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Heaven's White

作 別役慎司
 
 
 
 
 
 
登場人物
 
 ・姉{白い世界の女}(28)
 ・妹(26)
 ・妹の夫(35)
 ・村の女(45)
 ・写真家(27)
 ・廃墟の女(33)
 ・若い夫(20)
 ・若い妻(17)
 ・幻影の男
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
孤島の白い砂浜。その近くに白い家があり、 白い服を着た女性が住んでいる。
 
1.Sisters
 
土曜日。
白い家のリビング。白い椅子が二脚、白い テーブルが一脚。
女の妹が、買い物袋を携えて玄関から入っ てくる。オレンジ色基調で、派手な露出度 の高い服を着、サングラスをしている。
 
 お姉ちゃーん! どこにいるの? (荷物をテ ーブルに置き、辺りを見回す)お姉ちゃん? あ、せっかくこの前、かわいらしいテーブ ルクロス買ってきてあげたのに! またあ げたんだ。ここはいつきても、真っ白なん だから。 今度から、接着剤でひっつけてや ろっ。 
 
姉、登場。真っ白な服を着ている。スカー トの裾は、海水によく触れるため、水彩絵 の具でにじんだように薄くブルーに着色し ている。
 
 いらっしゃい。今週は来ないかと思ってた。
 ねぇ、いつも思うんだけど、こんな味も素っ気 もない家に住んでて、生きてるって心地す るの?
 なぁに、会いに来るなり怒って。わたし、なに かした?
 あたしが買ってきてあげたもの、みんななくな ってる。あのテーブルクロス気に入ってたの に!
 ほしい人がいるから。
 あの物乞いでしょ。
 そんな言い方しないの。いいじゃない、わたしは 必要としてないんだから。
 必要としてなくてもさ、タペストリーを壁に飾 ったり、カーペットを敷いたり、ぬいぐる みを置いたりしてさ、もっと色んな物に 囲まれた方が安心するでしょ。
 いいのよ、これで。
 よくない! そんなんだから、人に「幽霊」と かいわれたりすんの!
 そうなの?
 「白女(しろおんな)」とかさ、完全に変人扱いしてるのよ? 知ってる? そういう噂が立ってるんだよ。 絶対、あの物乞いがいいふらしてんの。あ の人以外にいないんだから。
 人にどういわれたって、気にしないから。
 お姉ちゃんが気にしなくてもねぇ、あたしが許 せないの。なにも知らないくせにさ。
 花も買ってきてくれたの? いいのに。島には たくさんの花が咲いてるんだから。
 部屋に飾ってほしくて。この殺風景な家を気持 ちよく変えるって決めたの。だって、壁か ら家具まで全部真っ白だよ。あたしがもう 耐えきれない。
 これでも大満足なんだけどな。
 なにもないのに、どうやって楽しく暮らせるの?
 あんた都会に慣れすぎよ。
 そんなことないよ。まぁ、まかせて。将来を嘱 望されるこのデザイナーの卵が、この家を 変えていってあげる。
 はいはい。(袋の中を見て)あれ、また服買って きたの?
 そう! 着てみて。
 また、こんな派手な……。
 絶対似合うよ、お姉ちゃん。
 
妹はすぐさま袋から服を取り出し、姉の身 体に合わせる。
 
 ほら、ピッタリ。似合う似合う。全然印象違 うよ。ね、着てみて?
 恥ずかしいから、こんな……流行なのかどうか 知らないけど、肌が見えすぎでしょ。
 こんな離れ小島に住んでる人がいう言葉? 誰 が見るっていうの。
 そうだけど。
 ううん、本当はね、誰かに見せるために買った の。お姉ちゃん、まだ若いんだからさ、も っときれいな格好しなきゃ。それで街に出 て、買い物したり、映画を見たり、カフェ に行ったりするの。素敵な男の人とね。
 遠慮するわ……。
 お姉ちゃん、絶対モテるよ、保証する!
 悪いけど、ちょっとわたしには着れない。
 なんでー? スタイルいいんだから、これくらい 着てもいいの! 着て、一緒に出かけよ!
 
村の女が現れる。褐色の肌、汚らしい風 貌。         
 
村の女 こんにちは。
姉 あら、こんにちは。
妹 (ピタリと止まり、急に態度を変え)また来た の?
村の女 元気そうね。今日はなにを持ってきたの?
妹 入ってこないでよ。他人の家でしょ!
村の女 あなたの船が見えたから。
妹 理由になってない! また、物乞いに来たんで しょ。いい加減にしてよ! 大体わかって んの? この島は、あたしの領地なの。
村の女 あなたの旦那の領地でしょ。
妹 そうよ。同じ事でしょ。
姉 ケンカしないでちょうだい。
妹 お姉ちゃんも追い返しなよ!
姉 大声出さないで。
村の女 この人がいいっていってるんだからいいじゃ ないの。
妹 遠慮ってものがないわけ?
村の女 固いこといわないの。
姉 お茶入れるから。二人とも座って。
妹 お姉ちゃん!
 
姉、退場。
妹、村の女を睨みながら、椅子に座る。
村の女 (買い物袋に近づいて)雑誌は買ってきた?
妹 なんであんたにあげないといけないの。
村の女 くれなくていいわよ。あなたのお姉さんか らもらうから。
妹 卑しいっ。
村の女 読み終わったのをもらうだけじゃない。
妹 (臭いを感じて)くさい。
村の女 どうせ読んでないんだから、あたしに買っ てきてもらったのと同じね。
妹 それが嫌なの。
村の女 あなたいくつ?
妹 なに唐突に?
村の女 いくつ離れてるんだっけ?
妹 なんであんたに教えなきゃいけないの。
村の女 若いっていいわ……。
 
間。
 
妹 ねぇ、身体洗ってる?
村の女 失礼ね。そういうのを不作法っていうのよ。
妹 あんたにいわれたかないわ。
村の女 毎日海に入ってるよ。
妹 それで。
村の女 それでって?
妹 あたしは陸の生き物ってだけ。うちの姉も陸の 生き物。
村の女 どういう意味?
妹 さぁ?
 
妹、立ち上がって、姉の所に行こうとする。 村の女、立ち上がって、買い物袋に手を伸 ばそうとする。妹、立ち止まり、やはり戻 ってくる。村の女は伸ばした手を引っ込め る。
 
妹 はっきりいうけど……あなたのことが嫌い。
村の女 あたしは大好きよ。
妹 ……。今、的確な言葉思いついた。「図々しい」 わ。
村の女 あたしが?
妹 「イライラする」。うん、これも的確。
村の女 ひどいわね。旦那の命の恩人に向かって。
 
間。
 
妹 一生の過失っていってるわ。
村の女 あたしはこの島の守り神なのよ。そういっ てたんだから。
妹 溺れたところを助けられたときはね。そりゃあ、 誰だって、このあたしだって、拝んで礼を いうわよ。本当に人の弱みを握ったみたい な言い方して、そういうのが図々しいの。 この島を自由に出入りさせてあげる、その 特権だけで礼は尽くしてます。
村の女 (笑顔で)まぁまぁ。
妹 (ムッとして)まぁまぁじゃないでしょ。
村の女 (テーブルに置かれた服を取って)金持ち は寛大でなけりゃ。
妹 (取り返して)なに、取ってるの?
村の女 それはちょっと着れないね。
妹 あんたのじゃないんだから、ほっといて。
村の女 あたし、青か紫が好きなの。
妹 だから? 絶対、あんたを追い出してやるから。
村の女 (わざとらしく)寛大で慈悲深いあの人が そんなことするわけないの知ってるでしょ。
妹 さぁ、どうかしらね。ここまで遠慮のない人間 だとは思わなかったはずだから。とにかく、 あたしがわざわざここまで足を運んで、色 んな物を届けてるのは、全部お姉ちゃんの ためであって、あんたのためじゃないから。
村の女 わかってるって。優しい妹だよ。もう何年 になるかねぇ? あの子が来て。
 
姉が紅茶を持って戻ってくる。
 
村の女 (姉に気づいて)ねぇ、何年になる?
姉 なぁに?
村の女 あんたがここに来て?
姉 ええっと……たぶん4年ね。
妹 そう、4年。来月には、お姉ちゃん29だよ、 29!
姉 大きな声でいわないで。
妹 他に誰に聞かれて困るの。あたしたちしかい ないのに。
姉 あ、椅子が足りないじゃない。
村の女 ごめんね、この前もらっちゃって。
姉 いいのよ。
村の女 (妹に)息子が、大学終えて帰ってきたん だよ。
妹 だから? (姉に)そのうち家まで盗られちゃ うよ。
姉 まさか(小さく笑う)。
妹 一応この家は、うちの別荘なんだからね。そこ んとこ忘れないでよ。
村の女 姉に向かってつれないこというんだね。
妹 あんたにいってるの。
姉 わたしは立ってるからいいわ。
村の女 そぅお、悪いね。
 
短い間。
 
妹 あぁー、二人のマイペースさにいつもついていけ ない!
 
三人、紅茶を飲む。村の女は、「あら、お いしい」などと独り言。姉は、花を眺める。
 
姉 今晩は泊まるの?
妹 (少し疲れて)ううん。明日、仕事。
姉 そう、大変ね。
村の女 なんの仕事だっけ?
妹 また来週来るよ。
姉 ありがとう。いつもごめんね。
妹 ダーリンも連れてきたいんだけど、次のプロジ ェクトでずっと出張でさ。
村の女 あ〜、それは残念。あの人はいい人だ。真 面目で、人に優しくて。あの人が植えたバ ナナは、随分と育ったよ。見に来なきゃ。
姉 本当にそうね。とっくにわたしの身長を超えた もの。
村の女 バナナの成長は早いから。よく熟れて、お いしいんだ。
妹 食べたの?
村の女 彼女がくれたんだよ。
妹 バナナばっかり食べてたら、飽きるでしょ?
姉 バナナばっかりってわけじゃないから……
妹 今度うちにきたらおいしいもの食べさせてあげ る。
村の女 本当に?
妹 あんたじゃないって。
村の女 まぁまぁ。あんたのお姉さんを、こうやっ てずっと面倒見てあげてるんだよ。最近は 毎日のようにここまで見に来てる。
妹 あたしが、色々届けに来るようになったからで しょ。
村の女 関係ないよ。唯一の友達になってあげてい るんだ。ね、そうだろ?
姉 (少し無理して)そうね。
村の女 ね? あたしがいるから、この子は寂しい 思いをしなくて済むんだ。
妹 あんた、他にすること無いの?
村の女 なにいってんの。あたしは、この子を娘の ように大事にしてるんだ。
 
姉が胸を押さえる。
 
妹 大丈夫?
村の女 どうしたの?
姉 平気。ちょっと……
村の女 また気分が悪くなった?
姉 そうみたい。
妹 大丈夫? こういうことよくあるの? 椅子に 座って。(自分が座っていた椅子に座らせる)姉 (息を大きく吐く)……大丈夫。
妹 そう? 病院行って検査してみよう?
姉 (首を振る)
妹 でも、なにか病気だったら……
姉 (首を振る)ちょっと、胸が詰まった感じにな っただけ……。
村の女 (気まずくなって)じゃ、あたし、失礼す るね。ゆっくり休むんだよ。また来るから。 
村の女、去る。
 
 なに、あの女? むかつく……。
 わたし、あの人が嫌い……。
 (一瞬の間)じゃあ、なんで仲良くしてるの?
 わからない……。話すことで、落ち着くときも あるし。けど、最近はつらい……。会いた くないの。あの人、平気で島に上がってき て、わたしの家に来る。なんだか恐い……。
 ダーリンに頼んで、立入禁止にするから安心し て。
 ありがとう……。
 
間。
 
 落ち着いた?
 ……うん。
 
妹、椅子に座る。
 
 あなたみたいに、いいたいこといえるのが羨まし い。こんな場所に住んでて、なお人嫌いが 治らないわ。
 引きこもってるからだよ。だから、街に戻った 方がいいっていってるの。色んな人が、他 人なんか気にせずワガママに生きてるって わかれば、人付き合いなんかストレスじゃ なくなるから。特に、あの女は、ズケズケ と人の家にあがりこむような人間だから、 余計、ストレスに感じるよ。
 悪い人じゃないと思うけど。
 人が苦しんでいるときに、そそくさと帰っちゃ う人だよ?
 たぶん、帰ってほしいっていうサインだと思って るのよ。実際、そういうときに、胸が苦し くなるから。
 ……。あたし、やっぱりお姉ちゃんは街に戻る べきだと思う。それが一番。誰かが支えて あげないと。うちに住めばあたしもいるし さ、いい友達もたくさんいる。それに、お 姉ちゃんもう若くないんだし……いい人見 つけなきゃ。
 
姉、ゆっくりと立ち上がり、村の女の飲ん だティーカップを片づけようとする。
 
 そのうち年取って、妖怪白ババアっていわれるよ うになるよ!
 
沈黙。
 
 ……ごめん。怒った?
 ……ここに居続けることが正しいこととは思っ てない。あなたたちに頼りっきりで、いつ までも自立できなくて情けないと心底思 う。でも、今はまだここから出ることがで きない……。もう少し待って。
 
 
2.Shadow
 
夜。家の前。
男の幻影が現れる。外から玄関の方を見て いる。
玄関から漏れ出す明かり。姉が出てくる。 男に気づく。
 
 (目を細めて)誰かいるんですか?
 
男は去る。
姉は、気味悪く思い、中に入る。
 
 
3.Heaven's White
 
朝。家の前。
写真家が現れる。ベージュ色の、冒険に耐 えうる厚手の服装。カメラを首に提げてい る。感動の面もちで、島や家を見ている。 写真に納めながら、歩いてくる。
姉がゆっくりと玄関から出てくる。背後に 拳銃を隠し持っている。
 
姉 あの……!
写真家 (気づいて満面の笑顔で)あ!
姉 (銃を向け)撃ちます。
写真家 (慌てて)いや、ちょっと待って、待って! なんで?
姉 (警戒しながら)どなたですか? ここになに しに来たんですか? どうやって、ここを 知ったんですか?
写真家 あの……答えたくても、銃を向けられたま まじゃ……。
姉 答えないなら撃ちます。
写真家 わかりました! ぼくは……ただの旅の写 真家です。美しい景色を求めて世界中を旅 して回っています。天国のような真っ白い 島があると噂を聞き、是非行ってみたいと 思いまして、ボートを借り、そしてぼくは 今ここに。いわせてもらえば、ここはぼく が訪れた場所の中でも格別に美しい。勝手 ながら、この島を「Heaven's White」と名 付けさせていただきました。
 「Heaven's White」……?
写真家 家が一軒あるという話を聞いていましたが、 ぼくはてっきり地元の人かと。まさか、こ んなに美しい人が住んでいるとは思いませ んでした。しかも、砂浜と同じように、白 い家、白い服を着た女性……まるでファン タジーの中にいるようです。
 ここは私有地です。
 
短い間。
 
写真家 ……なんかイメージの壊れる言葉だな。
 ですから、お引き取りください。
写真家 せっかくここまで来たんだから、ほんの少 し写真を撮るだけでも。
 お引き取りください。
写真家 あなたのお名前は?
 誰にも汚されたくないんです。誰にも荒らされ たくないんです。
写真家 じゃあ、「snow white」と名付けましょう。
姉 白雪姫じゃないですか。
写真家 あ。……写真の腕は悪くてもネーミングの センスはあるっていわれるんだけどなぁ。
姉 撃ちます!
写真家 わかりました! 帰ります! 
姉 もう二度と来ないでください。人にもいわな いでください。
写真家 (逃げながら)じゃあ、また!
姉 またじゃない!
 
写真家、急いで立ち去る。
姉、大きく息をつく。少しふらつきながら、 頭を押さえ、家に入る。
 
 
4.Birthday Party
 
家の中。
妹の夫、若い夫、若い妻の三人がいる。 妹の夫は ノーネクタイのYシャツにグレー のスラックス。若い夫妻は、薄いグリーン 基調、素朴な普段着。
質素で落ち着いた誕生パーティ。ワインを 飲みながら談笑している。
 
妹の夫 子供は天才だよ。常に遊びをクリエイトし ている。葉っぱ一枚目の前に置いただけで、 いくつも遊びを見つけられる。無限の可能 性をもっているんだ。自然に誰もがそう育 つ。でも、子供でなくなったとき、まだ天 才でいさせたいなら、親が伸ばしてあげな いといけないよ。
若い妻 今取り組んでらっしゃる計画は、まさにそ うですね。
妹の夫 うん。
若い妻 夢みたいな計画。
妹の夫 そう思う? 
若い妻 わたし、今色々な本を読んで考えるんです けど、子供の教育に一番いいのは、人が作 った絵本や遊具じゃなくて、自然が作った ありのままの環境じゃないかと思うんです。妹の夫 その通りだ。
若い妻 だって、人間は昔自然の中に生きて育って いたわけだし、情操教育に刺激を与えてい たのは、自然だったはずです。この成長メ カニズムはDNAに刻まれているんですよ、 きっと!
若い夫 よくわからないけど、たぶんその通りだよ。妹の夫 人間の成長に最も大切なのは環境だろう ね。その 環境は優しくあるべきだし、厳し くもあるべきだ。自然がその例だよ。自然 は人にあまりにも優しく、残酷なまでに厳 しい。まぁ、運営する側は徹底的に危険を 回避させなければいけないから、この厳し さをありのままに体験させることはできな いけど、優しさの部分をたっぷり提供して あげることができる。それが「Nature Land」 の醍醐味かな。
若い妻 癒しですね。それが一番いいと思います。 過酷な体験は、人の精神を痛めつけもしま すから。
若い夫 トラウマってやつ?
若い妻 そう。
妹の夫 君はとてもよく勉強してるね。高校を中退 してしまったのが勿体ない。
若い夫 真面目すぎるところがあるけど。
若い妻 子供を産んだら、大学に行くことも考えま す。
妹の夫 そうか。
若い夫 そうなの?
若い妻 ダメ?
若い夫 ダメじゃないけど……
妹の夫 子供ができたら、是非ぼくの「Nature Land」 に連れてきたらいい。3年後に、第1号が オープンするから。
若い妻 喜んで。
若い夫 そこは、いくらぐらいする予定なんですか?妹の夫 島に泊まる料金? 心配ないよ。君らは招 待で顔パスだ。
若い妻 うれしいっ。
妹の夫 実際はね、完全な予約制で、しかも審査が 必要なんだ。残念ながら誰もが気軽に訪れ ることの出来る施設にはならない。宿泊費 もね、0ってことにしたいけど、それじゃ あスポンサーがつかないからね。ビジネス で考えると、かなり高額になる。しょうが ないことなのかな? 昔からの夢が、金持 ち専用の施設に変貌していくようで恐い ね。理想と現実は別だよ。理想を叶えるこ とは誰にだって可能だけど、金があればな んでも叶うってわけじゃない。うん、今度、 また会う機会があったら、地図を見せてあ げよう。実に広い 敷地だ。まぁ、無人島 を一島だからね。この島よりずっと大きい。
若い妻 あの……、この島に少しの間滞在すること っていうのは可能ですか?
妹の夫 なんで?
若い夫 おい、頼りすぎだよ。
若い妻 でもあなた賛成って……。
妹の夫 どうしたの? いってごらん。
若い妻 あ……(躊躇する)。
 
短い沈黙。
 
若い夫 こいつが、神経質過ぎるから、ストレス解 消のために都会を離れて、姉さんの島にで も住まわせてもらえばいいかもねって話を したんです。
妹の夫 良いアイディアじゃない。妊娠中はストレ スが溜まる。
若い妻 胎教にもいいんじゃないかって。
妹の夫 そうだね。素晴らしくいいと思う。
若い妻 お願いできますか?
妹の夫 彼女がいいというならいいよ。ここに住んで るのは彼女だから。あとで自分から聞いて みたらいい。
若い妻 はい。
若い夫 (妻になにかいいかける)
 
妹が出てくる。
 
妹の夫 お。主役の登場か?
妹 みんな、見て。現世に蘇った幽霊。
姉 (声)やめて、そんな言い方。
 
着替えた姉が登場。三人歓声を上げる。
 
妹 これで街を歩けるでしょ?
姉 歩かないって。今日だけ。
妹 なにいってんの。現代人なら現代人らしい格好 しなさいよ。いつも幽霊だか妖精だかわか らない格好をして。
妹の夫 うん、似合うよ。いいのを選んだね。
若い夫 姉ちゃんがまともな服着てるの見るの久し ぶりだな。
姉 あんまりジロジロ見ないで。
妹 これでも、気を遣って、白ベースに探したんだ からね。
 
妹、姉の分もワインを注いで渡す。
 
妹 じゃあ、改めて乾杯。
 
皆、乾杯する。「おめでとう」という声。
 
妹 とうとう姉は29になりました。今年こそ結婚 しますように。
姉 もう、やめてって。「結婚」を口にしたの、今 日何回目?
妹 いいじゃん。
 
若い妻が、姉の所へ。
 
若い妻 あのぅ、今話してたんですけれど、お義姉 さんがよろしいのでしたら、私をここにし ばらくの間泊めてもらえないでしょうか?
姉 どうして?
若い妻 あの……お腹の子の胎教にいいと思って。 自然の中にいたいんです。
姉 (弟を見る)
若い夫 なんかこいつ、家だと落ち着かないみたいで さ。(しぶしぶ)姉ちゃんがいいんなら、一 二週間だけでも置いてやってくれる?
姉 いいけど……。
若い夫 ごめんな。こいつ言い出すと聞かないから。
姉 ここ、なにもないけどいいの?
若い妻 (笑顔で)はい。
 
姉の服について夫と軽く言葉を交わしたの ち、妹が姉たちの所に。
 
妹 なに? ここに住むって?
若い妻 ちょっとの間。
妹 気が狂っちゃうよ。
若い妻 本当ですか?
妹の夫 君は、夫の仕事の理念を全面的に否定する んだな。 
妹 ごめんね、ダーリン。じゃあさ、お姉ちゃんが その間うちに泊まりなよ。この家は、あん たら二人が使ってさ。
若い夫 おれは仕事があるよ。
若い妻 本があるから退屈はしないと思うけど、一 人でいるのは……
若い夫 うん。誰かいないと、危ないよ。
妹 仕事休めないの?
若い夫 無理だよ。姉ちゃんと違って、生活がかか ってんだ。こっちは自分の力で苦労して生 きてるんだからさ。
妹 そういう言い方やめな!
姉 ちょっと。
若い夫 (姉に)姉ちゃんだって、楽して生きてて さ。子供ができるってことは金がかかるこ となんだよ。
妹 生意気なこといって。
姉 二人ともケンカしないの。いいわよ。ちょっとの 間なら、預かってあげる。
若い妻 ありがとうございます。
妹 ま、一人きりでいるよりいいか。幸せそうな新 妻が近くにいたら、結婚したくなるかもし れないし。
姉 また!
若い夫 そういうとこがお節介なんだよ。
妹 あたしは間違ってないもん。
 
ノック音がして、写真家が花束を持って現 れる。
 
写真家 ハッピーバースデイ。
姉 あーー! なんであなたが! 二度と来るなっ ていったでしょ!
写真家 (妹に、恭しく)本日はお招きいただきあ りがとうございます。
妹 どういたしまして。
姉 あんたね! どういうこと?
妹 まぁ、いいじゃない。友達ができて。
姉 なにいってんの? (写真家に)帰ってくださ い。
妹 まぁ、まぁ。せっかく来てもらったんだから。
写真家 またお会いできて光栄です。どうぞ。(花 束を差し出す)
姉 (妹に)ねぇ、これはどういうことなの?
妹 頼まれて。
姉 頼まれたら、誰でも連れてくるの? 
写真家 お誕生日おめでとうございます。
 なんで、わたしの誕生日を知ってるの?
 頼まれて。
 いい加減にしないと、本当に怒るよ!
 ごめん。
 この人ね、前に家の前をうろうろしてたのよ。 写真撮りながら!
写真家 カメラマンなので。(おもむろに撮る)
姉 撮らないで!
妹の夫 こらこら、それは失礼だぞ。
写真家 すいません。
若い夫 この人は?
妹 この島が気に入ったそうよ。あんまりしつこく 頼むから、誕生パーティに招待しちゃっ た。
若い夫 ホントお気楽だ……。
写真家 どうぞ、よろしくお願いします。
 わたしは許可してないんだけど。だって、この 人、夜暗がりの中でじっとうちを見てたの よ。
写真家 え? そんなことしてませんよ。だって、 上陸して30分で追い返されたんですから。
 え……?
 この人、世界中を旅して回ってるのよ。外の世 界の魅力を教えてくれると思って。きっと、 色んな所に旅してみたくなるよ。是非、友 達になんなよ。
 もう、あんたのそういう魂胆にも飽き飽き!  ……頭痛いっ!
 
姉、リビングから出ていく。
 
写真家 あ……。悪いことしちゃいましたね。やっ ぱり来るべきじゃなかったのかな。(しょん ぼりする)
 いえいえ。人見知りするだけですから。お花、 置いてくるわね。ありがとう。
写真家 どうも……。 
 
妹、花束を持って、台所の方へ去る。
 
妹の夫 (ワイングラスを差し出し)まぁ、一杯ど うです?
写真家 ありがとうございます。あ、もしかしたら、 あなたが「Heaven's White」の所有者。
妹の夫 「Heaven's White」、そう。妻から聞いたよ。 ぼくもその名がとても気に入った。ここは まさに天国だね。
写真家 本当にそう思います。
妹の夫 でも、勝手に写真を撮ったらいけないよ。 これまで撮った写真は、勘弁しよう。但し、 君の手元に置いておくだけだ。一般の目に 触れることないように。
写真家 え? それはなぜですか? はっきりいっ て、こんなに美しい場所はそうない。もっ と多くの人に「Heaven's White」の美しさ を見せてあげたほうが。
妹の夫 好奇心を駆り立て、人を呼び寄せたら、こ こは天国ではなくなる。そうだろう?
写真家 はい……。
妹の夫 ここは禁断の楽園にしたいんだ。少なくと も、今はね。
若い妻 ねぇ、世界中を旅して回ってるっていって たでしょう? なにか話をしてくれません か? あたし、色んなことを知りたいんで す!
妹の夫 ここに一番好奇心旺盛な子がいるな。
写真家 構いませんよ。いつも人から大げさだとい われますがね。 
 
若い妻が写真家のために椅子を用意する。 写真家はその椅子に座り語り出す。若い妻 は床に座 り話を聞く。若い夫は面白くな いという様子で、悔しさをにじませ、遠く に立っている。妹の夫はテーブルの脇でワ インを飲みながら耳を傾けている。
 
 
5.Phobia
 
姉の部屋。姉が頭を押さえて入ってくる。 そして、床に寝そべる。
しばらくして、妹が入ってくる。
 
 せっかく来てくれたのに、出て行っちゃうこと ないじゃない。
 ……。
 ……病人。
 (反射的に怒って)なに?
 いっとくけど、人の輪の中に入らないと、恐怖 症は克服できないよ。
 なんなの? 最近、あなたおかしい。どうして そんなにお節介焼いたり、皮肉をいったり するようになったの? 昔はそっとしてお いてくれたのに。
 別に。昔からいいたいことはたくさんあったよ。 さすがに四年も引きこもってたら、見てら れなくなったの。
 放っておいてよ! ここから出させてどうしたい わけ?
 お姉ちゃんが前向きになって、自立して、幸せ になってほしいと願ってるだけ。自分だっ て、このままじゃないけないってずっと言い 続けてるじゃない。お姉ちゃんにはね、背 中を押してあげることが必要なんじゃない かって、ダーリンとも話してたの。
 わたしは、これでもちゃんと考えてるつもり。
 考えてても、実行に移さないと。はっきりいう けど、もう、過去の傷なんてとっくに塞が ってるはずだよ。また傷ついたりするのを 恐れて、臆病になってるだけ。
 放っておいて!
 
沈黙。
 
 ……わかったよ。でも、せっかくのお客さんな んだから、あとでまた来なよ。あの人、お 姉ちゃんに一目惚れだよ。
 
妹、部屋から出る。
姉、寝返りをうち、虚空の天井を見る。
 
 
 
6.Pictures
 
再びリビング。
写真家が話をしている。彼は、肩掛けのカ バンに常にアルバムを入れており、それを 見せながら話している。
密林の写真。
 
写真家 ぼくは美しい場所、神秘的な場所には目が ないんだ。危険なところだって足を踏み入 れてく。この世で一番美しいものは、自然 だからね。
若い妻 はい、賛成!
写真家 二番目は女性の裸体。
若い妻 (嫌悪感を示して)う……。
写真家 いや、ぼくはヌードは撮らないよ。そっち の方は見る専門さ。あ、一言多い? まぁ まぁ。じゃあ、次の写真は……(アルバム をめくる)ああ、寺院だね。1000年も 昔の建築物だよ。こういうのは、地域によ って、形も模様も全然違う。その土地に住 んでる人や風習、宗教に反映されているか らね。
若い妻 (見入って)すごーい。
写真家 ぼくは、この寺院の回廊で夜を明かしたん だ。だから、タイトルが「The Inn(ジ・イン)」。わか らないか。
若い妻 ……。
写真家 つまり、宿を意味するinnに……
若い妻 説明しなくていいです。
写真家 あ、そう? 
妹の夫 多弁な写真家というのは初めてお会いす る。
写真家 はは。まぁ、ぼくは趣味の延長ですよ。た だの旅行者といわれても文句はいえない。
妹の夫 いやいや、写真は素晴らしい。
写真家 その位置からは見えないじゃないですか。
 
妹が戻ってくる。
 
妹の夫 お。どうだい?
 (首を振る)
若い妻 (アルバムをめくろうとしている)
写真家 あ、ごめん。次ね。次は……廃墟だ。ここ は、とても印象に残ってる。不思議な場所 であり、不思議な人だった。
若い妻 人?
写真家 うん。こんな廃墟に、女性が一人住んでい たんだ。
若い妻 え? こんな所に? 変なの。
写真家 とても住めるような場所じゃない。ガラク タだらけで、窓も割れてて、ここにはまと もな形をしている物は一つもない。全部、 壊れてたり、ヒビが入っていたり、色あせ てほこりをかぶっていたりしている。そこ に住んでいたあの女性も、どこか壊れた人 だった……。だけど、その場所に、ぼくは 美しさを感じざるを得なかったんだ。滅び の美がそこにはあった……。
 
 
7.Ruin
 
写真家を残して、数ヶ月前の廃墟に場面が 移る。廃墟の女が登場。汚らしい赤色の服。
やせ細った身体は、不自由なようで、横に 傾き、杖を使って足を引きずるように歩い ている。
写真家は、驚き、怯えて声が出ない。
 
廃墟の女 (写真家に気づいて)誰だ!
写真家 ……あ、すみません。
廃墟の女 ここに入ってくるな! 出て行け!
写真家 人が住んでいるとは思わなかったもので
 
写真家、逃げる。
 
写真家 誰もいないと思っていたから、驚きだった よ。その廃墟は、街から数十キロも離れて いたし、周りにはなにもなく、切り立った 崖と海があるだけ。とっくに、現代の時間 からは切り離されて、そこだけ時が止まっ ているようだった。昔は、宿か別荘として 使われていたんだと思う。とにかく、ぼく はあの女性に対して興味を持った。彼女は、 ネックレスをしていた、割れた石の。そし て、口紅をしていた。本当に口紅を塗って いたのかはわからない。赤い塗料を塗りつ けていたのかもしれない。しかし、なぜ? ぼくは一時間ほどして、もう一度廃墟に入 っていった。
 
廃墟の女、椅子に座り、杖で何かを叩いて いる。崩れるのを楽しんでいるよう。写真 家、ゆっくりと近づく。
 
廃墟の女 (写真家に気づき、動きを止める)また 来たのか? いったい何の用だ? ここは あたしの家だよ!
写真家 すみません!
廃墟の女 出て行け!(杖で殴ろうとする)
写真家 これをお近づきの印に!(花の写真を見せ る)
廃墟の女 なんだ?(写真をひったくり、覗き込む)写真家 ぼくは写真家です。美しいものを撮るのを ライフワークにしています。
廃墟の女 じゃあ、美しい所に行きなよ。(写真を 返し、椅子に戻ろうとする)
写真家 あなたは美しい。
廃墟の女 (ピタリと止まり、振り返る)あたしが 美しいって? 
写真家 あ……まぁ、正確に言うと、この廃墟にい るあなたが……いや、廃墟自体がかな? つまり……
廃墟の女 (語気強く)帰れ。あんたのカメラをぶ っ壊して、うちのインテリアにするよ。
写真家 あなたの写真を撮らせてください。一枚だ け。
廃墟の女 やめとくれ。写真に撮ってなんになる?
写真家 なんに……?(少し考えて)美を切り取っ て、残せる……。
廃墟の女 形ある物は、みんな滅んでいくんだよ。
写真家 撮った瞬間、時は止まります。
廃墟の女 おかしなのが現れたもんだ。誰かに見ら れるのも嫌なんだ。写真なんかもっての ほか。
写真家 そうですか……。あなた以外なら撮っても いいですか?
廃墟の女 そうまでして撮りたいのか?
写真家 ええ、旅をしてまで、写真に納めたい場所 を探しているんです。ぼくはここに心惹か れるんです。
廃墟の女 (考える)
写真家 別に、展示されたり、世に出回ったりはし ませんよ。ぼくの、趣味の範囲の、コレク ションです。
廃墟の女 ……。
写真家 ダメですか?
廃墟の女 わからないね。美しいものなんて何一つ ないのに。
写真家 ぼくにも、美しいという定義がわからな いんですが、でもぼくはそう思うんです。
廃墟の女 好きにしたら?
写真家 ありがとうございます。
 
写真を撮り始める。
廃墟の女は、じっとその様子を見ている。 写真家は、初め女の視線を気にしていたが、 徐々に写真に入り込み、目が輝いてくる。
 
廃墟の女 ……あんた、変な人だっていわれるだろ う?
写真家 う〜ん。そうでもないですよ。人並みでし ょう。
廃墟の女 (少し笑う)わたしは、100人中10 0人が変な人だというだろうね。 
写真家 そうですか?
廃墟の女 ただの浮浪者だと思うかい?
写真家 浮浪者はお洒落をしないでしょう。
廃墟の女 それは生き抜く上で必要がないからだ よ。あたしは生き抜こうと思っていない。 ただ、残骸に埋もれていたいだけなのさ。
 
間。
 
写真家 あの……生きてますよね?
廃墟の女 生きてるさ。まぁ、死んでいるのと大差 ないが。あたし、いくつに見える?
写真家 う〜ん……サバを読んで、35。
廃墟の女 33。
写真家 え……あ……。いつからここにいるんです か?
廃墟の女 忘れたな。たぶん四年前だ。あんたは、 22くらいかな?
写真家 27です。
廃墟の女 見えない。
写真家 そうですか?(椅子に座る)
廃墟の女 本当に、ここが美しく見えるの?
写真家 誰だって、そう思いますよ。役割を終えて、 儚くもゆったりとした時間の中でそこにと どまる……。
廃墟の女 滅びには美があるよ。
写真家 そうですね。
廃墟の女 だから、癒される。
写真家 癒されるからここにいるんですか?
廃墟の女 いや。正確に言うと、苦しめる。苦しみ の中に癒しがある。
写真家 ……。
廃墟の女 惨めな自分を一層惨めにさせ、わずかば かり慰めてくれる。ここにいるのはそれが 理由。今日は、面白い人間に会った。(握 手を求め、写真家と握手をする)もう、 写真はいいのかい? じゃあ、元気で。(行 こうとする) 
写真家 もう少し、話を聞かせてもらえませんか?
あなたの過去には、なにが?
廃墟の女 気持ちいい気分のまま、別れたい。過去 を話すと、自分がどうなってしまうのかわ からないんだ。さようなら。
 
廃墟の女、去る。
 
 
8.Separation
 
再び、白い家のリビング。離れて、姉が壁 によりかかっている。
 
写真家 ……廃墟の女性に関する話はこんな感じで す。ぼくもそれ以上は深追いをせず、出て いきました。
若い妻 人にはそう簡単に話せない、重い過去があ るんでしょうね。
写真家 うん。
若い妻 でも、素敵。そういう出会いって。あたし なんか、家に閉じこもってばっかり。本を 読んで、少し空想の世界に浸るだけですも ん。尊敬します!
写真家 (笑って)照れるなぁ。
若い妻 あたしの写真も撮ってください。
写真家 いいよ。
若い妻 本当に? あなたも写ろう!
若い夫 おれはいいよ。
若い妻 一緒に写してもらおうよ!(夫を引っ張る)
若い夫 自分一人で写れよ!
若い妻 なに怒ってるの?
若い夫 別に。
 
若い夫、外へ出ていく。
 
若い妻 なにあれ。
妹の夫 嫉妬だろう。
写真家 写真を撮るだけなのに……?
若い妻 バカみたい。
妹の夫 やれやれ……。(外へ出ていこうとする)
 放っておいても平気よ。
妹の夫 散歩を兼ねてね。家にばかりいるのは勿体 ない。この島まるごとぼくのなんだから。
 
妹の夫、外へ出ていく。
姉、テーブルに行き、ワインを注ぐ。
 
写真家 (姉に)やあ。(若い妻に)じゃあ撮るよ。
 (憮然と)お花、ありがとう。
写真家 どういたしまして。(若い妻を撮る)
若い妻 ありがとうございます。
 さっきの話、面白いね。そこの姉と正反対で似 たもの同士。真っ白な世界に閉じこもって る女と、廃墟に閉じこもってる女……。
写真家 ええ、そうなんです。
 詮索するような目で見ないで。
若い妻 お義姉さんは、どうしてここから出ないん ですか?
 見事聞き出せたらガムあげる。
 理由なんて簡単よ。ここが好きだから。わたし、 白キチガイなの。周りを白で囲まれてない と、発狂しちゃうの。病気ね。
若い妻 本当ですか?
写真家 そうだったのか……。
 嘘に決まってるじゃない。
若い妻 え? ……もうっ。
 どうして、みんな変な目で見るのかしら。美し いって口をそろえていうくせに、そこに住 んでて何がおかしいの? 美しいからこそ 癒されるの。
写真家 廃墟の女性も癒されるといってたけど、彼 女は美しいと思うどころか、最も醜い場所 だと思っていた。二人とも全く違う世界に 住んでいながら、どちらも癒されるのか。 不思議だなぁ。
若い妻 あたしも癒されるかな。
写真家 癒されたいの?
若い妻 毎日ストレス。
 駆け落ちしてまで、あの子と一緒になったのに、 もう不満ばかり? 
若い妻 だって、結婚って思ったよりも大変なんで すよ。
 知ってるって。あんたが子供過ぎるの。
若い妻 でも……今のままだとあたし大学も行けな いし。
 あんたね、大学行く金をそう簡単に稼げるわけ ないでしょ。行きたいなら、親と和解しな よ。二人で生きていくって決めたんなら、 精一杯生きていきな。
姉 あの子は、頑張り屋だし、あなたと結婚してと てもたくましくなったと思う。
若い妻 そうですか〜?
姉 認めてあげなさい。
 
村の女が、けたたましいノックのあと入っ てくる。
 
村の女 (姉に)聞いてよ! あの方が、あたしに 出て行けというんだ! もう来るなという んだよ! あたしはあの人の命の恩人だっ ていうのにさ!(妹に)あんたが、余計な こといったんだろ! 
 何が悪いの、物乞いのくせに。人の家に来て、 大きな声出さないで! さっさと自分の村 に帰りなよ!
村の女 許さないから……。この島は、昔からあた したちの祖先が持っていたものだったんだ。 ちっちゃい時は、遊び場だった。でも、国 があたしたちの土地を取り上げて、今は金 持ちが所有している。みんなで奪ったんだ!
姉 (胸を押さえて、苦しみ始める)
妹 勝手なことばっかり! 都合が悪くなったら、 人のせいにしてさ、あんた以外はみんな納 得してんじゃないの。あんただけなのよ、 図々しく人の島に上がり込んでるのは!
村の女 自由に出入りしていいっていったじゃない か!
妹 だから、これからはダメなの!
村の女 勝手に入ってやる。
妹 じゃあ、刑務所行きね。
村の女 この家を乗っ取ってやるから。
姉 やめて、お願い!(怯え始める)
妹 (姉を見て)わかったわ、じゃあ、取引ね?  いくらほしいの?
村の女 (急に態度が変わって、打算的な目つきに なる)別にそういうことをいってるんじゃ ないけど、まぁ、それも解決法ねぇ……。
 
妹の夫、登場。
 
妹の夫 その必要はないよ。もう渡してる。(村の 女に近づいて)そういう、ズルはよくあり ませんよ。今ので、あなたへの信頼は失墜 しました。おとなしく、家へ帰りなさい。
 
村の女、悔しそうな顔をして、駆け去る。
妹、床にうずくまる姉の背中を抱いて、頭 を撫でる。
 
妹の夫 (写真家に)女というのはしつこいね。(軽 く笑う) 
写真家 恐かったですよ。いきなり入ってきて。彼 女が怯えるのも無理はない。大丈夫です か?
妹 大丈夫。ちょっとした恐怖症なの。
写真家 そうですか……。
妹の夫 そんなに心配することはないよ。
写真家 はい……。外に出ていった彼の方は?
妹の夫 慰めておいた。男というのは難しいね。単 純なくせにさ。(軽く笑う)
写真家 (場に居づらく)その辺にいますか?
妹の夫 砂浜に座ってる。
写真家 彼の写真も撮ってあげよう。
若い妻 あたしも行きます。
妹の夫 うん、まず君が先に行って、声をかけるべ きだ
若い妻 はい。
 
若い妻、小走りに出ていく。
 
妹の夫 君は独身なの?
写真家 ええ。ずっと独り身ですけど。
妹の夫 自由人だな。
写真家 旅をしているのが楽しいんです。
 旅をやめる時は来るの?
写真家 たぶん、いつかは。
 いつ?
写真家 そうですね……この世で最も美しい場所を 見たときか、自分の周りが全て美しい写真 で埋められた時ですかね?
 「Heaven's White」は?
写真家 おそらく最も美しい場所でしょう。
 じゃあ、旅は終わり?
写真家 さぁ、どうでしょう。ぼくは、世界を見尽 くしたわけじゃないから。
 (姉を抱きしめて、ため息を吐く)
写真家 ……大丈夫ですか?
 お姉ちゃんは、本当は一人じゃだめなの。ここ は、お姉ちゃんを苦しめもするし、癒しも する場所なの……。
写真家 ……。
 
写真家、ゆっくりと出ていく。
 
妹の夫 彼は、気になって仕方がないらしい。
 うん。
妹の夫 でも、お節介をしすぎるものじゃないよ。
 わかってる。
 
姉、立ち上がる。
 
妹の夫 座ってなさい。
 大丈夫です。ただ、のどが渇いて……。
妹の夫 よし、今、水を持ってきてあげる。
 
妹の夫と妹が助けて、姉を椅子に座らせる。
それから、妹の夫は台所の方向へ去る。
 
 来ないようにいってくれたんだ……。
 うん。もう大丈夫。
 悪いことしたかな……?
 誰に? もしかして、あの女に? 気にするこ とないって。
 そう……?
 
妹の夫が戻ってきて、グラスを渡す。姉は、 水を飲む。
 
妹の夫 ……まだ、発作のようなことが起こるんだ ね。
妹 余計人嫌いになってるもん。
妹の夫 どうしたものかな?
姉 ごめんなさい。いつも迷惑をかけて、世話にな りっぱなしで……。
妹の夫 いや、君のためになるんなら、どうってこ とはない。君の苦しみはよくわかっている から。四年前、君をここに住むように薦め たのはぼくだからね。
 
沈黙。
 
妹の夫 ぼくが思うに……君は現在も、過去も、未 来も見ていない。全てに目を背けている。 いや、全てを消そうとしている。けれどど うやらそれは不可能なようだね。もし自分 を変えたいと思うのなら、自分を見つめ直 すことだよ。たぶん……いわなくても、わ かっていることだね。
姉 (うなずく)
妹の夫 すまない。こんなことをわざわざいって。
 
短い沈黙。
 
妹の夫 この島にいることが、君にとって本当に幸 せなら、ずっといさせてあげたい。
妹 でも……。
妹の夫 うん。言いにくいんだけど……実はね、 「Heaven's White」を、第二の「Nature Land」 にしようと思っているんだ。今取りかかっ ている「Nature Land」は、自分の理想とは 違う。本当の理想をここに作りたい。金持 ちのためではなく、世界中の子供にチャン スを与えて、もっと夢のある島にしたいん だ。
姉 そうですか……。あなたの夢は、いつも素晴ら しいと思っています。こんなちっぽけなわた しのためよりも、もっと多くの人に、島の 恩恵を与えてあげてください。
妹 お姉ちゃん。いいの?
姉 いいのって……これまでたくさんよくしてもらえ て、それだけで感謝よ。いつですか?
妹の夫 まだ先だよ。着手までに少なくとも一年は かかる。
姉 そうですか。少しほっとしました。
妹の夫 君が自分の足で出ていくのが一番いい。そ のためなら一年以上待ってもいいんだ。こ いつが、少し急がせるお節介をしてるみた いだが、悪気はないから許してくれ。
姉 大丈夫です。ご心配なく。(泣きそうになって いる)
妹 お姉ちゃん……。
 
沈黙。
 
妹 お姉ちゃんを追い出したいんじゃないんだよ。で も、ずっとここに引きこもってるのはよく ないと思うし、ダーリンには、早く夢を実 現してもらいたいし……。
姉 わかってる。この島が大好きだから、寂しくな っただけ。
妹の夫 この島は、丸ごと残すよ。人が泊まれる場 所が増えて、ちょっと賑やかになるだけだ から。
姉 はい……。  
妹の夫 君が望むなら、そこで働くことも可能だよ。 いつも白い服を着ている君は島の象徴だか らね。
妹 それなら賛成。お姉ちゃんは子供好きだったよ ね。きっとやっていけるよ。
姉 ……今は、ちょっと何も考えられない。
妹 そうだよね……。
妹の夫 ぼくらは、いつでも君をサポートするから 安心して。
 
妹の夫と妹、テーブル上の物を持って、台 所へ。
 
姉 ……現在も、過去も、未来も見ていない。扉を 開けるのには勇気がいる。こんなに弱い自 分に、それが出来る……?
姉、退場。
 
 
 
 
 
9.Reminder
 
廃墟。杖をつきながら廃墟の女がやってく る。椅子に座り、テーブルにロウソクを灯 す。懐から古びた写真を取り出すと、目を 細めて優しく撫でる。しかし、急に怒りが 沸き上がり、身体を強ばらせ小刻みに震え る。徐々に落ち着くと、抜け殻のようにう なだれる。
写真家がやってくる。
 
写真家 ごめんくださーい。
廃墟の女 (声を聞き、我に返り、写真をしまう)写真家 またやって来ました。(女を見つけ)あ、い た。お久しぶりです。元気でしたか?
廃墟の女 (唖然として)あんたは……!
写真家 やぁ、相変わらずですね。何をしてたんだ ですか?
廃墟の女 何をしてたって……あんた本当に変人だ ね。こんな所にまた足を運ぶなんて。
写真家 元気そうでなによりです。これ、つまらな いものですけど、食べてください。(ケーキ の入った袋を渡す)
廃墟の女 なんだい、それは?
写真家 ケーキです。
廃墟の女 ケーキ?(笑う)面白い。
写真家 甘いものなんかずっと食べてないでしょ?
廃墟の女 そりゃあね。食べたいとも思わないから。
写真家 あ、違うもののほうがよかったですかね?
廃墟の女 いやいや、虫歯になるのが嫌なんだ。歯 医者に通う金がないから。
写真家 ああ、なるほど。
廃墟の女 虫歯に気をつけつつ後で頂くよ。しかし、 なんてタイミングがいいんだ。あんた本当 に不思議な人だよ。
写真家 なんのタイミングがいいんです?
廃墟の女 いや、今日はね、誕生日なんだよ。
写真家 本当ですか! それはすごい。おめでとう ございます!
廃墟の女 いやいや、あたしが殺した旦那のね。
 
間。
 
写真家 ……殺した?
廃墟の女 あらあら、つい心が軽くなって、ぽろっ といっちゃった。(笑う)
写真家 (笑う)
 
間。
 
写真家 結構ユーモアがある人だったんですね。
廃墟の女 愛嬌があるっていっとくれ。まぁ、よく 来てくれたよ。あたしにプロポーズでもし に来たの?
写真家 まさか。
廃墟の女 そうか。じゃあ死んでないか様子を見に 来たんだね。
写真家 ああ、それはありますね。廃墟の一部にな ってたらどうしようと思ってましたよ!
廃墟の女 (笑って)結構ブラックだね。
写真家 だって、どうやって暮らしてるんだか想像 がつかないんですもん。
廃墟の女 それはお互い様だよ。人に頼らずとも、 案外生きてしまうものさ。
写真家 そうですか……で、旦那を殺したというの は本当ですか?
廃墟の女 本当だよ。昔のことだ。
写真家 なるほど……やっぱり、人それぞれ事情が あるものなんですね。こんなところに住ん でるからには、なにか過去があるんじゃな いかって思ってました。
廃墟の女 過去なんて、元に戻らない残骸と同じ。 そうだろ? 記憶だけは鮮明に残って朽ち ない。それが悲しいね。
写真家 この廃墟が記憶の塊ですか?
廃墟の女 いや、記憶は心の中だけだね。記憶は写 真と似て いると思うよ。
写真家 そうですね。
廃墟の女 あんたに、なんとなく気を許してしまう のは、写真という朽ちていかないものを残 せる人間だからかもしれないね。人は、拒 絶したがるものに、一方では心惹かれるも のだから……。
写真家 ……なんとなく、わかります。
廃墟の女 ただ一つ、心以外にある記憶……これが 旦那の写真だよ。(懐から写真を撮りだし て、テーブルに置く)
 
廃墟の女、立ち上がり、周囲を見ながらゆ っくりと歩く。写真家、しばらく写真を手 にとり、見つめる。写真をテーブルに置く。
 
写真家 ……ぼくが、カメラマンになり始めの頃、 仕事として報道局に入っていました。色ん
な嫌な物を撮らなくちゃいけなかったんで す。飛行機の墜落現場とか。目を背けたく なるものばかり、仕事のために。ぼくは逃 げ出しました。そして、美しいものしか撮 らないと決めたんです。その頃の写真に囲 まれて生活しろといわれても、ぼくには出 来ないでしょうね。
廃墟の女 そうだろうね……。あたしだって、逃げ 出したい。ここで、何度発狂したことか… …。罪には罰を……。あたしは自分を地 獄の責め 苦に落としたかった。(身体を震 わせる)
写真家 散々苦しめてきたんでしょうね……。
廃墟の女 わかってくれるんだね。嬉しいよ。(大き く息をついて)あんたに会えて気分がいい もんだからついつい喋っちゃったね。……あ んた、様子を見に来たんじゃないんだろ? あたしの過去を知りたかったの? 今にな って、なぜ? 
写真家 ……実は、面白い人に会いましてね。あな たにとてもよく似た人でした。その人の謎 をつかみたいと思って……。
廃墟の女 (ふてくされ)なんだよ、女を口説くた めか。
写真家 いや、そういうわけじゃ。これが、彼女の 写真です。(アルバムを取り出す)面白い んですよ。真っ白な世界に一人住んでいる んです。白い砂浜、白い家、白い服、髪は 白くないですよ、ぼくと同じくらいの年の 女性です。
廃墟の女 (写真を見る。目つきが変わる。写真を 持つ手が震える)
写真家 ……どうしたんですか?
廃墟の女 (自制して)いや、なんでもない……。写真家 たぶん、そんな真っ白な世界にいるのには なにか深い理由があるんですよ。
廃墟の女 そうだろうね。一人で住んでるって?
写真家 はい。
廃墟の女 友達とかは?
写真家 小さな孤島に一人なんです。ぼくは、その 島を「Heaven's White」と名付けたんです が、とても美しい場所です。
廃墟の女 ……過去に何かあってもおかしくないね。
写真家 そうですか、やっぱり……。
廃墟の女 (無理に明るく調子を変え)でも、面 白いもんだね。あたしも興味が沸いたよ。 久しぶりに人に会ってみたいと思った。
写真家 本当ですか?
廃墟の女 ああ。話が合うのかどうかわからないけ ど、なにか通じ合うものがありそうじゃな いねぇ?
写真家 ええ。
廃墟の女 お互い会って、話をしてみたいね。
写真家 いいですね、会ってみましょうよ! ぼく がなんとかしてみます! 
廃墟の女 会えるの?
写真家 ええ、任せてください! 面白いなぁ。わ くわくしてきた。なにか、謎が解けるきっ かけになりそうだ。
 
廃墟の女、離れて、恐ろしい形相で虚空を 睨む。   
 
二人の女の葬られた過去が、再び音を立て て動き出す―。
 
 
10.Shadow again
 
姉が少し疲れた表情で歩いてくる。幻影の 男が闇に立っている。姉は、気づいて立ち 止まる。
闇に沈む過去の意識、二人だけの空間。
 
 (暗くてよく見えない)……誰?
幻影の男 (黙って、姉を見つめている)
 ……誰ですか? (三、四歩近づく)……そこ で、なにをしているんですか? ここは、 私有地です。勝手に入られては困ります… …。(更に近づく)あなたは、誰ですか? わたし、何を見てるの……? 人影が 見える……。(周りを一度さっと見て)わ たしだけ? わたし、何を見てるの……?
あなた誰ですか? 答えてください。わた しに何か用ですか?
幻影の男 (なにか訴えたいような目で見ている)
 わたしの、知ってる人……? どこかで見たこ とがあるの? 顔がよく見えない……で も、その姿形に見覚えがある……。でも思 い出せないわ。あなたは一体誰……?(更 に近づこうとして、突如止まる)痛いっ… …! 頭が痛い。なに、これ? あなたの 顔を見ようとすると頭が痛くなる……。あ なた、わたしの知ってる人なんでしょう? 教えて? どうか、こちらに来てください。 わたし……わたし、あなたに近づこうとす ると頭が痛くなるの。
幻影の男 (二歩ゆっくりと近づく)
 待って! ……やっぱり頭が痛い。どうしてな の? あなた、わたしの知ってる人ね。で も、誰? 顔がよく見えない……ぼやぁっ て、黒い影がかかってる……。ものすごく 見たい気持ちでいっぱいなのに、見ること が出来ない……。どうしてなの……? な にか喋って。声を聞かせて。
 
幻影の男、諦めた表情に変わり、背を向け る。
 
 待って! 行かないで……。あなた、わたしに とって、とても大事な人のような気がする。
幻影の男、ちらりともう一度姉を見やって から、そのままゆっくりと歩き去る。
そして、幻影の男は消える。
 
 
11.Young Bride
 
昼。砂浜。
姉は、荒い息づかいでその場に座り込む。 徐々に平静を取り戻す。
若い夫と若い妻が手をつないで歩いてくる。 二人は以前より明るく幸せそう。
 
若い妻 (姉を見て、駆け寄ってくる)お義姉さ〜 ん。見てください、こんなに大っきな貝殻 を拾ってくれたんですよ!
姉 そう、すごいわね。
若い夫 どうした? 姉ちゃん、顔色悪いけど。 気分悪いのか?
姉 うん……でも、こうしてると落ち着いてきた。
若い妻 大丈夫ですか?
若い夫 ホント身体弱ぇーな。
姉 見せて。(貝殻を手に取る)
若い夫 はぁ〜、だけど本当に気持ちいいや、ここ は。空気がうまい。仕事長期で休んでよか った。仕事場はペンキの臭いばっかだから な。
 クビになるよ。まだ下っ端なんだから。
若い夫 大丈夫。これから倍頑張るよ。
 赤ちゃんが産まれたら、一年くらい産休取りそ う。
若い夫 そんなわけないよ。おれは一家の主なんだ から、しっかり家族を支えていかないと。
 まあ、頼もしくなったもんだわ。いじめられっ 子なくせに、気だけは強かった、この頼り なかった子が。
若い夫 (慌てて)こいつの前で、そういうことい うなよ。
 そんなことくらいで幻滅したりしないって。ね ぇ?
若い妻 この人、いつも人前でカッコつけようと胸 張り過ぎて、肩こりがひどいんです。
 (笑って)奥さんの方がよくわかってるじゃな い!(若い妻に)あなた、まだ17なのに しっかりしてるわ。その子を支えていって あげて。
若い夫 だから、おれが支える側だから。
若い妻 でも、ここは本当にいいところですね。気 候も穏やかだし、空気も澄んで、砂浜もき れい。なんか、家の中でうじうじ悩んでた のが嘘みたいに晴れました。
姉 そう?
若い妻 癒されるってこういうことですね。ここに ずっといたら涅槃の境地に至りそう。
姉・若い夫 ねはん?
若い妻 (かわいく)なんてね。
姉・若い夫 ……?
姉 赤ちゃん、何ヶ月だっけ?
若い妻 四ヶ月です。
姉 じゃあ、もう安定期に入ったのね。
若い妻 はい。もう悪阻も収まりました。
姉 体調はどう?
若い妻 ちょっと便秘気味くらいです。
姉 そう。
若い夫 あんま男の前でそういう話するなよ。
若い妻 なに恥ずかしがってるの?
姉 ねぇ、お腹触らせて。
若い妻 いいですよ。
 
姉、若い妻のお腹に触れる。
 
姉 ちょっとふっくらしてる……。
若い妻 本で読んだら今これくらいなんですって。 (両手で、20センチくらいの間隔をあけ て大きさを示す)  
姉 そうなんだ。いいなぁ。
 
若い夫、少し離れる。
 
若い妻 お義姉さんは結婚しないんですか?
姉 うん。相手がいないし。
若い妻 この前の写真家さんなんて、いいと思いま すけど。
姉 あの人とは合わないわ。
若い妻 なんでぇ?
姉 なんでって……対象外? もっと大人っぽい人 がいいもの。
若い妻 そっかぁ〜。でも、結婚するチャンスなん ていっぱいあったでしょ?
姉 うん、まぁ……一回くらいは。
若い妻 どうしちゃったんですか?
姉 結婚直前までいったんだけど、逃げられちゃっ て……。
若い妻 そうなんですか……。あ、わかった。じゃ あ「Heaven's White」が約束の待ち合わせ 場所で、ずっと何年もここで待ち続けてる んでしょ? だから、ここにいるんだ。ロ マンチック。
姉 ……どこからそんな話が生まれるの? 本の読 み過ぎじゃない?
若い妻 そんなことないですよ。確かによく読みま すけど、ちゃんとバランスよく色んなジャ ンルを読んでます。
姉 退屈しなくていいわね。わたしの部屋に、たく さん本があるから好きに読んでいいよ。
若い妻 はいっ!
若い夫 なぁなぁ、胎教っていうけどさ、まだ脳ミ ソだってちゃんと出来てないのに、効果あ んの?
若い妻 あるの。もう外の世界のことに敏感に反応 してるんだよ、わたしを通して。わたしに とっていいことは、赤ちゃんにとってもいい ことなの。
若い夫 なんか都合のいい考え方なような気がする なぁ。
姉 一度妊娠してみたらいいのよ。
若い夫 勘弁してくれよ。大体さ、胎教してたらな んかメリットがあるわけ?
若い妻 IQ150以上の天才になるかも。
若い夫 はぁ? 別に子供は頭よくならなくてもい いじゃん。親より賢くて、なにがいいんだ よ。こっちの立場がないじゃんか。生意気 に育つだけだって。 
若い妻 そんなことない。感受性も豊かになるから、 優しい子に育つの。 
若い夫 やだな〜。同じ食べ物食っても、おれが「う まい」っていうところを、子供は「口の中 で広がる」とか「まろやかでいてしつこく ない」とか、わけわかんない説明するんだ ろ? 一緒に食えないよ。
若い妻 なにいってんの!
姉 (笑って)面白い! 
若い夫 家庭で劣等感味わうなんて最悪。
姉 あんたが父親になるの楽しみ。
若い夫 はぁあ、何で頭のいい人間は頭のいい子を 育てたがるんだろう? わからないね。お れはもうちょっと散歩してくるよ。
 
若い夫、歩いていってしまう。
 
姉 絵本を声に出して読んであげたらいいよ。難し い本ばかり読んでると、難しい子になっち ゃうぞ。
若い妻 あ。そうですよね……盲点でした。
姉 (立ち上がって)わたしたちも、まだ散歩する?
若い妻 はい。
 
二人、歩いていく。
 
姉 ねぇ、幸せ?
若い妻 (明るく)はい!
 
二人、去る。
 
 
12.Pier
 
Heaven's White」から少し離れた小さな 村の桟橋。
写真家と廃墟の女がやってくる。廃墟の女 は無理矢理腕を組んで、嬉しそうにしてい る。廃墟の女は、古く色褪せているが、汚 れていない深紅の服を着て、ツバの広い帽 子をかぶっている。
写真家 ……もう離してください。ここから、舟に 乗りましょう。
廃墟の女 (渋々離れる)
写真家 (ぼそっと)デートじゃないんだから……。
一応、昨日「Heaven's White」に入ってい いという許可はもらいました。あそこの妹 さんは、姉にとってプラスになることなら、 なんでもOKなんですよ。
廃墟の女 船は?
写真家 手配してます。もう来ると……。
廃墟の女 あんたひょっとして金持ち?
写真家 金持ちだったら野宿しませんよ。社会人時 代の貯金と、売れない写真集の印税で生活 してます。知り合いに借りるんです。知り 合いっていっても、あそこの妹さんが仕事 でだめだっていうから、あとは一人しかい ないんですよね……。
廃墟の女 なぁに、その嫌そうな顔は?
写真家 いや、ちょっといけないことをしているよう な……。
 
しばらく到着を待つ。
 
廃墟の女 こんな貧しい村なら、あたしでも金持ち に見えるね。
写真家 そうですね。そんな服も持ってるとは思い ませんでしたよ。
廃墟の女 開かないスーツケースを包丁でかっさば いたら、色々出てきたね?
写真家 ええ。
廃墟の女 惚れたろ?
写真家 いえ。
 
村の女が現れる。
 
村の女 やぁ、ようこそ来たね。
写真家 あ、どうも。すみませんね。
村の女 いやいや、あの島にはここから行くのが一 番早いからね。ボートはもう桟橋に用意し てあるから。
写真家 ありがとうございます。あれから、島には 一度も行ってないんですか?
村の女 ああ、約束は守るよ。で、今回の約束の品 は?
写真家 あ、じゃあ……(廃墟の女を見る)
廃墟の女 (指輪を取って写真家に渡す)
写真家 では、これで。
村の女 (指輪を見て)あはぁ、これはたいしたも んだ!
写真家 じゃあ、行きましょう。では、また夜に。
村の女 気をつけてね。(写真家に)奥さん?
写真家 というか……
廃墟の女 フィアンセです。
写真家 ……まぁ、いいや。
廃墟の女 (去り際に)あれ、偽物だけどいいの?
写真家 わからないからいいんです。
 
写真家、廃墟の女、去る。
 
村の女 ありゃあ、金持ちに違いない。気品が違う。 大層な豪邸に住んでるんだろうね。よしっ、 戻ってきたら、とっておきの御馳走を食べ させてあげよう。いっぱい恩を感じさせて、 末永く付き合っていくのさ。
 
村の女、指輪にキスしながら去る。
 
13.Jealousy
 
白い家のリビング。若い夫妻が「Heaven's White」に来てから一週間あまりが過ぎて いる。若い妻が、お腹をさすりながら、椅 子で本を読んでいる。
 
若い妻 ……『かれは軽い注意深い引きを感じた。 さらに、それより強い引きが来た。鰯の頭 をどうしても鉤から外せないらしい。が、 すぐ静かになった。』
 
若い夫があくびをしながら現れる。
 
若い夫 退屈だー。
 
若い夫、玄関から出ていく。
 
若い妻 ……(更に熱が入り)『「さぁ来い」老人は 大声でどなった、「もうひとめぐり。さ、 匂いをかいだ! どうだいすてきだろう? 今度はしっかり食いつくんだぞ、ほら鮪も ついている。硬くて冷たくて、めっぽう うまいぜ。遠慮するなってことよ。さあ食 え」老人は親指と人差し指のあいだに綱を はさんだまま、……』
 
姉が、少し前に紅茶を持って現れ、聞いて いる。
 
姉 (割って入って)ねぇ?
若い妻 (本を読むのを止め)なんですか?
姉 また、難しい本読んでる。
若い妻 え? そうですか? 自然との闘いって感 じで、すごくいい刺激だと思って読んでた んですけど。
姉 そう……もっとやさしめのものがいい気がする けど。  
若い妻 あぁ……。でも、あんまり幼稚だと、わた しが読んだ気がしなくて。
姉 それよりさ、もう少し夫のことも構ってあげな いと。あの子、いつも暇そうでかわいそう。若い妻 でも……あの人のためにここに来たわけで もないし。勝手について来たんですよ。
姉 そういう言い方しないの。あなたの面倒を見て あげたいって強い思いで、仕事を休んでま で一緒に来てるんでしょ。夫婦なんだから。 お互いが、相手の不安や寂しさを埋めて、 支え合っていかなきゃ。自分のことばかり 考えてちゃダメ。
若い妻 でも、家にいるとき、あの人はわたしの不 安を埋めてくれなかった。いつもイライラ したり、説教したり、わたしがストレス溜 まってるって知ってるのに、当たり散らし たりするんですよ。だから、わたし家を出 て、少し一人になりたかったの。このまま じゃ、お腹の赤ちゃんのためにいいことな んて一つもないし。
 ねぇ、あの子はあなたのことばかり考えてる。 あなたのためなら死んでもいいってくらい 好きなの。だから、あなたのストレスはあ の子のストレスなの。あなたが喜べば、あ の子も喜ぶ。あなたが優しくすれば、あの 子も優しくしてくれる。お互いに原因があ るんだから、お互いが相手を責めてたら、 悪循環になるだけよ。ね?
若い妻 はい……。
姉 子供を産むには、夫の協力が必要なんだから。
若い妻 そうですね。二人とも若すぎるのかな…… たまに子供じみたケンカをして、本当に夫 婦なのかわからなくなる。夫婦って大人の 印だもん……。
姉 確かに、二人はまだ若いけど……わたしにはと っても羨ましい。そうやって、思ったまま 一直線に生きられて、結婚も子供も…… 幸せなものを、苦労もなくどんどんと手に 入れられて……。
若い妻 (姉の顔をじっと見る)
姉 どうしたの?
若い妻 お義姉さんといると落ち着く。
姉 そうなの?
若い妻 ねぇ、わたしの頭撫でてください。(頭を差 し出す)
姉 え? なんで?
 
姉、若い妻の頭を撫でる。
 
若い妻 は〜、お義姉さんと結婚してもいいかも。
姉 なにいってんの。
 
ノック音。
 
姉 ほら、あの子、退屈でイライラしてドアを叩い てる。ちょっといってあげなさい。
若い妻 もう、しょうがない子なんだから……。
 
若い妻、玄関へ向かう。
姉、ため息をつく。そして紅茶を一口すす る。
 
 
14.Passion
 
しばらくして、若い妻が戻ってくる。
 
若い妻 あの……。
姉 どうしたの? もういない? 鬼ごっこでもし たいのかしら。
若い妻 お客さんです。
姉 お客? お客って誰が……。
 
写真家と廃墟の女が現れる。
 
写真家 こんにちは。
姉 あ、あなた、なにをしにまた来たの? いい? ここは、勝手に来ていい場所じゃないんで すよ。
写真家 妹さんには許可を取りました。
姉 え? もう……あの子。なんの用ですか、一体?
写真家 廃墟の女性を、連れてきました。
 
間。
 
姉 ……あなたが?
廃墟の女 (じっと見つめている)……はじめまし て。
姉 はじめまして……。
 
姉、写真家を引っ張って、部屋の隅に行き。
 
姉 わざわざ、あの人を会わせるために来たの?
写真家 ええ。すごい時間と手間がかかりました。
姉 わたし、一言も頼んでないの。いい迷惑なのよ。 わたし、よその人と会うの苦手なの、あな たも含めてね。帰ってもらえる?
写真家 いや、でも、せっかく連れてきたんだし。
姉 なんのために?
写真家 君のことがなにかわかるんじゃないかって… …
姉 なに?
写真家 いや、似たような生活をしてる友達が出来 たら、君にとってもいいかなと……。
姉 お断りよ。
 
廃墟の女、若い妻に促され、椅子に座って いる。二人、そのことに気づき、言い合い が止まる。
 
若い妻 (気が利く奥さんを意識して)お茶入れて きます。
姉 あ……。
写真家 喜んでくれると思ってたんですが……すみ ません。
廃墟の女 いい家だね。本当に真っ白だ。なにもか もがきれいで整然としている。
姉 ……ありがとうございます。
廃墟の女 わざわざお邪魔して申し訳ないね。連れ てきてもらったのには、あたしのわがまま もあってね。
 はい……。
 
廃墟の女、異様なほどに姉を見つめる。姉 は思わず目をそらす。
 
廃墟の女 ここに何年住んでるの?
 四年です。
廃墟の女 じゃあ、あたしと一緒だ。奇妙な一致だ ね。
 そうですね……。
写真家 ……なんだろう? 空気が重いな。リラッ クス。
 
間。
 
写真家 お茶入れるの手伝った方がいいな。
 
写真家、台所へ。
 
 ……どうして、そんなにわたしのことを見るん ですか?
廃墟の女 (はっとして平静を繕い)これはすまな い。ここまでの道中、あなたの話ばかりを 聞いていたものでね、想像ばかりが膨らん でしまって、今頭の中で整理しようとして いるところなの。会ってみたら、とてもき れいな人で驚いたわ。羨ましいくらい。あ たしは……あの写真家から、少し聞いてい るかもしれないけど、ずっとボロ屋敷に住 んでいてね。美しいものを見ると……落ち 着かなくなってしまう。(形相が変わり) 壊したくなるのさ。 
 (後ずさりする)
廃墟の女 (また、はっとして、微笑む)冗談だよ。 ごめんね。怯えさせてしまったみたいだ。
 
若い妻、紅茶を持って戻ってくる。写真家、 手持ち無沙汰で後ろからついてくる。
 
若い妻 お待たせしました。
 
若い妻、紅茶をテーブルに並べる。
 
廃墟の女 ありがとう。よく気が利くね。
若い妻 (喜ぶ)どうぞ、皆さん召し上がってくだ さい。
 
姉、若い妻の袖をつかもうとするが、台所 へいってしまう。
 
写真家 (和やかな空気にしようと)あ〜、では、 紅茶を頂くとしますか。(紅茶を飲む。熱 そうにしている)ぼく、猫舌なんです。こ の中で、猫舌な人?
 
沈黙。
 
写真家 (姉の様子に気づき)大丈夫ですか?
 ちょっと……気分が……
廃墟の女 あんた、ずっと逃げてるんだろう?
 
間。
 
 ……どういうことですか?
写真家 あの、もうちょっと和気藹々と……。
若い妻 (クッキーを持って戻ってきて)みなさん、 クッキーもありますので、どうぞ。
廃墟の女 (語調を緩めて)ありがとう。ここの生 活は気に入った?
若い妻 はい。とっても癒されます。
廃墟の女 そうか。
若い妻 あなたのこと、写真家さんから聞きました。 廃墟に住んでて、退屈しないんですか?
廃墟の女 退屈っちゃあ、退屈だね。でも気になら なくなる。住み始めは、何か物を壊してい ないと落ち着けられなかったけど。
若い妻 そうまでして、そこにいる意味があるんで すか?
廃墟の女 キリストの磔に意味があるのと同じこと だよ。
若い妻 受難?
廃墟の女 裏切り者を抹殺すれば、あたしは救われ るの。
若い妻 裏切り者? それは……?
 
重い間。姉は今にも逃げ出しそう。
 
廃墟の女 それは……自分だよ。
写真家 自分?
廃墟の女 過去の自分を悔いているのさ。だから過 去を抹殺できれば、そのときは、廃墟から 出て、お天道様の下で人らしく生活できる。写真家 なるほど……。
廃墟の女 この人にはいったけど、あたしは四年前 に旦那を殺したんだ。
若い妻 え?
 (はっとする)
若い妻 ……本当ですか?
写真家 そうらしいです。
若い妻 ……じゃあ、警察から身を隠すという意味 もあるんですね?
廃墟の女 いや、ばれてないからね。一応失踪とい うことになってるんじゃないかな? 
姉、耐えきれず退場。
 
廃墟の女 あの人逃げたよ。逃げた……!
写真家 彼女のような繊細な女性に、今の話は酷で すよ。ただでさえ、体調が悪いようで、ぼ くが来たときはいつもあんな感じです。
廃墟の女 儚いね。この家もまるで紙で出来た城の よう。
写真家 行った方がいいのかな?
若い妻 行かない方がいいと思いますよ。そっとして あげましょう。わたしたちだって、普段か ら気を遣って接してますもん。昔は、薬に 頼ったときもあったそうですけど、
Heaven's White」に来てからは、自然の 癒しで精神を落ち着かせているそうです。 夫がそういってました。昔は、手がつけら れないほどだったんですって。
写真家 そうなんだ……。一体過去になにがあった んです?
若い妻 さぁ、そこまでは。結婚直前までいった人 がいたそうですけど、たぶんそこに原因が あるんじゃないでしょうか? それ以上は 聞けないですけど……。
廃墟の女 (立ち上がって)結婚直前までいった… …?
写真家 (若い妻の言葉に驚きの表情を見せ、廃墟 の女の不可解な態度に)なにか……?
 
廃墟の女、怒りで身を震わせている。
姉、自分の部屋に入り、枕を抱きかかえて いる。息は荒く、落ち着かなく右往左往し ている。
 
 なんなの、あの人……? 苦しい。
廃墟の女 (わざと大きな声で)ざまあないね!  苦しみ続けりゃいいんだ!
 (声が聞こえて硬直する)
写真家 (ビックリして)なにをいうんです!
若い妻 そんなこといわないでください。
廃墟の女 こんなきれいな所で、いつまでも逃げ隠 れて、安々と生きていようなんて虫がよす ぎるんだよ! お前も壊れちまえばいい!写真家 どうしたんですか? 落ち着いてくださ い? なにがあったんです? 
廃墟の女 腹黒い女のくせに、弱者の顔をしてさ!
若い妻 (怯えて)あなた! あなた、どこ!
廃墟の女 この家を燃やしてやろうか!
 (枕を耳に当てて、身を縮ませる)
写真家 ダメですよ! 落ち着いてください!
廃墟の女 お前に安らぎなんて与えてやるもんか! なにもかもぶっ壊してやる!
 
写真家、落ち着かせようと廃墟の女に近づ くと、女は杖を振り回す。写真家は、杖 をつかんで、それから女を押さえつける。 
廃墟の女 離せ! 離せー!
写真家 落ち着いて! 騒がないで!
若い妻 (玄関のほうへ)あなた! 早く来て!
廃墟の女 お前のせいで、わたしは……!
写真家 静かに!
廃墟の女 痛い、痛い!
写真家 落ち着いてください! 
廃墟の女 離せ!
写真家 落ち着かないと離せません!
 
若い夫、登場。
 
若い夫 どうした?
若い妻 (夫に抱きつく)恐い! 恐いの!
若い夫 どうしたんだ、なにがあった?
若い妻 あの人が!
若い夫 あなたたちは、なにをしてるんですか?
写真家 ごめんなさい。ぼくが連れてきた、例の廃 墟の女性が、急に取り乱して暴れ出して… …!
若い夫 姉ちゃんは?
若い妻 たぶん、自分の部屋に。
若い夫 (呼ぶ)姉ちゃん?
若い妻 ここにいて。あの人を見張ってて!
廃墟の女 もう暴れないから、離してくれ。足が痛 い!
写真家 本当ですね? 
廃墟の女 ああ、約束する!
 
写真家、廃墟の女を離す。二人とも、荒 れた息で床に這いつくばる。
 
廃墟の女 ……(弱々しくなり)ごめんね、ごめん ね。発作みたいものでさ、昔のことが蘇っ ちゃった……。
写真家 ええ……?
 (静かになったことに気がつく)
廃墟の女 わたしが旦那を殺したのはね、旦那が浮 気をしたからなんだ……。二年間もわたし の所に戻ってこないで、浮気の女のところ に行ってて、やっと戻ってきたと思ったら、 その女と結婚したいなんて言い出してさ、 だから殺しちゃった……。
 
姉がリビングに戻ってくる。若い夫妻が姉 の近くに寄りそう。
 
廃墟の女 あの人と境遇が似ているものだからさ… …勘違いして、あの人が浮気の女に見えて きちゃった。バカだね、バカだ……!(自 分を殴り始める)
写真家 やめて、そんな、殴っちゃいけない。(廃墟 の女の腕を押さえる)
廃墟の女 信じていたんだ、本気で愛していたんだ ……。わたしにはあの人だけだった。でも あの人は本気じゃなかった。結婚していた のに。5年も連れ添って、本気で愛してく れなかった。本気で愛したのは、あの女… …! あの女ー!(強い力で写真家を押し 返し、暴れ出す)
 (若い夫の背後に隠れる)
写真家 (一生懸命押さえつけて)わかりました! あなたのいうことはよくわかりました。で も、その浮気相手とは別人です!
廃墟の女 わかってる……そんなことあるわけない んだ。そんなこと……。わたしは会ったこ ともないんだ、その女に。でも、なぜだか、 彼女はわたしの心の中に巣くったその女の 像にそっくりなんだ。……はぁ、苦しい。
写真家 帰りましょう。
廃墟の女 どうして、壊れないんだろう? なぜ、 いつまでも鮮明に残るんだろう? (胸を 殴る)これだけ、殴っても……! わたし の記憶と心だけは壊すことが出来ない。(姉 を見て)なぁ、あんた?(姉に近づく)
若い夫 (震える声で)近づくな!
廃墟の女 あんたは、忘れることが出来たか? 白 い世界で、あんたは忘れることが出来たか?
 (怯えて、若い夫の背中に捕まっている)
写真家 帰りましょう。ぼくらは、この人たちに迷 惑をかけすぎてしまった。
若い夫 そうだ。帰ってくれ。
廃墟の女 帰ろう。やはり、苦しみ続ける以外にな いんだ。十字架を背負い続ければ、いつか は天国へとたどり着くだろう……。
 
廃墟の女、玄関へと歩き出す。写真家、 姉たちに一礼をして、廃墟の女の背中を支 えながら歩いていく。二人、退場。
    若い夫、金縛りが解けたように力が抜ける。 若い妻はその場に座り込み、若い夫が彼女 を支える。姉は、立ったまま、まだ震えて いる。
 
若い夫 迎えにきてもらおう。ここは恐い。危険だ。 電話してくるよ。
 
若い夫妻、台所側へ退場。
姉、玄関の方を見つめて動かない。
 
 
15.Shadow 3
 
幻影の男が現れる。二人、向き合う。
 
 ……長い間、あなたのことを忘れていたわ。あ なたの存在は、常にわたしの中にあったけ れど、なぜかあなたの顔を思い出せなくな っていたの。いえ、長い年月をかけて忘れ たといってもいい。今は、あなたの顔がはっ きりとわかる。なにもかもを思い出した。 どうして黙ってるの? なにか喋って。あ なたの声を聞きたい。覚えてる? 六年前 にわたしたちは出会い、四年前にあなたは 消えたのよ。わたしたちの新居を選んで、 その次の日に。あなたは29だった。わた しの年も、とうとうあなたと同じ年になっ たわ……。こうしてみると、まるで幼なじ みだったみたい。あなたは、あのときのま ま……。あなたは29のまま止まってしま ったのね。……こうやって、あなたを思い 出してしまったのが、本当に正しいことか わからない。だって、忘れるためにここに 来て、荒れ果てて澱んだ感情を浄化するた めに、何年も真っ白な世界の中に身を置い たんだから。希望、幸福、愛情、なにもか もを失っていた。でも、今は嬉しさと懐か しさでいっぱい……。ねぇ、なにか喋って。 あなたはどんな気持ちで、今そこに立って いるの? 
 
幻影の男が現実味を帯びてくる。昔の恋人、 その人であるように。
 
幻影の男 おれは……もういないんだよ。
 やっぱり……そうなの? 
幻影の男 何一つ、約束された未来なんてないんだ。
 そんな、わたしは約束を信じてたのに! わた し、あなたがいなくなって、必死に探した の。死んだって噂を聞いても信じられなく て。だって、あなたは結婚の許しをもらい に行くって、笑顔で出ていってそれっきり。 待っててっていったからずっと待ってた。死 んだなんて、そんな話信じられなかった!
幻影の男 約束を果たせなくてごめんな。でも、取 り返しのつかないことになってしまったん だ。
姉 そんな!
幻影の男 (厳粛に)取り返しのつかないものはど うしようもならない。それが自然の法則だ よ。もし 取り返そ うとするなら、地獄の 苦しみが待っているだろう。決してそんな ことをしてはいけない。その犠牲になって はいけない。
姉 なにがいいたいの? それよりも、ゆっくり話 をしたい。昔みたいに。
幻影の男 今すぐここから逃げるんだ。いいね?  ここから逃げて、お前の大事な妹と一緒に 住むんだ。
姉 なにをいってるの? あなたのいってることがわ からない……あなたが……!
幻影の男 そして、それを機会に今のこと、そして これからのことを考え始めるんだ。そうす れば、お前もおれも幸せになれるから。
姉 やめて、そんなことが聞きたいんじゃないの。あ なたのことを知りたいの。あのときの気持 は? わたしは一人取り残されたのよ。
幻影の男 過去は過ぎ去ってしまったんだよ。もう そんなものに縛られてはいけない。いいね? 早くここから立ち去るんだ。(背を向ける)
 待って! どうして答えてくれないの? 話し たいことがたくさんあるの。ほんの少しだ けでも……!
幻影の男 (振り返って)安心して。いいたいこと はもう全部わかってる。おれがいいたいこ とも、これまでに言い尽くせないほどいっ てきた。だからもう、なにもいわなくてい いんだ。全てを捨てて、ここを離れよう。 いいね?
 ……あなたと幸せになりたかった……。
幻影の男 ……うん。おれも。
 
幻影の男、闇に消える。
その場にうずくまる姉。
若い夫妻が戻ってくる。
 
若い夫 ……連絡したよ。船が来るまで、部屋で休 んでいよう。
 
若い夫、姉を支えて退場。
 
血染めの包丁を持って、廃墟の女が現れる。 ぶつぶつと喋りながら歩いてくる。
 
廃墟の女 ……あの女は、あたしから全てを奪った。 あの女は、あたしから全てを奪った。あの 女は、あたしから全てを奪った。あの女は、 あたしから全てを奪った。あの女は、あた しの幸せを壊した。沸いて出てきた白い女、 あのウジ虫が、あたしの大事な人を腐らせ た。あたしたちは、昔からなんでも通じ合 っていた。お互いを一番よく知っていた。 それが急にわからなくなった。あの女が現 れて、あたしの大事な人を変えてしまった。 あの人は、あたしのなにもかもを理解して くれていた。孤独も、体の弱さも、心の傷 も。あたしにはあの人しかいなかったんだ。 あの女は、あたしから全てを奪ったんだ。 殺してやる。殺してやる。
 
幻影の男が現れる。
 
廃墟の女 (気づいて)あなた……! あなた、ど うして! あたしがこの世で最も醜い女に なったのを見に来たんだね。なんで、そん な目で見るの? あたしを止めようってい うの? なんで? なんであなたはいつも あの女をかばうの? あんな女殺してやるか ら! そうまでして、あの女をかばうの。 あの女が好きなの……。止めたいなら止め たらいい! あの女の味方をするなら、何 度でもあなたを殺してあげるわ!
 
廃墟の女、幻影の男に包丁を向けて、切 りかかろうと力がこもる。しかし、その手 は止まり、力無くうなだれる。
 
廃墟の女 ごめんなさい……ごめんなさい……。許 して。あなたにそんな風に見られたら……。 あたしがみんな悪いの。あたしがあなたに 迷惑ばかりかけていたから。あなたが愛し ていないことなんて、知ってた。でも、あ たしがいつまでも引き留めようとしたから、 あなたを苦しめた。ごめんなさい……。ず っと苦しめて、幸せを応援してあげること ができなくて……。いつか、罪を許してく れると思ってた。あらゆる罰を全部受けて、 あたしの心も体も、全部壊れて動かなくな ったら、罪が許されると……。でも、もう いい。あたしは人の道に外れた最悪な女。 最も醜い 女。あたし、一人地獄に行きま す。だから、止め ないで。これが最後だか ら、あたしにあの女を殺させて!
 
廃墟の女、幻影の男の脇を抜けて、退場。 幻影の男、消える。
 
 
16.Doom
 
白い家のリビング。若い夫妻が椅子に座っ ている。
 
若い妻 恐い……。
若い夫 大丈夫。あの女はいなくなったし、もうす ぐ姉さんが迎えに来る。待つんだ。
若い妻 もう、三時間が経つ……。あの人の顔が頭 にこびりついて離れない。恐ろしい、なに もかもを破壊しかねない形相。
若い夫 恐かったね。
若い妻 きっと赤ちゃんもビックリしてる……。
若い夫 うん。家に帰ったら、ゆっくり休もう。
若い妻 そうだね。
 
沈黙。
 
若い夫 おれたちは、幸せな夫婦だ。
若い妻 うん。
若い夫 誰が見てもうらやむよ。
若い妻 そうね。
若い夫 人は若い若いっていう。苦労するって。で も、苦労するのはみんな一緒だ。おれたち は、誰よりも幸せな夫婦だよ。
若い妻 うん。
 
姉がリビングに来る。
 
若い夫 姉ちゃん。寝てなかったのか?
姉 寝られないわ。ずっと考え事……。
若い妻 まだ、来ません。
姉 もうじきよ。船の明かりが近づいてくるの が見えたから。
若い妻 よかった……。
姉 荷物の支度は出来たの?
若い夫 もう玄関に出してる。
姉 そう……。
若い夫 姉ちゃんは?
姉 わたしは……。
若い夫 姉ちゃんも避難した方がいいよ。
姉 わかってる。……。
若い夫 なにを迷ってるんだよ。あの女が出ていっ たからといって、安全になったわけでもな いんだ。一人でいるなんて、考えられない。
若い妻 一緒に行きましょう。そのほうが絶対にい いですよ。
 うん……。
 
警笛が鳴る。
 
若い夫 迎えが来た。よし、行こう。
 
若い夫妻、玄関へ向かう。姉は動かない。
 
若い夫 (立ち止まって)姉ちゃん? (若い妻に) 先に行って、荷物を運んで。おれは、姉ち ゃんの荷物を運び出す。
 
若い夫、姉の部屋へ。
姉、ゆっくりとリビングを歩く。幻影の男 を探すように。しばらくして、茫然と椅子 に座る。
妹が駆け込んでくる。
 
 (姉を見つけて)お姉ちゃん! (姉を抱きし めて)大丈夫だった? ごめんね! あた しが余計なことをしたばっかりに、こんな 危険なことになってるなんて! 早く船に 乗って。
 
若い夫、姉の荷物を持って出てくる。
 
若い夫 姉ちゃん!
妹 (若い夫に)早く乗って! 船から明かりが見 えたの。島に乗り込もうとしている誰かが いる!
若い夫 え! (姉に)急ごう、姉ちゃん!
妹 しっかりして! 船に乗るからね!
 
妹、姉の手を取るが、姉の足が動かない。
 
妹 どうしたの? 早く行かないと。
姉 (首を振る)
妹 なんで? 
若い夫 (妻が心配で)先に行ってるよ!
 
若い夫、出ていく。
 
 本当に、お姉ちゃんは、あたしのいうことを一 度だって聞いてくれたことがない。お願い だから立って。
 (妹の胸に顔をつけ、泣く)
 どうしたの……?
 
妹、困り顔で、姉の背中をさする。
 
 なんで、こんな時に動くことが出来ないの?  (妹をつかむ力が強くなる)
 もう、しっかりしてよ! 早くここから出てい かないと。嫌な予感がするの。ね? お願 いだから、立って。
 (よろよろと立つ)
 大丈夫ね?
 (うなずく)
 じゃあ、船に乗ろう。
 
若い妻の悲鳴がする。凍り付く二人。若い 夫が叫んでいる。
続いて、包丁を持った廃墟の女が駆け込ん でくる。妹が声を出して、すぐさま離れる。 呆然と立つ姉と向き合う。
 
 お姉ちゃん!
廃墟の女 見つけた! あんたがあたしの大事な夫 を奪ったんだ! 殺してやる!
 
廃墟の女が、包丁を持って振りかぶったと き、背後に幻影の男が現れ、廃墟の女に向 けて銃を発砲する。
 
廃墟の女 (倒れ、幻影の男を見て)あなた……!
 
廃墟の女、そのまま息絶える。幻影の男の 背後に、銃を構えた写真家が現れる。二 人は、全く同じ体勢で重なると、幻影の 男は銃を下ろし、そのまま姉の横を通り抜 け、去る。
 
 
17.Epitaph
 
写真家は、銃を床に落とし、手で顔を覆 う。
 
妹 (姉に近づき)お姉ちゃん、大丈夫?
 
若い夫が入ってくる。
 
妹 あんた、大丈夫? あの子は?
若い夫 (恐怖で言葉を発せられないが、うなずく)
妹 そう……。よかった。みんな無事ね。……よか った。 
写真家 ……ごめんなさい……こんなことになって しまって……! ぼくが、好奇心で、人の 心に足を踏み入れるような真似をしたから ……こんな大変なことを引き起こしてしま った!
 もう、いいわ。
 
妹、テーブルクロスを廃墟の女にかぶせる。
 
若い夫 よくないよ。そいつのせいで、おれたちは殺 されそうになったんだ。命が助かったとは いえ、妻のショックが大きい。この恐怖で 流産しちまったらどうするんだ。
写真家 ごめんなさい……。この償いはなんでもし ます。
 包丁に血がついてるけど……?
写真家 村の女です。
 あの人ね?
写真家 ……はい。ぼくたちは、「Heaven's White」 を出て、一旦近くの村に戻りました。そこ で泊まる予定だったんです。彼女も、すす り泣いたり、独り言を言ったりはしていた ものの、落ち着いている様子だったので、 ぼくも休息を取ったのです。明日、彼女を 連れて、廃墟の家に戻るつもりでした。け れど、村の女の叫び声で目が覚めると、包 丁を持った彼女がいて、もう人格が変わっ たかのように狂気の目つきで取り乱してい ました。そして、ぼくが止める間もなく、 彼女はすぐに舟に乗ったのです。これは、 もう本当に危ない、一刻も早く止めなけれ ば、また犠牲者を出すと思って、ぼくも急 いで銃を取って舟に乗り、 追いかけたんで す。
 あたし、詳しいことを聞いてないから、よくわ からないんだけど、なんでこの女がお姉ち ゃんを殺そうとするの?
写真家 昔の夫の浮気相手と重なるみたいで……。 そんなので狙われちゃ、たまったもんじゃないよ。写真家 そうですね……。彼女にあなたのお姉さん を撮った写真を見せたことがあるんです。 そのとき、まさか復讐心を駆り立てている とは知らず。ぼくも同じようで正反対の二 人を会わせてみたくなってしまったんです。
 会わせたことにはあたしにも責任がある……。
 ……この人……
 お姉ちゃん?
 この人、わたしの死んだ恋人を見て、「あなた」 っていった……。
 え?
写真家 どういうことです?
 信じられないと思うけど、わたしの死んだ恋人 が目の前に現れて、銃を撃ったの……!  そしてこの人は、振り返って、死に際に「あ なた」っていったの。この人にもはっきりと 見えていた……。
 (若い夫妻を見てから)幻覚よ……。疲れてる の。
 ううん。だって、この人がいってた。四年前に 旦那を殺したって。四年前よ、あの人が、 出ていったのは。わたしたちの結婚のため に、奥さんに事情を説明して、離婚しても らいに行くって出ていったきり、帰ってこ なかった。殺されたのよ、この人に。この 人が、奥さんだったんだわ……!
 そんな、バカな……。
写真家 ええ、そんなことはありませんよ。偶然で す。
 本当なの! 信じて!
 
短い間。
 
写真家 ぼくが銃を撃ったとき、なにか別の存在を 感じました。その存在がぼくから離れると き、ほんの一瞬ですが、顔が見えたんです。 その存在が、あなたのいう昔の恋人である なら、彼女の殺した旦那さんとは違います。
 どうしてそんなことがいえるの?
写真家 見たことがあるんですよ。廃墟で、旦那さ んの写真を。
 
間。
 
写真家 ……違っていました。
 ……。
 幻覚を見てるのよ……みんな。全部、心が生み 出した幻覚。
写真家 こういうことは、案外ありふれたことなの かもしれない。街に出れば、たくさんの人 が何食わぬ顔で歩いているけれど、あり得 ないと思える悲劇も、実は多くの人の過去 に隠されているのかもしれない。自分だけ が、不幸だと思ってちゃいけないんだ。生 きるということは、この世で最も美しく、 また最も醜いことなんでしょう。
 そうね……。
写真家 天国の島が、血で汚れてしまいましたね… …。
 
沈黙。
 
 さぁ、みんな船に乗って。家に着いたら、温か いものを食べさせてあげる。
 
若い夫妻、妹、出ていく。
写真家、廃墟の女を抱きかかえる。
 
写真家 (姉に)ごめんなさい……。
 謝らないで。謝るのはわたしのほう。わたしが、 すぐにここを離れなかったから。過去に執 着しすぎると、今を亡くしてしまう。それ がよくわかったわ。わたしは、もう少し、 前を向いてみる。
写真家 そうですか……。
 行きましょう。
 
姉、写真家、退場。
 
幕。
 

 
 
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