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モルモットの歌が聴こえる
作 辻野正樹
 


人物

荒井和敏(20代)

三船純太(20代)

深川茂雄(40代)

田村夏子(20代)

瀬川徹(20代)


○治験施設・談話室

荒井和敏(20代)、深川茂雄(40代)と向き合っている。

三船純太(20代)は、漫画を読みながら二人の話を聞いている。

三人とも入院着姿。

深川「お二人、ウンコしました?」

荒井「今日?」

深川「はい」

荒井「したけど、何で?」

深川「大丈夫でした?」

荒井「何がですか?」

深川「いや、僕、さっきウンコしたんですけど、下痢っぽかったんですよ」

荒井「はあ」

深川「どうしましょう。薬の副作用なんじゃないですかね?」

荒井「体調悪いんですか?」

深川「体調悪いってこともないんですけど、ただ下痢だったんで」

荒井「おなか冷えただけなんじゃないですか?」

深川「そうですかね。なんか、薬と関係あるような気がするんですよ」

荒井「田村さんに言いました? 気になるんだったら診察してもらえるんじゃないですか?」

深川「なんか、言わない方がいいような気がするんですよね」

荒井「何でですか?」

深川「いや、治験って、いろいろ怖い噂があるじゃないですか。聞いたことないですか? なんか、すごい、怖いんですよ」

荒井「ああ、僕も聞いたことありますよ」

深川「あります? メチャメチャ怖い話ですよ。どんなんでしたっけ?」

荒井「ああ、僕が聞いたのは、貧乏大学生の話なんですけど……」

深川「あ、それです。その話!」

荒井「貧乏大学生が、お金に困って、治験に参加するんですよ。開発中の薬飲んで寝てるだけど、大金もらえるからって」

深川「そう、それですよ」

荒井「そんで、友達に、治験に行くから2週間ほど大学休むって言って、友達は、『へえ、おいしいバイトもあるもんなんだね』とか言ってて……」

深川「そうそう、そうなんですよ」

荒井「でも2週間たっても、そいつが戻って来ないんですよね。友達は、『あれ、おかしいな』って思ってたんだけど、結局、そのまま二度と大学に戻ってこなかったんですよ。で、それから数年たって、噂を聞くんですよ。治験に行った大学生を、どこかの精神病院で見かけた奴がいるって」

深川「えええ! そうなんですか?」

荒井「いや、知らなかったんですか? この話。絶対、知ってるような感じで聞いてたじゃないですか」

深川「僕が聞いた話は、ちょっと違ってました。あの、治験に参加した大学生が、治験から戻ってきて、夜中、車を運転してたんですよ。そしたら、突然、女の人が車の前に飛び出してきたんですよ。で、急ブレーキかけて、車を降りたんですけど、女の人はどこにもいないんですよ。おかしいなって思って、車の前を見たら、そこは断崖絶壁だったんですよ。女の幽霊が、崖だって教えてくれたんだって思って、車に戻って、バックミラーをふと見ると、さっきの女が映ってて、『死ねばよかったのに』って言ったって」

荒井「その話、治験関係ないじゃないですか」

深川「あ、そうか。間違いました。別の話です。治験に参加してた大学生が、普通に幽霊見たって話です」

荒井「だから、治験、関係ないじゃん!」

深川「あ、じゃあ、治験に参加してた大学生が、治験から戻ってきて……」

荒井「だから、治験関係ないじゃん! 戻って来てからの話だったら、治験関係ないじゃん」

深川「ああ、そうか。でも、今回の薬って、糖尿病の薬だって言ってるけど、本当にそうなのかって、わからないじゃないですか」

荒井「下痢したくらいで何心配してるんですか」

深川「でも、製薬会社って、薬一つ開発するのに、莫大な金を使ってるんですよ。もし、今回の治験で、予期しなかった副作用が出たとして、それが原因で新薬が認可されないなんてことになったら、製薬会社、大損害ですよ」

荒井「うん、それで?」

深川「だから、副作用が出ても、それをなかったことにしようとする力が働く可能性があると思うんですよ」

荒井「どういうこと?」

深川「なかったことにする、つまり、抹殺されるってことですよ」

間。

荒井「え、深川さん、自分が抹殺されるかもしれないって思ってるんですか?」

深川「ええ」

荒井「下痢したから?」

深川「ええ」

荒井「ちょっと、それは……。僕、治験、今まで何回も参加してるんですけど、副作用なんて、ほとんどないですよ。薬なんだから、多少の副作用はあるもんなんだろうけど、僕、全然ないですよ。Aグループの人、もう終わってるじゃないですか。Aグループ、全然問題なかったんでしょう?」

深川「Aグループは、投薬の量が、僕らBグループの半分なんですよ。僕ら、Aグループの人達の倍の量の薬飲まされてるんですよ」

荒井「そうだけど、心配しすぎですよ。(三船に)三船君、どう? 副作用とかある?」

三船「全然」

荒井「ほら。深川さんて、都市伝説とかすぐ信じるタイプなんですね」

深川「いや、僕、そういうのは全然信じてませんよ。都市伝説とかって」

荒井「深川さんの世代だったら、口さけ女とか」

深川「あ、口さけ女は、同じクラスやった山口君が見たって言うてましたよ」

荒井「やっぱり信じてるじゃん! あれは? 耳にピアスの穴をあけようと思って、自分であけたら、白い糸みたいな物が出てきて」

深川「何だろうって思って、切ったら、目が見えなくなっちゃったって話でしょう? だから、僕、絶対ピアスは、開けないようにって、女の子に言うんですよ」

荒井「信じてるじゃないですか! あれ、都市伝説ですよ!」

深川「あれ、嘘なんですか?」

荒井「嘘に決まってるじゃないですか。じゃあ、あれ、知ってます? 十年間行方不明だった人が発見されたんだけど、実は、二千年問題の時に、核兵器が飛んでくると思って、シェルターに逃げ込んで、10年間地下で暮らしてたんだって」

深川「それも都市伝説なんですか?」

荒井「そんな人、いるわけないじゃないですか」

三船「あと、こないだ、女の子の誘拐監禁で逮捕された奴、いたじゃないですか。あれ、本当の犯人は、隣の部屋の住人だって噂があるらしいよ」

深川「それも都市伝説なんですか?」

荒井「そうですよ。そんなことあるわけないじゃないですか。だから、」

深川「都市伝説だとしても、怖い! メチャメチャ怖いですよ! あ、また、おなかが……。トイレ行ってきます。あの、内緒にしててくださいよ」

荒井「絶対、おなか冷えただけですって」

深川、出て行く。

瀬川徹(20代)来る。

瀬川「君ら、ずっとここにいた?」

荒井「うん、いたけど」

瀬川「ふうん……」

間。

瀬川、手で四角を描いて、

瀬川「このくらいの、茶色い、封筒さ、知らない?」

荒井「え、何、封筒って」

瀬川「無いんだよね」

荒井「何が入ってたの?」

瀬川「ていうか、見てないの? 封筒」

荒井「見てないよ。見てない」

瀬川「ふうん……」

間。

荒井「え、何? 何が入ってたの?」

瀬川「本当に見てないの?」

荒井「見てないよ。何が入ってたの?」

瀬川「金がね……」

荒井「え、いくら?」

瀬川「……20」

荒井「20万円?」

瀬川「うん」

荒井「無いの?」

瀬川「無いよ。無いから聞いてんの」

荒井「財布に入ってたの?」

瀬川「違うよ。封筒に入ってたって言ったじゃん」

荒井「ああ、そうか」

瀬川「封筒ごとなくなってんの。鞄に入れといたんだけど」

荒井「ええ、そうなんだ」

瀬川「知らない? 知らないの?」

荒井「知らない。ていうか、何で20万も持ってたの?」

瀬川「たまたまだよ」

荒井「たまたまっつったってさ、治験期間中、金使うことなんてないじゃん。薬飲んで寝てるだけなんだからさ。食費もいらないし」

瀬川「だから、たまたまだよ。映画の製作費。ここ来る前に銀行に入れとこうと思ったんだけど、忘れてたんだよ。お前らに言ってもわかんないだろうけどさ、映画作るのって、金がかかるんだよ。だから、いろいろスポンサーを見つけて、金を集めてるんだよ」

荒井「スポンサーからもらった20万だったの?」

瀬川「まあ、それはどうでもいいだろう」

荒井「鞄さ、ちゃんとロッカーに入れといたの?」

瀬川「入れてるよ。入れてるけど、そりゃ、たまにはロッカーから出したりするじゃん。それに、ロッカーに入れといても、鍵なんてずっと持ってるわけにもいかないじゃん。風呂入るときまで手に持って入らないじゃん」

荒井「ええ、ちゃんと探したの?」

瀬川「探したって言ってんだろ! 何回も探したの! 探して、ないから聞いてんの!」

荒井「ベッドの下とかは? 敷布団の下とか見た?」

瀬川「見た! ていうか、鞄の中から一回も出してないんだから、どっかに置き忘れるとかは無いの!」

荒井「ええ……、じゃあ、もともと持ってきてなかったんじゃないの? 銀行に入金したんだけど、忘れてるとか、何か勘違いしてるんじゃ……」

瀬川「持って来てた! 持ってきてたのに無くなってるから聞いてんだよ。え、何でお前さあ、俺の勘違いだってことにしたいの?」

荒井「え、どういうこと?」

瀬川「今、俺の勘違いだったって思い込ませようとしたじゃん」

荒井「思い込ませようとしたとかじゃないじゃん。ただ、勘違いしてるんじゃないかって聞いてみただけじゃん」

瀬川「荒井君さ、仕事してないんらしいじゃん。ニートなんでしょう?」

荒井「そうだけど、それが何?」

瀬川「いや、ちゃんとした仕事してないんだったら、金に困るだろう?」

荒井「え、どういうこと? 俺が盗ったって言ってんの?」

瀬川「別にそんなこと言ってねえよ」

荒井「俺、違うよ! ニートつっても、治験、よくやってるんだよ。今回はじめてじゃないの。だって、働かなくても、今回の治験だってさ、薬飲んで、一ヶ月ここでじっとしてれば50万もらえるんだからさ。働かなくても、治験に時々参加してれば、別に金は困らないじゃん。俺、違うよ!」

瀬川「(三船に)三船君、なあ、三船君だったよね?」

三船、漫画を置いて、

三船「何?」

瀬川「いや、何、じゃなくてさ」

三船「え、何?」

瀬川「何漫画読んでんの?」

三船「クッキング・パパ」

瀬川「いや、何の漫画読んでんの、じゃなくてさ、何で漫画読んでんの?」

三船「何でって言われても、面白いから」

瀬川「今さ、俺の話、聞こえてただろう?」

三船「ああ、まあ」

瀬川「20万円、無くなってんの。鞄から。ここさ、外部の人、入ってこないじゃん。今治験に参加してるメンバーと、医者と、ナースしかいないじゃん」

三船「コーディネーターのスタッフとか、掃除のおばちゃんも来るじゃん」

瀬川「まあ、そうだけど、普通に考えたら、医者とかナースが金盗らないだろう? コーディネーターとか、掃除のおばちゃんだってさ」

三船「わかんないじゃん」

瀬川「いや、普通に考えたら、治験に参加してる奴が一番怪しいに決まってるじゃん」

荒井「何で?」

瀬川「そりゃ、そうじゃん。ここで働いてる人は、置き引きなんかして、ばれたら仕事クビになるじゃん。だけど、君らはさ、ばれたって仕事クビになんないじゃん。もともと仕事してないんだから。まあ、ここの治験には二度と参加できなくなるかもしんないけど」

三船「要するに、俺らのうちの誰かが盗ったって思ってるんだ」

瀬川「いやあ、つうかさ、三船くんて、仕事何してるんだっけ?」

三船「仕事? 別に何でもいいじゃん」

瀬川「え、何、それ。何で言えないの?」

三船「別に言えないわけじゃないけど、仕事何してるか聞いて、どうすんの? 20万円が無くなったことと、俺が仕事何やってるかって、関係あるの?」

瀬川「何で仕事、何やってるか言えないの?」

三船「だから、言えなくないって」

瀬川「じゃあ、何やってんの?」

三船「だから、関係ないじゃん、俺が仕事何やってるかって。俺が仕事やってないからって、20万盗ったってことになるの?」

瀬川「仕事してないんだ。荒井君も、三船君も、二人とも仕事してないんだ」

荒井「だから、俺は、治験が仕事なんだよ。これ、ちゃんと新薬開発のための大事な仕事なんだよ。俺が治験に参加して、実験台になってるから、新しい薬が認可されて、病気が治って、助かる人がいっぱいいるんだよ」

瀬川「なんかさ、俺、治験、はじめてなんだけどさ、ダメ人間オーラが充満してんだよな」

荒井「……どういうこと?」

瀬川「ロバート・ロドリゲス知ってる?」

荒井「誰?」

瀬川「ロバート・ロドリゲス。監督だよ」

荒井「メジャーのことはあんまり知らないから」

瀬川「え、メジャーって何? 野球の監督だと思ってんの? プッ……。映画監督! 『デスペラード』とかさ、『エル・マリアッチ』とか。知らないよな。まあ、いいや。その、監督がさ、デビュー作、『エル・マリアッチ』なんだけど、治験で稼いだ金で撮ったんだよ。まあ、俺もロドリゲスと同じ道、たどっちゃってんだけどさ。治験のバイトに参加してるのって、俺とかロドリゲスみたいな、クリエイティブな人間が多いのかと思ってたんだけど、違うのな。ただのダメ人間の集まりなんだもん。仕事してないんでしょ? 荒井君も、三船君もさ」

三船「やっぱり、仕事してないから、俺が金盗ったって思ってるんだ。俺だって、好きで仕事してないわけじゃないのに。いつもクビになるんだよ。俺が悪いわけじゃないのに。そりゃ、俺、バカだし、仕事いつも覚えられなくて。だけど、一生懸命やってんだよ。なのにさ……。(次第に涙声になって)コンビニで働いた時もそうだったんだよ。売り上げが一万円足りない時があって、店長、完全に俺のこと疑ってるんだよ。一箇所で長く働いた事がない人間は信用できないとか言って、俺にあてつけ言うんだよ。いつもそうなんだよ。俺、一生懸命やってるのに……」

間。

瀬川「もう、いいよ。疑ってるわけじゃないって言ってんじゃん」

三船「でも……」

瀬川「そうだ、あのオッサン、どこに行った?」

荒井「深川さん?」

瀬川「そう。深川さん、絶対怪しいじゃん。会社リストラされて、次の仕事見つからないから、ここ来たって言ってんだよ」

荒井「深川さんは、トイレ行くって言ってたけど。でも、もう一回鞄の中探した方がいいんじゃないの?」

瀬川「もう、何回も探したの!」

荒井「だったら、田村さんに言ったら」

瀬川「いいんだよ。そんなの言わなくて」

荒井「何で?」

瀬川「話、大きくなっちゃうだろう」

荒井「だけど……」

看護婦姿の田村夏子(20代)が来る。

荒井「あ、田村さん!」

夏子「(三人に)体調変わりないですか? 8時から採血になりますから、その30分前までにはお風呂入っておいてくださいね」

荒井「田村さん! 瀬川君が……」

瀬川「わああ!」

瀬川、荒井の口をふさぐ。

瀬川「(荒井に小声で)言わなくていいって言ってんだろ」

夏子「何?」

瀬川「(夏子に)何でもないよ」

瀬川、夏子に近づいて、小声で何やら親密そうに話す。

瀬川「深川さん、見た?」

夏子「ええ、見なかったよ」

瀬川「あのオッサン……」

瀬川、去っていく。

荒井「田村さんって、瀬川君と仲いいんですか?」

夏子「どうして?」

荒井「いや、今、仲良さそうにしゃべってたから」

夏子「ああ、もともと知り合いなんです。だから、今回の治験も、私が瀬川さんに紹介したんですよ。彼、自主映画作ってるのに、お金がいるから、他に仕事もしてないから、丁度いいと思って」

荒井「あの人、仕事してないんですか?」

夏子「まあ、映画関係の助監督とか、話がくればやってるけど、そんなにしょっちゅう仕事があるわけじゃないから」

荒井「(小声で)なんだよ、あいつ、偉そうに言ってたけど、自分だって、俺らと変わんないじゃんかよ」

夏子「(二人に)そろそろたいくつになってきたんじゃないですか? あと三週間もあるんだから、長いですよね」

荒井「全然退屈なんかしてないですよ。むしろ、あと三週間しかないなんて寂しいですよ」

夏子「何でですか?」

荒井「だって、三週間たったら、ここから出ていかなくちゃなんないんだから。田村さんとも、もう会えなくなるんだから」

夏子、笑いながら、

夏子「やだ、もう、やめてくださいよ! お風呂、ちゃんと採血までに入っておいてくださいよ」

三船「あ、田村さん、田村さんって、下の名前なんですか?」

夏子「夏子」

三船「どんな字書くの?」

夏子「季節の夏の子。何で?」

三船「いや、別に」

夏子「ええ、何か、私、今日、もててる?」

夏子、去っていく。

間。

三船「あのさ、田村さんて、瀬川君と付き合ってるよ」

荒井「え? 嘘だ!」

三船「嘘じゃないって。見ればわかんじゃん」

荒井「知り合いだって言ってたじゃん」

三船「まあ、そう言うだろうけどさ」

荒井「ただの知り合いだよ。あんな嫌な奴と、田村さんが付き合うわけないじゃん。あいつさ、偉そうに、俺らのことダメ人間だとか言ってたくせに、自分だってダメ人間じゃんかよ」

三船「女に貢いでもらってんだよ。映画作る金がいるとか言ってさ」

荒井「マジで? 最低な男だな」

間。

荒井「え、貢いでもらってるって、誰から? 何でそんなこと知ってんの?」

三船、懐から封筒を取り出すと、中から手紙を取り、読み上げる。

三船「約束のお金です。大事に使ってください。和敏が映画監督デビューして売れたら返してくれれば大丈夫です。私は、和敏の才能を信じてます……」

荒井「え、ちょっと待って。何それ」

三船「手紙」

荒井「何、え、ちょっとその封筒、見せて」

荒井、三船から封筒を奪い取る。

封筒の中には一万円札が20枚。

荒井「え、何、どういうこと?」

三船「いや、手紙がさ、中に入ってたの」

荒井「いや、手紙とかじゃなくてさ、金! 金だよ! 20万だろう?」

三船「うん」

荒井「盗ったってこと?」

三船「盗ったっていうか、落ちてたから。ベッドの下に」

荒井「マジで? 何ですぐ返さないの?」

三船「だって、誰のかわかんないじゃん」

荒井「だって、『和敏』って名前書いてあんじゃん」

三船「『和敏』が瀬川君のことだなんて知らないもん」

荒井「どこに落ちてたの?」

三船「ベッドの下」

荒井「瀬川君のベッドの下?」

三船「そう」

荒井「じゃあ、瀬川君のだって分かるじゃん!」

三船「いや、それはわかんないじゃん」

荒井「意味がわかんないんだけど」

三船「だって、あいつ、むかつくじゃん」

荒井「うん、まあ……」

三船、再び手紙を読み上げて、

三船「約束のお金です。大事に使ってください。和敏が映画監督デビューして売れたら返してくれれば大丈夫です。私は、和敏の才能を信じてます。いい映画を撮って、必ず賞を取ってください。楽しみにしてます。あと、言われてた通り、プラセボになるように先生にお願いしておいたので、安心して治験受けてください。夏子」

荒井「夏子?」

三船「夏子。季節の夏の子」

間。

三船「金、どうしよう?」

荒井「……返すこと無いと思う」

三船「だよね」

荒井「プラセボになるようにお願いしておいたって、どういうこと?」

三船「だから、はじめの説明の時に言ってたじゃん。治験って、参加者の中に一人はプラセボがいるって。開発中の新薬をみんな飲まされるんだけど、プラセボつって、一人だけ、本当は効き目のないブドウ糖かなんかを飲まされるんだって。瀬川君がプラセボなんだよ」

荒井「それ、ずるくない? 俺らは副作用が出るかもしれないリスクがあるのに、あいつはその心配もないってことだろう?」

瀬川、来る。

荒井と三船、慌てて封筒を隠す。

瀬川「深川さん、来てない?」

荒井「来てないよ!」

瀬川「やっぱトイレか。長すぎるよ」

瀬川、荒井と三船の様子がおかしいのに気付いて、

瀬川「あれ、何か隠してない?」

荒井「はあ? 何のこと?」

瀬川「いや、何か、後ろに隠してるんじゃないの?」

荒井「何も隠してないね! 絶対隠してないね!」

瀬川、荒井と三船を追いかける。

封筒を後ろ手に隠して逃げる荒井と三船。

瀬川「絶対、何か隠してるだろう! 見せろよ!」

夏子が、来る。

夏子「あの、みなさん、ちょっと聞いてください」

瀬川たち、聞いていない。

夏子「みなさん、聞いてください! あの、聞いてください! 重要な話なんです! (語気を荒げて)聞いてください!」

瀬川たち、聞いていない。

夏子「亡くなったんです! Aグループの被験者が、一名亡くなったんです!」

瀬川たち、動きを止める。

瀬川「え、何? 何て言ったの?」

夏子「今回の臨床試験、AグループとBグループの二群に分かれて行われてるって、お話したと思うんですけど、Aグループの臨床試験が、一昨日終了して、みなさん退所されたんですけど、被験者のうちの一人が、自宅に戻られてから亡くなったらしいんです」

荒井「死んだって言ってるんですか? 死んだんですか?」

夏子「……はい」

瀬川「何で?」

夏子「詳しい事は、まだ分かってないんで。先生の方から、ちゃんと説明がありますから、そのときちゃんとお話しますんで」

荒井「先生から説明があるってことは、飲んだ薬が原因で死んだってこと?」

夏子「あの、そのへんも先生から説明がありますから。とにかく、まだ詳しいことがわかってないんです。私も、全然何も知らないんです」

三船「俺ら、Aグループの倍の量飲んでるんでしょう?」

夏子「はい」

三船「どうなるの? 俺ら、死ぬってこと?」

夏子「そのへんも、ちゃんと先生から説明がありますから」

三船「否定してよ! そのへんも説明があるって、『近いうちに死にます』って説明されるってこと? ふざけんなよ!」

夏子「とにかく、先生の説明を待ってください。私、本当に何も知らないんで」

夏子、去ろうとする。

三船、夏子の肩をつかむ。

夏子「痛い!」

三船「ちょっと、待ってよ! ふざけんなよ! もっとちゃんと説明しろよ!」

瀬川「(三船に)離せよ。彼女に責任ないだろうが」

三船「だけど……」

夏子「あの、大丈夫です。心配しないでください」

三船「何で? Aグループの人、死んだんでしょう? なのに、何で心配しないでなんて言えるの? 心配しなくていいって根拠あんの?」

夏子「根拠はないです! 適当に言いました」

三船「最悪!」

夏子「だって、私、何も知らないって言ってるのに、三船さんがガンガン責めてくるから、適当にいいました」

三船「そりゃ、こっちは死ぬかもしれないんだから、ガンガン責めるよ!」

夏子「ガンガン責めないでください! 私のせいじゃないんだから」

瀬川「そうだよ。ガンガン責めすぎなんだよ。夏子は、やさしさから心配するなって言ってくれてんだぞ」

荒井「夏子って何だよ!」

瀬川「はあ?」

荒井「夏子って何だよ! 呼び捨てにすんな!」

瀬川「俺、夏子なんて言った?」

荒井「言ったよ」

瀬川「言ってねえよ」

荒井「言ったよ! やっぱそうなんだ! 俺、ここの治験に何回も参加してるんだよ。田村さんと初めて会ったの、もう3年も前で、田村さんに会えるから、治験に行くの毎回楽しみで……」

瀬川「お前、何言ってんの?」

荒井「うるさい!」

夏子「あの、ごめんなさい。私、仕事があるんで。先生のお話が始まる時、またお呼びしますんで……」

夏子、去ろうとする。

瀬川「あ、田村さん!」

去っていく夏子。

間。

三船「何で死んだんだろう?」

瀬川「何でだろう」

荒井「瀬川君、田村さんのこと、呼び捨てにしないでよ。付き合ってるとしても、田村さんにとっては、ここは職場なんだから」

瀬川「知ってたの? いや、俺が、映画の製作費がいるって話してたら、夏子が、ここ紹介してくれたんだよ」

荒井「だから、呼び捨てにするなよ!」

瀬川「わかったよ。うるさいな」

三船「つうかさ、俺ら、死ぬかもしれないんだよ」

間。

瀬川「あのさ、ちょっと、俺、思いついたことがあるんだけど、聞いてくれる?」

荒井「何?」

瀬川「俺、ビデオカメラ持ってきてるんだよね。小型の奴なんだけど。なんか面白いものがあったら、撮っておこうって、わりと、いつもカメラ持ってんだよ」

荒井「それで?」

瀬川「俺ら、死と向き合ってるわけじゃん。Aグループの死んだ奴が、もし薬が原因だったら、俺らも死ぬかもしれないわけじゃん。死と向き合った数人の男が、死を迎えるまでの数日間、どんな風に過ごすのか。これ、ドキュメンタリー映画にして、残しておく価値があると思うんだよ」

荒井「どういうこと?」

三船「つまり、俺らのことを映画にするってこと?」

瀬川「そう。これ、絶対いけると思うんだよ。賞とれると思う」

荒井「あのさ、死を迎えるまでの数日間って、何? 死ぬって決まってるみたいじゃん」

瀬川「ああ、ごめん、ごめん。だけど、もし、本当に死ぬことになったら、俺らの最後のメッセージをさ、映像で残した方がいいと思うんだよ。な?」

荒井「……いやだ」

瀬川「何でだよ! なあ、頼む! 俺、この企画、絶対いけると思うんだよ! こんなドキュメンタリー映画、今までなかったから、海外の映画祭とかにも出品したら、絶対注目されると思うんだよ」

荒井「俺らの最後のメッセージって、何が『俺ら』だよ。あんた、死なないじゃん」

瀬川「え?」

荒井「あんた、死なないんだろう? 死ぬのは、俺らで、あんたじゃないんだろ?」

瀬川「何で?」

荒井「だって、あんた、プラセボなんだろ? あんただけ、効き目のない別の薬飲んだんだから、死ぬわけ無いじゃん。死ぬのは、俺と、三船くんと、深川さんだよ。あんた死なないんじゃん!」

瀬川「何で知ってんの?」

瀬川、三船の懐から、封筒を奪い取る。

三船「あっ!」

瀬川、封筒の中身を確認して、

瀬川「どういうこと?」

三船「ああ、あの、落ちてた。ベッドの下に」

瀬川「泥棒じゃん」

三船「落ちてたって言ってんじゃん」

瀬川「じゃあ、何で黙ってたの? おかしいじゃん!」

三船「おかしいのはそっちだろ!」

瀬川「何が?」

三船「プラセボになるように田村さんに頼んだって、書いてあんじゃん。瀬川君、プラセボなんでしょう? だったら、死なないんじゃん。自分は安全なことが分かってて、俺らのこと映画にして、自分は賞を取ろうとか思ってんの?」

瀬川「20万泥棒したくせに、何逆切れしてんの?」

三船「20万なんかいらねえよ。どうせ俺ら死ぬんだから」

瀬川「死ぬわけないじゃんかよ。そんなの、Aグループの奴が死んだって、どうせ、事故かなんかだよ。薬と関係ないよ」

荒井「何でわかるの? 根拠あるの?」

瀬川「根拠はないよ! 適当に言ったんだよ!」

三船「最悪、こいつら、カップルで最低だ!」

瀬川「だけど、映画くらい撮らせてくれたっていいだろ!」

三船「いやだ!」

瀬川「いいよ。じゃあ、勝手に撮るから」

荒井「スタッフの人に言いつけるよ。撮影なんか製薬会社が許可するわけないんだから。瀬川君さ、仕事してないらしいじゃん」

瀬川「はあ?」

荒井「田村さんが言ってた。自分だって、ダメ人間なんじゃん。映画監督の才能なんかないんでしょう? 才能ないから、目の前に死ぬかもしれない人間を見つけて、自分が有名になれるチャンスだって思ったんでしょう?」

瀬川「俺は、ダメ人間じゃないから。お前らと一緒にすんなよ」

荒井「どこが違うんだよ」

瀬川「とにかく、映画撮らせろよ」

三船「いやだって言ってんじゃん!」

瀬川「撮らせろよ!」

荒井「いやだって!」

瀬川「お前ら、本当、わかってないなぁ。映画、出たいだろう! お前らみたいな奴がさ、映画に出れるんだぞ。お前らが出てる映画が、賞をとって、世界中の人が見るかもしれないんだぞ!」

三船「お前が監督するんじゃ賞なんかとれないよ。だって、才能ないんだろう?」

瀬川「才能は、ある! しかも、これから死ぬ男たちっていう、おいしい素材がある! 成功するに決まってるだろう!」

荒井「言っちゃった。これから死ぬって言っちゃった」

三船「最悪」

瀬川「撮らせろよ!」

夏子、来る。

夏子「あの、先生がもうすぐ戻ってきますんで、戻り次第、説明しますんで……」

三船「田村さん、ちょっと汚いんじゃないですか?」

夏子「汚い? 何がですか?」

三船「自分の彼氏だけ、プラセボにして、副作用がおこんないようにって、汚いでしょう」

荒井「俺たちは、死ぬけど、瀬川君だけ死なないですむんでしょう?」

夏子「何で? 何でそういう話に?」

荒井「手紙、読んだの。田村さんが、お金と一緒に瀬川君に渡した手紙」

瀬川「お前らは、死ぬかもしれないけど、そのおかげで、俺の映画に出れるんだぞ! なあ、生きてる証し、残そうぜ! 俺の映画でさ」

夏子「あの、プラセボのことなんだけど、本当は、誰がプラセボか、私も知らないんです」

瀬川「え? 何て?」

夏子「プラセボって、誰がプラセボかわからないように実験するもんだから。私も知らないし、医師も知らないの」

瀬川「え、だって、夏子、先生に、俺がプラセボになるように頼んでくれたって……」

夏子「ごめん。そう言っておけば、安心して治験受けてくれると思ったから。そうでも言わないと、和敏、根性ないから、絶対びびってやめるって言うじゃん! 私、もういやなの。お金くらい、自分で稼いでほしいの。ちゃんと会社勤めしてくれとか、そこまで高望みしてないけど、自分が映画作りたいんだったら、そのお金くらい自分で稼いでほしいの。治験に参加したら、映画の製作費、作れるでしょう?」

瀬川「お前、何だよ! 嘘ついたのかよ。ふざけんなよ!」

夏子「私が今まで、あんたのくだらない映画のために、いくらお金出してきたと思ってんのよ!」

瀬川「くだらない? くだらない映画? お前、ずっとそう思ってたの?」

夏子「そう思ってた」

間。

瀬川「そう思ってたんだ。くだらないって思ってたんだ」

間。

瀬川、突然泣き出す。

瀬川「俺、やっぱり才能ない。才能ないんだ。わかってたけど。自分でもわかってたけど。夏子に言われたくなかった。俺、才能ないし、プラセボじゃないから、薬の副作用で死ぬんだ!」

泣き続ける瀬川。

荒井「俺さ、映画、出てやってもいいよ」

瀬川「え?」

荒井「映画だよ。出てやってもいいって言ってんだよ。俺、本当は、瀬川君が映画撮るって言ったとき、めちゃめちゃ出たいって思った」

三船「俺も、出てやってもいいよ。ていうか、出たい! 俺も映画に出せ!」

荒井「俺、本当は、役者になりたかった。昔から映画に出たかった」

夏子「映画って、何の話?」

荒井「瀬川君が、俺らのことをドキュメンタリー映画にするんだよ。俺ら、死ぬんだから。死ぬまでのわずかな時間をフィルムにおさめるんだよ」

夏子「あの、死ぬなんてことないですよ。Aグループの方が亡くなった原因も、薬と関係あるかどうかわかってないんですから」

三船「気休め言うなよ! 俺ら、死ぬんだよ!」

荒井「そうだ! 俺ら、死ぬんだ!」

三船「死ぬってわかってたら、何にも怖いもんなんかないよ」

荒井「そうだ! 俺、役者になる。この映画で、主演男優賞とる!(瀬川に)映画、撮るよね?」

三船「(瀬川に)演出つけてよ。どんな演技したらいいの?」

荒井「バカだな。ドキュメンタリーなんだから、演技なんかしなくていいんだよ。俺らのありのままでいいんだよ!」

瀬川「何かわかんないけど、俺もやる気が出てきた」

荒井「俺ら、何でも出来そうな気がしてきた。瀬川君は、この映画で監督として成功できるよ。俺らも俳優として成功するんだ!まあ、死ぬけど」

瀬川「そうだ! 俺ら、何だって出来るぞ! 死ぬけど」

三船「何だって出来る!」

荒井「怖いものなんか、何もないぞ! だって、死ぬんだから!」

瀬川「よし、早速、カメラ用意しよう」

三船「俺ら、何でも出来るぞ」

荒井「そうだ。何でも出来るぞ。空だって飛べるぞ!」

三船「そうだ! 空だって飛べるぞ」

瀬川と荒井、三船、部屋を出て行く。

夏子「ちょっと待って。撮影なんて、ダメよ」

深川が戻ってくる。

深川「田村さん、今、ドクターから聞きましたよ。Aグループの人、ビルから飛び降りて死んだらしいじゃないですか。今回の薬と関係あるんですか? 薬が何か精神に影響して、飛び降りたくなるようになるとかって……」

夏子「……空だって飛べるぞ。 空だって飛べるぞ?」

夏子、はっとして、瀬川たちを追いかけながら、

夏子「ヤメテ! ここ8階よ! ヤメテエエエエ!」



                      (完)

 
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