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二人芝居+三人芝居用 短編台本7本
作 ソンブレロ
 



#1『あなたも立派なラクダの仲間』



    とある町、その道端。
    中央に女(女2)、何かを探している。
    
    やがて別の女(女1)、何かを探しな
    がら現れる。
    両者、お互いの存在に気がつく。


女1 あの、ちょっと聞いていいかしら?
女2 え、ええ……。
女1 コートが吹き飛ばされちゃったの。
 窓辺にかけてたんだけど……。
 見なかった?
女2 コート……?
 さあ、見なかったわ。
 生憎だけどね。
女1 そう。
 やっぱりね。
女2 この風だもの。
 しっかりとめなきゃ飛ばされるわ。
女1 しっかりとめてたのよ。
 いつもどおりね。
女2 それがいけなかったのかもね。
 こんな風の強い日はいつもより頑丈にとめなきゃ。
女1 ええ、油断してたわ。
 諦めて新しいのを買った方がいいかしら……?
女2 今どきコートなんて売ってる?
 どこのお店も春物ばかり並べているわ。
女1 でもまだ必要じゃない?
 今週はたまたま暖かかったけど。
女2 そうね、まだ寒い日はあるでしょうね。
 特に来週は真冬並みの寒さに戻るって聞いたわ。
女1 やっぱり飛ばされたコートを探した方がいいかなぁ。
 やれやれ……。
女2 大変ね。
 見つかることを祈っているわ。
女1 ありがとう。
 じゃあ。

    女2、再び辺りを見回す。
    女1、その様子に気がつく。

女1 もしかしてあなたも何かをお探しなの?
女2 ええ、じつはレストランをね。
女1 レストラン……?
女2 この辺りに新しく出来たらしいの。
女1 なんて言うお店なの?
女2 それがうっかり忘れちゃって……。
 ちょっと洒落たかんじで、味もいいって評判を聞いて来たんだけど
 ……。
女1 そう言えば来る途中に見慣れないお店があったわ。
 きっとそこのことじゃないかしら。
女2 この道の先ってこと?
女1 ええ、まっすぐ行って、確か、バス通りに出るちょっと手前の
 右側の角だったわ。
女2 ありがとう。
 助かったわ。
女1 どういたしまして。
 じゃあ。
女2 あ、ちょっと待って。
 教えてもらったお礼ってわけじゃないけど、あなたの探しもの、私
 でよければ協力するわ。
女1 それはご親切にどうも。
 でも、いいわ。
 悪いもの。
女2 あら、遠慮することないのよ。
 困っている時はお互い様だもの。
女1 そう?
 じゃあお言葉に甘えて……。
 もし見つかったらその新しく出来たお店でランチおごっちゃおうか
 な。
 ふふふ、なんか急にお腹が空いてきちゃった。
女2 ところでどんなコートなの?
 あなたが無くしたコートって。
女1 トレンチコートよ。
 ラクダ色の。
女2 え、ラクダですって?
女1 ええ、お気に入りだったのに……。
女2 お気に入り?
 ラクダが?
女1 ラクダ色のコートがね。
女2 じゃあ絶対見つけ出すべきよ。
 決して諦めないでね。
女1 なんか急にスイッチが入ったわね。
女2 だってラクダ色でしょ?
 しかもお気に入りって聞いてますます力になりたくなったの。
女1 あら、色のせいってこと?
女2 そうよ。
 じつは私、ラクダが大好きなの。
 だって命の恩人なんだもの。
女1 恩人?
女2 そう、救ってもらったのよ、ラクダにね。
女1 へえ……。
 一体どこで?
女2 砂漠よ。
 ほかにないでしょ?
 ラクダに出会えそうなところなんて。
女1 まあそうだけど……。
女2 ほら、あそこって暑いでしょ?
 それに果てしなく広いからいくら歩いてもキリがないの。
 だからへこたれちゃって……。
女1 でもどうして砂漠へなんか行ったの?
女2 さあ、冒険かしら……。
 私にもよくわからないの。
 だって夢の中のことなんだもの。
女1 なんだ。
女2 聞いて。
 ラクダったら私の目の前まで来て、跪いてくれたの。
 お腹を地面にぺったりと着けてね。
 で、どうぞお乗りなさいって、目で言うの。
 だから私、余力を絞ってコブにつかまったわ。
女1 それで助かったってわけね。
女2 ええ、それ以来ラクダのことが大好きになったの。
 だから助けずにはいられないわ。
 ラクダ色がお気に入りだっていう人のことを。
女1 じゃあ私、ラクダに感謝しなきゃね。
女2 ええ、感謝してあげて。
 だってとっても優しくて辛抱強いんだから。
女1 でもそれ夢でしょ?
女2 献身的なのは事実よ。
 砂漠で人を乗せて歩き続けるなんて、なかなか出来ることじゃな
 いわ。
女1 だけどラクダって耐久性に富んでるんでしょ?
 背中のコブが水筒の代わりになって……。
女2 それは誤解よ!
女1 違うの?
女2 って言うか、迷信なのよ。
 おばあちゃんに聞いたことあるんだもの。
 そうやって騙して働かせてるんだって。
女1 そうなの?
女2 傲慢だわ。
 ラクダの弱みに付け込んで……。
 だってあのコブは彼等にとってコンプレックスの塊なのよ。
女1 気にしてるってこと?
女2 あんなに大きいのよ。
 しかも二つあるのだっているわ。
女1 そう言われるとなんだか可哀相ね。
 大きなコンプレックスが二つも、なんて。
女2 想像してみて。
 自分がとっても大きなコブを二つも背負って生きていく姿を。
女1 ああああ……。
女2 でしょ?
 それをやれ水筒代わりだとか耐久性があるとかって、言いくるめら
 れて……。
 まったくひどいわ。
 私、そのことをラクダに伝えに行こうと思ってたの。
女1 どこへ?
女2 もちろん砂漠よ。
 今度は私が救う番よ。
女1 救う?
 でも、どうやって?
女2 ロバに乗って。
 砂漠を行脚するの。
 世界中のラクダの解放のためにね。
 ロバならおとなしいし、私でも乗れそうだし。
女1 あら、それじゃあ今度はロバが可哀想じゃない?
女2 仕方ないわ。
 世界中のラクダのためなのよ。
 あなたも手伝ってもらえない?
女1 嫌よ。
 出来ないわ。
 ロバだって大変なのよ。
 おじいちゃんに聞いたことあるんだもの。
 餌は馬より少なくて済むし、力持ちで犬より従順だって。
 だから世界中の山岳地域で重い荷物を運ばされているのよ。
女2 あら、あなたやけにロバの肩を持つのね?
女1 違うの。
 その考え方が嫌いなのよ。
 ラクダのためにロバを犠牲にするっていう。
女2 でも世の中ってそういうものじゃないかしら?
女1 何かのために何かが犠牲になるのが?
 当たり前なの?
 それも傲慢だわ。
女2 じゃあ私たちがラクダのために出来ることって?
女1 それは、やっぱり彼等の気持ちになるってことじゃない?
女2 つまり、どういうこと?
女1 彼等のように生きるの。
 献身的に……。
 決して見返りなんか期待せず。
女2 コンプレックスを恥じることなく、むしろ誇りにして世のため
 に尽くす……。
 なんて素晴らしい人格かしら。
女1 でも私、ラクダについていやな噂を聞いたことがあるわ。
女2 え、それってもしかしてラクダの性格のこと?
女1 ええ、一旦機嫌を損ねると厄介だって。
 しかも主人の顔もすぐ忘れちゃうって。
女2 あら、それならロバだって似たようなものでしょ?
 ロバって意外に気分屋で、気が乗らないと絶対に荷物を運ばないし、
 ラクダ並みの忘れんぼだって聞いたことがあるもの。
女1 それってなんだか私と似てるわ。
女2 え、やだ、私もよく言われるの。
 似たもの同士かしらね?
女1 そうね、そうかもしれないわね。
女2 ところであなたどこへ行くの?
女1 えーっと……。
 なんだったっけ?
女2 まあ。
 ふふ、おかしな人。
 まるでラクダみたいね。
女1 そういうあなたは?
女2 え、あら、私も人のこと言えないわ。
 ふふ、きっと大した用事じゃなかったのね。
 それより、もし良かったら、どう?
 一緒にランチなんて。
女1 いいわね。
 ちょうどお腹が空いてたの。
女2 確か、この先の角に良さそうなお店が出来たって聞いたの。
女1 へえ、素敵ね。
 賛成よ。
女2 気が合うわね。
 私たちって。
女1 本当ね。
 ついさっきまで意見が分かれてたのにね。
女2 雨降って地かたまるってことよ。
女1 でも何について意見が分かれてたんだっけ?
女2 あら、やだ、なんだったかしら?
 ふふふふ。
女1 ところでちょっと肌寒いわ。
 悪いけど少しだけ待っててもらえない?
 すぐ戻るから。
女2 どこへ?
女1 なにか着るものをとってくるわ。
女2 ええ、どうぞ。
 急がなくても大丈夫よ。
女1 ごめんなさいね。
 じゃあ……。

    女1、そそくさと去る。
    女2、女1の去った方向を見送る
    が、やがて何かを思い出したよう
    に辺りを見回す。

    女1、何かを探しながら現れる。
    両者、お互いの存在に気づく。

女1 あの、ちょっと聞いていいかしら?
女2 え、ええ……。
女1 コートが吹き飛ばされちゃったの。
 窓辺にかけてたんだけど……。
 見なかった?
女2 コート……?
 さあ、知らないわ。
 生憎だけどね。
女1 そう……。
 やっぱりね。
女2 この風だもの。
 しっかりとめなきゃ飛ばされるわ。
女1 しっかりとめてたのよ。
 いつもどおりね。
女2 それがいけなかったのかもね。
 いつもより頑丈にとめなきゃ。
 ところでどんなコートなの?
女1 トレンチコートよ。
 ラクダ色の……。
女2 あら、ラクダ!

    沈黙。
    そして暗転。


       ‐了‐



♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ 




#2『 だんだんわかった 』



    小さなギャラリー。
    女(女1)が一人、様子をうかがうように
    して現れる。


女1 こんにちは。

    静寂。

女1 こんにちは。
 お留守ですか?
 こんにちは。

    もう一人の女(女2)が現れる。

女2 聞こえてるわよ。
 そんなに大きな声出さなくても。
女1 あ、すみません。
 お返事がなかったから……。
女2 なに?
女1 あの、こちらが噂のアンティークガレージ「器」で間違いない
 ですか?
女2 間違いないわ。
 どんな噂だか知らないけどね。
女1 とっても素晴らしい作家さんがいるって聞いています。
女2 そう、それ私のことね。
女1 なんでも孤高の芸術家だそうですね?
女2 まあ、そうなのかもね。
女1 あと、ちょっとだけ偏屈なスタッフさんもいるんですってね。
 ふふ。
女2 それも私のことね。
 ここは私一人しかいないから。
女1 あ、いまの私の独り言です。
 忘れてください。
女2 気にもしてないから大丈夫よ。
女1 あの、この辺りって細い路地ばっかりで、すっごく迷っちゃい
 ました。
女2 それはご苦労さま。
 でも芸術家はバス通り沿いなんかには居を構えないものよ。
女1 はあ、どうしてですか?
女2 どうしてって、芸術家ってそういうものなのよ。
 わからない?
 こういう感覚が。
女1 はあ、まあ、なんとなく……。
 じゃあ表の看板が小さくて見づらいのも、そういう感覚からなんで
 すか?
女2 もちろんよ。
 大きくてわかりやすい看板なんて野暮なだけだわ。
 工房っていうのは少しわかりにくいくらいでちょうどいいのよ。
女1 こちらで作品を作られているのですか?
女2 そうよ、ギャラリー兼工房。
 奥に作業場があるの。
女1 へえ。
女2 でも見学は不可よ。
 プロセスは見せない主義なの。
 だから見ていいのはここの展示エリアのみ。
 ところで、あなたは何を求めにいらしたのかしら?
女1 じつは、来週大事なお客様がうちのレストランにお見えになる
 んです。
 それで、なにか芸術性の高い食器を準備したいってオーナーが言い
 まして……。
女2 大事なお客?
女1 ええ、うちのお店の格付けを審査していただく大事な大事なお
 客様なんです。
 偶然こちらの噂を耳にしたのですぐに駆けつけて来たんです。
女2 じゃあどうぞ、ゆっくりご覧になるといいわ。
女1 ええ、では……。

    女1、見回し、ふと何かに気がつく。

女1 あの、すみません。
 こちらに並んでいるのは、カップですよね?
女2 それがどうしたの?
女1 どれも底が抜けたり、穴が空いちゃったりしてますけど、これ
 は……。
女2 空いちゃったんじゃなくて、空けてあるの。
女1 でもこれではコーヒーを注いだら穴からこぼれ出てしまいます
 よね?
 それでいいんですか?
女2 それでいいのよ。
女1 どうしてですか?
女2 自由と美の追求、とでも言えばいいのかしら。
 無形である衝動を器という形を借りて表現しているだけ。
 理屈なんてものはいくらでも後付け出来るわ。
 だから解釈は自由にして頂戴。
 それは私の伺い知れないものだから。
女1 あ、もしかしてご気分を害されましたか?
 私はただ素朴な疑問として聞いただけなんですけど。
女2 まあいいわ。
 そもそも穴って形而上的に存在の概念から外れているでしょ?
 でもむしろその虚空の存在意義を証明するために器を作っているの。
 つまり逆なの。
 無駄に想像を働かせる輩たちは、観念論的な行き詰まりの通気孔な
 んて言ってたけどね。
 センスないわよね。
 だから評論家は嫌い。
女1 はあ……。
女2 わかる?
女1 いえ、あんまり……。
女2 まあ俗人に理解してもらいたいとは思ってないけどね。
女1 あの、すみません。
 私、一応お客ですよね?
女2 そうね。
女1 でも私の方が百倍くらい気を使ってますよね?
女2 そうかしらね。
女1 そういうものなんですかね?
女2 そういうものかもね。
女1 それはやっぱりあなたが芸術家だからですか?
女2 ええ、やっとわかってきた?
女1 はい、飲み込みの悪い私ですが、だんだんわかってきました。
女2 ちょっとはお利口なのね。
女1 そうか、この人がお客と思えばいいんだわ。
 こっちがお客だと思わないことね。
女2 なに?
女1 いえ、独り言です。
女2 あなた独り言多いわね?
女1 すみません、ちょっとした癖で。
女2 独り言って一人の時にするものよ。
 気をつけた方がいいわ。
女1 はい、この人がお客さま。
 つまり神様。
 いえ女王様。
女2 また独り言?
女1 あ、その、えーっと……。
 こちらにあるカップはどうしてみんな逆さまになっているんですか?
女2 それは立たないからよ。
女1 なるほど、どれも尻すぼみですものね。
 徹底して使えないようにしてあるんですね?
女2 水やワインが飲みたかったら蛇口や瓶に口を寄せればいいじゃ
 ないの。
 飲み物を仲介するカップのどこが美しい?
 創作に求められるのは、表現の美だけよ。
女1 じゃあ使えるものは作らないんですか?
女2 私が芸術家である以上はね。
女1 もしかして作らないんじゃなくて、作れないんじゃないですよ
 ね?
女2 それ独り言よね?
女1 はい、すみません、そのとおりです。
女2 もっと芸術のわかる人と来た方がいいんじゃない?
 私も忙しいのよ。
女1 あの、そのはじっこに置いてあるのはなんですか?
 バスケットの中にいろいろなカップが山積みになっていますけど。
女2 それは失敗作よ。
女1 へえ、高名な芸術家の失敗ってどんなのですか?
 ちょっと見せてください。
 あれ、こちらのカップの底には穴が空いていないのですね?
女2 だから失敗なの。
 たまにあるのよ。
 うっかりして穴を空け忘れちゃうことって。
女1 焼いてからでは穴は空けられないですものね。
 でもいい色ですね。
 手触りも素晴らしい。
 失敗作といっても芸術性は高いものなんじゃないですか?
女2 そんなのに芸術的価値なんてないわよ。
女1 もしよろしければ、安く譲っていただけないでしょうか?
女2 捨て場に困っているだけなの。
 そんなの売るなんて私のプライドが許さないわ。
女1 じゃあ代わりに捨てて来ましょうか?
女2 え、そう?
 ありがとう。
 でも気が引けるわね。
 私の作品を求めて来た人に失敗作を捨てさせるなんて。
女1 そんな……。
 むしろ光栄です。
 私のような芸術にまったく無知な者がお役に立てるなんて、ありが
 たき幸せです。
女2 じゃあ申し訳ないけどお願いするわ。
女1 もしまた失敗したらいつでもご連絡ください。
 駆けつけますので。
女2 重ね重ね悪いわね。
女1 いえ、どうか御遠慮なく。
 あの、これ、うちのお店の連絡先です。
女2 ありがとう。
 でも食べには行かないわよ。
女1 ごもっともです。
 あんな下町のレストランに大芸術家様が降りてくるなんてあり得ま
 せん。
 あれ、底に穴が空いているカップも混ざっているんですね?
女2 それはフラワーポットよ。
女1 あ、じゃあこれ植木鉢の失敗作ってことですか?
女2 ええ、ついうっかりして底に穴を空けちゃったの。
女1 つまり使えちゃうわけですね、この植木鉢は。
女2 たまにやっちゃうのよね、そういう失敗。
女1 なるほど、座りもいいし、デザインも素晴らしいけど、芸術的
 価値が低いのは素人目にもわかります。
女2 そう?
 だんだん目が肥えて来たじゃない?
女1 ええ、でもこれ下町のレストランの窓辺には最適かもしれませ
 ん。
 真っ赤なゼラニウムの引き立て役としてなら。
 まあ、捨てますけど。
女2 いつか埋め合わせするわ。
女1 ありがとうございます。
 でもどうかお気づかいなく。 
 芸術的価値観が養われただけで余りある収穫です。
女2 コーヒーでもいかがって言いたいところだけど、生憎カップが
 ないの。
女1 芸術家の辛いところですね。
女2 そうなの。
 あなた芸術家の気持ちがわかる人ね。
女1 はい、だんだんわかってきました。
 では、私、そろそろ。
女2 帰り道わかる?
 迷わないでね。
女1 ちょっと重いけどお役に立てることがなによりの励みになり
 ます。
 またのご連絡をお待ちしてますね。
 よいしょっと。
 ふふふ。
 では、失礼しまーす。

    女1、そそくさと去っていく。


     ‐了‐



♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ 




#3『 おまかせカフェでまかされて 』



    カフェの店内。
    女(女1)が一人、様子をうかがうように
    して現れる。
 

女1 こんにちは。
 こんにちは。
 誰かいませんか?
 こんにちは。
 誰か……。

    もう一人の女(女2)、現れる。

女2 あ、いらっしゃい。
 おまかせカフェにようこそ。
女1 え。
 おまかせ……?
女2 カフェ。
 よろしくね。
女1 ここカフェだったのね。
女2 どうぞ、掛けて。
 
    女1、座る。

女1 看板がないから前から気になっていたの。
女2 なんのお店だと思ったの?
女1 わからないわ。
 だから入ってみたのよ。
 ちょっと勇気を出してね。
女2 そう、それは勇敢ね。
 ところでカフェでよかった?
 それとも期待外れだったかしら?
女1 そんなこともないけど、でももうちょっと違うものかと思ったわ。
女2 違うって、たとえばどんなふうに?
女1 もっとなんて言うか、ふつうっぽくないって言うか……。
女2 ふつうっぽくない?
 そういうのを期待していたのね?
女1 期待って言うより、想像していたの。
 ねえ、メニューはないの?
女2 ここはセルフサービスなの。
女1 でもメニューくらいあるでしょ?
女2 うぅん、ないの。
 だから自分で考えて。
女1 考える?
女2 そう、考えて、そして決めて。
 何が飲みたい?
女1 じゃあ……。
 コーヒーを。
 ブレンドでいいわ。
女2 はい。
 ブレンドと……。
 コーヒー豆の挽き方のお好みは?
 粗い方がいい?
 それとも細かい方かしら?
女1 へえ、意外と気が利くのね。
 じゃあ、えーっと……。
 中くらいで。
女2 中くらい、と。
 ご注文は以上でいい?
女1 そうね……。
 シフォンケーキなんてある?
女2 了解。
 すぐ用意するわ。

    女2、傍にあったコーヒーミルを
    テーブルの上に置く。

女2 ではブレンド豆をさらさらさらーっと入れまして……。
 はい、これよろしくね。
女1 え。
女2 ブレンドコーヒーでしょ?
 どうぞ。
女1 どうぞって……。
 なにこれ?
女2 コーヒーミルよ。
 見たことない?
女1 自分で挽くの?
女2 セルフだって言ったでしょ。
 ここはおまかせカフェなんだから。
女1 おまかせってそういうことだったのね。
女2 挽き方は中くらいで。
 じゃあお願いね。
 いまシフォンケーキの方も用意するから。
女1 ああ、よろしく。

    女2、去る。

女1 え、あ、ちょっと待って。
 用意って、もしかして小麦粉や卵を持ってくるんじゃないでしょうね?
女2 ええ、卵白とグラニュー糖をボウルに入れてね。
 あと、もちろん泡だて器もちゃんと……。
女1 中止。
 シフォンケーキ中止。
 キャンセル。
女2 あら、食べてもみないうちから?
女1 おまかせにもほどがあるんじゃない?
 私、そんなに時間ないの。
女2 じゃあせめておいしいコーヒーだけでもどうぞ。
 さあ。
女1 わかった。
 挽くわ。

    女1、豆を挽く。

女2 あ、ねえ、それじゃあ雑よ。
 早すぎるわ。
 もっと優しく。
女1 このくらい?
女2 もうちょっと静かに心を落ち着かせて挽いてみて。
女1 こうかしら?
女2 そう、その調子よ。
 そうやって丁寧に挽けばきっと美味しいコーヒーが飲めるわ。
 あ、ねえ、もう少し肩の力を抜いた方が疲れないわよ。
 そして肘と手首を柔らかく使って。
 そう、ゆっくりと滑らかにね。
女1 ねえ、そろそろいいかしら?
女2 悪いけどもうちょっとがんばってくれない?
 ちょうど3時だし、私も飲みたくなっちゃったの。
女1 あなたの分まで?
女2 ええ、ブレンドを同じく中くらいで、よろしくね。

    女2、コーヒー豆を追加する。

女2 いいじゃない。
 ものはついでだしね。
女1 私、お客よね?
 こんなお店ってあるかしら。
女2 あなただってふつうっぽくないことを期待していたじゃない?
女1 想像していただけよ。
女2 でも、あなたっていい人ね。
 なんだかんだ言っても挽き続けてくれているもの。
 って言うか、むしろさっきより丁寧に挽いてくれているし。
女1 それは、まあ、コツがつかめたって言うか……。
女2 うぅん、わかるわ。
 あなたってとっても親切な人なのよ。
女1 はじめて言われたかも。
女2 それはあなたの良さが正当に評価されていないからよ。
 私ね、これでも人を見る目は確かよ。
 だって今までたくさんの人にコーヒー豆を挽いてもらってきたんだ
 もの。
女1 挽き方でなにがわかるの?
女2 心の豊かさとか、繊細さとかね。
 そろそろいいんじゃない?
 見せて。

    女1、ミルを差し出す。

女2 ほら、こんなにいい香りがするわ。
女1 それは豆がいいからよ。
女2 見て、こんなにちょうどよく中くらいに挽かれているわ。
女1 それはミルの具合がいいからよ。
女2 謙遜してるけど、うぅん、自分でも気がついていないかもしれ
 ないけど、あなたは人知れず人のために尽くす人なのよ。
 私が保証するわ。
女1 ありがとう。
 それにしてもコーヒーを挽いたのって何年ぶりかしら。
 いろいろ面くらったけど、いい気分転換になったわ。
 じゃあ、私、これで。
女2 え。
女1 仕事があるの。
 ちょっと不思議な体験が出来て楽しかったわ。
女2 せめて一口だけでも味わってみない?
 それにこの豆、悪くないものよ。
女1 せっかくだけど、またにするわ。
女2 仕事を抜けてきたの?
女1 うぅん、これからなの。
 慣れないことってするものじゃないわね。
 たまに休みをもらっても仕事のことが気になって出て来ちゃった。
 今度はもう少しゆっくり出来る時に来るわ。
女2 とても忙しい仕事なのね?
女1 この先の郵便局よ。
 書留や小包の受付係なの。
女2 あら、そう言えば荷物を局留めにしたままだったわ。
女1 じゃあ出来るだけ早く引き取りに来てね。
 局留めの荷物って毎日増えているから、もう山積みになっているのよ。
女2 それは申し訳なかったわ。
 近いうちに必ず伺うわ。
女1 お願いね。
 じゃあ。
女2 ねえ、ご迷惑かけておいてこんなこと言うのもどうかと思うけど、
 休みをもらった日くらいゆっくり心と体を休めたらいかがかしら?
女1 そうね、私だってそうしたいわ。
 でも駄目、どうしても気になっちゃうのよ。
女2 それはあなたの努力が足りないからよ。
 もっと休むことに集中しなきゃ。
女1 だけどこうしているうちにも受付待ちの荷物や局留めの荷物が溢
 れているかもしれないわ。
女2 もっと周りを信じて任せるの。
 自分がいないとどうにもならないって考えは、自分を過信している証
 拠よ。
女1 え。
女2 あ、ごめんなさい、私ったらつい他人事じゃなくなっちゃって
 ……。
 今のは以前の私自身に言ったことなの。
 気を悪くしないでね。
女1 以前の?
女2 ええ、レストランのマネージャーをしていた頃の。
 いつも過剰に目を配って、どうしてもっと周りを信じられなかった
 のかって後になって思ったわ。
女1 それでカフェをはじめたの?
女2 ええ、でも今もけっこう忙しいのよ。
 ハーブは自家栽培なんだけど紅茶もいま挑戦中なの。
 そしていずれはコーヒーも自分で育ててみたいわ。
 つまり本業はそっちの方なの。
女1 だからお店の方はおまかせってわけね。
女2 そう、あなたみたいな忙しい人たちを解放するためにね。
女1 解放ですって?
女2 ねえ、試しにこのお店をまかされてみない?
女1 無理よ。
 そんな余裕ないし、カフェの仕事なんて何も知らないんだから。
女2 大丈夫。
 全部おまかせのカフェなんだから。
 ちゃんとまかせることが大事なの。
 どう?
 いまのあなたにピッタリじゃない?
 あなたが変わるために。
女1 変わる?
女2 そう、一人で背負わない。
 上手にパスの出せる人に。
 なりたくない?
女1 なれるかしら?
女2 あなた次第よ。
 そして、あなたと同じように責任感の塊のような人たちを解放して
 あげて。
 それがこのお店の使命なの。
女1 でもお客さんなんて来るの?
 看板もないお店なんかに。
女2 ないから来るのよ。
 あなたと同じようにふつうっぽくない何かを求めてね。
女1 そうか。
 おまかせカフェとは知らずにね。
 じゃあおすすめはおまかせブレンド。
 お好みのコーヒー豆を独自のブレンドでいかがですか?
 なんて、ちゃっかりコーヒーの栽培からおまかせしちゃったりして。
女2 いいわね、何ヶ月も汗水流して飲むコーヒー。
 目指すは究極のスローカフェね。
 じゃあ早速だけど、ちょっと出掛けてくるから留守をお願いね。
女1 え、どこへ?
女2 郵便局に荷物を引き取りに行ってくるわ。
 コーヒーの豆袋が三つも局留めになっているんだもの。
 迷惑でしょ?
 行ってくるわ。
 じゃあ。
女1 うん、わかった。
 行ってらっしゃい。

    女2、ドアの開閉音とともに去る。

女1 わかったって、つい言っちゃった。
 絶妙のパスね。

    女1、コーヒーミルを弄ぶ。

女1 責任感の塊のような人たちを解放か……。
 そんなのできるかな、私に。

    ドアの開閉音。
    客の気配。

女1 え、あ、えーっと……。
 せーの。
 いらっしゃい!
 おまかせカフェにようこそ。


        ‐了‐



♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ 




#4『 峠のパン屋再訪問 』


    パン屋の店内。
    所々にカップなどの陶器が置かれている。
    
    女(女1)が一人、様子をうかがうように
    して現れる。


女1 こんにちは。

    静寂。

女1 こんにちは。

    女2、現れる。

女2 はい。
女1 あ、どうも。
女2 なにか?
女1 えーっと、あの、私一応、お客なんだけど……。
女2 そう、でも今日はお休みなのよ。
女1 「今日も」よね?
女2 ええ、「しばらくお休み」っていう貼り紙見た?
女1 見たわ。
 でも昨日の貼り紙には、「しばらく」とは書いていなかったわね。
女2 それでまた来てみたの?
女1 ここのパンが食べたくて峠をいくつも越えて来たのよ。
 だから貼り紙が変わっていたのを見て、思い切って声をかけようっ
 て思ったの。
女2 それは申し訳なかったわ。
 あらためまして、ごめんなさい。
女1 いつまでお休みなの?
女2 さあ、どのくらいかしら……。
 今のところ目処が立ってないの。
女1 理由を聞いてもいい?
 せめて納得してから帰りたいわ。
女2 理由ね……。
 でも納得してもらえるかなぁ……。
女1 え。
女2 そういうの得意じゃないの。
 ちょっと待ってね。

    女2、考え込む。

女1 どうしたの?
女2 だから待って。
 いま考えるから。
女1 考えるってなにを?
女2 休んでいる理由よ。
 ちゃんと納得してもらえるようにね。
女1 わざわざ考えることないのよ。
 本当の理由だけ教えてくれない?
女2 そうもいかないわ。
 二度も無駄足を踏ませちゃったわけでしょ?
 なんだかパンを焼く気になれなくて、なんて言ったらがっかりさせ
 ちゃうものね。
 あ、コーヒーでもどう?
 用意しながら考えるから。
女1 パンを焼く気になれない……?
女2 それじゃいくらなんでもあんまりよね。
 困ったことに私ってこういう時に気の利いた言い訳が思いつかない
 の。
女1 それが本当の理由なの?
女2 駄目よね。
 そんなのじゃ。
女1 駄目もなにもそれが本当なら、理由を考える必要なんてないじゃ
 ない?
 気休めは結構だわ。
女2 結局怒らせちゃったみたいね。
女1 どうしてパンを焼く気にならないの?
 あんなにおいしいのに。
女2 パンだけおいしくても駄目なの。
女1 どういうこと?
女2 ほら、中庭を見て。
 石窯がふたつあるでしょ?
女1 ええ、あれでパンを焼いているのね。
女2 そう、パンは右の石窯でね。
女1 じゃあ左の石窯は?
女2 陶器を焼いているの。
女1 両方ともあなたが?
女2 そう、朝はパンを焼いて、昼は陶器を焼くの。
 一人だからどちらも少しずつね。
女1 もしかしてそこにあるコーヒーカップもあなたが?
女2 ええ、そうよ。
 パンをのせるお皿も、ここにある陶器はすべてね。
 でもこの頃陶器の方が不調なの。
女1 陶器の窯が?
女2 窯は問題ないんだけど、私の方がね。
女1 具合でも悪いの?
女2 ちょっと行き詰っちゃって……。
 色を変えたり形を変えたり、自分の作りたいもの、自分にしか作
 れないものを探しているんだけど、なにかどれも違うような気が
 して……。
 才能ないのかなぁ。
女1 その悩みが解決するまではパンを焼く気になれないってこと
 なのね?
女2 わかってもらえる?
女1 全然わからない。
 パン作りってそんなにどうでもいいことだったの?
女2 うぅん、陶器作りと同じくらい大事よ。
女1 でも完全にパン作りが犠牲になっているじゃない?
 同じくらい大事とはとても思えないんだけど。
女2 そんなことないわ。
 パンが上手く焼けない時は陶器作りの方だってふるわないもの。
 両方でバランスをとり合っているのよ。
女1 お言葉を返すようだけど、それじゃあアンバランスってもの
 よ。
 片方が不調の時こそもう片方ががんばっての両輪だと思うわ。
女2 じゃあ今こそパンを一生懸命焼くべきってこと?
女1 まさにそういうことだと思う。
 行き詰っている時こそ敢えて踏み出さなきゃ。
 焼くのよ。
 おいしいパンをいっぱいね。
女2 なんだかあなたのためにパンを焼くみたいね。
女1 そうよ、私のために焼くの。
女2 え。
女1 それで足りなければ仲間たちを連れて来てもいいわ。
 葡萄畑の若夫婦にオリーブ売りの男の子、それから山小屋の女主
 人に養蜂場で研修中の農学部の学生たち。
 みんな友達。
 私って顔が広いんだから。
女2 へえ……。
 ところであなたって何している人?
女1 ヨーグルトを売ってるの。
 露天でね。
 大きな水瓶にヨーグルトを入れてね、計り売りなの。
 朝早くから作って、お昼まで売って、午後からは牛乳とか材料の
 仕入れ。
 明日の準備が終わったら早々に就寝。
 そんな毎日。
女2 大変ね。
女1 でも今日はお休み。
 そして昨日もね。
 私って、気になることがあると仕事に集中出来なくなるの。
 つまりあなたがパンを焼かないせいで、ヨーグルトの生産がストッ
 プしているの。
 うちのヨーグルトを食べないと一日がはじまらないという人もい
 るっていうのに……。
女2 それは責任重大ね。
 でも本当にパンを焼いているうちに糸口が見つかったりするかなぁ
 ……。
女1 それでも駄目なら諦めればいいじゃない。
 もともと才能がなかったってことでね。
女2 ずいぶん簡単に言ってくれるわね。
 まああなたにはわからないでしょうね。
 作品づくりの苦しみなんてね。
女1 そうよ、私はしがないヨーグルト売りよ。
 朝早くからヨーグルトを作って、売って、また作って。
 お店もない、田舎道の脇で露天を構えるだけのね。
 でもそのヨーグルト一本で生きている人間が、片手間でパンを焼
 いている人に負けてるのよ。
 悔しいけど。
女2 負けてる……?
女1 だってそうでしょ。
 あなたの焼くパンが食べたくて峠をいくつも越えて来ているのよ。
 しかも店を二日も休んで。
 あなたの創作上の悩みなんて知ったことじゃないわ。
 なんならもうひとつの石窯もパンを焼くために使っちゃえばいい
 のよ。
 その方がたくさん焼けるじゃない。
女2 いくら悔し紛れとはいえ、ハッキリ言ってくれるわね。
女1 まだまだこんなの序の口よ。
 才能に対する嫉妬って思いのほか深いんだから。
 だって人知れずファンなの。
 パンだけじゃなくて陶器もね。
女2 陶器も?
女1 知らなかったわ。
 町の器屋で見つけたカップやソーサー、お皿に陶製のスプーン。
 あなたの作品だったのね。
 みんな持ってるの。
 それにヨーグルトを入れるための大きな水瓶。
 全てお気に入り。
 でももう十分よ。
 揃っちゃったから。
 あの左側の石窯の役目は終わり。
 これからはパンを焼く才能を生かすだけの人生。
 再出発おめでとう。
女2 ずいぶん厳しいファンね。
女1 そう、これが私の応援の仕方。
 マイナス方向へ背中を押すの。
 マイナスをプラスに転じようとするパワーが創作のエネルギーに
 なるって教えられたことがあるの。
 だから甘やかさないわ。
女2 それはお世話さま。
 もしかしてあなたも何か創作をしているの?
女1 創作って言えるかどうか、人形劇をちょっとね。
女2 人形劇?
 へえ、あなたがお話を考えるの?
女1 そう、お話を考えるのも演じるのも私ひとり。
 学校や教会で好評を博しているの。
 もちろん子供にだけどね。
女2 へえ、観てみたいな。
女1 悪いけどいまは無理。
女2 どうして?
女1 じつは新しいお話を考えてるんだけどね、なんかちょっとふ
 るわないって言うか、行き詰っているのよね。
 才能ないのかなぁ。
女2 なにそれ、私のこと言えないじゃない。
女1 うぅん、悔しいけど私はただの嫉妬の塊。
 パンも陶器もファンだなんて。
 同じ人が作ってるってさっき知って、ますます嫉妬の炎が燃え盛っ
 ているわ。
女2 ありがとうって言っていいのかしら?
女1 うん、だからあなたも燃やして。
 いずれ両方の石窯を。
女2 そうね、ありがとう。
女1 ねえ、町に出ない?
 メリーゴーランド。
 映画。
 ミートパイ。
 サーカス。
 アップルワイン。
 行き詰った時の気分転換。
 どう?
女2 いいわね。
 連れて行ってくれる?
女1 もちろん。
女2 じゃあその前にコーヒーでもどう?
 パンを焼かない理由を一緒に考えてもらってもいい?
 もう少し気の利いた理由を。
女1 そうね、「焼く気になれない」なんてほかの人に言っちゃ駄
 目よ。
 せめてもう少しマシなのを考えてあげる。
 コーヒーを待っている間だけでもいくつかの候補をね。
女2 じゃあいいのをたくさんよろしくね。
女1 ええ、あ、ねえ、ごめん。
 私、コーヒーって苦手なの。
 贅沢言って悪いけど、紅茶にしてもらえるかしら?
女2 あ、そう、いいけど。
女1 ちょっと薄めで、ミルクを多めに入れていただけない?
女2 あら、そう言えばミルクがなかったんだわ。
女1 ハーブティーならミルクなしでも飲めるんだけど。
女2 ハーブティーね……。
 はいはい、かしこまりました。
女1 ごめんね、お手数掛けちゃって。
女2 どういたしまして。
 まずはあなたの世話から焼かせてもらいます。
 パンより先にね。
女1 あら、うまいこと言うじゃない。
女2 カモミールにペパーミントにローズヒップ。
 甘酸っぱい香りと、深いコクを出せる、良質な茶葉を探し求める
 旅に行ってきます。
 じゃあ。
女1 え。
女2 なんて……。
 とりあえずあなたへの休む理由は整ったかしら?
 ご納得いただけそう?
女1 ああ……。
 はい、そうね、納得いたしました。

    二人、笑う。


       ‐了‐



♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ 




#5『腰の低い料理店』


    小さなレストランの店内。
    中央にテーブル、椅子が二脚。

    女1、テーブルの上を拭いている。
    やがて女2、現れる。


女1 いらっしゃいませ。
女2 こんにちは。
 珍しく空いているわね。
女1 ええ、もう3時ですから。
 いま閉めようと思ってたんです。
女2 あら、もう終わりなの?
女1 申し訳ありませんが、6時まで準備中となります。
女2 そう、じゃあちょうど良かった。
 あ、うぅん、それは残念ね。
 ここのランチを楽しみにして来たのに。
女1 いつもご贔屓にして頂いて、ありがとうございます。
女2 今日はちょっと出遅れちゃったのよね。
女1 簡単なパスタ料理でよろしければ用意いたしますが……。
女2 うぅん、悪いわ。
 でもちょっと疲れたから少しだけ休ませてもらってもいいかしら?
女1 ええ、どうぞ。
 いまお水を持って参りますので。

    女2、座る。

女2 ねえ、それよりここに掛けていただけない?
女1 は?
女2 今日のランチは何だったの?
女1 彩り野菜のバーニャカウダ、自家製ロースハム、茸とカレイ
 のアクアパッツァ、そしてワタリ蟹のサルディーニャ風スパゲティ
 です。
女2 そう、聞かなきゃよかった。
 どうして食べ損なった日のメニューっておいしそうに聞こえるの
 かしら。
女1 申し訳ありません。
女2 あなたが謝ることないわ。
 遅く来た私がいけないんだから。
 でも1時ちょっと過ぎに来た時も今日の分のランチは終わりって
 言われたっけね。
女1 その節は大変失礼いたしました。
 なにぶん一人で切り盛りしております都合上、お客様にはご不便
 をお掛けしております。
女2 だからあなたのせいじゃないんだってば。
 人気の料理店なんだもの。
 開店前から並ぶくらいの覚悟で来なかった私がいけないのよ。
 でもそう思って先週だったか、一番乗りって勢いで来てみたら、
 そういう日に限ってお休みだったわ。
女1 やっぱり、なにか作らせて頂きます。
女2 ねえ、本当に気を使う必要はないのよ。
 ただ、その代わりってわけじゃないけどね……。
 私にこのお店の料理の作り方を教えていただけないかしら?
女1 は?
女2 もちろん全部じゃないわよ。
 たとえばランチやディナーのコースの中から私の好きなメニュー
 をいくつかとかね。
女1 私が、お客様に、その作り方を伝授して差し上げると……?
女2 そう、そうすれば、おうちでもこのお店の味が楽しめるし、
 あなただって余計な気を使わなくて済むし、双方にメリットが
 あると思うの。
女1 はあ……。
女2 あ、心配しないでね。
 こう見えても口はかたいのよ。
 教えてもらったレシピは誰にも漏らさないって約束するわ。
女1 ええ、でも……。
女2 ああ、それから私ね、父が経営する家具店で副社長をして
 るの。
 けっこう忙しいのよ。
 作り方を教えてもらったからって、お店を開いたりして、あな
 たの商売の邪魔をするなんてことはないから安心してね。
女1 いえ、その、私もまだ勉強中の身で、人様に教えて差し上
 げるだけの腕前も自信もございませんし……。
女2 あら、これだけの人気店を切り盛りしているのに、ずいぶ
 んとご謙遜ね。
 私ね、こう見えてもママに代わってキッチンに立つこともある
 の。
 レパートリーは多くないけど、スクランブルエッグを作らせた
 ら世界一だってパパは絶賛してるわ。
 少なくともあなたの手を煩わせるほど素人ではないはずよ。
女1 それは頼もしい。
 卵料理は料理の基本とも言われますし、火加減が物を言います
 ので高度な技術が必要ですからね。
 お見それしました。
 どこまで出来るかわかりませんが、私の師事する料理家の教え
 に従いまして精一杯手ほどきさせていただきます。
女2 はい、よろしくお願いいたします。
女1 では早速。
女2 あ、もう?

    女2、立ち上がる。

女1 いえ、まずはお座りになったままでご覧になってください。
 フライパンで炒める動作をお見せしますので。
女2 あ、動作だけなの?
女1 はい、仕事の良し悪しは、その動作の美しさで決まります。
 ムダなくシンプルに動くことが出来れば、結果はおのずとつい
 てきます。
 これはわが師の言葉です。
女2 なるほど、フォームの美しさが出来栄えに反映されるって
 わけね。
女1 ええ、では基本中の基本のフライパンの持ち方から始めま
 す。
 ご存知かとは思いますが、フライパンは利き手ではない方の手
 で持ちます。
 このように手の甲を下に向けて、親指は上に向けて柄の部分を
 握ります。
女2 え、ええ、確かそうよね、知ってたわ。
女1 次に細かく刻んだ野菜やベーコンが用意されているといた
 しまして、それらを強火にかけて炒めてみます。
 
    女1、小刻みに腕を振る。

女2 さすが華麗なフライパンさばきね。
女1 ありがとうございます。
 これもご存知でしょうけど、フライパンは上下ではなく前後に
 振ります。
 細かい具材を炒める時には、フライパンのへりの部分に向かっ
 てすべらせてから軽く手首を使って跳びあがらせます。
女2 あらあら不思議ね。
 なんだか野菜やベーコンが宙を舞っているのが見えるようだわ。
女1 そしてもうひとつ動作とともに重要なポイントがありまし
 て……。
女2 味付けよね?
女1 いえ、その前に音です。
女2 え、音?
女1 ええ、仕事の良し悪しが決まる二つ目の要素がリズミカル
 な音です。
 バランスのとれた動きとキレのある音が料理の成否を決めるこ
 とになります。
 たとえばこの具材を炒める時のリズムは、ジュワッ、ジュワッ、
 ジュワッ、となります。
 ちなみにジュワッの頭のジュッの部分がアクセントになるよう
 な意識で、そしてワッのタイミングで手首を返すのがコツです。
女2 えーっと、まずジュッっていうところにアクセントを置い
 て、ワッっていうところで手首を返すのよね?
女1 そのとおりです。
 では、動作に合わせて繰り返してまいります。
 ジュワッ、ジュワッ、ジュワッ。
 ジュワッ、ジュワッ、ジュワッ。
 もしよろしければ動作と声をご一緒にいかがですか?
女2 え。
女1 せーの。
二人 ジュワッ、ジュワッ、ジュワッ。
女1 はいもう一度。
二人 ジュワッ、ジュワッ、ジュワッ。
女1 素晴らしいです。
 さすが飲み込みが早くていらっしゃって、音も動作も完璧です。
 さて、次が最後の重要ポイントになります。
女2 いよいよ味付けね?
女1 いえ、三つ目の要素は、香りです。
 煮もの、焼きもの、炒めもの、その出来栄えを正確に反映する
 のが香りです。
女2 まあ、香りも大事でしょうけどね……。
女1 以上の三つのポイントをおさえることが何より重要であり、
 最良の結果につながるとわが師は申しております。
女2 まさか味見はしないなんてことはないわよね?
女1 もちろんいたしますが、結果を判定下さるのはお客様です。
 お客様がまた食べたい、再訪していただけるということが料理
 の出来栄えの最終成果になります。
女2 で、その結果を導くには三つの要素を満たすことが条件に
 なるってわけね。
 なんだか堂々巡りみたいで、よくわからなくなってきたわ。
女1 難しく考える必要はありません。
 至ってシンプルな理論です。
女2 でもとっても遠回りになるような気がするわ。
女1 急がば回れと申します。
 急いてはことを仕損じるというのが世の常でございます。
女2 ねえ、私がひとつでも完全に作れるようになるにはどれく
 らいの期間が必要かしら?
女1 そうですね……。
 高い能力をお持ちのようですから、二、三年もあれば目的を達
 せられるのではと……。
女2 二、三年ですって?
 急がば回れはわかるけど、もう少しなんとかしていただけない?
 何度も言うようだけど、私もけっこう忙しい身なのよ。
女1 では営業中の厨房にご案内いたします。
 私の傍らで作業の一部始終をご覧いただき、更に料理の出来栄
 えをご賞味いただくことで、習得期間の短縮を図りたいと思い
 ます。
女2 私が味を見るの?
女1 ええ、まずは味覚を鍛えるために料理の味を覚えて頂きま
 す。
 僅かな味の変化をご指摘頂き、料理の質を保つお目付け役的な
 任務を担って頂きたいと思います。
女2 つまりこのお店の味を決めるってことでしょ?
 そんな重責を果たせるかしら?
女1 すべての料理ではありません。
 一食分で結構です。
 そしてたいらげてくださいませ。
 前菜、副菜、メインディッシュ、ご完食いただいた上での感想
 を頂戴したく存じます。
女2 あら、全部食べちゃっていいの?
 だったら授業料の方も奮発させて頂かなきゃね。
女1 授業料なんてとんでもございません。
 私もまだ修行中の身ですし、忌憚のない感想をいただけること
はこの上ない勉強の機会になりますから。
 むしろ油が飛びはねてお召しものを汚したり、窮屈な場所でご
 試食いただくことを心苦しく思います。
女2 こちらこそ修行の身なんだもの、それくらいの我慢は仕方
 ないわ。
 それに料理の代金だけは絶対にお支払いさせてね。
女1 了解しました。
 ではせめて客席にてご判定ください。
 お客様はテーブルにてお召し上がりになり、通常のお支払いを
 された上で、厳正なご判断をくだしていただく。
 もちろん授業料は発生しませんが、その代わりに本来こちらが
 お支払いすべきコンサルタント料もご免除ください。
女2 通常の支払いだけで、授業料はなし……。
 私にばっかり有利な気がするけど……。
 じゃあ出来るだけ多く通って貢献させていただくわね。
女1 いえ、お客様もお忙しい身でいらっしゃいますし、時間の
 許す時にお越しくださればと思います。
女2 ランチタイムとディナータイムはどちらがいいかしら?
女1 もちろんどちらでも。
 ですが一般のお客様もいらっしゃいますし、まことに恐縮です
 が、あらかじめご予約いただけますと幸いでございます。
女2 そうね、そうすればお互いにムダがないわよね。
 ねえ、わざわざ窓際の席をリザーブして頂かなくても結構よ。
 どうか余計な気を使わないでね。
女1 ええ、音と香りがよく届くように敢えて通路側の厨房に一
 番近いお席を用意させていただきます。
 当店はオープンキッチンですので、見て聞いて香りを感じてい
 ただければと思います。
女2 動きと音と香りだったわね。
 しっかりと見て聞いて、鼻もきかせてお勉強しなくちゃ。
 ところで、オープンキッチンだったらほかのお客さんにも丸見え
 なわけだし、大事なノウハウが盗まれるんじゃないかしら?
女1 見て聞いて香りを感じるという習得方法を知らない人にとっ
 ては、ただの調理場の風景にしか映りませんのでご安心くださ
 い。
女2 ねえ、この習得方法って誰かに教えたことがある?
女1 いいえ、ございません。
 お客様が初めてです。
女2 じゃあ、これからも誰にも教えないでいただけない?
 私って独占欲が強いのよね。
 せっかく教えてもらったノウハウは自分一人のものにしたいの。
女1 はい、お約束いたします。
 その代わりと言ったらなんですが、お客様からの口外もお控え
 願えないでしょうか?
女2 ええ、もちろん、誓って誰にも漏らさないわ。
 じゃあ早速だけど、今週末にディナーの予約をお願いね。
女1 生憎ですが、今月はすべて予約が埋まってございます。
 来月末ならお受け出来ますが……。
女2 あらあら、さすがは人気店ね。
 じゃあ来月末の金曜日にお願いね。
女1 承りました。
女2 ずいぶん先が長くなりそうだけど、仕方ないか、急がば回
 れだものね?
女1 ご不便をお掛けして申し訳ありません。
女2 どこまでも謙虚な人ね。
 私もその姿勢に習って真摯にお勉強させて頂くわ。
 あ、休憩中だったわね。
 ごめんなさい。
 ではまた、来月末に。
女1 はい、お待ちしております。
女2 じゃあ……。
 あ、例の約束お願いね。
女1 はい、お客様の方も、どうか。
女2 ええ、私達だけの秘密ね。
 ふふふふ。

    女2、去る。
    女1、深々と頭を下げる。


       ‐了‐



♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ 




#6『窓辺の席からずっと』
 
 
    女2、立っている。

    やがて女1、現れる。
    周囲を見回す。

    女2、ややためらった後、女1
    に近づく。


女2 あの……。
女1 はい?
女2 余計なことかもしれないけど……。
 どなたかと待ち合わせよね?
女1 え、ええ……。
女2 もしかして、そのお相手って背が高くて痩せている女性じゃ
 ない?
 栗色の長い髪の……。
女1 そうだけど……。
女2 じゃあ間違いないと思うけど、諦めて帰られたわ。
 ついさっきまでお待ちだったけど。
女1 ついさっき?
 そう、なんて間が悪い日なのかしら……。
 あ、ところで、どちら様?
女2 私もこのブロンズ像の前で人を待っていたの。
 こんなことならどこかお店の中で待ち合わせればよかったって
 思ってたところで偶然目があってね。
 同じことを考えていたみたいでお互い苦笑い。
女1 なるほどね。
 木陰もベンチもないところでずっと待っていたんだものね。
 せめてあそこにあるカフェが開いていてくれたら窓辺の席から
 でも目が届いたでしょうに。
女2 あら、遅れることが前提なの?
女1 うぅん、こんなに遅れたのははじめてよ。
 あーあ、がっかり。
女2 なにか災難がふりかかったとか?
女1 時計が遅れちゃってたの。
 肝心な時に限って、まったく……。
 それで慌てて家を出たんだけど、今度はお腹の方がちょっとね。
 整腸剤があるはずだから戻ろうと思ったけど……。
女2 我慢しちゃった?
女1 途中の薬局に寄ることにしたの。
 でも生憎お休み。
女2 で、家に戻ったと?
女1 と思ったんだけど、沈静化したみたいだからそのままバス
 停に向かったの。
 そうしたら着いた途端に深刻化しちゃって。
女2 で、結局戻ったと?
女1 ええ、おまけに見つけるのに手間取っちゃって。
 あるはずの場所になくて、ないはずの場所で見つかったわ。
女2 なるほど、大変だったのね。
 ただ、約束がある時は、もう少し時間に神経を使った方がよかっ
 たかもしれないわね。
女1 今日に限って壁掛け時計まで仲良く遅れちゃっててね。
 それで気が付くのも遅れちゃったの。
女2 お腹の調子が急変したのは仕方のないことよ。
 誰だってありそうなことだわ。
 でも薬箱の中が整理されていれば、見つけるのに手間取らなかっ
 たんじゃないかしら?
女1 薬箱って滅多に使わないものばっかり入っているのよね。
 出番の多いものに限ってバッグや引き出しに入っちゃってて……。
 でもそういうことってあるでしょ?
女2 じゃあ薬局よ。
 近所の薬局の定休日を頭に入れておけば、無駄な動作は省けた
 じゃない?
女1 臨時休業だったの。
 重なる時には重なるものよね。
女2 じゃあ……。
女1 どうしても私の落ち度を追及したいみたいね。
女2 だって少しも反省の色がうかがえないんだもの。
女1 あなたを待たせたわけじゃないからよ。
女2 だからあなたを待っていた人の代わりに責めてるの。
女1 やっぱり怒ってた?
女2 ううん。
 むしろ逆。
 何事もなければいいけどって、あなたのことを心配していたわ。
 いい人よね。
女1 そう。
 彼女が優しいからってそもそも甘えがあったのね。
 反省しなきゃ。
 そして待ち人を代表してのご忠告ありがとう。
 これからはもっと時間に几帳面になるよう努めるし、薬箱の整
 備を常日頃から万全にしておくよう心掛けるわ。
女2 よろしくね。
女1 ところであなたもずいぶんお待ちなの?
女2 私もそろそろ潮時かなって思っていたところよ。
女1 ねえ、よかったら私に伝言を預けてもらえない?
 待たせた側として、懺悔ってわけでもないけど、少しはお役に
 立ちたいの。
女2 罪ほろぼしなら相手が違うんじゃない?
女1 彼女にはしばらく会えないわ。
 ツアーガイドをしているの。
 長旅の前のおしゃべりは恒例だったんだけどね。
 だから預かるわ。
 なんでも言って。
女2 気持ちは嬉しいけど……。
 でも来ないでしょうね。
 約束の時間をとっくに過ぎているんだもの。
女1 じゃあどうして待っているの?
女2 もう待っていないわ。
女1 どういうこと?
女2 待っていたのは最初の三十分。
 そのあとはただここに居るだけ。
女1 どう違うの?
女2 決め事みたいなものよ。
 暗黙のね。
 待ち時間はどんなに待っても三十分までって。
 お互いのためにね。
女1 どっちにしても来て欲しいことには変わらないと思うけど。
 ふふふふ。
 恋人?
 あなたの待ち人って。
女2 うぅん、友達。
 女流デザイナー。
 とっても忙しいの。
 しかも今日は彼女の独立記念日でね、きっと忘れているだろう
 から祝ってあげたかったの。
女1 友情っていいわね。
 何時間でも待てる友達がいる。
 なんだか嫉妬しちゃう。
女2 あら、それは逆じゃない?
 待ってもらった人が嫉妬だなんて……。
女1 だって、長く待てるってそれだけ思いのある友達を持って
 るってことだもの。
 とても心豊かなことだと思うわ。
女2 待つことが待たせている人への思いの表れなら、思っても
 らう方がもっと心豊かなんじゃない?
 そんな気がする。
女1 どう言っても今日のところは分が悪そうね。
女2 あ、ほら、見て。
 あの時計塔。
女1 え、時計塔?
女2 そう、五時ちょうど。
女1 それがどうかした?
女2 私の時計も同じ時間。
 ようやくね。
女1 ようやくって?
女2 だってさっきまで止まっていたんだもの。
女1 あなたの時計が?
女2 うぅん、大時計の方よ。
 いつの間にか動いていたわ。
女1 故障していたのかしら?
女2 もしくはうっかりねじまきを忘れちゃったのかもね。
女1 大時計のねじまきってとっても大きくて重いんでしょ?
女2 そう、巨大なドーナツみたいなのを回すらしいわ。
 もしかしたら巻き過ぎると進んじゃったりするのかしら?
 私の時計みたいに。
女1 私はよく巻き忘れるから遅れたり止まっちゃったりするの。
 それで時々遅刻しちゃうのよね。
 あ、そうか、それじゃない?
 あなたの待ち人さん、とっても忙しい人なんでしょ?
 だから時計のねじまきを忘れちゃうの。
 めったにないことかもしれないけど、そういうことほど肝心な
 ときに起こるものよ。
女2 じつはね、そんなこともあるかなって思いながらここに居
 たの。
 彼女の時計が遅れて、私の時計が進んでいる。
 なんて……。
女1 そんな望みを捨てさせないために大時計が止まってくれた
 のかも。
女2 そう言えば5時の鐘が鳴らなかったわ。
女1 本当ね。
 慌ててねじまきをしたから、それどころじゃなかったのかしら?
女2 手間をかけなくても止まったり進んだりしない時計があっ
 たら快適でしょうね。
女1 そうね……。
 でも本当にそうかしら?
女2 え。
女1 想像してみて。
 一刻の狂いもない時間管理の中で生きていくことを。
女2 一刻の狂いがない……?
 えーっと……。
 定刻にお店が開く。
 定刻にバスが到着する。
 定刻に映画が始まる。
女1 うん、便利なことばっかり。
 ムダがないし余計な心配もいらない。
 でもきっと長い時間待つことはないでしょうね?
 もしやっていう期待も出来ないし、ましてされもしない。
 待たせた側の私が言うのもなんだけどね。
女2 そうね。
 駆けつけてくれたりもしないかも。
 快適って何かと引き換えなのかしら?
 少なくとも私たちの出会いはなかったわね。

    時を告げる鐘が鳴る。
    二人、一瞬驚き、顔を見合わせ微笑む。
    しばし鐘の音を聞いている。

女1 あ、ほら、あそこのカフェが開いたわ。
女2 おかしいわね、こんな時間に……。
 これも大時計が止まっていた影響?
女1 ねえ、場所変えない?
 窓辺の席からとか。
 私でよければつき合うわ。
女2 そうね、ちょっと疲れたしね。
 あ、じゃあ、どう?
 乾杯なんて。
女1 いいわね。
 でも何で乾杯?
女2 そうね……。
 私たちの出会いに、でいいんじゃない?
女1 うぅん、コーヒー?
 それともシャンパンか何か?
女2 あ、そっちね。
 それは、まあ、アルコール系で……。
 あ、お腹大丈夫?
女1 うん、シャンパン飲めば完全に治ると思う。
 行こう。
 窓辺の席で待とう。
 待つ人代表と待たせた人代表との和解会談も兼ねてね。
女2 それに時計進み派と時計遅れ派の世紀の饗宴も同時開催よ。
 ということで進み派の私が先導しましょう。
 一、二、一、二と……。
 
    女2、号令とともに去る。

女1 では、遅れ派、続いて参りましょう。
 一と、二と、一と、二と……。
 
    女1、ややテンポの遅い
    号令とともについて行く。

     
        ‐了‐



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#7『 森の中の小画廊 』



    森の中にある小規模な画廊

    女(女1)、展示物の配置などを整えている。
    やがて別の女(女2)が現れる。


女1 あら、ずいぶん早かったわね。
 買えたの?
 例の季節限定五色のマカロン。
女2 それどころじゃないのよ。
 引き返してきたの。
女1 え、なに、どうしたの?
女2 大変なのよ。
 ついに来るものが来ちゃったのよ。
 恐れていたものが。
 いまこっちに向かってるわ。
女1 え、もしかして……?
女2 そう、怖い怖い税金の取り立てよ。
 どうしよう?
女1 ああ、そっちなの。
女2 え、そっちって……。
 なんで拍子抜けみたいになってるの?
女1 いや、あの、恐れていたって言うから、クマかなにかかと。
女2 そりゃクマも怖いけどさ、取り立てはもっと怖いでしょ?
 どうしよう……。
女1 どうしようって、慌てても仕方ないわよ。
女2 これが慌てずにいられますか。
 税金ガッポリ取られちゃうのよ。
女1 まだここに来るとは限らないでしょ?
 通り過ぎちゃうかもしれないわ。
女2 そんなわけないでしょ。
 こんな森の中よ。
 ほかに何もないじゃない。
 でもまさかこんなところまで来るなんて……。
女1 ところでその人本当に税の取り立て人なの?
女2 そうよ。
 確かにそんな雰囲気だったわ。
女1 あ、雰囲気だけなの?
女2 だって、いかにも、ってかんじなのよ。
 私は税の取り立て人でございますみたいなね。
女1 いかにもって?
女2 メガネをかけていたの。
 それに黒いカバンを肩からたすきがけにして、脇目もふらずにこっ
 ちに向かっていたの。
 決定的でしょ?
 これが取り立て人じゃなかったらなんだって言うの?
女1 ただの被害妄想なんじゃないかなぁ……。
女2 なんなのよ、その楽観的思考は。
女1 じゃあ仮にその人が税の取り立て人だとして、この画廊に訪
 ねてきたとしてもよ、必ずしもそんなに多くの税金を持っていか
 れるとは限らないでしょ?
女2 これだ。
 あのね、うちは画廊なのよ。
 小さかろうと何だろうと画廊よ。
 前にも言ったでしょ?
 金物屋やサンドイッチハウスとは違うのよ。
女1 うちの方が高いんでしょ?
 でもどれだけ違うっていうの?
女2 少なくとも五倍くらいね。
 いや、もっとかも知れないわ。
女1 そもそもそれが問題よね。
 ほかと比べて画廊だけがべらぼうな税額をとられるなんて。
 そこを改革してもらうのにはどこに訴えればいいかしら?
女2 うん、ただ、いまは税制問題の訴え先について考えを巡らせ
 ている暇はないわ。
女1 それにしても不公平過ぎると思わない?
女2 でもそうやって不公平を訴えると、今度は金物屋やサンドイッ
 チハウスの税金が引き上げられちゃったりするのよね。
女1 それずるいよね。
 皆で肩が組めないようになってるなんて。
女2 まったく、ずるいと言うか、うまく出来てると言うか……。
 なんて言ってる場合じゃないの。
 一刻の猶予もないんだから。
女1 私はいまそんなにお金持ってないわよ。
女2 私だって持ってないわよ。
女1 じゃあどうする気?
女2 だから慌ててるんじゃない。
女1 慌てたって何の解決にも繋がらないわ。
 冷静に対応策を考えましょうよ。
 焦ったら負けよ。
女2 そうよね。
 落ち着いて何か対応策をね、落ち着いて……。
女1 悪いけどあなた前面に立ってその取り立て人の相手をしても
らえない?
 私がそのあいだに展示物を片付けちゃうから。
女2 取り立て人の相手?
 私が?
 それってどうすればいいの?
女1 世間話でもして時間を稼ぐとかね。
女2 世間話って、取り立て人と?
 しかも初対面でいきなり?
女1 話なんてなんでもいいのよ。
 たとえばいま世の中で話題になってることでもいいんじゃない?
女2 え、いまどきの話題って何があるかしら?
女1 難しく考えないで。
 相手のツボを読むのよ。
女2 ツボを……?
女1 ええ、まずどんなことに興味を示しそうかなって探りを入れ
 るの。
 たとえばそうね……。
 よし、じゃあお手本見せるからあなた取り立て人の役をやってく
 れる?
女2 え、私が?
女1 そう、ちょっとそっちから歩いてきて。

   女2、上手(もしくは下手)へ。

女1 うん、そこからでいいわ。
女2 行くわよ。(歩み寄る)
 こんにちは。
女1 こんにちは。
女2 税務署のほうから参りました。
女1 あ、どうもご苦労様です。
女2 こちらは画廊ですね?
女1 ええ、まあ、見てのとおりです。
女2 画廊となりますとそれ相応の額の税金を納めていただくこと
 になります。
 よろしいですね?
女1 え、ええ、まあ……。
 あ、それにしても今日は天気がいいですね。
女2 本当に。
 天気がよすぎて汗ばむほどですよね。
女1 あ、本当、汗が……。
女2 じゃあ、こちらの書類にサインをして頂いて、お支払いの方
 をお願いします。
女1 え、書類?
 あの、えーっと、サインって……。
女2 ここです。
 ここにお願いします。
女1 あ、ここですか。
 あの、サインってことは、つまり……。
女2 あなたのお名前です。
女1 ですよね。
 書くのですね、私が。
女2 お願いします。
女1 ところで、今話題の限定のマカロンって、もう召し上がりま
 したか?
女2 マカロン?
女1 ええ、季節限定の五色のマカロンです。
 すごい人気みたいで……。
 あ、ご興味ありませんでしたか?
女2 うぅん、じつは甘いものには目がないの。
女1 それはちょうど良かったです。
 いま相方が町まで買いに行ってるんですけどね、よろしければ一
 緒にお茶でも飲みながらおやつなんて……。
 ふふふ。
女2 ありがとう、嬉しいわ。
女1 いいえ、どういたしまして。
女2 じゃあこちらにお願いします。
女1 え。
女2 お気持ちだけいただくわ。
 だからこちら、お願いね。
 サイン。
女1 あ、ああ、そうでしたね。
 書くんですよね。
 じゃあ、サラサラサラっと、サインと……。
女2 ではこの額の支払いを。
女1 あ、えーっと……。
 じゃあ、まあ、ひとまずってことで。
 はい、これ、ウソっこのお金。
女2 はいどうも。
 って、払っちゃった。
 払っちゃたじゃない!  
 なにやってるの。
女1 うん、だから一応ウソっこのお金でってことで……。
女2 ウソっことか関係ないでしょ。
 もうちょっとお手本らしいものを見せてくれるのかと思った。
 話のツボ探られてる実感なかったし、マカロンの話題もけっこう
 簡単にかわされちゃってましたけど?
女1 あなたずいぶん取り立て人うまかったわね。
女2 そういうことじゃないでしょ?
 って言うか言われるほどうまくもないし私。
女1 いやいや自信もっていいと思う。
 知らなかったわ、あなたの演技力。
 隠れた才能じゃない?
 これなら立派な取り立て人を演じられるわよ。
女2 演じられてどうするの?
 そんなの演じる機会ってこの先ある?
女1 いまよ。
女2 え。
女1 まさにいまよ。
 あなたが取り立て人で、私が画廊の主人。
 私は支払いを命じられ、それに応じています。
 そこに例の取り立て人が何も知らずに入ってきます。
 で、私が「じゃあどうもご苦労様でした」みたいなことを言って、
 あなたも「ではでは、確かにお預かりしました」みたいなことを
 言って、入ってきた取り立て人に、「あ、もうここオッケーです、
 済みです徴収済みですから〜」みたいな流れを作っちゃえばいい
 んじゃないかしら?
女2 ……。
女1 どうしたの?
 あ、もしかして絶句?
 名案過ぎて絶句ってこと?
女2 なに言っちゃってるのよ。
 そんなに世の中甘くないわよ。
 なにが「オッケー済みですから〜」よ。
 パーティーの会費集めてるんじゃないのよ。
女1 やっぱり?
女2 決まってるじゃない。(窓の外を見て)
 あ、もうあんなに近くまで。
 どうしよう。
 せめて口裏だけでも合わせましょうよ。
女1 口裏って?
女2 だから、ここの展示物は……。
 私たち個人のコレクションだっていうことにするとかね。
女1 いくらコレクションだからって画廊ってことを否定しきれな
 いでしょ?
女2 それもそうか。
 いまひとつ決め手に欠けるわね。
女1 こうなったらあれしかないか。
女2 え、なになに?
女1 でもなあ……。
女2 ……。
女1 いや、やっぱりほかにないし……。
 うん。
女2 なに?
 なんなのよ?
女1 でもちょっとなぁ……。
女2 ……。
女1 いやいや、でもこの際だし……。
女2 とりあえず言っちゃって。
 ねえ。
 とりあえず言ってみてくれない?
女1 盗品って言う?
女2 え、盗まれたものってこと?
女1 あと密輸品とかね、そういう怪しい品物を闇から闇に売りさ
 ばくブローカーっていうのはどう?
女2 ずいぶんブラックな路線にしたわね。
女1 そう、真っ黒よ。
 森の中に潜む秘密組織。
 取り立て人が引いちゃうくらいの。
 だからそれで今回はノータックスみたいな。
 つまりノープロブレム?
女2 うぅん、余計にややこしくなると思う。
 考えただけでも疲れる。
 少なくともノープロブレムでは絶対すまないと思う。
女1 ダメかしらね?
 あーあ、ごめんなさいね、何も役に立てなくて。
女2 あなたのせいじゃないわ。
 こんなにささやかな画廊なら大目に見てくれるだろう、なんて考
 えてた私が甘かったんだもの。
 それに画廊をやろうって言い出したのも私だったし。
女1 どうする?
 正直にいく?
女2 そうね。
 それしかないわね。
 ひとつウソをつけばまたべつのウソを生むし。
女1 じゃあせめて安くしてもらえるようにしましょうよ。
 おべっか使って。
 ご機嫌とって。
女2 そんなのうまくいくかしら?
女1 できるわよ。
 あなたの演技力なら。
女2 あ、私任せなんだ?
女1 来た!
女2 え。

    女3、現れる。

女3 こんにちは。
女1・2 こんにちは。
女3 こちら画廊ですね?
女2 ええ、まあ、画廊と言いますか、ふふ。
女3 噂どおりだわ。
 とても素敵。
女2 いえいえそんな。
 飾りっけのないところでお恥ずかしいです。
女3 あの、私、じつは……。
女1 あ、立ち話もなんですし、掛けていただいて……。
女2 そうよね。
 椅子をお持ちしなきゃ。
女1 それなら私が。

    女1、すばやく消える。

女3 とてもいい場所だわ。
 木々に囲まれて気持ちがいいし。
女2 それだけが取り柄みたいなものです。

    女1、椅子を運んでくる。

女1 どうぞおかけになってください。
女3 ありがとう。(座る)
女1 よかったら、肩をお揉みします。
女3 え。
女1 失礼します。(肩を揉む)
女3 悪いわね。
 あら気持ちいいわ。
女1 ありがとうございます。
 ほらあなたもボケッとしてないで。
女2 え。
女1 えじゃないのよ。
 腕でもお揉みしなさいよ。
女2 あ、はいはい。
 では失礼して。(腕を揉む)
女3 あら、すごい。
 ふたりいっぺんなんて。
 なんだか偉い人になったみたいだわ。
 いいのかしら?
女1 いえ、こんなのふつうですから。
女3 そうなの?
 画廊なのにこういうのふつうなの?
女1 ええ、なんか、むしろマッサージメインの画廊みたいな。
 まあ、ついでに絵も見てもらおうかみたいなかんじですので。
女3 ついでなの?
女2 ええ、そうなんです。
 画廊なんてついでなんです。
 とってつけたみたいなものです。
女1 あ、ティーサービスを用意してるんですが、紅茶は何がお好
 みですか?
女3 至れり尽くせりなのね。
女2 お茶菓子もご用意いたします。
 いまちょうど買いに出かけるところでしたの。
 マカロンが有名なお店があって……。
女3 あら出掛けちゃうの?
 じゃあその前に話を聞いて頂戴。
 本題に入るわ。

    女3、立ち上がる。
    女1、女2、両脇に散る。

女3 私、税務署の方から参りましたの。
 森の中の画廊、とても素敵ですね。
 でも街中であろうと森の中であろうと画廊は画廊です。
女1 まあ、でもこんなちっぽけな規模ですから。
女3 小規模であろうと大規模であろうと……。
女2 まあ、ついでみたいなかんじでやってますし。
女3 片手間だろうと本業だろうと関係ありません。
 画廊は画廊です。
 それなりの税金を納めて頂かなくてはなりません。
 これは規則で決まっていることです。
女2 それは理解していますし、なにも規則を無視しようなんてこ
 とは決して……。
女1 私たち右も左もわからない駆け出し者です。
 なにとぞ特別枠のご検討を是非。
 さきほど誠意を込めてお体をほぐして差し上げたことも考慮頂け
 ればと思います。
女3 あら、こんなこといつも通りだって言ったじゃない?
女1 ええ、でも誠意を込めるという意味ではいつもより余計に…
 …。
女3 残念だけど私は一介の取り立て人に過ぎないの。
 お目こぼし的な例外措置を施せる立場にないわ。
 規則遵守それあるのみよ。
 ところで先月税制が見直されたのご存知かしら?
 まあ、変わったばかりだもの知らなくても無理もないけど。
女1 変わったってどっちに?
女2 半額とか?
女3 倍になりました。
 上がったわけです。
女1 そんな……。
女2 もうダメだわ。
 はは。
女3 はい、じゃあこちらの書類にサインをして頂いて、お支払い
 の方お願いします。
女1 ええい、もう。
 サラサラっとサインと……。
 それから、はい、ウソっこのお金。
女2 私もじゃあウソっこのお金。
 はい。

    沈黙。

女3 はい、じゃあウソっこの領収書。

    沈黙。

女1 え、なにこれ?
女2 あの、えーっと、どういうことなんですか?
女3 つまり、このようなニセの取り立て人にはどうかご注意くだ
 さい、ってことです。
 税務署の方から来た、税制が変わったなんて、なんて鵜呑みにし
 ないでくださいね。
 でもお二人は合格です。
 ウソっこのお金です、なんて茶目っ気たっぷりで難局を乗り越え
 たんですもの。
女1 あ、はあ、それはどうも……。
女2 あの、じゃあ、全部ウソなんですか?
女3 そうよウソなの。
 でも全部じゃないわ。
 税制が見直されたのは本当よ。
 そして喜んで!  
 みんな一緒よ、つまり平等。
 今までみたいに芸術分野だからって割を食うこともなくなった
 の。
女1 なんていう朗報かしら。
女3 ええ、一緒に喜びましょう。
 長いこと働きかけをしてきた苦労がようやく実ったわ。
女2 あの、税務署の方ですよね?
女3 うぅん、じつは私も画廊の経営者なの。
 つまり同業者よ。
女1 へ?
女3 税制が見直されたことを伝え回りながら、取り立て詐欺撲
 滅にも一役買ってるってわけ。
 ほら、こういう時期ってインチキ取り立て人が急増したりする
 じゃない?
女1 なるほど、そりゃどうもご苦労さまです。
女3 それにしてもここは木々に囲まれて本当に気持ちいいわね。
 あ、気持ちいいと言えば、ねえ、さっきのもう一回お願いして
 いいかしら?(座る)
女1 え。
女3 マッサージ。
 とても良かったわ。
 ここのメインなんでしょ?
 素晴らしいサービスよね。
女1 あ、ああ、まあ……。

    女1、女3の肩を揉む。

女1 ほら、あなたも。
女2 え。
女3 うぅん、腕はいいからマカロンの方を頼むわ。
 紅茶はアールグレイが好きなんだけど、ある?
女2 いや、あの、その、じつは……。
女1 まあいいじゃない。
 どうせ買いに行くところだったんだし。
 行ってきなさいよ。
女2 いいの?
女1 うん、せっかくご足労いただいたんだし、もう少しサービ
 スしてあげるわ。
 その方が楽しいティータイムになりそうじゃない?
女3 どうかした?
女1 いいえ、べつに。
女2 じゃあ行ってくる。

    女2、去る。

女3 私って首すじが凝る性質なのよね。
女1 あ、本当、ここ凝ってますね。
女3 やっぱりわかる?
 プロだものね。
 あ、そう、そこ。
女1 ねえ、親切な同業者さん。
 じつはさっきまでちょっとした緊迫シーンが人知れず展開され
 ていたの。
 寿命が一瞬縮んだけど朗報のおかげでまた延びたかも。
 あとで彼女の肩を揉んであげてくれない?
女3 え。
女1 仲良く替りばんこでね。
 うふふふふ。
    
    女1、飄々と揉み続ける。
    女3、?という表情のまま身を任せている。


      ‐了‐


♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭ ♯♪♪♭

 
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