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劇団〇年〇組の『鼻』
岩野秀夫
 


禅智内供が美容整形?!〇年〇組による世にもあんまりな芥川
龍之介

この戯曲は、文化祭等の企画物として、学校の教室で上演
されることを想定しております。
正式なタイトルとしては具体的なクラス名を入れて告知して
ください。(例.劇団2年2組の『鼻』)
芥川龍之介の『鼻』を換骨奪胎したものであり、パロディです。
『鼻』は文学的に評価されている作品ですが、作品内で起こる
ひとつひとつのエピソードって可笑しいと思いませんか?
そんな『鼻』の笑えるエッセンスを戯曲化しております。

〇年〇組にて上演される芥川龍之介の『鼻』。
ところが主人公の禅智内供役が、上演直前に鼻血を出してしまい、
急遽、演出をしていた女子が代役となる。
そのため鼻の設定が急遽変わり、他のキャストも混乱。さらに、
原作にない予定外のラストを迎えることに…。

1 場所
文化祭等で飾り付けが行われた教室。
ティッシュの華、折り紙のチェーンなどで飾られている。
舞台下手前方にナレーター席がある。

2 人物
虚実ない交ぜの戯曲のため、キャストは基本的には実名で
呼び合います。

〇A(女)
クラスの文化祭実行委員。『鼻』作品中のナレーター。

〇B(女)
演出担当。禅智内供役の代役。

〇C(男)
禅智内供役。渡来人役。

〇D(男でも女でも可)
僧侶。

〇E(女)
中童子。

〇F(男)
下法師。

3 本編
客入れの音楽がフェードアウトする。
Aが、手に禅智内供のつくりものの鼻を持って下手から出てくる。

「えっと…みなさん、すみません。私、〇年〇組の文化祭実行
委員の〇〇と言います。
ご来場の皆様にお詫びがあります。開演時間になっておりますが、
禅智内供(ぜんちないぐ)役の…あ、禅智内供というのは、
主人公の鼻の大きいお坊さんですが、そのキャストが今、鼻血を
出してしまってまして」

A、禅智内供用のつくりものの鼻を観客に見せて

「この鼻を付けてやりますので、鼻血が出てるとさまになら
ないので…急遽これから代役を立てようかと思います。ですので、
少々お待ちください」

上手に行き、Bと話す。
(Bは上手の袖の中にいて姿が見えない。実行委員だけが舞台上
にいる。)

「〇〇(B)さん」

「なに」

「ちょ、やってくんない?」

「なにを」

「禅智内供の役」

「は?」

「だから禅智内供」

「え、無理」

「演出でしょ。責任もって幕をあげなきゃ」

「いいじゃん。がんばって〇〇君(C)にやってもらおうよ」

「できないって、〇〇君(C)鼻血出してんだから。〇〇君!」

A、下手へ手招き。
Cが、下手から、鼻に血のにじんだティッシュを詰めたまま出て
きてAと並ぶ。

「なんか急に鼻血が」

「これ、つけてみて」

C、つくりものの鼻をつける。(例えばゴム等で耳にかけるような
つくり)
長い鼻の下からのぞくティッシュに、A、B笑い出す。

「(笑いながら)ティッシュ、ほら見えてる…鼻血ついたティッシュ
見えてる」

「(笑いながら)ちょ、やめてよ」

「そんなに笑わなくても」

「他の子も笑ってできないって」

「や、わかるけど」

「既存の脚本使ってるから、セリフ入っているの、演出やってる
〇〇(B)さんだけなんだしさ」

「あたしだって、ちゃんと覚えてるわけじゃないよ」

「禅智内供はもともとセリフ少ないし、なんとなく、それっぽい
こと言って、話が進めば大丈夫なんだしさ」

「それに、あたし女じゃん」

「三蔵法師だって、今じゃみんな女が演じてるでしょ」

「えー…(とまどい)」

「ほら、あんたからも何か言いなさいよ」

「これ、やめちゃったら内申点に響く」

「お前が言うな」

「お客さん、待ってんだよ。〇〇さんのお父さんお母さん(当日
来ているクラスのどなたかの父母)も来てるんだから」

「ただ、ちょっと、その鼻」

「鼻?」

「それつけたくない」

「なんでよ。原作どおりなんだから」

「気持ち悪いんだよね」

「演出が何言ってんの」

「形がさ」

「鼻だよ」

「演出する分にはいいんだけど、自分がつけるのはちょっと」

「もう…」

AとC、困ったなあと見つめあう。
A、気づく。

「それだ(とCの鼻を指さす)」

「どれ?」

「ティッシュ」

「え?」

「(Bに)ねえ、ティッシュの華ならいいでしょ」

A、教室に飾られていたティッシュの華をひとつ取ってきて

「これならどう?」

「それ、華でしょ」

「だからこれを鼻にしてやれば」

「はあ?」

「同じ「はな」ってことか(笑って)」

「つまんないよ」

「お客さん、やさしいから、この華が鼻のメタファーって受け
取ってくれるから」

「そうかあ?(懐疑的)」

「やってよ」

「…」

「頼むって」

Bの手だけ出て、ティッシュの華を取っていく。

「〇〇君(C)、早く衣装脱いで」

C、その場で脱ぎだす。
A、Cを上手の袖に押し込みながら

「お客さんの前で脱がないの!」

A、舞台前方に立ち、

「えー…お見苦しい点、多々お詫び申し上げます。改めて芥川
龍之介の『鼻』を始めさせていただきます」

A、ナレーター席へ移動する。
(ナレーターなので、ある程度、原稿として読んでも可)

「(朗読)原作、芥川龍之介。『鼻』。禅智内供の鼻といえば、
池の尾で知らない者はいない。長さは5、6寸…(咳払い)
(ここからはアドリブでやっている感じで)失礼。直径約5、6寸。
まさに炒り豆に花が咲くごとく、禅智内供の鼻は、前代未聞、
空前絶後の形状、まるで顔の中に一輪の花が咲いているような相好
である」

Aが客席に向かってしゃべっている間、舞台後方で、短パン(勇気が
あればトランクスでも可)+Tシャツ姿のCが上手から下手へ、
舞台を横切って移動する(Tシャツは変なデザインであればあるほど
良い。例えば「やる気はあります」と書かれてある等)。
Cは「鼻、キャスト、変更」と書かれた紙を持って上手から下手へ
移動する。
Aは気づかない。

「(朗読)内供は、そんな自身の鼻について、表面上では特に
気にしていないような顔をして平然としている。
それは、極楽浄土を願い求めるべき僧侶としての立場で、たかが鼻の
ことで思い悩むのはよくないと思ったからだけではない。
それ以上に、自分が鼻のことを気にしていると、他人に知られるのが
嫌だったからである。
だから内供は、普段から会話の中で、『鼻』という言葉が出てくるのを
恐れ、また、その言葉に自分が敏感になっているであろうことを、
他人に知られるのを恐れていた」

D、Eが下手から来る。
Eは、膳を持っている。
※膳の上には茶碗やお椀などの食器がいくつか載っている(実際に
食事を盛っていなくて可)。

「いいかい。お前はここに来てまだ日が浅い。内供の鼻を見るのは
初めてであろう。内供の鼻は…その…実に特徴的でな。ご自身も
たいへん鼻のことを気にしておられる。だから、内供の前では決して
鼻についての話題をお言いでないよ」

「はい。わかりました」

「それが例え、鼻が高いとか、鼻が利くとか、良い意味の言葉でも
だよ」

「はい」

「ここでは、誰も内供の前で鼻の話はしない。誰しもだよ。お前も
守るのだよ。いいね」

「わかりました」

「それで、お前は、内供の鼻が食事の邪魔にならないよう、その
お箸で、内供の鼻を支えてあげるのだよ。わかったね」

「はい」

E、菜箸を見つめる。
Bが上手から来る。Bの鼻にティッシュの華。
Bは、Cから譲り受けたお坊さんの恰好をしている。

「内供、御膳でございます」

「ん」

D、E、まじまじとBの顔を見つめる。
E、吹き出しそうになる。
D、キッとEをにらむ。

「キッ!」

「すみません」

「何か?」

B、Dの方にふりむく。

「(笑いをこらえながら)いえ…あの…(Eを掌で指し)先週より
寺で預かることとなった中童子(ちゅうどうじ)でございます」

E、一礼する。

「ん」

「本日より、内供の食事のお世話をさせていただきます」

「ん」

「ご…(笑いをこらえて)御膳でございます」

D、座布団をもってきて敷く。

「(Eに小声で)これ」

「(小声で)だって華が」

D、Bの顔を見て、笑いをこらえながら

「(小声で)こら」

Bが座布団に座る。
EがBの前に膳を置く。
B、手を合わせる。

「いただきます」

と言いながら、合わせた手を解こうとしない。
D、Eを見つめながら咳払いする。しつこくしつこく咳払いする。
E、咳払いに気づき、Dを見つめる。
D、箸で鼻を支えろ、とジェスチャーで示す。
E、ようやく気づき、菜箸でBの鼻(=華)を支える。
B、待っていたように食べ始まる。
しばらく、食べていると、うぐいすの鳴き声が聞こえる。

「内供」

「ん?」

「暖かくなってきましたなあ」

「ん」

「庭でも少し眺めますか」

「ん」

D、舞台前方に来て、障子を開けるマイム。

「やあ、あんなにつくしも生えて。後でとっておいて、天日干しに
しておきましょう。煮てよし。和えてよし。内供もお好きでしたよね」

「んー」

Fが下手から来る。

「内供ぅ、おられますかな?」

F、Bの鼻に気づかないままDと並んで前に立ち、庭を一緒に眺め
ながら、

「いやあ、これはこれは。花も間もなく爛漫ですなあ。はなはだ
美しい。あそこに「はなみずき」「はなもも」あそこには
「はなだいこん」、両手に花じゃすみませんなあ、花、花、花。
どれをとっても花の中の花。花について話し出したら、いつまでも
話に花が咲いて、話に花を添える必要もありません。野っ原の、
「はなずおう」や「はなにら」でさえも華々しくて、華やぐ景色に
心が放たれ、わたしなんぞ屁も放ってしまう。はぁ~なんたる花の
はなやかさ…」

B、Fのセリフの間に食事の手が止まってしまう。
F、Bの鼻が華になっていることに気づき、まじまじとBの顔を
見つめる。

「私の顔に何かついておるか?」

「は…」

「は?」

「は…」

「は?」

「春が…お顔に現れてますなあ」

「どういう意味だね?」

「人の心の氷を溶かす内供の徳が、お顔に現れてますということです。
それでも食事は冷めてしまいますがな。ささ、どうぞ続けて」

B、食事を続ける。
Bが、みそ汁をすすろうとしたが、熱かったのでフーフーと吹く。
その瞬間、

「くぁ…くぁ…くぁ…、くっさめ!」

E、くしゃみをしてしまう。
菜箸を落とし、支えの亡くなったBの鼻は味噌汁につく。

「あつ!」

「ああ!」

「あっつ!」

Eは、くしゃみが止まらずに

「くっさめ!くっさ!くっさめ!」

D、慌てて自分の袖で、Bの華を拭く。

「内供、大丈夫ですか?」

「…ん。ちょっと熱かったね」

「(Eに)お前は何をやってるか!」

「すみません、花粉症で…くっさめ!」

「もう下げなさい」

「え…(箸を持ったまま)」

「早く、下げなさい」

「すみません」

E、膳を持って下手へ去る。

「あ…」

「内供、たいへん失礼いたしました」

「あの…」

D、下手へ去りかけるが、思い出したように引きかえして、Bから
瞬時に箸をうばい、下手へ去る。
F、DとEが去ったことを確認して

「内供」

「ん?」

「良いぬり薬を入手しましたよ」

「ん」

F、懐から小瓶を取り出す。

「それは…」

「行商に頼んでおいたものが、ようやく届きました。鼻を小さく、
目立たなくする薬です」

「ん…」

「これを塗れば、一晩で鼻が縮んでしまうそうですよ。御膳も
お済みのようでしたら、早速どうです?」

「ん」

B、うなづく。
F、小瓶の蓋を開ける。
B、F、2人で鼻をしかめる。

「くっさ!」

「うーむ、これは…」

「お前、これ何だい」

「何でも、ネズミのいばりでできているとか」

「いばりってお前、それ」

「そう。尿ですよ。尿。ネズミのおしっこ」

「これを塗るのかい?」

「利くらしいですよ」

「お前ね、お前が以前、持ってきた烏瓜(からすうり)を
煎じたもの。あれだって、とても飲めたものでないものを
無理に飲んで、なあーんにも効果がなかったのだよ。今回は
大丈夫なんだろうね」

「そりゃあ、大丈夫ですよ!…多分」

「多分って」

「まあ、試してみてくださいよ」

「ん…」

F、改めてその匂いに顔をしかめる。

「どうぞ」

F、瓶をBに渡す。
B、瓶を受け取り、中身を手に取る。一瞬ためらうが、思い切って
鼻に塗る。
B、顔をしかめる。

「うーん…」

B、気絶する。

「わあ!内供!内供!」

F、下手へ駆けていき

「誰か!内供が!内供が大変なことに!」

すぐに、DとEが来る。
FとDとE、Bに風を送る等して介抱する。
(次のAのセリフの間に、Eの肩を借りながらBはEと上手へ
去る。舞台にはDとFが残る)

「(朗読)池の尾の町の人々は、あのような鼻をしている
禅智内供のことを考えて、彼が俗人、いわゆる一般人でなくて
よかったと思っていた。
というのも、あの鼻では、妻になろうという女性は誰もいないの
ではと思ったからである。中には、あの鼻だからこそ出家したの
だろうと評する底意地の悪い者さえいた。
しかし内供自身は、自分が僧侶であることで、この鼻に対する
悩みが少しでも軽くなったとは思っていなかった。
というのも、内供の自尊心は、結婚しているかどうかといった
そんな事実によって満たされるものではないほどに、あまりにも
繊細にできていたからである。
だからこそ、内供は常に他人の鼻が気になって仕方がなかった。
寺に出入りする僧や俗人の顔を、飽きもせずじっと観察していた。
さらに内供は、仏教の経典や、それ以外のさまざまな書物の中に、
自分と同じような鼻を持つ人物がいないか探して、せめて少しでも
心の慰めにしようとさえ思っていた。
しかし、あらゆる人物や文献を調べても、内供のような鼻を持った
者は、ただの一人も見つからなかったのである」

「内供は鼻をお気にしすぎだ。振り回される我々の身にもなって
もらいたい」

「ご安心めされい。次の手がある」

「次の手?何だ?」

「京からの客人から聞いた話なんだが、間もなく、遠く海を
渡って、震旦(しんたん)からひとり渡来人がくる。噂では震旦
よりさらに内陸、遠く遠く西の彼方から、舶来の医療、特に美容
整形とやらの技術を広めるために来るらしい。
話を聞いてぜひうちにも来てくれって、根回しをしておいた」

「美容整形?何だそれは」

「なんでも施術によって顔かたちを変えられる秘伝の医療だそうだ。
ヒアルロン酸を注入し、気になる眉間のしわを無くしたり、涙袋を
つくったり、唇をプルップルッにしたり、まぶたを二重にしたり、
フェイスラインをシャープにしたり、頬のたるみを糸でリフトアップ
したりするらしい」

「てことは、内供の鼻も」

「そう、普通になるのではないかと。まあ、内供が望んで
くださればだが」

「内供の鼻に煩わされることがなくなるのであれば、ぜひ、
私からもお勧めしたい」

「そうだろう。俺もそう思って、こちらへの逗留を勧めた」

「でかした。で、いつ来られる?」

「早ければ来週にでも。客間の手配を頼めるか」

「承知した。その者、名を何と申す?」

「名前は…スッタカクリニク」

「それは人の名前なのか?」

「そう呼ばれているらしい」

「まあ、なんでもいい。とにかく内供を、それとなく説得せねば」

「や、あと金な。ちと値がはるらしいが」

「まあ、その辺はなんとかするが…一体いくらなんだ」

「いろいろ相場があるようでな、施術の内容によるが、埋没法で
二重にするのに税込み29,800円から、小顔リフトは13,800円から…」

「鼻だけでよい。すぐにこちらにも来られるよう手配してくれ」

F、うなづいて下手へ去る。
D、上手に向かって手招きする。
Eが上手から来る。

「はい」

「お前に頼みがある」

「何でしょう」

「内供の鼻のことなんだが」

「はい」

「美容整形を勧めようかと思う」

「いいですね」

「…お前、美容整形が何なのか知ってるのか?」

「母が少し考えておりました」

「…あ、そう」

「内供のような鼻の施術となると、局部麻酔や切開が必要になるで
しょうが、よろしいのではないでしょうか。外見上のコンプレックスが
改善されることで、自分に自信を持つことができて、性格もきっと
明るくなるはず」

「宣伝みたいなことお言いでないよ」

「すみません」

「まあ、お前が美容整形を知っているなら話は早い。ここに美容整形の
客人が来られる。良い機会ではあるが、内供は徳の高い方だから、自ら
施術を希望するわけにいかない。欲をあからさまにするわけにいかない
からね。
そこでだ。先ほどの法師がいかがいたしますか、と尋ねるから、わたしは、
仏門専心もためによろしいのではと、という。その時、お前はそうです、
そうですと背中を押してあげるのだよ。」

「内供は面倒くさい方ですね」

「お前、失礼なことをお言いでないよ」

下手から、FとCが来る。
Cは、白衣を着ている。

「(上手に向かって)あ…内供!」

上手からBが来る。

「ん」

「内供、客人を紹介します。医術の心得のあるスッタカクリニクさん」

「スッタカ?」

「イエス!スッタカクリニクさん」

C、一礼する。

「ん」

B、C、F、舞台前方へ移動する。
合わせて、D、Eは脇へ移る(はけはしない)

「それでですね、スッタカさんなんですが、美容整形の心得もあって」

「美容整形…」

「まあ、細かいことは置いといて…内供あのぉ、まあ、単刀直入に
言うとですよ、スッタカさんは、眼とか、口とか、肌とか顔のいろいろを
いじれるんですわ」

「んー」

「もちろん、ここ(と鼻を指す)もね」

「ん…」

「内供、私は見ておるのですよ。日々、経机(きょうつくえ)にて、
内供がこう…鼻を気にされて、ため息をつきながら観音経を読まれて
おられるのを。私はそれを見るだに、心穏やかでおれない。
ぜひ、心の迷いをとり、仏門に集中するためにも、その鼻、変えません
か?」

Dも前に来て、

「わたくしも思いは同じです。内供には仏門に専心し、
法慳貪(ほうけんどん)とはなっていただきたくない」

D、掌でEをあおる。

「そうです、そうです」

「後生一生、またとない機会なんです」

「んー」

「内供のここ(鼻)の施術は、きっと客人にとっても良い経験となり
ますから」

「そうです、そうです」

B、Eを見つめ

「そういえば、私のこの鼻のために、食事をする際には、いつもお前に
迷惑をかけているね」

「そうです、そうです」

D、Eをにらみ

「まあ、それはこの者の修行でもあるわけですから」

「迷惑と言えばね、かの法然上人も『自身が凡夫であると自覚を
持つことが大切』と説かれた。私たちは「社会や他人に迷惑をかけ
ないこと」が、社会で生きていくうえで大切なこととされている。
しかしね、法然上人も『凡夫であることが悪い』とはおっしゃって
いない。むしろね、人と人とは『お互いに迷惑をかけ合いながら
生きている』と自覚することの大切さ、このことを私たちに伝えて
くださっている。そうは思わないかね」

Bのセリフの間、逐一Bの言っていることをFは訳してCの耳元に伝える。

「そうですね…人は独りでは生きられないもの。互いに迷惑を
かけ合いながら、ま、言うなれば支え合いながら生きていくことの
肝要さを説いておられると」

「ん」

「また、その寛容の心を、互いに持つべきであることを上人は
説いておられると」

「ん」

「…内供、つまりそれは、その…客人の施術は『受けない』と…」

「や、そうは言ってない」

D、ホッとする。

「ただ、まあ、かけずに済む迷惑であれば、かけずに済ませるよう
努めてもよかろう。それが客人にとっても徳の積むことになるので
あれば。(Cに)そうだね」

F、Cの耳元にぼそぼそと話す。
C、Fの耳元にぼそぼそと話す。
F、Cの耳元にぼそっと話す。
C、Fの耳元にぼそっと話す。

「ええ、そのとおりです、とのことです」

「わかった。皆がそうまで申すなら受けよう、その施術」

「じゃ、早速、いかがですか」

「ん」

F、C、B、上手へ去る。

「内供は面倒くさい方ですねえ」

「まったくだ」

「え?」

「何か?」

「いえ…」

D、上手へ去る。
E、後を追って上手へ去る。

「(朗読)渡来人による施術が行われてから幾日かが過ぎて、
ダウンタイムの経過もよく、いよいよ変わった内供の鼻を公衆に
晒す日がきた」

Bが下手から来て、座布団に座る。
Bの鼻の華がなくなり、鼻は高くなっている
(アニメのような、あからさまに高い鼻を変わりにつけている)。
その後をEが、膳を持ってくる。
E、Bの前に膳を置く(Bの鼻が変わっていることに気づいていない)。
E、菜箸を持って構える。
E、Bの顔を二度見して、さらにまじまじと見つめる。
E、吹き出してしまう。

「何か?」

「いえ…」

E、必死に笑いをこらえる。

「箸はもう良いのだよ」

「そうでした。失礼しました」

Dが上手から来る。

「内供、施術の経過はいかがですか?」

「ん」

B、振り返り、Dと目が合う。
D、Bの顔を見つめる。
D、吹き出す。

「すみません」

D、必死に笑いをこらえようとする。
Fが下手から来る。

「内供、いかがですか?痛みはありませんかな?」
「ん」

B、振り返り、Fと目が合う。
F、くっくっくっと笑い出してしまう。

「何か」

「い…いえ…」

F、こらえきれず背中を向ける。
D、E、F、舞台後方に行き、3人で内供の施術後の鼻について
話しながら、こそこそ笑いあう。
それを、憮然としながら聞き流すB。
B、むっとしながら、黙々と食事を続ける。
B、ふっと後ろを振り返る。
振りかえられた瞬間、D、E、Fは笑い止む。
しかし、Bが前を向くと、再び笑い出す。

「(朗読)施術後の鼻を見て、くすくす笑いだす者は一人や二人
どころではなく、また、一度や二度のことではない。
『前にはあのようにつけつけとわらわなんだて』
内供は、鼻を治す前のことを思い出して、まるで今はすっかり
落ちぶれてしまった人が、栄えていた昔を懐かしく思い出すかの
ような心持ちになり、ふさぎ込んでしまうのである。
内供には、なぜ自身がこのような思いを抱いてしまうのか、
残念ながら答えるだけの明晰な考えが欠けていた」

Cが白衣を着たまま下手から来る。
Cは手鏡を持っている。
C、手鏡をBに向ける。

「ん?」

C、自分の鼻を指し、ジェスチャーでBに施術後の経過について尋ね。

「ああ…経過…うん…特に痛みとかはないな…」

C、Bの鼻を指す。

「違和感?…違和感ねえ…」

B、鏡を覗き、施術後の高い鼻を見る。
B、ちらっと後ろを振り返る。
D、E、F、必死に笑いをこらえるが隠しきれないリアクションを
露骨に。
B、再度、手鏡で自分の鼻を見つめる。

「(朗読)人間の心には互いに矛盾した二つの感情がある。もちろん、
誰でも他人の不幸に同情しない者はない。ところがその人がその不幸を、
どうにかして切り抜ける事ができると、今度はこっちでなんとなく物足り
ないような心持ちがする。
少し誇張して言えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥れてみたいような
気にさえなる。そうしていつの間にか、消極的ではあるが、ある敵意を
その人に対して抱くような事になる。
内供が、理由を知らないながらも、なんとなく不快に思ったのは、
池の尾の僧俗の態度に、この傍観者の利己主義をそれとなく感づいたからに
ほかならない」

B、手鏡を見ながら

「あたしは、悪くないと思うんだけどなあ。(Cに)ねえ、どう思う?
この鼻」

「え?」

「あたし、むしろこの鼻、気に入ったんだよね。原作だと、
鼻は元に戻るんでしょ」

「うん、まあ」

「鼻…元どおり戻さなきゃダメかな?」

「…」

「鼻、このままじゃダメ?」

「(Bに)ちょっと」

「この鼻、悪くないんだよね」

「ねえ何言ってんの」

「えー…だって、この鼻よくない?」

「鼻を戻さないと、話が終わらないでしょ」

「や、確かに原作だとそうなんだけどさ。(Cに)ねえ、
マジどう思う?鼻、このままじゃだめかな」

「いいから、今は原作どおりやってよ」

「…俺な、内供役を練習してて、感じたことがあるんだ」

「何」

「確かに原作だと最後、内供の鼻は元に戻るだろ。禅智内供が
ホッとしたところで物語は終わる。その後のことは描かれてない」

「そう」

「それでいいじゃん」

「ただ、俺はね、描かれてないんだけど、でも、きっと、
周囲はまた、戻った内供の鼻を笑うんじゃないかって思うんだ。
結局内供の鼻は元の方がお似合いだって、笑うんじゃないかと思う
んだよ。人の欠点を笑う奴はいつだっている。だから、人のこと
なんて気にしなくていい。鼻をどうするか、どうしたいかは、内供
次第じゃないかってね」

音楽が流れ始める(作者のイメージとしては「ヴィヴァルディ『冬』」
ですが、変更も可)。

「…」

「勝手なこと言わないでさ。お芝居なんだから、とりあえず原作
どおりやろうよ」

「〇〇(B)、大事な作品のテーマだ。お前が決めろ。演出だろ」

C、白衣のポケットから鼻にしていた華を取りだす。

「ほら、どうする?」

「いい加減にしてよ。お客さん待たせてんだよ」

「(Aに)今、〇〇(B)考えてんだろ。ちょっ待てよ」

「時間無い。次の進行だってあるんだから」

「ん-、でも今のこの鼻、気に入っちゃったんだよね」

「(Bに)いいから自分で決めろ」

「(Cに)そもそもあんたが鼻血さえ出さなければ、こんなことに
ならなかったのに」

「しょうがないだろ、出ちまったもんは」

「やめてよ…みんな見てるよ」

「それなら早く原作どおり鼻、元に戻して終わらせてよ」

「えー…」

「じゃあ、どうすんのよ?」

「あたし…」

「どうするんだ…?」

「あたしは…」

音楽の音量上がる。
D、E、Fが舞台前方に来て、縦一直線に並ぶ。(ABCは
その後ろに並ぶ。)
※以降、セリフを言ったキャストは列の最後尾に廻る。

「さあ、禅智内供は、鼻をどうするでしょうか?!」

「このまま鼻高々にいくのか?!はたまた高嶺の華に戻す
のか?!」

「その結果は、来年の文化祭で上演を予定している
『続!劇団〇年〇組の鼻』で明らかに!」

「僧俗の煩悩と傍観者の利己主義のはざまで揺れる禅智内供!」

「(懊悩しながら…)私は一体どうすれば…」

「明かされるスッタカクリニクの正体!(と言ってC、白衣を
脱ぐ)」

「(Cの後ろから)何その変なTシャツ!?」

「しょうがないだろ!好きなんだから!(と言ってからCは
最後列へ)」

「舞台は日本から震旦、シャム、ビルマ、そして遥かインド
まで!」

「本当に?!」

「流転の果てに禅智内供はどのような決断をするのか…
乞うご期待!」

「と言うわけで残念ですが今日のところはここまで!皆様
ご来場いただき、ありがとうございました!せーの」

ABCDEF「ありがとうございました!」

「以上で劇団〇年〇組の鼻の上演を終了いたします…」
(以下、お好みでキャスト・スタッフ紹介をしても可)



 
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