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極楽浄土維新顛末(ごくらくじょうどいしんのてんまつ)
作 本保弘人
 


    勝海舟と坂本龍馬が酒を酌み交わしている。

坂本龍馬 それにしても勝先生、大政奉還は全て坂本龍馬が一人で成し遂げたこととは、いささか話が大き過ぎやしませんか。確かにわしが東奔西走したのは事実じゃけんど、何事につけ一人きりで成功させることは難しいきに、なんやわしがとんでもない大英雄に祭り上げられてるのは正直、すかんです。

勝海舟 そんなもん、どうでもいいんだって。唯物史観だか、皇国史観だか、マルクス主義史観だか知らねえが、本当のことなんて誰にもわかりゃあしねえんだ。もう一度言うぜ、誰にもわかりゃあしねんだ。それに「嘘から出た誠」って言葉もあるじゃねえか。ひょうっとしたらそんじょそこらの歴史物語よりも俺の言っていることの方が正確かもわかんねえ。俺はね、俺が語ることが全て正しいとは言わねえ。だがね、俺が語ることの中に本当のことは一つもありゃしねえとは言わせねえよ。俺は俺の見たこと、知ったことを思いのままに語るだけだ。人間、偉かろうが偉くなかろうが、自分の思い出しか話せやしねえんだ。高名な誰それ様の言うことだから本当で、乞食が全て嘘つきってことはあるめえ。まあ、わかりきったことさ。

龍馬 ですが勝先生、わしはそれほどの望みは持っておらんかったきに。この国を、この日の本を良い国にするために、わしは駆けずり回っただけじゃき。大政奉還を私一人の手柄にされてしまっては血を流した同士達に顔向けが出来んです。

海舟 みんなここにいるんだ。一人一人に言って回ったらいいさ。それによ、いつ、おめえの評価がひっくり返るかわからねえんだ。ひょっとしたら百年後には、ただのほら吹きってことになってるかも知れねえし、偉人というよりアイドルとして人気になってるかもわかんねえ。幕末総選挙とかいってさ、文庫本一冊に投票権一枚が付いててさ、投票するんだよ。今んとこ、おめえを書いた本が売り上げトップだからな。なんてったって『竜馬がゆく』だけで、文庫本八冊あるんだから、もう八票は望めるってわけよ。村田蔵六も河井継之助も三票で倍以上はあるわな。こりゃあよお、司馬先生に感謝しないとな。

龍馬 しかし、司馬先生のせいで、わしは近目ということになってしまいました。

海舟 そりゃあ、おめえの目が細えからいけねえんだ。

龍馬 いや、そういわれましても。目が細いのは生まれつきでして。

海舟 平安時代に生まれりゃ美男だったのにな。
   知ってるかい、今じゃ、整形とかいって目を大きくする技術があるらしいんだ。

龍馬 「桃李言わざれど下自ずから蹊を成す」ですか?

海舟 東京でしか通じねえよ! ほら、そこ(客を指して)、ポカンとしてるじゃねえか。

龍馬 形成外科手術のことですね。

海舟 なんだ知ってるんじゃねえか!

龍馬 一応、関西にも大阪成蹊大学と、びわこ成蹊スポーツ大学があります。

海舟 なんか微妙なランクの大学出してくるな。

龍馬 「書を全く読まぬ人」などと書かれたこともありますが、これでも一応の教養はあります。

海舟 ところでおめえ、紀貫之の子孫だって言ってるそうじゃねえか。墓石に坂本龍馬紀直柔と彫らせたそうで。

龍馬 あれは陸奥陽之助らが勝手にやったことでわしの知ることではないき。歌の才(ざえ)があったのは確かだけんじょ。

海舟 なら一首、詠んで見ろよ。

龍馬 え?

海舟 歌の才(ざえ)があったっていうんだから、一首ひねるくらい簡単だろうよ。

龍馬 はあ、ならば題を。

海舟 題? 題がなけりゃ詠めねえのかい?

龍馬 あった方が良いものが詠めます。

海舟 本当にまあ、ご苦労なこった。じゃあ、あれだ。今の季節だ。「秋の夕暮れ」。これでいいだろう。

龍馬 「秋の夕暮れ」ですね。しばらくお待ちを。
   「夏過ぎて秋となりぬか山々の色も変わりし秋の夕暮れ」

海舟 土方並みの出来じゃねえかよ! そもそも夏が過ぎたら秋だろう。「秋」って言葉が二回も出てきてるしよ。

龍馬 確かに自分でも余り良い出来とは思いませんが、土方さんよりは上かと思いますが。あの土方さんですよ。「知れば迷い知らねば迷わぬ恋の道」……、は?! ですよ。

海舟 じゃあ、もう、実際に土方呼ぼうや。歌比べをやろうじゃないか。
   おい、土方、出てこいや。

土方歳三 はい。

    下手袖から土方歳三が出てくる。例の洋装である。

土方 坂本さん、お久しぶりでございます。

龍馬 ああ、いつ以来かの。

海舟 おい、土方、おめえ何だってそんな暑苦しい格好で出てくるんだ?

土方 この服装の方が格好いいので。

海舟 言っとくけど、お前、自分で思ってるほど男前じゃねえぞ。

土方 しかしあの頃の記録では「役者かと思えばそう思えるような」と私のイケメンぶりは大絶賛でした。

海舟 全員の感想聞いて回ったわけじゃねえだろ。そもそも馴染みの女の名前を書き連ねて日野に送るなんざ、心が男前じゃねえ。まあ、いいや。おめえも「豊玉発句集」とかいうわけのわからねえ俳句集を作ったんだろ。その文才とやらを見せて貰おうじゃねえか。題材は「秋の夕暮れ」だ。

土方 「秋の夕暮れ」。やって見ます。
   (しばらく考えて)
   吟じます!

海舟 吟じますってなんだよ?!

土方 (詩吟)「紫の煙は空にたなびいて雲に溶けにし秋の夕暮れ」

海舟 エロくねえのかよ。古いか。あいつ(天津・木村卓寛)今、バスの運転手らしいな。それはそうと、なんか中途半端に良い歌だし。

土方 わたしの文学音痴ぶりもやや誇張されたものなのでして。

龍馬 土方君、見事な歌だ。

土方 ありがとうございます。

龍馬 あの頃は我々もよくやりあったものだ。だが、今はこうして一つところで、日の本の国の行く末を見守っている。時代は変わったな。

土方 そうですね。不倶戴天の敵であった我らが。あの頃は、互いにまだ若すぎましたな。

海舟 日本も良くなったような悪くなったような。まあ、道端でチャンバラおっぱじめる時代よりはましってところかな。

龍馬 しかし、わしなどは刀一つで身を立てようとしたというのに、今の世の中は複雑に過ぎますな。権謀術数はあの頃よりも渦巻いている。人々は刀の代わりに、コンピュータを使って人を切っていく。二重の意味ですが。

土方 確かに今の代は、真摯で一本気でという性格が好まれる時代ではありません。我々のように剣の道に邁進するという人は少なく、そういう人がいても、それは剣道というスポーツだったり、警察の護身のための武器だったりします。まあ、うちの斎藤(一)は警察で剣の腕を生かしたようですが。あいつ、やはり、ここでも人付き合いが苦手と見えて、一向に姿を現しません。

龍馬 今の時代は我々から見ると味気ない。

海舟 どうだ、お前ら、もう一度立ち会ってみるかい。

龍馬・土方 え?

海舟 刀で戦ってみるんだよ。俺もお前らの真剣勝負をもう一度見てみたいからな。今の世には、スポーツチャンバラってものがあるんだよ。剣道みたいに防具なんぞ付けなくても立ち会えるんだ。(上手袖に向かって)おい! (上手袖からスポーツチャンバラ用の刀が二本投げ込まれる)。これだ。ああ、面白えや。おめえらやってみろ!

龍馬 しかし、勝先生。いきなり言われても。

土方 それがしも心の準備というものが。

海舟 どうした二人とも怖じ気づいたかい?

龍馬 ……土方君、やろうか。

土方 心得た。

海舟 そうこなくっちゃ。よし、三本勝負だ。天翔る南国土佐の龍の駒と、怖れを知らぬ鬼の副長の一騎打ちだ。


     ここでは、二人の俳優に本気でスポーツチャンバラを戦って貰いたい。良き試合となることを祈る。


海舟 〇〇(勝者)の方が強えか!

負けた方 いや、もう一番勝負。

近藤勇 ちょっと待った!

    近藤勇が下手袖から出てくる。

海舟 おっと、ここで「ちょっと待った!」コールか?

近藤 勝先生、この近藤勇をお忘れじゃありませんか?

海舟 近藤、お前が出てくると、いつも話がややこしくなるんだよ。

龍馬 言われずとも出てくる近藤勇か。共に、おりょうに惚れるなど、我々は似た者どうしじゃの。

近藤 龍馬、久しぶりだな。しかし残念だったの。俺が隊士にはお前にだけは手を出すなと固く言っておいたのに、他の者の手に掛かるとは。

海舟 近藤、お前が出てくると余計なセリフが増えるんだよ。そういうことはいいから何をしに参ったのか申せ。

近藤 天然理心流四代目宗家、近藤勇。いざ、尋常に勝負!

海舟 だから説明はいらねえっての。で、龍馬とやるのかい。

近藤 いかにも。現世では叶わなかったが、今、再びおりょう殿を掛けてお手合わせ願いたい。

海舟 だそうだ。龍馬、勝負してやれ。

龍馬 いつまで経っても面倒な奴じゃのう。ちっと待ちいや。ほら、行くぜよ。

近藤 たー!

    龍馬と近藤の三番勝負。今度は殺陣をつけて三本とも龍馬の勝ちとなる。

近藤 こんなはずでは。しかしながら天然理心流は実戦での剣法。真剣なら負けはしませぬ。

龍馬 天然理心流は言っちゃ悪いが田舎剣法じゃないか。わしは北辰一刀流免許皆伝じゃ。じゃきに、見廻組の奴ら、みんな「俺が龍馬をやった」と自慢しよる。こっちが丸腰の状態で勝ったとしても名誉にもなんにもならんちゅうのに。

     下手袖でおりょうの笑い声が聞こえる。

近藤 あの声は、おりょう殿!?

龍馬 ほら見ろ、おりょうからも笑われてる

     おりょうが出てくる。

おりょう 近藤さん、うちの主人に勝とうなんて十年早いですよ。

近藤 そんなことはない。京洛において、我々の剣術は天下無敵だった。

おりょう それにしては騙し討ちが多いじゃありませんか。そもそも芹沢先生には遠く及びませんのに、無理矢理、局長におなりになって。伊東(甲子太郎)さんの時もそうですけれど、闇討ちなんて卑怯じゃありませんか。なにが、いざ、尋常に勝負ですか。

近藤 芹沢先生や伊東君は強すぎたのだ。他の場合は正々堂々と戦って打ち破り申した。

土方 いかにも。我々は壬生狼と呼ばれるような野蛮な輩ではない。ならばこういたそう。俺と局長とで龍馬殿と勝負致す。我々が勝って、その強さを示し申し上げる。

海舟 二対一の時点で思いっ切り卑怯じゃねえか!

おりょう 本当にいけ好かないねえ。

龍馬 いいぜよ。二人一編に掛かってこい。


    龍馬対近藤&土方の戦い。ここは殺陣もつけて長時間おこなって欲しい。


海舟 龍馬、やるじゃねえか。

おりょう あんた、格好いいよ。

龍馬 近藤さん、土方さん、流石じゃのう。

近藤 天然理心流四代目宗家……

海舟 だから肩書きはいいっての。「宗家、宗家」って和泉元彌かてめえは!

土方 たっ!


     再び殺陣。二対一とあってなかなか勝負がつかない。
     そこにさっと一人、殺陣に加わる者がある。桂小五郎である。


桂小五郎 助太刀いたす。

龍馬 おう、桂さんじゃねえか。なんだって味方になるんだい。

 近藤君とは昔馴染み。再び手合わせがしたくなりましてな。近藤君、久しぶり。

近藤 桂さん、お久しぶりです。

 なんでも、「桂小五郎にだけは手を出すな」と新選組隊士に言っていたそうじゃないか。

近藤 ええ、桂小五郎に坂本龍馬、練武館に千葉道場の塾頭だ。敵うわけがない。隊士達に無駄な血を流させたくないんでね。それに名門道場の頭はいずれ武だけでなく文の方でも力を発揮してくる。それを参考にしてから行動しても遅くはない。

海舟 近藤、もうおめえは説明係でいいよ。英語じゃストーリーテラーっていうんだけどな。思う存分語っちまいな。

近藤 それがしとて、長州が憎くて斬っていたわけではござらん。新しき世を良きものにするために戦ったんだ。坂本さん、桂さん、あんたとは立場が違ったけどな。

高杉晋作 「面白きこともなき世を面白く」(言いながら登場)

海舟 高杉、いきなり出てくるな。おめえも極楽浄土にいたのかい。東行なんて名乗るから東方浄瑠璃浄土に行ったのかと思ってたよ。

高杉 新しき世を良きものにするためという言葉を聞いて出て参りました。戦って世の中が面白くなりますならば、私もいくらでも戦いましょう。されど、世の中を良く出来るのは、一人一人の心の持ち方次第なのです。武で世を征しようとした結果が、アメリカとの戦でのボロ負けなのです。私は下関の戦で、アメリカと戦うことの愚を悟りましたが、残念ながら、後世の者達はそれを教訓と出来なかったようであります。

海舟 しかし、なんだな。辞世の句の下の句が「すみなすものは心なりけり」とは野村望東尼さんも無難に収めたな。もっと良い句があっただろうに。

龍馬 「駆け抜けたるは英傑東行」。勝先生これでいかがでしょう?

海舟 悪くはねえけど、いかにも後世の人が付けたって感じだな。高杉、どうだい?

高杉 下の句が付けられなかった拙者が言うのもなんですが、少しこそばゆい感じがいたします。

土方 「実相観入これぞ技なり」

海舟 「実相観入」なんて言葉は斎藤茂吉が考えたものじゃねえか。幕末には生まれてもいやしねえ。しかも和歌になってるようでなってねえし。

近藤 「今宵も虎徹は血を求めてる」

海舟 論外! 引っ込め!

おりょう 「する礎を我は築かん」

海舟 いいじゃねえか。

高杉 趣は変わりますが、私の理想を詠んでくれています。

おりょう ありがとうございます。

龍馬 流石はおりょうじゃ。まこと面白きおなごぜよ。

おりょう いくらでも詠めます。「面白きこともなき世を面白くするには修羅の心収めん」、「面白きこともなき世を面白くなすべくために我来たりしに」

高杉 流石は!

龍馬 どうだい、近藤さん、あんたの手に負える女だと思うかい?

近藤 しかしながら、その美貌。拙者が惚れたのはそこでありまして。

龍馬 近藤さん、あんた中身を見ようとしない。そこが駄目なんだ。

近藤 近藤家では、代々、「醜女の深情け」と、敢えて、顔かたちいまいちの女性を迎える習慣がありまして、しかしそこは男の性と申しますが、やはりおりょう殿や深雪太夫のような一顧傾城に惹かれはる当然のことで。

おりょう 無骨が服着て歩いてるような形(なり)で良く言うよ。

近藤 ……(返す言葉もない)

海舟 まあいいや。丁度、男の数が三対三になったじゃねえか。桂、お前、新選組に味方しろ。高杉、お前は俺と龍馬と一緒だ。おりょう、おめえは審判だ。

おりょう あいよ!

海舟 スポーツチャンバラで一勝負。なんか今の世の中の人は俺が剣が強かったことを忘れちまってるようだが、これでも直心影流免許皆伝の腕前だ。

 しかし、勝先生。それがしのことを「小物」と評するのはいかがかと思いますが。

海舟 そんなことにこだわるから小物だってえんだよ。他人の評価なんざ気にするな。己が思う己こそが己。人間、結局はそうやってしか生きられねえんだよ。
さて、存分に戦うぞ。ジョルジュ・バタイユの言う「呪われた部分」。昔はこれを戦で解消しようとしたわけだ。戊辰の戦などその典型だが、そいつはいけねえ。幸い、今は何でもある時代さ。「呪われた部分」を解放する手段にはこと欠かねえ。

龍馬 勝先生、「呪われた部分」とは何ですか?

海舟 インターネットがあるだろう。Google先生が教えてくれるよ。ま、理解するには勉強しねえといけねえけどな。で、集団戦でいくかい、一対一でいくかい? 戦など子供の遊びの延長だ。なら、子供の遊びのままの方がいいさ。


       海舟&龍馬&高杉対近藤&土方&桂のスポーツチャンバラ。勝ったり負けたりしているうちに幕 


                                             2014年7月6日 京都にて


 
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