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見知らぬ乗客たち
作 辻野正樹
 

 

○部屋

薄暗く、殺風景。

三人の男、三島学(27)、小林照男(29)、時田ムネオ(28)が向かい合ってる。

緊張した面持ち。今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうな緊張感に、耐えかねたかのように三島が口を開く。

三島「センダ!」

三島、小林を指差す。

小林「ミツオ!」

小林は三島を指す。

小林・時田「(ポーズをつけて)ナハ、ナハ!」

始まったのは、せんだみつおゲームである。

ゲームがしばらく続く。

小林「なんか、三人でやっても寂しいですよね」

三島「そうだよね」

緊張感がとけて、

時田「こういうゲームって俺、はじめてやるよ。合コンではよくやるっての、聞いてたけどさ。王様ゲームとかさ、こないだの時はやんなかったよね?」

小林「こないだのは、ちゃんとしたお見合いパーティーだから、そんなゲームとかはやらないでしょう」

三島「まあ、お見合いパーティーでもゲームとかやるときあるけどね。さすがに王様ゲームはやんないだろうけど」

小林「三島さんはよくいくんですか。お見合いパーティ」

三島「え、ああ、まあ……よくってほどじゃないけど……」

時田「ゲームが一番てっとりばやいもんね。コミュニケーションにさ」

三島「まあね」

小林「じゃあ、こないだも、ゲームやればよかったんですよね。そしたらもっと女の子と仲良くなれたんですよ」

時田「小林君、全然女の子と喋ってなかったもんね」

小林「全然ってことはないですよ。いろいろ喋りましたよ」

三島「え、誰と?」

小林「あの……ほら、オッパイがすんごい大きい人いたじゃないですか」

三島「ああ!あれ?フランスに留学してて、とか言ってた?」

時田「ああ、『時々フランス語が無意識に混じっちゃうんですよ、セ・ボン』とか言ってた」

小林「ボン、ボン、とか言ってた」

三島「あの子、結構いい子だったよ」

小林「え、話したんですか?」

三島「うん。まあ。あ、俺ね、結構フランスの文化とか、興味あるっていうかね。だから、そういう話題とか」

小林「フランスの文化って?」

三島「だから、ワインとか」

小林「ふうん。ワイン通の人って、格好いいですよね。なんかこんなことやって(グラスをゆらすジェスチャー)。テイスティングっていうんですよね。あとは?」

三島「あとって?」

小林「いや、だから、フランスの文化って、ワインとか、あと何?」

三島「だから……ほら、フランス革命とか」

小林「フランス革命?」

三島「うん……。まあ、え、で小林君も、あの子としゃべったの?」

小林「ああ、まあ、しゃべったっていうか……」

三島「え、何しゃべったの?」

小林「いや、何っていうか、いや、僕がね、オッパイおっきいなあって思って、じっと見てたんですよ。そしたら、あの子が、『ジロジロ見ないでくださいよ』って」

時田「……マジで?最悪」

三島「で、どうしたの?」

小林「ちょっと、むっとして、『見てませんよ!』って言ったんですよ。こう、ちょっと、『あんた、自意識過剰なんじゃないの?あんたなんか、別に興味ありませんよ』っていうニュアンスで」

三島「でも、見てたんでしょう?」

小林「うん。すんごい見てたの」

時田「すんごい見てたんだ」

小林「うん。すんごい見てたの」

三島「ふうん……。え、それだけ? しゃべったの?」

小林「あ、いや……。あとは、まあ、いろいろとね……」

三島「ふうん……」

小林「こないだはゲームやらなかったですからね」

三島「……」

時田「あ、じゃあ、次、別のしない?」

三島「何?」

時田「センダヤスオゲーム」

三島「センダヤスオゲーム?」

時田「うん。センダヤスオ。知らない?」

小林「誰? センダヤスオって」

時田「俺の高校の時の友達」

三島「知らないよ」

時田「そいつがよくやるへんな動きが、(へんな動きをして)……こう」

三島「本当にへんな動きだ」

小林「どうゆうシチュエーションでやるのか、全然わかんない」

時田「で、『ナハ、ナハ』の替わりにこれ、やるの」

小林「ええ……」

時田「ちょっと、やってみるよ。(小林を指して)センダ!」

小林「(三島を指して)ヤスオ!」

時田と小林、無言でへんな動き。

三島「(時田を指して)センダ!」

時田「(小林を指して)ヤスオ!」

時田と三島、無言でへんな動き。

しばらくゲームが続く。

三島「なんか、センダヤスオって奴が無性にむかついてきた」

時田「あ、じゃあ、あれする? タニムラヒロシゲーム」

三島「オッケー」

時田「タニムラって言って、ヒロシっていったら……」

時田、へんな動き。なかなか終わらない。

三島「長いよ!」

小林「だいたい、女の子来てないのに、三人でゲームする必要ないんじゃないですか?」

三島「そうだよね」

時田「(ふてくされて)あ、あっそ。わかった。ゲームやめ。ごめんね。つまんないゲームばっかりやらせて」

小林「え?怒ったんですか?」

時田「別に怒ってないよ」

小林「むちゃむちゃ怒ってるじゃないですか」

時田「怒ってない!」

小林「別に時田さんのゲームがつまんないとかそういうことじゃないんですけど……」

時田「じゃあ、辰巳琢郎ゲーム!『辰巳』って言って、『琢郎』って言ったら、(変な動き)」

小林「辰巳琢郎って、そんなんだったっけ?」

三島「あのさ、ゲームっていうのは、確かにコミュニケーションの一つの手段ではあるかもしれないけどさ、やっぱり女の子と仲良くなるには、会話だから。会話」

小林「会話か……」

三島「やっぱ、人間同士って、会話でしかお互いのことを理解し合えないわけだからさ。分かる? あ、ほら、ミツバチはさ」

時田「ミツバチ?」

三島「そう。ミツバチは、言葉で会話が出来ないから、何でコミュニケーションすると思う? ダンスなんだよ」

小林「ダンス?」

三島「そう。8の字を描くように飛んで、仲間に蜜があることを知らせるんだよ。8の字ダンスね」

小林「あ、聞いたことある」

三島「あと、例えばコウモリは、テレパシーでコミュニケーションするのよ」

時田「テレパシー?」

三島「そう。テレパシー。え、知らない?コウモリってテレパシー使うんだよ。俺さ、動物行動学とか、そういうのも興味があってさ」

小林「でも、テレパシーは使わないでしょう?さすがに」

三島「いや、使うんだって、あ、知らないんだ。コウモリってさ、テレパシーを出してさ……」

時田「超音波だろ」

三島「え?」

小林「ああ、そうですよ。コウモリって超音波だすんですよ。人間には聞こえないの」

時田「超音波出して、どこに岩がああるかわかるから、真っ暗な中でも飛べるんだよ。そんで、自分の子供とかさ、真っ暗な中で普通探せないじゃん。超音波だして親子で会話してんだってよ」

小林「テレパシーは使わないですよねえ」

時田「使わない、使わない」

小林「テレパシーと超音波と、全然違いますよね」

三島「そんなことどうでもいいんだよ!コウモリなんかどうでもいいの!」

小林「自分が言い出したのに……」

三島「とにかく、人間は言葉でコミュニケーションするんだから。ちゃんと会話をしないと、お互いのことが理解できないの!」

小林「……ああ、まあ、そうですよね。あ、だいたいあのパーティーって、なんか変でしたよね。もっとちゃんと全員と喋れる時間とか設けてくれるのかと思ってたのに、何にもなかったじゃないですか。ただ集められて勝手にやってくださいって感じで。いや、僕ね、もっと、時間とか決めて、5分ずつとかでも全員と話せるのかと思ってたんですよ。そのくらいのことしてくれないと、話したい人がいても、そんな簡単に話せないじゃないですか」

三島「え、俺はそうでもなかったけど」

小林「え、でも、僕、結構話したい人いたんですよ。だけど、その人、なんか、IT関係のベンチャーやってるとかいう人とずっと喋ってて、あんなの、ずっと喋ってられたら、僕、喋れないじゃないですか」

時田「あ、俺も思った。主催者がいい加減なんだよ。食い物もたいしたもの出ないしよ。1万も払ったのにな。ぼったくりだよ」

小林「1万? 1万円?」

時田「うん。1万円。払っただろ?」

小林「1万って、会費が? あの時のパーティーの会費が?」

時田「おお。え? 1万じゃなかった?」

小林「僕、3万払いましたよ」

時田「3万?」

小林「3万ですよ。(三島に)3万ですよね?」

三島「あ、ああ……俺も3万だったよ」

小林「ほら、3万ですよ」

時田「3万ってことはないだろ」

小林「いや、そのくらいしますよ。だって、あのパーティーって女性はただなんですよ。で、ちゃんと、全員と話ができて、交際率80パーセントだって」

時田「80パーセントなわけないじゃん」

小林「だって、そういう風に書いてあったんですよ」

時田「だいたい、全員と話できなかっただろ?」

小林「ああ、そうだ。そうですよ!騙されてますよ。みんな」

時田「みんなじゃなくて、あんただよ」

小林「ええ……。本当に? 本当に1万だったんですか?」

三島「まあ、いいじゃん。3万円分、楽しんだんだから」

小林「全然楽しんでないですよ。ただ、フランス語話す女に『オッパイじろじろ見るな』って言いがかりつけられただけで。いや、見てたんだけど。楽しんだどころか、むしろ不愉快な思いをしただけですよ」

三島「じゃあさ、小林君にいい情報教えてやるよ」

小林「え、何ですか?」

三島「あのパーティーさ、割安の値段で参加できるんだよ」

小林「どうやって?」

三島「会員になったら、フリーパスなんだよ。好きなときに何回でも参加できるの。俺も会員になろうと思ってんだけど、小林君も一緒に入会しようよ」

小林「会員になるのって、いくらかかるんですか?」

三島「30万」

小林「30万?」

三島「だって、フリーパスなんだよ。通常一回参加するのに3万だから、月に一回参加したとして、一年12回で36万じゃん、それが30万だよ。絶対得だろ? 入ろうよ」

小林「でも、30万は高いですよ。それに一年にそんな何回も参加するかどうかわかんないですし」

三島「バカだな。何回も参加しないと、自分にぴったりの女の子なんか見つかるわけないだろ」

小林「まあ、それはそうかもしれないですけど……」

三島「なあ、入会しようよ。俺も入るだからさ。時田さんも入んなよ」

小林「あ、でもあのパーティー、時田さん、一万円だったんですよね? だったら、12回参加したとしても12万じゃないですか。30万も払ったら18万も損してることになりますよ」

三島「だから3万だって。時田さんが何か勘違いしてんだよ」

小林「(時田に)え、そうですか?」

時田「いや、俺1万だったよ」

小林「ほら!僕やっぱりいいです」

三島「何でだよ」

小林「今日、彼女みつけますから。せっかく時田さんがまた女の子と出会う機会を作ってくれたんだから。無駄にしませんよ。今日、彼女みつけます」

三島「今日って、そんなの無理に決まってるよ」

小林「無理って、そんな無理じゃないですよ。何で無理だなんて言えるんですか?」

三島「ああ、悪い、悪い。だけど、そんな今日見つけるなんて、あせりすぎだよ。あのパーティーの会員になって、1年かけて見つければいいじゃん」

小林「いや、僕は今日見つけます。時田さん、女の子っていつ来るんですか?時田さんの友達なんですか?」

三島「そうだよ。なんでまだ一人も来ないの?」

時田「来るって。いっぱい来るよ」

小林「うわあ、緊張する」

三島「いっぱい来るの?」

小林「いっぱいは来られても困りますよ。また話せなくなっちゃうから」

時田「ああ、いっぱいは来ないかな。ごめん。うそ言った」

三島「じゃあ、今日、彼女が出来るように頑張ってみて、それでもだめだったら、入会考えてよ」

小林「ああ……わかりました。でも、僕、今日彼女みつけますから」

三島「わかった、わかった」

小林「絶対今日彼女見つけますよ」

三島「わかったって」

小林「で、どうやったらいいんですか?」

三島「え? どうやったらって?」

小林「女性を口説くのって、どうやったらいいんですか?」

三島「どうやったらって……」

小林「だって、三島さん、女性と話すの得意そうじゃないですか」

三島「ああ、まあ……」

小林「教えてくださいよ。女性の口説き方」

三島「ああ……」

時田「(小声で小林に)この人、そんなたいしたことないよ」

小林「あ、そうか、だめか」

三島「何?」

小林「だって、三島さんだって、もてないからパーティーに来るんですもんね。ごめんなさい。三島さんに聞いてもだめですよね。聞くんだったら、ちゃんともててる人に聞かないとだめですよね」

三島「おい、失礼だな。俺がパーティーにいくのは、もてないからじゃないぞ」

小林「あ、ごめんなさい。でも……」

三島「俺は、たくさんの人と知り合いたいからパーティーに行くんだよ。別にもてないからいくわけじゃねえぞ」

小林「そうか……。そうですよね。やっぱ、僕なんかとは違いますよね」

三島「小林君はさ、女の子に話しかける時、なんて言って話しかけるの?」

小林「ええ……何て言って?ああ、いや、何て言ってっていうか、どっちかっていうとあんまり話しかけないっていうか、話しかけてもらいたい方なんで……」

三島「だめ。それじゃあ、だめだよ。ちゃんと自分から話しかけないと。でないと、彼女なんか一生出来ないよ」

小林「だけど、そういうのが苦手だからああいうパーティーとかに行くわけでさ。そりゃ、三島さんはそういうの得意かもしれないですけど」

三島「じゃあ、女の子が話しかけてくれるまでボーっと待ってるの?口あけてボーってさ」

小林「口はあけないですけど……。え、でも、じゃあ、なんて話しかけたらいいんですか?」

三島「そりゃ、いろいろだよ」

小林「いろいろっていうのがちょっと……」

三島「だから、相手をみて、どんな話題がいいか判断するんだよ。服装のセンスとかみて、おしゃれな感じだなと思ったら、ファッションの話題とかさ」

小林「あ、でも、あんまりおしゃれな人は……」

時田「ブランド好きな女とかと付き合ったらたいへんだもんな」

小林「そうなんですよ。おしゃれじゃない人だったら?おしゃれじゃない人だったら何話せばいいんですか?」

三島「だから……その場合は天気の話題とか」

小林「え……普通ですね。女の子に話しかけるのって、おしゃれの話題か、天気の話題なんですか?」

三島「天気の話題は誰でも食いついてくるだろ?」

時田「そんなに食いつきはしないだろ。天気の話題でそんなに盛り上がんないぞ」

三島「違うよ。天気の話題っていっても、違うの!だから、晴れてる日に、『今日はすごい雨ですね」とかいうの」

小林「え、それで?」

三島「女の子が『え、雨なんか降りましたか?』って聞き返してくるだろ?そしたら、『ええ。土砂降りですよ。オーストラリアの熱帯雨林では』って言って、そしたらもうそれでつかめるんだから」

小林「え……そんなんでつかめますかね」

三島「とにかく、つかみが大切なの。あ、そいうえば、時田さん、こないだ、完全につかみ失敗してたよね?」

小林「あ、そう、そう。あれはまずいですよ。自己紹介で『刑務所に三年入ってました』って言われてもねえ」

三島「アレでドッカンって受けると思ってたの? 完全にはずしてたよ。みんなドン引きだったもん。『痴漢で刑務所に三年』って、そんな、センスなさすぎ」

時田「いや、ああいうことはやっぱりはじめに言っといた方がいいと思ってさ」

三島「いや、そりゃ、つかみは肝心だよ。じゃあ、次からこう言ったら?『刑務所に三年入ってました。恋という名の刑務所に』って」

小林「意味がわからない」

三島「だから、恋するってことは刑務所に入れられるようなもんでさ……」

時田「はじめに言っておかないと、後で、言ったら『騙した』とか言われるからさ。言われたんだよ。前付き合ってた女にさ。『そんな大事な事、最初に言ってくれ』って。『そんなこと知ってたら付き合わなかった』って。だから最初に言ったんだよ。俺別に騙してたわけじゃないのによ……」

小林「え……それって……」

三島「何? マジな話?」

時田「いや、違うんだよ。やってないんだよ。冤罪!電車乗ってたら、隣にいた女がいきなり『この人私のおしり触りました!』ってさ。ふざけんなっつうんだ! なんでおめえのケツなんか触るんだよ!」

小林「冗談じゃないの?え、僕、冗談かと思ってましたよ」

三島「俺も。え、マジで?」

時田「だから、絶対やってないよ。やってないんだよ。だけど、警察ですんげえ脅されたっつうかさ。自分から白状した方が罪が軽くなるんだぞとか言われて……」

小林「やったって言っちゃたんですか?」

時田「……うん」

小林「だめですよ。そんなの」

時田「あとから後悔して、やっぱりやってないって言ったんだよ。だけど、全然信じてもらえなくて……」

小林「ええ……そんな……」

時田「あの女のせいで、俺の人生めちゃめちゃだよ」

小林・三島「……」

時田「だからさ、その女、殺してよ。小林君、あんた」

小林「はあ?」

時田「交換殺人の話したじゃんかよ」

小林「交換殺人?」

三島「ああ、そんな話した、した」

小林「え、しましたっけ?」

三島「ほら、三人で交換殺人ってさ、覚えてないの?小林君が言い出したんだよ」

小林「あ、ごめんなさい。僕、なんか緊張して、お酒いっぱい飲んでたから、何話したかあんまり覚えてないんですよ」

三島「小林君がさ、前付き合ってた女の事、殺してやりたいって言い出してさ」

小林「ああ、そんなこと言いましたっけ?」

時田「言ったよ」

小林「ええ……僕、何でそんなこと言ったんだろう?」

三島「むしゃくしゃしてたんじゃないの? お見合いパーティー来ても全然女の子に相手にされないから」

小林「いや、全然相手にされないってのは言いすぎじゃないですか?」

三島「だってそうだったんじゃん。『オッパイじろじろ見るな』って言われただけでさ」

小林「そんな、お見合いパーティーでもてないからむしゃくしゃって……。あ、いや、でも、あれなんですよ。前付き合ってた彼女がひどいんですよ」

三島「でも、小林君に彼女がいたってことが驚きだよね」

小林「いますよ! 僕だって、過去に彼女の一人や二人は……。いや、一人ですけど」

三島「一人だけなんだ。人生最初で最後の彼女なんだ」

小林「最後って何ですか! 勝手に最後にしないでくださいよ!」

三島「あ、悪い、悪い。で、何がひどいの?その前の彼女」

小林「ああ、いや、まあ、いいですよ。僕のことは」

三島「何、教えてよ」

小林「いやあ……」

三島「俺、何かアドバイスできるかもしれないからさ」

小林「ああ、でも、もう終わったことだから。アドバイスっていっても……」

三島「とにかく話してみなよ。俺がどこが悪かったか教えてやるよ。失敗して、失敗しっぱなしじゃだめなんだよ。ちゃんとさ、教訓を読み取っていかないと。次に生かせないだろ?どこが悪くてふられたのかさ」

小林「どこが悪くてっていうか、はじめからだめだったんですよ」

三島「はじめからって?」

小林「まあ、よくある話ですよ。二股かけられてたって……」

三島「ああ、じゃあ、本命の彼氏が別にいたってこと?」

小林「まあ、そうですね。なんか、すごく派手な男なんですよ、そいつ。こじゃれたバーみたなのを経営してて、昔はなんかファッション雑誌とかに載るモデルとかやってたって。だから、僕とは全然正反対のタイプなんですよ」

三島「へえ。そんな奴と付き合ってる子が、なんで小林君と?」

小林「暴力とかふるうらしいんですよ。たまに顔にあざ作ってたんで、『どうしたの?』って聞いたら、『転んだ』とか言ってたんですよ」

三島「へえ……で?」

小林「その子にふられた時に、全部聞いたんですよ。付き合ってる男が暴力ふるって、いやになったから、そいつとまったく正反対の男と一回付き合ってみようと思ったって。地味で、気が弱くて、面白みがない感じの男と……」

間。

三島「ひでえな。バカにしてるよ」

小林「……」

三島「で、どうしたの?その子」

小林「結局、その男のとこに戻りました」

三島「暴力ふるわれるのに?」

小林「暴力ふるわれても、いいんだって。地味で、気が弱くて、面白みがない男よりはそっちの方がいいって分かったんだって。地味で、気が弱くて、面白みがない男と付き合って初めて分かったって……暴力ふるうけど、派手で、楽しい男の方がいいんだって……」

間。

時田「で、その女のこと、殺したいんだろ?」

小林「……いや、殺したいっていうのは大げさだけど……」

三島「俺、だめだな。そういう話。ムカついてきた。なんだよ、その女。何様のつもりなんだ?」

小林「いや、でも、もう終わったことだから」

三島「終わったことって、そんな、腹たたないのかよ」

小林「いや、だから、ちょっとは腹が立ちますよ。だけど、それはもう、ちゃんと忘れて、もういいんですよ」

三島「いいことないだろう?こけにされたんだよ」

小林「いや、でも、僕はもう、その子の事は忘れて、新しい彼女を見つけて……。だから、そう思って、お見合いパーティーに行ったわけだし……」

三島「ムカムカしてきた」

時田「だから、三島さんが殺してやればいいんだよ」

三島「本当、殺してやりたいよ」

時田「三島さんが、小林君のその子を殺して、小林君が、おれのこと痴漢呼ばわりした女を殺して、で、俺は、三島さんの会社の社長を殺すと」

三島「冗談じゃなくてさ、本当、そんなこと出来たらいいよな」

時田「冗談じゃないって」

小林「三島さんの会社の社長って?」

三島「ああ、こないだ話したろ?」

小林「ごめんんさい。僕、本当、何はなしたか全然覚えてないんですよ」

三島「なんだよ」

小林「え、三島さんって、仕事、何してる人でしたっけ?」

三島「だから、まあ、経営コンサルタント」

小林「え、何を経営してるんですか?」

三島「だから、経営コンサルタント」

小林「経営コンサルタントを経営してるんですか。『焼肉を焼く』みたいな?」

三島「いや、ちがう。経営コンサルタントだよ。いろんな会社の経営戦略とかを決めてやるの」

小林「かっこいい。なんか、出来る男って感じですね。え、どういう経営をコンサルタントするんですか?」

三島「どういう経営をって……。多いのは飲食関係かな。どうやったら客が入るようになるかとか、新店舗を出す時に、場所をどこにして、どういう店にして、宣伝はどうするかとか」

小林「あ、で、その会社の社長を殺したいって言ってたんだ」

三島「殺したいっていうかね」

小林「殺したいって程じゃないけど、嫌いなんですか。え、何でですか?」

三島「あいつの場合、なんつうの? 俺のことをちゃんと評価してないんだよ。内心、俺のことバカにしてんだよ。重要な仕事は任せられないとかいいやがって。あ、そいつさ、小学校の時からの付き合いでさ、俺、子供の頃、すんげえバカだったからさ、だけど、今は違うんだよ。今は子供の頃の俺と違うんだよ。なのにあいつ……俺はおめえの子分じゃねえっつうんだよ」

間。

小林「でも、幼馴染で、ずっと付き合ってるってのは、いいですよね。そりゃ、多少の喧嘩とかはするかもしれないけど」

三島「全然よくねえよ」

小林「でも、仲良くないとずっとは付き合えないですよ。親友ってそういうもんなんじゃないですか」

三島「誰が親友なんだよ? 親友が騙したりするか?」

小林「え、騙されたんですか?」

三島、無言。

小林「だったら、独立しちゃったらいいんじゃないですか? そんないやな奴と一緒に仕事してることないじゃないですか」

三島「え……ああ……」

小林「そうですよ。だって、三島さん、会社を経営させることのプロなんでしょう?だったら自分で会社経営して、うまくいかないわけないじゃないですか」

三島「あ……まあ……」

時田「大丈夫だよ。三島さんがその会社、引き継いでいけばいいんだから」

三島「え? 引き継ぐって?」

時田「だから、三島さんがこれから代表だよ」

三島「何で?」

時田「いや、何でってことはないだろ? 寺沼さん、寺沼勝久さんだっけ? もういないんだから。三島さんが会社をやっていかないと」

三島「あれ、名前よく覚えてるね」

時田「そりゃ、名前くらい覚えてないと殺せないだろ?」

三島「こわいよ。ちょっと、刑務所入ってた人が殺すとか言ったら、しゃれになんないからやめてよ」

小林「あ、そういう言い方はよくないと思いますよ。もう罪はつぐなったんだし。っていうか、はじめからやってないんでしょう?」

三島「え、だって、マジっぽいんだもん。この人。本気で殺しそうだよ」

小林「そんなわけないでしょう。差別はよくないですよ。刑務所に入ってたからって……(時田に)冗談に決まってますよね。本気で殺そうなんて思ってるわけ……」

時田「殺そうと思ってるんじゃなくて……」

小林「ほら、もう、やめてくださいよ。だから、そういう冗談は引くんですから」

時田「殺そうと思ってるんじゃなくて、もう殺した」

小林「え?」

三島「殺したって、寺沼を?」

時田「そう。今朝、あんたの事務所に行ってきて」

間。

小林「もう、ちょっと! それ、やめた方がいいですよ。癖ですか?そうやってみんなのこと引かせるの」

三島「全然笑えないからさ。え、女の子が来た時の予行演習?だめ。絶対だめだよ。それ、引くから。また同じ失敗だよ」

時田「女の子、来ない」

三島「……来ないって?」

時田「だから、来ない」

小林「何でですか?」

時田「呼んでない」

三島「呼んでないって何?」

時田「だから、悪い。本当は、今日はこないだのことを話し合おうと思って集まってもらった」

小林「こないだのことって?」

三島「交換殺人のこと?」

時田「そう」

三島「(うんざりして)もういいよ。え、どこまで本当なの? 女の子が来ないっていうのは本当なの?」

時田「うん」

三島「マジで? ちょっと、いい加減にしてくれよ。そんな冗談に付け合えないよ」

時田「冗談じゃないよ! え?なんだ?あんたら冗談だったのか? ふざけんなよ! こっちは人殺してんだぞ! それで冗談ですむと思ってんのか?」

三島「何切れてんだよ、こいつ。ばかばかしい」

小林「僕、帰ります。女の子来ないんだったらいても仕方ないから」

小林、三島、帰り支度をしながら、

三島「俺も帰るわ。なあ、小林君、やっぱ、ちゃんとしたイベント会社が主催してるお見合いパーティーがいいんんだよ。だから、会員になってさ……」

時田「いいの?帰っちゃって」

三島、小林、聞かずに帰ろうとする。

時田「三島さん、サクラって、いくらもらえるの?」

三島、足を止める。

小林「サクラ?」

小林、三島の顔をうかがう。

三島、無言。

小林「サクラってなんですか?」

時田「だから、この人サクラなんだよ。お見合いパーティーの」

三島「……」

時田「(小林に)お見合いパーティーとかってさ、きれいな女の子はだいたいサクラだってきいてたけど、男もサクラがいるんだな。三島さん、カッコいいもんな」

小林「え、そうなんですか?」

三島「……」

時田「(小林に)この人さ、あんたみたいなもてない男やもてない女を利用して、うまいこと金儲けやってんだよ。どう思う?」

小林「え、でも、経営コンサルタントって……」

時田「そんなのウソに決まってんだろ。中学しか出てないのに、経営コンサルタントなんかなれるわけないじゃん。俺、この人の事務所に行ってきたんだから。寺沼さんがパーティーの企画をして、三島さんは、いろいろ雑用をやったり、時にはサクラになったり」

小林「やっぱり、なんかおかしいと思ったんですよ。なんでこんなもてそうな人がお見合いパーティーなんか来てるんだろうって」

三島「(笑って)ああ、ごめん、ごめん」

小林「2万円、返してくださいよ」

三島「何でだよ」

小林「だって、あのパーティー、1万円だったんでしょう?」

三島「違うよ。3万だよ」

小林「3万もするわけないじゃないですか。あんなので。時田さん1万円だったんでしょう」

時田「ああ」

小林「ほら、返してください」

三島「もともと3万なんだよ。人が集まんないからあとで値下げしたけど、本当は3万なんだよ」

小林「あ、三島さん、もしかして、今日ここに来たのって、勧誘のためですか? あのパーティーのフリーパスを売りつけようと思って……。僕がいかにももてなさそうに見えたから、簡単に売りつけられると思ったんでしょう? 三島さん、僕らみたいなもてない男のこと、バカにしてるんですか?」

三島「そんなことないよ」

小林「いや、そんなことありますよ。どうせ僕は地味で面白みのない、女の子なんかに相手にされない男ですよ。女の子に相手にされないからお見合いパーティーにいったのに、パーティーでも相手にされないし……。だけど、三島さんだって、たいしたことないじゃないですか。経営コンサルタントだとか言って。ただの三流イベント会社の使いっぱしりじゃないですか」

三島「もう一回言って見ろよ」

小林「だって、だってそうじゃないですか。2万円、返してくださいよ」

三島「三流イベント会社のなんだって? お前も俺のことバカにしてんのか?」

小林「いや、別にバカにしてるとか、そういうんじゃ……」

三島「分かったよ。寺沼に聞いといてやるから」

小林「今電話してくださいよ。寺沼さんに。お金返してもらえるように」

三島「あとで聞いといてやるって言ってんだろうが!」

小林「分かりました。自分で電話します。何番でしたっけ?電話」

小林、鞄を探して、

小林「チラシに連絡先が……」

三島「うるさいな。今電話すりゃいいんだろ?」

三島、携帯を取り出して、ボタンを押す。

時田のポケットの中で着信音が鳴る。

時田、通話ボタンを押して、

時田「もしもし……」

三島「もしもし、寺沼?」

時田「ナハ、ナハ……」

三島「あの……」

時田「ナハ、ナハ……」

三島「え……」

三島、携帯を切って、再び、ボタンを押す。

三島「もしもし」

時田「ナハ、ナハ……」

三島「何? これ。何で持ってんの?」

時田「だから、今朝事務所に行ってきたから、で、三島さんが信じなかったら困るから、一応携帯をね……」

三島「え……。意味がわからない」

時田「だから、寺沼さんの携帯」

三島「何で持ってるんだって聞いてんだよ」

時田「だから殺したからだろ! さっきから言ってんだろうが!」

間。

小林「あの、僕、やっぱりお金いいです。もう帰りますんで」

小林、帰ろうとする。

時田「小林君、帰っちゃだめだよ。あんた、もう共犯なんだから」

小林「は? 何を言ってるのか……」

時田「共犯っていうか、あんたが言い出したんだよ。交換殺人」

小林「僕、そんなこと言ってませんよ」

時田「言ったんだよ。交換殺人すれば、絶対警察にはつかまらないって。動機がないんだから。俺が寺沼さんを殺す動機、ないだろ?寺沼さんと何の接点も無いんだから。絶対警察につかまるわけないんだよ。三人で交換殺人すれば絶対うまくいくんだよ。小林君がそう言ったんだよ」

小林「それは……あ、思い出した。映画の話ですよ。そういう映画があったって話をしただけですよ。ヒッチコックですよ」

時田「あんたが交換殺人しようって言い出したんだよ」

小林「そんな、むちゃくちゃですよ」

三島「本当にやったのか?寺沼……」

うなずく時田。

間。

小林「あ、これ、なんかのドッキリじゃないですか?」

三島「ドッキリ?」

小林「そうですよ。だって、この人、さっきから言ってることおかしいですよ。お尻触って刑務所に三年も入ります? 普通。そんな、お尻触ったくらいで刑務所に入ってたら、刑務所がいくらあったって足りないですよ。執行猶予とか絶対なりますよ」

三島「ああ、そうだよ。痴漢なんていっぱいいるんだもんな。そうだよ。なんで気付かなかったんだろ。え、何?テレビか?」

三島、カメラを探す。

時田「(笑って)ごめん!ごめん!ばれた?」

小林「(苦笑いで)ばれますよ。そりゃ」

三島「え、テレビなのかよ? ちょと、まさか生放送じゃないよな?」

三島、髪型を気にする。

時田「ごめん。うそついてた」

小林「やっぱり」

三島「おい、もう、勘弁してくれよ! 本気にしちゃったじゃんかよ」

時田「ごめん、ごめん。ケツ触って刑務所に入ってたって言ったけど、あれ、うそ。本当は、その女のことが頭にきて、そいつの家調べて、火、つけてやったの」

間。

小林「火、つけた?」

時田「そう。そいつの家に。それで刑務所入ってた」

小林、出口に走る。

時田「どこ行くんだよ!」

時田、小林を捕まえる。

小林「だって、僕、関係ありませんよ。あの、交換殺人するんなら、二人でやってください」

時田「だから、あんたはもう共犯なんだよ! まだわかんないの?」

小林「(三島に)警察に電話してくださいよ」

三島、携帯で電話しようとする。

時田、電話を奪い取ろうとする。

三島「離せ! 離せよ!」

三島と時田、携帯を奪い合う。

時田、強引に三島の携帯を奪う。

三島「小林君!」

小林「あ……」

小林、自分の鞄から携帯を取り出す。

時田「いいの? 警察に電話なんかして。あんたらどうなっても知らないよ」

小林、手を止めて、

小林「どうなってもって……」

時田「俺はもう刑務所なれちゃったからさ、もう一度入るのも怖くないけど、あんたら初めてだろ?」

三島「(小林)早く!」

小林、電話をしようとする。

時田「だめだって! 刑務所入る事になってもいいのかよ!」

小林「何で僕が刑務所に入るんですか!」

時田「もう死んでるんだよ! 寺沼さんが!」

小林「あなたが殺したんでしょう! 僕関係ないじゃないですか!」

時田「小林君が言い出したんだよ! 交換殺人のこと!」

小林「何いってるんですか!」

時田「首謀者は小林君なんだよ!」

小林「何で僕が首謀者なんですか!」

時田「だから! 最初に交換殺人の話をもちかけたのはあんただろ?」

小林「知りませんよ、そんなの! 僕はただ映画の話をしただけじゃないですか! 交換殺人の、そういう映画があったって言っただけで……」

時田「映画みたいに交換殺人すれば、警察にばれないって。言ったよね? あんたが言ったんだよね?」

小林「そんなの冗談に決まってるじゃないですか。本気でそんなこと言うわけ無いでしょう」

三島「そうだよ。お前、何考えてんだ?そんな、冗談真に受けて本気で殺す奴がどこにいるんだよ!」

時田「……冗談か。冗談ね」

小林「そうですよ」

時田「俺、本気にしちゃったよ」

三島「(小林に)とにかく、早く電話しろよ」

小林「ああ……でも、時田さんが自分で言った方がいいんじゃないですか。自分から警察に電話したほうが、罪が軽くなりますよ」

時田「自分から言った方が罪が軽くなる……自分から言った方が……。あんときの警察と同じ事言うな」

小林「あ……」

時田「お前、あの時の警察と同じじゃねえかよ!あの時の警察みたいに俺のこと騙すのか!何が罪が軽くなるだよ!」

小林「だけど、今度のは痴漢の時と違って、本当にやったんでしょう?」

時田「(小林に)お前がやろうって言い出したからやったんだよ! (三島に)お前が社長殺してくれって言ったからやったんだよ!」

三島「ふざけんな!」

三島、時田から携帯を奪い返し、時田を突き飛ばす。

三島、電話しようとする。

時田「警察にさ、何ていうの?冗談で殺してくれって言ったら本気で殺されたって言うの?」

三島「ありのままを言うだけだよ」

時田「どうやって証明するの?」

三島「どうやってって?」

時田「だから、交換殺人の話をした時、冗談のつもりだったって事をどうやって証明するの?冗談だと思ってるのはあんたのその時の気持ちでさ、気持ちなんて見えないもんだし、ましてや形になって残ってるもんじゃないもんね」

小林「本気で交換殺人しようなんていう人いないですよ」

三島「そうだよ、ばかばかしい」

時田「4年程前の事件なんだけどさ、知ってるかな?」

三島「何?」

時田「ある女がさ、名前なんてったかな……。まあいいや、ハナコにしとこう。ハナコはタロウのことがすごく好きだったんだよ」

小林「何の話?」

時田「まあいいから。ハナコとタロウは付き合ってたんだけど、タロウは別に好きな女ができて、ハナコをふったんだよ。ハナコのタロウに対する気持ちは、憎しみに変わってった」

三島「だから、何言ってんだよ?」

時田「そこに、ジロウって奴が現れてさ、ジロウはハナコのことがずっと好きだったんだ。で、ハナコに付き合ってくれって言うんだ。ハナコは断ってたんだけど、ジロウはなかなかあきらめない。ちょっとストーカーっぽい奴だったんだろうな。しつこく付きまとってさ。で、あんまりしつこいから、ハナコが言ったんだよ。『タロウのこと殺してくれたらあんたと付き合ってやる』って」

三島「そんな話、関係ねえ……」

時田「で、どうしたと思う?ジロウは、本当にタロウを殺しちゃったんだよ」

間。

小林「……で、どうなったんですか?」

時田「今も刑務所に入ってるよ」

小林「ジロウさんが……」

時田「ハナコもね。ジロウはあと5年くらいかな。ハナコは……10年。殺人教唆だよ。この場合、ハナコが事件の首謀者だとみなされて、実行犯のジロウより、罪が重くなったんだな」

間。

小林「そんな、僕はべつに殺人の教唆なんかしてませんよ!あれは冗談で……」

時田「ハナコはさ、裁判の時に言ったんだよ。『確かにタロウを殺してくれたら付き合うって言ったけど、あれは冗談です。本気でそんなこと言うわけないじゃないですか!』って」

間。

小林「そんな、そんなのおかしいですよ! だって、ハナコさんは冗談で言っただけでしょう?そんな、人を殺すなんて、本気でやるわけないと思って言ってるんですよ!」

時田「ハナコがさ、本気で言ってたのか冗談で言ってたのかはわかんないよ。あれは冗談ですって言ったって、証明のしようがないんだから。だけど、少なくともハナコがそんなこと言いさえしなければ、殺人は起こらなかった」

間。

三島「そうだよ。(小林に)お前がへんなこと言い出さなかったら、こんな事にならなかったんだぞ!」

小林「え、僕が悪いんですか?」

三島「お前のせいだろうが! お前が言ったんだろう、交換殺人って」

小林「ちょっと、待ってくださいよ! 殺したのこの人なんですよ! 僕関係ないじゃないですか」

三島「お前が言いだしっぺだろう!お前が首謀者だよ!」

小林「僕は、だから、映画の話をして、こういうことが出来たらいいのにねって、冗談で……」

三島「冗談だって証明できるのかよ!」

小林、黙り込む。

時田「まあ、ちょっと落ち着こう。頭冷やそうよ」

三島「あんたに言われたくないよ」

時田「とにかくさ、二人とも、もうこの計画に乗っちゃってるんだよ。同じ船に乗り込んだ乗客なんだよ。船はもう港を出てるんだよ」

間。

小林「僕が交換殺人の話をしたのが冗談だってことが証明できればいいんですよね」

時田「でも、そんなこと出来るわけないだろう?」

小林、にやりとする。

三島「え、出来るのかよ?なんだよ、どうやって?」

小林「(笑って)僕は冗談で言ったんですよ。冗談で言ったことを時田さんが勝手に真に受けただけなんですよ! 僕は何の罪も無いんだ!やった!」

三島「だから、どうやって証明するんだよ! 早く言えよ!」

時田「出来るわけないだろう! 証明なんて」

小林「思い出したんですよ。僕、あの話してるとき、ゲップしましたよね」

三島「……そうだっけ」

小林「しましたよ。絶対しました!」

三島「……そう。それで?」

小林「……それで? それでって……。え、ゲップしたんですよ。ゲップ。『ゲッ』って。ゲップですよ」

三島「……だから、それがなんなんだよ?」

小林「わかんないんですか?そんな、本気で人殺しの計画を話してる時にゲップする人なんかいます? いるわけないですよ。なのに僕はゲップしたんですよ。『ゲッ』って。つまりそれは本気じゃないって事ですよね? 冗談だってことですよね? やった!やった!」

一人で盛り上がっている小林を覚めた視線で見る三島。

時田「小林君、ビール飲んでただろ? ビール飲んだらゲップぐらいするだろう?」

三島「しかもゲップしたことなんかいちいち誰も覚えてねえし……」

小林「……だったら、オナラしました!」

三島「オナラ?」

小林「本気で殺人計画練ってる時にオナラする人なんかいませんよね? やった! やった!」

時田「三島さん、覚えてる? 小林君がオナラしたの」

三島「……あ、いや……」

小林「(声を荒げて)だって、すかしっぺだもん!」

三島「(声を荒げて)屁、こくんなら音くらいだせよ! バカ野郎!」

小林「そんなことしたら女の子に相手にされなくなるでしょう!」

三島「お前はどうせはじめから誰にも相手にされてないだろうが!」

小林「ちょっと、それはひどくないですか?」

三島「だってそうだろうが! 相手にされてないだろう!」

小林「そんなことないです。今の発言、撤回してください!」

三島「いやだ! 絶対撤回しない!」

小林「相手にされてなくないですよ」

三島「されてないよ。自分でもわかってんだろ。お前さっき自分でそういってただろう」

小林「自分で言うのはいいんですよ」

三島「バカ!」

間。

小林「三島さんが殺してあげればいいんじゃないですか」

三島「あ?」

小林「だって、三島さんの殺したい人を時田さんが殺してくれたんだから、三島さんが時田さんの殺したい人を殺してあげればいいじゃないですか」

三島「おい、ちょっと待てよ!」

小林「そうだ。そうですよ。そうすれば全部うまくいくんですよ。警察にもつかまりませんよ!」

三島「お前、一人だけ逃げるのかよ!」

小林「だって、僕関係ないじゃないですか!」

三島「関係なくないだろう!」

小林「僕は誰にも言いませんから! 二人で交換殺人すればいいじゃないですか! 僕、いやなんですよ! そういうのいやなんですよ! 殺すとか、そういうの! だいたい暴力とか嫌いなんですよ! もうこんな話するのもいやなんですよ! 三島さんが殺してあげればいいじゃないですか! 僕は……」

小林、力んだせいでオナラをしてしまう。

間。

小林「あ……」

時田「小林君……今、オナラしたよね?」

小林「いえ、してません」

時田「うそだよ。絶対したよ。ちっちゃい音だったけど、プーって聞こえたもん」

三島「小林君……」

小林「してないですよ!」

時田「だったら、ケツのにおい嗅がせてよ」

小林「いやですよ! そんなの。何でお尻のにおいなんかかがれないといけないんですか!」

時田「オナラしてないんだろ? だったらかいだっていいじゃんかよ!」

時田、小林の尻のにおいを嗅ごうとする。

小林、逃げ回って、

小林「やめてくださいよ!」

時田「絶対、オナラしたよ!」

小林「してません!してません!」

三島「もう、いいよ! そんなことより、これからどうするんだよ?」

小林と時田、動きを止める。

小林「どうするって……」

三島「だから、交換殺人をどうするのかって」

小林「……え? 三島さん、やるつもりなんですか?もしかして」

三島「いや、やるとはいってないよ」

小林「信じられない。何でそんな簡単に人を殺そうなんて思えるんですか?」

三島「だから、やるとはいってないだろう。どうするんだって言ってるんだよ」

小林「どうするっていうのは、交換殺人をするのか、しないのかってことですか? そんなのしないに決まってるじゃないですか! 何言ってるんですか!」

三島「じゃあ、どうするんだよ! (時田を指して)こいつ、もう殺しちゃったんだぞ!このままだと俺もお前も警察に捕まるんだぞ!」

小林「そんな……」

時田「警察に捕まったらさ、会社なんかクビになるよ。俺、経験者だからさ」

三島「彼女なんかもう絶対できないよ」

小林「そんなのいやです! 困ります」

三島「だったら、どうすんの?」

小林、言葉につまる。

時田「とりあえずさ、やるかやらないかは後で決めるとして、仮にやるとしたらどうやるか、考えてみようよ」

小林「やらないですよ!」

時田「だから、仮にやるとすればだよ」

小林「やらないのにそんなこと話したって無駄じゃないですか」

三島「じゃあ、警察に捕まるのかよ?」

小林「そんな……」

時田「小林君、映画ってどうやってたの?」

小林「映画?」

時田「映画で見たんだろう?交換殺人の映画。その映画を参考にしてやったらうまくいくんじゃないの?」

三島「そうだ。映画のやりかた真似したらいいなじゃねえの?」

小林「映画は、ヒッチコックなんですけど。見たことありません?」

三島「ないよ」

小林「主人公が、たまたま同じ列車に乗ってた、見ず知らずの男に、交換殺人の話を持ちかけられるんですよ。主人公は冗談のつもりで、奥さんを殺してほしいって言っちゃうんですよ。そしたら、その男が、本当に殺しちゃって……」

三島「それで?」

小林「いや、もちろん主人公は冗談のつもりだったんだから、交換殺人は成功しないんですけど……」

時田「成功しないの?」

小林「ええ」

三島「お前、何でそれを先に言わないんだよ!」

小林「だって、それ話したら、ネタばれでしょう? その映画、見るとき結末が分かってたら見ても面白くないでしょう!」

三島「そうかもしれないけど!」

小林「僕、友達と『シックスセンス』観にいったんですけど、映画の途中で、友達が『ああ、こいつ、絶対死んでんだよ』って言ったんですよ。それが、もう、すごい腹が立ったんですよ。だから、絶対映画の結末はしゃべっちゃだめなんです!」

三島「だけど、この場合、交換殺人が成功するかしないかは重要だろうが! っていうか、俺、昨日『シックスセンス』ビデオ借りてきて、まだ見てないんだぞ!」

小林「ああ!ごめんなさい」

時田「やっぱり成功しないのかよ……俺、もうおしまいだな。痴漢と間違われて、放火して、それで殺人だもんな。今度刑務所入ったら、出てくる時はじじいになってるよな。俺の人生って、なんなんだろうな……。あの時、痴漢の時、警察で自分がやったなんて言わなかったら、こんな事にならなかったのに……」

間。

小林「……あ、だけど、あの映画は、主人公が交換殺人の話に乗らなかったから成功しなかったけど、あそこで乗ってたら……」

三島「そうだよ。乗ってたら、絶対成功するんだよ。三人でやったら、警察になんかばれるわけないよ。俺ら、こないだのパーティーで始めて会って、それ以外に何の接点もないんだから」

小林「確かに、それはそうかも……」

時田「小林君もやる気になってくれた?」

小林「いや、やる気にはなってないですよ。でも、何か考えないと、警察に捕まるだけだし……」

三島「そうだよ。とりあえず、どうやったらうまくいくかシミュレーションしてみようよ。時田さんさ、どうやってやったの?寺沼」

時田「ああ、一応さ、顔、わかんないように目出し帽被って、そんで、皮手袋して。ほら、指紋がつかないようなに」

三島「どこでやったんだよ?」

時田「だから事務所。寺沼さんのこと見張ってたら、今朝早く事務所に行ったから」

三島「どうやって入った?」

時田「普通に玄関から。鍵かけてなかったから」

小林「どうやって殺したんですか?」

時田「ああ……。ナイフで刺そうとして、こう、構えたんだけど、手、掴まれて、もみ合って、で、突き飛ばしたんだよ。ドンって。そしたら、寺沼さん、倒れて、頭打って……動かなくなった」

三島「寺沼……。何か言ってなかったか? 死ぬ前に何か……」

小林「最後のメッセージ?」

時田「いや、特には」

三島「そうか……」

時田「あ、そういえば……」

三島「え、何、何て言ってた?」

時田、何かを言いかけて、

時田「やっぱ何も言ってなかった」

三島「ええ……」

間。

時田「なんだよ、そんな顔して。喜べよ。だって、あんたの事、騙した奴なんだろう?せっかく殺してやったのに」

小林「寺沼さん、三島さんのこと騙したって、どういうことですか?」

三島「ああ、会社立ち上げる時にさ、俺も金だしてんだよ。親に無理言って借りてさ。だから、寺沼、言ったんだよ。俺ら二人は対等な関係だって。だけど……」

小林「だけど、実際には違ってたって事ですか」

三島「給料なんか全然違ってさ。どこが対等なんだよって、文句言ったんだけど、ちゃんと、はじめに話したって。契約書にもそう書いてあるって」

小林「雇用の契約書かなんかですか。え、何て書いてあったんですか」

三島「さあ」

小林「さあって、読んでないんですか?そういうのは、ちゃんと読んだ方がいいと思いますよ」

三島「読めるんだったら読むよ!」

小林「読めるんだったらって……」

三島「あ、いや……」

間。

小林「あ、でも、事務所でやったんですよね?事務所でやったって言いましたよね? 何時頃ですか?」

時田「6時くらいかな」

小林「6時? 寺沼さんって、いつもそんな早い時間に事務所に行ってるんですか?」

三島「いや、今日の昼までに片付けなくちゃなんない仕事があるから、早く行くって……」

小林「寺沼さんがその時間に事務所にいることを、三島さんは知ってたんですか?」

三島「知ってたよ」

小林「だったら、やっぱり三島さんが疑われるんじゃないですか?」

時田「何でだよ?」

三島「そうだ。寺沼がその時間に事務所に行ってる事知ってるのは、俺だけだよ。俺が疑われるよ」

小林「そうですよ。絶対三島さんが疑われますよ」

時田「いや、これは、空き巣の仕業なんだよ。空き巣が、何か盗もうと思って侵入したら、寺沼さんがいたから殺しちゃったんだよ。警察は絶対そう思うよ」

三島「そうか? でも、空き巣だったら、玄関から入ったりしないだろう?」

時田「だって、玄関開いてたんだもん」

三島「空き巣だったら、窓割って入ったりするだろ?」

小林「そうですよ。空き巣に見せかけるんだったら、なんか、そういう偽装工作とかしたんですか?窓ガラスを壊すとか、部屋を荒らすとか」

時田「ギソウコウサクってなんだ?」

三島「だめだ。俺、絶対疑われるよ」

小林「ああ、でも、大丈夫ですよ。まあ、三島さんが疑われるのは仕方ないけど、交換殺人なんだから、ばれるわけ無いですよ。犯行時刻にアリバイがあればいいんですから」

三島「アリバイ?」

小林「そう。アリバイ。アリバイがあれば、警察は三島さんが殺したんじゃないってことがわかるし、時田さんはもともと寺沼さんと接点ないんだから、疑われるわけ無いですよ。アリバイ、あるんでしょう?」

間。

三島「やったの、今朝の6時頃って言ってたよな?6時って、俺、その時間自分ちで寝たたぞ」

小林「……一人で?」

三島「……一人で」

間。

小林「え、誰か一緒じゃなかったんですか?三島さんのアリバイを証明してくれる人……」

三島「いない。一人で寝てたから」

間。

時田「バカ!それじゃあ、アリバイ成立しないじゃんかよ!どうすんだよ!」

三島「お前が悪いんだろう! 勝手に殺すのがそもそも悪いんだけど、殺すにしても、何時に殺すからその時間のアリバイ作っといてくれって先に言えよ!」

時田「そんなとこまで頭まわんねえよ!」

三島「何切れてんだよ! バカ野郎! めちゃめちゃじゃねえかよ! 計画性ゼロじゃねえかよ!」

時田「じゃあ、俺と一緒にいたことにすれば? 俺が三島さんの家に泊まってたって言えばいいじゃん。で、三島さんも家から一歩も出てないからって言えば……」

三島「そうだ。そうしてくれ!」

時田「よし、これでアリバイ成立!やった!」

小林「だめですよ! そんなの」

三島「何でだよ?」

小林「そんなこと言ったら、三島さんと時田さんはグルだって言ってるようなもんですよ」

三島「じゃあ、どうするんだよ……あ、そうだ」

三島、携帯で電話する。

小林「え、どこに?」

三島「(電話に)あ、おふくろ? あのさ、俺、昨日の晩からそっちに泊まってたってことにしてよ。……うん。……だから、俺は昨日から今日にかけて、実家に帰ってたってことにしてくれって。誰かに三島さん、10月一日、どこにいたか知ってますかって聞かれたら、うちに泊まってたって言ってよ。……うん、いや、誰が聞くって、別に誰も聞かないと思うけど、もし聞かれたらだよ。もし誰かに聞かれたら、うちに泊まってたって。わかった?絶対だよ。……うん……うん……いや、いいからさ、誰かに聞かれたらだよ。誰も聞かないと思うけど。頼むよ! 絶対だからね」

三島、電話を切る。

小林「大丈夫なんですか?」

三島「何が?」

小林「お母さんに口裏合わせてくれなんて……」

三島「しょうがないだろう」

小林「アリバイ証言するのって、家族じゃダメだって聞いた事ありますよ」

三島「なんだよ!」

時田「でも誰の証言も無いよりはましなんじゃないの?だいたい、アリバイが完全に成立しないとしても、三島さんが殺したっていう物的証拠はないんだから。だって、実際三島さんやってないんだから、あるわけないじゃん」

三島「そうだよな。俺、やってないんだもんな。やってないのに捕まるわけ無いよな」

小林「ううん……」

三島「よし。じゃあ、話続けよう」

小林「え?」

三島「どうやってやるかだよ」

小林「なんか、三島さん、もう完全にやる気なんですね」

三島「だって、お前だって警察に捕まりたくないだろう? 交換殺人成立させないと、捕まるんだぞ」

小林「そうかもしれませんけど……」

三島「どんな女なんだよ?」

小林「何がですか?」

三島「だから、小林君が殺したい女よ。その、前の彼女」

時田「写真とかもってないの?」

小林「持ってないですよ」

時田「何で持ってないんだよ」

小林「何でって言われても」

三島「顔もわかんないんじゃ殺せないだろ」

小林「殺さなくていいですよ」

三島「でも、お前のことこけにした女だぞ」

小林「べつにこけになんかされてないですよ」

三島「何言ってんだよ。ふたまたかけてたんだろ? 本命の男とずっと比べられてたんだぞ」

時田「しかも暴力男だろ、それが。そんな男と比べて、やっぱりそっちの方がいいっていうんだもんな……」

三島「小林君、その女にいいように利用されたんだよ」

小林「利用された?」

三島「わかんないの? その女、本命の男と小林君と、どっちにしようか迷ってたんじゃねえんだよ。はじめから答えは出てたんだよ。要するに、暴力ふるうけど、この男に惚れてるってことを再確認するために小林君と付き合ってみたんだよ」

時田「で、小林君と付き合ってみたら、やっぱり暴力男の方がいいって再確認できちゃったってわけだ。やさしいけど、面白みがない、つまらない男と付き合うより」

小林、しばらく無言。

おもむろに鞄からノートパソコンを取り出す。

三島「何、それ」

小林「写真はないけど……」

三島と時田、パソコンを覗き込む。

時田「え、動いてんじゃん」

小林「うん」

三島「え、これ、なんなの?この子のうち?」

小林「そう」

時田「盗撮してんの?」

小林「盗撮っていうんじゃないですよ。監視っていうか。ほら、暴力ふるわれるから、心配で……」

三島「うわあ……。お前、変態だな」

小林「変態って、そんな、違いますよ」

時田「この人、もうすでに犯罪者だったんだ」

小林「だって、仕方ないでしょう、心配だったんだから」

三島「どうやってやってんの? これ」

小林「まあ、これはそんなたいへんなことじゃないんで。カメラ仕掛ける時はたいへんでしたけど……」

時田「パソコンとか、機械にくわしいんだ」

小林「ええ、まあ秋葉原で働いてますから」

三島「盗撮なんか朝飯前か」

小林「そんなんじゃないですけど」

三島、時田、ディスプレイを食い入るように見る。

三島・時田「あ……あらぁ……」

小林、パソコンを閉じる。

小林「見ないで下さい!」

三島「小林君、すけべだね。こんなの毎日見てるの?」

時田「ど変態だ」

小林「違いますよ!」

三島「で、どうやってやったらいい?」

小林「どうやってって……」

時田、パソコンを開いて、一人でディスプレイを見る。

三島「やっぱ、刃物かな」

小林「やめてくださいよ。そういう痛いのは。それに血が出るじゃないですか」

三島「じゃあ、薬か。青酸カリ?」

小林「そんなのどうやって手にいれるんですか?」

三島「わかんない。首絞めるか。シンプルにな」

小林「あの、本気でやるつもりなんですか?」

三島「だって、それしかないだろう」

小林「僕、絶対無理ですよ。人なんか殺せないです。やろうと思ったとしても、失敗しますよ。だって、僕、何やってもだめなんですよ。何やってもうまくいかないの。だから、人殺しなんて、うまくやれるわけないです」

三島「そんなことないよ。お前はだめじゃないよ。お前にも出来るよ」

小林「そうですかね……やろうと思っても逆にやられちゃいますよ」

三島「そんなことないよ。大丈夫だよ」

時田、パソコンを見ながら、

時田「ねえ、来た。男が来た」

三島と小林、パソコンを覗き込む。

小林「こいつですよ」

三島「やっぱり小林君より全然もてそう」

時田「あっ……」

三島「何で帰って来ていきなり殴るんだよ」

時田「ああ……」

三人、言葉も無く、ディスプレイを見続ける。

三島「小林君、俺さ、この男殺してもいいかな?」

小林「え……」

三島「だって、女殺さなくても、あの子が小林君のとこに戻ってくればいいんだろう。だって、小林君、この子にまだ未練があるんだろう?」

小林「未練とかそういうのは……」

時田「あっ!」

三人、再びディスプレイを見つめる。

小林の目がうるむ。

時田「小林君、泣いてるの?」

小林「あ、いえ……」

時田「泣くんだったら、助けてやれよ。やっぱりまだ好きなんだろう?俺はいいんだよ。殺すのが女でも男でも」

三島「俺が行くよ。行って、男やっちゃうよ。いいだろう?」

小林「やっちゃうとか、そういうの、やめてくださいよ」

三島「じゃあ、どうすんだよ?」

小林「どうするって、どうしようもないじゃないですか」

三島「だったら、お前、なんの為に盗撮してるんだよ? その子の事が心配だからって、さっきそう言わなかったか? 心配だからって、監視してて、その子が殴られてるのに何もしないのか?だったら監視してても意味無いじゃんかよ!」

小林「そうだけど……。だって、僕、何もできないですもん。どうせ、僕、何もできないですもん。この子の事、助けてやることなんかできないですよ。だって、僕よりこの男の方がいいって言ったんですよ。暴力ふるうこの男の方が、ぼくみたいなつまらない男よりいいって……」

三島「やっぱ俺、こいつ殺す。絶対殺す」

小林「やめてください。もういいんですよ」

三島「いいって何がいいんだよ。お前、ただ見てるのか、自分の惚れてる女が殴られてんの、ただ見てるのか?」

時田「(パソコンを見ながら)あ、出てった」

三島と小林、再び視線をパソコンに戻して、

三島「殴るだけ殴ったら、とっとと帰るんだ」

間。

時田「泣いてるよ……」

間。

時田「あ、電話する」

小林、パソコンを操作する。

三島「何、電話の盗聴もやってんの?」

小林の携帯が鳴る。

小林「あ……」

小林、携帯を取り、逡巡。

三島「早く出ろよ」

小林、電話に出る。

森下美香子(27)の声がパソコンから聞こえてくる。

美香子「もしもし」

小林「あ、美香ちゃん……」

美香子「久しぶり」

小林「うん」

美香子「元気?」

小林「うん。どうしたの?」

美香子「電話したらだめだった?」

小林「いや、そんなことないけど……」

間。

小林「あの……何かあった?」

美香子「何で?」

小林「あ、だって、僕に電話してくるなんて……」

美香子「やっぱ、電話したらだめだったんだ」

小林「だめじゃない。だめじゃないよ!」

美香子、涙をすする声。

小林「美香ちゃん……僕でよかったら話きくけど……」

美香子「……別に何でもないよ」

小林「何でもないことないでしょ?」

美香子「小林君になんで話さなきゃいけないのよ。小林君、もう彼氏でも何でもないんだよ」

小林「いや、そうだけど……」

美香子「だいたい、もう別れたんだから、気軽に電話してこないでよ」

小林「あ、いや、美香ちゃんから電話してきたんだけど……」

美香子「そう?そうだった?」

小林「何で……何で泣いてるの?」

美香子「いいでしょう、そんなこと。何で小林君に言わなくちゃいけないのよ」

小林「でも……」

美香子「犬が死んだのよ。ペロが」

小林「え……」

美香子「犬が死んだんだから、泣くの仕方ないでしょう。何?飼ってた犬が死んだっていうのに、別れた男との電話では泣いたらだめなの?」

小林「でも……美香ちゃん、犬なんて飼ってたっけ?」

美香子「飼ってないわよ! 飼ってなかったらだめなの? 犬飼ってない女は、犬が死んだことで泣いたらだめなの?」

小林「いや、ちょっと、意味が……」

美香子「だからあんたはだめなのよ。昔惚れてた女が電話の前で泣いてるんだから、ぐだぐだ言わないで、泣かせといてよ」

小林「……うん。わかった」

美香子「(嗚咽しながら)シロが……シロが……」

小林「(涙声になって)え……ペロだよね?」

美香子「(泣きながら)ペロが……ペロが……」

小林「(泣きながら)ペロのことが大好きだったんだ」

美香子「(泣きながら)好きに決まってるでしょう……」

小林「(泣きながら)殴られても、蹴られても……それでも好きなんだ」

美香子「(泣きながら)好きに決まってるでしょう! 殴られても、好きなのよ……」

三島、小林の手から携帯を奪って、切る。

小林「三島さん……」

三島「もうやめろよ」

小林「え……」

三島「こいつ、あの男のことが好きなんだろう?だったらほっとけよ」

小林「でも……」

三島「何でお前に電話してくるんだよ? そんなの卑怯だろう。自分が小林君のことふったくせに、つらくなった時には電話してきて……」

小林「いいんですよ」

三島「何がいいんだよ。あんなクズみんたいな男と小林君を比べて、そんで、あのクズを選んだんだぞ!お前、悔しくないのかよ!」

小林「……くやしいよ。くやしいけど……仕方ないでしょう。美香ちゃんは、あの人のことが好きなんだから」

三島「だけどよ……」

間。

小林「(時田を指して)小林!」

時田「え?何?」

小林「(時田を指して)小林!」

三島「どうしたんだよ?」

小林「『小林』って言ったら、『照男』ですよ」

時田「小林照男?」

小林「僕ですよ! 僕、小林照男!」

時田「ああ……」

小林「行きますよ。小林!」

時田「……照男」

小林、奇妙な動きで、

小林「コバコバ、テルテル」

三島「何、それ」

小林「コバコバ、テルテルですよ。僕の持ちギャグっていうか」

三島「持ちギャグなんかあるんだ」

小林「いや、まあ、持ちギャグってほどのあれじゃないんですけど。なんかバカっぽいでしょう?」

時田「すごい、バカっぽいよ」

小林「子供の頃、僕、よくいじめられてたんですよ。で、一人の奴が、いじめてた奴の中の一人ね。そいつが、すごくくだらないことを考える才能がある奴で、僕にこれをやれっていうんですよ」

時田「コバコバ、テルテルって?」

小林「そう。恥ずかしい事をやらせて、僕の事をみんなで笑おうと思って。で、僕、いやだったんだけど、やったんですよ。コバコバ、テルテルって。そしたら、みんながすごく笑って。みんなは僕のこと、馬鹿にして笑ってるんですけど、なんか、みんなが楽しそうに笑ってるから、僕もなんかいやな気がしなくて。で、それ以来、よくやってたんですよ。コバコバ、テルテル。コバコバ、テルテル」

三島「コバコバ、テルテル……」

時田「コバコバ、テルテル……」

小林「なんか、楽しいでしょう?元気になれそうな感じがするでしょう? 頑張ろうって気になるでしょう? だから、ちょっといやなことがあったときとか、落ち込んだ時とかに、コバコバ、テルテルって……」

三島「(小林を指して)小林!」

小林「(時田を指して)照男!」

小林・三島「コバコバ、テルテル!」

時田「(三島を指して)小林!」

小林照男ゲームがしばらく続く。

三島「なんか、俺も子供の頃のこと、思い出した」

時田「どんな事?」

三島「俺もさ、いっつもみんなにバカにされてばっかで」

小林「三島さんは、そんな風に見えないですけど」

三島「友達っていったら寺沼くらいしかいなくて。あいつが言ってくれたんだよ。お前が字が読めないのは、バカだからじゃないって。他に理由があるんだって。お前のことをバカだって言う奴は、お前のことがわかってないだけだから、ほっとけって。寺沼だけは、いっつも一緒にいてくれて……」

小林「字が読めないって……」

三島「寺沼がさ、中学の時、映画に連れてってくれたんだよ。「ロッキー」をリバイバルでやってて。『これは、絶対面白いから付き合え』って。で、俺、字幕が読めないから、寺沼が、全部声に出して字幕読んでくれたんだよ。クライマックスのところなんかさ、『エイドリアン!エイドリアン!』って大声でさ。『エイドリアン』くらい、読まなくても分かるってのに。『エイドリアン!エイドリアン!』って、言いながら、寺沼、泣いてんだよ。こいつ、バカじゃねえのかって思ったよ。後ろの席に座ってた奴が、『静かにしろ!』って文句言って来て、俺はもう、恥ずかしいからやめてくれって、言ったんだけど。寺沼は『エイドリアン!エイドリアン!』って……」

小林「親友だったんですね」

三島「俺、本も読めないから、何にも知らなくて、あいつが、いろんなこと教えてくれたんだよ。例えば、梅干とうなぎは一緒に食べちゃだめだとか、朝見た蜘蛛は、殺しちゃダメだとか」

小林「なんか寺沼さんって、おばあちゃんみたいですね」

三島「あと、熊に襲われた時は、死んだふりをすれば助かるとか」

時田「あんまり役に立ちそうな情報じゃないけどね」

小林「熊に襲われる事って、まずないもんね」

三島「熊はないかも知れないけど、熊じゃなくても、なんか、熊っぽいものに襲われるかもしれないだろ」

小林「熊っぽいものって?」

三島「わかんないけど、とにかくそういういろんなことを寺沼は教えてくれたんだよ」

間。

時田、パソコンの画面を見て、

時田「あ、男、帰ってきた」

小林と、三島、ディスプレイを覗き込む。

三島「ああ……」

三人、無言でディスプレイを見つめている。見ているのが辛そうな表情。

時田「小林君、どうするんだよ」

小林「……」

時田「三島さんに、男やってもらおうよ」

小林「……」

三島「小林君、自分で行けよ。惚れてるんだろ?その子に」

小林「行ってどうするんですか?」

三島「こいつ、ぶっとばしてやるんだよ」

小林「そんなこと、僕に出来るわけないでしょう。逆に殴られておしまいですよ」

三島「殴られたっていいじゃんかよ」

小林「いやですよ。それに、今助けに行ったりしたら、盗撮してましたって言ってるようなもんじゃないですか!」

三島「お前は、なんの面白みも無い、つまんない男で、おまけに盗撮までしてる変態野郎だけど、惚れてる女が殴られてるのに、黙ってみてるような奴なのか? そんな最低な奴なのか?」

小林「もう、ほっといてください。美香ちゃんは、この男がいいんだから。僕なんかより、この男の方がいいだから」

時田「小林君、やっぱ、三島さんにやってもらおうよ。そしたら何もかもうまくいくんだよ。美香ちゃんが、もう殴られなくてすむんだよ」

小林「もう、やめてください! うんざりなんですよ! いい加減にしてください!」

時田「じゃあ、どうするんだよ! 美香ちゃんがこのままずっと殴られ続けるんだぞ! いいのかよ!」

小林「知りませんよ! 僕に関係ないでしょう!」

時田「関係なくないだろう!」

小林、ドアの方に走る。

三島「おい、どこ行くんだよ!」

小林「帰るんですよ! あんたたちにこれ以上付き合うのいやなんです。交換殺人するんだったら、勝手にやってください。僕は知りませんから」

時田「いいのかよ、それで! あんたが言い出したことなんだぞ!」

小林「だったら警察にそういってくださいよ。いいですよ。もう、警察につかまろうが、どうなろうがかまいませんよ!」

三島「おい、待てよ!」

小林、走って去っていく。

突然、寺沼の携帯の着信音が鳴る。

三島「あ!」

三島、小林を追おうとするが、あきらめて、携帯を手に取る。

三島「……」

三島と時田、無言で携帯を見つめる。

やがて着信音は鳴らなくなる。

取り残されて二人、しばらく無言。

三島「……だれだろう」

時田「さあ……」

間。

時田「で、どうする?」

三島「交換殺人のことか?」

時田「決まってるだろ」

三島「二人になっちゃったもんな」

時田「二人でも大丈夫だよ。俺の殺したい女を三島さんが殺してくれればいいんだから」

三島「……なあ、寺沼って、本当に死んだのか?」

時田「ああ」

三島「どうやって確かめた?」

時田「ちゃんと脈をとったんだよ。全然、脈、打ってなかった」

三島「そうか……」

間。

三島「あ、でも、あんたさ、皮手袋してたって言ってたよね?指紋がつかないようにって。皮手袋したままで脈なんかわかんのか?」

時田「わかるよ。だって、ぜんぜんドクドクしてなかったんだから」

三島「だけど、皮手袋とって、脈とってみたら、もしかしたら……」

再び、寺沼の携帯が鳴る。

三島「あ……寺沼?」

三島、携帯を手にとって、恐る恐る通話ボタンを押す。

三島「もしもし……あ……はい。警察?」

三島の顔色が変わっていく。

三島「え、そんな……ちょっと待ってください……え……いや、あの……はい、今ですか?今は、ここは……どこかわかりません。ええ。わかりません!知りませよ!」

三島、携帯を切る。

三島「チクショウ!」

時田「警察?」

三島「そうだよ!」

時田「なんて?」

三島「俺に逮捕状が出てるって。寺沼さんの事件、あなたがやったんですねって」

時田「何でそうなるんだ?やったの俺なのに」

三島「何でもくそも、そうなるに決まってるだろうが!盗まれた携帯に電話してみたら俺が出たんんだから、しかも、俺のこと調べて、うちの母親に電話してみたら、『今朝はそっちに行ってた事にしてくれって言われた』って。くそう、あのばばあ!」

時田、大声で笑い出す。

三島「何がおかしいんだよ!」

時田「完全に失敗だな。交換殺人」

三島「お前が悪いんだぞ!お前が殺したんだからな! 俺は知らないぞ!」

時田「俺がさ、寺沼さんを殺す理由なんかないだろ?」

三島「……おい、どういうことだよ?」

時田「あんたは、寺沼さんのことを憎んでた。殺したいと思ってた。今朝、寺沼さんは殺されて、携帯を盗まれた。で、その携帯を持ってたのは三島さん、あんただよ。あんたにはアリバイもない。アリバイがないどころか、実家に電話してウソのアリバイを作ろうとしたんだぞ。あんたが殺したとしか考えられないだろう!」

三島「ふざけんな! お前がやったんだぞ! お前が勝手にやったんだぞ! 寺沼を殺しやがって! あいつだけだったんだぞ! あいつだけが友達だったんだぞ! なのに、殺しやがって!」

時田「あんたは、寺沼さんが憎かったんだろう! 子供の頃から見下されてて、字が読めないからってバカ扱いされて!」

三島「うるさい! お前が殺したんだ!」

時田「寺沼さん、子供の頃からずっと一緒にいてくれたって言ったよな。確かにそうかもしれないけど、『かわいそうなバカな奴』って思って助けてくれてたんだよ。ずっとあんたのこと見下してたんだよ!」

三島「違う! あいつは、あいつは……くそっ!」

三島、時田を殴る。

時田、倒れて、

時田「もっと殴れよ。殴って、殺してくれよ! 俺のこと、殺してくれよ!」

三島、時田を殴る。

時田「これで交換殺人、成立だな。俺は、あんたの殺したい寺沼さんを殺して、あんたは俺が殺したい男、俺自身を殺してくれるんだ」

三島「何言ってんだよ」

時田「早く殺してくれよ。俺、もう生きててもしょうがないんだからよ。俺の人生なんか、もう無茶無茶なんだから。生きてたってなんにもいいことなんかないんだよ。だから、早く、殺してくれよ!」

三島「ふざけるな!」

三島、時田を何度も殴る。

疲れ果てて、倒れる二人。

二人、パソコンのディスプレイを見て、

三島「あ、小林君……」

時田「あ……」

二人、ディスプレイを凝視する。

時田「あ!殴られた……」

三島「小林君……」

二人、無言でディスプレイを見続ける。

三島「コバコバ、テルテル……」

時田「コバコバ、テルテル……」

三島「コバコバ、テルテル……」

時田「コバコバ、テルテル……」

二人、ディスプレイを見ながら、

三島「お前、何痴漢に間違われた位で人生投げてんだよ。同じ電車に乗ってた人で、見てた人がいたかもしれないだろう? そのとき、その電車に、人はいっぱい乗ってたんだろう?だったら、お前がやってないって証言してくれる人もいたかもしれないだろう! なんでそれを探さないんだよ!」

時田「そんなこと、出来るわけないよ」

三島「一人でできなくても、友達とかいないのかよ。友達に手伝ってもらえばよかっただろう」

時田「友達なんか、俺が警察に捕まってから、みんな離れていったよ」

寺沼の携帯に電話がかかってくる。

三島、携帯を取ろうとするが、一瞬先に時田が取る。

時田「俺が出る」

三島「え?」

時田、三島の手から携帯を取って、通話ボタンを押す。

時田「(電話に)もしもし……俺ですか? 時田といいます。はい。ええ。犯人は三島さんじゃなくて、俺です。俺がやりました。これから警察に行きます。はい……ええ、わかりました。はい」

時田、電話を切る。

三島「警察?」

時田「うん」

三島「何て?」

時田「自分から出頭してきたら罪が軽くなるからって」

三島「……そうか」

時田「……俺、行ってくるよ」

三島「……うん」

時田、出口へと向かう。

三島「……俺も一緒に行ってやるよ」

時田「いいよ」

三島「何でだよ。ちゃんと俺が警察に説明してやるから。そもそも警察が悪いんだぞってさ。あんたが痴漢の疑いでつかまった時、警察がちゃんと調べてたらこんなことにならなかったんだから」

二人、出口に向いながら、

時田「もうそんなの昔のことだから」

三島「昔の事じゃないだろ」

などといいながらドアを開ける。

ドアの前には顔に痣を作った小林が立っている。

三島「小林君……」

小林「やりましたよ」

時田「え、やったって?」

小林「あいつ、ぶっとばしてきましたよ。弱いんですよ。女には偉そうにするくせに。僕が一発殴ってやったら、『ごめんなさい、ごめんなさい』って、ほんと、かっこ悪いんですよ、あいつ」

三島「ああ……」

小林「美香ちゃんも、僕の事、惚れ直したって。(しだいに涙声になって)小林君の方がずっと、男らしくて、ずっと、素敵でって……」

三島「ああ。よかったな」

小林「……僕が喧嘩して勝てるわけ無いでしょう! 二人とも、(パソコンを指して)それでずっと見てたんでしょう? 殴られて追い返されておしまいですよ」

三島「あ、ああ……」

時田「でも、小林君、頑張ったじゃん」

小林「頑張ったってだめですよ。僕なんかが頑張ったって、何にも出来ないんですよ」

小林、泣きながらうずくまる。

時田、パソコンを見て、

時田「あ……」

三島もパソコンを見て、

三島「あ……」

小林もパソコンを見る。

小林「あ……」

三人、顔をしかめたり、痛そうな表情。

三島「……なんだよ、美香ちゃん、メチャメチャつええんじゃん」

小林「やっぱ、僕なんか何の役にも立たないですね」

時田「でも、小林君が美香ちゃんに、なんかこう、あげたっつうかさ、勇気みたいな?」

小林「……勇気って、そんな、そんなわけないじゃないですか。僕なんかがそんな……」

三人、暫くパソコンを見続ける。

小林、パソコンを閉じて、

小林「三島さん、またあのパーティー、行ってもいいですか?」

三島「え、ああ」

小林「時田さんも行きましょうよ。みんなで、今度こそ彼女作りましょうよ」

時田「俺は、それどころじゃないよ」

小林「何でですか?」

時田「何でって、警察に行くんだよ」

小林「……そうか」

時田「今度は、いつ出てこれるかわかんないよ。殺人だからな」

小林「あの……僕、さっき、もう何もかもいやになって、家に帰ろうとしたんですよ。殺人事件に巻き込まれるし、美香ちゃんが殴られてるのに何もできないし。で、帰る途中、コンビニがあったんで、新聞を。寺沼さんの記事、出てるかなと思って」

三島「……出てたの?」

小林「うん。寺沼さん、今朝何者かに襲われたんで、死んだふりしてたって……」

時田、一瞬、はっとして、鞄の中からこげ茶色の目出し帽を取り出すと、頭から被る。

三島、時田の姿を見て、

三島「熊っぽい!」

目出し帽を被った時田の顔は、確かに『熊っぽい』。

三人、次第に笑いと涙が同時にこみ上げてくる。

小林「三島さん、今度は、会費、絶対一万円にしてくださいよ」

三島「わかってるよ」

時田「コバコバ、テルテル」

三島「コバコバ、テルテル」

小林「コバコバ、テルテル」

三人、声を合わせて、

三人「コバコバ、テルテル!コバコバ、テルテル!コバコバ、テルテル!」

腹のそこから声を出して、大笑いする三人。

             (完)

 


 
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