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C・C

作 別役慎司
 

 

 登場人物

    ・ナデシコ
    ・マリ
    ・スグル
    ・タクト
    ・老人
    ・男性
    ・チハル

 

 

 
   秋。
   とある比較的大きな公園の小さな広場。一本の道がこの円形の広場を南北に突っ切っている。中央には丸い小さな池があり、その真ん中には噴水がある。そこには足場が   あって、噴水の水に手を触れることができる。広場はタイル張り、道と垂直、東西に半円のスペースが突きだしている。そのスペースの奥には一本ずつ木が立っていて、目の   前にベンチがある。もっとも、西のは、そこでアートに挑んでいる女性が横にどけ、荷物置き場にしてしまっている。木には、この公園のアートフェスティバルのポスターが貼っ   てある。広場の円形にそった四つの塀の内、北西と南東の二つは花壇。南西側は、なにもなく、北東側もゴミ箱があるだけ。
   
   昼。
   ナデシコは、二十歳の女子大生。少し派手で色の強い服装をしている。何度も位置を変えながら枯れ木を使って、少女の像を造っている。
   反対方向の東のベンチには、二十代前半の若い男、スグルが古めかしい、なんとなく威厳のありそうな本を広げて座っている。スグルはストライプのシャツをスラックスの中に   入れ、白いソックスをはいている。そんな典型的な真面目タイプ。
   のどかな時間。
   そこに、マリが枯れ木や空き缶をもって現れる。マリはナデシコの友人で同い年。おとなしめの女子大生。きれいな黒髪で、落ち着いた、暖かい色合いの服装をしている。
 
マリ ナデシコー。
ナデシコ ううん、知らない。
マリ まだなにもいってないって。こんなんでいい?
ナデシコ (しばらく見て)……ゴミだね。
マリ ゴミだよ。ゴミをもってきてっていったじゃない。
ナデシコ ごめん。わかってるって。そこに置いといて。
マリ (集めてきたものをベンチの上に置く)どう、はかどってる?
ナデシコ ねぇ、アートフェステイバルっていつからだっけ?
マリ そこに書いてる。(木に貼ったポスターを指さす)
ナデシコ (笑って)灯台もと暗しだね。
マリ 目の前だよ? かわいそうに、悩みすぎて脳みそとけちゃったんだね。
ナデシコ うん、この子にあげちゃった。(少女像をたたく。部品 が落ちる) ああ、とれちゃったぁ!
マリ (温和に)バカだねぇ。
ナデシコ ひぇ〜。(あわてて直す)
マリ (ポスターを覗いて)あさってだよ。大丈夫?
ナデシコ いわないで。
マリ さっきいつからって聞いたのは誰?
ナデシコ 大丈夫。マリがいるもん。
マリ わたしそろそろ帰るよ。
ナデシコ え? なんで? 今日は夜中の十二時までわたしにつきあってくれるんじゃなかったの?
マリ 誰がそんなこと決めたの。
ナデシコ え〜、もうちょっと手伝ってよぉ。
 
   スグル、本を置く。
 
マリ だって、今日用事あるんだもん。
ナデシコ 用事って何?
マリ 用事は用事。
ナデシコ バイトでもあんの?
マリ ううん。
ナデシコ ゲッ、もしかしてデート……?
マリ 殴るよ。
ナデシコ そうだよね、あんた別れたばっかだもんね。
マリ 本・当・に殴るよ。
ナデシコ わたしもなぁ……
 
   スグル、立ち上がって耳を傾ける。
 
ナデシコ あ、その枝取って。
マリ これ?
ナデシコ うん、それ。
 
   ナデシコ、枝をつぎ足す。その沈黙の間、スグルは一心に耳を傾ける。
 
ナデシコ あ、まだ時間大丈夫だったら、空き缶切ってくれる?
 
   スグル、拍子を抜かれる。
 
ナデシコ 危ないから軍手つけて。
マリ うん。
 
   二人、黙々と作業に熱中。スグル、またベンチに座ろうとしたとき、よさげな枝を見つけて手に取る。その枝と、像を見比べる。興奮に落ち着かなくなる。そして、南の道に   去る際に、その枝をこっそり目に付くように置いていく。そして遠くから何気なく観察する。
 
マリ これ、わたしとの合作ってことになるのかなぁ。
ナデシコ (きっぱり)それはないね。
マリ そう……。もう帰ろっかな。
ナデシコ 協力ってことで名前は入れとく。
マリ ゴミ拾いするのも結構恥ずかしいんだからね。みんなじろじろ見るんだから。「あら、こんな可愛い子がゴミあさってる」って。
ナデシコ (素っ気なく)そうだね。
マリ その反応つらいんだけど。「可愛い」ってところで突っ込んでくれないと。
ナデシコ だって、マリは可愛いもん。
マリ あ、やっぱり?
ナデシコ そこら辺のホームレスと比べれば。
マリ もう、やーめた。
ナデシコ ウソです〜。とってもとっても可愛いです〜。
マリ ちょっとナデシコはねぇ。感謝の気持ちというものが足りない。
ナデシコ おっしゃるとおりです。反省してます。
マリ (立ち上がって)この姿勢、足が痛くなるね。ふぅ。……だんだん涼しくなってきたね。もう秋だ。
ナデシコ サンマ食べたいね。
マリ 食べたいね〜。秋はサンマだね。
ナデシコ ホント。あ、よだれ出てきちゃった。
マリ (スグルの置いた枝を見つける)あれ、ねぇねぇ、この枝よくない?(拾ってナデシコに見せる)
ナデシコ え! それどこで見つけたの?
マリ ここに落ちてた。
ナデシコ それは結構いいかも(間近で見る)……と思ったけど、錯覚か。だめ、使えない。(投げ捨てる)
 
   がっかりするスグル。そのまま寂しそうな背中で退場。
 
マリ え〜、なんで? せっかくいいと思ったのに。
ナデシコ うん、形は繊細な感じでいいんだけど、なんか、こう、違和感があるんだよね。自己主張しちゃうっていうか、自然にとけ込めそうにないんだよね、雰囲気的に。
マリ そっかぁ。ごめんね、わたしはそこまで分析できないから。
ナデシコ ううん。気にしないで。
マリ ナデシコはすごいよ。
ナデシコ それよりさぁ、あんた今日はなにがあんの?
マリ 気になる?
ナデシコ そりゃ……。
マリ んふふ、教えない。
ナデシコ なんだよー、こんにゃろ。教えろよぉ。
マリ 秘密。
ナデシコ じゃ、わたしも秘密。
マリ なにが秘密なの〜?
ナデシコ んふふ、教えない。
マリ くそぉ。そう来たか。いいもん、教えてくれなくても。
ナデシコ あ。……作戦失敗か。
マリ (笑う)
 
   釣り道具を持った老人が現れ、池の前へ。
 
ナデシコ マリ……また来たよ、あのおじいちゃん。
マリ ホントだ……。ほっとこ?
ナデシコ なんの危害を加えるわけでもないんだけど、なんか気になるのよね。
老人 (大あくびして、池に向かって)おはよう。
マリ (泣きそうな表情で)あ〜ん、池に向かっておはようっていってる……。
ナデシコ っていうか、なんで年寄りのくせに昼過ぎに起きてんのよ。いったいどういう生活してんの? あ〜、気になるぅ。また作業が進まなぁーい。
マリ だめだよ。意識したら。世の中、変な人はたくさんいるんだから。試練と思って耐えなきゃ。
 
   老人、釣り道具を取り出し、丹念に釣りの準備を始める。ナデシコとマリも気になって、どうしても見てしまう。
 
ナデシコ ねぇ、今日こそ注意しない?
マリ え〜、そんなことできないよ。
ナデシコ だって、絶対間違ってるじゃん。
 
   老人、釣り針に餌をつけ、早速池に投げ込み釣りを始める。
 
ナデシコ (大きくため息をつく)ああ……いいたい、いいたい、いいたい。あんた間違ってるよって大声でいってやりたい……。
マリ だめだって、もう。他人は他人。ね? こっちはこっちでやってこうよ。もう日常茶飯事じゃない。
ナデシコ 公園の人工池で釣りをすることが日常茶飯事? もう世の中の常識がわからないわ。そのうち、文部科学省も「常識」って科目作るね、絶対。
マリ そんな時代が来たら、本当に常識はなくなるね。
老人 はぁ〜、サンマが食べたい。
ナデシコ サンマ? 今、サンマっていった?
マリ サンマ釣る気? 公園で? ウソでしょう?
ナデシコ あぁ〜、脳みそがぐじゅぐじゅにとけてきたぁ〜。
マリ だめだめ。気をしっかり持って。深く考えちゃ自滅しゃうよ。
ナデシコ そうだよね。芸術家が論理的に考えはじめたら終わりだよね。
マリ そう、相手はただのボケ老人。
ナデシコ ボケ老人……。
マリ (確認するように念を押して)ボケ老人。
ナデシコ ……そう思うと、哀れだね?
マリ ちょっとね……。
ナデシコ (しんみりして)仕事始めよっか。
マリ そうしよっ。
 
   作業をする二人と釣りをする老人。しばらく焦点はこの二組。
   少女像はアートフェスティバル当日までに仕上がるように徐々に組み立てていく。
   釣りのほうは、(公園をリアルに作るのならば)池に本物の魚を入れておく。いつでも釣れて構わない。
 
マリ ……じゃあ、わたしそろそろ帰んね。
ナデシコ (駄々をこねるように)ええ〜? もうちょっといてもいいじゃ〜ん。
マリ ん〜、でも……。
ナデシコ マリちゃ〜ん。
マリ ごめん。また明日も来るから。
ナデシコ ……しょうがない。解放するか。
マリ ごめんね。
ナデシコ いいのいいの。手伝ってくれてありがとサンキュー。
マリ 明日、何時くらいから来てる?
ナデシコ ん〜、十時くらいかな。
マリ そっか。じゃあ、明日お昼ご飯作ってもってきてあげるよ。
ナデシコ え? ホント?
マリ だから十二時くらいに来るね。
ナデシコ マリちゃん、やさしい。さすが。お嫁にもらってあげたい。
マリ (笑う)それじゃあまた明日ね。
ナデシコ うん。ありがとね。
マリ うん。ナデシコも無理しすぎないように。
ナデシコ うん。
マリ じゃ、バイバーイ。
 
   マリ、帰る。
 
ナデシコ よし、また精を出すか。
 
   ナデシコ、作業を再開する。
   そこに、待ちかまえていたようにスグルが現れる。
 
スグル (缶ジュースを差し出して)あの。
ナデシコ (驚いて)ひゃあ!
スグル (緊張しつつ、自然さを繕い、少しカッコつけた感じで)……これ、よかったらどうぞ。当たっちゃって……。
ナデシコ ああ……そうなんですか。どうも、ありがとうございます(受け取る)。
 
間。
 
スグル 出来はどうですか?
ナデシコ ……まぁまぁ、ですね。
 
   警戒心を持ったよそよそしさでスグルを見るナデシコ。沈黙を必死に埋めようとするが、立ち尽くして腕をぶらぶらするばかりのスグル。
 
スグル あ……、(ナデシコのスポーツジュースを指さして)汗をかいた後にはいいですよ。イオンが……。
ナデシコ はぁ……。
 
   沈黙。
 
スグル 冷めないうちにどうぞ。
ナデシコ はい?
スグル (慌てて)あ、冷たいうちにどうぞ。(顔を真っ赤にして) それじゃあ、ぼくも本の続きを読まなきゃ。
 
   スグル、打ちひしがれてベンチへ。座った後も、最初の内はかなり堪えた様子で、自分を責めている。
   しばらくして、二人ほとんど同時に缶ジュースを開ける。なんだか気まずい二人。ナデシコは気にせず、作業に取りかかる。スグルは後からだんだん幸せがこみ上げてきて、   自分の勇気を喜び誉め称える。
 
ナデシコ (視線を感じてかスグルのほうを振り向く)
スグル (慌てて本を読んでいるふりをする)
ナデシコ (首を傾げる)
 
   大きなカバンを持った女性が現れる。南西側にいくと、ここでカバンから敷物を取り出し、イソイソとアクセサリーや詩集を並べ始める。まったく急ぐ様子も周りを気にかける様子    もない。丹念に等間隔に並べていく。この女性は二十代後半、名前はチハル。服装は地味で、暗い印象。
   ナデシコはしばらく彼女の様子を肩越しに見つめる。チハルがふと目を上げたとき、二人目が合う。チハル目をそらす。首を傾げるナデシコ。雑念に惑わされないように気合   いを入れて、また作業を始める。
   スグルはこの女性が視界の中、しかもナデシコのすぐ近くに入ることにいらだつ。そして、小石を投げる。池に入って、老人に思い切り睨まれる。しょうがなく、本でチハルを隠   してナデシコを眺めることにする。
   チハルはそんなスグルが目に止まる。本を自分に向けて見せていると勘違いして、本のタイトルを覗き込みながらスグルに近づく。
 
チハル ……(緊張した様子で)それ、シェイクスピアじゃないですか? ソネット……読んでらっしゃるんですか? いいですよね。わたしも好きなんです。
スグル (かなり驚き、怪訝と敵意の眼差しでチハルを見る)はぁ、そうですか……。
チハル どうしてわたしが詩を好きだってわかったんですか?
スグル え、なんですって?
チハル わたしに向けて、本を見せてらっしゃったでしょ?
スグル あ、ああ……なるほど見方によっては。でも、それであなたのポエム好きを見抜いたと解釈されても……。
チハル ごめんなさい、勘違いでしたか?(傷つく)
スグル いえ、こちらこそ……そんな傷つかれても、(ナデシコを気にして)ぼくの印象が……。
チハル でも、詩は好きなんでしょう?
スグル ん〜、好きというか……。
チハル よかったら、わたしの詩集もあそこで売ってますので……。
スグル ああ、そうですか……。

チハル (謙虚な笑顔で)覗いていきませんか?
スグル (どう体裁良く断ろうか考える)ああ、ん〜、そうですねぇ。(ふとメリットに気づいて笑顔で)じゃあ、せっかくですから。
 
   二人、移動する。スグルは当然ながらナデシコを強く意識している。
 
チハル 学生の方ですか?
スグル ええ、(自慢げに)東大生です。
チハル そうなんですか。じゃあ、頭のよろしい方なんですね。
スグル いえ、それほどでも。でも、まぁなんですか。今、時代は柔軟な思考を求めていますから、詩なんてのもいいですねぇ。
チハル そうですね。
スグル 今、芸術関係にとても興味があるんですよ。
チハル それはいいですね。
スグル ぼくが思うに、芸術というものは人間が人間を想像力で再創造する。つまり大宇宙の中の小さな人間が小宇宙を構成 する。ここに深い意義がありますね。これは人間が生きていく 理由を問いただす手段でもあり、同時に神や自然といった我々の不可避的な要素に立ち向かう闘争とも相成ります。実に根本的なものと解釈していいでしょう。
チハル (全然わからず)はぁ……。
ナデシコ (頭を指圧する)
スグル ここにあるのは全部あなたが作ったものですか? このアクセサリーも?
チハル はい、(照れ隠しに)まぁ趣味みたいなものですけど。
スグル ぼくは女性的な感性にも興味があるんですよ。なんていうんですか。男にない繊細さ、豊潤さがありますよね。いうなれば現実に対する幻想、ヴィジブルとインヴィジブルというか。 女性には幻想に誘う魅力というものが思うにありますね。こ れは生まれる前に分岐した要素ですから、ぼくが想像するに女性は心から誕生し、男性は身体から誕生したに違いありません。その証拠に女性はハートマークが好きでしょう?
ナデシコ (頭をたたいてマッサージする)
チハル すいません。ちょっとわたしには……。
スグル いえ、これはぼくの理論ですから。もちろん押しつけるわけではありません。
チハル (詩集を差し出して)あの、これ……一番新しい詩集なんですけど、よかったら手にとって見てくださいませんか?
スグル はい。(パラパラとページをめくり)「思い出は風下に流れ、風上からは未来が流れ、わたしは渦に巻かれ、なにもかもを見失う」
チハル 恥ずかしいから、声を出して読まないでください。
スグル いいじゃないですか。(またページをめくる)「高揚したわたしの気持ちはこの山のように紅葉し、暖かい彩りを抱きしめる。けれど、わたしは誰に見られることもない。このままあの人は季節と共に過ぎ去り、わたしの気持ちも枯れていくの?」
チハル (顔を真っ赤にして止めようとする)もうやめてくださ〜い!
スグル 素晴らしい。お世辞抜きに素晴らしい。
チハル 本気で言ってるんですか?
スグル ぼく買いますよ。これ。
チハル 本当ですか? 
スグル いくらです?
チハル 三百円……です。
スグル ちょっと待ってください(金を取り出す)。はい(金を渡す)。
チハル ありがとうございます。
スグル ……へぇ〜。あ、チハルさんっていうんだ。
チハル はい。本当に恥ずかしい限りで……。
スグル よくここで、売っているんですか?
チハル いえ、今日からですよ。
スグル そうなんですか。
チハル ……でも、なんですね、アートフェスティバルっていう割には人が少ないし、なにもないですね。
スグル ええ、だってあさってからですから。
チハル え? あさって? やだ、わたし……! 
スグル 今日からだと思ってたんですか?
チハル  はい!(片づけ始める)じゃあ、あの老人は展示物じゃないんですね? はぁ〜! よく見たら動いてる! ごめんなさい。あさって出直してきますぅ。
スグル さようなら。
 
   チハル、恥ずかしそうにカバンを抱えて去っていく。
   スグル、その場所で座って詩集を読み出す。
 
スグル ……「そよ風に揺られ夢うつつ、妖精たちがキスをして、昆虫たちがダンスを踊る。わたしの心は空に抜けだし、風に漂い舞い踊る」……恋の気持ちだな。きれいな詩だ。……ここもなかなかいい。「大空と大地が口づけをして、そのとき世界に朝が訪れる。わたしは光とぬくもりをもらい、大いなる愛を受け取る。そしてわたしは感謝する。あの人と同じ朝日、同じ愛を受けていることを」……ああ、胸がいっぱいだ。(感傷に浸る)
ナデシコ ……あの。
スグル (待ち望んだように)はい!
ナデシコ お声を出して読むんでしたらどうかあちらで。申し訳ないんですけど、集中できませんので。
スグル ……(絶望的に)すみません。
 
   スグル、いたくしょんぼりして元のベンチに。ベンチに座って大きな息をつくと、寂しい背中で帰っていく。
 
ナデシコ う……腰いた……。
 
   ベンチに座って、しばらく休憩。いとおしげに少女像を見つめる。さみしそうな顔になってうつむく。
   そこに、中年の男性がやってくる。年は四十前後。
 
男性 おい、おやじ。(老人のところへ)これから買い物に行くからよ。来るだろ? 
老人 まだ(一匹も/匹しか)釣れてないというのに……。
男性 釣り道具買いたいっていってたじゃねぇかよ。
老人 (うんざりという様子で)あぁ、あぁ。
男性 ったく、クソガキどもがうちの窓ガラス割るから、はめ換えねぇといけねぇし。おれだって忙しいんだからな。
老人 わぁかってる、わかってる。いちいちうるさいんだよ。
男性 うるさいって、うるさくする原因をおやじたちが作ってるんだろ。
老人 なにもしてないだろが。
男性 いいからさ、早く片づけて車乗んなよ。
老人 わぁかってる。せかすな。
男性 なにがわかってるんだよ。……ったく、クソガキどもんなかにうちのガキどもも混じってやがるから弁償しろともいえねぇしよ。そんな余分な金があるんだったら、酒でも買うっていうんだよ。おれだって我慢してんだ。ほら、さっさとしろよ。
老人 わぁかってるっていってるだろ。
 
   男性と老人、こんな調子で去る。
   ひとりぼっちになったナデシコ。
 
ナデシコ ふぅ……、もう少し頑張るか。
 
   立ち上がって、再び少女像に向かう。
 
    *  *
 
   夜の公園。
   スグルがたくさんの枝や空き缶を小脇に抱え、懐中電灯で照らしながらやってくる。そうして、付近にばらまいていく。彼おすすめのものは、少女像の近くに置く。たまに、   想像して笑い声をもらす。彼は自然に見えるようにと距離を作って置いていくが、実際は不自然である。
   そこに、男性がやってくる。白いエプロンと帽子をつけ、袖をまくっている。手にはバケツと懐中電灯を持っている。
   スグルはなんとなく気まずく、公園の隅のほうにそそくさと移動する。
   男性は池のところまで来て、水の中を懐中電灯で照らす。スグルもこの男の行動に興味をそそられるよう。
 
男性 なんだよ。ほとんど釣れてないじゃんかよ。(バケツを覗き込んで)まぁ、いいか。(バケツの中身を池に放り込む)(更に池の中を見渡し)おぅよ、一匹死にかけがいるじゃねぇか。おやじが見たらショック受けちまう……。捨てとくか。(バケツですくう)
 
   ふと、スグルと男性の目が合う。男性、ビックリする。お互い気まずい。お互い自分の持ち物(枝や空き缶・死にかけの魚を入れたバケツ)を見る。一層奇妙な感じになって居   心地が悪くなる。
 
男性 (呟くように)早いとこ戻んねぇといけねぇや。
 
   男性、訝しげに去る。
   誰もいなくなると、スグルはまた大切な思い出の場所として愛着を持った振る舞いになる。少女像をうっとりした表情で眺める。手を触れようとする。とっさに、周りを見渡   す。誰もいないことを確認して、像に触れる。また変な笑いを漏らす。
 
スグル (正気に戻って)……はぁ、いけない、いけない。しっかりしろ、スグル。(ふと思い出して、一枚の紙を取り出す。そして身振り手振りに感情を交えて)「ああ、地上に舞い降りた妖精。君はぼくに気づいていない。すなわちあまりに君が無垢だから。 しかしながら必然的に感じているだろう。ぼくの純粋な気持ち は君の澄んだ心にバイブレーションを生じさせるはず。この世には愛と奇跡が溢れているから。見えない壁なんて粉砕して、ぼくらはその証人になろう。愛と奇跡の生き証人に」
 
   感慨深く詩を抱きしめるスグル。
 
スグル ……星も綺麗だ。(照れながら)この詩を中に挟んじゃっ たりしてね。(詩を少女像の左手の中に入れる)気づいたときビックリするだろうなぁ。「誰かしら? こんな素敵な詩が忍ばせてあったわ」(笑う)だめだ、だめだ。(紙を取り出そうとする)
 
   そのとき、話し声が聞こえる。スグル、慌てて紙を取り出そうとする。そのとき、像の左手が壊れる。パニックに陥るスグル。とにかく、塀を乗り越えて隠れる。
   やってきたのはマリと、同い年ぐらいの若い男性タクト。マリは昼間とは対照的な背伸びした派手目の格好をしている。タクトは背が高く端正な顔立ち、第一印象でモテそ   うなタイプ。二人とも少し酔っている。
 
マリ ほら、こっちこっち。
タクト マリ。おまえ、こんなところまでウソにつき合わせるか?
マリ ウソじゃないって何度もいってんじゃない。ほらほら、見てよ。
 
   二人、池を覗き込む。
 
タクト 暗くてわかんねぇよ。
マリ ほら、いるじゃん。よく見てよ。
タクト おおー! マジかよ。なんでこんなところに魚がいんだよ。
マリ ね? ウソじゃないでしょ。
タクト 悪趣味な公園。
マリ それでね。変なんだよ。ここの魚増えたり減ったりすんの。今がピークかな。
タクト そんなおまえ、夏休みの成田空港じゃねぇんだから。
マリ 本当だよ〜。
タクト 川に続く水路でもあんのか?
マリ まさかぁ。でもね、魚が減っていくのはわかるのよね。
タクト なんでだよ。
マリ ここで釣りをしてるおじいさんがいるから。
タクト (笑う、そして突っ込んで)そんなことあるわけねぇだろ!
マリ 本当だよー。タクトは見てないから信じられないの。
タクト 常識から考えて信じられるわけないだろ。
マリ とにかく本当なの! 写メに撮っとけばよかった。
タクト (ふと真面目な顔つきになってる)……おれが信じてるのは、マリだけだ。
マリ (ちょっと戸惑い、小声で)……なにいってんの? (タクトから少し離れて)……随分涼しくなってきたね。
タクト ん? ああ。……。今紅葉が綺麗だしな。今度旅行にでもいこっか。
マリ 旅行? だめだよ。
タクト なんで? おれたちまだ一回も旅行に行ったことないんだぜ。
マリ ……。
タクト まだ、怒ってんのか。
マリ 怒ってないよ。
タクト じゃあ、やっぱり冷めたのか。
マリ そんなことないけど……。
タクト 悪かったと思ってるよ。真剣に。けどさ、そのおかげでもあるんだぜ。おれが好きなのはマリだけだって気づいたのは……。……もう一度、やり直そう?
マリ タクト、わたし……(真剣な顔でいいかける)
タクト (おもむろにキスをする)
 
   キスをし始める二人。スグル、興奮して塀を乗り越える。
 
タクト マリ……好きだ……。
マリ タクト……。(もうなにもいえなくなって場に流される)
 
   情熱的にキスしあう二人。スグル、興奮を通り越してあきれてくる。そして冷めてくると何となく悔しくなる。そこで、少女像にキスしようとする。そしてまた壊す。今度は右腕を   取ってしまう。
   音を聞いて、周りを見回すマリとタクト。息を潜めて像の影に隠れるスグル。
 
タクト どっか座ろっか?
マリ うん。あ、ナデシコの作品見る?
タクト ナデシコ? ああ、はいはい、おまえの友達ね。
マリ 今度ここでフェスティバルするじゃない。それにね、出品するやつなの。
タクト へぇ、そうなの?
 
   慌てて、塀を乗り越えて隠れるスグル。二人、少女像の前へ。
 
タクト ……ああ、これ? ……あんまりきれいなものじゃないね。
マリ だって、全部公園に落ちてるもので作ってるんだもん。
タクト そっか。……でも、こうして暗いところで見るとさ、お化けみたいだよな。
マリ もう。
タクト (笑う。そして、幽霊のまねしてマリを驚かす)
マリ もう、やめてよ!(笑う)
スグル (まるで自分が侮辱を受けたかのように怒りをあらわにして、殴りかからんばかり)
マリ でも、おかしいな。こことここがぽっこりなくなってる。
タクト 気に入らなかったんじゃないの?
マリ 誰かに壊されたのかなぁ? 
タクト かもな。
マリ ひどいやつがいるなぁ。ただでさえ当日まで時間がなくて毎日頑張ってるのに。これ見たらナデシコ悲しむよ。
スグル (しょんぼりする)
タクト 部品は?
マリ 落ちてない?
 
   二人、辺りを探し始める。ひやひやして隠れているスグル。
 
マリ あ〜ん、誰よ持っていったの。ひどすぎるよ。
タクト まぁ、そのナデシコちゃんが自分でやったのかもしんないし。
マリ そうかなぁ……。だって、もう時間ないんだよ。そんなことするかなぁ?
タクト 時間がないから家に持って帰ったのかもしれないじゃん。明日、また来たらわかるよ。
マリ うん……。
タクト (ベンチに座って時計を見る)……もうこんな時間か……。
マリ わたしそろそろ帰らなきゃ。色々やんなきゃいけないことがあるから。
タクト 忙しいの? そんなのいいじゃん。
マリ だめ。
タクト 学校のことか?
マリ ううん、家のこと。
タクト なんならおれ手伝おうか? どんなことか知らないけど。
マリ (笑う)……だめだよ。
タクト いや、ホント手伝うだけだよ。
マリ 終電過ぎて、タクトが帰れなくなっちゃうでしょ。
タクト いや、だから……ん、まぁ、そうだよな……。
マリ 一応ありがとう。じゃあ、帰るね。
タクト あ、送ってくよ。
マリ ううん、ここでいい。
タクト だめだって。変な奴がいっぱいうろうろしてんだから。おれがちゃんと送り届けるよ……部屋の中まで。
マリ やっぱり一人で帰る。
タクト ウソだって! 
 
   二人、笑いあいながら去っていく。
   スグル、出てくる。
 
スグル ……ああいうタイプは嫌いだね。下心丸見え。男女のルールというものをわかってない。(壊したパーツを見て、急に焦って)直さなきゃ。
 
   スグル、元通りに戻そうと試みる。……が、左右逆に組み立てる。部品を差し込められて安堵の表情のスグル。
 
    *  *
 
   そして、次の日。昼。
   少女像の背中には空き缶で作られた翼が取り付けられている。ナデシコが既に来て製作を進めていることがうかがえるが、像の両手はそのままで、ナデシコ本人もいない。
   老人がやってくる。新品の釣り道具を携えて意気揚々と池の前に。よほど機嫌がいいらしく、歌を口ずさんだり、独り言をいいながら釣りの準備を始める。
   スグルが今日も本を携えやってくる。ナデシコがいないことに気づく。不自然に見えないようさりげなく彼女を探す。周りを見て、まだ枝などが転がったままなことに気づくと、   いくつかをもっとわかりやすく少女像に近づける。そして、とりあえず彼はいつものベンチに座って、本を開く。ほとんど本には集中しておらず、しょっちゅう周りを気にかける。   老人のほうも、気づいてほしいようにスグルを見る。
 
老人 そこの若いあんた。あんた知ってるか?
スグル はい? なにをですか?
老人 (釣り竿を持って構える)
スグル (釣り竿の先の少女像を見て)まぁ、ええ。
老人 (嬉しそうに)ほぉ。やっぱりみんな知ってるか。
スグル (よく飲み込めず)え?
老人 「シマカワ」
スグル シマカワっていうんですか? え、みんな知ってるって、そんなに有名なんですか?
老人 そりゃ、有名だ。まずデザインからしてセンスが違う。
スグル へぇ、やっぱりなぁ。あなたは、もしかしてその道の人ですか?
老人 (笑って)いやいやそういうわけじゃない。だけどあれだな。生かすも殺すもワシ次第だからな。
スグル (驚いて)ええ? 
老人 この世界は厳しいよ。
スグル もしかして、フェスティバルの謎の審査委員長とか……。
老人 はい?
スグル 全然知らなかった……。
老人 ところでいくらすると思う?
スグル いくらって?
老人 これ。
スグル あれですか? そうですねぇ、芸術に値をつけるのは難しいとはわかっていますが……。
老人 あれじゃない。これ。(釣り竿を目の前に突きつける)
スグル この釣り竿のことですか?
老人 それ以外になにがある?
スグル いつからそんな話に脱線したんですか?
老人 最初っからこの話だ。
スグル 知りませんよ、そんなの!
老人 な……そんなのとはなんだ! ……なんだ、その言い草は。若いもんはすぐに手のひらを返す。年寄りだと思って甘く見てやがるんだな。おまえもうちのカズコとかと一緒だ。
スグル 誰ですか、カズコって。
老人 息子の嫁だ。
スグル (頭をかきむしって)あー、だいたいあなた自身誰なんですか?
老人 おまえの知ったことか!
 
   そこにナデシコとマリがやってくる。スグルはそれを見て、すぐにベンチに戻り、本を広げる。機嫌を損ねた老人は尚怒りの収まらない様子で釣りを始める。
   
マリ (広場中に置かれた枝や空き缶を見て)あれ〜、なにここ、いっぱい落ちてるじゃん。
ナデシコ そうなのよね。朝来たらなんかまんべんなく落ちてて。
マリ 拾わないの?
ナデシコ だって、もういらないし。
マリ そうなんだ。
ナデシコ うん。必要なくなると、ただのゴミだよね。あん、もう散らかってる。
 
   頭を抱えるスグル。
 
ナデシコ それより、見てこれ。わたし、マリに見せるためにわざわざそのままにしといたんだから。
マリ あれ。
ナデシコ ね〜? 信じられる? 右腕と左手が入れ替わってんの。絶対誰かのいたずらよ。ひどいと思わない?
 
   自分の過失に悶絶しそうになるスグル。
 
マリ ……やっぱりナデシコじゃなかったんだ。
ナデシコ なんかいった?
マリ ううん。
ナデシコ (カッターを出し入れしながら)犯人見つけたらタダじゃおかないんだから。
マリ こわーい。
 
   ナデシコ、少女像の両手を直しはじめる。スグルはいたたまれなくなって、寂しい背中で立ち去る。
 
マリ 今日も来てるね。
ナデシコ ああ、あのおじいちゃん? さっき、マリ迎えに行くときにも見たけど、今日機嫌いいでしょ?
マリ え……。なんかすごいイライラしてるよ。
ナデシコ そぅお? 釣れないからかな?
マリ この翼綺麗だね。
ナデシコ なかなかいい感じでしょ? 苦労したのよ。おかげであんまり寝てないんだ。マリもちょっとお疲れね。
マリ 眠そうに見える?
ナデシコ うん。
マリ おかしいなぁ。
ナデシコ まぁ、わたしが忙しいのもアーフェが始まる明日までだから。
マリ アーフェっていうの?
ナデシコ (ブリッコして)略しちゃった。
マリ そんな可愛くポーズしていわなくても。
ナデシコ なんか(ブリッコして)「アーフェ」って感じがしたから。
マリ 疲れてんだね。
ナデシコ そんないいかたしないで。
老人 (くしゃみをする)あー、ふぇくしょん!
 
   ナデシコとマリ、動きが止まる。
 
マリ 今、アーフェって聞こえなかった? アーフェくしょんっていったよね?
ナデシコ マリは芸祭の日は……
マリ 芸祭に変えるの?
ナデシコ ちくしょー、一瞬のうちにイメージを落としてくれちゃって……。
マリ 偶然って面白いね。でも、あのおじいちゃん……えーと、芸祭? アーフェ?
ナデシコ どっちでもいい!
マリ 当日も釣りする気かな。
ナデシコ 他の言い方できるじゃない。
マリ ごめん。
ナデシコ それより、仕事。
マリ ああー、また気をとられてしまってた。なに、手伝えばいいかな?
ナデシコ えーとね、わたしはボディのほう直したり、補強したりしてるから、マリはこの新聞紙に(新聞紙を取り出す)……この枯れ葉を(バッグにいっぱい詰まった枯れ葉を見せる)……隙間なく貼り付けてってくれる?
マリ うわぁ。大役だなぁ。
ナデシコ 細かいデザインとか色合いとか関係ないから。剥がれちゃってもいいから、気にせずバンバン貼ってって。
マリ うん。(早速新聞紙を広げ作業を始める)……わかった。これを服にするんだ。
ナデシコ そっ。まんべんなく貼れたら、あとでわたしが服の形にするから。
 
   しばらく、二人製作をしている。
 
ナデシコ そういえばさ、マリは占いって信じるほうだったっけ?
マリ 全部は信じないけど、中には結構当たってるなってやつあるよ。なんで?
ナデシコ ちょうど今月は芸術方面に才能を発揮できる月なんだって。
マリ へー、当たってるじゃん。
ナデシコ うん。結構当たるって有名なやつなんだけどね。なんか状況的に一致することってあるよね。でも、いい占いって全然当たんないと思わない? 
マリ それはいえてるかも。
ナデシコ 恋愛運とかさ、よく今ならうまくいく可能性大とか、思わぬ人から告白されるかもとか書いてあるじゃない。
マリ 書いてある、ある。
ナデシコ 当たったことある?
マリ ない。
ナデシコ あれは陰謀だね。
マリ 誰の陰謀なの?
ナデシコ 占い師よ。期待させて、毎回読ませるのよね。
マリ ああ。で、同じ的中するでも嬉しいことって信じちゃうもんね。
ナデシコ うんうん。そういうことって、つい人にも話しちゃうしね。
マリ うん。そんで、人に話してるナデシコはなんか嬉しいことが当たったの?
ナデシコ まさかー。そんな、まさかまさか。
マリ そんなに繰り返さなくても……。
ナデシコ でもね、密かにあなたを想っている人が現れるかもとか書いてあったよ。
マリ おおー。
ナデシコ もう、乙女を惑わすなっつーの。
マリ でも、「かも」だから、現れない「かも」しれないんだよ。
ナデシコ そうだよね……。
マリ 期待のもてる人生っていいね。
ナデシコ なぁに、急に暗くなって。
マリ 別に。わたしのはなんか書いてなかった?
ナデシコ 牡羊座? 読んでみれば。
マリ あ、持ってきてるの? どこ?
ナデシコ (ゴミ箱を指さす)今朝拾ったやつなのよね。
マリ うら若き乙女がホームレス化してきてるね。
ナデシコ 中あさったら見つかるよ。「SWEET」ってやつ。
マリ そしてわたしまでが……。
 
   マリ、ゴミ箱のほうへ。
 
マリ 手がベトベト。
 
   マリ、噴水で手を洗う。嫌悪感をあらわに睨む老人。
   マリ、ゴミ箱から雑誌をとって戻ってくる。そして、占いのページを探して読む。
 
ナデシコ なんかいいこと書いてる?
マリ 海外が幸運を呼び込むって書いてある……。(首を傾げる)
ナデシコ 恋愛運は?
マリ 日頃の行いがいい人は、この時期周りからちやほやされるでしょう、だって。
ナデシコ いいじゃん。「ちやほや」って「あやふや」って感じがしてちょっと嫌だけど。
マリ でも、日頃の行いがいい人だよ。
ナデシコ なにいってんの。マリはとってもいい子だよ。
マリ ……(複雑で胸の痛い心境)。
ナデシコ う……お腹が減ってきた。もはやここまでか……。
マリ お昼にする?
ナデシコ うん! 
マリ じゃあ、準備するね。
ナデシコ わたし手洗ってくるー。
 
   マリ、カバンから弁当を取り出してお昼の準備をする。ナデシコは、噴水で手を洗う。
 
老人 (堪忍袋の緒が切れて)そこで、水をバシャバシャやると魚が寄ってこないんだ! そんなこともわからんのか!
ナデシコ (ビックリしてシュンとして)ごめんなさい……。
 
   ナデシコ、戻ってくる。
 
ナデシコ 怒られちゃった……。
マリ あんな小さな池で寄りつかないもなにもないと思うけどね。
 あ、おしぼりあるから、使って。噴水の水はあんまりきれいじゃないよ、たぶん。
ナデシコ うん、ありがと。(弁当を見て)わーい、マリのお手製だぁ。
マリ 遠慮しないでどんどん食べていいからね。
ナデシコ すごいね。やっぱり料理のできる女の子って輝いて見える。
マリ ナデシコできないの?
ナデシコ デコレーションには凝るんだけど……味には凝らないというか……要するにわたしは下手なの。……じゃあ、いただきま〜す。ん、おいしい !
マリ ホント? よかった。でも、なんか飲み物ほしいね。
ナデシコ わたし買ってこよっか。お弁当のお礼でおごるね。
マリ サンキュー。
 
   スグルが現れる。缶ジュースを三人分持って。
 
スグル あの……! (缶ジュースを差し出して)これ……よかったらどうぞ。また当たっちゃって……。
ナデシコ また……ですか?
スグル 今度は連続で……ビックリしちゃいましたよ。最近ついてるのかな。
ナデシコ でも二本も……。
スグル いいんです、いいんです。どうせ飲みきれないですから。
ナデシコ ありがとうございます……。
スグル あ……どうですか? 順調に進んでいますか?
ナデシコ まぁ、ちょっとトラブルとかありましたけど、たぶん間に合うと思いますけど……。
スグル そうですか。まぁ、急がば回れといいますから。
ナデシコ はぁ……。
 
   ぎくしゃくした会話の二人。そこに、マリが弁当を差し出して。
 
マリ よかったら、ご一緒しませんか?
ナデシコ (余計なこといわなくてもいいという顔でマリを見る)
スグル (満面の笑みになって)本当ですか?
マリ だって、飲み物をいただいたわけですから。
スグル ありがとうございます。
マリ ごめんなさいね。おしぼり二つしか用意してないんですよ。
スグル あ、大丈夫です。そこで洗いますから。
 
   スグル、噴水へ。
 
ナデシコ (小声で)もう、余計なこといわなくていいのに。
マリ だって……。
ナデシコ マリは知らないだろうけど、昨日も同じことあったんだよ。最近毎日会うし、ちょっと気持ち悪くない? 
 
   スグル、噴水で手を洗う。老人、怒りに我を失う。
 
老人 (釣り竿でスグルをたたきながら)おまえたちは、わざとやってるのか! そうだろ! それともおれの姿が見えないとでもいうのか! ジジイだと思ってバカにしてるんだろ!
スグル (必死で逃げながら)そんなことありませんよ!
老人 こんのやろう……。おまえらはなにもわかってないんだ……! なにも……!
 
   スグル、ナデシコたちのところに避難。老人は気分を損ねて、帰り支度を始める。
 
スグル なんなんでしょうね、あの年寄りは。たったあれだけのことで、不愉快な……。
マリ それはたぶん三人目ですから。
ナデシコ 帰る準備始めちゃったよ。
スグル ほっときましょう。ああいうのは放っとくに限ります。
マリ どうぞ、とってくださいね。
スグル はい。あ、ぼくお二人とも知っていますよ。マリさんとナデシコさんですよね。ぼくのことはスグルって呼んでください。
マリ スグルさんっていうんですか?
スグル はい。東大に通っています。
マリ ああ、そうなんですか?
ナデシコ (無関心で)この卵焼き、おいしいね。
スグル (ちょっと寂しく)本当においしいです。……あの、お二人はどういったご関係なんですか?
ナデシコ ご関係って……学校の友達です。
スグル ああ……芸術関係の?
ナデシコ まぁ、そうですね。
 
   スグル、会話に苦しむ。ジュースを開ける。それを合図のようにナデシコとマリもジュースを開ける。
 
ナデシコ いつもどういった本を読んでらっしゃるんですか?
スグル え、ぼくですか?(ぱっと明るくなって)ご存じでした? まぁ、最近は詩だとか芸術論、あとは環境問題の本とかですね。
ナデシコ あ、環境問題に興味が?
スグル ナデシコさんもですか? 奇遇だなぁ。
ナデシコ わたしの場合は妹の影響ですけど。
スグル ああ、妹さん……。
 
短い沈黙。
 
マリ お勉強大変ですか?
スグル そうですね。でも学生の本分ですから。
マリ はぁ、偉いなぁ……。
 
   ナデシコとスグル、一緒に手を伸ばす。二人同時に手を引っ込める。
 
スグル (照れて)あ……どうぞ。
ナデシコ (おにぎりを取る)
スグル (そのあと、おにぎりを取る)
マリ あ、そうだ。スグルさんは星占いって信じます?(雑誌を取る)
スグル 占星術ですか? んー、ちょっと非論理的ですね。
マリ まぁ、そういわず。調べてあげますよ。なに座ですか?
スグル 天秤座です。
マリ え〜と……「今月は物事に振り回されて論理的に考えることができずイライラしてしまいそうです。少し、目先を変えてみましょう。芸術やレジャーには向いています」どうですか?
スグル 当たらずとも遠からず、かな。確かに最近芸術には興味がわいているんです。素晴らしいですよね。そもそも芸術というのは……
ナデシコ 他は?
マリ あ。恋愛運はですね、「好調な運気。この時期情熱的な愛を受けたり強烈な恋に陥る可能性はありますが、行動に出るのは少し待ってゆっくり考えたほうがいい結果をもたらします。 カップルはちょっとしたズレで喧嘩状態になってしまうかも。冷静さを失わないように気をつけて」だって。
スグル う〜ん、結局、日常どこにでもあることの、可能性の問題なんですよね、この種のものは。ぼくにはナンセンスですね。
マリ そう……ですか。(好意を蔑ろにされて少し傷つく)
スグル (手でジェスチャーをしながら)目に見えないものに振り回されるよりも、目に見えるものを信じるべきでしょうね。だから、ぼくらは、特に現代人的見地からしても、現実をよく見て、なにが起こっているのか、そしてなにが必要なのかを判断しなければなりませんね。
 
   ナデシコとマリ、呆れる。
 
スグル いえ、これはぼくの意見ですから、押しつける気はありませんよ。押しつけはいけません。
ナデシコ で、あなたはどうして熱弁を振るってるんですか? いったいあなたにはなにが必要なんでしょうね。(立ち上がって少女像のところに)マリちゃん、ごちそうさん。
マリ うん。
スグル ……これは、ぼくの性格みたいなものですから……。ご気分を悪くされたんなら謝りますけど……。
ナデシコ (少し気の毒に思って)あ、いえ、ただちょっと、私たちにはついていけない話題かな……と。ほら……頭のいい方ですから、難しくて……。
スグル あ、もう少しわかりやすい言葉で喋ったほうがよかったんですかね。じゃあ、そうだなぁ……
ナデシコ あー、いえいえ、結構です。
 
   スグル、ナデシコが離れると、会話をする気力も失って、ただ寂しく、居心地の悪そうに手遊びをする。
 
マリ 残り、食べますか?
スグル あ……いえ。
マリ そうですか。(最後の一つを取って食べる。そして片づけを始める)
スグル (耐えきれなくなって立ち上がる)それじゃあ。どうもごちそうさまでした。
マリ いえ。
スグル (ナデシコに)素晴らしい作品が出来上がることを祈っています。
ナデシコ (少し意表をつかれて)……ありがとうございます。
スグル それでは、さようなら。
 
   スグル、はかない背中で帰っていく。
 
ナデシコ わたし、ちょっといい過ぎたかな? でも、いいよね。だって他人だもん。
マリ あの人、普段なにしてんだろ。
ナデシコ そんな素朴な疑問を抱いてしまうよね。
マリ でもさ、あの人ナデシコのこと好きなんじゃないの?
ナデシコ (笑って)なにいってんの? やめてよ。
マリ だって、ほら、占いにもあったんでしょ。
ナデシコ ああ、そうだ! ウソでしょ? あの人? マジ? なんで? わたしのどこに?
マリ そんな立て続けに疑問ぶつけなくても……。
ナデシコ ん〜、そうだとしても、これでわかったでしょ。わたしのほうはいい印象持ってないってこと。
マリ なんでぇ? 
ナデシコ だって……ねぇ?
マリ そっか。第一印象はよくないか。
ナデシコ いや、第二も第三もないから。なんなら、マリがどうぞ。
マリ んーだめだめ。
ナデシコ 第一印象はよくないか。
マリ 第二も第三もないよ!
 
   二人笑いあう。
 
ナデシコ さぁ、もう仕上げの段階だね。あとはこの子に服を着せてあげるだけ。マリは今日は何時まで大丈夫なの?
マリ ん、終わるまでつき合うよ。
ナデシコ ホントに? ありがとサンキュー。
マリ それ流行んないよ。
ナデシコ う……マリも使おうよ。そして広めよ。
マリ さ、一緒に枯れ葉貼りしよっ。
ナデシコ そんなこといってると、マリの背中に貼っちゃうぞ。
マリ やめてー!
 
   二人、騒ぎながら枯れ葉を貼っていく。
 
    *  *
 
   静かな夜。
   ナデシコの少女像は完成し、街灯に照らされ、新しい命の輝きをやわらかに放っている。
   スグルがやってくる。
 
スグル 考えろ。論理的に。……行動に出るのは少し待って、考えてからのほうがいい結果をもたらす……。好調な運気なんだから運は味方してくれるはずだ。(少女像に触れて)ナデシコさん ……。ああ、ぼくは恋をしている。それはまず間違いない。うん。(公園を歩き回りながら)それでどうなった? あの人と話すことができた。あの人に親切をしてあげることもできた。自分自身をアピールすることもできた。今日は一緒にお昼ご飯まで 食べてしまった。……すごい進歩じゃないか。このベクトルでいけば、うまくいく可能性も充分ある。うん、論理的だ。待て待てスグル。彼女の態度を思い返してもう少し考察してみないと。あの素っ気ないような態度はなんなんだろうか。あまりいい徴候ではないのかもしれない。なぜだ……そうか、知り合ったばかりだからか。なるほど、これはしょうがない。自然なことだ。うん……問題はいつ勝負するかだ。いうべきかいわざるべきか。……アートフェスティバルは明日だもんな。これが終わったら、もう会えないかもしれない。すると期限は決まっている。では、いつ? 行動に出るには充分に考えてと占いはいっていたが、もう 充分考えたぞ。じゃあ、準備はできているじゃないか。あとは必 然的にいい結果がついてくる。……パーフェクトだ。よし、明日。明日告白するぞ。あ、だめだ。一つだけ欠点があった。……緊張していえない。う〜、困った。そうだ、シミュレーションすればいいんだ。事前に練習しておけば本番自信を持って望める。……エクセレントだ。よし。(少女像の前に立ち、一生懸命呼吸を整える)あ……。(声に違和感を覚えて発声練習)あ・あ・あー。 (もう一度仕切り直す。しかしいおうとすればするほど緊張し て固形物のような言葉が出てくる)ナデシコさん……。あなたのことが、好きです。(力が抜け、絶望的に)なんでだろ……言葉に出すと、なぜか嘘臭い。いい方が下手なのかな。(もう一度大きく息を吸って)好きです。だめだ。(大きな声で)好きです! ……(納得のいかない表情)。とにかく、伝えるしかないから……明日頑張ろう。
 
   スグル、少女像にお別れして、去る。
   老人が釣り道具を携えてやってくる。
 
老人 (ぶつぶつと)ごちゃごちゃうるさすぎるんだ。だいたいおまえらだって毎晩毎晩出ていってるじゃないか。そりゃ、今生活を支えているのはおまえたちだし、その商売がどれだけ大事かわかってる。だけど、ごちゃごちゃ言い過ぎる。(釣りの準備を 始める)誰が毎日毎日留守番しているか。おれだって外に出ていけるし、出ていきたいときもあるんだ。孫どもはおれを悪の怪人にしたてて攻撃してくるし、今日はおれのルアーをおかずの中に放り込みやがった。間違って食べたらどうするんだ。自分の釣り道具で自分が釣られでもしたら一生の恥だ。ちゃんとしつけとかないといかん。……そういや、あの若いもんたちも、おれを馬鹿にしおって、むしゃくしゃする。こっちには大事な使命があるんだ。それをわかってない。おれをそこら辺の老いぼれと一緒にしやがる。みんなそうだ。なめていやがる。違うんだ。
 
   池に釣り糸を垂らす。
 
老人 (池に向かって)おーい。寝ておるかい? すまんな、昼は。今助けてやるからな。……おまえたちもずっとそんな狭いところに入れられて、たまらんだろ。……安心しろ。おれが救ってやるからな。そして広い川に帰してやる。
 
   しばらく釣っている。
 
老人 おれも若いときは、色んなところを旅したなぁ。釣り竿一本で日本中を旅したもんだ。いつだって生きてるって気がしてた。だけど今はどうだ……? 決して快適な生活じゃなかった。だけどなぜか満たされていたもんだ。……いつからだろうなぁ。変わっちまったのは。結婚してからか。(小さく笑って)そんなこといったら天国の婆ちゃんに怒られる。(寂しげに)だけど、変わっちまったなぁ……。
 
   餌をひとつまみ池にまく。
 
老人 ほら、食いつけ。ちゃんとおまえらを帰してやるからな。……(一層切なげに)おれにできることは、こんなことぐらいだ……。
 
   そこに、魚を入れたバケツを持って、仕事着の男性が現れる。老人に気づかず、池のところまでいく。バケツの魚を放そうとしたとき、お互い気づく。
 
男性 おやじ……!
老人 おまえ……!
男性 (取り乱しつつ)なんでこんなところに来てるんだよ。
老人 おまえこそ、なんで……? 店はどうしたんだ?
男性 今は客が少ねぇからカズコに任せてるよ。
老人 (バケツを指さして)それはなんだ。
男性 なんでもねぇよ。
老人 見せろ!
男性 なんでもねぇっていってんだろ!
老人 (バケツの中の魚を見て、驚き茫然とする)おまえだったのか……!
男性 (気まずさを一生懸命に隠しつつ)だからなんだっていうんだよ……。悪かったかよ。
 
   沈黙。
 
男性 おやじが、あんまり寂しそうだったからよ……。もう店に戻んなきゃ。
 
   男性、去っていく。
   残された老人、声をあげて泣き始める。そして、泣きながら網を取り出す。鼻をすすりながら網で池の中の魚を掬っていく。全部掬いきると、そのバケツと釣り道具を持っ   て去っていく。
   続いてマリとタクトがやってくる。
 
タクト ……今日は楽しかった?
マリ うん。
タクト ……ウソつけ。
マリ ホントだよ。ね、見て見て。ナデシコの作品。きれいに仕上がったでしょ? わたしもいっぱい手伝ったんだよ。
タクト うん……。
 
   沈黙。
 
タクト 答え、聞かせてくれるんだろ。さ、いってくれ。
マリ ……あの。
タクト (マリの困った表情を見て目を背ける)そんな顔させるつもりじゃなかったのにな。
マリ わたし、引っ越すの。……ドイツに。
タクト 引っ越す? ドイツ?
マリ そうなの。だから、タクトとは付き合えないの。
タクト マジかよ……。
マリ 何年後に帰ってくるかわからない。
タクト そうだったのか……。
マリ うん……。
タクト いつから?
マリ ……あさって。
タクト あさって? なんでずっと黙ってたんだよ!
マリ ごめん……いえなかったの。
タクト そんな……おまえ……。
 
   ショックの大きいタクト。とてもいたたまれず噴水のところへよろよろと歩いていく。
 
タクト せっかく、あのときのこと、ちゃんと謝って……白紙に戻そうと思ったのに。せっかく、おまえへの気持ち、本当に信じられるようになったのに……。
マリ ごめんね。
タクト (池の中を見つめながら)もう一度、やり直したかった。もう、なんにもないや……。
マリ タクト……。
 
   沈黙。うつむくマリ。
 
タクト (吹っ切るように)いいよ。もうおまえはこれ以上悲しい顔しなくていい。しょうがねぇもんな。でも、そのほうがおまえらしいし、いいことだと思うよ。いつまでも、おれみたいな奴らと一緒にいても……腐っちまうだけだからな。(乾いた笑い)
マリ そんなことないよ。わたし、本当に嬉しかったよ。
タクト もう恨んでない?
マリ もちろん。感謝してるよ、タクトには……。だっていっぱい大切な思い出くれたもん。いっぱい、知らなかった自分見つけられた……。本当に感謝の気持ちでいっぱい。
タクト (笑顔を見せる)そっか。けどドイツか……。遠いな。
マリ ……。
タクト おまえドイツ語話せんの?
マリ ん〜、英語ほどは無理だけど、日常会話とか本読むぐらいは。
タクト おまえ英語もできんの? マジかよ。まいった……やっぱ、おまえは違うよ。
マリ (首を振る)
タクト (マリを抱きしめる)……手紙書くよ。最初の内は、寂しいだろうから。
マリ わたし書き続ける。
タクト 無理しなくていいよ。そっちで、一人でやっていける自信がついたらさ、ドイツ語で手紙書いてこいよ。それ見て、おれは ああ、マリはドイツ人になったんだって踏ん切りつけるからさ。
マリ (笑う)
タクト (笑う。そしてふと気づいて)そうだ。ナデシコちゃんにはもういったのか?
マリ (硬直)……。
タクト いってねぇの? なにやってんだよ!
マリ だって……。
タクト いわねぇと。いつまでも黙ってられねぇんだぞ。ドイツに着いてから連絡するってでもいうのかよ?
マリ わかってる。……わかってる。明日……いう。
タクト ……うん(マリの頭を軽くポンポンとたたく)。
マリ (タクトの胸に頭を埋める)
タクト ……送るよ。
マリ (うなずく)
 
   二人、静かに歩いていく。
 
    *  *
 
   ナデシコと少女像。
   ナデシコは「妹」と記されたタイトルプレートと、その妹の写真を持ってきて、少女像の前に置く。
 
    *  * 
 
   アートフェスティバル開催日。
   ナデシコは少女像の前。いつもよりちょっとお洒落をしている。マリは写真を撮っている。
   その近く(前回と正反対の場所)ではチハルが詩集などを売っている。
   老人と男性が二人並んで歩いてくる。
 
男性 あのガキどもはどこ行きやがったんだろな。あっち回ってんのかな。
老人 カズコが見てるから迷子にはならんだろ。
男性 展示に落書きとかしてなきゃいいけどな。
老人 (池の前で立ち止まる)
男性 ……今度どっかの川か湖にでも連れていってやるよ。ピクニックをかねてさ。ガキどもも喜ぶだろ。
老人 (歩き始める)遊び盛りだからな。あいつらはまだ本当の釣りをしたことがないな。
男性 おやじが教えてやんねぇとな。
老人 ああ、きっとすぐにコツをつかむぞ。若いときはなんでもすぐ覚えるんだ。
男性 そうだな。
 
   二人、去っていく。
 
マリ (写真を撮り終わって)結局、タイトルは「妹」にしたんだ。
ナデシコ うん。色々考えたけどね。
マリ きっと喜んでるよ。
ナデシコ うん……。
 
   二人、しみじみと少女像を見つめる。
 
ナデシコ うちの妹写ってないかな?
マリ 変なこといわないで!
ナデシコ でも、無事完成してよかった。
マリ そうだね。おめでと。
ナデシコ あんがと。これからはアザラシのように寝るぞー。
マリ アザラシってよく寝るの?
ナデシコ 知らない。なんか……イメージ的に。
マリ 授業もちゃんと出ないとだめだよ。
ナデシコ う……ほら、撫子は秋の花だから、もう冬眠しなきゃ。
マリ 花は冬眠しない。それに来年の秋まで授業真面目に出ない気? もう、マイペースなんだから。
ナデシコ そんなマイペースなわたしをマリが支えてくれたから、この作品も間に合ったんだよ。ありがとサンキュー。
マリ こちらこそ……ありがとサンキュー。
ナデシコ (ちょっと驚き戸惑い)なにいってんの。わたしがマリを一方的に手伝わせただけじゃん。今度しっかり埋め合わせすんね。一週間連続パフェごちそうっていうのはどう?
マリ それはわたしにダルマになれってこと?
ナデシコ んー、じゃあ……
マリ いいよぉ、わたしも楽しかったもん……。
ナデシコ ……。(大きな声で)今日のマリは元気がなーい! 変、変、変ー!
マリ (目を丸くする)
ナデシコ どうかした?
マリ あ……(一生懸命いおうとする)あのね、わたし……。
ナデシコ うん……。(悪いニュースを覚悟して、マリを見つめる)
 
   緊張した沈黙。
 
マリ ……もうナデシコとお別れなの。
ナデシコ (ショックを受け、茫然と)……なんで?
マリ わたし、ドイツに行かないといけないの。
ナデシコ ……どういうこと?
マリ 引っ越すの。……お父さんの仕事で。これからずっとドイツなの……。
ナデシコ そんな……。引っ越すって、今? マリは学校卒業してからでもいいじゃん。
マリ もう、向こうに編入する大学も決まってるの。ヨーロッパのほうがレベル高いし……わたしにとってもいいチャンスになるの。
ナデシコ そうなんだ……それはおめでとうだね。
マリ (必死に泣くのを我慢している)
ナデシコ (恐る恐る)いつ……発つの?
マリ ……明日ぁ。(とうとう我慢できなくなって泣く。ナデシコの胸に飛び込む)
ナデシコ 明日……? なんでこんなぎりぎりになって……。
マリ だって、だって、いい出せなかったんだもん……。ナデシコと、ずっと今までみたいにいたかったぁ。
ナデシコ マリぃ。(抱きしめる)
 
   抱き合って泣く。
 
マリ ……ごめんね……わたし悪い子だから、ごめんね……。
ナデシコ ……ううん。マリはいつだっていい子だよ。……わたし、マリに会いに行くね。今年は……金欠だから、来年にでも。
マリ ……本当に?
ナデシコ うん。約束。マリとはずっと親友だよ。
マリ (また泣く)えぇ〜ん、ナデシコぉ〜。
ナデシコ (マリの頭を撫でながら)よしよし。ほら、いつまでもめそめそしてたら……みんなに見られてるぞ。
マリ うん……。
 
   ナデシコ、マリをベンチに座らせる。言葉はないけれど別れの悲しさに負けないように手をつないで、しばらく二人寄り添っている。
 
マリ ……いつでも、会えるよね?
ナデシコ うん。会えなくても、手紙だって電話だって、メールだってあるもん。そうでしょ? 六十億の人が世界中に散らばってて、わたしたちはその六十億分のたった二人だけど、簡単に連 絡を取り合える世の中だもん。
マリ うん。
ナデシコ これからも一番の友達だよ。
マリ ナデシコぉ……。
ナデシコ 明日、見送りにいくね。
マリ (うなずく)
 
   するとそこへ 、スグルが駆けつけてくる。まるで結婚式にでも出るようないでたちで、真っ赤なバラの花束を抱えている。
   最初に気づいたマリは瞬間唖然として、ナデシコの手を引っ張って知らせようとする。髪をなでつけながら大股で歩いてくるスグル。振り返るナデシコ、目が点になる。スグル、   ナデシコの前に颯爽と立つ。
 
スグル ナデシコさん。
ナデシコ はい……。
スグル (花束を差し出して)おめでとうございます。
ナデシコ (あっけにとられながらも花束を受け取る)あ、ありがとうございます……。
スグル (呼吸を整えながら懸命にいおうとする)話があるので……少しいいですか?
ナデシコ はい……。
 
   スグル、噴水のそばまで移動する。ナデシコ、一度マリを振り返り、スグルのところへ。マリは自分のことのようにドキドキして見ている。
 
スグル (顔を真っ赤にし、荒い息づかい、目はナデシコの抱えた花束までしかあげられない。それでも懸命に口を動かす)あ、あ……あなたのことが……(大きく息をする。そして最後の言葉を出そうとする)……す、す……好きです。
 
   立ちすくむナデシコ。
 
スグル ……ぼくでよければ……つき合ってください。
 
   頭を下げるスグル。緊張の間。
 
ナデシコ (すまなそうに頭を下げて)ごめんなさい。
 
   スグルの息づかいが落ち着いてくる。手で顔の汗を拭う。顔の緊張も解けてくる。軽く、納得したように、二、三度うなずく。
   ナデシコ、マリのところに戻る。
 
   焦点はスグルのみに。
   スグル、やっと顔を上げる。晴れ晴れとした顔で胸を張る。そこにチハルが現れる。
 
チハル 東大生さん。
スグル (振り返る)
チハル あの……わたしの詩をあんなに誉めてくださったのはあなたが初めてで……こんなこと、突然で申し訳ないんですけど……あなたのことが好きになってしまいました。詩の朗読友達からでもけっこうですので、わたしとつき合ってください。
 
   短い間。
 
スグル (固まった表情で)……はい。
 
   幕。

 

 

 

*許可なき使用を禁じます。
上演を希望する場合は、STONEψWINGS別役まで。


 
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