとする。

聖二「おい…!」

理津子「どこ行くの?そらちゃん」

そらの足がとまる。

理津子「むかえに来たのよ」

聖二「待ってたぞ。早く来い」

そら、改めて向き直る。

そら「明さんがいない…静さんもいない…」

語り部「どうする?」

そら「え?」

語り部「そらか、聖理か」

そら「そらか…聖理か…」

語り部・そら「このままここにいるか…」

※以下、語り部とそらのセリフは同時に。

語り部「選びなよ。自分を決められるのは自分だけなんだ。自分で決めな」

そら「選ばなきゃ。自分を決められるのは自分だけ。自分で決めなきゃ」

「そら…」

そら、振り返ると、いつの間にかすぐ後ろに明がいる。

そら「明さん…」

そら、静を探す。

そら「静さんは…」

明、首を横にふる。

「独りでこんなところまで来て…みんな心配したぞ」

そら「独りじゃなかったんだよ」

「誰と一緒だったの?」

語り部、舞台から去っていく。
そら、語り部を探す。

そら「誰?…誰だったんだろ…」

「君は誰?」

そら「あたしは…」

「誰でもいい!」

静、来る。

「あなたが誰でもいい!思い出じゃない!記録じゃない!
ただのあなたが、私には必要なの!」

静、いつの間にかトンネルの中におり、そらを後ろから抱きしめる。

(別空間スペース)瞼が合流する。

「こんなに冷えて…」

そら「静さん…あったかい…」

「やっと会えたね、そら」

そら、言葉に詰まる。
光がそらと静と明を照らす。
そら、出口を向き

そら「そらか、聖理か、それとも…」

暗転。

エピローグ

語り部「それ以降、みんなの生活は少しづつ変化を見せた。まず、倉中夫妻。静企画の
セルフグローイングシステム採用アプリは『見つかるパラレル!もうひとりの私』と
名づけられ配信、話題となった。静は次の企画のため、変わらずの忙しい毎日。
明はアパートを追い出され静の家へと帰ってきた」

明、料理をしながらやってくる。

語り部「甲斐性なしは相変わらずだが、今のところ主夫として家事をきりもりする日々。
静ともまあ、うまくいっているよう」

静、仕事から帰ってくる。

語り部「(静)『ただいま』
(明)『おかえり』
(静)『今日の料理は?』
  (明)『明特製の(得意料理を言う)』」

明、料理をしながら去る。
ガッツ、来る。

語り部「そして、ガッツ刑事。彼はこの騒動のあと、静にラストアタックを試みた。
  (ガッツ)『「心」を「受」け止め、「愛」と書く!静さん!俺の心を受け止めて
       くれ!』
 (静)『ごめんなさい』」

静、去る。

語り部「(ガッツ)『くーーーー!(と、男泣き)』
ところが!おーっ、なんてこったい。3年後。瞼刑事とめでたくゴールイン。おめでとう!」

瞼刑事来て、2人で祝福を受ける。

語り部「ところがところが!その3週間後。ガッツ刑事、殉職」

ガッツ、死にながら去る。

語り部「瞼刑事はガッツの愛を胸にキャリアとしての道を歩んだ」

瞼、去る。

語り部「そして、臼井聖二は瞼刑事のフォローもあって、タクシー会社を首にならずに
すんだ。また夫婦2人の生活に戻ったが、そらの存在は理津子に大きな影響を及ぼ
した」

聖二と理津子が来る。

聖二「眠い…少し寝る」

理津子「わかった」

語り部「ヴー、ヴー(バイブレーションの音)」

理津子、スマホを見る。

理津子「見て!そらちゃんからよ」

聖二、眠いながらも興味深そうにスマホのディスプレイを覗き込む。

理津子「今度の日曜に遊ぼうって」

聖二「日曜、仕事があるんだけどな…」

理津子、返信のメッセージを入力しながら去る。
聖二も後を追う。

語り部「そして、倉中そらは、と言うと…」

そら、スマホを見ながら来る。
静が来る。

「そら」

そら「お母さん」

「もう寝る?」

そら「ううん。まだ」

「ミルクティーいれたの。一緒に飲まない?」

そら「うん」

そらと静、部屋を出て行きながら

「…ところでさ、日曜ヒマ?どこか行かない?」

そら「日曜は友達と遊ぶの」

「つきあい悪いんだ」

語り部、そらを呼び止める。(静はそのまま去る。)

語り部「そら」

そら、ふりかえる。が、語り部の方は見ない。

語り部「それとも、聖理?それとも…君は誰なんだい?」

そら「みんなあたしだよ」

そら、にっこり笑って去る。

語り部「彼女はまだ若く、人生はこれからも続く。きっと、2組の親の間でまだまだ
いろいろな事が起こるはず。けれども今日のところはこれでおしまい。みなさまの
これからにも暖かな光が照らしますように。では、また」

語り部、一礼。



 
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