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生まれ変わるとしたら
作 本保弘人
 


 舞台全体は暗め。照明も抑えめである。照明はブルー系統を用いること。大道具は全く必要ない。


      序文(序文の部分は上演されない)

 輪廻転生。永劫回帰。
 ニーチェの唱えた永劫回帰は多くの人々を戸惑わせるとともに失望を与えた。同じことが繰り返される。無意味に、淡々と、永劫に。あらゆる幸福にも、そして絶望的なことに不幸にも出口はなく、全ては自然という残酷な装置に飲み込まれてしまう。
 だが、輪廻転生は違う。仏教に基づくこの考えは、人生を十全に生きられなかった人間にとってはある種の希望でもある。輪廻転生。また戻ってこられるという考え。例え記憶をなくし、今とは全く違う環境に置かれるとしても、「再生」という甘い味のする概念に人は魅せられるのだ。
 浄土という考えがある。来世と言ってもいい。それは輪廻転生とはまた違い、この世から、より良い別の世へと移行するということだ。哲学者エマニエル・スウェーデンボルグは現世と来世の違いについて、「現世では風景に人が合わせるが、来世では風景が心象によって変化する」と述べた。心象に合わせて風景に変化が生ずるなら、複数の人間のイメージが交錯する来世は収拾のつかないものになってしまうのではないかと思うのだが、それはいい。とにかくこれは現世へ戻ることを決めた一人の男の物語である。


 男が入ってくる。右手に一枚の紙切れを手にしている。ここは来世に行くか、現世に帰るのか、自分の意志を決定する場所。いわば、来世と現世の境目の場所である。
 男のセリフは全て見えない神に向かって発せられる。

男 色々迷ったのですが決めました。現世に戻ります。勿論、あの世で亡き妻に会いたいという思いもあります。永遠の命を得て、楽しくやっていける。それを想像するだけで心が浮き立ったこともありました。でも私は天国行きを望みません。人生を振り返って、地獄行きにならなかっただけでも儲けものだという思いがあるのに、天国だなんて……。
  また、「無」に帰することも欲しません。そりゃ、お釈迦様や小津安二郎のような出来た方なら「無」として生きるというのもいいでしょうが、私のような人間にはずっと「無」であることなど耐えられそうにない。石や植物や動物、あるいは貝になるのも「いいかな?」と少しは思いましたが、やはり人間として、再び地上に戻ることにしました。決定です。変更はありません。私は私が生きてきた世界が好きでしたし、今でも好きです。例え、苦しみが多いとしてもね。いや、はっきり言って苦しみの方が多いですよ。そんなことは言うまでもないでしょう。しかしあの世で後生楽に暮らすなんて、頭がふやけちゃいそうだ。実際、天国行きを決めた「奴ら」、おっと言葉が悪かったかな、(皮肉っぽく)「方々」を見ていると頭が悪そうで反吐が出そうになる。おっとまた言葉が過ぎたようですな。
  いや、あの手のタイプの人々が私は嫌いでしてね。理由は…、いや、今はそんな話はしなくていい。とにかく私は生まれ変わりを希望します。人間としての生まれ変わりです。変更はありません。
  ええと、それから、頂いた質問状に今から答えますので、そちらの書記? の方かな、記録をお願いします。

 男、紙を広げる。 

男 ええ、まず、男女どちらを選ぶかということですが、その前に質問があります。その、生まれ変わるには、誰の子に生まれるか、ということも決定できるので?
  場合? 情状酌量って、何かいやな言い方ですね。いやいや何でもありません。  
  じゃ、ええとその情状とやらを述べますが、娘の子として生まれたいのです。
      (不審がる神の声)
  (少し焦りながら)いやいや、そういうのではなくて、更に情状を述べますと、娘が心配でならないのです。体が弱く、三つの時には「二十歳まで持たないよ」と医者に言われました。幸い藪医者だったようで、娘も今年で二十五、やっと結婚も決まってこれから、という時に私が死んでしまったものですから。優しい娘でね。私の葬儀の時も、それこそ狂ったように泣きわめきましてね。見ているこちらの心臓が切られるような思いでした。優しいというのは諸刃の剣でね。弱さとほぼイコールでもある。あの子の今後を考えると心配で心配で。しかも相手の男というのがどうも頼りなくて。一応、医者なんですが、見るからにひ弱でね。ありゃ、自分の意志でなくて、取り敢えず勉強が出来たから医者に、というタイプですね。酒好きだし、健康状態も悪そうだ。医者の不養生っていうでしょ、その言葉を実践するために生きているようなもので。将来DVを起こすのはああいう男ですね。頭の良さだけで世の中渡れると思っている。
  例えば、中学時代の友人だった佐々木。彼なんてその典型ですよ。優等生で、性格も悪くないんですが、突然、暴力的になるタイプで、近所で子犬をけっ飛ばしては……
 (注・続きはこう。「笑い声を上げて、親への不満をぶつけているという」。誰かが、「その話は関係ない」と制したようである)


     男、咳払い。


  ええと、そりゃね、結婚は許しましたよ。でもね……。
  そこでですね。私が娘の子供になって、娘を見守ってやりたいのですがどうでしょう。見ての通り、健康状態は良好。娘も子育てには苦労しないでしょう。
  妻ですか? ありゃ大丈夫ですよ。殺しても死にません。まあ、実際は死んでいるわけですが、あの世で男を沢山作って楽しくやっていける女です。私は妻より娘の方が百倍心配です。どうでしょうこの提案は? 娘の子に生まれ変われるなら、男でも女でも構いませんよ。

   間

男 え? ……嘘でしょ? 四ヶ月って、あいつ、いつの間に。あのヘボ医者。やることだけはやりやがって、……ということは出来ちゃった結婚ですか?  
  人に内緒にしやがって。全くとんでもない娘だ。
  ところでそれは誰の生まれ変わりですか? 希望者は? 代議士…、それはね、金目当てだよ、間違いないね。そんな俗な奴に生まれ変わらせちゃいけない。あれでしょ? 収賄疑惑で世間を賑わした人の奥さんでしょ? 
  今すぐ殺して下さい。お手伝いできることがあったら何でもしますから。
  (出来ないと言われ)それはないでしょう。あなたの一存で何とでも。契約書って……、ねえ、あなた神様なんだから契約でものを運んじゃいけないでしょ。私らがあなたを頼ってきたのは、そういったものごとから超越した存在だからで…。
  ああ、もう、話のわからない人だな。契約だの誓約だのって、それじゃ悪魔と一緒じゃないか。もういい、とにかくそんな面の皮の厚い女に生まれ変わらせちゃいけない。生まれ変わるのは私だ。そんな女は中絶させてしまえばいい。
  え? 人道って? 神様ね、あなたがもっとちゃんとしないから平気でエアガンで人  を撃つような人間が生まれてしまうの。もっと責任を持って貰わなくちゃ困る。だからニーチェみたいなアホに殺されたことになってしまうんでしょうが。とにかく生まれ変わるのは私だ。
  本気でね、人を支えられるような人間。それがあの娘には必要なんだ。私には出来る。本当なら、全員それが出来なきゃならないはずなんだ。なのにこの世ときたら……。

    間

男 いいえ、世の中を否定しているわけじゃないんです。しかしあれでしょ。生きていか  なくてはならないでしょ。ならもっと住みやすい世にすべきだ。イエス様も言っているでしょ。「私が地に平和をもたらしに来たと思うな。私は平和ではなく、剣をもたらしにきたのだ」(『マタイ伝』)って。あれはね、ちゃんと理解していない人も多いみたいだけれど、この世の腐った部分を断ち切り、再生するための剣なんだ。そりゃね、シバ神を崇め奉って、今、醜態を晒しているのもいますよ。(悪戯笑いを浮かべ、ヴァージンロードを歩く真似をし、神々に「何かわかりますか?」という表情で)合同結婚式なんてままごとみたいなことやっているのもね。だが奴らはね。自分さえよければそれでいい。そういう考えで剣を振るったんだ。イエスとは格が違います。
  とにかくね。申請します。私は私の娘の子供として生まれ変わる。以上。

   男、再び紙に目をやる。

男 次に、予め職業を選択しておくことと書いてありますが、これは何ですか? 仕事というのは生まれる前から決まっているものなんですか? はあ。ふん。じゃ、何ですか。前世で私が頑張って勉強していたこと、あれは全て無駄だったわけですか?
  え? それぐらい調査してあるでしょう? 
  (神「そんなことはしない」)
  全く、しっかりして下さいよ。あなた達、神様なんだから。
  弁護士です。弁護士。結局十年必死で勉強しても駄目だったんだ。あれはね、ちょっ  とないと思いますよ。そもそもね、法科大学院政策なんて打ち出したアホはけしからん。そうでしょう? 奴は今どこにいます?
  あの世でまた官僚やってる? 神様、そんなこと許していいんですか? これじゃ浮かばれない人間が、幽霊になって街中彷徨ってるのも無理はない。あなた方には慈悲の心はないんですか? それなら仏教の方がよっぽどましだ。
   (神「仏教の方が何故ましなのかね? ブッダは何と言ったのか?」)
  「愛つまり愛着は他者を排する自分を苦しめる行為である。慈悲こそが最上のものだ」。若い頃はね、何きれい事言ってるんだと思いましたよ。でもね、今になってみるとそちらの方が正しい気がする。遊んで暮らせる極楽浄土なんてなくって、ブッダが架空の人物だとわかった今でもね。ブッダが実在したかどうかなんて、そんなことに意味はないってこともわかってる。大切なのは事実じゃない。新聞は事実を報じるけれども実人生において大切なのはいわばスタンスなわけで……。
  失礼、少しばかり熱くなりましたな。
  希望すればその職につけるんですね?
  違うの? 才能? 判定試験ってそんなものがあるんですか? でもそれじゃ、生まれ変われたとしても前世より上には行けないってことじゃないですか。何か、生まれ変わるのが嫌になっちゃったな。
  で、娘は子供を医者にしたがってるんでしょ? 私には医学の才能はありませんよ。そもそも数学の才能がこれっぽっちもない。しかし数学オリンピックの優勝者が数学者ではなく医師になるような…、
  (突如、思いついたように)
  双子にして下さい、その代議士の妻とやらと。彼女が医師になればいいんだ。そうでしょう。そして私はなりたいものになる。どうです? いいアイデアじゃないですか。
  で、私がなるのは…、私がなるのは…、
  ええと、ちょっと待って下さい。
  そう、ミュージシャンだ。私はね、ビートルズ世代でね。女にもてたくて、ギターを始めたんだ。そう、ミュージシャン。これなら医者の子に相応しいジョブじゃないですか。
  後ろ? 後ろですか?

    男、下手奥に行く。

男 これ?

    黒い布をめくるとギターが出てくる。

男 はあ、ふーん。え? 私が(弾くの)? いや、何せ久しぶりなもので、腕がなまってしまっていて…、(誤魔化そうとして)あ、あ、そうだ腱鞘炎だったんだ。
  はいはい、わかりました。(もう一度誤魔化そうとして)あ、爪が…、はいわかりました。

    男、観念してギターを弾く。

ここで好きな歌を歌って良い(初演では「スタンド・バイ・ミー」が歌われた)、そして曲が盛り上がったところで(ストップが入ったらしい)

男 なんですか、これからいいところなのに。誰だ今、下手くそって言ったのは? 
  こっちもこれでも必死なんだよ。それを……

男 わかりました。歌は辞めます。アーチスト。それならいいでしょ。
  (自信たっぷりに)ご照覧あれ。

    男が演じるのはリア王。

リア(男) 風よ、吹け、きさまの頬を吹き破るまで吹きまくれ!
      雨よ、降れ、滝となり、竜巻となり、そびえ立つ
      塔も、風見の鶏も、溺らせるまで降りかかれ!
      稲妻よ、一瞬にして雷神の心を伝える硫黄の火よ、
      柏の大木をまっぷたつに突んざく雷のさきぶれよ、
      わしの白髪を焼きこがせ! そして天地を揺るがす
      雷よ、丸い地球がたいらになるまで打ちのめせ!
      いのちを生み出す自然の母胎をたたきつぶし、
      恩知らずな人間を作り出す種を打ち砕け!

                    『リア王』(白水社。小田島雄志・訳)

男 どうです。なかなかのものでしょう。俳優になら、なれる。私にはそれだけの力がある。
  神よ。これで文句ないでしょう。

     (間)

男 それは違うでしょう? 神や神聖な人間、神話世界を描くのが劇だなんて……。
  それじゃ、劇は神のためにあるといっていうようなものだ。
  実際そう? それはないんじゃないですか?
  確かに、演劇の神に捧げるつもりでやっている俳優もいるでしょう。しかし、神の僕
  であらねばならないだとか、そういったことは、強制されるべきものではない。
  そもそも神や仏は人を救うべきものでしょうが。人を救えない宗教なんて何の意味も  ないんだよ。そりゃそちらにしてみれば、人間に、勝手に宗教に担ぎ出されて迷惑なんでしょうが、やっぱりね、寛容さと言いますか、心の広さが欲しいんだ、まったく……。
  大体、試験だ、試験だって、そうやって人を峻別しようとするけれど、あなた方、神は、絶対的な立場にあって、公正な社会というものを阻害している。
  この世に現人神なんているから、いつまで経っても真の意味での平等と民主化が成し  遂げられない。神を置いてしまったから、自分の頭でものを考えようとしない人間が増えてしまう。「偉い人が言っていました。神様のような人です。我々は神の意見に諸手を挙げて賛成します」。これはね、ファッショですよ。先の戦争だってね…、(誰かがその場を去ろうとしたらしい)ちょっとそこ。何ですか。人が話しているっていうのに。人だから良いって言うんですか? 「我々は神で人より上である」って。
  随分、ふざけた態度を取ってくれるじゃあないですか。
  誣告罪? 随分懐かしい言葉を使うんですね。
  (また誰かがその場を去ろうとしたようだ)ちょっと待てって。(ギターを振り上げる)下がれ。座ってろ。あなたにはどうでもいい仕事かも知れないが、俺にとっては一生に一度のことだ。神の堕落は他者を見下すことから始まった。絶対なんて作っちゃいけない。神と人とが向かい合うのも、人と人とが向かい合うのも一緒だ。
  人の話を聞き、自分の言葉を話す。それでなきゃ、そういう生き方をしなくては、人生は借り物になってしまう。誰かの意見を纏い、誰かの夢の中で過ごし、誰かの言葉で喋る。それが尊ばれるようなら、私は世界を否定する。

    (間)

男 ええ、言いました。もう一度いいましょうか。否定します。
  神様。人間をあなたの奴隷にしないで下さい。
  あなた方が振りかざす正義に私はうんざりしているのです。秩序という名の呪縛。尊厳を語る尊大さ。それに美名を与え、人々を騙すのは辞めて頂きたい。
  そんな尊大なことを語る権利があるのかと、あなた方はお思いになるかも知れない。しかし、この世の全てを掌握し、把握しているという自惚れがあなた達にあるから、そうお考えになるのではないでしょうか?
  (抗議の声が上がったようだ)
  ええ、ええ、しかしそれこそがあなた方の弱点なんです。私のことを尊大だとお思いでしょうが、それはお互い様でね。
  私は何もわかっていないかも知れないがあなた方も同じだ。
  そして無知なあなた方が神であることは罪ですよ。
  冒涜だと受け取られるなら構わない。そう受け取るような神に、再生させて貰いたいとは思わない。輪廻転生。それが結局、神々のエゴによるものなのだとしたら、私はそれには従いたくない。そう、

   (男、転生の条件の書かれた紙を手にし、破き始める)

男 あなた方は病んでおられる。人間の闇は神の病の反映。こうした大義のない転生の条件も絵空事。神様、あなた方が私たちを生んだのではない。私たちがあなたを生んで差し上げたのです。輪廻転生という筋書きも、今、ここに派生しているドラマも全ては私たちの手によるもの。(演出1:男、裂かれて細くなった紙を観客に手渡していく。演出2:男は紙切れを少しずつ床へと落としていく)あなた方は鏡だ。生きている鏡だ。あなたの声は私の声だ。そう、あなた方のなせることはごくごく小さなものだ。何百という再生、何千ものストーリー。それはあなた方のものでないだけに貴重なのです。
  あなた方は私がいなければ存在しない。私もまたそうで。あなたと私は空と空気の関係のように曖昧で、あるいは転倒する危ういものだ。
  あなた方の差し出す物語に巻き込まれるつもりはありません。
  「生まれ変わるとしたら」、お前の息子として生まれたかった。娘にはそう伝えて下さい。でもそれはエゴだ。娘を最後まで自分の所有物にしようという。それはわかっているのです。それをわかっているということがあるいは私があなた方に勝っているということで。
  ただ、「味方だ」。これだけは娘に誤解して欲しくはないのです。

    (間)

男 どうしても生まれ変わらなければならないのだとしたら。さあ、どうでしょうね。
  でも、これだけは言える。
  「全世界に告ぐ。私は信じない」(北島 Bei dao 「見知らぬ浜辺」より)

    男、ギターを手に取り床に座る。

男 お望みの曲は何ですか? 弾けるかどうかはわかりませんがね。

    男、うなずき、ギターを弾き、「星条旗」(その時々で最も勢いのある国の国歌を歌う)を歌い始める。


                                  完

 
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