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天国(うえ)を向いて歩こう
作 辻野正樹
 

 

○アパートの一室

ガランとした部屋。テレビも冷蔵庫も、人が生活していることを匂わせる物は何も無い。

上手に出入り口のドアがあり、正面上手よりにトイレのドア。正面、下手よりに押入れの引き戸がある。

部屋のすみには七輪が四つ置かれてある。

笹塚ミチ(18)を真ん中に、戸北浜子(28)、町野辰夫(55)、轟初音(25)の3人が取り囲むように座っている。司馬マナオ(30)は、関心が無いかのように窓から外を眺めている。

ミチ「風邪、ひいてたみたいなの」

浜子「風邪?」

ミチ「そう。風邪」

初音「その人が?その人が風邪ひいてたの?」

ミチ「人って言うか……首吊り死体なんだけど」

初音「首吊り死体だって人でしょう?」

ミチ「まあ、そうなんですけど……」

町野「なんでわかったんですか?」

ミチ「なんでって、何がですか?」

町野「だから、その首吊りの人が、風邪ひいてるって」

ミチ「死体だから、その時点では風邪ひいてなかったんだろうけど……。っていうか、風邪とかいう以前に死んでるし」

初音「だから、その首吊りの人が、死ぬ前、風邪をひいてたって、なんでわかるのかって」

ミチ「ああ、マスクです」

浜子「マスク?」

ミチ「マスクしてたんです。その首吊りの人が」

司馬「それって……」

ミチ「風邪ひいて、つらくて、死んだんだなって」

町野「風邪で死んだんですか?」

初音「風邪では死なないでしょう?いくらなんでも」

ミチ「だから、正確に言うと風邪じゃなくて、もっと重い病気なんですよ」

初音「だってさっき風邪って言ったじゃん。(浜子達に)言ったよね?風邪ひいてつらくて死んだって。断言してたよね」

ミチ「風邪って言ったっていろいろあるでしょう?インフルエンザとか、結核とか」

初音「結核は風邪とは言わないでしょう?」

町野「まあ、いいじゃないですか。とにかく、その人、なにか病気だったって事ですね」

ミチ「そうなんです。マスクをしてたってことは、咳をするとウイルスが飛び散って、近くにいる人に病気をうつしちゃうんですよ。そうすると、近くにいる人がみんな死んじゃうんです。そんな風になったらどうします?」

浜子「どうって……」

初音「やっぱ、医者に行くんじゃ……」

ミチ「(初音の言葉にかぶって)死ぬでしょう?自殺するしかないでしょう?」

初音「するしかないって、そんな……」

ミチ「自分が生きてたら周りの人に病気をうつしちゃうの。だったら、自分さえ死ねば周りの人を不幸にしなくてすむって。自分が死ぬ事で家族や友達を守ろうって、そう思って……」

浜子「そう思って首吊り自殺をしたって?そう思ったの?」

ミチ「そうなんです。小さかったから、首吊り死体見るのなんか初めてだったんで」

初音「あんまり小さいからとか関係ないんじゃない?そんなもの一度も見ないで一生を終える人が大半なんだから」

町野「しかし、それじゃあ、せっかくの修学旅行が台無しですね」

浜子「本当。だいたい、富士の樹海が修学旅行のコースに組み込まれてるって、どういう小学校なんだろう」

ミチ「で、そのマスクなんですけど……」

浜子「うん……」

ミチ「違ってた事に気付いたんです。大人になったから」

初音「何が違うの?」

ミチ「そのマスク、風邪をひいてたからマスクをしてたわけじゃなかったんだってことが大人になってから分かったんです」

浜子「え……じゃあ、なんでマスクをしてたの?」

ミチ「なんていうか、美意識っていうか……」

初音「美意識?」

外を眺めていた司馬が突然振り向いて、

司馬「つまり、縊死した場合、あの、つまり、首吊りの場合、遺体が見苦しいと言われているんですよ。小便や大便を垂れ流して、場合によっては射精して、精液まで垂れ流してる事があって、口からはよだれがたれて、舌が飛び出してしまうんですよ。だから見苦しい口元をさらさないために……」

ミチ「そうなんですよ。だから、あのマスクを取ったら、舌がダラーってなってて、よだれがデローってなってて……」

初音「デローって……」

ミチ「だから私、絶対首吊りだけはやめたいんです」

浜子「そうよね。デローはいやだよね」

初音「デローくらいはいいでしょう?問題はうんこよ。うんこもらして死ぬなんてありえない。うんこよ。絶対だめ。そんなの。ゆるせないよ。人間として」

浜子「やっぱり、なるべくなら見苦しくない方がいいわよね」

初音「自分のうんこを人に見られるくらいなら死んだ方がまし」

浜子「死んだ方がましもなにも……死ぬんだから。私たち」

    間

初音「死んでもいやよ。死んでからでも自分のうんこを人に見られるなんて」

浜子「私たち五人がさ、ここで全員首吊りして、全員うんこもらしてたら、壮絶だよね」

初音「見つけた人最悪。かたづける人、もっと最悪」

ミチ「病死じゃないからかたづけるのは警察ですよ」

浜子「そうよ。それで、監察医とかが来たりして、写真とかいっぱい撮られるのよ」

初音「うんこの?」

浜子「うんこオンリーで撮るかどうかは……」

初音「絶対撮るわよ。そしてその写真が闇ルートに流れるのよ」

浜子「うんこの写真が?」

初音「そうよ。警察なんかやくざとなれあいの関係なんだからさ、そういうのがアンダーグラウンド市場に出回って、やくざの資金源になるのよ」

浜子「うんこの写真が?」

初音「そういうの好きなマニアっていっぱいいるのよ。インターネットにのせられたら最悪よね。『これが藤沢で心中した女性のうんこだ』とか言ってさ。ああ……考えただけで耐えられない。私のうんこの写真が世界中に配信されるのよ」

浜子「考えすぎだと思うけど、どっちにしろうんこもらしちゃうような死に方だけは避けたいよね」

初音「死んでまで恥ずかしい思いしたくないわ」

ミチ「どうせならきれいに死にたいですよね」

町野「あんたらは何もわかってない」

    間

初音「え……わかってないって、何が?」

町野「生きるってことはどういうことか。死ぬってことはどういうことか」

    間

浜子「え……生きるってことは……?」

町野「きれいに死にたいだとか、見苦しいのはいやだとか。生きるってことも死ぬってことも、そんな格好いいことじゃないんですよ」

初音「な……何が言いたいの?」

町野「あなたたちはみんな若いから、本当の人生がどんなものかわかってないんですよ。人生って物はくそにまみれるようなものなんですよ。(次第に語気を荒げて)生きるってことも死ぬってこともくそにまみれるようなものなんですよ」

    間

初音「なんか、やな感じ」

浜子「あの……そんなつらい人生だったんですか?」

町野「真剣に生きてる人間は格好悪いもんなんですよ。私はね、18の時からこの年になるまで、ずっと格好悪い仕事をしてきたんですよ。格好よかったことなんて一度もありませんよ」

初音「でも、看板作ってたって言ってたよね。看板っていったら、広告業じゃん。広告業界って、人気高いのよ」

町野「あなたが言ってるのは電通とか、そういうのでしょう?そんなのとはまったく違いますよ。毎日インクにまみれて、注文主には怒鳴られて。だけどね、そうやって格好悪くたってなんだって、とにかく必死で生きてきて、それで女房、子供を食わせてきたんですよ!あんたがたみたいに必死で生きた事もない人間にはわからんだろうけど、私は自分の格好悪い人生に誇りを持ってるよ!だから、死ぬときも格好悪く死にますよ。それが生きるってことなんだ!それが、死ぬっていうことなんだ!」

初音「(語気を荒げて)そんな自分の人生に誇りを持ってるんだったら、死ななきゃいいじゃん!なに偉そうに説教こいてんの?」

町野「いや……。すみません。別に説教するとかじゃ……」

初音「(浜子に)完全に説教モードだったよね?」

浜子「まあ、なんかね……」

町野「いや、私はただ、どうしてあなたたちみたいな若い人達が自殺しようとするのかなって……」

ミチ「死にたくなるのに、若いとか年取ってるとか、関係ないんじゃないですか?」

町野「私は55年間、必死で生きてきました。怠けた事はありません。だから、女房と子供が出て行ったのも、会社がつぶれたのも仕方ないんですよ。一生懸命やった結果がこれなんですから。必死でやってきた結果がこれなんだから。あきらめつきますよ。だけど、あなた方は違うでしょう?それほど必死で生きてないでしょう?もっと必死で生きてみれば、死なずにすむかもわかんないじゃないですか」

ミチ「じゃあ、町野さんは会社が倒産したから死ぬんですか?奥さんと子供さんに逃げられたから死ぬんですか?」

町野「え……」

ミチ「要するに、人生で失敗したから死ぬんですよね?そういうの、私、嫌いなんです」

町野「嫌い?」

ミチ「私はもっと純粋に生きる事に絶望してるんです」

町野「おっしゃってる意味が……」

ミチ「生きてる事に何の意味も感じられなくて……。もし自分で死ななかったら、例えば80歳まで生きるとして、こんな感じがあと60年以上も続くなんて耐えられない。毎朝、起きたら思うんです。『ああ、また一日がはじまってしまった』って。『また今日もやりたくもないことをやって、嫌いな人たちに愛想笑いをして、とりあえず一日が終わるまで我慢しなくちゃならないんだ』って」

町野「でも、あなた、まだ高校を出たばっかりでしょう?これからどんないいことがあるかわかんないじゃないですか?」

ミチ「私は人生になんの期待もしてないです。だから死ぬんじゃないですか。町野さんみたいに、本当は生きたいけど、失敗したから死ぬみたいなのとは違うんです」

町野「(浜子達に)なんか、私のは邪道だみたいに言われてます?」

浜子「うん……なんかね」

初音「でも、もういいじゃん。ガスでやるってことで決めたんだからさ。町野さんだって、なんやかんや言ってガスに賛成したじゃん。だからこんだけのもの用意してきてくれたんでしょう?」

初音、部屋のすみに置かれた4つの七輪を指差す。

町野「確かにこの間の埼玉の心中も、七輪をつかってたから、やっぱりこれが一番いいやりかたなのかなと思って、賛成したんですけど、でも……どうなんでしょうか?」

浜子「どうなんでしょうって?」

町野「だから、本当に七輪の一酸化炭素中毒で死ぬのがベストなやり方なのかどうかってことですよ」

初音「私は首つってうんこもらすより絶対いいと思いまぁす!」

司馬「ガス自殺でも脱糞する可能性はありますよ」

    間

初音「え、ちょっと、まじで?聞いてないよ。そんなの。最悪……」

司馬「大丈夫ですよ。直前にちゃんとトイレに行っておけば。ちなみに首吊りの場合も、直前にトイレに行っておけば脱糞は防げるはずです」

町野「なんだ!そうなんだ!だったら首吊りでもよかったんじゃないですか?私、せっかくこれ(七輪を指差して)買ってきたのに。結構高かったんですよ。一個三千八百円で4っつでしょう。それに炭を合わせて2万円くらいしたんですから」

浜子「そんなにしたんですか?」

町野「あ、炭はね。国産のにしたんですよ。輸入木炭だと6キロ390円とかであったんですけど、どうせ死ぬんだからけちっても仕方ないなぁと思って」

浜子「全部で2万円だったら、一人4千円でいいですか?」

浜子、鞄の中から財布を取り出す。

町野「はい。そうですね。4千円ずつでお願いします」

初音「え……割り勘なの?」

    間

町野「あ……そのつもりだったんですけど……」

初音「え、だ……だって、死ぬんでしょう?どうせ死ぬのにけちっても仕方ないって、さっき……」

町野「あ……まあ、そうなんですけど……お金のことはきちんとしておいた方がいいかなって……」

初音「でも……意味無いじゃん!死ぬのよ!私たち!」

町野「それはそうなんですけど……」

浜子「(初音に)いいじゃない。払っておこうよ。お金の貸し借り無しの方がすっきり死ねるでしょう?」

初音「私、払わないよ」

町野「え……払わないって……」

初音「だって、どうせ死ぬのに払ったって払わなくたって一緒じゃない。だったら払わないよ」

町野「そんな、むちゃくちゃな……」

浜子「まあ、言ってる事わからなくは無いけど……」

初音「私はね、男と食事に行くときも一度だって割り勘だなんて言われたことないわよ!それがなんで最後の最後に割り勘なのよ。しかもどうせ死ぬのに!」

町野「だけど、私にとって4万って金は……きついんですよ!負債が4千万もあるんですよ。そんな……自分のことでいっぱいいっぱいなんですから。すこしでもお金があれば、返済にあてないといけないのに、そこを無理して4万円七輪買うのに使ったんですよ!」

初音「もう死ぬんだから関係ないじゃん!それにそんなにお金が惜しいんだったら、国産の備長炭じゃなくて輸入の木炭にしとけばよかったじゃない!それに七輪、4つもいるの?2つか3つで充分だったんじゃないの?」

町野「そうなんですか?」

初音「いや、知らないけどさ」

司馬「この前の埼玉のは、4つ使ってたらしいです。しかし……」

町野「ほら、やっぱり4ついるんですよ。ちゃんと払ってくださいよ」

初音「いやあ!いやプー!」

町野「いやプーって……」

浜子「わかった。だったら、初音さんの分は私が払うよ」

ミチ「そんなのおかしいですよ」

浜子「払いたくないって言うんだから仕方ないでしょう?」

ミチ「だったら私だって払いたくないですよ。私、働いてないし、収入ないんですよ」

浜子「そうか……。じゃあ、わかった。七輪に関しては、町野さんにもってもらうという事で」

町野「(大声で)えええ?」

初音「そんな大声ださなくったって……」

浜子「だって、払う人と払わない人がいるってなんかへんな感じじゃないですか。それだったら町野さんに払ってもらったことにした方が分かりやすいじゃないですか」

町野「分かりやすいとか分かりにくとか、そういう問題なんですか?」

ミチ「やっぱり町野さんって、本当は死ぬ気ないんじゃないですか?」

町野「そんなことないですよ」

ミチ「でもまだ人生に未練があるんですよ。そもそも死にたい理由が借金なんでしょう?私みたいに人生そのものに絶望したっていうのとは重みが違いますよ」

町野「重み?重みってなんですか?あなたみたいな子供になにがわかるんですか!私が軽い理由で自殺しようとしてるって言うんですか?私はねあなたくらいの歳からシルク印刷の工場で働いて、毎日怒鳴られて、それでも頑張って少しずつお金をためて、38でやっと独立して、従業員も少しずつ増えてきてたんだ。そうだ、長野オリンピック!長野オリンピック覚えてるでしょう?あの時、スケートリンクの周りに設置されてた看板。オリンピックの協賛企業なんかの!あれ、全部うちで作ったんだ。あれ、テレビで見たときは感動したよなあ。社員のみんなと一生懸命造った看板がテレビに映ってて、世界中に放送されたんだから。あの時は私、今まで頑張ってきてよかったなあって思いましたよ。テレビ見て、泣きそうになったんだけど、人前で泣くの恥ずかしいから我慢しようと思って、ふっと横を見ると、奥さんが涙ぼろぼろこぼしてて……。それを見て私も我慢できなくなっちゃって……。でも、そんな会社もなくなって、奥さんも子供もいなくなって、借金だけが残ったんですよ。それで死のうと思って……。それが軽い理由なんですか?」

ミチ「……ごめんなさい」

浜子「じゃあ……あの……やっぱり七輪の分はちゃんと割り勘にしましょうよ」

町野「いや、いいです。どうせ死ぬんだから。今更4万円くらい、いいんですよ」

浜子「そうですか?じゃあ、そういうことで」

町野「(大声で)えええ?」

初音「だから、そんな大声ださなくったって」

町野「いや、すみません。気にしないで下さい」

初音「それより、方法のことよ!本当に七輪でいいのか、いい加減はっきりさせましょうよ」

浜子「確実に死ねるのは首吊りだっていうじゃない?」

初音「ガスだって大丈夫よ。失敗しないよ。この間の埼玉のと同じようにすればいいんだから」

司馬「あの……僕は、本当のことを言うと、それがいやなんです」

浜子「それがいやって?」

司馬「僕らがやろうとしてることって、この間の埼玉で起こった心中事件とまったく一緒じゃないですか。ネットで知り合った男女が、アパートの空き室で、七輪を4個使ってって……」

浜子「うん。まあ、埼玉のをお手本にしてるところあるからね」

司馬「そういうのって、真似してるっていうか、オリジナリティに欠けるっていうか」

初音「別にこんなことでオリジナリティ発揮しなくていいんじゃない?」

司馬「でも、それじゃあ、事件としてインパクトに欠けるっていうか、当然、新聞とかでも埼玉の時に比べて、扱いは小さくなりますよね……」

初音「あなたさ、世間の注目を集めたいから自殺するっていうタイプ?新聞に載りたいから自殺するの?違うでしょう?死にたいから自殺する!それだけでしょう?何?あなたは自己顕示欲を満足させるためにこの心中、呼びかけたの?」

司馬「いや、あの……」

初音「だいたいさ、あんたが言いだしっぺなんだから、ちゃんとしきりなさいよ。自殺の方法をどうするのか、ちゃんと決めなさいよ!」

司馬、無言で部屋のすみに移動する。

初音「何?黙っちゃったよ」

浜子「初音さん、あんまり強い言い方しない方が……」

初音「だってさぁ……」

町野「(司馬に、機嫌を取るような優しい口調で)あの……司馬くんはどう思うの?本当はどの死に方がいいと思ってるの?」

司馬、うつむいたまま無言。

町野「そうだ、さっきの司馬君の話で、すごく気になったところがあったんだけど……。ほら、首吊り自殺した人は、よだれをたらしたり、うんちをもらしたり、射精したりする場合があるっていってたでしょう?でさ、その……射精ってとこなんだけど……どうしてなのかな?」

司馬「え……」

町野「いや、どうして射精するのかなって。もしかして、首吊る瞬間ってものすごい快感なんじゃないかな?死ぬ瞬間にしか味わえないエクスタシーってあると思う?」

初音「最低!」

町野「でも、もしそんなものがあるんだったら、その快感を味わって死ぬのもいいかもしれないってふと思ったんですよ」

初音「だったら一人で死んでよね。心中するときに相手が射精してるなんて、最悪の心中よ!」

町野「そんな怒らなくてもいいじゃないですか。ちょっと思っただけなんだから」

初音「方法は七輪でいいよね!(司馬に)ね!」

司馬、無言。

初音、司馬に顔を近づけて、

初音「ね!七輪でいいんだよね!」

司馬「あ……ああ……」

初音「町野さんもいいのよね!」

町野「あ……ええ……私はいいですよ。せっかく七輪買ったんですから、使わなかったらもったいないですから」

初音「ミッちゃんも戸北さんも、いいのよね?」

ミチ「いいです」

浜子「私も、文句ない」

初音「じゃあ、始めようよ」

町野「(大声で)えええ?」

初音「だから、そんな大声出さなくても」

町野「ごめんんさい。だけど、もう始めるんですか?」

初音「だって、早くしたほうがいいよ」

浜子「通報される危険性あるもんね。アパートの空き室に人が侵入してますってさ」

町野「そうか。そうなったら台無しだ」

初音「じゃあ……始めるか……」

長い間

ミチ「あの……始めるんですよね」

浜子「あ……そうよね」

町野「……始めますか」

再び長い間

町野「まず……どうします?」

初音「どうって、七輪に炭を入れて、火をつけるんでしょう?」

町野「……そうか」

町野、七輪を一つ、部屋の真ん中に移動させる。

町野「あの……」

浜子「はい……」

町野「場所は、どのへんが……」

初音「どこでもいいんじゃないの?4つあるんだから、適当に置けば」

町野「適当か……」

町野、七輪を持って逡巡。

町野「あの……」

浜子「はい……」

町野「適当って……どのあたりに……」

初音「適当は適当よ!そのへんに置けばいいでしょう」

町野「あの、でも、どこに置くかって、すごく重要だと思うんですよ。七輪のすぐそばにいた人は死んで、ちょっと離れたところにいた人は生き残って、なんてことも考えられますから」

初音「4つもあるんだから適当に置けばいいでしょう。5人が並んで横になって、人と人の間に一個七輪を置いていけば丁度四つでしょう!」

町野「ほら!ほら!やっぱり四つ買って正解だったんだ。5人が並んで横になって、間に一個ずつ置いていけば丁度四つだ!」

初音「なんかむかつく。勝ち誇ったように……」

町野「だって、あなたさっき二つか三つでよかったって言ってたじゃないですか!」

初音「三つだったら三つで、それなりの置き方を考えればいいだけのことでしょう!」

町野「それなりの置き方ってどんな置き方ですか!言ってくださいよ!早く言って下さいよ!3秒以内に言って下さいよ!サン、ニー、イチ、ブー!ほら、言えないじゃないですか!」

初音「頭きた!なによ!このオヤジ!」

町野「だって、あなたに七輪二つか三つでよかったって言われた時、本当は傷ついてたんですよ」

初音「ああ、ごめんなさいね!悪うございました!四つで正解です!私が間違ってました!」

町野「ああ、すっきりした」

ミチ「あ、でも……五人並んで、間に一個ずつ七輪を置いていけば、真ん中の三人は、自分の両脇に七輪があることになりますよね」

浜子「うん」

ミチ「だけど、端の二人は、片側にしか七輪が無いですよね」

初音「そうだ!そうだよ!そんなの不公平だ!端の二人は死にそびれるよ!」

浜子「そうか……。だったら、両端にも七輪を置くとして、本当は6個あったらベストだったんだ」

町野「でも……だけど……埼玉のは、四つ使ってたって……」

司馬「埼玉で死んだのは三人ですよ」

    間

町野「あらぁ……」

初音「(小声で)ばぁか」

町野「バカ?バカって言ったんですか?」

初音「言ってません!」

町野「言ったじゃないですか!バカって!」

初音「言ってません!」

町野「いや、いや、いや、いや、バカって言ったじゃないですか!(浜子に)言いましたよね?確実に言いましたよね?」

浜子「え……ええ……」

初音「ああ言いました!言いましたよ!」

町野「な……なんですか!その態度は!」

初音「バカみたいだからバカって言ったんです!なんで私こんなオッサンと心中しなくちゃならないのよ!」

町野「オッサンって……」

初音「だいたい、心中相手募集って、心中って男と女が二人でするもんでしょう?」

浜子「そんなことないんじゃない?一家心中とか言うから」

初音「それは一家心中でしょう?わざわざ『一家』ってつけてるってことは、普通の心中は男と女が二人でするものだってことよ。『カップル心中』とか言わないでしょう?」

浜子「そうか……。そう言われてみればそうかもね」

初音「だから、私は男と二人で死ぬつもりで……。私がもし男と二人で死んだら、健之、絶対びっくりするだろうなぁって。初音は俺にべだぼれだと思ってたけど、それは思い上がりだったのかって……。本当は心中するくらい惚れた男が他にいたのかって……。(涙声になって)そしたら、私も天国からさ、『あんたなんかに本当は惚れてなかったのよ!』って叫んでやろうって……。なのに、なのに、何で5人一緒で、しかもこんなオッサンと一緒なのよ!」

全員、押し黙って重たい空気。

町野「あの……なんか、ごめんなさい。初音さん……もし、私みたいなオッサンと一緒がいやだったら、初音さんは今回はやめにして、次の機会にした方がいいんじゃないですか?」

初音「私は今日死ぬわよ」

町野「でも、死ぬのは一回しか死ねないわけだし、もう少し相手を選んだほうが……それに、そんな男の為に死ぬなんてばかばかしいですよ」

初音「ばかばかしい?健之の為に死ぬのがばかばかしいって言ったの?」

町野「あ……いや……あの……ごめんなさい」

ミチ「死にたい理由なんて、みんなばかばかしいものなんですよ」

浜子「え?」

ミチ「人から見たら『そんな理由で死にたいの?』って思うようなことなんですよ。だから他人がどう思うかなんて関係ないですよ」

浜子「じゃあ、聞いてもいいかな?あなたはどうして死にたいの?」

ミチ「だから、私は、会社がつぶれたからとか、男の人に捨てられたからとか、そういう何かがあって死にたいんじゃなくって、何にもないから死にたいんですよ」

浜子「何にもないから……死にたいか」

初音「早く始めようよ!私、死ぬ気まんまんなんだから!」

浜子「そうね。早くしないと本当に警察に通報されちゃう」

町野、七輪を持ち上げて、

町野「じゃあ、とりあえず七輪を並べて置きますから、どの位置で横になるかは、あみだかなんかで決めますか?」

司馬「その前に、目張りをしないと」

浜子「目張り?」

司馬「ガスが漏れないように、ドアとか窓の隙間をガムテープで塞ぐんです」

司馬、鞄の中からガムテープを二つ取り出す。

ミチ「私やります」

ミチ、司馬からガムテープを受け取り、ドアの隙間に貼っていく。

司馬は窓のすきまにガムテープを貼っていく。

初音「さすが、言いだしっぺ。準備に余念が無いね」

町野「(突然大声で)あああ!」

初音「びっくりしたぁ!」

浜子「どうしたんですか?急に」

町野「通報された!警察!」

浜子初音ミチ「ええ!」

浜子「ど……どいうことですか?」

初音「警察がいっぱいいたんですよ」

初音「いっぱいって、どこに?」

町野「すぐ近くにですよ。いっぱいいたんです。検問もしてたんですよ。私、ここに来るとき検問されたんですよ」

初音「ここに来るとき?」

町野「ええ。国道通って来たら、警察に止められたんですよ。免許証出せとか言われて」

司馬「それって……」

町野「ここから1キロくらい手前の所ですよ。ネズミ捕りじゃなくて、なにか事件の捜査って感じでしたよ」

初音「それは、明らかに関係ないでしょう?」

町野「どうしてですか?」

初音「っていうか、どうしてそれが私らに関係あると思うの?空き室のはずのアパートに不審な男女が入り込んでるって通報を受けて、それで警察が検問してたと思ってるの?」

町野「違うかな?」

浜子「それは……違うでしょう」

初音「だって、町野さんが警察に検問されたのは私らがここに集まる前だったんでしょう?」

町野「あっ……そうか」

初音「バッ……」

町野「今、バッって言いましたよね?バカ……ですか?バカっていおうとしたんですか?」

初音「違います。バカなんて言ってません。バッしか言ってません!」

町野「バッ……何なんですか?バッの続きは何なんですか?」

初音「バッ……バッファローよ!」

町野「バッファロー?バッファローって何ですか?(司馬に)バッファローって何ですか?」

司馬「牛ですよ」

町野「牛はわかってますよ!何で今、バッファローって言うのかって聞いてるんですよ!」

浜子「もういいじゃないですか」

初音「いちいちうるさいんだから」

町野「うるさい?私、うるさいですか?」

浜子「もう喧嘩するのやめてくださいよ。気分よく死にましょうよ」

司馬「2億円ですよ」

浜子「2億円?」

ミチ「そうだ!2億円ですよ。警察!」

浜子「あ、そうか!」

初音「あ、そうかって、何?2億円って何よ?」

ミチ「ほら、現金輸送車が拳銃持った男に襲われて、2億円盗まれたじゃないですか」

町野「あああ!2億円!あの!」

ミチ「で、犯人が乗ってた車が、この近くに乗り捨ててあったんですよ」

町野「2億円かぁ……。2億円なぁ……」

初音「町野さんもそのくらいのことする度胸があればよかったのにね」

町野「な……何言ってるんですか」

初音「だって2億円あれば死なずにすむじゃん」

町野「まあ……そうなんですけど」

浜子「だけど、よりにもよってこの近くで車を乗り捨てるなんて迷惑よね」

初音「本当。おかげでこのあたり警察がうようよいるってことでしょう?」

ミチ「まずいですよ。早くやらないと警察が踏み込んで来ますよ」

初音「町野さんさぁ、検問の時、へんな事言わなかった?」

町野「何も言ってませんよ。これからアパートの空き室に忍び込んで心中するんだなんて、言うわけ無いでしょう」

初音「あやしいなぁ」

町野「いい加減にしてくださいよ!さっきからずっと私につっかかって!私の事……好きなんですか?」

初音、怒りでわなわなとしながら。

初音「……早く、やろう。さっさと死のう」

ミチ「そうですよ。喧嘩してる暇はないですよ」

町野「じゃあ……七輪に火をつけましょうか」

    間

町野「いいんですよね」

    間

町野「火をつけますよ」

町野、鞄の中からライター(チャッカマン)を取り出す。

全員、緊張の面持ち。

初音「(大声で)あああ!」

浜子「何?」

初音「トイレ、行っとかないと!」

浜子「ああ……」

初音、鞄の中からティッシュペーパーを取り出しながら、

初音「みんなもちゃんと行っといてよ」

町野「はあ……」

初音「もらすのだけは絶対なしね」

浜子「うん……」

町野「わかりましたよ」

初音、トイレに入っていく。

暫く全員無言。

初音の声「(トイレの中から)ちょっと!」

浜子「何?どうした?」

初音の声「何か歌でも歌ってよ」

町野「歌?歌ですか?」

初音「そう。早く歌ってよ!」

町野「何で歌なんか……」

初音「みんなで静かにしてられたら、恥ずかしいでしょう!音、聞こえちゃうもん!」

町野「ああ……」

浜子「あ……じゃあ……歌いましょうか」

町野「そう……ですね」

浜子「みっちゃん、何か歌ってよ」

ミチ「ええ!私?」

浜子「うん。一番若いんだからさ、今流行ってる歌とか、よく知ってるでしょう」

ミチ「私、流行ってる歌なんか知りません」

初音の声「早く!早く歌ってよ!」

ミチ「私、一曲だけ好きな曲があるんです」

浜子「え!何?何?誰の曲?歌ってよ!」

ミチ「でも、人前で歌った事無いから、うまく歌えるかどうか……」

浜子「大丈夫よ。気にしないで」

町野「そうですよ。私、手拍子しますから」

ミチ「そうですか?じゃあ……」

浜子「ワー!」

ミチ、暫く間をおいて、椎名林檎の『歌舞伎町の女王』をゆっくりとおどろおどろしい調子で歌い始める。

ミチ「せみの声を聞くたびに、目に浮かぶ九十九里浜、しわしわの祖母の手を離れ一人で訪れた歓楽街……」

町野と浜子、おどろおどろしい歌にびっくりしながらも手拍子をする。

ミチ「ママはここの女王様、生き写しのようなあたし……」

町野、完全に引いている。

ミチ「十五になったあたしをおいて女王は消えた……毎週金曜日に来てた男と暮らすのだろう……JR新宿駅の東口を出たら、そこはあたしの庭、大遊戯場歌舞伎町……」

    間

浜子「……(とってつけたように)イエーイ!みっちゃん、うまいじゃない!」

ミチ「へたですよ」

町野「今、そんな歌が流行ってるんですか?」

浜子「椎名林檎ですよ。知らないんですか?」

町野「なんか、あんまり楽しい歌じゃあないですね」

浜子「まあ、確かに……。それに、みっちゃんからこの歌が出てくるってのは、意外なような、そうでもないような……」

ミチ「何かまずかったですか?楽しい歌にしないとだめだって、聞いてなかったから……」

浜子「ああ……いいのよ!全然、椎名林檎、私も好きだもん」

町野「次はみんなで歌えるような歌にしませんか?」

浜子「あ、そうですね。何がいいかな?司馬君、何かない?」

司馬「僕は、アニメソングしか知りません」

浜子「アニメ!それいいね!アニメの歌だったらみんなで歌えるもんね」

町野「私もアニメの歌だったら、アトムとか、巨人の星とか、歌えますよ」

浜子「何の歌にしようか?司馬君、決めてよ」

司馬「え……じゃあ……『超時空世紀オーガス』の、エンディングテーマでいきましょう」

浜子「ごめん、わかんないや」

司馬、いじけて下を向く。

町野「あの……私の好きな歌でいいですか?」

浜子「いいですよ!でも、みんなが知ってそうなのにしてくださいよ」

町野「絶対知ってると思いますよ。若い人でも。なんせね、世界でヒットした日本語の曲はこの曲くらいなものなんですから」

浜子「あ!わかった!」

ミチ「え、何ですか?」

浜子「みっちゃんの歳の人はどうなのかなあ?でも絶対聞いた事あると思うよ」

町野「(歌いだす)上を向いて、歩こうよ、涙がこぼれないように……」

浜子も歌いだす。

浜子「思い出す、春の日、一人ぼっちの夜……」

ミチ「あ!知ってます!その曲!中学の音楽の時間に習いました!」

町野、浜子、ミチ、声を合わせて歌う。

町野浜子ミチ「上を向いて、歩こうよ、涙がこぼれないように……思い出す、春の日、一人ぼっちの夜……」

町野、浜子、ミチ、何度も繰り返して歌ううちに、涙声になってくる。

歌がとぎれ、しんみりとした雰囲気になる。

町野「坂本九ちゃんって……死ぬとき、どんなこと考えてたんだろう……」

浜子「そうか……御巣鷹山の時でしたよね」

町野「死にたくない……こんな所で死にたくない……もっと生きたいって思ってたんでしょうね」

浜子「……」

ミチ「……」

司馬「……」

浜子「なんか……涙がでてきちゃって……」

全員沈黙。

トイレから『ブリブリ……』という音が聞こえる。

町野、再び歌いだす。

町野「見上げてごらん、夜の星を……」

浜子「あ、その曲も知ってますよ」

ミチ「なんていう曲ですか?」

町野「『見上げてごらん夜の星を』」

ミチ「そのままですね」

町野「ええ」

浜子「あ!そういえば、もうすぐ夜になりますよ」

町野「(歌って)見上げてごらん夜の星を……」

浜子「夜になったらどうするんですか?」

町野「どうするって?」

浜子「電気つかないじゃないですか」

町野「ああ。でもいいんじゃないですか。その方が発見もされにくし」

ミチ「それより、電気が来てないってことは、水道も来てないですよね?」

町野「うん。そうですけど……」

浜子「(大声で)あ!」

町野「(大声で)あ!」

トイレのドアが開き、初音が顔を出す。

初音「どうしよう!流れない!」

町野「あいたたた……」

浜子「やっぱり?」

町野トイレに駆け寄る。

町野「なんかでつっついて、なんとかなりませんかね?」

町野、トイレを覗こうとする。

初音「見ないで!」

初音、町野を突き飛ばす。

町野「ご、ごめんなさい。だけど……」

初音「私、今日はやめた。こんなとこで自殺なんか出来ない」

ミチ「え、そんな……」

初音「当然でしょう?うんこが流れないのよ!」

町野「別にいいじゃないですか。流れないくらい」

初音「ダメ!絶対ダメ!トイレにうんこを残したまま死ねっていうの?」

浜子「なんか……そうよね。確かに」

町野「あなたまで、そんな、この日の為にずっと計画を練ってたんですよ。それをうんこが流れないくらいのことで中止にするんですか?」

初音「トイレに残したまま5人が死んだら、絶対この五人のうちの誰かのうんこだって思われるでしょう!」

町野「仕方ないでしょう!」

初音「仕方なくない!ニュースで報道されたらどうするのよ?『心中事件の現場のトイレにはこんもりとしたうんこが残されていました』なんて言われたら!」

浜子「こんもりって……それはないと思うけど」

町野「そうですよ。そんなことニュースで言うわけないでしょう」

浜子「あ、だけど、警察には調べられるかもね」

初音「え、何を?」

浜子「だから、うんこを」

初音「ええ!うんこを?あのうんこを警察が調べるの?」

浜子「だって、うんこの中から毒物か何かが検出される可能性があるとか、考えるんじゃないかな?」

町野「確かにその可能性は……」

初音「最悪!絶対そんなのダメ!自分のうんこを日本中の人に見られるなんて!」

浜子「だから日本中の人は見ないよ」

初音「やっぱり今日は中止にして!お願い!」

町野「だったら、なんとかして流しましょうよ。コンビニで水をいっぱい買って来て、流してみたらいいんじゃ……」

と、言いながら町野トイレを覗こうとする。

初音「だから、見るなって!」

初音、町野を突き飛ばす。

浜子「私、買って来ようか?水……」

初音「そんなコンビニのミネラルウォーターなんかで流れないよ」

浜子「ミネラルウォーターかどうかは関係ないでしょう」

初音「だけど、普通にトイレ流した時みたいに、ジャーって勢いよく流さないと」

浜子「ペットボトルからちょぼちょぼ流してたらダメかな?」

初音「だめよ!」

司馬「それに、下手にコンビニなんか行って、誰かに見られて通報でもされたら終わりですよ」

浜子「じゃあ、どうするの?」

初音「だから、今日は中止にしてよ!また今度にすればいいじゃん!」

町野「冗談じゃない!私はね、今日の為に一月前から心の準備をしてきたんですよ。それを今更……」

初音「今日やっても明日やっても一緒でしょう!」

町野「今日やるの!もう我慢出来ないんですよ!一月前から、『あと30日、あと29日……』って数えてたんですよ!今日でなきゃだめなんです!」

初音「そんな、人の気持ちも考えなさいよ!」

町野「どっちがですか!なんであんたのうんこのせいで自殺を延期しなくちゃなんないんですか!私はやりますよ!」

町野、七輪に備長炭を入れて、ライターで火をつける。

初音「ちょっと!待ってよ!私やらないよ!どうしてもやるんだったら、私抜けるからね!」

浜子「町野さん、ちょっと考えましょうよ」

ミチ「浜子さん、私も今日やりたい……」

浜子「みっちゃんまで……そりゃあ、気持ちは分かるけど……」

町野、ライターで火を点けようとするが、うまくつかない。

町野「あれ、つかないなぁ……あれ……」

初音「本当にやるんだったら、私、帰るからね!帰るよ!」

浜子「ねえ、みんなちょっと、一回落ち着こうよ」

司馬「町野さん、そんなやり方じゃあ炭に火はつきませんよ」

町野「え、どうして?」

司馬「はじめは炭の上で薪を燃やすんですよ。新聞紙かなんかに火をつけて」

町野「そうなの?君、そんな事までよく知ってますね。若いのに」

司馬「調べたんですよ。事前調査は大事ですから」

町野「偉い!そうか、薪か……無いかな?」

初音「そんなのあるわけないでしょう。失敗よ。今日はどっちにしろ中止!」

町野「木造のアパートなんだから、薪くらいなんとでもなりますよ!床板はがせばいいんだから。押入れの床板をちょっと……」

言いながら、町野、押入れを開ける。

すると、押入れの中に大きなボストンバッグが入っている。

初音「ちょっと、床板はがすなんてやめなさいよ!私もう本当に帰るからね!」

町野、ボストンバッグの中身を見て、硬直している。

初音「ちょっと!ねえ……何?」

初音たち、町野の様子がおかしいことに気付く。

浜子「あの……」

初音「ど、どうしたの?……何、その鞄……」

町野、無言でゆっくりと鞄を押入れから引き出す。

町野「どうしよう……たいへんな物を見つけてしまいました」

初音、恐る恐る鞄を開くと、手を入れて中から拳銃を取り出す。

浜子「うわあああ!」

ミチ「な、なんですか!それ!」

司馬「拳銃……」

初音、呼吸を整えてから、更に鞄の中の物を全部出す。鞄の中につまっていたのは札束。半端な額ではない。

ミチ「こ……これって……もしかして」

浜子「そうよ……絶対そうよ!」

司馬「二億円……」

初音「空きアパートで人気が無い所だから、一旦ここに隠して……」

浜子「ほとぼりがさめて警察が少なくなってきた頃に取りに来ようとしてたんだ」

初音「……どうする?」

浜子「……どうするって言われても……」

突然、町野が札束に覆いかぶさる。

町野「これ、私に下さい!」

浜子初音「はあ?」

町野「だって、だって、あなたたち、死ぬんでしょう?だったらお金いらないですよね?」

初音「いらないですよねって……」

浜子「お金、もらっちゃうつもりなんですか?」

初音「っていうか、あんたも死ぬんだろ?そのつもりでここに来たんだから」

町野「私の死にたい動機なんて、薄っぺらなもんなんですよ。お金!お金だけですよ。借金が出来たから死のうと思っただけで、(ミチを指して)そのお嬢さんみたいに、人生に絶望したからとか、そんな文学的なんじゃないんですよ。だから、だから、お金さえあれば……」

浜子「だけど、このお金はだめですよ!」

初音「そうよ。これはだめよ」

町野「どうしてですか?2億ですよ。借金返しても、まだ1億以上余るんだから」

浜子「こんなお金使ったら、すぐ警察に捕まっちゃいますよ!」

町野「そうでしょうか?このお金を金融業者の返済にあてたら、金融業者が警察に通報すると思います?『あいつはこんな金持ってるわけないから怪しい』っていって、警察に連絡すると思います?」

浜子「それはわかんないけど、日本の警察は甘くないですよ!もし町野さんがこのお金を使ったことが警察にばれたら、現金輸送車を襲ったのも町野さんだと思われますよ」

初音「そうよ!逮捕されるよ!押入れで見つけたんだなんて言っても信じてもらえないよ!逮捕されたら、何年も刑務所暮らしだよ!」

町野「今更刑務所なんか怖くないですよ。やってみて失敗したらその時あらためて死ねばいいんですから。そうだ!もう怖いもんなんて何も無いんだ!死のうとしてたんだからな!死ぬ気になればなんだって出来ますよ!よおうし!生きる気力がみなぎってきた!」

ミチ「死ぬのやめるんですか?」

町野「すみません。私、抜けさせてもらいます」

ミチ「そんな……」

町野「いっそう、みなさん、死ぬのやめませんか?人生に絶望したとかいっても、大概の悩みはこれだけのお金があれば解決しますよ」

ミチ「私、お金なんて要りません」

町野「そうですか?みなさん、お金要らないんだったら、私、全部もらっちゃいますよ」

初音「私はちょっともらっとこうかなぁ」

浜子「初音さん!やめときなよ!盗んだお金なんだよ」

初音「ううん……。そうか……やっぱ、やばいか……」

ミチ「それで、心中は……」

初音「中止よ。(町野を指して)この顔見てよ。さっきまで死のうとしてたなんて考えられない」

ミチ「だけど、司馬さんと、浜子さんは、気持ち、変わってないんでしょう?」

司馬、浜子、無言。

ミチ「ねえ、何?どうしちゃったの?司馬さん!」

司馬「俺は……俺は止める」

ミチ「止める?止めるって?どうして?」

司馬「3人で死ぬんじゃ埼玉のと同じだし……」

ミチ「同じで何が悪いの?死ぬ事が目的だったんでしょう?そりゃあ、たしかに人数多い方がニュースとかで話題になるかもしれないけど……。浜子さんは?浜子さんは、死ぬつもりなんでしょう?」

浜子「あの……」

ミチ「浜子さん……」

浜子「ごめんなさい」

ミチ「ごめんなさいって?」

浜子「実は、私、みんなのこと騙してたの」

ミチ「騙してたって、何?」

浜子「私、本当ははじめから死ぬつもりなんかなかったの」

初音「何?ど、どういうこと?」

浜子、鞄の中から小型録音機を取り出す。

浜子「録音させてもらってたの」

ミチ「録音って……。私たちの会話を録音してたってこと?ずっと?」

浜子「うん」

初音「何の為に?」

浜子、鞄の中から名刺を何枚か取り出す。

浜子「実は私、現文社の『週刊ニュースの真相』で記者をやってるんです」

浜子、町野に名刺を手渡す。

町野「(名刺を読んで)ゲンブンシャ……本当だ」

浜子「ほら、あの、このあいだの埼玉で起こったネット心中事件。あれがあって、『インターネット』と『自殺』っていうテーマで特集記事を書く事になったんですよ」

浜子、ミチに名刺を手渡す。

浜子「それで、インターネットでいろいろ自殺のことを調べてたんですよ。そしたら、司馬さんの書き込みをみつけちゃって。これは取材をするしかないなって……」

初音「取材?」

浜子「うん。あの事件に関しては、やっぱり理解できないところがいっぱいあって、常識的に考えて、心中っていうのは、恋人とだったり、親子だったり、この人とだったら一緒に死んでもいいって思えるような人とするものでしょう?それをインターネットで知り合って、ほんの数回しか会ってない人とっていうのは、どういう精神構造なんだろうって。一緒に死んだ3人は心を通わせていたんだろうか、とか、インターネットで同じように悩みを持った人が知り合って、お互いに悩みを打ち明けたりしたら、それが自殺の抑止力にならなかったんだろうかとか……。とにかく私には理解できなかったんだけど、これだけは誰もが感じたと思うのね。こういう自殺のスタイルって、これからどんどん増えていくだろうって。それで……」

初音「ちょ、ちょっと待って。それは、要するに、あんた、雑誌の記事を書く為に、心中に参加したってこと?」

浜子「心中の直前までを観察させてもらって、七輪に火がついてやばいっていう状況になったら、ぎりぎりのところで警察をよぶなりなんなりして中止にしてもらおうと思ってたの」

初音「中止にしてもらおうと思ってた?」

町野「裏切られた……。あなた、私らを裏切ったんだ!」

浜子「裏切った?でも、あなたもみんなを裏切ったでしょう?みんなで死のうとしてるのに、自分だけお金を手に入れたからって……」

町野「そういうことじゃなくて……。あんたは私らの事を上から見下ろしてたんだ!」

浜子「別に見下ろしてなんかいないですよ。これ……」

といって、浜子、初音に名刺を差し出す。

初音、浜子の手を振り払う。

初音「ふざけんなよ!あんた、何様のつもりなの!観察させてもらってたって、あたしらはひまわりか?水栽培のヒヤシンスか?」

ミチ「(小声で)あの……」

初音「雑誌の記事にするの?あたしらの事を記事にするんだ!私らが思いつめて本気で死のうとしてるのが、どんな様子だったか、日本中のバカどもが興味本位で読むんでしょう?私のうんこの事も記事にするの?ねえ?」

ミチ「(大声で)あの!」

全員、ミチを見る。

浜子「何?言いたい事があったら言って。私、あなたたちの考えてること、なんでも知りたいから」

ミチ「自殺は……中止なんですよね?」

初音「……そうなるわよね」

ミチ「そう……そうですよね。つまり、町野さんは、お金が手に入ったから死ぬ必要がなくなって、浜子さんはもともと死ぬつもりじゃなかった……。司馬さんは人数が少ないと埼玉の事件に負けるから……。初音さんはうんこが流れないから」

初音「言わなくていい!」

ミチ「とにかく、今日はもう心中はないですね」

町野「どっちにしろ、決行しようとしたら、(浜子を指して)この人に邪魔されますよ」

初音「(浜子に)あんた、本気で死のうとする人間の気持ちなんかわかんないでしょう」

浜子「わかんないわよ。だから取材をしようと……」

ミチが無言でトイレのドアを開ける。

初音「ちょっと!」

ミチ「心中がなくなったと思ったら、気が抜けちゃって、トイレに……」

初音「だめよ!トイレは」

ミチ「だって……」

初音「我慢できないの?」

ミチ「うん」

初音「んんん……もう……だったら、目、つぶってやって、絶対見ないでよ。私のあれ」

ミチ「うん」

初音「あと、においもかいじゃだめよ。鼻つまんで」

ミチ「うん」

ミチ、鼻をつまみながらトイレに入っていく。

浜子「出来れば、今度は一人ずつインタヴューさせてもいらいたいんだけど、だめかな?」

初音「誰が!」

町野「そんなものに協力する義務はないでしょう」

初音「私ら、みせもんじゃないのよ!」

浜子「だけど、みんな、どうして死にたいんだったら一人で死のうとしなかったの?誰かと気持ちを共有したかったからじゃないの?だったら、雑誌にあなたたちの記事が載って、私、あなたたちの気持ちをちゃんと記事にするから、そしたら、その記事を読んだ日本中の人たちと気持ちを共有できるんじゃない?」

初音「勝手なこと言ってる」

町野「雑誌の記者ってのは、そんなに偉いのか?人様の人生に土足で踏み込んで、それで社会正義のつもりなのか?」

浜子「私は別に正義を行うとかそんなつもりはまったく……」

町野「だったら、死にたい人間の邪魔をすることないだろう?」

浜子「自殺しようとしてる人を止めるのが目的じゃないです。やっぱり現場に一緒にいた方が生な記事が書けるし、だからって、目の前で人が死のうとしてるのを止めないわけにもいかないでしょう?それに今回私が心中の邪魔をしたからって、本当に死にたいんだったら、明日にでもやり直せばいいことでしょう?」

初音「そうしてくれた方が記事としても面白くなるもんね」

浜子「別にそういう意味じゃないけど……」

町野「とにかく、私はあんたの取材には協力しませんよ」

浜子「そうですか。残念だけど仕方ないですね。じゃあ、今回のことはみなさんの名前は匿名で記事にさせてもらいます」

初音、浜子のほほを叩く。

浜子「痛い!何するの?」

初音「私、あんたみたいな女、大嫌いなのよ」

浜子「私も本当はあなたみたいな女、嫌いなの。男の為に生きて、男の為に死ぬんでしょう?あなたには自分ってものがないの?あなたの人生には男の他に大切なものは何もないの?」

初音、浜子を突き飛ばす。

町野「初音さん、やめなさい!こんな女、もう相手にするの、やめよう」

町野、初音を制止しようとするが、初音、町野をふりはらう。

初音「(浜子に)あんたこそ何よ!くだらない雑誌の記事を書く事がそんなに立派な事なの?何が私らの気持ちをちゃんと書くよ。あんたはただ雑誌が売れるように、読者の興味を引く様に書くだけでしょう?ただ雑誌が売れればいいと思ってるだけでしょう?そんなくだらない雑誌が売れる事になんの意味があるのよ!」

浜子「あなたなんかにわからないわよ!」

初音「偉そうにいってんじゃねえよ!」

浜子「あ、それから、そのお金のことなんですけど」

町野「こ、これは関係ないだろう!」

町野、ボストンバッグを抱きかかえる。

浜子「一応、私、報道の人間ですから、それを見なかったことには出来ないんです」

町野「な、な……」

町野、わなわなと震える。

浜子「ですから、警察に届けてください。私から連絡してもいいんですけど。町野さんが見つけたって言う事にすれば、2億も戻ってきたんだからいくらかは謝礼がもらえるんじゃないかと……」

町野「ちくしょう!」

町野、ボストンバッグの中の札束を取り出して、浜子に投げつける。

町野「こんな金、こんな金!さっさと警察に連絡すればいいだろう!ちくしょう!」

町野、浜子の胸倉をつかむ。

浜子「やめてください!苦しい!」

町野「ちくしょう!」

浜子、町野を振り払って逃げる。

町野、ふたたび浜子に飛び掛る。

浜子、トイレのドアのノブを握り、倒れる。すると、トイレのドアが開く。鍵がかかっていなかった様子。

全員、凍りついたように立ち尽くす。

トイレの中にはベルトで首をつったミチの体がぶら下がっている。

初音「きゃああああ!」

浜子、腰をぬかして動けない。

町野「は、早く!下ろすんだ!」

町野、トイレに入って、便器に足をかけてる。

町野「早く、手伝って!」

呆然としていた初音、我に返って、町野を手伝う。

町野がミチの首からベルトを外す。初音はミチの体を抱きかかえる。

浜子「し……死んだの?」

町野が脈をとる。

町野「大丈夫だ!死んでない!」

浜子「救急車!救急車よばなきゃ!」

浜子、鞄から携帯を取り出す。

司馬「だめだ!やめろ!」

浜子、ボタンを押す手を止める。

浜子「ど、どうして?」

司馬「このまま死なせてやるんだ!彼女はそれを望んでるんだ!」

浜子「だめ!そんなこと出来ない!」

司馬「植物人間になるかもしれないぞ!」

浜子「植物人間?」

司馬「首をつってる間、脳に血液がまわってないんだ!あんたが救急車を呼んで、命が助かったとしても、脳に障害が残って、この先自分で歩く事も出来ないし、しゃべる事も出来ないし、そうなるかもしれないんだ!それでもあんたは救急車を呼ぶの?このまま死なせてやったほうが絶対幸せなんだよ!もともと彼女は死ぬ事を望んでたんだから!」

浜子「……もし、もしそうだとしても、人の命って、他人が奪ったり、自分で奪ったりするものじゃないと思う。助かる可能性があるんだったら、私は……私は救急車を呼ぶわ」

司馬「やめろ……やめろ……どうして、どうして苦しむために生きなきゃならないんだ!」

浜子、司馬を無視して電話をする。

浜子「あ、救急車、大至急お願いします。女性が首をつって……」

司馬「やめろ!」

司馬、ボストンバッグの中から拳銃を取り出して、発砲する。

『パーン』という銃声。

浜子が手から携帯を落とし、崩れるように倒れる。

初音「ひ……ひ……人殺し!」

町野「な……何をするんだ!」

拳銃を握り締めてわなわなと震える司馬。

町野「それを、それを、渡しなさい。こっちによこしなさい!」

町野、司馬ににじり寄る。

司馬「う……うう……」

司馬、町野に向けて発砲する。

鳴り響く銃声。

町野「ど……どうして……」

町野、おびただしい血を流して倒れる。

初音「ああ……ああ……」

司馬、初音に銃を向ける。

初音「いや……いや……やめて」

司馬、初音にゆっくり近づく。

初音「司馬さん、心中、したいんでしょう?私、一緒に死んであげるから……でも、でも、拳銃はやめて。私、痛いのいやだから。怖いから。もう一回、ちゃんとガスでやろう」

司馬、拳銃を下ろす。

初音「七輪に火をつけてさ。一緒に死のう。二人で……この、七輪で……」

初音、言いながら、七輪を持ち上げると、頭上高く振り上げる。

初音「この気ちがい!」

初音、七輪を司馬の頭に振り下ろそうとするが、一瞬早く司馬が拳銃を撃つ。

七輪が床に転がる。

初音も倒れる。

司馬、暫く拳銃を握って、呆然と立ち尽くす。

司馬「上を向いて……歩こうよ……涙がこぼれないように……」

不意に激しくドアを叩く音がする。

警察の声「(ドアの外から)誰かいるんですか?あけなさい!警察です!あけなさい!誰かいるんですか!何かあったんですか?」

司馬「俺だ……」

警察の声「いるんですね?ここは空き室ですよ!」

司馬「俺だ……俺だ!」

警察の声「銃声のようなものがきこえたみたいですけど、何してるんですか?早く開けなさい!」

司馬「俺だ!俺がやったんだ!全部俺がやったんだ!司馬マナオだ!司馬マナオがやったんだ!ざまあみろ!俺がやったんだ!俺が全員殺したんだ!ざまあみろ!俺だ!俺だ!俺だ!」

叫び続ける司馬。

 

              〈完〉

 


 
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