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ロスト・コスモノート
作 小阿瀬
 



 登場人物
 本編「ロスト・コスモノート」
 鏡……高校三年。
 絵筆……高校三年。天文部員。
 らこ……高校三年。天文部員。
 部長……高校三年。天文部部長。
 まどか……高校三年。天文部員。
 電話先輩……引きこもり。らこの兄。
 加部……麻薬取締官。
 医者……絵筆の主治医。
 目羅……高校教師。故人。

 幕間劇「蓋をあける」
 京子……大学生。
 エリカ……京子の友人。
 男……京子と知り合った男。


  劇は千葉県の郊外の地方都市にある、とある高校を舞台に展開する。時は1997年の6月末。



第一幕
 第一場 一九八九年一月七日
 第二場 一九九九年六月二四日
 第三場 天文部
 第四場 篠崎絵筆
 第五場 十日前、六月十四日
 幕間劇 蓋を開ける
第二幕
 第六場 ホットケーキ=パンケーキ
 第七場 →エレベーター
 第八場 ←ロケット
 第九場 発射のあと
 第十場 失われた宇宙飛行士 
カーテンコール

第一幕
【第一場 一九八九年一月七日】
         客入れの音楽が流れている。開演時間が近づくと少しずつ別の音声がフェー
         ドインしてゆく。昭和天皇崩御の報が流れ、平成改元の報、天安門事件、ベル
         リンの壁崩壊、湾岸戦争、ソ連崩壊、大声で話す女子高生、ポケベルの呼出
         音、テレクラの通話音、ディスコの騒音、阪神淡路大震災のニュース、地下鉄サ
         リン事件の警察無線、庵野秀明のインタビュー、ノストラダムス現象の特集など
         が順に少しずつ流れ始め、最後に時報が流れ出す。すると他の音声はフェード
         アウト。)
         いつのまにか、舞台の中心に医者が座っている。
時報『午前 六時 三十二分 三十秒を お知らせします……午前 六時 三十二分 四十秒を お知らせします……午前 六時 三十二分 五十秒を お知らせします……午前 六時 三十三分 ちょうどを お知らせします』
         ピッ、ピッ という時報の音が少しずつ心電図の音に変わっていく。しばらくした
         らピーッと鳴り、止まる。
医者「……起きたんだね。耳は聞こえる?眼は見えるかな。あぁ……こっちだよ。こっち。聞こえはするみたいだね。じゃあ、始めようか」

医者「さて…私の質問の答えがイエスなら瞬き一回、ノーなら二回……いいかな。……自分の名前はわかる?生まれてから何年?瞼の裏から誰かに見られていると感じたことは?アレシボ・メッセージを最後に受信したのはいつ?倫理原則を作動させた検索エンジンは理想社会の存在する他宇宙をもう見つけた?……平気そうだね。カーテン、開けようか。この街の月は大きいんだよ……月が大きい街には落とし物が集まるんだ。夜道で財布を落としてもすぐに見つかるでしょう?」
         医者、カーテンを開ける。
医者「どう、綺麗でしょ……結果を報告するね。……松果体が活性化しすぎてる。3.8ルクスの光量照射はさすがに過剰だったね。ホルモン分泌も均衡が崩れてるし、メラトニンの濃度をもう5%増やしても意味がない。これ以上の投薬はむしろ危険。薬は使い続けると効果がなくなるんだから。髪についてはごめんね。でも……そればっかりは仕方ないの。染めるのはおすすめしないな……貴女の場合、アレルギー反応が出ちゃうと思うよ。……やっぱり眼も悪くなって来てるね」
         医者、ため息をついて正面を見据える。
医者「結論から言うと、私たちは貴女を治せなかった。今の時点ではね。それに、貴女の保護自体よく思っていない人間も大勢いる。これから包帯も、薬も、どんどん増えていく。だけど許して欲しい。約束するよ、その代わり。あと十年、十年で絶対に、貴女をなんとかしてみせる……」
         医者が去る。絵筆と鏡が入ってくる。

【第二場 一九九九年六月二十四日】
絵筆「私の住んでいた街には何でもあったけど、何かがあるかと言えば何にもなくて、深夜になると空いっぱいの雲が暗くて濃い黄色に染まっていた。私はそれを月明かりだと思っていたけれど、あれは東京のビルの光が反射しているのだ……と、いつか、誰かに聞いた」
鏡「街には巨大なダムがあって、その底ではオットセイが一匹飼われているらしいと、いつか、誰かに聞いた。ただの噂と思うかもしれないけど、確かに時々、そんな鳴き声が聞こえる気がする。少し前、そのダムで目羅という教師の死体が見つかった」

◯教室
         鏡、机に突っ伏して寝ている。絵筆が鏡に近づき、呼びかける。
絵筆「鏡くん」
         鏡、まだ寝ている。
絵筆「鏡くん」
         鏡、起きる。まだぼんやりしている。
絵筆「……ピアノ弾けるよね」
鏡「え……?あぁ、うん」
         鏡、よく知らないクラスメイトである絵筆に話しかけられたことに困惑している。 絵
         筆、机に電子ピアノを置き、鏡に楽譜を渡す。
絵筆「これ、弾いて欲しい。手本が聴きたくて」
鏡「え?」
         絵筆、黙って楽譜に目をやる。
鏡「いいけど……篠崎だよね。そこの席の」
         絵筆、うなずく。
鏡「だよね……で、えっと、この曲?」
絵筆「不安で」
鏡「何が?」
絵筆「弾いたんだけど、最近目が良くないから。楽譜ちゃんと追えてるか、わからない」
鏡「へぇ……あ、俺も、最近記憶力悪くて」
         絵筆、目を伏せる。
鏡「あっ、どうでもいいよね」
         間。鏡、気まずさを誤魔化すように絵筆に渡された曲を電子ピアノを弾きはじ
         める。
絵筆「この曲、知ってる?」
鏡「いや……でもわりと好き。なんて曲?」
絵筆「私も……私も好き。名前は知らない。曲だけ、人から教わった」
鏡「へぇ……」
絵筆「だから上手く弾いて、聴いて欲しいの」
鏡「あっ、へぇ」
         間。鏡、沈黙に耐えかねて喋りかけようとするが、絵筆は電子ピアノを持っては
         けてしまう。
鏡「変なやつだな、篠崎絵筆……」
         鏡、出ていこうとする。部長、掃除用具のロッカーから勢いよく飛び出してくる。
部長「篠崎絵筆がどうしたぁ!」
鏡「うわぁ!」
部長&鏡「な、な……」
部長&鏡「なんで!」
鏡「なにが!?」
部長「なんであいつとあんなに会話できてるんだ」
鏡「なんでロッカーから出てきたんだよ」
部長「部長の俺ですらほとんど距離を詰められてないのに……」
鏡「ねぇ、なんでロッカーから出てきたんだ?」
部長「お前、部員でもないのに……」
鏡「なんでロッカーから──」
部長「すごいぞ……すごい!お前絵筆と同じクラス?だよな!?だから会話できるのか?いやいや……知り合いか……」
鏡「ロッカー……」
部長「なぁ、ほんとに。どういう知り合いなんだ?」
鏡「三年間同じクラスではあるけど、あんまり喋ったことは無い、と思う」
部長「思う?」
鏡「最近忘れっぽくて。色んなことあいまいで」
部長「なんだそりゃ」
鏡「さっき何してたっけ、みたいな」
部長「(大して聞かずに)なぁ、ちょっと今から暇か?」
鏡「まぁ」
部長「じゃあ来てくれ」
鏡「どこに?」
部長「俺の部だ、天文部だ」
鏡「いや……なんで?」
部長「俺は今日、あのロッカーの中からずっとこの教室を見ていた。誰か二言以上絵筆と会話をする人間がいないか、いたらそいつを天文部に引っ張ってこようと。で、残念ながらそれは……お前だけだった」
鏡「何してんだよ……ていうか俺、星の観察とかしたことないけど」
部長「俺たちもしないぞ」
鏡「天文部なのに?」
部長「しない」
鏡「じゃあ、何を」
部長「我が天文部は一九六九年七月十六日に数名の有志によりゲリラ的に発足して以来、ただ一つの目的の為だけに活動している。ロケット開発だ!!三十年間、代々ロケットを開発し続けている。それで遂に来週打ち上げる……予定だったんだが」
鏡「?」
部長「どうにも進捗がな。ラストスパートかけるには追加スタッフが必要だ」
鏡「はぁ」
部長「さぁ来てくれ!人が要るんだ!!」
         部長が鏡の手を引いて出ようとしたところへ医者が入ってくる。
医者「あ」
部長「あ?」
医者「(鏡を指差して)鈴原鏡」
部長「お前の名前か?」
鏡「うん」
医者「探してたんだよね、君」
部長「何部だ?こいつはやらんぞ、天文部のもんだ」
医者「鏡くんに聞きたいことがあってさ。……目羅のこと、知ってる?」
鏡「目羅先生の……?何日か前に、ダムで死体になって見つかって……詳しいことは不明……ですよね。ていうか、あの……」
医者「不明、どうだろうね?あ、ねぇ……頭出して」
         困惑する鏡。
医者「ほら、良いから」
         鏡、部長に視線をやるも知らんという表情。鏡、頭を出す。医者が髪をやや勢
         いよく抜く。
鏡「痛っっ!!!何すか!?」
医者「ごめんごめん……あ、もういいよ」
         医者、座って今度は部長に向き直る。
医者「この子、天文部入るの?」
部長「あぁ、今日からな。もうどこの部にもやらんぞ?絵筆と仲良い、そんだけで天文部にとっちゃ逸材だ」
医者「仲良いんだ」
鏡「いや別に──」
部長「仲良いだろ!あいつがあんなに人と喋ってるの初めて見たぞ!」
鏡「だから、仲良くは……」
医者「絵筆ちゃんのことよろしくね?」
鏡「?」
医者「あたし、絵筆ちゃんの主治医。あの子と仲良くしてあげて。……ほら、仲良くしに行って!ほら!部活行って!ほいほいほい!」
部長「ほいほいほいほいほい!」
         医者、舞台上から鏡を押し出す。部長も医者のノリに合わせながらはけてい
         く。医者、鏡の髪を検査薬のようなもので調べている。加部が入ってくる。
加部「ここにいたんですか。やめてください、勝手にウロウロするのは──」
医者「あ!いなくならないでって言ったじゃん〜」
加部「勝手に消えたのはそっちでしょう。……で?」
医者「陽性だね」
         加部、満足そうな顔。
加部「回収します」
医者「どーぞ。あと、言われた通り伝えたよ。」
         と言いながら医者、先ほど鏡から抜いた髪を袋に入れて渡す。
加部「どうも。やはり、目羅さんが死ぬ現場にいた可能性が高いですね、彼」
医者「絵筆ちゃんも?」
加部「彼女も。頂いた検査結果、確かに陽性でした」
医者「二人、仲良く」
加部「目羅さんの遺体から検出された薬物と同じです。認可も降りていないどころか、私たちのデータベースにもない、あの薬物……」
医者「そりゃ不思議」
加部「にも関わらず、局の誰もこの件を扱おうとしない!こういう時の麻取が──」
医者「麻薬取締部だって役所だし?前例がないと困るんじゃない?」
加部「くだらない」
医者「だからって単独で捜査を?怒られるよー」
加部「今回は特例です。こんな妙なケース……」
医者「特例は前例になり、前例は慣例になるものだよ」
加部「……遺体から出てきた世界のどこにも存在しない薬物。同じ薬物の反応が出た人間が、その死に全くの無関係とは考えにくい。近しい関係ならなおさら」
医者「でも、証拠は無いんでしょう?」
加部「ありません。だからこそです。状況は彼を限りなくクロだと言っている。にも関わらず、直接事件への関与を示す手がかりを辿ろうとすると糸がぷっつり切れてしまう……そんなの、逆に不自然だと思いませんか」
医者「“怪しいはずの鈴原鏡が事件に関わっている可能性”が全て排除されている。それは明らかに“誰かが意図的に排除した“と考えるのが自然……って?」
加部「ええ」
医者「なんの為に?」
加部「下手な偽装工作、あるいは事件全体に疑念をもたせるためのフック、でしょうか」
医者「……後者かな。じゃあ、そもそも鏡くんと絵筆ちゃんを疑ったのは?」
加部「確かなルートからの情報です。十分信頼に足り、説得力もある」
医者「ねえ、そのルートってさぁ……」
加部「Need to knowの原則をお忘れですか?」
医者「……ま、良いよ。自由にやんなよ、手伝ってあげるからさ」
加部「……あの、貴女も全く無関係ではないですからね」
医者「へ?」
加部「篠崎さんの主治医なら、本来投薬しているのも貴女のはずでしょう?」
医者「えっ、ちょっと知らないって。知りませーん。こんな薬、知りませーん」
加部「……まぁ、いいです。貴女のことは散々洗ったので」
医者「でも目羅とは無関係だった」
加部「えぇ。ですからこうして協力していただいている……虫はつけてくれたんですか?」
         医者、盗聴器をかざす。部長と鏡の声が聞こえてくる。
加部「共犯者と一緒にいれば、いずれボロも出します。……彼にはきちんと?」
医者「伝えましたよー。「絵筆ちゃんと一緒にいて」って。ま、私はどうでも良いんだけど……」
加部「やっぱり目羅さんのことご存じですよね」
医者「え?」
加部「確かなルートからの情報で」
医者「嘘。散々洗ったんでしょ?」
加部「……えぇ、タダの勘です。どうしてもそんな気がして」
医者「あは、頑固だね。……まぁいいか、うん、そうそう。目羅は知ってるよ」
加部「彼とはどういう──」
医者「あいつ逃げたんだよ」
加部「?あの……」
医者「……あと何日で七月?」
加部「……?六日です。二十四日ですから」
医者「時間がないなぁ」
         飛行機の音。
医者「……楽になりやがって、さ」

【第三場 天文部】
○廊下
鏡「あの人、誰?」
部長「さぁ。俺が知るか」
鏡「いきなり篠崎がどうだとか。そもそも俺、篠崎とは三年間クラスが同じってだけで、別に親しいってわけじゃないし」
部長「じゃあ何であんなに絵筆は話しかけてくるんだ」
鏡「知らない」
部長「接点は?」
鏡「だから、ずっと同じクラスだってだけ……いや、あれ?」
部長「あるのか」
鏡「あー……あったような気も」
部長「ほらあったんじゃないか。そりゃそうだ。あの絵筆が何にもない相手とあんな話すわけがない」
鏡「篠崎ってそんなに話さないの?」
部長「あぁ。だからお前が欲しいんだよ!天文部に来い!篠崎絵筆の専門家として!」
鏡「だから、別に仲良いわけじゃないし……俺、宇宙とか興味ないし……天文部入っても──」
部長「じゃあなにか?お前は忙しいのか?ほかにやることでもあるのか?部活入ってるか?」
鏡「いや……別に」
部長「将来の為になにかやってるとか?」
鏡「そんなものないけど。大体もう六月だし。どうせ来月で人類は滅亡するんだよ。ノストラダムスがそう予言したってテレビでも学校でもそう話してる。もう何やったって無駄──」
部長「お……!!」
鏡「なんだよ、嬉しそうに」
部長「お前、信じてるのか」
鏡「何を」
部長「ノストラダムスの大予言に決まってるだろ!!」
鏡「まぁ……滅んでくれりゃ将来の事なんて考えずに済むし。そしたらありがたい」
部長「おおおおお!!!!初めてだ!お前!ノストラダムスの大予言を信じている人間が俺以外にもいるとは!嬉しい!嬉しいぞ……!!やはりお前を誘って良かった!大正解だ!その通り!巷の人間はどうせ嘘だと馬鹿にしている奴も多いがそう!一九九七年七月に人類は滅亡する!恐怖の大王が降臨するのだ!」
鏡「なぁ」
部長「なんだぁ」
鏡「ノストラダムスはわかるよ。預言者だろ。恐怖の大王ってのは何なの……人?なのか?」
部長「諸説あるな。とにかくそいつのせいで人類が滅亡の危機に晒されていることは間違いない。人類の敵だ。俺はな、鏡。それを止めようと考えているんだ」
鏡「……どうやって?」
部長「平和的交渉さ。ロケットはあるメッセージが発信できるようになっている。地球の周りに奴が現れれば……十中八九そのメッセージを受け取れるようになっている!俺が考えに考え抜いたメッセージだよ。これを受け取れば恐怖の大王だってトコトッと家に帰るさ」
鏡「内容は?」
部長「人類に言ってもわからんよ。お前、数学得意か?」
鏡「いや全く」
部長「ならダメだ。というわけで、天文部に来てくれ!お前がやらないと俺がやることになるが……それは難しいしな」
鏡「何でだよ」
部長「忙しいんだ。それに俺は絵筆とコミュニケーションがうまく取れん」
鏡「どうやって部活やってきたんだ」
部長「なんだかんだな」
鏡「情けない部長だなぁ、もう辞めろよ」
部長「辞めるか!内申に響く。それに、ついでにピアノも教えてやりゃあ良いじゃねぇか。さっきみたいによ。初めてじゃないんだろ?」
鏡「いや、別にいつも教えてるわけじゃないって」
部長「そう聞いたが」
鏡「俺じゃないよ。その話誰から?」
部長「らこっていううちの部員だ。……最近の話じゃないのか?らことはなんだ?同じクラスか?」
鏡「らこと篠崎とは一年の時から同じ」
部長「ほぅ。あぁ……合点が言ったぞ」
鏡「何が?」
部長「お前、天文部の風紀を乱してるぞ!責任取れ!責任取れ!責任取って入部しろ!」
鏡「なんだよそれ……っていうか放せよ鬱陶しい!!」
部長「じゃあ来るな?天文部」
鏡「わかったって……」
部長「じゃあ、行くか!」
鏡「部室?」
部長「いや、うちのロケットの発射場だ」
         教室から出てエレベーターへ。
〇エレベーター
部長「掴まっとけ。動くぞ」
部長「酔ったか」
鏡「少し……」
部長「慣れないときついな」
鏡「これ……どれぐらいで着くんだ」
部長「……」
鏡「あの…ちょっと早くないか、スピード」
部長「……」
鏡「これ、上に向かってるのか?それとも下?右?左……?前、後ろ……?」
部長「……」
鏡「発射場って……どこにあるんだよ」
部長「ダムの底だ」
鏡「……マジで?」
部長「(笑う)……着いたぞ」
         重く甲高い機械音。軋むような音に混ざって蒸気の噴出するような音、エレ
         ベーターの到着音。ホイッスルがいくつか同時に鳴り、ガシャンという重低音。
部長「じゃ。電話先輩によろしく」
         と言って鏡にメモを渡し、背中を押しながらはける。発射場に照明付く。
〇発射場
鏡「電話……?」
         鏡、辺りを色々見まわすが、誰もいない。突然電話が鳴り始め、鏡思わずそち
         らを見る。電話鳴り続け、恐る恐る電話をとる。
鏡『あの……もしもし?』
電話先輩『……地球で二番目に賢いのは?』
鏡『えー……あっ、(メモを見て)……イルカ?』
電話先輩『失われた宇宙飛行士は何人?』
鏡『一人増える』
電話先輩『誰だ、お前。なんでここに来た』
鏡『鈴原鏡……だけど。ここには……ここの部長が来いって』
電話先輩『なぜ』
鏡『スタッフが足りないから、天文部入れって』
電話先輩『ほー。担当は?』
鏡『えっと……篠崎絵筆と話す役……?』
電話先輩『なんだそりゃ。仲良いのか?あいつに構うなんて目羅くらいだろ』
鏡『目羅って……死んだ目羅?』
電話先輩『他に誰が。ずいぶん気にかけてたようだが……他に話す相手もいなかったみたいだし。妙なやつだからな。知ってるかもわからんが。変だろ?あいつ』
鏡『まぁ……』
電話先輩『変だよ。たとえばあいつ……ここ九年間この街から出たことがない』
鏡『え?』
電話先輩『あいつが家を出てちょっと小旅行にでも行こうものなら交通規制がかかり、市役所からは健康被害防止のための外出禁止が喚起され、周辺の小中学校には不審者の目撃情報が寄せられ、警察官がうろつき始めて篠崎を見るなり家に帰れと申し付ける』
鏡『なんで……』
電話先輩『さぁ。でもとにかくあいつの遠出は極端に制限されている。というかおそらく……この町から出られないんだ』
鏡「いや、そうじゃなくて。何で電話先輩……はそんなこと知ってるんです」
電話先輩『趣味だな。俺は自分の部屋から出ない。で、ここで色んな情報に接続したり、遮断したりしてる……まぁそんな事別にいいんだ。また何かあったらかけてくれ。暇だからなぁ。番号は090‐3123‐0251だ』
鏡『3123?』
電話先輩『0251。じゃ、妹によろしく』
鏡『妹?』
         電話が切れる。らこ、まどか登場。
まどか「あれ……誰?」
らこ「なんでいるのよ。今更入部?よりによって天文部に……」
まどか「知り合い?」
らこ「一応三年間同じクラス。篠崎もそうだけど……で、何?」
鏡「らこって天文部だったんだ」
まどか「あら、呼び捨て」
らこ「だからなに」
         部長、発射場に入ってくる。
部長「電話先輩、なんだって?」
らこ「ちょっと部長、なんで鏡がいるの」
部長「あら、呼び捨て」
らこ「ってか、電話先輩って……」
まどか「お兄さんだよね。らこちゃんの」
鏡「あ、妹」
らこ「一家の恥よ……あんなの」
鏡「よろしくって言われたよ」
らこ「もう二度と話さなくて良いから」
部長「何か言ってたか?他に」
鏡「えー……あ、死んだ目羅先生ってさ、篠崎と仲良かったの?」
まどか「ここにもたまに来てたね」
らこ「また目羅の話……ここ最近ずっとそれ。今日も学校来るとき新聞に話しかけられた」
部長「ま、まだ真相がわからんのだから仕方ないな。しかしもっと取り扱うべきニュースがあるだろう!人類滅亡、世界の終わりが迫っているんだぞ!連日特集を組んでも良いくらいだ!」
らこ「それ、うちの親までちょっと信じてるんだけど。「まぁありえないと思うけど……」とか言って。そりゃありえないでしょ」
部長「お前まだ信じていないのか!どうしてうちにいるのかわからんな!」
鏡「信じてないの?」
らこ「あんたまで信じてんの?……その話が出ると“ふいんき”暗くなるし、ほんと嫌だ」
鏡「“ふんいき”ね」
らこ「揚げ足取らないでよ!」
まどか「揚げ足……ねぇ、揚げ足って何?」
鏡「揚げ……フライドチキンの事じゃない?」
まどか「揚げ足を始めて取られた人は、フライドチキンを食べてたんだね」
らこ「フライドチキンねぇ……クリスマスの時しか食べないな」
まどか「ね。ねぇ、なんでクリスマスって 「X(エックス)」マスって書くの?「X」って何?」
らこ「キリスト、クリスト、クロスト、クロス、つまり×(クロス)。X(エックス)はキリストの×(バツ)。」
鏡「キリストの罰?」
らこ「罰じゃなくて×(バツ)」
         らこ、手をクロスさせる。
部長「Xってのは、変数Xだ」
まどか「キリストって、どんな人かわかんないな。超有名だけど」
鏡「変数Xってもわかんないな。俺、数学苦手だし」
らこ「キリストは神様の子供で、なんでもありの人。5つのパンを5000個に増やしたり、水をワインに変えたりする人」
部長「変数Xはアルファベットの小文字で、なんでもありの記号だ。5を代入したって良いし、5000にしても良い。XではなくYを用いることもあるが」
まどか「つまり、Xがいれば5が5000になったり、突然Yが現れたりするってわけだよね。Xって不思議だね。それがクリスマスなんだね」
部長「代数X。X,mathmatics。大抵の不思議な事は数学で説明できる」
らこ「部長って、オカルト大好きなんじゃないの?」
部長「もちろん好きだ。だが俺は別にファンタジーやメルヘンでオカルトをやってるんじゃなくて、科学でオカルトを考えているんだ。ケネス・アーノルド事件もクーパー家も、心霊写真もスターファイターXも、ノストラダムスの大予言も!この世の不思議は全て数学で説明できるはずだ」
らこ「『恐怖の大王、人類滅亡、世界の終わり』も数学で説明できるの?」
部長「できる。そう言ったろ?俺は膨大な統計と試算の果てに、予言は真実!恐怖の大王は降臨し人類は滅亡の危機に晒され、世界の終わりは実際に来たり得るという結論に至ったのだから」
らこ「じゃ、説明してよ」
部長「そんな時間はない。俺たちはさっさとロケットを完成させ、恐怖の大王に人類滅亡から手を引け!!!と告げなければならない」
鏡「どうやって?日本語じゃないよな」
部長「こういう時は幾何学模様を使うのが宇宙の常識だ。俺はロケットにその為の図式をいれ、飛ばすつもりでいる」
鏡「そのロケットって……」
部長「ふ……よくぞ聞いた!!茂原第三高校天文部誕生以来、三十年間続いた先人たちの苦節の到達点にして最高峰!安全面の欠陥から凍結されたダッシャー、ダンサー、計画段階で中止したプランサー、ヴィクセン、コメット、試験飛行で発射場を爆破したキューピッド、ドンダー。設計ミスがたたって航行距離が足りなかったブリッツェン……そして全長3・5m、重量385t、これぞ一部再使用型有人宇宙船。ルドルフ四号だ!」
         部長、ロケットをみせる。
鏡「これ……ほんとに飛ぶのか?」
部長「飛ぶ!!!……そう信じることが、発射の第一歩だ」
らこ「飛ぶのかねぇ……?」
部長「飛ぶに決まってるだろ!」
らこ「なんか信用できない」
鏡「すごいな……」
         まどかが鏡の写真を撮る。
鏡「!」
まどか「超驚いた顔、してたから」
鏡「でも……すごいよ。ほんとに高校生が造ったものとは思えない」
部長「な、手伝ってくれよ。発射予定日まであと約一週間……少々人手が足りない」
鏡「俺……別に何もできないけど」
部長「お前にはパイロット……要は絵筆との通信を行ってもらいたい。ロケットの発射と帰還の時、空にいる絵筆と地上で色々連絡を取る役目を頼みたいんだ。なるべく心を開いてる相手の方が良いんだよ。宇宙の仕事は信頼関係が資本だからな」
鏡「篠崎……パイロットなんだ。意外」
らこ「あいつがやりたいって言ったの」
鏡「マジで?」
部長「あんなに自己主張をしたのはそれが最初で最後だった。天文部に来たとき、初っ端から──」
まどか「入部届に『ロケットに乗りたい』って」
部長「正直な話、俺たちはただただロケットを組み立てただけで、完成した時に誰が乗るか、なんて話は今まで一度もしたことがなかった。有人で設計されてるのは代々そうやってきたからってだけであって……メッセージさえ送れれば良いわけだからな。遠隔でやっても構わんし、パイロットが操縦しても構わない。だから絵筆がパイロットとして乗りたいって言うなら拒否する理由はどこにも無かった」
鏡「へぇ……」
部長「そうだらこ、あれ買ってきてくれたか?」
らこ「まだ。今から行く」
部長「!?まだ買ってないのか!怠慢だぞ……あと一週間しかないというのに」
らこ「こんな直前に買い出しが必要な事がそもそもおかしいでしょ!」
         部長、声にならない声を出す。
らこ「はぁ……じゃあまぁ、行ってくる」
まどか「気を付けてね」
らこ「ん」
         らこ、はける。
部長「そんじゃあ……む。パイロットがいないな」
まどか「絵筆ちゃん、教室にいたよ」
部長「篠崎絵筆担当!……そう、お前だ鏡、連れてきてくれ」
鏡「まぁ……良いけど」
部長「行けぇ!!!」
         鏡、はける。まどかと部長もその後出る。

【第四場 篠崎絵筆】
〇教室
         教室で絵筆がピアノを弾いている。
絵筆「あ……」
鏡「また弾いてるんだ。何の曲なの?それ」
絵筆「……知らない?」
鏡「知らない……あ、さっき篠崎の主治医って人が来てたよ」
絵筆「!なにしに」
鏡「さぁ」
絵筆「そっか」
鏡「うん。あ……ごめんこれ、別に答えたくなかったら良いんだけど」
絵筆「なに?」
鏡「篠崎って……病気なの?」
絵筆「病気……」
鏡「違うの?」
絵筆「でも、薬は飲んでる」
         絵筆、薬の入った注射器を二つ取り出して見せる。
絵筆「なんの薬か、知りたい?」
鏡「いや、別に……」
絵筆「これは、見えるようになる薬」
鏡「何が?」
絵筆「眼が」
鏡「眼が……」
絵筆「夢が。……こっちの薬は視力回復……多少は視界がはっきりする。こっちは睡眠導入剤……夢が良く見れる……欲しい?」
鏡「えっ」
絵筆「薬、鏡くんも欲しい?」
鏡「……なんで俺にくれようとするの?」
絵筆「え」
         絵筆、少し気まずそうになる。
絵筆「欲しそうに見えた………から、だけど。欲しくなかった?……けど、どっちが良い?眼が良く見えるのと、夢が良く見れるの」
鏡「俺は──」
         らこ、教室に。
らこ「鏡」
鏡「あれ、買い出し行ったんじゃ……」
らこ「今から。それより部長が呼んでた。発射場行ったら?」
鏡「部長に言われてこっち来たんだけど……そういえば、篠崎のことも呼んでた」
絵筆「……わかった」
         鏡、去りかける。
らこ「あ、待って」
鏡「?」
らこ「目羅の件……どう思う?」
鏡「あぁ……。俺も授業受けたことあるし、死んだって聞いてびっくりしたけど。でもあんまり実感はない、正直」
らこ「そう。そうだよね。うん。じゃあ……行ったら」
鏡「うん」
         鏡、教室からはける。
らこ「篠崎」
         絵筆、無視。
らこ「篠崎、聞いてんの」
絵筆「……なに?」
らこ「篠崎ってさ……目羅とどんな関係だったの」
絵筆「別に何も……」
らこ「無いわけないでしょ。だって、無けりゃ──」
絵筆「帰る」
らこ「……発射場、行かないの?」
絵筆「「今日は病院に来なさい」って。先生が」
らこ「篠崎の作業分、また私がやらないといけないんだけど」
絵筆「部長も『パイロットの体調が最優先だ!』って」
らこ「だからって……多すぎるでしょ。病院なら元々わかってるんだから、早めに終わらせるとか、色々やりようがあるんじゃないかって思うだけ」
絵筆「いつもわかるわけじゃない。「今から来てくれ、時間は動かせない」って先生が言う事も」
らこ「なんだかよく喋るね。私たちにはいつも一言二言しか喋らないのに……っていうか、急ぎのくせにピアノなんか弾く余裕はあるんだ」
         絵筆、少し動揺する。
らこ「いや、答えなくてもいい。私わかってんだから、篠崎がなんでピアノなんか弾いてるか……」
絵筆「『ピアノを弾くのは心に良い』って、前に本でも──」
らこ「だってその曲あれでしょ、あいつが──」
絵筆「さっき、鏡くんも「良い曲だね」って」
らこ「ねぇ……いい加減それ止めたら。先生が言った、部長が言った、本で読んだって……さっきからずっと……なんで自分の言葉で話せないの?」
         絵筆、何も言わない。
らこ「そういうとすぐ黙る。結局のところ、あんたには自分が無いんでしょ。身体なんかより、そっちの方がよほど重篤じゃない。医者がいないと身体もまともじゃない、部長や鏡がいないと自分の意志も外に出せない、1人じゃ何にも出来ないで、よく平気でいられる……」
絵筆「……一人で」
らこ「なに」
絵筆「一人で生きられるなんて、偉いことでもなんでもないから」
らこ「……なんでよ」
絵筆「そんなのは……支えてくれる人がいない自分への言い訳でしかないから」
らこ「は……」
絵筆「誰も頼れなくて、誰も信用できないから、仕方なく一人で生きてるだけだから。偉くもなんともない、幸せになれない。かわいそう。通院しないとダメでかわいそう、皆と遊べなくてかわいそう、皆私にそういうけど、本当にそう言われるべきなのは、貴女みたいな人」
らこ「なんの根拠があってそんなこと、私は──」
絵筆「かわいそう」
         らこ、ひるむ。
絵筆「言ってもらいたいんでしょ」
らこ「篠崎──」
         カメラのシャッター音。教室の入り口にまどか。
まどか「驚かせた?ごめん。二人がそんなに喋ってるなんて、珍しいなって」
らこ「まどか、何しに……」
まどか「らこちゃん、早く買い出し行かないとでしょ」
らこ「あ……」
まどか「部長にまた説教されるよ」
         まどかに電話がかかってくる。
まどか「あ、部長。あぁ(らこを見ながら)……まだいますよ。え、あぁ……じゃあ」
         まどか、らこに電話を渡す。
部長『おい!!まだお前そんなとこいんのか!!』
らこ『……ごめん』
部長『え……あ、おう……あ、いやそんな、急がないで良いぞ。あ、明日でも良いぞ』
らこ『そう?』
部長『おう……なんなら今日は戻ってきたらどうだ』
らこ『わかった』
         らこ、電話を切り、まどかに渡す。
まどか「部長、なんて?」
らこ「発射場戻ってこいって」
まどか「そう。じゃ、三人で戻ろうか」
らこ「……篠崎は病院なんじゃないの」
         医者、突然教室に入ってくる。
医者「絵筆ちゃーん!今日は病院お休みで良いよ!!!!」
らこ「……誰ですか?」
医者「絵筆ちゃんの主治医……てか、君も誰?」
らこ「あ……すいません。村上です。村上櫻子。篠崎さんとは同じ天文部で」
医者「えー!?絵筆ちゃんの友達―!?へー!!」
らこ「友達っていうか……」
まどか「友達です。私も」
医者「あ〜良いね、青春だね〜。まぁ、絵筆ちゃんとは仲良くしてあげてよ、ほんとにね。高校生活あとちょっとなんだからさ?」
         医者、はけて前へ。聞き耳を立てている。あとから加部がやってきて傍に。
らこ「まだ六月なんだけど」
まどか「三年生の六月だからねぇ。夏が来たらそっからは早いよ?」
らこ「部長は夏が来ないかもとか言ってるけど……「恐怖の大王の降臨を阻止できなければ夏は来ない!夏への扉を開けるのは我々だ!」って」
まどか「じゃ、ロケットの準備急がないと」
らこ「まどか……部長の言うこと信じてるの?」
まどか「うーん。どっちでも同じじゃない?でも信じた方が楽しいよね。サンタクロースとかと同じ……というわけで、行こっか」
         まどかだけ先にはける。
らこ「また、あいつに薬打たせようとしたでしょ」
絵筆「聞いてたの」
らこ「あんたはそれで良いと思ってるの?」
絵筆「良い」
らこ「私はそうは思わない」
絵筆「……言うの」
らこ「かもね」
         らこ、絵筆、発射場に戻る。医者、加部が教室へ入ってくる。その後、鏡が入っ
         てくる。
◯教室
鏡「あっ……どうも」
医者「もう、なんでこんなとこにいんの?絵筆ちゃんは?」
鏡「教室でピアノ弾いてますよ。……あの、先生?」
医者「なに?絵筆ちゃんのこと?何か聞きたいの?何でも教えてあげるよ!でも言えないこともあるよ?例えばどこに住んでるとか、どこで生まれたとか、いつから篠崎絵筆なのかとかそれが何番目の名前かとかそれは名前じゃなくて──」
加部「その辺で。……なんですか?」
鏡「篠崎って、目羅先生と仲良かったんですか」
         一瞬の沈黙。
医者「そうじゃない?」
加部「気になりますか?」
鏡「まぁ」
医者「君とは仲良かったんでしょ」
鏡「いや……」
医者「ピアノ、教えてあげたんでしょ」
鏡「え」
医者「私も好きだよ?あの曲」
鏡「あれ、何の曲なんですか?」
医者「……最近、忘れっぽい?」
鏡「あ、はい。そうなんですよ」
医者「ふーん、いつから?」
鏡「それもなんか……どうだっけ。二週間くらい前……とか?」
医者「……お大事に」
加部「十日前のことは覚えてますか?」
鏡「十日前……何曜日ですか?」
加部「木曜日ですね」
鏡「わかんないですね……」
加部「そうですか」
医者「行ったら?呼ばれてるんでしょ?」
鏡「なんで知ってるんですか?」
医者「へへ」
鏡「……まぁ、なんでも良いですけど」
         鏡、はける。絵筆とらこが来る。
医者「あ、時間か。偉いね」
         医者、絵筆に注射とか打ってる。らこ、加部に向かって。
らこ「警察の人ですか?」
加部「いえ、麻薬取締官です」
らこ「目羅先生の件……ですよね。そういう死因なんですか」
加部「そういう?」
らこ「過剰摂取、とか」
加部「お話できません」
らこ「じゃあ、篠崎の薬のことですか」
医者「これ、普通の(薬)だよ?」
加部「たとえそうでなかったとしても、お話できることはありません」
らこ「……そうですか」
加部「気になりますか?」
らこ「いえ」
医者「絵筆ちゃんのピアノって聴いたことある?」
らこ「……ないですけど」
医者「聴かせてあげたら?」
絵筆「いい」
らこ「……らしいんで」
医者「そ」
らこ「聞きたいんですけど……夢を見る薬、って、ありますか?」
加部「……副作用として悪夢を見やすくなる、といったものならありますね」
医者「夢見る薬?なんか楽しそうだね。現実逃避できるのかな?良いね」
らこ「じゃあ──」
医者「あ、でも若いんだから無理に薬とか飲んでちゃダメだよ?最近増えてんだから、患者が来たらすぐ薬出す医者、あれダメだよね?二人はそんなんなっちゃダメだよ最悪加部ちゃんにも迷惑かけちゃうかもだし気を付けてドリキャスとかダンレボやって元気出してベタナミンとか捨ててね!……はぁ。行こっか」
加部「は……あ、はい」
         医者と加部、はける。
絵筆「現実逃避……」
らこ「……ねぇ、このままずっとあいつをこのままにしとくわけ?どうやって?いつまで?」
絵筆「できる」
らこ「出来ないわよ。私、言う。言いにいく」
絵筆「今?」
らこ「そう」
         らこ、早足ではけていく。絵筆は逆からはける。発射場で鏡とまどかと部長がい
         て、適当に話している。そのうち鏡、発射場の隅に置いてある望遠鏡に近づい
         ていく。
鏡「これ……誰の?」
まどか「誰のっていうか……天文部の備品かな?使う?」
部長「自由に触ってもらって構わんぞ!もう天文部の一員なわけだからな!」
         鏡、天体望遠鏡をのぞき込む。
まどか「この時間だと空が黄色く見えるかもね」
部長「どうだ?鏡?」
         鏡、何も言わない。
部長「鏡?」
鏡「赤い……」
部長「あ?」
         らこ、発射場にやや速足で入ってくる。
鏡「らこ……」
         部長、天体望遠鏡のレンズをのぞき込む。
部長「汚れてんな……まどか、その辺に拭くもんないか」
まどか「あるよー」
         まどか、白い布を投げて渡す。部長、布でレンズを拭くと赤い汚れ。
部長「これ……血か?」
         鏡、動揺している。
らこ「鏡、落ち着いて……」
         絵筆がらこの後ろからやってくる。鏡に向かう。
絵筆「じっとしてて」
らこ「篠崎」
絵筆「我慢して」
         絵筆、鏡に注射器を打つ。
         鏡、その場にくずおれる。
部長「鏡!?……絵筆、今……」
医者「用量には注意しようっていつも言ってるじゃん。忘れちゃった?」
         医者と加部、出てくる。
加部「その薬……」
         医者、鏡に近づく。様子を確認し。
医者「またか。「寝た子を起こす」のはそんな嫌?」
加部「篠崎さん……その薬、渡してください」
         絵筆、無視。
加部「篠崎さん」
部長「らこ……大丈夫か?」
らこ「私……」
         加部、絵筆から注射器の入った袋を奪い、水の入ったペットボトルを取り出す。
加部「篠崎さん……鏡くんに何を打ったんです?……それは目羅さんにも、打ちましたか」
篠崎「してない」
加部「……確かめましょうか」
         加部、水の入ったペットボトルに注射器の中身を入れる。色が変わっていく。
加部「……篠崎さん、目羅さんの亡くなった現場にいましたね。鈴原くんも、多分──」
らこ「もういい」
部長「らこ?」
らこ「いずれ話さないといけなかったから」
絵筆「話さなくて良い」
らこ「あんたは黙ってて……十日前、六月十四日」

【第五場 六月十四日から】
         夜照明に変わる。らこと鏡が歩いている。鏡は天体望遠鏡を背負っている。ら
         こは懐中電灯を持っている。
鏡「なんでこんな夜中に……」
らこ「しょうがないでしょ!部長が月の記録つけてこいって言うんだから。そんなの持てないし」
鏡「普通に天文部の人誘ってよ……てか、こういう普通の天文部みたいなことしないんじゃなかったの?」
らこ「発射に必要なんだって」
鏡「これ、結構重いんだけど……」
らこ「誰か来る!」
         らこと鏡、隠れる。
鏡「……なんで隠れたの?」
らこ「なんとなく……」
         鏡とらこ、現れたのが誰か気づく。
らこ「目羅じゃん、数学の。と……」
鏡「絵筆?」
らこ「ほんとだ。……あんた仲良いよね、最近さ。ピアノとか教えてんでしょ」
鏡「好きなんだよね」
らこ「え……」
鏡「好きでさ」
         絵筆と目羅、現れる。らこと鏡、更に息をひそめる。
絵筆「私を逃がすの?皆みたいに……無駄なのに」
目羅「一番わかってるよ。そんなことしない。……(笑って)東京にでも行くか?」
絵筆「これまで、何人埋めたの?」
目羅「さぁ」
絵筆「私も?」
目羅「あぁ」
         刃物を取り出して絵筆に向ける。らこと鏡が声を上げ、目羅と絵筆がそちらに
         気づく。
鏡「何……してるんですか?」
目羅「村上と……鈴原か。どうしたお前ら」
らこ「部長に言われて、月を……」
目羅「月?(望遠鏡に目をやる)たまには天文部らしいことするんだな」
鏡「あの、何を……」
目羅「これか。……説明が少し難しい」
絵筆「鏡くん、帰って」
目羅「見てても良いが……見てて楽しいもんじゃない」
         目羅、刃物を構える。
絵筆「銃じゃないんだ」
目羅「音が出るしな」
         鏡、目羅に一歩近寄る。目羅は一瞥する。らこが引き留める。振り払って望遠
         鏡を構えて目羅に向ける。
鏡「離してください、それ……」
目羅「離さなきゃ殴ってでも止めるか?そうやって使うもんじゃないだろ?それ」
鏡「絵筆と仲良い、じゃなかったのか……?」
目羅「お前もだろ?ピアノ教えてくれてありがとな」
鏡「……どういう関係なんですか?」
目羅「保護者みたいなもんだな、学校での」
らこ「保護者が、なんでそんなもん向けてんの」
目羅「うちはうち、余所は余所……みたいな感じかな」
らこ「意味わかんない」
目羅「だろうな」
         目羅、不意に絵筆に切りつける。髪が落ちる。
鏡「絵筆!」
目羅「約束したことだ。こいつも承知してる」
絵筆「……目羅」
目羅「どうした」
絵筆「前、ピアノ弾いたよね」
目羅「そいつから教わった曲だろ。正直上手くはなかったが……」
絵筆「上手くなるまで、待てない」
目羅「……ダメだな。そんなに甘やかせない。じき六月が終わる」
         目羅、刃物を鏡に向けようとするが、絵筆に向け直して鏡の方を向いてもう一
         度絵筆に向かって振る。
鏡「ちょっと!」
         鏡、焦って思わず持っていた望遠鏡を目羅と絵筆の間に突き出す。目羅はよけ
         る。
鏡「本気なんですか……?」
目羅「こいつのこと、助けるのか」
鏡「そりゃ、だって……」
目羅「(しばらく鏡を見て)お前も、本気か?」
鏡「何が……?」
         しばらく沈黙。
目羅「……なら、それでもいいか」
         目羅、絵筆に向かって本気で切りかかり、鏡は思わず目羅に望遠鏡を思いっき
         り振る。すると目羅は突然腕を降ろして刃物を放り捨て、自分からその殴打を
         受ける。舞台照明が落ち、明かりはらこの持つ懐中電灯だけになる。
鏡「え……」
         目羅、その場に倒れる。血が流れている。
目羅「(独り言のように)逃がしてくれよ……」
鏡「逃がす……?」
目羅「悪い……」
         目羅、目をつぶって何も言わなくなる。
らこ「何なの……篠崎、この人誰?あんたと──」
絵筆「鏡くん」
         絵筆、鏡に近づいて袋から注射器を取り出す。薬や注射器が零れ落ちる。鏡、
         朦朧とし出す。
らこ「何やってるの!?」
絵筆「明日にはわかるから。……今日は帰って。鏡くん……今日は帰って。何もなかった……何もなかったから。(らこに向かって)……鏡くんを、お願い」
         絵筆、去っていく。
らこ「ねぇ、ちゃんと説明してよ……」
         絵筆に呼びかけるも無視されるらこ。諦めて鏡に肩を貸し、その場を去る。
         目羅、苦しそうに起き上がり、少し考えて注射器を拾って自分に打つ。散らばっ
         た薬を集めてしまい、立ちあがって、はけていく。照明戻る。鏡、回想前の姿勢
         に。
らこ「こいつは自分が何をしたか忘れた……最初はそれでも良いと思った」
絵筆「ダメなの」
らこ「ダメに決まってる……」
部長「そもそもなんだが……目羅はなぜ、絵筆を殺そうとしたんだ?」
         沈黙。それを破って、医者が話し出す。
医者「教えてあげよっか。それとも、自分で言う?鏡くんが寝てる間にさ。……ヒント、絵筆ちゃんは“七月になる前に”死ななければいけなかった」
         しばらく間。
部長「……ありえん!!」
らこ「何が」
部長「いや、しかし……」
加部「死ななければ……?あの、なにが──」
医者「絵筆ちゃん、どうする?」
絵筆「私………」
         医者、少し笑う
部長「電話先輩……!」
電話先輩『……!それが過保護の理由か。目羅にあんたに……この街のいくつの施設がそいつ一人のために建てたられたものなんだ?いくつの電波がそいつ一人の監視網に組み込まれてる。いくらの人間がそのことを知ってる』
医者「それを知るべき人の数だけ?」
電話先輩『気に入らん』
医者「君は知らなくてもいい人だよね」
電話先輩『知るか、そんなの』
医者「危うい性格〜」
加部「知っていたんですか?」
医者「何が?」
加部「目羅さんが篠崎さんを殺そうとしていた……なんて。知っていたんでしょう?なにか情報を持っているなら、なぜ私に共有してくれなかったんですか」
医者「Need to knowの原則。情報は知る必要ある者にのみ与え、そうでない者に与えない。君だって私に言ってたでしょ?加部ちゃんは、ここがどんな街かもしらないんだから」
まどか「この街が……」
医者「教師が突然生徒を殺そうとする。異常だよね。変な街だよね」
加部「何故通報しなかったんですか」
絵筆「らこは鏡くんが大事だから。……だから黙っていてくれたから」
医者「部長はどう思う?」
         部長、それには答えず、図面を持ってきて、絵筆に見せる。
部長「絵筆、これ読めるか?」
         絵筆、何か返す。(長い数式とか)
部長「そうか……」
加部「あれは……?」
まどか「図式です。ロケットから発信する予定の……データに起こす前の奴」
         部長、苦しそうに叫ぶ。
部長「……絵筆は!!」
まどか「あ」
らこ「部長が大きく出ようとして苦しんでる……」
医者「大胆な仮説を披露するには勇気が必要だもんね」
部長「絵筆は!」
まどか「頑張って……」
部長「絵筆が恐怖の大王だったんだ!!!」
らこ「はぁ?ちょっとこんな時まで……」
医者「そうだよ」
らこ「そうなの!?」
まどか「そうなんだ……」
らこ「納得早くない……?」
加部「そんな話……」
         全員が絵筆の方を見る。
医者「そう。絵筆ちゃんが予言された『恐怖の大王』。私たちは何とかしようと色んな事を……本当に色々したけどどうにもならなかった。絵筆ちゃんは普通になれなかった。もう六月……七月になったら取り返しがつかない」
         絵筆、うつむきがちで弱弱しい声で。
絵筆「……鏡くんには、言わないで」
         絵筆、強い口調で。
絵筆「鏡くんにだけは言わないで」
部長「既にいたわけか、地球に……」
らこ「そんな突拍子もない……根拠出してよ。……そんな話信用しろって?」
加部「私も……そんな非現実的な。信じられません」
部長「だから……パイロットに」
絵筆「私、絶対乗る。乗って、地球からいなくなる。……墜落しても良い。どっちでも良い」
らこ「世界の終わりなんて来るわけない、あんなロケット、ちゃんと飛ぶかもわからない……あんた死んじゃうかもしれないんだよ」
絵筆「だから、乗るの。そうしないと鏡くんが死んじゃうから」
医者「そ。絵筆ちゃんはもう死なないとダメ。それに、仮にロケットが打ち上がって、地球からずっと遠くに行けたとしても……絵筆ちゃんがそのまま地球から飛び去る保証なんてどこにも無い。理不尽を強いる私たちに復讐する為に帰ってくるかも。そんなリスクは背負えないよね」
加部「……仮にそんな話が事実だったとして……どうすれば良いと言うんです」
医者「加部ちゃん、麻薬取締官でしょ。銃持ってるでしょ。ここで処分しちゃったら?」
加部「えっ……」
医者「人類全体の命と、絵筆ちゃん一人の命じゃん」
加部「意味が──」
医者「じゃあ、こうしよっか。あと五日待ってあげるよ。五日もあれば決められるでしょ」
まどか「決めるって何を………?」
医者「絵筆ちゃんを私に返すか、返さないか。まぁ、後者なら七月には皆死んじゃうわけだけど……絵筆ちゃんも、部活やって、友達できて、楽しかったでしょ。もう現実に帰ってきなよ」
絵筆「……」
医者「もうそれしかないんだから」
         絵筆、何か言いかけるが突然胸を押さえて苦しそうにうずくまる。皆かけよる。
         医者、そんな周りを見て舌打ちをして絵筆に駆け寄り、カバンから注射を取り
         出して打つ。
医者「どうしてカバン、持ってないの」
絵筆「(せき込みながら)ごめ……さい……教室に……」
医者「気を付けなさい」
絵筆「……うん」
         医者、立ちあがる。
医者「じゃ、決めといてね。私帰る」
らこ「待ちなさいよ」
         医者、振り向く。
らこ「篠崎がその、恐怖の大王……だったとして、どうやって人類滅亡なんかさせられるっての。どうやって世界を終わらせるの?そいつは一人じゃ何にも出来ないようなやつなのに」
医者「説明しても納得できないと思うよ」
らこ「じゃあ、篠崎はどうしてそうなったの」
医者「こういうのって理由はないもんだよ。そうなっちゃったとしか言いようがないよね」
らこ「そんな──」
医者「理不尽な人って、いるよね」
         医者が去っていく。加部、逡巡してそれを追いかける。

休憩 15分 幕間劇 蓋をあけて
         舞台に京子が立って、電話をしている。舞台中央に、ポリバケツの蓋が置かれ
         ている。
京子「そう……そう。で、そいつスゴイ変な奴だったの」
エリカ「こないだのチビより?」
京子「あのチビより」
エリカ「あいつほんとおかしかったよね、気持ち悪いですよね、自分チビですしねってずっと……」
京子「ああいうのは気持ち悪がって欲しいんでしょ。ああいうのって、褒められたり慰められたりするには金払う癖に、けなされんのはタダだと思ってんの」
エリカ「ああやればバカにしてくれると思ってんのかな」
京子「バカじゃね」
エリカ「バカ」
京子「けなすのだって興味なきゃしないし。興味もってほしけりゃもっとお金ちょうだいってね」
エリカ「ね。で、もっと変な奴って?」
京子「そう。そいつ、電話するだけで、会わないって言うの」
エリカ「テレクラ行けば良いのに」
京子「ね。でも話がおもしろくて……」
エリカ「どんな話?」
京子「そいつが住んでる街の話」
         男、出てくる。顔は見えない。電話先輩役の演者。
男「そう、で……俺の住んでる街は月がデカいんだよ」
京子「どのくらいですか?」
男「うーん、とにかくデカい。だから、夜になると雲に月の光がバーッてあたって、雲が全部黄色くなるわけ」
京子「嘘」
男「嘘じゃないって。だから夜でも結構明るいの」
京子「それ、眩しくないですか?」
男「まぁね。でも便利なんだよ。夜になると、昼間落としたものを探しに、皆家から出てくんの。で、外をウロウロしてんの」
京子「絶対嘘」
男「半分ね」
京子「半分?」
男「夜になると人が街をウロウロしてるのはほんと。でも、落とし物を探してるのは嘘。人を探してんの」
京子「……誰を?」
男「それは言えんなぁ」
京子「なに、それ」
男「ま。いいか。あのね、この街にはでかいダムがあるんだよ。で、その底にオットセイが飼育されてるの」
京子「は?オットセイ」
男「そう。で、オットセイはたまにそこから逃げ出そうとするの。海とか、川とか、街とか。ダムから出て、自由に暮らしたいわけ」
京子「可哀想」
男「だろ。だからたまに、飼育員が、逃がそうとするんだ。夜中に、オットセイを連れて」
京子「それ、しょっちゅう?」
男「そう。だから、それを邪魔するために、夜中に人がウロウロしてんの。で、もしそういう飼育員を見つけたら、捕まえちゃうんだよ。オットセイだけ、ダムの底に戻してね」
京子「飼育員はどうなるの?」
男「穴に住んでもらう」
京子「え?」
男「モグラになるんだ」
京子「何言ってんの?」
男「これもまた変な話……ダムの傍に、キャンプ場があってね。で、そこの管理人の息子が……ちょっと変わってんの。そいつ、「俺はいつか人を殺しちゃうかも」と思ってずっとビビってんだよ」
京子「何それ……」
男「そう思うだろ。でもそいつ本気なんだよ。で、もし殺しちゃったらどうしようどうしようと思って、キャンプ場に深い……15mくらいの穴を掘ったんだ。いくつもな」
京子「それで……?」
男「そいつは堀るだけ掘って、今度は「自分が埋める前に勝手に誰かが埋めてたらどうしよう」と不安になって、二度と穴に近づけなくなったんだ」
京子「なんなの、そいつ」
男「変な奴なんだよ。それでキャンプ場には、ただ深い穴がたくさんできた。で、それを再利用することにしたんだ」
京子「じゃあ、オットセイを逃がそうとした飼育員は、そこに埋められてるってこと?」
男「いや、埋められてんじゃなくて住んでもらうんだって」
京子「いや──」
男「気になるだろ」
京子「え」
男「飼育員が、穴にいるのか」
         男、はける。
京子「って」
エリカ「何そいつ……キモ」
京子「そう……でも、気になるでしょ」
エリカ「何が……」
京子「飼育員が、穴にいるのか」
エリカ「あのさぁ……そんなの間に受けて、あんたちょっと変だよ。月の大きい街?月はどこから見ても同じでしょ。夜にオットセイを逃がそうとする飼育員……意味わかんないから。その上深い穴だらけのキャンプ場?客が落ちまくって大騒ぎになるよ」
京子「普段は隠してあるみたい」
エリカ「ん?」
京子「ポリバケツの……蓋で。ほんとだったんだ」
エリカ「ほんとだった……?」
京子「あの人の話してた通り……」
エリカ「え?そこにいるの?なに?何してんの?ちょっと、大丈夫?」
京子「確かめてみるね」
エリカ「いや……え?」
京子「蓋をあけて、なかに、何がいるのか」
エリカ「やめようよ……気持ち悪いって」
         京子、答えない。
エリカ「ねぇ!やめなって!変だって、ねぇ!」
         京子、しゃがみこんでポリバケツの蓋をゆっくりと開けて中を覗きこむ。しばらく
         表情は変わらないが、少しして、穴の中に手を伸ばす。伸ばしていくが、突然ピ
         タっと止まって穴を凝視する。
京子「あ」
         暗転
エリカ「ねぇ……どうしたの?何してるの?何か見たの?何か……何がいたの!?ねぇ!ちょっと!!」
         幕間劇 終

第二幕
【第六場 ホットケーキ=パンケーキ】
         まどか、部長、作業をしながら話している。鏡は『夏への扉』を読んでいる。
鏡「今日、らこいないの?」
部長「買い出し行ってもらってるからな。そろそろ来るだろ……ほら今」
         らこ、教室に入ってくる。
らこ「どうも」
まどか「お疲れ」
鏡「遅かったね。ここ来た時読み始めた本、もう終わっちゃったよ」
部長「さっき本を開いたと思ったら、いつの間にか閉じてる。読書なんて、そういうもんよ」
鏡「そういうもんかぁ」
らこ「鏡あんた、授業中も関係ない本ばっか読んでるでしょ。ちゃんと受けないと赤字で卒業する羽目になるよ」
まどか「赤字で卒業するとね、証書の字も赤く書かれるんだよ」
鏡「え、ほんと?」
らこ「ほんと。テストの赤点も赤ってついてるでしょ。つまりあれは「貴女は学費に見合った学習ができませんでした、赤字です」そういう意味での赤なの、あれは」
鏡「そうだったのか」
部長「違うぞ」
まどか「赤でも黒でも良いけど、卒業したくないなぁ」
部長「入学したと思ったら、いつの間にか卒業。学校なんて、そういうもんよ」
まどか「でも受験か。卒業の前に」
らこ「嫌、受験なんて。私家業のある家に生まれたかった」
鏡「「カ」」
部長「「キ」」
らこ「家の業のこと。カキクケコじゃないっての」
部長「カが出たと思ったら、もうキが色づく。季節って、そういうもんよ」
らこ「ねぇ、部長の中でそのフレーズ流行ってるの?」
まどか「なんで家業のある家が良かったの?」
らこ「継げばいいじゃん」
鏡「短絡的だなぁ」
らこ「あ、勘違いしないでね。これ別に、楽に職につけるからとかいう意味じゃないの。わざわざ将来のこと考えて悩まなくて良いからってこと」
部長「お前……自分のやりたくもない職を一生やらされる事になっても良いのか!」
らこ「どうせ色んな選択肢がある世の中になったって、器用な奴が良い選択肢を持っていって、私たちは余ったやりたくもない職をやらされるんだから」
鏡「まぁねぇ」
らこ「どうせ競走でしょ、差つけられて終わり、死ぬしかないの」
部長「サをつけられたと思ったら、もうシが訪れる。人生って、そういうもんよ」
鏡「カなしいし、サびしいなぁ」
まどか「さっきカの話してたけど、そろそろ出てるよね」
鏡「夏か……」
らこ「来ないかもよ」
部長「『1999年6月の29日、かくいう我々も夏への扉を探していた』夏は来る。必ず来る」
鏡「『部長はいつまで経っても、ドアというドアを試せば、必ずその一つは夏に通じるという確信を捨てようとはしないんだ』」
まどか「『そしてもちろん、私は部長の肩を持つ』けどね。海、プール、山、BBQ……青春の季節だね」
鏡「変だな」
まどか「何が?」
鏡「どうして青春の季節は、春じゃないんだろ」
まどか「そういえばそうだね」
らこ「それも競争社会でしょ。春は夏に競り負けたの。そして青を夏に奪われ、春はピンクを引き受けた」
鏡「世知辛いなぁ……そういえば、絵筆は?」
部長「ピアノじゃないのか。俺らが無駄話してる間に、今日分の作業は終わらせたらしい」
まどか「偉いなぁ」
らこ「終わったらこっちの仕事手伝えば良いじゃん」
鏡「お前、嫌な上司になりそうだな」
らこ「私東京行ってめっちゃ働くから」
まどか「ここで就職しないんだ」
らこ「絶対嫌……この街で働く大人は延々と同じことばっか言ってんだから。ネギ。米。ネギ。米。ネギ(だんだん早くなって)ネギ、米、ネギ、米、ネギ、ネギ米、ネギ米ネギ米ネギ米ネギ……あと何の話してる」
鏡「玉ネギ」
らこ「そう玉ねぎ。ダサい、絶対やだ。私、同じ食べ物つくるならこういうのが良い」
         らこ、パンケーキを取り出す。
部長「あ、ホットケーキ」
らこ「パンケーキ、ね」
部長「ホットケーキでも良いだろ」
らこ「全然違うの!」
鏡「どう違うんだよ」
らこ「いや……それはわかんないけど……」
まどか「ホットケーキとパンケーキ、同じものなのにどうして呼び方が違うんだろうね」
らこ「違うものだから」
部長「同じだって言ってるだろ」
らこ「全然違う!!」
部長「同じだよ」
まどか「同じって事は……ホットとパンが=だって事だね」
らこ「ホットとパン……何、ホットとパンって」
鏡「ホットパンツ」
らこ「いや、確かに思い浮かんだけど」
まどか「ホットパンツって寒くない?ホットじゃないよね」
らこ「あんなに短いもんね」
鏡「ホットパンツはね、それを履いて街を歩くと熱い視線に晒されるからホットパンツって言うらしいよ」
らこ「なんでそんなの知ってるの。気持ち悪い」
鏡「良いだろ、別に…」
まどか「だったらホットパンツは誰かの視線無しにはホットパンツで居られないって事?」
部長「そう。誰かの視線無しにはアイデンティティを保てない哀れな存在なのだよ」
らこ「でもそういうものじゃない?誰だって、他人がいて、自分を見ていてくれないと自分でいられない」
まどか「ホットパンツはタンスにしまわれている時はホットパンツでいられない。何故なら熱い視線がないから」
鏡「コールドパンツ」
らこ「熱くもあり、寒くもあるのね」
まどか「全然違うものなのに、イコールって事ね」
部長「だったら、パンケーキとホットケーキが全然違うものであり、かつ同じものでも良いってことだ」
らこ「えー、そうか?」
まどか「hotとcold、真逆のものが同時に有り得るならそういうことになるね」
らこ「矛盾じゃん。冷たい火傷みたいなものね?そんなの有り得る?」
部長「メタンハイドレートという物質は別名『燃える氷』と呼ばれてるんだぜ」
鏡「ほら。たとえ裏と表のような存在でさえ、両立できるってこと。そもそも似てるものなら尚更」
らこ「ホットケーキとパンケーキも?」
鏡「そう」
まどか「なら、この美味しいお菓子の『裏』をホットケーキと、そして『表』をパンケーキと呼ぶことにしよっか」
部長「裏と表……他に何がある?」
鏡「夢と現実?」
らこ「あぁ、それはきっと面倒くさい話ね」
鏡「面倒くさい話はやめよう」
まどか「あぁ……でも、さっきの話だと、面倒くさいって事と面倒くさくないって事は両立できるのかな?」
らこ「あぁもう“めんどくさい”!!」
鏡「“めんどうくさい”ね」
らこ「揚げ足取らないでよ!」
まどか「揚げ足って何だっけ?」
部長「フライドチキンの事だろ。なぁ鏡。絵筆んとこ行ってきても良いぞ」
鏡「え」
部長「いや、多分……絵筆も来てほしいと思うし。お前も行きたいんじゃないか」
鏡「あ、そう、じゃあ……」
         鏡、はける。と同時にまどかが電話を掛け始める。
部長「さて……どうする、俺たちは」
らこ「どうするって…」
部長「絵筆の事に決まってるだろ。他になにがある」
まどか「でも私……引き渡すとか、嫌だな。絵筆ちゃんの事」
部長「当たり前だ。が、絵筆は恐怖の大王なんだ。あいつが七月を過ぎても地球に残っていれば、人類は滅亡するかもしれん」
らこ「あんた、まだそんな──」
部長「絵筆は恐怖の大王だった。人類滅亡も夢ではなく現実だ」
らこ「その前提が正しければ、の話でしょ……あの医者はそう言った、目羅は絵筆を殺そうとした。でも公理系が違えば答えも違う。それが数学でしょ、部長」
部長「そう……だな」
電話先輩『あの医者と目羅が異常な妄想を信じるカルトの一員で、篠崎はそいつらに騙されて自分こそ世界に破滅をもたらす恐怖の大王だと思いこんでる頭の残念な奴だったとしよう。だが、篠崎がその異常な妄想を理由に殺されそうになっていることには変わらない……だろ。それに俺は……あいつが恐怖の大王、だというのを疑っちゃいない』
らこ「なんで?」
電話先輩『オットセイの噂だ』
らこ「……もういい」
まどか「部長、ロケットを飛ばすの?」
部長「あぁ。何より絵筆自身が、それを望んでる。なら──」
まどか「でも…そしたら絵筆ちゃんは多分帰ってこないよね。私たちが指示したところで離陸したら、操縦桿を握ってるのは私たちじゃなくて絵筆ちゃんだもの。絵筆ちゃん……帰ってこないよね」
電話先輩『だろうな』
まどか「わかっててロケットを飛ばすの?それは……殺すのと同じじゃない。それに、もし帰ってきてくれたとしても、きっと捕まっちゃう」
部長「それでも俺たちにはその選択肢しかないだろう。賭けるしかない。絵筆は本当に恐怖の大王で、ロケットの中で生きていくことができ、そして世界は終わらない。そしていずれは……あいつが帰ってくる。そこに、賭ける」
らこ「そんな無謀な賭け………無理よ。これは夢じゃない」
部長「そう、現実だ。……無謀な賭け、勝ちに行こう」

〇教室
         絵筆、ピアノを弾いている。鏡が入ってくる。
絵筆「あ……」
鏡「どんな感じ?」
絵筆「……良い。ねぇ、鏡くんは七月の人類滅亡、信じてる?」
鏡「……うん。根拠は自分でもよくわかんないけど。多分このままだと、そうなる気がする。そういうのって、突然来るもんじゃない?……篠崎は?」
絵筆「……わかんない」
鏡「部長はそれを止めるためにロケットまでつくってるんだもんなぁ。しかもパイロットは絵筆。重大任務だ」
絵筆「でも……私出来るよ」
鏡「そっか。……何かさ」
絵筆「うん」
鏡「篠崎に何か……言う事があった、気がするんだよ」
絵筆「……そう」
鏡「篠崎と俺ってさ、前も一緒に……ピアノを弾いてた?」
絵筆「……ううん」
鏡「そっか。……だよね」
絵筆「それ、弾いてて良いよ」
鏡「え」
絵筆「弾いてて」
         絵筆、教室を出て発射場へ。

○発射場
らこ「あれ……ピアノは」
絵筆「鏡くんが弾きたいって。だから」
まどか「どうかした?」
絵筆「みんなに頼もうと思って」
部長「どうした」
絵筆「えっと……」
         少し沈黙。
絵筆「私のせいで人類が死ぬ。鏡くんが死ぬ。世界の終わりが来る。それは昨日聞いたと思うけど……だから私はパイロットをやる」
らこ「でも……!」
絵筆「鏡くんに、死んで欲しくない」
らこ「あいつだって、同じこと思ってるでしょ……部長!」
部長「絵筆。俺たちはお前に死んでほしくない。お前が逃げ出したいなら手伝う。なんだってする。……その上で、絵筆……俺たちはどうすれば良い」
絵筆「ロケットに乗る。私はもう、ここにはいられない」
部長「……なら、そうしよう」
らこ「部長!」
部長「鏡には、やっぱり──」
絵筆「言わないで」
部長「……そうだな」
絵筆「ありがとう」
らこ「それで良いの……?なんで人類全体の為に一人が犠牲になんなきゃならないの?それって良いの?そんなの……」
まどか「らこちゃん。絵筆ちゃんが、そう選んだんだから」
らこ「でも……」
         鏡、教室に来る。
らこ「あ……」
鏡「?今、なにしてんの?」
部長「今から打ち上げに向けての決意表明を、絵筆がしてくれるところだ」
絵筆「えっ」
まどか「どうぞ、絵筆ちゃん」
絵筆「あ……えっと……」
         全員が注目。
絵筆「絶対……絶対、飛ぶから」
         全員が拍手。盛り上がる。
絵筆「鏡くん」
鏡「?」
絵筆「ロケット乗って、飛んで、メッセージ送って……恐怖の大王、私が追い返すから」
鏡「任せた!」
絵筆「……皆来る?」
鏡「来るって?」
絵筆「発射当日」
鏡「来ると思うよ。……あ、電話先輩はどうかな。来ますか?」
電話先輩『え……外なんか出たら死んじゃうぜ。他人の視線に耐えられん。いつも通り、こっから聞いて、こっから見てるよ』
絵筆「そっか」
鏡「ま、いるようなもんだよ」
部長「じゃ……作業にするか。時間がとにかく足らんからな。じゃあ……まず買い出し行くぞー」
         部長とまどかと鏡と絵筆、話しながら出ていく。らこ以外の全員、発射場から出
         ていく。
電話先輩『いってらっしゃい………ん?何だお前、いかないのか』
らこ「なんなの。なんであんなにけろっと受け入れられるの」
電話先輩『皆いろいろ思うとこはあるだろうさ。あっけらかんとしてるように見えても、内心はわからんだろう?』
らこ「でも……」
         部長が呼ぶ声
電話先輩『行けよ』
らこ「私………絶対納得なんかしないから」
         らこ、はけようとする。
電話先輩『らこ、電気』
らこ「あぁ……」
         照明消える。
電話先輩『待って』
らこ「?」
電話先輩『豆電球は点けといて』
らこ「(笑いながら)なに言ってんのよ。あんたここにいないのに」
電話先輩『そうだな。……お前、なんで天文部にいるんだ?』
らこ「だって、毎日楽しいから」
電話先輩「……良いな」
         小さい照明に照らされる電話。数秒後、照明消える。

【第七場 →エレベーター】
         イメージシーン。発射の準備作業をする天文部員。全ての準備が整う。
部長「では、三日後だな。三日後、六月二十九日。恐怖の大王が接近し地球に降臨するギリギリにこいつを飛ばす!……それまで、休み!諸君のこれまでの尽力に感謝する!!」
         らこ、まどか、部長は何か話しながら発射場を出ていく。鏡もそれに続こうとす
         るが、絵筆に引き止められる。
絵筆「明日の朝、暇?朝、九時」
鏡「え、うん」
絵筆「ピアノ……聴いてくれない?少し上手くなった。アドバイスが……欲しいから」
鏡「あぁ……良いよ」
絵筆「ありがとう」
         絵筆、はける。
鏡「明日の朝……」
椅子に座り込んで頬杖をつく鏡。
電話先輩『お前、帰らないのか?』
鏡「うーん、いや。ちょっと疲れた。こんなになんかしたの久しぶりだし」
電話先輩『朝までいる気か?』
鏡「いや、さすがに帰るよ」
         鏡、そのまま寝る。
電話先輩『おい?……結局寝るのかよ。なぁ……もう。鏡──』
         突然電話が切られる。照明消える。エレベーターの到着音、部長が勢いよく
         入ってくる。照明がつき、鏡が起きる。
鏡「あっやべ、寝た……」
部長「何時間寝た!?あれから何時間寝た!」
鏡「えっ……いや多分、二、三時間?」
部長「電話先輩と話したか?」
鏡「寝る前には……え、何?」
部長「らこからさっき連絡があった。電話先輩が消えたそうだ。部屋は無人、荒らされた形跡あり。確認するぞ」
         部長、電話に近寄りいくつかボタンを押す。
電話先輩『えーー。ホテルニューカレドニア。五泊。スイートルーム。ルームサービスあり。』
部長「拉致された」
鏡「は……?」
部長「暗号だ。今のはそういうことだ。俺にも事情はわからん。聞くな。準備しろ」
鏡「どこへ」
部長「発射司令室だ。発射は三日後と言ったな。撤回する。イレギュラーが起きた」
鏡「なんで、だってまだ……二十六日だろ?」
部長「だからイレギュラーが起きたと言ってるだろ。俺たちは今から、あのロケットを打ち上げる」
鏡「篠崎が……乗るんだよな」
部長「そうだ」
鏡「本人は了承してんのか?」
部長「そうだ。安全を考慮してだ。次はお前か、俺か。あるいは絵筆が消えるかもしれん」
         鏡、少したじろぐ。
部長「……なぁ。二、三質問をするぞ」
鏡「うん」
部長「お前、絵筆が好きなのか」
鏡「……多分」
部長「いつからそう思うようになった。お前とあいつに、接点はなかったんだよな。それでも絵筆が、好きなのか」
鏡「なぜかは俺もわからない。でも……俺は多分なにか、色んなことを忘れてて……それで、俺は絵筆が好きだ」
         部長、相槌を打ちながらトランシーバーを取り出して
部長『……鏡を回収した。どうぞ』
らこ『了解。こっちも篠崎を回収。今のとこ問題は無し。オーバー』
部長『……大丈夫か?』
らこ『オーバー、って。聞こえた?』
         鏡、部長、エレベーターに乗る。
部長「本人に好きとは伝えないのか」
鏡「まぁ、まだ」
部長「まだってなんだよ。宇宙に行ったら言えないぞ」
鏡「そうは言うけどさ」
部長「好きなら好きって言やぁ良いだろう。直接が嫌なら電話しろよ、電話」
鏡「伝達手段の問題じゃないよ」
部長「かの夏目漱石は『好きなんだ』とその一言を言いたく無いがために『月が綺麗ですね』と遠回しに言ったそうだぞ」
鏡「そのエピソード、何かちょっと違くない?」
部長「二十一世紀を迎える今、月は見るものではなく行くものだ。そのセリフちと時代遅れすぎるよな」
鏡「いや、そうじゃなくて」
部長「「好き」か「月」か……どっちか絵筆に言ってやれ」
         鏡、声にならないうなり声。
部長「今練習しとけよ」
鏡「なんでだよ」
部長「試験飛行をやらないロケットは落ちるぞ」
鏡「……じゃわかった。言うよ」
部長「ほーう、言え言え」
         鏡、息を吸って。
鏡「……いややっぱ」
部長「ほら!言えって!今言え!すぐ言え!」
鏡「わかったって!言う言う!俺は絵筆が好き!好きだから世界が終わっても生きていて欲しい……!はい!これで良いか」
         途端にテンションが下がる部長。若干引いている。
部長「知り合いのそういうのを見るの、正直キツイな」
鏡「だから嫌だって言ったじゃんか」

〇指令室
         指令室ではらこと絵筆が発射に使う機械類のセットをしている。
らこ「あのさ……やっぱりやめた方が良いんじゃない?ロケット乗るの」
絵筆「何で?」
らこ「何でって……あのね、私が言うのもなんだけどさ。いくら代々三十年かけて完成させたとはいえ、高校生の造ったロケットだよ。飛ぶと思う?」
絵筆「おもわないの?」
らこ「思わないってわけじゃないけど……正直半信半疑。部長以外は大体そうじゃない?確かに実験も繰り返してるし、私も天文部に入ってから色々勉強したけど、理屈は間違ってないと思う。もちろん、素人のにわか知識だけど。でも……必ず飛ぶとはどうしても思えない。信じられない」
絵筆「じゃあ、どうするの。もう聞いたでしょ。私が地球で生き続けるだけで、人類を滅亡させるの。貴女も死んじゃうんだよ」
         らこ、少し笑う。
絵筆「……なんで笑うの?」
らこ「貴女も死んじゃう、って……あんたは鏡以外、別にどうでも良いんじゃないの」
絵筆「まぁ、そう」
らこ「やっぱり」
絵筆「でも別に……嫌いなわけじゃない、らこのことも」
らこ「そうなの?へぇ……あ(なにかに気づいた顔)、やば。アイライン引き忘れた」
絵筆「それって、無いとまずいの」
らこ「まずいに決まってるでしょ、あれ無しで外出たら恥ずかしくて死ぬ」
絵筆「『死』って、アイラインが無いこと?『アイライン』って何?」
らこ「『アイ』=視、『ライン』=線。つまり視線。視線が無いということが、死ぬこと」
絵筆「『アイ』、『死』……誰かのがないと、『』は消えてしまう?」
らこ「そう。例えばそれは誰かの視線なしにはアイデンティティを保てないホットパンツのように。『eye』が無ければ『I』が保てない」
絵筆「視線が無ければどうなるの?」
らこ「アイラインが無いと?」
絵筆「そう」
らこ「さっき言ったでしょ。外に出られないの、出たら死ぬの」
絵筆「電話先輩も、外に出たら視線があるから死んでしまうと言ってた。さすが兄妹」
らこ「あいつのはちょっと違う……出れないし、出たくないんだから。あたしは出たいのに、出れないの」
絵筆「矛盾」
らこ「実は私、矛盾が矛盾でない事を、既に知ってるの」
絵筆「ホットパンツは、コールドパンツ」
らこ「あれ、知ってるの?冷たい火傷は?」
絵筆「メタンハイドレート」
らこ「そうよ」
絵筆「視線がなければ死んでしまうし、視線があっても死んでしまうんだ……見られても見られていなくても死ぬなら、生きているものって何?」
らこ「どちらでも無いものよ。見られるはずなのに、見られないもの。あるのに、ないもの」
絵筆「透明人間」
らこ「そんなものいる?」
絵筆「私の眼はだんだん悪くなってるの。そこにいるのに、皆が見えない」
らこ「なるほど。それね」
絵筆「寂しい。目を閉じていても見えないし、開けていても見えない」
らこ「でも、閉じてるときにはあれが見えるでしょ。真っ黒で……でも何かがある空間が」
絵筆「それ、宇宙?」
らこ「瞼の裏は世界で一番小さな宇宙よ」
絵筆「なら、やっぱり誰も見えないよ。宇宙には誰もいないから。私は誰も見ることが出来ないし、誰にも見られない」
らこ「そう……ね。ねぇ、やっぱりやめといたら。そんな、寂しいところへ行くのは」
絵筆「……でも、身体中から薬の臭いがするのはもう嫌だから。ねぇ、鏡くんに、薬をお願い」
らこ「……忘れるのは、何があったかだけじゃない。何で自分がそんなことまでしたか……それも忘れるんだよ」

◯発射場内の通路
         部長、鏡、通路を歩きながら。
部長「おい、もう一回言えよ」
鏡「嫌だって。さっき引いてただろ。絶対言わない」
部長「言えって!言え!言っちゃえって!」
鏡「わかった!わかったって!好きなんだって!絵筆―!好きだー!これで良いか?」
部長「……」
鏡「だからさぁ!」
         歩いてそのまま反対側にはける。
らこ「馬鹿……」
絵筆「……私、やっぱり。鏡くんに、全部忘れて、生きて欲しい」
らこ「……」
絵筆「乗らなきゃ、だから。私がそうしたい、から」
らこ「……あんたも、馬鹿だ」
絵筆「これ。……任せる」
         絵筆、らこに薬の束をおしつけてはける。

【第八場 ←ロケット】
〇指令室
         エレベーターが到着するSE。部長、鏡が出てきて、指令室へ。全員持ち場に着
         く。以下、ロケットの発射シークエンスにおける台詞は考証ののち調整する可
         能性あり。
部長「急遽予定を繰り上げ、本日に本基地が有するロケット『ルドルフ四号』を発射することとした。これよりミッション概要をもう一度確認する。今回は「恐怖の大王」へのアクティブだ。ルドルフ四号は軌道に入り次第メッセージを発信。三百三十六時間以内に地球に変化が無ければミッション成功と見做し、帰還とする。もしその間我々の想定範囲内ないし範囲外のトラブルが地球に発生し帰還不可能と判断した場合、パイロットは緊急用マニュアルに従え」
         まどか、チェックリストを確認しながら。
まどか「パイロットはコックピットに搭乗。指令室とのコミュニケーションチェック、キャビンの漏洩チェックはともに完了。サイドハッチ閉鎖済み」
部長「コックピットの電源は」
まどか「内部電源に。電圧正常」
部長「よし」
         らこ、チェックリストを見ながら。
らこ「二十四時間以内の平均気温は5℃を上回ってる。現在の気温、20℃。最大風速は13.5メートル毎秒。降雨、稲妻、積雲いずれもなし」
部長「緊急着陸地は」
らこ「問題なし」
部長「よし、やるぞ……」
         電話が鳴る。
部長「電話先輩か!?」
         らこが振り向く。部長が受話器を取る。らこが受話器を奪い取る。
医者『本当に良いの?』
らこ「あんたか……!」
医者「あ……お兄ちゃん、どこ行っちゃったんだろうね」
らこ「(動揺しながら)知らない……あんな奴」
医者「そう?」
         部長、らこの様子を見て電話を奪い返す。
部長「持ち場戻れ!……何の用だ」
医者「別に?思い出づくりに入れて欲しいなぁと思って」
部長「お前なんぞ入れてやらん」
医者『えー。じゃあ加部ちゃんは入れてあげてね。絵筆ちゃんのとこに行ってもらったから』
         鏡、絵筆に通信する。
鏡『絵筆、大丈夫!?』
絵筆『うん…まだ来てないみたい』
部長「鏡!集中しろ!急ぐぞ」
らこ「あぁもう………!」
         サイレンが鳴る。
医者『私もそっち、行っちゃおうかなぁ』
         電話が切れる。
らこ「やっぱ無理じゃない……!あいつら出し抜こうなんてそんな夢みたいな事出来やしない、これが現実なのよ……」
部長「確かにこれは夢じゃなく現実だ!が、夢にも思わないことが起きるのはいつも現実なんだ、諦めんな」
らこ「けど……」
鏡「らこ」
らこ「え?」
鏡「大丈夫だよ」
         らこ、鏡から目を逸らす。
らこ「……とにかく早く飛ばさないと」
         投光器が教室を照らす。
まどか「発射まであと十六秒」
         システムボイス、カウントを開始。以下、台詞の合間に適当にロケットの駆動音
         や発射音、振動音などを差し挟む。
部長「特別弁解放!長柄ダムより放水開始」
らこ「ターボポンプ作動確認」
まどか「第一エンジン点火」
らこ「全て離翔位置です」
まどか「固定ロケットブースター点火」
部長「離翔!」
         曲のタイミングに合わせてロケット発射。MEカットアウト。
まどか「メインエンジン、104から67に」
らこ「104に復帰、固定ロケットブースター分離成功」
絵筆『軌道速度に入った』
部長「って、事は……!」
らこ「……成功した!」
         鏡、らこ、まどか、部長、互いに顔を合わせ満足気な笑みを浮かべるが、鏡を除
         いてすぐに複雑な表情に。
部長「まだ早い、加速度のG保て」
まどか「メインエンジン出力抑制……67」
らこ「MECO(メインエンジン停止」
部長「起動操作エンジン噴射……」
         各種噴射音、駆動音、振動音などが小さくなっていく。絵筆から鏡に通信が入
         る。
絵筆『鏡くん』
鏡『あ……絵筆。どう、そっちは』
絵筆『大丈夫』
鏡『そっか、良かった』
絵筆『あの、私ね』
鏡『うん』
絵筆『いつも望遠鏡をのぞいて、宇宙に行けたらまずは何を見ようかって考えてたの』
鏡『決まった?』
絵筆『ううん、これから考える。だって……先は長いでしょ』
鏡『何言ってんだよ。メッセージ送ったらすぐ戻ってくるだろ?』
絵筆『でも……居心地良いんだ。ここ』
鏡「そっか……ねぇ、もしミッションが失敗して、人類が滅亡しちゃったとしてもさ。……身勝手な話だけどさ、絵筆には生きていて欲しいんだ。生きてさえいれば必ず──』
絵筆『何で?』
鏡『え』
絵筆『……ねぇ……鏡くん、なにか言う事、ない』
鏡『言うこと』
絵筆『そう』
鏡『……ある』
絵筆『聞きたい』
鏡『あの、絵筆……す……つ、月が……月が綺麗で──』
         音声が乱れる。
システムボイス『通信圏外です』
鏡「あ……」
らこ「鏡」
鏡「え?」
らこ「ばーか」
鏡「帰ってきたら言うよ」
らこ「……あ、そ」
鏡「ちょっと、発射場行ってくる」
らこ「え、なにしに」
鏡「加部さんいるかもしれないし……俺、まだあそこでなにかやることある気がして……」
まどか「じゃ、私も行こうかな。写真撮っときたいしね」
         鏡、まどか、出ていく。
らこ「絵筆にだけは生きていて欲しいんだ……ってさ」
部長「言ってたな」
らこ「絵筆だったって事ね。私じゃなくて……」
部長「世界が終わっても生きて欲しいのは絵筆かもしれんが、死ぬとき一緒にいたいと思ってるのは、お前なんじゃないのか」
らこ「え……なにそれ」
部長「知らん。適当に言っただけだ。……これからどうする」
らこ「どうするって……別に、今までと変わらない暮らしが続くだけでしょ」
部長「どう思う。鏡に……本当の事、言うべきだと思うか」
らこ「あんたが知らないうちに、あのロケットを打ち上げる目的は変わった。篠崎絵筆こそが人類と世界を終わらせる原因、恐怖の大王で、私たちはあいつを宇宙の果てに放り出したんだ……って」
部長「時間の問題だろ。あいつが消えた以上、おそらく人類は滅亡しない。絵筆を無意味に宇宙へ送っちまったなんて思ったらそれこそ取返しつかないトラウマものだ。全部一から説明しないと……まぁ、その時は俺が言うさ。部長だし」
らこ「いや、いいよ……あいつにキレられたり、泣かれたりするの、苦じゃないし」
部長「だが……」
らこ「憎まれ役、引き受けるから」
部長「嫌われるぞ。鏡に」
らこ「言わなきゃ、だから。私はそうしたい……から。でも、ちょっとだけ時間が欲しい」
部長「時間、か」
らこ「私……あいつの為に自分を傷つけられるくらいには大人だと思ってるけど。あいつの為にあいつ自身を傷つけられるほど……まだ大人じゃないから」
部長「……そろそろ、長袖だと暑いだろ」
らこ「うん……そうだ。変わる事、一つあった。私、半袖にしようと思う。明日からとかは、まだ無理だけど」
部長「……そうだな」
         部長、はける。らこ、それに続こうとして止まり、ポケットから絵筆から渡された
         薬の束を取り出す。捨てようと逡巡するが、再びしまってはける。

【第九場 発射のあと】
○発射場
         鏡、発射場に入ってくる。後からまどかも。既に加部がいる。
加部「!鏡くん……」
鏡「どうも……止めなかったんですね」
加部「えぇ。でも……後悔は無いですよ」
         電話がなり始める。鏡と加部、警戒しながら電話を見る。まどかがとる。
まどか「もしもし?」
電話先輩『あぁ、まどかか……』
まどか「やっぱり。電話先輩……私たち、ロケット飛ばしちゃったんです。明日からここに来る理由は、もう無くなってしまった」
電話先輩『おしまい、か』
まどか「はい。それに……絵筆ちゃん一人がいなくなって……もう私たち、前みたいに話せるかわからないですもん。何もかも変わってくんですよ……電話先輩は、どうするんです?」
電話先輩「ロケットなら、また飛ぶさ」
まどか「かもしれませんね。……さよなら。でももしかしたらまたいつか」
電話先輩「……あぁ。鏡に、変わってくれ」
         まどか、受話器を渡す。
鏡「電話先輩!?無事なんですか」
電話先輩『あぁ……だけど、わからないだろ。お前は俺の声しか聞いたことないんだ。いなくなったとして、それがお前にわかるのか?』
鏡「え……?」
電話先輩『わからないだろ。まぁ俺のことは良いんだよ。篠崎絵筆の、話をしよう』
鏡「絵筆……そう、だんだん思い出してきた……でも多分大事なことは、まだ、何も──」
電話先輩『篠崎が何者かは聞いたか』
鏡「え。いや……」
電話先輩『いきなりな話かもしれん。急には飲み込めないだろう。きっと、後からお前には──』
まどか「らこちゃんが話してくれますよ」
電話先輩『……かもな。結局あいつは、少しのあいだお前が傷つかないようにしただけ。でもいつまでもそうしちゃいない。きっとすぐに事の顛末を全て伝える。そうしたら──』
まどか「でも、私はどっちでも良いと思うんです」
加部「彼女が結局、本当のことを何もかも言わなかったとしても?」
まどか「はい。どちらでも、あまり変わらないって」
電話先輩『パンケーキとホットケーキが同じお菓子であるように、か』
まどか「燃える氷が確かにあって、冷たい火傷をするように」
鏡「……月を語ることが、好きと語ることであるように」
         まどか、満足そうにうなずいて去っていく。鏡、発射場を名残惜しそうに見たあ
         と、それに続く。加部がそれを目で追うと、医者が入ってくる。
医者「加部ちゃん」
加部「あ……」
医者「悪いね。色々と」
加部「本当ですよ。私の仕事は目羅さんの死に関わっている正体不明の薬はなんなのか……それだけだったのに」
医者「そもそも、その情報って誰が流したんだろうね。麻取も無視した件をわざわざ掘り返して。ねぇ、「十分信頼に足り、確かなルート」って、結局?」
加部「悪いな」
医者「へ?」
加部「たった一文、それだけ書かれたメールです。そこには添付ファイルがついていて、薬の他にも今回の事件に繋がるヒントがあった」
医者「へ?」
加部「信頼性なんて何もない……でも、なんか、真に迫るものがあった。だから確信がありました。結果……事態はこう展開した」
医者「……良い性格」
加部「あの情報が無ければ、今回のことは単なる一教師の不審死で終わっていた。篠崎さんも予定通り処分されていた……んですかね」
医者「……鏡くんもあっさり捕まっていた、か」
加部「今後は、どうするんです?」
医者「この仕事はやめる。十年近く面倒見た子供を宇宙に放り出す仕事なんて……そんなのこれ以上やってらんないっつーの。……多分、目羅だって似たようなこと思ってたんじゃないのかね」
加部「では、次のお仕事は?」
医者「どうしようかなぁ」
加部「……薬剤師免許、持ってます?」
医者「あるよ。医師と薬剤師、ダブルライセンス」
加部「麻薬取締官……興味ありません?」
医者「……マジ?」
         蝉の声のSE。ロケットの轟音
絵筆(独白)「その瞬間夏が来た。いや、本当はもっと早くに来ていたのかもしれないけど、私は気づいていなかった。決して地上では聞こえなかった蝉の声は、高度何千、何万メートルの世界で近く深く聴こえた。鏡くん、地球を覆う雲は黄色く染まっています。世界中のビルの明かりが、反射しているのかもしれません」

【第十場 失われた宇宙飛行士】
         薄暗い照明。何千年も経ったあとの指令室。通信機に灯りがついており、起動
         している。
システムボイス『ペイロードベイドア閉鎖完了。軌道制御用エンジン作動します。減速開始。通信システム起動。コントロールセンターに繋ぎます』
絵筆『……よし』
システムボイス『北緯35度26分0秒 東経140度17分8.76秒 北緯35.4333度 東経140.2857667度。日本・千葉・茂原市・茂原第三高等学校天文部発射指令室。コントロールシステム・オールグリーン』
絵筆『……CQ。こちらルドルフ4号。応答願います………』
絵筆『CQ、CQ。こちらルドルフ4号、応答願います……』
         ピーッというSE。
システムボイス『応答ありません。通信を切断します』
絵筆『……そりゃそうか。……鏡くん。私のこと、聞いた?聞いたよね。きっと、最後には話したと思います。気に病んだかな。でも私、全然後悔してない。それに、地球の外は本当に……ごめんね、上手く言葉に出来ないけど。瞼の裏より、本物の宇宙は凄かった。……二十一世紀はちゃんと来た。その先も、その先も来たんだ。その先もその先もその先も。地球……もう人なんて誰も住んでないだろうな。でも私はこっちの地球の方が好き。黄色い雲に覆われた青い地球はなんだかいたたまれなくて、嫌いだった。……そうだ、出発の時、何か言ってたよね。鏡くん、月が……ううん。地球が、綺麗ですね』

         暗転。同時にカテコ曲流れだす。
カーテンコール
         鏡が教室に入ってきてお辞儀、机に座ってどこか見ている。目羅、加部と医者、
         部長とらこ、まどかの順に登場。部長は電話をしながら入ってくる。らこは半袖
         に。まどか皆の写真を撮る。
         舞台上にいる全員がはける。医者が少し名残惜しそうにするが、加部に促され
         る。
         絵筆が入ってくる。鏡は思わず立ち上がる。包帯などが全て外れ、髪も黒くなっ
         た絵筆がいる。 絵筆が笑顔で鏡に駆け寄り、全ての照明が消える。

終劇


 
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