シアターリーグ > シナリオ > LOVELY LIFE 2 >
 

LOVELY LIFE 2

作 別役慎司
 
 
 
 
 
 
登場人物
 
     ・シュンロー(水沢俊郎)
     ・ノボロー(藪田登)
     ・ショウサク(大越勝作)
     ・ルリ(船山瑠璃)
     ・ミチエ(船山三千恵)
     ・サキ(野川沙希)
     ・リュービ(河東龍美)
     ・ダイ(増山大貴)
     ・チサト(花平千里)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 舞台には、二つのドアと、二組(色違い)のイスとテ
 ーブルがある。ドアは、舞台奥にそれぞれ上手側と
 下手側、イスとテーブルも上手側と下手側に一組ず
 つ置かれている。つまり色が対照的な二つの部屋が並
 んでいる。部屋の角にはもう一脚ずつ、計二脚の椅
 子があり、その椅子に風船がいくつか結わえつけられ
 ている。

    ■SCENE1

 「Lovely Life」コンサルティングルーム(下手側のエ
 リア)。
 ノボローがドアから入ってくる。書類やパンフレット
 などの資料をテーブルに置き、イスに座る。しばらく
 動きを止め、ちらっとドアを見る。持ってきた書類を
 軽く確認し始める。
 ノボロー(藪田登)は、29歳、「Lovely Life」社長。
 胡散臭い格好だが、エネルギッシュさを感じさせる。
 スーツの下には必ずカラフルなYシャツを着ている。
 ドアがノックされる。

ノボロー どうぞ。

 立って、ドアを開けようと引っ張る。向こう側もドア
 を引っ張っているようで開かない。

ノボロー 引っ張らないで押して。

 ドアが開く。シュンローがハンカチをしまいながら入
 ってくる。
 シュンロー(水沢俊郎)は、28歳、顔つきはハンサ
 ムだがやや生気に欠けている。自信のなさと芯のなさ
 が見えるが、彼なりに一生懸命やってきたということ
 がうかがえる。スーツが新品で着こなせておらず、ま
 るでリクルーターのよう。

ノボロー スッキリした?
シュンロー はい……。
ノボロー そうか。ここ、すぐわかった?
シュンロー いや、ちょっと迷いました……。
ノボロー そうだよなぁ。上からお前が来るの見えたから、準
 備し始めたのに、入ってこないんだもんなぁ。
シュンロー すいません。
ノボロー それでやっときたと思ったら「トイレ貸して」だも
 んな。お前らしいよ。
シュンロー すいません。
ノボロー まぁ、それはいいとして、シュンロー。気持ち悪い
 から敬語はやめな。いくらおれが社長だからってさ、
 大学の時みたいにタメ口でいいよ。
シュンロー あ、そう?
ノボロー おれ縦社会好きじゃないし。前みたいに、ノボロー、
シュンローでいいよ。あのときみたいなチームワーク
 でいこうぜ。あ、なんか飲む? といってもそんなに
 時間はないんだけど。
シュンロー いや。
ノボロー ああ、そう。じゃあ、早速仕事の話を始めちゃうか。
 (資料を探して)まず、どこから説明するかな?
シュンロー あ、面接は?
ノボロー 面接?
シュンロー ええ、一応面接審査があって……
ノボロー ああ、ああ、細かいねぇ。
シュンロー これ履歴書……です。
ノボロー (履歴書を受け取りながら)じゃあちょっと見せて
 もらおうかな。その間、契約書に目を通してサインし
 て。(契約書を差し出す)
シュンロー 契約……?
ノボロー (履歴書を読みながら)スーパーで働いてたんだ。
 卒業してから。
シュンロー ああ、うん、まぁ、スーパーというかデパートと
 いうか……。
ノボロー ……TOEIC525点って中途半端なスコアだな。
 でも特技が英会話かよ。趣味が音楽鑑賞って、無趣
 味っていってるようなもんだな。(間)……地味だな
 ぁ〜。(読み終えて)興味を引くところが一つもなか
 った。あの大学時代にいってたさ、夢はどうなったの?
シュンロー 夢?
ノボロー なんだっけ? なにかを熱く語ってたことだけは覚
 えてる。自転車で日本一周だったっけ?
シュンロー 自転車で日本一周?
ノボロー 違う?
シュンロー たぶん……イギリスの湖水地方に行って、ピータ
 ー・ラビットの自然を守るってやつかな。
ノボロー ああ、そう。で?
シュンロー 卒業旅行で行ったけど、なんか日本人が多いし、
 現地の人も日本語で声かけてくるから冷めた。
ノボロー 淡い夢だな。
シュンロー でもそのときはもう就職決まってたから、思い描
 いてた場所だったとしても、行ってたかどうか……。
ノボロー もっと金に困ってるんじゃない。スーパーでの年収
 はどれくらい?
シュンロー 400くらいだと……。
ノボロー 一人暮らしだろ? なにに使うの?
シュンロー う〜ん、貯金は少しはあったけど、車買ったから、
 それが痛いかなぁ。あとはなにに使ってるんだろう。
 本買ったり……
ノボロー ま、大丈夫だよ。心配するな。うちなら、100
 0万も夢じゃないから。一年目は年俸250万でそ
 れプラス出来高払いってことになるけど、未経験のお
 前でも500はいくと思う。いずれにせよがんばり
 次第だけど、絶対1000万は届くから。
シュンロー はぁ。
ノボロー 借金はしてない?
シュンロー ええ。
 
  間。

シュンロー あの、一応金に困ってるから雇ってもらうという
 わけじゃなくて、スーパーの仕事にやりがいや成長がない
  から、新しいことにチャレンジしたいってわけで……。
  自分を変えるためなので。
ノボロー そこ、読んだらサインしてくれる? 採用だから。
シュンロー 採用? (契約書を見て)印鑑でも……?
ノボロー どっちでもいいよ。細かいなぁ。

 シュンローは印鑑を取り出す。

ノボロー (時計を見て)さてと……そろそろコンサルが始ま
 っちゃうなぁ。

  シュンローはテーブルの上を見渡す。

シュンロー 朱肉はある?
ノボロー 朱肉? ないな。じゃあ、ペンでぐりぐり塗ってか
 ら押しなよ。

 シュンロー、赤ペンで印鑑の印字部を塗る。
 
ノボロー ……まだ?
シュンロー あと少し。

  シュンロー、印鑑を押す。もう一枚あることに気づき、
 また印鑑の印字部を赤ペンで塗る。

ノボロー (時計を見て)……ま、あいつはいつも遅れるから
 平気か。

 シュンロー、二枚目の契約書に印鑑を押す。

ノボロー よし。じゃあ、こっちがシュンローの控えね(一枚
 渡す)。早速、うちの会社のシステムを説明するから、
 この資料を見て(資料を渡す)。まず、会社名は「L
 ovely Life」。「Love Life」と間違
 わないように、やらしい意味になるから。うちの事務
 は、何度も間違いやがるんだよ。一言でいうと、会
 員制恋愛コンサルティングだ。事業内容は恋愛相談、
 恋人紹介、恋愛レッスンなど。
シュンロー 恋愛レッスン?
ノボロー レッスン。ちなみにこの部屋は、コンサルティングル
 ームで、恋愛相談の部屋。で、隣がセッションルーム
 といって、各種レッスンの部屋。今、見せるからつい
 てきて。

 二人、部屋を出る。
 二人、上手側のドアから入ってくる。

ノボロー ここね。どっちもお洒落だろ? 現代人のための恋
 愛コンサルティング会社だからね。だから、結婚仲介
 業者とはちょっと違う。真面目な中年はほとんど来
 ない。みんな、若い。若い連中の方が、コンプレック
 スも多いし、恋愛の悩みも様々なんだよ。それらを聞
 いてあげて、勇気づけながら具体的な解決法を提示
 してあげるのがおれたちの役割。
シュンロー なるほど。責任重大だ。
ノボロー 恋愛ほど、人は真剣になるものはこの世にないから
 な。だから金になる。
シュンロー よく雑誌なんかの広告にもあるけど、儲かるんだ
 ろうね。
ノボロー まぁ、そういうとこは不特定多数の会員で支えてい
 るだよ。写真付きのプロフィールをさ、月に何人か送
 って、ベストパートナーを紹介とかいってるけどね、
 機械的な仕事だよ。ずさん。個々のケアがない。その
 点、うちは小さな会社だけど、マンツーマンで面倒を
 見てあげられるからな。

 二人、部屋を出る。
 二人、下手側のドアから入ってくる。

ノボロー あと、インターネットで問い合わせてくるお客さん
 が多いんだけど、基本的に恋愛相談のみ受け付けて、
 パートナーの紹介はしないって形。シュンローにも手
 伝ってもらうけど、これは楽だから平気。恋愛のアド
 バイスなんて、大抵決まってるんだよ。全部で20種
 類の定型アドバイス文ってのがあるから、それをちょ
 こちょこっと変えて返信すりゃあいい。金を払わない
 連中に、時間をかける必要はない。
 
  電話が鳴る。ノボロー瞬時に取る。

ノボロー ハロー。OK。(電話を切る)
シュンロー ハロー? 外人さん?
ノボロー 日本人だよ。さっき、下で見ただろ、うちの事務員。
 おれはアメリカの大学でコミュニケーション理論を学
 んできたことになってるから。
シュンロー そんなウソまで?
ノボロー ウソじゃない。ただ、人がそのことを聞いて受ける
 イメージと実際が多少異なるというだけ。コンサルテ
 ィングの会員が来たそうだから、お前は見学していっ
 てくれ。(資料を片づける)あ、ちなみにこのマスコ
 ット。知名度がもっと上がってからになるけど、グッ
 ズを通販で売ろうと思ってるんだよね。彼氏彼女が
 出来るラッキーアイテム。風船の「ふうちゃん」ね。
 かわいいだろ?
シュンロー (見入る)
ノボロー そこの椅子にでも座ってて。
シュンロー、風船が結わえつけられている椅子に座ろ
 うとするが、風船が邪魔でうまく座れない。
シュンロー ……この風船はなんの意味が?
ノボロー 誕生したカップルは、名前を書いた風船をつけるん
 だよ。絶対割るなよ、縁起が悪いから。ちなみに結
 婚が成立したら、くす玉を割る。

  ドアがノックされる。

ノボロー どうぞ。カムイン。

  ショウサク(大越勝作)が入ってくる。ショウサクは、
 一週間は洗っていない髪を整髪料で撫でつけており、
 チェックの長袖のシャツをチノパンに入れ、リュック
 を担いでいる。猫背で汚らしい風貌。

ショウサク こんにちは。
ノボロー (生き生きと)おお、ショウサク。元気だった?
ショウサク ええ、元気です。宜しくお願いします。(シュンロ
 ーを見て)こんにちは。
シュンロー (少し戸惑いながら)こんにちは。
ノボロー ああ、紹介しとくよ。こちら、イギリスの大学で心
 理学を学んだ水沢俊郎さん。
ショウサク こんにちはトシロウさん。大越勝作です。
シュンロー (戸惑いながら)こんにちは。よろしく……。
ノボロー さぁ、座ってショウサク。
ショウサク はい。
ノボロー この前のナンパは失敗して残念だったね。
ショウサク いえいえ、やっぱり人に頼ってちゃいけないんだな
 ってわかりました。今度やるときは自分でやります。
ノボロー 素晴らしい。そのチャレンジ精神が大事だね。
ショウサク だから今週の「ポジティブ・アプローチ」は、自
 分から声をかけるということなんです。
ノボロー いいね。
ショウサク やっぱり、わかりましたよ、ぼく。ゲームだった
 ら、大抵うまくいくけど、現実は厳しいですよ。
ノボロー ヴァーチャル・リアリティーは、人間が都合のいい
 ように作った世界で、本当のリアリティーとは違うん
 だ。
ショウサク あ〜。
ノボロー それがわかっただけでも収穫だよ。
ショウサク ところで、あの、誰か新しい人は?
ノボロー ショウサク。今、自分から声をかけると宣言したば
 かりじゃないか。
ショウサク そうはいっても、やっぱりナンパなんかに応じる
 子は、ぼくの好みとは……
ノボロー そうね。紹介してあげたいところだけど、今ショウ
 サクは、大事な「ポジティブ・アプローチ」を積み重
 ねて、成長している最中だからね。もう少し、自分
 で成果を出すまで待ったほうがいいと思うんだ。自分
 のためにも。
ショウサク ん……、はい……。でも、先週紹介してくださる
 っていってましたから。
ノボロー いや、今日一週間ぶりに会ってわかったけど、君の
 グレードが飛躍的に上がってきてるんだ。だから、紹
 介は少し待とう。そのほうがいい。
ショウサク でも、ぼくのグレードが上がってきてるんだった
 ら、なおのこといいんじゃないですか?
ノボロー いや、急がない方がいい。焦るといいことがないよ。
 実際、君の理想はかなり高いからね。髪が栗色で指
 がきれいで料理上手でお嬢様タイプだよね。ちょっ
 と条件が厳しいんだ。でも、ベストは尽くすよ。それ
 まで、君は君の課題をクリアしていくんだよ、ショウ
 サク。
ショウサク はい……。あ、そういえば聞きたいことがあって。
 (メモを取り出すため、カバンをまさぐる)
ノボロー うん、なんでも聞いていいよ。
ショウサク あ、あの……女の子と喫茶店に入って、ジュース
 を飲むとき、最後のほうってズーーッて音が出るじゃ
 ないですか? あれは女の子は気になるもんなんです
 か? 
ノボロー うん、いい質問だね。結論からいうと、気になる子
 が多い。お互いうち解けていないときは特にね。
ショウサク あ〜、やっぱり。
ノボロー 「雑音」とか「不快音」というのは、常にマイナス
 だと思って。女性は、クリーンなものを求めているん
 だ。
ショウサク あ〜あ〜(メモを取る)。じゃあ、男がパフェを
 頼んでいいでしょうかね?
ノボロー 甘い物好き?
ショウサク ん〜、そうですね。
ノボロー (シュンローのほうをおもむろに振り向いて)シュ
 ンローはどう思う?
シュンロー (ビックリして硬直する)え……いいんじゃない
 ですかね。
ノボロー 相手によるけれど、甘い物好きは、女性心をくすぐ
 る場合もある。
ショウサク あ〜(メモを取る)。じゃあ、お菓子好きは大丈
 夫ですかね?
ノボロー お菓子好き?
ショウサク ポテトチップスとか……。
ノボロー よく食べる?
ショウサク はい。
ノボロー 「不快音」と「口の周り」「手のベタベタ」に気を
 つければOK。
ショウサク え。もう一回いってください。
ノボロー 不快音。
ショウサク 不快音(メモする)。
ノボロー 口の周り。
ショウサク 口の周り(メモする)。
ノボロー 手のベタベタ。
ショウサク 手のベタベタ(メモする)。あ〜確かにそうですよ
 ね〜。
ノボロー 家で一緒に食べるときは、ウェットティッシュを置
 いておけばプラス評価。
ショウサク あ〜、さすがノボローさんですね〜。(メモする)
ノボロー 他には?
ショウサク ん〜、まぁ、そんなとこ……あ、髪は三日にいっ
 ぺん位は洗った方がいいでしょうか?
ノボロー (大きくゆっくりとうなずく)
 
 間。髪を触っているショウサク。

ショウサク 髪、本当は茶髪にしたほうがいいですよねぇ?
ノボロー (目を細めつつ、首を傾げる)う〜ん、就職活動
 してるんならやめておいたほうがいいだろうね。
ショウサク それがあるんですよね〜。そこで損しちゃってる
 んですよ。

  間。髪を抜いて、手に取って見ようとするショウサク。

ノボロー まぁ、茶髪にすること自体は支持するよ。よし、じ
 ゃあ、この後は、セッションルームでナンパ講座の続
 きね。先にセッションルームで待ってて。
ショウサク はい。ありがとうございます。

  ショウサク、お辞儀して部屋から出る。
 シュンロー、立ち上がってノボローに近づく。

ノボロー 大体内容わかった?
シュンロー  うん、まぁ。あの……イギリスで心理学学んだ
 って……
ノボロー そういうことにした。
シュンロー そんなことしていいの?
ノボロー 問題ない。
シュンロー ちょっとまだ頭が混乱してるけど、気になったこ
 とがいくつかあって……
ノボロー まぁ、やってればだんだん掴めてくるよ。お前なり
 に相談に乗ればいい。マニュアルに書いてあるように、
 「理解してあげること」「誉めること」「テキパキ自
 信を持ってアドバイスすること」この三つを忘れずに。
シュンロー う、うん……。
ノボロー 大丈夫、大丈夫。
シュンロー うん……。ちなみに、今ので彼はいくら払うの?
ノボロー (耳打ちする)
シュンロー 高っ。
ノボロー ナンパ代行を前回やったけど、それは……(耳打ち
 する)。
シュンロー ええっ!
ノボロー 安いもんさ。それで恋愛に成功するんならね。恋愛
 に自信が持てない人間は、人生に自信が持てない。
 当人は切実なんだよ。いい相手が見つかれば、人生全
 部うまくいくと思ってるからな。特にああいうタイプ
 は重症だから、いくらでも金を巻き取れる。(指でし
 ーっとする)
シュンロー なんだかなー……。
ノボロー いいんだぞ、別に、この仕事引き受けなくても。た
 だし、きれい事で飯は食っていけないからな。おれの
 オヤジなんか、きれい事ばっかいってて、結局競争に
 負けて会 社を潰したんだ。おれが高二のとき。シビ
 アに生きられない人間は惨めな敗者さ。
シュンロー いや、やるよ。
ノボロー じゃあ、早速このあとに初仕事入れてるから。
シュンロー え? いや、聞いてないよ。
ノボロー 新規の客。本当におれ一人じゃ手が回んないんだよ。
 おれの知ってるTVディレクターのつてでさ、深夜の
 恋愛お悩み相談に出させてもらったのはいいけど、客
 が増えてさー。はい、これファイルね。(ファイルを
 渡す)
シュンロー ちょっと待って。まだなにも……
ノボロー 今日は、全体的な相談内容を聞いて、カルテに記
 入するだけでいい。聞いて書くだけだ。誰でもできる。
 その後の対応策は、おれも考えるから。
シュンロー でも、いきなりは……
ノボロー なにかあったら隣にいるから。
シュンロー 一緒についててよ。
ノボロー そりゃ無理だ。

  電話が鳴る。

ノボロー (電話を取り)ハロー。わかった、通していいよ。
 (シュンローに)来たって。(受話器を置く)
シュンロー 無茶苦茶だ。
ノボロー 現場研修だよ。じゃあ、大切な顧客だから、応対
 しっかりな。
シュンロー そんな! 大切なら責任を押しつけないでよ。
ノボロー 今の若い連中は、責任を負いたがらないからダメな
 んだよ。
シュンロー ちょっと待って、ノボロー!

  ノボロー、出ていく。

シュンロー ノボロー! ……やばい。やばいやばい。ホント
 無茶苦茶だ、あいつ。

  ドアがノックされる。

シュンロー はい!

  ドアが開いて、ルリ、ミチエの親子が入ってくる。
 ルリ(船山瑠璃)は16歳のおとなしい高校生。ミ
 チエ(船山三千恵)は三十代の派手目な婦人。
 下手側のコンサルテーションの間、上手側ではノボロ
 ーのナンパレッスンが行われている。

ミチエ はじめまして船山と申します。宜しくお願いいたしま
 す。
シュンロー (緊張して)あ、水沢俊郎です。宜しくどうぞ
 ……。
ミチエ こちらが娘の瑠璃です。この子のことで相談したいの
 ですが。
シュンロー あ、はい。わかりました。では、まずはこちら
 に座っていただいて。

  二脚しかないイスの前に来て、躊躇する。

シュンロー 座ってください。
ミチエ え?

  ミチエとルリは、一人がけのイスの前に立ち、迷う。

シュンロー じゃあ、お母さんはそちらで、お嬢さんはこちらに。

 ミチエとルリ、向き合って座る。慌てているシュンロ
 ー。ミチエとルリはぎこちなく腰を動かす。

シュンロー (立ったまま、ファイルに慌ただしく目をやり)
 ええっと……船山さんとルリさんですね。宜しくお願
 いします。

  ミチエとルリ、ぎこちなく会釈をする。

シュンロー (助けを求めるようにドアのほうをぱっと見る)
 じゃあ、始めたいと思いますが……(もう一度ドアを
 見る)ちょっと失礼。

 シュンロー、部屋から急ぎ足で出ていく。そのとき、
 ノボローはショウサクに深呼吸をさせている。

ノボロー (手でジェスチャーをしながら)吸って〜、吸って
 〜……
 
 シュンロー、ノックをしてセッションルームに入ってくる。

シュンロー (小声で)ノボロー。
ノボロー 吐いて〜、吐いて〜……
シュンロー (小声で)ノボロー!
ノボロー はい、吸って〜、(シュンローのほうを向いて)どう
 した?
シュンロー イスに三人座れないんだけど。
ノボロー (ジェスチャーを続けながら)さっきお前が座って
 た椅子があるだろ。
シュンロー あれ? いや、あれは。この部屋のを借りていい?
ノボロー (ジェスチャーを続けながら)ダメだよ。色のコン
 トラストってのがあるんだから。
シュンロー コントラスト?
ノボロー コントラスト。床の色とのバランス。

  シュンロー部屋を出る。

ノボロー はい、吐いて〜……

  シュンロー、平静を装いながら、下手側の部屋に戻る。
 そして、風船のついた椅子を引っ張ってきて、座る。
 風船を顔の前からどけながらファイルを見る。

シュンロー お待たせしました。では、どのようなご相談でし
 ょうか?
ミチエ はい……。

  間。

ミチエ あの、はじめてよろしいでしょうか?
シュンロー お願いします。
ミチエ ……実は、娘のルリなんですけど、高校生になった
 というのに、家に閉じこもってばかりで、友達もいな
 くて、毎日だらだら過ごしてるんですよ。
ルリ (なにかいいたそうな顔でため息をつく)
ミチエ  高校生っていったら、普通遊び盛りじゃないですか。
 私の時代だって、毎日夜遅くまで遊んでましたよ。
 なのにこの子は、学校が終わったら、まっすぐ帰宅す
 るんです。どこにも寄り道をせずに。信じられないと
 思いませんか? 
シュンロー はぁ、そうですね……。
ミチエ しかも、帰ってくるなり宿題に取りかかる。普通の高
 校生は、宿題なんかせずに、ゲームセンターに行って
 プリクラ撮ったりしますよね?
シュンロー まぁ、みんながみんなってわけではないと思うん
 ですが……。
ミチエ いえ、ガミガミうるさい家庭なら別ですよ。でも私は、
 ルリになんでも自由にさせているんです。なにも口や
 かましくいってないのに、この子は真っ直ぐ家に帰っ
 てくるんです。
シュンロー いいんじゃないんですか?
ミチエ そうですか? 普通だと思いますか? 私はね、門限
 を破るくらいのことしてほしいと思ってるんです。だ
 って、門限は破るものでしょ。私の高校時代、友達
 で門限を破ったことがない子なんて一人もいません
 でしたよ。
シュンロー まぁ、普通がなにかはわかりませんが、真っ直ぐ
 帰ってくるなら、気苦労もないでしょうし……。
ミチエ 真っ直ぐ帰ってくる方が心配なんです。もしかしたら、
 この子は、人生全てに嫌気がさしてるのかもとか、極
 度の対人恐怖症じゃないだろうかとか、心配で心配
 で気苦労がたえないんですよ。今も学校さえ行ってる
 ものの、引きこもりのようなものです。
シュンロー ああ……。
ミチエ それで、彼氏でも出来れば、ガラッて性格も外向的に
 なってくれるんじゃないかと思って。
シュンロー そうですか……。
ミチエ この子は奥手で、16になっても彼氏がいないんです。
 普通の高校生でありえますか?
シュンロー いや、ん……。
ミチエ とにかく、そういう事情でございまして、どうかこの
 子を普通の恋愛の出来る子にしていただいてほしいと
 思うんです。それで、もし、この子に合う男の子がい
 ましたらご紹介のほうもお願いいたします。
シュンロー あ、はい……わかりました。ちなみに、ルリさん
 は、どういう風なお考えで?
ルリ (うつむいたまま)
ミチエ この子、男性の前なので照れてしまってるんですよ。
シュンロー ん〜〜。少々お待ちください。

  シュンロー、席を立って、隣の部屋へ。
 そのとき、上手のセッションルームでは、道行く女性
 をイメージしながら声をかける練習をしている。
 シュンローがノックをして入ってくる。

シュンロー ちょっと。
ノボロー (シュンローに気づいて)よし、じゃあ、続けてて。
 (ショウサクに聞こえないようドアのそばで)なんだよ?
シュンロー おれの理解力がついていけない。
ノボロー なんで?
シュンロー 普通の親じゃない。
ノボロー 普通ってなんだよ。いいか、普通の人はここには来
 ないんだよ。
シュンロー ええ〜? どうすればいいのかわからないよ。
ノボロー じゃあ、時間まで適当に話を聞いて。カルテ通りで
 も雑談でもいいから。解決しようと思わなくていい。
 全力でサポートしますとだけいって。
シュンロー ……わかった。

  シュンロー、下手の部屋に戻る。

シュンロー お待たせしました。全力でサポートさせていただ
 きます。
ミチエ ありがとうございます。
シュンロー じゃあ、プロフィール表を作りますのでいろいろ
 と教えていただけますか?
ミチエ はい。
シュンロー (ルリに)じゃあ、好きな食べ物は?
ミチエ メロンです。
シュンロー (ルリに)じゃあ、好きな芸能人は…… 

  音楽。


    ■SCENE2

  セッションルーム。
 ノボローが、ダイとチサトに、レッスンを施している。
 ダイ(増山大貴)は、実直で恋愛が苦手そうなタイ
 プのサラリーマン。コツコツと会社のいわれるまま働
 いてきたことが想像できる。
 チサト(花平千里)は、世間知らずで引っ込み思案
 な、これまた恋愛が苦手そうなタイプのOL。常にう
 つむき加減で、恥ずかしそうにしている。
 ダイとチサトはイスに座った状態で指相撲をしてい
 る。後ろからノボローは声をかけている。

ノボロー さぁ、あとがなくなりましたね〜。ここまでは、ダ
 イが3勝で、チサトが2勝。ダイ、あと1勝で勝利
 ですよ。
チサト あ〜、絶対負けないんだからー!
ダイ いやいや、ここで一気に勝たせてもらいますよ。(笑う)
ノボロー それでは、第6戦目行きますよー。

  まだぎこちないながらも二人は、手を差し出し、指
 相撲の形を作る。

チサト あんまり強くしないでくださいね〜?
ノボロー はっけよい、のこった!

  指相撲が始まる。ダイとチサトは、えいっ、あ〜、負
 けるか、などと声を出す。恥ずかしさがいっぱいにあ
 るものの、心地よい熱狂を感じているようで、とても
 夢中になって、ドキドキしながら指相撲をしている。
 ダイが勝ちそうになる。

チサト あ〜〜、ダメダメダメ!

  ダイの指がゆるみ、形勢逆転。

ノボロー 12345678910。チサトの勝利〜!
チサト やったー!
ダイ まいったな。逆転されちゃったよ。
チサト これでタイですね。

 ダイとチサト笑い合う。

ノボロー さぁ、いよいよ最後の戦いですよ〜! 

  と、セッションルームで興奮の指相撲最終戦が行われ
 ているとき、コンサルルームにシュンローがファイルと
 小さな椅子を持って現れる。コンサルの準備をしてい
 るようだ。

ノボロー さぁ、泣いても笑っても最後! はっけよ〜い、の
 こったぁ!

  また、えいっ、おしいっ、負けるか、などの声。ダイ
 が勝ちそうになるが、チサトがダイの脇をくすぐって、
 形勢逆転し、チサトが勝利する。

ノボロー チサトの優勝〜!
チサト やったーー!
ダイ ずるいよ〜! くすぐるのは反則ですよ〜!
チサト 勝ちは勝ちだも〜ん!

  ダイとチサト、笑い合う。にこやかに見つめるノボロー。

ノボロー OK、では第二段階にいこうかな。じゃあね、今度
 の勝負は、腕相撲でーす!
チサト え〜〜、腕相撲なんて絶対無理ですよぉ。絶対勝て
 ないです。
ダイ いいじゃないですか。じゃあ、両手を使っていいですよ。
ノボロー おっ、男らしいですねぇ。
チサト でも、ダイさんったら、ほら腕がすごい太いし、あた
 しの腕が折れちゃいますよ。
ダイ 大丈夫。手加減はしますから。
ノボロー 優しいですねぇ。じゃあ、チサトは両腕を使ってO
 Kということね。ただし、くすぐりはもうダメ〜。

 三人笑う。

ノボロー よぉし、今度は1回勝負ね。じゃあ、腕を出して。

  二人、手の汗を拭って、腕を差し出す。ノボローは、
 二人の手をしっかり握らせ、腕相撲の体勢を作らせ
 る。
 と、腕相撲でときめいているとき、コンサルルームで
 は、シュンローが時間を気にしている。

ノボロー はっけよーい、のこったー!

  一生懸命力を入れるチサト。しかし、ダイはまだ余
 裕がある。

ダイ お〜、なかなか強いなぁ。
チサト え〜、全然動かな〜い!
ダイ ほら、どうしたの? 力を入れて。
チサト 強〜い。

  ダイが勝利する。得意満面の笑みを見せるダイ。悔
 しがるが、幸せそうなチサト。

ノボロー ダイの勝利〜! いやぁ、ダイは強いね。
ダイ これでも元柔道部ですから。
チサト 強すぎです〜。

  ダイとチサト笑い合う。

ノボロー さぁ、かなり汗をかいてきたところだと思うけど、
 最終段階に行こうか〜。
チサト 最終段階〜?
ノボロー そう、今度は本当の相撲です。
ダイ・チサト え〜〜?
チサト それは無理ですよ。
ノボロー 大丈夫、大丈夫。(ソファーとテーブルを端に寄せ
 る)本気でやらなくていいですから、かっこうだけで
 もやってみましょう。
チサト え〜、でも……。
ダイ 大丈夫。投げ飛ばしたりはしませんから。やりましょう
 よ。
ノボロー はい、決まりね〜。さぁ、二人もっと近くに寄って。
 格好だけでも組んでみましょう。

  明らかに恥ずかしそうに近寄る。しかし、腕は「小
 さく前習え」のような中途半端なポーズで、二人の
 間は50センチくらいの間隔が空いている。

ノボロー さぁ、どうしたんです? ここまで来れたんだから、
 大丈夫ですよ。恥ずかしいことはないから。ただの相
 撲ですよ。ほら、手を相手の腰に回して。
チサト (顔を真っ赤にして)え〜〜。
ノボロー さぁ、ダイ、その腕をそのままチサトの腰の所に。
ダイ はいっ。
ノボロー そんなに体を反らせなくていいですよ。チサト、頭
 をダイの胸につける感じで。
チサト え〜。……こうですか?
ノボロー いいよー、いいよー、二人とも。ちゃんと両腕では
 さむ感じにして〜。

  非常にぎこちなく、恥ずかしそうだが、頑張って二
 人は相撲の体勢を取る。

ノボロー いいですよ。素晴らしい。じゃあ、その状態で、少
 し押したり引いたりしてみましょうかー。

  ダイとチサト、組んだ体勢で前後に動く。
 とそのとき、ドアがノックされ、ドアが勢いよく開か
 れると、ミチエとルリが部屋に入ろうとする。
 硬直する5人。状況がわからないミチエとルリ。
 思わずルリが駆け出す。そのことで我に返ったミチエ
 もルリの後を追って部屋から出る。
 こちらも我に返ったように赤面して、離れるダイとチ
 サト。

  間。

ノボロー あ〜……続きはまた来週。(肩をすくめる) 

  セッションルームが暗転。

シュンロー ……休みかな?(首を傾げる)

  コンサルルームが暗転。音楽。


    ■SCENE3

  コンサルルームとセッションルーム。
 コンサルルームのほうには、ノボローとサキが。セッ
 ションルームのほうには、シュンローとリュービがいる。
 サキ(野川沙希)は、金持ちで気位が高く、強い性
 格の若い女性。自己中心さと自信に満ちあふれてい
 る。リュービ(河東龍美)は、金持ちでおぼっちゃん
 風の若い男性。ホストのような豪華な外見だが、虚
 勢を張っているような印象を受ける。時折、子供っ
 ぽさを見せる。
 二カ所でコンサルテーションが行われている。ノボロ
 ーもシュンローも、少し困っている様子である。

リュービ だから、ぼくは運命への賭けだと思っているわけで
 す。
サキ だから、あたしは可能性への賭けをしているわけ。
ノボロー わかります。
シュンロー それは、どういった意味ですか?
リュービ だから、はっきりいって、こんなちっぽけな会社に
 お世話にならなきゃいけないほど、八方手を尽くして
 もダメだっていってるんじゃないんです。
サキ 誤解のないようにいっておくけど……
リュービ はっきりいって、ぼくはモテます。それは、一目瞭
 然でしょ?
サキ ……それだけあたしがモテないっていうんじゃないのよ。
ノボロー わかります。
シュンロー ええ……。
サキ それだけ極上の男がいないってことなの。
ノボロー なるほど。
リュービ なんなんです、その反応? その間。いってること
 おかしいですか?
シュンロー いえ、そうじゃなく。はい……。
サキ あたしもたくさんの出会いがあったわ。でもダメ。
リュービ いろいろと出会いはあるんだけど、ダメだねぇ。
サキ 男運が悪いのかとも思った。
リュービ ぼくの世界の中で出会う人たちだからね。出会う人
 の種類も一緒なんですよ。
サキ 「男とは、つまらない生き物」なんて悟ってた時期もあ
 った。
リュービ はっきりいって、みんな同じ。
サキ どう思います?
ノボロー あなたが、刺激を求めすぎるんですか?
サキ 刺激?
リュービ わかります? 同じアプローチ。同じ目的。同じお
 世辞。同じ反応。
サキ 刺激っていうんじゃなくてなんていったらいいかな……
リュービ もう飽きたんですよ。本当に。
サキ ガツンっていう感じ?
ノボロー ガツンね。
サキ みんな弱いの。外でどんな顔してるか知らないけど、あ
 たしの前では。ご機嫌取りでさ、寒気がすんの。
リュービ なにかを変えないと。
サキ 女王様みたいな扱い。そんな奴ばっか。
ノボロー それはあなたがそうさせるのでは?
サキ かもしれない。でも、あたしの前になると自分の身を落
 とすような奴は最低。
リュービ どうすればいいと思います?
シュンロー え……。
ノボロー でも、それは紳士的なふるまいとしてあなたをたて
 ているのでは? 
リュービ 出会う場所を変えるのも一つの手でしょ?
シュンロー はい……。
サキ (首を傾げつつ)紳士ね。度が過ぎるとうっとうしいわ。
リュービ そう思いません?
サキ あたしは紳士より冒険家が好きなの。
ノボロー 冒険家?
リュービ これまでと全く180度違う世界での出会い。ど
 う? だから試しにここに来てみたわけ。
シュンロー そうですか。
サキ なんていうのかな。もちろん貧乏な冒険家は友達止まり
 よ。着実に金は入るけど、人と違う常識外れな冒険
 家。かっこよくない?
ノボロー わからなくはないですね。
リュービ ま、期待はしていないんだ。さっきもいったけど賭
 けね。
ノボロー 映画の主人公みたいですね。
サキ そうね、ある意味。映画の主人公みたいで、銀行にはお
 金がある。
ノボロー う〜ん……。
リュービ やっぱり最高の女性を得るには、温室から出なきゃ。
ノボロー じゃあ、金持ちは必須条件ですか?
サキ (当然というように)あたしと結婚するんでしょ?
リュービ 運命があれば、出会いの場は関係ない。運命の糸は
 引き合うはず。
ノボロー ちょっと難しいかもしれないですねぇ。
サキ いいのよ。
リュービ ここにその運命が待ち受けているかもしれない。
サキ さっきもいったけど、可能性だから。これまでのあたし
 の環境の中には可能性がないってわかったの。
シュンロー そうだといいんですが。
リュービ なくてもそれはあなたのせいではないから。
サキ ほら、財宝って、地面とか洞窟の中にあったりするじゃ
 ない? あれと一緒。
ノボロー よくわかりませんが。
サキ ん〜……
リュービ ただぼくにはなにか予感めいたものがあるんだよね。
 サキ だから、こういうマイナーな場所にこそ、お宝があるん
 じゃないかってこと。
シュンロー では、リュービさんの求める条件っていうのは?
リュービ そうねぇ……
サキ ほら、あなたって変な人じゃない。
ノボロー え?
リュービ 第一にあげるとすれば……
サキ あたしのことサキって下の名前で呼んだでしょ? 普通
 ありえないもん。
ノボロー それは外国式に、ファーストネームで呼ぶっていう
システムにしてるんですよ。
サキ ふ〜ん。
リュービ やっぱり、自分と釣り合うっていうのは大事だから、
 金持ちではあってほしい。
シュンロー 金持ち。
サキ でも、あなたが作ったんでしょ。正直いって変よ。この
 会社自体が。素晴らしく変。誉め言葉よ。
ノボロー う〜ん、喜びにくい誉め言葉だ。
リュービ そして、これまでの女性とは違うタイプであること。
シュンロー というのは?
リュービ 媚びない。年収を聞かない。色気に頼らない。さん
 付けしない……。
サキ あ、いっとくけど恋愛レッスンってやつはいらないから。
 あたしはそこまで落ちぶれてないから。
ノボロー あなたは切れ味抜群だ。
リュービ まぁ、ぼくの人生をノックアウトする位の女性であ
 ればいいんですよ。
シュンロー なるほど。
サキ ちなみにそれ、3サイズ、サバ読んでないわよ。
ノボロー なに?
リュービ でも、いるかなぁ〜。
サキ あたしの3サイズ。86・58・88。まぁまぁなもん
 でしょ?
ノボロー 素晴らしい。
リュービ いたら、奇跡ですよ。
サキ ろくでもない奴にあたしを紹介しないでね。
ノボロー わかってます。
リュービ たぶん、ぼくのプロフィールに飛びつく女性はたく
 さんいると思います。
サキ ま、可能性は低いだろうけど期待はしてるから。
リュービ でも、そこはよく選んでください。
サキ あたしをガツンといわせられれば、報酬は弾むわ。
ノボロー はい。
リュービ ちなみにその年収、本物ですよ。
シュンロー いや、羨ましいです。
リュービ よく選んでください。ホント、お金はいくらでも出
 しますから。
シュンロー はい、わかりました。
ノボロー じゃあ、この後写真を撮ったりしますので、隣の部
 屋で待機していただくことになります。
シュンロー じゃあ、この後写真とか少しありますので、ここ
 で待機してもらっていいですか?

  サキはノボローに促され、セッションルームへ。シュン
 ローは、コンサルルームへ行く。

ノボロー ちょうど同時に終わったみたいだな。
シュンロー うん。
ノボロー どうだった?
シュンロー 難しいっていうか、なんでこんな人がここに来る
 のって感じ。
ノボロー おお、こっちもそんな感じだったなぁ。

  シュンロー、イスに座る。
 一方、セッションルームに入ったサキは、リュービを
 見て一瞬止まる。怪訝そうな顔つきで、近づく。

サキ (空いているイスを指さし)ここ座ってもいいかしら?
リュービ ご自由に。

  サキ、座る。二人の間に張りつめた間ができる。

ノボロー (一服し始める)
シュンロー なんか、もう手に負えない人ばっかり。恋愛がこ
 んなに奥が深いもんだとは思わなかったなぁ〜。結婚
 までたどり着いた人たちって尊敬するよ。
ノボロー そうだなぁ。
シュンロー やっぱ妥協が大事なのかな。でも、今度の人は妥
 協なんてしてくれそうにないよ。
ノボロー 恋愛に妥協しても理想は捨ててないって人が多い。
 とにかく相手がほしくて妥協する人もいれば、徹底
 的に妥協しない人もいる。今回のは後者みたいだ。 
シュンロー 誰でもいいっていう人はいないのかな?
ノボロー いるけど、会員としてはすぐ消える、金にならない
 タイプだよ。
サキ ホスト?
リュービ 今なんて?
サキ 別になにも。
ノボロー この前の親子はどうした?
シュンロー 娘の相談なのに、母親としか会話してない。
ノボロー まずいね。
サキ ヤクザ?
リュービ ぼくが?
サキ ぼくっていうんだ。
リュービ なに?

  間。

ノボロー 1対1のコンサルを組んだ方がいいな。
シュンロー そうしてみる。
サキ いい服着てるから。
リュービ これでも立派な社会人なんだけど。
サキ ふ〜ん。
ノボロー あの親子は時間かかりそうだな。
シュンロー そうだね。
リュービ もらいもの?
サキ なに?
リュービ 身につけてるもの。もらいもの?
サキ 残念でした。全部あたしが買ったもの。
リュービ ふ〜ん。
サキ なに?
リュービ 寂しいんだ。
サキ なに? ちょっとむかつくんだけど……! あんたこそ
 寂しいんでしょ?
リュービ 寂しい? いっとくけど、ぼくに気に入られたい女
 性は常時20人はいるよ。
サキ こっちだって、あたしに言い寄る男はカラスぐらいたく
 さんいるわよ。
リュービ (鼻で笑う)
サキ なに鼻で笑ってんの。
リュービ なんでもない。
サキ (ゆっくりと立ち上がる)
シュンロー 金持ちなら、オーディションでも開けばいいのに。
 あ、そうしたら、金目当てのいつもの面子が揃うって
 わけか。
ノボロー 金持ちなの?
シュンロー うん。うちに候補になる人いないよね? 会員数
 だって少ないんだから。
サキ (立った状態でリュービを見下ろす)
ノボロー (イスに座って)ちょっとそっちの見せて。
シュンロー じゃあ、ノボローのも。
ノボロー 河東龍美……。
シュンロー 野川沙希……。

  カルテを交換した二人は目を通し始める。

サキ (ネクタイをつまんで)どの程度の男か知らないけど、
 あたしを鼻で笑うなんて10年早いのよ。

  短い間。

リュービ (ニヤニヤして)そうか、君は知らないんだもんな。
 失礼……(名刺を取り出す)
サキ なに?
リュービ (名刺を渡す)こういうものです。おわかりですか?
サキ (名刺を見て鼻で笑う)
リュービ 今、鼻で笑ったね。
サキ 別に。
リュービ どういう意味かな、それは?
サキ だから別にっていってんでしょ。
リュービ まぁ、少しはぼくのことが……
サキ それでなにができるの?
リュービ なに?
サキ それでなにができるの?って聞いたの。肩書きは立派、
 金持ちさんっていうのはわかったけど、それでどんな
 ことができる男っていうわけ?
リュービ 随分挑発的な発言じゃないか。
サキ いっとくけど、あたしはほしいものには不自由してない
 の。買おうと思えばなんだって買えるわ。エルメスと
 シャネルとグッチのバッグ、三つ同時に買うくらいは
 わけないの。
リュービ ふぅ〜ん。ぼくも五つ同時に買うくらいはわけない
 ね。
サキ なにそれ? あたしと張り合おうっていうの?
リュービ 別に。
サキ いっとくけどバックだけじゃなく、服に帽子にスカーフ
 に靴もつけて買ったってどうってことないわよ。
リュービ ほぅ。ぼくなら、それに宝石もつけられるね。
サキ どこまでも張り合おうっていう気ね?
リュービ 別に。
サキ あたしがいいたいのはそんなことじゃないの。例えば、
 あたしは金で買えるもの以外のものも与えてあげられ
 る。たとえば料理とかね。
リュービ 君は女性なんだから、金で買えるもの以外のものを
 与えるのは当然じゃないか?
サキ なに?
リュービ それに、料理くらい、その気になれば誰だってでき
 るよ。
サキ へ〜、口でいうだけなら誰だってできるのよ。
リュービ ほ〜、なら今度作ってきてやるよ。
サキ どうせ、店で買ってくるんでしょ。いっとくけど、あた
 しの目はごまかせないから。
リュービ そんな姑息なマネはするか! 君こそ偉そうにいっ
 て、その実、料理の腕はどうなんだ? これで下手
 くそだったら、お笑いだな。
サキ なに? いっとくけど、あたしは特技の欄に「料理」と
 書き込めるくらいの腕前よ。
リュービ 口でいうだけなら……
サキ わかったわ! じゃあ作ってきてあげる。ここの人たち
 にも食べてもらって、証明してもらおうじゃない。
リュービ よし、勝負だ。ぼくに挑んだことを後悔させてやる
 よ。

  二人、にらみ合い、そしてそっぽを向く。

ノボロー いいねー!
シュンロー うん!
ノボロー マジックだ。この二人をくっつけてみよう。
シュンロー うん、ピッタリだよ。うまくいく。すごいな。
ノボロー よし、じゃあ早速そのことを告げに行こう。

  ノボローとシュンロー、セッションルームへ。

ノボロー (部屋に入り)お待たせしました。実はここで秘密
 を打ち明けたいと思います。実は、隣に座っている方
 が、パートナー候補です!
サキ (ものすごい勢いで)ええ?
リュービ (同時に、ものすごい勢いで)なんだって?
ノボロー (ビックリして)……なにか、問題が?

  サキとリュービにらみ合う。

シュンロー (小声で)うまくいきそうじゃないね。
サキ ……いいわ、臨むところよ。
リュービ ……これはお互いのプライドをかけた闘いだ。
ノボロー (小声で)ま、なんとかなるだろ。

  音楽。


    ■SCENE4

  コンサルルーム。シュンローとルリ。
 ルリは、無表情な生気のない顔でうつむいている。

シュンロー ……今日は、暑いね。……ま、昨日も暑かったけ
 ど。(間)身体の調子はいい?(間)学校は、ちゃん
 といってるんだよね?(間)……うん、今日一人で来
 てもらったのはね、お母さんがいたら君が喋れないん
 じゃないかと思って。君の口から聞きたいんだ、君の
 ことをね。(間)ん〜、ぼくのこと気に入ってないか
 な? っていうか、話を一方的に聞くだけじゃ、不公
 平だよね。よし……じゃあ、ぼくのほうから話をしよ
 うか。そうだなぁ……、まずね、ぼくはこの仕事の前
 はスーパーの仕事をしてたんだ。うん。それで、給料
 も少なくて、雑用ばっかで、毎日が単調で……(間)
 こんな話しても意味ないか? じゃあ、どんな話題が
 いいかなぁ〜? あ、そういや、うちの親もルリちゃ
 んのとこほどじゃないけど、うるさい親だったなぁ。「勉
 強しろ」とか「風呂早く入りなさい」とか、典型的
 な小言が多かったね。うっとしいんだよね〜。いわれ
 ない? まぁ、そのぶん面倒見がいい親だったから、
 大学も行かせてもらえたし、就職してからも引っ越し
 費用出してくれたり、実家に帰るときの交通費出し
 てくれたり、今でも助けられてるけどね。
ルリ あの……
シュンロー (びくっと反応して)なに?
ルリ ここ辞めていいですか?
シュンロー え? いや、ちょっと待って。まだなにも聞いて
 ないじゃない。こっちとしても、なにも具体的なサポ
 ートが出来てないしさ。きっとなにかで力になれると
 思うから、もうちょっと待ってほしいな。
ルリ (ため息をつく)
シュンロー (困った顔で)恋愛をする気はある?
ルリ ……。
シュンロー なくはないってことかな?
ルリ 恋愛は、する気にならないといけないんですか?
シュンロー いや、そんなことはないけど。
ルリ じゃあ、辞めていいですか?
シュンロー ちょっと待って。いや、正直、君を心配してるん
 だ。ほら、ずっと何かを内に秘めているって感じだか
 らさ。だから、手助けをしたいんだ。恋愛と関係な
 くていいから。まぁ、恋愛に関することが仕事だけど
 ……。
ルリ (立ち上がる)
シュンロー あ、恋愛じゃなくていいんだ。そこにはこだわら
 ない。
ルリ (座る)
シュンロー もしかして恋愛恐怖症?
ルリ (立ち上がって部屋から出ようとする)
シュンロー あ〜、待って待って!

  シュンローがルリの手首を握った瞬間、ルリが過敏に
 反応して立ち止まる。

シュンロー ……座って。

  二人、座る。
 沈黙。

シュンロー ……お母さんは、ルリちゃんのことをよくわかっ
 ていると思う? ほら、ほとんどお母さんが代弁しち
 ゃってたけど。実際の所は……? 
ルリ (ため息をつく)
シュンロー おれ、想像だけど、ルリちゃんは家のときと学校
 のときと全然違うんじゃないかなぁ? 学校ではもの
 すごく明るくて、みんなに好かれててさ。
ルリ 学校では暗いってよくいわれます。
シュンロー ……ごめん。
ルリ (ため息をつく)
シュンロー だって、服装がさ、結構明るめじゃない? お母
 さんは、遊んだりしないですぐ家に帰ってくるとかい
 ってたけど、本当は隠れて遊んだりしてるのかなぁな
 んて思ったりして。ほら、服装って性格とか出るじゃん。
ルリ この服は、お母さんが全部選んで買ったの。小学校・中
 学校と、お母さんはあたしを雑誌モデルに出させるた
 めに、月に何万もあたしに服を買ってたの。あたしが
 持ってる服は全部お母さんが選んだものなの。
シュンロー ……そうなのか。なんでそこまで?
ルリ 知らない。自分がモデルになれなかったからじゃない?
シュンロー ふ〜ん。
ルリ 似合うと思う?
シュンロー え?
ルリ あたしにこの服。
シュンロー 悪くはないと思うけど。
ルリ あっそ。
シュンロー おれなんか、勤めてたスーパーで買ったやつばっか
 だよ。安い安い。(少し笑う)
ルリ (ため息をつく)
シュンロー お母さん、干渉しすぎだよね?
ルリ (思わず大声で)その通り!
シュンロー (ビックリして)……うん。
ルリ 着せ替え人形じゃないっつの。
シュンロー わかった。その服着たくないから、学校から帰っ
 てきても外に出かけないんだ。
ルリ そういうわけじゃないけど。
シュンロー ……。雑誌には載ったの?
ルリ 何回か。
シュンロー すごいじゃない。じゃあお母さんはもう満足じゃないの?
ルリ まさか。雑誌の次はテレビって勢いだよ。TV局の前で
 やってる生放送の天気予報にまで行かされたことがあ
 るもん。
シュンロー 目立つことが嫌なの?
ルリ 好き好んで目立ってるわけじゃないんだから当然でしょ。
シュンロー そうかぁ。雑誌に載るなんて憧れちゃうけどなぁ。
 高校に入ってもそんな感じ?
ルリ もう、あたしが無視し始めたよ。もう、たくさん。
シュンロー なるほどね〜。少しわかってきたよ。ありがとう。
ルリ お礼いわれても困るんだけど。
シュンロー そうだね。今の高校生ってどういう服が流行って
 るの?
ルリ さぁ知らない。いっとくけど、あたしは普通の服が着た
 いだけ。流行なんてどうでもいい。スーパーの服でも
 全然いい。
シュンロー ふ〜ん。
ルリ 普通に高校生活を送りたい。周りにガヤガヤいわれると
 自分を見失いそうになるの。わかります?
シュンロー ん、なんとなく……。
ルリ あたしはね、あたし自身がなんなのかを知りたいの。
シュンロー 哲学的だね。
ルリ 自分ってものがわからない……。自分なんてどこにもな
 いもん……。誰も教えてくれないし、自分で見つける
 ことだって許されないんだから……。

  ルリ、涙ぐむ。

シュンロー 大丈夫? 
ルリ あたしわからない。ずっとわからない。普通がなんなの
 かもわからない。普通にできないんだもん。真っ直ぐ
 家に帰ってくるだけで、お母さんは異常扱いするしさ
 ……!

  ルリは感情が高ぶり、言葉が続かなくなる。

シュンロー わかったよ。ごめんね、つらい気持ちにさせて。
 なにか飲み物でも飲む?
ルリ (うなずく)
シュンロー よしわかった。じゃあ、飲み物買いに行こう。焦
 らなくていいからさ。ゆっくり、解決させていこうよ。
 話はなんでも聞いてあげるからね……。

  シュンローとルリ、部屋を出る。


    ■SCENE5

  食事会の準備をするシュンローとノボロー。テーブル
 クロスのかかった長テーブルが中央に。そして、テー
 ブル奥にイスを四脚、テーブル横にそれぞれ一脚ずつ
 置く。六人がテーブルを囲む形。

シュンロー おれさ、あの二人って、ハブとマングースって感
 じに見えるんだよね。
ノボロー サキとリュービ?
シュンロー うん。今日も修羅場になるんじゃないかと思うと
 怖いんだ。
ノボロー 大丈夫だよ。ハブとマングースって実は仲がいいん
 だから。
シュンロー そうなの? じゃあ、例えを変えよう。龍と虎。
 どう? このほうがピッタリじゃない? 龍虎相打つ。
ノボロー 聞かれるぞ。
シュンロー あ。
ノボロー (小声で)じゃあ、もう一組のペアは、ハムスター
 同士って感じかな?(笑う)
シュンロー (笑う)
ノボロー ゴールデンとジャンガリアン。
シュンロー (笑う)

  ノボロー、気になって一回ドアを開け、外を確かめる。
 飲み物やお菓子、食器などを並べ始める。

シュンロー どっちのペアも、一気にカップル成立してほしい
 ね。
ノボロー 新規会員が増えて来たからな〜。在庫一掃セールし
 たいくらいだよ。
シュンロー そういえば、昨日の深夜、TV出てたね。
ノボロー ああ。
シュンロー 博士なんだ。
ノボロー 肩書きも演出のうちだよ。
シュンロー 喋りうまいよね。
ノボロー それは誉めてんのか皮肉ってんのか?
シュンロー ううん。勉強になった。
ノボロー 適当にいってるだけだよ。
シュンロー 本出したらいいね。
ノボロー 無論そのつもり。
シュンロー ギャラって結構もらってるの?
ノボロー もらってる……けど、裏では金を渡してる。

  シュンロー、慌ててドアを開け外を確かめる。

シュンロー 心臓に悪いこといわないでくれる?
ノボロー GIVE&TAKEだよ。

  なにもいえずに準備を続けるシュンロー。
 ドアがノックされる。

シュンロー あ、どうぞ。
ノボロー カムイン。

  緊張した様子でチサトが現れる。 

ノボロー ああ、チサト。こんにちは。
チサト こんにちは。
ノボロー 一番乗りだよ。じゃあ、先にここに座っててもらえ
 るかな。(上手端の席を促す)
チサト は、はい……。
ノボロー 今日のセッションは、気軽にお喋りするくらいの感
 じでいいから。
チサト はい、頑張ります……。
ノボロー ダイも来るから、困ったら彼がフォローしてくれる
 よ。
チサト はい、助かります。

  チサト、カバンからビタミン剤などの錠剤の入った瓶
 を何本か取り出す。そして、その中から一瓶を選び、
 錠剤を取り出す。

チサト お水もらってよろしいですか?
シュンロー どうぞ。(グラスに水を注ぐ)それなんですか?
チサト コラーゲンです。
シュンロー ああ……。

  チサト、コラーゲンの錠剤を三粒飲む。

チサト (じっと見ているシュンローに対して)なにかおかしい
 ですか?
シュンロー いえ、なにも。

  ドアがノックされる。
 慌てて、錠剤をカバンの中にしまうチサト。

ノボロー どうぞ。

  ダイが現れる。

ダイ こんにちは。
ノボロー おお、ダイ。今日も髪バッチリ決まってるね。
ダイ いえ、それほどでも。(チサトを見て)あ、チサトさん。
 本日も宜しくお願いいたします。
チサト (立ち上がって)いえいえ、こちらこそ。いつも、楽
 しい時間を過ごさせていただいて、ありがとうござい
 ます。
ダイ いえいえ、こちらこそ、いつもわざわざ貴重な時間を割
 いていただいて恐縮です。
ノボロー じゃあ、ダイはここに座って。(チサトの隣の席を促
 す)
ダイ はい。(シュンローとノボローにお辞儀して)宜しくお願
 いいたします。失礼します(座る)

  緊張した様子のダイとチサト。目が合うと、にこやか
 な笑顔を交わす。

シュンロー (小声で)ねぇ、本当にあの二人と一緒にしてい
 いの?
ノボロー (小声で)大丈夫。うまくいくって。(ダイとチサ
 トに)今日は、もう一組のペア、サキとリュービが、
 腕によりをかけた料理を作ってきてくれるそうなの
 で、楽しみにしておいてね。

  その瞬間、二つのドアが同時に開き、料理を持ったサ
 キとリュービが現れる。まるで地鳴りと嵐の中、決
 闘に向かうような迫力で、二人はテーブルに料理を
 置く。にらみ合う二人。落雷。
 
 数分後。
 なんともいえない疲れた渋い顔で、力無く座る一同。
 サキは下手端。リュービは下手から二番目の椅子に
 に座っている。下手横の席にはノボロー。上手横の席
 にはシュンローが座っている。
 サキの目の前には、ゴーヤやスモークサーモン、ゼン
 マイ、生クリームなどの具が飛び出したへなへなのサ
 ンドイッチと形がぼこぼこで皮がついたままのフルー
 ツの盛り合わせが。リュービの前には、闇鍋のように
 奇妙な具が入った緑色をしたスープが。
 何かいおうとしながらも何もいえない沈黙が続く。

ノボロー ……二人とも、慣れない料理を頑張って作ってきて
 くれて本当にありがとう。……今日は、食事しなが
 ら、楽しくお喋りして、お互いのことをよく知っても
 らえたらなと思います。……以上。

  無反応の一同。シュンローは気まずそうにうつむいて
 いる。誰も動かない。ノボローが立ち上がって、飲み
 物をグラスに注ぎ始める。
 サキが、サンドイッチを一つ手に取る。一同の注目が
 サキに。サンドイッチを、口に入れる。一瞬、顔をし
 かめるが平然さを繕い自信のある笑顔を見せる。
 リュービが、フルーツに手を伸ばす。幼稚園児の粘
 土細工のようなフルーツを、まじまじと見る。違う
 方向を向く、サキ。リュービはフルーツを口に入れる。
 ダイがチサトのためにフルーツをとってあげようとす
 る。

リュービ (ぼそっと)オリーブオイル……?

  ダイの手が一瞬止まり、ダイとチサトの間に取り皿
 を置く。
 リュービが立ち上がり、スープを一人一人に入れて
 回る。一同はスープが入れられたあと、近くで見た
 り臭ったりするが明らかに拒否するようにスープから
 遠ざかる。
 シュンローがお菓子を食べる。ダイとチサトもお菓子
 に手を伸ばす。続いてサキも手を伸ばす。ノボローも
 お菓子に手を伸ばそうとした瞬間、リュービはノボロ
 ーのスープを指して。

リュービ どうぞ、ノボローさん。

  ノボローは一瞬硬直して座る。笑顔をリュービに見せ
 てスープを口にする。一同の注目が集まる。

ノボロー 失礼。

  ノボロー退席。
 シュンロー、お菓子を食べる。ダイとチサトもお菓子
 に手を伸ばす。サキも手を伸ばそうとした瞬間、リュ
 ービは声をかける。

リュービ 負けるのが恐いんだ。
サキ (一瞬硬直して)どういう意味かしら?
リュービ いや別に。
サキ 今、ものすごい負け惜しみいわなかった?
リュービ ぼくは、君の料理を食べたけど、君はぼくの料理を
 食べてないじゃないか。明らかに不公平だが。
サキ フルーツを食べただけでしょ? サンドイッチを食べて
 よ。
リュービ 食べるのはいいが、食べる前に一つだけ確認してお
 きたい。サンドイッチから出てる白いものはなにか教
 えてくれるかな?
サキ 生クリームよ。別に珍しくはないわ。あんたこそ、スー
 プになにを入れたか教えてくれない?
リュービ 覚えてない。
サキ 覚えてない?
リュービ だが味は保証する。
サキ どうやったらそんな自信が出てくるの? さっきノボロ
 ーさん一口食べて出てっちゃったじゃない。(シュンロ
 ーたちに)ちょっとあんたたちもお菓子ばっか食って
 ないで食べなさいよ。いいわよ、じゃああたしは食べ
 るから、あんたもあたしのサンドイッチ食べて。
リュービ わかった。
サキ (ため息をついて、ぼそっと)金魚でもいないの……?

  リュービとサキ、お互いに料理を口にする。味覚を押
 し殺すように食べる二人。

サキ ひどすぎる!
リュービ へたすぎる!
サキ どうやったらこんな味になるの?
リュービ 君のは味も見た目も最悪だ。
サキ あんたのほどじゃないわよ。
リュービ 料理得意じゃなかったのかよ。
サキ うるさいわね、調子が出ないときだってあるの。
 後味の悪い顔で休息する二人。
シュンロー (ユーモアのつもりで)見た目で勝負はついてた
 ね。

  二人はシュンローを睨む。

シュンロー (フォローのつもりで)まぁ、食事会だからとい
 って、食事しなくちゃいけない決まりはないから。

  二人はシュンローを睨む。

サキ いいえ、シュンローさん、食事会は食事をしなくちゃ食
 事会とはいえないの。あなた、さっきからお菓子しか
 食べてないけど? あたしはごちそうさま。
リュービ ぼくも、ごちそうさま。

  立場の苦しくなった三人。ダイとチサトはフルーツを
 食べる。ほっとした表情を浮かべる二人。
 サキは、サンドイッチをシュンローにすすめる。

サキ スープと一緒にどうぞ。
シュンロー え? 一緒に?

  シュンロー、覚悟を決めて、サンドイッチを手に取り、
 それをスープに浸して食べる。吐きそうになって、慌
 てて部屋から出ていく。
 勝ち誇ってニヤリと笑うサキとリュービ。

サキ いい気味よ。
リュービ ホントだ。
サキ (ダイとチサトに)あんたたち、もう食べなくていいわ
 よ。どっちも失敗だから。ごめんなさいね。
リュービ 申し訳ない。
サキ 両者敗北。
リュービ いや、引き分けだろ。むしろ両者勝利といってもい
 い。
サキ あんたの物の考え方には脱帽するわ。負け惜しみもそこ
 までいくと大胆不敵。
リュービ 君のプライドはダイヤモンド並だよ。
サキ どういたしまして。
ダイ 人には向き不向きがありますから。
サキ 本当にそうね。今回のことでよくわかったわ。あたしも
 この人も、細かいことするのには向いてないのよ。
リュービ 同感。ビジネスのほうが簡単だよ。
ダイ 恋愛もそうですよね。向き不向きがあります。(チサト
 に)ぼくたちは相性抜群ですよね。
チサト いやだ、ダイさんたら。
サキ・リュービ (ほぼ同時に)向き・不向きね……。(お互
 いを少し意識する)

  シュンローが戻ってくる。

シュンロー あれ? ノボローが戻ってきてない。あいつ逃げ
 た……?
サキ あ〜ら、シュンローさん。おかわりはいかが?
シュンロー (困って)ああ、もう結構です。お腹壊してるみ
 たいなんで。
リュービ 人をいじめるのが好きなタイプだな。
サキ そうね。認めるわ。
チサト (カバンから胃腸薬を取り出し)シュンローさん、お
 薬はいかがですか?
シュンロー あ、いや、たぶん大丈夫です。
チサト そうですか。苦しくなったら遠慮せずにいってくださ
 い。なんでもありますから。 
サキ じゃあ、生理痛の薬ある?
チサト え? あ……ありますけど。(真っ赤になって薬を取
 り出そうとする)
サキ 冗談よ。
リュービ 今になってやっと興味が沸いてきたんだけど、あな
 た方二人はデキてるんですか?
ダイ (困惑して)え、あの……その、結婚を前提に、一つ
 一つセッションをクリアしていっている段階です。
リュービ ふぅん。結婚したいなら、すぐすりゃいいのに。
ダイ いや、そう簡単には……。実は、もう彼女にはうち明
 けているんですが、私は以前お見合いで、二人きりに
 された途端緊張して大失敗してしまったことがありま
 すので、まず女性恐怖症を克服しないと結婚なんて
 とても……。
リュービ ふぅん。色んな人がいるんだなぁ。(チサトに)あな
 たもそんな感じですか?
チサト 私も、そうですね、まだ男の人と付き合ったこともあ
 りませんから。ここで、一つ一つ学んでいっている最
 中です。
リュービ ふぅん。二人お似合いだと思いますよ。
ダイ ありがとうございます。あなたがたお二人もお似合いで
 す。
リュービ・サキ (顔を見合わせて)え?
ダイ ちなみに、なにをしてらっしゃる方なんですか?
リュービ ぼく? ぼくは一応親父の会社の役員になってるん
 です。貿易関係のね。
ダイ それは、すごいですね。
リュービ あなたは?
ダイ あ、私は普通の会社員です。
リュービ (チサトに)あなたは?
チサト 私も普通の会社員です。
リュービ そうなんだ。なんか新鮮だな。
サキ あんた失礼よ。
ダイ いや、私もあなたがたのような方は初めてで、とても新
 鮮です。
シュンロー あ。忘れてた。そういえば、ゲームを用意してた
 んだった。
サキ ゲーム? そんなの結構よ、子供臭い。
シュンロー アンケートみたいなもんです。この箱に、質問を
 書いた紙が入っているので、引いたらその質問に対し
 てみなさんで話し合ってみましょう。
サキ つまんない。
シュンロー まぁまぁ。(箱から一枚引いて)では、最初の質
 問です。「あなたが日常生活において求めるものを一
 語でいうと?」
リュービ 刺激。
サキ スリル。
ダイ う〜ん……ぬくもりかな。
チサト 私は、愛です。
シュンロー 真っ二つに分かれた形ですねぇ。
サキ ぬくもりとか愛も必要だろうけど、今はいいって感じ。
リュービ いえてる。生ぬるいのは、年取ってからでいいや。
ダイ でも、刺激とかスリルを求めてたら、心が安まる暇がな
 いじゃないですか。
チサト リラックスって大事だと思います。リラクゼーション
 グッズって今流行ってるじゃないですか。
サキ そういうのたくさん持ってそうね。
チサト はい、家中キャンドルとサボテンだらけです。
サキ それでリラックスできるの?
リュービ 変化がないっていうのが、どうも居心地悪いんだよ
 ね。ぼくもサキも一緒だと思うけど。
サキ そうね。変化がないのは(気づいて)今サキって呼び捨
 てにした?
リュービ なにか問題が?
サキ いや、別に……。
シュンロー じゃあ、次の質問にいきましょうか。(箱に手を
 入れる)

  ドアの外で、騒がしい声がする。ノボローとショウサ
 クの声。

ショウサク なんでいってくれないんですか?
ノボロー だからいってるじゃないか。これは、別の人たちの
 プログラムだから……
ショウサク 関係ないですよ。いつもいってるじゃないですか、
 出会いの場があったらすぐに教えほしいって……
シュンロー なんだろう?

  一同立って、ドアのほうをうかがう。

ノボロー ショウサクにはショウサクのプランがあるんだから…
 …
ショウサク そういって、全然彼女出来ないじゃないですか、
 もうイッパイイッパイなんですよ、実際!
ノボロー とにかく、今は食事会の最中だから……
ショウサク だから、混ぜてくださいって……
ノボロー ダメだって、ショウサク……

  ショウサクが強引に部屋に入ってくる。
 全員硬直。

ノボロー ほら、ショウサク……
ショウサク (サキを見て)見つけた。ぼくの運命の人。
サキ あたし?

  音楽。


    ■SCENE6

  コンサルルーム。シュンローとルリのコンサル。

シュンロー 283人中17位。成績いいんだねえ。(ルリの
 模試の結果を返す)
ルリ 今度勉強見てくださいよ。
シュンロー いや、全部忘れちゃったよ。かろうじて英語くら
 いなら……。
ルリ あ、英語教えてほしい。確か、ケンブリッジに留学して
 たんですよね?
シュンロー (驚いて)ケンブリッジ?
ルリ いいなぁ。わたしも死ぬほど勉強すればいけるかなぁ?
 じゃあ、今度英語教えてください。
シュンロー いや、ほら、それじゃあ家庭教師になっちゃうか
 ら、ね。
ルリ 家庭教師でいいじゃないですか。
シュンロー いや、そんなことしてたらクビになっちゃうから。
ルリ 残念だなぁ。
シュンロー まぁ、ルリちゃんが色々喋ってくれるようになっ
 て嬉しいよ。
ルリ わたし思ったんだけど、シュンローさんって犬みたい。
シュンロー 犬?
ルリ うん。だから話しやすいのかな。はっきりいって、頼り
 がいはないんだけど。 
シュンロー 悪かったね。
ルリ 怒った?
シュンロー いや。(カルテを見ながら)お母さんは、どう?
  少しは理解してくれてきた?
ルリ 全然。今日も「彼氏出来そう?」って聞かれた。
シュンロー 紹介することは可能なんだけどさ。形だけでも彼
 氏が出来たって報告したほうが、お母さんは安心する
 かな?
ルリ そんなことしたら、余計調子に乗るし、詮索されてどう
 せ本気じゃないってバレるし、わたしも相手もつらく
 なるだけじゃない?
シュンロー ごもっとも……。
ルリ ホントに頼りないなぁ。
シュンロー でもさ、取るべき道は二つだと思うんだよね。お
 母さんの望むような今時の女子高生を演じていくか、
 ルリちゃんが自分の意志を貫いて、お母さんを理解さ
 せるか。
ルリ う〜ん。うちの親は、いっても聞かないし、態度で示し
 てもわからないからなぁ。かといって、友達とカラオ
 ケとかして夜遊びしたり、彼氏作ったりなんてわたし
 には無理だし。
シュンロー うん。自分に無理なことやっても、絶対つらい目
 に遭うだけだからね。
ルリ 親を殺しちゃえばいいのかな?
シュンロー (驚いて)え?

  間。

ルリ 冗談に決まってるでしょ。
シュンロー ビックリした。ニュースで見る殺人事件はこんな
 感じで起こるのか、なんて思った。
ルリ お父さんに捨てられたときには死のうと思ったとかい
 ってるけど、それでもよかったよ。今のお母さんは、
 まるで生き霊。
シュンロー 生き霊? 
ルリ 後悔で生きてる亡霊って感じ。
シュンロー どういうこと?
ルリ 自分がモデルになれなかったから、わたしをモデルにさ
 せようとするし、自分が遊んでいたから、わたしも遊
 んでほしいと思っているし、お父さんがいなくなった
 から、わたしが閉じこもってると勘違いして、男を見
 つけようとしてるし。よかれと思うことを全部わたし
 に押しつける。しかも、そのよかれと思うことは全部
 あの人が基準なの。わかる? こういう状態をね、「呪
 縛」っていうのよ。わたしは、お母さんに取り憑かれ
 てるの!

  間。圧倒されるシュンロー。

シュンロー じゃあ、お祓いしなきゃね。
ルリ (力が抜けて)なにそれ……。
シュンロー あ、いや、そのまんまの意味じゃなくてだよ。そ
 ういうのってさ、精神的に弱いとダメみたい。強くな
 ると、自然と外れたりするらしいよ。だから、強気の
 スタイルでいくってのはどう? あくまで強気で自己
 主張し続ける。いつかわかってくれると思うけど。
ルリ (少し寂しげな表情に変わり)……でもそうすると、
 お母さんはショックを受けると思うんだよね。
シュンロー ……う〜ん。

  間。

ルリ でも、行動しなきゃいけないのかな?
シュンロー そうね。

  間。

シュンロー そうだ。さっきの二つの選択。両方やってみたら
 どうだろう?
ルリ 両方? カラオケ行って勉強するとか?
シュンロー うん、そんなようなこと。
ルリ 意味がわかんない。
シュンロー でも、ただ無視するよりは効果があるかもよ。
ルリ ……う〜ん。
シュンロー 少なくとも一つのことは実践してるんだから、怒
 りにくいんじゃない?
ルリ そうだね……。じゃあ、やってみる。

  音楽。


    ■SCENE7
 夕方の河川敷。電車の通る音が聞こえる。
 ダイとチサトは、ノボロー同伴で屋外セッションに臨
 んでいる。
 キャッチボールをしているダイとチサト。ノボローは、
 ビデオを回している。

チサト 気持ちいいですね。
ダイ ええ。こんな風にキャッチボールするのって、何年ぶり
 かな。二十何年前ですよ。昔は父とよくやったもので
 す。父はとても優しくて、子供思いで、尊敬できる
 人なんです。チサトさんにも近々……
チサト (ボールを落とす)あ、ごめんなさい。
ダイ いえいえ。
チサト で、なんでしたっけ?
ダイ いえ、まぁ、いい父だということで……。(気を取り直
 して)母は、非常に家庭的な人でして、料理がとて
 も上手なんです。ですから、チサトさんもよかった
 ら母から……
チサト わたしもこう見えても料理結構得意なんですよ。今度
 食べてくださいよ。肉じゃが作ってあげます。
ダイ あ、それは嬉しいです。是非。
チサト ダイさんはたくさん食べる方ですか?
ダイ はい、そうですね。
チサト たくさん食べる人っていいですよね。嫌いなものとか
 ありますか?
ダイ いえ、なんでも食べます。
チサト じゃあ、心配ないですね。

  短い間。

ダイ 母は……
チサト この前の食事会は面白かったですね。サキさんもリュ
 ービさんも、すごい料理でビックリしましたね? 
ダイ ええ、そうでしたね。
チサト 二人とも料理が出来なかったら、結婚してもつらいで
 すよね。
ダイ まぁ、あの方たちは、外食中心の生活をされているよう
 ですし……。
チサト でも、やっぱり愛情のこもった手料理のほうがいいじ
 ゃないですか。毎日の元気が出ますよ。
ダイ そうですね……。実はこの前……
チサト 温かい家庭の雰囲気って憧れませんか。イメージカラ
 ーでいうと淡いオレンジって感じの。
ダイ そうですね。お互い……
チサト わたしは昔から将来の計画を立てるのが好きなんです
 よ。絶対、22歳までに結婚して、23歳で子供を
 産んで、29歳の時に小学校一年の子供の授業参観
 に出るんです。それで、若いお母さんねっていわれる
 んです。いいですよね。でも、もう30なんですよね
 ……。(暗くなる)
ダイ (慌てて)あ、全然大丈夫ですよ。チサトさんはまだ2
 0歳くらいに見えますし、結婚は焦るものでもないし
 ……そもそも現実が常に計画通りにいくと人生つま
 らないじゃないですか。
チサト (明るくなって)そうですよね。ごめんなさい。わた
 しったら、なんかコンプレックスばっかりで……。(徐
 々にまた暗くなる)25過ぎてから、お肌も荒れ放
 題だし、ビタミン剤飲んでも疲れが残るし、会社で
 は日本一地味な事務なんていわれたりするし……
ダイ (慌てて)そんなことないですって、自信を持ってくだ
 さい。チサトさんはいつも輝いています。
チサト (明るくなって)そうですか? なんか、キャッチボ
 ールしてると不思議ですね、ノボローさんのいうとお
 り、すらすら話せちゃいます。
ダイ そうですね。(少し早口で)実は、先日チサトさんのこ
 とを両親に話しまして。その……
ノボロー ごめん! テープが切れた!
ダイ え?

  ノボロー、テープを交換し始める。
 ダイ、困った顔で、ノボローとチサトを交互に見る。

チサト その……なんですか?
ダイ あ、いや……話した、ということです。
チサト どうでしたか?
ダイ え? そうですね、なんていいますか……

  ノボロー、新しいテープの外装フィルムがなかなか外
 すことが出来ずもたもたしている。

ダイ ……ええ、あの、これまでのセッションの話とかをして
 いたんですけど…… 
チサト どうかしたんですか? なにかわたしには話せないよ
 うなことをおっしゃってたんですね!
ダイ いえ、そんなことは一切。
チサト はっきりいってください。わたしのなにが悪いんです
 か? 目が小さいことですか? 鼻が団子鼻だってこ
 とですか? O脚だってことですか? 枝毛ばかりっ
 てことですか?
ダイ いえいえ、とんでもない。
チサト じゃあ、年齢のことですか? それとも、会社で自殺
 未遂起こしたことですか?
ダイ え? そんなことが?
チサト (はっとして口をふさぐ)……いいえ、そんなことし
 たことありません。

  ノボローの携帯に電話が入る。ノボロー、テープを替
 えられないまま、少し離れて電話に出る。

ノボロー シュンローか? どうした? なに? 無理だって、
 こっちも大変なんだから。
チサト (挙動不審になり)そんなに見ないでください。
ノボロー 自分でなんとかしろよ。
チサト そんなに見ないでください!(走り去る)
ダイ チサトさん!
ノボロー クレームの一つくらいあるだろ。こっちはこれから
 ダイがプロポーズするところなんだから。バッチリ、
 ビデオに収める約束なんだよ。終わったら、会社に戻
 るから。それまでに丸く収めて。な? そんじゃ。

  ノボローは、電話を切って、ビデオカメラの所に戻っ
 てくる。立ちつくすダイ、ポケットから指輪の入った
 ケースを取り出す。

ノボロー あれ? チサトは? 
ダイ (うつむいて、指輪のケースを見つめる)
ノボロー ……もしかして、もういっちゃった? ……断られ
 た?
ダイ (走り去る)
ノボロー ダイ?

  音楽。


    ■SCENE8

  コンサルルーム。携帯電話を持ってビクビクしている
 シュンロー。携帯を置き、ため息をついて頭を抱える。
 シュンロー 昔から、怒られるのって苦手なんだよなぁ。なに
 もいえなくなるしさ……。会社でもそうだったんだよ。
 逆らえない立場だと、いいたいこともいえないしさ。
 もう、なんだよ〜。
 電話が鳴る。

シュンロー (電話を取る)はい。もう来たんですか? じゃ
 あ、通してください……。娘さんも一緒ですか? 
 一人ですか……。(電話を切る)なんなんだよ〜。う
 〜〜。胃が痛い……。

 ドアがノックされる。

シュンロー (緊張して)はい、どうぞ。 

  ドアが開き、ミチエがズカズカと入り込んでくる。

ミチエ 水沢さん、あなたうちのルリになにを吹き込んだんで
 すか? 
シュンロー え? いったいなにが……
ミチエ とぼけないでください。ルリが、ちゃんといったんです
 から。あなたが、全部そそのかしたと。
シュンロー ちょっと待っ……
ミチエ ルリがなにをしたと思いますか。親に向かって、とん
 だ反逆を企てたものです。どういう了見ですか、水
 沢さん。
シュンロー すいませんが、なにがあったか説明してくれない
 でしょうか。
ミチエ あの子が門限を破ったんです。6時の門限なのに、8
 時に帰ってきたんです。昨日も一昨日も。いったいど
 ういうことです。
シュンロー ちょっと待ってください。あなたは「門限なんて
 破るためにある」っていってたじゃないですか。「門限
 くらい破ってほしい」っていってたのはあなたですよ。
ミチエ (一瞬止まり)ええ、いいました。でも、勝手に破っ
 ていいなんていってません。破るなら、破るといって
 くれないと、心配するでしょ。ただでさえ、ルリはこ
 れまで一度も門限なんて破ったことなかったんですか
 ら。
シュンロー 断ってから門限を破ればいいんですか?
ミチエ 当然でしょ。
シュンロー でも……
ミチエ でもじゃないんですよ。あなたが門限を破れとそその
 かしたんなら、そのことを私にちゃんと連絡してくだ
 さい。
シュンロー はい……。
ミチエ このことについては、ルリにきつくいっておいたのでい
 いでしょう。問題は……あなたが私の要望をほとんど
 無視しているということです。
シュンロー え……?
ミチエ それどころか、あなたまで私に反逆しようとしている。
 いったいこれはどういうことです? あなたは私に恨
 みでもあるんですか? 侮辱しているのですか? 私
 が要望し たことと、全く違うようにルリを洗脳して、
 どういうことです?
シュンロー 洗脳?
ミチエ ルリがいいましたよ。あなたが勉強を応援してくれて
 いると。海外の大学に行くのも支援してくれてるって。
 海外ですって? あなたがそそのかしたんでしょう。
シュンロー そんなことありませんよ。それはルリちゃんが、
 元から抱いていた夢なんです。
ミチエ ルリちゃんって、あなた馴れ馴れしい……ロリコンで
 すか?
シュンロー ファーストネームで呼び合うっていうのは、この
 会社の決まりなんですよ。
ミチエ とにかく、ふざけないでもらいたいんです。海外に行
 くなんて、誰も望んでいないことなんですから。
シュンロー でも彼女が望んで……
ミチエ 大体、門限破ってなにやってたのか聞いたら、なんて
 答えたと思います。「一人で勉強してた」って。信じ
 られない。(念を押して)「一人で」「勉強」。そんな
 のは、友達も出来ない暗い生徒がするようなことです。
 違いますか? しかも、あの子は図書館で何冊も英
 語の本を借りてきて。家に帰ってきても、辞書を引
 きながらずっと、そのわけのわからない英語の本を読
 んでるんですよ。とうとう狂ってきたんだわ。
シュンロー いいことじゃないですか。彼女は、自分の夢を持
 って、頑張ってるんですよ。
ミチエ 夢? 夢なんて……そんなの追いかけてて失敗したら
 どうするんですか。なにも残らないんですよ。残るの
 は後悔だけ。
シュンロー そんなことないですよ。失敗しても、頑張った結
 果なら満足できるはずです。
ミチエ そんなきれい事をいってたって、時間は取り返すこと
 ができないんだから、若いときは若いときにしかでき
 ないことをやるべきなんです。今遊ばないで、いつ遊
 ぶの? 女が花開いてるときは短いんですから。
シュンロー あなたも若いときは夢を持っていたんでしょ? 
モデルになるっていう夢を。
ミチエ (当惑して)そんなことルリは……! 私はそれで後
 悔したんです。だから夢なんて持つものじゃないって
 ……
シュンロー あなた本人はそういいながら夢に執着し続けてき
 たんでしょう? 娘に押しつけてまで。あなた勝手
 ですよ。
ミチエ ルリは、私のときと違って、チャンスもたくさんある
 し、私よりずっと才能があるの。だから、勿体ないで
 しょ? 雑誌にも載れたし、あの子にとっては一生の
 宝物になってるはずよ。  
シュンロー いえ、あの子はずっと苦しんできて、あなたのお
 節介はトラウマにさえなっているんですよ。
ミチエ そんなこと……
シュンロー あの子はお母さんの人形にされることなんて望ん
 でなかったんです。
ミチエ 人形だなんて失礼な。
シュンロー あなたは、自分の夢の後追いのために、娘に整形
 までやらせたでしょ? 聞きましたよ。
ミチエ それは、よかれと思って……
シュンロー もう放っておいてあげてください。ルリちゃんは、
 もう自分のやりたいことを見つけてるんです。自分に
 合った生活がしたいんです。自分の好きなように生き
 たいんです。そのことをずっと態度で示してきている
 じゃないですか。あなたを傷つけたくないと思って、
 表面上ではあなたに従いながらも……。
ミチエ (うろたえている)
シュンロー (ミチエの様子を見て、更に強気になり)大体あ
 なたは自分勝手過ぎるんです。子供に勝手な理想像
 を押しつけて、あなたは親としてちゃんと出来てるつ
 もりですか? 親として失格です。旦那さんが出てい
 くのもわかりますよ、そんなワガママな性格なら。見
 てて、ルリちゃんが本当にかわいそうになってく……
ミチエ (シュンローをひっぱたく)

  ミチエ、出ていく。
 ほっぺたを押さえ、呆然とするシュンロー。
 その日の夜。セッションルーム。

ノボロー ……なんで謝らないんだよ。クレームに来た時点で、
 おれたちの仕事は謝るしかないんだよ。全部悪うござ
 いましたっていっときゃ、向こうは怒りが収まって帰
 るんだから。逆にもの申すとはどういうことだよ。
シュンロー わかってるけど、ルリちゃんの件は、ほとんどあ
 のお母さんに問題があるから……第三者がいったら目
 が覚めるかなと思って。
ノボロー お前の話聞いてるとさ、根本的におかしいんだよ。
 ファイルの経過報告見てもさ、恋愛の話が全く出て
 こないじゃんか。ここは恋愛コンサルティング会社だ
 ぞ。
シュンロー わかってるけど、あの子は恋愛には興味がないし、
 もし恋愛するにしても、先に解決しておくべき事がた
 くさんあると思うんだ。あの子自身の家庭の問題が
 解決して、自分らしく生きていけるようにならないと、
 恋愛なんて……。
ノボロー お前は心理カウンセラーじゃないんだから。カウン
 セラーがやりたいなら違うところに行けよ。
シュンロー でも……
ノボロー 回り道をするっていうのは悪くないよ。もちろん恋
 愛のことだけ話せばいいってことじゃない。その分、
 コンサル回数が増えて、こっちの収入になるからな。
 お前がいけないのは、クライアントのニーズに応えて
 ないって事なんだよ。金を出してるのは、あのお母さ
 んなんだから。お母さんの依頼内容に応えるのがお前
 の仕事だろ。そりゃ文句言われるのは当然だって。
シュンロー だけど、それじゃあ、ルリちゃんは救われないん
 だよ。
ノボロー 救う必要がどこにあるんだよ。塾で生徒が勉強した
 くないっていったら教えないのか? それと同じだよ。
 金をもらってるっていうのはどういうことなんだ。
シュンロー 金、金って……。ノボローは、純粋な目的で恋愛
 相談をしてるようには見えないよ。
ノボロー なんだよ、純粋な目的って。
シュンロー ノボローは、気持ちで動いてるんじゃなくて、金
 で動いてる。
ノボロー 当たり前だ。これはビジネスだぞ。金で動かないビ
 ジネスなんてあるか。ボランティアとでも思ってんの
 か、お前は。だから甘いんだよ。大体よ、ルリを救い
 たいとかいっても、金を出してる親に退会させられた
 ら、もうおしまいじゃねぇか。
シュンロー ボランティアででも、納得できるまで面倒を見る
 よ。
ノボロー はぁ〜? お前、まだあの子に関わるつもりか? 
シュンロー だって、こんな形で終われないよ。
ノボロー なんでそこまで入れ込むんだよ。退会しても、面倒
 見るなんて……ストーカーか? 向こうだって気持ち
 悪がるぞ。
シュンロー あの子が必要ないっていえば、それでいい。でも、
 まだおれを必要とするんだったら、力を貸してあげた
 いんだよ。せっかく、こうやって何かの縁で出会った
 んだから。
ノボロー いっとくけど、勤務時間に他のことなんかさせんぞ。
シュンロー じゃあ、ルリちゃんの料金はおれが払うよ。
ノボロー はぁ? お前、ホント頭おかしいんじゃないのか?
シュンロー 人の人生に関わることだからさ、担当した以上、
 しっかり責任持ちたいんだよ。仕事の上で必要とされ
 るんじゃなく、あの子が生きていく上でおれが必要と
 されるんなら、無償でも力を貸したいんだ。
ノボロー 今回の途中退会で、お前は報酬から10万円引か
 れるんだよ。その上、お前が自費で金を出して、ルリ
 のコンサルを続けるっていうのか?
シュンロー ……それでもやるよ。

  間。

ノボロー そうか、じゃあ勝手にしろ。

  ノボロー、出ていく。シュンロー、ルリのファイルを
 手に取って見つめる。
 音楽。


    ■SCENE9

  喫茶店。サキが座っている。自分の置かれている状況
 に悶え苦しんでいるように見える。顔をしかめ、時折
 うめき声を上げる。彼女は、何度めかの電話をかけ
 る。
 サキ (留守電に)リュービ、あんた殺す、絶対コロス。(電
 話を切る)
 しばらくして。

サキ (メールを打ち始める)

  「たすけて(>_<)」と打つ文字が投影される。
 サキは送信して携帯を置く。
 ショウサクが口臭スプレーをしながら登場。彼の髪は
 テカテカと光り、豪快に眉毛が描かれている。

ショウサク お待たせ。(サキの向かい側に座る)
サキ (ため息をつく)
ショウサク いやぁ、しかし奇遇だねぇ。こんな街中で会うな
 んて。
サキ、ショウサクの言葉やアクションの一つ一つに気
 持ち悪いという反応を示す。
サキ ……眉毛描いてきたの?
ショウサク あ、ばれた? サキさんの前なら男として身だし
 なみをきちっとしておかないと。
サキ (ため息のような声で)描きすぎ……。
ショウサク え? なんて?
サキ あなたこれから「ラブリー・ライフ」に行くところじゃ
 なかったの?
ショウサク 大丈夫。今日はキャンセルしといたから。
サキ あぁ、そう。しなくていいのに……。
ショウサク (少しキザに)だって、サキさんと会うチャンス
 があると知れば、キャンセルだってするよ。
サキ (引きつった笑み。ふと気づいて)チャンスがあると知
 れば? もしかして、最初から知ってた?
ショウサク (慌てて首を振り)ううん。まさか。

  ショウサクは、ジュースを飲み始める。
 サキはメールを打ち始める。
 「ストーカーされてるかも(*_*)」という文字。

サキ ねぇ、もういいかな?(立ち上がろうとする)
ショウサク ダメダメ! 待ち合わせの相手が来るまで時間あ
 るんでしょ? いいじゃない!
サキ ちょっと洋服でも見て回ろうかなと思って……。
ショウサク (明るく)あ、つきそう、つきそう。
サキ いや、そんなことされたら……。
ショウサク ほら、街中で一人でいたらナンパとかされてうっ
 とうしいでしょ。だから待ち合わせの相手が来るまで
 はつきそっててあげるよ。
サキ いや……
ショウサク それより、今日の服は鮮やかな色で、とても似合
 っていると思うよ。
サキ (背筋が凍りつくのを堪えながら)ありがとう……。
ショウサク ぼくね、初めてみたときからビビッて来るものが
 あったんだよね。サキさんのお嬢様チックなオーラに。
 サキさんの髪の色はかなり明るいけど、ぼく思うに栗
 色ぐらいの落ち着いた色のほうが合うんじゃないか
 な。
サキ そう……。
ショウサク、ジュースを飲み干そうとしたとき、音が
 出る。慌ててゆっくり吸い始める。

  サキ、メールを打つ。
 「死にそう(T_T)」

ショウサク あ、家の近くに公園があるんだけど、今度そこで
 ワインでも飲みながらゆっくり話さない?
サキ はぁ?
ショウサク 家は酒屋やってるから、いいワインたくさんある
 よ。公園もね、小さな池があって、その周りにベンチ
 があって、いい雰囲気だから、どう?
サキ それはちょっと……。
ショウサク サキさんって、結構内気なタイプだね。
サキ (思わず)うぇ?
ショウサク (「うぇ」という言葉に一瞬表情が消える)あ、
 サキさんの実家はなにをやっているの?
サキ 温泉旅館……。
ショウサク へぇ〜。古風だなぁ。やっぱり、古風なイメージ
 のほうが合うかも。
サキ いや、あたし和の心が全くないっていわれるくらいだか
 ら。
ショウサク それはサキさんのことがわかってない発言だね。
 絶対純和風が似合うと思う。温泉旅館の女将ってい
 いなぁ。ぼくのイメージとピッタリだ。そうかぁ、そ
 ういえば肌きれいだもんねぇ。温泉効果なんだね。じ
 ゃあ、料理の腕もプロ級なんじゃない? 食べてみた
 いなぁ〜サキさんの料理。

  サキ、メールを送信。
 「先立つ不幸をお許しくださいm(_ _)m」
 ショウサク ときに、サキさんの趣味はなに?

サキ ……アロマテラピー。
ショウサク なんですか、それ?
サキ 毒薬の調合。
ショウサク 案外、ユーモアなところがあるんだね。
サキ どうも。あなたの趣味は?
ショウサク ぼくの趣味は……そうだね、希少価値の高いもの
 をコレクションすることだね。
サキ ああ、そう……。アンティークとか?
ショウサク うん、そうだね、現代版のアンティークというか。
サキ 現代版?
ショウサク うん、まぁ。それよりスポーツはなにかやる? 
 今度テニスでもしにいかない? これでも中学のと
 き、軟式テニス部の副部長だったんだよ。
サキ なまっちょろい……
ショウサク (聞こえなくて)なに?
サキ なまっちょろい。
ショウサク なまっちょろ……。じゃあ、なにがいいの?
サキ ん〜、あたしの得意なところでいくと、剣道・弓道・合
 気道。
ショウサク またまた。冗談きついなぁ、そんな語尾に道がつ
 くものばっかり。
サキ 本当よ。これでも、昔お父さんと山に入って、弓でイノ
 シシ射止めたことだってあるんだから。10歳の時にね。
ショウサク やだなぁ、サキさんはそんなキャラじゃないよ。
サキ はい? あんたの目には、どう映ってるの?
ショウサク え、旅館のお嬢様でしょ?
サキ ちょっと、あんたにとって都合のいい情報だけでイメー
 ジ組み立てないでくれる?
ショウサク あとユーモアが満点。
サキ ユーモアじゃないって。
ショウサク かわいい。
サキ (のけぞる)

  メールが入る。
 「今、車停められたよ。すぐいく。」
 サキ、猛烈にメールを打ち出す。

ショウサク ねぇ、さっきから誰とメールしてるの?
サキ 救世主。
ショウサク 救世主? っていうハンドルネームの人?

  サキ、メールを送信。
 「はよくぉんかい!(-_-;)」

サキ ……さて、待ち合わせの相手が来たみたいなので、行く
 ことにするわ。(立ち上がる)
ショウサク あ、ちょっと待って! 今度いつ会える? 約束
 をしておこうよ。
サキ そんな約束は……
ショウサク (必死に)約束しておかないとさ、またいつにな
 るかわからないじゃない。ぼくはいつでもいいからさ。
 ね? また会おう?

  逃げるように歩き出すサキの手を取るショウサク。そ
 の瞬間、サキはショウサクの手首を取って床にねじ倒
 す。そして、すぐにショウサクから手を離す。

サキ いい気になるんじゃないの! あんたね、あたしがあれ
 だけ我慢して、やんわりと拒否してあげてたのに、な
 んで気づかないのよ、この鈍感! 調子に乗って、あ
 たしの手まで触って、何様のつもり? あんたみたい
 な薄汚くてダサイ男はね、この世で最も付き合いたく
 ない、ミミズ以下の最低最悪なタイプなのよ! 純
 和風が似合うだの、かわいいだの、気持ち悪い。変な
 妄想描かないで! このバカ!

  サキの強烈な罵倒に、唖然とするショウサク。サキが
 手をハンカチで拭いていると、リュービが現れる。

リュービ お待たせ。
サキ お待たせじゃないのよ、遅いっつの。
リュービ ごめん、仕事が長引いて。
サキ いいわ、いきましょう。
リュービ (ショウサクを見て)あれ? 君は確か……。(サ
 キに)なにがあったの?
サキ 別に。特別セッションをしてあげてたの。

  サキ、店を出る。リュービも後を追う。
 立ち上がる、ショウサク。

ショウサク ……やっぱり、理想的な女性というのはヴァーチ
 ャルの世界にしか存在しないのかな?(テーブルに戻
 ろうとするが止まって)でも、ああいうキャラもあり
 なのかな? ノボローさんに聞いてみよう。

  音楽。


    ■SCENE10

  夜。公園のベンチ。ダイとチサトが座っている。

ダイ 今日は楽しかったです。ありがとうございました。
チサト こちらこそ、とても楽しかったです。ありがとうござ
 いました。正直、初めての二人きりでのデートでした
 から、とても緊張しました。
ダイ ぼくもです。正直、デートってなにをしたらいいんだか
 よくわからなくて。映画とショッピングと食事と、そ
 んなありきたりのことしか思いつかなくて……いい年
 して恥ずかしい。
チサト いえ、全部新鮮で、なにもかもが楽しかったです。本
 当に感謝しています。
ダイ そういってもらえると嬉しいです。もしかしたら、つま
 らないんじゃないかって、ずっと不安で。
チサト そんな、つまらないなんて、ダイさんと一緒にいれば、
 いつでも幸せです。
ダイ あ……(幸せそうに照れる)。

  しばらくの時が流れる。

ダイ (指輪を取り出して)あの……、本当はこの前の河川
 敷のときに渡したかったものですが……。
チサト え……?(驚きすぎて、声が出ない)
ダイ チサトさん以外にぼくを理解してくれて、ぼくに愛情を
 注いでくれて、ぼくを幸せにしてくれて、ぼくがぼく
 でいられる人はいません。結婚してください。
チサト あ……(感情が高ぶるが躊躇して)あの……わたし、
 わたし、自殺しようとしたこともある人間なんですよ。
ダイ 気にしません。過去のことです。
チサト ちょっと待ってください……。
ダイ ぼくと結婚するのは嫌ですか?
チサト いえ、とんでもない! ……ただ、わたし、まだダイ
 さんにいってないことがたくさんあるんです。だから、
 お引き受けして、あとでダイさんに失望されたくな
 いんです。
ダイ じゃあ、いってみてください。チサトさんのわだかまり
 がなくなるだけ、全部いってしまってください。ぼく、
 聞きますから。
チサト でも、そんなことしたら……ダイさんはわたしを嫌い
 になるかもしれない。でも、いいます。いつかはいわ
 ないといけないことだって思ってましたから。
ダイ いってください。

  二人、大きく息をする。

チサト わたし……実は、三段腹なんです。(短い間)しかも、
 でべそなんです。(ダイの反応を気にする)
ダイ ……それだけですか?
チサト あと、わたし……高所恐怖症なんです。
ダイ ……はい。
チサト それに、それに実家に帰ってると、どうしても方言が
 出てしまうんです。
ダイ はい。
チサト がっかりされましたか?
ダイ いえ。他には?
チサト 他にですか? え〜っと、そうだ、わたし扁平足なん
 です。
ダイ それから?
チサト え〜っと、それから……あ、大事なこと言い忘れてま
 した。家でサボテンだけじゃなくて、ハムスターも飼
 っています。
ダイ いいですねぇ。
チサト え?
ダイ 他には?
チサト 他にですか? え〜っと……

  間。ダイが優しい笑顔になっている。

ダイ 他にもうないですか?
チサト えっと、たぶん……いっぱいあるはずなんです。
ダイ いっぱいあったとしても、全部取るに足りないことです
 よ。
チサト え? 嫌いにならないんですか?
ダイ ぼくに嫌いになってほしいんですか?
チサト いえいえいえ!
ダイ 全然気にしません。
チサト (感動して)ダイさんって、お釈迦様みたい……。
ダイ なにもかもひっくるめて、花平千里というあなたと結婚
 させてください。
チサト はい……。

  チサト、指輪を受け取る。感激を隠しきれないチサ
 ト、指輪を見て微笑む。ダイも幸せそうに微笑む。

  夜。高層ビルのテラス。リュービとサキが、ワインを
 飲みながら夜景を眺めている。
 船の汽笛が聞こえる。

サキ いい所ね。
リュービ うん、いつでも海が一望できるからね。落ち着くよ。
サキ (立って、ベランダ越しに夜景を見る)きれい……。
リュービ  (立って)22階にしたのはね、誕生日が2月2
 日だからなんだ。
サキ ふ〜ん。
リュービ サキは?
サキ 9月8日。
リュービ 98階のマンションはないね。
サキ あってもお断りよ。
リュービ 確かに。

  しばらくの時が流れる。

リュービ 今日は楽しかった?
サキ (一瞬考えて)ええ。
リュービ そう。なにもいわないから、つまんないのかと思っ
 たよ。そんなことあるはずないのにね。
サキ なにそれ?
リュービ いや、別に。
サキ 過去の女は、一人だってつまんないなんていわなかったっ
 てこと?
リュービ 鋭いね。
サキ あんた、自信過剰が玉にキズね。
リュービ それは君もそうだと思うよ。
サキ そんなことないわよ、自信相応。
リュービ でも、片っ端からプレゼントを拒否されるとは思わ
 なかったよ。
サキ だって、別にほしくないもの。あんたが、寝ずに仕事し
 てお金を貯めて買ってくれるっていうのなら別だけど。
リュービ そこんところがよくわからないね。愛情がこもって
 ないってこと? これでも、あげたい気は満々なんだ
 けど。
サキ 買ってくれたところで、あんたは痛くも痒くもないでし
 ょ?
リュービ 君はぼくを痛めつけたいの? 前から思うんだけど、
 君ってSかMかでいうとSだよな?
サキ あんたなんでも思ったこと口にするのよくないわよ。
リュービ 親によくいわれる。父親曰く「そこんところが直れ
 ば、おれの会社を継げる」だそうだよ。自分として
 は、長所だと思うけどね。
サキ ……女はさ、子供を産むじゃない。自分の身体を痛め
 てさ。やっぱり男も女のためには苦しむべきだと思う
 のよね。女は家庭に入ったら安住するけど、男は常に
 苦難を乗り越えて、闘いながら家庭を守っていくのよ。
 男って、そういうものじゃない?
リュービ 生きていくのって、そんなに難しいものかな?
サキ ……。生きていくのが簡単だから、そういう男が少な
 いのかもしれない。  
リュービ サキが、時代に合わないものを求めているんじゃな
 い?
サキ そうなのかな……?
リュービ うん、古いよ。今の時代で、自分から苦難に立ち
 向かおうとする人なんてMだよ。
サキ もうちょっと言葉を選べないの?
リュービ 面白くないか……。

  リュービ、ワインを飲み干す。

リュービ あまり肩肘張って生きてると、どんどん婚期を逃す
 よ。
サキ それも生き方だから。
リュービ 根気がいるね。

  間。

リュービ なんでなにもいわないの? 
サキ あんたふざけてると人の信用なくすわよ。
リュービ たまにいわれる。だって、君がほとんど笑わないか
 らさ。ぼくの経験からいって、ちょっとあり得ない現
 象なんだよね。 
サキ 考えることが多くて。
リュービ はっきりいって、ぼくらは奇跡的な運命の出会いを
 したんだよ。ぼくはそう信じているんだ。だから、サ
 キもそう信じたらいいんだよ。
サキ ちょっと待って……そんなすぐに簡単に……
リュービ だって、他にはいないはずだよ。はっきりいって、
 ぼくは君を唯一の結婚相手だと思ってるんだ。君は
 どうなの?
サキ 確かに、あんたは、今までの男とは違うし、理想に近い
 と思う。でも、奇跡なんてそうそう起こるの? なに
 を信じればいいの? あたしにとっては、まだ確信に
 変わる何かが足りないの。
リュービ じゃあどうすればいいんだ? いってみなよ。

  間。

サキ 男を見せて。
リュービ (一瞬硬直。ズボンのベルトを外し始める)
サキ なにやってんのよ! そうじゃないわよ! バカじゃない
 の?
リュービ じゃあ、なんだよ!
サキ だから、証明してほしいのよ、あんたがあたしと結婚す
 るに足る男だってことを! あたしは、映画の主人公
 みたいな、スケールの大きい冒険的な人がいいの。
リュービ 俳優は目指そうとしたことあるけど……
サキ そうじゃなくて……あたしのために、なにか大きなこと
 をしてほしいのよ。それが出来たら、きっとあたしも
 あんたが結婚相手だと思える。
リュービ 例えば?
サキ 例えば……? 例えば……豪華客船に乗って、事故に
 遭って沈没するところを必死に助けてくれるとか。
リュービ ありえない! もろ映画じゃないか! こっちは死
 んでるし!
サキ 例えばの話よ、今思い浮かんだのがそれだったの! 
リュービ だけど映画は映画だろ。非現実的なものを求めす
 ぎなんじゃない? 冒険なんて、この日本にあるの?
サキ じゃあ、だめね……。悪いけど、結婚は無理だわ。
リュービ おいおい、待ってくれよ。なんで、そこまでこだわ
 るんだよ? 普通、映画みたいな恋を夢見ても、二
 十歳も超えりゃ誰だって、そんな幻想捨てて現実を
 見つけだすぜ。
サキ あたしのは少女趣味なんかじゃなくて、生き方なの。そ
 れが野川沙希という女なの。
リュービ 厄介な生き方だな、そりゃ。
サキ 強すぎるのね、きっと。あたしより強い男の人を見たこ
 とがないもの。映画の中でしか。だから憧れるんだと
 思う。あたし、高校の時、学校に侵入してきた野犬
 の群を木刀一本で退治したこともあるの。
リュービ ……まぁ、……追い払うぐらいならぼくにも出来ると思
 うけど。
サキ 腕っぷしの強さじゃないの、あたしがいってるのは。心
 の強さなのよ。
リュービ 心の強さか……。
サキ あたしの目の前でそれを実証してくれないと、結婚は正
 直無理……。
リュービ わかった。じゃあ、こうしよう。二人で、アマゾン
 でもサハラ砂漠でも、過酷な旅をしてみようじゃない
 か。きっと冒険がいっぱいのサバイバ ルになる。そこ
 で、すごい男だってところを見せてやる。
サキ 本気でいってるの?
リュービ 男に二言はない。冒険の旅に出て、いくらでもぼく
 を試すがいい。君が納得したら、結婚しよう。
サキ ……。いいわ。
リュービ 最後の挑戦は、料理なんかとは比較にならないくら
 いハードになるな。この河東龍美、プライドを賭けて
 もこの勝負に勝ってやる。
サキ リュービ……。
リュービ サキ……君はぼくが守ろう。 

  見つめ合い、乾杯をする。
 音楽。


    ■SCENE11

  「ラブリー・ライフ」コンサルルーム。
 割れたくす玉が一つ吊されている。「ご成婚おめでと
 う」の文字。そして、もう一つのくす玉をシュンロー
 が吊そうとしている。ノボローは朝刊を読んでいる。

ノボロー ……日本人女性エベレスト登頂成功だって。新聞読
 んでると、悪いことばっかだけど、たまにはすごいっ
 て記事あるもんだなぁ。
シュンロー ねぇ、この位置でいい?
ノボロー (見ずに)うん。しかも58歳だって。すごいよな
 ぁ。世界で二位の記録らしい。
シュンロー すごいね。この位置でいいんだよね?
ノボロー (見ずに)「世界記録もいずれは更新したい」か、
 たいしたもんだよ。この人、登山家じゃないんだぜ。
シュンロー (仕方なくその場所に吊る)そう。
ノボロー 温泉旅館の女将だって。野川沙智子……。そうい
 や、サキとリュービはまだ来ないな。今朝来るってい
 ってたけど。(新聞を置く)
シュンロー 昨日帰国したんだよね。(椅子に座る)昨日とい
 えば結婚式は感動だったね。
ノボロー ま、おれが仲人だからな。演出が違うよ。
シュンロー ダイさんもチサトさんも、幸せそうだったね。
ノボロー いや、結婚までたどり着いたカップルが誕生してホ
 ント良かったよ。おれの知名度はあっても、実績はま
 だ少ないからな〜。
シュンロー まぁ、これからじゃない? でも、実績を早く作
 りたいのはわかるけど、そんなにすぐ結婚させなくて
 も……。
ノボロー 思い立ったが吉日っていうだろ。すぐ実行に移さな
 いと、いつ心変わりするかわからないんだから。今日
 も新規会員入るから。
シュンロー (ため息をつく)
ノボロー ため息つくなよ。(ファイルをチェックし始める)
シュンロー だってさ……自分で役に立ってんだかわからない
 んだもん。
ノボロー まだ、カップル成立が一件もないしな。もう少し割
 り切って考えた方がいいぞ。朝の占いと一緒でさ、で
 たらめなことでも、希望を持たせてやれば向こうは満
 足なんだから。
シュンロー だけど、恋愛相談だからね……希望を持たせるの
 も大事だけど、解決法も示してあげないとね……。
 おれさ…………本気で恋愛したことないんだよね。

  ノボロー、硬直。

ノボロー おれもだよ。

  シュンロー、硬直。
 ノック音。

ノボロー ん? 来たかな。カムイン。

  サキとリュービが現れる。

サキ どうも。
リュービ 無事帰ってきました。
ノボロー おお、待ってたよ。よかったよ、無事でさ。ビック
 リしたよ、二人とも急にアフリカを縦断するなんて言
 い出すしさ。
リュービ ま、色々あって。
ノボロー よく行って来れたなー。
リュービ 何度か死にかけましたね。
ノボロー なら、すぐに帰って来いよー。
リュービ いや、サキが、死にそうな目に遭うのを楽しみにし
 てたから、本気でやばくなっても後に引けなかったで
 すね。拷問ですよ。
サキ よくうわごとのように、「サキのSはサドのS」って繰り
 返してたわ。
シュンロー そもそもなんのためにアフリカに?
リュービ いや、だから結婚するために。
シュンロー 結婚するためにアフリカで拷問縦断?
リュービ 試練なんですよ。
サキ エジプトのカイロからスタートして、南アフリカの喜望
 峰までたどり着いたら、そこで婚約するって決めてた
 の。素敵でしょ?
ノボロー 指輪があるってことは、達成したんだね。
サキ そう、気づいた?(薬指の指輪を見せる)
シュンロー 高そう……。
リュービ その指輪で世界10周くらいは出来るよ。
シュンロー 金持ちは違う……。
サキ っていっても、正直、リュービの軟弱さには呆れた。で
 も、実際は結構勇気のある人なのよ。ちょっと足手
 まといだったけど、ずっとあたしを守ろうとしてくれ
 たの。
リュービ いやぁ、この旅を通して、自分の弱さが苛立たしか
 ったね。けど、ゴールまでたどり着けて強くなったと
 思うよ。男として、たくましくなれたと思う。
ノボロー そうか、じゃあいい旅になったね。あとは入籍と挙
 式だけか。
サキ これから市役所に届けにいってくるわ。
ノボロー う〜ん、めでたい! 昨日に続いて二個目のくす玉
 だ!
サキ 二個目?
シュンロー ダイさんとチサトさん、昨日結婚式をしたんです
 よ。
サキ あのカップル。
リュービ 合ってたもんな。
シュンロー お二人もお似合いだと思います。
サキ そう、ありがとう。
リュービ たぶん、ぼくら以上のカップルはいないよ。じゃあ、
 タクシー待たせてるんでもう行きます。
ノボロー ああ、そうか。
シュンロー おめでとう。

  サキとリュービが帰ろうとしたとき、そこに、突然花
 束を持ったショウサクが入ってくる。

ショウサク ちょっと待ったー!
サキ なんでこの人がいるのー?
ノボロー ショウサク! なんで君が?
ショウサク 最後の逆転勝利に賭けてやってきたんです。サキ
 さん、ぼくと付き合ってください!(花束を差し出す)
サキ いやー! リュービ、こいつを追っ払って。
リュービ よし、まかせろ。ほら、サキに近づくな。どっか行
  け。(追い出そうとする)
ショウサク やめろ、この!

  ショウサク、リュービを投げ倒す。

リュービ 痛いっ! なにをするんだ君は……!
ショウサク ぼくのほうがサキさんにふさわしい。
リュービ (痛がりながら)なんだと?

  唖然としているノボローとシュンロー。茫然自失のサ
 キ。

サキ リュービ……あんた弱すぎ。アフリカの旅はなんだった
 の?
リュービ え……?
サキ こんな男に……。話になんない。

  サキ、指輪を取って放り投げる。うまくキャッチする
 シュンロー。サキはそのまま冷たい表情で出ていく。

リュービ ちょっと待って、サキ! 違うんだ、今のは意表を
 つかれて……
ショウサク サキさん?

 リュービ、サキの後を追う。同じく後を追おうとした
  ショウサクをノボローがつかんで止める。

ノボロー てめぇ、なんてことしやがるんだ!

  ノボロー、ショウサクを巴投げする。

ショウサク なにするんですか?
ノボロー 二人が結婚したら、謝礼が百万入るというのに、お
 前のせいでぶちこわしになったらどうするんだ?
ショウサク え〜?
ノボロー お前は今日限りで退会だ! 出て行け、ヲタク野
 郎! シュンロー、おれもサキを引きとめに行って来
 る。
シュンロー わかった。
ノボロー あと、頼む!

  ノボロー、出ていく。

ショウサク あの……ぼく、かっこよくなかった?
シュンロー (首を傾げる)
ショウサク 研究したんだけどなぁ……。

  ショウサク、とぼとぼと出ていく。

ショウサク (去り際に)おとなしく山田さんと付き合います。
シュンロー (一瞬の間があって)事務の?

  シュンロー、花束を拾う。サキの婚約指輪と二つを見
 比べる。
 小さなノック。

シュンロー はい。

  ルリが入ってくる。

シュンロー あ、ルリ。
ルリ おはよう。なんかいっぱい人が通ったけど……。
シュンロー ああ、気にしないで。(嬉しそうに)随分早く来
 たんだね。ま、座って。お母さんさ、ちょっとはおと
 なしくなってきたんだって?
ルリ うん。(イスに座る)
シュンロー おれの説教が少しは効いたのかな。
ルリ そうだね。わたしを少しは黙って見ててくれるようにな
 ったから。
シュンロー よかったよ。
ルリ でも、聞いて。お母さん、わたしの身代わりを見つけた
 みたい。
シュンロー 身代わり?
ルリ ペット飼ってモデルにするんだって。今日もペットショッ
 プに見に行くってさ。何十万もする血統書付きの犬
 飼うみたい。そんな金があれば、わたしにも少しは回
 してって感じだよね?
シュンロー へぇ〜、じゃあお母さんの呪縛から完全に解き放
 たれる日は近いね。
ルリ ……ところでさ、花束なんて抱えてて気持ち悪いんだけ
 ど、どうしたの? 
シュンロー ん……これは……ルリに。(花束を差し出す)
ルリ わたしに? ありがとう。でも、なんで?
シュンロー まぁまぁ。嬉しい?
ルリ うん。
シュンロー それと、これ……。(指輪を差し出す)
ルリ すごい指輪。どうしたのこれ?
シュンロー いや、なんか、たまたま手に入っちゃって。
ルリ うそ? なんで? すご〜〜い。
シュンロー うん、それでさ……ルリは、あのお母さんから離
 れて自分の道を進んでいくべきだと思うんだよね。で
 も、一人じゃ難しいと思うし……
ルリ ねぇ、これいくら位するの?
シュンロー さぁ? 地球10周できるぐらい?
ルリ うそ〜〜〜!
シュンロー まぁ、聞いて。だから……おれと……
ルリ ねぇ、なんで手に入ったの? なんでなんで?
シュンロー まぁ、ちょっと落ち着いて。大事な話をしたいん
 だ。ルリが望むんだったら、その指輪をあげてもいい
 と思うんだ。
ルリ ホントに?
シュンロー うん、ただし、その……(思い切って)二人であ
 のくす玉を割る気があればね。
ルリ くす玉を……?
シュンロー 意味わかってる?
ルリ 割るんでしょ? 割る割る。
シュンロー お、OK? 
ルリ じゃあ、早く割ろうよ。
シュンロー いいんだね?
ルリ 早く、早く。
シュンロー こういうのは、ゆっくりと……
ルリ えいっ。

  シュンローがひもを握った瞬間、ルリがくす玉を引き、
 「ご成婚おめでとう」の垂れ幕が下がる。

シュンロー ああ、もう……
ルリ これで、この指輪わたしのもの?
シュンロー う、うん、そうだよ。じゃあ、おれがつけて……
ルリ やったー! これで留学できるーー!
シュンロー 留学?
ルリ うん、わたしこの前TOEICやったら、600点超え
 て。この調子なら外国の大学入れると思って、でも
 お金ないから無理だって諦めてたの。
シュンロー いや、なにいってんの……?
ルリ やったー! シュンローさんありがとう。嬉しい! 
シュンロー これ、あれだよ……?
ルリ こ れまでの問題、全部一発解決した! あ〜、早速向
 こうの大学調べてみよう! じゃ、シュンローさん、
 悪いけど今日は休みね。もう来ないかもしんない。そ
 れじゃ、ありがとう! シュンローさん、大好き!
シュンロー あ、ルリ……

  ルリ、これまでにない笑顔で別れを告げて出ていく。
 呆然と残されたシュンロー。

  ノボローが戻ってくる。

ノボロー 参った参った。たぶん大丈夫だろうけど……あの二
 人は、ずっとあんな調子だろうな。こりゃ、結婚はい
 つになるやら?(疲れてイスに座る)

  無反応のシュンロー。

ノボロー あれ? なんでくす玉が割れてんの? 元に戻しと
 けよ。
シュンロー ……。
ノボロー 今、ルリとすれ違ったよ。元気になったじゃない。
 見違えた。
シュンロー ……。
ノボロー ……お前さぁ、ぶっちゃけ、あの子のこと好きにな
 っただろ?
シュンロー ……(虚勢を張って)なにをいってるんだか。
ノボロー 隠さなくていいって。わかるよ。

  間。

シュンロー おれ、お前にコンサル頼んでいいかな?

  短い間。

ノボロー よしきた。悩みは?
シュンロー 恋愛ってものがわかりません。
ノボロー そうか。
シュンロー 女ってものがわかりません。
ノボロー ほう。
シュンロー 自分ってものがわかりません。
ノボロー なるほど。
シュンロー なにもかもわかりません。
シュンローの悩みをテキパキと聞くノボロー。

  溶暗。

  幕。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
*許可なき使用を禁じます。
上演を希望する場合は、STONEψWINGS別役まで。



 
シアターリーグ > シナリオ > LOVELY LIFE 2 >