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私がそこにいるから
岩野秀夫
 


平行世界の友達と過ごした日々

Ⅰ あらすじ
上地しほは、起立性調節障害のため、保健室に通学している。
しほはそこで、落雷にあってしばらく入院していたという
天久みちと出会う。どうやら彼女は退院後、以前とは性格が
変わってしまったらしい。かつては陽キャだったが陰キャに
なり、周囲から浮いてしまっているという。
いつしかみちと仲良くなったしほは、みちから信じられない
話を聞く。なんと、今いるみちは、平行世界で同じく落雷に
あった別世界のみちであり、この世界のみちと入れ替わって
いたのだ。
しほとうちとけることで、明るくなる平行世界のみち。
変わりゆくみちであったが、それは、仲良くなったしほとの
別れの兆しであった…。
平行世界の友達との交流と別れ。ファンタジー要素を含ませた
切ない物語です。

Ⅱ 人物
〇上地(かみじ)しほ(女)
 高校1年生。
 起立性調節障害…起立時にめまい、動悸、失神などが起きる
自律神経の機能障害。立ち眩み、めまいを起こしやすい。
立っていると気持ちが悪くなる、ひどい時には倒れる。少し
動くと動悸あるいは息切れがする、など。

 星が好き。嘘がつけないタイプ。よかれと思っておせっかいが
過ぎることがある。それが迷惑になることも。涙もろい。

〇天久(あめく)みち(女)
 高校1年生。 
 現世界では、明朗快活、運動万能のいわゆる陽キャ。
 平行世界では、陰キャ。しほと同じく星が好き。
 現世界は父がいない。
 平行世界では母がいない。

〇丸山(まるやま)(男)
 高校1年生。
 天然系。表裏なく誰とでも仲良くなれるタイプ。
 現世界のみちとアルティメットのクラブチームに入っている。

〇乙川(おとがわ)れい(女)
 高校1年生。
 委員長。生真面目。用意周到。怖いもの知らず。

〇各務(かがみ)先生(女)
 保健師。イメージとしては30~40代くらい。
 面倒見よく、包容力あり。

Ⅲ 場所
1 高校の保健室
この物語の主な舞台。
中央にベッドとして見立てた台(可能であれば周囲をカーテン
レールで囲む。カーテンはしない)
その台の奥に隠れるように小型のイスが2脚。
舞台下手に机が2つ並んでいる。
一つは各務の事務机。
もう一つはしほがいる机。
 
2 展望台
舞台後方には一段高い台。
ここを展望台に見立てる。

Ⅳ 季節
主に9月~10月

Ⅴ 本編
1 出会い
自席でしほがお弁当を食べている。(お弁当箱と水筒。飲食はマイムで可)
並びの事務机には各務がいて、仕事の資料を読んでいる。
しほ、食べ終わり

しほ「(小声で)ごちそうさまでした」

しほ、カバンから薬を取り出し、飲む。

各務「今日は調子よさそうね」

しほ「まあ、いい方ですかね、悪いなりに」

各務「(笑って)『悪いなりにいい方』って面白いね。なんか的確。
あたしも今度、使っていい?」

しほ「どうぞどうぞ」

各務「この歳になると、体調万全なんてことの方が少ないから」

しほ「先生もどこか悪いんですか?」

各務「慢性のけだるさ、肩こり、ほてり。プレ更年期ってやつよ。いつか
上地さんにもくるんだから」

しほ「プレ更年期って何歳くらいからなるんですか?」

各務「え?そんなの言ったら、あたしの歳がバレちゃう」

しほ「先生、何歳なんですか?」

各務「ここでそれ聞く?」

しほ「(笑って)まあ、プレ更年期、来たら来たで別にいいです。どうせ、
あたしはまともな大人にはなれそうにないし。先生くらいの歳の頃には
ニートになってる気がするし」

各務「(苦笑して)すいぶん悲観的じゃない」

しほ「だって、中学の頃から保健室通いばっかりで、普通の学校生活って
ほとんど経験ないんですよ。あたしなんかが、まともな大人になれますかね」

各務「普通の学校生活送っても、まともな大人になってないひと、いっぱい
いるよ」

しほ「それは、まあ…」

各務「どうした?何かあった?」

しほ「…昨日も、またパパとママがケンカして、あたしを通信制の高校に
転入させるかどうかで」

各務「まあ、上地さんみたいな体質の子って(起立性調節障害って)よく
通信制、勧められるから」

しほ「あたし、こう見えても、本当に中学の最後のほうは学校に通え
たんですよ。朝起きるの本当にきつかったけど、なんとか通えるように
なったんです」

各務「疑ってないよ」

しほ「高校に通い始めた時だって頑張れてたのに」

各務「環境の変化で症状がぶり返すの、よくあることだから」

しほ「ママは通いやすいように通信に転入していいって言ってくれてるのに、
パパは将来のこともあるからこのまま普通校にって譲らなくて、昨日も
険悪な空気。先生、どう思う?通信って…」

乙川「こんこん!失礼します!」

上手より丸山と乙川が、みちを連れてくる。
みちは①右手前腕部に包帯、②左手指が突き指しており指の何本かネット
をつけている。さらに、顔を抑えている。
丸山はフライングディスクを持っている。

丸山「先生!」

各務「お?どうした?」

丸山「ちょっと、やっちゃいました!」

各務「また?!」

丸山「すいません!」

各務「しかも、また天久さんじゃないの」

丸山「とにかく診てください!」

みち「や、大丈夫…」

各務「今回は何がどうした」

乙川「どうも昼休みにアルティメットの練習してて、丸山君が投げた
ディスクが天久さんの眼に当たったみたいで」

各務「眼?!」

みち「そんな大したことないですから」

各務、みちの眼を診る。

各務「赤くなってる。丸山君、こないだ天久さん、突き指させたばっかり
だってのに、あんた、また力任せに投げたんじゃないの?」

丸山「そんなことないですよ、普通だったよな、委員長」

乙川「だから見てないって」

丸山「や、こんなもんだよ、こんなもん」

丸山、下手の方に小走りで移動し、乙川に向かってフライングディスクを
投げる。

丸山「委員長!(と投げる)」

乙川「えっ?!」

各務「(とがめて)こらっ!」

乙川、キャッチミスをする(ディスクが客席に落ちたら、乙川が
「すみません」などお詫びしながら拾いに行ってください。)

各務「君は、どこで何を投げてんの」

丸山「え?保健室でディスクを…」

乙川「だから、先生はそういうこと言いたいんじゃなくて」

丸山「(納得いかず)え?」

各務「いいや。もう5時間目始まるから戻って。天久さん、診ておくから」

乙川「はい」

乙川、しほのところに駆けていき

乙川「上地さん」

しほ、驚いて立ち上がる。

しほ「はい!」

乙川「体調どう?大丈夫?」

しほ「あ、はい」

乙川「早く教室戻れるといいね。またね」

しほ「うん…」

乙川「(丸山に)ほら行くよ」

丸山「何だよ」

乙川、しほに手を振りながら、丸山と一緒に上手へ去る。
しほ、座り込む。
各務、みちの眼を診る。

各務「普段コンタクトとかしてる?」

みち「いえ…」

各務「まあ大丈夫だとは思うけど。念のため眼科で診てもらった方が
いいかも。今日これから行ける?」

みち「今日、アルティメットの練習…」

各務「それより眼科行きなよ。ぶつけたの丸山君なんだし、気にしなくて
いいって」

みち「はい」

各務「お母さんに連絡する?」

みち「大丈夫です。母、仕事ですし、一回家帰って自分で行けます」

各務「そう。じゃあ、あたし担任に言ってくるから。ついでに教室から
天久さんのバッグとってくるね。丸山君にも言っておいてあげるから」

みち「ありがとうございます」

各務、上手から去る。
各務とみちの会話の間に、しほ、具合が悪くなり、机に伏す。
(各務はそのことに気づかないまま去る。)
みち、スマホを取りだし、母親にLINEしようか迷うが、しない。
みち、スマホをしまうタイミングで具合の悪そうなしほに気づく。
みち、しばらく、しほを見つめ、そっとしおこうか、声をかけようか
迷うが、

みち「大丈夫…ですか?」

しほ「…」

みち、しほのところへ行く。

みち「大丈夫?」

しほ「…」

みち「ちょっと…横になった方が」

しほ「…」

みち、しほをベッドへ誘導する。

みち「こっちきて」

みち、しほに肩を貸し、ベッドへ連れていく。
しほ、ベッドに横になる。

みち「もう少ししたら、先生戻ってくると思うから」

しほ「ありがとう…」

しばらくして、各務が上手から来る。

各務「お待たせ(と、みちにカバンを渡す)」

みち「ありがとうございます(と、カバンを受け取る)」

各務「あれ?」

各務、ベッドで横になっているしほに気づく。

各務「どうした?」

みち「なんか、具合が悪そうで」

各務「ああ…」

各務、みちの様子をみて

各務「さっき、立ち上がった時?」

しほ「多分…」

各務「しばらく横になってな」

みち、心配そうにしほを見つめる。

各務「そういえば、2人、同じクラスなんだよね」

みち、しほを見つめるが、

みち「あの…あたしこれで…」

みち、上手から去る。
各務、みちを追う。
保健室を出たところ(上手舞台前方)で、各務、みちと話す。

各務「天久さん」

みち「はい」

各務「本当に大丈夫なの?復帰してからずっと、(眉間にしわを寄せて)
こんな難しい顔してる」

みち「そうですか?」

各務「天久さんもいろいろあるんだろうけど、ゆっくりやってこうよ。
アルティメットだって無理に行かなくていいと思うよ」

みち「…ありがとうございます」

各務「それじゃ、帰り、気をつけてね」

みち「あの…大丈夫ですか?あのこ」

各務「上地さん?多分、大丈夫。彼女にはよくあることだから。しばらく
横になってれば」

みち「そうですか」

各務「体質みたいなものでね。天久さん知らなかった?上地さんのこと」

みち「はい…あの、それじゃ」

みち、上手に去る。
各務、保健室に戻って来る。

各務「上地さんも大丈夫?」

しほ「すみません」

各務「気にしないで、しばらく横になってて」

しほ「…あのこ同じクラスなんですか」

各務「天久さんのこと知らない?」

しほ「あたし、クラスメートのこと全然知らなくて」

各務「そっか…じゃあ、夏にあった落雷の事故のことも知らないよね」

しほ「落雷?」

各務「天久さん、落雷に打たれて入院してたんだよ」

しほ「え…」

各務「みんなに公表してるから言っちゃうけど、丸山君とかと一緒に
アルティメット…あのフライングディスクのスポーツね。あれ、
やってる時、8月の練習中だったんだけど、雷に打たれて、もう、
たいへんだったんだ。天久さんの右手、包帯してたの覚えてる?」

しほ「あ、はい」

各務「あれ、その時の火傷がまだ残っているんだよね」

しほ、自身の右手前腕部をさする。

各務「意識不明の状態が続いてさ、本当にみんな心配して。幸い
2~3日で意識が戻ったんだけど、でもそのあとずっと入院してて、
ようやく、先週くらいから学校来れるようになったんだよ」

しほ「もう、大丈夫なんですか?」

各務「身体のほうはね」

しほ「…というと?」

各務「きっとすごいショックだったんだろうね。天久さん、人が変わった
みたいになっちゃって…」

各務、舞台前方に立ち

各務「この窓から、朝、みんなが登校するのが見えるんだけど、丸山君や
天久さんが来るのも見えててね」

(舞台前方でみちが元気だった頃の登校風景の再現)
丸山が下手から来る。
登校時の恰好。手にはディスクを持っている。
後を追うように、みちが下手から入って来る。
(みち、包帯をしていない。)

各務「元気で闊達でスポーツが大好きで、クラスでも目立った存在だった
天久さん…」

みち「おっはよー!」

みち、丸山の背中を思い切りたたく。

丸山「お前いてえよ」

みち「気合入れてやってんだよ」

丸山「朝からうるせえ」

みち「(丸山の耳元で)おっはよー!」

丸山「うるさ…」

みち、丸山の背中を押しながら、みちと丸山は下手へ去る。

各務「ところが、雷に打たれ、入院してからの天久さんは、全くの別人の
ようになっていたという」

しほ「別人?」

各務「もちろん外見は変わってないよ。でも、中身というか、性格というか
キャラがね、全然別の人みたいになってしまって…アルティメットも全然
できなくなって。丸山君も結構、とまどったみたい」

(舞台前方でみちの性格が変わった頃の登校風景の再現)
下手からみちが来る。
みちは①右手前腕部に包帯をしている。(※②左手指の突き指のネットは
この時点ではしていない)
カバンを持ち、登校時の様子。
丸山が下手から来る。

丸山「おう!みち!」

みち「あ…」

丸山「いよいよ復帰だな!練習もできんだろ?」

みち「え…と、まだ…」

丸山「そっか」

みち「…」

丸山「何だよ、元気ねえな。お前大丈夫か?」

みち「あ、はい…まあ」

丸山「…ま、徐々にな!徐々に!やってこうぜ!徐々に!」

みち「はあ…」

丸山「(他の友達を見つけ)あ、〇〇!」

丸山、みちを置いて上手へ去る。
みちもとぼとぼと上手へ去る。

各務「以前は健康そのもので、多少ケガしたって気にしないタイプ
だったんだよ。保健室なんか縁のない子だった。でも、その落雷事故の
後から、保健室に来るようになって。まあ、事故のPTSDなんだろうね、
あんなにキャラ変しちゃうくらいなんだから。ただ、あたし見る限り、
天久さんは保健室に逃げてきているように感じるんだよね…」

しほ、舞台前方へ。
(各務は上手へ去る。)

しほ「確かに、天久さんはちょくちょく保健室に来ていた」

しほ、目線でみちの動きを現す(実際にはみちは舞台に登場しない)。

しほ「各務先生にことわって、ベッドで横になり、しばらく休んだら
教室に戻る。時にはそのまま帰ることもあった。天久さんが話をする
のは大体、各務先生とで、あたしとは」

しほ、ベッドの周りを歩く。

しほ「必要最小限の話しかせず、あたしも事務的なこと以外、
話しかけることはなかった。そんな状況が変わったのはあの日…」

上手からみちが来る。
(※みちは①右手上腕部に包帯、②左手指につきゆびのネット、③眼帯を
している。)

みち「先生」

しほ「あ、先生今いないよ」

みち「…」

みち、しばらく迷うが出ていこうとする。

みち「それじゃ…」

しほ「具合、良くないんでしょ?」

みち「え…?」

しほ「天久さん、保健室来たの…具合悪いんじゃないの?」

みち「まあ…」

しほ「先生、すぐ戻ってくるよ。ちょっと用事があるだけみたいだから」

みち「…(迷う)」

しほ「大丈夫だよ。横になってなよ」

みち、保健室に入り、ベッドに座る。
しほ、みちを横にする。

しほ「そういえば、あたしお礼言ってなかったね」

みち「お礼?」

しほ「まえに天久さんが、丸山君や乙川さんに担ぎ込まれた日、あたしが
立っていられなくて」

みち「ああ…」

しほ「あたし、体質っていうか、病気でさ、『起立性調節障害』っていう。
知ってる?この病気」

みち「(否定)ううん」

しほ「朝とか起きられなくて、無理に来ようとすると、頭が痛くなったり
する…」

みち「ああ…(思い当たった)」

しほ「あたし、それで保健室に通っているの。天久さんとは同じクラス
らしいんだけど、あたしのこと知らなかったでしょ」

みち「ごめん」

しほ「や、責めてるんじゃなくて。だからカラダ辛いのってわかるんだ。
天久さん、無理しないで横になってなよ」

みち「うん…」

みち、ベッドに横になる。
しほ、勉強を続ける。
30秒後、各務が上手から来る。各務、チラシを持っている。

各務「上地さん、プラネタリウムの秋のプログラム、案内来てたよ」

しほ「あ、ありがとうございます」

みち、各務からチラシを受け取りながら、

しほ「あの…(とベッドを掌で示す)」

各務、みちに気づく。

各務「ああ、天久さん。大丈夫?」

みち「はい」

各務、みちのおでこに掌を載せたり、表情を診たりするが

各務「いいよ。そのまま横になってて」

みち「すみません」

しほ、チラシを見入っている。

各務「行く?プラネタリウム」

しほ「行きたいです。秋だとアンドロメダが出てくるし」

各務「ねえ、1個、訊いていい?」

しほ「え?何ですか?」

各務「アンドロメダの雲は魚の口のカタチって言うでしょ?」

しほ「星巡りの歌ですね」

各務「あれ、どこをどう見れば魚の口に見えるの?」

しほ「ああ…」

各務「あたしにはどうしても見えなくて」

しほ「あれ、正面から見た魚の口なんですよ、わかりますかね」

各務「ああ…正面」

しほ「あの…こう(口を開けて)くちを開けて正面から見た形が、
アンドロメダ銀河を横から見た…」

(みちは興味津々で聞き入っている。)

各務「なるほど。あたし、魚の口を横から見た形とばっかり思ってた。
展望台からでもわかるかな。魚の口の形って」

しほ「展望台?」

各務「知らなかった?裏の丘に展望台が作られてるの?」

しほ「そうなんですか?」

各務「秋頃、完成するらしいから、アンドロメダ見えるかも」

しほ「わりとアンドロメダ銀河って見えますよ。双眼鏡とか天体望遠鏡が
あれば、魚の口の形もはっきりわかります」

各務「そんなに見えるもんなんだ。じゃ、あれは?夏とか冬とかにある
秋の星座の大三角形で(構成された)…」

しほ・みち「四角形です」

各務、しほ、みちを見つめる。

みち「(恥ずかしそうに)…四角形です」

各務「えー、意外。天久さん、星詳しいの?」

みち「や、そんなこと、ないですけど。ぺガスス座の体の部分の星が、
四角形になってて、秋の四辺形とも呼ばれてるんです」

各務、しほを見る。
しほ、うなづく。

各務「天久さんのそんな一面、知らなかった。ただの運動大好き女子かと
思ってた」

みち「や、そんな」

各務「星好きなんだね。意外。あ、いい意味でよ。そうしたら上地さん、
チラシ」

しほ、プラネタリウムのチラシを持ち上げる。

各務「一緒に行くのはどう?プラネタリウム。秋のプログラム
始まってるよ」

しほ「…行く?なんて」

みち「…うん」

各務「いいねえ。♪赤い目玉のさそり…」

各務、「星巡りの歌」を歌い出す。
音楽「星巡りの歌」が流れる。
しほ、スマホを取りだし、みちのところへ行く。
しほとみち、LINEの登録をする。


2 ふたりの距離
「星巡りの歌」が流れる中、しほ、舞台前方に来て

しほ「その週の土曜日の午後、私は天久さんと待ち合わせて、隣の市の
プラネタリウムに出かけた。初めての2人のお出かけ」

みち、ベッドの前にイスを2脚並べる。
しほ、セリフを言いながら、みちと並んで座る。
しほとみち、星を指さしあいながら投影された星空を眺めるパントマイム。
その後、しほとみち、体を向かい合わせ、お茶を飲むパントマイム。

しほ「プラネタリウムを見た後にお茶をして、今まで誰かとそんな時間を
過ごしたことのなかった私にとって、本当に楽しいひと時だった。
アルティメットに熱中していた天久さんが、星に関心があるなんてとても
意外に思えたけれど、私の眼の前で楽しそうにアンドロメダの
アルフェラッツやぺガススのマルカブの話をする天久さんは、嘘偽りなく、
星のことが好きなんだって思えた」

(しほのセリフの間に、みちと各務は去る。)

しほ「それから、天久さんは、以前よりもさらに保健室に来るように
なった」

(「星巡りの歌」FO)

しほ、自席に戻り、数Ⅰの課題プリントにとりかかる。
みち、上手から来る。
①右手上腕部に包帯、②左手指につきゆびのネットをしている。
(※③眼帯はとれた)

みち「(ノックのマイムで)こんこん」

しほ「天久さん」

みち「いい?」

しほ「今、各務先生いないけど」

みち「ちょっと具合悪くて」

しほ「(笑って)本当にー?」

みち「(笑って)ほんとほんと」

しほ「じゃ、また横になってなよ」

みち「そうする」

しほ「もう、いいの?眼」

みち「眼?」

しほ「眼帯とれてるから」

みち「うん。眼の方はね」

しほ、みちの眼を見つめる。

しほ「確かに。腫れもひいてる」

みち「でしょ。だからまた行こうよ。プラネタリウム。こないだは片目で
見づらくて」

しほ「いいよ、いつでも」

みち、ベッドに行かずに、しほのところへ行く。

みち「何してんの?」

しほ「数Ⅰの課題プリント。も、わけわかんなくて」

みち「数Ⅰのどのへん?」

しほ「確率のとこ」

みち「あーあたしも苦手」

しほ「あたしもダメでさぁ。問題が何言っているか、ホントわかんない」

みち「わかんないよねー」

みち、課題プリントをのぞき込む。

みち「赤玉2個、白玉4個の入った袋から玉を1個取り出し、色を見て
からもとに戻す」

しほ「玉、戻さないで欲しいよねー」

みち「この試行を6回行う時、6回目に3度目の赤玉が出る確率は」

しほ「まあまあある、でいいじゃんねー」

みち「(笑って)それ、もう確率と言えない」

しほ「ねえ、そういえばさ」

みち「うん?」

しほ「雷に打たれるって、相当レアな確率なんでしょ」

みち「それね、調べたことあって、アメリカの統計なんだけど、1年間で
人が雷に打たれる確率は、一説では100万分の1、これは隕石の落下で
人が死亡する確率より低いんだって」

しほ「(笑って)ホントなの、それ?」

みち「なんかネットででてたよ」

しほ「どんだけ隕石、人に当たってんのよ」

みち「本当にでてたんだよ」

しほ「あ、ごめん。天久さんにしてみたら大変なことなのに、ごめんね、
茶化しちゃって」

みち「…上地さん」

しほ「うん?」

みち「ちょっと聞いてもらいたいことあるんだけど」

しほ「え、なに?」

みち「あたし、雷に打たれてね」

しほ「うん」

授業終了のチャイムが鳴る。

みち「まずい」

しほ「え?」

みち、ベッドに戻り、カーテンでかくす。
(みちのパントマイムで可)

みち「(カーテンを引きながら)シャー」

しほ「ん?どうした?」

みち「丸山君がアルティメット誘いに来る」

しほ「行かないの?」

みち「行きたくないの!あたしにはやっぱり無理!お願い!あたしがここに
いるの内緒にして!」

しほ「えー?!」

みち「お願いお願い!」

しほ「えー…」

上手に乙川が現れる。

乙川「(ノックのマイムで)こんこん」

しほ、みちを見ながら

しほ「はい」

乙川「失礼します」

しほ「乙川さん…」

乙川「あれ?各務先生は?」

しほ「今、職員室に」

乙川「天久さんは?」

しほ「天久さん…今日は来てないよ」

乙川「え…(カーテンで仕切られたベッドを指さす)」

しほ「(首を横に振り)…知らない生徒さん。風邪っぽかったよ。咳こむ
時もあったし」

みち、せき込む。

しほ「熱もあってうなされてたし」

みち「うーんうーん」

乙川、警戒してベッドから離れる。

乙川「天久さん、今日も体調悪いって教室から出てったから、また保健室
かと思って」

乙川、マスクを取り出してつける。

しほ「すごいね、乙川さん、常に持ってるの?」

乙川「万が一ってことあるからね。天久さんもマスクいる?あたし、まだ
あるよ」

乙川、別のポケットからマスクを取り出そうとする。
(以後、乙川はいろんなところからマスクを取りだすように仕込んで
おいてください。)

しほ「あ、持ってる持ってる」

乙川「上地さんもつけときなよ」

しほ「そうだね」

しほ、カバンからマスクを取り出しつける。

しほ「(マスクをつけながら)今日は天久さん、来てないよ。乙川さん、
保健室にいない方いいんじゃない?うつっちゃうかも」

乙川「そんなこと言ったら上地さんだって」

しほ「あたしは…ここしかないから」

乙川「ただ、あたしね。上地さんにお願いががあって来たんだ」

しほ「あたし?」

乙川「来週の校外学習、やっぱり来れない?」

しほ「校外学習?あの(お近くの名所旧跡、博物館どこでも)に行く…」

乙川「そう。先生から欠席って聞いてるけど、どうかなと思って」

しほ「ちょっと…あたしは…でも、なんで?」

乙川「上地さん、天久さんと仲いいでしょ。上地さん、来てくれたら、
天久さん喜んでくれるんじゃないかなと思って」

しほ「えー…」

乙川、ベッドの方をちらっと見て、しほを手招きしてこそこそ話をする。
みち、聞き耳を立てる(聞こえてないが)。

乙川「ちょっと言いづらいことなんだけど、天久さん、退院してから
あんまりクラスのみんなとうまくやれてなくて。上地さん、来てくれたら
いいかなって」

しほ「やー…でも、あたしなんか行ったって」

乙川「ちょっと考えてもらえる?天久さん、雰囲気変わっちゃってさ、
丸山君もなんか元気なくてさ」

丸山、上手から来る。

丸山「あ、委員長じゃん」

乙川「丸山君」

丸山「何してるの?」

乙川「あたし、上地さんと相談があって」

しほ「丸山君はどうしたの?」

丸山「俺?俺、天久をアルティメットに誘いに」

丸山、ベッドに近づく。

しほ・乙川「だ(め)ー!」

しほ、乙川、丸山を制する。

丸山「何?!」

しほ、乙川、丸山をベッドから引き離す。

しほ「(同時に)天久さんじゃないから!」

乙川「(同時に)風邪、うつっちゃう!」

丸山「え?天久じゃないの?」

しほ「ちがうちがうちがう!」

乙川「高熱出してる人が寝てるみたいなの!」

丸山「マジで?コロナじゃないの?やばくない?」

乙川、2個目のマスクを取り出し、丸山に渡す。

乙川「はい、丸山君」

丸山「なんだよ、準備いいな」

丸山、マスクをつける。

乙川「万が一ってことあるから」

しほ「丸山君も乙川さんも、保健室いないほうが…」

丸山「え?天久は?いないの?」

しほ「今日、来てない」

丸山「そっか…上地…さん」

しほ「はい」

丸山「今度、天久来たら、言っといてもらえる?」

しほ「なに…」

丸山「あいつ、はっきり言って避けてんだよ、俺のこと」

しほ「そんなこと…」

丸山「いや、わかるよ。あいつ昔から、わかりやすいっていうか、すぐ
態度にでるやつだから。あいつ退院してから、すっかり変わっちゃって、
アルティメットに興味無くしてるし、俺のこと避けるし…」

しほ「…」

みち「…」

丸山「でも、そんなことは割とどうでもいいんだ。俺が気になって
いるのは…気になっているのは、あいつ、笑わなくなったんだよ。
あんなにいっつも笑ってたあいつが…。俺、あいつに笑って欲しくて。
でも、俺にできることって言ったらアルティメットぐらいしかないからさ」

しほ「丸山君…」

丸山「だから、天久に言って欲しいんだ。無理にアルティメット
やらなくていいって。俺ももうあんま誘わないからさ。気が向いたら、
またやろうぜって」

しほ「わかった。必ず伝える」

上手から各務が来る。

各務「あれ、どうしたの?みんな」

丸山「あ、先生」

各務「何してるの?」

丸山「や、天久に話があって来たんだけど、いなくて」

各務「今日、来てないんだ。(ベッドのカーテンが閉まっていることに
気づき)あれ?」

しほ「あ、違います。みちじゃないです」

各務「え?誰?」

各務、カーテンを開けようとする。

しほ・乙川・丸山「だ(め)―っ!!」

各務「何?!」

乙川「すっごい高熱なんですって、中のひと」

丸山「さっきまでウンウン唸ってたらしいよ。ぜってぇ、コロナだよ!」

しほ「先生、マスク持ってる?」

しほ、各務の机までマスクを取りに行く。

乙川「あたしマスク持ってますよ」

乙川、3個目を取り出し、各務に渡す。

各務「準備いいんだね」

乙川「万が一ってことありますから」

丸山「さすが」

なんてやってる間にしほ、各務の机を漁り、こっそり体温計を自分の
ポケットにばれないように隠す(観客にはわかるようにしてください)。

各務、マスクをつけ、カーテンを開けようとする。
しほ、それに気づき、

しほ「先生!そこ、ゴキ!」(もちろん嘘)

各務「えっ?!」

各務、足元をきょろきょろする。
丸山、極度にびびる。

丸山「ええっ!!」

丸山、乙川の後ろに隠れる。

乙川「ちょっと、何」

丸山「だってゴキが」

乙川「ゴキぐらいで何」

乙川も足元をきょろきょろして、いきなり丸山の足元に何かを見つけ、
踏みつける。
丸山、尋常じゃなくびびる。

丸山「おう?!おお?!」

乙川「あ、ちがった」

丸山「おい!」

しほ「先生、体温計、どこだっけ?」

各務「あ、そっか。熱測んないと。机にない?」

しほ「見つからなくて」

各務「あれぇ?」

各務、カーテンを開けずに机に向かい、机で体温計を探す。当然見つから
ない。
丸山と乙川はゴキを探す。

丸山「マジ、ゴキどこ行ったんだよ」

しほ、丸山の足元を指さし

しほ「そこ」

丸山「(過剰にびびり)うおお!?」

乙川「いないよー」

丸山「上地!」

しほ「おかしいなぁ」

各務「てか、君たち(乙川、丸山)ここにいない方いいよ」

しほ「そうだよ!教室戻って!」

丸山「こんなゴキいるとこにいられねえよ!行こうぜ、委員長」

乙川「失礼なこと言わないの。上地さん、気をつけてね。これ」

乙川、マスク4個目を取り出してしほに渡す。

乙川「具合悪いあの子に渡してあげて」

しほ「一体、いくつ持ってんの?!」

しほ、マスクを受け取る。

丸山「それじゃあ、さっきの天久に伝えてな」

しほ「わかった」

乙川、丸山、上手から去る。
しほ、ホッと一息。
各務、体温計が見つからず

各務「だめだ、ないわ。確か持ってる先生いたはずだから、ちょっと
借りてくる」

各務、上手から去る。
しほ、座り込む。
具合が悪くなる。
みち、ベッドから降りてくる。しほが具合悪くなっていることに気づく。

みち「上地さん!」

みち、しほのもとへ駆け寄る。

みち「大丈夫?」

しほ「ホッとしたら、気持ち悪くなって」

みち、しほ、眼が合う。
2人、笑いあう。

みち「ありがとう」

しほ「超どきどきした」

みち「薬ある?」

しほ「うん」

しほ、バッグから薬を取り出す。
しほが薬を見つける頃に

みち「…あたし、ちょっと頑張ってみようかな。アルティメット」

しほ「きっと喜ぶよ。丸山君」

みち「あたしのこと、みちって呼んだね」

しほ「そうだった?ごめん、夢中になってて…」

みち「違くて。嬉しかったんだ」

しほ「あたしもしほでいいよ」

みち「わかった」

各務が上手から、体温計持って帰ってくる。

各務「あれ、天久さん?」

みち「先生」

各務「ここで寝てた子は?」

みち「え…ああ…さっきすれ違った子かな?」

各務「え?帰っちゃったの?」

みち「わかんないですけど。それよりしほが具合悪そうなんで、あたし
家まで送りますね」

各務「今度は上地さん?」

各務、しほの様子を見る。
でも、しほの表情はおだやか。
みちも穏やかな表情。

各務「(しほに)薬飲んだ?」

しほ「これからです」

各務「帰れそう?大丈夫?」

しほ「はい」

各務「うん。(みちに)じゃあ、天久さん、お願いできる?」

みち「はい」

しほ、薬を飲む。その後、しほとみち、上手へ去る。
各務、下手へ去る。


3 告白
夕暮れ。
しほとみち、カバンを持って上手から来る。
(しほはマスクを外している)
しほ、少し辛そう。

みち「少し、休もう」

しほ「ごめん」

みち「いいよ。今日、助かったし」

しほとみち、座る。

しほ「…」

みち「…」

しほ「あたし、横になっていい?」

みち「うん。いいよ」

みち、しほを誘導して横にさせる。しほの頭を自分の膝枕に導く。

しほ「みち」

みち「うん?」

しほ「来週の校外学習さ」

みち「ああ、委員長言ってたやつ」

しほ「あたし自信なくて」

みち「気にしなくていいよ」

しほ「だめなんだ。どうしても起きれなくて、朝。自分ではどうにも
できなくて」

みち「いいって」

しほ「それに、教室行くのにまだ抵抗が…」

みち「わかってるから」

しほ「あたしいないと本当にぼっちになっちゃう?」

みち「なったとしても慣れてるし、それにあたしにはしほがいる。
教室にはいなくてもさ」

しほ「(泣けてくる)ごめんね」

みち「(笑って)泣くなー」

しほ、泣きながら笑う。

しほ「あたし、この世界が大嫌い。1度つまづいちゃうだけで、なかなか
やり直せない。自分じゃどうしようもないことだってあるのに」

みち「…わかるよ、しほ」

しほ「わかってくれる?」

みち「うん…でも、あたし、もう1つわかることがある」

みち「もう1つ?何それ?」

みち「世界が変わったって、そんなに大した差はないってこと」

しほ「…え?」

みち「他の世界だって、そんなに変わらないんだよ、しほ」

しほ「どういうこと?」

みち「…」

しほ、体を起こして

しほ「どういうこと?」

みち「しほ。これからあたしの言うこと、信じてくれる?」

しほ「信じるよ」

みち「本当に?」

しほ「本当に」

みち「…」

みち、立ち上がる。

みち「あたし…何と言うか、天久みちじゃないの」

しほ「…え?」

みち「正確に言うと、この世界の天久みちじゃないんだ。んー…何て
言ったらいいんだろうな。や、私も天久みちなんだけど、今、しほのいる
この世界の天久みちじゃないんだ」

しほ「ちょっと…言ってることが…」

みち「こっちの世界の天久みちは、今年の8月に落雷にあった。そして
同日同時刻、私のいた世界で、私も補講からの帰り、校庭を横切っている
時に落雷にあった」

みち、右手の包帯を見つめる。

みち「私も意識不明の重体となって入院した。こっちの世界の天久みちと
同じ。意識を無くしている間、私は夢を見ていた。そこで、その夢の中で、
こっちの世界の天久みちと会った」

しほ、舞台前方に来る。
舞台の前方で合わせ鏡のような行動をするみちとしほ。
(しほはこっちの世界のみちとしての役割を果たす)
みちが舞台の真ん中に近づく。
併せてしほも舞台の真ん中に近づく。
以下のアクションはすべてみちとしほ、合わせ鏡で同時に行う。
みちが顔を近づける。
しほも顔を近づける。
みちが右手を上げる。
しほが左手を上げる。
みちが右手で自分の右頬に触る。
しほが左手で自分の左頬に触る。
みちが左手を上げる。
しほが右手を上げる。
みち、左手で敬礼。
しほ、右手で敬礼。
しばらくみちとしほの合わせ鏡アクションを続けてください。
しばらくして…

みち・しほ「あなた、誰?」

みち・しほ「私、天久みち」

みち・しほ「ええ?!」

しほ「あなた…」

みち「天久みち、あなたは…」

しほ「天久みち」

みち・しほ「え、えーっ?!」

みち「これが、こっちの世界の天久みちとの出会い。入院中、意識を
失っている間、ずーっと私は、こっちの世界の天久みちと会っていた」

みちとしほ、2人並んで正面を向く。

みち「2人で話しているうちに、だんだんとわかってきたことがあった。
どういう理屈かはわからないけれど、同日同時刻、100万分の1の確率で
落雷にあった私ともう一人の天久みちの世界は、こうして夢でつながって
しまったこと。そして、2人の住む世界は微妙に違いがあるってこと」

しほ「例えば?」

みち「まず決定的に違ったのは、2人の性格。運動大好き、
アルティメット大好き、丸山君や乙川さんやみんなから慕われている
こっちの世界の天久みち。ところが私は、運動はさっぱり、
人とかかわるのが苦手。いっつも一人ぼっちだった」

しほ「そっちの世界に私はいないの?」

みち「わからない。少なくとも私は会っていない。だから、私、
こっちの世界でこんなに話せる人ができて本当に嬉しくて」

しほ「あたしだって嬉しかったよ」

みち、にっこりと笑ってうなづく。

みち「それから、こっちの世界のみちはパパがいなくてママと2人暮らし。
でも私はママがいなくてパパと2人暮らし。どっちも同じ理由で、片親が
もう亡くなっている。その他、細かな違いがいろいろあったけど、でも
はっきりと同じところがあった。それは…」

しほ「それは?」

しほとみち、向かいあう。

みち「私も、彼女も、自分の親に不満があった」

しほ「みちの家庭のことってあまり知らなかった」

みち「どっちも親から再婚の話が出てきていた。新しい父親、新しい母親。
あたしもみちもお互いそのことに抵抗感があって。だから」

しほとみち、向かいあいながらゆっくりとぐるぐる回りだす。

しほ「自然と」

みち「どちらともなく」

しほ「提案された」

みち「お互いの世界を」

みち・しほ「入れ替えてみようって」

この時点で、みちとしほのポジションが変わっているようにする。

しほ、ベンチに戻る。

みち「こっちの世界に来てから、学校生活は大変だった。でもそれは
ある程度予測できてた。なんたってこっちの世界のみちとは、
キャラが真逆なんだもん。ただ、最初は大変だったけど、あたしには
しほがいてくれたし…何より、あたし、どうしてもママに会いたかった
から」

しほ「そっか。良かったね、会えて」

みち「それがねー」

しほ「あれ?良くなかったの?」

みち「うーん…良かったし…良くなかった…」

しほ「どういうこと?」

みち「あたしのいた世界では、もう何年もママとは会っていなかったから、
こっちの世界で会えたママは、何と言うか…ママではあるんだけど、
年齢(とし)もとってたし、ちょっと別の、ひとりの女の人って感じが
強くて。最初に会えた時は本当に嬉しかったんだけど、小言とか普通に
言われたり、母親が今つき合っている人の話をされると…なんかね…
なんでこの人からそんな話されるんだろうって、変な感じがして…」

しほ「そっか…そうなんだ…」

みち「あっちの世界に行ったみちも、どうも思っていたのと違うって
感じたみたい。だからね、しほ」

しほ「うん?」

みち「どんな世界でも、良かったり良くなかったりするのは同じで…
あんまり変わりないよ」

しほ「ふーん…」

みち「信じてくれる?」

しほ「正直、信じられないって思いもあるけど。でも、みちが言うこと
なら受け止めるよ」

みち「誰にも言わないでよ、こんなこと、あたしが言ってるなんて、
ただでさえ浮いてるのに…」

しほ「大丈夫だよ」

みち「あー…話せてよかった。なんか楽になった」

しほ「あたし、あんまりこっちの世界のみちのこと知らないんだけど、
そんなに違うんだ」

みち「今でも、夢でこっちの世界のみちと会うことがある。確かに
違うんだけど、ただ、お互い根っこの部分はあんまり変わんないよう
にも思えるんだよね」

しほ「不思議」

みち「ただね。夢で逢うこっちの世界のみちの姿が、だんだんと薄く
なってきててさ」

しほ「それって…」

みち「いつか、夢でもお互いの姿が見えなくなって、そのまま世界が
定着しちゃう気がしてる。あたしもこっちの世界のみちも、このままで
いいのか、戻るのか決めなきゃならない時が来ると思う」

しほ「みち、帰っちゃうの?」

みち「…やだな。あたし、しほのいる世界にいたい」


4 変化
しほ、舞台下手前方に歩いてくる。
しほにスポット。

しほ「翌週の校外学習に、結局私は行けなかった。やっぱり、
どうしても朝、起きられなくて。でも、みちは乙川さんや丸山君と同じ
班で行動し、なんとかうまくやれたみたい」

上記のセリフの間に舞台上手前方にスポット。そこにみち、乙川、丸山が
校外学習の資料を持って現れる。
(※みちは①右手上腕部に包帯をしているのみ。②左手指につきゆびの
ネットははずれている。)
みちと乙川、丸山が学習内容について協力して校外学習を廻っている。

しほ「それからのみちは、自分から丸山君と一緒にアルティメットに行く
ようになった」

乙川、みちと丸山の校外学習の資料を持って、上手に去る。
しほと丸山がアルティメットでフリスビーのパス連を始める。

しほ「へたくそで大変って、みちはよくLINEでぼやいていた。でも…
その頃から…少しづつ、みちは変わっていった」

(舞台前方で登校風景の再現)
下手からみちが来る。カバンを持ち、登校時の様子。

しほ「ある日のこと」

丸山が下手から来る。

丸山「おう!天久!」

みち「丸山君…」

丸山、上手へ去る。
丸山、上手へはけた後、すぐにダッシュで下手へ戻る。

しほ「それが1週間も経つ頃には」

丸山「おう!天久!」

みち「おはよう」

丸山「(返事が返ってきたことに驚いて)お、おう…」

丸山、先に上手へ去る。
丸山、上手へはけた後、すぐにダッシュで下手へ戻る。

しほ「そしてひと月も経つ頃には」

丸山が下手から来る。

丸山「おう!天久!」

みち「おう!」

丸山「(驚いて)おう?!」

丸山とみち、上手へ去る。
今度はみちが、ダッシュで下手へ去る。

しほ「ある時、保健室の窓越しで、アルティメットに行こうとしている
みちに会った時には」

みち、下手から来る。
保健室の窓越しのしほとみち。
みちはディスクを持っている。

しほ「みち!」

みち「しほ」

しほ「これからアルティメット?」

みち「(恥ずかしそうに)…うん」

しほ「突き指、もう大丈夫なの?」

みち「うん」

しほ「ねえ。プラネタリウムで特別番組、始まるみたいなんだ。
今度行こうよ」

みち「いいね!」

しほ「なんかね、『星巡りの歌』をテーマにしたプログラムみたいで、
歌の順番どおりの星巡りがプラネタリウムで再現される…」

みち「あ、ごめん、みち。向こうで丸山君と待ち合わせてるんだ」

しほ「あ…」

みち「ホントごめんね。それ、始まったら行こうね。連絡ちょうだい」

しほ「うん、あ、ちょっと待って」

みち「どした?」

しほ「みち、包帯がはずれそう」

みち「え?」

しほ、みちの包帯を取る。

みち「つけてあげるから、ちょっと保健室来てよ」

みち「あ、でも丸山君、先に来てるかもしれないし」

しほ「ちょっとぐらい大丈夫だよ」

みち「待たせたら悪いから。それ、しほ、持ってて」

しほ「…わかった」

みち「ありがとう。じゃあね」

みち、上手へ去る。

しほ「そっか…そういうことか…。私はみちの気持ちに気づいて
しまった」

しほ、スマホを取りだし

しほ「プラネタリウムの特別番組が始まった頃、みちにLINEを送ってみた」

しほ、LINEでみちにメッセージを送る。

しほ「(メッセージ文を入力しながら)『みち、星巡りの歌の
プラネタリウムに行かない?』」

上手から各務がチラシを持って来る。

各務「もうお昼食べた?」

しほ「はい」

各務「ね、みて。(チラシを見せて)丘の上に展望台できたみたいよ」

しほ「お、ついに!」

各務「天久さん、誘って行ってみなよ。喜ぶんじゃない?」

しほ「でも、最近、みち忙しいから」

各務「確かに、アルティメットにも積極的に参加するようになってきたね」

しほ「変わりましたよね」

各務「変わったというか、元に戻ったね」

しほ「あー…そうか。そうですよね。元に戻ったんですよね」

各務「プレイは全然戻ってないけど、楽しそうにアルティメットしている
らしくて。本当に良かったよ。丸山君も嬉しそうだし」

しほ「うん…良かった…」

しほ、スマホを見る。
みちからのLINEの返信を見て、少し残念な表情。

しほ「みち、結構、アルティメットの練習で忙しいって」

各務「あー、大会近いって丸山君も言ってたわ」

しほ「みちをプラネタリウムに誘ったんですけど、ふられちゃった。
土日も練習入ってるみたいで」

各務「そっか…」

しほ「…」

各務、しほを見つめる。

各務「じゃ、やっぱり展望台のほう誘ってみたら?」

しほ「展望台…」

各務「アルティメットの練習が終わった後。今くらいの季節ならもう暗いし、
展望台から星、見えるんじゃない?」

しほ「まあ、多少は」

各務「あたしの立場で寄り道進めるのはあんまりよろしくないけど、
展望台ならそんなにとがめられることもないでしょ」

下手から丸山が来る。丸山、ディスクを持っている。
各務、丸山に気づき

各務「丸山君!」

各務、窓越しに話しかける。

丸山「先生」

各務「昼休みも練習?」

丸山「天久がさ」

各務「天久さん?」

丸山「すっげぇ頑張ってんだよ。俺も応えなくっちゃってさ」

各務「そうか。授業遅れるんじゃないよ」

丸山「押忍」

丸山、小走りで上手へ去る。
しほ、丸山が走り去るのを見届けてから

しほ「先生」

各務「うん?」

しほ「みち、展望台に誘ってみる」

各務「(サムアップして)いいね!」

しほ、舞台前方下手へ。
(各務は上手へ去る。)

しほ「私はある計画を想いついた。みちのために、みちがこの世界に
いたいと思えるように、私はこの計画を実行することに決めた」

しほ、スマホを取りだし

しほ「その夜、早速私はネットで天体望遠鏡をポチっとして、その後
すぐにみちにLINEした」

しほ、LINEメッセージを入力しながら

しほ「『みち、裏の丘に展望台ができたんだって。あたし天体望遠鏡
買ったから、放課後アルティメット終わったら行こうよ』」

みち、舞台前方上手へ現れる。
みち、LINEメッセージを入力しながら

みち「『天体望遠鏡買ったの?すごい!展望台できたの、あたしも
知ってた。アルティメットの後なら行ける。行きたい。』」

しほ「『届いたらまた連絡する』」

みち「『(お好みのスタンプメッセージで返してください)』」

みち、上手へ去る。

しほ「次は丸山君だ」

下手から丸山が来る。

しほ「あの…丸山君!」

丸山「お?上地」

しほ「えっと…ちょっと今話せる?」

丸山「おお…まあ、いいよ」

しほ、話しかけといてドキドキしている。

しほ「あの…えっと…なんだっけ」

丸山「なんだよ」

しほ「展望台できたの。裏の丘に。知ってる?」

丸山「や、今知った」

しほ「あたし、天体望遠鏡買ってね、行くの、展望台。行く?」

丸山「えっ?!」

しほ「あ、ごめん、違う、えーと、あたしだけじゃないの。みちも
一緒なの」

丸山「そっか」

しほ「そうなの。みちも一緒だから、丸山君もどうかなって」

丸山「や、俺、星とか興味ないんだけど」

しほ「あ、そう」

丸山「悪ぃ」

しほ「…星が好きな子は喜ぶんだけどな」

丸山「(聞き取れなくて)え?何?」

しほ「きれいなんだよ。星。(星が)好きな子は喜ぶよ。きっと」

丸山「…そう?」

しほ「そうだよ。だからあたし、天体望遠鏡買ったんだもん」

丸山「そんな喜ぶもんなの?」

しほ「喜ぶよ!」

丸山「ふーん」

しほ「アルティメット終わってから行かない?」

丸山「じゃあ、まあ、わかった」

しほ「本当に?望遠鏡届いたらまた声かけるね」

しほと丸山、LINEを登録しあう。

しほ「こうして、私は丸山君と約束することができた。翌々日には、
天体望遠鏡も届き、早速みちに連絡した」

しほ、舞台下手前方へ行く。
しほ、LINEのメッセージを入力する。

しほ「『天体望遠鏡届いたよ』」

みち、舞台上手前方に現れる。
みち、LINEのメッセージを入力する。

みち「『お!やったね!』」

しほ「『今週金曜、アルティメットの練習の後で展望台へ来れる?』」

みち「『わかった』」

しほ「『望遠鏡の準備があるから先に行ってるね。私、そこで待ってる
から』」

みち、上手へ去る。

しほ「その後、丸山君にもLINEを送った。丸山君もOKしてくれた。
これで、私が理由をつけていなくなれば、みちは丸山君と2人きりに
なれるはず。そして金曜日がやってきた」


5 展望台にて
照明、青を基調に夜の雰囲気になる。
しほ、舞台後方の台にあがり、天体望遠鏡の準備をする(本物じゃなく
てもよいです)。
しほ、天体望遠鏡をのぞいていると、上手からみちが、カバンを持って
来る。

みち「しほ!」

しほ「みち!こっちこっち!」

みち「ちょっと!どういうことなの?!」

みち、舞台後方の台へ駆け上がる。

しほ「何?どういうことって」

みち「だって…さっき丸山君と話してたら、丸山君も今日展望台に
呼ばれてるって」

しほ「そうだよ」

みち「そうだよって…今日、あたしだけじゃなかったの?!」

しほ「あれ?言ってなかったっけ?」

みち「聞いてない」

しほ「まあ、いいじゃない。丸山君来たって。別に嫌じゃないでしょ」

みち「そりゃ嫌じゃないけどさ」

しほ「ならいいじゃん。丸山君いたら楽しいでしょ」

みち「あたし…プライベートで丸山君と会ったことないんだよ!今、
汗くさいし…」

しほ「いつもどおりにしてればいいよ」

みち「なんで?なんで呼んだの」

しほ「(天体望遠鏡を覗きながら)ぺガスス座、今くらいの季節だと
まだ低いね」

みち「え?見えた?見せて」

しほ「どぞ」

しほ、みちに望遠鏡を譲る。

しほ「見える?四辺形」

みち「おお…シエアトにマルカブ…アルゲニブ…アルフェラッツ…
こんなに近くに四辺形を感じるなんて!感動!」

しほ「すごいよね!」

みち「すごーい!」

しほ「丸山君にもさ、星に興味持ってほしくって。そしたらみちは
もっと、丸山君と仲良くなれるでしょ」

みち、望遠鏡を覗くのを止め、しほを見る。

しほ「みち、最近アルティメット、すごく頑張ってるし、忙しくなって、
前みたいには会えなくなっちゃったけど、でも、こっちの世界にみちが
いてくれると、それだけで、あたし…なんか嬉しくて。みちが丸山君と
もっと仲良くなれば、こっちの世界にいてくれるようになるかな、なんて」

みち「…」

しほ「あたし、みちにこっちの世界にいてほしいから」

みち、天体望遠鏡を覗く。

みち「星座って、あっちの世界とこっちの世界で違うのかな」

しほ「…どうだろう。考えたことなかった」

みち「あっちの世界であたし、しほと同じ星を見てたのかな」

しほ「だとしたら、なんかいいね」

みち、しほ、笑いあう。

みち「…別に丸山君のこと…違うし」

しほ「どうだか」

みち「…ありがとう」

しばらく、みちが天体望遠鏡を覗いていると、上手から丸山が来る。
丸山、カバンを持ってくる。

しほ「あ、丸山君だ。(みちに)ほら、来たよ」

みち、ちらっと丸山を見るが、照れ隠しですぐに望遠鏡を覗く。

しほ「丸山君!」

丸山「おう!それが天体望遠鏡?」

しほ「そう!早くおいでよ!」

丸山「天久!どう?よく見える?」

みち「うん!今、ぺガスス座見てたとこ!」

丸山「ぺガ『ス』ス?ペガ『サ』スじゃねえの?」

みち「星座だとペガススってよく言うんだよ。まあ、どっちでも
いいんだけど」

丸山「何だよ、詳しいな!」

みち、望遠鏡を覗くのを止めて、丸山を見つめる。

みち「うん!好きなんだ!」

丸山「天久が星好きだなんて知らなかったよ!」

みち「一緒に見ようよ!」

丸山「でも、ちょっと待って」

丸山、上手へ駆けて行こうとする。が、すぐに立ち止まる。

丸山「あ、来た」

みちとしほ、上手を見る。
乙川が上手から来る。手には、カバンとフライングディスクを
持っている。

乙川「やっと、見つけたよー」

丸山「わりぃ!」

しほ・みち「…」

乙川「なんでこんな暗い中で投げるかなー、本当にもう」

丸山「ほら、行こう」

乙川「(手をふって)天久さん!上地さん!」

丸山、乙川を連れて舞台後方の台へ上がる。

丸山「天久、ちょっと見して」

みち「うん…」

みち、丸山に譲る。
丸山、天体望遠鏡を覗く。

丸山「なんかよくわかんねぇな。ちょっと解説してよ」

みち「あ…えっと…」

みち、丸山の隣でとまどいながら解説する。

乙川「上地さん、すごいねー。天体望遠鏡なんて」

しほ「そう?」

乙川「丸山君に誘ってもらって、あたしお邪魔かなって思ったけど、
でも、ちょっと天体望遠鏡って見てみたくて、来てしまった」

しほ「そう…」

乙川「なんかまだ、虫いるね。持ってきといてよかった」

乙川、虫よけスプレーを取り出し、周囲に噴霧する。
しほ、みちを見る。

みち「どう、わかった?ペガススが逆さになっている姿」

丸山「や、ちっともわかんね。委員長、代わる?」

乙川「え、(しほに)じゃ、ちょっといい?」

しほ「どうぞ」

乙川、天体望遠鏡を覗く。

乙川「すごーい、近い!すごいすごい!」

丸山、わざとレンズの前に手を出し

丸山「ほら、ペガサスの上にアンドロメダが」

乙川「ちょ、じゃま!見えない!」

丸山と乙川、笑いあう。
しほとみち、見つめ合う。

丸山「上地」

しほ「ん?」

丸山「お前の言ったとおりだな。こんなに喜んでもらえるんだ」

しほ「(みちを気にしながら)あたし、そんなこと言ったっけ?」

丸山「言ったじゃん。喜ぶよって」

しほ「乙川さんが?」

丸山「や、委員長って言うか…」

しほ「って言うか何?」

丸山「だから…好きなひとが…」

しほ「は?」

丸山「バカ、言わせんなよ」

乙川、しほを見つめ

乙川「ねえ、上地さん、これ、ちょっと他の星座も見ていい?」

しほ「(乙川に答えず、みちに)あたし、そんなこと言ってないよ!」

丸山「え?だって言ったじゃん」

しほ「や、言ってないと思うんだけど」

丸山「ほら、俺が星に興味ないって言ってさ、そしたら、好きな人に
見せたら喜ぶよって」

しほ「違うよ!それは、星が好きな人だったら喜ぶよって言ったの!」

丸山「違うの?!」

しほ「あたし、ずっと星の話してたじゃん!別に丸山君の好きな人に
見せるなんて話はして…え?!」

乙川「え…?」

みち「…」

丸山「おい…何言って…」

乙川、丸山を見つめる。
丸山、乙川と目が合うが、照れて視線をそらしてしまう。
しほ、みちを見つめる。
みち、うつむいている。

乙川「…またあ、丸山君、へんなこと言って」

丸山「や、乙川。俺、へんなこと言ってない」

乙川「からかってもう」

丸山「俺はからかってないし、へんなことは言ってないよ、乙川」

乙川、丸山に虫よけスプレーを噴霧する。
みち、台を降りて下手へ走り去る。

しほ「みち!」

しほ、みちを追いかける。

丸山「なんで、天久がどっか行っちゃうの?!」

乙川「上地さん、望遠鏡!」

しほ「乙川さん、それお願いしていい?!」

しほも下手へ走り去る。

乙川「えー…お願いって何をお願いされたの?」

丸山「とにかく俺たちも行こう」

乙川、天体望遠鏡を片付け始める。
間髪入れず、下手からみちが早歩きで来る。
追いかけてしほも来て、早歩きでみちの後を追う。
(以下のしほとみちのやりとりの間に、乙川、天体望遠鏡を片付けて、
丸山と一緒に下手へ去る。)

しほ「待って!」

みち、止まらない。

しほ「ねえ、待って!」

みち、止まらない。急に方向転換する。

しほ「みち!」

みち「なに」

しほ「ちょっと待ってったら!」

みち、止まらない。
しほの足が止まる。

しほ「ねえ、ごめん!」

みち、立ち止まる。

みち「…なんで謝るの」

しほ「あたし、そんなつもりなかったんだよ」

みち「どんなつもりだったの」

しほ「あたし、みちと丸山君がもっと仲良くなってほしくて」

みち、しほの方に向き直る。

しほ「…こんなことになるなんて、あたし」

みち「いいんだよ、しほ。あたしがちょっと勘違いしてただけだから」

しほ「ちが(う)」

みち、歩き出しながら
(しほも再び、後を追う)

みち「(前のセリフにかぶせて)あたし、本当はそんなキャラじゃない
のに。あっちの世界だったら、それはわかっていたのに。なんか、
こっちの世界のみんながあたしを受け入れてくれて、あたし変われたって
勘違いしちゃった」

しほ「そんなこと言わないで!勘違いなんて言わないでよ!変に自分を
下げること…」

しほ、具合が悪くなり、歩けなくなってしゃがみこむ。
みち、気づかず歩くが、しほの言葉が途切れたことから振り返り、
しほの具合が悪くなっていたことに気づく。

みち「しほ…」

みち、しほに駆け寄り背中をさする。

みち「薬ある?」

しほ、カバンから薬を出す。

みち「飲み物は?水ある?」

しほ、うなづき、カバンの中のペットボトルで薬を飲む。
みち、去ろうとする。
そのみちの手を、しほがつかむ。

しほ「みち…」

みち、しほの手をゆっくり払って上手へ去る。

しほ「みち…」

しほ、とぼとぼと舞台前方に来る。
しほ、LINEにメッセージを送る。

しほ「『みち、週末会えませんか?会って話がしたいです』」

その後、しほ、TELする。

しほ「…みち、電話でて…」

しほ、あきらめてTELをきる。

しほ「…結局みちは連絡をくれなかった。長い長い週末。私は後悔して
泣いて、眠れなくて、少し眠れても、みちの夢を見て泣いて、
目を覚まして、そんなことを繰り返して月曜日を迎えた」

照明明るくなる。


6 別れ
上手から各務が来る。
各務、しほの隣にきて、しほの顔をまじまじと見つめる。

各務「どうした?」

しほ「先生…」

各務「顔色悪いよ」

しほ「そうですか?」

各務「何?また親とケンカした?」

しほ「いえ…」

各務「そう。ならいいんだけど」

しほ「…」

各務、自分の席に座り、しばらく事務をする。

各務「そういえば、金曜どうだった?天久さんと展望台行ったん
でしょ?」

しほ、泣き出す。
各務、しほが泣いていることに気づく。

各務「ちょっと何?どうした?」

各務、しほに駆け寄る。

しほ「先生…あたし…」

各務「天久さんと何かあったの?」

しほ「…」

各務、しほを座らせる。
各務、しほの隣に座り、肩を抱いたりしてなぐさめる。
上手よりみちが来る。

各務「天久さん」

しほ、みちを見つめる。

みち「先生、具合悪いんで少し休ませてもらっていいですか?」

各務、みちに近づきながら

各務「いいけど…熱っぽいの?」

みち「そういうのじゃなくて、ちょっと休ませてもらえれば」

各務「確かに天久さんも顔色悪いね。ベッドで横になる?」

みち「はい」

みち、ベッドのところへ行く。パントマイムでカーテンを引き、横になる。

各務「(しほに)2人ともひどい顔して…どうしちゃったの」

しほ「先生、あの」

各務「ん?」

しほ「みちのそばにいていいですか?」

各務「(何かを察し)…いいよ」

各務、自分の席で自分の仕事を始める。
しほ、カーテンを開け、みちの傍らに座る。
(以後、しほとみちの会話は、各務の存在を意識して、叫んだりは
しないでください。)

しほ「みち…」

みち「今ね…すっごく眠い」

しほ「寝ていいよ、ここで」

みち「まだダメ。まだ…寝ちゃダメなんだ。あの日ね…金曜の夜…、
夢でこっちの世界のみちが出てきて…もうだいぶ、姿がかすんで、
そろそろこうやって夢で逢えるのも終わりそうだねって」

しほ「…」

みち「こっちの世界のみちは、こっちの世界に戻りたいって。
みちは…あたしはどう思うって訊かれた」

しほ「…なんて答えたの?」

みち「…わかったって」

しほ「…」

みち「あの日の夜は、そう思っちゃったんだ。ただ、こっちの世界の
みちと話して、お互いの世界に戻るのは次にしようってことになって。
あたしにしほがいるように、こっちの世界のみちもあっちの世界で
お別れを言っておきたい人ができたみたい」

しほ「みち、行っちゃうの?」

みち「この土日、あたし、アルティメットにも行かずにママと過ごしてた。
ママともこれで最後かと思ったしね。しほからの連絡に気づいてはいた
けど、しほには会いたいような、でも、会いたくないような、自分でも
よくわからなくて…もっと言うと、あたしの本心は、あっちの世界に
戻りたいのか、戻りたくないのか、わからなくなっちゃって…
いつ、また、こっちの世界のみちと夢で逢うのかわからないから…
次に夢でみちと逢ったら、あたし、もう二度としほと会えなくなるかと
思うと、眠るのが怖くて、週末あまり寝てなくてさ。でも、昨日ふと
寝落ちした瞬間の夢に、しほが現れたんだよね」

しほ「あたしが…?」

みち「夢の中で、この保健室でおしゃべりした」

しほ「うん」

みち「楽しかった…」

しほ「うん」

みち「ごめんね、星巡りの歌のプラネタリウム行けなくて」

しほ「そんなこと言わないで、行こうよ」

みち「…行きたかったな」

しほ「行こう」

みち「(歌わないで)赤い目玉のさそり」

しほ「(歌わないで)広げた鷲の翼」

みち「(歌わないで)あをい目玉の小犬」

しほ「(歌わないで)ひかりのへびのとぐろ。本当にお別れなの?みち」

みち「(歌わないで)…オリオンは高くうたい、つゆとしもとをおとす
…あ、みちだ。みちがもうそこまで(来てる)」

しほ「みち…」

みち「やだな、しほとお別れしたくない」

しほ「行かないで、みち」

みち「あたし、あっちの世界でまたひとりぼっちになっちゃうのかな。
こわいよ、しほ」

しほ「行かないでよ」

みち「あたしがいたこと、忘れないでね」

しほ「忘れるわけない」

しほ、みちが使っていた包帯を取り出し、みちに握らせる。2人の手から
垂れ下がる包帯の端。

みち「しほ、夢で逢おうね、あたし…」

みち、眠ってしまう。

しほ「みち…」

昼のチャイムが鳴る。
各務、仕事の手を止めて、ベッドのところへ行き、マイムでカーテンを
めくり、2人の様子を覗く。

各務「天久さん、寝ちゃった?」

しほ「…はい」

各務「さ、お昼にしよう。あたし、ちょっと売店行ってくるね」

各務、上手へ去る。

しほ「みち…」

みち、眠っている。
音楽『星巡りの歌』(オフボーカル又はインストゥルメンタルなど歌が
無いもの)が流れ始める。

しほ「…あの日、あの日ね、あの展望台の帰り、みちに言いたかった
のは、こっちに来た時のみちも、変わっていったみちも、あたしはどっちも
大好きだってこと。どんなみちでも大好きだって、あたし、それを伝えた
かった。あっちの世界に戻っても、あたしみたいな人がきっといる。
だから大丈夫、ひとりじゃないよ。みちは、ひとりじゃない。
でも、もし不安になったら、あっちの世界のこの保健室にきて。あたしが
そこにいるから。今ならきっと、あたしがそこにいるから。大丈夫だよ。
大丈夫…」

5秒の間、しほが涙をぬぐったりしてるうちに、みちが目覚めて、
ゆっくりと起きる。

しほ「みち…」

みち「…しほ、さん」

しほ「はい…」

みち「お、おはよう」

しほ「おはよう」

みち「みちから聞いてたよ。しほさんのこと」

しほ「あ…」

みち「はじめましてって言うのも変なんだけど、あたし、こっちの
世界のみちです」

上手から、丸山と乙川が来る。
乙川は天体望遠鏡を持っている。

丸山「上地さんいる?」

しほ「はい」

しほ、(マイムで)カーテンを開ける。
丸山と乙川、カーテンのところまで行く。
乙川、しほに天体望遠鏡を返す。

乙川「これ、返すね」

しほ「ごめんね」

乙川、笑顔を返す。

みち「あー、丸山だあ」

丸山「なんだよ」

みち「すごい久しぶりな気がして」

丸山「金曜に会ってるじゃねえか。てか、お前、何だよ、あの日急に
帰ったりして」

みち「え?そうなの?」

丸山「覚えてねえの?」

乙川「ねえ、上地さん。よかったらみんなと教室でお昼食べない?」

しほ「あたし…?」

丸山「(みちに)お前もどうよ。飯、食える?」

みち「うん。多分」

丸山「じゃ、行こう。話しておきたいこともあるしさ」

みち「え?何かあったの?」

丸山「いいから、後で話す」

各務、パンを持って上手から戻ってくる。

各務「お、ここで集合なんて久しぶりだね」

乙川「先生、上地さんと天久さんと、一緒に教室でお昼食べていい
ですか?」

各務「天久さん、もういいの?」

みち「はい」

各務「じゃあ、どうぞ。上地さんもいってらっしゃいよ」

しほ「あたしは…」

みち「行こうよ、しほ」

しほ「え…」

みち「なんて」

しほ「…うん。行く」

丸山「さ、早く食って、練習行くぞ」

みち、ベッドから起き出す。
丸山、みち、乙川、しほ、上手へ去る。
各務、にっこりうなづき、パンを食べ始める。
暗転


 
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