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劇団〇年〇組の『鼻』
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劇団〇年〇組の『鼻』
岩野秀夫
禅智内供が美容整形?!〇年〇組による世にもあんまりな芥川
龍之介
この戯曲は、文化祭等の企画物として、学校の教室で上演
されることを想定しております。
正式なタイトルとしては具体的なクラス名を入れて告知して
ください。(例.劇団2年2組の『鼻』)
芥川龍之介の『鼻』を換骨奪胎したものであり、パロディです。
『鼻』は文学的に評価されている作品ですが、作品内で起こる
ひとつひとつのエピソードって可笑しいと思いませんか?
そんな『鼻』の笑えるエッセンスを戯曲化しております。
〇年〇組にて上演される芥川龍之介の『鼻』。
ところが主人公の禅智内供役が、上演直前に鼻血を出してしまい、
急遽、演出をしていた女子が代役となる。
そのため鼻の設定が急遽変わり、他のキャストも混乱。さらに、
原作にない予定外のラストを迎えることに…。
1 場所
文化祭等で飾り付けが行われた教室。
ティッシュの華、折り紙のチェーンなどで飾られている。
舞台下手前方にナレーター席がある。
2 人物
虚実ない交ぜの戯曲のため、キャストは基本的には実名で
呼び合います。
〇A(女)
クラスの文化祭実行委員。『鼻』作品中のナレーター。
〇B(女)
演出担当。禅智内供役の代役。
〇C(男)
禅智内供役。渡来人役。
〇D(男でも女でも可)
僧侶。
〇E(女)
中童子。
〇F(男)
下法師。
3 本編
客入れの音楽がフェードアウトする。
Aが、手に禅智内供のつくりものの鼻を持って下手から出てくる。
A
「えっと…みなさん、すみません。私、〇年〇組の文化祭実行
委員の〇〇と言います。
ご来場の皆様にお詫びがあります。開演時間になっておりますが、
禅智内供(ぜんちないぐ)役の…あ、禅智内供というのは、
主人公の鼻の大きいお坊さんですが、そのキャストが今、鼻血を
出してしまってまして」
A、禅智内供用のつくりものの鼻を観客に見せて
A
「この鼻を付けてやりますので、鼻血が出てるとさまになら
ないので…急遽これから代役を立てようかと思います。ですので、
少々お待ちください」
上手に行き、Bと話す。
(Bは上手の袖の中にいて姿が見えない。実行委員だけが舞台上
にいる。)
A
「〇〇(B)さん」
B
「なに」
A
「ちょ、やってくんない?」
B
「なにを」
A
「禅智内供の役」
B
「は?」
A
「だから禅智内供」
B
「え、無理」
A
「演出でしょ。責任もって幕をあげなきゃ」
B
「いいじゃん。がんばって〇〇君(C)にやってもらおうよ」
A
「できないって、〇〇君(C)鼻血出してんだから。〇〇君!」
A、下手へ手招き。
Cが、下手から、鼻に血のにじんだティッシュを詰めたまま出て
きてAと並ぶ。
C
「なんか急に鼻血が」
A
「これ、つけてみて」
C、つくりものの鼻をつける。(例えばゴム等で耳にかけるような
つくり)
長い鼻の下からのぞくティッシュに、A、B笑い出す。
A
「(笑いながら)ティッシュ、ほら見えてる…鼻血ついたティッシュ
見えてる」
B
「(笑いながら)ちょ、やめてよ」
C
「そんなに笑わなくても」
A
「他の子も笑ってできないって」
B
「や、わかるけど」
A
「既存の脚本使ってるから、セリフ入っているの、演出やってる
〇〇(B)さんだけなんだしさ」
B
「あたしだって、ちゃんと覚えてるわけじゃないよ」
A
「禅智内供はもともとセリフ少ないし、なんとなく、それっぽい
こと言って、話が進めば大丈夫なんだしさ」
B
「それに、あたし女じゃん」
A
「三蔵法師だって、今じゃみんな女が演じてるでしょ」
B
「えー…(とまどい)」
A
「ほら、あんたからも何か言いなさいよ」
C
「これ、やめちゃったら内申点に響く」
B
「お前が言うな」
A
「お客さん、待ってんだよ。〇〇さんのお父さんお母さん(当日
来ているクラスのどなたかの父母)も来てるんだから」
B
「ただ、ちょっと、その鼻」
A
「鼻?」
B
「それつけたくない」
A
「なんでよ。原作どおりなんだから」
B
「気持ち悪いんだよね」
A
「演出が何言ってんの」
B
「形がさ」
A
「鼻だよ」
B
「演出する分にはいいんだけど、自分がつけるのはちょっと」
A
「もう…」
AとC、困ったなあと見つめあう。
A、気づく。
A
「それだ(とCの鼻を指さす)」
C
「どれ?」
A
「ティッシュ」
C
「え?」
A
「(Bに)ねえ、ティッシュの華ならいいでしょ」
A、教室に飾られていたティッシュの華をひとつ取ってきて
A
「これならどう?」
B
「それ、華でしょ」
A
「だからこれを鼻にしてやれば」
B
「はあ?」
C
「同じ「はな」ってことか(笑って)」
B
「つまんないよ」
A
「お客さん、やさしいから、この華が鼻のメタファーって受け
取ってくれるから」
B
「そうかあ?(懐疑的)」
A
「やってよ」
B
「…」
A
「頼むって」
Bの手だけ出て、ティッシュの華を取っていく。
A
「〇〇君(C)、早く衣装脱いで」
C、その場で脱ぎだす。
A、Cを上手の袖に押し込みながら
A
「お客さんの前で脱がないの!」
A、舞台前方に立ち、
A
「えー…お見苦しい点、多々お詫び申し上げます。改めて芥川
龍之介の『鼻』を始めさせていただきます」
A、ナレーター席へ移動する。
(ナレーターなので、ある程度、原稿として読んでも可)
A
「(朗読)原作、芥川龍之介。『鼻』。禅智内供の鼻といえば、
池の尾で知らない者はいない。長さは5、6寸…(咳払い)
(ここからはアドリブでやっている感じで)失礼。直径約5、6寸。
まさに炒り豆に花が咲くごとく、禅智内供の鼻は、前代未聞、
空前絶後の形状、まるで顔の中に一輪の花が咲いているような相好
である」
Aが客席に向かってしゃべっている間、舞台後方で、短パン(勇気が
あればトランクスでも可)+Tシャツ姿のCが上手から下手へ、
舞台を横切って移動する(Tシャツは変なデザインであればあるほど
良い。例えば「やる気はあります」と書かれてある等)。
Cは「鼻、キャスト、変更」と書かれた紙を持って上手から下手へ
移動する。
Aは気づかない。
A
「(朗読)内供は、そんな自身の鼻について、表面上では特に
気にしていないような顔をして平然としている。
それは、極楽浄土を願い求めるべき僧侶としての立場で、たかが鼻の
ことで思い悩むのはよくないと思ったからだけではない。
それ以上に、自分が鼻のことを気にしていると、他人に知られるのが
嫌だったからである。
だから内供は、普段から会話の中で、『鼻』という言葉が出てくるのを
恐れ、また、その言葉に自分が敏感になっているであろうことを、
他人に知られるのを恐れていた」
D、Eが下手から来る。
Eは、膳を持っている。
※膳の上には茶碗やお椀などの食器がいくつか載っている(実際に
食事を盛っていなくて可)。
D
「いいかい。お前はここに来てまだ日が浅い。内供の鼻を見るのは
初めてであろう。内供の鼻は…その…実に特徴的でな。ご自身も
たいへん鼻のことを気にしておられる。だから、内供の前では決して
鼻についての話題をお言いでないよ」
E
「はい。わかりました」
D
「それが例え、鼻が高いとか、鼻が利くとか、良い意味の言葉でも
だよ」
E
「はい」
D
「ここでは、誰も内供の前で鼻の話はしない。誰しもだよ。お前も
守るのだよ。いいね」
E
「わかりました」
D
「それで、お前は、内供の鼻が食事の邪魔にならないよう、その
お箸で、内供の鼻を支えてあげるのだよ。わかったね」
E
「はい」
E、菜箸を見つめる。
Bが上手から来る。Bの鼻にティッシュの華。
Bは、Cから譲り受けたお坊さんの恰好をしている。
D
「内供、御膳でございます」
B
「ん」
D、E、まじまじとBの顔を見つめる。
E、吹き出しそうになる。
D、キッとEをにらむ。
D
「キッ!」
E
「すみません」
B
「何か?」
B、Dの方にふりむく。
D
「(笑いをこらえながら)いえ…あの…(Eを掌で指し)先週より
寺で預かることとなった中童子(ちゅうどうじ)でございます」
E、一礼する。
B
「ん」
D
「本日より、内供の食事のお世話をさせていただきます」
B
「ん」
E
「ご…(笑いをこらえて)御膳でございます」
D、座布団をもってきて敷く。
D
「(Eに小声で)これ」
E
「(小声で)だって華が」
D、Bの顔を見て、笑いをこらえながら
D
「(小声で)こら」
Bが座布団に座る。
EがBの前に膳を置く。
B、手を合わせる。
B
「いただきます」
と言いながら、合わせた手を解こうとしない。
D、Eを見つめながら咳払いする。しつこくしつこく咳払いする。
E、咳払いに気づき、Dを見つめる。
D、箸で鼻を支えろ、とジェスチャーで示す。
E、ようやく気づき、菜箸でBの鼻(=華)を支える。
B、待っていたように食べ始まる。
しばらく、食べていると、うぐいすの鳴き声が聞こえる。
D
「内供」
B
「ん?」
D
「暖かくなってきましたなあ」
B
「ん」
D
「庭でも少し眺めますか」
B
「ん」
D、舞台前方に来て、障子を開けるマイム。
D
「やあ、あんなにつくしも生えて。後でとっておいて、天日干しに
しておきましょう。煮てよし。和えてよし。内供もお好きでしたよね」
B
「んー」
Fが下手から来る。
F
「内供ぅ、おられますかな?」
F、Bの鼻に気づかないままDと並んで前に立ち、庭を一緒に眺め
ながら、
F
「いやあ、これはこれは。花も間もなく爛漫ですなあ。はなはだ
美しい。あそこに「はなみずき」「はなもも」あそこには
「はなだいこん」、両手に花じゃすみませんなあ、花、花、花。
どれをとっても花の中の花。花について話し出したら、いつまでも
話に花が咲いて、話に花を添える必要もありません。野っ原の、
「はなずおう」や「はなにら」でさえも華々しくて、華やぐ景色に
心が放たれ、わたしなんぞ屁も放ってしまう。はぁ~なんたる花の
はなやかさ…」
B、Fのセリフの間に食事の手が止まってしまう。
F、Bの鼻が華になっていることに気づき、まじまじとBの顔を
見つめる。
B
「私の顔に何かついておるか?」
F
「は…」
B
「は?」
F
「は…」
B
「は?」
F
「春が…お顔に現れてますなあ」
B
「どういう意味だね?」
F
「人の心の氷を溶かす内供の徳が、お顔に現れてますということです。
それでも食事は冷めてしまいますがな。ささ、どうぞ続けて」
B、食事を続ける。
Bが、みそ汁をすすろうとしたが、熱かったのでフーフーと吹く。
その瞬間、
E
「くぁ…くぁ…くぁ…、くっさめ!」
E、くしゃみをしてしまう。
菜箸を落とし、支えの亡くなったBの鼻は味噌汁につく。
B
「あつ!」
D
「ああ!」
B
「あっつ!」
Eは、くしゃみが止まらずに
E
「くっさめ!くっさ!くっさめ!」
D、慌てて自分の袖で、Bの華を拭く。
D
「内供、大丈夫ですか?」
B
「…ん。ちょっと熱かったね」
D
「(Eに)お前は何をやってるか!」
E
「すみません、花粉症で…くっさめ!」
D
「もう下げなさい」
B
「え…(箸を持ったまま)」
D
「早く、下げなさい」
E
「すみません」
E、膳を持って下手へ去る。
B
「あ…」
D
「内供、たいへん失礼いたしました」
B
「あの…」
D、下手へ去りかけるが、思い出したように引きかえして、Bから
瞬時に箸をうばい、下手へ去る。
F、DとEが去ったことを確認して
F
「内供」
B
「ん?」
F
「良いぬり薬を入手しましたよ」
B
「ん」
F、懐から小瓶を取り出す。
B
「それは…」
F
「行商に頼んでおいたものが、ようやく届きました。鼻を小さく、
目立たなくする薬です」
B
「ん…」
F
「これを塗れば、一晩で鼻が縮んでしまうそうですよ。御膳も
お済みのようでしたら、早速どうです?」
B
「ん」
B、うなづく。
F、小瓶の蓋を開ける。
B、F、2人で鼻をしかめる。
B
「くっさ!」
F
「うーむ、これは…」
B
「お前、これ何だい」
F
「何でも、ネズミのいばりでできているとか」
B
「いばりってお前、それ」
F
「そう。尿ですよ。尿。ネズミのおしっこ」
B
「これを塗るのかい?」
F
「利くらしいですよ」
B
「お前ね、お前が以前、持ってきた烏瓜(からすうり)を
煎じたもの。あれだって、とても飲めたものでないものを
無理に飲んで、なあーんにも効果がなかったのだよ。今回は
大丈夫なんだろうね」
F
「そりゃあ、大丈夫ですよ!…多分」
B
「多分って」
F
「まあ、試してみてくださいよ」
B
「ん…」
F、改めてその匂いに顔をしかめる。
F
「どうぞ」
F、瓶をBに渡す。
B、瓶を受け取り、中身を手に取る。一瞬ためらうが、思い切って
鼻に塗る。
B、顔をしかめる。
B
「うーん…」
B、気絶する。
F
「わあ!内供!内供!」
F、下手へ駆けていき
F
「誰か!内供が!内供が大変なことに!」
すぐに、DとEが来る。
FとDとE、Bに風を送る等して介抱する。
(次のAのセリフの間に、Eの肩を借りながらBはEと上手へ
去る。舞台にはDとFが残る)
A
「(朗読)池の尾の町の人々は、あのような鼻をしている
禅智内供のことを考えて、彼が俗人、いわゆる一般人でなくて
よかったと思っていた。
というのも、あの鼻では、妻になろうという女性は誰もいないの
ではと思ったからである。中には、あの鼻だからこそ出家したの
だろうと評する底意地の悪い者さえいた。
しかし内供自身は、自分が僧侶であることで、この鼻に対する
悩みが少しでも軽くなったとは思っていなかった。
というのも、内供の自尊心は、結婚しているかどうかといった
そんな事実によって満たされるものではないほどに、あまりにも
繊細にできていたからである。
だからこそ、内供は常に他人の鼻が気になって仕方がなかった。
寺に出入りする僧や俗人の顔を、飽きもせずじっと観察していた。
さらに内供は、仏教の経典や、それ以外のさまざまな書物の中に、
自分と同じような鼻を持つ人物がいないか探して、せめて少しでも
心の慰めにしようとさえ思っていた。
しかし、あらゆる人物や文献を調べても、内供のような鼻を持った
者は、ただの一人も見つからなかったのである」
D
「内供は鼻をお気にしすぎだ。振り回される我々の身にもなって
もらいたい」
F
「ご安心めされい。次の手がある」
D
「次の手?何だ?」
F
「京からの客人から聞いた話なんだが、間もなく、遠く海を
渡って、震旦(しんたん)からひとり渡来人がくる。噂では震旦
よりさらに内陸、遠く遠く西の彼方から、舶来の医療、特に美容
整形とやらの技術を広めるために来るらしい。
話を聞いてぜひうちにも来てくれって、根回しをしておいた」
D
「美容整形?何だそれは」
F
「なんでも施術によって顔かたちを変えられる秘伝の医療だそうだ。
ヒアルロン酸を注入し、気になる眉間のしわを無くしたり、涙袋を
つくったり、唇をプルップルッにしたり、まぶたを二重にしたり、
フェイスラインをシャープにしたり、頬のたるみを糸でリフトアップ
したりするらしい」
D
「てことは、内供の鼻も」
F
「そう、普通になるのではないかと。まあ、内供が望んで
くださればだが」
D
「内供の鼻に煩わされることがなくなるのであれば、ぜひ、
私からもお勧めしたい」
F
「そうだろう。俺もそう思って、こちらへの逗留を勧めた」
D
「でかした。で、いつ来られる?」
F
「早ければ来週にでも。客間の手配を頼めるか」
D
「承知した。その者、名を何と申す?」
F
「名前は…スッタカクリニク」
D
「それは人の名前なのか?」
F
「そう呼ばれているらしい」
D
「まあ、なんでもいい。とにかく内供を、それとなく説得せねば」
F
「や、あと金な。ちと値がはるらしいが」
D
「まあ、その辺はなんとかするが…一体いくらなんだ」
F
「いろいろ相場があるようでな、施術の内容によるが、埋没法で
二重にするのに税込み29,800円から、小顔リフトは13,800円から…」
D
「鼻だけでよい。すぐにこちらにも来られるよう手配してくれ」
F、うなづいて下手へ去る。
D、上手に向かって手招きする。
Eが上手から来る。
E
「はい」
D
「お前に頼みがある」
E
「何でしょう」
D
「内供の鼻のことなんだが」
E
「はい」
D
「美容整形を勧めようかと思う」
E
「いいですね」
D
「…お前、美容整形が何なのか知ってるのか?」
E
「母が少し考えておりました」
D
「…あ、そう」
E
「内供のような鼻の施術となると、局部麻酔や切開が必要になるで
しょうが、よろしいのではないでしょうか。外見上のコンプレックスが
改善されることで、自分に自信を持つことができて、性格もきっと
明るくなるはず」
D
「宣伝みたいなことお言いでないよ」
E
「すみません」
D
「まあ、お前が美容整形を知っているなら話は早い。ここに美容整形の
客人が来られる。良い機会ではあるが、内供は徳の高い方だから、自ら
施術を希望するわけにいかない。欲をあからさまにするわけにいかない
からね。
そこでだ。先ほどの法師がいかがいたしますか、と尋ねるから、わたしは、
仏門専心もためによろしいのではと、という。その時、お前はそうです、
そうですと背中を押してあげるのだよ。」
E
「内供は面倒くさい方ですね」
D
「お前、失礼なことをお言いでないよ」
下手から、FとCが来る。
Cは、白衣を着ている。
F
「(上手に向かって)あ…内供!」
上手からBが来る。
B
「ん」
F
「内供、客人を紹介します。医術の心得のあるスッタカクリニクさん」
B
「スッタカ?」
F
「イエス!スッタカクリニクさん」
C、一礼する。
B
「ん」
B、C、F、舞台前方へ移動する。
合わせて、D、Eは脇へ移る(はけはしない)
F
「それでですね、スッタカさんなんですが、美容整形の心得もあって」
B
「美容整形…」
F
「まあ、細かいことは置いといて…内供あのぉ、まあ、単刀直入に
言うとですよ、スッタカさんは、眼とか、口とか、肌とか顔のいろいろを
いじれるんですわ」
B
「んー」
F
「もちろん、ここ(と鼻を指す)もね」
B
「ん…」
F
「内供、私は見ておるのですよ。日々、経机(きょうつくえ)にて、
内供がこう…鼻を気にされて、ため息をつきながら観音経を読まれて
おられるのを。私はそれを見るだに、心穏やかでおれない。
ぜひ、心の迷いをとり、仏門に集中するためにも、その鼻、変えません
か?」
Dも前に来て、
D
「わたくしも思いは同じです。内供には仏門に専心し、
法慳貪(ほうけんどん)とはなっていただきたくない」
D、掌でEをあおる。
E
「そうです、そうです」
D
「後生一生、またとない機会なんです」
B
「んー」
D
「内供のここ(鼻)の施術は、きっと客人にとっても良い経験となり
ますから」
E
「そうです、そうです」
B、Eを見つめ
B
「そういえば、私のこの鼻のために、食事をする際には、いつもお前に
迷惑をかけているね」
E
「そうです、そうです」
D、Eをにらみ
E
「まあ、それはこの者の修行でもあるわけですから」
B
「迷惑と言えばね、かの法然上人も『自身が凡夫であると自覚を
持つことが大切』と説かれた。私たちは「社会や他人に迷惑をかけ
ないこと」が、社会で生きていくうえで大切なこととされている。
しかしね、法然上人も『凡夫であることが悪い』とはおっしゃって
いない。むしろね、人と人とは『お互いに迷惑をかけ合いながら
生きている』と自覚することの大切さ、このことを私たちに伝えて
くださっている。そうは思わないかね」
Bのセリフの間、逐一Bの言っていることをFは訳してCの耳元に伝える。
D
「そうですね…人は独りでは生きられないもの。互いに迷惑を
かけ合いながら、ま、言うなれば支え合いながら生きていくことの
肝要さを説いておられると」
B
「ん」
D
「また、その寛容の心を、互いに持つべきであることを上人は
説いておられると」
B
「ん」
D
「…内供、つまりそれは、その…客人の施術は『受けない』と…」
B
「や、そうは言ってない」
D、ホッとする。
B
「ただ、まあ、かけずに済む迷惑であれば、かけずに済ませるよう
努めてもよかろう。それが客人にとっても徳の積むことになるので
あれば。(Cに)そうだね」
F、Cの耳元にぼそぼそと話す。
C、Fの耳元にぼそぼそと話す。
F、Cの耳元にぼそっと話す。
C、Fの耳元にぼそっと話す。
F
「ええ、そのとおりです、とのことです」
B
「わかった。皆がそうまで申すなら受けよう、その施術」
F
「じゃ、早速、いかがですか」
B
「ん」
F、C、B、上手へ去る。
E
「内供は面倒くさい方ですねえ」
D
「まったくだ」
E
「え?」
D
「何か?」
E
「いえ…」
D、上手へ去る。
E、後を追って上手へ去る。
A
「(朗読)渡来人による施術が行われてから幾日かが過ぎて、
ダウンタイムの経過もよく、いよいよ変わった内供の鼻を公衆に
晒す日がきた」
Bが下手から来て、座布団に座る。
Bの鼻の華がなくなり、鼻は高くなっている
(アニメのような、あからさまに高い鼻を変わりにつけている)。
その後をEが、膳を持ってくる。
E、Bの前に膳を置く(Bの鼻が変わっていることに気づいていない)。
E、菜箸を持って構える。
E、Bの顔を二度見して、さらにまじまじと見つめる。
E、吹き出してしまう。
B
「何か?」
E
「いえ…」
E、必死に笑いをこらえる。
B
「箸はもう良いのだよ」
E
「そうでした。失礼しました」
Dが上手から来る。
D
「内供、施術の経過はいかがですか?」
B
「ん」
B、振り返り、Dと目が合う。
D、Bの顔を見つめる。
D、吹き出す。
D
「すみません」
D、必死に笑いをこらえようとする。
Fが下手から来る。
F
「内供、いかがですか?痛みはありませんかな?」
B
「ん」
B、振り返り、Fと目が合う。
F、くっくっくっと笑い出してしまう。
B
「何か」
F
「い…いえ…」
F、こらえきれず背中を向ける。
D、E、F、舞台後方に行き、3人で内供の施術後の鼻について
話しながら、こそこそ笑いあう。
それを、憮然としながら聞き流すB。
B、むっとしながら、黙々と食事を続ける。
B、ふっと後ろを振り返る。
振りかえられた瞬間、D、E、Fは笑い止む。
しかし、Bが前を向くと、再び笑い出す。
A
「(朗読)施術後の鼻を見て、くすくす笑いだす者は一人や二人
どころではなく、また、一度や二度のことではない。
『前にはあのようにつけつけとわらわなんだて』
内供は、鼻を治す前のことを思い出して、まるで今はすっかり
落ちぶれてしまった人が、栄えていた昔を懐かしく思い出すかの
ような心持ちになり、ふさぎ込んでしまうのである。
内供には、なぜ自身がこのような思いを抱いてしまうのか、
残念ながら答えるだけの明晰な考えが欠けていた」
Cが白衣を着たまま下手から来る。
Cは手鏡を持っている。
C、手鏡をBに向ける。
B
「ん?」
C、自分の鼻を指し、ジェスチャーでBに施術後の経過について尋ね。
B
「ああ…経過…うん…特に痛みとかはないな…」
C、Bの鼻を指す。
B
「違和感?…違和感ねえ…」
B、鏡を覗き、施術後の高い鼻を見る。
B、ちらっと後ろを振り返る。
D、E、F、必死に笑いをこらえるが隠しきれないリアクションを
露骨に。
B、再度、手鏡で自分の鼻を見つめる。
A
「(朗読)人間の心には互いに矛盾した二つの感情がある。もちろん、
誰でも他人の不幸に同情しない者はない。ところがその人がその不幸を、
どうにかして切り抜ける事ができると、今度はこっちでなんとなく物足り
ないような心持ちがする。
少し誇張して言えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥れてみたいような
気にさえなる。そうしていつの間にか、消極的ではあるが、ある敵意を
その人に対して抱くような事になる。
内供が、理由を知らないながらも、なんとなく不快に思ったのは、
池の尾の僧俗の態度に、この傍観者の利己主義をそれとなく感づいたからに
ほかならない」
B、手鏡を見ながら
B
「あたしは、悪くないと思うんだけどなあ。(Cに)ねえ、どう思う?
この鼻」
C
「え?」
B
「あたし、むしろこの鼻、気に入ったんだよね。原作だと、
鼻は元に戻るんでしょ」
C
「うん、まあ」
B
「鼻…元どおり戻さなきゃダメかな?」
C
「…」
B
「鼻、このままじゃダメ?」
A
「(Bに)ちょっと」
B
「この鼻、悪くないんだよね」
A
「ねえ何言ってんの」
B
「えー…だって、この鼻よくない?」
A
「鼻を戻さないと、話が終わらないでしょ」
B
「や、確かに原作だとそうなんだけどさ。(Cに)ねえ、
マジどう思う?鼻、このままじゃだめかな」
A
「いいから、今は原作どおりやってよ」
C
「…俺な、内供役を練習してて、感じたことがあるんだ」
B
「何」
C
「確かに原作だと最後、内供の鼻は元に戻るだろ。禅智内供が
ホッとしたところで物語は終わる。その後のことは描かれてない」
B
「そう」
A
「それでいいじゃん」
C
「ただ、俺はね、描かれてないんだけど、でも、きっと、
周囲はまた、戻った内供の鼻を笑うんじゃないかって思うんだ。
結局内供の鼻は元の方がお似合いだって、笑うんじゃないかと思う
んだよ。人の欠点を笑う奴はいつだっている。だから、人のこと
なんて気にしなくていい。鼻をどうするか、どうしたいかは、内供
次第じゃないかってね」
音楽が流れ始める(作者のイメージとしては「ヴィヴァルディ『冬』」
ですが、変更も可)。
B
「…」
A
「勝手なこと言わないでさ。お芝居なんだから、とりあえず原作
どおりやろうよ」
C
「〇〇(B)、大事な作品のテーマだ。お前が決めろ。演出だろ」
C、白衣のポケットから鼻にしていた華を取りだす。
C
「ほら、どうする?」
A
「いい加減にしてよ。お客さん待たせてんだよ」
C
「(Aに)今、〇〇(B)考えてんだろ。ちょっ待てよ」
A
「時間無い。次の進行だってあるんだから」
B
「ん-、でも今のこの鼻、気に入っちゃったんだよね」
C
「(Bに)いいから自分で決めろ」
A
「(Cに)そもそもあんたが鼻血さえ出さなければ、こんなことに
ならなかったのに」
C
「しょうがないだろ、出ちまったもんは」
B
「やめてよ…みんな見てるよ」
A
「それなら早く原作どおり鼻、元に戻して終わらせてよ」
B
「えー…」
A
「じゃあ、どうすんのよ?」
B
「あたし…」
C
「どうするんだ…?」
B
「あたしは…」
音楽の音量上がる。
D、E、Fが舞台前方に来て、縦一直線に並ぶ。(ABCは
その後ろに並ぶ。)
※以降、セリフを言ったキャストは列の最後尾に廻る。
D
「さあ、禅智内供は、鼻をどうするでしょうか?!」
E
「このまま鼻高々にいくのか?!はたまた高嶺の華に戻す
のか?!」
F
「その結果は、来年の文化祭で上演を予定している
『続!劇団〇年〇組の鼻』で明らかに!」
A
「僧俗の煩悩と傍観者の利己主義のはざまで揺れる禅智内供!」
B
「(懊悩しながら…)私は一体どうすれば…」
C
「明かされるスッタカクリニクの正体!(と言ってC、白衣を
脱ぐ)」
D
「(Cの後ろから)何その変なTシャツ!?」
C
「しょうがないだろ!好きなんだから!(と言ってからCは
最後列へ)」
D
「舞台は日本から震旦、シャム、ビルマ、そして遥かインド
まで!」
E
「本当に?!」
F
「流転の果てに禅智内供はどのような決断をするのか…
乞うご期待!」
A
「と言うわけで残念ですが今日のところはここまで!皆様
ご来場いただき、ありがとうございました!せーの」
ABCDEF
「ありがとうございました!」
A
「以上で劇団〇年〇組の鼻の上演を終了いたします…」
(以下、お好みでキャスト・スタッフ紹介をしても可)
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劇団〇年〇組の『鼻』
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