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スパイク オフ
あくつよしたか
 





一幕十場


 
 登場人物
    よしお  科学捜査班捜査員
    ゆうこ  よしおの恋人・OL
    知也  よしおの同僚
    京介    〃
    道子    〃
    主任  よしおたちの直属上司
    所長  科学警察研究所長
    秘書  所長付き秘書
    大統領 この時代の日本の元首
    補佐官一、二、三 大統領補佐官
    ゆうこの母、父
    医師  ゆうこの主治医
    キャスター 映像で登場
    通行人
    アナウンサー、ナース、救急隊員は声のみ

  時  近未来
  場所 日本

第一場

  とある港に隣接する公園。中央のベンチにゆうことよしおが掛けて弁当を広げている。近くで波の音が聞こえている。

よしお ごちそうさま、とってもおいしかったよ。
ゆうこ よかった。呼び出したりしてごめんね。駄目だったらどうしようかと思った。
よしお ゆうの呼び出しだったら大歓迎さ。
ゆうこ だってなかなか会えないんだもの。
よしお おととい会ったじゃないか。
ゆうこ (バックからケーキをそっと取り出して)はい、デザート。
よしお なに、これも手作り?
ゆうこ まさか。箱見てよ。
よしお そうだよね。・・・君のは?
ゆうこ 私さ、我慢できなくてさっき食べちゃった。
よしお そうなんだ。じゃ、いただきま〜す!
ゆうこ はい、どうぞ。
よしお うまっ!
ゆうこ 忙しいんでしょ?
よしお そうでもないよ。
ゆうこ (非難するように)そうでもないの?
よしお いや、結構忙しい。
ゆうこ どっちよ!
よしお 忙しいかな。
ゆうこ もお!

  遠くで救急車のサイレンの音

ゆうこ この頃多いね。
よしお ん?
ゆうこ いろいろ噂が流れてるの知ってる?
よしお 知らない。
ゆうこ 新種の伝染病じゃないかって。
よしお まだ何も分からないみたいだよ。
ゆうこ そうなの?
よしお うん。
ゆうこ 最近のニュースときたら謎の突然死と不景気の話し・・・。
よしお うん。
ゆうこ うんばっかり。
よしお うん。・・・ああ、うまかった。
ゆうこ 私ったら!せっかく会ったのにこんな話して。時間大丈夫?
よしお (時計を見て)ああ、だいじょぶ。
ゆうこ あのね、考えたんだけどやっぱりあの式場は高すぎる気がするんだ。あんなに豪華じゃなくたっていいのよ。というより、ほんとは装飾がどうもね、気になるんだ。
よしお そうだなあ〜。
ゆうこ シンプルに美しくありたいの。
よしお 今度、また紹介所当たってみようか。
ゆうこ ごめんね、なんか私のわがままで。・・・何回目だっけ、式場変えたの。
よしお 四回目?
ゆうこ やあだ、そんなに!私三回目だと思ってた。

  また遠くで救急車のサイレンの音

よしお まただ。
ゆうこ そうよね、またよね、いやになるでしょ。
よしお 救急車だよ。
ゆうこ あ、そう。

  よしおの携帯が鳴る。

よしお あっ、ごめん。
ゆうこ いいよ。
よしお はい、・・・はい、分かりました。・・・はい、すぐです。う〜ん、一〇分くらい。・・・えっ、・・・はい、そんなこと言ったって・・・はい、分かりました!ごめん、行かなきゃ。
ゆうこ うん、いいのよ。
よしお 緊急会議だって。昼休みくらいゆっくり休ませて欲しいよ。
ゆうこ 行ってらっしゃい、遅れないようにね。
よしお それは、大丈夫なんだけどさ。ごめんね。

  ゆうこ、よしおの手を取って。

ゆうこ じゃ、またね。
よしお うん、また。

  よしお、ゆうこを振り返りつつ退場。ゆうこも長い別れでもするように、じっとよしおを見守り立ちつくしている。よしおが振り返ると小さく手を振り返しながら。やがてよしおも見えなくなり、気が抜けたように今座っていたベンチに腰を下ろす。ぼんやり、遠くを眺めている。救急車がサイレンを鳴らし走り過ぎて行く。その音がだんだん小さく遠ざかって行く。

  暗転

第二場  

  科学捜査班(以下、科捜班)の研究室。研究室と言っても、その部屋には各自のデスクとパソコンがあるだけである。分析装置等の精密器機は奥の部屋にある。主任、道子、京介、知也が集まっている。よしおが急ぎ足で入ってくる。  

主任 間に合ったか。
よしお まだ休憩時間中ですよ。十分間に合ってます。得意なんだから。
主任 そう言うな、間もなく所長が来るんだ。
京介 ええっ!
主任 なにが「ええっ!」なんだ?
京介 いえ、なんでもありません。
主任 みんな、最近の事件については知っているな。
道子 やっぱり事件ですか。
知也 どこかの国ではテロの可能性も考えているらしいよ。
道子 ほんと?あなたの情報は当てにならないところもあるからな。
知也 ほんとですよ、ちゃんとネットで調べたんだから。
道子 当てにならないところもあるって言ってあげてるのよ。
知也 それはどうも。そう言ってもらえて嬉しいです、頼んだ覚えもないけど。
よしお テロか・・・。伝染病って噂もあるらしい。
京介 なるほどね、なるほど。
道子 何感心しているの。
京介 つまり国民性の違いって言うかな。
道子 国民性?
知也 みっちゃん、今日はなんか不機嫌だね。
道子 そうかもね。

  所長、秘書と共に登場。秘書はなかなかのセクシー美人。手に資料を抱えている。

所長 やあ、諸君。元気かね。元気なようだね。結構、結構。早速だが・・・。君、資料を配ってくれたまえ。

  秘書、全員にかなり分厚い資料を配る。

所長 このところ、突然死が多発していることは知っているな。

  所長の言葉を誰も聞いていない。一心にみな資料に目を通している。京介は同時に秘書がとても気になる様子。チロチロと目をやっている。

所長 ここ一ヶ月、都内で起きた事例について、現時点までの調査結果をまとめてある。まず・・・死亡者の一覧表がある。
  時系列に死亡日時、住所、氏名、年齢、職業、死亡場所等が載っている。一ヶ月前、ある介護施設で一名。
  一日おいて自宅で老夫婦がふたり同時に亡くなっている。次の日には公園のベンチで中年のサラリーマン。・・・以下続いて、都内だけで二八名。
  ちなみに全国では一一五三名となる。次に個々の調査報告がある。これまでは個別に調査され事件性はないとして処理されてきた。
  しかし、この数は異常であり時を経てなお増加する傾向にある。

  皆は、所長の話と関係なくページをめくっては、前のページに戻ったり忙しい。また同時に京介が頻繁に秘書を見ているのに気が付いている道子は肘で京介を小突き、彼は彼でそれに応じて小突き返したりしている。

所長 我々はこの事態を決して看過することはできない。そこで皆の協力を仰ぎたい。後ろのページに都内、および全国の死亡者の統計がある。
  年齢の分布、職業分布、居住地の分布等考えられるだけの視点からまとめてみた。またこれらのデータはグラフの下に示すデータベースの中に入っている。
  自由に活用し分析、検討してほしい。・・・なお、今回の件ではすでに、ウイルスや細菌の可能性、宇宙線の影響などあらゆる方面から国際的に研究調査が行われている。
  我々も各研究機関と連携を取りながら進めて行くことになる。我々が担当するのは、主に化学物質による影響である。
  調査課程で判明した研究結果については後述の手順書に従って逐次報告するように。同様にして他の機関からのデータも我々は利用できるようになっている。
  体制はここに上げた通りだ。諸君が我が科学警察研究所科学捜査班の名誉に掛けて問題解決に寄与することを切に希望する。
  ・・・私からは以上だが何か質問はあるかね。・・・では主任、後はよろしく頼む。期待してるぞ。私はこれで失礼する。と言ってもすでに諸君の眼中にはないようだが・・・。
  (主任に)君、私は対策本部に行く。何かあったら連絡はそちらにお願いする。

  所長、秘書と共に退場。

知也 所長は携帯持ってないのかな。連絡はそちらに!へへへ。
京介 秘書を好みで選んでいやがる。
道子 知らないの?あれ、所長の愛人ってもっぱらの噂よ。
京介 知らないわけないでしょ。
主任 (大声で)君らね、この重要な時に、所長の愛人だのなんだのって。
道子 主任、聞こえるじゃないの!
主任 (いたずらっぽく)微妙なところだろ。少しは気まずい思いをすればいいんだ。
道子 あらま。
京介 (やけくその大声で)へえ、彼女、所長の愛人なんですかあ!(普通に)ちくしょ〜、うらやましい!
道子 彼女、ちょっと可哀想。まあ、自業自得だけど。
よしお やれやれ。
主任 と言うわけで、まず我々は具体的にどう進めて行くか検討しよう。

  以下の会話は資料を見ながら行われる。

知也 ざっと見た感じでは、疑われるような薬物は検出されてないな。精度が問題だけど。
道子 そこは確認の必要があるわね。解剖所見と合わせてみて、他の薬物の可能性がないか当たってみないと。
よしお 関係した人がなんでもないところを見ると、伝染性のものではないのかな。
京介 分からないよ、亡くなった人がたまたま耐性がなかっただけかも。
よしお とりあえず、現場に行ってみて。
道子 何かの痕跡が残っているかどうか確認して来て!
京介 して来てって?
道子 それに、周りの人の証言も重要よ。どんな小さな変化でもいいから聞き出してみてよ。
京介 みてよって何よ。
道子 私は薬物の検出をやるの!
京介 しょうがねえな。
主任 じゃあ、よしお、京介、現場の調査、聞き取り。道子、知也、解剖結果の洗い直し、分析結果の確認に回れ。
京介 主任、みっちゃんに甘くありません?
道子 まあ、いいからいいから。
主任 私はこの資料、見直してみる。

  電話が鳴る。

主任 はい、科捜班。・・・そうですか。・・・はい、じゃ我々もすぐそちらに急行します。・・・ちょっと待って下さい(ペンを取る)・・・はい、・・・はい、・・・の一九。
  ここからだと、三〇分、いや四〇分かな、何しろ急ぎますよ。・・・そうですか、検死官が。・・・やも得ませんね。・・・ええ、じゃあ、そこはお任せします。
  それから、我々が入るまで現場検証は後回しに・・・はい、了解、お願いします。

  メモをよしおに渡しながら。

主任 新たな犠牲者だ。間もなく検死官が到着するそうだ。早くしてくれとさ。今までの事例から言って、何しろ、う〜ん・・・難しいな!とにかく急いでくれ。
  念のために防護服忘れるな。(道子に)君らも一緒に行ってきたらどうだ。
道子・知也 はい。
主任 サイレン鳴らして行っていいぞ。
全員 は〜い!

  暗転

第三場 

  科学捜査班の研究室。主任、道子、知也、京介、よしおと全員がそろっている。

知也 ああ〜、わかんねえ!
道子 思い当たるものから片っ端に調べたんだけどね。心臓、脳、肺・・・異常な物質や何かの影響の痕跡みたいなものは見つからないんだ。
京介 ほんとにウイルスや細菌を疑うんだったら、今の対応じゃ不十分ですよ。どういうルートで感染するかも分からないじゃないですか!
主任 上のやることは、よくわからん。
京介 「わからん」でほっといていいんですか!
主任 ごもっとも。
京介 それにあの報告書なんとかならないんですか。実際に調べるより時間が掛かるんですよ。本末転倒じゃないですか。
知也 我々の仕事は報告書を作成することだと言っても過言ではない。
京介 所長の真似すんな。
よしお ちきしょう、あの野郎!今度会ったらただじゃ置かないぞ・・・。
道子 そっちはどうしたのよ。
よしお 我々が防護服で行ったらですね。あの松田の奴が、「なんだその格好は!住民を怖がらせてどうすんだ!」って。確かに、向こうで何人か不安そうに見てたんですけどね。
知也 松田ってあの刑事?こないだの話しだろ。
道子 シート張ってなかったの。
よしお 張ってはあったんですけど、全然足りないんですよ。
道子 じゃ、あっちが悪いんじゃないの。
よしお そうでしょ。なのに、「この臆病者!俺たちはもう中に入ってるんだ。おめえら、自分の安全ばっかり考えあがって!おら、おら。とにかく、おせえんだよ、このボケ!」。
道子 乱暴ねえ!
よしお あいつの口調ですよ。「俺たちは命張ってんだ。だから、あほの科捜班って言われんだよ、さっさと行けや!」。
  そして後ろから蹴飛ばしたんですよ。信じられない!おかげで、両手をついて無様に転びました。
知也 また言ってる。
よしお 思い出したんだよ!・・・さすがに言ってやったんです。「穴が開いたらどうすんだ!」って。「そんなにやわにできてんのか。それじゃ尚更役にたたねえゃ!」。
  ああいえばこう言いやがって!なんだって目の敵にしなくちゃないんですかね。
知也 気に入らないことしたんじゃないの。
主任 捜査は行き詰まりか・・・。
道子 ええ、まあ・・・。
主任 この死亡者の傾向と言えると思うんだけど・・・。老人が多い。ひとり暮らし、同居に関わらず・・・。介護施設や病院でも多い。
  しかし、認知症と言われる人たちには起こらない。また、中高年も多い働き盛りの四〇代、五〇代男性。圧倒的に男性だ。
  職業的には肉体労働者もいれば、教師、医師、弁護士、エンジニア多岐に渡る。思春期、この年代は男女の差はない。小学生にもかなりの数が見られる。
道子 ある意味自殺者の傾向と似てない。
主任 そうだよな。
知也 私、ネット上での何か繋がりがないか調べてみたんです。同じサイトを見たとか、掲示板の書き込みとか。でも該当するようなものは見あたりませんでした。
主任 そうだよな。それぞれに接点はないんだ。
道子 集団自殺?
知也 だから、それには皆が同じ薬を手に入れるとか。
よしお 強烈な催眠術とか。
京介 死に至らしめるほどの催眠術か、しかも大勢の人間を、離れたところで、時間差で。そりゃすごいや。
知也 ほかの機関ではどうなっているんですか。
主任 今のところ、我々と同じらしい。
京介 手詰まり状態か・・・。
主任 とにかく、犠牲者は増え続けている。なんとかしなければ・・・。

  暗転

第四場 

  いつもデートする港の公園。よしおとゆうこがベンチで話している。

ゆうこ ちゃんと食べてる?
よしお うん、まあ。
ゆうこ 太ったんじゃないの。
よしお そうかな・・・。
ゆうこ コンビニ弁当ばっかり食べてるからよ。
よしお 簡単だからつい。ごめんね、ちっとも時間作れなくて。話し進まないね。
ゆうこ いいよ。事件はどう、解決しそう?
よしお 全然駄目だ。行き詰まってるんだ。一段落付いたら、早速探しに回ろうな。
ゆうこ うちの会社の部長もさ、この間突然亡くなった。何にも変わったところなんてなかったの。ただ、ふっと消えたって感じ。
  そして、亡くなってからも何にもなかったみたいに今まで通り、会社は動いて行くのよ。不思議な感じ。
よしお きっと、騒がないようにしているんだ。ニュースも前みたいに取り上げなくなった。  
ゆうこ 私、怖いよ。
よしお だいじょぶさ、ゆうこは僕が守る。命に代えても守るからね。そして必ず幸せにしてみせる。
ゆうこ そうね。

  ゆうこ、よしおの肩にもたれて目を閉じ、じっとしている。よしおはそのゆうこを感じながらずっと遠くを見つめる。

ゆうこ 私たち幸せになりましょうね。年を取っておじいちゃん、おばあちゃんになっても、いたわり合っていきましょう。
  そして私はいつも思っているわ・・・あなた、ありがとうって。私には分かる、必ずそうなる。だってよしおが約束してくれるんだもん。
  私だって同じ気持ちなんだもん。どんなことがあったって大丈夫よ。
よしお (年寄りの真似をして)ゆうこや、ちょいとお茶をくれないか。おお〜い!
ゆうこ ばかね〜。・・・私、今最高に幸せよ。
よしお うん。

  間

ゆうこ あれ、わたし・・・、よしお、わたし・・・よしお・・・。
よしお ん、どうした?・・・ゆう、ゆうこ!どうしたんだ、おい、お〜い!

  ゆうこは意識を失っている。

よしお おい、ゆうこ!ゆうこ!(周りを見回し)誰かあ!誰かあ!

  よしお、気が動転しながらも携帯を出し一一九番にかける。

よしお もしもし、もしもし!
救急隊員の声 はい、一一九番。どうなさいました。
よしお ゆうこが、ゆうこが急に倒れて意識がなくて!
救急隊員の声 分かりました。落ち着いて下さい。
よしお ・・・。
救急隊員の声 今の状態は・・・。
よしお 状態?
救急隊員の声 吐きましたか?
よしお 吐いてません。
救急隊員の声 ゆっくりと仰向けに寝せて下さい。
よしお そうだ、仰向けにしないと。
救急隊員の声 呼びかけに応えますか。
よしお だめです、全然応えません。
救急隊員の声 どのような状態で倒れましたか。
よしお 話しをしていて・・・。
救急隊員の声 頭を打ちましたか。
よしお 打ってません!
救急隊員の声 ただ今、あなたの携帯の位置を確認しました。そのまま、動かないでお待ち下さい。 
よしお えっ、はい!・・・もしもし、もしもし、どうしたんですか!
救急隊員の声 救急手配いたしました。約四分で到着予定です。
よしお はい!四分、四分ですね!
救急隊員の声 呼吸はありますか、耳を口元に当てて確認して下さい。
よしお あああ、ありません!
救急隊員の声 周りに誰か助けてもらえる人は?
よしお いません!誰も、誰もいない!
救急隊員の声 脈は・・・もしもし、もしもし。

  よしお、携帯を置いてかけ声を掛けながら人工呼吸を始める。 

よしお 顎を上に上げて!一五回に二回だっけかな、ちきしょう!ちきしょう!ちきしょう!
  一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二・・・・。ゆうこ!ゆうこ!・・・いくつだ、いくつだっけ、ちきしょう!
   
  暗転

第五場 

  科捜班の研究室。道子、京介、知也、よしお、各自自分の仕事に取り組んでいる。お互いに避けるような張りつめた空気が漂っている。主任登場、元気がない。

主任 (明るく)あ〜、みんな疲れたろう。少し休んだらどうだ。
知也 ご心配なく。適当にやってますよ。
主任 それならいいが・・・。そうだ、ケーキでも買ってこようか。道子君好きだったろう。何しろ脳の栄養源だからな。

  間

主任 ・・・みんな、乗り気じゃないみたいね。
道子 主任、さっきから、私たちに何か用ですか?
主任 用って訳じゃ・・・。
京介 じゃなに。
主任 なに、って言われてもな。
知也 (歌う)チイチイパッパチイパッパ、雀のがっこの先生は〜。
主任 わかった、わかったよ、もう!(しょげかえって)・・・よしお君、すまないが、・・・頼みがあるんだ。
よしお ・・・。
道子 私たち外そうか?
よしお いいよ。
主任 ・・・君がどんなに辛い思いをしているか、十分わかっているつもりだ。君と同じように私も辛い。ここにいるみんなもそうだ。自分のことのように苦しんでいる。
  それから・・・身近な人が犠牲になった沢山の人たち。みんな同じだ。だから・・・これ以上、苦しみを増やさないために、悲しむ人を出さないために。
  ・・・ゆうこさんの脳死判定をさせてほしい。そしてもし脳死と判定されたら・・・。
よしお そんな・・・ご両親は付きっきりなんですよ。信じてるんです、奇跡が起きるのを。僕も・・・信じてるんです。たとえ僕が死んでも、ゆうは・・・。
主任 彼女は・・・君のような男に出会えて幸せだ。
よしお 何言ってんですか、何が幸せですか、どこが幸せですか!なわけないじゃないですか!・・・どうして彼女がこんな目に!
  なんで、脳死判定なんですか、ゆうはまだ、頑張ってるんだ、生きようとしてるんだ。死なせるもんか!

  道子、ふたりの間に割っては入り引き離す。

道子 主任、(よしおに聞き取れないように身振り手振りで)逆効果じゃないですか、なにやんてんですか、もう!興奮させたら駄目なんです!

  道子、よしおの方に向き直り肩に手を置くようにして。

道子 ごめんね、ごめん、ほんとにごめん。(抱き寄せるようにして)だいじょぶよ、心配しなくていい。ゆうこさんは安らかに眠ってるわ。

  皆に緊張が走る。道子もしまったと思うが何でもなかったように続ける。

道子 私たち、そっと見守ってあげましょう。回復を祈ってるわ。そうよね、希望を捨てちゃ駄目よ。ね、だから、だいじょうぶよ。だから、ね・・・。

  よしおは少し落ち着いたようだ。

主任 すまなかった。・・・しかし、私はどうしても、そうしなければならないんだ。ゆうこさんのことで、この事件はほんとうに、心底から我々の事件となった。
  だからこそ解決のために必要なことだ。あの子もきっと許してくれる。・・・これまでの例からいっても、今の我々では彼女を助ける道はない・・・と思う。だとしたら・・・。
よしお これまではの話しでしょ!
主任 私は、ご両親に会ってくる。そして頼んでみる。駄目なら・・・仕方ないが。
よしお (疑いとも確認ともとれる言い方で)駄目なら諦めるんですか?
主任 そりゃ・・・。とにかく、それが私のやるべき事だ。
よしお ・・・なら、私も行きます。私も一緒に連れて行って下さい。
主任 ・・・そうか、分かった。・・・一緒に行こう。

  暗転

第六場 

  ゆうこの病室。ゆうこは人工呼吸器や点滴などの沢山のチューブ、器機につながれベットに横たわっている。医師、ゆうこの両親がベットを取り囲んでいる。主任とよしおは少し離れて見守っている。

ゆうこの母 でも、ほんとに、ほんとにこのまま回復することはないんですか。
医師 おそらくは。
ゆうこの母 絶対に?
医師 まず、判定を行って今の状況をはっきりさせましょう。
ゆうこの父 脳死と判定された場合・・・。
医師 脳死と判定された場合は、残念ながら・・・。
ゆうこの母 お父さん、私このままそっとしておいてあげたい。いつまでもそばにいたい。
主任 お母さん、私たちを助けて下さい。沢山の人がそれによって救われるかもしれないんです。そしたらゆうこさんも喜んでくれると思うんです。
ゆうこの母 だってゆうこは・・・もしかしたら・・・。
主任 そう思われるのは痛いほど・・・。
ゆうこの父 先生、実際ゆうこの状態は・・・。

  ゆうこの母がその言葉を遮るようによしおに飛びつきその手を取って。

ゆうこの母 よしおさん、よしおさんはどう・・・?
よしお ごめんなさい、僕何もできなくて・・・ごめんなさい。

  ゆうこの父、その母の肩に手を置く。その後間もなくピーと心停止を知らせるアラームが鳴り響く。

ゆうこの母 あっ、ゆうこ!ごめんなさい、ほったらかしにして!ごめんなさい!ゆうこ!

  医師がインターホンに呼びかける。

医師 私だ!電気ショックの準備をしてすぐ来てくれ。急いで!
ナースの声 はい、分かりました!
医師 急げ!
ゆうこの父 先生、もういいです。それにはおよばない。もういい・・・。
ゆうこの母 お父さん!お父さん!何言ってるの!
ゆうこの父 母さん、もう十分だ、頑張った、ゆうこも母さんも・・・。
ゆうこの母 いやあ〜!ゆうこ!ゆうこ〜!

  ゆうこの母、ゆうこにしがみつく。
      
  暗転

第七場  

  大統領執務室。大統領他その補佐官三名。

大統領 このことは絶対国民に知らせてはならん。国中大パニックになるぞ。
補佐官一 しかし隠しきれる事じゃありません。
大統領 いや、なんとしても、なんとしてもだ。あらゆる手段を使ってだ。マスコミにも報道規制を掛けろ。国家の非常事態だ!
補佐官二 無理です。いまどき素直に従うところがあるもんですか。
大統領 実力行使だ。
補佐官三 たとえ我々が押さえたとしても、他国から漏れれば元も子もありません。下手に動けば、情報隠蔽で問題になります。
大統領 私は国民のためを思って言ってるんだぞ。
補佐官一 そんなこと誰も信じやしません。
大統領 しかも、他はまったく平素と変わらないようにしなくちゃいかん。
補佐官二 ですから、不可能です。
大統領 なんということだ!
補佐官三 大統領、お待ち下さい。今回のことは不幸なことでしょうか。見方を変えれば・・・。
  本人が望まない限り、ことは起こらないのだから、望まない限り今までと全く変わりはない。よろしいですか・・・。
大統領 何が言いたいんだ。
補佐官三 不治の病や他の病気で苦しむ人たちが自らが楽になりたいと願い、その時何の苦しみもなく・・・それが実現されるのです。
  誰の手も必要とせず、全くの由意志で。それは病気の人ばかりでなく、あらゆる人について言えることです。全体としてどれだけ医療費やその他経費の削減になるでしょうか。
  しかも、その分だけ今あるものを充実させることができる。それは大統領、しいては国民の大きな支持につながるでしょう。
大統領 待て待て待て、君!なんということを言ってくれるの。そんなこと、口に出してはいかん、思ってもいかん!・・・経費削減?そりゃ財政は大赤字だ。あっぷ、あっぷだ。
  しかし!多くの犠牲者を出して削減も何もあるもんか!だいたいそこまで追い込むのはいつも我々かもしれないんだぞ!それに彼らは国家の収益の柱であり、消費者でもあるんだ。
  人口が減るということは・・・。
補佐官三 大統領!私は一つの観点を述べたまでで、お気に障ったら謝罪致します。
大統領 そうだ、観点だ、一つの観点・・・。ああ、私こそ死んでしまいたい!

  補佐官三人、硬直して大統領を見守る。

大統領 ん?(自分の発言に気が付き)・・・私・・・今なんて・・・言った?
補佐官一 大統領・・・。

  大統領、恐怖のあまり息もできず、よろよろと倒れ込むように椅子の背に両手でしがみつきながら激しく喘ぐ。全員固唾を飲んで見守っている。・・・しばらく時が過ぎたが何も起こらない。大統領の息も少し楽になる。

大統領 (両手を上げ、叫んで)んわぁ〜!(まだ荒い息で)はあ、はあ、はあ、・・・危なかった、もう駄目かと思った!
補佐官二 よかった!
補佐官一 おめでとうございます。
大統領 何がおめでとうだ!見ろ、見ろ、見ろ、見ろ、ちょっとうっかりしただけでこんな怖い目に遭うんだ。ああ、私はどうしたらいいんだ!
補佐官一 ここはまず、落ち着くことが何よりです。(補佐官二に)おい、水を持ってきてくれないか。我々にはコーヒーを。
大統領 何で私が水で、君らがコーヒーなんだ。
補佐官一 失礼しました。じゃ、君そういうことで。
大統領 いや、私は水でいい。

  補佐官二退場。
  間。

補佐官三 大統領、いづれにしてもこれから発表しなければならない政府の見解について、我々が草案を作成致しますが、それについて一つ確認したいことが。
大統領 また、なんだね。
補佐官三 自ら実験台になった研究者のことですが、その生存は伏せた方がよろしいかと。
大統領 なんでだね。
補佐官三 非常に高度な技術を必要とするものの、とにかく生存中に近い状態で維持できる、しかも今後の研究によっては停止した脳の機能を回復させることができるかもしれない・・・。
大統領 それは確かな情報なのかね。
補佐官三 そう聞いてますが。
大統領 そうか。
補佐官三 だとしたら、誰しもそれを望むと思われます。それが可能な医療機関は限られている。
  結局、財力のある者が金にものを言わせてその技術の成果を享受することになるでしょう。
  国民の不公平感は高まるばかりです。ただでさえ、格差に対する怒りは大きいのに、それに輪を掛けることに・・・。
大統領 君ね、さっきから言い難いことをズバズバ言うね〜。参りました、もう勘弁してくれよ。
補佐官三 隠しきれないものは率先して出して、後はうまく隠しきる。これが肝要かと。
大統領 考えておくよ。

  補佐官二がトレーに水差しにコップ、コーヒー三杯を乗せて登場。大統領、コーヒーを取り上げ口に運ぶ。

補佐官一 大統領、それは・・・。
大統領 あちちちっ!もう、熱いじゃないか君!

  暗転

第八場  

  科捜班の研究室。道子、京介、知也、よしお、各自のデスクでだらだらしている。よしおは気の抜けた風である。そこへ主任登場。

主任 今本部から問題の件についての報告が上がった。ある認知科学者による・・・、研究成果だ。彼はこの突然死に「人の心」が影響しているのではないかと疑った。
  感情あるいは意識の変化によって脳内において何らかの物質が生成され、脳の機能が停止するのではないかと考えた。しかし、何も検出することはできなかった。
  そこで自分の体で実験することにした。彼は今まで亡くなった人たちが置かれていた状況を詳細に検討した。
  その結果、本人が明確に「死にたい。」と意識していたかは不明だったが、それを望んでも不思議ではない者が大多数だった。
  そして彼は、こんな風に感じたのではないだろうかと想像に基づいて、同じように考、感じようとした。いろいろ試行錯誤したようだが、結果的に現象は再現された。
全員 ・・・。
主任 最新の脳の活動電位計測により、ある瞬間、意志に関わると見られるニューロン群より、強烈なスパイクが脳全体に広がる。その後全くスパイクが起こらなくなった。
  つまり、脳の活動停止だ。それにより呼吸停止、さらに呼吸が停止することにより・・・。
知也 それって麻酔から覚めなかったようなものかな。
京介 俺たちも物質ばかり捜してたものな。
道子 でもいい線いってたんじゃない、私たち。
主任 そうだ、君たちはよくやった。なぜニューロンの活動電位が起こらなくなってしまうかは今のところ不明だ。
京介 じゃ、何かの刺激を与えれば、また活動するかもしれないんですね。
主任 ないとは言えないだろうな。その研究者は今、細胞としての脳を維持するためだけに生存している。
道子 生存と言えるかしら。
知也 脳を培養してるんだ。
主任 その脳を使って様々な実験が行われている。
京介 よくそんなことする気になったな。ある意味、気味が悪い。
主任 我々のために自分の命を投げ出してくれたんだ。お陰で見えないものが見えてきた。
道子 私にはとてもできないわ。
よしお できなくていいです・・・。
道子 そうよね、そう、そう。
知也 意志でそうなるというと・・・。
京介 なんだよ。
知也 そういう意志を持つって事はさ、脳内でニューロンどうしがあるパターンで活動したってことだろ。・・・ということはそういう活動をしたことを知るためのパターンがないといけない。
  ・・・ということは今度は知るためのパターンが活動したことを知るためのパターンが必要だって事になる。とすると・・・。
道子 何言ってんのよ。
京介 一つ一つのニューロンをA、B、C、DとするとAが点灯したのを知るにはBが点灯する必要があり、Bが点灯したのを知るにはCの点灯が必要でCが・・・切りがないって
  言いたいんだろ。
知也 ちょっと違うけど、まあそういうこと。
京介 どう違うんだ。
知也 一つ一つじゃなくて、あくまでもネットワークが大切なんだ。
京介 だから、その中の一つについて話してるんじゃないか。
知也 一つでは意味ないんだなあ、これが。
道子 あんたたち、変よ!
京介 お局様には興味ないとさ。
知也 いかにも。
道子 でも、主任、最近になって急に増えたのはどうして?
京介 それだけ、世の中が辛くなったんじゃないか?
主任 ある種、無意識の共感が働いているのではと考えられている。
知也 もらい泣きみたいに?
京介 もらい死にじゃ頂けないな。
道子 やめてよ、何言うの。
主任 身近な人に起こったり、ニュースで見たり、多く目にすることで敏感になるらしい。それに、感受性には個人差があることも推測されている。
道子 ちょっと思っただけでそうなる人と、なかなかならない人がいるってことね。

  よしお、立ち上がり無言のまま部屋を出ようとする。

道子 どこに行くの。
よしお もういいです・・・。
道子 なんて?
京介 もういいって。

  よしお、退場。
  暗転

第九場  

  港の公園。中央にベンチ。波の音が届く。舞台前面、左右に大きなテレビ画面が置かれている。よしおが上手より考え込みながら登場。ベンチに腰掛ける。突然、左右のテレビに映像が映し出される。スタジオ内の様子が映り、画面中央でキャスターがニュースを読み上げる。

キャスター 番組の途中ですが、ここで臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースです。
  最近多発している突然死について、我々取材班は関係機関の極秘調査報告書の一部を入手いたしました。
  それによりますと、詳細は不明ながら、「本人の死を望む意志が直接死の原因になる」との結論に達した模様であります。
  簡単に申しますと、誰でも死にたいと思えば死に至るということであります。繰り返します。
  最近多発している突然死について、我々取材班は関係機関の極秘調査報告書の一部を入手いたしました。
  それによりますと、「本人の死を望む意志が直接死の原因になる」との結論に達した模様です。誰でも死にたいと思えば死に至ることになります。
  恐ろしいことです、信じがたいことです!が、紛れもない事実であります。みなさんは自分の考えることに慎重でなければなりません。十分な注意が必要です。
  注意して下さい。注意して下さい。・・・以前からこのような突然死は報告されていました。しかし、十分に調査されることなくまさしく突然死として放置されて参りました。
  この当局の怠慢の陰で、変化は着々と進んでいたのです。そして今誰の目にも明らかなものとして、圧倒的な犠牲者のもとにその恐ろしい姿を現しました。
  今のところ我々は対処するすべを知りません。ただ個人が慎重であることに期待するばかりです。当局はこれまでこの事実をひた隠しにして参りました。国民を欺いて参りました。
  この責任は重大であります。我々は全力を挙げ責任の所在を追求するでありましょう。当局の適切かつ早急な対応を要求致します。
  番組の途中ですが・・・(突然画面か乱れ、電源が切れる)。

よしお ゆうちゃん、君はきっと・・・死んでもいいと思ったんだね。あの時、そうだよね、僕も君といられたらもうなにもいらない、同じ気持ちだ。
  ・・・ちきしょう!「死んでもいい」と「死にたい」とは違うじゃないか。バカヤロー!・・・もういいんだ。僕も今そこに行くからね・・・待っててね。

  よしお、そこにゆうこがいるように抱きしめて目をつぶる。そこで死のうというのだ。集中するうちバランスを崩しそのままの形でベンチに転がる。通行人がいぶかしげにしながら通り過ぎる。しばらくして、よしおがむっくり起きあがる。

よしお 駄目だ、思い出ばかり頭に浮かぶ・・・。ゆうが言ってた、「ご両親はどうするの。」って。・・・(叫んで)ゆうこ〜!

  暗転

第十場 

  大統領官邸前の広場。中央に演壇が設えてある。これから大統領が今回事項に対して国民へメッセージを述べることになっている。演壇の左側に補佐官の三人が並んでいる。場内にアナウンスが流れる。

アナウンスの声 間もなく大統領から国民のみなさんへ向けてメッセージが発表されます。
  何よりもみなさんへ率直な気持ちを伝えたいとの大統領自身の強い意向によるものです。政府としての公式見解に先駆ける形で急遽行われることとなりました。
  間もなく発表です。大統領官邸ウッドハウス前の広場よりの生中継でお送りしております。間もなく発表になります。
  今、今、大統領登場されました。ゆっくり歩いて登場です。中央演壇に向かいます・・・間もなく発表です。

  間

大統領 こんにちは、国民のみなさん。この重大な時に、気の利いた前置きを考えている場合じゃありません。早速ですが本題に入りましょう。
  最近の原因不明の死亡事件が多発していることについて、我々はこれまで慎重に発言を控えて参りました。
  何よりも・・・不正確な情報をお伝えすることにより、不必要な不安や混乱を招くことを恐れたからであります。また、そのためにこそ、そのためにのみ若干の報道規制も行いました。
  しかし、一部の報道機関においては我々の意図が理解されず、興味本位に取り上げられる例が見られたのはみなさんご存じの通りであります。
  中には映画さながら最後の審判が下ったのだとか、何かの呪いだとかまことしやかに主張するものもありました。
  賢明なみなさんはそのような不安を煽る情報に惑わされることなく、冷静によく対処して下さいました。また、テロの噂も流れました。
  ある国どうしでは、実際テロを疑い相手国と危うく臨戦態勢になるところもありました。幸い誤解は解消され問題には至りませんでした。
  ・・・みなさん!我々は全世界を上げ原因究明に取り組んで参りました。人類のあらゆる知恵、テクノロジーをかたむけ分析に当たりました。
  がいっこうに解決の糸口が見つからなかった。・・・しかし、とうとうあるひとりの研究者によりその時はやって参りました。
  彼は今まで誰も気に留めなかった「人間の思い」に着目しました。
  そして、問題解決のために自らを実験台に差し出したのです。それは文字通り命をかけた取り組みでした・・・。
  彼は自分の体に最先端の計測機器を取り付け、必要ならその場で解剖でも何でも行うように指示して瞑想に入りました。そして自分は死にたいと心に念じたのです。
  彼の勇気と愛に尽きることのない尊敬と感謝を捧げます。・・・結果は驚くべきものでした。彼の瞑想により脳のパルスは一瞬輝きを増した後、その活動を停止したのです。
  つまり、数々の犠牲者と同じ事が今彼の身にも起こったのです。このことは・・・人が自分の意志で、意志のみによって自分の命をコントロールできることを意味します。
  人間は今や恐るべき能力を獲得するに至りました。これは即ち・・・人類の進化・・・ということなのでしょうか?
  この変化をもたらしたものが神であるか、はたまた悪魔であるか私には分かりません。こうしている今この時も世界のどこか、いやすぐ身近なところで命を失う方が大勢いるはずです。
  みなさん!私は問いたいのです。仮に死を望む気持ちが芽生えたとしても、それがすなわち現実に命を失うことと同じであってよいでしょうか。
  残念ながらこの世の中、死にたいと思うことは時に訪れます。その耐え難い日々に、歯を食いしばり苦悩のまっただ中でなお  ・・・死ねないこと、死なないことによって
  全く新しい人生が展開されてくる。人生とはそういうものではないでしょうか。今こそ私たちの強い心が試されているのです。
  どうかみなさんの未来が幸多いものでありますように!心から願わずにいられません。
  (自分の演説に酔う)みなさん、我々政府もやるべきことはたくさんある!格差社会、景気の低迷、超超高齢化社会への対応、学校や職場での陰湿ないじめの問題、
  世界的な食糧難、水不足、 衛生の問題、地域紛争、各国の利害対立、地球温暖化、数え挙げればきりがない。
  我々はこれら多くの困難に立ち向かうに際して、みなさんが少しでも安心して暮らせるよう精一杯努力する所存であります。
  みなさんは私の家族、私はみなさんの僕であります!私はみなさんのためなら、かの研究者のごとく・・・命を投げ出しても構わない、いや、むしろそれを望みます!
補佐官一 大統領!
大統領 ん?・・・(はっと気づく)あっ!
補佐官二 大統領!

  大統領、恐ろしさに天を仰ぐ。観客から静かな拍手がわき上がる。大統領は必死で耐える。一頻り拍手が収まったところで恐怖にうめき声を上げ失神する。補佐官の三名が駆け寄り立ったままの状態で支える。

補佐官一 大統領!
補佐官二 大統領!しっかり!
補佐官三 だいじょぶ、失神してるだけだ!
補佐官二 まったく!
補佐官一 人騒がせな人だ!
補佐官全員 だいとうりょう!




 
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