シアターリーグ > シナリオ > 〜夏空の光〜 >
 
〜夏空の光〜
劇団東京観光 第二回公演脚本 作 皆木達也
 





〜登場人物〜
南河内 光(みなみかわち ひかる)
星野 奈津美(ほしの なつみ)
佐久間 栞(さくま しおり)
佐久間 大五郎(さくま だいごろう)
山田 次郎(やまだ じろう)
本庄 芳樹(ほんじょう よしき)






〜シーン1〜

   人気のほとんど無い田舎にあるような駅のホーム。
   舞台中央上手よりに木製の粗末な長椅子。
   長椅子の背には「みつれがわえき」の文字が書かれた看板。
   下手奥は駅事務所及び改札へ通じる。
   下手ツラに舞台から続くホームがある。

   駅長(本庄芳樹)が電車の発車を見送っている。
   ランプ(または旗)を振りつつ安全確認。
   山田が事務所側から出てくる。

山田「駅長。」
駅長「ん?」
山田「荒井さんから荷物届いてます。」
駅長「そう。あ・・・そうか、もうそんな季節なんだね。」
山田「はい。」
駅長「じゃあ、後でお供え物、用意しておかないと・・・。」
山田「あ、それなら、荒井さんが・・・。」
駅長「え?」
山田「使ってくださいって、お盆道具一式、置いていきましたよ。」
駅長「また?もう、いつもなんだから・・・。そんなことしなくてもいいのにね・・・。後でお礼を言っておかないといけないな。」
山田「そうですね。」
駅長「あ、改札はどう?直った?」
山田「それなんですけど・・・。」
駅長「自動改札導入って言っても、動かないんじゃ意味ないよね。」
山田「はい。この駅なら手で切るほうがいいと思うんですけど・・・。」
駅長「そうしちゃおうか?後で荒井さんに・・・。」

   光が帽子をかぶったままホーム側から入ってくる。

光「こんにちは!」

   一瞬動きが止まるが再び動き出す駅長と山田。

光「あ・・・しまった・・・。(帽子を脱いで)こんにちは。」
駅長「え?ああ、光さん。」
山田「・・・今、帽子かぶったまま挨拶しなかった?」
光「へ?(誤魔化しつつ)いや?、なんのこと?」
山田「なんかね、気配だけ感じたんだよな?。」
光「そんなことあるわけないじゃん!私を誰だと思ってるの?」
駅長「(苦笑)」
光「(駅長に近付きつつ)駅長さん!駅長さん!南河内光、只今戻りました!(敬礼)」
駅長「お疲れ様。事務所に麦茶があるよ。どうぞ。」
光「そんな、いつも悪いです・・・。」
駅長「遠慮なんかしなくていいよ。」
山田「そうだよ。いつも事務所の冷蔵庫あさってるじゃん。この前だって、駅長の分のケーキを・・・。」
駅長「え、ケーキ・・・?」
光「(山田を殴り)いえ、なんでもないです!あ!そうだ、お土産があるんですよ!どうぞ!」
駅長「光さん・・・。」
光「あっちを出るとき買ってきたんです。温泉饅頭です。地元でもおいしいって評判らしいんです!駅長さん、甘いもの大好きですよね?」
駅長「え、あ、好きだけど・・・。悪いよ。」
光「いえ!いつもお世話になりっぱなしですし、どうぞ!(お土産を差し出す)」
駅長「(躊躇しつつ受けとる)・・・ありがとう、光さん。」
光「はい!あ・・・それと・・・ですね。(小さな袋を取り出して)これなんですけど・・・。」
駅長「・・・。(饅頭の世界に浸っている)」
光「あの・・・駅長さん?」
駅長「・・・。」
山田「ああ、駅長・・・また自分の世界に入っちゃった。」
光「え?」
山田「駅長は甘いものに目がなくてね。甘いものを食べている至福のときを考えただけでこうなっちゃうんだ。(駅長の顔を覗き込んで)さしずめ、今は饅頭がたくさんぷかぷか浮かぶ温泉に浸かりながら、温泉饅頭を食べているって顔だな・・・。」
光「駅長さ〜ん・・・。」
山田「・・・でもさ、よく買えたね。おみやげを買う時間なんてあったの?それに見つかったら・・・。」
光「大丈夫。(帽子を出して)これ、かぶってたから問題なーし。」
山田「いいの?そんな自分のことに使って・・・一応公務員なんだから。私用で使ったのがばれたら大変だよ。」
光「ばれないように使うから平気。」
山田「それでこの前も反省文を書かされてたでしょ?」
光「(頭に手をやって)それは言わないで!」
駅長「!(現実に戻ってくる)」
山田「(駅長の反応に気付いて)あ・・・。」
光「(駅長を見て)あ・・・。」
山田「駅長、戻ってきた。」
光「駅長さん、大丈夫ですか?」
駅長「え?ああ、うん、大丈夫だよ。いい湯加減だった。」
山田「・・・やっぱり。」
光「(小さな袋を出しつつ)あの・・・。」
駅長「光さん。あ、そうだ!今麦茶入れるからね。お饅頭だから、お茶のほうがいいかな?ちょっと待っててね。」
光「あ、駅長さん・・・。」

    駅長は事務所に去る。

光「・・・。」
山田「ところでさ、さっきからのそれ、何なの?」
光「うるさい!」
山田「うそ〜ん、そこ怒るとこ???」
光「山田さんには関係ないの!」
山田「なんだよ、聞いただけじゃん。・・・それ、駅長に?」
光「(ポケットからハサミを出して)どこ切られたい?」
山田「すいません、ごめんなさい。」

    奈津美がホーム側から小さなカバンを持って入ってくる。

光「あ・・・。」
山田「え?(振り向いて奈津美を見る)」
光「・・・。(ハサミをしまいつつ奈津美に礼)」
奈津美「・・・。(返礼)」
山田が呆然と奈津美を見ているのを光は促して、奈津美に聞こえないように山田に。
光「お客さんだよ・・・。」
山田「う、うん。まあ、駅だし・・・ね。」
光「そうだけど・・・。(奈津美をちらっと見て)さっきの列車に乗ってたってこと・・・だよね?」
山田「・・・と、思うよ。」
光「でも・・・私、見てないよ。」
山田「もしかしたら一本前の列車に乗ってきたのかも。」
光「二時間前に?二時間もホームにいたってこと?」
山田「・・・トイレに行ってたとかさ・・・。」
光「・・・。」

   奈津美は辺りを眺めながら長椅子に座る。

山田「(奈津美を見つつ)・・・きれいな人だな・・・。」
光「(山田をチラッと見て)・・・山田さん。駅長さんに知らせなくていいの?」
山田「え?」
光「この駅にお客さんが降りたら駅長さんに知らせなきゃいけないんじゃなかった?」
山田「あ・・・そうだった、忘れてたよ。・・・でも、本当にきれいだ。現代に廃れてしまった古き良き日本の『清楚』って言葉が似合う女性じゃない?」
光「うん・・・まあ、たしかに・・・。」
山田「きっと彼女を見たら駅長も惚れちゃうんじゃないかな?」
光「え!?」
山田「じゃあ、ちょっと呼んでくる。」
光「(行きかけた山田の腕を掴んで)待って!」
山田「え?なに?」
光「知らせるのはちょっとまずいんじゃないかな?」
山田「なんで?」
光「ほら、お客さんじゃないかもしれないし!」
山田「いや、それはないでしょ。どう見たって・・・。」
光「あ、そうだ!あの人は、私の同僚なの!同じ職場なの!」
山田「はい?」
光「だから、駅長さんに知らせる必要なーし!」
山田「だって、さっき自分で・・・。」
光「ほら、私の仕事って外回りが多いじゃない?だから、職場の人の顔なんてあまり覚えてないの。」
山田「それはわかるけど・・・。」
光「というわけで、駅長さんに知らせる必要なーし!」

   駅長が入ってくる。

駅長「光さ〜ん、お茶が入ったよ。」
光「うわーッ!うわーッ!」
駅長「え?え?」

   光は慌てて自分の帽子を奈津美にかぶせる。

山田「あ・・・。」
駅長「光さん、どうしたの?」
光「え?いや、なんでもないです!」
駅長「実はね、お饅頭とどっちが合うかな?っと思って、麦茶とお茶両方試してみたんだけど、やっぱりお饅頭には暖かいお茶だなって思ったんだけど、麦茶もね、夏だから意外と捨てがたいわけで・・・。」

   奈津美が帽子を取ろうとするのをおさえて、奈津美にだけ聞こえるように。

光「ごめんなさい!ちょっとの間、帽子をかぶっていてください!」
奈津美「え?あの?」
光「あなたに危険が迫っているんです!お願いします!」
奈津美「あ・・・はい。」
駅長「聞いてます?」
光「はい、もちろん!いや、あはは、うれしいな、お饅頭!お茶!麦茶!」
山田「ああ・・・。」
駅長「うん、だからお茶と麦茶、両方用意してみたんだ。好きなほう飲んでね。」
光「ありがとうございます!」
駅長「山田君のも事務所に用意しておくから、後で。」
山田「あ、はい、ありがとうございます。」
駅長「じゃあ、光さん。」
光「はい!すぐ行きます!」
駅長「うん。」

   駅長は事務所に去る。

光「・・・はふ・・・。(へたばる)」
山田「もう・・・なんなのさ?見てるだけだったけど嫌な汗かいた・・・。」
奈津美「・・・あの?」
光「・・・あ!(山田に)あの人は?」
山田「え?」
光「女の人!私が帽子をかぶせた人!」
山田「ああ・・・えっと・・・。(辺りを見回して)・・・つーか、あの帽子かぶせたんだよ?見えるわけないじゃん!」
奈津美「あの・・・ちょっと・・・。」
光「うわーッ!どうしよう?」
山田「どうしようって・・・姿も見えない、声も聞こえないでは探しようがないよ・・・。なんでかぶせちゃったわけ?」
光「だって、あの場合、ああするしかなかったでしょ?」
山田「・・・だから、なんで?」
光「それは!・・・うるさい!」
山田「ちょっと、何故怒るの!」
奈津美「もしもし?あの・・・。」
光「そうだ!山田さん!両手広げて!」
山田「はい?」
光「両手広げてくるくるまわって!」
山田「なんで?」
光「近くにいれば手にぶつかるでしょ?そしたらどこにいるかわかる!」
山田「ああ、なるほど!」
光「手に衝撃を感じたら、即行で押さえつけるの!」
奈津美「押さえつけ・・・ですから、私はここに・・・。」
光「(両手を広げて)山田さん、いくよ!」
山田「(両手を広げて)了解!」

   光と山田は両手を広げたままくるくる回り始める。
   当然の如く奈津美はぶつからないように避ける。
   二人はしばらく回り続けるが、目が回ってへたり込む。

光「目が回った・・・。」
山田「気持ち悪い・・・。」
光「(半泣き)どうしよう・・・近くにいないよ・・・。もしかしてどこか行っちゃったかな?」
奈津美「・・・。」
光「わーん!いたら返事して?!」
奈津美「・・・はい。」
光「・・・。」
山田「・・・。」
奈津美「・・・。」
山田「いないみたいだね。」
光「うん。」
奈津美「(ズッコケて、帽子を取って)だから、私はここにいます!」
光・山田「(突然姿が見えたので)うわーッ!!!」
山田「あ・・・あ・・・。」
光「あ・・・ビックリした・・・。」
奈津美「・・・ごめんなさい。」
光「・・・もう、どこにいたんですか?」
奈津美「え?あの・・・ずっとここに・・・。」
光「だって、さっきくるくる回ったとき、ぶつからなかったじゃないですか!」
奈津美「いや、普通、それは避けるかなって・・・。」
山田「・・・そうかも・・・。」
奈津美「(帽子を差し出して)この帽子・・・。」
光「あ!(帽子を奪う)」
山田「光さん、その態度はないよ。謝ろう。」
光「・・・。」
山田「すみません、お騒がせして。」
奈津美「いえ、そんな・・・。」
山田「光さん、ほら!」
光「・・・ごめんなさい。」
奈津美「ううん、いいのよ。私もなんか楽しかったから。ひかる・・・さんって言うのね。いい名前ね。」
光「(ちょっと照れつつ)あ・・・ありがとう。」
山田「光さんにはない、大人の余裕だ・・・。」
光「(山田を肘打ちする)・・・。」
山田「ぐはッ!(蹲る)」
奈津美「それにしても、その帽子、不思議ね。」
光「え?あ・・・。(後ろに隠す)」
奈津美「それかぶると姿が見えなくなるんでしょ?凄い!まるで魔法みたい。」
光「魔法とかではないんですけど・・・。」
奈津美「(ちょっと照れて)そうね、魔法なんてあるはずないよね。でも、すごい。光さん、その帽子、ちょっとかぶってみてくれないかな?」
光「え!ちょっと・・・。」
奈津美「(天使のような笑顔で)おねがい。」
光「う・・・。(渋々帽子をかぶる)」
奈津美「うわ?、ほんとに見えなくなった!すごい!」
光「(ちょっと照れつつ帽子をとる)・・・。」
奈津美「光さん、お仕事は手品をやってる人でしょ?それも凄く上手な・・・。」
光「はい???ち、ちが・・・。」
奈津美「帽子をかぶっただけで姿を隠せるマジックなんて、そうないもん。」
光「だから、これは私の仕事に使ってる帽子で・・・。」
奈津美「やっぱり!その帽子を使って、いろんな人を楽しませて、いろんな人に喜びを与えているのね!」
光「え・・・?」

   光は何事か思い、考えつつ・・・。

光「・・・楽しさ・・・喜び・・・。(寂しい笑顔)そんな・・・そんな仕事じゃないですよ、私の仕事は・・・。楽しさなんて・・・喜びなんて・・・。」
奈津美「ひかる・・・さん?」
山田「光さん・・・。」

   間。

光「(二人の雰囲気に気付いて)あ!ごめんなさい!暗くなっちゃった!明るく楽しく元気よく!これが私のモットーなのに?。(笑)」
奈津美「光さん・・・。」
光「実はですね、今日もお仕事がうまくいかなかったんですよ!だからちょこっと凹んでしまって。まあ、仕事がうまくいかないのはいつものことなんですけどね。(笑)」
山田「(苦笑)たしかに。いつも大五郎さんから怒られてばっかりだしね。・・・じゃあ、今回も反省文を書くことに・・・。」
光「(ハサミを出して)山田さん・・・(笑顔で)どこからいこうか?(シャキシャキ)」
山田「だから、ハサミは危ないから。」
奈津美「(笑顔)」
光「(奈津美の笑顔に気付いて)あ、これは、このハサミはですね、仕事道具のひとつで・・・あの、その・・・。」
奈津美「マジシャンならハサミのひとつやふたつ、持っていても不思議はないわ。」
光「あ・・・そう、ですね。(苦笑)」
山田「・・・完全に誤解してる・・・。」





〜シーン2〜

   栞が事務所側から入ってくる。

栞「あ、いた。やっほー!」
光「栞さん!」
山田「どうも。どうしたんですか、こんなところに。」
栞「うちのを探しててね、近くまで来たから寄っちゃった。」
山田「うちのって、大五郎さん?」
栞「そう、あのバカ亭主。」
光「あはは・・・。」
栞「光ちゃん、大五郎見なかった?」
光「いえ、係長は今朝挨拶しただけで、その後は見てないです。」
栞「そう。まったく・・・本部から連絡が入ってるってのに、どこほっつき歩いてるんだか・・・。」
光「本部から?」
栞「うん、なんか仕事の話みたい。急いで連絡取りたいからって。」
光「なんだろう?」
栞「なんだろうね?聞いたけど教えてくれないの。失礼しちゃうじゃない?私だって元公務員。いつでも復帰ができるエリートなのよ。私が本部に戻ったら、今日連絡してきた奴は左遷してやる。」
山田「左遷・・・。」
光「あはは・・・。」
栞「(奈津美に気付いて)あら、お客さん?」
光・山田「あ・・・。」
奈津美「こんにちは。」
栞「こんにちは。(山田にだけ聞こえるように)山田君、彼女・・・この駅で降りたってことは・・・。」
山田「はい・・・そうだと思います。」
栞「そっか。」
奈津美「あの・・・何か・・・?」
栞「ううん、何でもないの。お名前は?」
奈津美「あ・・・はい!私は、星野奈津美と言います。」
栞「ほしの・・・なつみさん、か。私は佐久間栞。よろしくね。」
奈津美「はい、よろしくお願いします。」
山田「あ、そういえば僕たち自己紹介してない・・・。」
光「そういえば・・・。」
栞「(呆れて)あなたたち何やってるの。」
光・山田「ごめんなさい。」
奈津美「私も自己紹介忘れてました。」
栞「星野さんはいいのよ。」
光「今更ですけど私は・・・。」
奈津美「(笑顔で)もう知ってます。光さん。そして、山田さん。そうですよね。」
山田「あ、はい。」
栞「星野さん、この駅の人たちは良くも悪くも、みんなアットホームな人たちばかりだから、ゆっくりしていくといいわ。」
奈津美「あ、はい。」
山田「良くも悪くも・・・?」
栞「じゃあ、光ちゃん。大五郎を見かけたら私が探してたって伝えといて。」
光「わかりました。」
栞「(ひきつった満面の笑顔で)全然怒ってないからねって付け加えといて。」
光「・・・はい。・・・完全に怒ってる。」
栞「じゃあね。(気付いて)あ、そうだ、駅長さん。」
山田「え?駅長なら事務所にいると思います。」
栞「うん、知ってる。さっき声かけたけど無反応だったの。」
光「(心配)え、無反応?無反応って???」
栞「改札から覗いたのよ。そしたらね、お饅頭の箱を頭にのせて、とてもうれしそうに、ぼ?、っとしてるのよ。」
山田「あ・・・。」
栞「だれ?駅長さんに甘いものあげたの。あの人に甘いものは、猫にまたたびをあげるのと同じことになっちゃうんだからね。気をつけてよ。・・・じゃあ、またね。」

   栞は事務所側から出て行く。

山田「駅長・・・。」
光「(箱を頭に乗せた駅長を想像して)・・・かわいいかも・・・。」
山田「はい???」
光「♪〜♪〜。(事務所側に行く)」
山田「光さん、ひかるさん、どこ行くの?」
光「(うれしそうに)みてくる?。」
山田「ちょ、ちょっと・・・。」
奈津美「駅長さんって・・・。」
光「(奈津美の言葉に敏感に反応して)なんですか!?何か問題でもありますか!?」
奈津美「え?問題って・・・そんなことはないけど・・・。」
光「じゃあ、なんですか?駅長さんってなんですか?」
山田「ちょっと・・・ひかるさん?」
奈津美「いえ、先程から話題に出てる駅長さんってどんな人なのかな?って思って・・・。」
光「(ショック)興味を持ったんですか!?」
奈津美「え・・・まあ・・・。」
光「(ショック!)・・・。」
山田「(光の落胆を見て)どうしたの、光さん。生きてることに絶望したようにさ・・・。」
光「(奈津美に)やめたほうがいいですよ。」
奈津美「え?」
光「駅長さんはやめといたほうがいいです。」
奈津美「やめるって?」
光「駅長さんに興味を持ったら、一生後悔することになります。」
奈津美「・・・ごめんなさい、意味がよくわからない・・・。」
光「一生後悔したくなければ、駅長さんに興味を持っちゃダメだっていう意味です。」
山田「そのまんま・・・。」
奈津美「あの・・・どうして?」
光「駅長さんはですね!駅長さんは・・・。(何か駅長の欠点を言おうとするが、そんなこと言えるはずもなく)・・・。」
奈津美「?」
光「駅長さんは・・・・・・甘党なんです!」
山田「(ズッコケ)」
奈津美「あ、あまとう?」
光「そうなんです!とてつもなく甘党なんです!さっきも聞いたでしょ?お饅頭の箱を頭に乗せるんですよ!お饅頭のお風呂に入っているのを想像して、ぼ?っとしちゃうんですよ!甘いものは猫なんですよ!またたびは駅長になって、甘いものは力なんですよ!」
山田「光さん・・・言葉になってないから・・・。」
奈津美「・・・駅長さんって・・・甘いものが・・・好き・・・。」
光「そうなんです!だからやめといたほうが・・・。」
奈津美「私・・・甘いものが好きな人、大好きなんです。」
光「(大ショック!)・・・。(その場に崩れる)」
山田「ひかるさん・・・。」
光「(つぶやき)ふふふ・・・ライバル出現ってわけね。(ゆっくりと立ち上がって)星野さん・・・私・・・負けない。」
奈津美「え?」
光「あなたが私よりどんなにきれいでも、あなたが私よりどんなにかわいくても、あなたが私よりどんなに魅力的でも、あなたが私より・・・悲しくなってきた?。(泣)」
山田「おいおい・・・。」
奈津美「そんなことないよ、光さん。私なんかより、光さんは可愛くて、とても魅力的だと思う。もっと自分に自信を持たなきゃ。」
光「星野さ?ん・・・。」
奈津美「私のことは、奈津美でいいよ、光さん。」
光「・・・奈津美さん・・・。」
奈津美「(握手しようと手を差し出しす)」
光「(ゆっくりと手を出し握手)」
奈津美「(笑顔で)ところで、駅長さんってどんな人?」
光「え?」
奈津美「会ってみたいな。」
光「そこに戻るの!?」
奈津美「だって、その話は終わってなかったよね?」
光「ダメ!ダメ!絶対ダメ!」
奈津美「どうして・・・。」

   事務所の方から駅長の声。

駅長「山田く〜ん、お盆のお供え物だけど・・・。」

   三人は声に反応。

奈津美「あ、あれ、駅長さんかな?」

   奈津美が事務所側に行こうとするのを光は止める。

光「違う!駅長さんじゃない!」
奈津美「え、でも・・・。」
光「(帽子を奈津美にかぶせて)ごめんなさい!」
奈津美「光さん???」
光「あなたに危険が迫っているんです!」
奈津美「危険って・・・。」
駅長「今年はいくつ作ろうか?荒井さん、去年よりも一箱多く持ってくるんだもんな?。駅の事務所と、ホームと、トイレと、改札の上にも置こうか?」
山田「(わたわた)」
駅長「山田君、聞いてる?」
山田「あ、はい。改札の上には置かなくてもいいかと・・・。」
駅長「そうだよね、いくらなんでも改札には置かないよね。じゃあ、いつもどおり事務所だけでいいか。後は、お味噌を付けて・・・。あ、光さん。」
光「は、はい!」
駅長「光さん、キュウリとナス、食べられる?好き?」
光「はい!大好きです!」
駅長「そう、よかった。じゃあ、帰りに少し持っていく?いっぱいあるからさ。」
光「はい、もらいます!」
駅長「うん、じゃあ包んでおくね。」





〜シーン3〜

   どこからともなく、石原裕次郎「夜霧よ今夜も有難う」の曲が流れてくる。

山田「あ・・・。」
光「あ・・・係長だ・・・。やばい!」

   光は帽子をかぶろうとするが、奈津美にかぶせてしまったことに気付く。

光「(おたおた)どうしよう・・・。」
駅長「光さん!(ホーム側を指差す)」
光「え?あ・・・駅長さん・・・。(ありがとう)」

   頷いてホーム側に急いで去る。
   佐久間が事務所側から入ってくる。

佐久間「しの・・・。」
駅長「(光が見えないようにかばいつつ)忍びあう恋を?、包む夜霧よ?。」
佐久間「な!俺のテーマソングを!」
駅長「急に私も歌いたくなってしまって。石原裕次郎「夜霧よ、今夜もありがとう」・・・いい歌だ。」
佐久間「(声にならない抗議)・・・。」
山田「ところで、何かあったんですか、大五郎さん。」
佐久間「(凄んで)山田?、大五郎って言うな!」
山田「え、だって・・・。」
佐久間「その名前で呼ばれるのは嫌いなんだよ。いつも言ってるだろ?」
山田「す、すいません・・・。」
駅長「(苦笑)それで、どうしたんですか?ここに来るなんて珍しいですね。」
佐久間「来たくて来たわけじゃない。俺だって来なくて済むなら、こんな場所・・・。」
山田「(むっとして)そんな・・・。」
佐久間「光の奴、見なかったか?」
駅長「光さん・・・?」
佐久間「ああ。あいつがサボってるとしたら、いつもここだからな。」
駅長「光さんは・・・今日は・・・。」
佐久間「見たのか?」
駅長「・・・う?ん・・・見たような、見なかったような・・・。」
佐久間「どっちだよ!」
山田「光さんがどうかしたんですか?」
佐久間「あいつ、またポカやらかしてよ。」
駅長「ポカ?」
山田「仕事で?」
佐久間「それ以外ないだろ。」
駅長「(苦笑)」
佐久間「なんであいつはいつもいつも失敗ばかりやらかすかな!」
駅長「失敗?」
佐久間「あいつ・・・またホシを見逃してよ?。これで何回目だと思ってるんだ!」
駅長「・・・。」
佐久間「(駅長にしなだれて)駅長さんよ?。光のミスは、俺の責任問題になるわけだよ。わかる?この辛さ?上から文句は言われるわ、出世が遅いって栞から言われるわ・・・。」
駅長「でも、光さんは頑張ってるよ。」
佐久間「いくら頑張ったって、結果が出せなきゃ意味ないだろ?世の中、数字が全てなんだから。(舌打ち)あいつは甘いんだ。」
駅長「甘いんじゃない。光さんは優しいんだよ。誰にも真似できないくらい、とっても・・・。」
佐久間「駅長さんよ?。俺たちの仕事に優しさなんていらないの。そんなものがあったら何も出来ないだろ?」
山田「光さんには難しい仕事かもしれないですけど・・・。」
佐久間「あ?あ・・・光は、やっぱりクビかな?。」
駅長「クビ?」
佐久間「これだけ失敗続きだと、左遷・・・いや、クビにするしかないな。」
奈津美「そんな・・・。(帽子をとって)そんなのヒドイです!」
佐久間「うわッ!」
山田「あ・・・。」
奈津美「光さんをクビにするなんて・・・この私が絶対に許さない!」
佐久間「・・・はあ?」
山田「あ・・・あ・・・。」
佐久間「どこから出てきたんだ。・・・その帽子・・・光のじゃないか。何で君が持ってるんだ?」
奈津美「光さんから預かったんです。」
佐久間「預かった?君の名前は?」
奈津美「あなたに名乗る名前はない!」
佐久間「(ショック)な!」
山田「(あわわ)あの・・・。」
奈津美「どうして光さんがお仕事をクビにならなければならないんですか?あんなに可愛くて、優しくて、一生懸命で。そんな光さんをクビにするなんて、そんなの横暴です!」
佐久間「君は・・・光の何を知ってるって言うんだ?」
奈津美「光さんは私のお友達です。」
佐久間「友達?」
奈津美「そうです。・・・さっき会ったばっかりですけど。」
佐久間「ふ?ん。(奈津美を見回して)まったくこれだからあいつは・・・。(つぶやく)ホシと友達になるなんて、ありえん。」
奈津美「あなたみたいな師匠の下でマジックをやる光さんがかわいそうです。」
佐久間「師匠?マジック?」
山田「まだそっちだと思ってるんだ・・・。」
奈津美「あなたのような人は、あなたなんか、上に立つべき人ではない!」
佐久間「(ショック!)・・・初めて会ったのにそこまで言うのか?・・・驚くのを通り越して、今、俺は感動している。」
山田「(奈津美を止めるに止めれず)あ・・・あ・・・。」
佐久間「・・・惚れたよ。」
山田「え?」
佐久間「ふっ・・・久しぶりに恋愛というものを真剣に考えてみようかと思う。」
山田「ちょ、ちょっと・・・。」
駅長「・・・。」
佐久間「お嬢さん、先程は失礼致しました。」
奈津美「え?あの?」
佐久間「(奈津美の手をとり)私は、管理局管理官・・・さくま・・・いえ、名前などどうでもいい。そうですね・・・恋の魔術師・・・と、呼んでいただけますか?」
奈津美「・・・。」
駅長「そこまでにしましょう、大五郎さん。」
佐久間「大五郎って言うな!」
駅長「どこからどう見たって、佐久間大五郎ですよ?」
佐久間「(苦悶)それを言うなよ?、気にしてんだから?。(気を取り直して)俺はな恋の魔術師・・・名前は・・・トムだ!」
山田「トム?」
駅長「佐久間・・・トム?」
佐久間「違う!俺の名前はトム・クルーズだ。」
駅長・山田・奈津美「・・・。」
佐久間「お嬢さん、私は、こう見えても帰国子女だったんです。だから、名前も横文字で・・・。」
駅長「名前に帰国子女は関係ないだろ?」
山田「帰国子女には見えない・・・。」
佐久間「お嬢さん・・・この恋の魔術師、トム・クルーズと夜のハイウェイをドライブしませんか?」
山田「古い・・・。」
奈津美「・・・。」

   栞が事務所側から入ってきている。

栞「誰がトム・クルーズだって?」
佐久間「え?(振り向いて)あ・・・。」
栞「(笑顔で)人が散々探し回っていたのに・・・あなたはここで油を売っていたと・・・そういうことね?」
佐久間「いや、違う。・・・え?探してた?」
栞「そうよ、本部から連絡があったから午前中からずっとね。ね、山田さん。」
山田「あ・・・そうでしたね。」
佐久間「(山田にだけ聞こえるように)どうしてそれを先に言わないんだよ!」
山田「言うタイミングがなくて・・・。」
栞「(笑顔で)あ・な・た。さあ、戻るわよ。」
佐久間「あ・・・いや・・・。」
栞「恋の魔術師さん・・・夜のハイウェイをドライブしましょう?」
佐久間「(硬直)」
栞「ト・ム!」
佐久間「(ぶるぶる)はい!」

   佐久間は戦々恐々と事務所側から退場。

栞「(笑顔で)お騒がせしました?。」

   栞は一礼して事務所側から退場。
   三人は苦笑。

駅長「山田君、光さんを。きっといつものところに隠れてると思うから。」
山田「事務所のロッカー・・・ですね。」
駅長「うん。」
山田「行ってきます。」

   山田は事務所側から退場。

奈津美「・・・あの・・・。」
駅長「すみません、お騒がせしちゃって。」
奈津美「いえ、そんな。私こそ、差し出がましいこと言って申し訳ありませんでした。」
駅長「そんな、むしろスカッとしちゃいました。」
奈津美「(微笑)」
駅長「(長椅子に座るよう促し)どうぞ。」
奈津美「大丈夫です。」
駅長「そう言わずに・・・。」
奈津美「では、ご一緒に。」
駅長「いや、私は・・・。」
奈津美「そう言わずに。」
駅長「(苦笑)」

   駅長と奈津美は長椅子に座る。
   光と山田が事務所側から戻ってくる。
   が、駅長と奈津美が一緒にいるのを見てショックを受ける光。
   光は山田の襟首を掴み、声にならない抗議をする。

奈津美「あの・・・。」
駅長「はい。」
奈津美「私は・・・星野・・・。」
駅長「(言葉を手で遮って)あ、名前は言わなくてもいいですよ。この駅ではお客様の名前は聞かないことにしているんです。」
奈津美「そう・・・なんですか?」
駅長「(笑顔で)はい。」
光「(山田に小声で)そうなの?」
山田「(小声で)え・・・ええ。一応駅員はプライベートにはかかわらないようにって・・・。」
奈津美「私は・・・何て呼べば・・・。」
駅長「私のことは駅長と呼んでください。実際、この駅の駅長なので。」
奈津美「駅長・・・さん。」
駅長「ええ。」
奈津美「あなたが噂の駅長さんですね。」
駅長「噂?」
奈津美「(微笑)いえ、なんでもないです。」
駅長「ええと・・・あなたのことは・・・と言っても名字は聞いてしまいましたね。星野さん・・・でいいですか?」
奈津美「はい。」

   駅長と奈津美は和やかモード。

光「(わなわな)・・・。(山田のネクタイを掴んで)ちょっとさ・・・なんかいい雰囲気じゃない?」
山田「く、苦しい・・・光さん・・・苦しいって。」
駅長「(後ろにいた光と山田に気付く)」
光「(ごきげんななめ!)」
奈津美「(光たちに気付いて)あ、光さん。」
駅長「(ちょっと気まずそうに)あはは、山田君。ダメだよね、お客様のプライベートはね、あはは・・・。」
山田「駅長・・・光さんを・・・。」
駅長「うん。では、星野さん、また・・・。」
奈津美「はい。」
駅長「山田君、お盆の準備しちゃおうか。」
山田「あ、はい。」
駅長「光さんも、ゆっくりしていってね。」

   駅長は事務所に去る。

光「(涙声)駅長さ?ん!も、って何?光さんもって・・・。」
山田「あはは・・・。」
光「(ハサミを出して山田を睨む)」
山田「(しまった!)あ・・・では後ほど!」
   山田は事務所に去る。





〜シーン4〜

奈津美「光さん、この帽子・・・。」
光「(不満げな表情で奈津美を見る)」
奈津美「え?どうしたの?」
光「何でもありません!」
奈津美「この帽子、ありがとう。」
光「(帽子を受け取りつつ)どうして脱いじゃったんですか・・・。」
奈津美「え?」
光「帽子を脱いじゃったら、被せた意味がないじゃないですかぁ・・・。」
奈津美「で、でも・・・光さんが言ってた、危険っていうほど危険はなかったよ。」
光「(小声で)あなたの姿が駅長さんの目に触れるのが最大の危険なんです!」
奈津美「(よく聞こえない?)え?」
光「(小声で)さっきの駅長さんの態度を見たら・・・言わずもがな・・・。(絶望)」
奈津美「ひかるさん?」
光「こうなったら違う手を考えないと・・・。」
奈津美「・・・ごめんね、帽子を取っちゃって・・・。光さんは私のことを考えて被せてくれたのに・・・。」
光「あ、いえ、もういいんです。違う手を考えますから。」
奈津美「違う手?」
光「え?(ごまかして)あはは・・・。」
奈津美「さっきね、光さんの師匠さんが来て、光さんのこといろいろ言ってたから頭にきて、思わず取っちゃったんだ。」
光「ししょう?」
奈津美「うん。たしか名前は・・・トム。」
光「トム!?」
奈津美「あ、違った。・・・大五郎。」
光「トムって・・・。(苦笑)奈津美さん、その人は師匠じゃないですよ。私の上司、管理局係長・佐久間大五郎さんです。」
奈津美「管理局?係長?」
光「はい。私は手品師とかじゃないんです。こう見えても立派な公務員!管理局管理官・南河内光です!」
奈津美「公務員?管理官?」
光「はい!このトンガり帽子をかぶって、仕事道具のハサミを持てば、管理局のスーパーアイドル!南河内光、参上!(決めポーズ)」
奈津美「・・・。」
光「うわ?、自分でやっててすごく恥ずかしい!」
奈津美「・・・光さん、見えないんですけど・・・。」
光「あ!(帽子をとって)ごめんなさい!帽子をかぶっちゃったら見えないですよね。」
奈津美「何かやってた?」
光「いえ、何も!恥ずかしい決めポーズなんてやってないですよ!」
奈津美「やってたんだ。」
光「あ・・・。」
奈津美「・・・でも、公務員だとしたら、どうしてそんな不思議な帽子を持ってるの?」
光「え?いや、ですから、この帽子は私の仕事道具で・・・。」
奈津美「光さんの仕事って?」
光「う?ん、なんて言えばいいのかな?ええと・・・管理局の本部からもらったリストを元に、あっちに行って、リストに載ってる日にちと時間に、ホシの魂をこのハサミでチョキっと切ってこっちに連れてくる仕事です。」
奈津美「ホシ・・・?」
光「あ、ホシって言うのは対象者ってことです。よく亡くなった人を、星になるって言うじゃないですか。」
奈津美「・・・。」
光「・・・と、言っても、今までひとりも連れてきたことないんですけどね。ダメなんですよ、私。その人のことを考えたり、その人のまわりのことを考えると、せつなくなっちゃったり、悲しくなっちゃったり・・・切るに切れないんですよ?、あはは・・・。だって、切っちゃったら、もう二度と会えなくなっちゃうんですよ。そんなの悲しいですよね。」
奈津美「・・・。」
光「だから、いつも係長に・・・あ、さっきの大五郎さんですけど、いつも怒られてばっかりで。お前はホシに感情を移しすぎだ!そんなんじゃ管理官は務まらん!って・・・。(苦笑)」
奈津美「・・・。」
光「・・・なつみさん?」
奈津美「え?あ・・・。」
光「どうしたんですか?」
奈津美「いえ、あの・・・光さんのお仕事の内容が、いまいち理解できなくて。」
光「そうですか?おかしいな・・・ちゃんと説明できたつもりだったんだけど・・・。」
奈津美「今の話だと・・・光さんは、まるで死神さんみたいですね。」
光「え?ああ・・・あはは、そう呼ばれることもありますけど、今は管理官って、お堅い名前が付いてるんです。先輩の中には未だに大鎌持って、バサッとやってる方いますけど、あれ凄く重いんですよ。(苦笑)」
奈津美「・・・。」
光「・・・?」
奈津美「光さんが管理官と呼ばれる死神さん・・・。」
光「あはは。」
奈津美「だとしたら・・・私は・・・誰?」
光「え?あ・・・奈津美さんでしょ?」
奈津美「いや、そういうことじゃなくて。」
光「じゃあ、どういうこと?」
奈津美「・・・。」
光「大丈夫ですか、奈津美さん。」

   奈津美はわけがわからず長椅子に腰掛けて混乱。

光「きっと奈津美さんは、私以外の管理官にこっちに連れてきてもらって、この駅で降りた・・・ということですね。」
奈津美「私・・・死んでるの?」
光「へ?」
奈津美と光は顔を見合わせる。
光「(笑顔で)何言ってるんですか、奈津美さん!」
奈津美「だよね?。(苦笑)」
光「(笑顔で)死んでるに決まってるじゃないですかぁ?!」

   間・・・。
   奈津美は呆然・・・。
   光はキョトンとしている。
   間・・・。
   奈津美は、おもむろに自分の手を掴んだり、身体を触ったり、長椅子に触れてみたりして何事か確かめる。

光「奈津美さん、何やってるんですか?」
奈津美「(ちょっと必死)でも、でもね、ほら。私、触れるし、つねったら痛いし、物だって掴めるよ。死んでるなんて・・・。死んでたら、触れるわけないし、掴めるはずないよね?」
光「う?ん・・・それは・・・なんて言ったらいいのかな?」
奈津美「私、生きてるよ。」
光「確かに奈津美さんは生きてます。魂として・・・。」
奈津美「魂?」
光「ええと、魂はあっちの世界では、他に身体というものがあるので、直接はさわれないんですけど、こっち来ちゃうと、もう身体というものはないので、魂そのものが身体なんですよ。」
奈津美「(混乱)」
光「じゃあ、見ててください。この帽子が身体で、私が魂だとします。 あっちにいるときは帽子が魂を覆うので、魂は見えなくなる。この状態あっちの世界の奈津美さん。こっちにくると帽子の身体がなくなって、魂だけになるので身体がそのまま出てきて・・・あれ?いいんだよね?  わからなくなってきちゃった。」
奈津美「・・・。」
光「つまり、奈津美さんはあっちの世界では亡くなっているということになってますけど、こっちの世界では生きてるんです。だから、触れるし、掴めるし、痛いんです。」
奈津美「・・・。」
光「わかりました?」
奈津美「・・・ええ。」
光「よかった?。途中自分で何言ってるかわからなくなっちゃったから。」
奈津美「こっちの世界って・・・。」
光「はい、こっちの世界はあっちの世界からすれば、あの世と呼ばれる世界です。」
奈津美「(呆然)」
光「・・・奈津美さん・・・?」
奈津美「ちょっとその辺、歩いてきます。」
光「え?あ、はい。」

   奈津美はふらふらとホーム側から退場。
   光は奈津美を見送る。

光「奈津美さん・・・。(奈津美のことを考えて)そっか・・・。きっと、自分が亡くなったことを理解していないんだ。・・・ヒドイよ、他の管理官の人たち・・・。こっちに連れてくるときは、いろんなことをちゃんと納得させてあげてから連れてくるべきだよ!」

   間・・・。
   光は長椅子に座る。

光「(帽子を見つめつつ)やっぱり・・・私にはこの仕事・・・向いてないのかな?」





〜シーン5〜

   駅長がいつの間にか入ってきている。
   手にはキュウリとナスが乗ってるお盆。

駅長「光さん。」
光「(ビクッ)え!あ!?駅長さん!」
駅長「(笑顔)」
光「・・・駅長さん・・・今の、聞いてたんですか?」
駅長「ごめん、ちょっとね。」
光「あ・・・。」
駅長「光さんは、今の仕事・・・大変ですか?」
光「え?あ・・・正直に言うと・・・きついです。」
駅長「・・・。」
光「いえ、それは、動くのが嫌だとか、あっちの世界に行くのが面倒とか、そういう意味ではないんです。」
駅長「うん。」
光「・・・なんて言ったらいいのか・・・。精神的にきついかなって。」
駅長「・・・。」
光「でも、そんなことじゃいけないんですよね。私は管理局管理官。管理官としての仕事をしっかりとやらないと・・・。やらないと・・・。」
駅長「・・・。」
光「でも・・・やっぱりきついな?、って。」
駅長「・・・。」
光「駅長さん・・・やっぱり私には管理官は向いてないんですかね?こんな魂ひとつ満足に連れてこれない落ちこぼれなんて・・・。」
駅長「光さんは落ちこぼれなんかじゃない。」
光「え?」
駅長「とっても優しいんです。誰にも真似できないくらい・・・。」
光「駅長さん・・・。でも、それじゃ管理官なんて務まらない。」
駅長「たしかに管理官というお仕事は、情に流されてしまっては魂をしっかりとこっちに連れて来れないかもしれない。でもね、だからって光さんの優しい心を消してまで管理官の仕事をしてほしくはないなって私は思います。」
光「駅長さん・・・。」
駅長「私は、光さんの優しさ・・・好きですよ。」
光「え?(歓喜)ほんとですか!?ほんとにほんとですか!?す・・・き・・・。」
駅長「(うなずく)」
光「駅長さん!私、やれます!何でも出来ます!」
駅長「光さん?」
光「よし!明日は晴れだ!雲ひとつない青空だ!」
駅長「え?」
光「あ・・・そうだ!駅長さん・・・(小さな袋を取り出して)実はですね・・・さっき・・・。」

   山田が入ってくる。

山田「駅長!ありました!流しの下に割り箸が!」

   光は紙袋を渡し損ねて・・・わなわなわな・・・。

駅長「そう、あった?」
山田「はい。・・・あれ?光さん、どうしたの?」
光「山田さん・・・(ハサミを出して)私・・・容赦しないから。」
山田「え?なんのこと?」
光「今宵のハサミは・・・血に飢えている・・・。」
山田「ちょ、ちょっと!」
光「(怒り)」

   山田は身の危険を感じて事務所のほうに去る。
   光は山田を追いかけていく。
   駅長は笑顔。
   駅長は割り箸を出して準備し始める。
   ホーム側から奈津美がゆっくりと入ってくる。
   駅長は奈津美に気付く。

駅長「星野さん。」

    奈津美は笑顔で会釈するもどこか悲しげ・・・。
   駅長はその様子に何も言わず長椅子に座るように促す。
   駅長はキュウリとナスに割り箸を刺しつつ・・・。

駅長「星野さんは、このキュウリとナスについて知ってますか?」
奈津美「え?」
駅長「お盆に飾るキュウリとナスについて。」
奈津美「そういえば飾ってある家、ありますね。詳しくは・・・。」
駅長「お盆っていうのは、ご先祖様や亡くなった人を供養する期間のことです。その方々が一年に一度、家庭に帰る。そのためのキュウリとナス。」
奈津美「・・・。」
駅長「キュウリとナスには意味があって、キュウリは馬、ナスは牛。」
奈津美「馬・・・牛・・・。」
駅長「ご先祖様や亡くなった人が、キュウリの馬に乗って一刻も早く家庭に帰れるように・・・。ナスの牛は、せっかく帰ってきた人がすぐに帰ってしまうと寂しいので、乗ってゆっくりと帰るように・・・。」
奈津美「そういう意味があったんですね。」
駅長「はい。・・・よし!できた。これは山田君の分。今年は山田君を帰らせてあげたいな・・・。」
奈津美「・・・。」

   駅長は次のキュウリとナスに割り箸を刺していく。

奈津美「・・・それは駅長さんの分?」
駅長「うん、そうだけど・・・私はこの駅を出るわけにはいかないから、毎年飾るだけで、使わないんです。」
奈津美「・・・。」
駅長「・・・。」
奈津美「駅長さん。」
駅長「はい。」
奈津美「ずっと気になっていたことがあるんですけど・・・。」
駅長「はい、何でしょう?」
奈津美「ここはどこですか?」
駅長「・・・え?」
奈津美「私、よく覚えてないんです。電車に乗った記憶もないし、気付いたらこの駅にいるし・・・。」
駅長「ああ・・・ええと・・・。」
奈津美「私・・・死んでるんですよね?だったら、ここはどこなんですか?この駅はどこなんですか?」
駅長「・・・ここは見連川・・・見連川駅です。」
奈津美「みつれがわ?」
駅長「はい。」
奈津美「ここはあの世なんですよね?」
駅長「う〜ん、難しい質問ですね。」
奈津美「駅長さん・・・。」
駅長「ここは実を言うと、正式なあの世と呼ばれる場所ではないんです。あの世とこの世の間にある駅なんです。」
奈津美「どうして・・・私はここにいるんでしょう?」
駅長「それは・・・。」
奈津美「私・・・死んでるなら・・・どうしてここに・・・。」
駅長「ただひとつ言えることは、星野さんがこの駅に降り立ったということ。」
奈津美「え?」
駅長「以前この駅は、ミツレガワではなくミレンガワって呼ばれていたんです。心に未練がある人が降り立つ場所、という意味で・・・。」
奈津美「ミレンガワ・・・。」
駅長「星野さんが、この駅で降りたということは、何か忘れられないことや心にひっかかること、心残り、そういったものがあるから。」
奈津美「こころのこり・・・。」
駅長「・・・。」
奈津美「・・・あ!(立ち上がる)」
駅長「?」
奈津美「(思い出しつつ)私・・・結婚するんです。」
駅長「!」
奈津美「(呆然)」
駅長「・・・。」
奈津美「そんな・・・私・・・そんな・・・。」

   奈津美はホーム側に走り去る。

駅長「星野さん!」

   駅長は呆然と佇む。
   光と山田が入ってくる。

光「今日はこのくらいで許してあげる。」
山田「ひでぇ・・・おいらの・・・大切な、風の谷のナウシカのパズルが・・・。」
光「今度はとなりのトトロをバラバラにするからね!」
山田「ひでぇ・・・。」

   光は駅長の雰囲気がおかしいのに気付く。

光「駅長さん・・・?」
駅長「え?あ・・・。」
光「どうしたんですか?顔色・・・真っ青ですよ。」
駅長「いや、大丈夫だよ。」
山田「駅長・・・。」






〜シーン6〜

   栞が事務所側から入ってくる。

栞「みんないる?」
光「栞さん、どうしたんですか?」
山田「大五郎さんとさっき・・・。」
栞「うん、そうなんだけど、さっき話した本部からの電話・・・。」
山田「はい。」
栞「大五郎が電話しているのを隠れて聞いてたんだけど、どうやら大変なことが起きてるみたいなの。」
光「大変なこと?」
栞「まだ亡くなっていない人の魂が、こっちに来ちゃってるらしいのよ!」
光「ええ!?」
山田「まずいんじゃないですか?それは・・・。」
栞「まずいに決まってるじゃない!この世とあの世は絶対に交わってはいけない不文律があるの。そんなことになったら・・・。」
光「それで、栞さん。どんな人なんですか?こっちに来ちゃった人って?」
栞「女性らしいわ。」
山田「女の人?」
光「名前は?」
栞「そこまでは・・・。うちのが今、本部に資料をもらいに行ってるから、詳しくはそれでわかると思うけど・・・。」
駅長「・・・。」
光「・・・。」
山田「・・・。」
栞「・・・。」

    四人は一瞬、何かに思い当たる。
   ゆっくりと顔を見合わせる。

山田「まさか・・・。」
光「そんな・・・。」
栞「みんなもそう思う?」
山田「星野さん・・・が?」
栞「そういえば、彼女は?」
駅長「向こうに。私が呼んできます。」

   駅長は奈津美を呼びにホーム側に去る。

山田「まさか・・・星野さんが・・・。」
栞「光ちゃん、彼女はあなたが連れてきたわけではないのね?」
光「はい、私じゃありません。」
山田「そういえば、彼女がここに来た時、担当の管理官の人はいませんでしたよ。」
栞「じゃあ、ひとりで・・・ってこと?」
山田「おそらく。」
光「でも、奈津美さんは実際ここにいるわけで、死んでない人がここに来れるなんて・・・そんなこと・・・。」
栞「あるのよ。」
光「え?」
栞「この駅については、知ってるわよね?どんな駅だか・・・。」
光「はい。」
栞「とても強い思いがあるとき、何か事故にあったとか、そういう拍子に、魂だけが、ここまで来てしまうことがあるの。」
光「そんな・・・。」
栞「確率としてはほとんどないから、知らないのも無理ないわ。私だって本部の資料室で読んだだけで、実際に直面するのは今回が始めてだし。」
光「そんなことって・・・。」
山田「・・・光さん、リストは?対象者リスト、持ってるでしょ?手帳の。」
光「あ・・・。」
栞「そっか。ホシの対象者リストを見れば彼女かどうか・・・。」

   光は手帳を取り出して調べる。

光「・・・月・・・日・・・。あ・か・さ・た・な・は・・・。藤田・・・古田・・・ほ・・・ほ・・・堀川・・・。ない!星野がない!奈津美さんの名前がないよ!」
栞「・・・やっぱり・・・彼女が・・・。」
山田「・・・。」
光「栞さん!奈津美さんは?奈津美さんは、どうなるんですか?」
栞「・・・。」
光「まだ生きてるんですよね?こっちに来ちゃいけない人なんですよね?あっちの世界に戻さなきゃいけない人ですよね?」
栞「・・・それを決めるのは、管理局よ。」
光「管理局・・・。」
栞「今、うちのが本部から何かしらの命令を受けてると思うわ。それ次第になると思うけど・・・恐らくは・・・。」
山田「戻さないことになる・・・?」
栞「(うなずく)一度こちらの世界を見てしまった人を戻すわけには・・・。」
光「そんなの!そんなのおかしいよ!奈津美さんは死んでないんだよ!まだ生きてるんだよ!」
栞「・・・。」
山田「光さん・・・。」
光「栞さん!何とかならないんですか?奈津美さんを確実にあっちに戻す方法!」
栞「今の私には・・・。」
光「・・・そんな・・・。(崩れる)」
栞「・・・光ちゃん。・・・じゃあ、一応伝えたから。」
山田「はい、ありがとうございます。」

   栞は悲しげに後ろ髪を惹かれる想いで事務所側に去る。

光「・・・。」
山田「・・・光さん・・・。」
光「・・・よし、決めた!」
山田「え?何を?」
光「管理局が、奈津美さんをおとなしくあっちの世界に戻せばよし。戻さないときは・・・。」
山田「どうするの?」
光「私、管理局と全面対決する!」
山田「ええ!?ちょっと光さん!」
光「だって、おかしいでしょ!?まだこっちに来るべきじゃない人の魂を戻さないなんて!」
山田「それはそうだけど・・・。」
光「この南河内光!正義のために働くの!」
山田「いや・・・でも、光さんひとりで何が出来るかな・・・?」
光「ひとりじゃない!」
山田「え?」
光「私には仲間がいる!」
山田「なかま・・・?」
光「(笑顔)」
山田「・・・。(周りを見回し)・・・僕???」
光「そう!」
山田「ちょっと!」
光「それに駅長さんだって力になってくれる!」
山田「ちょっと待って・・・。」

   奈津美が沈んだ状態でホーム側から入ってくる。

光「奈津美さん!」
奈津美「あ・・・。」
光「奈津美さん!喜んでください!」
奈津美「え?」
光「奈津美さんは、まだ亡くなってはいないんですよ!」
奈津美「・・・。」
光「・・・。」
奈津美「はい?」
光「だから、奈津美さんはまだ死んではいないんです!ホシじゃないんですよ!」
奈津美「ごめんなさい、意味が・・・。」
山田「星野さんは、まだこっちの世界に来るべき人じゃないんです。」
光「生きてるんです、奈津美さんは!」
奈津美「生きてる・・・私が・・・。でも、どうして・・・。」
光「管理局で、まだ亡くなっていない人の魂がこっちの世界に来ちゃったって大騒ぎらしいんですよ。それで、私が持ってるホシの対象者リストを見たら、奈津美さんの名前が載ってないんです!」
奈津美「・・・。」
光「ということは、そのこっちに来ちゃったっていう人は、奈津美さんのことなんです。」
奈津美「・・・はい。」
光「管理局では、奈津美さんをこのままこちらに留めて、あっちの世界に帰さないかもしれないんです。ですから、私たちは奈津美さんをあっちの世界に帰すように、全力を尽くすつもりです!」
山田「私たち・・・やっぱり手伝うのね・・・。」
奈津美「・・・そうですか・・・。私は、死んではいなかったんですね。」
光「はい!」
奈津美「あは・・・あはは・・・。」
山田「そうだ、駅長は・・・。あの・・・奈津美さん、駅長と会いませんでした?」
奈津美「(首を横に振る)」






〜シーン7〜

   事務所側から佐久間の声が聞こえる。

佐久間「駅長!駅長!」
山田「大五郎さん!」
光「奈津美さん、この帽子をかぶっててください!絶対にとっちゃダメですよ!」
奈津美「(帽子を受け取りうなずく)」

    奈津美は帽子をかぶって息を潜める。
   佐久間が荒々しく入ってくる。

佐久間「山田!駅長は?」
山田「え?あ・・・駅長は・・・。」
光「係長、どうしたんですか?そんなに慌てて。」
佐久間「光。お前ここで若い女性を見なかったか?」
光「若い女性ですか?う?ん、そういう人は見ませんでした。」
佐久間「山田!さっきここにいた若い女性、どこ行った?」
山田「若い女性?そんな人いましたっけ?」
佐久間「(山田の胸倉を掴んで)山田!隠し立てするとただじゃおかねぇぞ。」
山田「ちょ、ちょっと・・・。」
光「係長!その若い女性が、どうかしたんですか?」
佐久間「(山田を放して)ホシじゃない魂がこっちに迷い込んできたらしい。そいつが若い女性だって言うんだ。」
光「あら、まあ。」
佐久間「(頭を抱えつつ)どうして俺が担当のときばかり、こういう厄介ごとが起こるかな!?」
光「仕方ないですね。」
佐久間「(光の頭を掴んで)光?!厄介ごとの半分はお前が起こしてるんだ!少しは反省しろ!」
光「ご、ごめんなさい。」
山田「それで、その来ちゃったっていう女性は、どうするんですか?」
佐久間「こっちの世界に来ちまったんだ。帰すわけにはいかない。」
光「クッ!やっぱり・・・。」
佐久間「ん?なんか言ったか?」
光「(ケロリと)いえ、何も。」

    佐久間は長椅子に置いてあるキュウリとナスに気付く。

佐久間「なんだこれ?」

   佐久間は長椅子に近付くが、山田がそれを阻止して誤魔化しながら、キュウリとナスを長椅子の裏側に置く。

山田「あはは・・・。」

   駅長がホーム側から入ってくる。

山田「あ・・・。」
佐久間「駅長!探してたんだ。」
駅長「大五郎・・・さ・・・ん。」

   光と山田は、駅長を佐久間から遠くに連れて行く。

佐久間「あ・・・。」

   三人は佐久間に聞かれないように話す。

光「駅長さん!どこ行ってたんですか?」
駅長「いや、ほしの・・・。」
山田「駅長!」

   光が駅長に今までの経緯を耳打ちする。

佐久間「何こそこそやってんだ?」
山田「いえ、何もしてないですよ。」
佐久間「してるだろ!?俺も入れろよ、ちょっと寂しいよ。」
山田「だいご・・・じゃなかった、佐久間さんはその女性を探してるんですよね?」
佐久間「だから、さっきから言ってるだろ?ここで見た女性。俺をあそこまで罵倒した・・・あの、俺好みの・・・。」
山田「・・・。」
佐久間「なんだその顔は?」
山田「いえ、何も。」
佐久間「(ファイルを見つつ)姿からして・・・どうやら、彼女がその迷い込んだ女性らしい。名前は・・・星野・・・。」
山田「その女性は、どうしてここに来ちゃったんですか?」
佐久間「ん?(ファイルを見つつ)お盆で帰省する際、駅の階段で押され、転げ落ちたらしい。命に別状はなかったが、そのまま魂だけがここまで来てしまった。」

   光と駅長の話が終わる。

駅長「お待たせしました。」
佐久間「あ・・・ああ。」
駅長「どういったご用件でしょう?」
佐久間「な!今、説明を聞いてたんじゃないのか?」
駅長「ああ・・・さっきの女性ですね。」
佐久間「そうだ。ここにいるんだろ?連れてきてもらおうか。」
駅長「ここにはいませんよ。」
佐久間「いや、いるはずだ。」
駅長「そんな・・・どうして?」
佐久間「この駅にいた・・・ということは、それが例えホシであろうがなかろうが、心に何かあるからだろ?それが解決するまでは、この駅から一歩も出れない。」
駅長「・・・。」
佐久間「駅長。俺様をなめるなよ。」
山田「(駅長に近付いて)案外、おバカじゃなかったんですね。」
駅長「(うなずく)」
佐久間「さあ、連れてきてもらおうか?」
駅長「いないものはいないですから、連れてくることはできません。」
佐久間「駅長・・・。管理局に楯突くとどうなるか、わかってるんだろうな?」
駅長「・・・。」
佐久間「こんな小さな駅の一駅長なんて、ちょちょいのちょいだぜ。」
駅長「そう言われても・・・。」
佐久間「(舌打ち)・・・。(光が帽子を持っていないことに気付いて)光、帽子はどうした?」
光「え?帽子?」
佐久間「あのとんがり帽子だよ。」
光「ええと、あれ?どこにやっちゃったかな??」
佐久間「・・・そうか。(おもむろに腕を広げる)」
山田「何してるんですか?」
佐久間「ふん、光の帽子をかぶって、どこかにいるんだろ?この俺の目をごまかすなんて百年早い。」
奈津美「・・・。」
佐久間「俺の必殺、くるくる殺法で、居場所を突き止めてやる。」
山田「まさか・・・。」
光「あ・・・。」
佐久間「行くぞ!必殺!くるくる殺法!」

   佐久間が手を広げて回り始めようとするところを素早く腕を取って止める駅長。

佐久間「な!」
駅長「くるくる回ったら危ないですよ。」
佐久間「離せ!この!」
駅長「(パッと腕を離す)」
佐久間「あいた!(尻餅をつく)」
光・山田「(安堵)」
佐久間「駅長!管理局に逆らうとはいい度胸だな!」
駅長「・・・。」

   佐久間は自分以外が全て敵対していると判断するが、おもむろに笑い始める。

駅長「何がおかしいんです?」
佐久間「いや、いや、実はね、駅長さん。あなたに素晴らしいプレゼントがあるんだ。」
駅長「プレゼント?」

   佐久間は自分のカバンから細長い箱を取り出す。

駅長「?」
佐久間「・・・カステラだ。」
駅長「・・・なに?」
佐久間「それも金粉入りの最高級品だぞ。」
駅長「バカな・・・。」
佐久間「駅長・・・今、彼女をここに連れてきてくれたら、これは差し上げよう。」
駅長「・・・。」
佐久間「栞に聞いたが、駅長さんは、甘いものが大好きだっていうじゃないか。中でも・・・カステラが・・・。」
山田「そんなんで買収???」
佐久間「どうする?」
駅長「(大いに悩む)」
山田「駅長!そこで迷わないで下さい。」
光「駅長さん!」
佐久間「(カステラを出して)ほ?ら、ほ?ら。」
駅長「(カステラを手にして)・・・。」
山田「駅長!」
奈津美「駅長さん・・・。」
佐久間「さあ、駅長。彼女をここに・・・。」
駅長「ふ・・・ふふふ。」
佐久間「?」
山田「えきちょう?」
光「え?」
駅長「(笑)残念だったな、大五郎!」
佐久間「何!?」
駅長「俺はな、カステラと言ったら文明堂のカステラしか認めない!」
佐久間「な!」
駅長「このカステラは、その辺のスーパーで売ってるばっちもんのカステラだ!こんなんで俺がつれると思うな!」
光「駅長さん・・・キャラ違う・・・。」
佐久間「そんな・・・。」
駅長「金をけちったな・・・大五郎。」
佐久間「くそ!俺のこずかい考えやがれ!それだってな!俺にとっては高かったんだぞ!」
駅長「ふん!モノのよさは極めつくしたものにしかわからないんだよ、大五郎。」
光「かっこいい・・・。」
山田「はい?」
光「(手帳を出して)文明堂のカステラ・・・と。」
山田「光さん・・・。」

   佐久間は気を取り直して・・・。

佐久間「仕方ない。駅長、本部までご同行願えますか?」
光「え?か、係長!?なんで本部に!?」
佐久間「詳しく事情を聞くためだ。」
光「そんなのここでも・・・。」
佐久間「光・・・お前も加担しているとわかれば、どうなるか・・・覚悟しとけよ。」
駅長「佐久間さん、光さんは関係ない。」
佐久間「ふん、どうだか・・・。さあ、駅長さん。」
駅長「でも、私は・・・。」
佐久間「許可はもらってある。」
駅長「そうですか。」

   佐久間は先に事務所側から出て行く。

光「駅長さん!」
駅長「(笑顔で)大丈夫。すぐ戻ってくるから。」
光「でも・・・。」
山田「駅長・・・。」
駅長「(笑顔でうなずく)」

   駅長は去り際に振り返って・・・。

駅長「山田君・・・お願いがあるんだけど・・・。」
山田「はい!」
駅長「(カステラを出して)これ、冷蔵庫に入れといて。」
山田・光「あ・・・。」

   駅長は事務所側に去る。





〜シーン8〜

   間・・・。
   奈津美が帽子を取って佇む。

奈津美「・・・駅長さん・・・。」
光「(奈津美に気付いて)え?奈津美さん・・・。大丈夫です!私が必ず奈津美さんをあっちの世界に戻して、駅長さんも絶対に!」
奈津美「駅長さんの・・・。」
光「え?」
奈津美「駅長さんの・・・名前って・・・なんて言うんですか?」
光「駅長さんの名前・・・?あ・・・ええと・・・。(山田を見る)」
山田「駅長の名前・・・。普段、名前で呼ばないからな・・・。ええと、確か・・・。」
奈津美「・・・本庄・・・本庄芳樹・・・。」
山田「え?あ、そうだ!本庄さんです、本庄芳樹さん。」
奈津美「・・・。」
光・山田「え?」
光「奈津美さん・・・どうして駅長さんの名前を?」
奈津美「・・・。」
光「ま、まさか!なに?駅長さんと奈津美さんって、そういう関係!?早い!早すぎる!」
山田「光さん、そういう関係って?」
光「(ぶつぶつと)飼い犬に手を噛まれるっていう気持ち・・・こういうことを言うのかな・・・。」
山田「いや、それは全然違うと思うよ。」
光「だって!私だって、駅長さんの名前知らなかったんだよ!それなのに、今日会ったばかりの奈津美さんが、駅長さんの名前を知っているなんて・・・そういう関係だって思うじゃない!」
山田「いや、だから、そういう関係って何さ?」
光「そ、それは・・・。」
奈津美「・・・お父さん・・・。」
光・山田「・・・え?」
奈津美「本庄芳樹・・・私のお父さんの名前なの。」
光「おとう・・・。」
山田「さん・・・?」
光・山田「・・・ええ!?」
光「ど、どういうこと???」
奈津美「私の父も甘いものが大好きだったんです。」
光・山田「・・・は?」
奈津美「あんな・・・文明堂のカステラしか認めない!なんて恥ずかしくもなく主張するなんて、お父さんしか考えられないから・・・。」
山田「そこなの・・・?」

   光と山田は言葉が見つからず困惑・・・。

光「駅長さんが・・・奈津美さんのお父さん・・・。」
山田「・・・。」
奈津美「十五年前、父は近くの駅で駅員をしていました。今と同じ時期、夏休みのお盆が近付いたある日、家族連れで混雑している駅のホーム。ひとりの少年が、誤って線路に落ちてしまった・・・。」
光「・・・。」
奈津美「それを見つけた父は、助けようと線路に入った・・・そこに・・・ちょうど電車が・・・。」
山田「・・・。」
奈津美「少年は反対側の線路に突き飛ばされた形になって助かったけど、父は・・・。」
光「・・・。」
奈津美「さっき、カステラのことであんなにむきになっていた駅長さんを見てたら思い出したんです。父のことを・・・。父が亡くなるあの日の朝、出勤前、父が楽しみにとっておいた食後のデザートを私が食べてしまい、父は、泣きながらデザートの大切さをむきになって私に説明するあの姿・・・。」
光・山田「・・・。」
奈津美「最初はわからなかったけど、でも、お父さん・・・全然変わっていなかった。十五年前とちっとも変わってない、あの駅員の姿で・・・。」
山田「でも、駅長は本庄で、奈津美さんは星野ですよね?名字が違いますよね?」
奈津美「母は、三年前・・・再婚したんです。親戚から薦められてたんですけど、ずっと断って・・・。女手ひとつで私を育ててくれて・・・。私が大学を卒業したあと、母に第二の人生を歩んでほしいって話して、やっと・・・。」
山田「そうだったんですか・・・。」
光「・・・。」
奈津美「ミレンガワ・・・。」
山田「え?」
奈津美「ここ・・・見連川駅っていうんですよね?」
山田「はい。」
奈津美「心に引っかかること、心残り・・・私がここに来てしまったのは、それはきっと、父に、お父さんに伝えたいことがあったから・・・。」
光「・・・。」
奈津美「私、結婚します・・・って。」
光・山田「!」
山田「結婚?」
奈津美「はい。私、来月結婚するんです。」
光「そんな・・・。」
奈津美「大好きなお父さんに、結婚のこと、会って、直接話したいなって思ってて・・・でも、お父さんはこの世にいなくて・・・だから、ここまで。」

   光は何事かを思い立ち、急いで事務所側に向かう。
   それを呼び止める山田。

山田「光さん!どこに!?」
光「(振り向いて)管理局!」
山田「え!?どういうこと!?」
光「駅長さんを連れ戻しに行ってくる!」
山田「ちょっと、光さん、落ち着いて!」
光「こんなときに落ち着いていられないでしょ!駅長さんを連れ戻しに・・・。」
山田「管理局までどうやって行くのさ!?」
光「・・・あ・・・。」
山田「ここは見連川・・・線路以外は隔離されている場所。」
光「・・・。(がっくりと崩れる)」
奈津美「山田さん・・・どういうこと?」
山田「この駅は、あっちの世界とこっちの世界の中間にある駅で、駅自体が特殊なんです。心残りや未練ある者が降り立つ場所。それが消えないかぎり、一度この駅に降り立ったら出ることはできない。」
光「そして、この駅から出るには、管理局の許可がいる。許可が下りた者だけが、冥界行きの列車に乗ることが出来る。」
奈津美「でも、さっき駅長さんや大五郎さんが・・・。」
山田「大五郎さんは管理局の係長さんですから、管理局用の車を持ってるんです。あれなら列車を使わなくても管理局まで一分とかからず行けます。」
光「私たち下っ端は、列車を・・・。くッ!(床を叩く)」
山田「・・・。(何かに気付く)!そうだ!」
光「え?」
山田「荒井さんに車を出してもらいましょう!」
光「荒井さんって・・・。」
山田「大丈夫です!あの人なら喜んで出しくれますよ!」
光「(歓喜)うん!」
山田「僕、電話してきます!」

   山田は電話をかけに急いで事務所に去る。

光「奈津美さん、ちょっと待っててくださいね!必ず駅長さんを連れ戻してきます!」
奈津美「そんな・・・光さん・・・。」
光「心配ご無用!(ハサミを出して)こう見えても私、強いんですよ!この帽子もあります!管理局と全面対決と決めたからには、正義は我にあり!悪・即・斬ならぬ悪・即・シャキン!です。」
奈津美「光さん・・・。」
光「・・・あ、そうだ。(小さな袋を取り出して)奈津美さん、これ。」
奈津美「え?」
光「十五年ぶりにお父さんに再会するんです。プレゼントのひとつやふたつ、あったほうがいいですよ。(渡す)」
奈津美「(受け取って)でも、これは光さんの・・・。」

    山田が入ってくる。

山田「光さん!荒井さんが車、出してくれます!」
光「さっすが、荒井さん!では、奈津美さん、行ってきます!(敬礼)」
奈津美「あ、光さん!」

   光と山田は事務所のほうに去る。
   奈津美は小さな袋を抱きしめ、心配そうにその後ろを見送る。
   山田が笑顔で入ってくる。

奈津美「山田さん・・・光さんは・・・。」
山田「大丈夫です。」
奈津美「でも・・・。」
山田「光さんを信じてください。」
奈津美「・・・はい。」
山田「あ?あ、僕もこの駅から出れるなら、光さんと一緒に管理局に乗り込んだのに。」
奈津美「え?」
山田「いや、実は僕も、この駅に降り立ったホシのひとりなんですよ。」
奈津美「山田さんが?」
山田「はい。」
奈津美「でも、駅員さん・・・なんですよね?」
山田「一応、鉄道局・見連川駅駅員・山田次郎・・・なんですけど。私も強く心にひっかかっていることがあったみたいで、二年前ここに降り立ちました。あっちの世界では・・・あ・・・生前は鉄道会社に勤めてたので、こちらの鉄道局の局長さんの口利きで、そのままこの駅の駅員として働くことになりました。」
奈津美「そうだったんですか・・・。」
山田「はい。」

   間・・・。

奈津美「山田さん・・・ひとつ聞いてもいいですか?」
山田「はい、どうぞ。僕で答えられることなら。」
奈津美「この駅で降りた理由・・・山田さんの、心に引っかかっていることって・・・何ですか?」
山田「え?あ・・・。」
奈津美「あ、ごめんなさい!プライベートなこと聞いちゃって・・・。」
山田「いえ、いいんですよ。」

    山田は思い出しながら、ゆっくりと話し出す。

山田「僕の心残りっていうのは、小さい頃、とてもお世話になった人に、命の恩人に、一言お礼が言いたいってことなんです。」
奈津美「お礼・・・。」
山田「はい。・・・助けてくれて、ありがとうございました・・・って。」
奈津美「・・・。」
山田「小さい頃のその出来事があったおかげで、僕は鉄道というものに、正確には駅員という職業に興味を持って、大学卒業後、念願の鉄道会社に勤めたんです。でも、就職して一年後、車の事故であっけなく・・・。」
奈津美「・・・。」
山田「せっかく命を救われたのに、早死にしちゃうなんて、本当に僕はいつもどこか抜けてるんですよ。(苦笑)こんなんじゃ、命の恩人に合わす顔がない・・・。(苦笑)」
奈津美「・・・。」
山田「一言、お礼が言えれば、きっと僕は列車に乗れる・・・この駅から解放されると思うんです。(笑)でも、なかなか言えないんですよね。せっかく助けられたのに早死にしちゃってるし、この駅の仕事・・・大好きだし・・・。」
奈津美「山田さん・・・。やまだ・・・(何かに気付いて)まさか・・・。」
山田「ありがとうございます、奈津美さん!僕の話を聞いてくれて。私たち駅員は、この駅で降り立った人の、心残りや未練をカウンセリングして、冥界に導くのが役目なんですが、ホシである僕自身の話が出来る人がいなかったんで、ちょうど良かった。」
奈津美「・・・。」
山田「本当に・・・奈津美さんには、なんと言ったらいいのか・・・この・・・(胸倉を掴みつつ)言っても言い足りません。」
奈津美「・・・山田さん・・・。」





〜シーン9〜

   光が事務所側から勢い込んで入ってくる。

光「ただいま戻りました!」
山田「早ッ!」
光「早いでしょ?駅長さんも一緒だよ!」
山田「え?どこ?」
光「あれ?いない・・・。駅長さん!駅長さん!」

   駅長がよろよろと事務所側から出てくる。

駅長「う・・・あ・・・う・・・。」
山田「駅長!どうしたんですか?!?」
駅長「(へたへたと崩れる)」
山田「まさか!管理局でヒドイ拷問を!?」
駅長「(首を振って)ち、違う・・・。」
山田「光さん!何があったんです?」
光「あ・・・あはは・・・。管理局を出るとき、一台車を借りて乗ってきたんだけど・・・。」
駅長「ジェットコースターも顔負けの運転だったんだ・・・。」

   駅長はぐったりと長椅子に座る。

山田「・・・。」
光「あはは・・・。」
山田「光さん、車の運転できたっけ?」
光「馬鹿にしないで!自転車の運転はできるよ!」
山田「関係ないじゃん!」

   光と山田は、奈津美に目配せし、躊躇する奈津美を前に押し出す。

奈津美「お・・・おかえりなさい・・・。」
駅長「(奈津美に気付いて)あはは・・・星野さん、ただいま。」
奈津美「・・・お父さん。」
駅長「・・・え?」

   駅長は周囲をキョロキョロ・・・。

駅長「お父さん?・・・ええと・・・。」
奈津美「お父さん・・・私、奈津美だよ。」
駅長「え・・・あ・・・奈津美・・・?いや、星野さん・・・。」
光「・・・駅長さんの娘さんの名前は、何て言うんですか?」
駅長「え?それは・・・奈津美だけど・・・(何かに気付き)!」
奈津美「お父さん・・・会いたかったよ。」
駅長「そんな・・・。」

   間・・・。
   光と山田はゆっくりと事務所側から出て行く。

奈津美「お父さん、元気にしてた?・・・って言っても、ここはそんなの関係ないんだっけ?」
駅長「・・・奈津美・・・。」
奈津美「(笑顔)」
駅長「本当に・・・奈津美・・・。」
奈津美「お父さん・・・。」
駅長「・・・大きくなったな、奈津美。」
奈津美「それはそうだよ。あれから何年経ってると思ってるの?十五年だよ。私も、もう二十五歳なんだからね。」
駅長「そうだよな・・・。」
奈津美「お父さんはちっとも変わらないね。」
駅長「そうか?あの頃よりも、ちょっとはダンディになったつもりなんだが・・・。」
奈津美「変わってないよ。甘いものでむきになるくらいだから。」
駅長「あ・・・。」
奈津美「あの日の朝、と・・・ちっとも・・・。」

   間・・・。

駅長「座ろうか?」
奈津美「うん。」

   駅長と奈津美は長椅子に座る。

駅長「由紀子は・・・お母さんは元気か?」
奈津美「うん、元気だよ。」
駅長「そうか。」
奈津美「お父さん・・・お母さん、再婚したの。」
駅長「・・・うん。」
奈津美「お父さんのこと忘れたとか、そういうんじゃないから・・・。」
駅長「わかってる。・・・相手は良い人か?」
奈津美「うん、和彦さんって言う人で、とっても良い人だよ。」
駅長「それならいい。お母さんには苦労かけてしまったから・・・。奈津美にも・・・。」
奈津美「・・・。」
駅長「・・・。」
奈津美「(立ち上がって)お父さん。私、結婚するんです。」
駅長「・・・うん。式はいつだ?」
奈津美「来月。ほら、親戚の浩介お兄ちゃんが結婚式を挙げたとこで・・・。」
駅長「鹿島ホテル?」
奈津美「そう!」
駅長「そうか・・・。相手は?」
奈津美「会社の人、松川芳樹さん。」
駅長「よしき?」
奈津美「うん、偶然にもお父さんと同じ名前なの。(苦笑)」
駅長「(苦笑)どんな男だ?」
奈津美「とても優しい人、少しお父さんに似てるかな?」
駅長「お父さんのほうがかっこいいだろ?」
奈津美「それはどうかな?」
駅長「な!くそ・・・会えないのがくやしい。」
奈津美「(笑)ほんと・・・お父さんに会ってもらいたかったな。」
駅長「そうだ。今度、お墓参りに連れてくればいいじゃないか。」
奈津美「うん。」
駅長「お花用に用意した水が突然はねたり、お線香に火をつけるとき、突然風が吹いて彼が火傷したらごめんな。」
奈津美「ええ?」
駅長「ほら、娘さんを下さいって来た時に、娘をやるわけにはいかん!っていう、あのフレーズがお父さん、言えないだろ?だからさ、墓参りの時くらいは・・・な。」
奈津美「(プンプン)もう、お墓参り行かない。」
駅長「あ、ごめん。そんなことしないから・・・。」

   駅長と奈津美は顔を見合わせて笑う。
   ひとしきり笑って・・・間。

駅長「幸せにな。」
奈津美「・・・うん。お父さんと・・・私の大好きなお父さんに、手を引かれて、バージンロードを歩きたかったな。」
駅長「奈津美・・・。」
奈津美「でも、いいの。こうしてお父さんに直接会って、結婚しますって伝えることが出来ただけでも、私は・・・。」
駅長「奈津美・・・。」
奈津美「・・・お父さん!」

   奈津美は駅長に抱きつく。
   山田と光は静かに入ってきて見つめている。
   駅長と奈津美は二人に気付く。

駅長「光さん・・・。」
奈津美「光さん・・・ありがとう。本当にありがとう。」
光「そんな、私は何も・・・。」
山田「駅長・・・そろそろ・・・。」
駅長「・・・うん。・・・さて、どうやって奈津美をあっちの世界に戻すかだ。」
光・奈津美・山田「ああ・・・。」
奈津美「お父さん、電車は?」
駅長「(時計を見て)あっちへの列車はもう終わってるんだ。」
山田「荒井さんに頼んで、車で運んでもらえば・・・。」
光「荒井さんは管理局に用があるらしくて、今は・・・。」
四人「(大いに悩む)」

   駅長は何事か閃く。

駅長「そうだ!」

   駅長は長椅子に置いてあったキュウリを手にとって・・・。

駅長「奈津美、これに乗っていけ。」
奈津美「え?お父さん?」
山田「あ!そっか!馬に乗っていけば迷わず戻れる。」
駅長「その通り。」
光「でも、これってどうやって乗るんですか?」
駅長「簡単だよ。(床にキュウリを置いてまたがって)こうやって、目を閉じて念じれば、気付いた時にはあっちの世界にいるさ。」
奈津美「で、でも、私・・・馬になんか乗ったこと無いし・・・。」
駅長「大丈夫だよ。お父さんを信じて。」
奈津美「お父さん・・・。」

   袖から佐久間の声が聞こえる。

佐久間「待て?、ルパ?ン!」
山田「大五郎さんだ!」
光「ルパンって・・・。」
駅長「山田君!」
山田「はい!(出て行く)」
駅長「私と山田君で大五郎を引きとめている間に!」
奈津美「お父さん!」
駅長「ホームの端からなら安全だ。またな、奈津美。」
奈津美「・・・お父さん・・・。」
駅長「(笑顔でうなずく)」

   駅長と山田は事務所側から出て行く。

光「奈津美さん・・・。」
奈津美「光さん・・・本当にありがとう。私、今日のこと一生忘れない。」
光「(笑顔でうなずく)」
奈津美「さようなら。」

   奈津美はホーム側から出て行く。

光「・・・。」

   奈津美はもう一度戻ってきて・・・。

奈津美「光さん。」
光「うわ!」
奈津美「(小さな袋を取り出して)これ、返すね。」
光「あ・・・渡さなかったんですか!?」
奈津美「これは光さんからのプレゼントでしょ?自分から、自分自身の手で渡しなさい。」
光「でも・・・。」
奈津美「応援してるからね!」
光「え?」
奈津美「それじゃ!」

   奈津美はホーム側から出て行く。
   光は奈津美を見送り、小さな袋を見つめる。





〜シーン10〜

   山田に押されているのをモノともせず、佐久間が事務所側から息をきらせて入ってくる。

佐久間「・・・光!」
光「あ・・・。」
佐久間「お前は、管理局をめちゃめちゃに壊して、ただで済むと思うなよ!」
光「あはは・・・。」
佐久間「ホシをどうした?」
光「え?あ・・・その・・・。」
山田「惜しかったですね。彼女なら一足先に戻ってしまいました。」
佐久間「戻った???どうやって!?」
山田「いや?、線路伝いに・・・かな。」
佐久間「線路???本当か?」
山田「どうだったかな?」
佐久間「貴様!」

   駅長が事務所側から入ってくる。

佐久間「駅長!今回のこと、ただで済むと思うなよ!」
駅長「はい。」
佐久間「線路伝いに戻ったのであれば、女の足だ。そう遠くには行ってないだろ。ふっ、俺の愛車・ビッグジャガーで追いかければすぐに追いつく!」
山田「あの・・・公務員用軽トラックがビッグジャガー?」
佐久間「行くぞ!」

   佐久間は意気揚々と事務所側から出て行く。

駅長「(笑顔)・・・。」
光「駅長さん・・・どうしたんですか?」
駅長「(後ろから工具を出して笑う)」
山田「あ・・・まさか・・・。」

    事務所側から佐久間の声。

佐久間「俺のビッグジャガーが!」

    佐久間が急いで入ってくる。

駅長「どうしたんですか!?」
佐久間「(泣)俺のビッグジャガーが・・・エンジンがかからんのだ!」
駅長「あらあら。」
佐久間「いつも丹精込めて整備してやってるのに・・・こんな時にわがまま言いやがって・・・。」
光・山田「・・・。」
佐久間「駅長!列車を出せ!今すぐ出せ!彼女を追いかける!」
駅長「無理ですよ。もう本日の最終は終わってますから。」
佐久間「うが!どうしてこうも俺にだけ不幸が降りてくるかな・・・。」
駅長「あ、そうだ、佐久間さん。いいものがあります。」

    駅長は長椅子に置いてあったナスを手にとって・・・。

駅長「これにお乗りください。ここからだとこれくらいしか追いかける手段はありません。」
佐久間「・・・ナス?」
駅長「牛です。」
佐久間「うし・・・。」
山田「・・・。」
光「あ・・・。」
佐久間「(ナスを手に取り凝視しつつ)・・・牛か!俺はな、こっちに来る前は、テキサスでカウボーイ男と呼ばれていたんだ!」
駅長「そうだったんですか。」
佐久間「駅長、お前の罪はこの際免除する!よーし!待ってろよ、俺の手柄!ハイヨー、シルバーッ!!!」

    佐久間はホーム側から退場。

光「シルバーって・・・馬だよね?」
山田「うん・・・確かに。」
駅長「まあ、あの調子ではまず追いつけないだろうね。」
山田「はい。」
光「でも、係長・・・キュウリとナスのこと、どうして知らないんだろう?」

    事務所側から栞の声。

栞「それはね、あいつが帰国子女だからよ。」

   栞が入ってくる。
   栞は何故かスーツ(軍服?)姿。

駅長「栞さん・・・。」
栞「大五郎はね、帰国子女だったから日本の古い慣習をあまり知らないのよ。」
光「あ・・・。」
山田「帰国子女って本当だったんだ・・・。」
駅長「栞さん・・・その姿は?」
栞「よくぞ聞いてくれました!この佐久間栞!公務員としてカムバックしたのだ!」
山田「カムバック?」
栞「そう!そして・・・。(腕の腕章を見せる)」
光「ああ!その腕章・・・管理局・・・。」
栞「そう!そして、この佐久間栞、本日付をもって、なんと管理局局長に就任いたしました!」
山田「管理局・・・。」
光「局長!?」
駅長「おめでとうございます。」
栞「ありがとう。あ、そうだ、駅長さん。(ファイルをごそごそ)今年からお盆の帰省を許可します。(許可証を出す)」
駅長「え?」
栞「理由は、わかってるわよね?」
駅長「あ・・・。」

   栞は許可証を駅長に渡す。

栞「私があなたをホシとしてこっちに連れてきてから十五年、やっと・・・ね。」
駅長「(苦笑)」
光「よかったですね!駅長さん!」
駅長「これも、光さんのおかげだよ。」
光「そんな・・・。」
栞「(山田に近付いて小声で)山田君は・・・まあ、自分次第だから、すぐにでも許可が下りるはずよ。」
山田「(苦笑)はい。」
光「よかった!これですべて一件落着ですね!」
栞「まだよ。」
光「へ?」
栞「光ちゃん・・・あなたに対しての処分がまだ終わってないわ。」
山田「しょ、処分?」
駅長「・・・。」
光「え?あれ?」
栞「まさか、このままで終わるとは思っていなかったでしょ?」
光「ああ・・・ちょっと思ってました。」
栞「管理局内の部屋三つ破壊、会議室大小合わせて五つ破壊、管理局用の車二台破壊、一台半壊、許可のない車両の使用・・・。」
山田「あんな短時間で、どれだけ暴れてきたんですか?」
駅長「・・・思い出したくない。」
栞「ざっと挙げただけでもこれだけあるわ。まだまだあるけど・・・。」
光「・・・。」
栞「一番の処分の対象になるのは、ホシ・帰還のほう助。つまり、星野奈津美さんをあっちに戻す手助けをした罪。」
駅長「栞さん、それは・・・。」
栞「駅長さん、これは光ちゃんの管理官としての処分なの。口をはさまないで。」
駅長「・・・。」

    栞は処分内容の書かれた紙を取り出し読む。
   光はそれをうつむきがちに歯を噛みしめ聞く。

栞「管理局管理官、南河内光。管理局管理官の任を解き、管理局を解雇処分とする。管理局局長、佐久間栞」
光「(じっと堪えている)」
駅長「・・・。」
山田「そんな!解雇って・・・光さん・・・クビってことですか!?」
栞「そうよ。光ちゃんには管理官は務まらないわ。」
山田「そんなの酷すぎます!」
駅長「栞さん・・・。」
栞「・・・。もうひとつ、あるの。」

   栞はおもむろに紙を取り出し、駅長に渡す。

栞「駅長さん、読んで。」
駅長「私が?」
栞「(うなずく)」

    駅長は紙を開いて目を通す。

駅長「これは・・・。」
栞「(うなずく)」
駅長「元管理局管理官、南河内光殿。あなたを管理局より鉄道局が貰い受け、任務として見連川駅見習い駅員を命ずる。鉄道局局長、荒井空男」
光「・・・。」
栞「そういうこと。」
山田「光さん!」
光「(泣笑)あ・・・あはは・・・。」
駅長「栞さん、これは・・・?」
栞「荒井さんがね、光ちゃんのこと、かなり気にいちゃったみたいでね、鉄道局に是非ほしいって。」
駅長「あはは・・・。」
栞「光ちゃんには、管理官よりも、この駅で駅員をするほうがあってる気がする。」
駅長「ええ、私もそう思います。」

   駅長は光に近付いて・・・。

光「駅長さん・・・。」
駅長「これから、よろしくね。」
光「はい!」

   光は帽子をかぶって・・・。

光「元管理局管理官、南河内光!鉄道局、見連川駅見習い駅員として、がんばります!(決めポーズ)」
駅長・栞・山田「(笑顔)光さん・・・見えない。」
光「あ・・・。」


〜終幕〜





 
シアターリーグ > シナリオ > 〜夏空の光〜 >