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LOVELY LIFE T

作 別役慎司
 
 
 
 
 
 
 
登場人物
 
     ・ノボロー(藪田登)
     ・トモヤ(新塚智也)
     ・ヤマダ(山田芳美)
     ・ノリコ(倉則子)
     ・アキ(藤島愛希)
     ・サトミ(遠藤里美)
     
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
舞台は、モノトーンのコントラストが映え るエンプティー・スペースがベースとなっ ている。但し、幕開きの時点では、過度に 女性的で可愛らしい飾りつけがされている。 後方、上手側と下手側にドアがあり、イス 二脚とテーブル一脚のセットが、上手側と 下手側のエリア二カ所にある。後方の壁に は内線用の電話が掛けられている。また下 手の壁際にはペダル式のゴミ箱がある。舞 台上の小道具はその程度である。
こうして二カ所に分かれているとき、ノボ ローの設立した恋愛コンサルティング会社 「ラブリー・ライフ」内のコンサルティン グルーム(下手)とセッションルーム(上 手)を示している。そして、中央のエリア でミーティングルームを示すとき、テーブ ルは二脚並べられ、イスも四脚周りに並べ られる。
 
 
 
 
 
ACT One
 
 
   ■INTRODUCTION
 
ノボローとサトミのコンサルテーション。
二人はテーブルを介し、向き合って座って いる。
ノボロー(藪田登)は、28歳。「ラブリ ー・ライフ」社長。どことなく胡散臭さを 感じさせる格好と風貌だが、同時に都会的 な野心とバイタリティーに満ち、野性味が ある。
サトミ(遠藤里美)は、24歳。外見的 にも性格的にもおとなしく、普通といった 感じの女性。いつも手袋をしている。
 
ノボロー うん、そうだね。でも奥手だと悩む人は、 希望あるんですよ。
サトミ そうですか?
ノボロー ええ。積極的になりたい、自分を素直に 出したいっていう思いが強いからこそ悩むん です。だから、その悩みはすごく正常なこ とだし、ハードルを越えれば、絶対人と同 じように恋愛ができるようになります。
サトミ ああ(ほっとする)。
ノボロー ご職業は薬剤師とうかがいましたが……
サトミ はい、そうです。
ノボロー 恋愛は無菌室にいてはできませんよ(笑 う)。年齢からすると、やっぱり、そろそ ろ結婚を視野に入れた付き合いがしたいで すよね。
サトミ はい、それは……。
ノボロー 女性にとって年齢は、止めることの出来 ないストップウォッチのようなものです。 一秒一瞬が焦りになってしまう。
サトミ ええ……。
ノボロー 今その悩みを解消させなければ、ずるず ると年齢を重ねていってしまう恐れがあり ます。だから、サトミさんが今我が社に足 を運んだというのはとても賢明な判断なん です。
サトミ そうですか。治りますでしょうか?
ノボロー 治りますとも。恋愛が苦手な人のために 様々な処方箋を用意してます。その人に合 わせたマンツーマンの各種セッションがあり ますから、どうぞご安心ください。
サトミ あと……ご紹介のほうも……あるんですよ ね? 
ノボロー もちろんです。段階を見て、最終的には 最適なパートナーを紹介します。
サトミ あ、そうですか。よろしくお願いします。
ノボロー 任せてください。あなたにもラブリーな 人生はやってきます!
 
音楽。
 
 
   ■SCENE1
 
「ラブリー・ライフ」コンサルティングル ーム(下手側のエリア)。壁には、ピンク やイエローの可愛らしいオブジェが飾られ、 またどこかで貰ったであろう店のカレ ンダ ーがつけられている。テーブルクロスは花 柄で、イスのクッションはキャラクターも のが使われている。
 
ノボローとトモヤが部屋に入ってくる。
トモヤ(新塚智也)は、25歳。リクルー トスーツを着ている。端正な顔立ちで、洗 練された年齢以上の大人っぽさを持ってい る。
 
ノボロー 入って。
トモヤ はい。失礼します。
 
ノボロー、テーブルに書類を置く。トモヤ は、部屋内を眺める。
 
トモヤ さすが、きれいですね。
ノボロー 完成したばかりだからな。
トモヤ シンプルでいいですね。まだあまり物が揃っ てないって感じですか?
ノボロー バカいうなよ。あの辺のとか、邪魔で早 くどけたい位なんだ。(カレンダーに気づく)
また、変なの持ち込んでるよ。(頭をかい て、カレンダーに近づく)信じられるか? どこで貰ったか知らないけど、こんなカレ ンダー貼りやがって。自分の家と勘違いし てんじゃないか?
トモヤ 誰が貼ったんですか?
ノボロー ヤマダさんだよ。さっき紹介した事務の 女性。モノトーンの部屋に、こんなもの貼 ったら調和が崩れるってわかんないのかね?
    (カレンダーを剥がしてゴミ箱に捨てる) この辺の物体は全部彼女が持ち込んだも の。センスのかけらもない。まぁ、座って。トモヤ このクッションとかテーブルクロスも……?
ノボロー ああ、そう。とりあえず、持って帰らせ ようとはしてるんだけど、なんでダメかっ ていうのを説明するのにいつも時間がかか ってさ、この辺は譲れないらしくてまだ持 って帰ってくれないんだよ。
トモヤ まぁ、かわいいですけど。
ノボロー おれも忙しくてさ、飾り付けとか、彼女 が出来るっていったことは任せきりにしち ゃって。参ったよ。おかげで倍時間がかか ってる。
トモヤ 開業するって大変ですよね。
ノボロー ホントそうだよ。
トモヤ そういう所すごいと思います。
ノボロー サンキュー。そういう所しかすごいと思わ ないわけ?
トモヤ 揚げ足の取り方とかも……
ノボロー なに?
トモヤ いや、でも大学時代からぼくは先輩のこと 尊敬してましたよ。その行動力が羨ましか ったですもん。二十代で社長ですか〜。
ノボロー これからが勝負だな。船を持ったら船長 にはなれる。大事なのは航海を成功させて、 真の船長になるって事だ。  
トモヤ かっこいいですねぇ。
ノボロー お前には頑張って貰わないと。これから、 船をどんどん大きくしていかないといけな いしな。
トモヤ 頑張らせていただきますよ。でもいいんです か、ぼくみたいな、経験のない人間で。
ノボロー いいんだよ、新しいビジネスなんだから。 変にキャリアがあると、色がついてダメだ ね。それにターゲットが基本的に若い人た ちだから、近い年代のほうがいいんだよ。 あ、これ名札ね。(名札を渡す)社内では それしてて。
トモヤ 「Tomoya」……。なんか合コン思い出す んですけど。
ノボロー (笑う)
トモヤ 先輩は大学時代の呼び名そのままなんです ね。
ノボロー 「Noboroh」ね。おれの原点だよ。こう 呼ばれるのが一番しっくりくる。いいか、 社内では、いつもフランクにな。基本的に、 この中ではファーストネームで呼び合うん だ。
トモヤ いいですね。ぼくも先月までイギリスにい たから、ファーストネームで呼び合う方が やりやすいですよ。
ノボロー そうか。一年行ってたんだよな。
トモヤ ええ。
ノボロー いい経験になったろう?
トモヤ そうですね。語学学校でしたけど、色々経 験できて、一皮むけられた気がします。
ノボロー おれもそう思うよ。前はもっと、こう… …なよなよしてたな。
トモヤ そうですか?
ノボロー うん。今年いくつ?
トモヤ 25です。
ノボロー 3月に帰国して、それから就職活動じゃ あ、やっぱきついだろうな。年齢的なもの もあるし。まぁ、うちに入ったことが後々 一番よかったと思うようになるよ。おれの 目算では、二年後には、年収1000万に 届くね。
トモヤ そうなんですか。頼もしいですね。
ノボロー まぁ、向こうの学校行ってたことを存分 に生かしてくれよ。
トモヤ はい。
ノボロー せっかくだからさ、語学学校じゃなくて 大学に行ったってことにしときなよ。
トモヤ え、そういう生かし方ですか?
ノボロー 近くに大学があっただろ? なにがあっ た? 
トモヤ え? ……ゴールドスミスですね。
ノボロー ピンとこないな。
トモヤ ロンドン大学の一つです。
ノボロー ピンとくる。それで行こう。
トモヤ え〜、いいんですか?
ノボロー 話のネタとして使うだけだからいいんだ よ。
トモヤ そういう所も、大学時代と変わりませんね ……。
ノボロー 利用できることは利用しなきゃ。大丈夫、 おれがたまたまお前がロンドン大学卒って 勘違いしてるだけだから。心配ない。よし っ。仕事の説明をしよう。じゃあ、このマ ニュアルを見て。はじめから説明するぞ。 会社名は「Lovely Life」、事業内容は恋愛 相談・恋人紹介・恋愛レッスン・各種イベ ントなど。会員はWEB会員と本会員に分 かれてる。WEB会員はメールでの相談と、 ホームページの掲示板、占いの利用ができ る。これは近く廃止する。なんでだと思う?
トモヤ ……荒らされるからですか?
ノボロー コレクト! 宣伝の一環として設けたけ ど、下心丸出しの奴ばっか。うちは真面目 で健全な恋愛コンサルティング会社なんだ。 イメージダウンにつながるから今月で廃止。
それから本会員は、これがメインだけど、 直接うちに来て、コンサルティングやセッ ションを受けるという形。それらを通して 理想的なパートナーを見つけてあげるだけ じゃなく、より恋愛にポジティブになれる ようサポートしてあげるわけだ。
トモヤ なるほど。
ノボロー 人は、人生で数多くの悩みを持つ。その 中で共通して誰もが持つ悩みっていうのは 恋愛だ。そして恋愛の悩みが解決すれば、 多くの他の悩みについても解決する。そう いうもんだろ? 
トモヤ そうですね。普遍的なテーマですよね。
ノボロー うん。それに恋愛に不況はない。むしろ、 不況で苦しんでいる今こそ、恋愛に救いを 求めるもんだ。
トモヤ はぁ。
ノボロー 毎日をリラックスして、エネルギッシュに、 ラブリーに生きたいもんなんだよ。そうだ ろ?
トモヤ そうですね。
ノボロー ヒーリングのビジネスだな、ある意味。 よくある恋人紹介だけのビジネスと大きく 違うところだ。
トモヤ いやぁ、大きいことを考えますね。20代 で人に尽 くすビジネスを始めるなんて、ホ ント尊敬しますよ。
ノボロー はっきりいって、紹介するだけなんて勿 体ないんだよ。実は、紹介する前こそが金 になるんだ。
トモヤ でも、金のことはしっかり考えてるんです ね。
ノボロー 当然。あくまでこれはビジネスだ。おれ は、リッチになって、おれ自身がハッピー でラブリーな人生を送りたいんだ。
 
ノック音。
 
ノボロー カムイン。
 
事務のヤマダがコーヒーを持って入ってく る。ヤマダ(山田芳美)は、40歳くらい のおどおどとした女性。天然のような、つ かみ所のなさを持っている。彼女の行動は しばしば周囲の人を苛立たせる。
 
ヤマダ コーヒーをお持ちしました。
ノボロー ヤマダさんねぇ、勝手にカレンダーなん て貼らないでくれます?
ヤマダ え? 必要なかったですか?
ノボロー 必要あるないじゃなくて。
ヤマダ 普通どこにでもカレンダーは貼ってあるもの ですけど。
ノボロー いや、そうかもしれないですけど、この 部屋にあれはいらないでしょ?
ヤマダ じゃあ、わからないです。私は普通のこと をしただけなので。
ノボロー じゃあ、わからないってなに? 似つかわ しくないでしょ、この部屋には。
ヤマダ ええ?(考える)
 
間。
 
ノボロー もういいや。今度図に書いて説明します。 コーヒーを置いてください。
ヤマダ はい。(コーヒーを置く)(トモヤに)ミル クはいらないんですよね?
トモヤ え? ぼく、なにもいってないですけど。
ヤマダ 若い方はミルク入れないんでしょ?
トモヤ そういうわけでもないと思いますけど……。
ヤマダ じゃあ、いりますか?
トモヤ あ、いや、結構です。
ノボロー 普通は、用意しておくものでしょ。社長 秘書をしてたって本当ですか? 
ヤマダ ええ、少なくとも三週間は。今、ミルクを 持ってきます。
ノボロー いいよ、いらないっていってるんだから。
ヤマダ そうですか? あとになって、持ってこいっ ていわないでくださいね。
ノボロー いわないですよ。例えいわれても、快く 持ってきてください。
ヤマダ わかりました。では、失礼します。
 
ヤマダ、部屋を出る。
 
ノボロー イライラするだろ?
トモヤ ええ、少し。
ノボロー 開業資金の支援をしてくれたある社長さ んからさ、この人は親父の友達なんだけど、 「強力助っ人」っていわれて、うちに紹介 してもらったんだ。正直やられたね。騙さ れた。
トモヤ どういうことですか?
ノボロー お荷物を回しやがったんだよ。「NOリス トラ宣言」してる会社だから、解雇できな かったんだろ。
トモヤ へぇ〜。
ノボロー 新しい事務の募集広告を出した方が良さ そうだな。まぁ、彼女のことはさておき、 説明を続けよう。ええっと……料金システ ム等はそこに書いてある通りね。今は入会 金無料サービス中。ま、この先もずっと無 料だけど。そこに書いてない所でも、美容 整形の割引券とか、デートプラン作成代行、 ナンパ代行など、会員のニーズに合わせて サービスを提供していくつもり。
トモヤ それは……(苦笑する)。
ノボロー それと、うちの特色として、カップル成 立の際には、名前を書いた風船を飾るんだ。 結婚までたどり着いたカップルは、くす玉 を割る。いいだろ? 風船をアレンジして イメージキャラクターを作りたいなって今 思ってるんだ。ヤマダさんがかなり乗り気 になってる。キャラクター系は得意そうだ から、いいのが出来そうだよ。オリジナル キャラクターがあると、会社のイメージア ップになるし、ヒットしたら、「幸運をも たらす風船ペンダント」なんてものを通販 で売れるだろう?
トモヤ 先輩、なんか怪しい方向にいってませんか?
ノボロー ビジネス、ビジネス。
トモヤ ……なんだかなぁ〜。
ノボロー あとは適当に読んどいて。こっちの、コン サルティング・マニュアルとセッション・マ ニュアルは、現場でやっていく中で参照す るようにして。どんな相手が来るかわから ないから、臨機応変に対応することが大事。 マンツーマンが売り物だから、一人一人の ケアをしっかりとな。「理解してあげること」 「誉めること」「テキパキ自信を持ってアド バイスすること」この三つを肝に銘じて。 そしてハートとハートが通い合うコンサルテ ィングをしていってほしい。OK?
トモヤ はい。
ノボロー ……そんなもんかな。楽しそうだろ?
トモヤ 先輩って……真面目なのか不真面目なのか わかりませんよね。
ノボロー なんだそりゃ?
トモヤ いや、なんでもないです。
ノボロー よしっ、では次は、研修に移るぞ。
トモヤ あ、はいっ。
ノボロー 模擬コンサルをやってみよう。おれがお前 の担当することになった会員だと思ってコ ンサルティングをシュミレーションしてもら いたい。
トモヤ あ、はい。先にマニュアルに目を通していい ですか?
ノボロー いや、その必要はない。お前が思うまま に相談に乗ればいいから。
トモヤ そうですか、わかりました。
ノボロー じゃあ、これが会員用カルテね。これに 記入しながら進めてごらん。
トモヤ はい。うわー、なんか緊張するなぁ。
ノボロー じゃあ、おれが入ってくるところからね。
 
ノボロー、立って、いったん部屋の外へ。 心の準備をするトモヤ。しばらく経って、 ノボローがノックする。 
 
トモヤ あ、どうぞ。
ノボロー (ドアを開けて)いや、カムインだな。 カムインっていおう。
トモヤ か、カムインですか……?
ノボロー うん、カミンでもいい。
 
ノボロー、外に出る。しばらくしてノック。
 
トモヤ (少し声が裏返って)カムイン!
ノボロー (女性を真似て入ってきて)失礼します。 (もじもじとしている)
トモヤ (戸惑いながら)あ、じゃあ……こちらへ どうぞ。
ノボロー いや、違うな。もっと陽気に。
トモヤ 陽気にですか?
ノボロー 恋愛相談をしに来るんだ。きっと緊張し て、恥ずかしがってる。まず見えない壁を 陽気になることで壊してやるんだ。
トモヤ なるほど。(自分に言い聞かせて)陽気に、 陽気に……。
ノボロー 続けて。
トモヤ (努めて陽気に)ヘイ! じゃあ、ぼくの 所に来てごらん。なんでも聞いてあげるよ!ノボロー ダメダメ! 引く。もっとナチュラルに。
トモヤ (恥ずかしがって)ぼくも今のはひどいと 思います。
ノボロー 「ヘイ!」だもんな。
トモヤ いわないでください。
ノボロー もっと自分らしくでいいから。
トモヤ そうですよね。自分らしくないと。
ノボロー そう、それでテンションあげて。
トモヤ はい。
ノボロー リラックス……リラックス……アクショ ン。
トモヤ (笑顔で、大きな声を出して)こんにちは。 待ってましたよ。どうぞ、こちらへ。
ノボロー はい、お願いします。
トモヤ は〜い、こちらこそ。え〜っと、まずお名 前をうかがってよろしいですか?
ノボロー 藪田ノブコと申します。
トモヤ (吹き出す)
ノボロー 笑うなよ。
トモヤ すいません。
ノボロー これは重要な研修だぞ。真剣にやれ。
トモヤ はい、すみません。え〜っと、どのような 恋愛の悩みでしょうか?
ノボロー 実は4年間彼氏が出来ないで……って、 答えてくれるかよっ。早い、ストレートす ぎる。
トモヤ あ、そうか……。
ノボロー 最初は世間話、次にカルテの項目にそっ て聞いていくってのが無難だな。まぁ、い いや。じゃあ、彼氏が4年間いないって聞 くところまで来ました。さぁ、それからど うする? 続けて。
トモヤ う〜ん、そんなにもですか? 意外ですね ぇ。なにがいけないんでしょうねぇ。
ノボロー そうですねぇ。あまり積極的じゃない っていうのもあると思うんです。
トモヤ あ〜。
ノボロー どうすれば積極的になれますかねぇ?
トモヤ う〜ん、やっぱり自信を持つってことが大 事ですね。
ノボロー 自信を持つにはどうすればいいです か?
トモヤ 内面的にも外面的にも変わっていくことが 自信につながるでしょうね。
ノボロー OK。うん、なかなかいい感じ。内面的 にも外面的にも変わらなくてはっていった ことで、恋愛レッスンをたくさん組めるな。 もうちょい自信を持って発言しよう。ウソ でも堂々とな。
トモヤ はい……。でも、自分らしく正直に話すの が一番上手くいきそうです、ぼくの場合。 就職の面接も「私(わたくし)」っていうのがどうも 苦手だったし……。
ノボロー そうか? だけど覚えておけ。この 仕事 は演技力が求められるからな。ちょっと、 交代してやってみよう。おれがコンサルタン ト、お前が会員ね。
トモヤ わかりました。
ノボロー じゃあ、ノックから。
トモヤ はい。
 
トモヤ、部屋を出る。
 
トモヤ (ドアを開けて)あの、女性役ですか?
ノボロー 男でいいよ。気持ち悪いから。
トモヤ 気持ち悪いからって、自分は……。(部屋 の外に出る)
 
ノック。ノボローは、陽気で愛想が良く、 きびきびとした雰囲気に変わる。
 
ノボロー カムイン!
トモヤ (部屋に入る)失礼します。
ノボロー おおっ、元気だった? 今日はまたビシ ッっと決めてるねぇ。似合うじゃない。
トモヤ (圧倒されながら)どうも……。
ノボロー (トモヤの背中に腕を回し)まぁ、座り なよ、トモヤ。
トモヤ はい。
ノボロー 先週決めたポジティブ・アプローチは実 践できたかな?
トモヤ (訳がわからず)え……?
ノボロー ポジティブ・アプローチだよ。先週決め たろ?「今週は、恋愛映画を3本観る」っ て。
トモヤ (必死で合わせて)あ、そうでした。
ノボロー どうだった?
トモヤ ええ、5本観ました。全部良かったです。
ノボロー それはすごいじゃないか。(ころっと戻っ て)ってな感じ。意気揚々とな。
トモヤ ポジティブ・アプローチってなんですか?
ノボロー いってみりゃプチ目標だね。受け身だと 人は変わらないだろ? 身近なところで目 標を設定させるんだ。
トモヤ なるほど。
ノボロー じゃあ、また逆でおれがノブコをやって、 さっきの続きね。
トモヤ う……。
 
内線電話が鳴る。ノボローが出る。
 
ノボロー ハロー。……。え?(時計を見る)いや、 あと30分あるでしょ。(驚いて)えー? なにやってるんですか、そういうところしっ かりやってくださいよ。もう来てるの?  わかりました。じゃあ、2分後に案内して。 (切る)悪い。研修は中止ね。
トモヤ (ほっとする)
ノボロー 本当は30分後なんだけど、ヤマダさん の連絡ミスで、新規会員がもう来ちゃった んだ。
トモヤ あ、そうなんですか。
ノボロー え〜っと、彼女用のファイルをどこに入 れたかな。急いで片づけよう。
トモヤ (コーヒーを片づけようとする)
ノボロー (それを見て)あ、いい。おれが持つか ら。これ持って(新規会員のファイルを渡 す)。
トモヤ はい……。
ノボロー (書類やコーヒーカップを持って)じゃ あ、その中に、申込書とか未記入のカルテ とか入ってるから。初めてのコンサルだか ら、あまり緊張させないように。
トモヤ ちょっと待ってください! ぼくがやるんで すか?
ノボロー そうだよ。お前が今日から担当する新規 会員。
トモヤ いやいやいや、聞いてませんって。まだ説明 も研修も途中じゃないですか!
ノボロー 大丈夫だって。なるようになるから。
トモヤ そんな無責任な! 初回は先輩がやってく ださいよ、ぼく見学しますから。
ノボロー だめだって。途中で変わる方がよくない。 大丈夫、初回だから、カルテにそって質問 して、どんな人間か見ればいい。自分はプ ロだと思って臨むんだぞ。堂々と、テンシ ョンあげて、陽気に。じゃ、グッドラック。 (ドアを開ける)
トモヤ いや、先輩ちょっと待ってください! 時 間は?
ノボロー (ドアの向こうで)30分。
トモヤ い〜〜? 参ったな。無茶苦茶だよ、あの人。
トモヤ、急いで申込書やマニュアルの中身 をチェックする。
ノック音。
 
トモヤ 来た。はい、どうぞ! ……じゃなかった、 カムイン!
 
ノリコが入ってくる。ノリコ(倉則子)は、 17歳の、通信制に通う高校生。暗くて 陰気でエネルギーがない。非常に弱々しい 印象。手首に包帯を巻いている。
 
トモヤ (精一杯陽気に)やぁ、はじめまして。ぼ くはトモヤ、よろしくね(引きつった顔で 笑みを作り、親指を立てたポーズをする)。
 
間。
 
トモヤ (動揺しながらも平常心を繕って)君は、 倉則子さんだね。これからよろしく、ノリ コ。
 
間。ノリコはたたずんでいる。
 
トモヤ (負けずに)さぁ、こっちに来てごらん。(ノ リコの腕をとったとき、手首の包帯に気づ いて一瞬硬直する)あ……! ごめんなさ い。(腕を放す)
 
間。どうしていいかわからず困るトモヤ。 ノリコは自分からゆっくりとイスに座る。
トモヤもぎこちなく座る。
 
トモヤ あの……普段はああじゃないんですよ。(苦 笑する。間)……じゃあ、早速始めましょ うね。ええっと、なにから……あ、(カルテ を探す)……あったあった(カルテを膝の 上に載せ、ペンを取り出す)
ノリコ (包帯を巻いた手首をさする)
トモヤ (ペンを落とす。慌てて取る)……それで はですね。これから最初のコンサルテーシ ョンを始めたいと思います。どうぞ、気を 楽にしてください。ええ……好きな食べ物 は?
 
間。ノリコはわずかに顔を上げる。
 
トモヤ あ、おかしいですよね、いきなりこんな質 問。「好きな芸能人は?」とか、合コンじ ゃないんだからね。(笑う)
 
間。ノリコはわずかに顔を下げる。
トモヤ、カルテをしまう。ちらっと、ドア
のほうを見る。マニュアルを取り出して開 く。思い出したような顔をする。
 
トモヤ 高校生なんだよね。じゃあ、彼氏はほしい 時期だよね。彼氏が出来たら、毎日楽し くなるね。ノリコはかわいいから絶対すぐ にできるよ。間違いない。
 
間。ノリコは更にうつむく。
    トモヤは、悔やむように、額に拳をあて、 首を小さく振る。マニュアルをしまう。
そのとき、ドアがゆっくりとわずかに開き、 ノボローが顔を出す。ノボローに気づくト モヤ。ノボローは顔を引っ込める。トモヤ は慌てて、ノボローを追いかける。ノボロ ーがドアノブを押さえているため、なかな か開かない。トモヤは力で部屋の外に出る。
セッションルーム(上手側)にノボローと トモヤが入ってくる。
 
ノボロー おい、なにやってんだよ、コンサルの途中 だろ?
トモヤ あのカルテもマニュアルも役に立たないんで すよ。
ノボロー そんなことないって、やり方が悪いんだ ろ?
トモヤ あの子、全然喋んないんですよ。どうした らいいと思いますか?
ノボロー 喋らないからって、そんなに焦るな。焦 る方がよくない。
トモヤ そうはいっても、いきなりで……。
ノボロー 向こうが喋るまで待てばいいんだよ。そ うすりゃ、こっちもコンサル回数が増えて 好都合だ。
トモヤ じゃあ、ずっとイスに座って待ってればいい んですか?
ノボロー ただ座ってるだけなら、なにもしてくれ ないと思ってすぐに辞めちゃうぞ。
トモヤ どうすればいいんですか? ぼく、こんな 状況初めてなんですよ。
ノボロー 心配するな。おれも初めてだ。
トモヤ え?
ノボロー よしっ。じゃあ、「天照大神作戦」で行 こう。
トモヤ なんですか、それ?
ノボロー 天の岩屋戸の話だよ。岩屋戸に閉じこも った太陽の神様を外に出そうと、歌とか踊 りで楽しく盛り上がってたら、気になって 出てきたってやつ。お前が楽しそうに振る 舞えば、向こうもお前に興味を持って話し てくれるようになるよ。
トモヤ 本当ですね?
ノボロー おれは恋愛のプロだぞ。
トモヤ とりあえずチャレンジします。
ノボロー がんばれ。
 
二人、部屋から出る。
トモヤ、コンサルルームに入る。一瞬立ち 止まって、考える。そして、イスの後ろに 立ち、ノリコと向き合う。 
 
トモヤ おれ、実家が高知でね、「よさこい」をよく 踊ったものだよ。(踊りながら)「高知の城 下に来てみんりゃ〜 じんばもばんばもよ う踊る〜」 
 
その瞬間、ノボローが耐えきれず笑いなが ら部屋に転がり込む。
 
ノボロー ぷあっはっはっはっーー!
トモヤ 先輩! なに笑ってんですか、あなたが指 示したんでしょ!
ノボロー いきなり「よさこい」踊り出すかよ!  ぱっはっはっ! 
トモヤ うわぁ、やるんじゃなかった! なんて人だ、 一生懸命やって損したよ!
ノボロー 悪かった、悪かったよ。
 
唖然と見ていたノリコがくすくす笑い出す。
 
ノボロー ほらっ、笑ってんじゃん。
トモヤ ホントだ。
ノボロー な、おれのいった通りだろ?
トモヤ 調子がいい……。
ノボロー よしっ、これでもう大丈夫だ。じゃあ、 あとしっかりな。
トモヤ はい。
 
ノボロー、部屋を出る。
 
トモヤ じゃあ、気を取り直して……(イスに座る) 始めようか?
ノリコ ……(うつむいている)。
トモヤ ……元に戻ってる……。
 
音楽。
 
 
   ■SCENE2
 
ミーティングルーム。中央に机が二脚並べ られた状態。その周りに、ノボロー、トモ ヤ、ヤマダが座っている。
 
トモヤ ……以上です。
ノボロー 結局、黙ったままか……。まぁ、焦るこ とはない。難しい年頃だし、時間かかるさ。トモヤ でも、思ったんですけど、彼女はなんのた めに、ここに来たんですかね? 彼氏がほ しいとかで申し込んだんなら、もっと喋っ てもいいものですよね。
ノボロー わからないな。ま、なにかを望んでここ に来たわけだから、なにか出来ることがあ るはずだ。それを探そう。 
トモヤ はい。
ノボロー 次に、ヤマダさんから入会状況について 報告をお願いします。
ヤマダ はい。ええっと……今日も入会者は0です。ノボロー 今日もっていわなくていいです。今日は でお願いします。
ヤマダ (どっちだっていいじゃないという顔)
ノボロー 入会者が少ない、また入会者がほとんど 女性ということに関して、早急に原因を見 つけて対応策を考えなければいけないと思 います。まず、部屋の内装のコンセプトが 統一されておらず、少し女性的なデザイン であることが問題あると考えられます。こ れはホームページのデザインにもいえること です。
ヤマダ 待ってください。それは批判じゃないです か? 不当に相手を非難・批判してはなら ないとマニュアルに書いてあるじゃないです か。
ノボロー 不当じゃありません。問題点を挙げてい るだけです。
ヤマダ でも、私がしたことについての文句じゃない ですか。
ノボロー あなたのしたことについて問題点があった ということです。
ヤマダ ああ、そうですか!
ノボロー ヤマダさん。そういうことでいちいちキレ られたら困るんですよ。善くするために失 敗はつきものです。それに対しては文句を いいません。
ヤマダ 入会者が少ないのは、まだ実績も知名度も ないからだと思いますよ。
ノボロー 確かにそれもあります。でも、それだけ ではありません。常に、あらゆる点におい て改善策を考えていかなくちゃいけないん です。
ヤマダ 結局、私が選んだものは全部問題だってい うんでしょ。
ノボロー ヤマダさん。
トモヤ まぁまぁ……、ぼくたちは仲間なんですか ら。感情的になって、いがみ合ったらいけ ませんよ。
ヤマダ そんなことありません。
ノボロー あるじゃないですか。
トモヤ まぁまぁ。ノボロー先輩は、社長ですし、 この会社を作った人ですから、基本的に決 定権は全てあると思うんですよ。だから、 ヤマダさんはノボロー先輩の指示には素直 に従わなくちゃいけないと思います。
ノボロー (うなづく)
ヤマダ (ぶすっとする)
ノボロー ええ……部屋の内装は、よりシンプルな デザインにします。それから、パンフレッ トも訂正が必要です。
ヤマダ なんでですか?
ノボロー (見せながら)ここの所、「貴女」って女 の字を使ってる。
ヤマダ あ。
ノボロー 忙しくてチェックが行き届かなかったぼく にも責任があります。
ヤマダ そうですね。
ノボロー (カチンときて)そうですねじゃなくて。
トモヤ まぁまぁ。
ノボロー あと、「貴方の魅力を引き出す 本当の 貴方を見つけられる 恋愛のことならおま かせ きっと貴女だけの恋人が見つかる  恋のエステティシャン Lovely Life」って 文章。やっぱりこんな文章があったら、な かなか男性は入ってこないだろうし、変な 勘違いをした人が入ってきたりすると思う んですよね。だから、パンフの原稿も全部 ぼくが直します。
トモヤ 大変じゃないですか? 手伝えることがあ ったらいってください。
ノボロー いいやつだお前は。でも、大丈夫。お前 が入ってくれたおかげで時間が取れるよう になったから。
トモヤ そうですか。
ノボロー しかし、早いとこ男性会員を増やさない となぁ。いざというときに誰も紹介できな い。下心を刺激するような広告を出せば、 いくらでも入るんだろうが、そんな会社に は絶対にしたくないからな。
トモヤ そこはこだわりなんですね。ビジネス主体 で考えたら、そっちのほうが儲かりそうで すけど。
ノボロー そうかもしれない。でも、いい加減な恋 愛で儲けたくはないんだ。恋愛は人生だと 思うし、おれにとって、恋愛は崇高なもの だからな。
トモヤ へぇ〜。
ヤマダ ノボローさんのお父様は、出会い系で知り 合った女性に騙されたんですよ。
ノボロー そんなこといわなくていいんですよ。
トモヤ 本当ですか?
ノボロー まぁ、それは本当だよ。お人好しのバカ 親父は、くだらない女に大金貢いで、自分 の会社も倒産させて、借金作って、なにも かも八つ当たりするようになって、挙げ句 の果てにまた出会い系の女と遊んで売春で 捕まりやがった。
トモヤ ええ〜?
ノボロー それだけじゃないよ。バカ親父は今度は 痴漢で捕まってさ、そのくせ冤罪裁判を起 こすなんていってんだ。誰が、裁判の金な んて作ってやるか。売春で前科のある男が 冤罪を訴えたところで誰が信じてくれるか っていうんだ。なぁ? 男の下心は醜い。 身を破滅させる。
 
沈黙。
 
ノボロー まぁ、そんな話はどうでもいいや。今日 のミーティングはおしまいっ! 明日も頑 張っていきましょう。お疲れ。
 
ノボロー、去る。
片づけをするヤマダ。
 
トモヤ ノボロー先輩って、いい加減に見えて、実 はすごい真面目ですよね。
ヤマダ いい加減よ。真面目なほどいい加減。
トモヤ ……。ごめんなさい、ちょっと意味がわか らないです。
ヤマダ 私もわからないわ。
トモヤ ……。ヤマダさんも不思議な人ですよね。
ヤマダ 私はただの厄介者よ。どうせ、すぐにクビ よ。
トモヤ そんな簡単にはクビにしないですよ。先輩 はあれで……
ヤマダ いいの。気休めはいいのよ。
トモヤ ヤマダさん……。
ヤマダ 私、娘と二人暮らしなの。
トモヤ そうなんですか……。
ヤマダ (悲しみをたたえ)だから、私がクビにな ったら……クビになったら……
トモヤ (動揺して)大丈夫ですよ、ヤマダさん。
ヤマダ 私の娘を代わりに入れてやるわ。
トモヤ ヤマダさん?
ヤマダ んふふふ。
 
不気味に笑いながら去るヤマダ。
トモヤ おれ……ここに入って本当によかったのか な?
 
音楽。
 
 
   ■SCENE3
 
ノボローがコンサルの準備をしている。
ノック音。
 
ノボロー カムイン!
 
アキが入ってくる。
アキ(藤島愛希)は、26歳、某服飾メ ーカーに勤務。高級志向が強く、自らの self-esteemを高めるためなら、服やアクセ サリーにいくらでも金を使う。
 
ノボロー (いつもの陽気なノリで)どうぞ、お待 ちしていましたよ。ここがコンサルティング ルームです。さぁ、どうぞ。(背中に軽く 手を回す)
アキ (立ち止まり)馴れ馴れしくしないで。
ノボロー (硬直する)
アキ (イスの前まで歩く)
ノボロー (紳士的な態度に変え)これはこれは失 礼しました。座ってください、レイディー。
 
二人、座る。
 
ノボロー 藤島愛希さんですね。洋服のセンスが素 晴らしいですね。
アキ この部屋のセンスはダサイわね。
ノボロー その通りですね。チャリティーに出す物 を一時的に置いているもので。どこかの服 飾メーカーにお勤めですか?
アキ (短い間)よくわかったわね、そうよ。
ノボロー そうですか、プロだと思いました。あな たのような方なら、男なんていくらでも出 来るんじゃないですか……?
アキ そう思うでしょ。よくいわれるの。でも、好 みのうるさい女なのよ、あたしは。
ノボロー そうなんですか……。
アキ ここは、現代人のためのっていってるぐらいだ から、いい男を紹介してくれそうだと思っ たの。
ノボロー (苦しそうに……)そうですか、ありが とうございます。では、理想の男性の条件 というのは……?
アキ そうね。リストにしてきたわ。
 
アキは、鞄から紙を取り出して渡す。その 紙は彼女の写真も貼ってあり、きれいにレ イアウトされている)
  
ノボロー どうも。……まるでプレゼンの資料です ね。ええっと……{基本条件}身長175 センチ以上。体重68キロ前後。髪型は金 髪。清潔感があり、容姿端麗。好きな食 べ物はチョコレート。好きな色はワインレ ッド。年収2000万以上。高級車所持。 中学・高校の部活はサッカー部。テニス部 可。野球部不可。一流大学卒。語学堪能。 ……基本条件でこんなにもですか?
アキ ええ。でも、多少の妥協はするわよ。例えば、 好きな食べ物はティラミスでもいいの。チ ャーハンとかいったら、完全にOUTだけど。
ノボロー ……。好きな色は赤でもいいんですよね?
アキ ……赤とはちょっと違うのよね。ワインレッ ドっていうのは、要するに大人っぽいイメ ージなの。
ノボロー ……。{補足}は、更に多いですね?  シャンプーのメーカーとか、携帯の機種と か、コーヒーより紅茶好きとか……。
アキ 好みにうるさいっていったでしょ?
ノボロー {性格的条件}で、「紳士的で貴族のよ うな細かい気配りができるいっぽう、野性 的で行動はおおざっぱ」ってありますけど、 これは相反することじゃないですか?  
アキ 全然。
ノボロー そうですか……。
アキ それと……重要なことだけど、一週間以内に その条件に見合う人を紹介してほしいの。ノボロー (驚いて)え? 一週間以内ですか?
アキ あたしね、一週間後に海外旅行に行くのよ。 三週間のヨーロッパ周遊。旅行に連れて行 く男がほしいってわけ。
ノボロー しかし、一週間というのは日数的に厳し いですよ……?
アキ どうして?
ノボロー いや、日数以前に……これは……。あの、 普通はですね。恋人を紹介するまでに、自 分を磨くセッションを行ったりしてですね ……
アキ 自分を磨く? 磨ききってるじゃない! あ たしはこれでも、服やアクセサリー、化粧 にネイルアート、エステにスポーツクラブ、 ありとあらゆる事に対して投資してきたの よ。わかる? そんなあたしに見合う人よ? それくらいの条件生ぬるいと思って。あん たもプロなら、顧客の要求に応えてみてよ。 さっきからモゴモゴいってばかりで。
ノボロー (カチンときて)それでは、はっきりと 明瞭明白にいいましょう。無理です。 
 
間。
 
アキ 無理ですって? 今あなた無理っていった?
ノボロー いいました。無理です。これほど膨大な 条件に見合う人はいません。あなたは妥協 しそうもないし、一週間という短い期間で、 探しあてるのは不可能です。
 
間。
 
アキ (鼻で笑って)所詮ちっぽけな会社よね。あ んたを見た瞬間、あ〜これは胡散臭いなぁ と思ったけどその通り。
ノボロー あなたになにがわかるんですか? 
アキ なにが恋のエステティシャンよ!
ノボロー はっきりいって、あなたのような理想と 現実の区別がつかない、ないものねだりの 他力本願の女性というのはね、生涯独身で 終わるんです。
アキ あなたになにがわかるの?
ノボロー もういいです。お引き取りください。(ド アを手で指す)
アキ こっちこそお断りよ。なんなの? せっかく見 つかったら謝礼は50万出そうと思ってた のに。
 
アキはリストに手を伸ばす。ノボローは、 リストがリストをつかむ。
 
ノボロー そういえば、その条件に近い会員がいた 気もするなぁ。あれ、誰だっただろう、ち ょっと調べてみないとわからないなぁ。50 万? 今、50万といいました?
アキ ええ。
ノボロー ちょっと情緒不安定気味で、すみません。
アキ ええ、あなたちょっと情緒不安定だったわ。
ノボロー 最大限の努力はして探します。しかし、 紹介してからも二、三度セッションを通し て会ってもらわなければいけませんが、大 丈夫ですか? 
アキ それは構わないわ。
ノボロー 確認のために聞きますが、旅行は先に延 ばせないんですね?
アキ 二人分のチケットとホテルを予約してあるの。 一週間で、見つかっても見つからなくても、 ここは退会します。
ノボロー わかりました。厳しい条件ですが、おま かせください。
アキ 期待してるから。
 
音楽。
 
 
   ■SCENE4
 
ミーティング・ルーム。
ノボロー、トモヤ、ヤマダがいる。
 
ノボロー (背中をストレッチしながら)そういう わけで、困ったもんだ。
トモヤ 困ったもんだって……先輩。
ヤマダ 男性の会員は、現在引きこもりと、オタク の二名だけですよ。
ノボロー わかってますよ。あいつらじゃ、話になら ない。せめて、あと数ヶ月先に来てくれた らなぁ。
ヤマダ 数ヶ月先に、仮に会員が100人に達して いたとしても、その条件では無理だと思い ますけど。
ノボロー わかってますよ。
トモヤ やっぱり無理だといったほうがいいんじゃな いですかね。 
ノボロー だけど50万だからな。無理だといえば そこでおしまい。可能性が少なくてもまだ 一週間ある。ポジティブに物を考えないと いけない。
ヤマダ で、どうするんですか?
ノボロー だからそれを考えるんですよ。
トモヤ ちょっとその紙を見せてください。(テーブ ルの、アキのリストを手に取る)
ノボロー なにか、いいアイディアがないかなぁ〜。トモヤ なんで、これだけの条件を……? 不思議 なもんですよねぇ。冷やかしとかじゃない ですかねぇ?
ノボロー 冷やかし?
トモヤ ほら、わざと無理な条件をつきつけてきた とか? 断ったとしても信用を落とすし、 誰かを紹 介したとしても、こんな条件違い の男を紹 介したって信用を落とすじゃない ですか?
ヤマダ たった一人で信用を落とすまでになります か?
トモヤ いや、噂として広まれば脅威ですよ。もし、 彼女が競争会社のスパイだとしたら、組織 的な力で週刊誌に記事を載せたりするでし ょう。そんなことになったら、どうします?
ノボロー (怒りを込めて)そうか、うちへの挑戦 というわけか……。
トモヤ あくまで推測ですが。
ノボロー ヤマダさん、彼女の身辺調査を。
ヤマダ はい。
ノボロー あの女……道理で態度が生意気だったわ けだ。
トモヤ 先輩、あくまで推測の話ですよ。
ノボロー わかってるって。あの女がスパイだったと しても、条件に見合う男を紹介できれば、 おれたちの勝ちだ。よしっ、ヤマダさんに 潜入捜査をしてもらっている間に、おれた ちはおれたちで足を使って、条件に合う男 性を探そう。 
トモヤ (驚いて)探すんですか?
ノボロー これから毎日空いた時間を使って、街に 出てスカウトをしよう。
トモヤ (驚いて)スカウトですか? 待ってくだ さい、新規会員をスカウトということです か?
ノボロー 入会させるのは困難だろう。ヨーロッパ 周遊で充分餌になるはずだから大丈夫。面 白くなってきたな。よしっ、そういうこと で今日のミーティング終了。
 
    ノボローとヤマダ、席を立つ。二人、言葉 を交わしながら去る。
 
トモヤ ……紹介できないことより問題だと思うけ どなぁ?
 
トモヤ、席を立つ。
 
音楽。
 
 
   ■SCENE5
 
セッションルームのドアをノリコが開ける。 誰もいないのを見て、静かにドアを閉める。
コンサルルームにノボローが入る。入った瞬 間立ち止まる。時計を見る。テーブルにフ ァイルを置き、イスに座る。しばらく経っ て、彼は立ち上がり部屋を出る。セッショ ンルームのドアを開け、中を覗く。誰もい ないのを確かめて、またコンサルルームに 戻り、イスに座る。だんだん落ち着きがな くなる。しばらくして、彼は電話を取り、 内線にかける。
 
ノボロー ハロー。ヤマダさん、これからコンサル入 ってるんでしょ? え? 聞いてない?  聞いてないじゃないでしょ、いったでしょ。 ぼくは聞きましたよ。いってないなら聞い てないでしょ。なんていったんですか。そん なこと聞いてませんよ。なにを聞いたんで すか。え? もうわけがわからない。…… なにいってるんです? そいつじゃないです よ。彼は引きこもりなんだから来るわけな いでしょ。一度だって来たことないんだか ら。彼じゃなくて、サトミ……遠藤里美の。 ……あなたが連絡を受けて、この時間に設 定したんでしょ? ……ええ……ええ…… はい……とりあえず、いいわけはいいので、 彼女の申込書を持って上にきてくれます?  はい、それじゃ。(受話器を置く)
 
呆れた表情で、イスに座る。
しばらくして、ヤマダがコンサルルームに。 コンサルルームのドアは開けっ放し。
 
ヤマダ これです。
ノボロー (申込書を見る)なにも書いてないです ねぇ。日時を聞いたとき、どこに書いたん ですか?
ヤマダ ちょっとそれが覚えてなくて……。
ノボロー 頼みますよ。スケジュール関連は、ホン トしっかりやってください。我々の混乱を 招くだけじゃなく、会員のみなさんにも迷 惑を掛けるわけですから。
ヤマダ 頭ではわかってるんですが……。
ノボロー 実践してください。どこに、メモを取っ たか思い出せませんか?
ヤマダ ええ……ちょっと……。
ノボロー もしかして、カンでぼくに時間を知らせ ました? 本当の時間がわからなかったら、 ぼくは彼女が来るまでどうすればいいんで すか?
ヤマダ 電話かけてみます。
ノボロー 電話して、彼女に聞くんですか? みっ ともない。
ヤマダ 確認の電話だといえば。
ノボロー 早くしてください。
ヤマダ はい。
 
ヤマダ、出ていこうとする。
 
ノボロー そこのでかければいいじゃないですか。
ヤマダ あ。
 
ヤマダ、申込書の電話番号を見ながら、電 話をかける。ノボローはイスに座り、眉間 をマッサージする。
このときノリコが、再びセッションルームの ドアを静かに開けて中に入る。セッション ルームのドアも開けっ放し。隣から聞こえ てくる次の台詞の声に気づき、立ち止まる。
 
ヤマダ (しばらくして)留守電です。
ノボロー (大きくため息をつく)
ヤマダ (すまなそうに)すみません。
ノボロー もう、なんでいつもこうなんですか!  あなたは、いつもぼくの足を引っ張ってば かりじゃないですか! スケジュールの管 理は事務の重要な仕事でしょ? 今の少な い人数でこんなミスばかりで、この先会員 が増えていったらどうするの?   
 
隣から聞こえてくる声に機敏に反応し、徐 々に怯えだすノリコ。
 
ノボロー これで、せっかくの会員が辞めたらどう するわけ? 入会者が少ない原因はあなた にもあるんだから、もっと努力をしてくだ さい。あなたの態度はね、会員が少ない分、 楽できるって態度なの。
ヤマダ そんな。
ノボロー 今日だって、受付で耳掃除してたでしょ。 人に見られたらどうするんだ! あなたは この会社の窓口になる人なんだ!
ヤマダ (ぶっきらぼうに)わかりました。
ノボロー わかってないじゃない。
ヤマダ 結局、私がみんな悪いんでしょ。
ノボロー 誰もそんなこといってないじゃないか!
ヤマダ いってます!
 
ノリコは、思い出す過去の記憶に完全に支 配され、精神は錯乱し始める。
 
ノボロー いついった?
ヤマダ 今、「原因はあなたにある」っていったじゃ ないですか。
ノボロー 「あなたにもある」っていったでしょ!  も〜、イライラするなぁ!(オブジェが目 に付き)こんなの早く持って帰ってよ!
 
オブジェを投げつける。ヤマダさんの脇を 抜け、壁に当たり大きな音が出る。瞬時に 頭を抱えるノリコ。ノリコの身体が震え始 める。
 
ヤマダ なんてことするんですか!
ノボロー あなたが早く持って帰らないからでし ょ! この前も、会員に「この部屋はダサ イ」っていわれて屈辱を味わったんだ。当 たり前だよ、こんな色を無視したわけのわ からないものを置くんだから!
ヤマダ 置いていいかは最初に聞いたじゃないです か! それでいいといったのはあなたです よ!
ノボロー 全部購入してしまったあとに聞いたじゃ ないか。なんでいちいち口答えするんだ、 本当にもう!
 
隣の部屋に、トモヤが現れる。
 
トモヤ (ノリコの後ろ姿しか見えず)あれ? も う来てたんだ。早いねー!
 
    近づくトモヤ、振り返るノリコ。ノリコは カッターを手首にあてている。
 
トモヤ うわーっ! ノリコちゃん、だめだよ!  (慌ててカッターと手首をつかむ)ちょっ と、誰か! 誰かー! 
 
トモヤの声に慌てて、ノボローとヤマダが かけつける。
 
ノボロー どうした?
トモヤ ノリコちゃんが! (カッターを見せて) これで!
ノボロー え? なんでだよ!
トモヤ わからないです! ぼくが部屋に入ったら ……!
ノボロー 大丈夫か?(ノリコを抱きかかえる)
ヤマダ イスに座らせて落ち着かせましょう。
ノボロー そのほうがいい。
 
ノリコをイスにしっかりと座らせる。
 
ノボロー よしよし。もう大丈夫だぞ。
トモヤ なんでこんなことに……。
ヤマダ ノリコちゃん、大丈夫?(ノリコの肩をさ する。
 
ノリコは落ち着きを取り戻し始める。
 
ノボロー トモヤはノリコとコンサルだったのか?
トモヤ はい。といっても、まだ20分も前ですが。
ノボロー 随分早くからノリコは来てたんだな。ヤ マダさん、いつ頃来てました?
ヤマダ 覚えていません。
ノボロー 覚えてない?
ヤマダ 知らなかったんです。気づかなかったみたい で……。  
ノボロー ……。ヤマダさん、ちょっとこっちへ。
 
ノボロー、部屋を出て、コンサルルームへ。 ヤマダもそのあとをついていく。
 
ノボロー ……ヤマダさん、だからいったでしょ。こ ういうことになるんですよ。あなたがちゃ んと受付をしていないから、来てることに 気づかなかったんでしょ? 彼女が早く来 てたのも、スケジュールの連絡ミスなんじ ゃないの?
ヤマダ ……かもしれません。
ノボロー (声を荒げて)自殺未遂起こしてるよう な子なんだから、一人にさせちゃいけない だろ! もし気づくのが遅れて、会社の中 で自殺しちゃったらどうするつもりなん だ! 誰が責任を取るんだ!
 
また、隣からの声に過剰な反応を示すノリ コ。慌てるトモヤ。声をかけて、肩を揺す ったりする。ノリコは、隣の部屋を指さし、 頭を押さえ、「あー! あー!」と声を出 す。
 
ノボロー  もういい加減にしてくれ! ただでさ え忙しいっていうのに、後から後からトラ ブルを作って……! もうわかってるんで しょうねぇ?
トモヤ どうしたの? 大丈夫?
ノリコ 聞こえる! パパ……ママ……!
トモヤ え? 違うよ、パパママじゃないよ!
ノリコ ケンカしてる! またケンカしてる!
 
トモヤ、はっとして、コンサルルームへ。
 
トモヤ 先輩、ヤマダさん、やめてください! 二 人がケンカしてることで彼女が怯えてるん です! 
ノボロー え?
トモヤ パパママっていってるんで、たぶん、なにか 家庭であったことを思い出してるんだと思 います。
 
ノボローとヤマダ、顔を見合わせる。
 
トモヤ とにかく、こっちに来てください!
 
三人、セッションルームへ。頭を抱えて、 苦しんでいるノリコ。
 
ノリコ ……やめて……ケンカやめて……
トモヤ ね?
ノボロー よくわからんが、なにかのトラウマが再 現してるみたいだな。
ヤマダ (ノリコを抱きしめ)大丈夫よ、ノリコち ゃん、大丈夫だから。
ノリコ ママ。
トモヤ ママ? ヤマダさんのことをママだと思って るんだ。
ノリコ ケンカしないで。
ヤマダ ケンカなんかしてないわよ、大丈夫。
ノリコ でも、パパ、怒ってる……。
トモヤ パパ(ノボローを見る)。
ノボロー なんでおれを見るんだよ。
トモヤ ヤマダさんがママなら、先輩はパパなんです よ。怒ってないっていってください。
ノボロー おいおい、ちょっと待ってくれよ。なんで おれがノリコのパパなんだよ。
ノリコ うわぁー!(泣く)
トモヤ ほら、そんなこというから泣いちゃった!
ヤマダ (ノボローを見て、嘆願するように)パパ!ノボロー いやいや。
トモヤ (ノリコにひどく同情し)パパ、ケンカし てないっていってあげてください。優しい言 葉をかけてあげてください、ノリコのため に。 
ヤマダ パパ、お願い。
ノボロー わかった、わかったよ。(優しく)ノリコ、 パパはなんにも怒ってないよぉ。パパたち全 然ケンカなんかしてないよぉ。
ノリコ 本当?
トモヤ 泣きやんだ。その調子です。
ノボロー (渋々続けて)本当だよ。パパとママ、 とっても仲良しだよ。
ヤマダ そうよ、ノリコちゃん。とっても仲良し。 ね、パパ?
ノボロー (一瞬嫌そうな顔をして)あ……うん、 そうだよ。
ノリコ よかった……。ケンカなんかしないよね?
ノボロー (しょうがなく)うん、パパたちは愛し 合ってるからね。
ノリコ ノリコのことも愛してる?
ヤマダ 愛してるわよ。
ノリコ じゃあ、ぎゅうってして。
ヤマダ はい、いいわよぉ、ぎゅう〜(抱きしめる)。
ノリコ (喜ぶ)パパもパパも。
ノボロー え? 
ノリコ 三人でぎゅう〜。
ノボロー なに?
トモヤ 三人でぎゅうですよ。
ノボロー え〜?
トモヤ (じれったく)パパ。
ヤマダ パパ。
ノボロー パパパパって……わかったよ、はい、ぎゅ う〜〜。
 
三人で抱き合う。幸せそうに微笑むノリコ。 涙ぐんでいるトモヤ。力が抜けて眠ってし まうノリコ。
 
ノボロー どうした?
ヤマダ 安心して力が抜けたみたい。
トモヤ よかった……本当によかった。
ヤマダ (抱きかかえたまま)しばらくこのまま寝 かしてあげましょう。
ノボロー (重荷が下りたという感じで離れて)参 ったね……。
トモヤ 先輩、素晴らしいパパぶりでしたよ。
ノボロー やめてくれよ。じゃあ、おれはサトミを 待たなくちゃいけないから、受付にいって るわ……。
ヤマダ 社長。……本当に申し訳ありませんでした。ノボロー ……いいんですよ。なんかもう、怒りの 気持ちも消えました。これから気をつけて ください……。
ヤマダ はい……。
 
ノボロー、去る。
 
トモヤ 寝ちゃいましたね。お疲れさまです。
ヤマダ うちの娘もね……夜中に怯えたりしたこと があったのよ。だから思い出しちゃった。 この子のご両親は、きっとケンカばかりし てたのね……。
トモヤ つらい思いをしてきたんでしょうね。これか ら、彼女のトラウマを癒していってあげな いと……。たぶん、誰か癒してくれる人を 求めて、ここに来たんだと思いますから。
ヤマダ そうね、きっとそうね……。
 
トモヤ、ノリコの頭を撫でる。
 
音楽。
 
 
   ■SCENE6
 
疲れた様子のノボロー。サトミとコンサル をしている。
 
サトミ どうかしたんですか? 今日は疲れてます けど?
ノボロー え、ホント? まずいなぁ。いや、いろい ろあってね。その点サトミは癒されるよ、 とっても普通で。
サトミ なんですか、それ?
ノボロー いや、普通で素朴で純粋で、奥手が悩み だなんてかわいらしいってこと。無菌室か ら出れば、絶対すぐに相手が見つかるよ。
サトミ だから、閉じこもってるわけじゃないですっ てば。
ノボロー けど、普段仕事で異常に清潔なところに いたら、汚れた街中に出るのは抵抗感ある んじゃないの?
サトミ 正直嫌ですね。アルコールウェットティッシ ュは手放せないですもん。(アルコールウェ ットティッシュを見せる)
ノボロー (驚いて)そこまで? じゃあ、男性と 手をつないだりできる?
サトミ ちょっとつらいですね。アルコール消毒して もらったら大丈夫だと思います。
ノボロー え〜? (おもむろに手で触ろうとする)
サトミ (イスから飛び上がって逃げ)いきなり、 なにをしようというんですか!
ノボロー 大げさだなぁ。(もう一度手を伸ばす)
サトミ (逃げて)やめてください!
ノボロー 本気で逃げてるの?
サトミ そうですよ。
 
間。
 
ノボロー じゃあ、アルコールウェットティッシュで 手を拭くよ。(サトミのウェットティッシュ を取り、丹念に手を拭く)これなら大丈 夫?(手でサトミの肩に触れる)
サトミ ……(縮こまり)大丈夫です。
ノボロー みたいだねぇ。サトミ、重大な事実がわ かったよ。君は奥手だっていってたけど、 奥手なんじゃないよ。潔癖性だ。
サトミ え……? 潔癖性と奥手は違うんですか?
ノボロー 奥手は精神的に隔たりがあること、潔癖 性は、身体的に隔たりがあることでしょ?
サトミ そうなんだぁ〜。24にもなって新発見で す。潔癖性は、恋愛にも影響しますよね?
ノボロー おそらく奥手以上に。
サトミ ああ、そんな……。じゃあ、もう一生男性 とおつきあいができないかもしれないですね ……。
ノボロー 男性と抵抗感なく接触できるようになら ないと、恋愛は難しいと思うよ。今みたい に逃げられたら、男性はもう寄ってこない よ。
サトミ ああ、それで……。なにかいい方法ありま すか?
ノボロー 「慣れること」「チャレンジしてみること」 の二つだろうね、思うに。強迫観念のよう なものだから、徐々にそれを振り払ってい く必要があるな。よしっ、それじゃあ、ち ょっと握手してみよう。手袋を取って。
サトミ え? 直にですか?
ノボロー そう。さっき手を拭いたから大丈夫でし ょ? さぁ、手袋を外して。
サトミ いや、でも……わかりました。(手袋を外 す)
 
ノボロー手を差し出す。サトミも恐る恐る 手を差し出す。
 
ノボロー 中学生のフォークダンスじゃないんだか ら。
 
ノボローがサトミの手を握る。
 
サトミ ひぃ!(過剰に反応する)
ノボロー 大げさだなぁ。ま、クリアね。(手を放 して)じゃあ目をつぶって。
サトミ え? 目をつぶるんですか?(恐る恐る目 をつぶる)
ノボロー (頭をガシガシかく)はい、目を開けて。 さぁ、手を握ってみよう。
サトミ 今、なにかしました?
ノボロー いや、なにも。
サトミ したでしょ、絶対!
ノボロー そんなことないって。
 
ノボロー、サトミの手を握ろうとする。声 をあげて逃げるサトミ。
そのとき、ドアが開き、イライラした様子 のアキが現れる。
 
アキ ちょっといつになったら……(二人を見て硬 直)
ノボロー 少しぐらい、大丈夫だって。ちょっと触 るだけだから。(追いかける)あ。(アキと 目が合う。硬直)
アキ ……いやー! 最低! なにやってんの!(ゴ ミ箱を持って、ノボローに殴りかかる)
ノボロー 違うんですって! これはセッション、セ ッションです!
アキ (止まり、ゴミ箱を構えたまま)セッション ……? なんのセッションよ。
ノボロー 彼女が潔癖性だから……。アルコール消 毒しないと触れることもできないんですよ。 それを克服するためのセッションです。
アキ なにそれ? 本当? (ツカツカとサトミの 前に行き、サトミの手を握る)
サトミ ……。
アキ ……なんともないじゃない。
ノボロー おかしいな? きっと手がきれいなんだ。
アキ (考える。テーブルのウェットティッシュを見 る。ウェットティッシュを指さし)あとで 貸してね。(ゴミ箱に手を入れる。まさぐ る。手を取り出す。そして、再びサトミの 手を握る)
サトミ ……。
アキ ……なんともないじゃない。
ノボロー おかしいっ! そんなはずはない!
アキ あんた、この子にセクハラしようとしてたんじ ゃないの? 
ノボロー そんなまさか!
サトミ あの、違うんです。ノボローさんは、確か に潔癖性の克服のために触れようとしたん だと思います。
ノボロー もちろんですよ! だから、今のは記事 になんかしないでください。
アキ (アルコールウェットティッシュ数枚取って、 肘まで手を拭きながら)記事? なんの 話してんの? 潔癖性じゃないじゃない。
さぁ、どう説明してくれるの?
サトミ あの……わたしの場合男性に対してだけみ たいです。抵抗感があるのが。
ノボロー え? でもさっきは……
サトミ さっきは服の上からだったですし……我慢 しました。
ノボロー じゃあ、サトミ、君は潔癖性というより もむしろ、男性恐怖症だ。
サトミ え? 男性恐怖症は奥手や潔癖性とは違う んですか?
ノボロー ちょっと質が違うね。
サトミ 男性恐怖症は恋愛にも影響……
ノボロー ものすごくするね……。
サトミ ああ、もうだめ。わたしの人生返して。
アキ 男性恐怖症だって今気づいたのこの人?
ノボロー そうみたいですね。
アキ 普通、恐怖症になるならなるできっかけにな ったこととかあるでしょ? (ノボローを 指さして)こんなようなヒゲの濃い男にレ イプされたとか。
ノボロー ひどい言い方だ! だいたい、あなたは なにしに来たんです!
アキ 紹介はいつになるって話よ。あたしはずっと待 ってんの!
サトミ (思い出して)あー、あります!
 
間。
 
ノボロー あるの?
サトミ はい……あります。小さい頃に……。
アキ あら、可哀想に……。じゃあ、そのトラウマ ね。
ノボロー サトミ、君もか……!(こめかみを押さ える)
サトミ トラウマってどういうことですか? 奥手 や潔癖性や男性恐怖症とは違うんですか?
ノボロー 違うというか……全ての原因はそのトラ ウマにあるんだよ。一番克服困難。
サトミ ああ……わたしもうダメです……
ノボロー なんか頭がくらくらしてきた……。
 
二人、頭を押さえる。サトミ、卒倒しそう になりながら部屋を出ていく。
 
ノボロー あ、サトミ……(追いかけようとするが、 力が抜け、その場で大きくため息をつく)
アキ (戸口で、ふらふらと去っていくサトミを見 送る。そしてノボローの背中に)あんたも 大変だね。元気出しなよ。それと、紹介の 件明日までによろしくね。
 
アキ、出ていく。
 
ノボロー (半泣き状態で)ああ、なんかもう、お れの会社めちゃくちゃだな……。(絶望的 な表情で)普通の恋愛相談がしたい……。
 
音楽。
    暗転。
 
 
 
 
 
 
 
ACT Two
 
   ■SCENE7
 
内装がシンプルで洗練された「Lovely Life」。 ヤマダさんが持ってきたオブジェやクッショ ンなどは全てなくなっている。
トモヤはコンサルルームで心理学の本を読 んでいる。
(紙袋を持った)ノボローが汗を拭きなが ら部屋に入る。
 
ノボロー 営業から戻りました〜。
トモヤ (ノボローに気づいて)あ、お帰りなさい。 どうでした?
ノボロー ダメ。とりあえず少し休ませて。(紙袋 を置いて、缶コーヒーを飲む)
トモヤ やっぱり無理ですよ。条件がめちゃくちゃ ですもん。
ノボロー 確かに。食いつきはいいんだよ。だけど、 話を聞くととてもとても条件には合わない ね。
トモヤ そうですよね〜。「外ではクールだが、わた しの前では天真爛漫な笑顔を見せられる」 とか、「お金に対して執着心はないが、お 金持ちで羽振りがいい」とか、「〜だが、 ……」っていうのが多くないですか?
ノボロー (激しく同意して)そう! そう! 逆 接の接続詞を使うなって!
トモヤ ギャップに惚れるっていう女性は多いけど。
ノボロー 多いね。そうはいっても、男だって「童 顔だけど巨乳」とかに弱かったりするじゃ ん。
トモヤ あはは。先輩、本当に疲れてるや。
ノボロー ペンで書いたらその通りの人物が現れる 魔法の紙ないかな? 
トモヤ 現実逃避なんてらしくないですよ。ほら、 先輩も勉強しましょうよ。たくさん本買っ てきましたから。
ノボロー なにそれ?
トモヤ 心理学・精神医学の本ですよ。見てくださ い。フロイト・ユング、アダルト・チルド レン、トラウマ……
ノボロー 見たくない。うちは恋愛相談の会社だぞ。 現代の若者のためのお洒落な恋愛相談の会 社だぞ。なんで、そんな本読まなきゃいけ ないんだ!
トモヤ 先輩。現実逃避はダメですって。会員に悩 みを持った人がいる以上しょうがないです よ。この前のパパはとてもよかったじゃない ですか。 ぼく感動しましたもん。
ノボロー なんで28歳の若さで他人の子のパパに ならないといけないんだよ。
トモヤ いいじゃないですか、それで人助けが出来 るんですから。またパパになってくださいよ。ノボロー また? 冗談だろ? 
トモヤ 本気ですよ。こういうのは一回や二回じゃ ダメなんですって。長期的に粘り強く取り 組んでいかないとトラウマは克服できない んです。
ノボロー なぁ? ここは精神病院じゃないんだ ぞ? おれたちは精神科医じゃない。プロ に任せないか?
トモヤ  ダメですよ、なにいってるんですか! い いですか? 彼女らが精神病院じゃなく、 ここを選んだという意味を考えてください。 我々に救いを求めているんです。我々に使 命があるんです。
ノボロー おいおい、人助けをやってるんじゃないん だ。ビジネスをやっているんだ!
トモヤ 人助けのビジネスでしょ! 先輩、これは ヒーリングのビジネスだっていったじゃない ですか!
ノボロー いったけど、あの二人は重症過ぎる!
トモヤ ……見損ないましたよ、先輩!
 
沈黙。
 
トモヤ ……退会させるんですか?
ノボロー いや……。退会させてもメリットにはな らない。長期的なケアが必要なら必要でい い。セッションの回数を稼げる。あんな連 中でもやっていくしかないだろ。
 
沈黙。
 
トモヤ 先輩は素晴らしいことをしてると思います よ。そんなビジネスライクにならなくても いいじゃないですか。先輩がいったように、 心と心の通い合うケアをしていきましょう。ノボロー おれが目指しているのは心理カウンセラ ーじゃないんだよ。
トモヤ それは、わかってますけど……。
ノボロー 臨機応変に対応はしていく。だけど、あ くまで臨機だ。おれのビジョンを曲げるつ もりはない。それに、最終的には金だ。サ トミとノリコより、大事なのはアキのほう だ。
トモヤ なにをいってるんですか、あんなワガママな 女こそ退会させたらいいんですよ!
ノボロー (トモヤの胸ぐらをつかみ)お前、お人 好しと変な正義感はおれの親父と似ている よ。だけど、覚えとけ。きれいごとじゃ、 世の中渡っていけないんだよ。
トモヤ ……。
ノボロー スパイだという可能性も拭えてないんだ。
トモヤ ……え? あの話本気にしてたんですか?
ノボロー お前が言い出しといてその言い方はなん だ(トモヤの首を絞める)。まぁ、いい。 今日は許そう。 
トモヤ なんですか、いったい?
 
ノボロー、紙袋を取り、その中から包装紙 で包まれたものを取り出し、トモヤの前に 置く。 
 
トモヤ ……なんですか、これは?
ノボロー 開けてみな。
トモヤ プレゼントですか?
ノボロー 入社おめでとう。
トモヤ え? やだなぁ。ホントですか? そんな のいいのに。(包装紙を取る)あ、ネクタ イだ。いいんですか? ありがとうござい ます。
ノボロー してみなよ。いい色だろ?
トモヤ はい。嬉しいなぁ〜。
 
ノボローは、トモヤがネクタイを締めるの を手伝う。トモヤ、ワインレッドのネクタ イを締める。
 
トモヤ どうですか?
ノボロー うん、似合うよ。イメージが沸いてくる。 じゃあ、プレゼント第二弾。(紙袋を置く)
トモヤ え? なんですか? 先輩、今日気持ち悪 いですよ〜。
 
トモヤ、紙袋の中から、金髪のカツラを取 り出す。
 
トモヤ ……金髪?
ノボロー 金髪。
トモヤ え? 
ノボロー かぶってみなよ。
トモヤ どういう冗談ですか?
ノボロー 条件のリストは頭に入ってるよな?
トモヤ もしかして?
ノボロー 気づいた? うん、探しても見つからな いならさ、その条件の人物になればいいっ てことだ。トモヤ、お前がアキのパートナ ーになれ。
トモヤ えーー! なにいってるんですか! 嫌で すよ!
ノボロー 最終手段なんだ、これ以外に方法はない。 お前しかいないんだよ。
トモヤ ちょっと待ってくださいよー!
ノボロー うまくいきゃ、三週間のヨーロッパ周遊 に行けるんだぞ? それを会社が許可して やるっていってるんだ。喜べ! 
トモヤ 喜べますか!
ノボロー 旅行から帰ってくれば別れていいから。
トモヤ 三週間もごまかせるわけないじゃないです か! 騙しながら旅行したって苦痛なだけ ですよ!
ノボロー 大丈夫だって! ポジティブに行こう。 な? おれだって、パパになったんだ。お 前も彼氏役くらいやれ!
トモヤ 無茶苦茶な説得だ!
 
内線電話が鳴る。
 
ノボロー お。もうこんな時間か。早く、カツラ。
トモヤ まさか……いくらなんでも……
ノボロー ハロー。はい、アキが来たのね。OK。
トモヤ 先輩!
ノボロー アキが来たって。
トモヤ なんでそういうことを早くいわないんです か!
ノボロー お前が余計な話するからだよ。じゃ、セ ッションルームに通してください。(電話を 切る)お前はここで待機してて。あくまで もお前はここの会員で、紹介されるという 立場だからな。ほら、名札を外して。絶対 にここの社員だとばれちゃいけないからな。
それじゃ、頑張って。
 
ノボロー、部屋を出て、隣のセッションル ームへ。
 
トモヤ 頭おかしいんじゃないの〜? 急げ、急げ。
 
トモヤは名札を外し、カツラをつけ、急い で条件のリストを見直す。
セッションルームがノックされる。
 
ノボロー カムイン!
 
アキが入る。
 
アキ そのカムインっていうのなんとかならないの? あたしの相手、見つかったんでしょうね。
ノボロー ええ、見つかりましたよ。苦労しました。アキ 本当に見つかったの?
ノボロー もちろんですよ。自信があります。
アキ ふ〜ん。ああ、そう。じゃあ、早速紹介して もらえるのかしら。旅立つのはもう明後日 よ。
ノボロー 既に隣で待機してます。きっと、お気に 召すと思います。じゃあ、こちらへどうぞ。 (ドアのところへ)
アキ (行こうとして)ちょっと待って。……心の 準備が。隣の部屋のドアを開けたら、そこ にあたしの理想の……(イメージする)
ノボロー そう理想の……(一緒にイメージする)
アキ なんであんたまでイメージするの? あ!  あんたのせいで昨日のいやらしい光景が蘇 ってきちゃったじゃない!
ノボロー そんなの早く忘れてください。
アキ あれがトラウマになったらどうしよう。
ノボロー そんなことより、あなたの運命の人が待 っているんですよ!
アキ そうよ、そうそう。
ノボロー じゃあ、案内しますよ。
 
ノボローとアキ、コンサルルームのほうへ回 る。コンサルルームがノックされ、ノボロー が入ってくる。ひどく緊張した様子で、ア キを迎えるトモヤ。アキはまるで上流階級 の淑女のようである。
 
ノボロー こちらが、あなたにご紹介いたしますト モ……ナリさんです。
トモヤ (動揺する)
ノボロー トモナリさん、こちらがアキさんです。
アキ よろしく。(恭しく手を差し出す)
トモヤ トモナリです。よろしくお願いします。(握 手する)
ノボロー じゃあ、座ってください。ぼくもイスを 持ってきます。
 
アキはずっとトモヤを凝視している。その 視線に戸惑いながらも自然さを繕うトモ ヤ。トモヤは思い出したように突然アキの 背後に回り、イスを引いてやる。
 
アキ どうも。
トモヤ (イスに座る)
 
ノボローがセッションルームからイスを持っ てきて座るまで、アキはトモヤを凝視して いる。
 
ノボロー (心配そうに)なにか……?
アキ 緊張してらっしゃるのね。
ノボロー ええ、きれいな人を目の前にして緊張し ているんでしょう。リラックス(トモヤの 背中をドンと叩く)。
トモヤ (その衝撃に驚いてとっさにカツラを押さ える)
アキ おかしな人。背中を叩かれたのに、頭を押さ えるなんて。
ノボロー (しまったという顔)
トモヤ (ノボローを責めるような顔)
アキ いい色ね。そのネクタイ。
トモヤ ええ、ワインレッドが好きなもので。
アキ そうなの。奇遇ね、あたしもそう。
トモヤ ああ、そうですか。
アキ ワインレッドが好きな人って、ワインも好き なのよね。どの銘柄がお好き?
トモヤ え?(驚く)
ノボロー (慌てて、条件のリストを見る)
トモヤ そうですね……(助けを求めるアイコンタ クト)
ノボロー (わからないというアイコンタクト)
トモヤ (恐る恐る)ナポレ……オン?
アキ ナポレオン。あ〜、あたしも好き。
トモヤ (ほっとする)
アキ でもナポレオンはブランデーよね。
ノボロー (短い間)まぁ似たようなもんじゃない ですか。
アキ ちょっと痩せ形でらっしゃるようだけど……体 重はおいくつ?
トモヤ え?(戸惑う)
ノボロー (しまったという顔)
トモヤ  66、7キロくらいですね。
アキ (意外そうに)そう?
トモヤ たぶん……。骨が太いんですね。
ノボロー そう、骨が太い。それと着やせするんで す。
アキ 着やせ……。どうして知ってるんですか?
ノボロー え? あ、さっき本人がいってました。
アキ ああ。
 
間。
 
ノボロー 彼はロンドン大学卒なんですよ。
アキ あら、それはすごい。なにを勉強してらした の?
トモヤ え〜っと、あの、MBAです。
アキ MBA。じゃあ、一流のビジネスマンね。
ノボロー 年収は2000万を超えています。
アキ でも、経営のスペシャリストっていうことは、 お金にはうるさい方? 
ノボロー (トモヤの足を踏む)
トモヤ いや、全然お金には執着がなくて、ただ仕 事が好きなだけなんですよ。
アキ そう。よかった。あたし、お金のことばかり 考えてる人ってダメなの。
トモヤ (ついノボローを見て)そうですか。
アキ でもそんなに忙しい方じゃ、ヨーロッパ旅行 は無理でしょうね、残念だけど。
ノボロー (怒りを込めてトモヤの足を踏みにじる)
トモヤ いや、でも辞めてしまいました。
アキ え? 仕事をですか? MBAまで取って?
トモヤ ええ、辞めてしまいました。充分自分を試 せましたし、もっと大きな事にチャレンジ してもいいかなと。 
アキ (驚いた表情)
ノボロー・トモヤ (アキの反応を気にする)
アキ 素敵。そういう、おおざっぱな所って男らし いわ。 
ノボロー (喜ぶ)どうですか?
アキ とても素敵な方ね。
トモヤ (ほっとする)
ノボロー よかった〜。(トモヤに)どうですか?
トモヤ ええ、この上ないです。
アキ ありがとう。
ノボロー それでは、カップル・ファーストステージ 成立となります。 今後はパートナー同士 でのセッションが組み込まれます。明日に でももう一度お会いできる機会を作りま す。それでは、邪魔者は消えるとして、あ とは時間までゆっくりとご歓談ください。
 
ノボロー、「大丈夫だ」というアイコンタク トを送り、立ち去ろうとする。
 
アキ ねぇ、トモナリさん、お好きな食べ物は?
トモヤ (安心感から油断して)チャーハンです。
アキ チャーハン?(顔色が変わる)
 
怒りを込めて振り返るノボロー。口を押さ えるトモヤ。
 
音楽。
 
 
   ■SCENE8
 
「Lovely Life」内、廊下のイス。
ノリコとサトミが並んで座っている。社交 的でない二人のためよそよそしい雰囲気だ が、なにか通じ合っているのがわかる。
 
サトミ ……コンサルをお待ちですか?
ノリコ ……はい。
サトミ わたしも五時からなんです。
ノリコ わたしも五時からです。
サトミ そうですか……同じですね。
 
沈黙。
 
サトミ もしかして、高校生ですか?
ノリコ ……はい。
サトミ ……日が長くなってきましたね。(ぼ〜っと 外を見る)
ノリコ そうですね……。(ぼ〜っと外を見る)
 
長い沈黙。
 
サトミ は〜、なんか顔合わせづらいなぁ〜。
 
間。
 
ノリコ ……どうしてですか?
サトミ ちょっとこの前失敗しちゃって……。
ノリコ  ……失敗? わたしもこの前失敗しちゃい ました。
サトミ へぇ〜、そうなんだぁ。
ノリコ どんな失敗しちゃったんですか?
サトミ ちょっと、気が動転して、コンサルの途中 で帰ってしまって……。もう一度相談をお 願いしようと思って、今日予約入れたんで すよ。
ノリコ あ……。
 
間。
 
サトミ どんな失敗しちゃったんですか?
ノリコ ちょっと、意識が飛んじゃって……。
サトミ 意識が飛んじゃったんですか……大変です ね。
ノリコ そうですね……。
 
間。
 
サトミ ……わたし、トラウマ持ちみたいなんです よぉ。
 
間。
 
ノリコ ……わたしも。
サトミ あ、あなたもなんだ〜。そっかぁ、世の中、 トラウマを持ってる人っているもんなんで すね〜。なんかほっとしてしまいました
ノリコ わたしも……。
 
沈黙。
 
サトミ すいませんお名前うかがっていいですか?
ノリコ ノリコです……。
サトミ ノリコちゃん。わたしはサトミです。よろ しく。
ノリコ (お辞儀をする)
サトミ はぁ〜。トラウマってなんなんだろうなぁ。
わたし、薬剤師なのでいつも他人のために バンバン精神安定剤出してるんですよぉ。 でも、昨日自分の症状が思ったより重いん だってわかったら、無意識にこんなにとっ て来ちゃいました。(カバンから手づかみで 精神安定剤を出して見せる)
ノリコ いいんですか?
サトミ いります?
ノリコ あ、いいです……。
サトミ 冗談ですよ。処方箋もなく薬渡してたら薬 事法違反ですよね (ちょっと笑う)。
ノリコ ……落ち着くもんですか?
サトミ 薬によって強さとかタイプが違いますけど ね。病院には、いってないんですか?
ノリコ 病院は……苦手だから。
サトミ そうなんですか?
ノリコ よく……ママが病院に連れて行かれてたか ら。
サトミ ママは病気?
ノリコ (間があってうなずく)
 
沈黙。
 
サトミ はぁ〜あ。わたしもいい人と巡り会って、 結婚したいのになぁ。ノリコちゃんは…… 結婚したいですか?
ノリコ 今ですか?(首を振る)
サトミ 高校生ですもんね。彼氏はほしいですか?
ノリコ (照れて首を傾げる。けどうなずく)
サトミ やっぱり、そうですよね〜。
 
沈黙。
 
サトミ もうそろそろかな?(時計を見る)もう中 に入りますか?
ノリコ そうですね。
サトミ じゃ、また。
 
ノリコは上手側のドア、サトミは下手側の ドアを開けて中に入る。
 
 
   ■SCENE9
 
裏口。ドアを開けて、後ろを気にしながら 逃げていくヤマダ。
血相を変えて飛び出してくるノボロー。後 ろから、押さえようとするトモヤ。
 
ノボロー あの女、今度こそぶっ殺してやる!
トモヤ 落ち着いて、先輩!
ノボロー もう我慢できねー、す巻きにして、川に 放り投げてやる!
トモヤ 大きな声出さないでください、誰かに聞こ えます……!
ノボロー おれを止めるな! 行かせろ!
トモヤ 無駄です、もう逃げました!
ノボロー おれの足なら追いつく!
トモヤ ダメですって、もう時間になります!
ノボロー くそぉ! クビだ! もうクビだー!
 
ノボロー、地面に倒れる。
トモヤ 今は、どう乗り越えるか考えましょう。ぼ くは、ノリコちゃんかサトミさんに時間を ずらしてもらえばいいと思います。
ノボロー ダメだ、あの二人はなにをしでかすかわ からない。特にノリコはリストカットしよ うとしたんだぞ。
トモヤ じゃあ、アキは?
ノボロー アキを待たせるなんて、そんな恐いこと できるか!
トモヤ そうですよね。
ノボロー それに少ない会員だ、こんなことで信用 落として辞められたら会社が潰れる。
トモヤ そんなこといっても、三人相手に、こっち は二人ですよ。
ノボロー くそっ、あの女、どうやったらトリプル ブッキングなんてできるんだ! 
トモヤ ぼく、本を読んでて思ったんですけど、ヤ マダさんって健忘症じゃないですかね?
ノボロー なにそれ?
トモヤ 物忘れが激しい精神病の一つです。
ノボロー ここは精神病棟か!
トモヤ そんなこといわないでください。コミュニケ ーション不足とか、コンピューター化によ る脳の機能の低下とか、理由があってそう なってしまうんですから。 
ノボロー お前、なんでそんなに詳しくなってきて るんだ、お前は恋愛相談のコンサルタント だぞ!
トモヤ それよりあと2分です!
ノボロー ポジティブに考えよう。(言い聞かせるよ うに)これは試練だ。この試練を乗り越え れば、おれたちはまた一つ成長できる。三 人を三カ所に分けよう。お前は、アキとノ リコを。おれはサトミを担当する。
トモヤ 先輩はあとノリコちゃんもです。
ノボロー なんで?
トモヤ パパになってくれるって約束ですよ。
ノボロー (痛恨の表情で)そうか! じゃあ、お れはノリコとサトミを交互に。お互い、ど うしても助けが必要な場合は携帯で合図を 送ろう。
トモヤ はい。
ノボロー よし、急がないとな。おれは着替えもあ るんだ。 
トモヤ あと、先輩、これ(ポケットからつけヒゲ を取り出す)。
ノボロー なんだこれは?
トモヤ ヒゲです。
ノボロー いや、そうじゃなくて、なんのために?
トモヤ この前聞いたら、ノリコちゃんのパパは口ひ げをたくわえていたようで。これをつけて 触らせてあげてください。
ノボロー いいよ、そんなの。
トモヤ ぼくはカツラをかぶるんですよ!
ノボロー そんな説得ありかよ! (ヒゲを取って) もういい、行くぞ!
 
二人、ビルの中に入る。
 
音楽。
 
 
   ■SCENE10
コンサルルームにはノリコ。セッションルー ムにはサトミが座っている。中央奥は、別 室になるが、赤いイスに座ってアキがいる。 アキのいる部屋の出入り口は上手の袖にあ るとする。以上三つのエリアは、照明によ って分けられる。このシーンは三エリアと も全て同時進行するが、サブになるエリア は照明が弱くなる。
 
トモヤがサトミの部屋に行く。
 
トモヤ こんにちはー。
サトミ こんにちは。あれ?
トモヤ ノボローさんですけど、準備があるみたい なので、もう少々待ってもらえますか?
サトミ あ、はい。わかりました。
 
トモヤ、サトミの部屋を出て、ノリコの部 屋に。
 
トモヤ こんにちはー。
ノリコ (振り向く)
トモヤ 今日の気分はどう?(ファイルをテーブル に置き、イスに座る)
ノリコ (お辞儀をする)
トモヤ 悪くない? 顔色はいいもんね。
ノリコ (小さくうなずく)
トモヤ この前は、ごめんね。つらい状態だったろ うに、パパのこととか、ママのこととか色 々質問しちゃって。でもおかげで、ノリコ ちゃんのことがちょっとわかってきたよ。こ れからは、いいたくないことは無理してい わなくていいからね。喋りたくなったら、 喋ればいいから。
ノリコ (うなずく)
トモヤ (ファイルの報告書に日付を記入し始める)
 
アキの部屋。ノボローが、アキのために、 紅茶を入れてくる。
 
ノボロー 紅茶です。
アキ トモナリさんはまだなの?
ノボロー もうしばらくだと思います。
トモヤ (手をおいて)そういえば、お隣のサトミ さんには会った? 
ノリコ (うなずく)
トモヤ あ、そうなんだ。なにかお話しできた?
ノリコ (うなずく)
トモヤ へぇ〜、どんなこと話したの?
ノリコ ……(ちょっと首を傾げる)。
アキ (紅茶を飲んで)まずい。率直に言って、ま ずい。
ノボロー (拳を握りつつ)すみません、お口に合 う物がなくて。
アキ もういいわ、これ。(紅茶を返す)
ノボロー そうですか。(紅茶を戻しに行く) 
トモヤ (少しじれて)挨拶程度かな?
ノリコ ……(ちょっと首を傾げる)
 
沈黙。
ノボローが脇でトモヤに電話をかける。
 
トモヤ (バイブに気づき)お、ちょっと待ってね。 (少し離れて電話に出る)もしもし。
ノボロー もうダメ、こっちに来て。
トモヤ え? こっちはまだ話のとっかかりのところ ですよ。頑張ってくださいよ。
ノボロー 無理。おれ苦手なんだよ。
アキ (席を立って、歩き始める)
ノボロー やばい。立ち上がった。とにかく今すぐ。
トモヤ わかりました。(電話を切る。ノリコの所に 戻って)ちょっとごめん。大事な書類を置 いて来ちゃった。ホント悪いんだけど、す こ〜し待っててもらえるかな?
ノリコ (え?という顔をする)
トモヤ すぐ戻ってくるから。
 
トモヤ、部屋を出る。
ノボロー、アキの所に行き。
 
ノボロー すぐ来ると思いますので。
アキ ねぇ、この待っている時間も料金に入ってる の?
ノボロー え? いや、これは……申し訳ないんで すが……。
アキ (ため息をついて)急いできて損しちゃった。 なんで、あたしたちは、上の部屋じゃない の?
ノボロー 今、壁紙を張り替えている最中なんです。
アキ そうなの? ……デザインは前と比べてまし になってきたわ。
ノボロー ありがとうございます。
 
短い間。
 
アキ どんな壁紙にするの? 見せてもらっていい?
ノボロー いやいやいや! もう来ますので。
 
トモヤ、名札を外し、金髪のカツラをかぶ って登場。
 
トモヤ どうもすみません。遅くなって。
アキ あら、トモナリさん。いいのよ。
ノボロー ようこそお待ちしていました。きっと渋 滞に巻き込まれてしまったんでしょう?  スポーツカーも渋滞には為す術ないですね。
トモヤ ええ、そうなんです……。
アキ どんな車に乗ってらっしゃるの?
トモヤ え〜、ポルシェです。
アキ 素敵。今度乗せていただける?
トモヤ そうですね。旅行から帰ってきたときに でも。あ、ぼくのイスは?(振り返る)
 
ノボローは既に部屋を出ている。
 
トモヤ ……まぁ、イスがなければ立って話せば いいことです。
アキ でも……
トモヤ どうってことありません。高校時代はキ ーパーをしていたので。
アキ まぁ、サッカー部だったのね。
トモヤ はい。この壁がゴールポストだと思って寄 りかかっていますよ。
アキ トモナリさんって、なにからなにまであたしの 好みと一緒。運命を感じるわ。
トモヤ 光栄です。
 
サトミの部屋。
サトミは立って、目の前に男性をイメージ している。照れながらも目の前の男性と手 をつなぐ。まるでデートをしているように、 部屋の中をゆっくりと歩く。男性にソフト クリームを買ってもらったようで、幸せそ うになめる。
そのとき、ノボローが白衣に、手袋をし、 サトミのファイルを持って登場。
 
ノボロー ハーイ。
サトミ (慌てる。すぐにノボローの奇妙な格好に 気づき目を丸くする)
ノボロー 遅れてごめんね〜。(イスに座る)
サトミ ……その格好は?
ノボロー すごい格好でしょ? 今日は、この前の コンサルをふまえて、サトミのトラウマ克 服のために特別プログラムを用意したから ね。
サトミ あ、そうですか。この前は本当に申し訳あ りません。失礼なことをいたしました。
ノボロー いい、いい。
サトミ どうしても、男性とおつきあいがしたいの で、宜しくお願いします。
ノボロー うん。ポジティブに行こう。ポジティブ に行けば、大抵のことは解決するから。じ ゃあ、手を出してごらん。
サトミ (手を出す)
ノボロー 前回のコンサルを分析するに、君は男性 に対する潔癖性だと推測される。おそらく、 君の潜在意識は男性を汚いものだと認知し ている。違うかな?(手を握る)
サトミ そうなんでしょうか……?
ノボロー ほら、手袋をしていれば握手も出来る。 だけど、手袋を外したらどうかな?(手袋 を外す)
サトミ (手を引っ込める)
ノボロー ほら、素手で触られると思うと手を引っ 込めてしまう。汚いと思ってるからじゃな い?
サトミ う〜ん、汚いというか、よくわからない嫌 悪感があります。
ノボロー そうか。たぶん漠然とした不快感なんだ ろうね。前に進むためにしょうがないこと だと思うんだけど、君の過去の話を聞かせ てもらえるかな?
サトミ え? 
ノボロー トラウマの原因になった話。それを話す 勇気があれば、きっとトラウマも乗り越え られるよ。
サトミ ……(覚悟を決めて)はい。ノボローさん を信頼してますので、話します。
ノボロー ありがとう。
 
アキの部屋。
 
トモヤ あ、whittardは知っていますよ。あの店は好 みの味を作れるのでとてもいいですよね。
アキ あら、詳しいのね。Fauchonはどう?
トモヤ あ〜……とてもおいしいですね。特に English Breakfastが。(反応をうかがう)
アキ (短い間)FauchonにEnglish Breakfastがあ ったかしら。フランスの会社だけど……。 ごめんなさい、あたしの勉強不足で。 Fauchonならあたしはアップルティーが好 き。有名よね。
トモヤ そ、そうですね。
アキ FauchonにEnglish Breakfast……(悩む)
トモヤ ……ぼく、ワインレッドが好きなんですよ。アキ そのことは昨日聞いたわ。
トモヤ あ! そうでした……。
アキ (目線が下に向きがちになる) 
 
沈黙。
 
トモヤ あ、すいません。ちょっと忘れ物をしたので 取りに行ってきます。すぐ戻ります。
 
トモヤ、去る。
ノリコの様子がおかしくなってきている。 ハンカチを強く引っ張ったり、握りしめた りしている。
サトミの部屋。
 
ノボロー ……なるほど、そいつは汚いひどいやつだ。 おれがその場にいたら叩きのめしてるね。
サトミ 本当ですか?
ノボロー もちろんだよ。だけど、その話を聞いて、 サトミがクリーンなほうへクリーンなほう へといって、無菌室に閉じこもるようにな ってしまったのもよくわかるよ。
サトミ 閉じこもってるわけでは……。
ノボロー う〜ん、やっぱり男性に対する潔癖性か ……。OK。「男性」という点ではおれも そいつも変わらない。けど、おれが触れよ うとしたとき、おれはそいつじゃないけど、 潜在意識はそいつのトラウマを呼び覚まし て嫌悪感を感じさせてしまう。なら、男性 のイメージをそいつとは切り離して、新し く作る必要があるな。いってる意味わかる?サトミ すいません……。
ノボロー つまり、図で説明すると……
 
ノボロー、図で説明し始める。(図は、最 初「男性」と書いた囲いを作り、その中に 多くの男性の絵とサトミのレイプ犯を表し た絵を描く。そして、何本もの線でレイプ 犯の絵と男性の絵を分ける)
ノリコの部屋に、カツラを取り名札をつけ たトモヤが入る。
 
トモヤ ごめん、遅くなっちゃって。
ノリコ (ぶつぶつといいながらハンカチを引っ張っ ている)……ウソつき……帰ってこない… トモヤ ノリコちゃん? 大丈夫?
ノリコ  …わたしひとり……!
トモヤ こんなことしたらハンカチがかわいそうだよ 〜(ハンカチに手を触れる)
ノリコ やーー!(振り払う。ぶつぶついい続ける) ……ウソつき……いつも帰ってこない… …!
トモヤ やばい。(慌ててノボローに電話をかける)ノボロー (携帯のバイブに気づく)……ちょっと 待ってね。(離れて電話に出る)なに?
トモヤ 先輩、ノリコちゃんが大変なことになって ます。すぐに来てください!
ノボロー なにー? わかった。(電話を切る。サト ミの所に行き)サトミ、よ〜く、その図を 見ながら「男性」のイメージが切り離され ていくのをイメージして。集中させるため におれはちょっと席を外すよ。
サトミ は、はい。
 
サトミ、ノボローの書いた図を真剣に睨み 始める。ノボロー、部屋を出る。
手袋を取り、ヒゲをつけてノボロー、ノリ コの部屋に現れる。
 
トモヤ あ、先輩。
ノボロー どうした?
トモヤ また様子がおかしく。
ノボロー まかせろ。(ノリコの所に行き)どうした んだ、ノリコ。パパだよ〜。
ノリコ いやー!(拒絶する)
ノボロー あれ?
トモヤ なんででしょう?
ノリコ お医者さん嫌い!
トモヤ 格好が!
ノボロー そうか。(白衣を脱ぐ)ほら、パパだよ〜。
ノリコ パパ……。(ノボローの手を握る)
ノボロー よしよし。大丈夫だぞ。(トモヤに対して うなずく)
トモヤ さすがです。
ノボロー 慣れてきたよ。
トモヤ じゃあ、ぼく戻ります。もう話のネタがな いんですけど、どうしたらいいでしょう?
ノボロー あれだけあったのに? 
トモヤ 好みをいうばかりで会話として発展してな いんですよね。
ノボロー じゃあ、向こうに喋らせろ。
トモヤ そっか。
 
トモヤ、去る。
 
ノボロー ほら、おヒゲ触ってごら〜ん。パパのおヒ ゲだよぉ。
ノリコ (触りながら)おヒゲ、おヒゲ……
 
しばらく、ノボローは好きなだけノリコに ヒゲを触らせる。
このとき、イメージしすぎて頭がくらくし てきたサトミが、ノボローを探して、ノリ コの部屋に入る。
 
サトミ あ、ノボローさん。だんだん頭がクラクラ ……(二人の光景を見て)なにしてるんで すか?
ノボロー サトミ! あ、いや……。
ノリコ パパのおヒゲ。
サトミ ……。
 
サトミ、静かにドアを閉めて出ていく。
 
ノボロー やばい。余計なイメージを植え付けたか。 (サトミを追いかけ)違うんだ、今のは健 全なことで……
 
サトミ、セッションルームに戻ってくる。ノ ボローもすぐ後ろから入る。
ノリコは一人になり、うち沈む。
 
ノボロー ……だから、あれは父親のあるべく姿を 実践してたんだよ。
サトミ はい……。
ノボロー よし、じゃあ、早速特別プログラムに移 ろう。ね?(白衣をまた着て手袋をつける)
 
トモヤ、名札を外し、カツラをかぶって、 アキの元へ。
 
トモヤ ごめんなさい。
アキ 遅〜い。
トモヤ なかなか見つからなくて。たまには、アキ さんの話を聞きたいなぁ。
アキ あたしのこと?
トモヤ 例えば、お仕事の話とか……
アキ そう? じゃあ、あたしの働いてるお店のこ と教えてあげる。この服もあたしの働いて るお店のなのよ。
トモヤ (ほっとして、熱心に耳を傾ける)
 
サトミの部屋。
 
ノボロー じゃあ、白衣を着て手袋をした状態のお れとハグをしてみよう。
サトミ (驚いて)ハグですか?
ノボロー ハグなんて挨拶の一種だよ。大丈夫だか ら。完全にクリーンな生命体だと思って。サトミ でも、そんな大胆なことできません!
ノボロー ダメだよ、サトミ、出来ないなんて口に したら。ポジティブに行こう。サトミなら、 絶対出来るから。
サトミ わかりました。
 
軽く抱き合う二人。
 
ノボロー 出来たじゃない。偉いよ。
サトミ 出来ましたね。白衣着てるから安心できま した。
ノボロー よぉし、ここからが本番だ。目をつぶっ て。完全にクリーンだというイメージを持 続して。いい?(手袋と白衣を脱ぐ)その ままだよ。
 
ノボロー、サトミにハグをする。
 
サトミ え?(驚き目を見開き硬直する)
ノボロー どう?(笑いかける)
 
ちょうどそのとき、殺気をみなぎらせたノ リコがセッションルームに入る。
 
ノリコ ふぅ〜ん、その女がパパの浮気相手か。
ノボロー え?(振り返る)ノリコ?
ノリコ ママが知らないと思ってたら大間違いなんだ から。
ノボロー (サトミから離れて)なにいってるの? さっきと様子が違うよ。
サトミ (心臓を押さえる。息が荒い)
ノリコ どれだけママやあたしを傷つければ気が済む の? 
ノボロー (ヒゲを取り)おれ、パパじゃないよ。 ほら、よく見てごらん。
ノリコ (カッターを取り出す)
ノボロー ちょっと待って! ノリコ!
ノリコ パパも痛い目をみればいいんだ!(ノボロー に襲いかかる)
ノボロー やめて! ノリコ!
 
ノボロー、必死で逃げる。セッションルー ムを出て、コンサルルームへ逃げ込む。ド アを閉めて、ノリコが入って来れないよう にする。
 
ノボロー (急いで携帯を取り出し、トモヤにかけ る)
トモヤ あ、電話だ。ごめんなさい。
アキ (機嫌を悪くする)
トモヤ (離れて電話に出る)もしもし?
ノボロー 早く上に来て! ノリコを止めて! 
トモヤ どうしたんですか?
ノボロー 殺される! ノリコに殺される!
トモヤ なにをいってるんですか。
ノボロー とにかく、早く!(電話を切り、ドアを 押さえる)
ノリコ (ドアを叩き)パパ! 出てきなよ!
トモヤ (アキのところに行き)ごめんなさい。す ぐ戻ってくるので。
アキ またー? いい加減にしてよ!
トモヤ ごめんなさい。これが最後なので。
 
トモヤ、部屋を出る。
アキは怒って、部屋をうろうろ歩く。しば らくして、部屋を出る。
その頃、サトミは胸を押さえて、イスに座 り、動悸を落ち着かせている。
ノリコはドアを叩き、ノボローを呼び続け る。しばらくして、トモヤの声がドアの奥 から聞こえる。
 
トモヤ (声)やめるんだ、ノリコ!
ノリコ (声)離して!
トモヤ (声)こんなもの振り回したらダメだよ! 先輩! 先輩も手伝ってください!
 
ノボローはドアを開ける。ノリコが部屋に 入ってくる。その後ろにはトモヤ。トモヤ はカツラを取り、曲がっているが名札をし ている。すぐにトモヤがノリコの腕をつか み、押さえつける。ノボローとともに、二 人でノリコを落ち着かせる。
 
ノボロー 落ち着け、ノリコ。ここにはパパもママも いないんだから!
トモヤ そうだよ、目を覚まして! ここは「Lovely Life」だよ!
 
ノリコの力が弱まる。トモヤはノリコから カッターを奪う。ノリコは膝をつく。
 
トモヤ いったいなにがあったんですか?
ノボロー おれにもわからないよ。急に様子が変わ って、浮気してるなんていわれて、わけが わからん。
トモヤ (爆発して)もう、うんざりですよ!
ノボロー おれだって、たまらないよ!
トモヤ 三カ所同時になんて無理ですって。
ノボロー 相手が悪すぎた。
 
アキが、コンサルルームのドアのところに現 れる。
 
アキ ……トモナリさん?
トモヤ あ>
 
アキ、トモヤ、ノボロー、硬直。
    音楽。
 
 
   ■SCENE11
 
「Lovely Life」内。トモヤとアキ。アキは 赤いイスに座り、二人並んでイスに座って いる。トモヤはカツラを手に持って、くる くる回している。すまなそうな表情。アキ は寂しそうな表情で、はかなげな雰囲気を 醸し出している。
 
トモヤ ……明日ですね。
アキ ……。
トモヤ 本当に申し訳ないです。
アキ いいのよ。あなた謝ってばっかり。あの男が考 えたことなんだから。あなたはいわれてや っただけ。
トモヤ でも……結果としてすごく傷つけてしまっ たから。
アキ ううん。傷ついてなんかいないわ。……淋し いだけ。ただ淋しいだけなの。
 
沈黙。
 
アキ ……一つ聞いていい? あのままばれなかった ら、旅行もついてくるつもりだった? 
トモヤ ええ。社長命令ですから。
アキ 命令か……。
トモヤ 50万って金で、そこまで人に無茶させま すかね? ぼくはノボロー先輩を尊敬して いたけど、今あの人の命令でしてきたこと を振り返ると、恥ずかしくなりますよ。あ の人は、金に目がくらんだ変人です。ノリ コちゃんや、サトミさんのように、心に病 を持った人が現れても、真剣に助けてあげ ようとは考えずに、コンサル回数が増えて 儲かるなんてこといってるんですから。な んか、今日の一件で、ぼくは先輩を信じら れないようになってしまった……。
アキ ……謝礼に50万払うっていうのはね、あれ はウソなの。
トモヤ え?
アキ ごめんなさいね。あたしもあなたたちを騙し てたの。初めから、50万払う気なんてな かったわ。あたし、そんなに金持ちじゃな いのよ。お金はほとんど、洋服とかアクセ サリーとか、あたしを高めてくれるものに 使ってるから……。
トモヤ そうなんだ……。先輩が聞いたら殺されま すよ。
アキ 大丈夫……。合気道三段だから。
トモヤ え?
アキ ほら、あたしって、自分を高めたい欲求がす ごく強いから。
トモヤ 高めるにはそういう意味も? 
 
短い沈黙。
 
トモヤ 旅行は本当ですよね?
アキ あれは本当。
トモヤ なんで二人分予約してたんですか?
アキ ……あたし、その質問されるのが一番恐かっ た。本当のこというと……彼氏と別れたば かりなの。こんなに自分を磨いてるのに、 二人で旅行をする計画まで立てたのに、ふ られちゃった。それが本当に悔しくて…… 意地でもあいつより素敵な人を探して旅行 に連れて行きたかった。
トモヤ そうだったんだ……。
アキ あたしもね、はっきりいって、トラウマがある の……。失恋のトラウマ。失恋するたびに、 メイクの仕方を変えたり、料理教室に通っ たり、露出度のある服を買ったり、いろん な努力をしてきた……。でも、そんな努力 もむなしいものよね……。また失恋しちゃ った。……たぶん、あたしどんどんかわい くない女になってるのよ。自分でもわかる。 プライドが高すぎるのね。
トモヤ プライドが高い人って、悩みが多いってこの 前読んだ本に書いてありましたよ。
アキ (小さく笑って)その通りね……。
トモヤ そんなに、頑張らなくていいんじゃないか な? 充分、素敵な女性だと思いますよ。アキ ありがとう……。
トモヤ ありのままが一番いいんだと思います。ぼ くも、「Lovely Life」に来て、偽りの自分 を演じさせられたけど……やっぱりありの ままの自分で接するべきだったと思うんで す。もう、疲れました……。
アキ あたしも、疲れたわ……。
トモヤ ぼくは、「Lovely Life」を辞めます。
アキ ……そう。
トモヤ でも、先輩を恨んではいません。むしろ感 謝しています。おかげで、自分を見つめ直 すことが出来たから。カウンセラーの仕事 って、とてもやりがいがあると思いました。 お金にはならないだろうけど……カウンセ ラーの道を目指してみようかなって。
アキ いいと思うわよ。あなたといると癒されるも の……。
トモヤ そうですか?
アキ ええ、真っ直ぐで……純粋で……。あたしも ……偽りの自分を脱ぎ捨てなきゃ。旅行 先で本当の自分を探してくるわ。
トモヤ とてもいいと思います。ぼくも、外国で成 長したから。
 
間。
 
アキ ねぇ、一緒についてきてもらえない?
トモヤ え……?
 
間。
 
トモヤ でも、ぼくはトモナリじゃないですよ。む しろ正反対な人間です。
アキ わかってる。でも、あたしは、初めからトモ ナリさんではなく、トモヤさん、あなたを 見ていたのよ。
 
間。
 
トモヤ どういうことですか?
アキ とっくに演じてるってわかってたのよ。
トモヤ え?
アキ カツラだってことも気づいてた。
トモヤ ええ?
アキ 正直言うとバレバレ。
トモヤ そんな!
アキ でも、そんなところが面白くてかわいくて。 だからあたしは傷ついてるんじゃなくて、 淋しいっていったの。
トモヤ 早くいってよ!
アキ (笑う)ホント、あのゲームがもっと続けば 良かったのに。
トモヤ ぼくはとっくにイッパイイッパイですよ!
アキ トモヤさん、あたし、あなたのことをもっと 知りたいの。よかったら、一緒に。
トモヤ (考える)あ〜、男もやっぱりギャップに 弱いのかなぁ。
アキ え?
トモヤ なんでもないです。返事は、イエスです。
 
ほっとした笑顔を浮かべるアキ。照れ笑い を浮かべるトモヤ。
 
トモヤ そうだ。先輩にちゃんと伝えてこなきゃ。 ついてきてもらえるかな?
アキ (うなずく)
 
二人、退場。
 
白紙に近い顧客リストを持って、部屋に入 ってくるノボロー。
 
ノボロー ヤマダさんが辞め……ノリコとサトミも 辞め、アキも辞め……残っているのはおれ とトモヤ、それから引きこもりとオタクの 男性会員だけか……。(ため息をついてイ スに座る)もっと人数を増やさないと。そ れにもっと効率よく回していかないとダメ だ。とりあえず、トラウマ保持者は入会を 断るようにしよう。あとは……新しいパン フも出来上がるし、これからだな。うん、 これからだ。
 
トモヤとアキが赤い風船を持って現れる。
 
トモヤ 先輩。
ノボロー (二人を見る)
 
間。
 
トモヤ 突然なんですけど、ぼく、「Lovely Life」 を辞めます。わがままなことをいって申し 訳ないんですけど、ぼくにはもっと合った 仕事があることに気づいたんです。
ノボロー (明るく)ああ、そう? 自分の道を見 つけたのか。それは素晴らしいじゃない。
トモヤ それと……ぼくたちカップルになりました。
ノボロー そうなの? へぇ〜、あの膨大な条件は 一体なんだったんだ? まぁ、いいや。お 幸せに。旅行も行くの?
トモヤ・アキ (うなずく)
ノボロー そうかぁ。それなら約束通り50万を払 ってもらわなきゃな。
トモヤ そのことなんですけど……
アキ (トモヤを制して)ノボローさん。これ。(指 輪を差し出す)
ノボロー (指輪を見る)
アキ 質に出せば50万はいくはずよ。もし、足り なかったら、旅行から帰ってきたときにい って。お金に換えていいものならたくさん あるから。
ノボロー (指輪を受け取り)そうかそうか。確か に受け取ったよ。
トモヤ これ。(風船を差し出す)誕生したカップル は風船を飾るんですよね?
ノボロー おお! お前たちが第一号だな!(風船 を受け取る) 
トモヤ 本当にごめんなさい。(頭を下げる)
ノボロー よせよ。いいって。お前はここにいるべき 人間じゃなかったってことだ。あとはおれ に任せとけ。おれは絶対にこの会社を成功 させてやるからな。またしばらく経ったら 遊びに来い。会員がわんさかいるぞ。(間) ……幸せになれ。
トモヤ 先輩……。
ノボロー ほら、仕事の邪魔だ。さっさと行け。
トモヤ すみません。
ノボロー 謝るな。ポジティブに行け。
トモヤ はい。頑張ります。(アキに)じゃあ、行こ う。
アキ うん。
 
トモヤとアキ、去る。
うなだれるノボロー。顔を上げ、風船を見 つめる。
 
ノボロー カップル第一号、おめでとう。
 
胸ポケットからシャーペンを取り出し、風 船を割る。
 
ノボロー そうだ。いいこと思いついた。無料恋愛 セミナーでも開いてみるか。恋愛相談もで きるし、会員も増えるぞ、きっと。「ラブ リーな恋愛を手に入れるための7つの法 則」なんてな。いけるいける。それからア ンケートを取って、その場で解決!ってい うのもいいなぁ。よしっ、無料恋愛セミナ ーだ!
 
ノボロー、意気揚々と部屋を出る。
 
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