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あぱあとめんと
球鹿若久
 



注:物語はいつもアパートの一室で繰り広げられる。一幕と五幕は同じ部屋。舞台下手に玄関ドア。部屋に入る時靴を脱ぐならその周辺で脱ぐ。舞台奥上手よりには別の部屋に通じるドア、そこより上手側に押入の戸。客席からは押入は戸を開けない限りその中は見えない。上手端手前には台所がある設定。家具などは抽象的で良い。全てドアはあるが背景は置かないでバックライトを使う事。そこにはその部屋に住む人と人との繋がり、情念、哀しさが表現されている。室内中央にはテーブル。転換の際は暗転中、およそ30秒ほどの間に室内の家具などの配置を換える事。


序幕「哀しい物語」

   幕が開くとアパートの大家である小林万理江(61)が誰かと話をしている。誰かの姿は客には見えず見えず一人芝居のよう。
小林「…最後にアパートの入居者について説明しとくよ。一号室には可愛い女の子が一人いるんだ。女の子って歳じゃないかもしれないけどね。ただ疫病神が一人ついてるよ。あれこそ腐れ縁て奴だね、まあその子の話はおいおいね。二号室には法月さんていう親子二人暮らし。お父さんと高校生の娘だ。父親の方は超がつくほどの料理好きでね、まあそこらの定食屋よりよっぽどおいしい物食べさせてくれるよ。で、三号室があたしと孫の健史の二人暮らしさ。どうせ分かる事だから言っちゃうけどね、孫の健史は昔事故に遭ってね、目が見えないんだ。あと、精神を病んでる。自閉症なんだってさ、まああたしは気にしてないけどね。あんたも気にならないって? そりゃあいい。そうそう、あんたが住むところ、これが四号室だ…そういえばあんたどっかで会った事ないかい? よくある顔だって? まああたしも年だからね。どうでもいいんだけどさ、あんた何でここが気にいったんだい…大家のあたしが言うのも何だけどいわくつきだよ。十年前火事があってね。あ、もちろんリフォームは済んでるよ。鉄筋コンクリートってやつでね、建替えまではしなかったんだ。でもこればっかりはね、気持ちの問題だからね。え、気にしない? へえ線が細い割には肝っ玉が座ってるじゃないか。え? 肝っ玉とは何だ? 座るからには生き物かって? 知らないよそんなことは。あんた変な人だね…あ、ついでなんだけどさ、ここに住むんなら知っといて欲しい事があるんだ。なあにたいした話じゃない。ただの昔ばなしさ。でもあんたにもあの子を傷付けない為に協力してほしいんだ…じゃあ話すよ」
   照明が変わり緊張感が高まる。
小林「哀しい物語だ」
   暗転。BGM。クリスマスソングで。

   どういった形でもよいので幕間には文字が映し出されること。入場パンフを配る場合にはパンフに第一幕から最終幕までのタイトルを入れること。

幕間字幕
「1999年12月24日 クリスマスイヴ 物語は時計のベルから始まる」
第一幕 「最悪のイヴに」

   コーポ小林一号室。ベッドに若い男、山田 肇(22)が寝ている。彼らの部屋は乱雑で、マンガ本や彼らの服があちこちに放り出されている。彼の部屋の一角にはガンダムのプラモデルが並べてある。また部屋の隅にボストンバッグがある。その周りだけ綺麗である。肇は半裸で寝ている。目覚まし時計のベルが鳴る。
肇「・・・認めたくないものだな。自分自身の若さゆえの過ちは…(などガンダムに出てくるキャラクターになった気分の寝言)」
   鳴り続ける。
肇「ん、ん・・沙織、止め・・・沙織」
   鳴り続ける。
肇「沙織!…。どこ行ったんだ・・・」
   ベッドから起きる肇。沙織はどこにもいない。目覚まし時計を止める肇。
肇「(時計を見て)・・・もう五時かよ…速えな」
   机の上の携帯ラジオをつける。赤鼻のトナカイのBGMに合わせDJが話す。
DJの声「つー訳で今日はイヴですから、クリスチャンも仏教徒も無神論者も関係なく、聖夜を祝ってラブラブな夜を過ごしてちょうだい。私は特に予定ないので誘いたい方は番組にメール待ってます! では、お相手は夢田アンナでした! また明日、ちゃお!」
   ラジオのスイッチを切る。携帯電話を見ながら。
肇「聖夜、か・・・」
   突然チャイムが鳴る。固まる肇。
肇「・・・」
   もう一度チャイム。肇、服を着るが出ようとはしない。
肇「・・・」
   ドアを叩く音。
肇「…」
   覚悟を決めた肇、勢いよくドアを開け、その場で土下座。
肇「すいません!×10(早口で)」
   ドアの前にいるのは境雅人(23)。鞄を背負っている。
肇「本当に右田さんにはいつも感謝してます、何度も何度も待って頂いて! だからあともう一日、もう一日だけ待っていただけないでしょうか! 必ず耳揃えてお返しします! 申し訳ありません! 今はないんです! 払えないものは払えないんです! だから寝技だけは、骨だけは勘弁して頂けないでしょうか! 今日のところは、お願いします!」
境「…(軽く咳払い)何をお願いするんです」
肇「え?…あ、おたく…誰?」
境「今日から四号室に越してきた境といいます。何をされてるんですか?」
肇「いや、これは何つか・・・えーみたいな」
境「寝技って?」
肇「そ、そうです・・・寝技の研究を」
境「私の記憶が確かならそれは土下座というものでは」
肇「…新型です」
境「耳を揃えて返す」
肇「ええ、耳を揃えてでんぐり返すんです」
境「耳を」
肇「(前転しながら)ポイントなんです!」
境「柔道が好きなんですか?」
肇「マニアです!」
境「へー、とにかく宜しくお願いします」
肇「お願いします…」
会釈をする境。肇、安心して倒れこむ。
境「! 誰かいる」
肇「え、ちょっと」
   無遠慮に入る境。押入れを開けると十和田沙織(20)がいる。沙織は関西人。
沙織「・・・」
肇「沙織!」
境「何をしてるんですか」
沙織「・・・ドラえもんの真似?みたいな」
境「・・・四号室の境といいます」
沙織「よろしゅう」
境「宜しくお願いします」
   というと境出て行く、かに見えるが途中で戻ってくる。しかし肇たちは気づかない。
沙織「違うやん。あほちゃうあんた何土下座してんの」
肇「何でそんなとこにいるんだよ!」
沙織「避難や、避難。右田来たら嫌やし」
肇「・・・それにしても、何がドラえもんだ。ばーか」
沙織「馬鹿? どつき回すぞこら」
肇「・・・(怖い)あほって言った」
沙織「あほは挨拶や。馬鹿は侮辱や。そんな事もわからんのか。死にさらせドあほ」
肇「・・・すいません」
沙織「あとドラえもんを馬鹿にするのも許さへんからな」
肇「マニアだったか・・・」
沙織「お前のガンダムと一緒にすな。オタクが」
肇「ガンダムには全てがつまってるんだ!」
沙織「そんでどないすんの」
肇「え」
沙織「借金や、借金。あほみたいな顔して」
肇「あほあほ言うなよ。何とかなんだろ」
沙織「せやからあの金つこたら」
肇「それは無理。絶対無理」
沙織「んなら骨折られ」
肇「それも無理!」
沙織「んなしゃあないやんか。あの金使うか右田に五体バラバラにされるかや」
肇「五体バラバラなんてやだよ」
沙織「男のくせに根性ないやっちゃな。あの金つこて高飛びしたら・・・」
   沙織、玄関にいた境に気づく。
沙織「何あんた!」
境「・・・」
沙織「つか、何? いつからいたん!」
境「さっきから」
肇「帰ったんじゃ」
境「今室内清掃中です。待ってるようにと」
   遠くから何かをひっくり返すかのような音が聞こえる。
沙織「(ドアの向こうを睨み)ばばあ、聞いてへんで」
肇「・・・今の聞いてた?」
境「何を」
   肇と沙織、少し離れ。
肇「聞かれたかな」
沙織「わからん」
肇「あの・・・名前なんでしたっけ」
境「境です」
肇「そう。俺は山田肇。こいつは一緒に住んでる沙織」
   後ろから肇の頭を叩く沙織。
沙織「こいつ言うな」
肇「ごめん・・・君、いくつ?」
境「いくつとは?」
肇「いくつって・・・年だよ年」
境「年齢か・・・23」
肇「嘘? 年上? ごめんごめん・・・なさい。宜しくお願いします」
境「宜しく」
   遠くで大音量の音楽が鳴る。
肇「あ」
沙織「始まった」
境「・・・?」
   肇と沙織、深くため息をつく。音楽がワンフレーズだけ流れると誰かの足音。廊下を走っている。
声「わー!」
境「・・・?」
声「たけちゃん!」
   何かをひっくり返すような音。やがて、沈黙。
沙織「大家の孫がな、ちょっと何つうか…やんちゃやねん」
肇「よくある事ですから」
境「なるほど」
沙織「そや、つまみつまみと」
   沙織、奥の台所へ行く。しばしの沈黙。
肇「・・・まあどうぞ。汚いとこですけど」
境「そうですね」
肇「は?」
境「・・・(歯を指し)歯?」
肇「・・・境さんでしたっけ、何をされている人なんですか?」
境「・・・何をしているか」
肇「はい」
境「息」
肇「え」
境「現在私はあなた山田肇氏の前に座り息をしている。かつそれで説明が足りなければ何をしているかと問われその質問に日本語で答えている」
肇「・・・そういう意味ではないです」
境「そういう意味ではない・・・ではどういう」
肇「仕事です。何の仕事をしているか」
境「私は境雅人。職業は営業」
肇「営業ですか。何の?」
境「何の?」
肇「ええ、何の?」
境「ええ何の?」
肇「(馬鹿にされていると思い)ちょっとふざけてます?」
境「・・・ちょっとふざけるというのはどういう場合を指すのか? 教えてほしい」
肇「・・・もしかして外人?」
境「もしかしてガイジンとは何だ?」
肇「・・・変わってますね」
境「よく言われる」
肇「でしょうね」
境「心外だ」
肇「それでよく営業が出来ますね」
境「上司は私の事を優秀という。彼は間違っているのかもしれない」
肇「お仕事の内容は?」
境「うまく言えないが・・・見届ける事か」
肇「見届ける? 営業なのに?」
境「上司がこういっていた。お前の仕事は事務処理ではない。だから事務ではない。残るは営業だ。よってお前は営業だ」
肇「ずいぶん乱暴な分け方ですね」
境「分け方が暴力なのか?」
肇「…いいですもう」
境「…(唐突に)魂の存在を信じるか?」
肇「何ですか?」
境「魂だ」
肇「あの魂ですか?」
境「他にタマシイがあるのか?」
肇「いきなり何を」
   沙織、戻ってくる。手にはビールと柿ピー。沙織、戻ってくるなり肇を見て。
沙織「あんた、ホンマあかんな」
肇「え、何が?」
沙織「普通茶位出すやろ」
肇「あ」
沙織「はよ動く。とろいんじゃボケ」
肇「・・・(ぶつぶつ言いながらお茶の準備)」
境「お構いなく」
   肇、手を止める。
沙織「(怒り)はよ」
   肇、お茶を入れに台所へ。
境「・・・(二人の関係性がわかる)」
   沙織はタバコを吸う。
沙織「あんた、何でここに引越してきたん?」
境「仕事だ」
沙織「仕事って何や」
境「仕事って何や・・・営業だと思うが上司は分け方を暴力的にした」
沙織「はあ?」
   肇が茶葉、湯のみなどを持って戻ってくる。
肇「まあまあ、沙織ちゃん。それ以上はつっこまない方が」
沙織「(無視して)仕事場もこの辺か」
境「今回は」
沙織「今回? じゃあいつもは」
境「私達は適性に応じて仕事をする。その為様々な国に行く事もある」
沙織「へえかっこええなエリートか」
境「えりいと?」
沙織「海外で仕事してんねんて」
肇「へえ、色んな国の言葉を喋れるんですか?」
境「どうかな、滞在が短いので正確には理解できていない。(鞄から辞書を取り出し)辞書で情報を記憶する」
肇「日本語も?」
境「日本語は難しい」
肇「日本人なのに?」
境「10歳までは日本で生活していたがその後海外に行ったので比喩表現、ことわざ等は不明だ。辞書が必要だ」
肇「(辞書を見て)使い込んでるなあ」
境「ところどころ破れている」
沙織「何か喋ってみてや」
境「日本語をか」
沙織「英語とかや」
境「わかった」
   境、流暢な英語(もしくは他の言葉)を話す。何を喋るかは自由。わかる人だけにしかわからない内輪ネタや作品自体のネタバレでも良い。とにかく流暢に話せるようになるまで練習。
沙織「もうええわ、全然わからん。頭いたなるわ」
肇「すごいなあ…どうぞ(お茶を出す)」
境「お構いなく」
肇「入れちゃったし。飲んでください」
境「お構いなく」
肇「そういわずに」
境「お構いなく」
肇「(キレ)人が飲めって言ってんだから飲みなさいよ。何か理由あんのあんた!」
境「マイカップじゃないと飲めない」
肇「・・・」
沙織「はあ?」
   境、鞄からマイカップを取り出す。可愛い熊の絵の描いたやつ。それに肇が湯飲みに入れてくれたお茶を移し。
境「頂きます…(一気に飲む)ご馳走様です」
肇「・・・You are welcome」
沙織「(肇を叩き)欧米か(古ければオリジナルつっこみに変更)」
境「・・・(無反応)」
沙織「今のは笑うとこやろあんた。せめてなんかの返しはせなあかんやろ。それを無視かい、そらあかんで」
境「返し?」
沙織「だから東京モンは好かんのや。ボケとつっこみが息づいてない」
境「ボケとつっこみ? 息づく? 生き物なのか、動物か?」
沙織「・・・もう喋らんでええわ」
境「助かる」
   境は鞄から本を出し読み始める。
沙織「サブいぼ立つわー」
   突然肇の電話が鳴る。
肇「・・・(見て)右田だ」
沙織「ほな(立ち上がる)」
肇「待ってよ!」
沙織「わかったてもう…とりあえず出えややかましい」
肇「・・・(電話に出て)はい。もしもし。はい、すいません。はい、はい、はい・・・すいません。わかってます。はい、はい、はい・・・今からです? はい、はいはい、はい・・・そうですね。おっしゃるとおりです。はい、悪いのは僕です。はい・・・はいはい、はい・・・いいえ、そんな。はい・・・はい、そんな事ありません、はい・・・お待ちしています。はい、はい・・・はい・・・? ええと7回ですか・・・22回、そんなに・・・(沙織に)切れちゃった」
沙織「何やて」
肇「今から来るって・・やっぱおかしいあいつ。俺が何回はいって言ったか数えてた…どうしよどうしよどうしよどうしよ」
沙織「迷ってるからやんか」
肇「・・・」
   肇が忙しなく部屋のあちこちを歩き回り爪をかむ。沙織は座ってタバコを吸っている。
沙織「…」
   肇がため息をつく。また爪をかむ。
沙織「座ったら」
肇「ああ」
   肇が座る。大きくため息をつくと寝転がる。そして彼がもつ色んな癖をする。
沙織「(舌打ちし)…とおし」
   肇がまた立ち上がり動き回る。爪をかむ。
沙織「いい加減にしーや」
肇「何が」
沙織「爪かんだって解決せんわ」
肇「待ってくれないよ。あのおっさん、今度が最後だって言ったんだ」
沙織「払えんもんはしゃあないやろ」
肇「お前は話してないからわかんねえんだ。俺なんかこないだ払い腰だぞ」
沙織「はあ?」
肇「腹、ゴーンてやられて襟首掴まれて、こうくいっと、くいっと払い腰されたんだ。俺どーんてアスファルト直撃」
沙織「へえ」
肇「何だその薄いリアクションは!」
沙織「楽しそう」
肇「楽しくねーよ! 受身とれねーもん。柔道なんてやった事ねーし。ゴーン、くいっ、どーんだぞ!」
沙織「やっぱり楽しそう(タバコを吸う)」
肇「楽しくない! 言ったんだあの親父、次は寝技だぞって」
沙織「わはは」
肇「何笑ってんだ!」
沙織「いいやん寝技かけられてきーや」
肇「寝技でぽきぽき俺の骨を折るんだよ。折られちゃうんだよ! 言ったもん、骨四五本いけばにーちゃんも分かるやろって。笑っていったんだ! いいのか、いいのか俺が骨折られても」
沙織「ええよ」
肇「即答かよ!」
   ピンポーンとチャイムが鳴る。
肇「来たよ。来たよ。来ちゃったよ」
沙織「思う存分折られてき」
肇「やだ!」
   再度チャイムが鳴る。境は本に夢中。
沙織「はよでーや(立ち上がる)」
肇「…お前出てよ」
沙織「あんたの借金やんか」
肇「俺はお前の為に(振り返る)」
沙織「ほな」
   沙織はまた押入れの中に隠れる。
沙織「がんばって、のび太君」
   押入れのドアを閉める。
肇「・・・」
   チャイムが再び鳴った。出ようとしない肇。二度目のチャイムを無視したあと、ドアを強く叩く音。ドアを叩いているのは中年のやくざ風の男、右田海造(55)。
右田「山田さーん、あけてください」
   再びドアを叩く右田。
右田「山田さん! いるんでしょ! 出て来い! 山田!」
   飛び上がる肇。座布団を数枚部屋の隅のボストンバッグに被せ、ゆっくりと近づく。
右田「山田! われ出てこな戸蹴破るぞボケ!」
肇「(意を決し)はい! はーい・・・」
   肇がドアを開けると鋭い目つきをした右田が睨んでいる。
肇「ど、どうも・・・」
右田「どうもやあらへんやろ」
肇「ごめんなさい、今取り込み中で」
右田「こっちも取り込み中じゃボケ」
肇「おっしゃってる事はわかります。何とかしますから」
右田「そればっかりやないけワレ」
肇「すいません」
右田「だいたいやな、おのれが連帯保証人もつけんからこういうことになるんじゃ」
肇「当てがなくて」
右田「んなもんはなあ・・・(境に気づく)ちょうどええやんけ」
肇「はい?」
右田「ここにええ兄ちゃんおるやんけ。ワレの身内か」
肇「いえ、違います」
右田「誰でもええわ、(境に)おう兄ちゃんこのガキの連帯保証人にならんか」
境「…」
右田「おい、お前や」
境「(肇に)喋っていいのか?」
肇「いいです」
境「連帯保証人?」
右田「ええやんけ。袖触れあうも多少の縁ちゅうやんけ」
境「ソデふれあうもタショウノエン」
右田「そうや」
境「…わからない」
右田「何がわからないんや」
境「意味を説明してほしい」
右田「何やこいつ」
肇「あまり関わりあいにならない方が」
右田「ええから、ワシの言うとおりにしたらええんや」
境「ワシ? 鳥ですか? 鷲は喋らないと思うのだが」
右田「ワレなめとんかコラ!」
境「なめる? 私は何も舐めてはいないが」
肇「だから関わっちゃ駄目です」
境「(肇に)何か舐めてるか?」
肇「何も舐めてないです」
右田「(肇に)なめとるやないけ」
肇「はい、なめてます。舐めまくってます」
境「(肇に)舐めてないし、まくっていない」
肇「はい・・・どうしたらいいんですか!」
   押入れで音。右田ら注意を向ける。右田が押入れを開けると沙織が笑っている。
沙織「(爆笑)」
右田「・・・おい」
沙織「ごめん・・・ ちょっと、なんかウケて」
右田「ワレら、自分の立場がわかってないらしいな、のう山田」
肇「い、いえそんな、十分、十分わかってます! (土下座をし)本当に右田さんにはいつも感謝してます、何度も何度も待って頂いて! だからあともう一日、もう一日だけ待っていただけないでしょうか! 必ず耳揃えてお返しします! 申し訳ありません! 今はないんです! 払えないものは払えないんです! だから寝技だけは、骨だけは勘弁して頂けないでしょうか! 今日のところは、お願いします!」
右田「ああ?」
   境、唐突に拍手をする。
肇「は?」
右田「何拍手しとんねんコラ」
境「さっきのと全く同じ台詞だ。一箇所の違いも無い。素晴らしい。(肇に)練習したのか?」
肇「・・・お願いだから黙っててくれないか」
   沙織は爆笑。声を立てず。
右田「己らワシをこけにしとるみたいやな」
境「またわからない事を。鷲という鳥をどうやったらコケにできるんだ。植物だぞ。鷲は鳥、鳥類だ!」
右田「・・・」
境「それとさっきも思ったが耳揃えて返すとはどうするんだ? 揃えると言っても耳は顔についている。取り外す事はできない。それとも君は取り外せるのか? 是非見たい」
肇「・・・」
右田「何かワシも頭痛くなってきた」
肇「すいません右田さん、本当すいません」
右田「何とかせえやこいつ」
肇「(境に)とりあえず帰って下さい」
境「まだ室内清掃中だ」
右田「己がはよ金返さんからワシがこんなのと話さないかんのやろが」
境「待ってくれ。鷲はどこにいるんだ」
右田「ワシや!」
境「だからどこ」
右田「(肇に)大体このガキは何なんじゃ! 己とどういう関係なんじゃ!」
肇「この人は・・・」
右田「何や」
肇「あの・・・何ていうかその」
右田「何や!」
肇「(思わず沙織を指し)・・・こいつのこれで(親指を立てる)」
右田「あ?」
肇「(混乱しつつも何かを考えている)だからこいつの男なんです」
右田「このネーちゃんの男はお前やろがい」
肇「このネーちゃんの男は俺であり、こいつ! だから今取り込み中なんだ!」
右田「・・・三角(関係)か」
肇「後にしてもらえませんか・・・お願いします」
右田「・・・しゃあない。ちょっとだけ待ったろ」
   右田、出て行く。
肇「・・・」
   右田、戻ってきて。
右田「山田!」
肇「はい!」
右田「がんばりや」
   右田、出て行く。肇、その場にへたり込む。
肇「骨折られなかった・・・」
境「奴は何なんだ。右田といったな。人を見て三角って、私は三角ではないぞ」
肇「あんたのせいだろ」
境「私のせい?」
肇「ああいう人にあったらな、ああいう余計な口は叩かないで黙っておけばいいんだよ。あんた、あやうく俺の保証人になるとこだったんだぞ。なりたいのか? なりたくないだろうが? ああいう人にあったら目を逸らせ、余計な口を叩くな、ひたすら関わらないようにするしかないんだよ・・・何してるんだ」
   境、自分の口を手で叩いている。
境「私はさっきこんな事はしていない」
肇「(頭を抱え)勘弁してくれよ」
   境、顔を反らす。
境「(沙織に)目を反らすのはこうでいいのか?」
沙織「変わってんなあ」
境「心外だ」
肇「もう掃除終わったんじゃないんですか」
境「そうだな。見てこよう」
   と出て行く境。
肇「何だあいつは・・・」
沙織「変なやつや・・・でも」
肇「でも?」
沙織「もうさぶいぼは立たんわ」
肇「・・・俺が立つよ。で、どうしよう右田」
沙織「つこたらいいやん」
肇「・・・金? 駄目だよ」
沙織「まだ持ってるんやろ」
肇「いやそうだけど俺のお金じゃないし」
沙織「いいやんもう。どうせ強盗した金なんやろ」
肇「違うんだ」
沙織「往生際わるいで」
肇「本当に違うんだ」
沙織「…」
肇「俺は確かに昨日コンビニにいった。あれは夜中の2時で店員は一人、モデルガンを突き付けてあいつはびびってた。十万ありゃよかったんだよ。な、十万ありゃとりあえず右田に折られなくて済んだんだ。なのに」
沙織「なのに何や」
肇「あいつ金はこれだけですって。二万? コンビニのくせに何で売上が二万なんだよ」
沙織「あの店閉店するらしいな」
肇「どこまでもついてない・・・」
沙織「そんで?」
肇「それで…突然トイレのドアが開いたんだ」
沙織「誰かいたんか?」
肇「うん。一瞬の判断だった、俺は咄嗟に」
沙織「どうしたん?」
肇「逃げた」
沙織「はああ?」
肇「やくざだったんだ」
沙織「やくざ?」
肇「刈上げにサングラスで2メートル近かった。あれはやくざ」
沙織「思い込みやないけ。ほんまあんたあかんな」
肇「だってやくざに勝てるか?」
沙織「銃持ってたんやろ?」
肇「モデルガンに何を期待するんだ」
沙織「そんで何もとらんとにげたんか」
肇「うん。危なかった」
沙織「死ね」
肇「死ね・・・酷っ」
沙織「しょうもない男・・・あれ、待ちいな。なら何でそんな大金あるん?」
肇「そこなんだよな」
沙織「正直にいいや。この金どうしたん」
肇「わからない」
沙織「わからないって何や」
肇「俺、金詰めようとして空のバッグを持っていった。それが逃げる時には重くなってた」
沙織「はあ?」
肇「帰って開けたら金が詰まってた」
沙織「んな訳ないやろ」
肇「本当なんだって。レジからは一円も取ってないんだ」
沙織「そんな手品みたいな話・・・あるか!」
   と、沙織が近くにあったラジオを叩くとはずみでラジオがつく。
ラジオアナウンサーの声「・・・今朝早く鶴見三丁目の自称コンビニ店員永田正志容疑者が逮捕されました。調べによりますと永田容疑者は同コンビニを深夜の勤務時間帯に麻薬取引場として使用していた模様です。取引には複数の暴力団が関与していたものと思われていますが、同容疑者は取引に使用された金銭三千万円についてコンビニ強盗に奪われたなどと供述を繰り返しており、県警では裏付け捜査を進めています」
沙織「…」
肇「…」
   ラジオを切る肇。
沙織「これって」
   ボストンバッグをあける肇。
肇「1,2,3,4・・・10,20…30束ある」
沙織「…マジ?」
肇「そういえば…」
沙織「何」
肇「俺コンビニに行って袋に金詰めろって言った時店員にカバン渡しちゃったんだよ。…うん間違いない、それからやくざが出てきたろ」
沙織「やくざっぽい奴や」
肇「そうそう。やくざっぽいのが出てきたから咄嗟に近くにあったカバンを掴んで逃げちゃったんだよ。てことは」
沙織「・・・てことは何や、あれはそのやくざもどきの」
肇「かもしれない…そのラジオで言ってた」
沙織「複数の暴力団…」
肇「やばくね?」
   沙織、考えようとするがまとまらず、ボストンバッグの中の札束を見て。
沙織「…今のは聞かんかったことにしよう」
肇「どういう事?」
沙織「きっとこれプレゼントやわ」
肇「プレゼントって?」
沙織「(遠い目をして)今日はクリスマスや。きっと神さんが恵まれないウチらにプレゼントくれたんや。絶対そやって」
肇「現実逃避してないか」
沙織「使たらいいんや。借金返してどっかパーっと高飛びや」
肇「駄目だよ・・・だってプレゼントはもっと他にあるんだ」
   何かを言いたそうにする肇。
沙織「ないない。金に勝るプレゼントなんてないわ。パーっと使おう。右田ともこれでサヨナラや」
肇「誰の金かなんてわからないよ。足とかつくかもしれないし」
沙織「んな、どうするんや。借金返さな酷い目合わされるんやろ」
肇「何とか・・するよ」
沙織「何ともならんやん。何ともならんから、甘い事ばっか言うてるから借金で首も回らんのやろ。お金で買えない幸せなんてどこにあるんや? 甘い事ばっか言って働きもせんとウチに食わせてもろてるのは誰や? 借金で首も回らんのはどこの誰や? あんたやないか」
肇「あるはずなんだよ、絶対」
沙織「あんたの絶対ほど当てにならんもん・・な」
   いつの間にか境が入ってきていて、肇の首を回している。
肇「な、何やってんだ!!」
境「よく回るぞ」
沙織「いつからいたん?」
境「つい先程だ」
肇「何でここにいるんだよ」
境「気にするな」
沙織「気になるわ!」
   ドアの向こうの方でドタバタという音。
声「たけちゃん、たけちゃん」
境「彼がまた部屋を荒らしたらしい。行く所がない」
肇「・・・もう、どっか座ってて下さい」
   境、本を読む。肇、沙織を連れ離れる。
肇「さっきのネタで何とか繋げないかな」
沙織「さっき?」
肇「三角関係」
沙織「無理やろ。あの人がうまく協力してくれると思うか」
肇「思わない・・・どうするよ」
沙織「・・・」
肇「そろそろ来るよ右田さん」
沙織「いっそ逃げるか」
肇「どこにだよ。追ってくるよ、きっと。しつこそうだもんA型だし」
沙織「関係ないし」
肇「関係あるって! 血だよ? 体ン中流れてんだよ?」
沙織「男のくせにそんなん信じてんのか」
肇「じゃあちょっと待ってろ」
   肇、境の所に行く。
肇「あの・・・」
境「?」
肇「血液型は」
境「ABだが」
肇「(沙織の所に)ほら!」
沙織「・・・」
肇「ほら見ろ! 関係あんじゃん」
沙織「何がやねんな」
肇「AB型だよ? 特徴は変わってる。何考えてんだか分からない・・・(境をチラ見)ほら!」
沙織「聞こえるわ」
肇「え・・・」
   肇、境と目が合う。肇、愛想笑い。
肇「(沙織に)大丈夫」
境「心外だ」
肇「・・・」
沙織「・・・あほ」
肇「と、とにかく右田はしつこい。逃げても無駄だよ。どこ逃げんだよ」
沙織「知らん」
肇「売られちゃうよ」
沙織「知らん」
肇「沈められちゃうよ」
沙織「保護してもらう」
肇「誰に」
沙織「オトコ」
肇「誰?」
沙織「さあ」
肇「さあって何! オトコって誰? お前浮気してんのか!」
沙織「どやろ」
肇「どやろじゃねえんだよ!」
   肇、沙織に掴みかかろうとするといつの間にか立ち上がった境が肇を持ち上げる。
肇「…うっうう」
境「うるさい」
   境が肇を離す。
肇「何だよ! 何なんだよ!」
境「集中できない。静かにしてくれ」
肇「・・・」
境「・・・見てくるかな」
   廊下に出て行く境。
沙織「・・・かっこええな」
肇「・・・くそ」
沙織「あんたよりはな」
   沙織も立ち上がる。
肇「どこ行くんだよ」
沙織「散歩」
   沙織、出て行く。
肇「・・・」
   照明が変わる。時間が経過したように、もしくは何らかの心境の変化を告げるかのように。やがてチャイムが鳴る。意を決した肇が立ち上がる。
肇「はい」
右田「おう、さっきは取り込みん所悪かったな」
肇「いえ」
右田「で、勝ったんかお前・・・(返答なく)まあ、どうでもええわ。それより金や、わかっとんなあ」
肇「・・・すいません。用意できませんでした、すいません」
   肇、静かに土下座をする。
右田「・・・そうか。用意できんかったんか」
肇「はい・・・」
右田「ないもんはしゃあないなあ、払えんもんなあ」
肇「はい」
右田「わかった。いつまで待てばええんや?」
肇「え?・・・待って頂けるんですか」
右田「(冷たく)んなこと言うわけないやろボケ」
   右田、肇を蹴り飛ばす。
肇「すいませんすいませんすいません」
右田「おどれの為に何でわしがオヤジにどつかれなあかんのじゃボケ、こないだ言うたやろが、ワレもう待たんぞって、言うたやろが」
肇「すいません、すいません」
右田「どけボケ」
   右田、部屋の中に上がりこむと金目の物を探す。
肇「すいません、やめてください」
右田「この部屋のもん売っぱらって利子にあてたるわ。感謝せえ、ボケ」
肇「すいません」
   右田が小さい箱を見つける。中を開けると小さな指輪。
右田「何やこれ」
肇「それは違うんです、すいません」
右田「借金は払えんのにこういうもん買う金はあるんやな」
   右田はポケットにその指輪を入れる。
肇「すいません、それは、すいません」
右田「どけコラ」
肇「返してください。お金は必ず払いますから」
右田「聞き飽きたわ、ボケ」
   行こうとする右田を止める肇。
右田「うっとうしいなコラ」
   ナイフを出す右田。
肇「ひ・・・」
右田「わかったらどけや」
肇「すいません、すいません」
右田「・・・」
肇「それだけはすいません。大切なもので、困るんです。あとは何でもいいですから全部もっていってもいいですから、お願いします。すいません、お願いします」
右田「そうか・・・そんなん聞いたら余計持っていくわ」
肇「・・・お願いします」
右田「ボケが」
   右田、ナイフを振りかざしそれを止める肇。押される肇だが何かの拍子にもみ合う形になりナイフが右田に刺さる。
右田「!・・・何さらすんじゃ」
肇「・・・え、え」
右田「・・・ボケ、何さらすんじゃ」
肇「・・・右田さん?」
右田「死ねボケ…医者…呼べ」
   あっけなく絶命する右田。
肇「右田さん・・・右田さん?」
   肇が右田の体を揺らす。
肇「おい! おい!・・・起きて。起きろよ。おい!」
   ピクリとも動かない右田。状況を察した肇。なぜか押入れの扉が少し開き、その様子をながめている境。
境「・・・」
肇「神様・・・」
   BGMクレイジーケンバンド「たすけて」。(ビートルズのHELPなども可)暗転。

幕間字幕
「プレゼントを抱えたサンタは我が子を見失う」
第二幕 「クリスマスプレゼント」

   照明が点くとそこは法月博史(のりづきひろし)の部屋、二号室。整頓されている。料理関係の書籍が並んでいる。部屋の中央で電話をかけているのは小林。
小林「…そう、うちの二号室の、アパートの、法月さんちの桜ちゃん。あの可愛い子ね。もしさ、見かけたら教えて欲しいんだ、なに、たいした事じゃないよ。じゃ、頼むね…」
   ため息をつき、ラジオのボリュームを上げる小林。
ラジオDJの声「今日はクリスマス、昨日はみんなどんな素敵な夜を過ごしたのかな?今日一日がハッピーでありますように・・・」
   ラジオを切る小林。
小林「・・・何がハッピーだよ」
   そこにドアを開けて法月博史(41)が帰ってくる。ごつい男という感じ。
小林「いた?」
   無言で首を振る法月。相当疲れている。
法月「・・・電話は?」
小林「・・・ない」
   その場に座りこむ法月。
小林「どこ行ったんだろうね」
法月「すいません」
小林「あんたが謝る事じゃない」
法月「でも・・・」
   チャイムの音。ドアを開けると沙織。一幕とは髪型・服装などが違う。
沙織「桜ちゃんは?」
   首を振る小林。
沙織「何があったんよ」
法月「・・・朝、学校行くまでは普通だったんだ。どこかおかしい所なんて無かった。いつも通り俺が弁当作っていってらっしゃいって。いつも通り返事せず出てって」
小林「返事しないの」
法月「しないんです。最近してくれない」
小林「あたしにはするよ、挨拶」
法月「え」
沙織「ウチにも」
法月「ええ!?」
沙織「おはようございますって」
小林「いつも通りだね」
沙織「そう」
法月「いいな・・・(ショック)」
沙織「で?」
法月「ああ、それで会社で仕事してたら昼間先生から電話あって桜ちゃんが来ていないがどうしたんですか?って。急いで桜に電話したり家に電話したりしたけど繋がらなくて。早退してあちこち探し回って・・・いないんだ」
沙織「警察には」
法月「まだ。もう少し探してからと思って」
小林「本当に家出なのかい?」
法月「たぶん。メールが来てたから」
   法月は携帯電話を取り出し。
沙織「(画面を見て)一人で考えたいことがある。探さないでね」
小林「・・・」
沙織「自分で書いたようにも見えるけどな」
法月「どういう意味?」
沙織「誘拐された相手に書かされたとか」
小林「誘拐はないだろ」
沙織「何で?」
小林「このアパート見りゃ金ないのわかるよ」
沙織「自分のアパートのくせに…あるとしたら…いたずら目的か」
法月「(立ち上がる)桜!」
小林「想像でものを言うんじゃないよ」
法月「どうしよう」
小林「友達は?」
法月「全員かけてみた」
沙織「恋人は?」
法月「そんなもんいない!」
小林「でもあんたが知らないだけかもしれない」
法月「え」
小林「女の子はなかなか難しいんだよ」
   法月、さらに落ち込む。
沙織「どこか、他に行きそうなとこないんか」
法月「ゲーセン、カラオケ、ボーリング場、思いつく限りのところに行ったよ」
小林「何で家出なんかしたんだろうね、心当たりないの」
法月「・・・ごめん。わからない」
小林「最近あの子に変わった様子は」
法月「・・・最近、ちょっとイライラしてるみたいだった。御飯食べるとすぐ自分の部屋行っちゃうし、挨拶とか会話がとにかく少なくて」
沙織「たこさん」
法月「え」
沙織「法さんまたたこさん作ったやろ」
法月「たこさんウインナー、改良してるけどそれがどうしたの?」
小林「またやったのかい…今度は何」
法月「口のとこに爪楊枝で穴あけてさ、食べる時押すと中からケチャップが出るの。桜喜ぶと思ったのに」
沙織「いやきついよ、それ」
法月「きつい?」
沙織「思春期やから。たこさんウインナ−できついのに。ケチャップ出るなら尚更だよ」
法月「そうかなーそういうもんかな」
沙織「そういうもん。思春期だもん」
法月「思春期かあ(肩を落とす)」
沙織「嫌やって言ってたで、桜ちゃん。友達にからかわれるって」
法月「そうなんだ…」
沙織「父子家庭って皆にわかってから特に。お父さんが凝った料理作れば作るほどからかわれるらしいで」
法月「(落ち込む)・・・そんな」
小林「あんたはよくやってるよ」
法月「・・・桜」
沙織「でもたこさんだけで家出するか?」
小林「あんたが言ったんだろ」
沙織「ついノリで」
法月「…もしかして」
小林「何?」
法月「いや、昨日なんですけどちょっと喧嘩して、つまらない事なんですけど」
沙織「どんな?」
法月「ほら、うちあの火事で写真が無いでしょう? だから母親の思い出が無いって」
小林「・・・」
沙織「大事な事やね」
小林「でも仕方ないことだよ。焼けちゃったんだから」
法月「で、俺も突き放すような言い方しちゃって。それで余計怒らせたみたいで」
小林「・・・それだね」
法月「結局プレゼントも渡せなかった」
沙織「クリスマスの?」
法月「うん・・・」
沙織「ほな渡そうや」
法月「え?」
沙織「桜ちゃんにプレゼント渡すんやて。んで仲直りしよ。それしかない」
小林「そうだね…でもそれには見つけないと」
沙織「もう一人探してるし大丈夫や」
法月「もう一人?」
   突然ドアを開け入ってくる境。
境「どこだ!」
沙織「もう一人や」
法月「(境に)迷惑かけてすいません」
小林「(境に)いたの?」
境「見つからないぞ。念のため花屋にもいってみた」
法月「花屋?」
沙織「何で花屋?」
境「万一の為だ。桜は無かった」
法月「呼び捨て・・・」
小林「なかった?」
境「無論公園や通りを中心に探してみた。半径一キロ以内に桜は無かった」
法月「無かった? いなかった?」
沙織「お店は?」
境「花屋は探した」
沙織「いや、もっと普通の服屋とかクラブとか」
境「桜が服屋にあるというのか?」
沙織「いるんやない? 若い子が立ち寄りそうな店」
境「若くないといけないのか? 条件が厳しくなっている」
小林「境さん、何か勘違いをしているんじゃないかい」
境「もう一度見てくる!」
   出て行く境。
法月「・・・」
   境、再び戻ってきて。
境「咲いていなくてもいいのか?」
小林「(失望)ああ・・・」
境「くそ、満開か」
   再び出て行く境。
法月「馬鹿なのか?」
小林「残念な人だね」
沙織「ごめん、本当にごめんな」
小林「残念な人だよ」
法月「(不安になり)やっぱり探して来るよ」
   出て行く法月。
沙織「・・・」
小林「・・・(寂しそうに)お茶でも入れようかね」
沙織「たけちゃんは?」
小林「もうすぐ帰ってくるよ」
沙織「どっか出かけてるんか?」
小林「図書館」
沙織「本読むんや、たけちゃん」
小林「理解してる訳じゃないだろうけどね、点字の本を借りてくるんだ」
沙織「どうやって行くの?」
小林「一回ついて行ったんだけどね。道順を覚えてるんだ、何かうまく行っちゃうんだよ」
沙織「頭いいやんか」
小林「昔から我儘なとこはあったけどね、賢い子だったんだよ、十年前までは」
沙織「ふうん・・・」
小林「(探るように)最近どう?」
沙織「肇? 何か昨日から変やねん」
小林「変って?」
沙織「部屋から一歩も出てけえへんし、昨日帰った時なんかしばらくあげてもくれんかったんや。浮気しとるんかなあのボケ」
小林「ないない。そんな甲斐性」
沙織「(笑って)せやな・・・あ、そや」
小林「どうしたの?」
沙織「ケーキ取ってきたる」
小林「クリスマスケーキ?」
沙織「友達が安くくれてん。肇と食べよう思ったけどあのアホ引きこもっとるでいいわ。法さんにあげる」
   沙織がケーキを取りに一号室に戻る。茶を飲む小林。感慨深げに部屋の様子を見る。
小林「十年か・・・」
   自分の頬をなで物思いにふける小林。廊下の方で物音。小林健史(17)の声。
健史の声「ボーンツービーワーイルド♪」
   ドアに当たりながら健史が入ってくる。サングラスをかけている。
健史「ワーイルド、ワーイルド!」
   飛び跳ねる健史。それを取り押さえ。
小林「やめなさい、たけちゃん、たけちゃんの家はこっちじゃないよ」
健史「迷子の迷子の子猫ちゃん〜あなたのお家はどこですか〜?」
小林「落ち着きなさい」
健史「クール、ビークール!!」
小林「行こうたけちゃん」
   健史を捕まえながら部屋から連れ出す小林。入れ違いに入ってくる沙織。
沙織「大変やな・・・肇があんなんなったら追い出すわ」
   ケーキを取り出し皿に盛り付ける沙織。その内手持ち無沙汰になった沙織は遠くを見つめる。小林が入ってくる。
小林「はあ・・・沙織ちゃん、騒がしくしてごめんね」
沙織「…」
小林「沙織ちゃん!」
沙織「ああ、何や戻ってきてたんか」
小林「騒がしくしてごめんね」
沙織「なかなか良くならへんみたいやな」
小林「自閉症って簡単に治るもんじゃないからね。それより桜ちゃんだよ」
沙織「もう一回電話してみたら?」
小林「そうだね」
   電話をかける小林。
小林「・・・駄目だ。電池切れかもしれないね」
   そこに戻ってくる法月。
法月「・・・駄目だ。どこをどう探したらいいのか検討もつかない」
沙織「何かないの。ほらドラマとかやとあるやん。思い出の場所とか、小さい頃の」
法月「桜は火事の前の記憶がない、だから思い出の場所なんて・・・母親の顔さえ知らない」
小林「・・・」
法月「僕はきっと見てなかったんです。桜の事、見てるつもりで世話して、愛してるつもりでいたんです。何にも思いつかない。ずっと十年二人で暮らしてきたのに。何やってたんだか」
   小林が法月を叩く。
小林「しっかりしな。あんたがそんなんで誰が桜ちゃんを守れるんだ」
法月「・・・はい。すいません」
沙織「どうしよか」
法月「やっぱり警察に届けましょう。こうしてる間にも桜が危険な目に遭ってるかもしれない。桜に何かあったら生きていけない」
小林「それはあたしも同じだ」
沙織「・・・」
   ノックの音。
法月「桜!」
   肩を落とし境が入ってくる。
法月「ああ」
小林「残念な人か」
境「すまない。やはり桜は見つからなかった」
沙織「悪いけど桜違いなんや」
境「桜違い?」
沙織「ウチら別にこのクリスマスに花見をしたい訳やないんや」
境「クリスマスは花見がつきものではないのか。和洋折衷。日本人が考えそうな事だ」
小林「常識で考えたらわかるだろうに」
境「花屋にいけば置いてあるのかもしれないと思ったんだ」
法月「もういいですから」
境「桜はなかったが代用品を見つけた」
小林「代用品?」
境「来い」
   法月桜(15)が入ってくる。気まずそうに。
法月「桜!」
境「堤防沿いで見つけた。驚かずに聞け。この子も桜というらしい」
桜「・・・」
境「この代用品を見て花見をしよう。メリークリスマスだ」
法月「桜・・・」
沙織「どこ行ってたんや?桜ちゃん」
桜「・・・」
小林「お父さん心配してたんだよ」
桜「・・・頼んでない」
小林「桜ちゃん!」
法月「(小林をとめて)いいですからもう・・・(桜に)大丈夫だったか?」
桜「・・・」
境「(法月に)気に入らないのか?」
沙織「そんな訳ないやろ」
境「代用品で満足したか?」
法月「大・・・満足です(皆に)ありがとうございました」
   その場に崩れる法月。小林も目頭を抑える。照明が暗くなる。バックライトなどで時間の経過をあらわす。暗転ではない。地明かりがつくと小林と法月と桜が三人でケーキを食べている。小林が片付けはじめる。
小林「境さんがうちのアパートの人って知ってたのかい」
桜「知らなかった」
小林「じゃあどうしてついて来たんだい?」
桜「桜はどこだ?って必死な顔してあたしに聞くから。お前、満開の桜を知らないかって・・・冬なのに」
小林「変わってるねえ」
桜「悪い人に見えなかったから」
小林「良かったよ。本当に・・・そろそろ洗い物しちゃおうかね」
法月「すいません、何か色々」
小林「水臭いよ」
   奥の台所に行く小林。沈黙。ケーキを食べる二人。
桜「・・・」
法月「・・・なあ」
桜「・・・」
法月「まだ怒ってるか」
桜「・・・」
法月「そうか・・・美味しいなこのケーキ。でもな俺が作ったらもっと美味しいぞ。材料は買ってあるんだ。昨日、今日と色々あって作れなかったけど法ちゃんスペシャルをだな」
桜「・・・ごちそうさま」
法月「ごめん」
桜「・・・それじゃ」
   自分の部屋に戻ろうとする桜。
法月「ちょっと待ってくれ」
桜「・・・」
   法月、引き出しから包みを出し桜に手渡す。この時、奥から小林が出てきている。
小林「…」
法月「はい」
桜「・・・何」  
法月「開けてくれよ」
   桜、無言で包みをゆっくり開ける。デジカメが入っている。
桜「・・・」
法月「ママの写真はないからさ、あげられないから・・・せめてさ、これからは思い出を残せるように」
桜「だからデジカメ?」
法月「・・・そう」
   桜、デジカメをわざと落とす。
法月「・・・」
桜「いらない」
小林「!」
法月「・・・そうか」
   小林が出てきて桜を叩く。
法月「!」
小林「お父さんに謝りな!」
法月「いいんですよ! 止めて下さい。お願いします」
小林「ちゃんと言わなきゃ駄目なんだよ」
法月「いいんですよ」
   桜が落としたデジカメを片付ける法月。
桜「・・・何で」
法月「・・・」
桜「何で怒らないの」
法月「・・・」
桜「わがまま言っても家出をしても、せっかく買ってくれたプレゼントいらないって言っても・・・パパは怒らない。何で」
小林「桜ちゃん」
法月「・・・そういう性格なんだ」
桜「違う。怒れないんでしょ」
法月「・・・可愛いからな」
桜「違う」
法月「可愛いよ。桜は」
桜「違う」
法月「違わないよ」
桜「違う!」
法月「・・・もうやめよう」
桜「怒れないのは・・・怒る権利がないからでしょ」
法月「・・・何言ってんだ」
桜「怒れないのは・・・私が本当の娘じゃないからでしょ」
法月「・・・いい加減にしなさい」
桜「パパと私は他人だ」
法月「桜!」
   手をあげようとする法月。だが途中でやめる。その様子を呆然と見ている小林。
桜「ほら・・・叩くこともできないじゃん。私気付いてたよ。前から気付いてた。本当の事言ってよ」
法月「・・・桜は勘違いをしている」
桜「嘘」
法月「桜は正真正銘の」
桜「嘘」
法月「・・・」
桜「答えてよパパ・・・私は・・・誰の子?」
   暗転。BGM「Born to be wild」。

幕間字幕
「みんな狂っている。誰もその事に気づいていないだけだ」
第三幕 「孫の相談」

   雨の音がする。明かりがつくと異常なまでに片付いた小林の部屋。小林健史が新聞を読んでいる。といっても彼は目が見えない為、点字の新聞をなぞるようにして読んでいる。その様子は先日の狂った様子は微塵もなく。
健史「…」
   ノックの音がする。健史は慌てて持っていた新聞をしまう。
小林「帰ったよ」
   小林が入ってくる。健史は姿勢を正し不自然な行動をとる。小林は買い物袋を持っている。中身を冷蔵庫にしまう。
小林「雨が降ってきちゃった、夕立かね。今年もあと6日だってさ、早いもんだよね。クリスマス終わるとあっという間に年明けだ。覚えてるかい、あんたが小さい頃年末にどうしても象が見たいっていってさ、ほらたけちゃん象が大好きだったから。あたしが法月さんちの奥さんと一緒にあんたを動物園に連れてったんだ。あの頃あんたの親も忙しくてさ。そしたらさ、年末年始はやってないんだね動物園って。あんた泣いてなだめるのに大変だったんだ」
健史「…」
小林「…覚えてないか」
健史「記憶にございません。記憶にございません。記憶にございません」
小林「本、読めたかい」
   健史は書棚の本を指しながら。
健史「よーめたよめたーよーめたよめたー」
小林「そうかい。何よりだよ」
   小林が目をぬぐう仕草をする。
小林「ちょっと法月さんち行って来るよ。昨日の事で心配だからね」
健史「昨日?」
小林「桜ちゃんが家出したんだよ。あの子も何考えてんだか。あ、もちろん見つかったよ」
   健史は飛び跳ねる。
健史「昨日はイエスタデイ。イエスタデイはジョンレノン」
小林「行ってくるね」
健史「象はエレファント。アイライクエレファント」
小林「…そうだね」
   小林が出て行く。
健史「…」
   ドアが閉まる。ため息をつく健史、その場に座り新聞を取り出し読む。
健史「…コーポ小林から出火。同アパートを半焼した。焼死体の内、現在身元が判明しているのは同アパートに住む小林明弘さんと夏子さん夫妻、法月茉莉さん、池上辰夫さんの四名。警察では不審火の可能性も踏まえ捜査を進めている」
   健史が読んでいる途中にドアが音もなく開き境が入ってくる。別の新聞を出し点字を一心不乱に読む健史。
境「…」
健史「(独り言)…どうして」
境「今日は機嫌がよいみたいだな」
   境をゆっくりと見る健史。
境「驚かしてしまったかな」
   突然立ち上がり奇妙なダンスをする健史。
健史「キゲンキゲン〜キゲン〜♪」
境「…大変だな」
健史「たーいへんたーいふんタイフーン♪」
境「ずっとそうやって来たのか」
健史「きたきたーきーたー」
境「もういい。わかってるんだ」
健史「わかー…」
境「君は異常じゃない」
健史「…イージョイージョ」
境「やめろ」
健史「…」
境「なぜ狂ってるフリをした」
   頭をかきむしる健史。
健史「…どうして」
境「一人で図書館に行ったりレコードショップに行ったりする君をよく見ていればわかる。本当に病気なら点字新聞など読めない。君は正常だ」
健史「最近つけていたのは貴方だったんですね」
境「すまない。大家の依頼だ」
健史「祖母が…境さんだっけ。失礼しました」
境「いかにも私が境だ」
健史「祖母が言ってました。変わった人だって」
境「心外だ。飛び跳ねて言葉を発する君より変わっていないはずだ…いつからだ」
健史「もう10年になります。火事の時からだから」
境「最初からフリをしていたのか」
健史「最初はきっと両親が死んで、目も見えなくなって動揺していたんだと思うんです。確かにちょっとおかしくなっていた。ちょっとした事で廻りの人に辛くあたったり・・・でも時間が経って落ち着いてきたんです。それで自分の置かれている状況が見えてきた」
境「置かれている状況?」
健史「祖母は何もかも知っているんですか?」
境「知らない。ただ怪しんではいる。それで私に調査を依頼した」
健史「この部屋にも入ったことが?」
境「すまないな」
健史「プライバシーの侵害ですね」
境「入って確信した。君は病気などではない。あえて大家には言っていないが」
健史「どうしてそう思ったんです?」
   境は書棚から一冊の本を取り出す。あるページをめくり点字をなぞる。
境「自閉症への理解。症例3。ジェームズはもの静かな子で普段は喋らなかったが一旦興奮状態に陥ると相手が喋る言葉を反復した。この症状は医学的には即時的エコラリアという。彼はその間跳びはねていた。彼は音楽に大変興味をもっており気に入ったメロディがあると何度も繰り返しそれを歌った…君と余りにも似過ぎている。病気のフリをしていると考える方が妥当だ」
健史「このアパートに点字を読める人がいるとは思わなかった」
境「以前仕事で学んだんだ…どうして狂ったフリをした」
健史「…誰にも言わないと約束できますか?」
境「何のことだ」
健史「今から僕が話すことを誰にも言わないと」
境「大家にもか」
健史「はい」
境「困ったな。調査を依頼したのは大家だ」
健史「まだ祖母には報告をしていないんでしょう。せめて全てが明らかになるまで報告を待っていてほしいんです」
境「…なるほど。報告の遅延であれば問題ないな」
健史「境さん・・・きっと貴方は違うだろうから言います。このアパートにいるからです。だから僕は狂ったフリを続けた」
境「いる? 何がだ?」
健史「僕を・・・殺そうとする人間です」
   突然雷が鳴る。
境「殺すのか、君を」
健史「はい」
境「なぜだ」
健史「邪魔なんでしょう」
境「合理的な理由だ」
健史「…それだけ?」
境「なぜ殺されるなどと思うのだ?」
健史「…境さんは皆の事をどう思います?」
境「皆とは」
健史「ここに住んでいる人たちです」
境「変人が多い」
健史「…どうしてそう思うんですか」
境「私が正常だからだ」
健史「…祖母はどうですか?」
境「大家か。変わっている」
健史「そうですか」
境「コスプレというんだろう。最近覚えた言葉だが、あれが好きだな」
健史「? 祖母がですか?」
境「そうだ」
健史「…知らなかった」
境「毎日している」
健史「嘘でしょ」
境「真実だ」
健史「知らなかった」
境「覚えておけ。その変人達がどうしたのだ?」
健史「…笑わないで聞いてください。ある頭のおかしい男がした妄想です。彼は自分の両親の死が本当に事故だったか疑っている。彼の記憶の中では桜の父親は料理好きの優しい人間ではなく乱暴者だった。またアパートには化粧のこいおばさんが一人いたが、火事の後彼女はいなくなってしまった。火事が起こり両親が亡くなり、彼は視力を失った。そして正気を取り戻すと彼の前には祖母だけがいた。もしかしたら僕の考えすぎで法月さんは奥さんをなくし優しくなったのかもしれない。両親をなくし気が狂った僕のために一生懸命祖母は世話してくれているかもしれない。全ては勘違いかもしれない。でも、あの火事で桜は記憶を完全になくしてしまった。僕は記憶などないフリをしている。もしあの火事が事故でないなら、僕が正気に戻ると困る人間がいるのかもしれない。それは生き残ったアパートの住人にいるのかも…だから僕はまだ正気には戻れないんだ」
   境が真剣な顔で健史を見ている。
健史「どうかしました?」
境「笑わないで聞いている」
健史「…どう思いますか?」
境「何がだ」
健史「今の僕の話」
境「なかなか興味深い話だ」
健史「僕の立場ならどうしますか」
境「? 待て。今のはお前の話なのか」
健史「聞いてました?」
境「ある頭のおかしな男がした妄想の話ではないのか?」
   健史、笑う。
境「何だ、失礼だぞ」
健史「やっぱり変な人だ」
境「心外だ」
   暗転。BGM。

幕間字幕
「愚者は愚者なりに悩み、呼吸を整える」
第四幕「生きる価値すらない」

無味乾燥な荷物の少ないアパートの一室。机の上にはノートパソコンと広辞苑が置いてある。ノートパソコンに文字を打ち込む境。上司への報告をしている。
境のナレーション「12月30日、本日は晴天なり。私がここに来て七日になる。この国ではクリスマスを祝った後一週間でこの国の神にお参りをするらしい。節操というものがない。節操とは信念を堅く守って変えないことという意味だ。最近覚えた。用例としては山田さんは日替わりに恋人がかわっていて節操がない。日替わりに恋人をかえるというのがどんな状況をさすのかは不明だ。健史が言うには尻が軽いともいうらしい。体重の問題だろうか。重いより軽い方がいいように思うがそうでもないらしい。健史というのはこのアパートの大家の孫だ。10年もの間、自閉症のふりをしているという変わった趣味の男だ。さて仕事の方だがちょうど節操なくもしくは尻軽にお参りをする日には完了する。無論期間内だ。私の正体についてだが今のところ把握しているものはいない。いつもの様に過ごしている。ただ心外なのはこのアパートの住人におもしろいと言われる事だ。私はふざけている訳ではない。私ほど真面目な人間はいないと思うのだが…上司よどう思う。意見を求める。さて、私の仕事についてだが、やはり私は疑問に思う事がある。私の同僚は世の中に何百人もいてそれぞれが仕事をおこなっているが、私の様に疑問を持つ者はいないのだろうか。私は思うのだ。私のような者がこの仕事を行っていていいのだろうかと、私こそ生きる価値すらないのではないかと。とはいえ、自殺というものは許されていないのでする事は出来ない。このジレンマを解消する方法はないものか。ちなみにジレンマとは相反する二つのことの板ばさみになってどちらとも決めかねる状態という意味らしいが、私の用法があっているかどうかは自信がない。今日は日本語で文章を書いてみた。間違い等があれば訂正を求む」
   小暗転。どこかの部屋。明るくなると、小林と法月が話をしている。
小林「法さん」
法月「マリさん」
二人「大変なんだ!」
二人「何?」
法月「そうだった。実は桜がさ、催眠術にはまっててさ」
小林「催眠術?」
法月「昨日だよ、僕が寝てるときに催眠術で聞き出したらしいんだ。本当の母親、父親が別にいるって。それで問い詰められて」
小林「本当に馬鹿だね」
法月「面目ない」
小林「そうだね…ならあたしが何か文章を考えるから紙に書きな。自分の気持ちをちゃんと伝えるんだ。あんたは父親なんだから。そう通すしかないんだから」
法月「(メモ用紙を取り出し)はい…あ、そっちは何だったの」
小林「ああ、たけちゃんのことさ」
法月「たけちゃんが何か」
小林「実はたけちゃんがね、自閉症じゃないかもしれないんだ」
法月「え・・・それじゃ」
小林「記憶もなくしてないかもしれない。フリって事さ…前から思ってたんだ。全て気付いてるんじゃないかってね…でもこっちは別だよ。桜ちゃんにはあんたが必要なんだ」
法月「…健史君はどうすると思います」
小林「・・・復讐するかもしれないね。でもあたしはそれでもいいと思ってるよ」
法月「何言ってるんだ」
小林「あたしは本望だよ。あの子のおばあちゃんとして例え恨まれてでもね。そういう運命だったんだ…あの日からあたしには生きる価値すらないんだよ」
法月「…」
   暗転。BGM。

幕間字幕
「嘘と嘘とが絡み合いそこにドラマが生まれる」
第五幕「嘘を重ね合う」

再びそこは肇と沙織の部屋。何かを探したような散らかった跡がある。肇は今まで以上に切羽詰った様子。沙織はタバコを吸っている。
沙織「嘘やろ…右田が」
肇「そう」
沙織「あのおっさんが」
肇「そう」
沙織「寝技で骨折る奴が」
肇「そうだよ」
沙織「有り得ん」
肇「だって本当なんだよ!」
   肇は大声をあげるがすぐ辺りを見回し誰かが聞いていないかを確かめる。
肇「(声をひそめ)本当に刺しちゃったんだ」
沙織「なら死体は?」
肇「いや、だから言ったじゃん。ないんだって」
沙織「隠したんか」
肇「隠してない」
沙織「何でないんや」
肇「わかりません」
沙織「(ふざけて)んな訳ないやろ…チッチキチー」
肇「だから嘘じゃないんだって」
沙織「嘘やないなら幻や。夢や。だいたいあんたみたいな気小さいもんが右田を殺せる訳ないやん。こないだからあんたおかしいで。大金を強盗もしてないのにいつのまにか持ってたとかいうし、殺したのに死体もどこ行ったかわからへんとか」
肇「ああ(思い出し)…そうだよ。複数の暴力団だよ…もう最悪、殺されんのかな俺」
沙織「そや、あの金は」
肇「え?」
   肇、記憶を探るようにするが何も思いつかず。
肇「それもない」
沙織「…何やってんのあんた、おかしいんちゃう」
肇「どうしよう…」
   沙織はそそくさと立ち上がる。
沙織「ほな」
肇「どこ行くの」
   沙織にしがみつく肇。
沙織「やめ、うっとうしいな。あんたの問題やろ」
肇「今まで一緒にやってきたじゃない」
沙織「知らん知らん知らん知らん知らん。だいたいあんたと知り合ってからウチの人生めちゃくちゃやねん。せいせいするわ」
肇「…もし捕まったら」
沙織「祝杯や」
肇「お前が共犯だって言うからな…」
沙織「どこまでくさっとんじゃ、ボケ」
肇「俺だって好きでこんな人生なった訳じゃねえよ…お前がブランド物たら海外旅行たら言うから借金したんだろ。全部お前のせいじゃねえかよ」
沙織「己の不幸を他人のせいにする奴は地獄に落ちるんやで」
肇「もう俺の人生おしまいだからな。もうどうなってもいいんだ。人も殺したし」
沙織「まだ言うてる。証拠もないくせに。夢や夢」
肇「…証拠ならある」
沙織「何」
   肇、棚から何かを出して沙織に見せる。それは血が付いたナイフ。
肇「怖くて捨てれないんだ」
沙織「あんた、ほんまに」
肇「頼むよ…誰かが警察とか誰かが右田を捜しに来てもここには来ていないってことにしてよ。もう俺訳わかんないんだ。この間から頭がぼーっとしてる。助けてくれよ。お前しかもういないんだって俺には」
沙織「…肇」
肇「俺、隠れるからさ、頼むよ」
   そう言うと肇はナイフを机に置き押入れの中に入る。
沙織「あーもうくそ!」
   沙織はラジオを投げつける。その拍子にラジオがつく。
ラジオアナウンサーの声「次のニュースです。年末を迎えた今日未明また、野生のイグアナが発見されました。近年の爬虫類ブームの影響と見られ飼い主から逃げ出しているケースが後を立たないようです」
沙織「(ラジオを切り)ウチが逃げ出したいわ」
   やがて沙織は肇の残したナイフに気付き、隠そうとする。悩んだ末に引き出しの一つに入れる。
沙織「…あー最悪」
   突然ドアをノックする音。慌てる沙織。再びノック音。ドアをあける沙織。そこには法月がいた。
沙織「ああ、何や法さんか」
法月「ごめん、匿って」
沙織「は?」
   法月は何かから逃げるように部屋に入りドアを閉める。
沙織「何やの」
法月「大変なんだよ」
沙織「どうしたん」
法月「桜がさ、俺を探してるんだよ」
沙織「どういう事?」
法月「状況がどんどん悪くなっているんだ」
沙織「何の話や」
法月「とにかく匿って。桜が来てもいない事にしてよ」
沙織「ちょっとそんな勝手な」
法月「今度フランス料理のフルコースご馳走するから」
沙織「フランス料理?」
法月「腕によりをかけるよ」
沙織「あんたが作るんかいな」
法月「材料あるかな」
   法月はナイフの入った引き出しを開けようとする。
沙織「(強く)そこは駄目!」
法月「(手を止め)…何々何よどうしたの」
沙織「これは絶対に開けんといて…」
法月「そう言われると開けたくなるよ」
沙織「うちは右田なんて知らん」
法月「右田?」
沙織「(はっと気付き)…とにかく開けんといてそこを開けると…」
法月「…何」
沙織「(思いつく)…イグアナがいるの」
法月「イグアナ?ここ?ひっ」
沙織「法さん爬虫類嫌いやろ。開けたら飛び出てくるで」
法月「(後ずさりをする)…何でイグアナが!」
沙織「昨日窓から入ってきたんや。どっかから逃げてきたんやろ。絶対開けたらあかんで。意外と凶暴やからな」
法月「右田っていうのは…」
沙織「イグアナの名前や、右田さん」
法月「…わかった」
沙織「(一安心)…そうや法さん」
法月「(引き出しを見て警戒しながら)今度は何」
沙織「例えばうっとおしい男がいて、まあ腐れ縁やな。で、そいつと別れたい時に向こうから去っていくようないい方法ないかな」
法月「誰の話?」
沙織「例えばや」
法月「そうね…やっぱり他に男作るしかないだろうね」
沙織「でもそんな簡単には」
法月「フリでいいんじゃない?」
沙織「フリ?」
法月「芝居をすればいいんだよ。他に男を作った、お前なんかいらないって事を見せてやれば男なんて諦めるよ」
沙織「そうかな」
法月「経験者は語る」
沙織「法さんが?」
法月「(慌てて)いやいやいやいや、何でもないの」
   チャイムを鳴らす音。
法月「桜だ!」
 押入れに向かって逃げる法月。
沙織「ちょっと法さん」
法月「お願い!」
沙織「二人も入れへんて」
   法月は聞きもせず押入れを開け、入りドアを閉める。
沙織「…入った。何で」
   再度チャイムを鳴らす音。
沙織「四次元ポケットかいな…桜ちゃん?」
   ドアを開ける。そこにいたのは境。辞書を持っている。
沙織「何やあんたか」
   部屋に入り、あたりを見回す境。
境「山田はいるか」
沙織「肇ちゃん? さあどっか出掛けたんちゃう」
境「…そうか、待たせてもらう」
沙織「あんた、ほんま図々しいな」
境「図々しい?(辞書を引く)」
沙織「調べんでええわ!」
境「…」
じっと沙織を見つめる境。
沙織「…何や」
境「…ははは(不自然な笑い)」
沙織「何! 何や」
境「お前は面白い」
沙織「あんたのが面白いわ!」
境「お前は関西人という種族だろう」
沙織「は?」
境「お前の言葉づかい。語尾にや、わ、ちゃう、をつける。あなたという二人称をあんたという。何でやねん。何がやねん。どないやねんが口癖。まさに関西人だ」
沙織「それがどないしたんや」
境「上司の情報では日本人の中で関西人という種族がもっとも面白い人間が多いとのことだ。実に面白い。わはは」
沙織「あんたのが面白いわ。ぼけ」
境「非常に心外だ。私は正常だ」
沙織「ほんま訳わからん…あ…あんた、そうや。そうしよ」
境「…ははは」
沙織「あんた、うちの彼氏になりーや」
境「あんた、うちの何だ?」
沙織「彼氏や彼氏、あんたでええわ」
境「何を言っているのだ?」
沙織「ええか、あんた。あんたは今日からうちの彼氏や」
境「カレ、シ?」
沙織「誰にきかれても彼氏やっていわなあかんで」
境「カレシ」
沙織「私は沙織の彼氏だ」
境「沙織とは?」
沙織「うちやうち。十和田沙織」
境「ああ、関西人か」
沙織「私は沙織の彼氏だ」
境「私は関西人のカレシだ」
沙織「彼氏なんやで沙織って呼び捨てにせなあかん」
境「私は沙織のカレシだ」
沙織「(喜び)そや、よう出来た。誰に聞かれてもそう言うんやで」
境「私は沙織のカレシだ。了解した」
沙織「さてと」
境「(一人で)カレシとは…何だ(辞書を探る)破れている」
   押入れの戸を叩く沙織。
沙織「法さん、桜ちゃんちゃうで」
   押入れの戸が開く。
法月「誰?」
沙織「隣の変人や」
境「何故押入れから?」
法月「先日はありがとうございました。御迷惑をかけて」
境「どう致しまして。何故押入れから」
法月「…趣味で」
境「趣味」
法月「大好きなんです」
境「大好きなのか」
沙織「(法月に)肇は」
法月「山田さん? もちろんいないよ」
沙織「え?」
   押入れの戸を開け中を見るが肇はいない。
沙織「え? 居たやろ肇」
法月「いや、僕の他には誰もいなかったけど」
沙織「(室内を探し回る)そんなはずないって。ええ? 居たよな」
境「私は山田は見ていないぞ」
沙織「ええ? 何で」
   と、外に飛び出していく沙織。
境「(深く考えるがわからない)カレシとは…枯れて死ぬという意味か」
法月「何を言ってるんですか」
境「枯れて死ぬのだ」
法月「?」
   沙織が思い出し戻ってくる。
沙織「…(法月に)開けたらあかんで」
法月「(引き出しを見つめ)わかってます」
   沙織出ていく。
境「そこに何かあるのか」
法月「(引き出しの前に立ちはだかり)何もないですよ…」
境「見せろ」
法月「だめダメダメ。絶対に駄目だよ。開けたら恐ろしい事が起こるんだよ」
境「恐ろしい事?」
法月「右田さんが飛び出てくるんだ」
境「何?…(思い出す)待て、右田、右田、右田ってまさか」
法月「知ってるの、右田さん」
境「あの、右田か(考え込む)」
法月「とにかく開けないでね。僕は植物はお料理とかに使えるから得意だけど、動物の気持ち悪いのはもう本当に苦手なの」
境「確かに奴は変わっていたが…」
法月「それより…あなたに頼みたい事があります」
境「何だ」
法月「これを桜に伝えて欲しいんです」
   と、法月は境に紙を手渡す。
境「何だこれは」
法月「読んで下さい」
境「この間は間違っていた。パパはパパであって他には存在しない。僕がお前のパパだ。お前を愛して気持ちがすれ違い遠く離れた事はあったが僕はずっとお前を見ていた。これが真実だ。他には何もない…何だこれは」
法月「これを娘に伝えて欲しいんだ」
境「娘? お前のか」
法月「本当は僕が言えたら一番いいんですけど、最近は僕が何を言っても聞いてくれない。あなたは桜を探し出してくれた。あなたの言うことならあの子も聞くはずです」
境「…何だかわからないがあの娘にこれを伝えるのか」
法月「やってくれるんですか!」
境「了解した」
法月「やった! ならここもっと感情込めて言ってもらえます? 僕がお前のパパだ!」
境「感情を込めて」
法月「よろしくお願いします。これがちゃんと伝えられればきっと桜もまた私に抱きついてパパと呼んでくれるんです」
境「練習が必要だな」
   一人で紙を見て練習する境。
境「昨日は間違っていた…」
   ノックの音。
法月「今度こそ桜だ…僕は隠れるけど誰にも言わないでね」
境「了解した」
法月「絶対だよ。二人の秘密だ」
境「わかった。秘密の関係だ」
   押し入れに逃げる法月。
境「(引き出しを見て)奴は死んだのではなかったか…そもそもあんな小さいところになぜ奴が入るのだ…地球上にそんな生き物がいるはずが…(何かをひらめく)まさか、奴は…地球外生命体」
   ドアがゆっくり開く。そっと部屋の中をのぞくのは健史。
境「ああ、健史か」
健史「…」
境「(法月に言われた事を思い出し)私だけだ。ここにいるのは」
健史「…助けてください。祖母が疑いはじめてる」
境「大家が? 何をだ」
健史「もちろん。僕の病気をです。家にいてもやたらこちらを見ている気配を感じるし、昨日は僕のあとをつけてきた」
境「なるほど」
健史「僕はまだ病気のふりをしなくては。もし誰かが疑ったらフォローして下さい」
境「フォロー?」
健史「そうですね…正常に見えない様にするにはそうだな…誰かが疑ってると思ったら合図してください。僕、動物の真似をしますから」
境「動物の真似? 犬などか」
健史「(犬の真似)わん、わん、わおーん!」
境「それは確かに異常だ。わかった」
健史「ありがとうございます。そういえば境さん何してるんですか?」
境「そうだ健史、大変だ」
健史「何ですか」
境「あっちの引き出しだ」
健史「引き出し?」
境「引き出しから右田が現れるんだ」
健史「右田って?」
境「地球外生命体だ」
健史「何ですって」
境「全てわかったんだ。だから右田は鳥類を植物にかえることができたんだよ。しかも奴は不死身だ」
健史「何を言ってるのか全然わからない…とりあえずそろそろ行きます」
境「ああ」
   去ろうとする健史。考えている境。やがて何かを思いつく。
境「私が、沙織の枯れ死だ…つまり私は沙織が枯れ死んだ姿ということか。つまり何だ沙織は私の前世か、先祖…!」
   引き返してくる健史。
健史「誰か来た。足音がする。ちょっと匿ってください」
境「ここは私の家ではないぞ」
   健史、構わず手探りで押入のドアを開けようとするが法月が押さえており開かない。
健史「駄目だ、開かない」
境「健史、犬だ、犬」
健史「そうか…わん!(犬のポーズ)」
   そこへ焼き鳥を買って戻ってくる沙織と小林。
沙織「あいつどこいったんやろ」
小林「気のせいじゃないのかい」
沙織「ちゃうって。絶対押入にいたのに」
小林「だって…あら、たけちゃん。こんな所で何を」
健史「ワン、ワン、ワンー」
境「さっきから犬のまねをして困っている」
小林「犬?」
境「お手」
   お手をする健史。
境「お座り」
   お座りをする健史。
境「ちんちん」
   ちんちんをする健史。
境「ほらな」
小林「症状が悪化してるよ…」
境「それより、だ…」
   おもむろに沙織を見つめ握手をする境。
沙織「何、なに、何、何?」
境「(感動し)お前が私だったのか」
沙織「意味わからないんですけど!」
小林「仲いいね」
   チャイムの音。ドアを叩く音。
沙織「何や今日は」
   ドアをあけると桜が立っている。
沙織「桜ちゃん」
桜「パパ、いる?」
沙織「え?」
   入ってくる桜、辺りを見回し。
桜「パパ、来なかった?」
沙織「え、来なかったよ」
桜「本当に(境を見つけ)あ、こんにちは」
境「こんにちは」
桜「この間はありがとう」
境「どういたしまして」
桜「確か境さんですよね」
境「確か桜の代用品だな」
沙織「あんた、失礼やで」
境「何がだ」
沙織「この子は本物の桜ちゃんや。代用品やない」
境「何だと…」
桜「いいって面白いから」
境「新種か?…これが…話に聞く植物人間」
桜「(境に)パパ見ませんでした?」
境「ここには、法月氏は…秘密だ!」
桜「え?」
小林「何だいいやらしいね」
境「いやらしい? 秘密が?」
桜「何か知ってるんですか」
境「そうだ。(桜に)お前に伝えたい事があったんだ」
桜「え?」
境「いいか?」
桜「いいですよ、何ですか?」
   境は紙を取り出し文面を読む。その間、桜は動揺し、沙織と小林は唖然とする。
境「この間は間違っていた。パパはパパであって他には存在しない。僕がお前のパパだ。お前を愛している。気持ちがすれ違い遠く離れた事はあったが僕はずっとお前を見ていた」
桜「…どういう事?」
境「これが真実だ。他には何もない」
小林「…何であんた」
桜「あなたが…私の本当のパパなの?」
境「(思い出し感情を込める)これが真実だ!他には何もない」
   呆然とする三人を見てあせる境。
境「僕がお前のパパだ!」
小林「ちょっと」
桜「パパ!」
   桜が境に抱きつく。
境「…何故だ」
桜「ずっと会いたかった! どうして今まで放っておいたの?」
小林「ちょっと待ちな」
桜「パパ」
小林「桜ちゃん、ちょっと勘違いがね」
桜「(小林を押しのけ)どいて。ところでパパはどうしてここにいるの?」
境「どうしている?」
桜「沙織さんとどういう関係?」
境「ああ、私は沙織の枯れ死だ」
桜「彼氏?」
小林「何だって!」
   小林が沙織の方へ向かう。
桜「嘘」
境「私は沙織の枯れ死だ」
小林「いつの間に?」
桜「(沙織に)本当に」
沙織「…まあ」
境「私と沙織は一つだ」
沙織「はあ?」
桜「・・・一心同体って事」
沙織「まあ、そうや。ラブラブ…みたいな」
桜「ひどい!」
小林「だから桜ちゃん」
桜「私は今日はじめてパパの存在を知ったのに…彼女なんて、しかも沙織ちゃんなんて、ひどい!」
   走り去る桜。
境「一体どうしたのだ」
小林「どうなってんだい、あんた達は」
境「質問があるのだが、やはり植物人間というからには植物と人間からできてるんだな」
小林「何言ってんだい」
境「科学はそこまで来たのか」
沙織「?」
小林「それにしても…桜ちゃんどうするんだよ」
境「科学といえば、地球外生命体も科学関係か」
沙織「訳わからん、何やそれ」
境「右田のことだ」
沙織「!」
小林「右田?」
境「あれだろう、右田というのは」
沙織「どーん!」
   沙織は境を突き飛ばす。
小林「な?」
境「何をする」
沙織「愛情表現やダーリン」
境「だーりん? だーりんとは何だ」
沙織「ちょっと外出よか、ダーリン」
境「地球外生命体が」
沙織「訳わからんで。ダーリン」
境「だーりんが右田か」
沙織「どーん(突き飛ばす)」
境「痛い」
   境と沙織が外に出て行く。
小林「あたしにも・・・あんな時があったね」
   遠い目をする小林。その時、押入れで音がする。
小林「え? 何、何?」
   押入れから出てくる法月。寝ぼけている。
法月「いててて・・・(あくびをする)あー寝ちゃった」
小林「法さん?」
法月「あーどもども。え? どうしたんですか?」
小林「あんたこそどうしたんだよ。そんな所から」
法月「いやちょっと桜から逃げてて」
小林「桜ちゃん? さっき来たけど」
法月「ああ、やっぱり…そうだ、境さんに頼んだんだ」
小林「ああ」
法月「え? 聞いてたんですか」
小林「残念な事にね」
法月「ちゃんと言ってくれてました、境さん?」
小林「まあ、あたしの書いた通りには言ってた」
法月「桜の反応は?」
小林「…喜んでたよ」
法月「やった!」
小林「私もパパとずっと会いたかったって」
法月「(行こうとする)桜!」
小林「どこへ行くの」
法月「桜を今すぐ抱きしめてやりたいんです」
小林「それはどうかな」
法月「桜は私を求めてるんだ」
小林「パパをね」
法月「どういう意味です」
小林「自分で確かめな…それより聞いたかい沙織ちゃん」
法月「何の話ですか」
小林「境さんが沙織ちゃんの新しい彼氏なんだって」
法月「え、嘘!…あ、なるほどな」
小林「何か知ってるのかい」
法月「僕がアドバイスしたんですよ。男とすんなり別れる方法を聞かれたから新しい男をつくることだって」
小林「はあ、それで境さん」
法月「でもこれは進歩ですね」
小林「なるほどね、確かにそうだ…(考え)ただどうかね。これって三角関係だろ。沙織ちゃんの事だ、板挟みになったら…ただでさえ精神的に不安定なんだから、発作が起きるかもしれない」
法月「あっそっか…そうだね、ごめん」
小林「とにかく発作が起きない様にしなきゃ、三人が会わない様に気をつければいいんだ」
法月「…でもどうやって?」
小林「手段は一つしかないよ。境さんと沙織ちゃんを引き離す事」
法月「わかった」
   そこに境と沙織が入ってくる。
沙織「…誰に聞かれても右田の事は言うたらあかんの。ウチの為、ひいてはウチの為に」
境「了解した。右田については言わない。地球の危機だからな」
沙織「何言うてんねんな。ただいま。あ、まだいたんか法さん」
法月「ごめん寝ちゃって」
沙織「いいけどよだれとかつけたらしばくからな」
法月「ごめん寝不足で」
   にやにやと境を見つめる小林。
境「何だ」
小林「あんたも大変だね。このスケベが」
境「私は境だ!」
小林「(遠い目をして)こりゃ…泥沼だね」
境「(辺りを見回し)どこに沼があるんだ」
小林「沙織ちゃん、ちょっとこっちへ」
境「沼…」
   小林が沙織を連れて部屋に入る。桜が戻ってくる。
境「沼はどこだ」
法月「桜!」
   法月は歓喜の表情で桜に向かっていくが桜はそれを無視し、境の方へいく。
法月「え?」
桜「さっきはごめんなさい」
法月「桜、パパはこっちだよ」
桜「(無視して)気が動転しちゃったの。突然いろんな事がわかったから」
法月「わかってくれてうれしい!」
桜「でも私パパの子で本当に良かったと思ってるから」
法月「(歓喜して)桜ちゃん!」
桜「(法月に)うるさい!」
法月「!…え」
桜「沙織ちゃんのことはちょっとショックだったけど受け入れるようにがんばるから」
境「何の話だ」
桜「パパ!」
   と、境に抱きつく桜。
法月「…何で?」
境「何故くっついているのだ」
桜「照れないの」
法月「何で、何が? ええ?」
桜「(冷たく)何、元パパ」
法月「元って何?」
桜「こんなかっこいいパパがいるって知ってたから何も話してくれなかったのね」
法月「はい? どういうこと」
桜「さっきパパの口から聞いたもん。境さんが本当のパパで私を愛しているって」
法月「何だって!(境に)どういう事」
境「…私は正確に伝えたつもりだ」
桜「私はパパと暮らすから。バイバイ」
法月「…何で?」
   ショックで立ち直れない法月。
桜「そうだ。沙織さんにも謝ってこないと」
   沙織と小林が出てくる。
沙織「何やねんな。急にじゃがいもの煮付けの作り方なんか」
小林「急に話したくなったんだよ…!(境に気づき法月に)ちょっと!」
法月「…ああ」
小林「ああじゃないよ、あんたも境さんを連れてきなよ」
法月「大変なんですって」
小林「こっちも大変だよ」
桜「沙織ちゃん」
小林「(沙織を連れていく)ちょっと相談が」
沙織「いいってじゃがいもは」
桜「どこ行くの」
   桜の前で閉じられる部屋のドア。
桜「…」
法月「はあ…こんな場合じゃ」
   必死で沼を探している境に法月が気付く。
法月「何してるんですか」
境「沼だ」
法月「沼? ちょっと外へいきませんか」
境「何だ、私は沼を探しているんだ」
法月「沼? 沼って何、水の沼?」
境「そうだ水の沼だ」
法月「どういう事?…水? 水漏れしてるの」
境「沼はどこだ」
法月「(小林の居る部屋に向かいノック)小林さん大変だ、水漏れしてるらしいよ」
   小林が出てくる。
小林「何」
法月「水漏れしてるんだって」
小林「(沙織に)ちょっと待ってて…(境を見て)まだいるし」
   小林は鍵を取り出し部屋をロックする。
小林「どういう事」
   健史が立ち上がり境の袖を引っ張る。
境「何だ」
健史「一体何がどうなってるんですか、説明してください」
境「沼だ」
健史「訳がわからない。何がどうなっているのか、それと僕はいつまで犬のフリをしなければならないのか」
境「あ」
   法月と小林が健史を見ている。
小林「…」
法月「今、喋ってなかった?」
健史「…」
境「何のことだ」
小林「立ち上がってる。犬なのに」
   急に座り込む健史。
境「…猿だ」
健史「…うきー」
   猿のフリをする健史。
小林「今度は猿かい」
境「重症だな」
健史「うき」
法月「桜、ちょっと話を」
桜「話す事なんてありません」
法月「…」
   法月、境を引っ張り。小林もついてくる。
境「何だ」
法月「どういう事ですか?」
境「何がだ」
法月「どうしてあなたがパパってことになってるんです。ちゃんと伝えてくれなかったんですか」
境「失礼な。私は正確に伝えたぞ。一字一句間違いなく」
小林「法さんからって言ってないだろ」
境「…あ」
小林・法月「あじゃないよ!」
法月「桜に訂正して下さい」
境「訂正」
法月「さっき言った事は間違いだ。お前の本当のお父さんは私だって、あ、私ですよ、私」
境「わかった」
小林「自分で言った方がいいんじゃないかい」
法月「聞かないんですよ。(境に)今度こそお願いしますよ…桜」
桜「あ?」
法月「境さんがお話があるんだって」
桜「(愛情をこめて)何、パパ」
法月「この態度の違い…」
境「すまん、訂正する」
桜「訂正?」
境「さっき言った事は間違いだ。お前の本当のお父さんは私だ」
桜「それはさっき聞いた」
法月「!」
境「そうではなくて、本当のお父さんは彼なんだ(法月を指す)」
   法月は激しくうなずく。
桜「…嘘」
境「(思い出し)あ…と、彼から言えと言われた。これは伝言だ」
法月・小林「!」
桜「…」
境「(ニコニコして法月に)今回は正確に伝えたぞ」
桜「(法月に)最低」
法月「…いや、違うんだ」
桜「嘘つき親父」
法月「…」
境「(法月に)満足したか?」
法月「最悪だ!」
境「何故だ」
小林「だから言ったのに」
桜「どいて」
   桜に押しのけられる法月。
法月「…ああ」
   激しく落ち込む法月。
小林「…ねえ、落ち込んでるとこ悪いんだけどさ、水漏れなんだけど」
法月「…一人になりたい」
小林「水漏れ」
法月「溺れてしまいたい」
   法月はうなだれ、押入れの中に入る。それを全く見ていないで境に夢中の桜。
桜「ねえ、パパ」
境「パパではないが」
桜「じゃあ、お父さん? ダディ?」
境「何の話だ」
桜「ママの事を話して」
境「ママ…植物のか」
桜「私ママの記憶がないの」
境「私はそっちの業界についてはあまり詳しくない」
桜「業界?」
境「無論、植物だ」
桜「植物って」
境「母親の事だ」
桜「どういうこと?」
境「植物人間なら記憶がないのも無理はないな」
桜「植物人間? ママが? どういう事? ママは死んだんじゃないの?」
境「私にそっち業界の事をきかれても困る」
桜「生きてるのね! どこの病院にいるの? 連れてって」
境「植物関係については法月氏が詳しい。得意だそうだ」
桜「! あの人しか知らないのね…どこ行ったんだろう」
   と、桜は法月を探すが居ないので外に出る。
境「植物人間か…」
小林「ところで水漏れしてるって聞いたんだけど」
境「水漏れ?」
小林「あんたが知ってるって」
境「何の話だ」
小林「ええ?…まあいいやもう、とにかく外行こう。ここから離れて」
境「何故だ」
   そこにふらついた様子で戻ってくる肇。
境「おう、山田」
小林「(それを聞き)あんたが早くしないから泥沼が帰ってきたじゃないか」
境「沼が帰った? どこだ!」
肇「・・・(頭が)いてえ、何だちくしょう、もう最悪・・・(皆に気付き)何だ皆して。どうしたんですか?」
   小林、なぜか肇の方を見ずあらぬ方向に話し掛ける。
小林「や、山田さんも大変だね」
肇「何々? どうしたの?」
小林「まだ若いから大丈夫だよ」
境「沼はどこだ」
肇「一体どうしたんだよ」
小林「女は一人じゃない」
   沙織を閉じ込めた部屋からノックの音。
肇「? 何だ」
境「何だ?」
小林「…ポルターガイストかね」
肇「ええ?」
   激しく沙織が居る部屋の戸が揺れる。
健史「(怯え)うき…」
肇「…何なんだよ」
境「おい、沼を教えろ」
肇「何言ってんだよ」
境「私は沼の場所が知りたいんだ」
   境と肇の間に割ってはいる小林。
小林「冷静に。話せばわかる」
境「沼を教えろ」
肇「意味わかんねえよ!」
小林「冷静に。泥沼の状態の原因はあんたにあるんだよ」
境「やはりお前か! どこだ」
   もっと激しく揺れる戸。
小林「(境に)あんたは外へ!」
肇「意味わかんねえよ! 何なんだよあんた!」
境「私は沙織の枯れ死だ!」
肇「何?」
健史「・・・うき」
   ドアを蹴破る沙織。
沙織「何で閉じ込められなあかんねん」
小林「・・・泥沼だ」
境「沼はどこだ!」
沙織「(肇を見つけ)あんたどこ行ってたんや」
肇「お前こそ何で居ないんだよ」
沙織「押入れに居たんちゃうんか」
   必死で沼を探す境。
肇「だいたいこいつは何なんだ」
沙織「何って」
肇「おい何してんだよ」
境「沼を探している」
肇「ふざけんなよ。さっき彼氏がどうとか言ってたろ」
境「ああ、私は沙織の枯れ死だ」
肇「・・・はあ!? 彼氏は俺だよ」
境「私は沙織の枯れ死だ」
肇「俺だよ!」
沙織「やめえや」
境「私は沙織の枯れ死だ。そう言えと言ったな」
沙織「え・・・う、うん。言ったわ」
肇「・・・どういう事だよ」
境「私は沙織で。沙織は私という事だ」
肇「意味わかんねえよ!」
境「待て。お前も沙織の枯れ死なのか」
肇「そうだよ! 人の女とってんじゃねえぞ」
境「ということは・・・(肇に)お前も私で私がお前か!」
肇「意味わかんねえよ!」
沙織「(肇に)あんたはもう彼氏やないんや!」
肇「…何でだよ。何なんだよ」
沙織「あんたみたいな甲斐性なしはもういらん。さようなら」
肇「こんな奴のどこがいいんだよ!」
沙織「あんたよりはマシや」
   そこに帰ってくる桜。
桜「どこ行ったんだろう」
桜「ダディ」
境「私は境だ」
桜「本当は知ってるんでしょ、ママの事!」
境「本当に私は詳しくないのだ!」
桜「だってパパなんでしょ」
境「待ってくれ私は法月氏に頼まれただけなんだ」
   小林が激しくうなずく。
桜「だからそれはさっき聞いた」
境「違うんだ。本当にお前のパパではない」
桜「ええ?」
境「私とお前は無関係だ」
桜「じゃ何であんな事言ったの?」
小林「それはね」
境「法月氏に頼まれたからだ…法月氏とは秘密の関係なんだ」
桜「秘密の関係?」
小林「?」
境「(小林の一言を思い出し)いやらしいのだ」
桜「え…(想像し)そういう事なの」
境「わかってくれ」
小林「…あたしのアパートはいつからこんなに乱れてしまったんだい」
桜「パパは」
境「(押入れを見つめ)趣味だ」
桜「え…」
境「(法月の一言を思い出す)大好きなのだ」
桜「…(泣きそうになる)もういや」
   押入れで大きな音。振り返る皆。法月が出てくる。
法月「いたー、ごめんまた寝ちゃった(と、よだれを拭く)」
沙織「(それに気づき)あー!」
桜「…(法月を睨み)パパ」
沙織「何、人の布団によだれつけてんねん!」
法月「ごめんごめん本当に・・・(気付く)桜!」
桜「…」
沙織「桜ちゃん見てや。法さんがあたしの布団によだれつけた!」
桜「・・・どういう事」
沙織「もうお気に入りのドラえもんの布団」
桜「何で沙織さんの布団でパパが寝てるの」
法月「桜?」
桜「・・・そっちもそういう関係なの?」
肇「!」
法月「桜、落ち着きなさい…そっちって?」
   桜が法月の頬を張る。
桜「不潔! このド変態!」
   走り去る桜。
法月「ええ? どうなってんの」
小林「あんた、どういう事だい」
法月「何ですか」
小林「この人とそういう関係なんだろ(オカマの仕草)」
法月「ええ?」
境「私達は秘密の関係だ」
法月「(意味がわかり)桜!」
   桜を追いかける法月。
肇「どういう事だよ」
沙織「どういう事ってこういう事やんけ!(ドラえもんの布団の件で怒る)」
肇「お前法さんとも出来てんのか」
沙織「はあ?」
肇「出来てるのかって聞いてるんだよ!」
沙織「(苦し紛れに)出来てるわ! 出来まくってるわ! 法さんともこの人ともな!だからあんたなんかいらんのじゃ!」
肇「・・・嘘だろ」
   その場から逃げ出す肇。押入れに行く。
沙織「あーもう! もう頭痛いし最悪」
小林「(沙織を支え)ちょっと休みな」
沙織「そやな…いっぱい飲むか」
   沙織が奥の台所に焼き鳥の袋を持っていく。以下のやりとりの間に沙織は焼き鳥を皿に盛り付ける。そこに戻ってくる法月と桜。
法月「いいかい落ち着いて考えればわかるはずだ。僕が沙織ちゃんとそんな関係な訳な
いじゃないか」
桜「ならどうしてあの布団で寝てたのよ!」
法月「それは」
桜「それに秘密の関係は」
法月「違うって」
桜「布団は!」
法月「それは…(考え)あの引き出しが恐くて…」
桜「引き出しって何」
法月「(引き出しの前に立ち)この中に恐ろしいものが入ってるんだ」
桜「何なのよ」
法月「イグアナだよ」
桜「イグアナ?」
境「おい、待て」
   桜は引き出しに近づき開ける。
法月「きゃあー」
   全員が法月を見る。
法月「…すいません」
桜「何これ」
法月「何これって…(おそるおそる見る)」
   桜が取り出したのは当然ナイフ。
境「…何故だ」
法月「イグアナは?」
境「イグアナだと」
健史「!」
   イグアナの真似を懸命にしようとするがどうしていいかわからない健史。
境「何故だ…どういう事だ」
桜「これはナイフ…これ何…血?血が乾いたみたい」
   そこに焼鳥をもってあらわれる沙織。
境「イグアナといえば昔ガラパゴスにいた時に食べたことがある。なかなか美味だ」
桜「そういえば聞いたことがある。爬虫類って焼くと鳥のような味がするって」
法月「イグアナの代わりに血のついたナイフ…てことは」
沙織「これイケるなあ」
   焼き鳥を頬張る沙織。皆がそれを見る。
桜「きゃ」
法月「きゃあー」
   全員が法月を見る。
法月「すいませんて」
沙織「おいしいわ、たけちゃん食べるか」
   健史が焼鳥を食べる。
小林「たけちゃん、イグアナだよ!」
健史「!」
   イグアナの真似を懸命にする健史。
法月「やっぱりイグアナなんだ間違いない」
   健史に駆け寄る小林。
小林「たけちゃん! 吐き出しな、吐き出すんだ!」
沙織「何や何や」
桜「…イグアナって鳴くのかな」
法月「そりゃ鳴くんじゃない?」
桜「何て?」
法月「…そりゃ」
   無言で健史を見つめる法月と桜。
健史「…(悩んだ末)クエ」
小林「(悲しみ)たけちゃん」
桜「やっぱりイグアナだよ」
健史「(連呼する)クエクエクエクエ〜」
小林「もう見てられないよ」
沙織「何の騒ぎや」
法月「てことはやっぱり、(沙織に)そのナイフで右田さんを切ったんだ…よね」
沙織「!…何で」
桜「その手に持っているものが証拠よ」
沙織「何で焼鳥が!」
境「右田は焼き鳥になったのか!」
法月「それを言うなら焼きイグアナ」
小林「たけちゃん大丈夫かね」
境「これが地球の危機か!」
健史「地球の危機?」
小林「え?」
健史「…クエクエ」
法月「右田さん死んじゃったね」
桜「誰それ」
法月「イグアナ」
境「右田は地球外生命体だろ」
法月「違いますよ」
境「不死身の」
法月「今死んだでしょうに」
境「死んだけど蘇ったんだ」
法月「切り刻んだんでしょうが、沙織ちゃんが右田を」
沙織「うちやないわ! 証拠あんのか」
法月「今食ってるでしょうが」
沙織「うちやないー! 肇や、肇がやったんや! あああ〜!!」
   発狂しそうになる沙織。
小林「駄目だ、これは駄目だよ」
沙織「肇、出てこい。あんたが…」
   沙織が押入れの戸を開けるとまたしても肇はいない。小林が沙織を押さえる。
沙織「何でおらんの…いやー!」
小林「(沙織に)あんた、駄目だよ」
沙織「離して!」
法月「興奮しないで」
小林「沙織ちゃんあっちへ」
沙織「行かへん、どこにも行かへん!」
小林「来るんだよ! あんたは…狂ってるんだ!」
   再び部屋に連れて行く小林。それについていく桜と法月。
   ドアが閉まると健史と境が二人残る。
健史「…クエ」
境「…もういいぞ健史」
健史「一体何がどうなってるんですか」
境「何がだ」
健史「僕にはさっぱり訳がわからない…まず第一に境さんは沙織さんの彼氏なのか、次に右田さんとはイグアナなのか地球外生命体なのか、それに桜の母親は植物人間なのか、ポルターガイストは本当なのか、法さんは沙織さんや境さんと一体どんな関係なのか、そして沼って何、水漏れってどこ、あと僕は何種類の動物のふりを続けなくちゃいけないんだ!」
   この間に桜・小林・法月が戻ってくるが興奮した健史は皆が戻ってきたことに気付いていない。
境「健史」
健史「何ですか!」
境「…皆戻ってきた」
健史「え」
小林「やっぱり・・・病気じゃなかったんだね」
健史「…クエ」
小林「もういいよ。本当はわかってたんだ、でも聞けなかったんだ」
健史「(悩んだ末)・・・何で聞けない」
小林「あんたが何か恐れてたみたいだったから」
健史「あなたは・・・僕を殺そうとしている」
小林「何をいってんだい。そんなはず・・・ないだろう」
健史「僕は覚えている。僕の祖母は・・・痴呆症だった。いつもニコニコしていたけど時折訳がわからなくなって暴れていた。今までの僕の様に」
小林「・・・」
健史「目が見えなくてもわかる。あなたは祖母じゃない。あなたは誰だ」
小林「…」
健史「(後ずさりしながら)僕はまだ死ぬわけにはいかないんだ」
   健史は手探りでドアから外へ出て行く。
桜「…どういう事」
小林「…話さないといけないようだね」
桜「うん」
小林「実はね…(何かを言いかけて)駄目、心の準備が!(小林も走り去る)」
桜「ちょっと!」
法月「桜!」
境「沼を教えろ!」
   桜・法月・境が出て行く。舞台上には誰もいなくなる。そこに沙織が部屋から出て来て台所に向かう。
沙織「…」
   沙織が台所に行くと健史が戻ってくる。健史は手探りで押入れを見つけるととりあえずそこに隠れる。隠れる時に押入れから大きなぬいぐるみと、ドラえもん(ガンダムでも可)のお面を数個外に出す。押入れの戸が閉まる。そこに小林が走ってくる。押入れに隠れようとして戸をあけようとするが健史が中で押さえているためあかない。仕方なく小林はぬいぐるみを数個並べる。そのぬいぐるみの隙間に落ちていたお面をかぶり隠れる。沙織はこの後戻ってきて、ぬいぐるみを見つめる。
沙織「…頭、痛っ」
   部屋に戻る沙織。法月と桜が戻ってくる。
桜「…いない、どこ行ったんだろう」
法月「よその事じゃないか。また話せる時に教えてくれるよ」
桜「おばちゃんはきっと私の事も知ってる。お母さんのことも」
法月「桜…」
桜「パパは何も話してくれないしね」
法月「そんな事」
桜「なら何で沙織ちゃんと同じ布団で寝てたの。しかもホモなんでしょう?最低ね」
法月「違う…」
桜「なら何よ。説明してよ」
法月「(考え)あれは…動転していたんだ。本当のお母さんが現れたから。本当のお母さんのところにお前がいってしまうんじゃないかって」
桜「お母さん?…誰の事を言ってるの?お母さんがいたの?」
法月「…ああ」
桜「誰よ!」
   そこに戻ってくる境。
境「沼はどこなんだ…」
   境は台所に行き、マイカップにジュースを注ぐ。
桜「…誰の事を言ってるの?」
法月「決まってるだろう彼だ! 彼こそお前のお母さんだ」
桜「何言ってるの? 境さんは…男じゃない!」
法月「今はな」
桜「今は?」
法月「もとは女なんだ…ショックはわかる。火事の後あいつはなぜか男になる事を選んだ…僕は言えなかった。お母さんがお前や私を捨てておなべになって暮らしてるなんて」
桜「私は…ホモとオナベの子なの?」
法月「だから、ホモじゃないよ。そういう意味で僕と境さんは秘密の関係なんだ」
   境がジュースを持って戻ってくる。
境「ジュース飲むか」
法月「(境に)久しぶり! 会いたかったよ!」
境「…何だ一体」
   桜が境を指す。その様子をいぶかしげに境が観察。
桜「この胸は?」
法月「昔からAカップでな」
桜「この筋肉は?」
法月「昔からアスリートだった」
桜「(股間を指し)ここは?」
法月「昔から…言わせるなよ」
桜「ママ…なの?」
境「一体何の話だ」
桜「ママ」
   桜が境に抱きつく。
法月「待て、何をしている!」
桜「10年ぶりに抱きしめて欲しいの」
法月「くっつくんじゃない」
桜「何でよ」
法月「どう考えてもおかしいだろ」
桜「女同士でしょ」
法月「今は男だよ」
桜「親子でしょ…ママ」
境「何がママなんだ!」
桜「てれないで」
   と、境に抱きつく桜。法月は頭をかきむしる。
法月「ああー!」
境「何だこれは」
法月「親子の再会だよ。文句ある? 俺だって最近してないのに!」
境「親子?」
法月「いいから早く済ませちゃって」
境「水漏れとか沼とか訳のわからないことばかりだ」
桜「オナベでも気にしない」
境「お鍋?」
法月「水漏れには鍋が一番いいって言ったんだ! 文句ある?」
桜「ママ」
境「ママ? お前の母親は植物だろう」
桜「違うわ、ここにいる」
境「どこだ」
桜「ここにちゃんと立って歩いている。歩き回れる植物人間なんているわけないでしょう」
境「私の目の前にいるぞ」
桜「(意味分からず辺りを探す)?」
法月「いいから早く済ませて早く離れろ」
桜「やだ! ママ(再び抱きつく)」
境「…やれやれだ」
   境は桜を抱きしめると何事か桜につぶやく。すると、一瞬の戸惑いの後、桜は目を閉じ眠る。
法月「桜!…何をした」
境「眠りについたようだ。ジュースに睡眠薬を入れた」
法月「睡眠薬?…いつの間に」
境「お前が本当の事を話さないと彼女は永遠に目が覚めないぞ」
法月「あんた何者なんだ…」
境「心配するな。大体の事は見当がついている。私の口から皆に話して欲しいのか」
法月「(迷うが)…わかった。話すよ…僕の名前は池上辰夫といいます。十年前だよ、桜たち家族がここにこしてきたのは。桜はまだこんなちっちゃくてさ、いつもお母さんの陰に隠れてた。桜の父親はさ、正直無愛想だったな…いつも世の中に不満をぶちまけてる感じだった。何度か見た事があるんだ。桜のお父さんがお母さんや桜を殴り付けてるのを。僕は止めた、何回殴られても蹴られても」
境「転機となったのは火事か」
法月「そう。あの火事が起きて…桜の父親は死んだ。僕は頼まれたんだ、この子の母親に。桜を育てて欲しいって。桜と人生をやり直して欲しいって。私には何も出来ないから」
境「お前の人生は?」
法月「僕には…何もなかった。だからお母さんも僕に頼めたんだよ」
境「家族は」
法月「親には二十歳の時、勘当されてたからね…まあ仕方ないのさ。10年前の僕の写真見るかい」
   法月はポケットの財布の中から一枚の折りたたんだ古い写真を出す。
法月「一番左が僕ね」
境「この化粧の濃い奴か」
法月「(オネエ言葉で)どんだけー! 鶴見のメリーって言えばそれなりに名は通ったオカマだったの」
境「…今度は釜か」
法月「あたしはさ、あん時に決心したんだ。ひどい男に裏切られたりした今までの人生をやり直そうって。これからはこの子の為に人生をかけるんだって。真っ当な仕事について、化粧道具も捨てて、普通のパパ、法月博史としてやり直すんだってね」
境「…だ、そうだ」
   桜が起き上がる。
法月「桜!…何で?」
桜「さっき抱き着いた時眠ったふりをしろと言われたの。真実をきかせてやるからと」
法月「…そんな」
境「これがお前が聞きたかった事だ」
法月「そんな…言っちゃったじゃない…桜」
桜「…オカマだったんだ」
   法月、号泣。
境「待て、釜や鍋が何かは私はわからないがこいつが昔そうだったとして、お前の人生に何か影響はあるのか?」
桜「え?」
境「あるのか? 釜なら死ぬのか」
桜「まあ…死にはしない」
境「なら気にするな。お前の衣食住は10年間法月氏が保証して来たんだ。とりあえず釜なら美味しい御飯は作れそうだ。その事に握手しろ」
桜「え…」
境「握手をしろ」
桜「…」
   桜がしぶしぶ法月と握手をする。
法月「…」
境「(それを見て)間違えた、拍手だった」
   その時、押入れの戸が開く。
健史「僕も聞きたい事があります」
法月「たけちゃん」
境「そこにいたのか!」
健史「メリーさん」
法月「法さんでいいよ」
健史「法さん、教えてください。10年前の事を、あなたは知っているはずだ。僕の両親や祖母に起きた事を」
法月「僕は…僕にその権限はないんだ」
健史「権限って何ですか」
小林「あたしが言うよ」
   皆が声の方向に目を向ける。ぬいぐるみからお面をかぶった小林が出てくる。
法月「どこから出てくるんですか!」
小林「…完全に出るタイミングを見失ったんだ」
境「変わった奴だ。コスプレ好きめ」
   お面をつけたまま以下の話をする小林。
小林「たけちゃん、桜ちゃん…今からあたしがすべてを話す。よく聞きな。あの火事が起きた時、あたしは無我夢中であんた達を助けた。そして大火傷を負ったあたしは絶対にしちゃいけないことをしたのさ」
健史「…何を」
小林「今とるよ」
桜「とる? お面を?」
小林「…」
   かつらをとる小林。まだ若い髪が現れる。お面を直す小林。
桜「かつらだったの」
健史「…かつら」
境「コスプレ好きだ」
小林「あたしが桜の母親さ」
桜「え」
健史「え」
法月「…」
小林「あたしはあの頃旦那がつくった借金で首が回らない状況だった」
   境が小林の首をまわそうとする。
小林「昔だよ」
境「すまん」
小林「あいつはいつも酔っ払ってさ、あたしや桜を殴り付けて…毎日が地獄だった。死ねばいいとずっと思ってた」
健史「…」
小林「あの日、いつもの様に酔っ払ったあいつは何かにとりつかれてるみたいだった。あたしを力いっぱい殴り付けたあいつは桜に向かっていった。あたしは桜を殺そうとしていると思った。それで咄嗟にあいつを突き飛ばした」
法月「もういいよ、マリさん」
小林「あたしには全ての責任があるんだよ…酔っていたあいつはストーブにぶつかって…その時…火事がおきた」
健史「じゃあ」
小林「信じるか信じないかはあんたの勝手だけどね、その時実は偶然に別の部屋でも火事が起きた。本当の小林万里江さんは痴呆でね、夜中天ぷら油に火をつけたんだ。警察にいけば教えてくれるよ。あんたのお父さんやお母さんは三ヶ所で同時に起こった炎のせいで逃げられなかったみたいだ。あたしがいった時はあんたが泣いてる姿だけが見えた」
健史「それであんたは俺を助けた」
小林「助けた…どうかね。あたしはあんたの目が見えない事をいいことに火傷のあとを整形しかつらをかぶり小林さんに成り済ました。借金も火事の保険で返しちまった。あたしはあんたをずっと騙してたんだ」
健史「…」
小林「(沙織のいる部屋を見ながら)偉そうな事言ってるけどね、あたしは逃げ出したかったんだ、あの生活から…あの子だけじゃないよ。あたしも、他のみんなもこのアパートの住人はみんな狂ってたんだ。狂ったままこの十年を過ごしてきたのさ」
健史「…それが」
小林「(健史に近づき)あたしは何をされてもしょうのないことをしたんだ。さあ、復讐でも何でもしてくれ(目を閉じ手をあげる)」
健史「…今度こそ真実なんでしょう」
小林「ああ」
法月「そうだよ」
健史「僕はここを出ていきます」
小林「待ちなよ…あんたが出て行く事なんてない。あたしはあんたに酷い事をしたんだ。恨んでくれよ」
健史「…(無言で去る)」
桜「ママ…だったんだ」
小林「ごめんよ、今までずっと…許してくれなんて言わない。あんたにも恨む権利はあるんだ。でも法さんだけはだめだよ。この人はあたしに頼まれたんだから」
桜「…」
法月「マリさん」
境「結局沼はどこだ?」
小林「境さん、あんたは全部わかってたんだろ」
   ドアが開き戻ってくる肇。頭を抱えている。
境「…むう」
小林「あたし、あんたをいつ見たか思い出したんだよ」
境「(小林に)枯れ死について聞いてもいいか?」
   照明がかわる。他のものは舞台から去り、肇と境だけが舞台にいる。肇は困惑し頭を抱えている。
肇「なあなあ、結局わかんないことが残っちゃったんだけどさ、なあ聞いてる? なあ」
境「うるさいやつだな」
肇「結局さ右田は死んじゃったんだよな」
境「お前が殺した」
肇「そうだよな…なら何で死体がないんだ」
境「人とは面白いな」
肇「何だよ」
境「このアパートの住人の事だ。現在の生活を守るため全てを欺き続けた法月と大家。真実を知りたいと願った代用品と健史。そして…狂ったまま十年を過ごした彼らは皆どうしようもなく懸命に生きている。私にはわからない。なぜだ、それ程の価値があるのか」
肇「そんなん知らねえよ…なあ、やっぱりさ自首した方がいいのかな」
境「ん?」
肇「自首だよ自首」
境「? 自首…あああの自らの首とかく罪を犯したものが捜査機関に発覚する前に出頭をするという意味の言葉か」
肇「…そうだよ」
境「自首をしたいのか」
肇「したくねーよ、したら捕まっちゃうじゃん下手したら死刑じゃん死刑」
境「お前は死刑にはならない。不可能だ」
肇「何でそんなことあんたにわかるんだよ。悪いことしたらいずれわかるんだだから自首した方がいいんだ」
境「お前は誰に会いたい。どうすればお前は満足できる」
肇「何なんだよいきなり」
境「まだわからないのか?」
肇「わかんねえ、わかんねえことだらけだ。いきなりわけわかんねえ金は手に入ったらなくなるし右田は死んじゃったのに死体はないし、十年前がどうとか意味わかんねえよ」
境「…あの火事の時な、このアパートで三つの部屋から火が出た。一つは桜の父親が出した火、一つは本当の小林万里江が出した火、では最後の一つは?」
肇「何だよ」
境「私には理解不能だ」
肇「俺が理解不能だよ」
   ポケットから新聞記事を取り出す境。
境「読んでみろ」
肇「あ?」
境「いいから」
肇「何だよ、偉そうに…えー、鶴見区三丁目で起こった火災の内、最も損傷が激しかった遺体の身元が右田海造さん55歳と判明…何だこれ…右田の死亡記事じゃんよ」
境「いいから続きを読め」
肇「一緒に発見された男性は近所の方の証言からこの部屋にすむ山田肇さん22歳とわかった…は?」
境「お前はもう死んでいる」
   暗転。BGMクリスタルキング「愛をとりもどせ!!」

幕間字幕
「2010年1月1日白い結晶が全てを包み物語は続く」
最終幕「ありがとう」

   明かりがつくと、一幕の最後の場面。
肇「神様・・・」
   呆然と右田の死体を見つめている肇。
肇「…もう駄目だ」
   意を決したように部屋の隅にあった灯油のポリタンクを抱える肇。ポリタンクの中身を右田にかけ、最後に自分にかける。照明が変わり、小林の声が聞こえる。バックライトの中、右田と肇は舞台から消え、小林が真ん中に立った所で小林の周りが明るくなる。小林はその間、喋り続けている。
小林「そうしてあの子はこのアパートに火を付けたんだ。といってもあたしはその場にいなかったからね。見た訳じゃない。ただ警察の話ではさ、信じられるかい? 同じ時に三つの部屋で火事が起こったんだ。三つの炎はあっという間にアパート全体に広がってね。あたしは子供たちを連れて逃げるのが精一杯。何人も…死んじゃったんだ。アパートはその後直してリフォームもしたんだけどさ、実家の親御さんが迎えに来てもあの子は、沙織ちゃんは出ていかなかった。一号室を山田さんが生きていた通りの状態にしてずっと塞ぎ込んで…そしてクリスマスからの何日間かだけ幻と話すんだ。幻なのか本当の山田さんの霊なのかはわからないけどね。でもさ、追い出すのも忍びなくてずっと付き合ってるんだ。あたしや法さんもね。だからあんたも見えない霊と…え、あんた霊が見えるのかい? 本当かい…?」
   小林が話している間にいつの間にか舞台上に境が立っている。小林が話し終えると小林にあたっている照明は消え、舞台から去る。そこに肇が駆け込んでくる。
肇「…あんたの、言った通りだった」
境「そうか」
肇「誰も俺の存在がわからない、ダチも、パチンコ屋も、コンビニの店員も、おまわりも、皆気付きもしない」
境「当然だ」
肇「街もよく見りゃ変わってる…あの部屋と、沙織だけだった。同じだったのは」
境「10年間、関西人は繰り返してきたんだ。死に気付かないお前との生活を」
肇「ナイフは?」
境「それも関西人が用意した。自分の幻にリアリティを出す為に」
肇「あの暴力団は」
境「あの後、一斉に逮捕された」
肇「じゃ俺は」
境「そう、無駄死にだ…お前は結論を急ぎ、勝手に人生に絶望し死を選んだ」
肇「…あんたは何者なんだ」
境「私達は魂に触れ、会話が出来る。会話をし、魂が望む事を叶え現世から回収する。普段は死ぬ前から対象者の周辺に派遣され死ぬ瞬間を見届ける、魂が現世に残り生きている者を苦しめない為だ。だがたまに失敗し魂が残る場合がある。十年前の火事で沢山の人間が死んだ。私はそれをみな回収したつもりだった」
肇「でも俺は残っちゃったんだ」
境「現世に強い未練を持った魂はそうなる事が多いらしい。お前のように」
肇「あんたは人間じゃないの」
境「私の一族はずっとこの仕事をしていきてきた。ある意味普通の人間ではないな。ただ歳は取り、時間は有限だ」
肇「俺は死んでるんだ…」
境「ずっと前にな」
肇「俺、どうなるんだ」
境「お前は長くとどまり過ぎた。一つ言えるのはお前はもう、あるべき所に行かなくてはいけない」
肇「あの世ってやつか」
境「魂を回収したら後は知らない。私は死んだ事がないのでな」
肇「無責任だな」
境「さあ、言ってみろ。お前の希望だ」
肇「…あんたさ、さっき言ったな。何故人は生きるのかって」
境「ああ」
肇「よくわかんねえけどさ俺はこう思う。生きてりゃ…色んな事があるからだよ。誰かを好きでいたり誰かを大切に思ったり喧嘩したり…全部まとめて生きてるって事だから」
境「だから人は生きるのか」
肇「たぶん」
境「(何かを思う)…そうか」
肇「何笑ってんだよ」
境「いや」
肇「俺は死んだ、もうそんな実感味わえねえけど、最後にもう一回だけ何か叶うなら…沙織にあいたい」
境「…お前は魂だ。お前が念じればどこへだって行ける。好きなようにするんだな」
肇「そっか」
   肇、目を閉じる。
境「待て。あの日から預かっていたものがある」
   境が何かを取り出し肇に渡す。
肇「これは…」
   照明、暗くなる。バックライトを残し。境と肇が去る。健史が舞台上を歩いていく。小林が追いかける。
健史「…」
小林「どこいくんだい」
   健史が立ち止まる。
健史「ここを出ます」
小林「あんた恨んでるだろう、あたしを。復讐しなよ」
健史「…あなたは僕の家族を殺した訳じゃない。復讐しても」
小林「なら…ここはあんたのアパートだ。出なきゃ行けないのはあたしの方だ」
健史「あなたはここに居てください」
小林「…何でだよ。どこ行くんだよそんな身体で」
健史「あなたが用意してくれた通帳使わせてもらいます。遠くに行く訳じゃない。一人暮らしをするんです、部屋はもう借りています。その為に準備をした」
小林「…」
健史「はじめは殺されるかもと思って用意したけど今は…ここにいると哀しい事を思い出すから」
小林「恨みなよ…ずっとあんたを騙してたんだ」
健史「それは僕も同じです…あなた何歳ですか」
小林「え?」
健史「本当の年齢ですよ…言いましょうか? 新聞で読みました。法月茉莉さん28歳…今は38歳ですよね」
小林「…」
健史「28から38までの10年を老婆の格好をして、本当の娘ではなく病気を抱えた他人の子供を育てた。本当の子供のように…これも償いだ」
小林「たけちゃん」
健史「あなたはずっと優しかった」
小林「…」
健史「ありがとうございました」
   一礼をして去る健史。
小林「(健史の背中に)あんたの家は…ここにあるからね」
   再び明かりが変わり、肇と沙織がいる。
沙織「…何や話って」
肇「なんか自分でも実感ないんだけどさ俺死んだみたい」
沙織「聞いた」
肇「どーよ」
沙織「何がや」
肇「彼氏が死んだ気分は」
沙織「彼氏? 下僕や」
肇「ひど」
沙織「別に」
肇「別にって」
沙織「せいせいしたわ」
肇「酷くないか」
沙織「これであんたとの腐れ縁も切れるわ」
肇「…」
境「…さて、時間だ」
肇「これが最期」
境「そうだ」
肇「もう会えないのか」
境「そうだ」
肇「(沙織に)…話してもいいか」
沙織「…知らん」
肇「…」
境「おい」
沙織「何や」
   境が沙織の頭をつかむ。
沙織「何すんねん」
境「見ろ…こいつを見ろ。もうすぐこいつは見えなくなる。人間とは意味のない事をしたがる。私には見える。そんな人間を沢山見てきたからな。お前はこの先また悔やむ」
沙織「…」
境「見ろ。見ておけ。言いたい事があるなら言え」
沙織「…何で死んだんやあほ」
   境が沙織の頭をはなす。
沙織「くるくるぱーか。勝手に死んでんなボケ」
肇「ごめん」
境「…時間だ」
肇「これだけ、これだけ。クリスマスプレゼント。これ、お袋の形見なんだ。沙織、今までごめん。ごめん…ありがとう」
   肇が沙織に指輪をはめる。
沙織「…なんぼ遅いねん。どこまでもマヌケやわ…ウチあんたに一言、一言言いたくて…ずっと、何も言えんかった事後悔…してて」
   小暗転。肇は消える。舞台上には沙織と境。
境「…彼は行った」
沙織「今まで…ありがとう、(大声で)ありがとうー! 聞こえたかな」
境「さあな。お前が決めればいいのではないか」
沙織「(笑って)そやな」
   指輪をかざし、それを見つめる沙織。沙織が舞台から去りかけると、舞台端に楽しそうに生活している(御飯を食べるなど)法月・桜・小林の姿。健史が点字の本を読んでいる姿。沙織が荷物を持って歩いている姿。境が立ち尽くしている姿。それぞれ全てに照明があたる。境が携帯を取り出しメールを打つ。
境のナレーション「さて、仕事は完了した。上司よ、私はオフを楽しませてもらう。尻軽に…日本の神にでも参るか」
境「とりあえず…生きてみるか」
   上空を見つめ、手を握る境。
境「…あ、スノー…雪というやつか」
   BGMベット・ミドラー「ローズ」ゆっくりと暗転。
the end


 
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