シアターリーグ > シナリオ > 勝手にノスタルジー >
 
勝手にノスタルジー
作 辻野正樹
 

 

○アパート・沖ノ島の部屋・中(夜)

玄関があり、テレビ、冷蔵庫、机などが置かれてある。ドアは舞台中央より上手側にある。

菊川コージ(26)、入ってきて電気をつける。時計を見て、

菊川「6時30分……30分前に到着」

椅子に座って暫く無言。

手持ち無沙汰で間が持たない感じ。

部屋をうろうろしたり、体操したり。

菊川「することなぁい!」

暫く無言。

菊川「俺って本当時間励行人間だよな。遅刻したことないもんな。自分で自分を誉めてやりたいよ」

言いながら服を脱ぎ始める。

菊川「だいたい世の中の俺以外の人間はみんな時間にルーズすぎるんだよ。タイム・イズ・マネーだっつうの」

菊川、鞄の中から女性物のセクシーなワンピースを取り出し袖をとおしていく。頭には宇宙人のような帽子を。

菊川「しかし、ほんとみんな時間にルーズなんだよな。時間の大切さがわかってないんだよ。人生だいたい80年くらいしか時間がないんだからさ。タカシなんか絶対遅刻して来てたもんな。毎日15分くらい遅刻してたから、1年365日、毎日15分時間を無駄にしたら、人生80年として、一生の間にどれだけ時間を無駄にしてるんだ?365かける15で……ゴゴニジュウゴで……えっと……」

鞄の中から電卓を取り出しキーを叩く。

菊川「タカシは毎日15分遅刻する事によって、一生の間に7300時間を無駄にすることが判明しました!」

菊川、時計を見て、

菊川「ちょっと早く来すぎたかな。みんな絶対時間通りに来ないんだもんな。……あれ?俺、いっつも約束の時間の30分前には来て、ただ待ってるだけってことは、もしかして時間を無駄に使ってるのって俺の方なんじゃないの? なんだよ! ふざけるなよ!」

再び無言。

菊川「そうだ。俺は大事なことを忘れていた。友達の留守中に部屋に来て、まずしなくちゃいけないこと。それは、エロ本の隠し場所をみつけることだ!」

菊川、エロ本を探し始める。

菊川「タカシはだいたいこういうとこに……」

本棚の本(法律関係)を見つけて。

菊川「あれ、コージ、最近えらく難しそう本を……」

棚の奥にエロ本を見つけて手に取る。

菊川「あった!」

沖ノ島淳二(26)が入ってくる。

菊川思わずエロ本を後ろ手に隠す。

沖ノ島、奇妙な格好をした菊川の姿を見て、目が点になっている。

菊川「あの……どちらさまで?」

沖ノ島「いや……あんたこそ、誰?……っていうか(菊川の格好を指して)これ……何ですか?」

菊川「あ……これは『セクシーマーズ』」

沖ノ島「『セクシーマーズ』?」

菊川「要するに……セクシーな火星人っていうことで……もしも火星人にセクシーな女の人がいたらこんな感じじゃないかって……あ、火星人に性別があるかどうかわからないんで……雌雄同体って可能性もあるから……仮に男と女に分かれてて、セクシーな女がいたらってことなんだけど……まあその前に仮にに火星人がいたらなんだけど……」

沖ノ島、菊川の話を聞かずに電話の受話器を取る。

沖ノ島「(電話に)あ、もしもし、警察ですか変質者が僕の部屋にかってにあがりこんでて……」

菊川「うわああ」

菊川、強引に電話を切る。

沖ノ島「ちょっと、なんですか! 警察に電話してるんだから!」

菊川「変質者って僕のこと?」

沖ノ島「他にいないでしょう」

沖ノ島、再びダイヤルする。

菊川「ノー! 警察はノー!」

沖ノ島「警察呼びますよ。呼ぶに決まってるじゃないですか! ひとんちで勝手に変な格好して……」

菊川「ひとんち?」

沖ノ島「そう。ひとんち」

菊川「あんんたんち?」

沖ノ島「そう。おれんち」

菊川「おれんち?」

沖ノ島「違うよ! あんたんちじゃないよ。おれんち!」

菊川「ユーんち?」

沖ノ島「まあ……ミーんち」

菊川「あんたんち?」

沖ノ島「だからそう言ってるだろ」

沖ノ島、再び受話器を取って電話をかける。

菊川「あああ! ポリスはノー! 誤解! 誤解なの! 話を聞いて! 話せば分かるんだから!」

沖ノ島、ダイヤルする手を止める。

沖ノ島「誤解も何も、ひとんちに勝手に入り込んでるんだから。誤解とかじゃないでしょう」

菊川「とにかく聞いてよ。高校時代の友達がね、刑務所に入ってたのよ。で、昨日出てきたばっかなの」

沖ノ島「なんだよ。脅す気かよ」

菊川「違う! 高校時代の友達が、刑務所から帰ってきたから、みんなでセクシーマーズの踊りをやろうってことで……。高校のね、学園祭でやったのよ。セクシーマーズをさ。そしたら大うけだったの。で、その刑務所に入ってた奴、ツッキーっていうんだけど、そいつもセクシーマーズのメンバーだったの。だから、ツッキーの『オツトメご苦労様パーティー』を開いて、そこで久しぶりにセクシーマーズをやろうってことになってさ……わかってくれた?」

沖ノ島「……」

沖ノ島、電話の受話器を取る。

菊川「ノー!電話はノー! テレフォン・ノー!」

菊川、強引に受話器を奪い取り電話を切る。

沖ノ島「いい加減にしてくださいよ! 言ってる意味ぜんぜんわかんないよ!」

菊川「だから! 高校時代の友達が刑務所から出てきて……」

沖ノ島「いや、それはわかりました。『オツトメご苦労様パーティー』をやるんでしょう」

菊川「そう」

沖ノ島「で、なんで俺の部屋に勝手に入ってきてるのかって聞いてるんじゃないですか」

菊川「だから、高校時代の友達が刑務所から帰ってきたから、みんなで集まってセクシーマーズをやろうって……」

沖ノ島「……で、ここに集まろうってことに?」

菊川「そう」

沖ノ島「この部屋に?」

菊川「そう」

沖ノ島「なんで? なんで俺の部屋に?」

菊川「ううん……そのへんがちょっと……」

沖ノ島、電話の受話器を上げる。

菊川「ノー!」

沖ノ島「もう、いい加減にしなさいよ! あんたの言ってることはさっきから……」

沖ノ島、菊川が後ろに何かを隠している様子を見て、

沖ノ島「あんた、なんか後ろに隠してるでしょう」

菊川「あ、いや、別に……」

沖ノ島「見せなさいよ」

菊川「いや、だけど……」

沖ノ島「あんた、単なる泥棒か? 何盗もうとしたんだ? 見せろって」

菊川と沖ノ島、鬼ごっこのようになる。

沖ノ島、あきらめて再び電話。

沖ノ島「すみません。泥棒なんです。何か盗まれたみたいなんです。多分通帳かなんか……」

菊川、エロ本を沖ノ島に差し出して、

菊川「通帳じゃなくてこれなんですけど」

沖ノ島、エロ本を見て、受話器を置く。

無言でエロ本を奪い取る。

菊川「警察はやめてくださいよお」

沖ノ島「ああ……もう、だったら警察は呼ばないから、さっさと帰ってよ」

菊川「いや、それはちょっと……」

沖ノ島「何でだよ?」

菊川「だって、みんなここにくるんだもん」

沖ノ島「来るんだもんじゃないよ。だから何でひとんちで集まる事にしてるんですか」

菊川「だって……タカシんちに集まるって聞いたから……」

沖ノ島「あ? タカシ? 誰だよ?」

菊川「(怒り気味に)花沢タカシ! セクシーマーズのメンバー!」

沖ノ島「逆切れかよ……頭くんな。あんたのやってることは充分犯罪なんだぞ! 住居不法侵入! 刑法第一三〇条、正当な理由がないのに人の住居もしくは人の看守する邸宅、建造物、もしくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する!」

菊川「ずいぶん詳しいんだね。けどさ、正当な理由がないのにってとこは違うでしょ?『オツトメご苦労様パーティー』をやるっていう正当な理由があるんだから」

沖ノ島「それはそっちの勝手な理由だろう。それに、それ場所を間違ってんだから」

菊川「だから、タカシの家に集まれって言われて、タカシ、ずっとここに住んでたからここだと思って……」

沖ノ島「ああ、そういうこと。この部屋に前に住んでたのが、そのタカシって奴で、で、タカシの部屋って言われてここに来ちゃったって……」

菊川「だからさっきからそう言ってるのに……」

沖ノ島「言ってないよ。火星人に性別があったらとか、そういうどうでもいいことばっか言って、話の核心から話せよ」

菊川「そんな怒んないで下さいよ」

沖ノ島「だいたい、あんたどうやって入ってきたの?」

菊川「いや、タカシがさ、いつも郵便受けの裏に合鍵をテープでくっつけてたからさ」

沖ノ島「なんだ、そいつ俺とおんなじことしてたのかよ。でもあんたまぬけだな。そのタカシって人、引っ越したんだから、もう他のみんなはタカシ君の新しい家で集まってんじゃないの?」

菊川「マジで? 今からタカシの引越し先探して行っても遅刻しちゃうよ。俺、遅刻しないことだけが取り柄だって子供の頃から誉められてたんだよ」

沖ノ島「しらないよ。っていうか、遅刻しない事だけが取り柄だっていうのは、どちらかというとけなされてるんじゃないのか?」

菊川「そうなの?」

沖ノ島「他に取り柄ないってことでしょ!」

菊川「傷ついた」

沖ノ島「それより、早く出てってくださいよ」

菊川「じゃあ、みんなここには来ないの?」

沖ノ島「来ないのって、俺に聞くなよ。来るわけないでしょう。ここはもうタカシの部屋じゃないんだから」

菊川「マジかよ……どうしよう……」

勢いよくドアが開く音がしてセクシーマーズの衣装を着た生島哲夫(26)が入ってくる。

生島「よお! コージ!久しぶりだなあ!」

沖ノ島「来ちゃったよ! しかもこいつこの格好で……」

菊川「てっちゃん! 来てくれてよかった! やっぱここだよな!」

生島「何が?」

菊川「だから、ツッキーの『オツトメご苦労様パーティー』。ここでやるんだよね」

生島「おう。ここだろう? タカシの部屋だって聞いたぞ」

菊川「ほら。(沖ノ島に)やっぱりここで合ってますよ」

沖ノ島「合ってますじゃない! ここは俺の部屋なの! タカシの部屋じゃないの! あんたら二人とも間違ってんだよ!」

生島「(菊川に)おい、この人誰だよ」

菊川「いや、実はこの人さ……」

菊川、生島を部屋のすみに連れて行き、ヒソヒソ声で話す。何か沖ノ島の悪口を言っている様子。

沖ノ島「なんかメチャメチャ感じ悪いな」

生島、沖ノ島の前に進み出て、

生島「あなたね、お名前は?」

沖ノ島「え……お、沖ノ島ですけど」

生島「私ね、生島っていいます。今、菊川から聞いたんですけど、あなた、ここが自分の部屋だって言ってらっしゃるとか?」

沖ノ島「言ってらっしゃるよ! 俺の部屋なんだから」

生島「本当にあなたの部屋なんですか?」

沖ノ島「本当です」

生島「証拠は?」

沖ノ島「証拠?」

生島「いやね、私とここにいる菊川は、花沢タカシの部屋で『オツトメご苦労様パーティー』をやるって聞いてここにやってきたわけですよ」

菊川「そう。確かにそう聞いたもん」

生島「あ、『オツトメご苦労様』っていうのは、僕らの高校時代の友人の月岡勝が刑務所から出てきたから……」

沖ノ島「その説明はいいですよ」

生島「ああ、じゃあ、『セクシーマーズ』っていうのは、もしもセクシーな女性の火星人がいたらっていうテーマで……」

沖ノ島「そっちの説明はもっといらないです」

生島「そうか……まあ、とにかく、私も菊川も花沢タカシが引っ越したって話は聞いたことが無い。つまり、花沢は引っ越していない。とすると、ここは花沢の部屋であり、あなたはうそをついてる可能性がある」

沖ノ島、棚の中からアルバムを取り出して、生島の前に放り投げる。

沖ノ島「アルバム! 俺の写真があるだろ! 俺のアルバムがあるってことは俺の部屋ってことだろ!」

生島と菊川、アルバムをめくって、

生島「(驚いて)これは……」

沖ノ島「え……なんか……」

生島「あなた……中学の時、七三わけだったんですか?」

沖ノ島、アルバムを取り上げて、

沖ノ島「うるさいよ! 人の勝手だろう! とにかく俺の部屋だってことがわかったんだから、さっさと出て行ってくれよ!」

菊川「おかしいよなあ……」

生島「そんなはずないんだけどなあ……」

沖ノ島「早く出てけって」

生島「ちょっと、電話してみようよ。タカシによ」

菊川「ああ、そうだよ」

生島、携帯を取り出して電話をする。

沖ノ島「はじめから電話すりゃいいんだよ」

生島「(電話に)ああ、タカシ、お前さ、今日ツッキーの『オツトメご苦労様パーティー』お前んちでやるっていってたよなあ」

セクシーマーズの衣装を着た花沢タカシ(26)が携帯を持って電話をしながら入ってくる。

花沢「おお、言ってた、言ってた。もうみんな来てるの?」

沖ノ島「だからなんでここに来るんだよ!」

生島「なんだよ、もう来てたのかよ」

菊川「タカシ、久しぶり」

花沢「お久しブリノテリヤキ!」

生島と菊川、爆笑する。

沖ノ島はきょとんとしている。

花沢「みなさん、お久しブリノテリヤキ!」

生島と菊川、更に爆笑。

沖ノ島「……」

花沢「(松田優作風に)ナンジャコリャ!」

生島と菊川、またしても爆笑。

沖ノ島「あのさ……」

花沢「ナンジャコリャ!」

生島と菊川、笑いが止まらない。

沖ノ島「何が面白いのか全然わからない」

菊川「ヒイ……ヒイ……なんで笑わないの? こんなに面白いのに」

沖ノ島「いや、全然面白さ、伝わってこない」

生島「3年の時の古文の矢島先生の口癖。そっくりなんだよ」

沖ノ島「分かるわけないだろ!」

花沢「あ、もう少し説明しとくと、『ナンジャコリャ』の時は、あの、インド料理のナンってあるじゃん。あれを懐から取り出して『ナンじゃこりゃ!』ってやるわけよ」

沖ノ島「あり得ない! そのギャグを言うためにナンを持ち歩いてんの?」

菊川「そう。ちょっと変わった先生なんだよ」

沖ノ島「変わりすぎだよ」

生島「あ、そうだ、(花沢に)お前、お前んちでパーティーやるって、ここじゃないのかよ?」

花沢「え? なんで? ここじゃないの?」

沖ノ島「何寝ぼけたこと言ってんだよ」

生島「お前、引っ越した?」

花沢「引っ越したよ」

生島「……引っ越したよって、お前……」

菊川「じゃあ、今、どこに住んでんの?」

花沢「え、高円寺の方だけど……」

生島「だったら、今、ここには住んでないんだな!」

花沢「住んでないよ」

生島「……」

菊川「……」

生島「だったら、何でツッキーの『オツトメご苦労様パーティー』をここでやるんだ?」

花沢「知らないよ。俺が言い出したんじゃないもん」

生島「俺が言い出したんじゃないって……」

花沢「コージが言い出したんじゃなかったっけ?」

菊川「俺?」

花沢「俺がさ、ツッキーが刑務所から出てくるからパーティーやろうって言ったらさ、お前が言ったんだぞ。中野のアパートでまた昔みたいに集まろうって」

菊川「あ、言った。確かに言ったよ」

花沢「中野のアパートって前に俺が住んでたとこかって聞いたら、そうだって言うから……」

菊川「ああ、そうか。ごめん、ごめん、俺タカシが引っ越したって知らなかったから」

生島「なるほどね。納得いった」

沖ノ島「納得するな! あんたら全員バカだろ? (菊川に)『前に俺が住んでた』ってこいつが言った時点で引っ越したって気付けよ!」

菊川「まあ、今になって思えば……」

沖ノ島「(花沢に)あんたも、自分が前に住んでた部屋に集まるって聞いて、じゃあ今誰が住んでるのかって確認しろよ!」

花沢、不満げな顔で沖ノ島を睨み付ける。

沖ノ島「何だよその顔は! 文句あるのかよ」

花沢「(ふてくされた言い方で)別にありません」

沖ノ島「めちゃめちゃむかついた! もう、お前らみんな出てけよ!俺は忙しいんだから!」

沖ノ島、花沢達を追い出そうとする。

菊川「あああ……でもまだツッキーが来てないから……」

沖ノ島「知るかよ! 早く、消えろ! 早くしないと警察ほんとに呼ぶぞ!」

生島「そんなに怒ると七三が乱れますよ」

沖ノ島「今は七三じゃねえよ! 早く出てけって!」

沖ノ島、置いてあったバットで花沢の尻を叩く。

花沢「いて!」

花沢、生島、菊川、部屋から逃げ出す。

沖ノ島「はあ……」

沖ノ島、本棚から六法全書、参考書などをとりだし、机に向かう。

沖ノ島「またペース狂っちゃったよ。何が『オツトメご苦労様パーティー』だよ」

沖ノ島、六法全書をぶつぶつと声に出して読み始める。

ドアの外から菊川達の声が聞こえてくる。

生島の声「ツッキー7時に来るって言ってたんだろ?」

菊川の声「うん。遅いね」

花沢の声「なんかさ、この格好で外で待ってるの恥ずかしくない?」

菊川の声「でも家からその格好で来たんだろう?」

生島の声「俺も今気づいたんだけど、この格好、メチャメチャ恥ずかしいぞ」

菊川の声「今気づいたんだ……」

花沢の声「やっぱり恥ずかしいね。通りがかりの人がみんな見てるもん」

生島の声「てめえ、何見てんだよ! ペッ!」

菊川の声「お年寄りにつばを吐きかけるのはやめなよ」

沖ノ島、六法全書をバタンと閉じて、

沖ノ島「あいつら、いつまでうちの前にいるつもりなんだよ」

花沢の声「やっぱさ、外で待つの恥ずかしいから家に入れてもらおうよ」

生島の声「入れてくれるわけないだろう。さっきの奴、めちゃめちゃ性格悪そうだったじゃん。中学の時頭七三に分けてるような奴なんだぞ」

花沢の声「あ、じゃあさ、誰かがおなか痛くなったから部屋で休ませてくれって言ってみたら?」

生島の声「なんかなあ……まあ、うまくいくかどうかわからんけどやってみるか。コージ、お前やれよ。急に腹が痛くなったから、部屋の中で休ませてくださいって……」

菊川の声「ええ……俺? 演技力自信ないなあ……」

生島の声「いいから、だめもとでやってみろよ」

菊川の声「ええ……じゃあ、ちょっと、一回やってみるね」

ドアをノックする音。

菊川の声「すみません……ちょっと、おなかが急に痛くなったで、部屋の中で休ませてもらえませんか?」

沖ノ島「さっきから全部まる聞こえなんだよ! おまえらずっと外でバカさらしとけ!」

菊川の声「ごめんなさあい。ほら、失敗した」

生島の声「なんだよ。聞こえてんなら聞こえてるって言ってくれりゃいいのによ」

菊川の声「俺の演技力に問題あったかな?」

花沢の声「大丈夫だよ。コージが悪いんじゃないよ。コージの演技力はなかなかだったよ。ただ、失敗だったのは、俺らの会話、はじめっから全部聞こえてたことだね」

沖ノ島「あいつら本物のバカだな」

沖ノ島、再び六法全書を広げる。

沖ノ島「バカに付き合ってるほど、暇じゃないんだってのに……」

沖ノ島、六法全書をぶつぶつと声に出して読む。

生島の声「しかしよ……コージ、お前さ、女装してみると結構かわいいよな」

菊川の声「やだな、へんな事いうなよ」

花沢の声「俺も思ってたんだよな。コージ、その辺の本物の女よりそそられるよ」

生島の声「いや、マジで、かわいいよ。ちょっとさ、スカートちらっとめくってみて」

菊川の声「こんな感じ?」

生島・花沢の声「うわああ! そそられる!」

沖ノ島「あいつら、何やってんだ?」

生島の声「コージ、ちょっとさ……一回でいいからキスさせて。だめか?」

菊川の声「え……ここでか?」

沖ノ島、外の様子が気になり、少しずつドアに近づいていく。

生島の声「たのむ……オッパイも、オッパイもいいだろ?」

菊川の声「え……ここでか?」

花沢の声「てっちゃん、ずるいよ。てっちゃんばっかりそんなことして、俺にもやらせてくれよ」

沖ノ島「な……何やってるんだ? ひとんちの前で……」

菊川と生島、花沢のあえぎ声が聞こえてくる。

沖ノ島が鍵を開けて、そっと外を覗いた瞬間、突然、生島、菊川、花沢が押し入ってくる。

沖ノ島「な、なんなんだよ!」

生島「どうだ、まいったか! 名づけて『男同士でいやらしいことをしてると見せかけて、沖ノ島君が覗こうと思ってドアをそっと開けた瞬間に部屋の中に入り込む作戦』だ」

沖ノ島「バカの作戦にまんまとひっかかってしまった。めちゃめちゃ悔しい!」

花沢「ツッキーが来るまでの間だけここで待たせてよ」

沖ノ島「場所が変更になったって電話すりゃいいだろう」

菊川「そうだ、テレフォンすりゃいいんだ」

生島「馬鹿だな。昨日懲役から帰ってきたばっかなんだぞ」

菊川「そうか、携帯なんか持ってるわけないか」

花沢「その通りだ。だいたいあいつ、携帯がこんなに普及してるなんて知らなくてびっくりしてるだろうな」

生島「だから、ツッキーに電話しろなんて無理な話だ」

花沢「そうだよ。誰だ、電話しろなんて言ったバカな奴は?」

菊川「俺じゃないよ!最初に言い出したのは……」

菊川、沖ノ島を横目で見る。

花沢と生島も沖ノ島を横目で見る。

沖ノ島「いやな感じだなあ! お前らほんと、頭くる」

沖ノ島、バットを握り締める。

生島「まあまあ、そうカッカしないで。誰にだって間違いはあるんだから」

沖ノ島「余計腹が立つ!」

菊川「あんまり怒ってばっかりいると早死にするらしいよ」

花沢「ことわざにもあるもんね。『怒ってばっかりいる人は早死にする』って」

沖ノ島「そのまま言ってるだけじゃん」

生島「とにかく、こうやって知り合ったのも何かの縁なんだから」

沖ノ島「あんたらに何の縁も感じないよ」

花沢「沖ノ島さんも仲間に入れてあげるよ。僕ら同級生の仲間に」

菊川「そうだよ。今だけ僕らの同級生って事にしてあげるよ」

沖ノ島「同級生って事にしてあげるって……めちゃめちゃ上から物言ってないか?俺はね、そいう同級生の集まりとか、だいっ嫌いなの!」

生島「なんでよ?」

沖ノ島「そんな風にさ、昔を懐かしんだりしてなんになるんだよ!」

菊川「なんになるって言われてもねえ……」

沖ノ島「俺にはね後ろを振り返ってる暇なんかないの。『あの頃はよかった』とか『あの頃に戻りたい』とか、そういう後ろ向きな生き方はしたくないんだよ」

生島「……」

花沢「……」

菊川「……」

花沢「なんか感動した」

菊川「俺も」

生島「何だよ。だったら俺ら後ろを振り返ってるだけの非生産的な人間みたいじゃんかよ」

菊川「ある程度あたってるかな」

生島「認めるなよ!」

菊川「ごめん。だけど、俺、将来の事とかなんにも考えてない。会社でも電卓はじいて、その日しなくちゃなんない事をこなしてるだけ」

生島「……タカシは?タカシはいろいろ将来の事考えてるだろう?(沖ノ島に)タカシな、和菓子屋に勤めてるんだよ。しぶいだろ」

沖ノ島「別に和菓子屋を悪くいうつもりは無いけどさ、でも前向きな仕事とは言えないんじゃないの? この先需要が伸びるとも思えないでしょ」

生島「バカ。和菓子屋だっていろいろ前向きに頑張ってるんだよ! 苺大福みたいなさ、新しい和菓子を開発したりしてるんだよ。なあ、タカシ」

花沢「開発してない。うちは羊羹とか、昔からあるもんしか作ってないもん」

生島「(言葉につまって)うう……。だけど、だけど、新しい得意先を開拓したりして、前向きに営業努力をしてるんだろう?」

花沢「全然してない。店売りと、あと昔から決まってるデパートに卸してるだけで」

生島、花沢の尻を蹴る。

生島「前向きに営業しろよ! そして、苺大福みたいなの開発しろよ!」

花沢「そんなこと言ったって……」

菊川「でも、てっちゃんは前向きだろ。なんたって店長さんなんだから」

沖ノ島「へえ。何の?」

生島「レンタルショップびで男君。まあ、そんな大きい店じゃないよ。まあ、カンフー映画が充実してるってマニアの間で評判なんだけどな」

花沢「『酔拳』が5本あっても仕方ないんだけどね」

生島「あ、『びで男君』の『お』は男って書いてさ」

沖ノ島「説明しなくていいよ。べたな名前なんだから。レンタルビデオ屋なんていつまで続くかわかんない商売じゃんかよ」

生島「そう言うと思った。けどな、俺はちゃんと先見の明があるんだよ。前向きに商売してんの!これからはDVDの時代だと思ってな。(威張って)先月から『レンタルショップびで男君』では、DVDレンタルを始めました!」

沖ノ島「威張って言うほど先取りしてないぞ。それに、映画なんてそのうちネット配信になるんじゃないの? そしたらレンタル屋なんかいらなくなるだろ? そういうことも考えてんの?」

生島、返す言葉が見つからず、

生島「チクショウ!」

生島、花沢の尻をける。

花沢「なぜ俺を蹴るの?」

菊川「やっぱ、沖ノ島君にはかなわないんだよ。沖ノ島君は前向き人間だ。ポジティブ人間だよ。ポジティブシンキングのポジティブピーポーだよ」

花沢「こんな話を思い出した。人間の目が前についてるのはどうしてか知ってる?」

菊川「知らない」

花沢「前へ前へと進むためだって……」

生島「それ、『ドラえもん』からの引用だな。『ジーンマイク』の回でのび太がテストで0点とった時に先生が言うんだよな」

沖ノ島「とにかく、あんたらの同窓会には付き合えない。だいたい同窓会なんか出席したことないよ。そのツッキーって奴が来るまでいてもいいから勉強の邪魔しないでくれよ。その格好で俺の部屋の前にずっと立ってられても、へんなうわさになったら困るからな」

菊川「ほんとう? やった!」

花沢「じゃあ、さっそく『セクシーマーズ』の練習、始めるか」

生島「おう、やるか! ミュージックスタート! ワン、ツー、スリー、フォー!」

菊川、生島、花沢、奇妙な踊りを踊りだす。

沖ノ島「だから、邪魔するなって言ってるんだよ!」

菊川「でも……セクシーマーズ踊るの久しぶりだから、」

花沢「そう、カンを取り戻したいっていうか……」

沖ノ島「だったら公園にでもいってやれ!」

花沢「また、そうやってすぐ怒るんだから」

生島「わかったよ。ツッキーが来るまでおとなしくしてるからさ……」

沖ノ島「うるさくしたらほんとに警察呼ぶからな」

生島、花沢、菊川、しゅんとする。

沖ノ島は六法全書をぶつぶつ唱える。

花沢が、そっと六法全書を覗きこむ。

沖ノ島「ちょっと……」

花沢「あ、いや、何勉強してるのかなって」

生島「司法試験か」

花沢「え! 司法試験って、弁護士とか?」

沖ノ島「そうだけど」

花沢「司法試験って、めちゃめちゃ難しいんだろう?」

沖ノ島「そうだけど」

花沢「すげえな。俺らとは別世界の人だったんだな」

菊川「司法試験って、頭いいやつがよっぽど勉強しないと受かんないだぞ」

沖ノ島「そんなことあんたに言われなくても知ってるよ。だから勉強してんだろう!あんたらみたいに昔の同級生と遊んだりする暇はないんだよ」

花沢「沖ノ島君は検事になるんでしょう?」

沖ノ島「え? なんでだよ?」

花沢「あ、いや……なんでってことは」

沖ノ島「何だよ。はっきり言えよ何で俺が検事になると思うんだよ」

花沢「いや、別になんとなくそうかなぁって」

沖ノ島「ふん……。どうせあんたら、弁護士と検事の違いも分かってないんだろう」

生島「検事の方がいやな奴だからだよ!」

沖ノ島「な、なんだ?」

菊川「そうだよ。絶対。ツッキーの裁判の時さ、検事はさ、ツッキーの事よく知りもしないくせに悪口ばっかいってさ。それに比べて弁護士はツッキーのことかばってくれて、なんていうの?ああいうの……ああ、そう、弁護してくれた!」

沖ノ島「弁護するから弁護士なの! それが仕事なの! 検事だって、悪口いうのが仕事なんだよ!」

生島「で、沖ノ島君はどっちになるんだよ?」

沖ノ島「検事……かな」

生島・花沢・菊川「……」

生島「やっぱりだよ」

花沢「あのね、沖ノ島君が検事になる前に言っておくけど、生まれながらに悪い人はいないんだよ」

沖ノ島「そんなの……」

菊川「犯罪者にもなにかしら犯罪を犯す理由があるんだから。ちゃんと弁護してあげなきゃ」

沖ノ島「全員で弁護してどうすんだよ。最近の流れとしては被害者の人権とか、被害者の感情とかをもっと大事にしろって風になってきてんの。あんたら言う事が時代遅れなんだよ」

生島「だったら、あんたは被害者の為に検事になるって?」

沖ノ島「別に」

生島「別にって何だよ」

沖ノ島「別にそんなんじゃないって」

生島「じゃあ、どんなんだよ」

沖ノ島「司法試験っていうハードルをクリアしたいだけだよ。目標もって生きてたいだけだよ」

花沢「かっこいい……」

菊川「うん、かっこいい」

生島「そうか? そんなの別にかっこよくはないだろう」

菊川「うん、かっこよくないよ。全然」

生島「あんたさ、中学とか高校のころから友達いなかっただろ?」

沖ノ島「な、なんだよ」

生島「昔から勉強ばっかして、友達とかいなかったんだろうって」

沖ノ島「いるよ! 何言ってるんだよ。いるに決まってるだろ! 親友が! 高校時代の同級生が親友なんだよ」

菊川「へえ。どんなひと? 沖ノ島君の親友って」

沖ノ島「……どんな人って……別にそんな……」

花沢「やっぱさ、親友ってのはいいもんだよね。特に俺たちみたいにさ、高校時代からの親友ってのはさ」

菊川「(沖ノ島に)俺たちさ、高校時代、毎日のようにこの部屋に集まってたんだよ」

生島「この部屋来ると、いろんなこと思い出すよな」

花沢「この部屋には俺らの思い出がいっぱいつまってるんだよ」

沖ノ島「ひとんちで勝手に思い出にひたってんじゃないよ」

菊川「高校生のくせにみんなで酒持ち寄ってさ」

生島「飲んだら絶対タカシがつぶれるんだよな」

菊川「そうそう。学園祭の打ち上げの時もさ、べろべろになって(沖ノ島が座っている所を指差して)そこに吐いたんだよな」

生島「吐いた、吐いた」

沖ノ島、いやな顔をして座る位置を変える。

花沢「そうだったっけ」

生島「これだよ。こいつ絶対覚えてねえんだよ。こっちはおめえのゲロを掃除してやってるって言うのによ」

菊川「卒業式の時もべろべろになってさ、そこに吐いたんだよね」

菊川、沖ノ島が座りなおした場所を指差す。

沖ノ島「もう、きたねえな! あんたらの思い出は、ゲロばっかかよ」

沖ノ島、再びべつの場所に座りなおす。

生島「飲んだら、だいたい女の話ばっかしてたよな」

菊川「そうそう。今晩のオカズにさ、クラスの女子の誰を使うかでいっつもじゃんけんしてたよね」

花沢「クラス委員のさ、井上道子が一番人気で」

菊川「みんなで取り合ってたよな」

生島「『今日は俺が井上をオカズにするんだ』ってよ。今考えたら、別にオカズにするの、一名様限りってわけじゃないんだから、井上がよければみんな井上にすればよかったんだけどな」

花沢「でも、なんかやじゃん」

菊川「うん、やだよね」

花沢「なんか3Pとか4Pしてるみたいでさ」

菊川「でも、ツッキーは絶対言わなかったよな。誰をオカズにしたいとかってさ。一回も言ったことないんじゃない?」

生島「あいつは古沢一筋だったからな」

花沢「古沢って? 古沢志保?」

菊川「なんだよ。知らなかったのかよ。鈍感だな」

生島「そういえば、タカシも女にふられたことあったよな。山崎聡子だったっけ」

花沢「わああ! その話はやめてよ!」

生島「なんでだよ。いいじゃんか、今となっては若かりし頃のいい思い出だろ」

菊川「まあ、確かにふられかたがひどいもんな」

生島と菊川、こらえきれず笑い出す。

花沢「なんだよ! 笑うなよ」

菊川「(聡子の真似をして)花沢君、私、花沢君ってとってもいい人だと思うの。だけど、悪く思わないでね、私、においのくさい人はどうしてもダメなの」

生島「言葉を選んでるのか選んでないのかどっちなんだよな」

菊川と生島、爆笑する。

花沢「笑うなよ! トラウマなんだから! 俺、あの日から毎日、日に3回歯磨きして、香水とかもつけるようになったんだぞ」

生島「(沖ノ島に)あ、それでさ、こいつ、その子にふられて、ショックでヤケザケして、ぐでんぐでんに酔っ払ってさ、そこで……(沖ノ島が座りなおした場所を指差して)」

沖ノ島「またゲロはいたのかよ!」

生島「いや、ウンコもらした」

沖ノ島「ウンコかよ!」

菊川、時計を見る。時計は7時を回っている。

菊川「ツッキー遅いな」

花沢「うん、なんかあったのかな」

生島「そうだ、いいこと思いついた」

菊川「何、何?」

生島「呼んでやろうよ。古沢をさ」

菊川「え、今から?」

生島「おう。俺、電話知ってるからよ。呼んでみるよ。あいつだってツッキーが来るって言ったら懐かしがって来るっていうだろ」

生島、携帯を取り出し、電話をする。

菊川「ツッキー、びっくりするだろうな」

生島「(電話に)よお、古沢? 俺、生島。久しぶりだな。おお……元気、元気。お前は?……ああ、そうか……ほお……よかったじゃんか。あ、そんでよ、今、コージ達と集まってんだけど、お前も来ない?ツッキーも来るんだよ。……本当だよ。出てきたんだよ。お前も今からこっちに来いよ? ここ? ちょっと待って」

生島、受話器を耳から外し、沖ノ島に、

生島「ねえ、ここ住所は?」

沖ノ島「中野2の7の5……」

生島「(電話に)中野の、2の7の5。うん。205号室」

沖ノ島「やっぱ、俺の部屋に呼ぶんだ……」

生島「(電話に)うん……ほんじゃな。待ってるぞ」

菊川「ツッキーさ、古沢の事、マジだったよね」

花沢「そうだったんだ」

菊川「全然、気づかなかったのかよ?」

花沢「うん」

生島「今気づいたんだけどさ」

菊川「何?」

生島「ツッキーってさ、童貞なんだろうな」

花沢「マジで?」

生島「そりゃそうだろう。18からずっと塀の中だったんだから。18までにすましたって話は聞かなかったからなあ」

菊川「10代後半から20代前半って、女のことで頭がいっぱいの時期だろ? そんな時に男ばっかりの所に閉じ込められてたんだもんな」

花沢「つらかっただろうな……」

生島「俺だったら頭おかしくなるよ」

菊川「古沢の事、ずっと考えてたんだろうな。会いたい、会いたいって思ってたんだろうな」

花沢「8年だもんな」

生島「長いよな」

沖ノ島「なあ、そのツッキーってさ、なんで刑務所に入ってたの?」

生島、花沢、菊川、顔を見合わせる。

生島「殺したんだよ」

沖ノ島「え?」

生島「人を殺したんだよ。高校の時の担任をナイフで……」

沖ノ島、驚く。

 

<暗転>

 

○アパート・沖ノ島の部屋・中(夜)

ダンスミュージックが流れる。生島、花沢、菊川、沖ノ島、テレビ画面を見ている。

テレビ画面にはセクシーマーズの学園祭の時の録画が流れている様子。

花沢、菊川、音楽に合わせて思わず体が動き出す。

沖ノ島は無表情。

音楽が終わると、まばらな拍手が聞こえる。

花沢「何度みてもいいよな。このビデオ」

生島「みんな若いよな」

沖ノ島「あの右端の人がツッキーだろ?」

生島「そうだよ」

沖ノ島「あの人だけなんかケツんとこについてたね」

花沢「ツッキーさ、火星人だったら絶対シッポがあるはずだっていって聞かないんだよ」

生島「そんなもんあるわけないって言ってんのにな」

菊川「火星人にシッポがあるか無いかでてっちゃんと喧嘩になってね」

沖ノ島「くだらない喧嘩……」

花沢「ツッキー、意固地になっちゃってさ、自分だけお尻にシッポつけちゃったんだよ」

菊川「久しぶりにみたな。このビデオ」

花沢「え、なんだよ。俺なんか毎晩見てるぞ」

生島「毎晩?」

菊川「え、このビデオを毎晩見てるの?」

花沢「うん。毎晩。なんかこのビデオを見たら、気持ちよく寝られるんだよな」

菊川「ふうん……」

沖ノ島「しかしさ、学園祭で大うけだったって誰か言ってたよね」

菊川「大うけだっただろ? 今ビデオではちょっと伝わりにくかったかもしれないけど……」

沖ノ島「なんか拍手、まばらだったよね」

菊川「なんだよ。俺らのメモリーにけちつけるのかよ」

沖ノ島「思い出っていつの間にか美化しちゃうもんなんだよな」

花沢「この人くやしいんだよ。自分にはこんないい思い出がないから」

沖ノ島「ふざけんなよ。こんなくだらない思い出。こんなんにすがって生きてるようなのってみっともないって言ってるんだよ」

生島「やっぱりあんた絶対友達いなかったんだよ。だって七三だったんだぜ」

沖ノ島「七三、七三、言うな!」

生島「だって七三だったじゃん」

沖ノ島「俺はね、未来に向かって生きてんだよ。思い出話とかするのってダサいよ。『あの頃はよかった』とか言ってさ」

花沢「まあ、検事になるんだもんね」

菊川「そりゃ、昔のこと考えるより未来のこと考えるほうが楽しいだろうね。俺もそういうのがあればなあ……」

生島「なんだよ。お前ら負けを認めるような事いいやがって。こいつ絶対友達いなかったんだよ。」

沖ノ島「いるよ! いるの!」

生島「ほんとかよ。友達いなくて思い出もないから俺らが思い出話で盛り上がってるのが面白くないんだよ」

沖ノ島「んなわけないだろう!」

生島「だったらあんたの親友今から呼べよ。その高校の時の親友をさ」

沖ノ島「なんでそんな事しなくちゃなんないんだよ」

花沢「いいじゃん、それ。沖ノ島君の友達も呼んでみんなで盛り上がろうよ」

沖ノ島「だからそういうのは嫌いなんだって」

菊川「あ、やっぱ、友達いないんだ。高校時代の親友ってうそなんじゃないの?」

沖ノ島「うそじゃねえよ!」

生島「だったらいまから電話してみろよ。親友なんだろ?」

花沢、勝手に本棚からアルバムを取り出す。

花沢「ねえ、ねえ、どの人、沖ノ島君の親友って」

沖ノ島「勝手にアルバム出してくんな!」

菊川と、生島、アルバムを覗き込む。

生島「こいつだろ。沖ノ島君と肩組んでんじゃん」

菊川「うわああ、なんかホモっぽいね」

花沢「ほんと。絶対男が好きって顔してるね」

菊川「目つきが違うもんね。沖ノ島君と肩組んで目がトローンとしてるよ」

生島「沖ノ島君、惚れられてたんじゃねえの?」

菊川「ねえ、やっぱ呼んでみてよ。この人今どんな風になってるのか見てみたいよ」

花沢「ニューハーフになって現れたりしてね」

生島「別に俺ら同性愛者に偏見はないからよ。親友なんだったら呼んでくれていいよ」

沖ノ島「(激しい口調で)こいつのこと馬鹿にするんな!」

沖ノ島が急に語気を荒げたので、生島たち驚く。

花沢「……」

菊川「……」

生島「じょ、冗談だよ」

沖ノ島「(怒りの口調で)呼べばいいんだろ」

沖ノ島、電話の受話器を上げる。

菊川「あ、別に無理に呼ばなくていいよ」

生島「おい、おこんなよ」

花沢「みんな、沖ノ島君の親友の事、ホモ呼ばわりして悪いよ。沖ノ島君怒っちゃっただろ」

菊川「お前も言ってただろ」

沖ノ島「別に無理に呼ぶわけじゃないよ。親友なんだから」

菊川「そ……そうなんだ」

花沢「あ、だったら声も聞かせてよ。スピーカーのボタンは……」

花沢、電話のスピーカーボタンを押す。

菊川「やめろよそんなの」

沖ノ島「いい。みんなにも聞かせてやるよ。俺の親友の声を。俺だって親友がいるんだよ」

菊川、アルバムに書いてある電話番号に電話をする。

沖ノ島「(電話に)……あ……夏雄?あ……俺……わかる? 沖ノ島」

電話のスピーカーから東原夏雄(26)の声が聞こえる。

東原の声「沖ノ島君?……沖ノ島君なの? ど、どうしたの急に……」

沖ノ島「いや、どうしてるかなあと思って……」

東原の声「うれしい……。沖ノ島君が私の事考えてくれてたなんて……。沖ノ島君はもう二度と私と口聞いてくれないと思ってたから……」

沖ノ島「な、なんでだよ」

東原の声「あの時の事……クラス全員の前であんなこと言っちゃったから……」

沖ノ島「あ、いや……」

東原の声「いいの。しかたないよ。沖ノ島君まで私と同類だと思われたらいい迷惑だもんね」

沖ノ島「いや……迷惑ってわけじゃ……」

東原の声「今、どうしてるの? 仕事とか」

沖ノ島「今は司法浪人ってやつ」

東原の声「司法浪人って……弁護士とかになるの」

沖ノ島「うん、まあ、なれればいいなと思って。そっちは? 何してるの?」

東原の声「何もしてない」

沖ノ島「何も?」

東原の声「先月、会社辞めてね」

沖ノ島「え、なんで?」

東原の声「いろいろあってね」

沖ノ島「そうか……」

東原の声「私、ずっと沖ノ島君のこと考えてたの。私、私……」

生島達は声をひそめて聞いている。

東原の声「私、沖ノ島君のことが……沖ノ島君のことが……」

沖ノ島、突然電話を切る。

全員しばらく無言。

生島「……なんだよ。なんで切っちゃうんだよ」

菊川「……ハハハ……あ、あぶなかった。もう少しでコクられちゃうとこだったね」

生島「やばいな……」

菊川「でも、あんな切り方して悪いよ」

花沢「ああいう人は傷つきやすいんだから。やさしくしてあげないと」

菊川「そうだよ。男同士で愛し合うのは、悪い事じゃないんだよ」

生島「ハハハ……決して悪い事じゃないぞ! 俺ら応援するからよ。もう一回電話して、電話切ったことを謝って、そんで、二人で幸せになってくれよ」

花沢「うわあ……なんかすごいなあ……」

沖ノ島「(語気を荒げて)うるさい! 愛し合うってなんだよ! 誰が愛し合ってるんだよ!何が純愛なんだよ!」

生島「冗談だよ。決まってるだろ」

沖ノ島「俺、やっぱ友達なんかいないわ」

花沢「え、だって……」

沖ノ島「友達なんか俺には必要ないんだよ。あんたらが昔の友達がどうのってうるさく言うから、なんか俺にも親友がいたような気がしたけど、やっぱ違うわ」

菊川「でも、たったひとりの親友だったんでしょう?」

沖ノ島「親友なんかいないの!」

花沢「だけど……」

沖ノ島「あいつは、昔の親友だよ。昔の親友ってことは今は違うってことだろ?」

全員しばらく無言。

花沢「(話を逸らすように)ああ、そういえば、ツッキーまだ来ないね。何やってんだろ?」

生島「ほんと、なにやってんだ」

時計を見ると7時30分。

全員しばらく無言。

菊川「なんかさ……ツッキー、こないんじゃないかなって……」

花沢「え? どうして? どうしてそんなこと言うんだよ」

生島「俺もそんな気がしてきた」

花沢「何だよ?てっちゃんまで……」

生島「誰もがさ、みんな昔の友達と会いたいと思ってるわけじゃねえんだなって……」

菊川「昔の友達のことは忘れてしまいたいって事もあるんだろうね」

花沢「そんな、そんなわけないだろ! ツッキーは、俺たちにずっと会いたいと思ってたに決まってるよ」

生島「どうしてそんなこと分かるんだよ?」

花沢「どうしてって……」

生島「お前、あいつの気持ちがどれだけ分かってるんだよ」

花沢「どれだけって……。だって俺たち、昔はいっつも一緒にいたんだよ」

生島「俺は正直あいつの気持ちは全然わかんねえよ」

花沢「てっちゃん……」

生島「お前らだってそうだろう? わかるわけねえよ。俺らに何も言ってくれなかったんだもん」

菊川「そうだよ。ツッキーがなんで中谷先生の事、殺したいほど憎んでたのか、結局何にもわかんなかった。裁判でも、ただ『むかついてた』っていうだけで……」

花沢「それは……」

生島「もともとツッキーは、俺らのこと友達だと思ってなかったんじゃねえのか?」

花沢「そんなことないよ。そんなこというなよ!」

生島「友達だったら相談とかするだろ? 中谷のことが殺したいほど憎いんだって。俺はあいつが中谷のことを嫌ってるってことすら知らなかったよ」

菊川「俺もだな……」

生島「あいつにとって俺らは忘れたい過去なんじゃないのか?」

花沢「どうして? どうして俺らのことを忘れたいの? 一番仲よかったんだよ! 俺らがツッキーの一番の親友だって、クラスの他の奴らもそう思ってたよ。だから、だから、ツッキーは刑務所出たら、一番に俺らに会いたいと思ってるに決まって……」

沖ノ島「俺は、忘れたかったよ!」

花沢、生島、菊川、一瞬無言。

花沢「おい、何言ってんだよ。沖ノ島君は関係ないだろ。今は俺らの高校時代の友達の話を……」

沖ノ島「俺はさ、高校時代の親友のことを忘れたかった」

生島「……さっきの?」

沖ノ島「俺、高校時代、あいつといつも一緒にいたんだ。あいつは、高校時代の……じゃないな。俺の26年の中でだな……。友達っていう感じって、あいつくらいなんだよな」

花沢「なんで? なんで友達のこと忘れたいって?」

沖ノ島「あいつ、ちょっと変わった奴だったんだよな。カミングアウトしちゃったのよ。クラス全員の前で。『私は体は男だけど、心は女です』って……。『だから、今日から女として生きます』」

花沢「……」

菊川「……で、どうしたの?」

沖ノ島「その日から俺、そいつと一言も口きかなくなった」

菊川「いつも一緒にいたから、自分も同類だって思われたくなかった?」

生島「で、いっそのこと忘れてしまいたいってことか」

沖ノ島「違うよ。確かに初め、口をきかなくなったのはさ、『ホモダチ』だ、とか言われるのがいやだったからだよ。だけど、あいつのことを忘れたいって思うのは、俺があいつのことを裏切ったからだろうな。あいつ、親友の俺だけは自分のありのままを受け入れてくれるかもしれないと思ってたんじゃないかなって……。で、俺はみごとにそれを裏切ったんだって事にある時気づいてさ……。なんかつらいから……いっそのこと忘れたいなあって、いっつも……」

生島「……」

菊川「……」

花沢「……」

生島、セクシーマーズの衣装を脱ぎ始める。

生島「……なんかアホらしくなってきた。俺らなんでこんなカッコしてんだ?俺らの事を忘れたいと思ってる奴の為によ」

花沢「いや、今のは沖ノ島君の話で、ツッキーはどう思ってるのか……」

菊川「俺らの顔見たら、いろいろ思い出したくないこと思い出すんじゃないの?」

花沢「中谷のこととか? なんか……よくわかんないけど……ツッキーが俺らに会いたく ないんだったら、無理に誘わないほうがいいんだろうね」

菊川「ツッキーはさ、俺らのことも、全部、昔のことを忘れて、一からやり直したいんだろうね」

花沢「わかんない。なんか、全然わかんないや」

生島、セクシーマーズの衣装を床に投げつける。

生島「俺、帰るわ」

花沢「てっちゃん……」

菊川「俺も……」

生島「(沖ノ島に)なんか、悪かったね」

花沢「勉強、頑張ってね」

沖ノ島「……」

生島「……じゃあ」

生島、花沢、部屋を出て行く。

花沢「ちょっと、待ってよ……俺も行くから」

花沢、セクシーマーズの衣装の上からシャツを羽織って、出口に向かう。

花沢「(沖ノ島に)おじゃましちゃってごめんね。久しぶりにこの部屋にはいれてうれしかった」

沖ノ島「ああ」

花沢、部屋を出ようとして、引き返す。

花沢「あ、そうだ、一つ言い忘れてたけど、この部屋、お婆さんの幽霊が時々出るよ」

花沢、部屋を出て行く。

沖ノ島「最後にいやなこと言い残していくなよ」

 

〈暗転〉

 

○アパート・沖ノ島の部屋・中(夜)

時計は12時をさしている。

沖ノ島、机に向かって勉強している。

沖ノ島「だめだ……集中できない。あいつらのせいでなんか調子狂っちゃったよ」

六法全書を閉じて、

沖ノ島「ちょっと休憩。息抜きしないとな」

テレビをつける。

アナウンサーの声「(テレビの音声)早速お話を伺っていきたいんですが、テレビをごらんのみなさん、断っておきますけど、本当にこわい話ですから今晩眠れなくなるかもしれませんけど覚悟してくださいね。それではお願いします」

男の声「(テレビの音声)これは、友達から聞いた話なんですが、その友達が実際に体験した話なんです」

沖ノ島「あ、またこいつだよ。こいつ心霊番組しかでなくなったよなあ」

男の声「彼は古いアパートに住んでたんですけど、ある夜、布団に入ってうとうとしていた時に、誰かがドアをノックしたんです。トントン……トントン……誰だろうこんな夜遅くにって思って、彼はドアを開けたんです。……誰もいないんです。おかしいなあ……確かにノックの音が聞こえたんだけどなあ……まあいいやって、もう一度布団に入って寝ようとしたんです。そしたら、暫くして、また、トントン……トントンって……『誰だよ!こんな遅くに!』ってバッと起きてドアをガッと開けたんですよ。……誰もいない……『おかしい……確かに誰かがノックしたのに』って外に出てあたりを見回したんですよ。やっぱりいない……あきらめて部屋に戻って、ドアを閉めてふっと見ると、部屋の中に白い着物を着たお婆さんが立ってるんですよ」

沖ノ島、ドキドキしながらテレビを見ている。

男の声「彼が恐怖で硬直してると、お婆さんが急にガッと彼の首を絞めたんですよ。彼はお婆さんに首を絞められて、そのまま帰らぬ人に……」

アナウンサーの声「その方……亡くなったんですか?」

男の声「ええ……彼、まだ若かったんですけど」

アナウンサーの声「……あの、その話は、そのお友達からお聞きになった話だって……」

男の声「そうです。彼から直接聞いた話です」

アナウンサーの声「……でも……その方、亡くなられたんですよね?」

男の声「そうです」

アナウンサーの声「……で、この話、その方から直接お聞きになったんですよね」

男の声「そうです」

アナウンサーの声「でも……その方、その時に亡くなられたんですよね?」

男の声「そうです」

アナウンサーの声「……」

男の声「後で知った話なんですけど、実はその部屋には昔住んでた人が、会社でリストラにあって自殺したらしいんですよ」

アナウンサーの声「そうだったんですか……」

男の声「そうだったんですよ」

アナウンサーの声「そうだったんですか……」

沖ノ島「いや、お婆さん関係ないじゃん!」

アナウンサーの声「たいへん怖い話をどうもありがとうございました」

男の声「あ、あんた、なんか信じてないでしょう? 今の話」

アナウンサーの声「いえ、そんなことないですよ」

男の声「いや、絶対信じてないよ。今の言い方、なんかバカにしたような言い方だったもん!」

アナウンサーの声「バカにしてないですよ!」

男の声「絶対信じてないよ! あああ、そうですか! どうせ俺は嘘つきですよ! どうせそう思ってるんでしょう!」

アナウンサーの声「そんなことないですって」

男の声「あんたはあれか? 目に見える物しか信じない主義か? ああ? 悪霊ってのはな、本当にいるんだぞ!」

アナウンサーの声「悪霊ですか?」

男の声「そう! 悪霊だよ。ほら、今もこのスタジオにいるんだよ! わかんないか?」

アナウンサーの声「いや……ちょっとわかんないんですけど……」

男の声「あ……ああ! 俺の体の中に悪霊が入ってくる!」

アナウンサーの声「ええ! ちょっと!どうしたんですか!」

男の声「悪霊が! 悪霊が!」

アナウンサーの声「どうしたんですか! ちょっと! しっかりしてください!」

男の声「うわあああ!悪霊が……」

アナウンサーの声「うわあああ! どうなってるんだ! 首が! 首が! そんな角度に! うわああ!」

沖ノ島、慌ててテレビを切る。

沖ノ島「な、何だよ今の……怖すぎだよ。首があんな角度に曲がるなんて……マジで悪霊?こんなの見てたら息抜きどころか、怖くて勉強なんかできない」

沖ノ島、再び六法全書を広げる。

沖ノ島「だめだ。やっぱ、テレビなんか見たらだめなんだよ。集中して勉強しないと」

沖ノ島、暫く無言で勉強する。

ドアをノックする音が聞こえる。

沖ノ島、手を止める。

沖ノ島「ノックしたよな……」

ノックの音、再び。

沖ノ島、ドアにそっと近づく。ノブを握ると、一気にドアを開ける。

外には誰もいない。

沖ノ島「……」

沖ノ島、ドアを閉めると机に戻る。

沖ノ島「……まさかね。ダメだ、ダメだ……勉強に集中しないと。集中してないから幻聴なんかが……」

ノックの音がする。

沖ノ島「やっぱ聞こえてんじゃん!マジかよ……」

沖ノ島、恐る恐るドアに近づく。

沖ノ島「だ……誰?」

静寂。

沖ノ島「誰かいるの?」

女の声「ううう……」

沖ノ島、驚いてドアを開ける。外に出て左右を見るが誰もいない様子。

沖ノ島「誰だよ! どこ? どこだよ?」

沖ノ島、声の主を探しながら去っていく。

暫くすると古沢志保(26)が、這いながら部屋に入ってくる。

志保「ああ……気分悪い……水……水……」

志保、冷蔵庫を開けて中に入っていた水を飲む。

志保「もうだめ……吐きそう……うう……オエ……」

志保、うずくまる。

沖ノ島、戻ってくる。

沖ノ島「やっぱ誰もいないじゃんかよお……なんだよ……」

志保、沖ノ島に気付いて顔を上げる。口から血のようなものが垂れている。

沖ノ島「うわあああ!」

沖ノ島、逃げるように部屋を出る。

志保「ちょっと……ねえ……」

沖ノ島、ドアを開けてそっと部屋の中を覗き込む。

沖ノ島「あの……」

志保「……はい」

沖ノ島「……お婆さんだって聞いてたんですけど……」

志保「は?」

沖ノ島「どうやって殺されたんですか?」

志保「どうやって……何ですか?」

沖ノ島「いや、あの、口から血が流れてるから、首しめられたのかなあとか……」

志保、口を拭いて、手についた物を見る。

沖ノ島、部屋に入ってくる。

志保「あ……今日、トマトソースのパスタ食べたからかな。ごめんなさい。お酒飲み過ぎちゃって……」

沖ノ島「……え?」

志保「……え?」

沖ノ島「……ああ」

  沖ノ島、『吐いたんですね』というジェスチャー。

志保「……ここって、もしかしてあなたの部屋?」

沖ノ島「そう。そうですよ」

志保「あれ……おかしいな間違えちゃったみたい。ごめんなさい」

志保、千鳥足で部屋を出ようとするが、フラフラして倒れそうになる。

沖ノ島「ああ……大丈夫ですか」

志保「だめだ……ごめんなさい。歩けないや」

志保、座り込む。

沖ノ島「あ……あれ……もしかして……ツッキーの?」

志保「え! なんだ! あんた、ツッキーの友達? なんだ、ここでよかったんだ」

沖ノ島「いやあ……よかったっていうか……なんていうか……」

志保「帰っちゃったの? みんな」

沖ノ島「ああ……うん……」

志保「そっか……帰っちゃったか」

暫く無言。

志保「元気そうだった? ツッキー」

沖ノ島「いや、あの……なんか急用が出来たみたいで……」

志保「え……ツッキー来なかったの?」

沖ノ島「ええ」

志保「そっか……ツッキー来なかったんだ」

沖ノ島「残念でしたね。8年ぶりだったんでしょう?」

志保「残念か……そう、残念といば残念だけど、ほっとしたといえばほっとしたかな」

沖ノ島「え……ほっとした?」

志保「バカみたいね、私。しらふでツッキーに会う勇気がなくてさ、こんなにベロンベロンになるくらいお酒飲んで来たのに。来てなかったんだ」

沖ノ島「え、ええ……」

志保「お邪魔しました」

志保、立ち上がって帰ろうとするが、足がおぼつかない。ドアの前で再び倒れこんでしまう。

沖ノ島「大丈夫ですか。ちょっと休んでいった方がいいですよ。暫く横になって、落ち着いたらタクシーでも呼んで……」

沖ノ島、志保の顔を覗き込むと、志保は泣いている。

沖ノ島「あの……」

志保「……やだ……涙が……私、ここに来ようかどうしようかってずっと迷ってたの」

沖ノ島「ど……どうしてですか?」

志保「ツッキーに会って、どんな顔すればいいんだろう……・何ていえばいいんだろうって……」

沖ノ島「別に悩むことないと思うけど……」

志保「……そうね。ごめん。へんなこと言って。悪いんだけど、ちょっとだけ横にならせて」

沖ノ島「ああ……いいですよ」

沖ノ島、クッションと毛布で簡単な寝床を作る。

沖ノ島「部屋、せまくてすみません。ここに寝てください」

志保「ありがとう」

沖ノ島、志保に肩を貸して寝床に連れて行く。

横になる志保。

志保「あんたさ、ツッキーとはどういう友達?」

沖ノ島「ああ……どうなんんだろう……友達っていうのとはちょっと違うかな」

志保「ふうん……」

沖ノ島「……」

   間

志保「なんか面白い話してよ」

沖ノ島「え? 面白い話?」

志保「スカッとしたいのよ。ツッキーのこと忘れてさ。だから、なんか笑える話してよ」

沖ノ島「笑える話って言われても……」

志保「一つくらいなんかあるでしょう?」

沖ノ島「いやあ……」

志保「髪の長い女の子だと思って声をかけたら、ビジュアル系バンドの男だったとかさ、そういうことくらいあるでしょう?」

沖ノ島「いや……ないですね」

志保「坊主頭だからお坊さんだと思って声をかけたらヒップホップのDJだったとかさ」

沖ノ島「それもないですね……。っていうか、『あ、お坊さんだ』って思って、声かけないですし……」

志保「まあね。じゃあ、もういいやなんでも。ダジャレ言って」

沖ノ島「ダジャレはあんまり知らないんで……」

志保「ええ……もう、だったらあれ言って。東京23区の中で、一番早く洗濯物が乾くのはどこですか? 荒川区。アラ、カワク……っていうダジャレ言って」

沖ノ島「もう自分で全部言ってるじゃないですか」

志保「なんだ。もう……面白い話もないか……」

沖ノ島「すみません。つまんない男で」

志保「ドンマイよ」

沖ノ島「はあ……。あ、じゃあ、テレビでも見ます?」

志保「うん」

沖ノ島テレビをつけると、先ほどの心霊番組。

男の声「うわああ!悪霊が!」

アナウンサーの声「首が!首が!」

沖ノ島、即、テレビを切る。

沖ノ島「まだやってんのかよ!」

志保「何、今の?」

沖ノ島「いや、なんかわかんないけど、へんな番組。見ないほうがいいよ。呪われそうだから」

志保「面白い話はないか……」

沖ノ島「さっきさ、ツッキーのことを忘れたいって言ってたけど……」

志保「昔の友達をさ、忘れたいとか思ったことある?出来れば記憶から消し去りたいって」

沖ノ島「ああ……ある……かな」

志保「ある? あるの? 私も! 私もあるの! あるっていうか……ずっと思ってたの。『月岡勝! 消えてくれ! 私の記憶から消えてくれ!』って」

沖ノ島「どうして?ツッキーが君の事好きだったから?」

志保「……」

沖ノ島「……ご、ごめん」

志保「あんたは?」

沖ノ島「え?」

志保「あんたはなんで友達のことを忘れたいの?」

沖ノ島「……友達のことを裏切ったから。親友だったのに、裏切ったから……」

志保「……そう」

沖ノ島「……うん」

志保「忘れちゃえばいいのよ。一緒に忘れちゃおうよ」

沖ノ島「でも……・」

志保「どうやったら忘れられるかな?」

沖ノ島「どうなんだろう……。忘れたいことがあるときはだいたい酒を飲むとかさ」

志保「(歌いだす)忘れてぇしまいたいことやぁ、どうしようもない悲しみにつつまれた時に、女も、酒を飲むのでしょう」

沖ノ島「すでに飲んでたんだね」

志保「じゃあ、踊るっていうのは?」

沖ノ島「あ、それいいんじゃないの」

志保「じゃあ、なんか音楽かけてよ」

沖ノ島「CD、あんまりもってないんだけど……」

志保「楽しい気分になるようなのね」

沖ノ島「うん、じゃあ、これでいいかな」

奇妙な音楽が流れる。

志保、起き上がって、奇妙な踊りを踊りだす。が、突然CDラジカセの停止ボタンを押す。

志保「踊れないのよ!」

沖ノ島「いや、でも、ちょっと踊ってたよ」

志保「何よこのへんな音楽は?」

志保、CDのジャケットを手に取る。

沖ノ島「ピグミー族の合唱」

志保「何聴いてるのよ。へんな趣味」

沖ノ島「いや、勉強に疲れた時にそれ聴くと、落ち着くって言うか……」

志保「こんなんじゃ、踊れるわけないでしょう。もう」

志保、自分の鞄の中からCDを取り出す。

志保「私がCD持ってきてるから、これかけてよ」

沖ノ島「うん」

沖ノ島、志保から渡されたCDをCDラジカセにかける。

ジェファーソン・エアプレインの『サムバディ・トゥ・ラヴ』が流れる。志保は曲にあわせて激しく踊る。

志保「ほら、あんたも踊りなよ」

沖ノ島「いや、俺は……」

志保「ウ……」

志保、急に吐き気をもよおす。

沖ノ島「ああ……あんなに頭ふったりするから」

志保「やっぱ、寝てよう。ああ……気持ちわる」

志保、再び横たわる。

沖ノ島、志保の鞄の中に何枚ものCDが入っているのを見て、

沖ノ島「音楽好きなの? こんなにCDを持ち歩いてさ」

志保「70年代のロックが中心ね。ツッキーに返そうと思って」

沖ノ島「え、これ、ツッキーのなの?」

志保「うん。高校時代に貸してもらったの。8年も返せなかった。捨てようかとも思ったんだけど、それもなんか、人のものを勝手に捨てたっていうやな思い出が増えちゃうからね」

沖ノ島「ツッキーのことを忘れるために踊るとかいって……」

志保「ツッキーのことを忘れるために踊るとかいって、ツッキーから借りたCDで踊ってたらだめか」

沖ノ島「そうだよ」

志保「ツッキーこういうの好きだったのよね。ニール・ヤングとかさ、バーズとかさ」

沖ノ島「へえ……。ちょっと見ていい?」

志保「いいよ」

沖ノ島、バーズのCDを手にとって、

沖ノ島「これ、かけていい?」

志保「うん」

沖ノ島、CDをかける。

ニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』が流れる。

志保「『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』だ」

沖ノ島「これ、どういう歌詞かな」

志保「さあ……」

沖ノ島「『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』って、タイトルからして切ない曲だね。ゴールドラッシュが終わった後になって、その時代を振り返ってるんだろうね」

志保「どうなんんだろう……」

   間

志保、CDを止める。

志保、突然大声で叫ぶ。

志保「(大声で)ツッキーなんか忘れてやるぞお!」

沖ノ島「どうしたの、急に……」

志保「(大声で)ツッキーなんか私の記憶からけしてやるぞお! (沖ノ島に)叫ぶっていうのがいいじゃないかな。大きな声で叫んだらすっきりして忘れられるかも。ほら、あんたも叫びなよ。忘れたい奴がいるんでしょう?」

沖ノ島「え……」

志保「ツッキーなんか忘れてやるぞお! ツッキーなんか忘れてやるぞお! 私は昔のことは忘れて前だけ向いて生きていくぞお!」

沖ノ島も叫びだす。

沖ノ島「俺も……俺も夏雄のことなんか忘れるぞお! 昔のことは忘れて、前だけ向いて生きていくぞお!」

志保「ツッキーなんて忘れてやるぞお!」

沖ノ島「夏雄なんて忘れてやるぞお!」

志保「ツッキーのバカ野郎!」

沖ノ島「夏雄のバカ野郎!」

志保「ツッキーのバカ野郎! 何で何にも言わなかったんだよお! 何で裁判で何にも言わないんだよお!」

沖ノ島「……」

志保「(涙声になって)何で……何で私が中谷にレイプされたってこと、裁判で言わなかったんだよお!」

沖ノ島「……」

志保「誰が……誰が殺して欲しいなんて言ったのよ……バカ野郎! ツッキーのバカ野郎!」

暫く二人無言。

沖ノ島「あの……タクシー呼ぶ?」

志保「もう少しここにいたらダメ?」

沖ノ島「いや……俺は全然かまわないけど……」

志保「もしかしてツッキーが来るかもしれないし……」

沖ノ島「……やっぱ会いたいんだ」

志保「……私ね、来月結婚するの」

沖ノ島「え……そうなんだ。おめでとう」

志保「だから……ちゃんと忘れたいの。ツッキーのことも中谷とのことも」

沖ノ島「でも……ツッキーに会いに来たんだろう?」

志保「ちゃんと謝らないと忘れられないでしょう。私のためにツッキー、人殺しになっちゃったんだもん」

沖ノ島「君のせいじゃないと思うよ」

志保「ありがとう。でも……とにかく謝らないとダメなの。でないと結婚なんか出来ないよ。ツッキーに会ったらこういうのよ。『ごめんなさい。私のせいで人殺しになっちゃって。あなたが私と中谷の事、誰にも言わないでくれた優しさには感謝してる。でも、その優しさのせいで、私がどれだけ苦しんだと思ってるの? 女を守ったヒーローにでもなったつもりなの? 冗談じゃないわ!』……だめだな。こんな恨みがましい事言ったら、絶対また後悔するもんね。やっぱりもっとシンプルな方がいいよね。『ツッキー、ごめんなさい。あなたの優しさは絶対忘れないわ』……って言ってもダメか。忘れる事が目的なんだもんね。『ツッキーごめんなさい。私のせいでつらい思いをさせて。これからは私のことは忘れて、前を向いて生きていって。私もあなたのことは…………忘れるから』……」

二人暫く無言。

沖ノ島、突然叫びだす。

沖ノ島「(大声で)ツッキーなんて忘れたぞお! ツッキーのことなんて忘れたぞお!」

志保、きょとんとしている。

沖ノ島「ほら、君も叫びなよ。元気出してさ。ツッキーのことなんて忘れたぞお! 君は8年も苦しんだんだからさ。もう充分だよ。ツッキーだって昔の事は忘れようとしてるんだよ。その証拠に今日だってせっかく友達が集まろうって言ってるのに、来なかったじゃないか。君も、もう忘れていいんだよ。ツッキーの事なんか忘れていいんだよ! (大声で)ツッキーのことなんか忘れたぞお! ツッキーのことなんか忘れたぞお! ほら、君も!」

志保、うなずいて、

志保「(大声で)ツッキーの事なんか忘れたぞお!」

沖ノ島「(大声で)ツッキーの事なんか忘れたぞお! っていうか、俺ははじめから知らないぞお!」

志保「(大声で)私はツッキーの事なんか忘れたんだから、私の前に顔出すんじゃねえぞお!」

沖ノ島「元気出てきたんじゃない?」

志保「そうだ、どうせだったらツッキーの家に向かって叫んじゃおう。その方がすっとするもん」

沖ノ島「そうだよ。そうしなよ」

志保「池袋の方だから、あっちかな」

沖ノ島「近所迷惑なんて関係ないよ!」

志保、ドアを開けて外に向かって叫ぶ。

志保「(大声で)ツッキーの事なんか忘れ……・」

志保、言いかけてやめる。何かに気付いた様子。

沖ノ島「どうしたの? 気にする事無いよ。隣の部屋の奴なんてさ。文句言っていたら俺がぶっ飛ばして……」

志保、ドアの前に置かれていた物を手に取り振り向く。

沖ノ島「それ……」

志保が手にしているのは、セクシーマーズの衣装と帽子。

志保「今、来てたんだ……」

沖ノ島「ドアの前でずっと聞いてた……」

志保、衣装と帽子を机の上に置くと、部屋を出ようとする。

沖ノ島「待って! 追いかけるの?」

志保「……うん」

沖ノ島「もうツッキーのことは忘れたはずだろう?」

志保「……ちゃんとサヨナラを言うから」

沖ノ島「もうサヨナラはすんでるんだよ。ツッキーは君に会わずに帰ったんだ。自分がここに来たっていうしるしだけを残して帰ったんだよ。(衣装を指差して)それはサヨナラのしるしなんだよ!」

志保、部屋の中へ戻る。セクシーマーズの衣装をじっと見つめる。

志保「……サヨナラのしるしか」

二人暫く無言。

沖ノ島「なんか……俺も飲みたくなっちゃったな」

沖ノ島、冷蔵庫からビールを出す。

沖ノ島「君は……お酒はもういいか。オレンジジュースか何か……」

志保「お酒頂戴!」

沖ノ島「(驚いて)え……ああ……いいよ。ビールしかないけど……」

志保「私……私、やっぱりダメ。追いかける」

沖ノ島「なんでだよ!」

志保「私、ツッキーに会いたいの! ずっとツッキーに会いたかったの!」

志保、ドアを開けて出て行く。

沖ノ島「ちょっと!待ってよ!」

沖ノ島、志保の後を追う。

 

〈暗転〉

 

○アパート・沖ノ島の部屋・中(夜)

生島、菊川、花沢が千鳥足で入ってくる。どこかで一杯やってきた様子。花沢が手に持っているコンビニの買い物袋にビールやつまみが入っている。

生島「おお! やっぱここだよ!」

菊川「居酒屋で飲むのもいいけど、やっぱここが一番だね」

花沢「さっきコンビニで買ったぶん、ちゃんと払ってよ。割り勘だからね」

生島「うるせえなあ。ちゃんと払うに決まってるだろう。俺が金ごまかしたりすると思うか?」

菊川「思わない。思わない。だってさ、俺ら三人友達だもんな」

花沢「そうか……。友達だもんね。お金ごまかしたりするわけないよね」

生島「そうだ! 俺らは友達だぞ! 金をごまかしたりするわけない!」

菊川「てっちゃん、かっこいいぞ! そうだ!俺らは友達だ!」

花沢「そうだよね。俺ら、友達だよね。じゃあ、千二百円ずつ……」

生島「……うるせえなあ。俺ら、友達だろう?」

菊川「そうだ!友達だ……いや、違う親友だ!」

花沢「親友か……。俺たち親友なんだなあ……」

生島「そうだぞ。今頃気付いたのかよ?」

花沢「千二百円!」

生島「……わかったよ。もう。払うよ。コージも払えよ」

菊川「うん。分かってるよ」

生島、菊川、鞄から財布を出す。

花沢、急に口を押さえる。

花沢「ううう……気持ち悪くなってきた」

生島「またかよ! トイレに吐けよ、トイレに。ここ、もうおまえんちじゃ無いんだからよ」

花沢、口を押さえて部屋のすみにうずくまる。

花沢「ううう……」

菊川「ああ、やばいやばい……」

生島「やめろ! やめろ!」

花沢「ううう……あれ?」

花沢、床を見て、

花沢「誰か先に吐いてる」

生島「ええ? お前が吐いたんじゃねえのかよ」

花沢「違うよ。誰かここに吐いてるんだよ。ほら」

菊川「見せなくていいよ」

生島「ちゃんと掃除しとけよ」

花沢「俺じゃないんだけどな……」

花沢、雑巾で掃除をする。

菊川「それよりさ、早くやろうよ。セクシーマーズ」

生島「おう。タカシ、テープ持ってきてるんだろう?」

花沢「ああ。鞄の中」

生島、花沢の鞄の中からカセットテープを取り出し、ラジカセにセットする。

菊川「三人になって、新たなセクシーマーズの始まりだな」

生島「おう。だいたい、四人より三人の方がバランスがいいんだよ。ちゃんと俺が真ん中になるしな」

菊川「なんかてっちゃんずるくない? 真ん中はジャンケンにしようよ」

三人、セクシーマーズの衣装に着替え始める。

生島は机の上に置いてあった衣装を着る。

花沢「ツッキーがまた入れて欲しいっていっても絶対断ろうな!」

生島「おい! ツッキーのことは話題にしないってさっき決めたばっかだろ」

花沢「ああ……ごめん」

菊川「うわあ……久しぶりだなあ。振り覚えてるかなあ」

花沢「俺は完璧だよ」

菊川「そりゃあ、毎日ビデオ見てたんだからなあ」

花沢「とりあえず、俺の踊りを見ながら思い出してみてよ」

三人、衣装に着替え終わる。

生島「よおし、一回、軽く踊ってみるか。ちょっと振りを思い出しながらな」

生島、カセットデッキのボタンを押す。

ダンスミュージックが流れる。

三人踊りだす。

三人がターンする。後ろを向いた瞬間、生島の尻の部分に尻尾がついているのが見える。

三人、暫く踊り続ける。

菊川「ちょっと、待って……なんか違うような……こんな振りだったっけ?」

生島、テープを止める。

花沢「そうだよ。これでいいんだよ」

生島「なんか、もっと前はピシッとした感じだったよなあ」

菊川「うん。そう思う」

花沢「振りはあってるよ。切れが無くなったのは年のせいだから仕方ないよ」

生島「そうか。もう俺らおっさんだもんな」

花沢「もう一回初めからやってみようよ」

生島、カセットデッキのボタンを押す。

再び音楽が流れ、三人踊り始める。

ターンする時に生島の尻の尻尾が見える。

菊川「やっぱ、ちょっと感じ違うよ!」

生島、テープを止める。

花沢「合ってるって。ちょっとまだ息が合ってないだけで、もうちょっと練習すればよくなるよ」

生島「こうだろう……こうだろう……」

と、言いながら生島一人で振りを思い出しながら踊りだす。

それを見ている花沢と菊川。

生島「(踊りながら)……で、ここでターンして、こうきて、こうきて……」

菊川と花沢、尻尾に気付く。

菊川「てっちゃん、もう一回、ターンして」

生島「ターン? ターンはこうして……」

と、言いながら生島、ターンする。

菊川・花沢「尻尾……」

生島「え?」

菊川「てっちゃん、尻尾が生えてる……」

生島「尻尾?」

生島、自分の尻の部分を見ようとするが、見えない。何とか見ようとして、くるくる回る。あきらめて、尻の部分を触ると尻尾をつかむ。

生島「尻尾!」

花沢「尻尾だよ! てっちゃん!」

菊川「ツッキーだ! ツッキーのだよ! それ!」

花沢「ツッキー来たんだ! 俺らに会いに、ここに来たんだ!」

生島「まだ近くにいるんじゃないか?」

三人、ドアの方へ走る。

沖ノ島が帰ってくる。

沖ノ島「あれ、あんたら、戻って来てたんだ」

花沢「あのさ、ツッキーが来たんだよ」

菊川「やっぱりツッキーは俺らに会いたかったんだよ!俺らの事、忘れたいなんて思ってなかったんだよ!」

沖ノ島「あ……あの……」

三人、ドアを開けて出て行こうとする。

生島「帰るんだったら、駅のほうに行くだろう。駅まで行くぞ!」

花沢「うん」

部屋の中で携帯の着信音が鳴る。

沖ノ島「あ……誰か、携帯鳴ってるよ」

生島、花沢、菊川、沖ノ島の声が耳に入らないかのように外に飛び出す。

沖ノ島「電話だっていうのに……しかたないなああ……」

沖ノ島、花沢の鞄の中から携帯を取り出して通話ボタンを押す。

沖ノ島「はい、もしもし……」

沖ノ島、驚いた表情。

沖ノ島「あの……ちょっと待ってて!」

沖ノ島、走って外に出る。

沖ノ島「(叫んで)みんな! ツッキーだ! ツッキーから電話だよ!」

生島、花沢、菊川、走って戻ってくる。

沖ノ島、携帯を三人に差し出す。

花沢が携帯を取る。

花沢「ツッキー……ツッキー……元気か?……来てくれてたんだね」

菊川、花沢から携帯を奪い取る。

菊川「ツッキー、遅いよ! 約束は7時だろ?何時間遅刻だよ。……うん……うん……・・(生島達に)ツッキー俺らに会いたかったんだって! けど、俺らに合うのが怖くて行こうかどうしようか迷ってたんだって」

生島、菊川から携帯を奪う。

生島「ツッキー! 俺だ! 哲夫。何が怖いだ。お前、来ないのかと思ったぞ!……バカ野郎! 前科者だからなんだってんだよ! そんなのセクシーマーズに関係あるかよ! 志保? 古沢志保に会ったのかよ?……え?ああ、そうだ、そうだ。あいつ結婚決まったとか言ってたな……うん……うん……なんだよ……泣いてんのか?お前……ああ……そうか……偉いぞ……偉いぞ……ちゃんとサヨナラを言ったんだな……・偉いぞ……いいんだ。いいんだよ! 男は泣かないもんだっていってもな、友達の前では泣いてもいいんだよ。友達の前では泣いてもいいんだよ!」

花沢、生島から携帯を奪い取る。

花沢「ツッキー、今どこにいるの?これから会おうよ! どこにいるの?……みんなでセクシーマーズ踊ろうよ!……うん……ああ……そうだね。(生島達に)ツッキーがさ、どうせ踊るんだったらジュリアナ東京にでも行って踊ろうってさ」

生島「そんなのとっくにねえよ!」

菊川「8年前で止まってるから仕方ないよ」

花沢「(電話に)じゃあね、ジュリアナはもうなくなったから、どっかクラブに踊りに行こう! 渋谷のハチ公前! 30分後! 分かった? 今度は絶対遅れたらダメだぞ!」

花沢、電話を切る。

花沢「渋谷のハチ公前! ツッキー、来るって」

生島「よし! これで本当のセクシーマーズ再結成だな!」

菊川「急がないと遅れるよ!」

花沢「踊るぞォ」

生島、菊川、花沢、荷物をまとめるて、外へ向かう。

生島「(沖ノ島に)なんか……そういうことだから行くね」

沖ノ島「うん……」

菊川「いろいろごめんね」

沖ノ島「うん……」

花沢「やっぱさ、昔の友達っていいもんだよ」

沖ノ島「うん……」

生島、菊川、花沢、部屋を出て行く。

ぽつんと取り残される沖ノ島。

暫くボーっと立ち尽くすが、机に向かって六法全書を広げる。

沖ノ島「……」

沖ノ島、六法全書を閉じると電話の受話器を取ってダイヤルする。

沖ノ島「(電話に)あ……夏雄?……さっきはごめん……」

沖ノ島、電話で話し続ける。

 

             〈完〉

 


 
シアターリーグ > シナリオ > 勝手にノスタルジー >