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Is No Better

作 別役慎司
 





登場人物
 
・佐倉結花里(さくらゆかり)
・栗山祐一(くりやまゆういち)
・金村善二(かねむらぜんじ)
・屯田昇三(とんだしょうぞう)
(他、佐倉順蔵、司会の声 声のみ)
 
 



   6月。舞台は老舗の履物業者「桜媚山(さくらびざん)」。
 
 
SCENE1
 
   創業者の孫娘、佐倉結花里(25)が立っている。   
 
結花里 私の名前は佐倉結花里。創業60年の履物屋「桜媚山」に勤めています。私の父、憎き 父はこの会社の社長です。時代の流れに立ち遅れた会社を建て直すのが私の夢、いや使命です。詳しいことは、これから説明しましょう。私の声に共感した勇気ある戦士、威勢のいい若きイノベーターたちがやってくるのです。
 
   結花里、ローズスプレーを部屋中にまいて、招き入れる準備をする。
   椅子に座り、待機する。時計を気にする。焦りの表情が浮かんでくる。
   コンコンというノック音。
   結花里、飛び上がる。
 
結花里 どうぞ! 
 
   屯田昇三(22)が入ってくる。
   部屋の臭いに反応し、鼻をクンクンさせながら入ってくる。
 
結花里 あ、あなたは新入社員の……屯田君ね! よく来てくれたわ。(まくし立てるように)研修が終わってまもないというのに、この会社を変えるために立ち上がってくれて嬉しいわ。やっぱり、新しく入ってくると、気づくことが多いものよね。うちの社員たちは感覚がもう麻痺しちゃってる人が多いけど、やっぱり新しいことをやっていかなきゃって思うわよね?
屯田 ……。
 
   屯田、やや圧倒され、目線も合わせず、落ち着かなく、無言。
 
結花里 あ、大丈夫、大丈夫。ちょっとシャイなのね。これから大勢やってくると思うから。
 
   ノック音。
 
結花里 ほら! どうぞ!
 
   栗山祐一(43)が入ってくる。
 
栗山 どうも。
結花里 あ……え~っと、営業部の栗山さん。
栗山 こちらでよろしいですか?(ちょっと部屋の臭いを気にする)
結花里 栗山さん、今回の募集は「若手社員」ということだったんですけど……。
栗山 あ、すみません。もう若手じゃないですよね。
結花里 いや……
栗山 正直わかっていたんです。私は不適格だと。ですが、熱意だけは伝えたくて……。
結花里 (困惑しつつ)それは嬉しいです。
栗山 まだまだ若手には負けていられませんから。
 といっても、もう2年目の社員に営業成績抜かれてる状態ですけど。
結花里 栗山さん、今回は年齢的に……
栗山 ダメですか?
結花里 え、いや……(部屋の中をちらっと見て) いいですよ、もちろんです。栗山さんの経験がきっと役に立つでしょう。
栗山 そうですか。よかった。(屯田を見て)あ、屯田君。
屯田 (会釈をする)
結花里 (椅子に座り、やや苛立たしげに人を待つ)
栗山 もう仕事は慣れてきた?
屯田 はい……。
栗山 そうかそうか、システム事業部だよね?
屯田 はい……。
栗山 そろそろ最初のボーナスが入る頃だよね。
屯田 (少し微笑む)
結花里 (もうちょっとマシな会話ができないのかと二人を見る)
栗山 ぼくはねぇ、もう入社20年になるかねぇ。あ、社員研修は那須のセミナーハウスだった?
屯田 (首を振る)
栗山 あ、そうか。もうないんだ、あそこ。うちもここ10年右肩下がりだからねぇ。
結花里 ちょっと!
栗山 (ビクッとして)はい!
結花里 (イラッとした自分を抑え)いや、もしかして今なにかの会議とかぶってます?
栗山 いえ、そのはずは……。
結花里 営業部の笹古場さんとか、出たいっていってませんでした?
栗山 いやぁ、うちの部署では特に……。
結花里 システム事業部の後藤さんは?
屯田 (首を傾げる)
結花里 犬め。
 
   ノック音。
 
結花里 来た。どうぞ!
 
   金村善二(24)が入ってくる。
 
結花里 (思わず頭を抱える)
金村 すみません、遅れました。
栗山 おぉ! 金(キム)くん。
金村 金村です。(屯田を見て)あ、新人さんだ。 どうぞよろしくお願いします。いやー、よかった、たくさんいたらどうしようと思ってたんですよ。
結花里 (カチンときて)たくさんいなくて悪かったわね。ちょっと他にいないの?
 
   結花里、部屋の外へ出る。
 
栗山 (屯田に)屯田君は知らないだろうけど、キム君は、社内で幾つも伝説を作っていてね。最初は営業部に所属していたんだ。失敗の度に部長が謝りに出向いて、「仏の安藤」を最初にキレさせたのは彼だよ。
屯田 (くすっと笑う)
金村 いや~、やめてくださいよ~。
結花里 (ため息をつきながら戻ってくる)
栗山 謝りにいくたびに「教育させます」といってたんだが、あまりに続くので、部長があるとき「彼、朝鮮人なので」という言い訳をしたんだ。そうしたら、先方にも妙に納得されてね。それから彼はキムと呼ばれるようになったんだ。
屯田 すごいっすね。
栗山 今は、部署変わって、お客様相談室だよね?
金村 はい。自分が謝らないといけなくなりました。 
屯田 パネーっすね。
栗山 パネ?
結花里 ちょっと! あんたたち整列!
 
   慌てて、三人整列する。
 
結花里 あんたら、たるみ過ぎ!
 
   栗山と屯田、真剣な顔になる。金村はへらへらしている。
 
結花里 あんたなにへらへらしてんの? 
金村 (笑みを浮かべながら)してません。
結花里 してんじゃないの、鏡で見てみなさいよ。なめてんの?
金村 (ようやく笑みが消える)
結花里 い~い? 中途半端な気持ちでここに来られちゃ困るのよ! あたしは社長の娘よ。あたしが不抜けたこの会社を変えていくわ。そのための大会なの。事の重大さがわかる?
栗山 それはもう、覚悟を決めて来ていますから。
結花里 よくわかってくれていて嬉しいわ。……この際三人でもいい。どうせ出場できるのは四人なんだから。選抜する手間が省けたわ。
金村 (手を挙げて)あの~、結局なんの大会なんですか?
結花里 理解してないの?
金村 「お前行け」ってそそのかされまして……。
結花里 「そそのかされた」とかいうな。(舌打ちして)そうなの? ったく、社畜ばっかね、この会社。いい? あたしはこの会社の社畜どもを駆逐してやりたいの! 父に媚びへつらう奴らばっかじゃなく、未来を見て、新しいことにどんどんチャレンジできる会社にしたいのよ。
金村 で、どんな……?
 
   短い間。
 
結花里 あんた、いちいちイライラするわね。
金村 滅相もありません。
結花里 蹴っていい?
金村 やめてください。
栗山 しょうがないです。彼はそういう人です。朝鮮人だと思って下さい。
結花里 向こうの人に失礼よ。
屯田 (ぷっと吹き出す)
金村 差別的な話はやめましょう。
栗山 いや、差別ではなく、国籍も文化も違う人だと思ってくださいってことです。
金村 なんだかなぁ。
結花里 もういいわ。大会についてもう一度説明するからよく聞いて。名称は「イノベーション・コンクール」。つまりビジネスに革新をもたらす創造性を競う大会よ。全国から、野心に溢れた起業家やベンチャー経営者らが集まるわ。中には、うちのように老舗の会社も、新しい時代の波に乗っていくために出場してくる。みんなこのチャンスを狙ってるの。この大会に勝って、あたしは「桜媚山」を変えていくわ!
栗山 うぉ~、すごいです。やっぱり若いエネルギーはすごいですね!
結花里 人ごとにしないでくれる? 私たちが先頭に立つんです。
屯田 あの……。
結花里 なに?
屯田 調べたんですけど、この大会は今回が6年目ということでまだ新しいと思いますが、昨年の応募数でみると246社応募があります。その中から書類審査を通ったのが18社でした。日程を見たところ、既に書類審査は終わっているとお見受けしますが。
結花里 あたしが通したのよ。18社に選ばれたわ。
栗山 いや、すごいですね。
屯田 本選は、4人で1チームですよね。
結花里 そう。今、頭痛を感じているところよ。
栗山 なぁに、この四人であれば大丈夫でしょ。
結花里 クソ呑気ね。
金村 賞金は?
 
   間。
 
結花里 あんた、いいタイミングでぶちかましてくるわね。
金村 滅相もありません。
結花里 その言い方もむかつくわ。
栗山 まぁまぁ、仲間じゃないですか。
結花里 なれあいはやめてくれる?
金村 あの……
結花里 なに?
金村 で、賞金は?
 
   短い間。
 
結花里 (イラッとくるのを抑えようとする)
屯田 10万円です。
金村 (ガッカリして)なんだ。
結花里 あんた、イライラを抑えても抑えても、ぶちこんでくるわね。
栗山 キム君。謝りなさい。
金村 この度は申し訳ありませんでした。
結花里 なにそのマニュアル的な謝り方。
金村 マニュアルに書いてありました。
結花里 ハイヒールでグリグリ踏みつけていい?
金村 やめてください。
栗山 まぁまぁ。仏の安藤部長はこういいました。「テレビの中のことだと思え」。
結花里 それ現実逃避じゃない。
金村 すみません。いわゆる、今でいう「コミュ障」なもので。
結花里 これ以上あたしの精神に打撃を与えてくるのはやめてくれる? もういいわ。コンクールの内容について言葉で説明するより、やってもらった方が早いから、これから実際にやってもらうわ。本当は選抜試験のつもりだったけど。
栗山 お。ワクワクしてきますね。
 
   結花里、封筒を持ってくる。
 
結花里 本番に即した課題よ。実際にこういった形式で出題されるから本気で取り組んで。この封筒の中に入っているものを元手に、24時間でできるだけたくさんのお金に換えるにはどうすればいいか、考えてみて。はい(栗山に手渡す)。三人協力していいから、最高のアイディアをひねり出して。
屯田 自分たちで出来ることですよね?
結花里 そう。今回はアイディアだけでいいけど、本選では実際に形にしないといけないわ。はい、スタート。
 
   結花里、椅子に座って見守る。
 
金村 今の説明、よくわからなったんですけど。
栗山 この封筒の中のものを使って、24時間でできるだけたくさんのお金を稼げる方法を考え出すんだよ。
屯田 理想や空想ではなく、自分たちで実践できる方法でです。 
金村 難しいな~。
栗山 いや、実際レベルが高いよ。中身を見てみよう。
 
   栗山、封筒の中身を見る。
   中には、折り紙が入っている。
 
金村 なんですか、これ、折り紙ですね。
栗山 (青ざめ)難しいよ、これ。うわ~、コンクールってこんなことをやるんだねぇ。
屯田 このコンクールの始まりは、スタンフォード大学の授業からだったといいますから、かなり知的で実戦的なゲームだといえますね。
栗山 ちょっと、じっくり考えよう。(結花里に)あの……椅子とかないんですか?
結花里 この第二企画開発室は、あたし一人よ。父のせいで、配属者が0なの。でも、コンクールに勝ったら、第一企画開発室より増やしてやるから。(上手袖をアゴで示して)そこの物置にパイプ椅子くらいあったと思うけど。
栗山 あ、じゃあ、使わせて頂きます。
 
   栗山、上手袖へ。
   結花里は、足を組み、バインダーに紙を挟み、3人をチェックし始める。
 
金村 屯田君っていったっけ? 頭良さそうだね? 
屯田 いえ。ただのオタクです。
金村 あ、ぼくも。
結花里 (思わずイラッとして金村と屯田に)なんで手伝わないの! バカな話してる暇があったら手伝いなさい!
栗山 (声)あ、いいんですよ! 私でやれますよ。
結花里 バカどもが。これは時間制限がある課題なのよ、そして協力して取り組む課題なの!
金村 すみません。
 
   金村・屯田、慌てて上手袖に。
   三脚分のパイプ椅子を持って現れた栗山とはちあい、「ぼくが持ちます」「あ、いいですよ」などのやりとりで時間をかけたあと、結局一人一脚持って、下手側に戻ってくる。その様子を頭痛に耐えながら見ている結花里。
   三人は、椅子を置き、改めて折り紙を色々な角度から見てみる。
 
金村 つまり、お金に換えればいいんでしょ?
栗山 なにかある?
金村 簡単じゃないですか? 
栗山 なに?
 
   短い間。
 
金村 え、わかりませんか?
栗山 早くいってくれる?
金村 鶴とかを折って売ればいいじゃないですか。
栗山 それ、いくらになるの?
屯田 仮に一つ10円で売れたとしても、100枚で1000円ですね。
金村 ほら。
屯田 いや、1000円は低すぎますよ。
金村 じゃあ一つ100円で売ったら?
屯田 100円で鶴の折り紙、わざわざ買います?
金村 あ~。
結花里 (「なんてレベルが低いの」という顔)
屯田 入賞するには数万円にしないと無理です。
栗山 え、そんなに?
金村 無理だよ、そんなの。
結花里 (「すぐ無理だという」という顔)
金村 どうやったらできるの?
栗山 それを考えるんだよ。
 
   三人、しばらく考える。
 
栗山 折り紙で、切り絵のように絵を作って売るというのはどうかな?
金村 すごいアイディアですね。
屯田 そうですね。
栗山 ただの折り紙なら単価を稼げないけれど、芸術作品にすれば高く売れるでしょ。
金村 頭いいです。
屯田 では、この中でそんな芸術的センスの高い方はいますか?
 
   沈黙。
 
栗山 自分たちでやらないんといけないんだったね……。
屯田 そこが難しいところです。
 
   沈黙。
   結花里、立ち上がる。
 
結花里 いいわ、ヒントをあげましょう。
金村 お。
結花里 限られた発想にとどまっていてはイノベーションといえないの。制限を取っ払いなさい。例えば、昨年の課題は時計だったんだけど、優勝者はそこから時間の価値というものを見出して、行列に並ぶ人たちの代わりに並んであげるサービスを行ったの。結果、10万円を超える収益を出したわ。
栗山 頭のいい人が考えることは違うなぁ。
結花里 人ごとにしないで。
屯田 第一回目の大会は、クリップだったそうですが、優勝者四人はわらしべ長者のように物々交換を行い、24時間後には合計5万円相当の品物に変えたそうです。 
結花里 よく調べてるじゃない。
金村 それいいですね。それでいきましょう!
結花里 安易な二番煎じはイノベーションとはいえないの。
金村 だけどパクリはお金になりますよ。
結花里 それはイノベーションとはいえないの! (強い頭痛を感じる)
屯田 同じネタは、失格になる恐れがありますよ。
栗山 そうなの?
結花里 (金村を指さして)パク。
栗山 キムです。
金村 金村です。
結花里 あんたが一番ダメね。足を引っ張ってる。
金村 はぁ。
結花里 なにこの味わったことのない新種の苛立ち?(気を取り直して)さぁ、もっと革新的なアイディアを出して!
 
   三人、顔を見合わせ、そしてまた考え込む。
   重苦しい空気。
 
結花里 もういいわ。これで大体理解できた。(椅子に座り)一人ずつ、自分の長所や得意分野を教えて。
 
   沈黙。
 
結花里 教えて!
栗山 (他の二人が喋らないので)はい。私は、早寝早起きが得意で、一度も遅刻したことがありません。
結花里 中堅社員でアピールすることじゃないわね。
栗山 (苦笑)
結花里 それだけ?
栗山 あと、速読が得意です。
結花里 ふ~ん……。
 
   間。
 
結花里 そっちの二人は?
屯田 まぁ、仕事柄プログラミングは得意です。
結花里 他には? ハーバード交渉術を学んだか。
屯田 いえ、特になにも。
栗山 私たち履物業者ですからねぇ。
結花里 なにいってるの。世界進出狙うなら、そういうスキルも必要でしょ?(金村を指差し)じゃあ、あんたは?
金村 はい。(やや笑いながら)ネットを炎上させることが得意です。
結花里 なに? 炎上?
金村 ブログ、twitter、掲示板、ぼくが書き込めば高確率で炎上します。
結花里 なんのスキル? なめてるの?
金村 特に普通にしてるんですけどね。
結花里 他は? 金持ちの御曹司とか。
栗山 それスキルじゃないですよ。
結花里 ねぇ、誰かいないの? 抜群のコミュニケーション力を持ってる人とか、プロ級のイラスト書ける人とか、イケメンとか?
栗山 イケメンは見ればわかるでしょう。
結花里 はぁ、使えないわ……。
金村 結花里さんは、じゃあ、何が出来るんですか?
 
   間。
   結花里、ゆっくり立ち上がり、金村の前に。
 
結花里 よくいったわ……。確かに、あたしはパリ大学を出たくらいで、うちに入ってからというもの、店舗に回されて販売を3年もやり、ようやく企画開発室に入っても、誰もいないオフィスに、出す提案は全て会議で却下。なんの実績も挙げられていないわ。でも、情熱と発想力、未来を見る力と行動力は負けない。
栗山 社長は、あなたを恐れているんでしょうね。その才能とバイタリティーに、築き上げた伝統と格式を変えられてしまうことを恐れているんでしょう。
 
   間。
 
結花里 でも、先の計算ができないのよね。がむしゃらに行動するだけで、なにも実を結ばない。今回も思惑は外れたわ。
三人 (肩を落とす)
結花里 あなたたちが悪いんじゃない。来てくれたあなたたちは、遙かに見込みがあるわ。……実は、今日父から電話が来て、イノベーションコンクール出場は認めるけど、入賞出来なかったならクビだっていわれたの。
栗山 それだけで?
金村 ひどいですね。
屯田 横暴っす。
結花里 独断で出場しようとすること自体、あの人にとっては反乱なのよ。でも、三人しか動かなかった……。出場は取りやめるわ。まだ会社を変えるには早いのよ……。
 
   間。
 
栗山 制限を取っ払いましょう。それがイノベーションなんでしょう?
結花里 ……。
金村 あ。今ジーンと来ました。
屯田 (頷く)
金村 どうせ出来ないと思われてるんでしょう。ギャフンといわせてやりましょうよ。
屯田 (頷く)
栗山 私も、今の会社には満足していません。私たちは変わるべきです。
結花里 ありがとう……。
 
   着信音。
 
結花里 父からだわ……。
 
   緊張感が走る三人。「やろう」という眼差しで結花里を見つめる。
   結花里、電話に出る。
 
順蔵 「どうだ結花里? 優秀な人材は集まったか?」 
結花里 はめたわね。出ないように圧力かけたでしょ?
順蔵 「まさか。それが社員の思いだ。もう、おとなしくいうことを聞け。ん、一人も来なかったのか?」
結花里 (腹立って)なにいってんの、とびきり優秀なのが三人来てくれたわ。(と、いいつつ、しまったと思う)
順蔵 「なんだ、出場を取りやめるので許して下さいというかと思ったら」
結花里 あ……誰が取りやめるもんですか! パパに会社を任せてたら、あと10年ももたないんだから!
順蔵 「新しければいいってもんじゃない。古いものを守っていかないといけないんだ」
結花里 だからといって「桜媚山」が潰れたらどうしようもないじゃない! もういい、絶対勝って、「桜媚山」を「クリスチャン・ルブタン」みたいにしてやるんだから!
 
   切る。
 
結花里 ああ~、いっちゃった……! 
栗山 (胸を張って)引くに引けなくなりましたね。
屯田 全力尽くします。
金村 クリ……ブータンってなんですか?
 
   間。
 
結花里 せめて、あと一人……。
金村 え? なんですか?
栗山 まぁまぁ(金村の肩を叩く)
 

   照明、切り替わり結花里のみに。
   その間に、他のものは片付けて退場。
 
結花里 というわけで、私たちはこのメンバーで イノベーションコンクールに出場することになりました。一ヶ月間、少しでもスキルを向上させるためにトレーニングをさせてきましたが、私の絶望感は募るばかりでした。一方彼らは日を追うごとに腹が立つほど仲良くなっていきました。そして、遂に本選の日を迎えました。
 
   結花里、退場。
 
 
SCENE2
 
   コンクール会場となる国際会議場。
   栗山、金村、屯田が離れたステージを見ている。
 
栗山 いや~、緊張するね。
屯田 500名収容の国際会議場だそうです。
栗山 マスコミも結構来てるもんね。
金村 ここで、裸になったら騒然となるだろうなぁ。
栗山 本気でやめて。
金村 嘘ですよ。そんなのしたらクビになっちゃいますって。
屯田 クビになる前に、逮捕されますよ。
栗山 逮捕される前に、殺されるな。
声 「続いては、チーム『桜媚山』代表の佐倉結花里さんです!」
金村 あ、結花里さん、紹介されてますね。
栗山 堂々としてるなぁ。
屯田 このあと、課題が渡されて、12時ちょうどに開封。そして24時間後に、ここに集まって結果を競うということになります。
金村 寝だめしてくればよかった。
栗山 封筒受け取ったね。
声 「それでは代表者の皆さん、チームにお戻り下さい」
栗山 なんだろう? ちょっと厚みがある。
屯田 これまで2回は文房具でした。また文房具かもしれませんね。
金村 戻ってきますよ。つまずいたりしないかな?
栗山 なんでそういうこというの?
屯田 どこのチームも優秀そうですよね。
栗山 完全に場違いな感じだよ。
金村 うちらがダークホースになりましょう。午年だけに。
栗山 午年っていうのが意味わからない。
金村 だからホースって……
栗山 そうじゃなくて……
屯田 戻ってきましたよ。
 
   結花里、戻ってくる。
 
栗山 お疲れ様です。
結花里 平たいものが入ってる感じね。開封したらすぐ会社に戻って作戦会議よ。遅れを取らないでね。
三人 はい。
声 「さぁ、各代表者お戻りになったところで、まもなく時間となります。(チーンという音が鳴り)では、開封して下さい!」
 
   結花里、封筒を破いて、中身を取り出す。
   中はシェイクスピアの文庫本「恋の骨折り損」。
 
結花里 なにこれ?
栗山 シェイクスピアの「恋の骨折り損」だ! これは予想外ですね。
屯田 全部のチームが同じ作品ですか?
金村 もうダッシュして出て行ってるチームが。
結花里 たぶん作品は違うみたいね。さぁ、帰るわよ! 
 
   音楽。
   結花里走って退場。三人も続くが、金村、つまずいて転ぶ。 
 
金村 つまずきました……!
栗山 (戻ってきて手を取り)見たらわかるよ! 急ごう!
 
   全員退場。
 
 
SCENE3
 
   「桜媚山」第二企画開発室。
   結花里は立ったまま悩んでおり、栗山は速読で「恋の骨折り損」を読んでいる。屯田がパソコンで調べ物をしていて、金村が横から覗き込んでいる。
 
金村 どう? なんかわかった?
屯田 う~ん、5月にSKY SOART ψ WINGS(スカイソアートウィングス)という劇団が恋愛相談の会社に置き換えてすごい舞台をやったってくらいで。あと、今年はシェイクスピア生誕450年ですね。
結花里 使えないわ。   
栗山 はい、読み終えました。
金村 早いですね、さすが!
栗山 特に、お金に関するヒントになることはありませんね。フランスがお金に困ってるとかはありますけど。
金村 この舞台を上演して、入場料を稼ぐってのはどうですか?
結花里 全チームシェイクスピアであれば、どこかはやってくるでしょうね。
栗山 いや、でもシェイクスピアは登場人物が多いんです。この作品も20人くらい必要です。抜粋のしようもありません。
屯田 シェイクスピアでいうと、たった3人の男性で全作品を90分で演じるというお芝居があるようです。
金村 おお! 
結花里 そもそもあんたたち演技できるの?
 
   うなだれる三人。
 
結花里 時間が命。早く、作戦を決めないと。
 
   沈黙。
 
栗山 変装するというのがあるので、なにか変装をしてお金を稼ぐとか。
金村 女装します?
結花里 最下位になりたいの?
栗山 考えれば考えるほど、モノに縛られちゃうなぁ。
結花里 そう。発想を広げないと。
屯田 公式サイトのtwitterによると、株式会社ブラックカンパニーが、中古書店を回って、「せどり」で稼ごうとしているみたいです。
結花里 せどりって?
屯田 つまり、安く買って高く売る商法です。
栗山 その手があったか。
金村 パクリましょうよ!
結花里 パクリは即負けを意味するのよ。だから、わざと情報を流してるの。
金村 汚いなぁ。
屯田 続々動きが入って来ますね。株式会社ホワイトホストは、クラウドファウンディングを使ってきました。
栗山 なにそれ?
屯田 一般の人から出資を募るんですよ。このコンクールに優勝できたら、出資額に応じてプレゼントをしますと。
結花里 ホワイトホストって、ホストクラブでしょ? 
栗山 貢がせるのか!
結花里 敵じゃないと思ってたのに、汚いわぁ!
屯田 まぁ、違反になる可能性もあるでしょう。
金村 他のとこよりも、まず自分たちですよ。
栗山 たまにいいこという。
金村 マイペースにいかないと。
結花里 そうね。考えましょう。
 
   沈黙。
 
栗山 ダメだ。さっきの話が頭から離れない。
屯田 ごめんなさい。影響受けてしまいますね。
金村 そう?
結花里 他チームを錯乱させる狙いもあるのね。
金村 ぼくが、うちのチームの情報流しましょうか?
栗山 炎上させてどうするの?
結花里 時間的な焦りが思考力を鈍くし、発想を狭くさせる。落ち着かなきゃ。制限を取り払いましょう。
 
   結花里のみに照明。
 
結花里 とはいったものの、決め手となるアイディアは出てこず、なにも実行に移せないまま6時間が過ぎました。
 
   疲弊した四人。
 
金村 お腹……空きましたね。
結花里 なにか買ってくる?
栗山 じゃあ、私が……。
結花里 いいわ、頑張ってくれてるし、あたしが買ってくる。
栗山 いや、いいですよ。
結花里 ううん。ちょっと、外の空気に当たりたいし。
栗山 あぁ……。
結花里 みんなも、適当に休憩入れてね。
 
   結花里、退場。
 
栗山 やばいなぁ。結花里さんが、諦めムードになってきた。
金村 あの人のエネルギーに巻き込まれてきたけど、結局ぼくなんか無能ですしね。
栗山 キム君まで暗くならないでよ。
屯田 いや、でも、ぼくたちみんな成長してますよ。ぼくなんか初めて生き甲斐感じてますもん。
金村 え、そんなに?
屯田 熱く燃えてます。
栗山 すごい冷静なのに、実は燃えてたんだ。
屯田 メラメラっす。
金村 でも、このままなにもアイディア出ずに負けたら、ホントに骨折り損ですよね~。
屯田 報われないのはもうたくさんです。
栗山 シェイクスピアは学生時代好きで読んだけどね~。ここだけの話、プロポーズの言葉はシェイクスピアからの引用だったんだ。
金村 へ~。
栗山 いい名言がたくさんあるからね~。恋の言葉なんて、参考にしたなぁ。「あれは東、すればさしずめ百合恵姫は太陽だ」とか、いいたかったなぁ。
屯田 百合恵さんっていうんですね、奥さん。
栗山 あぁごめん。プロポーズは断られたんだ。私、独身。
金村 なんだ~。
栗山 いやぁ、恋愛は難しいよ。
屯田 確かに、リアルの恋愛は。
金村 同感。
 
   結花里、突然現れる。
 
結花里 ピーン!
 
   驚く三人。
 
結花里 ピーン、ピーン!
栗山 どうしたんですか?
金村 早かったですね。
結花里 いや、やっぱり気になって、出前にしたんだけど、今の話でピンと来た!
栗山 本当ですか?
結花里 恋愛相談! シェイクスピアにはたくさんの恋愛に関する名言がある。リアルの恋愛にもたくさんの悩みがある。この二つを繋げられないかしら?  
栗山 繋げるって?
屯田 あ、ピーンときました。
結花里 屯田君、あなたプログラミングが得意でしょ? 恋愛に関する悩みを打ち込んだら、適切なシェイクスピアの名言が検索できるようなシステムを開発できる?
屯田 データさえ揃えば、プログラミング自体は簡単です。
金村 なになに、話についていけない!
結花里 膨大なデータが必要だけど。
栗山 あ、ピーンときました。
金村 えー、ぼくもピーンときたい!
栗山 私が名言を抽出するんですね?
結花里 そうっ、得意の速読を使って!
栗山 これはすごいアイディアですよ。
屯田 (冷静な顔で)興奮してきました。
金村 ぼくも仲間に入れて。
結花里 じゃあ、屯田君がプログラミングをしている間に、栗山さんがシェイクスピア全集を速読して、抜き出した恋愛に関する名言を私がデータベースに打ち込むわ。そして、できる限りの恋愛の悩みを集めるの。システムを作ったらホームページとして公開し、更に恋愛の悩みを集める。広告を貼って、お金が入る! アプリにして売れば、更にお金が入る!
栗山 完璧です! 天才です! これなら優勝も狙えますよ!
屯田 よーーし!(大きく感情を出す)
栗山 おお! 屯田君のこんな弾けた姿初めて見るぞ!
金村 (大声で)あの、ぼくは!
 
   間。
 
金村 ぼくは、死ねばいいですか?
栗山 いや、死なないでよ。
金村 なにをすればいいですか?
結花里 あんたには最大の仕事があるわ。
金村 え?(目を輝かせる)
結花里 たくさんの恋愛の悩みを集めるためには、たくさんの人を集めないといけないの。
金村 はい……。
結花里 炎上させて。
金村 え?
結花里 至る所で炎上させることによって人を集めるのよ。
栗山 なんて大胆な作戦……。
金村 (心震えて)ぼくの力が……こんな風に役に立てるなんて……。
結花里 さぁ、時間がないわ! 始めるわよ!
 
   音楽。
   指示し、鼓舞する結花里の姿。
   シェイクスピア全集を高速で読みながら付箋をつけていく栗山の姿。
   パソコンを真剣な眼差しで見つめ、プログラミングしていく屯田の姿。そこには充実感からくる微笑みも見える。
   出前を食べている金村の姿。
   シェイクスピア全集を片手にデータを打ち込んでいく結花里の姿。
   ソフトが出来上がって喜ぶみんなの姿。
   悪魔的にパソコンに向かって、炎上させていく金村の姿。
   訪問者のアクセスがぐんぐん増えて、歓喜のみんなの姿。
 
   そして、タイムリミット。
 
SCENE4
 
   国際会議場のステージ。
   四人、並んで立っている。疲労感に満ち、唇を噛みしめている。
 
声「最後に、エントリーナンバー18番『桜媚山』チーム。24時間獲得金額は、0円。最下位です。よって優勝は、32万円をたたき出した……(声とガヤが遠のく)」
 
   涙を流し、崩れ落ちる屯田。
   
屯田 間に合わなかった……!
結花里 あたしのせいよ……。いつも先の計算ができない。
栗山 広告もアプリ販売も、承認までにこんなに時間がかかるなんてね……。
金村 サイトへのアクセス数は1万人を越えたし、いっぱい相談もあったんですけどね。
栗山 結花里さん……クビになっちゃうんですか。
結花里 しょうがないわ……。
屯田 (嗚咽する)
 
   その時、会場のアナウンスが大きくなり。
 
声「そして、特別賞は『桜媚山』チームです!」
 
   ポカンとする四人。
 
声「最終結果は0円でしたが、将来的には収益が最も見込めるアイディアであり、また、イノベーションコンクールの主眼である『価値を創出する』というコンセプトにも合致していたことで、審査員の高い評価を得ました」
 
   大きな拍手。
   呼ばれて、呆然としたまま前に進み出る結花里。はしゃぎまくる3人。結花里、お辞儀し、手を振る。
 
   ぱっと静寂になり、結花里一人に照明。
 
結花里 私たちのチームは特別賞を受賞しました。
 父を見返すことができましたし、これからは新しい企画も採用され、やりたいことがもっとできるようになるでしょう。でも、賞をもらって、本当に嬉しかったのは、この三人の気持ちが報われ、みんなが価値があると認められたことでした。「価値」とは一体なんでしょう? 価値がないと思っている人も、本当はないんじゃなくて、ただ表に現れていないだけなのでしょう。価値を発見して、表に現すこと、それがイノベーションなのでしょう。
 
   終
 

          2014©SHINJI BETCHAKU


 
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