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救いようのない救世主

               -一幕のまじめなファルス-
作 別役慎司
 

登場人物

・王女/諸見澤麗(もろみざわれい)
・侍女長/橋塚瑞恵(はしづかみずえ)
・王子/牧村善(まきむらぜん)
・騎士団長/森川勝悟(もりかわしょうご)




SCENE1

   昼。カーテンの隙間から一筋の光が差し込んでいる。暗がりで怯えている王女。
   そこに侍女長が食事を持って入ってくる。
   びくっとする王女。

侍女長 王女様、お食事です。
王女 お父様とお母様はどうなってしまわれたかわかりましたか?
侍女長 ご心配なさらずに。きっと逃げおおせておりますよ。
王女 いいえ、今頃ギロチンにされてるわ! そして次はわたし……。
侍女長 大丈夫ですよ。ギロチンなんてありえません。
王女 (怒って)あなたはそうやって楽観的なことばかり! 現実から目を背けてはだめよ!
侍女長 ……申し訳ございません。
王女 アトモスがあのとき盾となってくれていなければ、この場所に身を隠すこともできなかった。
侍女長 アトモス……?
王女 近衛兵長のアトモスよ。剛力無双のアトモス。
侍女長 あぁ、そうでございました。
王女 あぁ、アトモス。そして、ここも長くはないわ。今にここを嗅ぎつける。
侍女長 お食事を。(テーブルの上に置く)
王女 ありがとう。わたしをかくまうことで危険が伴うというのに、感謝しかないわ。それはなに?
侍女長 お寿司です。(出前の寿司を差し出す)

   間。

王女 馬鹿にしないで!
侍女長 申し訳ございません!
王女 (寿司に近づき)これはパンね。
侍女長 パンでございます。
王女 (寿司を手に取る)
侍女長 醤油をつけてお召し上がりください。
王女 (侍女長をにらみ、寿司を元に戻す)
侍女長 黒蜜をつけてお召し上がりください。
王女 黒蜜ね。
侍女長 かけてよろしいですか?
王女 お前に任せる。
侍女長 (寿司に醤油をかける)
王女 できればもう一度宮殿に戻りたいけれど今は贅沢はいえないわ。(寿司を口に入れる)
侍女長 いかがでしょうか?
王女 (少し無理に)甘いわ。
侍女長 ……。
王女 甘い。(咳き込む)
侍女長 どうなさいました?
王女 (ワサビを見て)このパン、かびてるじゃない。
侍女長 それは見てはいけません。
王女 どうりで変な味がすると思ったわ!
侍女長 こんなものしか手に入らず……。
王女 まぁ、いいわ。あちこちで暴動が起きて食糧難であることはわかってる。お母様が贅沢をしすぎた天罰がわたしにくだっているのよ。牛乳風呂なんて趣味の悪いことするから。

   チャイムが鳴る。

侍女長 は。少々お待ちくださいませ。

   侍女長、部屋から出る。
   王女、椅子に座る。割り箸を使ってワサビを取り除きながら寿司を食べる。
   しばらくして、侍女長が二人の男を連れてくる。
   牧村は安物のスーツを着ており年齢は20代半ば、森川は20代前半でスーツの上着の代わりにジャンパーを着ており、ジッパーの隙間からネクタイが見えている。二人とも、両手でカバンを持ち、姿勢良くしている。

侍女長 王女様。
二人の男 (なにか不意を突かれたように侍女長を見る)
侍女長 救世主がやってきましたよ。
王女 救世主が! まぁ、本当!(二人の男に)よくぞご無事にここに辿り着きました。なんて勇敢なのでしょう。して、この方々は?
侍女長 あ~……(言葉に窮する)
王女 もしかして、隣国のエルドラン王子では?
牧村 エルドラン王子?
王女 それにこの方は、実体を持たない悪魔すら斬るという騎士団長リチャードでは?
森川 騎士団長リチャード?
王女 (幸せそうに熱狂する)
侍女長 だそうです。わたしは侍女長のサマリアです。
王女 わたしを迎えに来てくれたのですね、エルドラン王子!
牧村 あの……
森川 諸見澤麗さんですよね?
王女 (ものすごい形相で)はぁ?
侍女長 騎士団長はお疲れのようです。
牧村 こういう場合否定しないことだ。まず受け入れて話を聞くことを優先にするんだ。
森川 はい。
王子 (ぎこちなく)あ~、はじめまして。ぼくはエルドラン王子、だよ。あなたは……
侍女長 マリーゴールド王女でございます。
森川 (抑えながらも少し笑う)
王子 騎士団長(たしなめる目つきで森川を見る)。
森川 マジっすか。
王女 建国から650年、残念ながら美しきナレーニア公国は革命によって滅亡寸前です。わたしは なんとか命からがら逃げることができました。ナレーニアは自然の豊かさと勤勉な民に支えられてきましたが、近年は機械の進化によって富が生まれました。国王も王妃も富に目がくらんでしまったのか、民のことは目に入らなくなりました。革命を率いている首謀者は財務大臣のオランド。時流が変わったとみるや化けの皮を剥がしました。かつてはわたしの家庭教師を務めていた男。わたしにナレーニア公国の由緒ある歴史を教えた人間が皮肉にもその歴史を終わらせようとしているとは……。
森川 これ以上聞いてどうするんすか?
牧村 (メモを取りながら聞いていて、はっとする)
王女 (反射的に)そのものはスパイよ! サマリア、捕らえなさい! 反逆者め!(短剣を取り出し、森川に向ける)
森川 うわぁ! 危ない、危ない!
牧村 だから話を合わせろって!
森川 色んな意味で危ないって、この人!
侍女長 お静かに。(嫌々顔で森川を押さえる)
王子 おやめなさい王女!

   牧村が王女の手をつかむと、「ひゃあ!」といって短剣を落とす。もじもじとする王女。

王子 (無理矢理)騎士団長の心の中には退治したはずの悪魔の残滓が残っていたようです。
王女 (納得し)それならばこの聖水を。

   王女、得体の知れない香水を森川にかける。

森川 うっ……!
王女 これで大丈夫よ。
牧村 (小声で侍女長に)あの、今日は挨拶程度で、一旦この件持ち帰らせてもらってよろしいですか?
橋塚 逃げるんですか?
牧村 いえいえ、
橋塚 まだ5分しか経ってませんよ。
牧村 特に緊急性がない場合は最初は挨拶程度でして。
橋塚 緊急性がないんですか? 挨拶程度っていって、前回の人はまったく来なくなったじゃないですか? 
牧村 一旦対応策を協議したいと……
橋塚 わたしの身にもなってください。
王女 エルドラン王子、見てくださいこの傷を。(袖をまくりアザを見せる) わたしは匿われているのではありません。幽閉されているのです!

   牧村と森川は顔色を変えて、アザを見に近づく。

王女 わたしを反体制派に引き渡すために金銭の交渉がされているところです。今のうちに……(触られて)ひゃあ! いけませんわ王子様。
王子 あ、ごめんなさい。(手を離す)
王女 今のうちにわたしを連れてエルドランに逃げてください。
森川 (ぼそっと)人の名前じゃなかったんだ。

   牧村、森川と顔を見合わせる。
   二人、王女から離れる。

王子 王女……必ずまた助けに来ます!
王女 なぜ今ではいけないのです!
王子 必ずや! 行くぞ、リチャード。
森川 へえ。
橋塚 ちょっと……。

   牧村と森川、カバンを持ち、丁寧にお辞儀をしてそそくさと去る。
   沈黙。

侍女長 お寿……パンは召し上がりますか?
王女 下げて!

   音楽。
   橋塚、寿司を持って出ていく。涙を堪えようとしている王女。



SCENE2

   家庭相談支援センター事務局。
   椅子に座っている森川。森川はとあるファイルに目を通している。
   そこに紙袋と細長いダンボールを抱えて、牧村がやってくる。

牧村 森川。
森川 どうしたんすか先輩、その荷物。
牧村 見てくれ、すごいぞ。

   牧村、紙袋から王子用と騎士団長用のコスプレ衣装を取り出す。

森川 うわっ! マジっすか?
牧村 王子と騎士団長。すまんな、しょぼくて。だけどないよりはいいだろ。
森川 いやいや。
牧村 着てみよう。
森川 先輩、ここどこかわかってます? 家庭相談支援センターですよ? 市役所の一部屋を間借りしている公的な場所ですよ?
牧村 なんで領収書落ちないのかなぁ~。
森川 落ちないでしょ。
牧村 頭が固いんだよ。
森川 市からの助成金で運営してるのに、これが認められるわけないでしょ。
牧村 人助けのためだぞ。ほら、着て着て。
森川 こっちのはなんすか?(ダンボールに近づく)
牧村 アキバで探したよ~。

   森川、ダンボールの中から見事な模造の西洋剣を取り出す。

森川 (目を輝かせ)うわっ! すげー! 西洋剣だ!
牧村 すごくない、その精巧さ。これなら成功間違いなしだ、なんてね。
森川 うわー、面白くねー。いや、でもこの剣はすごい。ずっしり感ハンパねー。いくらしたんすか?
牧村 内緒。まぁ、結婚相談所は先月で辞めたし、金なら問題ない。
森川 金以外に問題あるんすね。
牧村 問題っていうな。(衣裳を着て、剣を持ち)どう? いい感じじゃない?
森川 ん~まぁ、悪くはないっすね。
牧村 早く騎士団長リチャードになってよ。
森川 クビになるでしょ。しまいましょ。
牧村 (来訪者に気づいて)あ、いらっしゃいませ。ご相談ですか?
森川 その格好でいく?
牧村 あ、こちらは児童虐待やDVなどの相談窓口ですので、融資のご相談でしたら地下二階に降りて頂きまして、地下鉄との連絡口の横に商工会議所の窓口がありますのでそちらへ。はい。
森川 よく融資の相談で先輩に間違って話しかけましたね。
牧村 なにか解決してくれそうなオーラが出てたんだろ。(椅子に置かれたファイルを見て)このファイルなに?
森川 (衣裳を着ながら)いや、探してたら前任の道脇課長がつくったファイルがあったんすよ。
牧村 え、ホントに?
森川 どうもヤバイっすよ。
牧村 なにがヤバイの?
森川 ヤバイっす。
牧村 ホント最近の若いもんはちゃんと喋れないのかね。
森川 諸見澤麗さんって、諸見澤晴夫市長の娘ですよ。
牧村 え?
森川 まさかとは思ったんですよね。やたらと家でかいし、SECOM入ってるし。
牧村 思いもつかなかった。
森川 で、市長はうちに相談してるってことを知らないんですよ。
牧村 知らない? じゃあ、お母さんが相談を?
森川 いえ。既に離婚しています。相談者は、あそこにいたサマリア侍女長、本名橋塚瑞恵です。彼女は半年前に家政婦として雇われています。
牧村 ふぅん。
森川 やりとりの記録では、相談したことを内緒にしてほしいと要望があり、不審に感じた道脇課長は、市長について調査しています。
牧村 へぇ~。(森川の服装を見て)お、似合うね。剣も持ってみて。
森川 この姿、twitterに上げられたら炎上必至っすね。
牧村 お、かっこいい! ちょっと写真撮ろう。
森川 報連相の報の最中ですよ。
牧村 なんの話だったっけ。
森川 (呆れて)市長の調査結果ですけど、ファイル見てみてください。

   牧村、ファイルをパラパラとめくる。森川、まんざらでないのか、自分のスマホで自撮りする。 

牧村 ん~、特に何も出てこなかったってことか。
森川 違和感あるまとめ方だと思いません? ページ数を見てみてください。ごっそり13ページ分抜けてます。
牧村 おいおい、保管義務がある書類を抜いたっていうのか?
森川 道脇課長の突然の退職と関係あると思いません?
牧村 絶対なにかあるな。うわ、おれあの人嫌いだったから、送別会も出なかったんだよな~。
森川 (耳元で)得体の知れない圧力で消されたとか。
牧村 もう生きていないかもしれない……。

   来訪者に気づき、即座に牧村が対応し、森川はお辞儀をして場を離れる。

牧村 いらっしゃいませ、ご相談ですか? はい? あ、わたしはエルドラン王子で、あちらがリチャード騎士団長です。あ~、正義の味方ですよ。そう、虐待をなくし家庭に平和をもたらすキャラとして、売り出していこうかなと。はい、応援よろしくお願いします!(ピースをして、写真に応えたあと、お辞儀して見送る)
森川 (近づいて)公式キャラみたいにいわないでください。なに写真撮られてるんすか、twitterとかinstagramに上げられますよ。炎上しますよ。得体の知れない圧力に消されますよ!
牧村 おれ、道脇課長にラインしてみるわ。(スマホを取り出す)
森川 繋がってたんすか?
牧村 通知OFFにしてたけど。一応。(画面を見て)それはそうと、このまま麗ちゃん家に行くぞ。
森川 え?
牧村 侍女長が呼んでる。
森川 じゃあ、着替えましょう。
牧村 行くぞ、リチャード!
森川 着替えましょうって!

   音楽。
   牧村颯爽と退場。森川もバタバタと準備をする。


SCENE3

   諸見澤家。麗の部屋。
   王女と侍女長がいる。疲れた顔の侍女長。

王女 (ポテトチップスを食べながら)この幽閉場所で飢え死にするか……捕まってギロチンにかけられるか……あるいは悪魔たちがわたしを呪い殺すか。
侍女長 もう少し明るくお考えになりましょう。王女にもご友人はいらっしゃるのでしょう?
王女 わたしの友達といえば、お庭にやってくるウサギやリスさん。バルコニーにやってくる小鳥さんね。
侍女長 (傍白)美化するなぁ。
王女 そう、わたしはいつもお話をしていたのよ。王宮のバルコニーで。

   王女、立ち上がり、ベランダの戸を開ける。

侍女長 (慌てて)ちょっと、ベランダに出るのはやめましょう。
王女 (ベランダに出て、手すりにつかまり、大声で)鳥たちよ、いらっしゃい!
侍女長 おやめください……!
王女 天使よ、わたしに翼を授けて!
橋塚 お父様がお叱りになりますから……!(いってはっとする)
王女 ……! (一瞬の間のあと、自分の身体を殴り)わたしなんか死ねばいいんだ!
橋塚 (慌てて王女の身体をつかみ)やめてください! 通報されますから!
王女 助けてー!

   橋塚、王女の口をつかんで、部屋内に引きずり入れ、ベランダの戸を締める。

橋塚 本当にそういうことされるんでしたら、侍女長も辞めますし、家政婦も辞めさせて頂きます。
王女 ……。
橋塚 いくら給料が高くても悪い噂でもたったら、わたしこの仕事自体続けていけなくなりますし。わたしこそ救世主がほしいですよ。……すみません愚痴ってしまって。プロとして失格です。

   王女、うなだれたまま動かない。
   チャイムが鳴り、「ごめんくださーい」という声が聞こえる。「どうぞー」といいながら橋塚、去る。
   涙をぬぐい去る仕草をする王女。
   王子と騎士団長の格好で牧村と森川が部屋に入る。

王子 ぼくが君の翼になる!
森川・橋塚 (背筋に寒気が走ったような仕草をする)
王女 エルドラン王子!

   王女、王子の胸に飛び込む。

王女 助けに来てくださったのね。
王子 もう心配ないよ。でも、ちょっと離れよう……セクハラの規定が厳しいので。
橋塚 (森川に)結局どういう方針なんですか、これは?
森川 (橋塚に)児童相談所やうちのような支援センターの場合、緊急で保護する場合を除けば、まず信頼関係を築くことが第一になるので、その一環かと思いますが、よくわかりません。

   王女、王子にスプレーをかけている。様子のおかしさを不審に感じた王女が聖水をかけているのだ。

王女 さぁ、はやくわたしをここから出してください。
王子 その前に、ぼくに教えてほしいことがあるんだ。王女の境遇について。
王女 なにをいってるの? リチャード、王子の様子がおかしいわ。
騎士団長 え?(慌てて)あ、今あなた様を連れて帰っても、エルドランが狙われる恐れがあります。
王子 (ナイスという顔をし)そうです。まずは革命を止めることが先決。そのためには、敵の首謀者について、またどうして革命が起こったのかもっと詳しく聞きたいのです。

   橋塚、我慢できなくなって、牧村を引っ張って部屋の隅に。

橋塚 あの、わたしの代わりに妄想に付き合っていただくだけでも助かるんですけど、精神科の先生とかカウンセラーの方は呼んでいただけないんですか?
牧村 精神の問題だとレッテルを貼ることで、麗さんが傷つく恐れがあるので……
橋塚 それで、お姫様ごっこの仲間入りをするんですか? あなた仕事舐めてます? わたしはあくまで家政婦なので、あなたがたに頼るしかないんですよ。

   王女、こっそりと騎士団長の背後に回り、短剣を突き立てる。

王女 あなた偽物ね! 騎士団長ともあろうものが、背中を取られるなんて!
騎士団長 あ……。
王女 王子! この人をやっつけて!
王子 え?
王女 どうしたの? 二人ともおかしいわ! 二人とも偽物なの?
王子 えぇ?

   間。

王子 (剣を抜いて)おのれ、何者だ!
森川 え~、そういう展開にします?
王女 勝った方が本物よ!
森川 (傍白)その設定も雑だな~。

   騎士団長、立ち上がり、剣を抜く。
   二人とも剣を構えて対峙する。
   それを見て興奮する王女。

王子 行くぞ-!
騎士団長 望むところだー!
橋塚 (よく人の家で声を出してこんなことできるなと軽蔑の眼差しで見ている)

   王子と騎士団長戦うが、二人とも軟弱なのでへにゃへにゃと動き、時折カチンカチンと模造刀を当てる。
   そこに、何を思ったのかいきなり王女が間に入って、(自ら)斬られる。

王女 あーー!(床に倒れる)
森川 えーー、王女? なにしてるんすか?
牧村 ちょ……暴力に敏感な職場だから。
王女 わたしが悪いのです。あなたがたを疑ったばかりに……わたしのために争うようなことに。
森川 (小声で)あなたがそうさせたんですけど。
王子 王女、死なないで!(王女の身体を抱きかかえる)
橋塚 (傍白)外から見るとひどいものね。よくわたし付き合ってきたわ。
王子 あなたはナレーニア公国をいつの日か再建するのでしょう? そのためにあなたは必要なのです。

   牧村の携帯にLINEが入る音。牧村、こっそり携帯を確認する。

王女 (息も絶え絶えに)わたしは死ぬべき運命なのです……。救出されても、きっと幸せになる資格などない……。
王子 (携帯を見ながら)そんなことありません。
王女 あなたがたの腕の中で死ねるなら本望です。
王子 あなたは革命よりも前に苦しんできたのですね? もしかしたら悪の元凶はお父様では?(携帯を森川に渡す)

   短い間。

王女 父は国のために尽くしてきました。それは決して民のことを思ってではなく、自らの名を永遠に刻み、富を手中に収めるためでした。災いが国に降りかかり、財政は緊迫し、オランドは不正を暴露することで国家の転覆を謀りました……。
橋塚 (傍白)なにを見せられているのわたし?
森川 (携帯を牧村に返す)
王子 それが一年前ですね? 国王は王妃とは離婚されたのでは?
王女 表沙汰にはされていませんが、よくご存じで……。
王子 なにが原因だったのですか?
王女 うまくいかない腹立ちを……いえ、わたしにはわかりません。
森川 DVですよね?

   間。

森川 合点がいきました。確かに設定が似ていますね。この道脇課長の話が事実なら、市長はDVが原因で離婚し、今度は娘さんに危害を加えていると。だから彼女は助けを求めている。
王子 騎士団長!

   王女、咄嗟に離れる。

森川 緊急保護でしょ、これ!
橋塚 どういうことですか?
牧村 (声を抑えて)本人の前でいうな! あざはお前も見たように人からつけられたものじゃない。だからDVだという判断はできない。
橋塚 なにをいってるんですか?
森川 前任のものが市長を調べてDVがあったことを突き止めてたんです。麗さんを一時的に保護すべきですよ。あなたもなにか知りませんか?
麗 帰ってください。

   間。

麗 DVなんてありません。パパはちゃんと仕事をして、わたしを養ってくれてます。そりゃあ、ママにひどいことをしたこともあるけど、ママもいけないんです。それはもう終わったことです。わたしは、ただ、なんとなく学校に行きたくなくなっただけで、なんとなく変な遊びを始めただけです。もう大丈夫です……。 

   間。

森川 本当に? 君の同級生と援交してたって噂もあるんですよ。
牧村 森川!
森川 なんなら告発しますよ。
牧村 森川、落ち着け。
麗 ……告発なんかできないですよ。あなたたち、市の管轄のNPOでしょ。
牧村 どうしてそれを?
麗 さっき、twitterでバズってましたから。
森川 (牧村を見て)ほら~。
麗 パパの力で潰されますよ。
橋塚 それならわたしが市民オンブズマンを通して告発しますよ、その話が本当なら。

   音楽。

麗 革命を起こす側は自分たちが正しいと信じていますけどね、それによって被る被害もあるんです。放っておいてください。
牧村 けど……ぼくらは助けたいんだ。
麗 第一、そんなへなちょこな王子様で誰を助けられるんですか? ……放っておいても、ギロチンにかけられます、あの人は。

   短い間。

麗 妄想ですよ、全部妄想! さぁ、帰ってください。橋塚さんは食事の準備の時間でしょ。
橋塚 お嬢様、わたしにできることであればなんでもいってくださいね。それで家政婦の仕事を失ったって構いません。
麗 それでは、明日、お弁当を作ってください。久しぶりに学校に行きますから。
橋塚 ……はい。
麗 (2人に)付き合ってくれてありがとう。
牧村 ……。
森川 ……。



SCENE4

   その日の夜。牧村と森川が居酒屋で飲んでいる。脇には衣裳の入った紙袋と西洋剣。

森川 いやぁ、なにも解決してないっすよね。
牧村 もどかしさやぬるさばっかりだよ、この仕事は。ありとあらゆるケースがあって、被害者も加害者も表裏一体だし。
森川 そんななかで目の前の人と向き合って、判断していかないといけないって大変ですよね。
牧村 そのくせ、お上の締め付けは厳しいし。
森川 それ自覚してます? SNS炎上させといて。
牧村 いっばいイイネ押されてるじゃん。王子様の気持ちがちょっとわかったね。
森川 なにいってるんだか。
牧村 (店員に)すみません、ハイボールお願いします。
森川 あ、ぼくビールで。でも、手を引いて正解かもしれないっすね。市の予算で運営している以上、ぼくらは弱い。
牧村 おれはマークし続ける。
森川 じゃあおれもっす。
牧村 やめとけ、この先は危険だ。
森川 酔いが醒めるようなこといわないでください。
牧村 実際そうだろ。
森川 いえ、先輩の台詞に対していってるんです。まぁ歪んだ社会だからこそ、人のためになれることがあるわけで。救世主の仕事も悪くないですね。
牧村 道脇課長ももどかしい思いはあっただろう。それでもおれたちを守るために退いたんだ。この一件で市長に潰されてしまったら、もっと多くの人を救う機会を失ってしまうから。

   ハイボールを飲む牧村。
   LINEの着信音。

牧村 お。道脇課長からだ。
森川 マジっすか。なんて?
牧村 「おれは市長のところに行った」って。
森川 すげー。じゃあ、圧力かけられて、自主退職に追い込まれたんっすね。
牧村 送別会行くべきだったな~。かっこいいところあるじゃん。

   LINEの音。

牧村 お。「違う。おれが圧力かけたんだ。口止め料をたんまりもらったから、こんな仕事辞めてやった」。うわ~!
森川 最悪だ! この人最悪だ!
牧村 こんな所に悪の親玉がいた!っていうか……

   恐る恐る辺りを見る二人。

牧村・森川 (顔を引きつらせ、正面を見て)道脇課長……!

   音楽。
   終わり。





SHINJI BETCHAKU©2018

 
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